【モバマス】白菊ほたる「あまざらしなPさん」 (118)


※Pがamazarashiの歌詞しか喋らないというだけのSSです

 CGプロに独自設定があります

 アイドルの口調などに違和感があったらごめんなさい

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1516117441

――都内某所の公園――

――ザァァ……

白菊ほたる「……はぁ」

ほたる(所属していたプロダクションに『縁起が悪い』と追い出されてしまいました……)

ほたる(いくつかのプロダクションを渡り歩いて、そのどれもが倒産してしまったことを知った社長さんからのクビ宣告は、この雨よりも冷たく無情なものでした)

ほたる(元から経営が厳しくなってきていたらしく、同時に所属アイドル何人かも他のプロダクションへ飛ばされたみたいですが、私にはそういった話がまったくありません)

ほたる(正真正銘の解雇……でした)

ほたる「これからどうしよう……」

ほたる(あまざらしの公園で傘も持たず、行く当てなんてどこにもなくて、でもアイドルになる夢は捨てられない)

ほたる(不幸体質な私でも誰かを幸せにしたい、ただそれだけのことがものすごく難しい)

ほたる「……やっぱり不幸な私にアイドルなんて出来ないんだ、だからもう諦めて鳥取に帰れって……ことなのかな」

ほたる(夢を追って東京に出てきて、夢に破れて田舎へ帰る。ただそれだけのことなのに、自分のすべてを否定された気持ちになってしまいます)

ほたる(悲しくて泣いてしまいそうです……)

――ジャカジャーン……

ほたる(目頭がだんだんと熱くなってきた私の耳に、不意にギターの音が聞こえてきました)

ほたる(不思議に思って広い公園を見回すと、ベンチに座り、三つ脚のパラソルスタンドに大きな青色の傘を立てて、アコースティックギターを弾いてる男の人がいました)

「優しくされたら胸が震えた それだけの為に死んでもいいや」

「本気で思ってしまった 笑ってよ 笑ってくれよ」

ほたる(その人は、私以外人気のない公園で、誰に聞かせるでもなく弾き語りをしています)

「うな垂れて覗き込む水溜まり 映り込む泣き顔踏みつけたり」

「上手くいかねぇもんなんだな 今日も土砂降り」

ほたる「雨降ってるのに……」

ほたる(あまりにも酔狂なその姿に、私は目が離せなくなりました)

ほたる(私の頭上の木々に雨が弾ける音、時折吹き抜ける冷たい風の音、アコースティックギターの音色)

ほたる(それにかき消されそうな小さな歌声は不思議と私の鼓膜を強く打ちます。私はその歌から耳も離せなくなりました)

「悲観 楽観 交互に積み木崩し 振り返る度に痛む傷口 とうの昔に忘れたはずの笑い話」

「乗るか反るか? 行くか戻るか? 雨か晴れるか? やるか止めるか?」

「勝つか負けるか? 立ち上がれるか? やり直せるか? 生きるか死ぬか?」

ほたる「……っ」

「『やまない雨はない』」

ほたる(私は……)

「『明けない夜はない』」

ほたる(そんな事を言ったって……私は……)

「とか言って明日に希望を託すのはやめた」

ほたる「えっ……」

「土砂降りの雨の中 ずぶ濡れで走っていけるか?」

「今日も土砂降り」

ほたる「…………」

「そういや いつかもこんな雨だった」

「雨だった」

――ジャーン……

ほたる(男の人が歌い終わり、最後に大きくかき鳴らしたギターの音が消えると、雨音だけがやけに大きく聞こえました)

ほたる(それがなんだかやけに寂しく聞こえてきて、私は思わず拍手をしていました)

「っ……」

ほたる(男の人はそれを聞いて辺りをキョロキョロと見回し、やがて私の存在に気付きました)

ほたる(しばらく無言で見つめ合っていると、男の人はベンチに立てかけてあったギターケースにギターをしまい、傘を手に持ってこちらに歩み寄ってきました)

「…………」

ほたる「あ、その……邪魔をしてごめんなさい……」

「…………」フルフル

ほたる(男の人は首を小さく横に振ると、私に傘を差しだしてきました)

ほたる「私に……?」

「…………」コクン

ほたる「でも、それだとあなたが……」

「…………」フルフル

ほたる(無言のまま差し出される傘。それをおずおずと受け取ると、男の人は今度は上着の胸ポケットから一枚の小さな四角い紙を取り出して私に差し出しました)

ほたる「名刺……ですか?」

「……自嘲気味に踏み出すその一歩は、今日も変わらず迷ってばかり」

ほたる「え?」

「それでもここに留まるよりはいくらかましだと信じてる」

ほたる(名刺も受け取った私を見て、小さな声でそう言いました。それから男の人は私に背を向けます。そしてベンチに立てかけたギターケースを手に、雨の中を歩いていきました)

ほたる(公園には青色の傘と名刺を手に、取り残される私が一人)

ほたる(寂しい雨音を聞きながら名刺に目をやると、そこには『CGプロダクション』の社名と住所、それに恐らくあの男の人の名前と所属部署)

ほたる(裏面を見ると、『アイドルに興味はありませんか?』という手書きの文字がありました)

――――――――――
―――――――
――――
……

――翌日 CGプロ――

ほたる「ここがCGプロダクション……思ってたよりもずっと大きい……」

ほたる(名刺の住所を頼りにやってきましたけど……本当に私なんかがこんな場所に来ていいんでしょうか……。また私の不幸体質のせいで、こんなに立派な場所が陰ってしまうとしたら……怖いです)

ほたる(私の手には昨日貸してもらった青い大きな傘。憎らしい快晴の青空とは不釣り合いな持ち物です)

『自嘲気味に踏み出すその一歩は、今日も変わらず迷ってばかり』

ほたる「…………」

『それでもここに留まるよりはいくらかましだと信じてる』

ほたる(ふと昨日のあの人の言葉が脳裏に蘇ります。それが迷う私の背を少し押してくれた気がしました)

ほたる「……が、頑張ります」

ほたる(私は誰に向けるでもなく呟いて、CGプロへと足を踏み入れました)

ほたる(入口に入ってすぐの受付で昨日頂いた名刺を見せると、大きな傘を持った私を訝しげな目で見ていた社員さんも合点がいったみたいで、すぐに案内をしてくれました)

ほたる(大きなエレベーターに乗って五階にたどり着くと、右手の方を指して、「あの一番奥がその部署だよ」と教えてくれました)

ほたる(私は案内してくれた社員さんにお礼を言い、その部屋に向かいます)

ほたる(部屋の扉には擦りガラスが付いていて、そこには第8アイドル事業部の文字がありました。私は一度深呼吸をしてからその扉をノックしました)

「はーい」

ほたる(ノックをしてすぐに女性の声がして、擦りガラス越しにこちらへ近づいてくるのが確認できます)

「お待たせしました、どちら様です……か?」

ほたる(扉を開けた女性の方は、私の姿を見て大きく首を傾げました)

ほたる「あっ、あの、昨日、こちらのプロデューサーさんに……スカウト? されたものですっ……!」

ほたる(それに対して、私はそう告げました)


――――――――――

千川ちひろ「いやー、まさかウチのプロデューサーさんがアイドルのスカウトに成功する日が来るなんて思いませんでしたよ!」

P「…………」

ほたる(対応してくれた方――事務員の千川ちひろさんは最初に私の言葉を聞いて『そんなまさか』というような表情をしたあと、プロデューサーさんに取り次いでくれました)

ほたる(そして私が本当にスカウトされたんだと分かると、笑顔で私を室内へ招き入れて、応接室に通してくれました)

ほたる(今は応接室の対面になってるソファーの片側に私、もう片側にプロデューサーさんと千川さんが座る形で向き合っています)

ほたる(プロデューサーさんは一度私に会釈をした後からずっと無言です)

ちひろ「えーっと、それで白菊ほたるちゃん……でしたっけ?」

ほたる「は、はい。あ、履歴書がこちらに……」

ちひろ「はい、ありがとうございます。ご実家は……鳥取! もしかして鳥取からこっちに一人で?」

ほたる「……はい。私、どうしてもアイドルになりたくて……」

ちひろ「なるほどなるほど。すごい熱意ですね!」

P「…………」

ほたる(ちひろさんは笑顔でうんうんと頷いていますが、プロデューサーさんは先ほどから黙ったままです)

ほたる(もしかして私、何かやってしまったのでしょうか。考えられるとしたら、昨日の名刺はスカウトでもなんでもなかったという事くらいしか……)

ちひろ「呼び方は……ほたるちゃんでいいですか?」

ほたる「はっ、はい、大丈夫です」

ちひろ「はい、それじゃあほたるちゃん。早速でこんな事を聞くのも変なんだけど……昨日、ウチのプロデューサーさんにおかしな事とか言われませんでした?」

ほたる「おかしな事……ですか。いえ、そんな事はなかった……です」

ほたる(どちらかというと背中を押してくれるような言葉をもらいました)

ちひろ「そう、それなら良かった……」

ちひろ「何となく分かるとは思いますけど、ウチのプロデューサーさん、朴念仁……というよりもうコミュ障の域にいる人間なんですよね」

ほたる「は、はぁ……」

ちひろ「スカウトとかまず向かない人間で、今まで何度か警察まで身元引受に行ったこともあるんですよ」

P「…………」フイ

ほたる(プロデューサーさんは無言のまま顔を明後日の方向へ逸らしました)

ちひろ「まぁしばらく一緒に働いていれば何を言いたいかが分かるようにもなるんですけど、流石に初対面の人間に「あの子のスカートになりたい」なんてスカウトしたら通報もされますよ」

P「……過ぎた憂鬱は悲劇ではなく喜劇的であると主張したい」

ほたる(あ、今日はじめて喋った……)

ちひろ「まぁ、こんな感じにですね……。ちょっと取っつき辛いですけど、根は悪い人じゃないんです。ただコミュ障なだけで」

P「刃渡り15センチのそれで最終的な自己帰結を試みたい」

ちひろ「はいはい、死なないで下さいね。せっかく初めてウチの部署にアイドルが来てくれたんですから」

P「…………」

ほたる「初めてって……私以外のアイドルはいないんですか?」

ちひろ「そうなんですよ。ほら、こんなプロデューサーさんですから。だから今までこの第8アイドル事業部は窓際事業部ってずっと言われてたんですよ」

ちひろ「人員も私とプロデューサーさんの二人だけですから。だから今までやる事と言えば他の事業部の庶務手伝いばっかりで……本当に役に立たないショ〇ニ状態だったんですよね」

ほたる「シ〇ムニ……?」

ちひろ「あ、ごめんなさい、世代じゃないですよね。気にしないで下さい」

ちひろ「とにかく、今までお荷物扱いされていて、プロデューサーさんはともかく私は悔し涙を流していたんです」

P「……裏通りのどぶ川みたいな色の涙です」

ちひろ「何か言いましたかプロデューサーさん?」

P「…………」フルフル

ちひろ「まったく、誰のせいでこうなってるんだと思ってるんですか……」

P「北風に僕は答えを探す」

ちひろ「また訳の分からないことを……。とにかく、これからよろしくお願いしますね、ほたるちゃん。頼りないかもしれないけど、私は精いっぱいサポートしますからね!」

ほたる「は、はい」

ちひろ「プロデューサーさんもちゃんと話をして下さいね、ほたるちゃんや営業先の人と!」

P「変わらないものを変えるのは難しい」

ちひろ「もうその口調はとっくに諦めてるので誰とでもそうやって話せるようになって下さい」

ほたる「あ、あの! ちょっと……いいですか……?」

P「?」

ちひろ「はい、どうしました?」

ほたる「あの、その……私をスカウトして頂いたことはすごく、嬉しいです」

ほたる「嬉しいんですけど……私には不幸体質があるんです」

ちひろ「不幸体質?」

ほたる「……はい。私は、○○プロダクションと××プロダクションに所属していたことがありました」

ちひろ「え、そのプロダクションって……」

ほたる「……社長の不祥事とアイドルの不正労働が原因で、私が在籍中に倒産したプロダクションです」

P「…………」

ちひろ「それとほたるちゃんに関係があるんですか?」

ほたる「私……小さな頃からそうなんです……。私自身が不幸になるのもそうなんですけど、近くにいる人まで不幸にしてしまうんです……」

ちひろ「それはただの偶然なんじゃ……」

ほたる「偶然なんかじゃない……きっと必然、です……。実は昨日、□□プロダクションからも解雇されたんです」

ちひろ「あのプロダクションって、今日の朝……重役が経営資金の持ち逃げをしたってニュースが……」

P「…………」

ちひろ「…………」

ほたる「きっと、私……プロデューサーさんにも千川さんにも……このプロダクションにも迷惑をかけてしまうと思うんです……そういう運命なんだと……思います」

ほたる「だから……だから私……」

P「……運命なんて他に選択肢が無かったってだけ」

ほたる「え……?」

P「必然なんてなんとなくなるようになったってだけ」

ちひろ「いっつもよく分からない事ばっかり言いますけど、今日だけはプロデューサーさんの言葉に賛同しますよ」

ちひろ「大丈夫ですよ、ほたるちゃん。もし仮にこれから不幸が私たちの身にかかるとしても、所属アイドルの一人もいないお荷物事業部としているよりはずっと幸せですから」

ほたる「でも……」

P「時には大げさな看板を背負わされて、時には不名誉を着せられて」

P「君のこれまでを一片に語る事が出来る名前なんてそうそうないよな」

ほたる「…………」

P「だからどんな風に呼ばれようと好きにやるべきだと思うよ」

P「君を語る名前が何であろうと、君の行動一つ程には雄弁じゃない」

ちひろ「ほたるちゃんは、アイドルになりたくないですか?」

ほたる「……なりたい……です。不幸な私でも……色んな人を笑顔に出来るんだって……幸せに出来るんだって……そんなアイドルに……なりたいです……」

ほたる「本当に……こんな私でも……疫病神みたいな私でも……アイドルになっていいんですか……?」

P「君が君で居られる理由が、失くしちゃいけない唯一存在意義なんだ」

P「ここに讃えよ、愚かなジュブナイル。最後の最後に笑えたらそれでいいんだよ」

ちひろ「ちょっとズレている気がしないでもないですがそういう事です。今日からよろしくお願いしますね、ほたるちゃん」

P「物語は始まったばかりだ」

ほたる「は、はい……!」


――――――――――

ちひろ「それにしても今日のプロデューサーさんはよく喋りますね」

P「…………」

ほたる「え……いつもはもっと寡黙なんですか、千川さん」

ちひろ「ちひろでいいですよ」

ほたる「あ、はい、ちひろさん」

ちひろ「はい。で、プロデューサーさんなんですけど、普段は必要最低限の事すら口にしないで変な事しか喋らないんですよ」

ちひろ「だからほたるちゃんがスカウトされてきてすごく驚きました。どんな風にスカウトされたんですか?」

ほたる「えっと……」

P「…………」

ほたる「その、雨の公園でプロデューサーさんが弾き語りしてて……それに拍手したら名刺を渡されました」

ちひろ「ああ……アレが役に立ったんですね」

ほたる「アレ……ですか?」

ちひろ「はい。プロデューサーさん、路上弾き語りが趣味なんですけど、絶対に雨の日にしかやらないんですよ」

ちひろ「理由は『雨なら誰も近くに来ないから』とかそんな感じのものだったと思いますけど、だったら外で弾き語りするなと私は何度も言ってるんですけどね。そしたら濡れても大丈夫な安いギターだから平気とかバカな事を抜かしてましたが」

P「……千川通りで轢かれていたカラスの遺体みたい」

ちひろ「それは私に対する悪口ですね? そんな事を言うのはこの口ですか? んん?」グリグリ

P「痛い、痛い」

ほたる「仲がいいん……ですね、お二人は」

ちひろ「ただの腐れ縁の同期ですよ。研修会でプロデューサーさんの隣の席になったのが運の尽きでした」

ちひろ「なんだかんだ色々あってこの第8アイドル事業部の立ち上げにプロデューサーさんと私が抜擢されて、そのままかれこれ1年ちょっとくらいですかね」

ちひろ「それだけ一緒に働いていると、なんとなくプロデューサーさんの言いたい事とかも分かるようになってしまったんです」

ほたる「そうなんですね……」

ちひろ「ほたるちゃんも普段はあんまり真面目に取り合わなくていいですからね、プロデューサーさんの話」

P「…………」

ほたる「で、でも……昨日すごくいい事を言われましたっ……」

ちひろ「そうなんですか?」

ほたる「は、はい。『自嘲気味に踏み出すその一歩は今日も迷ってばかり。それでもここに留まるよりはいくらかましだと信じてる』って……私は……その言葉に少し背中を押して……もらえました」

P「…………」フイ

ちひろ(あ、この反応知ってる。ほたるちゃんに話したんじゃなくて、何を喋っていいか分からなくて自分に言い聞かせてたやつだ)

P「…………」ジー

ちひろ「はいはい、分かってますよ、私は何も言いませんから。ほたるちゃんが優しい良い子でよかったですね」

P「…………」コクン

ほたる「そんな……優しい良い子なんかじゃないです……私は……」

P「…………」フルフル

ちひろ「こういう時こそ何か言葉で伝えてあげて下さいよ……」

P「……僕が死のうと思ったのは、まだあなたに出会ってなかったから」

P「あなたのような人が生まれた世界を少し好きになったよ」

ほたる「ええっ?」

ちひろ「それは大仰すぎますね」

P「…………」

ちひろ「まぁ、まだるっこしいですけど最初はメールでのやり取りから始めたらどうです?」

ほたる「メール……ですか?」

ちひろ「ええ。トークアプリは苦手らしいので、メールで。メールなら比較的まともな会話が出来ますから、それからだんだんと慣れていくのが一番ですね」

ほたる「分かりました……これからよろしくお願いします、プロデューサーさん」

P「…………」コクン

ほたる「ちひろさんも、これから迷惑をかけてしまうかもしれませんけど……よろしくお願いします」

ちひろ「ええ。よろしくお願いしますね、ほたるちゃん」

――――――――――
―――――――
――――
……

――CGプロ レッスンルーム――

ほたる「ここがレッスンルーム……すごい綺麗」

P「…………」

ほたる(プロデューサーさんとちひろさんに顔を合わせ、正式にCGプロダクション所属となった翌日、まずは私の基礎を見るということでプロデューサーさんにレッスンルームへ案内されました)

トレーナー「おはよう。君が新しく第8アイドル事業部所属になったアイドルだね?」

ほたる「あ、おはようございます。……はい、昨日からこちらのプロダクションに所属する事になりました、白菊ほたると申します。これからよろしくお願いします」

トレーナー「ああ、よろしく。……それにしてもダイハチのプロデューサーが本当にアイドルをスカウトしてくるとは驚いたな」

ほたる(サバサバした口調でトレーナーさんはそう言ってマジマジとプロデューサーさんを見つめます)

ほたる(CGプロにはアイドル事業部が多く、略称として頭の第〇だけを言う事が多い……と昨日ちひろさんに教えてもらいました)

ほたる(会う人会う人に『まさかダイハチのプロデューサーが……』なんて言われるので、もう違和感がなくなってきています)

トレーナー「やはりなかなかガッツがあるみたいだな。どうだ、ほたる君と一緒に君もレッスンを受けてみないか?」

P「…………」ブンブン

ほたる(プロデューサーさんは今まで見た事がない勢いで首を横に振りました)

トレーナー「そうか。気が変わったらいつでも言ってくれたまえ。アイドルのレッスンを身を持って知る事もきっと大事な事だぞ」

ほたる「あの……」

トレーナー「ああすまない、プロデューサーと話し込んでしまったな」

トレーナー「ではほたる君。簡単に君のプロフィールを見せてもらったが、前にもいくつかのプロダクションに所属していたようだね」

ほたる「……はい。ただ、あまりレッスンなどはさせて貰えなくて……簡単なお仕事――とも呼べるかも分からないものを少しくらいしかやった事がありません」

トレーナー「ふむ、分かった。それじゃあ今日は、まず君の基礎体力を見せてもらおう。それから君の体力に合わせたメニューを組む」

トレーナー「何事も敵を知り己を知る事から始まるからな。限界の一歩手前くらいまで頑張ってみてくれ」

ほたる「は、はいっ、よろしくお願いします……!」


――――――――――

ほたる(それからしばらく、プロデューサーさんとトレーナーさんの前で、何種類かの体力テスト、それと発声とダンスと表情のレッスンを行いました)

ほたる(トレーナーさんの出してくれるそれらは最初こそきついと感じました。でも、今までのプロダクションではこんなレッスンすらさせてくれませんでした)

ほたる(アイドルとしての基礎力を積んでいる、という事実を意識できると、なんだかとても嬉しい気持ちになりました。それと同時に、もっと上手に体を動かしたい、もっと上手に声が出したいと、自分の力量不足にもどかしい気持ちも生まれました)

トレーナー「よし、そこまでだ」

ほたる「はぁ、はぁ……ありがとうございました……」

P「…………」

トレーナー「ほたる君、正直に言おう」

ほたる「……はい」

トレーナー「今の君ではアイドルとしてステージで輝く事は到底無理だろう」

ほたる「っ……」

ほたる(分かってはいました。今の自分の動きや発声なんかを見せられたって、拙すぎてきっと誰も拍手をくれないでしょう)

ほたる(それが悔しい、歯がゆい)

ほたる(『やっぱり私なんかがアイドルになんてなれない……』、そう思って諦めてしまうのが今までの事でした。でも今は、私の胸の内は悔しさでいっぱいでした)

P「…………」ハラハラ

トレーナー「だが、それは今のままだったらの話だ」

ほたる「…………」

トレーナー「君のレッスン中の嬉しいという表情、そしてアイドルとして輝けないとバッサリ切られた今の悔しいという表情……両方ともとてもいい目をしている。根性とガッツのある素晴らしい目だ。私はとても気に入った」

トレーナー「そういう人間は絶対に腐らない。今は無理だとしても、いつの日か、君なら必ずステージの上で光り輝ける」

ほたる(トレーナーさんはそう言うと、優しく微笑んで私にタオルを差し出してくれました)

ほたる(……こんな風に評価してもらった事なんて、人生で一度もありませんでした。体の奥から熱いものが生まれて、それが全身に巡っていくような気がしました)

トレーナー「君の体力や能力に合わせたレッスンメニューを今日中に用意しよう。明日からはそれに沿ったレッスンをこなしてもらう」

ほたる「……はいっ、ありがとうございますっ」

トレーナー「こちらこそ。君のような熱心な人間を看る事が出来るのはトレーナー冥利に尽きる。では、今日はこれまでだ」

トレーナー「君の胸の内に燻る思いは承知しているが、オーバーワークは厳禁だ。休む事もレッスンの一つだと心得るように」

ほたる(トレーナーさんはそう言うと、颯爽とした立ち居振る舞いでレッスンルームを出ていきました)

ほたる(その姿が女性の方なのにとてもカッコよく見えました)

P「…………」ホッ


――――――――――

ほたる「プロデューサーさんは、トレーナーさんが苦手……なんですか?」

ほたる(汗をシャワーで流し、第8事業部へ戻ってきた私とプロデューサーさん)

ほたる(私は先ほどから少し気になっていた事をプロデューサーさんに聞いてみました)

P「…………」フイ

ちひろ「苦手も苦手、天敵みたいなものですよ」

ほたる(その質問から逃れるように顔を逸らしたプロデューサーさんに代わって、ちひろさんが答えてくれました)

ちひろ「トレーナーさんたち、みんな体育会系ですからね。根性と気合と闘志があれば何でも出来るって公言する人たちですもの」

ちひろ「それに引き換えウチのプロデューサーさんなんて晴れの日もわざわざ日陰を選んで歩くような人ですから」

ほたる「そうなんですね……カッコよくて良い人なのに」

ちひろ「そうですよねぇ。本当、1回根性叩き直して貰えばいいのに」

P「……僕は僕を諦めたぜ、生まれてすぐさま諦めたぜ」

ちひろ「そう言うところ叩き直して欲しいんですけどね。今度トレーナーさんにレッスンしてくれって頼んでみようかしら」

P「校庭の隅っこで体育座りしてぼんやりと見てる」

ちひろ「いやレッスンするのはあなたですからね」

P「凡庸な僕、才能不在」

ちひろ「捻じ曲がった性根を叩き直して貰うだけなんで才能は特に必要ありませんよ?」

P「…………」

ほたる(ちひろさんに言い負けて黙り込んでしまうプロデューサーさん)

ほたる(……アイドルとしてのレッスンも頑張りますけど、ちひろさんみたいにプロデューサーさんと意思疎通出来るようにも頑張りますっ)


――――――――――
―――――――
――――
……

――2週間後 CGプロ 第8アイドル事業部――

ちひろ「ほたるちゃんはトレーナーさんが組んだメニューでしっかりみっちりレッスン」

ちひろ「最初こそは疲れた顔を見せていましたけど、1週間もするとしっかりした顔つきでここに戻ってくるようになりました」

ちひろ「最近は自分で自分の欠点を克服するための課題まで考えるようになり、順調に成長しているのが見て取れます」

ちひろ「なにより楽しそうな顔をしている事が多くなりました。ここへ来た当初の暗く儚げな、今にも消えてしまいそうな顔をしている事が少し減りました」

ちひろ「何かとネガティブだった考え方にも最近は改善の傾向が見えてきて、ちょっとだけ前向きになってきてくれています」

P「…………」コクン

ちひろ「……で、プロデューサーさん」

ちひろ「その間あなたは何をやっているんです?」

P「…………」バサッ

ちひろ「はい、ほたるちゃんを売り込むための企画書ですね」

P「…………」バサバサッ

ちひろ「はい、いずれ必要になるほたるちゃんのデビュー曲などを作詞作曲した楽譜ですね。それはあなたの仕事ではないと思いますけど」

P「…………」バサバサバサッ

ちひろ「はい、ほたるちゃんの長所をまとめてどの方面に売り出すか、世間の流行と合わせて分類分析した書類ですね」

P「…………」コクン

ちひろ「…………」

P「…………」

ちひろ「プロデューサーさん、私が何を言いたいか……もちろん分かってますよね?」

P「…………」

P「…………」コクン

ちひろ「だったらさっさと営業に行ってほたるちゃんの仕事を取って来てください!」

ちひろ「もうあなたの企画書やら楽譜やら分析書やらが置き場に困る量、デスクに積まれてるんですよ!」

ちひろ「あと何でギターが三本も事務所に置いてあるんですか!! いつの間に持ってきてたんですか!!」

ちひろ「これも置き場所に困るので二本は持って帰って下さい!!」

P「…………」

P「…………」コクン

ちひろ「やっっっと重い腰を上げてくれましたか。コミュ障ここに極まれりですね」

P「……ていうか二日酔いでもう吐きそうだ」

ちひろ「お酒飲めないでしょ。それに立ち上がっただけじゃないですか。早すぎます」

P「生きる意味とはなんだ、寝起き一杯のコーヒーくらいのもんか」

ちひろ「コーヒーも飲めないでしょ。意味が欲しいならほたるちゃんの為に生きて下さい」

P「……なんとか報いたいと思う、密かに心に明かり灯る」

ちひろ「はい、いってらっしゃい。頑張って下さいね」

P「…………」コクン

――ガチャ、パタン

ちひろ「…………」

ちひろ「どうにか奮い立たせたけど……大丈夫かなぁ……」

ちひろ「途中で死にそうな気がしてちょっと不安……」


――――――――――

P(東京、東京、どうか僕だけを選んでくれないか)

――1軒目、撃沈

P(……必然、必然。なるべくしてなる未来だ。それ故、足掻け)

――2軒目、撃沈

P(……結局、人間ってのは一つや二つの欠落はある。何かが足りないと思うか、何かが必要と思うか)

――3軒目、撃沈

P(孤独になっても夢があれば。夢破れても元気があれば)

――4軒目、撃沈

P(元気がなくても、生きていれば)

――5軒目、撃沈

P(……『生きていなくても』とかあいつらそろそろ言い出すぞ)

――6軒目、撃沈

P(掴み取るその理想の重さ、僕らの悔し涙と等価)

――7軒目、撃沈

P(もうやめた、諦めた、で終わる一日に募る焦りは……)

――8軒目、撃沈

P(……『いってらっしゃい』、生返事とあくびで答える君の笑顔には、なんとか報いたいと思う)

――9軒目、撃沈

P(『綺麗事だ、理想論だ』って理想も語れなきゃ終わりだ)

――10軒目、轟沈

P(テレビの向こうの犠牲者には祈るのに、この電車を止めた自殺者には舌打ちか)

P「…………」

P「…………」ガックリ


――――――――――

――CGプロ 第8アイドル事業部――

――ガチャ

ちひろ「あ、プロデューサーさん、お帰りなさい」

P「……なぁ、ひろ」

ちひろ「これまで何回も言ってますけどちひろですからね、私の名前」

P「僕は今日も失敗しちゃってさ」

ちひろ「顔見れば分かりますよそんな事くらい」

P「……すいません、すいません」

ちひろ「私も流石に口下手のプロデューサーさんに無名の新人アイドルの飛び込み営業をしてもらったのは間違いだったと思ってます」

P「人は喪失を許容出来る生き物だ、だが逃げ出した僕はその限りではない……」

ちひろ「はいはい、そんなに落ち込まないでくださいって」

ちひろ「私の方でも色々考えてみたんですけど、最初はメールでの営業をすればいいんじゃないでしょうか」

ちひろ「書く方ならそれなりに出来るでしょう、プロデューサーさんも」

ちひろ「あなたが作ったほたるちゃんの売り込み分析書を見て、雑誌の写真モデル募集をしているところをいくつかピックアップしましたから、まずはここから売り込んでみてはどうです?」

P「……!」

P「ありがとう、ありがとう……」

ちひろ「いいんですよ、これくらい。コミュ障で朴念仁で気の利かないプロデューサーさんに全てを託した私がバカでしたから」

P「……大嫌いだよ、美しき思い出」

ちひろ「感謝するのか煽るのかどっちかにして下さい」


――――――――――

ほたる「戻りましたぁ……」

ちひろ「あ、レッスンお疲れ様でした、ほたるちゃん。お茶用意するわね」

ほたる「そ、そんな……ちひろさんにお茶を入れてもらうなんて……」

ちひろ「気にしなくていいんですよ、これも事務員の仕事ですから」

ほたる「そ……それじゃあ……ありがとうございます」

ちひろ「いいえ。……プロデューサーさんもほたるちゃんくらい素直なら可愛げがある――いやないですね、素直なプロデューサーさんって違和感半端じゃないし鳥肌立ちそう」

ほたる「あ、そういえばプロデューサーさんは……?」

ちひろ「ああ、いつまでも燻ってるから、背中蹴飛ばして営業させてますよ。今は売り込むためのメールを応接室で考えてます」

ほたる「そうなんですね……」

ちひろ「プロデューサーさんに何か用事でしたか?」

ほたる「あ、いえ、そうじゃないんです。その、私もちひろさんみたいに……プロデューサーさんと仲良く話せるようになりたいなって……」

ちひろ「まぁ、なんていじらしいのかしら、ほたるちゃん……。でも別段仲が良い訳じゃないんですよ、私とプロデューサーさん」

ちひろ「前も言いましたけど、ただ単に腐れ縁の同期なだけですから」

ほたる「そう……なんですか?」

ちひろ「ええ」

ほたる「でもトレーナーさんの妹さん……慶さんが『ちひろさんは典型的なダメンズに引っかかるキャリアウーマンですね! ダイハチのプロデューサーさんにお熱ですよきっと!』って言ってましたよ……?」

ちひろ「えぇ……どんな評価ですかそれ……」

ほたる「それから、他の人も『ちひろさんみたいな優秀な人間がなんでダイハチにいるのか分からない』ってよく言ってますし……や、やっぱりちひろさんって……」

ちひろ「それは根も葉もないただの噂に邪推してるだけですよ、ほたるちゃん」

ちひろ「確かにあのコミュ障男は放っておくとその辺で野垂れ死んでそうで目が離せませんが、別にそれはラブとかそういうんじゃないですから」

ちひろ「それに外野にはとやかく言われてますけど、あれでも良いところはあるんですよ」

ほたる「は、はい、確かにプロデューサーさん……口下手ですけど優しいところがありますよね」

ちひろ「いや、あれは優しいっていうかただの優柔不断ですからね、ほたるちゃん。プロデューサーさん唯一の本当に良いところは、人をしっかり見れるところなんですよ」

ちひろ「ほら、あの人のデスクを見てください」

ほたる「書類が山のよう……ですね」

ちひろ「あれ、8割くらいがほたるちゃんの良いところを書いた資料なんですよ」

ほたる「えっ?」

ちひろ「ほたるちゃんの内面から外見の特徴、どういう角度から見ると一番映えて、こういうシチュエーションだとこんな表情をするとか、それはもうどんだけ見てるんだストーカーなんですかって言いたくなるくらいのことがたくさん書いてあるんです」

ちひろ「それをそのまま売り込めばほたるちゃんの仕事なんて取れて当たり前なんですけどね、あのコミュ障は出来ない。コミュ障ゆえに」

ちひろ「だから周りの人から『無能』って思われちゃうんですけど、それがちょっと歯がゆいんですよね」

ちひろ「あの人だってやれば出来るんだって私は知ってますから」

ちひろ「それで、私がプロデューサーさんをどうにか動かして、いつかこのダイハチでアイドル事業部の下克上をしてやるっていうのが私の密かな野望なんです」

ほたる「そう、なんですね……」

ちひろ「だからほたるちゃん、この弱小窓際事業部に来てくれてありがとうございます。これで私の野望もどうにか成就の目処が立って、プロデューサーさんの評価も改められそうです」

