花丸「まるは主人公にはなれないから」 (18)


小さい頃から、何かで一番になったことは一度もなかった

かけっこなんか、おらが走りきる頃にはみんなが席に戻っていっちゃうくらい遅くて


キラキラ、にこにこ
周りはそんな眩しい笑顔ばっかり

なんで、そんな顔で笑えるんだろう
走るのが楽しいとか、絵を描くのが楽しいとか

おらには、全然理解できなかった

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……代わりといってはなんだけど、砂をいじってぐちゃぐちゃな何かを作るのは好きだった

特に何を作ろうというわけでもなく、ただ無意識に泥を握ってはこね、ちぎって乗せる

そうしてできた何かは、みんなが賑やかに作ったお城なんかより、よっぽど意味あるものに感じた

なんだか、からっぽな私がちょっと形になった気がしたから

そのぐちゃぐちゃな何かにだけ、おらは自分を見出すことが出来た


別に、努力をしなかったわけではない

むしろできるようになるまで誰より頑張った自負もある

こまになわとび、お遊戯も


日が沈んでもまだやるとわがままを言うおらの手をお母さんが引いて、すっかり暗くなった家路を歩いた

おらはできるようになれないのが悔しくて、情けなくて

お母さんの隣を歩きながらわんわんと泣くのはいつものことで

するとお母さんは決まって、何も言わずおらの頭を撫でるの

みんなとは少し違う笑みで


お遊戯の時間に、マットの上ででんぐり返しをしてみせるみんなの中で

おらだけうまくできなくて、ごろごろと変な動きをしながら転がっていたこともあった


おらを笑う子達を先生が叱るのを聞くのは、本当に耳が痛かった

プライドなんかいつの間にか消え失せて、もう放っておいてくれないかなって


なんで先生は、こんなにもできないおらなんかに構うのだろう

それを聞いてみたとき、先生はこう言った


「はなまるちゃんもだいじなお友達だからよ」


……なんの冗談かと思ったずら

どう考えても不憫なおらを見ていられなかっただけとしか思えない

それはつまり同情で、何もしないことから逃げるためのエゴでしかない


なにより、おらはそんなことして欲しいだなんて、ひと言も頼んだ覚えはないのに


そうやってぐるぐるとひねくれたまるは、
「あぁ、やだなぁ」
なんて、自分を俯瞰してため息をつくんだ


「花丸」―――ひねくれたまる

なんておらにぴったりな名前なんだろう

輪を描くはずの筆先は、あっちへくるくる、こっちへくるくる


おらはただ、みんなみたいなまるになりたかっただけなのに
ちょっとくらい歪でも、まるがよかったのに


そんなふうに考えたら、お父さんやお母さんに申し訳ないけど



おらは、おらが大嫌いだった


でもだんだんと、そんなことも思わなくなった
まるは結局ひねくれて、まるじゃなくなってしまったから

みんなみたいな“まる”でいることを、諦めちゃったから


花丸「…………はぁ」


今日は高校の入学式。ルビィちゃんと一緒に学校に行くことを約束していた


気だるい朝にあくびを一つ

きっと今日からも、代り映えしない毎日が続くんだろうな

でもいいんだ
おらは、どうせ主人公にはなれないからね

出来の悪いまるは、ステージの端っこで静かに座っているから



花丸「―――行ってきます」パタン


キラキラ輝くみんなの笑顔に目が眩まないように

そっと、目を閉じて黙っているから

今回はここまで。


――――


いつものようにたわいもない話をしながら、いつも通りではない道を歩く

目に見えて、ルビィちゃんの足ははずんでいるようだった


ルビィ「ねぇねぇ、花丸ちゃん」

花丸「なに?」

ルビィ「なんだか緊張するね」

花丸「まるは、そこまでしないかな」

ルビィ「えぇっ!?やっぱりすごいなぁ花丸ちゃんは」

花丸「そんなことないよ」

ルビィ「あるよぉ、なんだか雰囲気も大人だもん」フンス


花丸「それは大人なんじゃなくて、おとなしいだけだから」

ルビィ「そうなのかなぁ」

花丸「そうだよ。ルビィちゃんこそ、会った時よりずっと大人になったよ?」

ルビィ「えへへ、そう言われると照れるなぁ」


紅潮する頬を両手で隠してみせるルビィちゃんは、無意識に口元が緩んでしまうほど可愛い

そして、ルビィちゃんも主人公なんだと思わされる


