鷹富士茄子「君ありて福来たる」 (30)



モバマスの鷹富士茄子さんのSSです。地の文風味。


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 私、運の良さにはすっごく自信があるんです。
 でもだからっていつも幸せだとは限らないんですよ?

 当たり付きのアイスを何本も当てて、ついお腹を壊しちゃったり。
 重そうな落とし物を見つけちゃって、交番まで泣く泣く運ぶはめになったり。
 赤信号でお休みしたいのに、どこまで走っても青信号しかなかったり。

 私、きっと幸運と幸福はイコールじゃないって信じてるんです。
 たった1字違いのその言葉には、「運」が「福」に変わるには、足りないものがあるんじゃないかって。

 それは、日頃の行いとか、神様のきまぐれとか。

 たとえば、あなたとか♪



 みなさま、遅れましたが、新年あけましておめでとうございます♪

 年が明けることをこんなにも楽しみにしてる女の子は、世の中広しと言えど私くらいじゃないでしょうか。

 鷹富士茄子といえばお正月です!
 お正月といえば……鷹富士茄子とまではまだ言えないかもしれませんけど。
 それでも、いつかみなさんの初夢にだって私が出てきたらいいなぁって思ってます。

 毎年、お正月にかけて舞い込んでくるお仕事は、目が回るくらい忙しくて大変なんですけど、とっても楽しい時間でもあります。
 みんなのお正月を彩るため、あっちにいったり、こっちにいったり。
 松の内を過ぎて、そんなお仕事ラッシュも一息つくと、しばらくのお休みと一緒に私だけのお正月がやってきます。

 そうしたら、まずやりたいことがあって。そう! 1年の計は初詣にあり、ですっ。



 足がちょっぴり冷えちゃって、おこたに入りたくなるような寒い一日。


 神社の鳥居の前で1人、待ち人を探しているところです。

 ピークを過ぎてもたくさんの参拝客が訪れるくらいには有名な神社で、参道には出店も出ていたりと、まだまだ賑わいを見せています。
 手をつないで幸せそうなカップルさんとか、はしゃいで先に行ってしまう女の子を一生懸命追いかけるご家族さんとか。

 楽しそうな空気が少しの寒さを暖かさに変えてくれています。


 ふと目線を遠くにやると、お参りだっていうのにきっちりとスーツにコートを着込んだ男性を遠くに見つけて、呆れて笑ってしまいます。
 なんて分かりやすい待ち人なんでしょうか。

「プロデューサー、こっちですよ~」

「すみません、予想以上に人が多くて手間取ってしまいました」

 こうやって待つ時間も楽しいから謝らなくてもいいんですよ、と心の中で言います。
 お正月のお仕事中もずーっと一緒でしたけど、どれくらい同じ時間を過ごしてもまだまだ足りません。
 今日もご一緒できることが嬉しくて、昨日からあんまり眠れませんでした。

「いえいえ♪ 改めまして、あけましておめでとうございます」

「あけましておめでとうございます、茄子さん」



「それにしても、プロデューサーとの初詣も、もう恒例行事ですね♪」

「……ちひろさんきってのお願いですからね」

 プロデューサーはバツが悪そうな渋い顔でそう言いました。
 あら、女の子が側にいるのにそんなお顔をするなんて。
 アイドルと一緒に、それも堂々と真昼間からお出かけすることに納得いってないことが見ただけで分かります。

「ふふっ。私は毎年楽しみにしてますよ~」

 少しでも笑ってほしくて正直に気持ちを伝えます。

 新年が始まると、事務所を代表して私とプロデューサーがお参りにいくことになっているんです。
 なんでもちひろさんがそうすれば商売繁盛も約束されたようなものだからと。
 きっと他のみんなもプロデューサーと一緒にお参りに行きたいでしょうけど、これはお正月のお仕事を頑張った私の特権なんです。

