池袋晶葉「ちひろさん」 (19)

知らず知らずの内に、と言うべきだろうか。

いい人なのはわかってる、私のために尽力してくれて、表でも裏でも私を支えてくれる大切な人。

だけど、ほんの少しだけだけど、不義理なことに私はちひろさんが苦手だった。

苦手な先生な前だと背筋がピンとしてしまうことがあるだろう。

かくいう私も学校に苦手な先生が一人いてな、私がロボを披露する度に怒られるのだ。ロボぐらい中学生なら誰でも持ってるだろ。

え、ない?そうなのか……。まあ、Pは私に激甘なので事務所で私を説教する役目なのがちひろさんなのだ。

Pが説教されて、私が巻き込まれる。それが事務所のお決まりの風景にだった。大概は私が作ったロボが原因なのだが。

そういうわけでちひろさんの前だと背筋がピンと伸びてしまう。

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そんないつも迷惑をかけている私だが今回ばかりはいいことをしようと考えた。巡り合わせのいいことにそろそろちひろさんの誕生日。

日頃の感謝を込めて、彼女に何かしらのプレゼントを贈ろう。決して賄賂などではない。

ううむ……、とは言ったものもなにを贈ればいいのかわからない。

そういえばPは山吹色のお菓子を贈るといっていたな。曰く、ちひろさんの大好物らしい。

相手の好みを把握しているとは流石はPだ。

どのようなお菓子か知らないがやっぱりちひろさんも女の人なので甘いものが好きなのだろう。少し親近感が沸く。

甘いもの、か。クレープロボ3号を作って贈るべきか。いや、事務所にもう2号がいるのだったな。

いいアイディアが浮かばないまま歩いていたらいつの間にか事務所についてしまった。

仕方がない、後でPにも相談してみるかな。なにかしらアドバイスはくれるかもしれない。



あ、ちひろさんが事務所前の掃除をしている。


「こんにちは」

「あ、こんにちは。晶葉ちゃん」


こちらに気がついたちひろさんが作業の手を止めて挨拶をしてくれる。

Pが前にちひろさんが毎日笑顔で迎えてくれるから仕事を頑張れると言っていたな。なるほど、これはなかなかに清々しい気分になるな。

シャコ、シャコと聞きなれた音を立てながら箒を動かすさまは見慣れた風景の一部となっていたがそういえば大変そうだな。


「そうか、これだ!」

「なにかいいアイディアでも浮かびました?」


突然、奇声を上げた私をちひろさんはいつものことだと優しい目で見守る。


「ああ、素晴らしいアイディアだ!」

「くれぐれも周りに迷惑をかけないようにしてくださいね」


釘を刺された。まあそうだろう、信用は多分ない。いや、逆方向の信用、なにかやらかすのではないかという信用なら多分ある。


今回はちひろさんのためなんだけどな、出かけた言葉を必死で飲み込む。

サプライズにならないのと、天才は結果で見返すものだという確固たる意思だ。

今回のロボは事務所で作るわけにもいかない。出来ることなら今すぐ家に戻って製作し始めたい。しかしレッスンが……、ああ、もどかしい。


結局今日のレッスンは集中力が足りないとトレーナーに怒られてしまった。

事務所に戻るとPがいかにも怒っているというように腕を組んで立っていた、がどうにも口角が上がってしまっている。


「晶葉、トレーナーさんから連絡が来たぞ」

「今日のレッスンのことか……」

「どうにも身が入っていない。なにか悩み事があるのかとトレーナーさんが心配していたぞ」

「悩み事といえば悩み事だが……」

「晶葉のことだから作りたいロボが出来ただけですと伝えておいたぞ」


なんと、そこまでばれていたか。というよりトレーナーの一言でそこまで理解するとは流石は私の助手だな。

まあ、私が分かりやすい性格をしているだけなのかもしれないが。



