【ガルパン】西「四号対空戦車?」 後期型 (296)
以前投稿した以下のSSの続きです。
◆1
【ガルパン】西住みほ「IV号対空戦車?」
【ガルパン】西住みほ「IV号対空戦車?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1475267396/)
◆2
【ガルパン】西「四号対空戦車?」
【ガルパン】西「四号対空戦車?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1491635145/)
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1508644014
プルルル プルルル
「…んぅ…?」
「…今何時…?」
「……11時か…」
「…」
プルルル プルルル
西「じ、11時っ?!」
やってしまった…。
夜遅くにアッサムさんやグリーンさん(GI6の部長)と話をしていたせいで思いっきり寝坊した…。
あの時何の話をしたっけ……あぁそうだ。私のことやダーリンのこと、そしてOG会の話だったな。
さすがに深夜にやるのはまずかった。次やるとしたら昼にしよう…。
寝坊すると学校に行く気が無くなるのは何故だろう。
…いや、寝坊したからだよね。
プルルル プルルル
考えても仕方ないから、さっきから鳴りっぱなしの電話に出よう…。
ピッ
西「はい…」ボケー
『御機嫌よう"ヴェニフーキ"。部屋は綺麗になっているかしら?』
西「…?」
『…もしもし?』
…ああ、そうだった。
私は今"ヴェニフーキ"って偽名を使って聖グロにいるんだった。
元はダージリンが私につけてくれた渾名『ベニフウキ(紅富貴)』だったんだけど、これだと紅茶の品種名で足がつくからという理由で改変された。
なんでもゼラの戦いでのカエサルの言葉 "Veni, vidi, vici"(=来た、見た、勝った)からとった"Veni"。
そして『愚か者』の "hookie" を合わせてVeni Hookie。つまりヴェニフーキなんだそうだ。
これを直訳すると"愚か者が来た"となるらしい。
横文字はちんぷんかんぷんだから、名前の由来云々については良くわからん…。全部丸投げだ。
それで、何ゆえ私自身が理解出来ぬような渾名を名乗って、聖グロにいるかというと…
強制退学させられたダージリンを復学させるため。
ダージリンは聖グロOGの中にいる"反・聖グロ派"(反体制派)の『聖グロ弱体化工作』によって、強制退学させられた………。
どういうわけか奴らは聖グロを腐敗・崩壊させようと目論んでいる。
その破壊工作の一つとして学園一の学力を誇り、戦車道の隊長として数々の実績を上げてきたダージリンを消し去った。
"成績不振"、"不純交際"といった事実無根の風説をでっち上げ、"不良生徒ダージリン"という虚像を作り上げて…。
その風説によりOG会から"不良生徒の退学"という市民権を奪い取り、結果ダージリンは虚偽の情報を鵜呑みにしたOG会らによって学園を追放された………。
いずれも反体制派による嘘っぱち。
でも、いずれも私が関わっている。
その事実を知った日から私は私ではなくなった。
この"こそこそ作戦"は私が一匹狼でやってるわけじゃない。
聖グロの卒業生で前隊長である、"アールグレイ"さんの指揮によって私は動いている。
ヴェニフーキという渾名を授かったのも、姿を偽っているのも、何処で何をすべきかというのも、皆アールグレイさんによるものだ。
そういった事情から、アールグレイさんとは情報を共有するために頻繁に連絡を取り合っている。
もちろん今し方かかってきたこの電話も。
『"ヴェニフーキ"、聞こえてるの!?』
西「……おぁようございであります………」ネボケ
アールグレイ『……あなた今どこにいるのよ』
アールグレイさんとの電話でのやり取りでは、必ず最初に『部屋(服装)は綺麗にしてあるか?』から始まる。
これは以前、部屋に"盗聴器"を仕掛けられたことがあって、『盗聴されてないかチェックしろ』という、当事者のみ知るやり取り。
昨晩確認して大丈夫だったから、今朝も大丈夫だと思う。…たぶん。
ちなみに盗聴器は先日アールグレイさんからお借りした電波探知器が探してくれる。
それにしても、何もかもド忘れてしまうほど頭の回転が鈍っているな。
これからは夜更かしせずに早く寝よう…。
西「自分の部屋であります…」
アールグレイ「…今日は平日よ? 講義はどうしたの?」
西「拠ん所ない無い事情ゆえ寝坊致しました…」
アールグレイ「………」
電話の向こうから巨大なため息が聞こえる。無理もないか。
学校に遅刻するという失態はともかく、今の私は身分を偽って聖グロにいる。
髪の毛の色も瞳の色も変えて、西絹代ではない"別人"になりすましている。
だから、こんな無防備な状態を誰かに見られたら正体がバレてしまい一巻の終わりだ。
たとえ自室とはいえ、気を抜くべきではない。
だけど眠い。頭が痛い…。
アールグレイ『…随分と良い生活だこと』ハァ...