 だって、プロデューサーを独り占めできるのはお正月が終わったこの瞬間だけですから。



「はいっ、プロデューサーさん。私に何か言うことはありませんか~?」

「えっと?」

 まだ渋そうなプロデューサーに問いかけます。
 女の子はいつだって、その日一番に男の人からかけてもらいたい言葉があるんです。
 ヒントになるように、その場でくるっと可愛くターンしてみせます。

「……振袖、とってもお似合いですよ」

「よろしいですぞ♪ この日に華を添えられていたら、嬉しいです~」

「今年は白がベースなんですね」

「はい、振袖は毎年違う柄なんですよっ。家族が用意してくれるんです」

 さすがのプロデューサーも気づいてくれたようです。
 しかも、振袖の色までちゃんと覚えていてくれてたなんて。
 初めて会った時はピンクで、青、赤、黄色までは着てみたかな。

 こうやって振袖の柄を変えていくのも、毎年一緒に連れ添ってくれる人を意識した茄子流のおしゃれなんですよ?



「それじゃあ、お参りにいきましょうか」

 あんまりだらだらとお話していてもいけません。
 楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまいますから。

 プロデューサーはくるりと参道の方に身体を向けて歩きだします。
 ふと視線をやると、さっきまでのお顔は少し柔らかくなっているような気がしました。

「はい~♪」

 そんな些細なことが嬉しくて。
 手が触れそうで触れない距離で、いつもよりもちょっぴり近い距離で、プロデューサーの横に並びます。

 鳥居をくぐって、目指すは拝殿。神様をお呼びするところです。






 ぱぱっと手水を済ませたら、ぞろぞろと向かっていく人たちに続いて歩いていきました。
 美味しそうな香りを漂わせる出店の誘惑もなかなかですが、まずはお仕事をちゃんと終わらせないと。
 拝殿まで一直線に向かうふたりの間で、なんでもない話が紡がれていきます。

「そういえば、茄子さんは、初夢どうでしたか?」

 お正月のお仕事のこと、みんなで作って食べたおせちのこと、思いつくに任せて話をつなげていくと、今年の初夢の話題になりました。

「ふふっ、今年も茄子はひっぱりだこで~す♪ もちろん友情出演ですっ」

「それはナスのほうなのでは……」

「カコじゃなくて、ナスですよー……あれれ、逆でした~」

 つい、間違えちゃったとぺろりと舌を出してみます。
 そんな私を見て、やっとプロデューサーは楽しそうに笑ってくれました。

 ふざけてみるのも良いですけど、ちゃんと聞かれた質問には答えないといけません。
 それによくぞ聞いてくれましたという気分なのです。



「今年の初夢はですね……」

「私とプロデューサーが鷹に掴まって富士山の頂上まで飛んでいく夢でした♪」

 この夢が何を意味するのかはよく分かりません。
 でも頂上から見える景色はそれはもう美しくて……私はずーっと眺めていたのを覚えています。
 そして、この景色を一緒に見たい人に思い当たったのです。

「それは……」

 プロデューサーもなんとなく察するところがあるみたいで、次の言葉を探しています。

「なんと言いましょうか……今年も良いことがありそうですね」

 どうやら気の利いた言葉は思いついなかったようです。
 プロデューサーは少し照れくさそうにそう言うとそっぽを向いてしまいました。

 でも、十分ですよ。
 ふたりでならきっとこの景色を正夢にできる気がして、それがあなたに伝わったならとっても嬉しい。



「あっ♪」

 お喋りに夢中になっている内に、参道を往こうとするプロデューサーを見て、大事な作法を忘れていることに気づきました。
 私は、あまり考えないままに、ぱっとプロデューサーの手を掴んで、ぐいっとこちら側に引き寄せます。

「えっ」

「そう、端を歩きましょう~。神様が通れるようにですっ」

 参道の真ん中は神様の通り道ですからと言いかけたところで。
 思いがけず手をつなぐ形になって、ふたりの時が少しだけ止まります。

 どきりとする嬉しさと恥ずかしさを隠すように。

「せっかくの初詣がデートみたいですね。このまま手でも繋いでおきます?」

「……だめです」

「ちぇーっ♪ ふふっ」

 数秒の逡巡のあと、手を振りほどかれてしまいました。
 でも、私はちょっぴり赤くなったプロデューサーのお顔を見逃しません。
 いつも真面目でお固い人ですが、こういうところが可愛くて。