ほたる「いえ、私なんてまだまだ全然です……まだ、全然お役に立てそうもないです」

ちひろ「そんな事ないですよ。ほたるちゃんは目に見えるくらいメキメキ成長してますから、もっと自信を持っていいんですよ」

ほたる「は、はい……ありがとうございます」

ちひろ「でも無理だけはしないでくださいね?」

ほたる「はい……それはもう……トレーナーさんからも『休める時にしっかり休むのはレッスンの一つである』ってずっと言われてますから」

ちひろ「はい、それなら良かったです」

ほたる(そう言って私に微笑んでくれるちひろさんの顔はとても優しいです。母性に満ちた顔をしています)

ほたる(……やっぱり慶さんの言う通り、母性本能をくすぐられてプロデューサーさんの事を好きになってるんじゃ……)

ちひろ「ほたるちゃん、今なにか変な事を考えてませんか?」

ほたる「ぃ、いいえ、考えてませんっ」

ちひろ「そう、ならいいんですけどね」ニッコリ

ほたる(そう言って浮かべる笑顔にとても怖いものを感じて、私は絶対にちひろさんを敵にするような事はしてはいけないと思いました)


――――――――――
―――――――
――――
……

――CGプロ 第8アイドル事業部――

ちひろ「とうとうほたるちゃんの初仕事が取れましたね」

P「…………」コクン

ほたる(ちひろさんがプロデューサーさんを営業に専念させてから3日後、遂に私の初めての仕事が取れたみたいです)

ほたる(レッスン終わりに事務所へ戻ってくると、ちひろさんが嬉しそうな顔をして教えてくれました)

ほたる(私も当然嬉しいんですが、その反面、迷惑をかけてしまわないか、期待を裏切ってしまわないかと恐れる気持ちもあります)

ほたる「どんな仕事なんですか?」

ちひろ「えーっと……」

P「…………」バサッ

ちひろ「あ、詳細の書類ですね。ありがとうございます、プロデューサーさん」

ほたる「ありがとうございます」

ほたる(プロデューサーさんから私とちひろさんに渡された書類へ目をやると、どうやら中高生向けのゴシックファッション雑誌のモデルの仕事みたいでした)

ちひろ「うん、ほたるちゃんなら暗めのゴシックファッションが似合いますし、適材適所ですね」

ほたる「そう……でしょうか。あんまりヒラヒラした服は着た事がないので、ちゃんと着こなせるか不安です……」

ちひろ「大丈夫ですよ。このコミュ障プロデューサーの売り込みで取れたんですから、それだけほたるちゃんに魅かれるものがあったって事です」

P「…………」コクン

ほたる「あ、ありがとうございます」

ほたる(ちひろさんの言葉に少し何か言いたげなプロデューサーさんでしたが、今回の営業でかなりちひろさんに助けられていたみたいなので無言で頷いています)

ほたる(……多分、そういうところがちひろさんは――)

ちひろ「ほたるちゃん」

ほたる「か、考えてませんっ、何もっ」

ちひろ「ならいいんですけどね」ニッコリ

ほたる(この件は今後考えるのをやめようと決心しました)

P「?」

ほたる(プロデューサーさんは何の話をしているか分からないようで首を傾げていました)

ちひろ「撮影は……3日後ですか。それじゃあトレーナーさんに言って、明日明後日はビジュアル面のレッスンを重点的にやってもらいましょうか」

P「…………」フルフル

ちひろ「え?」

ほたる「あ、それはもうプロデューサーさんから伝わってるみたい……です。今日のレッスン終わりに、トレーナーさんから明日と明後日は表現力のレッスンに重きを置くって言われましたので……」

ちひろ「そうだったんですね。しっかりしてきたじゃないですか、プロデューサーさんも」

P「世界を恨む時代は終わった」

ちひろ「たまーに、ごく稀にですけどね」

P「……貸しは返すつもりだが、その期に及んで競い合うつもりか」

ほたる「え、えっと……」

ちひろ「それじゃあほたるちゃん、初めてのお仕事、頑張って下さいね」

ほたる「は、はい、頑張ります」


――――――――――

――3日後、撮影スタジオ――

カメラマン「君が白菊ほたるちゃんだね? 今日はよろしく」

ほたる「は、はい、よろしくお願いします」

カメラマン「うん、儚い空気が似合いそうな子だね。そちらのプロデューサーさんの売り込み通りだ」

ほたる「あ、ありがとうございます」

P「…………」ペコリ

カメラマン「寡黙な人だねぇ。それじゃあ早速撮っていこうか」

ほたる「はい、お願いします」


……………………

カメラマン「うーん、表情が硬いなー」

ほたる(撮影が始まってから20分、カメラマンさんからそんな一言が出ました)

ほたる(確かに私も実感しています)

ほたる(緊張して上手く顔が動いてくれなくて、それが分かるから焦燥感に掻き立てられて、余計に力が入っていると)

カメラマン「ちょっと緊張しすぎかなぁ。5分くらい間を置いてみようか」

ほたる「はい……ごめんなさい」

カメラマン「こちらも撮るからには、どんなものでも妥協はしたくないからね。ちょっと気持ちをリセットさせてみて」

P「…………」チョイチョイ

ほたる(カメラマンさんからそう言われたあとすぐ、プロデューサーさんが私を手招きしてきました)

ほたる「……プロデューサーさんも、ごめんなさい」

P「…………」フルフル

ほたる(プロデューサーさんは『大丈夫だ』と言いたげに首を振ってます)

ほたる(ですが、せっかく私なら適材だと取ってきて頂いた仕事なのに、上手く笑えない自分が嫌になります)

ほたる(レッスンだってしっかりやってきたのに、それが一つも身になっていないような気になってしまいます)

ほたる(……そんなネガティブな事を考えてしまう自分がもっと嫌になってしまいました)

P「……悩みだしたらきりがないこと、よく知っているけど」

ほたる「え……?」

P「くだらない事考えてへこんでも明日笑えればいい」

ほたる(私の肩にポンと手を置いて、言葉少なくプロデューサーさんはそう言いました)

P「何があっても僕は味方だ、友達よ」

ほたる「プロデューサーさん……」

ほたる(まっすぐな言葉がスッと体の中に入ってきました。何があっても味方でいてくれる……その言葉で何だか肩の力が抜けた気がします)

ほたる「ありがとうございます……ちょっと楽になった気がします」

P「…………」コクン

ほたる「あの、聞いてもいいですか?」

P「……?」

ほたる「儚く笑うって、どういう風なものなんでしょう……?」

P「……僕らが願うのは唯一つ、幸せになりたいって事」

P「それが欲しくてもがいて、奪って」

P「それでも笑って生きていたいと健気に海の風に微笑むあの娘は」

P「愛する人が銃で撃たれた事をまだ知らない」

ほたる「……そんな笑顔ですか?」

P「…………」コクン

ほたる「……ふふ、分かりづらいです」

P「…………」ショボン

ほたる「でもありがとうございます。何となく分かった気がします」

P「…………」コクン

カメラマン「そろそろいいかな、ほたるちゃん?」

ほたる「はい、大丈夫です」

カメラマン「お、憑き物が落ちたみたいな顔だね。これならいい写真が撮れそうだ」

ほたる「今度は大丈夫だと思いますので……よろしくお願いします」ニコ

カメラマン「あ、その笑顔いいね、それをカメラの前でもお願いするよ」

ほたる「はいっ……」

ほたる(その後の撮影では1回でいいものが撮れました。カメラマンさんも私を気に入ってくれたのか、余った時間で、衣装を変えて予定よりも多く写真を撮影をしてくれました)


――――――――――

――CGプロ 第8アイドル事業部――

ちひろ「ついにほたるちゃんの写真が載った雑誌が発売されましたね」

P「…………」コクン

ほたる(撮影から2週間後、私の写真が載った雑誌の発売日です)

ほたる(プロデューサーさんもちひろさんも今日を楽しみにしていてくれて、プロデューサーさんに至っては同じ雑誌を3冊も買ってきて、さっきちひろさんに怒られていました)

ほたる(どんな出来栄えになっているのか、私も気になります。でも見たいような見たくないような不思議な感覚がします)

ちひろ「さて、ほたるちゃんも来た事だし、3人で見てみましょうか」

ほたる「は、はい……」

P「…………」コクン

ほたる(ちひろさんは私とプロデューサーさんが頷くのを見ると、デスクの上に雑誌を開きました)

ちひろ「えっとほたるちゃんの写真は……あ、ここですね!」

ほたる「わぁ……」

ほたる(ちひろさんが開いて指した見開きの2ページに私の写真が使われていました)

ほたる(本当にアイドルになれたんだ、というような気持ちで感無量です)

ちひろ「すごいですね。初めてのお仕事なのにこんなに大きく写真を使って貰えて。やれば出来るじゃないですか、プロデューサーさんも」

P「……?」

ちひろ「どうしたんですか、首を傾げて。嬉しくないんですか?」

P「…………」ブンブン

ほたる(プロデューサーさんは勢いよく首を振った後、今回の仕事の資料に目を通しました)

P「…………」バサ

ちひろ「うん? 今回の仕事の詳細ですか? えーと……今回の予定枚数……3コマほど? え、じゃあこれって……」

P「…………」コクン

ほたる(神妙な顔をしているプロデューサーさんとちひろさんに私は不安な気持ちになってきました)

ほたる(カメラマンさんの腕が良いおかげで私なんかの写真でも綺麗に取れていますが、何か私の不幸が悪さをしたのかもしれません……)

ほたる「な、なにか問題でもあったんですか……?」

ちひろ「いいえ。逆よ、ほたるちゃん」

ほたる「え……?」

ちひろ「ほたるちゃんを気に入ってくれた出版社が、予定の倍以上使ってくれたみたいなんです、ほたるちゃんの写真を」

ほたる「そ、そうなんですか?」

P「…………」コクン

ちひろ「すごいじゃないですか、ほたるちゃん!」

ほたる「そう……そうなんですね……良かった」

ほたる(安心するのと同時、胸の中に嬉しさがどんどん湧き上がってきました)

ほたる(プロデューサーさんとちひろさんが喜んでくれたのがすごく嬉しくて、出版社の人たちにも私を認めてもらえた事が誇らしいです)

ほたる「プロデューサーさん、ちひろさん……ありがとうございます」

ほたる「アイドルを諦めかけてた私を拾ってくれて……レッスンをさせてくれて、こうしてお仕事をさせてくれて……私、幸せです……」

ちひろ「何を言ってるんですか、こちらこそ、ほたるちゃんみたいな子に来てもらえて感謝しかないですよ! ね、プロデューサーさん」

P「あなたのおかげで生きてるんだ」

ちひろ「もう、どんな感謝の現わし方ですかそれは。ほたるちゃんはこれからが大事なんですから、あなたもしっかりして下さいね?」

P「この先何があったって僕らは振り向かずに走って生きたい。つまづいた昨日も助走だったと言い張るために走って生きたい」

ちひろ「本当に分かってるんですかね……」

ほたる「……ふふ」

ほたる(いつも通りなプロデューサーさんとちひろさんのやり取りに思わず笑みがこぼれます)

ほたる(本当に……このプロダクションに来れて、プロデューサーさんとちひろさんに会えて良かったと心から思いました)


――――――――――
―――――――
――――
……

――1週間後、CGプロ 第8アイドル事業部――

P「…………」カタカタ

PC<ピコン

P「……?」

P「…………」カチ、カチ

P「……!」

P「…………」カタカタカタカタ

P「…………」カタカタ...カタ...

P「…………」

P「……ポルノ映画の看板の下で ずっと誰か待ってる女の子」

P「ふざけた日常 マフラー代わりにしても かじかんだその未来 温む事無く……」

P「…………」カタカタカタカタ

P「…………」カチ、カチカチ

ちひろ「……どうしたんですか、プロデューサーさん。事務仕事してたと思ったらいきなり歌いだすなんて外でやったら通報されますよ?」

P「正解でも間違いでも、それが分かるのはどうせ未来。今は走るだけ」

ちひろ「はい?」

P「…………」

PC<ピコン

P「!」カチ、カチ

P「……自身の弱さや不成功を顧みる青の時代はとっくに過ぎたのだ」

ちひろ「え、今日は一段とおかしいですよ、プロデューサーさん。大丈夫ですか? 黄色い救急車でも呼びます?」

P「うるせぇ背後霊」

ちひろ「心配してあげたのになんて言い草ですか」

P「……見てみろよ」チョイチョイ

ちひろ「今度はなんですか、手招きなんてして……ってメールですか?」

ちひろ「差し出し人は……ああ、この前のゴシックファッション誌の……ん?」

ちひろ「え、これって先方からのほたるちゃんへの仕事の依頼じゃないですか」

ちひろ(しかも『インスピレーション降りてきました。やりますねプロデューサーさん』とか書いてある。かなりくだけたメールだ……)

ちひろ「どうしたんですか、これ」

P「…………」カチ、カチ

ちひろ(プロデューサーさんは得意げな表情をして、今までの先方とのメールのやり取りを見せてくれました)

ちひろ(どうやら前回のモデルの仕事で先方がほたるちゃんの事をすごく気に入ってくれて、プロデューサーさんと担当の方がメールのやり取りをする仲になっていたようです)

ちひろ(そして、またほたるちゃんにモデルの仕事をお願いしたいけれど、何か写真のテーマにいいアイデアはないか、という質問を先ほど受けたみたいで、それに対する返信が相手の琴線に大いに触れたみたいでした)

P「拝啓、忌まわしき過去に告ぐ。絶縁の詩」ドヤァ

ちひろ「やるじゃないですか、プロデューサーさん! そのドヤ顔はムカつきますし相変わらず言ってる事は意味不明ですけど、プロデュースの腕も上がったんじゃないですか!」

P「……何やってんだってしらけて、どうでもいいやって居直る」

ちひろ「ああごめんなさい、ちゃんと褒めるんで拗ねないで下さいよ」

P「全ての人に優しくされたくて傷ついた振りをしてみたりする」

ちひろ「って冗談ですか。分かり辛いですねぇ……」

――ガチャ

ほたる「おはようございます」

ちひろ「あ、おはようございます、ほたるちゃん! ちょうどよかった、いい知らせがありますよ!」


――――――――――

――5日後、撮影スタジオ――

カメラマン「あ、どうも。ほたるちゃんにプロデューサーさん」

ほたる「こんにちは。今日もよろしくお願いします」

P「…………」ペコリ

カメラマン「はい、よろしくお願いします。それにしても顔を合わせると相変わらずですね、プロデューサーさん。メールだと饒舌なのに」

P「ごめんなさい」

カメラマン「いえいえ、責めるつもりはないんですよ。今回もいいアイデアを頂きましたし、ほたるちゃんのおかげで、ウチの雑誌も先週号の売り上げが良かったんですから」

ほたる「え、そうなんですか?」

カメラマン「ええ、そりゃもう。何故だか20代から30代の男性層にも今回は売れてましたからね」

ほたる「そうなんだ……私でも役に立てたみたいで嬉しいな……」

P「君の夢、希望はファンタジーじゃなく歩幅の延長線上にある」

ほたる「……はい。ありがとうございます、プロデューサーさん」

カメラマン「それじゃあ早速撮っていきましょうか」

ほたる「はい、お願いしますっ」


……………………

ほたる(プロデューサーさんからは、今回の写真のイメージは『ポルノ映画の看板の下でずっと誰か待ってる女の子』と言われました)

ほたる(私にはいまいちピンと来ないイメージでした)

ほたる(そういう顔をしていたからでしょうか、プロデューサーさんはギターを弾きながら、歌にして教えてくれました)

ほたる(旋律となった言葉を聞いていると、何となくですが、『終末的な世界で佇んでいる姿』というイメージが掴めました)

ほたる(それと同時に、あの雨の公園でプロデューサーさんと出会った時の事を思い出して、少し心が温かくなったような気がしました)

ほたる「……ふふ」

カメラマン(お、いい笑顔。退廃的な世界、ポルノ映画の看板、それらに不釣り合いな純真で可憐な微笑み……いい具合に寂寥感があって切なくさせるな)


……………………

カメラマン「はい、オッケー!」

ほたる「ありがとうございました」

カメラマン「こちらこそ、いい写真が撮れたよ。本当にほたるちゃんは絵になるねぇ」

ほたる「そ、そんな事ないですよ……」

カメラマン「はは、謙遜上手だね。こんなにスムーズに撮影が終わる事も滅多にないよ。それだけ君は魅力的なんだ」

ほたる「あ、ありがとうございます……でもそれはきっとプロデューサーさんが支えてくれたのと、カメラマンさんの腕がいいからです……きっと」

カメラマン「嬉しい事を言ってくれるねぇ……こんないい子、今時珍しいよ。ねぇプロデューサーさん」

P「…………」コクリ

ほたる(よく分かりませんが、プロデューサーさんとカメラマンさんがウンウンと頷きあっています)