「俺は立場上晶葉を怒らないといけない」

「いつものか……?」

「ああ、いつものだ。歯を食いしばれ」


そういってPは私のでこに控えめにデコピンをした。いつものことながらあんまり痛くなかった。

言わばお仕置き、これは叱りましたというスタンスを取りこの件を終わりにする儀式のようなものだった。

立場上と宣言したり、口角が上がっていたり、やはりPは私に激甘だった。

出来の悪い子ほどかわいいというやつだな。あ、自分で言ってて悲しくなってきた。私は天才、私は天才。


「これに懲りたら今後同じミスをやらかさないように!」

「はい!」

「返事だけは無駄にいいな。よし、しっかり反省しているようだし解散。夜更かしはするなよ」

「了解!」


Pの説教?が終わると私は一刻も早く家に帰った。しかし、悲しいかな。気持ちは逸るが肝心の体はついてこなかった。


おかしい、体力が無さ過ぎる。レッスンちゃんとやってるはずなのにな。別にトレーニングをするべきか。

それは後で検討するか。今はロボについてだ。コンセプトはどんなものがいいだろうか。

まず目的は?落ち葉掃除ロボだ。ちひろさんの負荷を軽減できるようにしよう。

なら自立式にするべきか?いや、部屋とは違い屋外だ。どこまで行ってしまうかわからない。ここは操縦式にしよう。

大きさはどうするべきか?小さいとその分効率が悪くなる。大き目のものにしよう。いっそのこと人が乗れるくらい。

よし、大体の構想は決まったな。あとはこれをかたちにしていくだけだ。わずかな時間も無駄にしない。これこそ天才だ。


大きなロボを作るということで難航するかと思われた作業は存外早く終わった。

今回の製作にあたってちこく回避ロボという前例があったのがよかったな。

一歩ずつだが積み重ねてきたものがある。これこそ科学だ!まあ、怒られないように遅刻を回避しようとしたら説教されたという苦い思いでもあるが……。

よし、早速これをちひろさんに届けるぞ。私は遠足を前にした小学生のような気持ちで眠りについた。


ふう、事務所に来るまでなかなかに時間がかかってしまった。それも仕方ない、こんな大きなロボを持っているのだから。

それでももってこれたのは私の技術の粋を集めた鞄の力だろう。

昔ならそのまま白衣を着てロボに乗って事務所まで向かっていたかもしれないがもう私はアイドルだからな。

プライベートで目立つわけにもいかんだろう。TPOというやつだな。

それでも本来来るべき時間より大幅に前倒しできた。わくわくしすぎて朝一で向かったためだ。

シャコ、シャコ。ちひろさんは変わらずそこにいた。


「やあ、ちひろさん。こんにちは」

「こんにちは、ずいぶんと早いですね」

「ちょっと用事があってだな」

「ああ、プロデューサーさんは今はいませんよ」

「いや、ちひろさんに用があるんだ」

「私ですか?」


目を丸くして驚くちひろさんを見て気分が良くなった。イタズラが成功したときのようだ。



黙々とロボの準備をする私をちひろさんは掃除の手を止めて見ていた。

よし、準備完了。汗もかいてないのに腕で額を拭う仕草をする。一仕事終えた気になれるだろ。


「えっと……、これはなんですか?」

「超・枯れ葉お掃除ロボだ!いつも掃除してくれているちひろさんのために効率を浴するために作ったのだ!」

「まあ……、私のために……。本当にいいんですか?」

「これが私からの誕生日プレゼントだ。見てておくれよ。行け!超・枯れ葉お掃除ロボ!地上の葉を吸い尽くすのだー!!」


手元のリモコンを操作すると、超・枯れ葉お掃除ロボが音を立てて起動した。

ブロロロロン、機械特有の振動が上に乗る私を襲う。なんて心地よさだ。

ゆっくりと移動をしながら落ち葉を吸い始める。完璧だ!ははは!やはり私は天才だぞ!