 それに気づいているのは、この大勢の人たちの中できっと私だけなんです。
 思いがけないチャンスもまた運の良さでしょうか。



 拝殿につくと、がらんがらんという鈴の音が絶え間なく鳴り渡ります。
 どうやらお参りの順番待ちをしているみたいです。神様のところまであともう少し。

「それにしても……」

 ちょっとした待ち時間に隣でプロデューサーが何かを言いかけます。

「毎年のことなのですが、茄子さんが神頼みをしているのを見ると不思議な気分になります」

「そうですか?」

「事務所のみんなから拝まれている茄子さんでも、神様に祈ることがあるんだな……と」

「もうっ、私だって神頼みしちゃいます。普通の女の子ですからね」

 まったくプロデューサーは私をなんだと思っているのでしょう。
 確かに私は運が良い方かもしれませんが、本当に欲しいものが手に入らない時だってあるんです。

 幸運を幸福に変えるおまじないは、とりあえず神頼みですよ♪



 ついに私達のお参りの番がやってきました。
 私は昨日の夜からお願いすることを決めています。

 プロデューサーはどうでしょうか。
 ひとつは事務所のことだと思いますが、プロデューサー個人として、神様にどんなお願いをするのでしょう。
 もしかして私のことだったりしないかなと僅かな期待が心臓を跳ねさせます。

「鈴を鳴らしてっと」

 がらんと鈍い音が境内に響きます。この音で神様はちゃんと来てくれるでしょうか。

「神様、カコですよー」

「えっと?」

「小さい頃は元気に呼んでたんですけどね。今はちょっぴり恥ずかしいので小声で♪」

 せっかく来てくれる神様がいるなら、まずはちゃんと自分の名前を言わなくちゃ。
 子どもの頃の思い出が私のこころをくすぐって、思わず口をついて出てしまいます。

 プロデューサーは納得したような、そうでないような。
 少しの間、見つめ合って、どちらからともなく笑い出しました。



 ちゃりんと小銭を投げ入れて、私もプロデューサーも作法通りにお参りをします。

 神様どうもこんにちは、どうかお願い叶えてくださいな、それではご機嫌よう。
 神様だってきっとこれくらいの気軽さで受け付けてくれてるんじゃないかって言ったら誰かに怒られちゃうかも。

 ちらりと横を見るとプロデューサーは真剣に何かをお祈りしています。
 やっぱりどうしても気になっちゃう気持ちをごまかして、プロデューサーをちょっぴり茶化すことにしました。

「二礼二拍手一拝……プロデューサー、よくできました!」

「もう、流石に分かっていますって」

「ふふっ、ご褒美は神様から貰えますよ」

 ちゃんとお参りできたご褒美は、きっといつか神様から貰えます。
 それを信じるのが初詣なんだと思うんです。
 私は名前もちゃんと名乗ったので、案外早くご褒美が貰えちゃったりして。



 お参りも終わったのでふたりで参道を外れながら、なんとなくプロデューサーに聞いてみます。

「プロデューサー、今年の抱負はなんですか?」

「そこはさっきのお願いを聞くところではないんですね」

「神様へのお願いは内緒にしておかないと……ってありませんでした?」

 神様へのお願いは誰にも言っちゃダメ。神様が叶えてくれなくなっちゃうから。
 そう言われたのも子どもの頃だった気がします。

 そうでなくても女の子には秘密のひとつやふたつあってもいいんじゃなかって。
 例えば、神様に何をお願いしたのかとか。これはそう、プロデューサーにお願いを聞かれないための作戦なんです。