西「昨日は深夜にアッサムさん達と話をしたせいで寝る時間が無くて…」
アールグレイ『そう。…あなた全部打ち明けたものね』
西「なにゆえそれを…?」
アールグレイ『盗聴器』
西「あ…」
アールグレイ『まだ回収してなかったでしょう?』
西「そういえばそうでした…」
ダージリンが強制退学させられた
犯人はOGの中の反・聖グロ派、そしてそいつに媚び諂う聖グロ内の"内通者"。
ともなれば、真っ先に疑いがかかるのがアッサムさんだ。
そのアッサムさんが奴らと繋がる内通者か否かを探るため、アールグレイさんから借りた盗聴器を隊長室に仕掛けたのだった。
向こうが盗聴器を仕掛けてきたからこちらも盗聴器を仕掛ける。やられたらやり返せ。
結論を言うと、その盗聴器のおかげで、アッサムさんやGI6の面々が連中とは"無関係"だということがわかった。
盗聴器が拾った内容は私だけでなく、アールグレイさんも聞いている。
昨晩のアッサムさんやGI6を交えた話し合いも当然把握しているだろう。
ということは…
アールグレイ「あなた、一体どういうつもりなの?」
西「ん…」
アールグレイ「私はアッサムやグリーン達と"手を組め"と言ったはず」
アールグレイ「なのに、"私の獲物に手を出すな"だなんて、何を考えているの?」
西「…」
― あえて言うならば
― これが私の 戦"邪"道 です
今思い返すと何故あのようなことを言ったのかわからない。
アッサムさんが内通者でないことが判明した。
私が隊長室に仕掛けた盗聴器によって、私の上着に仕掛けられた盗聴器が、GI6やアッサムさんとは異なる別の誰かによるものだとわかった。
同時に、それは"ずっと前から監視されていた"ということだと理解し、身の毛のよだつほ恐怖を抱き、助けを求めるかのようにグリーンさんを呼び出した。
あのとき私は、グリーンさんやアッサムさんの力を借りようと思ったんだ。
だけど、そんな私の思惑とは裏腹に、出てきた言葉は
"私の獲物に手を出すな"。
西「実を言うと、私も良く存じ上げないのであります」
アールグレイ『はぁ!? ふざけるのも大概に
西「最初はお二方に助けて貰おうと思っておりました」
西「なのでグリーンさんが仕掛けた盗聴器を逆に利用して、アッサムさん達と話をする機会を作ってみました」
アールグレイ『ならどうして!』
西「…けれども、あの時、隊長室で話をしているうちに思ったのです」
アールグレイ『…?』
西「皆を巻き込みたくない…って」
アールグレイ『…』
西「…確かに、聖グロの問題ですから、彼女たちは無関係ではないと思います」
西「しかし、連中は平気で人の尊厳を踏み躙り、平気で人を奈落の底へと蹴落とす下衆です。そんな奴らとの戦いにアッサムさん達まで巻き込んだら…」
西「聖グロが内側から崩れていく」
アールグレイ『…』
西「それこそ、奴らの思う壺だな…って…」
アールグレイ『…それで、"邪道"であるあなたは、全部独りで抱え込もうって魂胆なのかしら?』
西「壊れるのは一人だけで十分です」
アールグレイ『…』
西「もう、嫌なんです…」
アールグレイ『なにが…?』
西「私以外の人が苦しんだり傷付いたりするのが…」
アールグレイ『…』
西「…だから、誰かが傷付くぐらいなら、私一人が全部飲み込んでしまおう…と」
アールグレイ『………』
西「皆が助かるなら、それで良い…って」
アールグレイ『…自己犠牲精神は結構よ。あなたが傷つくことで辛い思いをする人がいること、忘れてないかしら?』
西「…」
アールグレイ『もう一度言うわよ? あなたの最終目的は、"ダージリンを復学させる"こと』
アールグレイ『そのために、強制退学の根拠が反体制派による嘘っぱちであるとを証明する』
アールグレイ『そのためには、聖グロリアーナ内部にいる内通者を特定し、そこから芋づる式にOG内の"裏切り者"を特定する』
西「心得ております」
アールグレイ『…だけど、それらとの引き換えにあなたが廃人にでもなれば、それはもはや成功とは言わない』
西「…」
アールグレイ『あなたを含め、全ての人が以前と何ら変わりない生活を送ること。それが私達の"完全勝利"なのよ』
西「…」
アールグレイ『あなたが何を思うかは知らない。けれども、聖グロリアーナの腐敗を目論む連中にとって、"ダメージ・ゼロ"は最大の損失なの。わかった?』
西「…」
アールグレイ『お返事』
西「…かしこまりでございます」
アールグレイ『とにかく、今は身支度して講義に参加なさいな。あなたが普段通りの生活を送るのも作戦の一つよ』
西「そうですね。 "スミマセン! 寝坊したでありますっ!" とでも言って突撃しませう」
アールグレイ『おバカ。そこは"体調が優れなかった"とでも言っておきなさい』
西「体調…ですか…」
アールグレイ『何かしら?』
西「いや。こちらに来てからそこそこ経ちますけど」
アールグレイ『ええ?』
西「月のものが来てないな…って」
アールグレイ『なっ…!』
西「まぁ、来たら来たで色々面倒しょうから来ない方が良いですけどね。あはははは」
アールグレイ『あなた、体調は大丈夫なの…?』
西「寝不足で頭が痛いです」
アールグレイ『そうじゃない!』
西「え? 特には…」
アールグレイ『…よく聞きなさい。今まで以上にしっかり栄養を補給して、夜は十分に休むこと』
アールグレイ『あと、必要以上に無理はしないこと。いいわね?』
西「え、ええ…?」
アールグレイ『絶対よ? 約束なさい』
西「はい…」
アールグレイ『それじゃ、何かあったらすぐに相談や報告すること!』
西「わかりました」
という具合に、朝(もうすぐ昼だ…)の連絡が終わった。
珍しくアールグレイさんは焦っておられたが、一体何があったのだろうか?
まぁ、何にせよこのままボケーっとしていてるのも良くないから、お言いつけ通り身支度を整えて学校へ行こう。
ヴェニフーキ/西「…これでよし」
https://i.imgur.com/d0Y5len.jpg
西絹代は"ヴェニフーキ"に変身した。
…なんてね。
鏡を見るたび、映る自分の姿を見るたびに、その豹変っぷりに驚く。
髪の色も目の色も違う。以前よりも目つきは悪くなって、充血した目の下にはクマもできている。完全に危ない人だ。
アールグレイさんの手によって初めてこの姿になった時、私はもうこの世にいないのだなぁと思った。なんだか悲しい。
常にそばに居てくれたダージリンですら、この姿を見て私(絹代)だと気付かなかったぐらいだ…。
聖グロの誰かに気付かれたらそれで終わりだから、完璧な変装であることが望ましいけれど、誰か私の事、気付いて欲しいな。
そんなことを考えながら身支度を終えて講義室へ向かっていたら、道中で何人かの生徒が声をかけてきた。
…とりあえず『持病の癪で動けなかった』と誤魔化しといた。
頭が痛い…。
~~~~
【聖グロリアーナ 紅茶の園】
「あっ、ヴェニフーキさん!」
ヴェニフーキ(西絹代)「ん…」
ルクリリ「大丈夫? 顔色悪いけど…?」
ヴェニフーキ「普段通りですが?」
ルクリリ「いやいや、絶対いつもよりゲッソリしてるって!」
