佐久間まゆ「私の愛しいあなた」 (12)
佐久間まゆさんのSSです。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1510770060
意味のないことだと分かっていますが、カフェオレをゆっくりと混ぜました。渦を巻いたカフェオレを見つめても、斜め向こうへとそっぽを向いた私の心は戻りませんでした。視線を落としたままの私の顔が銀のスプーンに映って、その中の私と目が合いました。
分かっているんです、と小さく呟きます。
なにも答えはなかったけどプロデューサーさんが私を見ているのは分かります。
「分かってます…それがプロデューサーさんのお仕事なんですから……」
そう言って、「でも」と喉まで出かかった言葉は飲み込みました。
……でも、そんな優しいところは嫌いですって。そういう優しいところも好きだけど、やっぱり、少し嫌いですって。
そんなジェラシーたっぷりなことは言わなくても、そこは流石というべきでしょうか。まゆの言いたいことなんてお見通しとばかりに申し訳なさそうに「ごめん」とプロデューサーさんが謝ってきました。
あぁ、困らせてしまいました。私の、まゆの小さな嫉妬心のせいで。本当なら笑顔で見送らないといけないのに……
「……どうしても、行かないといけないんですか?」
「そう、だな……」
思わず漏れた言葉に本当に、心の底から申し訳ないと思っていると分かるプロデューサーさんの答えが返ってきました。顔を上げたら、参ったというような表情で、でもその中にどこか嬉しそうなはにかみを浮かべていました。嬉しそうなのは、アイドルに頼られるのがプロデューサーとして求められているように思えて嬉しいからですか? 私には分かりません……
その笑顔と、その優しさを全部まゆにください、なんて言えません。
けど、だけど、もし、それを口に出すことができたら、プロデューサーさんは一体どうするのでしょう。またあの困ったように笑いながら私を諭すのでしょうか。
そこまで考えてその馬鹿げた考えを頭から追い払いました。私には、できない。プロデューサーさんのことを想っている。それは事実です。だからこそ、私にはそんなプロデューサーさんを困らせることなんて出来はしない。……こうやって、二人でカフェでお茶をしているだけでも私はとっても幸せで、嬉しいから。本当でしたら、もっとお話したいことや聞きたいことがあったけど。それはまた出来ますから。
それなら、まゆがするべきことは。
無意識にカフェオレの入ったカップを両手で包み込むようにしていました。指先から、手のひらから、段々と温もりが伝わってきます。
「プロデューサーさん」
顔をあげてプロデューサーさんを呼びます。
私を気遣うように見てきたプロデューサーさんに向かって手のひらを向けます。意味の分からないような表情のまま私の方へと手のひらを向けてきました。
流石プロデューサーさんですね、と心の中で感嘆して、「えいっ!」とハイタッチです。パチンッと小気味の好い音が鳴りました。
「ふふっ、まゆからのエールです。いってらっしゃい、プロデューサーさん」
そう告げて、にこっと微笑みます。
「……あぁ! ありがとう。いってきます、まゆ」
こくんと大きく頷いたプロデューサーさんはお金を置いて、小走りでお店から出ていきました。扉から出ていこうとする彼は既にスマホを耳に当てていて、なんだかとても遠く見えました。
私のこの温度は伝わったのでしょうか、と手のひらを見ながら考えます。一瞬のハイタッチだったけどきっと伝わっているって思いました。根拠は、まゆとプロデューサーさんは通じ合っているから。
「……プロデューサーさん…」
呼びかけても応えてくれる人はいません。口にするたびに愛しくなって、それなのに切なくなってしまいます。
そんな感情を誤魔化すみたいに温くなったカフェオレを口にしました。一緒にいたときは甘かったのに、今飲んだカフェオレは苦く感じました。
二人で、ただ……ただ同じように一日を過ごしていたかったのに、と声が聞こえました。それが私の、まゆの言葉だと気付けなくて。手のひらに落ちた水滴の生暖かさでそれがようやく私の言葉だったのだと気付けました。
泣かないって決めたのに、なんて誰に聞かせるでもないのにおどけるように呟いて目元を拭いました。
大きく溜め息を吐いて、窓から外を眺めました。見上げた空はとても青く、澄んでいました。
「……ふふっ。大好きですよ、プロデューサーさん」
誰にも聞こえないように口元を手で覆って呟いた言葉は私の中へと。いつか、いつかはその先へと二人で歩めるように、と願い事を抱えて。見上げた空はやっぱり、青く青く澄んでいました。
おしまい
読んでくださりありがとうございました。
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません