女(きっかけは些細なことだった)
女(クラス替えから数ヵ月がたち、文化祭実行委員のクラス代表を決める時)
女(誰も手を挙げたがらず、何も進まないままただ時間だけが経って、教室の中に無言のため息が重なり始めた頃)
女(彼はふいに立ち上がり、諦めたように「俺、やるよ」と言い放った)
女(司会進行の学級委員長は安堵の顔を見せ、教室中の空気が緩むなか私の視線は彼に釘付けになっていた)
女(ひどい話なのだが、私が彼という存在をハッキリと認識した最初の瞬間は、この時だったように思う)
女(それまでは、もちろん名前くらいは知っているけれど本当にそれだけで、彼がどういう人なのか、どういう声なのか、日々の生活をどんな風に過ごしているのかなど、何一つ知らなかった。
彼は、本当にただのクラスメイトだったのだ)
女(皆の嫌がることを皆の為に進んでしようとするその姿に、私はなんて優しい人なんだろうと、ただただ驚いていたのを覚えている)
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女(それからというものの、私はふと気付いたときに彼を視線で追っていることが多くなった)
女(なんとなくだけれど、よく笑う人だなと思っていた)
女(そしてやっぱり、彼はとても優しかった)
女(いつもさりげなく、なんとなくという感じで人のことを助けていた)
女(特段目立つ訳でもなく、リーダーシップを発揮するようなタイプでもない)
女(ただ彼のまわりには、一目で彼を信頼していると伝わってくるような、そんな友達がたくさんいた)
女(私は素直に羨ましいと思ったし、私もあの輪の中に入れたら、どんなに素晴らしいだろうと考えていた)
女(そんな日々を過ごすうちに、私のその思いはどんどん強くなり、なんとか彼と話せるようになれないかと悩みに悩み抜いた結果)
女(「そうだ、挨拶をしよう」という結論に至ったのだ。なんとも単純である)
女(コミュニケーションの基本のき)
女(毎日のおはようとさようならを、彼に言おうと決めたのだ)
女(決行初日、私は極度の緊張状態に陥っていた)
女(今まで一言も話をしたことのない異性から、急にあいさつをされるのだ)
女(決して悪いことではない。悪いことではないのだが、明らかに変である)
女(私の心臓は耳に響くほど脈打ち、今にも逃げ出しそうな気持ちを必死になって抑えていた)
女(ただ私は、これをなんとしてでも遂行しなければならない)
女(でないと、彼と一ミリも交わらぬまま、貴重な学校生活を終えてしまうことになるのだ)
女(私は特に用もないのに教室の扉付近をうろつき、彼の登校を今か今かと待ち構えていた)
女(今思えば、あいさつだなんだと言う前に、この時点で十分に変人だったと思う)
女(クラスの中で唯一の友達にも、「何ソワソワしてんの」と、訝しげな目を向けられていた)
女(私が友人に対して、無駄に取り繕いながらヘンテコな言い訳をしている時、教室の扉ががらりと開き、ついにその瞬間がやってきたのだった)
女「おっ、おひゃよう!」
男「…………」
男「えっ?」
女(やってしまった)
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