【モバマス】 塩見周子「なか卯には人生がある」 (67)


 [過去作]

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※独自設定有。もはや食事描写はサブ。冗談じゃないくらい長いです。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1517075122


周子「――またここへ帰ってこられますように。いや、また帰ってきますねー」


周子(大都会東京、日本経済の中枢である千代田区大手町。何故かあたしはこの場所にいる)


周子「……さてと」


周子(あたしは屈んだ状態から立ち上がる――目の前にはお墓と蛙の置物)


周子(お墓……。何の前起きもなくそんなことを言われたら戸惑うかと思うけど)


周子(別にお墓参りというわけではない。あたしの実家は京都だしね)


周子(まあ、お墓参りって表現も決して外れているわけではないんだけど……。より近い表現をするなら参拝? かな)


周子(そう、ここは将門公の首塚なる場所である)


周子(将門公――つまりあの平将門のことで、自らを新皇と自称し朝廷に反旗を翻した平安時代の豪族の一人だ)


周子(彼の起こした反乱は間もなく鎮圧されて、その後はまあご想像の通り――って感じなんだけど)


周子(そういうわけで、彼の紹介はここら辺にして……。何故あたしがこの場所にいるか)


周子(――将門さんに挨拶をして、それからあたしは別の場所へ向かう)


周子(せわしなく流れていく日々、過ぎ去っていく人々……。高層ビルがひしめき合うオフィス街を歩きながら、あたしは追憶の中へ落ちていく――)



 【昨日、事務所】


P「――周子、話がある」


周子「ほーい」


P「ほーい、じゃないだろ」


周子「はーい」


P「はーい、じゃないだろ」


周子「はい!」


P「よろしい」


周子「それで、お話ってなにー?」


周子「もしかして結婚するとか……?」


P「おい、その話はやめろマジで」


周子「美嘉ちゃんが言ってたよー、この前友人の結婚式に行ったんだってね」


P「そのことについて黙っておくわけにはいかないか? 口をつぐむわけにはいかないか?」


周子「えぇー、なんでなん?」


P「結婚というワードを俺の前で出すな(迫真)」


奏「――友人が続々と独身を卒業しちゃって寂しいのよね?」


楓「お酒を飲んで忘れましょうっ♪」


P「やめてくださいよ! 殺すぞ! ムカつくんじゃ!」


奏「こわーい(棒)。レッスン行ってくるわね♪」


P「もう帰って来るな」


楓「いただきました、ツンデレ」


P「俺がいつデレた!?」


楓・奏「「いってきまーす」」


P「……ったく、あいつらは」





周子「あはは……、ごめんごめん」


P「俺のことはどうでもいい……。問題はお前だ」


周子「問題……? もしかしてあたし何かやらかしちゃった?」


P「いや、そういうことじゃなくてな……」


周子「……?」


P「うちの事務所のアイドルの楽曲でコンピレーションアルバムを出すと言ったな?」


周子「あー、うんうん。その話は既に聞いたよー」


P「コンピレーションアルバムっつーのは、まあ簡単にいうと『グレイテスト・ヒッツ』とか『ベストオブなんちゃら』っていうアレだ」


P「それで現在どの曲を入れようか選考中なんだが……。まあ、それはまた別の話で……」


周子「つまり、どういうこと?」


P「つまりだな、『そのアルバムにただ既存の曲を入れるだけではつまらない』という声が会議で挙がってな……」


周子「ほーぅ。もしかしてプロデューサーさんが言ったの?」


P「社長だ」


周子「あ……。なるほどねー」


P「そこで、『うちのアイドルに好きな曲を歌わせるのはどうだ』って話になったんだ」


周子「好きな曲……?」


P「おう、そのままの意味だ。既存の曲とそういった曲を合わせて一つのアルバムにするって感じ」


P「……それで、担当のアイドルと相談して曲の候補を決めてる最中ってわけだ」


周子「なるほどねー……。ということは、シューコもその曲を決めなさいってこと?」


P「そういうわけだ」




周子「なんだー。問題とか言うからアクシデントでも起こったんじゃないかと思ったよ」


周子「というか、あたしにも早く知らせてよー」


P「いや、仕事の前に言ったら集中できないと思ってな……」


P「暇ができた順番で告知したってわけだ。別に一刻を争う事態でもないからな、今の段階では」


P「そして、問題っちゃあ問題なんだよこれが……」


周子「どういうこと?」


P「俺としては、お前の新たな魅力をここら辺でバーンとアピールしたいわけよ。新たな路線を開拓したいわけよ」


P「……でも、そういった曲がなかなか思いつかなくてな」


周子「ほぅほぅ……。それは大変ですねー」


P「お前の話だ。他人事じゃないぞ」


周子「ですよねー」


P「そういうわけで、お前にも考えてもらいたいわけよ」


周子「なるほどねぇー……」



美嘉「――やっぱシューコちゃんといったら『和風』みたいな?」





P「うおっ……!? 俺の後ろに音もたてずに立つような真似をするな!」


美嘉「お疲れー☆」


周子「美嘉ちゃんお疲れー!」


P「というか、その路線は既に確立してるだろ……」


周子「和風ねぇー。そういえばあたし、何でその路線になったん?」


P「それはフィーリングってやつだ! 小宇宙(コスモ)を感じたんだ!」


美嘉「うわー、出たよコスモ……。ガイアが囁いちゃったのかな……」


P「――とにかく、俺はこの後すぐに会議がある! そしてその後も打ち合わせがある! つまり今日は周子と話し合いできる時間がない!」


P「お前、明日はオフだったよな?」


周子「え? そーだけど……」


P「ちょうどいい。自分がどんな曲を歌いたいか、どんなコンセプトにしたいか、それをお前も考えておけ」


周子「一日じゃ決まらないかもしれないよ?」


P「別に明日中に決めろってわけでもない。ただ、考えて欲しいってだけだ」


周子「はーい」


P「はーい、じゃないだろ」


周子「はい!」


P「よろしい」


P「それじゃ、頼んだぞー――」





 【現在】


周子(そうしてオフ当日の今日、あたしはここへやって来た)


周子(街並みは相変わらず高層ビル……。行き交う人々は一様にスーツスタイルだ)


周子(――アイドルとしてのあたしを知っている人たちは、あたしのことを『和風なイメージ』という)


周子(あたしとしてもそれは嫌じゃないし、むしろ好きだし。それに『あの頃のあたし』をその路線でここまで導いてくれたプロデューサーさんには頭が上がらない。だから今のあたしも好き)


周子(……だけどあたし自身、あたしがどこへ辿り着きたいか、何をしたいか、それがまだ不明瞭な部分がある)


周子(――そもそも本当にあたしは『和風』なのかな? 髪もこんな風にブリーチかけてるし、ピアスしてるし、適当な性格だし)


周子(適当――良く言えば自由。いや、自由というか曖昧なんだ)


周子(曖昧……。そう、あたしは曖昧な人間だ)


周子(あの頃から、何も変わってない――)


周子(……いつの間にか新御茶ノ水駅に着いた。少し歩くとすぐそこに御茶ノ水駅が現れる)


周子(周りの景色が変わった。目的地まではもう少し)


周子(……だけどまだ追憶の中にいたくて、あたしは駅周辺の喫茶店へ足を運ぶ)





店員「お待たせしました。アメリカンです」


周子「ありがとうございます」


周子「……」


周子(曖昧……。そういえば、あたしって何でアイドルになったんだっけ?)


周子(始まりは、ほんの些細なきっかけだったと思う。ほんの些細な、人並みな理由)


周子(女の子が綺麗なものに憧れるのと同じ――そんな、人並みの理由)


周子(あんな存在になれたら、どんなことでもできるし、どんな場所へも行ける……。そう思ったから)


周子(――あたしは、伝統というものがあまり好きではなかった)


周子(伝統というものは、束縛という側面も持っている)


周子(それを受け継がなければならないという、個人の生き方を殺し全体を生かすという悲しい側面が)


周子(しかし、伝統がもたらす恩恵に憧れているあたしもいて……)


周子(自由で奔放な存在に憧れつつも、一方で伝統が持つ気高さも羨む……。そんな曖昧な自分が嫌いだった)


周子(あたしはそのジレンマの中で常に揺れていたのだ)


周子(例えば地元で、あの実家で暮らしていた過去のあたしがそう)


周子(ある時は、『お前は将来何になりたいんだ?』と父から聞かれたことがある)


周子(幼いあたしは父に手を引かれ松原通りを歩き、やがて松原橋でそんなことを聞かれた。幼子にその真意が分かるはずもなく、あたしは確か――)



 あいどりゅっ!