カメラマン「それじゃ、雑誌の出来上がり、楽しみにしててくださいね」

ほたる「は、はい。今日はありがとうございました」

P「…………」ペコリ


――――――――――

――1週間後、CGプロ 第8アイドル事業部――

ほたる「おはようございます」

ほたる(今日は、この前撮った写真が雑誌に掲載される日です。初めてのお仕事の時と同じように、事務所に3人が集まったら一緒に見ようという話です)

ちひろ「おはようございます、ほたるちゃん」

P「…………」ペコリ

ほたる(私が事務所に来ると、プロデューサーさんとちひろさんがデスクで待っていました)

ちひろ「いよいよほたるちゃんのお仕事第2弾の成果が見れますね」

ほたる「は、はい。今回も綺麗に映っていればいいんですけど……」

ちひろ「大丈夫ですよ。今回はプロデューサーさんも自信満々みたいですし」

P「…………」コクン

ほたる(ちひろさんに言われてプロデューサーさんは胸を張って頷いています)

ほたる(……自分の関わったものが形になるといつも不安が付き纏いますが、そうやって太鼓判を押して頂けるとちょっと安心ができます)

ほたる(温かいプロダクションに所属出来て本当に私は幸せ者だと思います)

ちひろ「それじゃ、早速見てみましょうか」

P「……見てみろよ、これが世界の全てだ」

ほたる(ちひろさんの言葉に頷いて、プロデューサーさんは紙袋から雑誌を取り出してデスクの上に置きました)

ほたる(そして一番最初に目に飛び込んできたのは……私の写真でした)

ちひろ「え……これ、ほたるちゃん……ですよね」

ほたる「見間違いでなければ……私が……表紙にいます」

P「…………」ドヤァ

ほたる(雑誌の表紙に大きく映っているのは、ポルノ映画の看板の下で、小さな赤い花を1輪、両手で持った白菊ほたるです。間違いなくこの前の撮影で撮った私の写真でした)

ほたる(呆気に取られている私とちひろさんの横で、プロデューサーさんが得意げな表情をしています)

ちひろ「す、すごいじゃないですかっ、マイナーな雑誌とはいえ表紙を飾れるなんて」

ほたる「は、はい……私もびっくりです……」

ちひろ「……プロデューサーさん、知ってて黙ってましたね?」

P「死にたい、死にたいと言って[ピーーー]なかった僕らが生きる今日がこんなに白々しいものだと伝えたい」

ちひろ「どうりで買ってきた雑誌をいつまでも紙袋から出さない訳ですよ、まったく」

P「それでも死ななくて良かったと思う日がたまにある事を伝えたい」フンス

ちひろ「もう、舞い上がり過ぎですよ。……気持ちは分かりますけどねっ」

ほたる(楽しそうに話をする2人を見ていると、私の中でも段々と実感が湧いてきました)

ほたる(あの時、プロデューサーさんに見守られて、カメラマンさんに撮ってもらった写真と、今こうして目の前にある雑誌の表紙の写真)

ほたる(同じように見えなかったそれらが私の中で結びついて、遠いおとぎ話にしか見えなかった私のお仕事の成果がすぐ触れるところにまで急にやってきたような感じがしました)

ほたる(それが嬉しくて、目頭が熱くなってきてしまいます)

P「……希望は唯一つで、諦める訳は捨てるほど」

ほたる「プロデューサーさん……?」

ほたる(それにすぐ気付いてくれたのか、プロデューサーさんは私と目の高さを合わせ、諭すように声をかけてくれました)

P「ぬかるんだ道に立ち尽くし、行こうか戻ろうか悩んで」

P「結局歩き続けて、その向こうで光が射して」

P「その時僕らは思うだろう。『今まで生きていて良かった』」

ほたる「……はい」

P「その一瞬の為だったんだ。今まで積み上げたガラクタ、多くの時間、多くの挫折、数えきれない程の涙」

ほたる「はい……っ」

ほたる(そう言って、プロデューサーさんは優しく私の頭を撫でてくれました。それにとても誇らしい気持ちが生まれて、私の目から涙が零れました)

ほたる(それは今までに流した寂しく冷たいものと違って、嬉しくて温かなものに感じました)

ほたる(プロダクションに所属して、自分のプロデューサーさんがいて、トレーナーさんにレッスンを看て貰えて、色んな人に支えられる。……もしかしたら、これはアイドルにとって当たり前の事かもしれません)

ほたる(だけど、私にとってはかけがえのない特別な事で、こんなに幸せでいいのかと思ってしまうほど幸運な奇跡だと感じました)

ほたる(この大きな奇跡に愛想を尽かされないように、プロデューサーさんやちひろさんに胸を張っていられるように、これからももっともっと頑張ろう)

ほたる(プロデューサーさんの温かい手に撫でられて、ちひろさんの優しい眼差しに見守られて、私はそう思いました)

――――――――――
―――――――
――――
……

――CGプロ レッスンルーム――

ほたる「え……私がバックダンサーに……ですか?」

トレーナー「うむ」

ほたる(私が雑誌の表紙を飾る事が出来てから1ヵ月が経ちました)

ほたる(あれから写真モデルの仕事が少しずつ増えるようになり、そういった仕事をこなしつつ、アイドルとしてのデビューを迎える為に日々レッスンに励んでいます)

ほたる(そして今日のダンスと歌のレッスンが終わる頃、トレーナーさんからそんな言葉を投げかけられました)

トレーナー「ダイハチのプロデューサー……から話を受けたちひろさんからか。まぁとにかくダイハチからの依頼でね」

トレーナー「ダイヨンのユニットが今度ライブを行うから、それをサポートするバックダンサーにほたる君を推薦できないかという話があったんだ」

ほたる「なるほどですね……」

トレーナー「君は今日まで弱音を吐かずにレッスンに打ち込んできた。体力も、アイドルとしての実力もしっかり積まれている。今の君なら、バックダンサーではあるがステージへ送り出す事に不安はない」

トレーナー「ここらでアイドルの舞台というのを経験する事は君にとって大きな糧になるだろう。私としては推薦をするのは賛成だ。だから、あとはほたる君の気持ち次第なのだが、どうだろう」

ほたる「…………」

ほたる(それだけ評価してもらえているのはとても嬉しく、私としてもそれに二つ返事で応えたい、と思います)

ほたる(ですが、もしかしたら私の不幸で、他のアイドルさんに迷惑がかかってしまう可能性も捨てきれません)

ほたる(そう考えてしまうと、次のもう一歩は二の足を踏んでしまいます)

ほたる(でも……)

ほたる「……はい。私で良ければ……迷惑をかけないように精いっぱい頑張ってお手伝いしますっ」

ほたる(私なんかを高く買ってくれているプロデューサーさんやちひろさん、トレーナーさんに期待をされているのなら、それに応えたいという思いが私の背を押してくれます)

トレーナー「うん、君ならそう言ってくれると思ったよ。だから実はもうダイヨンには話を通してあるんだ」

ほたる「えっ……そうだったんですか……?」

トレーナー「万が一断られたらどうしようかと考えていたが……杞憂で済んだな。よかったよかった」

ほたる(そう言って気っ風よくトレーナーさんは笑います。それだけ私は信頼されているんだと思うと、もっと『頑張るぞっ』という気持ちが湧いてきます)

トレーナー「それじゃあ早速だが、明日、ダイヨンのユニットと顔合わせだな」

ほたる「分かりました。……ちなみにそのユニットってどういう方たちなんですか?」

トレーナー「ああ、君はまだこのプロダクションに入ってから日が浅かったな」

トレーナー「ダイヨンの今売り出しているユニットは、宮本フレデリカ君、堀裕子君、神谷奈緒君の3人からなるユニットだ」

トレーナー「そこにダイハチからほたる君、そしてダイキュウから君と同じく新人の鷹富士茄子君をバックダンサーに迎えたクインテットユニットをライブの中で数曲行ってもらう予定だ」

トレーナー「レッスンの担当は変わらず私だ。明日からもよろしく頼む」

ほたる「はい、分かりました。よろしくお願いします」


……………………

――翌日 レッスンルーム――

宮本フレデリカ「宮本フレデリカでーすっ。ぼんじゅーる。今日からよろしくね」

堀裕子「堀裕子と申します! 特技はエスパーです! よろしくお願いしますね!」

神谷奈緒「神谷奈緒です。えーっと、まぁ……よろしくお願いします」

トレーナー「うむ。この3人が、ダイヨンで売り出し中の3人だ。それでこっちが……」

ほたる「し、白菊ほたると申します……精いっぱい頑張りますので、よろしくお願いします」

鷹富士茄子「鷹富士茄子です。みなさん、よろしくお願いします♪」

トレーナー「うむ」

ほたる(バックダンサーの推薦を受けた翌日、レッスンルームで全員の顔合わせ中です)

ほたる(なんだかみなさん、すごくキラキラしてるような気がします)

ほたる(一番ちんちくりんで暗めな私は少し負い目を感じてしまいそうです)

トレーナー「さて、それでは早速レッスン……といきたいところだが、一時的とは言えクインテットのユニットとしてのステージだ」

トレーナー「お互いがお互いの事を知っていないと動きも合わせられないだろう」

トレーナー「なので、本日は自主レッスン……つまるところ、お互いの親睦を深めてくれ」

トレーナー「私からの今日の指導はここまでだ。あとは任せたぞ、フレデリカ君」

フレデリカ「はーい、任されましたーっ」

トレーナー「うむ。では、そのように頼む」

ほたる(そう言うと、トレーナーさんはレッスンルームから出ていきました)

フレデリカ「さて……っと。それじゃあ今日1日、トレーナーさんから場を任された訳なんだけど……何しよっか? とりあえずトランプでもする?」

奈緒「いやなんでトランプなんだよ……」

フレデリカ「んー? みんなでババ抜きすれば仲良くならない? あ、ていうかフレちゃんトランプ持ってないや。ユッコちゃん持ってない?」

裕子「スプーンなら肌身離さず持ってるんですけどトランプは残念ながら持ってないですね」

奈緒「ずっと思ってたんだけどさ、スプーンを肌身離さず持ってるのってさ、なんかおかしくないか?」

裕子「何を言うんですか、奈緒さん! エスパーと言えばスプーン、スプーンと言えばエスパー! これは切っても切り離せないものなんですよ!」

奈緒「えぇ……」

茄子「ふふ、面白い方たちですね♪」

ほたる(3人のやり取りを見て、隣にいる鷹富士茄子さんは楽しそうな微笑みを浮かべています)

ほたる(私はと言うと、3人のやり取りに呆気に取られていました)

ほたる(でもこのまま黙っていてはどうしようもないので、頑張って発言します)

ほたる「あ、あの……」

フレデリカ「はーい、なんだい、えーと……ほたるちゃん? でいいのかな?」

ほたる「は、はい、大丈夫です。……それでその、みなさん方はどういったユニット……なんでしょうか」

フレデリカ「よくぞ聞いてくれましたっ!」

フレデリカ「私たちは3人合わせて『カプリスエスパーオトメ』!」

フレデリカ「ユニット名に深い意味はないっ! ってウチのプロデューサーが言ってた! だから多分ないと思う!」

フレデリカ「リーダーはアタシ、カプリス担当らしいフレちゃんだよ~。お気軽にみんなもフレちゃんって呼んでね~」

裕子「ちなみにエスパー担当は私です、エスパーユッコです! お二人もエスパーに自信があるなら、私と一緒に世の為人の為にさいきっくぱわーを使いましょう!」

裕子「で、オトメ担当がこちらの奈緒さんですね!」

奈緒「……ああ、あたしはオトメ担当……らしい。気が付いたらそうなってたけど、特にオトメとかそういう柄じゃないから、普通に接してくれ」

奈緒「見て分かる通りウチの2人はアレだから……迷惑かけるかもしれないけど……その、よろしくな」

ほたる「い、いえ、そんな……私の方こそ迷惑をかけちゃいそうで……」

フレデリカ「それで、ほたるちゃんと……茄子さん?」

茄子「はい。お好きなように呼んでくださいね」

フレデリカ「はーい。それじゃあカコさん! とほたるちゃん! 今日からよろしくね~」

フレデリカ「何か抱負とか意気込みみたいなものがあれば是非どうぞー」

ほたる「あ、はい……その……いきなりでこんな事を言うのも申し訳ないんですけど……私の不幸体質がご迷惑をおかけしないように頑張ります……」

裕子「不幸体質ですか?」

ほたる「……はい。その、私の周りには不幸が寄ってきやすいみたいで……靴ひもが切れたり、手に取ったカップがいきなり割れたり……とか、そういう可愛いものからプロダクションが倒産したりとか重い話まで……色々と……」

ほたる「ただこのプロダクションに来てからはそういう事は減ってきているので……でも不安は不安なので……」

裕子「それはつまりほたるちゃんもエスパーだと言う事ですね!?」

ほたる「えっ」

裕子「大丈夫です、エスパーユッコはどんなエスパーでも受け入れますよ! ほたるちゃんが悪いさいきっくぱわーをおびき寄せたら、私の正義のさいきっくぱわーでむむむーんとやっつけますね!」

ほたる「あ、はい……ありがとうございます……?」

奈緒「あーほたる、ユッコの言う事はそんなに真に受けなくていいからな? 全部冗談だと思って聞き流して平気だから」

裕子「ひどいですね奈緒さん! ならば見せましょう、これがエスパーユッコのサイキックスプーン曲げです!」

裕子「むむむむむ~……はぁー!」

ほたる(裕子さんが手に持つスプーンになにやら念? を送り込み、気合十分な声を出しました。でも銀色のスプーンに特に何か起こるという事もなく、ただレッスンルームの照明を反射してキラキラしているだけでした)

裕子「……どうやら今日はさいきっくぱわーが足りないようですね」

フレデリカ「そんな日もあるよね~」

奈緒「いやそもそもさいきっくぱわーとやらがまともに発動したの見た事ないけどな……」

奈緒「それで、えーと、茄子さん? からは何かありますか?」

茄子「はい~。えーと、そうですね……ほたるちゃんが運が悪い……というなら、私は運がいい方……なんですかね?」

茄子「あんまり赤信号とかに引っかかりませんし、電車間に合わなかったなーと思ったらちょっとだけ運行が遅れてて間に合ったりしますし」

裕子「つまり茄子さんもエスパーですね!?」

茄子「そうかもしれないですね♪」

裕子「おおお……ほたるちゃんと茄子さんとエスパーユッコのさいきっくぱわーが合わさり最強に見える……!」

フレデリカ「やったねユッコちゃん、仲間が増えたよ~!」

奈緒(もうツッコミ放棄しよ)

ほたる「運がいい……いいなぁ」

茄子「いえいえ、運がいいとかそういうのって、結局気の持ちようだと私は思いますよ?」

ほたる「そう……ですかね……」

茄子「そうですそうです」

茄子「例えば……運行が遅れて、私が電車に間に合ったってさっき言ったじゃないですか。あれだって急いでる人からすれば迷惑な事ですし、もしかしたら原因になった誰かが申し訳ない気持ちになってるかもしれないですよね」

茄子「そうなると、私の幸運のせいで誰かに不幸な思いをさせている……って事になりません?」

ほたる「……確かに……そうかもしれませんけど……」

茄子「逆に言えば、その原因となった誰かのおかげで、私のようにギリギリ電車に間に合ってラッキーだったなって人もいると思うんです」

茄子「ほら、そう思えば、私の幸運は誰かを不幸にしていますし、ならきっとほたるちゃんの言う不幸だって、誰かの幸運になってるんですよ」

茄子「突き詰めちゃうと栓のない水掛け論になっちゃいますけどね。でも、自分の不幸のおかげで誰かが幸運になった……そう思うだけ、ちょっと幸せじゃないですか?」

ほたる「…………」

ほたる(その茄子さんの言葉は目から鱗が落ちる思いでした)

ほたる(自分自身の不幸にしか目を向けていなくて、ただ俯いて下を見続けていた私の足元に光が射したような気持ちです)

茄子「それに……『見向きもされない希望には、生きているだけで素晴らしいと毎日言って聞かせてる』って、ウチのちょっと変わったプロデューサーも言ってました」

ほたる「ダイキュウのプロデューサーさん……ですか」

茄子「はい♪ いつもちょっとよく分からない事を言う人なんですけど、その言葉には私もすごく頷けるなーって思うんです。生きているだけで幸運だなーって」

茄子「まぁでもプロダクションの中でもちょっと変わった方に分類されるプロデューサーですからね。いっつも部署の人に『何を言ってるか分からない』って呆れられてますし、私もそれ以外の言葉は話半分に聞き流してますけど」

ほたる「……私のプロデューサーさんもそんな感じですね……ふふ」

ほたる(変な言葉遣いとちひろさんとのやり取りが脳裏に思い浮かんで、自然と笑みがこぼれました)

茄子「あ、ほたるちゃんの笑顔……すごくかわいい」

ほたる「え……」

茄子「なんていうんでしょう、こう……思わず撫でくり回したくなる系の可愛さですね」

ほたる「そ、そうですか……?」

茄子「はい、とても素敵な笑顔を見れて、私は幸運だなって思いました♪」

ほたる「あ、ありがとうございます……」

ほたる(そう言って微笑む茄子さんの笑顔こそ、心が温かくなるような素敵なものだと私は思いました)