ヴェニフーキ「…」
ルクリリ「ヴェニフーキさんここ最近すんく頑張ってるけれど、無茶して倒れたら意味ないから、適度にリラックスした方がいいと思うんだ」
ヴェニフーキ「まぁ…夜更かしが過ぎたので」
ルクリリ「そうなの?」
ヴェニフーキ「ええ」
ガンガンする頭に身悶えていたら同じ2年のルクリリさんが話しかけてきた。
聖グロ生らしく優雅にお上品…っぽく振る舞う一方で、何処となく抜けているお転婆娘な人。
知波単にいた頃の私(西絹代)はともかく、聖グロにいる今の私(ヴェニフーキ)とはまるで正反対な性格だ。
しかし同い年という事もあってか、彼女はよく私に話しかけてくる。こんな無愛想で根暗な人間と話して何が楽しいのだろうか…。
ルクリリ「へぇ。ヴェニフーキさんも夜更かしするんだ?」
ヴェニフーキ「たまには」
ルクリリ「私もゲームやるとついつい…」アハハ
ヴェニフーキ「そう」
ルクリリ「スーパーマジノブラザーズってやつ。面白いよ!」
ヴェニフーキ「なるほど」
ルクリリ「今度やってみない?」
ヴェニフーキ「気が向いたら」
ルクリリ「あ、あとさあとさ! この間ね?」
ヴェニフーキ「ん…」
次から次へと投げつけられる話を当たり障りのない返答で回避する。
戦車以外の会話も好きだけど、今は身分を偽って他校に潜伏してるので、いらんことを喋るとすぐにボロが出る。
だからアールグレイさんの指示通り、基本的に"無口・無表情"で会話も最小限に留めるようにしている。
辛いけど、これもダージリンの為だと思って必死に自分を殺す。
こんな人物像を描いてるせいで『怖い』、『何を考えているかわからん』…と、以前の私からは想像できないような評価をもらう(目が怖いのは以前から言われてたけど…)。
一年生はおろか、アッサムさんですら最初はおどおどしながら私に接していた。
だけど本当に怖いのは、そんな偽りの人物像がだんだん板についてきている事だ。演技じゃなくて。
最初の頃は必死に感情を抑えていたけれど、今では以前ほど苦労することなく無表情、無機質な人間を演じられるようになった。慣れというものは怖い。
姿だけでなく、人格まで塗り潰されていく。
ルクリリ「そういえば最近は」
「ヴェニフーキ…!」
ヴェニフーキ「アッサム様…」
ルクリリ「あ、御機嫌ようですわアッサム様!」
アッサム「御機嫌よう。…、ヴェニフーキ、午前中は講義に出席しなかったとのことですけど?」
ルクリリ「あ…」
ヴェニフーキ「寝不足故に頭痛で起き上がれず。深夜にやるのは間抜けでした」
アッサム「でしょうね。おかげで私も寝不足ですの。次回は明るい日中にいたしましょう…」
ルクリリ「うん?」
アッサム「…ルクリリ、少し席を外して下さるかしら?」
ルクリリ「え、ええ。かしこまりましたの」
彼女も一応はお嬢様言葉を話すんだね。何かぎこちないけど。
ルクリリさんに続くように、他の生徒もアッサムさんの様子を察して立ち去った。
紅茶の園には私とアッサムさんの2人だけ。
ヴェニフーキ「…」
アッサム「………私は」
ヴェニフーキ「…」
アッサム「私は、絶対に認めません。あなたが"邪道"だなんて…」
先に口を開いたのはアッサムさんだった。
そして内容は案の定昨晩のこと。
ヴェニフーキ「…」
アッサム「確かに、私も最初はあなたが"内通者"ではないかと疑いました」
ヴェニフーキ「…」
アッサム「何故なら、あなたの行動には不自然な点が多かったから…」
ヴェニフーキ「私が今ここにいる理由、ご存知ですよね?」
アッサム「勿論ですの。あなたは内通者ではなかった。それどころか私達と同じ」
アッサム「…それに、この件を抜きにしても、あなたの今までやってきた行為の数々が邪道だとは到底思えません」
ヴェニフーキ「…」
アッサム「だから、自らを邪道と呼ぶのはやめ、普通に生活して欲しいのです」
普通に生活する。
普通に生きる。
…普通ってなんだろ?。
聖グロの生徒として生活しろって事なのかもしれないけど、私は聖グロの人じゃない。
私にとっての普通の生活は、"知波単学園の西絹代として生活しろ"ってことだから。
今はこんなだから出来ないよ。それにこの先も、もしかしたら…
ヴェニフーキ「王道があるから、邪道があります」
アッサム「…!」
ヴェニフーキ「邪道があるから王道が眩しく見える」
ヴェニフーキ「だったら、私がその邪道になればいい」
アッサム「そんな…!」
ヴェニフーキ「邪道として、邪道に落ちようとする人間に"あっちへいけ"と追っ払ってやる」
かつての仲間を捨て、自分さえも捨てて生きる今の自分が王道であるはずがない。
多くの人を騙して、聖グロを乗っ取って、そして聖グロに関わった人たちにまで私は牙を向けた。
作物を喰い荒らす蝗のように
内臓を食い破る寄生虫のように
こんな私を邪道と呼ばずして何と呼べばいい?
教えてくれ。アッサムさん。
アッサム「それではあなただけが苦しむ!」
アッサム「それにこれは聖グロリアーナ全体の問題ですの! あなただけが
ヴェニフーキ「昨晩も申したように、」
アッサム「っ…」
ヴェニフーキ「連中の作戦を失敗させる為には、"何も変わらない"が絶対条件です」
アッサム「…」
ヴェニフーキ「誰かがくたばりでもしたら、それだけで奴らは"成功した"とほくそ笑む」
ヴェニフーキ「だから、犠牲は最小限に。…それだけのことです」
アッサム「………」
私は、ダージリンを弄んだクズ連中らと戦うクズ。
だから私以外の人がクズを相手にして、同じくクズになってもらっては困る。
邪道と戦うから戦"邪"道。
戦車道じゃなくて戦邪道。
あははは。
私みたいな汚い女にピッタリの役割じゃないか。
あははは。
あはははははは。
アッサム「…ならば、私はあなたの負担が少しでも減るよう助力致しますわ」
ヴェニフーキ「はぁ」
アッサム「あなたが言うように犠牲は最小限に。そしてその最小限には、ヴェニフーキ、あなたも含みます」
ヴェニフーキ「…」
アッサム「だから、私なりに出来ることを模索した結果、あなたの負担を何かしらの形で軽減させること」
ヴェニフーキ「具体的には?」
アッサム「あなたがされて喜ぶことは?」
ヴェニフーキ「何もしない事です」
アッサム「なっ…!」
実際その通りなんです。アッサムさん。
今の私は名前も姿も何もかも偽って皆を騙しているんだ。
そんな状態で何かされても嬉しくないし、いらぬ神経を使うだけ。
だから、何もしてくれない方が私は嬉しい。
…ごめん。
ヴェニフーキ「そのお気持ちだけで十分です」
アッサム「…」
ヴェニフーキ「だから、アッサム様たちは普段通りに生活して下さればそれで満足」
アッサム「そう…。一日でも早く問題が解決するよう祈りますわ…」
ヴェニフーキ「感謝します」
アッサム「…それともう一つ、あなたにお話が」
ヴェニフーキ「何でしょう?」
アッサム「明日、大洗女子の方々がいらっしゃいます」
…あんた人の話ちゃんと聞いてたか?
何もしない事って言っただろう!
他校の人が来たら余計な気を使わにゃならんだろうが!!