周子(そんなことを言ったかもしれない。さながら弁慶と牛若丸のように――父という弁慶の先制攻撃を、あたしは牛若丸さながらヒラリとかわしてみせたのだ。きっと父は『お菓子屋さんになりたい』と言うあたしを期待していたのだろう。あたしの実家は昔から続く、由緒正しき京都の和菓子店なのだ)


周子(今思い返すと、『そうかそうか……』と川床を眺めていた父の眼差しはどこか寂しげだった)





周子(また、こんなこともあった――あたしが高校生になる直前のことだ)


周子(あれは確か休みの日。『何もすることがないなら店を手伝って』と母に言われたのでそうしていたら、『あんた、何かやりたいことはないの?』と聞かれた。恐らく高校生にもなるのに『これがやりたい』というやる気を見せないあたしのプータローぶりを見て、将来を危惧して言ったのだろう)


周子(そう言われて、改めてあたしは心の片隅で燻っていた存在を思い出した――そう、アイドルという存在だ)


周子(それから間もなく……。あたしは芸能関係の養成所に入った)


周子(養成所――歌手や俳優、アイドル、声優など様々な芸能人を輩出することを目的に設立された、大手芸能事務所が抱える養成所だった)


周子(大手なので、その校舎は全国規模で存在する。あたしの地元にもあったので、あたしはそこに通うことにしたのだ)


周子(父はそれについて怪訝な表情をしていたが、母は『やっと自分の口でやりたいことを言ってくれた』と応援してくれた)


周子(養成所での日々は楽しかった。ダンスや歌、それから演技のレッスンもあって、世界が広がった気がした)


周子(――だけど、楽しい日々は長く続かない)


周子(あたしはレッスンさえ楽しく通っていたけど……。やがてその現実を知ることになる)


周子(養成所には段階があった。例えば『基礎・応用・研修』というように。一年に一度行われる進級試験の結果と、それから普段のレッスンの成果で成績がつけられ、次年度の自分の段階・クラスが決まるという仕組みだ。研修クラスまで上がると、色々と本格的なレッスンが受けられて、芸能人・アイドルという道も半ば現実味を帯びてくる)


周子(そして、進級試験には系列の芸能事務所の偉い人も審査員として見に来る。もしそこで目に留まれば、一次審査から二次審査、そして三次審査と上へ上がり、全てパスできれば芸能事務所へ所属――といった道のりだ)


周子(つまりは進級することも大切だけど、最終的に系列の芸能事務所に所属することが研究生のゴールなわけで、研修クラスまで上がったら本格的なレッスンを受けられるものの、そのクラスに上がれたからといって必ず所属できるわけじゃない。だからみんな進級試験に全てを賭けている……)


周子(それであたしの場合は……。あたしは、スムーズに三年で研修クラスまで行くことはできたんだ。だけど、それまで一度も進級試験の一次審査さえ突破できなかった……)


周子(そこで、改めて残酷な現実を突きつけられたってわけ)


周子(思えば、あたしは部活感覚だったのかもしれない。だけど、周りの人たちには『アイドルになる』という確固たる意志があった)


周子(あたしにもその意志が全くなかったわけではない……。けれど、命を賭けているような周囲の人たちに『あたしも全てを賭けている』と主張できるか――そう聞かれると、快く『はい』と答えられる自信はあまりなかった)




店員「――コーヒー、おかわりはいかがですか?」


周子「あ……。お願いしまーす……」


周子(一旦、息継ぎのために追憶の海から顔を出す)


周子「ふぅ……」





周子(そうして、一つの節目を迎えた――高校三年生の時)


周子(あたしはもう、半ば諦めかけていた……。そんな時、父から改めて進路について聞かれた)


周子(厳しい現実を叩き付けられた甘々のあたしは、確かこう答えたと思う――どうせアイドルなんかなれないんだし、養成所は辞めて、それで卒業後はうちで気ままに働こうかな)


周子(そう、自暴自棄だった)


周子(そんな自暴自棄のあたしに、父は一発喝を入れた――物理的な意味でも)


周子(そして父は『お前にはうちの店を継がせることはないし、働かせることもない』とキッパリ言い放った。勘当に近い物言いだった)


周子(後継ぎ候補ならうちの従業員がいるし、店員も間に合ってる。その為に俺が彼らを育ててきた――そう付け加えた)


周子(そういうわけで、あたしに残された選択肢は二つ……。進学するか、それとも実家以外で就職するか)


周子(進学するならお金も出すし、仕送りもしてやる。うちの店以外で就職するっていうなら家にいてもいい。だけどうちで働くと言うなら、お前には働かせないし、家を出てってもらう)


周子(そういう究極の選択を強いられた)


周子(あたしは反抗した……。理不尽に殴られて、それで強引に条件を決められるなんて心外だと思ったから)


周子(そしたら父の怒りボルテージは臨界点突破。あたしは父を憎んだけど、それと同時に情けない自分を呪った)


周子(父が怒ってくれた理由も、何もかも全部分かっていたのだ)


周子(あたしは伝統に縛られるのが嫌だった。『あそこの店の娘さん』という、そういう『いい娘を演じなくてはいけないあたし』になるのは死んでもごめんだった。うちの店は好きだけど、だから手伝いもしたけど、そういう存在にはなりたくなかったんだ)


周子(だからあたしは、アイドルという自由の象徴を望んだ)


周子(――なのに、あたしは一方でうちの店を保険にかけたのだ)


周子(死んでもごめんと言っておきながら、『和菓子屋で看板娘として働くあたし』というステータスも望んでいた)


周子(アイドルになれなかったら、路頭に迷ったら実家で働けばいい。実家という最終手段がある――そんな甘えがあった。全てが中途半端だった)


周子(父はそんなあたしの性格を、幼い頃から見抜いていたのかもしれない。だから怪訝な表情を浮かべながらも『こいつには好きな生き方をさせてやろう』と、養成所に入所することを許してくれたのかもしれない)





 お前が本気でうちで働くと言うなら、俺はそうさせた! だけど今のお前は何だ!?

 養成所だかなんだか知らないが、やりたいことがあると言ってあっちへ行っておきながら、今度はたった3年で駄目だったからうちで働かせて下さいだぁ!?

 甘えるな! 半端者がやっていけるほどうちの店は甘くない! 俺だって何年も下積みしてようやく店を任されたんだ! ここまで来るのに何年かかったと思う!? 

 俺は、お前には夢を追って欲しかった! 好きな生き方をして欲しかった! だからそんなことを言って欲しくなかった! そんな中途半端なままでは、うちで働かせることはできない!




周子(という言葉を京都弁でまくし立て、父は涙ながらにあたしを怒鳴りつけた。泣きたいのはあたしだ)


周子(そう、全てが図星だった。それが悔しくて情けなくて申し訳なくて……。泣きたかった)


周子(父は、松原橋でのあたしの言葉をずっと信じてくれていたのだ)


周子(――菓子屋でありながら、菓子屋の人生は決して甘くない)


周子「……」


周子「――すみません、コーヒーもう一杯お願いします」


店員「かしこまりました」


周子(絶対トイレ近くなる……)


周子(――そう、自分が駄目な理由なんて全部分かっていた。分かっていたのに、どうすることもできなかった)


店員「お待たせしました」


周子「ありがとうございます」


周子「……」


周子(それからはもう、やけになっていた……。ピアスを開けたり、遊び歩いたり……。だけど未練があったのか、レッスンだけは毎回参加していた……)


周子(そして、こうも思った――どうせなれないんだったら、一層のこと好きにやってやろうと)


周子(そうして、進級試験がやって来る)


周子(あたしは一番上のクラスだったから、それより上のクラスはない。在籍年数の規定があって、それまでに所属できなければ『さよなら』というわけだ。あたしの場合試験が駄目でも、在籍年数に余裕があったので留年することはできた。だけど、そんな気分ではなかった。だから、せめて最後くらい華々しく散ってやろうと思ったんだ)


周子(――けれど結果は駄目だった。一次審査突破の知らせをずっと待っていたけれど、とうとう来ることはなかった)


周子(あの時はもう、全てが終わったと思ったな……)






 ヴヴヴ……。


周子「……?」


周子「プロデューサーさん……?」


周子(スマホを見ると、プロデューサーさんからのメッセージ……。どうしたのかな?)


 あまり、思いつめるなよ。


周子「――ッ!?」


周子「どうして……」


周子「ふふっ……」


周子(ほんと、あの人は――あの時も)


周子(そうそう、プロデューサーさんだ。あたしはあの人に……)


周子(あれから、あたしは依然として父とは冷戦中だった……。あたしはなんとか謝罪する糸口を掴もうと、母に間に立ってもらって、そうしてお店の手伝いをしていた)


周子(そんな時だった――彼がお店に現れたのは)


周子(あたしは目を疑った……。だって、進級試験の時に審査員として席に座っていた若い試験官が、あたしのお店に来たんだもん)


周子(彼は、プロデューサーさんその人だった)


周子(彼はあたしを見るなり『生八つ橋、ありますか?』と聞いて、そうしてそれを二箱ほど購入した。そしてその後、プロデューサーさんは衝撃的な一言を父へ言い放つ……)


 お父さん、娘さんを下さい。


周子「……ッ」


周子「プ……! くくく……!」


周子(駄目……!今思い出しても……!)


周子(真剣なプロデューサーさんの表情と、開いた口が塞がらない父の顔……!)


周子(あたしも、きっと物凄い顔をしていたと思う)


周子(父が何か言う前に、プロデューサーさんは名刺を掲げ、そして次々とまくし立てた)



 私は〇〇という、大手芸能事務所から独立した現在の社長が立ち上げた会社で、アイドルのプロデュースを行っている者です。

 先日、娘さんの進級試験の際に審査員の一人としてお邪魔させて頂きました。

 娘さん――いや、塩見周子さん。彼女には素晴らしい魅力があります!

 私どもの会社はいわば黎明期で、駆け出しです……。なので私は系列事務所が抱えている全国の養成所を周り、戦力を探していました。

 単刀直入に申し上げますと、私どもには周子さんの力が必要なのです!

 改めて、周子さんを私に下さい……!





周子「くっ……! ぷぷ……!」


周子(そんなことを真剣に言うものだから、うちの職人さんまでも表に出てきちゃって一大事だよね)


周子(数秒間父は固まったままだった……。だけど、ようやく我に返って『お引き取り下さい』と言った)


周子(プロデューサーさんは何故かそれをすんなり受け入れて、サッと帰って行った……)


周子(ところが……。次の日もその次の日もプロデューサーさんはお店に顔を出した。律儀に毎回生八つ橋を買ってまで……)


周子(冷やかしならともかく、毎回商品を買ってもらっている手前上、強引に帰すわけにもいかず……。しかし、父はとうとう『もう来ないでくれ』と声を張り上げた)


周子(あたしは何もできずにいた……。あたし自身のことなのに)


周子(対するプロデューサーさんは、なおも熱心に説得を続けた)


 お父さん、これだけは言わせてください。私は、必ず周子さんを一人前のアイドルに育て上げてみせます。

 私は会場を後にする彼女に対して、このように問いかけました――最後に、何か言っておきたいことはありますかと。

 そしたら、彼女はこう答えました――あたしは、アイドルをなめていました。

 みんな死に物狂いでアイドルを目指しているのに、あたしにその気持ちはあったのかと聞かれたら、あたしは胸を張って「はい」と答えられる自信がありません……。あたしの中で、アイドルは憧れのままだったんです。でも、あたしはアイドルが大好きです……! 今まで夢を見させて頂き、本当にありがとうございました……。

 彼女はそう言いました。確かに他の人間からすれば、その発言は顰蹙を買うようなものだったかもしれない……。しかし、この世界は一瞬の輝きが必要とされる世界です。彼女のパフォーマンスにはそれがあった……!