喜びもつかの間、異常な駆動音を聞こえてくる。見ると溜め込んだ落ち葉をばら撒いている。


「吐くな、吸い込め!吸うんだー!」

「あ、晶葉ちゃん?大丈夫ですか……?」

「だ、大丈夫……なはずだ!……って、うわあああ!?こらっ、そっちじゃな…!ま、待てったら!この私が制御不能だと?P、至急応援頼むーっ!!」


いつもの癖でPを呼んだところで来るはずがなかった。慣れていないちひろさんがただおろおろとしていたのが妙に印象的だった。

ボフンとおおよそ漫画のような音を吐いて超・枯れ葉お掃除ロボは停止した。なんてこったい、また作り直しか……。

いや、まあ一回で成功するなんて都合のいいことは思っていなかったさ。しかし、だな。


「せっかくのちひろさんへのプレゼントが……」

「そんなことより、怪我は無いですか!」

「あ、ああ。私は大丈夫だ」

「よかった……」


心底ほっとしたような顔で息を吐くちひろさん。その目尻に涙が浮かんでいるような気がするのは気のせいだろうか。

私のことを思ってくれていることが伝わって申し訳なさと嬉しさがこみ上げてくる。


「もう、あまり危ないことはしないでくださいね」

「すみませんでした……」

「さあ、寒いですし事務所に入りましょう」


あまりに明るいちひろさんの怖い色に思わず拍子抜けしてしまう。


「もっと怒らないのか?」

「怒って欲しいんですか?」

「いや、そんなことはなのだが」

「危ないことをした事は怒りますけど、私のことを思ってやってくれたことです。そんな強く怒れませんよ」


ロボを片付けて事務所に入ると一足先に戻ったちひろさんが暖かいココアを入れていてくれた。


「はい、私からのお返しです」

「私からはなにもあげられていないが」

「気持ちだけで嬉しいものなんですよ」

「ありがとう……ございます」


いつもの笑顔でちひろさんが頷いた。優しい優しい笑顔だった。



さて、これで終わればいい話だったのだろうけれど、そうは問屋がおろさない。

すっかりと事務所でくつろいで気を抜いていた私だった。


「ただ今戻りました」


いつもよりトーンが低いPの声が聞こえてきて違和感を覚える。


「晶葉、ちひろさんから連絡が来たぞ」


Pがいかにも怒っているというように腕を組んで立っていた、やばい、口角が全く上がってない。


「私のこと思ってやってくれたのでそんなに怒らないでくださいね」

「わかってますよ」


いや、手加減は無いだろう。目が全く笑ってない。


「晶葉、俺がいないときに危ないことはしたらだめだって言ってただろ」

「はい……」

「こっちは親御さんから大事な娘さんを預かっている身、なにかあったら顔向けできないだろ」

「はい……」

「よし、歯を食いしばれ」


Pはげん骨を振り上げたがしばし迷って流石にそれはまずいと思いとどまったのかおろした。

そして手を私の額の前まで持って来るとデコピンをした。


「あがっ」


痛いタイプのデコピンだった。おもわず変な声がでてしまった。


「これに懲りたら今後同じミスをやらかさないように!」

「……はい」

「それともう一つ罰を与える」

「なんでしょうか」

「これからちひろさんの掃き掃除を手伝いなさい。ロボは禁止な」

「……はい!」

「返事だけは無駄にいいな。よし、しっかり反省しているようだし解散」


それから数日後、事務所の前には掃き掃除をする私とちひろさんの姿があった。

二人っきりで会話する機械も増え、ちひろさんに対する誤解も消えた。ちひろさんのことを苦手だと思っていたあの日の自分が情けない。

私こそ勝手に人のイメージを決めるダメなやつじゃないか。

今のもっぱらの話題はどのようにPに一泡を吹かせるか。今度ちひろさんと協力してなにかしら仕掛けるつもりだ。

シャコ、シャコ、シャコ。一つ増えた掃き掃除の音がそこにあった。

以上で短いけれど終わりです。

晶葉再登場おめでとう!今回も最高にかっこかわいい晶葉でした。

ちひろさんも誕生日おめでとうございます!大幅に遅れてすみません。

今回の晶葉はさん付けしていることが印象深くて、そこからの一発ネタです。

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