それに大洗ってこの間私が………
ヴェニフーキ「…は?」
アッサム「そ、そんな顔をしないで下さいまし! これはずっと前に決めたことですの!」
ヴェニフーキ「ずっと前?」
アッサム「ええ。先の大会で優勝したので、それを祝おうと」
ヴェニフーキ「知りませんが?」
アッサム「あなたが聖グロリアーナへ来る前の話ですもの」
ヴェニフーキ「…」
アッサム「ダージリンが、"ベストを尽くした戦友たちを讃えましょう"と」
ヴェニフーキ「なるほど…」
…すっかり忘れていたけど、大洗女子は先の"臨時"の公式戦で見事に黒森峰に勝利した。
随分昔のことのように思えてしまうけど、さほど時間が経過していないから驚く。
新学期を迎えると同時に、『無人機』という理不尽なルール改定がなされ、すぐに"臨時"の公式戦がめり込む。
おかげで三年生は引退を先延ばしにして、再び戦車に乗ることが出来たけど…
戦車道に突如追加された"無人機"というルール。
…無人機? 無慈悲の間違いじゃなかろうか?
一体誰が考えたのかわからないが、本当に無慈悲で意味不明な改定だ。
改定に伴い、我々知波単を含め、各々の学校は新たな戦いに乗り遅れまいと相次いで無人機を配備していった。
しかし、その改定は戦車以上に高価である無人機を、予算の都合で配備出来ない学校にとっては絶望的なものだ。
何故なら大空を我が物顔で飛び回る無人機は戦車では簡単には落とせないから。
そしてそれは連戦連勝を遂げた大洗女子にとっても例外ではなく、地上の攻撃が一切届かない無人機を相手に一方的に蹂躙された。
アッサム「大洗女子の優勝は多くの学校に希望を与えてくれた」
アッサム「無人機を保有しないにもかかわらず、無人機を使う強豪校たちを相手に巧みな戦術で勝利を重ねたのですから」
ヴェニフーキ「"四号対空戦車"ですね」
アッサム「ええ。見かけるたびに戦車の形が変わっていたので驚きましたわ」
アッサム「それは大洗の戦術が変幻自在であることを象徴するかのように」
………と思いきや、大洗女子は西住さんたちが乗るIV号戦車をIV号"対空"戦車と改造して、無人機に対抗した。
最初は"メーベルワーゲン"という4枚の大きな装甲板で覆われた対空戦車。アンツィオ高校との練習試合で投入した。
次は"ヴィルベルヴィント"という算盤珠のような砲塔に高射機関砲を搭載した対空戦車。練習試合で露呈したメーベルワーゲンの問題点を改善するためにとった措置。
そして次に出てきた"オストヴィント"。プラウダ高校との練習試合での戦訓より、カチューシャさんの助言や西住流の力を借りて実現した対空戦車。
オストヴィントとは公式戦の第2試合で実際に相まみえたけれど、我々知波単の無人機を2つも叩き割られた。
この試合の後に規定に修正が入ったため、西住さんたちの対空戦車は使用不可となり、事実上大洗は無人機への対抗手段を喪失した。
これらは私が大洗戦で怪我をして入院している時に、お見舞いに来てくれた西住さんや秋山さんが話してくれた。
理不尽な話ではあるが、そもそも砲塔などが密閉型ではない戦車は以前より規定で禁じられていた。
先の大会は、無人機に関する問題・改善点の可視化を図り、今後のルール改定の指標にするという試験的な側面もあったため、最初は天蓋の無い対空戦車も黙認されていた。
しかし、その黙認も選手の安全には代えることは出来ず改定されたというもの。
それでも大洗は諦めることなく、次の対空戦車である"クーゲルブリッツ"を開発し、サンダース戦に臨み、そしてサンダースのB-29すらも奇天烈な戦術で撃破し、勝利した。
あの戦術は誰もが仰天するものだ…。
アッサム「今思い返しても素晴らしい戦術でしたわね」
ヴェニフーキ「ええ。肝心の"我が校"は一回戦でボロ負けしましたが」
アッサム「あ、あれは知波単学園が…!」
ヴェニフーキ「敵の大将は古今無双の英雄ですね。なにしろ"我が校"をコテンパンにしたのですから」
アッサム「本当に驚きました。吶喊・突撃だけが取り柄だった知波単学園が、あのような高度な戦術を取るなんて…」
ヴェニフーキ「………」
その"敵の大将"というのは私。
複雑な気分だ。知波単の私が聖グロの生徒になって他人事のように知波単を語るのだから…。
いずれにせよ、"あの結果"は実際に指揮した私ですら驚いたほどだ。ダージリン率いる聖グロを相手にあそこまで成果を出せるとは思わなかったのだから。
でも、それでも私は成果を出さなきゃいけなかった。
どうしても勝たなきゃいけなかった。
だって、成果を出せなかったら…
知波単の戦車道が"廃止"になるから。
だからあの時私は限られた時間の全てを戦車道に注ぎ込んだ。
勝利せねばそれで終わりだから、勝つ為にありとあらゆる情報や知識をかき集めた。
そして、今までの"突撃戦法"では勝てないとわかり、新しい戦術を作り上げなければならなかった。
戦車や無人機の移動速度、砲の射程距離、貫通力、試合会場の地形、過去の戦車道大会、歴史上の戦い…
猛勉強した。猛特訓した。
集めた知識や情報をもとに、突撃一辺倒だった戦術を大幅に変更し、究極の戦術を編み出した。
もちろん仲間たちは猛反発した。"我が校の伝統に背いた!!" って非難轟々だ…。
だけど、そうしなければ伝統どころか戦車道そのものを失ってしまう。
アッサム「そう考えると、知波単学園の皆様もこの大会で大きな成果を出した学校ですわね」
ヴェニフーキ「…」
アッサム「そしてダージリンはあの時から知波単学園の隊長…絹代さんを気にかけていた…」
ヴェニフーキ「そうですか」
アッサム「ええ。前も話したけれど、絹代さんは戦車道廃止の危機に瀕した知波単学園を救った人です」
アッサム「そんな彼女の面影に、ダージリンは自分を重ねたのでしょうね」