 私は見えてしまったんです――彼女が衣装を着てステージで輝く姿が。ティンと来たんです。感じたんです。



周子(そうやってプロデューサーさんは、なおも力説を続けた)



 恐らく、彼女はあの一瞬に全てを賭けていたんでしょう……。それは他の人間も同じだったかもしれない。

 だけど、彼女のパフォーマンスはあの会場で一番輝いていました。「アイドルをなめていた」という言葉は嘘です……。いや、以前までの彼女ならそうだったかもしれません。しかし厳しい世界を知ってなお、彼女はそこへ挑もうとあの一瞬に命を賭けていました。

 お父さん、改めてお願いします――私は確かに若造のぺーぺーですが、曲がりなりにもプロデューサーです。私は彼女を一人前のアイドルに育て上げてみせます……! どうか、よろしくお願いします……!





周子(そう言って、プロデューサーさんは頭を下げた)


周子(あたし以上にあたしを知っている、アイドルにさせようと頭を下げているプロデューサーさん。彼がここまで熱くなっているのに、何もできない自分が本当に情けなく感じた)


周子(父はあたしを見る――その目は、『お前はどうなんだ?』と言っていた)


周子(その時、諦めてしまった想いに再び火が灯るのを感じた)


周子(あたしはプロデューサーさんの横で、彼と同じように頭を下げる)


 お父さん、あたしに夢を追わせてください。


周子(それしか言えなかった。それ以上何か言おうとすれば、泣き崩れてしまいそうだったから)


周子(どれくらい時間が流れたか――しばらく続いた沈黙の後、父は『好きにしろ』と言った)


周子「……」


周子「ごちそうさまでしたー」


周子(少しだけ休憩するつもりが、喫茶店に長居してしまった。あたしはようやく目的地へ向かう――)


周子「またここへ戻ってこられますように――いや、戻ってきます」


周子(目的地は神田明神。あたしはサッと参拝を済ませ、境内を後にする)


周子(明神さんの周辺は花街だった名残があり、路地には料亭だったと思われる趣深い和風な建物が存在する)


周子(そこを遠目で眺めていると、ほんの微かに地元の匂いがした……)


周子(そうして、来た道を引き返す。聖橋に差し掛かると、神田川の大きなお堀をメトロ丸ノ内線と中央線の電車が走って行く……。少し遠くに見えるのは秋葉原のビル群かな……)


周子(過ぎ去っていく人々……。近くに医科歯科大学があるみたいなので、恐らくそこの学生さんとか、大学病院に通う患者さんとか、そういった人が多いかもしれない)


周子(そんなことを考えながら、あたしは足を止める……)


周子(――あのひと悶着の後、あたしは上京した)


周子(そして、あたしはプロデューサーさんのもとでアイドルになった)


周子(彼の言う一人前になれたかどうかは分からない……。だけど、彼のおかげで今もこうしてアイドルをやれている)


周子(あれから何年も経ったわけではない。けれど、慌ただしく過ぎていく毎日は確実に昨日を、その前を遠い過去へ流していく)





周子(――そうそう、ここへ来た理由だったね)


周子(例えば将門さんの首塚――そこには、いくつかの伝説が存在する)


周子(そんな彼の伝説にあやかって、周辺の一流企業のサラリーマンたちは『左遷されても帰ってこられますように』と、あの首塚を参拝するらしい)


周子(そして、そんな将門さんを祀っているのがあの明神さんなのだ。首塚とセットで参拝すれば効果も倍増するのではないか――そんな邪な理由で参拝しているあたしは罰当たりかな?)


周子(そういうわけで、例えどんなことが起きてもまた東京へ戻って来られるように、アイドルとしてまたこの場所へ参拝できるように――そのような理由で、あたしはこの場所へたまに参拝するのが慣習となっていた)


周子(神様だって全員の願いを叶えていたら疲れちゃうし、参拝客が少なそうな日時を選んでね)


周子(最後まで他力本願なのかと言われればそれまでだけど……。要するに『精神的支柱』ってやつかな? 気持ちを新たに引き締めるって意味で参拝してるんだ)


周子「……」


周子(曖昧、自由……。あたしには何があるんだろう)


周子(あたしの新たな魅力って何? そして、今のあたしはアイドルとして何を表現したらいいんだろう。何ができるだろう……)


周子(プロデューサーさんのくれたメッセージを眺めながら、あたしは一人橋に立っていた……)





 【事務所】


周子「プロデューサーさん――」


P「おう、レッスン終わったのか?」


周子「うん、終わったよ」


P「そうか、お疲れさん――そういや、昨日はゆっくり休めたか?」


周子「うーん……。ゆっくりは休めなかったかな」


P「……え?」


周子「ふふっ、冗談だよ」


P「まあ、考えておけって言ったの俺だしな」


周子「いや、色々とゆっくり考えるいい機会になったよ。ありがとね」


P「ああ、そうそう……。その話なんだが、大丈夫か?」


周子「うん、大丈夫だよ」


P「別に昨日の答えを聞くわけじゃないんだが――ほれ」


周子「……なにこれ?」


P「俺のウォークマンだ。ほんとは一昨日渡せば良かったんだが忘れてた。すまん」


周子「……?」


P「何もない状態から創造するのは至難の業だ。だから、これを参考にしてインスピレーションが沸けばいいかなーと思って。お前に合いそうな曲のリストを作成しといた」


周子「あー、そういうことね!」


P「おう」


周子「でも、ほんとにいいの?」


P「ああ、普段聴く音楽はスマホに入ってるからな。それはお古だ」


周子「そうなんだ、ありがと――今聴いてもいい?」


P「いいけど、今日はもう何もないんだし、それに遅いから早く帰れよ?」


周子「りょーかいりょーかい。プロデューサーさんが仕事終えるまでには帰るよっ」


P「そうしてくれ。それと一応未成年なんだからできるだけ早く帰れよ」



周子「――じゃあ、はい」





P「……は?」


周子「イヤホン」


P「いや、見れば分かるが」


周子「一緒に聴こ?」


P「……仕事中なんですがそれは」


周子「いいじゃんいいじゃん。作業用BGMってやつ?」


P「作業妨害の間違いじゃないか?」


P「イヤホンもそこまで伸びねぇよ……」


周子「――じゃあ、あたしがそっち行くから」スッ


P「おい……。単純に仕事の邪魔です」


周子「あー、アイドルに邪魔って言った」


P「……」


周子「シューコちゃんが隣にいると邪魔かなぁ?」


P「……」


周子「それに話せる時間があるってことは、今はそこまで忙しいわけでもないんでしょ?」


P「……」


周子「はぁーい、決定。よろシューコねっ♪」スッ


P「……くれぐれも大人しくしてろよ」


周子「人を動物みたいに言わないでよー」


P「……」


周子「……♪」


P「……」


周子「……//」


P「……」



ちひろ(イチャイチャしやがって――はいはいワロスワロス)カタカタ





周子「ちょっと音量下げるね?」


P「……?」


周子「――ねえ、プロデューサーさん?」


P「……」




周子「何で、あたしを拾ってくれたの?」




P「……」


P「……自分を動物みたいに言うな」


周子「あ、確かに……。ふふっ」


周子「でも、それが一番適切な表現でしょ? 事実なんだし」


P「……」


P「……決して同情的な理由じゃない」


周子「……?」


P「お前をプロデュースすると決めて……。そしてあの日、親父さんと交渉した時の言葉が全てだ」


P「――審査の日、俺は審査員という立場であったが……。それはただの建前だ」


周子「建前……?」


P「ああ、あの場に同席させてもらうための建前だ。俺はいわば偵察・視察のためにあそこにお邪魔したのが本来の目的……」


P「従って、俺はあの場で研究生の全てを評価する権限は持たされていなかった」


P「つまり、一次審査の結果を決めたのは俺以外の審査員ってわけだ」


周子「……そうだったんだ」


P「ああ、そして俺はあの場での立場は一番下。俺が目ぼしい人材を発見しても、他の審査員が『うちで欲しい』と言って引き抜くような展開になったら、当時の事務所の規模という面でも譲らざるを得なかった。お前が全ての審査を突破してプロダクションに所属することになった場合も同様だ……」