「今年は、茄子さんをもっといろんな方面に売り出したいですね」

「茄子さんといえばお正月というのをいい意味で崩せたらな、と」

 ここしばらくはお正月だけじゃなくて、ファッションモデルとか水着のお仕事とか、少しずついろんな魅せ方が増えてきていました。
 プロデューサーから改めてそう言われてしまうと、期待がじわじわと心に広がっていきます。

「ふふっ、今年の茄子はどんな茄子になれるのか。今から夢が膨らみますね~」



「茄子さんはどうですか?」

「私は……『今までよりちょっと成長』ですっ」

 だから私も変わらなくちゃって思うんです。今まで通りのお正月の鷹富士茄子じゃなくって。
 一歩だけでも、ほんのちょびっとでも、前に進んでいけたらなって。

「……去年と同じ『今まで通り』ではないんですね」

「はいっ、プロデューサーのご期待にもっとお答えしちゃいますよ♪」

 そんな気持ちを分かってくれて嬉しい。私とプロデューサーが同じことを考えていて嬉しい。

 きっと今だったらなんでもできちゃいます。
 かくし芸のテーブルクロス抜きだって最高記録の16連続を超えられたりして。

「でも……かくし芸は控えめにしてくださいね」

 あら? や、やっぱりプロデューサーは分かってません!






「頼まれてたお守り、買っていきましょうか。あと、自分の分も買っておいてもいいでしょうか?」

「はいっ」

 ちひろさん頼まれたもうひとつのお仕事は、社務所に立ち寄って、ひとつだけお守りを買っていくことでした。
 たったひとつにみんなの分のご加護を求めるのは、ちょっとケチかもしれませんけど。
 神様ごめんなさい、どうぞ大所帯の気持ちも分かってもらえるとありがたいです。

「商売繁盛はどれでしょうかっと」

 きょろきょろとお守りを探しているプロデューサーを横目に、私はとっても良いものを見つけました。
 こっそりとそれを手に取って、プロデューサーの手のひらに乗せてみます。

「……茄子さん」

 笑ったほうがいいのか、呆れたほうがいいのか困ったようなそんな顔で、プロデューサーは咎めてきました。

 あら、お気に召しませんでしたか。恋愛成就のお守りですよっ♪
 しかも、ちゃっかりお揃いのものを自分の手に確保しておいてあります。

「てへっ♪ ほらほら、茄子なんてどうでしょう?」

 ここぞとばかりに攻勢をかけます。
 普段どんなにアプローチしたって暖簾に腕押しで、人目のあるところではアイドルだからーって避けちゃうんですから。

 たまには真正面から受け取ってもらえないと、茄子がすねますよっ。

「プロデューサーのこと、きっと幸せにしてあげますからっ」

 すると、プロデューサーの顔に照れた色が見え始めました。これはもしかして効いてるのかも。
 こんなチャンスはまずないですから、何か言わなきゃと思って、思って、その先が思いつきません。



「そ、それに、私の作ったおせち美味しかった、ですよね?」

 苦し紛れに手料理アピールをしてみます。
 単純な思いつきにしては、なかなか悪くない揺さぶり方じゃないでしょうか。
 男の心を掴むにはまず胃袋からって葵ちゃんに良く言われます。

「それはまぁ……そうですけれども」

「ふふっ。お料理は母直伝ですので、ちょっと自信あるんですよ?」

「それはそれ。これはこれです」

 私が心の中でわたわたとしている内に、プロデューサーはいつものお顔に戻ってしまいました。
 恋愛成就のお守りを元に戻すと、商売繁盛と無病息災のお守りを巫女さんに頼んでいます。

 手をつないだ時もそうですが、あとちょっとで私もまだ気づいていないプロデューサーのこころが覗けるような気がするのに。

 そんなことを思いながら私も無病息災のお守りを買います。
 私だけ恋愛成就を願ってもいいですが、お揃いの誘惑には勝てません。

 お守りを買うと福引券がついてくるらしく、プロデューサーから2枚を押し付けられて3枚が私の手元に残りました。
 どうやら鳥居の前の参道でやっていた福引の券みたいです。
 今は特にこれと言って欲しいものがあるわけでもないので、どうしたらいいのか決めきれないまま、そっと仕舞っておきます。