ヴェニフーキ「…」
アッサム「同じく血の滲むような努力をして、死に物狂いで聖グロリアーナを支えてきた者として」
ヴェニフーキ「…」
私は二戦目で大洗と対決した。
陸と空から大洗を畳み掛ける最初こそ健闘したものの、四号対空戦車"オストヴィント"によって我々の無人機は壊滅し、戦車も残り僅か。
そんな逼迫した戦況にて私は最後の無人機を動かそうとした。
特攻兵器 "桜花" を搭載した一式陸上攻撃機を。
意識が朦朧となる中、"全て壊してしまえ"という悪魔の囁きが聞こえ、無人機を操作する端末を手に取ろうとした時、そこにダージリンから貰った"戦友の証"があった。
そしてダージリンとの約束を思い出した。
おかげで私は特攻兵器を使うことなく、伝統である突撃を敢行して、最期は知波単学園として終わった。
私はダージリンに助けられた。
ダージリンがいたから知波単の戦車道は死を免れた。
意識が途切れる直前、ダージリンの姿が見えた。
アッサム「…どこへ行くのです?」
ヴェニフーキ「部屋に戻ります。寝不足ですので」
アッサム「そう。では私もそろそろ。…ちゃんと休むのですよ?」
ヴェニフーキ「ええ」
スタスタ
ヴェニフーキ「…」
西「…ダージリン………」
最後の突撃で私は負傷して意識を失い、目覚めたら病院の布団の中にいた。
そして、そこにはやっぱりダージリンがいた。ダージリンは入院中、手厚く看病してくれた。
気が付けばいつもダージリンがそばにいてくれた。
本当に幸せだった…。
一緒に過ごすうちに、ダージリンの考えることが解るようになった。
彼女の感情が私の感情として、私の心に宿るようになった。
ダージリンの幸せが私の幸せで、ダージリンの苦痛が私の苦痛。
…そんな感情だった。
だからOG会に潜む反体制派の工作によってダージリンが強制退学させられたと知って私は
心を壊された。
必死に守ってきたものを一瞬で粉々にされた。
ダージリンが受けた屈辱・絶望・怒り・悲痛、それらが全て私自身のものになって襲い掛かる。
自分ひとりでは抑えられず、とうとう理性を失って発狂する。精神安定剤が手放せなくなるほど深い傷を刻まれた。
心も身体もボロボロになって、破落戸のように目つきが悪くなって
疑心暗鬼の塊になって、ダージリンに泣きついて
アールグレイさんと手を組んで
"ダージリンの救済"という名目で奴らへの復讐を誓って
そして私は"ヴェニフーキ"という偽名を名乗って―――
現在に至る…。
~~~
【翌日 聖グロリアーナ女学院 紅茶の園】
聖グロ一同「「「優勝おめでとうございます!!」」」
桃「ほ、本日はこのような場に招待頂けたこと、こ、心より感謝しまする…ここ、これも常日頃の…」
杏「かぁーしま、長いし硬いって」
柚子「桃ちゃんらしいね」フフ
桃「ここに来てまで桃ちゃん言うなーっ!!」
アハハハハ!
全国大会、大学選抜チーム戦、そして先日の臨時の公式戦でも見事優勝し、破竹の勢いの大洗女子。
戦車道の規模こそ小さいものの、巧みな戦術と隊員の練度は強豪校に一切劣らない。
廃校の危機を何度も乗り越えた大洗女子の躍進は大きな夢と希望を与えてくれた。
そんな彼女たちを称え、優勝を祝うためにこのような交流会を企画した。好敵手を称えるというダージリンの流儀に基づいて。
ダージリンもまた、大洗が歩んだ戦車道に自分の戦車道を重ねていたに違いない。
だけど、その祝賀会を企画したダージリンはここにはいない…。
アッサム「本当はもっと早くご招待したかったのですが、日程が詰まってたものでして」
みほ「いえいえ、とんでもありません! このような場にお誘いいただけるだけでも嬉しいです!」
沙織「むしろ聖グロの皆さんには色々恩返ししないといけないくらいです」
優花里「武部殿の仰る通りです。本当に聖グロの皆さんには感謝してもしきれません!」
アッサム「ふふ。そう言っていただけると嬉しいですわ」
エミ「…本家かぁ」
オレンジペコ「本家…ですか?」
エミ「あ、い、いや、こっちの話!」
オレンジペコ「???」
ダージリンを失い、私がここへ潜り込んでからというもの、聖グロは短期間に色んな学校と練習試合や祝賀会などで交流を重ねてきた。
プラウダ、サンダース、知波単、そして黒森峰。
これらは繰り上がりで隊長になったアッサムさんによる、"実戦に近い環境で上質な練習を行う"という考えによるもの。その判断はもちろん、各学校の日程や学園艦の入港の手間を鑑みても、アッサムさんの緻密な計画と調整には驚かされる。
さすがは大学選抜戦で参加者全員の制服や大洗への短期転校を手配した人だけある。なにせ各校の主要メンバーだけでなく、その人達が乗る戦車の乗員も含めてなんだからなぁ。
仮に1輌に4人乗ってたとすれば、22×4で88人。…だけど私が心得違いをしたせいで、その数はどえらい事になっている。
…あの時はすみませんでした。
みほ「ところで、ダージリンさんはまだ…?」
オレンジペコ「!」
沙織「そういえば体調崩されて結構経ちますよね」
アッサム「ダージリンは…」
麻子「あまり長引いているから単なる風邪とは思えないが…」
オレンジペコ「えっと…」
華「心配です。難病を患っておられなければ良いのですが…」
やはり話題として上がるのはダージリンの件だ。
前回お会いした決勝戦の時からまた時間が経っている。このまま"風邪"を長引かせてはさすがにまずい。
ヴェニフーキ「ダージリン様はじき戻られるでしょう」
アッサム・オレンジペコ「…!」
そう断言する。
私はこの命に変えてでも、どんな手を使ってでもダージリンを復学させる。
それが奴らへの復讐。そしてダージリンへの恩返し。
ダージリンは絶対聖グロに帰って来る。
沙織「!!」
優花里「あっ…」