周子「じゃあ、何であたしを……?」





P「――俺は、お前は一次審査を突破しているものだと思い込んでいた」


周子「……」


P「あの会場でのパフォーマンス――俺の中では、あのクラスではお前が一番だと思ったし、それに今まで養成所を視察してきた中でも現状トップクラスだった」


P「だから、既に審査員の誰かに声をかけられたか、もしくは養成所全体の推薦者リストに選ばれたものだと思い込んでいた。そして当然一次審査も突破したものだと……」


P「だから、お前をうちへ引き込むチャンスはないと思った」


周子「……」


P「ところが後日確認したところ、審査員のスカウトにもかかっていない、推薦にも挙がっていない、一次審査すら突破していない――その事実を知った」


P「そういうわけで、大穴のお前をうちへ引き込むために交渉に移ったってわけだ」


P「語弊があるような言い方かもしれないが、これはビジネスだしな……」


周子「でも、誰からも評価されてないってことは、一般的にあたしにはアイドルとしての商品価値がなかったってことになるよ?」


周子「それなのに、なぜあたしを選んだのかな――自分で言ってて悲しくなるけど」


P「それはさっき言った通りだ」


P「それに、あの日言った通りだ――俺の目には、ステージで歌って踊るお前の姿が映った。映ってしまった」


P「それは、これ以上ないほど素晴らしいイメージだった」


P「だったら、厚かましい上から目線の言い方になるが……。世間の奴らがお前の魅力を分からないなら、俺がプロデュースして分からせてやろうと思ったんだ」


P「そして塩見周子という魅力を見落としていた奴らに、『ざまぁ見ろ』と一番高い所から言ってやりたい――そう思ったんだ」



P「……こういうの、なんかいいだろ?」




周子「……ッ!」


周子「ふふっ……。そんな風に考えてくれてたんだ」


周子「――でもさ、どうしてうちの住所とか分かったん?」


P「……ッ」


周子「ひょっとして、養成所の事務局からこっそりくすねてきたり……」


P「……」


周子「それってさぁー、プロデューサーさんがいつも言う『こんぷらいあんす』ってやつに違反してるんじゃないかなぁー」


P「――違います。審査員用に配られた研究生のプロフィールに記載されていたのを『たまたま』見てしまっただけですよ嫌だなぁ」


P「断じて盗んだわけではない。これはプロデューサーとしての権限の範疇にある行為だ」


周子「ほんとかなぁー?」


P「ほんとだよ」


周子「……」


周子「ふふっ、冗談だよっ。ありがとね、プロデューサーさん」


P「まったく……」


周子「じゃあさ、あたしの魅力って何?」


P「それは自分で考えろ。宿題だ」


周子「えー、なにそれ」


P「……まあ、そういうところだよ」


周子「そういうところって――どういうところ?」


P「そういう適当で曖昧なところだ」





周子「悪口にしか聞こえないんですけどー」


P「まあ、そういうの全部ひっくるめて自由なところだな」


周子「……え?」


P「曖昧なのは悪いことじゃない」


周子「……」


P「散々迷って、そうして彩が豊かになるってことだ」


周子「……どういうこと?」


P「曖昧っていうことは、何にでもなれるんだよ。どんな色にも染められる」


P「だから何にでもなれる――お前はな」


周子「……っ」


P「お前がやりたいと思ったことが、そのままお前の色になる。それがお前の魅力だ」


周子「じゃあ、あたしの新しい魅力って――」


P「お前の新しい色……。俺はそれを探してる」


周子「……」


P「だから、お前はやりたいことをやれ。それがお前の新しい魅力だ」


周子「それが難しいっていうか……」


P「宿題だ」


周子「……プロデューサーさんのケチー」


P「――そういや、あれから親父さんとはどうなんだ?」





周子「話題を変えて逃げましたね」


P「いやぁ、京都かぁ……。今度は観光で行きたいもんだ」


P「――まともな休みなんてなかった(真顔)」


周子「あたしは別になぁー」


P「まあ、お前は地元だしな」


周子「そうそう。地元の人間からすれば、特に市内は観光客でごった返すし、そのせいでタクシーとかバスの運転は『マッドマックス~怒りのデスロード~』って感じだし。渋滞も凄いし」


P「物騒過ぎるだろ京都……」


周子「それに、どこもそうかもしれないけど……。京都は特に盆地だから夏は灼熱で冬は極寒だしねー」


周子「観光で来た人にとっては、そういうところも魅力になるのかもしれないけど」


P「地元民からすれば迷惑ってか」


周子「いや、迷惑ってわけじゃないけど……。多くの人が来てくれるから世界でも有数の観光地になれたってわけだしね」


P「まあ、地元民故の複雑な感情ってやつだな」


周子「そうそう、三分の一の複雑な感情って感じ?」


P「残りの二つは何だよ……」


周子「――それになんだかんだ、まだお父さんとは冷戦中なんだよね」





P「冷戦中?」


周子「うん……。以前よりはだいぶマシになったけど、まだあたしのことを認めてくれてないというか、なんというか……。そういう雰囲気があるみたいでさー」


P「……そういう理由もあって、地元から余計に遠ざかってる状態か?」


周子「うーん、そういう部分もないとは言えないかもねー……。特に仲が悪いってわけでもないけど、うまくいってるとも言えないみたいな……。そういう曖昧な状況かな」


P「じゃあ、帰省した時もそんな感じってことか」


周子「そーだねー」


P「なるほどなー……。まあ、なんとかなると思うぞ」


周子「……え?」


P「というか、俺が何とかさせる……」


周子「……?」


P「――俺は京都、好きだけどな」


周子「……」


P「帰る場所があるってことは、いいことだ」


周子「……」


P「帰る場所があるから、旅に出られる……」


P「お前もきっと、そう思える日が来る――」


周子「……」


周子(どこか神妙な面持ちでそうつぶやいたプロデューサーさん)


周子(あたしはまだ、そこに隠された意味を知らない……)


周子(そして、彼が出した宿題の解答も――)




 【周子の部屋】


周子「……」


周子(眠れない夜――プロデューサーさんのウォークマンで音楽を聴きながら横になる)


周子(何故だか彼が傍にいるような錯覚を覚え……。あたしの脳裏を過るのはそんな彼との日々、そして過去の思い出の数々……)


周子「……あっ」


周子(まどろみの中で、スマホを持つ手が滑った)


周子(メッセージアプリを起動していた――プロデューサーさんへ『ありがとう』と送るか送らないか迷っていたところだった)


周子(やっちゃったー……。睡魔にやられ手が滑り、誤ってそれを送信してしまう)


 急にどうした。


周子(プロデューサーさんからすぐに返信が来る)


周子「……どうしよ」


 どういたしまして。


周子「……」


 あ、そうだ。


周子「……?」


 お前は俺に「拾ってくれた」って言ったけど、それは違うぞ。


周子「……え?」


 お前は俺に拾われたんじゃない。俺がお前に拾われたんだ。


周子「……どういうこと?」


 俺はお前に拾ってもらったんだ。お前も含めて、他のアイドルにも。だから今の俺がある。


周子「……」


 だから礼を言うのは俺の方だ。じゃあ、ブラック労働のせいで眠いから寝ます。マジ卍。


周子「ふふっ……。おっさんくさっ……」


周子(あたしの返信を待たず、プロデューサーさんは一方的にやり取りを切り上げる)


周子「ほんと、あの人は――」





 忘れかけてた遠い記憶 風がかき乱すように 流れ去る透明のあなたの夢を見ていた



周子(夢と現実の間で、優しいメロディーが流れている)



 Baby 今は泣かないで いつものように聞かせて あの頃見つけた真っ白な想いとざわめきを



周子(帰る場所があるってことは、いいこと――)



 愛しい人 震える想いをのせて いつまでも夢の中にいて



周子(帰る場所があるから、旅に出られる)



 小さな頃から 叱られた夜はいつも聞こえてきてた あの小さな呪文



周子(あたしにとっての帰る場所、それは……)



 乾いた風に 行き詰まっても 怖くはないわ 一人じゃない



周子(プロデューサーさんと、そして――)



 深く眠る前に あなたの声を忘れないように



周子(きっと、曖昧なあたしはこれからも迷い続ける……)


周子(だけど、その分様々な色に染まれる。その色をあたしの色にできる)


周子(帰る場所があるから……。だから……)


周子(今のあたしにしか表現できないものが、きっとあるんだよね)


周子(今のあたしが伝えたいこと、表現したいことは――)


周子「……」


周子「決めたよ、プロデューサーさん……」




 【それから――】


周子「……着いたーん」


周子(季節は巡り――今、あたしは京都駅に降り立った)


周子(新幹線の改札を抜けて、中央口を目指す)


周子「……あっ」


周子(その途中、『アコースティックライブin上賀茂神社』と書かれたポスターが目に入った)


周子(ラジオ局主催のイベントで、京都にゆかりがあるアーティストなどを招いてアコースティックライブを行うらしい)


周子(そこの出演者リストに『塩見周子』の文字……)


周子(そう、あたしはこのライブに出演するために帰省した)


周子(例のコンピレーションアルバムは完成し、あたしの歌いたかった曲も無事に収録された……)


周子(嬉しいことに、それがメディアに取り上げられて話題となった)


周子(そうして歌番組やバラエティー番組、ワイドショーなどで曲を披露した経緯があって、それが主催者の目に留まり出演が決まった……。そういう顛末だ)


周子(出演が決まり、サポートメンバーの皆さんと打ち合わせや練習を重ね、そしてこの場所へやって来た……)


周子(本番は今日から四日後で、最終的な打ち合わせ、そして会場でのリハーサルは三日後。二日後はライブ関連の取材がある……)


周子(つまり、明日丸一日は何もない――それじゃなぜ、今日現地入りしたのか)


周子(それは、プロデューサーさんの粋な計らいというか……)


周子(仕事とはいえ、帰省するのだからせめて一日くらいはゆっくりして欲しい――口には出さないけど、きっとそんな想いであたしのために調整してくれたんだ)


周子(プロデューサーさんは明日こちらへ来るらしい)





周子(――というわけで、新幹線を下りて中央口を抜けた)


周子「……」


周子(あれから何年も経ったわけではないけれど、何故か凄く久しい感覚が押し寄せる)


周子(これまで、毎年帰省しているにも関わらず……。久しぶりというか、懐かしいというか……)


周子(時間帯はすっかり夜……。中央口を抜けると、ライトアップされた京都タワーが煌々と夜の都を照らしている)


周子「……」


周子(ライブがあって、それが終わるまでは実家にお世話になることは既に連絡してある)


周子(そして、あたしが今日帰って来ることも……)


周子(母は、『あらかじめ連絡しなさい。そしたら迎えに行くから』と言ってくれたけど、あたしはそれを断った……)


周子(それは、ここから歩いて帰れるってのもあるけど……)


周子(――あまり気分が乗らなかった)


周子(気分が乗らない――いや、いつも通り帰ればいいだけ。そうなんだけど、東京に出て以来、あれから毎回帰省するとどこかよそよそしい感じがあたしの中にはある)


周子(……お察しの通り、原因は父との関係にあるんだけどね)


周子「……」


周子(あたしは歩き出す……。目的地は実家ではない……)