ルビィ「そういえば、部活はどうするか決めた?」

花丸「ううん、まるはそういうのいいかなーって。ルビィちゃんは?」

ルビィ「実は、ルビィも決まってないんだ」

花丸「すくーるあいどる、っていうのはやらないの?前に好きって言ってたよね」

ルビィ「―――ううん。ルビィは見るだけで十分だから」


全然そんな風には見えないんだけどな
やりたいって、顔に書いてあるもん


ルビィ「そんなことより、花丸ちゃんこそなにかやらないともったいないよ!」

花丸「どうして?」

ルビィ「どうしてって……だって、せっかく高校生になるんだもん。きっと部活もやった方が楽しいよ」

花丸「まるはそこまで楽しくなくてもいいよ」

ルビィ「……ルビィは楽しいほうがいいなぁ」


花丸「まるには本があるから。本を読んで普通に毎日が過ごせれば、それでいいんだ」

ルビィ「えーっ……そうだ!花丸ちゃんスクールアイドルやってみたら?可愛いし絶対人気出るんじゃ」

花丸「無理だよ。運動神経ないし、なにより……まるは主人公にはなれないから」

ルビィ「主人公……?なんのこと?」


花丸「……ううん、なんでもないの。ごめんね」


ルビィちゃんはその小さな身体をもっと小さくして、私を上目遣いで見つめる


ルビィ「あのね。ルビィ、ときどき不安になるんだ」

花丸「……どうして?」


ルビィ「花丸ちゃんがね、ずっと何かを耐えてるみたいに、辛そうに見えるから」

ルビィ「口癖だって、無理してやめようとしてるよね……」

ルビィ「ルビィね、花丸ちゃんの口癖大好きなんだ。なんだか安心するから」


ルビィ「花丸ちゃんはね、花丸ちゃんがいいと思うの」

花丸「……」


ルビィちゃんは、どこか控えめだった目で真っ直ぐにおらを見据えている

おらなんかより、ルビィちゃんはずっとずっと強いんだ。


ルビィ「っえっと、ごめんねっ!いきなりこんなこと言って。変だよね」


花丸「ううん、まるは我慢なんかしてないよ。大丈夫!」

ルビィ「……それなら、いいんだけど」


花丸「ほら、せっかくの入学式なのに暗い顔してたらだめだよ。笑って笑って!」

ルビィ「……そうだねっ!」ニコッ

花丸「うんっ」


ルビィ「でもねっ!」

花丸「……?」

ルビィ「助けてほしいときは、ちゃんと、ルビィに言ってね?」


花丸「……うん。ありがとう」ニコ



ルビィちゃんは、いつもこうなんだ
おらのことを心配して守ってくれる


流行に疎くて時代遅れだとおらをからかう子を、なぜか泣きながら叱って

花丸ちゃんは、みんなが知らないことをたくさん知ってるんだって

そう言ってかわいい顔を真っ赤にしたルビィちゃんは、しまいには泣きながらおらをぎゅうっと抱きしめるの


優しくて、健気で。なんていい子なんだろう。


……そう思う傍ら、


こんなにいい子がおらなんかとくっついていちゃいけない。

そんな風にも考えてしまう


でも、ルビィちゃんは本当はもっとキラキラ輝けるんだと知っているから

きっとルビィちゃんの背中を押して、その熱い憧れがカタチになるように

応援してあげたいなって、ずっと思っている


それも結局、恩返しがしたいなんていう、ただのチープなエゴなのかもしれないけれど


ルビィちゃんは、報われるべきなんだ

いや、報われなきゃいけない


それだけは、確かに思うんだ。


ルビィ「……わぁ!綺麗だね!!」パアッ

花丸「うん、まるも桜は好きだよ」


もう半分散ってしまった桜は、まるで中途半端なままのおらのようにしぶとく咲いていた

諦めたなんて言いながら、まだどこかで“まる”でありたいと願ってしまうおらのように。


早く散ってしまえばいいのに……おらの弱さを皮肉られているみたい


そんな風に考える自分に、嫌気がさして。


ルビィ「ルビィ達、もう高校生になるんだね」

花丸「……」


ルビィ「花丸ちゃんっ」

花丸「どうしたの?」


ルビィ「高校でもよろしくねっ!」ギュッ

花丸「……こちらこそ!」


それでも、ルビィちゃんには絶対に嫌われたくないから

こんなにひねくれてしまった花丸は、心の底に封じ込めておこう


ルビィ「こーこーせいっ……」ニコニコ

花丸「……」


歩き始めたおら達の視線の先で

桜の花びらが、静かに一枚散った。

今回はここまで

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