 お守りを買って、ふと隣を見るとおみくじがやっています。
 こちらはぜひやっておかないと。今年最初の運試しといきたいところです。

「プロデューサー、おみくじもひいていきましょう♪」

「茄子さんが大吉以外を出すところが想像できないのですが……」

「大事なのは中身ですよ~」

 そう、大事なのは大吉かどうかではなくて、何が書いてあるのかです。
 大吉が引けたからと言って、本当に幸せな気持ちになれるかどうかは、中を見るまで分からないのです。

「みんなの分を代表して。さぁ、どうぞ!」

「これで私が大凶とか出したら少し落ち込みますね……」

 プロデューサーは、自分のおみくじが事務所の運勢を占うことを考えて尻込みしています。
 そんなプロデューサーを勇気づけるためにも、ここは1つ、茄子の出番のようです。いえ、私情なんて全くありませんよ。

「はいっ♪」

「……茄子さん、なんで頭を出してるんですか」

「幸せのおすそ分けですっ」

「ほらほら。お正月は茄子の幸運もきっと凄いですよ。どんどん撫でてくださいねっ」

 プロデューサーは自分の手と私の頭を何度か見比べたあと、観念したのかぽんと頭に触れてくれました。

 もうっ、もっとわしゃわしゃって撫でてくれてもいいのに。
 それでもあのプロデューサーがこんなところで自分から触れてくれたことが嬉しくて、つい笑顔が溢れてしまいます。

 これできっと良いおみくじが引けるはずです。
 それに、もしきっと大凶を引いても大丈夫。だって私がずーっとおそばにいますからね。



「それでは、えいやっと」

 順番におみくじを引いて、ふたりで同時に開きました。

「……大吉でした」

「私も大吉です~♪」

 どうやら撫で撫で作戦は大成功のようです。
 えっへん、忍ちゃんや椿ちゃんでも実証済みですから。

「ではでは、中身はどうですかね~。あらっ?」

 おかしいですね。私の分は確かに大吉なのですが……内容がなんというか微妙です。
 縁談が良くてもあんまり嬉しくないし、引っ越しもきっと当分しません。
 私は、待ち人とか商売とかよろこびごととか、もっとそういうところに神様のご加護が欲しいのに。

 やっぱり私はちょっと運が良いだけなんでしょうか。
 他に何もなくても運だけは良いって信じ切っていたからこそ、なんだか今年の先行きに自信が持てなくなってきました。



「あんまり良いこと書いてませんでした……ぐすん」

 せっかくここまでいいことがありそうな予感がしていたのに、急に水をかけられてしまったような気分です。
 切ない気持ちそのままにプロデューサーに目を向けると、少し驚いたような表情で手を差し出されます。

「茄子さん、ちょっと見せてください」

 ざっと私のおみくじを見たプロデューサーは、ばっさりと一言。

「待人来ず、よろこびごと遅し……なんでこれ大吉なんでしょうか」

「わ、分かりませんよ~」

 もうちょっと手加減してくれても、それからできれば優しく慰めてくれても。
 そう言いかけたところで、プロデューサーは言葉を続けます。



「でも……」

「えっと?」

 言葉を選びながら、おみくじを返すプロデューサーのその手は、なんだか魔法をかけるように見えました。

「待人はすでにその人に会っているからじゃないでしょうか」

「よろこびごとは遅くても来るから希望を捨てるなって意味かもしれませんね」

「……」

 プロデューサーの言葉に私の世界が変わります。
 何気ない一言なのに、こんなにもありふれているのに、それは魔法の言葉でした。
 たった一振りで、「運」を「福」に変えてしまうような、そんなステキなモノ。