周子(最後の悪あがきというか……。そうやってあたしは夜の京都を徘徊してみせた)





周子(あたしは特に、地元に深い思い入れがあったわけではなかった)


周子(……だけど、なんだかんだいってあたしはこの街が好きなのだろう)


周子(特に夜……。観光客で溢れる日中とはまた違う顔を見せる)


周子(京都タワーを通り過ぎ、烏丸通を歩くとすぐに東本願寺が現れる。そこから路地に入った)


周子(今回は短期の滞在だから、キャリーケースは持ってこなかった。なので旅行用のリュックを背負っている……。ライブの衣装などは衣装班・機材班となった業者の方々が運んでくれる。しかし、そうは言ってもあたしも一応女の子なので、そういった女の子らしい私物でそれなりの重量はある……)


周子(そんなリュックを背負って、あたしは夜の街を徘徊する……。気付くと和泉屋町の路地にいた)


周子(昔ながらの町家造りがずっと続いて、それをお洒落な街灯が照らしている。昼間とは違う、どこか妖しい雰囲気……。あたしは昼の街より、夜の街の方が好きだった。現実世界と冥界がリンクしたような、そんな雰囲気が夜の京都にはある)


周子(……そう。なんだかんだいって、あたしはこの街が、京都が好きなんだ)


周子(そう感じると、様々な感情があたしの中を巡っていく……)


周子(長距離の移動と重い荷物で疲れているはずなのに、あたしは気付くと振り出しとなる京都駅へ戻って来ていた)


周子(和泉屋町や美濃屋町まで行ったらあたしの実家はもう近いのに、気付くと駅へ戻っていた……)


周子(何故、あたしは帰りたくないのだろう――そう考えると、僅かに父の顔が浮かんだ)


周子(父は、あたしのことをどう思っているのだろう――)


周子(半ば無心で、反対側となる八条西口に来ていた……)


周子「……おなかすいたーん」


周子(京都特有のネギだくラーメンを提供するラーメン屋があったんだけど、ぼーっとしていてここまで来てしまった……。散々歩いてお腹も空いている)


周子「――あっ」


周子(どこかで空腹を満たそうと思ったら、目の前に『なか卯』が現れた……)


周子(あたしはその時、プロデューサーさんの顔を思い出す――)




 【なか卯店内】


店員「らっしゃっせー」


周子(なか卯……。すき家など数多のチェーン店を運営しているゼンショーが同じく手掛けている丼・京風うどんをコンセプトとしたお店……)


周子(――というのはプロデューサーさんの話)


周子(以前、プロデューサーさんとの会話の中で京都の話題になったとき、彼はこのお店のことを話してくれた)


周子(なんでも、プロデューサーさんは学生時代に京都を一人で訪れたことがあるらしい)


周子(その際、この八条西口を出てすぐのビジネスホテルにチェックインし、夜の街を徘徊したという話をしてくれた……)


周子(そして、このなか卯で夕飯を済ませた――そう言っていた。まさに今のあたしと同じ状況)


周子(そんなプロデューサーさんは、このなか卯での話も語ってくれた)


店員「――少々お待ち下さーい」


周子(なか卯は券売機制。あたしはとあるメニューを購入し席へ着く。店員さんに食券をもぎりしてもらって、料理が出来上がるしばしの間、サービスのお茶を飲んで待つことにした)


店員「お待たせしましたー」


周子「ありがとうございまーす」


周子(……すごっ)


周子(間もなく、あたしが座るカウンター席に料理が届けられる)


周子(あたしが頼んだメニューとは――)



 そうそう、なか卯といったらもちろん親子丼だ!
 いや、牛丼もすき焼き風味で好きだし、カツ丼もある。だがな、なか卯の真骨頂といったら親子丼だ!



周子「……でかっ」



 以前は大盛までしかなかったんだけどな、今は特盛もできた!
 更に、鶏肉もボリュームアップしてリニューアルされたんだ!



周子(プロデューサーさんの顔が蘇る……)





周子(そう、あたしが頼んだのは特盛の親子丼)


 更に、特盛の親子丼をオーダーするとなか卯自慢の「こだわり卵」もついてくる!


周子(あの言葉の通り、特盛の親子丼に卵がついてきた)


周子(ご存知の通り、親子丼は既に卵でとじられている料理なのに、そこに卵がついてくるのだ。あたしはそれについて疑問を覚えたんだけど……)


 分かってねぇな……。


周子(プロデューサーさんはあたしの疑問を一笑した)


 お前に、なか卯の親子丼の食い方を教えてやる……!


周子(そして、頼んでもないのに彼はそういって語り始めた……)


周子「……まず、卵を割る」


周子(プロデューサーさんの言葉が、脳内でリフレインを起こす。あたしはそれに導かれるように、手を動かした)


周子「……こうしてっと」


周子(卵を割り、それが入っていた容器に落とし、そしてかき混ぜる)


周子(――そう、黄身と白身を分けるエッグセパレーターがついているにも関わらず)


周子(そうして、卵をかき混ぜて溶き卵にする)


周子「あとは、こうしてっと……」


周子(そして、溶き卵を親子丼へ流し込んだ)


周子(卵でとじられている料理へ更に卵を投入するという、野蛮とも思える行為……)


 そう思うだろ? だけどな、それでかき混ぜてみろ!


周子(プロデューサーさんが言っていた通りに、溶き卵をかけた親子丼をかき混ぜてみる)


周子(そうして出来上がった物体は、お世辞にも綺麗とは言えない……)


 まあ、見栄えは決して良くないが……。そいつに醤油をちょっと散らして食ってみろ!


周子「……」


周子(喉が鳴る……。散々歩いて空っぽになったお腹が、目の前の物体を欲している……)


周子(卵でとじた料理に更に卵をかけ、そしてかき混ぜてぐちゃぐちゃになった物体……。そこに醤油を散らして……)


周子(一緒に頼んだサラダがあるのに、あたしは欲望に負けて前菜という概念を捨てた……)


周子「いただきます……!」


周子(そうして、遂に口へ運ぶ――)





周子「……」モグモグ


周子「……ッ!?」


周子(こ、これは一体なんなん……!?)


周子(あたしは親子丼を食べているはず……! なのに……)


周子「これ、卵雑炊やんな……?」


周子(そう、親子丼に卵を落としてかき混ぜると、さながら卵雑炊のような風味になった)


周子「お、おいひい……」



 居酒屋で鍋料理食った後に、締めで雑炊にするだろ? え? あ、そっかお前未成年だもんな……。でも家で鍋食った後とか雑炊にしたり、麺をいれたりするだろ? あの締めの雑炊みたいになるんだよ! 親子丼が!



周子(確かに、プロデューサーさんの言った通りだ)


周子(見栄えは決して良くないけど、ふわとろな親子丼に追いソースならぬ『追い卵』をしてかき混ぜることで、親子丼が卵雑炊風味の親子丼へ変わる)


周子(それは、約束された勝利の組み合わせ……。これでもかと濃厚でクリーミーな物体は口の中でとろけ、あっという間に消えてしまう……。いわば『卵の優しい暴力』。矛盾しているけれど、そういう表現がしっくりくる。あたしは今、卵をこれ以上ないほど味わっている)


周子(醤油を散らしたことでふわりとした味がシュッと締まる。濃厚な卵の味わいが全体的にシャープになって、完成された味となる)


周子(お出汁が効いた親子丼が卵によって更に濃厚となり、それをかき混ぜることでお出汁の味と卵の濃厚さ、醤油のアクセント、それらが渾然一体になった『デリシャス・ジュース』と化す……!)


周子「……ッ!」


周子(行儀が悪いけれど、欲望に負けてかき込んでしまう……! 口の中ですぐに消えてしまう至福の味は、さながら雪の華。新雪のように儚い)


周子(ぷりぷりの鶏肉。噛む度に反発し、うま味のエキスを放出する――そんな鶏肉が一杯入っていて、非常に食べ応えがある)


周子(お箸で食べちゃったけど、これはレンゲで食べた方がおいしいかもね……。レンゲで一気にかき込みたい……!)



 飲んだ後になか卯があったら、俺はそうするね。



周子(未成年なので、お酒を飲んだ時のことは分からないけど……。でも、確かにこれなら散々飲んだ後も食べられると思うな)






 そして、なか卯といったら忘れちゃいけないサイドメニューがあるっ!



周子「……あっ」


周子(親子丼に夢中で忘れていた……。あたしは親子丼とサラダの他に、もう一品サイドメニューを頼んでいた……)



 なか卯といったら親子丼、そして唐揚げだ!!



周子(からあげ――三個は100円、5個は150円、10個は300円。安すぎる)


周子(あたしは5個のからあげを頼んだ。チェーン店で、しかもこの安さのからあげとなったら、正直クオリティには疑問を持っていたけれど……)


周子「……おいしそっ」


周子(ぷりぷりで、衣が多めのからあげは見るからにおいしそう……)


周子(そして……。小鉢に入ったそれを箸でつまんで、一口で放り込む……)


周子「……むふっ!?」サクッ


周子(お、美味しいわぁー……!)



 俺はなぁー、からあげは胸肉よりモモ肉派なんだ。加えて言うと衣が厚いやつでサクサクしてるのが一番だな。どっちかって言うと竜田揚げに近いようなからあげかな? だから俺はなか卯のからあげはお気に入りの一つだ。からあげ食いたくなったらなか卯にも行く。持ち帰りもあるしなっ。



周子(あたしは、別にからあげには大きなこだわりはなかったけれど……)


周子(このからあげ、好きかも……!)


周子(モモ肉のからあげ。サイズ的に決して大きくはないけど、食べ応えがある……! 衣は見た目と違わない、サクサクで厚い衣! そして中身はぷりっぷりでジューシー!)


周子(下味に生姜なども使っているのかな……? 和風を感じさせる風味が噛む度にジュワッと溢れてくる……!)


周子(サクサクの後にくるジュワリ。それは味の二重奏――いや、ジュワリの後に来る、味が染み渡るジワジワ感。これは鶏肉と衣と肉汁が織りなすからあげ三重奏!)