華「…」
みほ「ヴェニフーキさん…!」
エミ「…」
ヴェニフーキ「お久しぶりです。大洗の皆様」
あんこうチームの皆さんにお辞儀をする。
"優勝おめでとうございます"
"あなた達の道を変えてごめんなさい"
"こんな姿であなた達を迎えて申し訳ない"
三つの意味を込めて…。
みほ「お久しぶりです。先日はその…お世話になりました」
ヴェニフーキ「こちらこそ。素敵な試合を観戦できたこと、とても喜ばしく思います」
みほ「ええ。おかげさまです」
エミ「あなたがウワサの"みほに助言した人"なの?」
ヴェニフーキ「…」
みほ「え、エミちゃん!?」
エミ「だってそうじゃない? 私達はそれで勝ったんだから」
みほ「そ、そうだけど…」
アッサム「助言?」
みほ「…ええ。実は私達が黒森峰に勝てたのは、ヴェニフーキさんの助言の陰でして…」
アッサム「えっ、そんなの初耳ですわ…」
ヴェニフーキ「無人機を廃止するために、どうしてもあなた達の力が必要だったのです」
エミ「…ふーん」
みほ「そうだったんですか…」
ヴェニフーキ「この"改悪"に終止符を打つためには、"無人機を持たず、使わず強豪校に勝利する"…という物語が必要」
ヴェニフーキ「これが出過ぎた真似であることは重々承知しております。深くお詫び致します」
もう一度、西住さんに頭を下げる。
決勝戦で西住さん達あんこうチームは高射砲塔の天辺に戦車を構え、橋を渡る黒森峰のフラッグ車を一発の砲弾で仕留め"完勝"した。
― この会場の中に1箇所だけ、黒森峰を一方的に葬れる場所があります
試合前に私は無礼にも西住さんにそう言い放った。
その"一箇所"で放った一発には、私の戦車道の全てが注ぎ込まれていた。
かつて知波単の戦車道を守るため死に物狂いで習得した"感覚"。
そこから導き出した結論、それを大洗にと…。
結果として、試合は私の望み通りとなった。
西住さんは私の意図を汲んでくれた。
ありがとう。西住さん。
そして、ごめんなさい。
みほ「い、いえいえ…!」
ヴェニフーキ「たとえ、どれだけ理不尽な改悪をしようとも、我々が滅ぶことはない。いつ何時でも必ず這い上がってみせる」
みほ「!」
ヴェニフーキ「…そういったメッセージを、"奴ら"に届けたかった次第です」
みほ「そうだったんですね…」
エミ「…」
西住さんに放ったその言葉は、私自身への暗示でもある。
"奴ら"というのも…
ヴェニフーキ「…それに」
みほ「?」
ヴェニフーキ「大洗を廃校にはしたくなかった…」
エミ「…そう」
みほ「あ、ありがとうございます…!」
沙織「…」
ヴェニフーキ「…ん」
沙織「あっ!」ビクッ
ヴェニフーキ「どうされましたか?」
沙織「えぁ…な、何でもありませんっ!!」アセアセ
ヴェニフーキ「あなたは確か…」
沙織「あの…あんこう…じゃなくて隊長車の通信手の武部沙織です!」
ヴェニフーキ「ご丁寧にどうも。ヴェニフーキです」
沙織「ど、どうも…!」
視線を感じたので振り返ってみたら、あんこうチームの武部さんがいた。
だけど何だかオドオドしておられる。
やっぱりこの顔(目)は相当キツいか………。
~~
オレンジペコ「腕によりをかけてお料理たくさん作りましたので、ぜひぜひ召し上がってください」
華「ありがとうございます!」パァァァ
優花里「あはは。相変わらずですねぇ五十鈴殿」
あや「すっごーい! これペコちゃんが作ったの!?」
オレンジペコ「私が作ったものもあれば、他の方が作ったものもあります」
優季「でもでも凄いよ! ペコちゃん絶対いいお嫁さんになれるよ!」
オレンジペコ「えへへ。ありがとうございます」
あや「いいなー! 私にも料理教えてよー!」
オレンジペコ「聖グロリアーナにいらっしゃったらいつでもお教えしますよ」
優季「あー! あやだけズルいー! 私も教えてもらうー!」
ルクリリ「デザートにはフルーツやスイーツなどもございますの」
麻子「おおお!」パァァァ
沙織「あはは。相変わらずだね麻子は」
みほ「甘いものを食べると元気になれるもんね」
ヴェニフーキ「マカロンもご用意しました。如何でしょう?」
みほ「マカロン!?」ピクッ
優花里「あ、西住殿も元気になりましたね」
ヴェニフーキ「西住さんはマカロンがお好きなのですね」
みほ「はい! マカロンはいくらでも食べれちゃいます♪」
エミ「あ、相変わらずね…」
ヴェニフーキ「すごく幸せそうです」
みほ「はい! マカロンとボコがあれば私は幸せです!」
優花里「西住殿は本当にマカロンとボコがお好きですからねぇ」
みほ「うん! このあいだ内臓はみ出しボコの新バージョンが出たんだよ!」
エミ「うっ…」
沙織「お食事中にその話はやめようよみぽりん…」
麻子「グロテスクなのは勘弁してくれぇ…」ガタガタ
みほ「ええ…」ガーン
ルクリリ「なんか…すごいスプラッタなアニメなんd…ですわね」
ヴェニフーキ「子供向け、ですよね?」
優花里「子供向け…だと思いますが、子供に観せたらグレること間違いナシですね…あはは…」
みほ「ぐ、グレないよ! 観たらみんな幸せハッピーになれるんだよ!」
ルクリリ「ヴェニフーキさん、一度観た方が良いんじゃない?」
ヴェニフーキ「余計なお世話」
みほ「いいですか? ボコはですね…」
優花里「また始まりました…」
エミ「私は10年前から聞かされてるわよ…」
華「うふふっ」モグモグ
マカロンを食べながらボコの話をする西住さんは、純粋無垢な乙女だった。見てるこっちまで思わず笑みが零れそうなほど。
西住さんは一通りボコについて力説したあと、満足そうにボコの歌を歌い出す。
〽人生 負けても いいんだぜ
いつか 勝てると 夢を見て
Come on, Come on, Come on, You can this!