――――――――――――

ほたる(カプリスエスパーオトメの皆さん、それに茄子さんと顔を合わせてから、1週間が経ちました)

ほたる(自由気ままで奔放な人だと思っていたフレデリカさんは、やっぱりリーダーに選ばれるだけあって、とても気遣いが上手な方でした)

ほたる(最年少の私の事をよく気にかけて頂いていますし、5人で合わせてダンスをする時にも周りに目が配れていて、すごく視野の広い方なんだと思いました)

ほたる(逆に一番奔放だったのが裕子さんでした)

ほたる(さいきっくぱわーの高まりを感じる、という理由でちょっとダンスの振り付けを変えてみたりして、それにフレデリカさんが乗って踊って見せたりと、よく皆を笑顔にしてくれました)

ほたる(明るく朗らかな方で、一緒にいるととても楽しい人です)

ほたる(そして2人が悪ノリを始めると、すかさず奈緒さんが軌道修正をしようとツッコミを入れています)

ほたる(大体はフレデリカさんと裕子さんの勢いに流されてしまいますが、それでもきっと奈緒さんがいないと歯止めが効かなくなって明後日の方向に暴走してしまうのでしょう)

ほたる(私や茄子さんの心配もよくしてくれますし、とても優しい方なんだと思いました)

ほたる(だからオトメ担当なんですね、と本人に言ったら『はぁ!? べ、別にあたしはそんなキャラじゃねーから! 2人が暴走すると困るからやってるだけだかんな!』と顔を赤くしながら返してきました)

ほたる(そしてそんな様子をフレデリカさんにからかわれていました)

ほたる(茄子さんは臨時のクインテットユニット内で最年長という事もあり、いつも落ち着いた態度でレッスンに励んでいました)

ほたる(私と同じ新人なのに、常に余裕のある雰囲気があって、とても頼もしく見えます)

ほたる(でもお茶目な一面もあり、裕子さんのエスパー講座にノリノリで参加してスプーン曲げを試みたり、フレデリカさんと一緒に奈緒さんをからかったり、手持無沙汰な時に『とりあえず』という感覚で私に抱き着いてみたりと、楽しい方なんだなと思いました)

ほたる(そんなみなさんの中に混じっている私、白菊ほたるですが……他の4人の方と比べると格段に見劣る気がしてしまいます)

ほたる(みなさんに余計な心配はかけさせたくないので、そういった事は顔には出さないようにしていますが、どうも裕子さん以外はなんとなく察してしまっているようです)

ほたる(この不安や劣等感といったものは、頑張ってレッスンに励んで、どうにか本番前までには拭いたいと思います)

ほたる(本番……カプリスエスパーオトメの2ndライブまであと3週間です)

ほたる(オーバーワークにならない範囲で……頑張らないと)


――――――――――――

――CGプロ レッスンルーム――

トレーナー「よし、今日はここまでだ」

5人『ありがとうございました』

トレーナー「うん。ライブまであと2週間だが、なかなかいい形になってきたな」

トレーナー「新人のほたる君と茄子君は初めてのステージになる。焦りや不安を感じる事もあるだろうが、決して無理をしてはいかんぞ」

ほたる「はいっ」

茄子「はい」

トレーナー「一度考えてしまうと不安はずっと付き纏うものだ。そういう時は頼れる先輩方にアドバイスを貰うんだ。みんな通った道だからな、きっといい意見を貰えるだろう」

フレデリカ「アドバイスは任せろ~ばりばり~」

裕子「お任せください! 何でも聞いてくださいね!」

奈緒「……いや2人とも緊張とかそういうのから遠い人間だろ……」

トレーナー「ふふ、案外これくらいの気の持ち方がいいかもしれないしな」

トレーナー「それでは、また明日」

ほたる(トレーナーさんはそう言うと、レッスンルームから出ていきました)

ほたる(……焦りや不安を感じる事もある。そのトレーナーさんの言葉が私の中で何度も反芻されます)

ほたる(レッスンもしっかりやって、多分、私が思う以上に私は出来ているとは周りに見られているのでしょうが、それでも不安は消えません)

ほたる(私自身の出来もそうですが、『何かライブ中にアクシデントが起こったらどうしよう』とか、本当に考えていてもしょうがない事も脳裏に浮かんできます)

茄子「ほーたーるーちゃん」

ほたる「え――わっ」

ほたる(そんな事を考えて暗い顔をしていたからでしょうか、茄子さんの腕が私をギュッと包み込みます)

茄子「あはは、ほたるちゃんは小さくて本当に可愛いですね♪」

ほたる「か、茄子さん、その、レッスン後ですし汗が……」

茄子「あ、ごめんなさい、私の汗、気になります?」

ほたる「いえ、そうじゃなくて……私の汗が嫌じゃないかなって……」

茄子「それなら気にならないから平気でーす♪」

茄子「それより……やっぱり何か不安ですか?」

ほたる「…………」

ほたる(茄子さんからの言葉に私は黙りこくってしまいました。不安も当然ありますが、同じように新人で、きっと不安や緊張も私と同じようにあるだろう茄子さんに気を遣わせてしまった事が申し訳ないです)

フレデリカ「ほうほう、ほたるちゃんは明日への不安を抱え込んでるんだね」

裕子「それなら私たちの出番ですね! ユッコのお悩みエスパー相談室です!」

奈緒「よし、ほたるの悩みを聞くからまずはエスパーは捨てようか、ユッコ」

ほたる(カプリスエスパーオトメのみなさんも私と茄子さんの周りに集まってきました)

ほたる(その優しさが胸に響きます。それが意固地になっている私の口を開かせてくれます)

ほたる「不安は……やっぱりあります」

ほたる「私自身の事もそうですし……やっぱり何より、ライブが無事に終わるかどうかって……ライブ中に何か問題が起こったらどうしようって……考えても仕方のないことなのに……」

フレデリカ「うーん、それは考える意味があるんじゃないかな~?」

ほたる「え……?」

フレデリカ「ライブ中に問題が起こる事だってそりゃあるよ~。人間のやる事だもん。手配ミスとか、機材のトラブルとかさ」

フレデリカ「準備とか対策とかぜーんぶスタッフさんにしるぶぷれ~って丸々ポーイしちゃって、フレちゃんはなーんも考えませんっ! で、ライブが失敗したら悔みきれないもん」

フレデリカ「だから、アタシたち5人で、例えばこういう事があったらこうしよう、ああしようって考えるのはすっごく大事なんじゃないかなってフレちゃんは思うよん」

フレデリカ「そのきっかけをくれたほたるちゃんにはダイヨンから感謝状を贈ってもいいレベルだね~」

奈緒「フレデリカの言う通りだよ、ほたる」

奈緒「というか、初めてのライブなのに周りの事まで心配出来るのってすごいと思うぞ」

奈緒「あたしなんか初めてライブの時、もう自分の振り付けとか間違えないようにってそれだけしか考えられなかったしな」

裕子「奈緒さんものすごくテンパってましたもんね! 歩く時、右手と右足一緒に出してましたし!」

フレデリカ「楽屋で緊張しすぎてて、フレちゃんとプロデューサーがナオちゃんの髪の毛モリモリセットして遊んでても全然気づかなかったもんねー」

裕子「最後に私のスプーンを簪みたいに刺しても気付かないで、そのままステージに出そうになってましたね!」

奈緒「だぁー! それはもう昔の話だから忘れろよ! ていうかなんでお前らあんなに余裕だったんだよ!!」

フレデリカ「いやー、あれだけ緊張してる人が間近にいると逆に冷静になっちゃうよねぇ」

裕子「ユッコはエスパーやってますから!」

奈緒「フレデリカはともかくユッコはワケわかんねぇ!」

茄子「くすくす……やっぱりみなさんって仲良しで楽しい方たちですね♪ ちょっと羨ましいです」

奈緒「なら変わって下さいよ茄子さん……」

フレデリカ「ひどい、アタシたちの事は遊びだったのねナオちゃん!」

裕子「いやー! スプーンあげますから捨てないでー奈緒さん!」

奈緒「うるせー!」

ほたる「……ふふ」

ほたる(3人のやり取りに思わす笑ってしまいました。そのおかげで肩の力が抜けた気がします)

フレデリカ「っとと、茶番はこれくらいにしておいてー、本題の真面目な話しよっか」

奈緒「茶番って……」

茄子「ふふ、そうですね」

裕子「とりあえず何かあったら私のエスパーでどうにかする方向はどうですか!?」

奈緒「いやユッコのそれは間違いなく何か問題起こす方だからな!?」

フレデリカ「うーん、確かにっ」

裕子「えー、そんな事ないですよ! それじゃあ奈緒さんは問題が起こったらどうするんですか?」

奈緒「え、あたしは……えーとそうだな……」

フレデリカ「とりあえずアカペラで何か歌ってもらって場をごまかしてもらおっか。その間になんとかする方向で」

奈緒「はぁ!?」

茄子「奈緒ちゃんの双肩に全てがかかってるんですね」

ほたる「が、頑張って下さい、奈緒さん」

奈緒「2人までなんで!?」

裕子「では問題が起こったら奈緒さんのアカペラで会場を温めて……」

フレデリカ「フレちゃんたちは舞台袖のスタッフさんと意思疎通できるようにしとこっか。部署に言えば小さなLED掲示板とか用意してくれるかな~」

奈緒「え、あたしがアカペラするの確定なのか!?」

ほたる「もし照明とかも消えたら……危ないのでステージの中央に集まった方がいいかもしれませんね……」

茄子「そうですね。暗闇に乗じて何かする、なんていう不届きなファンの方はいらっしゃらないでしょうけど、みんなで集まって手を繋いでおくっていうのがいいかもしれませんね♪」

裕子「いざとなったらインカムも外せるように練習しときましょう! 私はサイキックテレパシーで喋らずに意思疎通出来ますけど、私たちの不安な声が会場に響いたらファンの方もびっくりしちゃいますからね!」

奈緒「ちょ、ちょっと、お前ら!」

フレデリカ「よっし、それじゃあナオちゃん、今まで出たアイデアをこのフレちゃん特製キャンパスノートに記入ヨロシクっ! みんなでもっと素晴らしいアイデアを出していこー!」

裕子「私たちの中で一番字が綺麗ですからね、奈緒さん! 綺麗な字で書かれたノートってなんかいいですよね!」

奈緒「あ、うん……うん? なんか流されてるような……?」

フレデリカ「それじゃあ次は、更なる未知の問題に備え、自動車教習所の学科とかでよくやる『もしかしたら○○が起こって××かもしれない』って感じの事を考えてみよっか!」

茄子「フレデリカちゃん、免許持ってるんですか?」

フレデリカ「ううん、持ってないよー。ダイヨンに車が好きなアイドルがいて、その人に教えてもらったの。楽しそうだから1回やってみたかったんだ~」

裕子「つまりアレですね、『もしかしたら邪悪なエスパー集団が襲ってきて、エスパーアイドルユッコが大活躍するかもしれない!』とかそういう感じのやつですね!」

フレデリカ「そうそうそれそれ~」

奈緒「いやそんな事はまず起こらないだろ……」

ほたる「もしかしたら会場の真上に隕石が落ちてきて、未曽有の大災害になるかもしれません……」

奈緒「怖えーよ! もっとねーよそれは! ていうかそんな場面に遭遇してどう対処しろって言うんだよ!」

茄子「でももしかしたらその隕石には未知の素晴らしいエネルギーが詰まっていて、世界のありとあらゆる問題を解消して悠久の平和が訪れるかもしれないですね♪」

奈緒「いやいやいや! そんな展開今時アニメでも見ないですよ!」

フレデリカ「さらにもしかしたらその悠久の平和も仮初めのもので、そのエネルギーを手中に収めて世界征服をしようとする一団が現れるかもしれないのであった……」

奈緒「話飛びすぎだろ! もうライブ全然関係ないじゃん!」

裕子「もしかしたらそれを未来予知した悪のエスパー集団がライブ会場を襲いに来て、正義のエスパーアイドルユッコが大活躍するかもしれませんね!」

奈緒「一周した! 一周して戻ってきちゃったから! お前らもう少し真面目に考えろよぉ!」

ほたる(……そんな風にみなさんで色んな案を出し合っていると、とても楽しくて、いつの間にか私も笑っていました。……まともな案は全然出ませんでしたけど)

ほたる(でも、私の中の不安も……少し小さくなってくれた……ような気がしました)


――――――――――
―――――――
――――
……

――CGプロ 第8アイドル事業部――

ちひろ「いよいよ来週ですね、ほたるちゃんの……バックダンサーですけど、初ステージ」

P「…………」コクン

ちひろ「最近はほたるちゃんもすごく楽しそうですし、やっぱり一緒に夢を目指すアイドル仲間がいるっていうのはいい事なんですね」

P「一人じゃないんだよと歌って、彼女の胸が張り裂けてしまえばいい」

ちひろ「……という訳で、そろそろ2人目、スカウトとかしてきません?」

P「……失い続ける事で何かに必死になれる力が宿るのなら、満たされていないってのは幸せなのかな」

ちひろ「まぁそんな感じの事を言われるんじゃないかなーとは思ってましたよ」

ちひろ「ほたるちゃんの大事な時期ですもんね。不器用なプロデューサーさんには一気に2人の面倒を見るのは無理ですよね」

P「僕が一番分かってる、僕の弱さなら」

ちひろ「はいはい、そうですね」

――ガチャ

ほたる「……おはようございます」

ちひろ「あ、おはようございます、ほたるちゃん!」

P「…………」ペコリ

ほたる「はい……おはようございます、ちひろさん、プロデューサーさん……」

P「……?」

ちひろ「今日もレッスンでしたね。どうですか、調子は?」

ほたる「……みなさん、とても優しい方たちなので……助けられながら頑張ってます」

ちひろ「そうでしたか。もう来週が本番ですもんね。あんまり無理はしすぎないようにしてくださいね?」

ほたる「はい。……期待に応えられるように頑張ります」

P「…………」

P「押し殺したホントの気持ちが胸倉に掴みかかる」ガタ

ちひろ「ん、どうしたんです、プロデューサーさん? スカウトに行く気になりましたか?」

P「……駄目な僕が駄目な魂を、駄目なりに燃やして描く未来が本当に駄目な訳ないよ」

ちひろ「珍しくやる気満々ですね。バッグはともかくなんでギターまで持っていこうとしてるのかはちょっと謎ですけど……プロデューサーさんも頑張って下さいね」

ほたる「プロデューサーさんも外に出るんですね。途中まで一緒に行きませんか……?」

P「…………」コクン

ほたる「それじゃあちひろさん、行ってきますね……」

ちひろ「はい。行ってらっしゃい、2人とも」


……………………

――CGプロ エレベーター――

ほたる「プロデューサーさんは1階ですよね? 私はレッスンルームだから2階――」

ほたる(――のボタンを押そうとした私の手をプロデューサーさんは制しました)

P「…………」フルフル

ほたる「え?」

P「上手くいかねぇや、っていつもの事だろ。不出来な人間なのは痛いほど分かってる」

P「さっき飲み込んだあの言葉は日の目を見る事もきっとないんだろうな」

ほたる「…………」

ほたる(プロデューサーさんはそう言い、1階のボタンだけを押しました)

P「そうやって積もった部屋の埃みたいな感傷が、僕らを息苦しくさせてるんなら」

P「自分を守りたくて閉め切ったドアも窓も、無理してでも開けなきゃ、窒息しちゃうよ」

ほたる(小さな声で言葉を紡ぐ間に、エレベーターは、私が降りるはずだった2階を通り過ぎました)

ほたる(ボタンを押そうとすればすぐに押せたのに、私の腕は動いてくれませんでした)

P「悩みはどうせ消えない」

ほたる(エレベーターが1階に到着すると、プロデューサーさんは私の手を取り、歩きだしました)

ほたる(レッスンルームに行かなきゃ、もうすぐ本番なんだからしっかり練習しなきゃ、みなさんに迷惑をかけないように頑張らなきゃ)

ほたる(そういう気持ちが浮かんで、でもプロデューサーさんの手がとても温かく、私はそれに抗う事が出来ません)

P「そうだ、僕も君ももう一度新しく生まれ変われるよ。傷ついて笑うのは金輪際もうやめにしよう」

ほたる(……というより、最初から抗う気持ちがなかったのかもしれません)

ほたる(プロデューサーさんに手を引かれ、CGプロダクションから私たちは抜け出しました)

ほたる(自動ドアが開いて、吹き抜けた風からは何となく懐かしい匂いがした気がします)

ほたる(それだけで、私の頭がスッと冴えたような気がしました。どこか重苦しかった胸の内が少し軽くなったような気がしました)

ほたる(気付けば、私はプロデューサーさんの隣に並び、歩調を合わせて歩いていました)

――――――――――――

ほたる(都心から電車を乗り継いで2時間弱)

ほたる(私とプロデューサーさんは東京の最西端の駅にいます)

ほたる(電車の中では、プロデューサーさんはいつも通りにほとんど無言でした)

ほたる(でもその静かな空気が妙に居心地よく、車窓から流れる景色にどんどん緑色が多くなるのを、少しワクワクしながら見ている自分がいました)

ほたる(途中に小ぢんまりとしたターミナル駅で乗り換えた電車からは押しボタンでのドア開閉で、駅の雰囲気や人の少なさも相まって、なんだか鳥取にいるような安心感も感じました)

ほたる(レッスンもなにも投げ出して、プロデューサーさんと2人で逃避行)

ほたる(言葉にすると大変ダメな字面になりますが、それをとても楽しいと思ってしまいます)


――――――――――――

ほたる「ここは……キャンプ場……ですか?」

P「…………」コクン

ほたる(駅から歩いて15分ほどでしょうか)

ほたる(木で組まれたロッジ、ロープで纏められた薪、簡単な水道施設……)

ほたる(テレビなんかでは見た事がありましたが、こうして実際に見るのは初めてでした)

P「…………」

ほたる(プロデューサーさんは私にここで待っているように、という仕草をすると、受付らしい小屋に入っていきました)

ほたる(一人になり手持無沙汰になった私は、キャンプ場を見回してみます)

ほたる(今はもう中秋の名月も通り過ぎた晩秋、それに平日の午後です)

ほたる(やや西日になり、赤みを帯びてきた太陽に照らされた広場には私たち以外の利用客はいないようでした)

ほたる(風に揺れる木立がサワサワと葉をこすり合わせる音と、近くに流れる川のせせらぎ、時折思い出したように鳴く鳥の声が、閑散としたキャンプ場に響きます)

ほたる(それらは物悲しい響き……と、一般的には評されるのかもしれませんが、今の私には心地いい音色に聞こえました)

ほたる(……もしかしたら、ちょっと疲れていたのかもしれません)

P「…………」

ほたる「あ、プロデューサーさん……」

ほたる(しばらくぼんやりしていたら、事務所から背負っているギターケースとバッグに加え、小さな薪や着火するための道具なんかも抱えたプロデューサーさんが戻ってきました)

ほたる「私も少し持ちますね」

P「……And I will say、ありがとう」

ほたる「……ふふ、やっぱりプロデューサーさんってプロデューサーさんですね」

ほたる(変なお礼の言い方に思わず笑ってしまいました)

ほたる(プロデューサーさんはそんな私を見て、少し安心したような顔をしていました)


……………………

ほたる(プロデューサーさんとキャンプ場の一角に陣取ると、そこでプロデューサーさんは傘が開いたような形に薪を組みました)

ほたる(私にも何か手伝える事はないかと思ったのですが、ものすごく手際よく薪を組む手つきを見ていると、邪魔になってしまうだけに思えました)

ほたる(こういう経験があるんですか、と尋ねてみたら、一度やってみたかったから手順を調べた、といったようなニュアンスの言葉を返されました)

ほたる(言葉少なく話をしているうちに、プロデューサーさんは組んだ薪の中央部に丸めた新聞紙を詰め、火をつけました)

ほたる(その火は次第に薪にも移り始め、しばらくすると、テレビや漫画などでよく見る焚き火のような形で炎が立ち上がりました)

ほたる(パチパチと薪の爆ぜる小さな音、ゆらゆらと揺れる炎)

ほたる(しばらく無言で、プロデューサーさんと私は並んで座りながら、それを眺めていました)

ほたる「…………」

P「…………」

ほたる「……プロデューサーさん」

P「……?」

ほたる「……ありがとうございます」

P「…………」

ほたる「私……自分で気付かないうちに……いっぱい不安を抱え込んでました」

P「…………」

ほたる「カプリスエスパーオトメのみなさんも、茄子さんも、とても優しいんです」

P「…………」

ほたる「私の不幸体質でライブが台無しにならないか……そんな弱音を漏らしたら、じゃあみんなで対策を考えようってフレデリカさんが言ってくれて……」

P「…………」

ほたる「レッスンでも裕子さんや奈緒さんがいつも励ましてくれて、悩みがあると茄子さんがすぐに気づいてくれて……」

P「…………」

ほたる「みなさん、とても……とっても優しんです。だから私は……絶対にライブを成功させたい、私なんかを気遣ってくれるみなさんに幸せになって欲しいって……ちょっと気負いすぎてたのかもしれないです」

P「…………」

ほたる「だから、どんなに小さな不備でも見逃したくない、どんな不幸が来ても全部に対策を考えてなんとかしたいって……考えすぎていたのかもしれないです」

P「…………」

ほたる「悩みだしたらキリがない……って、プロデューサーさんは言ってくれてました。それも忘れるくらい、自分で自分を追い込んでいたのかもしれません」

P「…………」

ほたる「……不幸体質だから、なんて、もしかしたら私の逃げ口上だったのかもしれませんね。なんとなく、ですけど……今、そう思いました」

P「…………」

ほたる「…………」

P「……どっかで陰が落ちれば、どっかに光は射すもの。どこに立っているかくらいで不幸せとは決まらねえ」

ほたる「…………」

P「昨日から雨は止まない、でも傘なんて持ってない」

P「悲痛、現実……僕らはいつも雨曝しで」

ほたる「…………」

P「……って言う、諦めの果てで『それでも』って僕ら言わなくちゃ」

P「遠くで戦っている、友よ挫けるな」

ほたる「…………」

P「…………」ガチャ

ほたる「プロデューサーさん?」

P「…………」ガサゴソ...

ほたる(プロデューサーさんはギターケースからギターを取り出して傍らに置きました。それからバッグからも、何枚かの便箋を取り出しました)

P「…………」

ほたる(そして手に持った便箋を、少し迷ってからクシャクシャに丸めると、それを焚き火の炎の中に投げ入れました)

ほたる「……何を燃やしたんですか?」

P「……出せなかった手紙」

ほたる(プロデューサーさんはそれだけを呟くと、次もバッグから、今度は小脇に抱えられるくらいの量の書類を取り出しました)

P「ポケット地図、就業証明証、電気水道ガス請求書……」

ほたる(そしてそれらをためらう事なく炎の中に投げ入れていきました)

P「昨日出来たはずの世紀の名曲は、掃いて捨てる程ある駄作にも埋もれる駄作だ」

ほたる(次は何かの楽譜を取り出して、それも炎の中に投げ入れます)

ほたる(投げ入れられたそれらはあっという間に黒ずみ、燃えて灰になっていきました)

P「…………」ジャカジャカ

ほたる(それを見届けてから、プロデューサーさんは私の隣に座り、ギターを奏で始めました)

P「……燃えろ 燃えろ 全部燃えろ これまで積み上げたガラクタも」

P「そいつを大事にしてた僕も 奇跡にすがる浅ましさも」

P「雨にも負けて 風にも負けて 雪にも夏の暑さにも負けて」

P「それでも人生って奴には 負けるわけにはいかない」

P「一人 立ち尽くす そこはまるで焼け野原」

ほたる「…………」

ほたる(それは私に言い聞かせているのか、プロデューサーさん自身に向けて歌っているのか)

ほたる(分かりませんが、私はただその弾き語りに耳を傾けます)

P「どうせ未来は終点の袋小路 新しい自分を見つけたいと願うなら」

P「過去の事は燃やしてしまおうぜ 灰になるまで」

P「燃えろ 燃えろ 全部燃えろ 古い物は全部投げ入れろ」

P「高くそびえ立つこの炎 この先照らすかがり火としよう」

P「雨にも負けて 風にも負けて 雪にも夏の暑さにも負けて」

P「それでも人生って奴には 負けるわけにはいかない」

P「燃えろ 燃えろ 全部燃えろ 新しい自分に出会うため」

P「溜息で吹き消すな炎 涙で失わせるな炎」

P「雨にも負けて 風にも負けて 雪にも夏の暑さにも負けて」

P「それでもこの自分って奴には 負けるわけにはいかない」

P「一人 立ち尽くす そこはまるで焼け野原」

ほたる(プロデューサーさんが歌い終わり、最後に大きくギターをかき鳴らした音が消えると、薪がパチパチと爆ぜる音だけが耳に響きます)

ほたる(多分、ですが……これが口下手なプロデューサーさんの精一杯の応援……なんだと思います)

ほたる(……プロデューサーさんの事ですから、もしかしたら本当はこういう事をやってみたかっただけ、という可能性もありますけど)

ほたる「ふふ……ふふふ……」

ほたる(そう思うと、何だかおかしくって、私は笑いだしてしまいました)

ほたる(涙が出るくらい笑ってしまいました)

P「あんたらしい人生ってのは あんたらしい失敗の積み重ね」

ほたる(それに気付いているのかいないのか、プロデューサーさんはまたギターを奏でます)

P「一つ一つ積み上げては 僕ら積み木で遊ぶ子供みたい」

P「あんたらしく転べばいい あんたらしく立ち上がればいい」

P「他に何もいらねぇよ 他に何もいらねぇよ」

P「はやく 涙拭けよ 笑い飛ばそう 僕らの過去」

P「そうだろう 今辛いのは 戦ってるから 逃げないから」

P「そんなあんたを 責める事ができる奴なんて どこにもいないんだぜ」

ほたる「はい、ありがとうございます……プロデューサーさん……」


……………………

ほたる(それからしばらく、プロデューサーさんは気の向くままにギターを奏でていました)

ほたる(私はそれを聞きながら、たまにプロデューサーさんにそれはどんな曲なんですか、なんて質問をしていたりしました)

ほたる(そうしているうちに日が沈みかけ、焚き火の炎も燻り消えそうなほど小さくなりました)

ほたる「……そう言えば、プロデューサーさん」

P「?」

ほたる「私たち……黙って出てきちゃってますけど……大丈夫なんですか……?」

P「……!?」

ほたる(プロデューサーさんはハッとした顔をして、バッグからスマートフォンを取り出しました)

P「…………」サァー...

ほたる(そして画面を確認すると、みるみる血の気が引いていっているのが見て取れました)

ほたる(プロデューサーさんからスマートフォンを見せてもらうと、不在着信が79件、未読のメールが61通ありました)

ほたる(差し出し人はちひろさんが9割、残りはトレーナーさんみたいです)

P「…………」

ほたる(この世の終わりみたいな顔をしているプロデューサーさんを初めて見ました)

P「……ごめんなさい、ちゃんと言えるかな……」

ほたる「だ、大丈夫です、プロデューサーさん! 私も一緒に謝りますから!」

P「御免なさい、ちゃんと言わなくちゃ……」ガックリ

ほたる(出発の時とは真逆に、肩を落とすプロデューサーさんを私がどうにか励まし、私たちは帰路につくのでした)


―――――――――――――

ほたる(キャンプ場から帰ってくると、プロデューサーさんは烈火のごとく怒っていたちひろさんに『連絡の一つぐらいは寄越せ、社会人なんだから』とカミナリを落とされました)

ほたる(私も一緒に怒られました。『無事だったから良かったものの不安で死にそうだった』と言われて泣きながら謝りました)

ほたる(そのあと、トレーナーさんにも謝りに行って怒られました)

ほたる(私は『今度からはちゃんと連絡してくれよ?』くらいで済みましたが、プロデューサーさんはトレーナーさんのスペシャルレッスンフルコースが確定したようで、今までにないくらい落ち込んでいました)

ほたる(ユニットのみなさんからは、謝ろうとしたら『プロデューサーとのお忍びデートですか!?』とものすごい勢いでからかわれました)

ほたる(……こんな事を言っては不謹慎かもしれませんが、私の為に怒ってくれる人がいるのが嬉しくて、プロデューサーさんと一緒に頭を下げるのがなんだか楽しくて、失態を笑い話にしてくれる仲間のみなさんが温かくて……)

ほたる(昨日まで胸の内につっかえていたものがなくなって、晴れ晴れとスッキリした気持ちになりました)


――――――――――
―――――――
――――
……

――1週間後、ライブ会場――

フレデリカ「ふれー、ふれー、フレデリカ―……ってなわけでついに本番だね~」

裕子「かつてないさいきっくぱわーの高まりを感じます……今日は成功しそうです、スプーン曲げ!」

奈緒「…………」

ほたる(ライブ当日、楽屋に集まったみなさんを見て、フレデリカさんと裕子さんがいつも通りな言葉を出します)

ほたる(いつもならそれにツッコミを入れるだろう奈緒さんは無言のままです)

茄子「……奈緒ちゃん、緊張してますか?」

奈緒「へっ!? べ、べべ別に、あたしはもうライブなんて、な、慣れてるし!?」

ほたる「どう見ても緊張してます……震えてますし……」

奈緒「そ、そそんなことないからな……この震えは武者ぶり、武者震いだから……!」

ほたる(……フレデリカさんが『すごい緊張している人が近くにいると逆に冷静になる』って言ってましたけど、確かにその通りでした)

ほたる(それに奈緒さんを見ていると、ライブを何回かやった人でもこんなに緊張するんだって思えて、私も少し気持ちが楽になったような気がします)

ほたる「ありがとうございます、奈緒さん」

奈緒「お、おお、バッチリ任せろってぇ……」

フレデリカ「うん、ナオちゃんもいつも通りのライブ前だね~」

裕子「緊張しやすい奈緒さんにはエスパーがおすすめですよ! 就職にも有利ですからね、エスパー!」

奈緒「だ、だから緊張なんてしてないって平気平気バッチリだよ」

フレデリカ「そだね~、ナオちゃんのおかげでカコさんもほたるちゃんもあんま緊張してないみたいだしね~」

茄子「いえ……年長者だからしっかりしなきゃって思ってるだけで、実は内心は結構緊張してるんです……」

裕子「なんですって!? それはいけませんね……ここは私のさいきっくぱわーで……」

茄子「いえ、ユッコちゃんのお手を煩わせる訳にはいきません……だからほたるちゃんをハグできれば緊張も収まる気がします♪」

ほたる「え……私をですか……?」

フレデリカ「科学の発展にギセイはつきものデース……ほたるちゃん、君の事は忘れないよ……」

茄子「リーダーからの許可も出ましたので……えい♪」

ほたる「わっ……」

茄子「ああ……このちょうどすっぽり腕の中に収まる感じが落ち着きます……」

ほたる「か、茄子さんがそれで落ち着けるなら……私も幸せです」

茄子「ああもう可愛いですねぇほたるちゃんはー♪」

ほたる(茄子さんに抱きしめられながら頭を撫でくり回されています。普段からよくされているので、最近は私もなんだかそうしていると落ち着くようになってしまいました)

ダイヨンP「おーい、そろそろ本ば――」

ほたる(そして楽屋に入ってきたダイヨンのプロデューサーさんはそんな私と茄子さんを見て少し固まり、)

フレデリカ「やーん、プロデューサーってばえっちぃなー、乙女の花園にノックもなしで入ってくるなんて~」

ダイヨンP「――失礼しました」

ほたる(フレデリカさんの言葉で恐らく何かを勘違いして出てきました)

ほたる「ち、違いますよ、ダイヨンのプロデューサーさん……!」

フレデリカ「あー、へーきへーき、ほたるちゃん。プロデューサーには私から上手く言っておくからね」

ほたる(そう言ってウィンクをされましたが、それが更に勘違いを加速させるような気がしてなりません)

フレデリカ「さってと、そろそろ始まるね。みんな、行こっか~」

裕子「はい! エスパー担当として、さいきっくぱわーで会場をどっかんどっかん言わせますよ!」

奈緒「…………」

ほたる「な、奈緒さん、もうすぐ本番ですから、行きましょう」

茄子「反応がないですね」

フレデリカ「んー? そしたらみんなで奈緒ちゃん抱えてこっかー」

ほたる(フレデリカさんはそう言うと、裕子さんと一緒に両脇から奈緒さんを抱えて歩きだしました)

ほたる(……ライブ前はいつもこうなんでしょう、すごい扱いになれてるみたいです)


――――――――――――

ほたる(カプリスエスパーオトメは現在売り出し中のユニット、という事で、小さなイベントを除いて単独ライブを行うのは今回が2度目という事でした)

ほたる(『ライブ会場もまだ中規模を下回るくらいのとこしかいっぱいに出来ないんだよね~』とフレデリカさんは言っていましたが、リハーサルで立ったステージからの景色はものすごく広く、これでも小さな会場なんだと思うと気の遠くなるような気持ちでした)

ほたる(その舞台で、フレデリカさん、裕子さん、奈緒さんが躍動しています)

ほたる(ステージライトを浴びて、お客さんの振るたくさんのサイリウムを眼前に、堂々と)

ほたる(今日はバックダンサーとしての舞台ですが、私もいつか、あの舞台に主役で立てるように……精いっぱい、みなさんのサポートをしよう)

ほたる(3人の姿を見ていると、そういう思いが私の中でどんどん大きくなっていきました)