周子(いやいや、そこに下味の風味を加えれば……)


周子(まさに鶏が奏でる四重奏! からあげのアンダンテ・カンタービレや!)意味不明





周子「……」


周子「おいひいわぁ~……」モグッ


周子(それからは、からあげを食べては親子丼をかきこみ、親子丼を食べてはからあげをつまんで……。まさに鶏尽くし)


周子(やがて、今更サラダの存在を思い出し……。前菜ではなく箸休め目的でそれを平らげる。そして……)


周子「ごちそうさまでしたぁ……」


周子(あっという間になくなってしまった……)


周子(濃厚な卵と、それに包まれたご飯……。それは解けた雪に等しく、あっという間に消えてなくなってしまった)


周子(普段のあたしなら特盛というサイズを選ぶことはあまりない。だけど、この親子丼はスルリと入ってしまった。なるほど、プロデューサーさんが『卵雑炊』と例えたのも頷ける)


周子(それゆえに、なくなってしまった後の口惜しさを感じる)


周子(――幸せな時間は、あっという間に過ぎ去っていく)


周子「……?」


周子(余韻に浸っていると、トレーの隅で食器の下敷きになった紙を発見する)


周子「これは……?」


周子(それは、サービス券だった)



 そうだ、なか卯に行くとサービス券が貰えるんだよな。



周子(……そういえば、プロデューサーさんも言ってたっけ)


周子(サービス券には『こだわり卵無料券』、『からあげ二個無料券』とある)


周子(めっちゃ便利やん……)


周子(あたしはそれを取って、ズボンのポケットにそっとしまい込んだ)


周子(……別に、取らなくても良かった)


周子(でも、そのサービス券が何故かお守りのお札のように思えて……。今と、そして未来のあたしをこの世界に繋ぎとめる証明のような……)


周子(何を言っているんだ――そう思うだろうけど)


周子(そんな、サービス券というお守りの力を借りたあたしは一つ決心する)





周子(幸せはあっという間に過ぎ去ってしまう……。だから、あたしが掴み取らないと)



 お前もきっと、そう思える日が来る――



周子(プロデューサーさんが教えてくれた、この幸せを逃さない為に……)


周子「――すみません、お願いしまーす」


店員「かしこまりましたっ」


周子(そうして、あたしは券売機でからあげ10個を購入する。持ち帰り用だ)


周子(そういえば、父はからあげが好きだったような……)


周子(サービス券とからあげの力で、あたしは家へ帰る決心をした)


周子(二つの力があれば、きっとあたしは大丈夫)


周子(プロデューサーさんが紹介してくれたこのお店が、あたしの験を担いでくれるような気がして、勇気をもらった気がして。そうやってあたしは確かな足取りで一歩一歩、家までの道のりを踏みしめていった――)




 【翌日】


 間もなく、京都です――


P(やっと着いたか……)


P(――塩見周子、彼女にとって初となる凱旋ライブ)


P(まあ、今回は単独ではなく他のアーティストとの合同ライブとなるわけだが)


P(更なる注目を得て飛躍するチャンスには変わりない。そんな、重要なイベント)


P(今日から二日後のリハーサルを経て、三日後に本番を迎える)


P(今日一日はフリーだが、明日からまた忙しくなる)


P(関係各所への挨拶周り、地元の新聞社や音楽雑誌の取材など)


P(……フリーといっても、俺についてはそんな時間はないんだけどな)


P(事務所で最後の事務仕事を終えて、他の担当アイドルの仕事、そのスケジュールの最終確認を終えて急いで新幹線に飛び乗った)


P(そして、今日もまだ『仕事』がある……)


P(――東海道新幹線、京都へ到着した旨をアナウンスが伝える)


P「ビーアンビシャス!!」



 ネーネーオカーサン、ヘンナヒトガイルヨー? シー、ミチャイケマセン!



P「……」


P(このライブを終えれば、休日はもうすぐだ……)


P(まあ、俺の休日については置いといて、今はあいつだ――)


P(新幹線を降り、改札を抜け、八条西口を目指す)


P「久しぶりだな、京都……」



周子「――おっす」





P「……うおっ!? 驚かすなよ!!」


周子「ふふっ、なんか一人でポーズ決めてたから簡単に見つけられたよっ」


P「え……」


周子「一人だけ浮いてたもん。プロデューサーさん、ほんと面白いね」


P「……」


P(仕事――そう、俺はこいつの実家に挨拶に行く重大ミッションを控えているのだ)


P(一応、お世話になってるというか……。こいつの地元に来たんだしな。ここから遠いならまだしも、近いからな……。挨拶の一つくらいしておくのが道理ってもんだ)


P(だから昨日から帰って来ている周子に連絡して、実家に案内してもらうことになった)


P(いや、家の場所はもちろん知っているわけだが……。彼女が帰って来ているなら、彼女の助けを借りようという算段だ。決して一人だと怖いとかそういう理由じゃない……。違うぞ……。効率を重視した結果だ……)


周子「プロデューサーさん」


P「……?」




周子「おかえりっ」クスッ




P「……ッ」


P「ただいま――って、違うわ」


周子「ふふっ、ばれたん?」


P(帰る場所……か)


周子「それで、今日はうちに来てくれるん?」


P「そうだな、お邪魔させてもらうよ――ホテルのチェックインが済んだらな」


周子「うちに泊まれば良かったのにー。経費も節約できるよっ?」


P「お前はいつから社員側になったんだ。それは色々とまずいから駄目だ」


周子「えー、部屋とか空いてるんだけどなぁー」


P(どこか遠い目線で冗談を言う周子。そんな彼女と宿泊先のビジネスホテルへ向かう)





P「なんか、すまないな」


周子「……え?」


P「今日ぐらいゆっくりしたかっただろ。なのに、こうして案内役を任せちまって」


P「どっちみち、お前の実家に行けばお前がいるのにな」


周子「急にどーしたの? いいよ、だって『それじゃあ迎えに行ってあげるよ』って提案したのはあたしじゃん?」


P「まあ、そうだけどな……」


周子「それに、ゆっくりできたから……。許してあげるっ」


P「おう……。すまんな」


周子「いいってことよ。ほら、どこに泊まるの?」


P「――あそこだ」


周子「なんだ、めっちゃ近いやん」


P「そうだな……。あっ……」


周子「どーしたん?」


P「このなか卯……。懐かしいなぁー」


周子「やっぱり、プロデューサーさんが言ってたなか卯ってここだったんだ」


P「ああ。あの時はここで夕飯食ったなぁー……」


周子「旅行なんだから、チェーン店以外にすれば良かったのに」


P「うるせー――ほら、さっさと行くぞ」


周子「別にあたしはホテルに用はないんだけどね」


P「……すみませんでした」


周子「ふふっ」


P(新幹線で数時間かけ、気付けばすっかり暗くなっていた)


P「――じゃあ、チェックインして荷物置いてくるから。すぐに来る」


周子「うん、待ってるよー」


P(そうしてチェックインを済ませ部屋に入り、キャリーケースを置く。一呼吸置き、東京で買ってきた手土産を持って外に出た――)





P「……すまん、待たせた」


周子「ほんとだよー。最近は芸能人へのパパラッチが過激なんだから気を付けてよねー」


P「すまん……」


周子「冗談だよっ。言い出しっぺはあたしなんだから、そんなに深刻にならないでよ」


P「あと、ここに来るのすっかり遅くなっちまった……」


周子「いいよ。だって、ギリギリまでお仕事してたんでしょ?」


P「……ああ」


周子「プロデューサーさん、なんか今日はらしくないね? どーしたん?」


周子「あたしは大丈夫だから、ほらっ」プニッ


P「ほ、ほっぺをつまむにゃよ……」


周子「ふふっ……。プロデューサーさん、もしかしてうちに来るの緊張してるん?」


周子「大丈夫だよ――いつもお仕事お疲れ様。ありがとね」


周子「ほら、おうち帰ろっ?」


P「俺のうちじゃないんですが……」


周子「~~♪」


P(夜の京都。観光客でごった返す昼間とは違う、どこか不思議な雰囲気……。京都タワーがそんな街の空をぼんやりと照らしている)


P(俺の手を引いて歩く周子……。その後姿はどこか妖艶で、この世ではないどこかへ誘われているような錯覚を覚える。永久不変で、とこしえの海へ……)


P(ぼんやりとした景色と、ぼんやりとした明かりと、ぼんやりとした意識……)


P(浮ついた足で、俺はやがて周子の実家へ辿り着く)


P(帰る場所――)





P「……」


P(かくして、俺は周子の実家への挨拶ミッションを完遂した――)


P(した……。はずだったんだが……)


周子「もう、やめて言うとるやんな!?」


母「プロデューサーさん、これかわいいやろぉ?」


P「あ、はい……!」


P(周子の実家へ挨拶に伺った……。周子の母は歓迎してくれて、客室に招待された)


P(そして客室でお茶などを頂いて、周子の近況や世間話に花を咲かせていたところ……)


母「この娘、見た目によらず意地っ張りなところがあるんですぅ。プロデューサーさんにはご迷惑を――」


P「いやいや……! むしろこちらの方が周子さんには助けられてるといいますか……!」


周子「もう、あたしの話題はいいからさっ!」


P(母がおもむろに居間を立ち去ったかと思えば、今度はアルバムを持って戻ってきて、そうして周子の小さい頃の写真などをこちらに見せながら解説を始めたのだ)


P(これまでの経験で厳格な家庭を想像していた俺にとっては、なんだか拍子抜けをくらった気分だ)


P(いや、代々続く歴史ある和菓子店だ。実家も格式と威厳がある由緒正しい和風建築の家で、俺はだいぶ畏まっていた)


P(しかし、その家に住む住人はとても親切で気さくな方だったのだ。そのギャップで俺は拍子抜けをくらったのだ)