あはは。
いつか報われるって信じながらボロボロになっていく。
まるで今の私じゃないか。あははは…。
みほ「良い歌ですよね! なんかこう、ワクワクしてきますよね!」キラキラ
ルクリリ「そうかな…」
ヴェニフーキ「ええ。良い歌です」
ルクリリ「えぇ…」
みほ「えへへ♪」
こんな"ボコ"でもいつか勝つ日が来るのだろうか。 …いや、来ないだろうな。
戦って負けて満身創痍になるからボコなんだと思う。そしてそれを観た人たちが笑顔になる。
だから、皆がいつまでも笑顔でいられるように…ってボコという脇役を置く。
主役はそれを観ている人たち。
だから、私も私と関わる人達が笑顔でいられるなら……ずっと、脇役でいいや。
沙織「ヴェニフーキさん…?」
ヴェニフーキ「っ、…呼びました?」
沙織「何か、あったのですか…?」
ヴェニフーキ「えっ?」
沙織「その、悲しそうな顔をしていたから…」
ヴェニフーキ「いえ…」
いかん…。
ボコと自分の境遇が何処と無く似ている気がしたせいで、思わず感情移入してしまった。
そのせいで武部さんにいらん心配をかけてしまった。
沙織「…みぽりん」ジトー
みほ「ふぇ!?」
沙織「ヴェニフーキさん困ってるよ…」
みほ「え? え?!」アセアセ
ヴェニフーキ「大丈夫です。西住さんがすごく楽しそうに語ってるので、ボコってどんなアニメなんだろうかと考えていただけですよ」
沙織「そうですか…?」
ヴェニフーキ「ええ」
沙織「あはは。ちょっと安心しました」
ヴェニフーキ「心配して下さってありがとうございます」
沙織「えへへ…」
色んな所に気が行き届くとても優しい人だ。間違いなく良妻賢母になる。
戦車道そのものが『礼節のある淑やかで慎ましく凛々しい婦女子』を育成することを目的にしているのだから、戦車道の終着点はきっと武部さんなのかもしれない。
そう考えると武部さんもまた、私が憧れた王道の一つだ。
華「うふふっ。どのお料理もとっても美味しいです♪」
優花里「五十鈴殿も相変わらずですねぇ」アハハ
華「はい。相変わらずです」フフッ
ヴェニフーキ「料理はたくさんありますので遠慮なくどうぞ」
華「はいっ♪」
沙織「華は少し遠慮した方がいいと思うな…」
麻子「んぅ……」
ヴェニフーキ「ん、体調が優れないのですか?」
麻子「いや…眠い……」
優花里「あはは、冷泉殿は低血圧ですから普段からこんな具合でして」
ルクリリ「何となく分かるなぁ。私も徹夜したときこんな感じだもん」
アッサム「夜は早く寝なさいといつも言っているのに…」
沙織「もー麻子ったら! なにもこんな時まで寝なくたっていいじゃない!」
麻子「…眠いものは仕方ない…………」スピー
ヴェニフーキ「…」
私も最近、朝にめっぽう弱くなったり、頭痛がしたり苛々することが多い。
だから冷泉さんの気持ちも何となく分かる。
そんな低血圧を改善する食べ物と言ったら………
ヴェニフーキ「ケーキはいかがです?」
麻子「ケーキ…?」ムクリ
優花里「わっ、復活したぁ?!」
低血圧には甘いものが良いらしい(本当か…?)から提案してみたら一瞬で回復した。
さすが甘いもの。
…というより冷泉さんが単に甘いもの好きなだけかもしれんが。
ルクリリ「他にもスコーンやプリンといったスイーツ系もありますよ!」
麻子「おぉぉ…ここが天国か…!」パァァ
ルクリリ「あははっ。みんな紅茶を飲むだけにお茶請け作りにも余念も無いんだ。だからスイーツ系も得意分野なの!」ドヤッ
ニルギリ「ルクリリ様は味見しかしていないですよね?」
ローズヒップ「いっぱい味見しておりましたの。羨ましいですの」
ルクリリ「ぐっ…別にいいじゃないかぁ!」
ニルギリ「たまには手伝って下さいよ…」ジトッ
麻子「沙織、私は聖グロで余生を過ごす」
沙織「えーっ!? それじゃ操縦手は誰がするのよー!」
麻子「レオポンのツチヤさんがいる。3年が卒業すれば一人ぼっちだ。仲良くしてやってくれ」
ツチヤ「えっ、ウチがあんこうチームの操縦手やんの!?」
麻子「うむ。ポルシェティーガーを巧みに操作するツチヤさんなら、IV号など屁のカッパだろう」
エミ「今はE-100対空戦車だけどね…」
優花里「IV号も好きですが、E-100対空戦車も捨てがたいですぅ~~」ワシャワシャ
アッサム「改めて見ると大きいですわね…」
ヴェニフーキ「手合わせする側としては、E-100対空戦車よりIV号に乗って頂きたいですけどね」
みほ「あはは。もうすぐIV号の修理が終わるって言ってましたよ」アハハ
エミ「もうすぐこの子ともお別れかぁ…」
ヴェニフーキ「…」
エミ「?」
― もしもし
― ふぇっ!?
― どうしたのよそんなに驚いて…
― あ、あの…えっと…
― ちょっと…みほ?
― ご、ごめんなさい!また次の機会にっ!
そうかあの時電話に出たのはあなたか。急に知らない人の声がするから焦ったぞ。
…だけど試合の時はいなかったような。転校生かな?
ツチヤ「まぁE-100対空戦車はともかく、IV号はポルシェに比べたらねぇ…」
麻子「うむ。E-100は相当な荒くれ者だ。なにより重くて腰に来る」
ツチヤ「だよねぇ。IV号のあとにコレ乗ると絶対重いよ…」
麻子「逆に言えばE-100に乗った後にポルシェティーガーに乗れば幾分か軽く感じるんじゃないだろうか?」
ツチヤ「そうかもしんないね」
ナカジマ「やめといた方がいいよー」ヒョコッ
ホシノ「E-100が電気ストーブになっちゃうよー」モコッ
スズキ「ツチヤはレオポンなのにライオン(ランオン)だからねー」ニョキッ
ツチヤ「んなっ! ここでもソレ言うのかよッ!!」
ワッハハハハハ!!
ホシノ「あ、でもツチヤならIV号カスタマイズしても~っとスゴいのにしてくれるかもよー?」
スズキ「たとえばH型の次の"I型"とかさー」
ヴェニフーキ「確かIは無かったような?」
優花里「ええ、I型は無いですね」
ナカジマ「じゃぁじゃぁ、その次のJ型とか?」
優花里「J型はH型を簡略化したものですし、砲塔旋回が手動になったので、むしろ劣化と言うべきかと…」
ナカジマ・ホシノ・スズキ「あぁー…」
ツチヤ「"あぁー…"じゃねーよ!!」ガァァァ!!
ナカジマ「だってさぁ、やらかしそうだもんツチヤ」
スズキ「うん」
ホシノ「うん」
ナカジマ「うん」
ツチヤ「こォンのやろォォォォォォ!!!!」
ナカジマ「うおっ、ツチヤがまた暴走したぞぉ~!」ワハハハ
ホシノ「逃っげろ~♪」
スズキ「あはははっ♪」
ツチヤ「ヴェニフーキさん! ブラックプリンス貸して!! ポルシェごとアイツら粉ッ々にしてやるッ!!」ガァァ!!
ヴェニフーキ「構いませんが、砲手は?」
ツチヤ「五十鈴さんに任せるよっ! アイツらがどんだけ逃げても五十鈴さんなら当てられっからさぁ!」
華「味方を撃つのはちょっと…」
ツチヤ「だ、だったらブラックプリンスの砲手さん!」
ヴェニフーキ「…」チラッ
モーム(BP砲手)「…」
ヴェニフーキ「『ワシはやらんぞ』と言っております」
ツチヤ「そ、そんなぁ…」ガーン
アハハハハハ!!