「心の持ちようによりて幸せとも不幸せともなる……というのはどうでしょう?」

「そっか。そうですよねっ」

 私は舞い上がってしまって大事なことを忘れていたみたいです。
 幸運だけじゃ幸福にはなれないんだって分かっていたつもりだったのに。
 
 きっとひとりで来てたらこのおみくじにがっくり落ち込んじゃってたと思います。

 アイドルになる時も、今日こんな日も、ひとりでは分からなかったことがあります。
 そんな私に、今まで知らなかった幸せを、ていねいに教えてくれる人がいました。

「茄子さんは、運だけじゃなくて自分で願いを叶えられるようになったんですから」

「きっと神様もそのままで頑張りましょうって言ってると思いますよ」

 こんなささいなことでも私の世界に彩りをくれてありがとうございます。
 上手く言葉にできなくて、くしゃっとした笑顔を精一杯返します。

 私はずっと分かっていたつもりのことをもう一度思い出したんです。

 運が良いだけの私を、幸せな人に変えてくれるのは、あなたなんじゃないかって。






 楽しかった初詣デートも少しづつ終わりに向かっています。
 参道を戻る道すがら、今度はカランと高い鐘の音が聞こえました。

「あっちで福引やってるみたいですね。さっきの福引券のやつでしょうか。」

 今、私の手元には3枚の福引券があります。
 具体的にこれといった欲しいものがあるわけではありません。
 でも、きらきらとし始めた世界の中で、ちょっとだけ確かめてみたいことがでてきました。

「あの……プロデューサー」

「はい、なんでしょうか?」

「私、福引やってきてもいいですか?」

 昔から欲しいものは願えばだいたい手の中に来てくれました。
 でも、今欲しいものはもっとあいまいな何かで。そして私はそれをちゃんと掴めるような気がするんです。

 だってひとりじゃないから。ひとりだったらただの幸運に過ぎないことだって、幸福に変えてくれる人がいるから。

「その……今ならただ運がいいってだけじゃなくって、きっと幸せを見つけられる気がするんです」

「どうぞ」

 プロデューサーは優しく笑ってくれました。私の想いがちょっぴり伝わったのか、それは私の大好きな笑顔でした。



「新春の運試し、いかがですかー!」

 おじさんの威勢の良い声が、広い参道に響いていきます。
 私は3枚ある福引券の内の1枚を慎重に選んで、ぎゅっと両の手のひらで包み込んでから、おじさんに手渡します。

「おじさん、福引お願いしますっ」

「はいよっ。おっ、お嬢ちゃん美人さんだねぇ。きっといいことがありそうだ」

 福引券を受け取ったおじさんは調子良くそんなことを言いながら、にこにこ笑顔でがらがらを指差しました。

「ふふっ。ありがとうございます♪」

 おじさん、奇遇ですね。私もそう思ってるところなんです。



 がらがらの持ち手をそっと摘んで、ぐるりと回していきます。
 もう迷ったり、願ったりすることはありません。

 私の心の中には、いつもの運の良さとはまた違った確信めいたものがあって。


 きっと、ひとりでは手に入らなかったもの。ふたりだけにもらえる神様のきまぐれ。


 たった数秒の時間が長く、長く感じられます。
 ゆっくりとざわめく視界の中、がらがらの小さな穴がお日様を受けてきらりと光って、ぽとりとその輝きを落としていきました。
 すぐにカランカランカラーンと大きな鐘の音が耳元で鳴り響いて。


「大当たりー!!!」


 おじさんの大きな声と共に、私は現実に引き戻されます。
 目の前の玉の色と、横のパネルを見比べて、私はやっと自分が何を貰ったのか理解しました。

「わぁっ! 特賞が当たりましたっ! ハワイ旅行ペアご招待券ですよっ!」

「やっぱり……おめでとうございます」

 プロデューサーは分かっていましたと言いたげな顔で、それでも笑って、祝福してくれます。
 周りの人達もざわざわとしたと思うと、拍手と共におめでとうって言ってくれて。
 