周子「お母さんは戻ってて……!」


母「はいはい。それじゃあお邪魔虫はこの辺でぇ――」


周子「もう……」





P「……」


P「なんか、お前が取り乱すのって新鮮だな」


周子「プロデューサーさん、あたしをからかってるん?」


P「いや、そういうわけじゃねーけどさ……」


P「お前、かわいいな」チラッ


周子「……え//」


P「いや、この写真。小さい頃から変わってねぇーなー」


周子「……なんなん? それって悪口?」


P「いや、いい意味で」


周子「もう、知らん//」


P「――まあ、こうして挨拶させてもらって本当に良かった」


周子「……」


P(親切で気さくな方――)




父「失礼します」ドンッ




P(そう、母に限っては……)





周子「お父さん……!?」


父「プロデューサーさん、お酒は飲みますか……?」


P「……え」


P「あの、そろそろホテルに戻らないと……」


父「そういえば、夕飯は食べましたか?」


P「いえ、まだ……」


父「おーい、母さぁーん!」


母「はぁーい――プロデューサーさん、夕飯がまだならどうぞこちらをお召し上がりになって?」


P「……え」


P(旅館の夕飯レベルなご馳走と、そして周子の父が持ってきた酒が居間のテーブルに並べられる……)


P「あの、これは……」


父「長旅でお腹も空いているでしょう……。遠慮せずにどうぞ……!」


P「あのー……」


父「ビールでよろしかったですか?」


P「え、ええと……」


父「あ、焼酎や日本酒もありますから」


父「ほらほら、どうぞ――」トクトク


P「あ、すみません……」


周子「お父さん……!」


父「せっかくはるばる来て下さったんだ――ささ、どうぞどうぞ」


P「わ、私もおつぎ致します、お父様……!!」


父「お父様なんて、そんな堅苦しい……。照れますなぁ」


P「す、すみません……」


父「いえいえ、どうぞ遠慮せず頂いて下さい」


P「そ、それでは頂きます……!」





周子「プロデューサーさん……!?」


P(これって、いわゆる『ぶぶ漬けトラップ』じゃないよね……?)


P(目の前にある『京都町家麦酒』というラベルのおしゃれなビール瓶を眺めながら、俺はふとそんなことを考えるのだった)


P(更にその奥には『英勲 古都千年』というラベルの日本酒がある……。どちらも地ビール、地酒の類だろう……。果たして俺は今夜、この屋敷から生きてホテルまで帰れるのだろうか……)


P(明日、仕事だぞ……)


P(そう何度も言い聞かせるが、俺の口元には既に7対3の完璧な分量で注がれた琥珀色の液体、それに満たされたグラスがある)


P(もう、知らん――)





周子「……プロデューサーさん、飲みすぎだよ?」


P「あ、あぁそうだな……。すまん……」フラフラ


周子「もう、千鳥足じゃん」


P「いや、大丈夫大丈夫。まだまだいけるぞ俺はー」


周子「完全に酔っ払いのセリフだよ……」


周子(父とプロデューサーさんの酒宴は、二時間ほど続いた)


周子(あたしのことを饒舌に話す二人――あたしは耐えられなくなってその場を後にしようとしたけど、父から『お前もここで食べてけ』とか『プロデューサーさんにお酒をおつぎしなさい』とか言われて、結局付き合わされた。あたしは仲居さんじゃないのに……)


周子(それにしても、プロデューサーさんとお酒を酌み交わす父は、初めて見るような父だった)


周子(父はお酒を飲むような時も、決して羽目を外すようなタイプではない。酔ってもちゃんと自我を保てるタイプだ。お盆やお正月に親戚一同が集まって宴会が催される際も、決して潰れるようなことはない。ただ黙々とお酒を飲んで、たまに一言二言会話するような人間だった……)


周子(それなのに、プロデューサーさんとお酒を飲む父は実に楽しそうで、いつになく饒舌だった)


周子(そして……。酔っているプロデューサーさんをそのまま一人で帰すのは不安だったので、あたしは見送り役としてこうしてホテルまで付き添っている)


周子(心地よい夜風が吹き抜ける――空にはまんまるの月が浮かんでいた)


周子「――少し、夜風に当たろうよ」


P「おう、そうだなー」




周子「ほら、手――」




P「……え?」


周子「プロデューサーさん、危なっかしいから」


P「いや、あのな……。こんな夜に少女とスーツ姿のおっさんが手を繋いでたら警察に……。それに、文〇砲がぁ――」


周子「いいから、酔っ払いは黙ってて」


P「はい」


周子「素直でよろしい」ギュッ





周子(プロデューサーさんの手……。酔っているからかほんのりと熱い)


周子「ホテルまで案内するから……。ちょっと遠回りして酔いを醒まそ?」


P「おぅ……」


周子(あたしは意地悪だ。本当だったら彼は早くホテルに着いてベッドに入りたいだろう……。だけどあたしはこうして、少しでも長く彼といようと酔い覚ましを盾に遠回りする)


周子(少しでも長く――なぜ?)


周子「……//」


P「あ……」


周子「……どうしたん?」


P「なんかここ、いつか通ったような……」


周子(気付けば、あたしたちは松原橋にいた。満月と街灯に照らされた橋。美濃屋町や和泉屋町のゆか、川床が視界の端に映る。橋の下、鴨川の細い河川敷では寄り添うカップルや大学生と思われる若い男女が青春を謳歌していた。通年で見られる、いつもの光景である)


P「もしかしたらここ、前に通ったかもなー……」


周子(そう言うプロデューサーさんの視線は、酔っているからかどこかおぼつかない)


周子(……どれくらいの時間が経っただろう。あたしとプロデューサーさんは手を繋いだまま、ずっと鴨川の風景を眺めていた)




P「――お前は、どうなりたい?」





周子(そして彼は、ふとそんなことを言う)


周子(いつか、遠い昔の記憶とその言葉がシンクロする)


周子(手を繋いでこの橋を渡る父と、幼いあたし。そして今、隣にはプロデューサーさんがいる)


周子(幼いあたしと父の幻想が通り過ぎて行く――)


周子「あたしは……」


周子(あの頃のあたしが今のあたしを見たら、なんて言うだろう)


P「……」


周子「あたしは……。誰かにとっての、帰る場所になりたい……」


周子(しばしの沈黙の後――なぜあたしはそのように言ったのか、とうの自分でさえも分からなかった。ただ、自然に口をついて出たのがその言葉だった)




P「――お前はもう、なってるさ」




周子「……?」


周子(やがて、あたしとプロデューサーさんはホテルの前に着いた。何故か繋いだ手を離すのが惜しく、渋っていたらそんな言葉をかけられる)


P「大丈夫だ。俺はどこへもいかない」


周子「……え?」


P「――俺の帰る場所は、お前だ」


周子(そう言って彼は繋いだ手を放し、それをあたしの頭に置く)


P「じゃあ、明日は時間通りにここに集合な。送ってくれてありがとう、気をつけて帰れよ?」


P「……ライブ、成功させような」


周子「あっ――」


周子(あたしの反応を待たずに、プロデューサーさんはそう言ってホテルの自動ドアをすり抜けていった……)


周子「ほんとずるいよね、プロデューサーさん」


周子(時々、あたしは彼を超自然的な存在と錯覚する。それこそ神様のような……。全てを見透かしたような、悟ったような視線。それはあたしの心をかき乱す)


周子「その言葉、信じてるからね――ずっと」


周子(とうに見えなくなった彼の背中に、あたしはそう投げかけた)




 【ライブ当日】


スタッフ「それでは、スタンバイお願いしますっ」


周子「あ、はーい……!」


周子(賀茂別雷神社――かもわけいかづちじんじゃと言うその神社は、通称上賀茂神社と呼ばれ、世界文化遺産にも登録されているそれはそれはもう由緒正しき神社らしい)


周子(……どこか他人事なのは『いつでも参拝できるし』という、地元民特有の謎の余裕があるから。ちなみにこういう考えを持つ人間は十中八九、その『いつでも』が訪れる日は来ない。あたしもどちらかと言えばそちら側の人間で、この神社に参拝した回数は極めて少ない)


周子(などと、横道に逸れてしまったけれど――)


周子(そう、この神社で行われるラジオ局主催のアコースティックライブ、あたしも出演するそのライブの本番はあれよあれよと言う間にやって来た)


周子(……あの夜から翌日、あれだけ酔っていたプロデューサーさんが心配だったけれど、さすが楓さんたちに日頃連れまわされているだけもあり、何事もなかったかのように登場した)


周子(そして関係各所への挨拶周り、新聞取材や雑誌取材をこなし、サポートメンバーとの最後の練習も済ませ、気付けばリハーサル当日。それも無事にうまくいって、最終的な段取りもしっかりと確認した)


周子(そんなこんなで迎えた当日。午前中から午後にかけて会場の設営が行われ、最後の最後となる段取り確認、リハを終えていよいよ開場・開演時間。観客があっという間に境内を埋め尽くす)


周子(会場が神社という理由で、普段のライブのような喧騒とはまた違う、ちょっと厳かな緊張感はあるけれど、それでも観客の興奮がこちらにも伝わってくる……)


周子(時刻は夕方から夜へ。夕焼けの橙色と夜のコバルトブルーが絶妙なコントラストを生み出している空。そんな空の下、ステージとなる拝殿の上ではアーティストによるパフォーマンスが行われている)


周子(この演者さんの演目が終われば、次はとうとうあたしの番……)


P「周子」


周子「……?」




P「――親父さん、見に来てるみたいだぞ」





周子「え!? それって――」


周子(控え場所で付き添ってくれていたプロデューサーさん。まさかのタイミングで彼が爆弾を投下する。それについて追及しようとしたら……)


 それでは、登場していただきましょう!!