フレデリカ「みんなー、盛り上がってる~?」

「うおおおおお!」

奈緒「いい声だな! あたしがもっともっと盛り上げてやるからなー!!」

裕子「でも奈緒さん、さっきまで緊張しすぎてガッチガチでしたよね!」

フレデリカ「そだねー、今日もフレちゃんとユッコちゃんに抱えられて楽屋を出てたね~」

奈緒「そ、それは今言わなくてもいーだろ!?」

「あははは!」

フレデリカ「まったく~、今日は同じプロダクションの新人さんがお手伝いに来てくれてるっていうのにねぇ」

裕子「その2人より緊張してましたね!」

奈緒「だからあれは緊張じゃなくてだな、こう、精神を研ぎ澄ませて集中力を――」

フレデリカ「はーい、じゃあここからはもう2人、お手伝いを加えた5人で、盛り上げていくよー!」

「イエェェ!!」

奈緒「最後まで言わせろよ!?」

裕子「それじゃあ、次の曲いってみましょう!」

ほたる(舞台のフレデリカさんからウィンクされました。私と茄子さんが加わる合図です)

茄子「ほたるちゃん、行きましょうか♪」

ほたる「はいっ、茄子さんっ」


――――――――――――

ほたる(舞台から見た観客席は、サイリウムという星が煌めく夜空みたい)

ほたる(そんな感想を他人事のように思った気がします)

ほたる(曲が流れ始めると、自然と、レッスン通りに体が動きました)

ほたる(ただ、レッスンではなかったお客さんの声援)

ほたる(それが体をカッと熱くさせます。時折フレデリカさんと茄子さんと目が合い、微笑みあう、それが楽しくて嬉しくて……)

ほたる(気付いた時には、もう2曲のダンスが終わっていました)

フレデリカ「ふぅー! やっぱり5人だとステージが狭いねぇ!」

裕子「何度か奈緒さんの髪の毛に絡めとられて転びそうでした!」

奈緒「人の髪をヤバいもの扱いすんじゃねー!!」

「あははは!」

奈緒「お前らも笑うなー!!」

フレデリカ「うーん、でもナオちゃんてそういうキャラだしな~」

奈緒「曲の途中にユニットメンバーを髪に絡めとるってどんなキャラだよ!?」

裕子「まぁまぁ! ここはエスパーユッコのスプーン曲げでも見て気持ちを落ち着けてください!」

奈緒「いやこの話の発端ユッコだからな!? そしてやっぱ今日も持ってきてんのかよスプーン!!」

裕子「当たり前じゃないですか!! 今日はなんたって5人いますからね、かつてないほどのさいきっくぱわーですよ!!」

奈緒「えぇ……」

裕子「さぁ! 会場の皆さんもさいきっくぱわーをスプーンに!!」

「いいですともー!!」

裕子「むむむむむー……来ました! さいきっくぅー、スプーン曲げ!!」

――バツン

ほたる(裕子さんの掛け声と同時に、会場の照明が全て消えました。演出ではありません)

ほたる(にわかに会場が騒がしくなります)

フレデリカ「んーんー、あーあー、まいくてすとまいくてすと~」

フレデリカ「うわーお、ユッコちゃんすごいすごい、まさか会場のライトまで消しちゃうなんて!」

ほたる(どうやらインカムは大丈夫なようで、フレデリカさんが咄嗟にアドリブでMCを入れました)

ほたる(私はそれにハッとして、近くにいた茄子さんと手を繋いで、転ばないように気を付けながらステージの中央に向かいました)

裕子「……ですが、残念なお知らせがあります」

フレデリカ「ん? なになに、どったの?」

裕子「スプーンは……曲がりませんでした……!」

「これだけやってか!」「あはは!」「次は頑張れーユッコちゃーん!」

ほたる(フレデリカさんが何事もなかったようにMCを入れたおかげで、お客さんたちもこれが演出だと思ったのでしょう)

ほたる(私たちがステージ中央にたどり着くと、フレデリカさん、裕子さん、奈緒さんも同じように手を繋いで喋っているようでした)

フレデリカ「うーん、でもこんなに真っ暗になっちゃうとちょっと困っちゃうかな~」

裕子「すみません、みなさん……私のエスパーが強力すぎたために……」

奈緒「いやこれだけ強力ならスプーン曲げ成功させろよ!」

ほたる(ちらりと舞台袖から小さなLED掲示板が見えます)

ほたる(『照明ケーブルの断線 7、8分所要』)

フレデリカ「でも実はフレちゃん、こんな事もあろうかとね、考えて来てたんだ」

奈緒「……すごく嫌な予感がするんだけど、何を?」

フレデリカ「真っ暗な中のお客さんが持ってるサイリウム……綺麗だよね~」

フレデリカ「まるで満天の星が煌めく夜空みたいだよね~」

フレデリカ「あー、こんな中、星に関係ある歌をアカペラで歌ったら、きっと気持ちいいんだろうな~……って」

フレデリカ「ねっ、ナオちゃん♪」

奈緒「だと思ったよちくしょう!!」

「いいぞー!」「奈緒ちゃん歌ってー!」

裕子「いいですね、奈緒さん、この前カラオケで歌ってたやつなんてどうですか?」

奈緒「カラオケ……ああ、あれか……」

フレデリカ「はーい! じゃあナオちゃんが一曲歌ってくれるから、みんな手拍子してね~! サイリウムも振ってあげてね~!」

「おおー!」「注文が難しいなー!」「何歌うのー!」

フレデリカ「じゃ、ナオちゃん、お願いね♪」

奈緒「分かったよ、歌えばいいんだろ歌えば! あーその、アカペラだしアレだから、あんま期待すんなよ」

「うおおおー!」「奈緒ちゃん頑張れー!」

奈緒「じゃあ……歌うからな。……君の知らない物語」

フレデリカ『よっし、これで時間稼ぎはバッチリだね』

ほたる(インカムを外したフレデリカさんがみんなに話しかけます。それに倣って、私もインカムを外しました)

ほたる『私たちはどうすれば……』

フレデリカ『ほたるちゃんとカコさんは歌ってるナオちゃんの傍にいてあげてね』

フレデリカ『次はフレちゃんのソロ曲だから、照明付けたのと同時に開始できないかプロデューサーに聞いてくるよん』

裕子『その次はユッコのソロですから、私もそっちで準備した方がいいかもですね!』

フレデリカ『そだね、ユッコちゃんも一緒に来てもらおっか』

茄子『では、私とほたるちゃんは奈緒ちゃんの護衛をしてますね』

フレデリカ『お願いね~。あとは何かあったらあの掲示板で教えるね』

ほたる『分かりました』

ほたる(フレデリカさんと裕子さんは、そう言って舞台袖に引き上げていきました)

茄子『それじゃあ……奈緒ちゃん、ちょっと手、失礼しますね』

ほたる『私も……』

ほたる(奈緒さんの右手を茄子さん、左手を私が手に取りました)

ほたる(真っ暗な会場で、サイリウムの海へ向けて歌う奈緒さんの手は少し震えていました)

ほたる(緊急事態にアドリブで対応して、予定にない歌をアカペラで歌う……私がその場面を託されたら、緊張と不安で倒れてしまうかもしれません)

ほたる(それをこなせる奈緒さんはとても強い人なんだと思いました)

ほたる(せめて奈緒さんがちょっとでも安心できるように……私は握る手に力を込めました)

茄子『大丈夫ですよ、奈緒ちゃん。私とほたるちゃんがついてますから』

ほたる『奈緒さん、頑張って下さい……!』

ほたる(私たちの声を聞いて、少し奈緒さんの手の震えが収まったような気がしました)

ほたる(……そして、曲も終盤に差し掛かるころ、フレデリカさんが舞台に戻ってきました)

フレデリカ『お待たせ~! せっかくだからお色直しまでしてきちゃったー』

フレデリカ『照明はもう大丈夫だって。だから次からはセトリ通り……だね』

ほたる『分かりました』

フレデリカ『ナオちゃんが歌い終わったら3人とも1回舞台袖に下がっちゃってね』

茄子『了解です♪』

奈緒「遠い思い出の君が 指をさす」

奈緒「無邪気な声で」

奈緒「……終わり。手拍子、ありがとな」

「いいぞー!」「奈緒ちゃん素敵ー!」「もっとデレてー!」

フレデリカ『ありがと、ナオちゃん。助かったよ』

奈緒『……そうやって殊勝にお礼言われるとすごくむず痒いからやめてくれよ』

フレデリカ「いやー、やっぱりナオちゃんってやれば出来る子って感じがするよね~」

ほたる(インカムを外して一言だけ言葉を交わしあうと、フレデリカさんはすぐにお客さんへ向けて喋りだしました)

フレデリカ「これはリーダーのフレちゃんとしても負けてられないねー、珍しく頑張っちゃうよっ!」

奈緒『2人とも、ありがとな。手を握ってくれて心強かったよ……』

茄子『これくらいお安い御用ですよ♪』

ほたる『むしろこれくらいしか出来ないで……ごめんなさい』

奈緒『これ以上の事はないって。さ、早く舞台袖に引き上げよう』

フレデリカ「さてさて、それじゃあみんなー、だるーんと盛り上がってね」

フレデリカ「き・ま・ぐ・れ☆Cafe au lait!」

ほたる(フレデリカさんの曲名コールとともに、ステージライトが一斉に点灯し、イントロが流れ出しました)

ほたる(真っ暗な中でのアカペラ、そして衣装を着替えてのソロ曲は一連の演出だと思われたのでしょう)

ほたる(観客席の盛り上がりは今日1番のものになっていました)


――――――――――――

フレデリカ「それじゃ、アンコールも含めてこれで今日はおしまいっ!」

裕子「またエスパーユッコのサイキック武勇伝に新たな1ページが生まれてしまいましたね!」

奈緒「そうだな、超能力で明かり消すとか前代未聞だよ」

フレデリカ「まぁまぁ。それじゃあみんなー、今日は来てくれてありがとねーっ!」

裕子「ありがとうございましたー!!」

奈緒「ありがとなー!!」

フレデリカ「ばいばーい、またね~!」

ほたる(3人のお礼を受けて、お客さんたちは大きな声援を返しています)

ほたる(あくまでサポートメンバーの私と茄子さんはそれを舞台袖から見つめていました)

フレデリカ「ふぅー……ぃやったー! 大成功だったね、ライブ!」

裕子「はい! 前回よりもすっごく楽しかったです!」

フレデリカ「いぇーい!」

裕子「いぇーい!」

奈緒「あはは、二人とも喜びすぎだろ! あははは!」

フレデリカ「もーナオちゃんもすっごい嬉し恥ずかし~って感じじゃーん?」

奈緒「楽しくないとは言ってないもんなー!」

裕子「奈緒さんもー、いぇーい!」

奈緒「いぇーい!」

ほたる(舞台袖に帰ってきた3人はハイタッチをして喜んでいます)

ほたる(無事に大成功で終わる事が出来て……本当に良かったです)

フレデリカ「ほたるちゃん! カコさん! 2人も~いぇーい!」

ほたる「い、いぇーい」

茄子「いぇーい♪」

奈緒「本っ当に2人には助けられたなー! あの時傍にいてくれなかったらちょっと危なかったかもしれないな!」

裕子「えー? でも奈緒さん、なんだかんだノリノリで歌ってたじゃないですかー!」

奈緒「いやそりゃあな? 本当に満天の星空みたいだったし、途中からどんどんノッていったけどな? いやー気持ちよかったなー!」

フレデリカ「さっすがナオちゃん! 次はもっとすんごい無茶ぶり考えとくねー!」

奈緒「お手柔らかにしてくれよ? あははは!」

茄子「ふふ、無事にお手伝い出来て良かったです」

ほたる「はい……途中のアクシデントは……もしかしたら私のせいかもしれないですけど……」

フレデリカ「んーそうなの? じゃあほたるちゃんにお礼言わないとね!」

ほたる「え?」

フレデリカ「アクシデントはアクシデントだけど、あれのおかげで盛り上がったしね」

フレデリカ「それにほたるちゃんがライブ前のレッスンで、何かあったらどうしようって言ってくれたから今日のアドリブが出来たんだよ~」

フレデリカ「流石にノー準備ぃーであんな事になってたらフレちゃんもパニクっちゃうもん」

奈緒「そうそう! まさか本当にアカペラで歌うとは思ってなかったけどさ、やってみたら意外と楽しかったしな!」

奈緒「あたしの歌だけに合わせて揺れるサイリウムと手拍子……クセになりそうだったよ!」

裕子「つまり私のエスパーが発動したのもほたるちゃんのおかげなんですね! やはりこれはほたるちゃんと茄子さん、そしてエスパーユッコでのサイキックトリオの結成も視野に入れなくてはいけません!」

裕子「これはプロデューサーにダイハチとダイキュウからの引き抜きを提案しないと……!」

茄子「みなさんを幸せにしてすごいですね、ほたるちゃん」

ほたる「い、いえ、そんな……私は何もしてませんし……それにみなさんが幸せなら、きっとそれは茄子さんの幸運のおかげだと思います……」

茄子「じゃあ、私は幸運が起こって幸せになりました。それで、ほたるちゃんは不幸を起こしてみんなを幸せにしました……という事ですね♪」

ほたる「え、えっと……それは不幸なのかな……」

茄子「不幸ですよ~♪ みんなの不幸せを願う人にとっての不幸、それをほたるちゃんが引き起こしたんですよ~♪」

ほたる「そう……そうだと、嬉しいです」

フレデリカ「や~、本当に2人がいてくれて良かったよ~!」

フレデリカ「今度はバックダンサーとかじゃなくて、フレちゃん率いるカプリスエスパーオトメと、アイドルとしてのほたるちゃん、カコさんでライブがやりたいなー!」

裕子「いいですね! 協力して一緒に戦うエスパーもいいですが、ライバル関係として切磋琢磨するエスパー……これもまた素晴らしいです!」

奈緒「そうだな! いつか一緒に合同でライブしような! 絶対、約束だからな!」

茄子「みなさん……ありがとうございます。まだまだみなさんは遠い目標ですが、すぐに追いついてみせますね♪」

ほたる「はいっ、こんな私で良ければ……いつか絶対に……!」

フレデリカ「待ってるよー、ほたるちゃん、カコさん!」

ほたる(……こうして、私の初めてのステージは、全員が笑顔で終わる事が出来ました)

ほたる(フレデリカさん、裕子さん、奈緒さんに追いつけるように……)

ほたる(そして茄子さんにも負けないように……)

ほたる(相手はとっても素敵な方ばかりで大きなライバルですが、私ももっともっと頑張ります……!)


――――――――――
―――――――
――――
……

ほたる(バックダンサーながら、初めてのステージを経験してから1ヵ月が経ちました)

ほたる(ライブステージの雰囲気を体験した事や、切磋琢磨して競い合うライバルが出来た事は、私にとって大きくプラスになったと思います)

ほたる(明確な目標が生まれた事で、今まで以上にレッスンにも身が入るようになりました)

ほたる(私の初仕事以降ずっと付き合いのある出版社のカメラマンさんからも、『最近は前にも増して色んな表情に魅力が出て来たね』と褒められました)

ほたる(プロダクションでもフレデリカさんや裕子さん、奈緒さん、そして茄子さんと顔を合わせれば世間話をしたり、プライベートでも遊んだりするようになりました)

ほたる(……ただ、ダイヨンのプロデューサーさんは私と茄子さんが一緒にいるのを見ると微妙な表情をするようになりました。フレデリカさんがなんて言ったのか分かりません。確かめるのが怖いです)

ほたる(ダイハチ……私のプロデューサーさんとは、前以上に意思の疎通がはかれるようになりました。というより、大体の仕草で何を言いたいのか、どんな気分なのかが分かるようになりました)

ほたる(それをちひろさんに報告したら『良かったですね。……でもそれはあまり自慢する事じゃないと思いますけどね。あのコミュ障、担当アイドルにまで気を遣わせて……』と、ちょっと呆れ気味に言っていました)

ほたる(その時、ちひろさんから大事な話があると言われました。その内容を話すのが本日……という事で、私は少しドキドキしながらダイハチの事務所までやってきました)

――CGプロ 第8アイドル事業部――

ほたる「え、えぇ!? ほ、本当ですか!?」

ちひろ「こんな嘘を吐くほど私は悪趣味じゃないですよ、ほたるちゃん」

P「…………」

ちひろ「プロデューサーさん? 何か言いたげですね?」

P「その儚さに脅され続ける日々の果てに、行きつくどん詰まりは生き死にの闇」

ちひろ「……段々悪口かどうか微妙なラインを突くのが上手くなってきてませんかね?」

ほたる「え、えっと……」

ちひろ「ああごめんなさい、ほたるちゃん」

ちひろ「さっき言った事は本当も本当、アイドル事業部として正式に決まった事ですよ」

ちひろ「おめでとうございます! CDデビューとお披露目ミニライブが決定しました!」


……………………

ほたる(ちひろさんからの大事なお話。それはアイドルとしての本格的なデビューの話でした)

ほたる(CGプロダクションが正式に認可して、第8アイドル事業部として白菊ほたるを売り出す、という事です)

ほたる(ずっと遠くにあった目標のアイドルデビュー、それが気が付いたら手を伸ばせばすぐ届くところにまで近づいていました)

ほたる(……約半年前、あまざらしの公園で全てを諦めかけていた私からは考えられない奇跡だと思えました)

ほたる(デビューが決まってからというもの、第8アイドル事業部は今までにない忙しさに追われました)

ほたる(プロデューサーさんは小さなライブハウスを押さえ、私のプロモーションを行うために色々な所へ顔を出しにいっていました)

ほたる(私のデビュー曲はプロダクションが用意してくれていたのですが、プロデューサーさんは仕事の合間に作曲をして、それをどうにかねじ込めないかと画策していました。でもちひろさんに怒られて断念したみたいです)

ほたる(ちひろさんも処理しなければいけない書類や事務手続きが倍くらいに増えたようで、それを片付けるのに悪戦苦闘していました)

ほたる(そして私は、ミニライブに向けたレッスンと、プロデューサーさんと一緒にプロモーション営業を行ったりしました)

ほたる(また、それと同時に、カプリスエスパーオトメのライブの時のようなアクシデントが起こる事も想定した準備も行いました)

ほたる(まず緊急事態に備えた道具として、照明が落ちた時の為のスポットライト、スピーカーが故障した時の為のアンプとマイク、それの動力となるカーバッテリーとインバーターなどを用意しました。……張り切りすぎたプロデューサーさんがかなりの数を用意して、ちひろさんに『やり過ぎです。経費で落とせませんよその量は』と言われ落ち込んでいました)

ほたる(また、フレデリカさんのように咄嗟のアドリブが出来るように、どういう状況になったらどういう事をすればいいのかを3人で考えました)

ほたる(フレデリカさんといえば、私のデビューを知ったカプリスエスパーオトメのみなさんと茄子さんが、小さなお祝いパーティーを開いてくれました)

ほたる(みなさんの祝福が温かくて、幸せで、ちょっと泣いてしまいました)

ほたる(その席で、茄子さんも私の後にデビューが決まったと教えてくれました)

ほたる(『負けませんよ、ほたるちゃん♪』と言う茄子さんに、『私も負けませんっ』と返しました。ほぼ同時期のデビューという事もありますし、茄子さんとはこれからは、一緒に頑張るライバルです)

ほたる(……そうして、色々なやる事に追われ、目も回るような忙しさで瞬く間に1ヵ月が過ぎました)

ほたる(多分……ですけど、人生で一番充実していた1ヵ月だったと思います)

ほたる(素晴らしい友達が祝福してくれて、カッコいいトレーナーさんが厳しくも頼もしく指導してくれて、優しいプロデューサーさんとちひろさんが私を支えてくれました)

ほたる(その人たちの為にも、もう私は自分自身を『私なんか』と卑下するのは辞めにしようと決めました)

ほたる(『謙虚もつつましさもむやみに過剰なら卑屈だ』とプロデューサーさんも言っていましたし、何より私を認めてくれた人たちに失礼になると思います)

ほたる(だからこのミニライブを成功させて、私はもっと自分に自信を持ったアイドルになろうと決心しました)


……………………

――ライブハウス 舞台袖――

ほたる(いよいよミニライブ当日になりました)

ほたる(リハーサルも無事に終わり、もうすぐ開演です)

ほたる(プロデューサーさんはもちろん、今日はちひろさんも応援に来てくれています)

ちひろ「いよいよ本番ですね……準備は大丈夫ですか、ほたるちゃん」

ほたる「はい。バッチリ……です」

ちひろ「そうですか……それなら良かったです」

ほたる「……本当の事を言うと、ちょっとだけ……不安と緊張はあるんですけどね」

P「……不安は多いが進むべきだ、情熱一つで何でも出来るはずさ」

ちひろ「いや、明らかにほたるちゃんよりあなたの方が不安を抱えてません? 体の震えが大変な事になってますよ?」

ほたる「確かに……プロデューサーさんもやっぱり不安なんですね」

P「……そうだよ、大丈夫、大丈夫、みんな同じだよ」

ほたる「ふふ、そうですね。……私にはプロデューサーさんとちひろさんがいてくれますもんね」

ちひろ「ええ、その通りですよほたるちゃん! 何か問題が起こっても私たちがなんとかするので安心してて下さいね!」

ほたる「ありがとうございます、ちひろさん」

P「死ぬ気で頑張れ、死なない為に」

ほたる「はい、頑張ってきますっ」


……………………

――ライブステージ――

ほたる(遂に開演時刻となり、私はマイクを手に、プロデューサーさんとちひろさんに見送られ、舞台に立ちました)

ほたる(今日が始まりの無名の新人のお披露目のミニライブ、という事で、ライブハウスは100人が入れるかどうかという小さなハコでした)

ほたる(お客さんも沢山来てくれていますが、超満員とはいえない状況で、当然フレデリカさんたちとは比べ物にならないくらいの小規模です)

ほたる(……それでも、この舞台は私の為にあるものです)

ほたる(今ここにいる人たちは私の為に集まってくれた人たちなんだ、と思うとそれだけで胸がいっぱいです)

ほたる「はっ、初めまして……! 白菊ほたるといいます……!」

ほたる(声が震えないように、少し力を入れすぎたのかもしれません。マイクのハウリングがキーンと響きます)

ほたる「あ、ご、ごめんなさい、ちょっと力が入り過ぎちゃったみたいです」

「あはは」「頑張れーほたるちゃん」

ほたる(私がそう言うと、お客さんから声援を送られました)

ほたる「あ、ありがとうございますっ」

ほたる(今までよりずっと近い位置で応援の言葉をかけられる……それがものすごく嬉しくて、力を貰えたような気がしました)

ほたる「えと、今日は、私の為に集まって頂いて、本当にありがとうございます」

ほたる「お披露目のミニライブ……なので、すごく短い時間になってしまうとは思います……けど」

ほたる「ここに来てよかった、アイドル白菊ほたるのライブを見れて幸せだった」

ほたる「そう、みなさんに思ってもらえるように、精いっぱい頑張りますっ」

「いいぞー!」「ほたるちゃーん!」「頑張ってー!」

ほたる「あ、ありがとうございますっ」

ほたる「それじゃあ早速……ですが、曲……? ……れ……?」

ほたる(と、そこでスピーカーからの声が途切れ途切れになってしまいました)


……………………

――舞台袖――

P「……?」

ちひろ「あ、あれ、もしかしてマイクの……というか音響の不調ですか!?」

P「……!」シュババババ

ちひろ「プロデューサーさん、どうしま――って早っ!?」

ちひろ(私が聞くより早く、予めカーバッテリーから電源を取っていたマイクとアンプを持って、プロデューサーさんは舞台に飛び出していきました)

音響スタッフ「す、すいません、CGプロの方! 突然スピーカーがウンともスンとも言わなくなって……!」

音響スタッフ「原因を探ってるんですけどちょっと時間がかかりそうなんですが、いったんアイドルの方には下がってもらいますか!?」

ちひろ「あ、あー……いえ、多分大丈夫……だと思います、はい」

音響スタッフ「え……?」

ちひろ「ウチのプロデューサーさんがなんとかしてくれると思いますので」

音響スタッフ「ほ、本当ですか!?」

ちひろ「はい。……ただ、この件に関しては、後日プロダクションからクレームを入れさせて頂きますね♪」


……………………

――ライブステージ――

ほたる(スピーカーの不調か何か、でしょうか)

ほたる(やっぱり私にはこういうアクシデントがいつも付きまとうんだと思いました)

ほたる(こんな疫病神みたいな人間がアイドルをやろうなんておこがましい、大人しく暗闇の中で生きていろ、とでも誰かは言うんでしょうか)

ほたる(なら私はその人に謝らないといけません)

ほたる(暗闇と生涯暮らすには、私はもう沢山知りすぎました)

P「…………」

ほたる「ありがとうございます……プロデューサーさん」

ほたる(舞台袖から駆けつけてくれたプロデューサーさんから、替えのマイクを受け取ります)

ほたる(フレデリカさんたちが教えてくれました。問題が起こるなら対策をすればいいって)

P「……今すぐ何かを伝えなくちゃ、それなら僕は歌を歌うよ」

ほたる「はい、私も歌います。ギター……弾いてください」

ほたる(茄子さんも言ってくれました。私の不幸は誰かを幸せにするものだって)

P「…………」コクン

ちひろ「…………」ニコ

ほたる(プロデューサーさんは頷いて舞台袖に戻っていきます。その先には笑顔のちひろさんが、パイプ椅子とアコースティックギターとアンプに繋いだマイクをセットして待っていました)

ほたる(プロデューサーさんはちひろさんからギターを受け取ると、椅子に腰かけ、マイクをギターのサウンドホールの前に固定しました)

ほたる「……みなさん、驚かせてすみませんでした」

ほたる「私……急に物が壊れたりとか、昔から結構こういう事が多くて……不幸な方でした」

ほたる「そんな私でも誰かを幸せにしたいって、そう思って、アイドルを目指しました」

ほたる「そして、色んな人に支えられて、アイドルデビューという奇跡に……幸運に出会えました」

ほたる「もしかしたら、ライブでまたこうやってみなさんに迷惑をかける事があるかもしれません」

ほたる「こんな私でも……応援……してくれますか……?」

「応援するよー!」「頑張れー!」

ほたる「……ありがとうございますっ」

ほたる「ご覧のように、今日はライブハウスのスピーカーが駄目になっちゃったみたいです」

ほたる「……音源も使えなくなっちゃったので……今度発売するデビューシングルの歌は歌えません」

ほたる「なので……今日、ここでしか歌わない歌を歌います」

ほたる「聞いてください。『未来づくり』」

ほたる(舞台袖へ視線を送ると、プロデューサーさんは一つ頷いてからギターを奏で始めました)

ほたる(出会った時からずっと聞いてきた安心する音色です。それに合わせて、私は歌います)


「思えば僕はずっと僕の事 嫌いだったんだ そんな事 忘れてたよ」

「何でだろう 多分 あなたに出会ったからです」

「思えば僕はずっと人の事 疑ってばかりいたよな」

「相変わらず笑うのは下手 だけど笑う数は増えました」

「時が過ぎる事は怖くない 明日はきっと素晴らしい これはそんな歌」

「And I will say ありがとう ただいま じゃあね」

「永遠はこんな風に 当たり前に出来ていくのかな」


「今までの事なんて帳消しにしたいんだけれど」

「今日までの失敗なんて破り捨ててしまいたいけれど」

「こんな僕だからこそ あなたが好きになってくれたって言うなら」

「もういいよ もういいよ それだけでもういいよ」

「胸張って僕は僕だって言ったっていいんでしょ」

「いつだってここに帰ってきたっていいって言ってよ」

「僕は精一杯 僕を肯定するよ」

「ただ僕を信じてくれたあなたを肯定する為に」


「And I will say ありがとう ただいま じゃあね」

「未来はこんな風に 当たり前に出来ていくのかな」


――――――――――――――


ほたる(ライブは無事に終わりました)

ほたる(プロデューサーさんのギターに合わせて、3曲を歌い終わると、お客さんからは大きな拍手が上がりました)

ほたる(それにお礼を言うと、『ずっと応援するよ』『今日のライブは忘れない』というような言葉を貰いました)

ほたる(それが嬉しくて嬉しくて)

ほたる(舞台袖に引き上げた時、笑顔で迎え入れてくれたプロデューサーさんとちひろさんを見ると、堰を切ったように嬉し涙が零れました)


――――――――――
―――――――
――――
……


ほたる(私の初めてのミニライブが終わり、デビューシングルが発売してから数か月が経ちました)

ほたる(白菊ほたるのアイドルとしての人気は、ちょっとずつではありますが右肩上がりで推移していっています)

ほたる(私より少し遅れてデビューした茄子さんは、持ち前の幸運に加えお茶目な性格が人気を博し、私よりも2段3段上の人気を誇っています)

ほたる(フレデリカさんたちも順調に人気を伸ばしていっています)

ほたる(アイドルとして私は水をあけられていますが、焦りはありません)

ほたる(私を応援してくれている人がいる。それだけでもすごく幸せな事です)

ほたる(私は私のペースで、しっかりコツコツ頑張っていこうと決めています)


――――――――――――

――CGプロ 第8アイドル事業部――

ほたる「おはようございます」

ちひろ「あ、おはようございます、ほたるちゃん」

P「……自分以外皆死ね」ドヨーン

ほたる(火曜日の昼下がり、事務所にやってくると、プロデューサーさんがいつにも増して落ち込んでいました)

ほたる「……どうしたんですか、プロデューサーさん……?」

ちひろ「ああ……ほら、昨日あの人、宮城に出張に行ってたじゃないですか」

ほたる「はい……確かダイニのプロデューサーさんが担当アイドルの手によって仙台まで拉致されたとかなんとかっていう……」

ちひろ「ええ、その件で。それで、ほたるちゃんも軌道に乗ってきたんですから、ついでにそろそろ2人目でもスカウトして来てくださいって言ったんですよ」

ほたる「それが失敗したから……じゃないですよね、あの落ち込みようは」

ちひろ「いえね、普通にやってもダメなんだから、ほたるちゃんの時みたく公園でギターでも弾いてみればいいんじゃないですかってアドバイスしまして」

ちひろ「そうしたらあっさりスカウトに成功したみたいで……」

ほたる「ああ……今までの自分を否定された気持ちになって落ち込んでるんですね……」

ちひろ「ええ、その通りです。ほたるちゃんもすっかりあの人の思考パターンが分かるようになっちゃいましたね……」

ほたる「そうですか? そうだと……えへへ、ちょっと嬉しいです」

ちひろ「嬉しがっちゃだめですよー。あの人を甘やかすとすーぐ事務所にギターが増えるんだから……」

P「傷付いたなんて言わないぜ けど痛くないわけじゃないよ」ジャカジャカ

P「優しい人なんていないぜ 武装解除しただけ 空洞空洞」

ちひろ「はいはい、とっととプロデューサーさんもそのギターを武装解除してください。うるさいので」

P「…………」ショボン

ほたる(ちひろさんにうるさいと切って捨てられて、プロデューサーさんは肩を落としながらギターを片付けました。……よく見ると、事務所に置いてあるギターが昨日より1本増えています)

ほたる(多分ちひろさんが許可したんでしょう。なんだかんだ言ってプロデューサーさんに優しいちひろさん……やっぱり……)

ちひろ「……ほたるちゃん?」

ほたる「い、いえ、何でもないです。優しいちひろさん、私は好きだなって思っただけです……」

ちひろ「あら、泣かせる事を言ってくれますね、ほたるちゃんは……」

ちひろ「あ、そうだ。それで、さっきのプロデューサーさんがスカウトした子なんですけど、今日事務所に来る事になってるんです」

ちひろ「本日は簡単な顔合わせだけですけど、先輩として、しっかり面倒見てあげてくださいね」

ほたる「は、はいっ。……それで、何時くらいにいらっしゃるんですか、その方は?」

ちひろ「多分もうそろそろだと思いますけど……あら、外線かしら」

ほたる(固定電話のベルが鳴り、ちひろさんはそれを手に取って応対を始めました)

ほたる(プロデューサーさんは自分のデスクで事務仕事に手を付け始めました)

ほたる(私は……)

ほたる「先輩……私が先輩……ですか」

ほたる(ちひろさんに言われた事を呟くと、今までにない気持ちが自分の中に芽生えました)

ほたる(このプロダクションに来てから私は支えられてばかりです)

ほたる(だから、今度は私が誰かを支えて助けるんだ)

ほたる(新人の子にとって頼りがいのある優しい先輩になろうと決心しました)

――コンコン

ほたる(と、事務所の扉をノックする音が聞こえました)

ほたる(きっと新しいアイドルの子……だと思います)

ほたる(ちひろさんはまだ外線対応中、プロデューサーさんは難しい顔でパソコンと睨めっこしています。ここは私が応対するべきでしょう……先輩として)

ほたる(『先輩』という言葉の響きに心地いいむず痒さを感じながら、私は扉の方へ向かいました)

ほたる(擦りガラスの向こうには背の小さな影が見えます。きっとあの時の私のように、その影の主は大きな不安を胸中に抱えているでしょう)

ほたる(だからこそ、私は私に出来る最大限の笑顔で対応しますっ)

ほたる(そう思って、事務所の扉を開きました)

「……あ、あのっ! ウチ、昨日ここの変な奴にスカウトされたんだけどっ!」

ほたる「はいっ、お待ちしておりましたっ」

ほたる(私より小さな背丈の女の子)

ほたる(その子に対して、私はきっと、とても幸せな笑顔を浮かべる事が出来たと思います)


おわり


長々とすいませんでした。

雨男とワンルーム叙事詩のくだりがやりたかっただけの思いつきがこうなるとは思いませんでした。

ほたるちゃん茄子さんフレちゃんユッコ奈緒担当の方、そしてなによりamazarashiファンの方、なんかホントすいませんでした。

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