 こんな状況に慣れていても少し気恥ずかしい気持ちです。
 それでも神様のお節介には笑って答えなくちゃいけません。

「ありがとうございますっ♪」

 ちょっぴり恥ずかしくても、せめてアイドルらしく。



 特賞を引き当てた興奮が覚めやらぬ中、福引所から少し離れたところで、プロデューサーとその喜びを分かち合います。

「こんなにいいものが当たるなんて、ラッキーでしたね♪」

「さすが茄子さんですね、お見それいたしました」

「新年最初のラッキーなので……初ラッキー?」

 その不思議な言葉の響きに、ふたりして笑ってしまいました。
 年が明けてからきっとラッキーなことはたくさんあったはずなのに。
 なんだかこれこそが私の初ラッキーなような、そうであってほしいようなそんな気持ち。

「うふふっ♪ なんだかステキな響きかも、初ラッキー♪」



「茄子さん、1回だけで良かったんですか?」

 プロデューサーは残りの2枚の福引券を使ってみないのかと気にしているようでした。

「はい。今日は福引、もう引きません。幸運はより多くの人のもとへ……ですっ」

 もう十分すぎるほどの幸せを貰いましたから。お参りしたばかりのせっかちな神様に。


 そんなことを考えていると、カランカランと鐘の音が続いていきます。
 どうやら私の後に福引した人も何か当てたみたいです。
 おばあちゃんを連れたご家族さんが、男の子たちだけのグループが、福引所の周りでたくさんの笑顔と幸福を咲かせていきます。

 私の幸運がみんなの幸運をもたらしたんだーっていうのは言い過ぎかもしれませんけど。
 それでも、きっと私のこの笑顔が次に巡っていったんだよって言えたらいいなって思うんです。

 幸運はいつだって、誰にだって尽きないんです。こうやって人の輪を巡って還っていきますから。

「おぉ、当たるときは続くもんですね」

「ふふっ。幸せそうに笑ってる。よかったぁ♪」


 たくさんの人がいて、みんながニコニコしてて……私はこういう景色が大好きなんです。
 やっぱり私は、自分だけじゃなくて、誰かが幸せそうにしているのを見る方が好きみたいで。


 きっと、だから私は、アイドルのお仕事が大好きなんだなって。


 そんな幸せになって欲しい人には、ちゃーんとあなたも入っているんですよ♪



「ところで……ペアってことは私ともうひとり行けますよね?」

 今日あなたが気付かせてくれたこと。思い出させてくれたこと。

「……ひとりで行ってもいいところだと思いますよ」

 勘の良いプロデューサーはもう私が何が言いたいのか気づいたみたいです。うろうろと目が泳ぎ始めました。

「茄子ひとりではハワイには行きませんよ~。ペア招待券ですから、ペア♪」

 ペアチケットが当たったって1人ではあんまり嬉しくないんです。
 それはきっと幸運かもしれないけれど、幸福ではなくて。
 一緒に行ってくれる「誰か」がいて、初めて幸福になると思うんです。

 今日ふたりでここに来れたから、ふたりで願って、ふたりで貰った神様からの贈り物だから。

 幸運を幸福に変えるには、きっとあなたが必要なんです。私はあなたといるから幸福なんですよ♪

「えっと……ちひろさんとか」

「ふふっ、南の島はお好きですか? プロデューサー♪」




 今日確信したことがあるんです。

 やっぱり私、一番の幸福はプロデューサーと出会えたことだと思います。
 それは今年も来年もその先もきっと揺るがない。そんな気がしていて。

 私の幸運を、幸福に変えてくれる人。

 そんな私の幸福が、巡り巡って、見知らぬ誰かに幸運をもたらして。
 たくさんのみんなを幸せに、最高の幸せを約束できるようにしてくれるんです。

 今年もきっといい年になるって信じられます。
 運だけじゃなくて……あなたがいるから。


 君ありて福来たる、なんて。



おしまい。

遅くなってしまいましたが、茄子さんが無料10連で来てくださったので。
誰かと一緒だと幸せが増えるね。

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