周子(絶妙なタイミングでMCがあたしの名前を呼ぶ。あたしの番だ)


P「行ってこい」


周子「……ッ!!」


周子(観客が沸く、拍手が起こる……)


周子(アイドルとしての塩見周子――絢爛な大正袴を纏ったあたしは一礼し拝殿へ上がる。単独ライブではない、終わってしまえば一瞬に感じるような短いステージ)


周子(――そんなステージは、あたし自身の疑問に対する解答)


周子(例えその答えが間違っていようと……。いや……)


 だから、お前はやりたいことをやれ。


周子(それがあたしの答えになるのなら)


周子(アイドルとして、あたしがやりたいことは――)


周子「……そうですねー、実はあたし、ここだけの話地元にあまり深い思い入れはなかったんですよねー」


MC「え、えぇ……!?」


周子(パフォーマンスの前、軽いトークが入る。挨拶から始まり、MCとの質疑応答を行う。軽い冗談で会場の雰囲気が朗らかになる。上々な滑り出しだ)


周子(さて、ここからが勝負どころってやつかな――)


周子「でも、このライブに呼んでいただいて、こうして地元に帰ってきて、ふと思ったんですよね――やっぱりあたし、この場所が好きです」


 おかえりー!


周子「ただいま――ふふ、ありがとうございますっ」


周子「帰る場所があることは幸せなことだって、誰かが言ってました」


周子「帰る場所があるから人は旅に出られるって」


周子「だからあたしは、帰る場所であるこの京都と、そんな京都を好きでいてくれる皆さんに感謝を込めてこの歌を送ります」


周子「今度はあたしが、誰かにとっての帰る場所になれますように……」


MC「ありがとうございます! それではお願いします――」


周子(これが、あたしの答え)





P「……」


母「ほらお父さん、周子めっちゃかわいいやんなっ!?」


父「静かにっ……!!」


周子「――ッ」スッ





 会いに行くわ 汽車に乗って

 いくつもの朝を 花の咲く頃に

 泣き疲れて笑った 繋いだ手と手を離せないままで

 季節が終わる前に あなたの空を流れる雲を

 深く眠る前に あなたの声を忘れないように

 窓を開けたらほら 飛び込んでくるよ

 いつか見た春の夢





P「……」






 鴨川こえて急ごう 古びた景色にはしゃぐ人たちも






父「……ッ」






 会いに行くわ 汽車に乗って

 いくつもの朝を 花の咲く頃に

 泣き疲れて笑った 繋いだ手と手を……

 雨上がり胸を染めて 今会いに行くわ やわらかい光の中へ――







周子「……」


周子「ありがとうございましたっ!」


周子(いくつもの情景が浮かぶ……。それはとても温かく優しいもので……)


周子(懐かしい匂いがする……。それはとても華やかで、けれどちょっぴりほろ苦い……)


周子(あっという間、本当にあっという間――泡沫のような人生)


周子(境内に響き渡る拍手と歓声……。あたしはこの一瞬のために生きている)


周子(この一瞬を求めて旅に出る……。そう、これがあたしの答え……)




P「――おかえり」




周子「……ッ」




周子「ただいま――」ニコッ




 【それから――】


母「なんや、もう帰るん?」


周子「明日からまたお仕事だからねー」


母「プロデューサーさんも昨日帰ってもーたし。一緒にいれば良かったんに」


周子「はは、プロデューサーさんもお仕事で忙しいんだよ。だから一足先に帰ったの」


周子(ライブも無事に終わりその翌日、プロデューサーさんは先に東京へ戻った。あたしは『ライブお疲れ様でした』ということで、休みをもらった)


周子(お礼参りも兼ねて再びあの神社に参拝し、挨拶も済ませて……。久しぶりにお店番に立ったりして過ごした。母から『せっかくの休みなんだから好きなことすれば』と言われたけど、特にやりたいこともなく……。ほんとあたしって適当だよね)


周子(それでそれで、相変わらず父は何も言わず――ライブに来てくれたみたいだけど、本人からのコメントは何もなかった)


周子(そうして今日、あたしも東京へ戻る。明日からまたお仕事だ)


母「あ、そうや――」


周子「え?」




母「お父さん、あんたには絶対言いたくないんやろうけど……。実はね、あんたが東京に出てからもずっとあんたのこと応援してはるよ、お父さん」





周子「……え、えっ!?」


母「この前なんか、『娘が凱旋するんだ』って常連さんにも誇らしげに自慢してたわ。あのお父さんが」


周子「え……」


母「あんたが出とるテレビも録画してはるよ」


周子「そーなん?」


母「そーよ。それに、あんたが養成所に行ってた時もそうやった」


周子「それは嘘でしょ?」


母「嘘やないわ。ただお父さんのことやから、あんなこと言った手前恥ずかしくてあんたの前ではそんな素振り見せなかったんやろ」


周子「お、お父さんに限ってそんなことないって」


母「ふふっ、親娘揃ってよう似とるわ」




父「――誰が似とるって?」




周子「お父さん……!?」


母「あーら、素直になれないところが親娘そっくりって言うたやんな?」


周子「……」


父「……」


父「し、周子」


周子「……え?」


父「東京、戻るんか?」


周子「う、うん……」




父「これ――」スッ





周子「なに、これ……?」


父「プロデューサーさんによろしう言うておいてくれ」


周子「生八つ橋……」


父「事務所の人とか、みんなで分けて食べられるように……」


周子「あ、ありがと……」


父「それと――」


周子「……?」



父「ライブ、良かったわ……」



周子「――ッ!!」


母「ふふっ……」


周子「お父さん……」


周子「お父さん」


父「……?」



周子「……ありがと」



父「たまにはうちの宣伝もしてくれるとありがたいんやけどな」


周子「……うん!」


周子「また、来るから」


母「お盆には帰って来られるの?」


周子「うーん……。多分」


母「気をつけてね」


周子「うん……!」


父「しっかりやって来なさい」


周子「……うん!」


周子「ありがとね、行ってきます――」





 【事務所】


周子「――プロデューサーさんもまだまだだね」


P「……は?」


周子「なか卯の朝食食べたことないんだね」


P「だから、朝食はまだないけどよ……」


周子「ふーん(笑)」


P「……なんかムカつく」


周子「250円からあるんだよ! しかも味噌汁つきでこの価格!」


周子「あたしは断然『目玉焼き牛小鉢朝定食』かなぁ!」


周子「ご飯、味噌汁、のり、目玉焼き、ミニサラダ、牛小鉢がついてなんと390円!」


P「お、おう……」


周子「プロデューサーさんにこの食べ方を教えてあげる」


P「いやいいです」


周子「まず牛小鉢をご飯の上に全部ダイブしてー、それからその上に目玉焼きを乗せてー、後は欲望のままにかきこむの♪」


P「駄目だこいつ早くなんとかしないと……。まるで聞いちゃいねぇ……」


周子「しかもなか卯のお味噌汁美味しいんだよ? オクラが入っててさぁ――」


P「……人に勧めたら、気付いたらその人の方が熱狂的になって詳しくなってることってありますよね、あるある」


周子「――あ、そうだ」


P「急に我に返るな」


周子「プロデューサーさん、これ……」





P「何だこれは」


周子「お父さんが『よろしく』だって。うちの生八つ橋」


P「あ、そういうことか――すまんな、毎回」


周子「これはプロデューサーさん専用で、あとのこれは事務所のみんなで分けて?」


P「俺専用とか、いいのか……?」


周子「いや、そういう風に頼まれたからさー」


P「……」


 プロデューサーさん、うちの娘を頼みます……。

 プロデューサーさん♪ プロデューサーさんにならうちの周子を安心して任せられるわぁ~♪ 次来るときは結婚挨拶だったりして♪ いやどすなぁ冗談ですよ冗談~。


P(両親揃って……。まったく……)


周子「あとさ、もう一つ渡したいものがあるんだ」


P「え?」


周子「じゃーんっ」スッ


P「……カエルのストラップ?」


周子「そそ。京都のお土産♪」


P「何故に、カエル……?」


周子「俺の帰る場所はお前だって言ってたけどさ……」


周子「あたしも、あたしの帰る場所の一つはプロデューサーさんだから」


周子「だから、プロデューサーさんにこれを預けておけばどんなことがあっても帰って来れるでしょ? カエルだけに帰るってね」






楓(しまった――先に言われてしまいました)ソーッ






P「0点」


周子「うわ、酷っ! 頑張って告白したのに」


P「告白ってなんだよ」




周子「――プロデューサーさん、あたしは忘れないよ」





P「……え?」


周子「プロデューサーさんもあたしに告白してくれはったし」


P「は? え? やめろお前いつからヤンデレキャラになったんだ」


周子「――お父さん、娘さんを私に下さい」


P「……」


P「……ぁ」


周子「忘れたとは言わせないよ♪」


P(\(^o^)/オワタ)


周子「プロデューサーさん、あと一つだけいい?」


P「……?」






周子「あたしを拾って、良かった――?」








周子「またここへ戻ってこられました。ありがとうございまーす――」


周子(ある日の東京、千代田区大手町。将門さんの首塚)


周子(またここへ戻って来られた。その感謝を伝えに来た)


周子「……」


周子(時々あたしは、プロデューサーさんを超自然的な存在に感じることがある)


周子(もしかしたら、彼は将門さんの生まれ変わりなんじゃないかなって――冗談だけど)


周子(そう……)




 お前を拾って、拾われて良かった。




周子「捨てる神あれば、拾う神ある――ってね」


周子(心地よいビルの隙間風が髪を揺らす――あたしはそして、また旅に出る)


周子(次は何を目指そうか)







 終

長々gdgdと失礼しました。ありがとうございました。

おつ
晩飯にステーキ宮行ったけど美味しかった
課金で財布がお寒いから爆ハンに偏るけど

>>58
ありがとうございました。
自分は高校時代を最後にステーキ宮行けてません……。しかし町田と八王子は遠い……。
まさか実際に行っていただいたとは恐縮でございます。ありがとうございます!

途中でクラシック出てきたからこれ歌うんかなって思ったけど違った
今松井秀喜がーって歌うならやっぱりユッキだよね

>>61
今熱い奇跡が――今松井秀樹が

なるほど初めて知りました、大草原です

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