エミ「…ちょっと良いかしら?」
ヴェニフーキ「何でしょう?」
エミ「そのブラックプリンスって、もしかして…」
ヴェニフーキ「西呉王子グローナ学園からお借りしたものです」
エミ「マジで?!」
ヴェニフーキ「ええ。隊長のキリマンジァロさん曰く、『是非使ってください』とのことです」
エミ「うぇぇ?! アイツそんな事言ったの?!」
ヴェニフーキ「ええ」
エミ「げぇぇ…」
ヴェニフーキ「?」
聖グロに来てすぐはチャーチル歩兵戦車の砲手をやっていたが、プラウダ高校との練習試合を経て火力不足が気になったので、何か妙案はないかと考えた。
その時にふと西グロこと『西呉王子グローナ学園』のことが脳裏に浮かび、そこでブラックプリンスを借りれまいかと、アールグレイさんに提案してみた。
案の定アールグレイさんは訝しげな反応を示したが、西グロの隊長キリマンジァロさんは『ダージリン様ファンクラブ』とやらのプラチナ会員とのこと(あの女がプラチナ会員ならば、私はさしずめブラック会員といったところだろう)。
そこに目をつけて、強制退学させられて以降自宅待機だったダージリンを、短期留学という形で西グロへ通わせる代わりに、ブラックプリンスを借りるという『取り引き』をした。
プラチナ会員さんにとって願っても無い出来事だろうし、聖グロにとっては火力の増強になる。
そして私自身もアッサムさんやペコが乗る隊長車から距離を置ける(特定されるのを防げる)。
ということで三方各々が得をするものだった。
…だが、問題はブラックプリンスの乗員に、GI6のメンバーが乗るという予想外な出来事が起きたという点。
ランサムさんが操縦手。GI6部長のグリーンさんが装填手。一年生のフレミングさんが通信手。そしてやたら無口なモームさんが砲手
先日の深夜に行われた話し合いでGI6やアッサムさんと"和解"したものの、私が西絹代であるという事は絶対に知られてはならない。
どうしたものか…。
ルクリリ「あはは! やっぱり大洗は面白い人が多いね!」
みほ「ええ、個性的な方が多いですね」
優花里「個性的すぎて対応に困る時もありますけど」アハハ
ルクリリ「まぁ元気だったらウチのローズヒップも負けていないけどね。なっ、ローズヒップ?」
ローズヒップ「ふぁい?」モグモグ
アッサム「こ、こらローズヒップ! 口の中にモノを入れたまま喋ってはいけません!」
ローズヒップ「」ゴックン
エミ「実にいい食べっぷりね…」
ヴェニフーキ「同意です。思わず見とれてしまうほど」
アッサム「あなたも見とれていないでちゃんと指導なさい…!」
ヴェニフーキ「ローズヒップ、お手」
ローズヒップ「はいですの」ポン
アッサム「そうじゃなくて!」
華「ふふ。ローズヒップさんを見ていると、こちらまでお腹が空きますね」
沙織「まだ食べるの?!」
ルクリリ「ほーらローズヒップ、おかわりあるぞー!」
ローズヒップ「いただきまーす!」モゴモゴ
ルクリリ「はい次!」コトッ
ローズヒップ「いふぁだきまふっ!」ムシャムシャ
ルクリリ「はいドンドン」カタン
ローズヒップ「いたぁだきますっ!」ガツガツ
ルクリリ「はい、ジャンジャン♪」カチャッ
ローズヒップ「いただきまぁす!」モシャモシャ
優花里「…どこかで聞いたことがあるような掛け声です」
華「これは"わんこ蕎麦"ですね」
ヴェニフーキ「彼女は犬みたいなので"わんこ"なのかもしれません」
みほ「あはは。ちょっと可愛いかも」
ローズヒップ「いやぁ~、ケーキ美味しゅうございましたですっ!」
ルクリリ「あははっ! いい食べっぷりだったよローズヒップ!」
アッサム「こらっルクリリ! あなたまで一緒になって遊んでどうするのですか!」
ルクリリ「わっ!? すみませ~ん!!」
ローズヒップ「満腹満腹でございますの」ポンポン
アッサム「ローズヒップ…あなたも綺麗にお作法を忘れてしまったのですね……」ハァ...
麻子「こんなにケーキが食べられる聖グロリアーナが羨ましい…」
ニルギリ「今回はこういう機会ですからね…」アハハ
ヴェニフーキ「ちなみに我が校に来たら、髪型をギブソンタックにするという規則があります」
麻子「ギブソンタック?」
アッサム「ありませんわよ。そんなルール」
麻子「ケーキが食べれるならギブソンタックでもモヒカンでも一向に構わない」
沙織「あんたモヒカンにするの?」
麻子「モノの例えだ。モノの」
ヴェニフーキ「ちなみにギブソンタックというのは、そこのおチビみたいな髪型です」
麻子「おチビ…?」
オレンジペコ「むぅ! おチビだなんて失礼ですっ! こう見えても前より伸びましたから!!」
ヴェニフーキ「横に?」
オレンジペコ「た て に!!」
アハハハハ!
沙織「そう言われてみるとペコちゃん前に会った時より少し伸びたかも」
オレンジペコ「ええ、伸びましたとも!」フンス
麻子「背の高いヴェニフーキさんが隣にいるとピンと来ないな…」
オレンジペコ「ぅ…いつかきっと追いつきます…」シュン
ヴェニフーキ「頑張れ」
沙織「にしても、麻子がペコちゃんみたいな髪型にしたらどんな感じなのかなぁ」
麻子「毎朝セットするのが大変そうだな…」
オレンジペコ「慣れてしまえばすぐに出来ちゃいます」
沙織「オレンジペコならぬ"オレンジマコ"ってね!」
オレンジペコ「お、オレンジマコ…」ハハハ..
ニルギリ「やたら語呂が良いですね」
麻子「そうだな、良い名前だ。お礼として沙織、お前には"茶番"というニックネームをやろう」
ヴェニフーキ「…」
沙織「嫌に決まってるでしょ!」
オレンジペコ「ち、茶番…」アハハ..
麻子「しょーもないことばかり言うお前にはピッタリなニックネームだ」
沙織「絶対やぁだぁ!」
優花里「ダージリン殿が後輩に茶番って呼ぶところ、ちょっと見てみたいかもです」
みほ「想像できないなぁ」アハハ
アッサム「ふふっ。ダージリンが後輩にそのような酷いニックネームをつけることはあり得ませんわ」
みほ「ですよね。ダージリンさんは仲間想いな優しい方ですから」
ルクリリ「確かに仲間想いなお方だけど、何処かしら抜けてるというか…天然というか変人
ツネッ!
ルクリリ「あいたっ! な、何で今ツネったの!?」ヒリヒリ
ヴェニフーキ「おイタが過ぎますワヨ」シレッ
オレンジペコ「…ダージリン様のモノマネですか?」
ルクリリ「うぇぇ…」ヒリヒリ
アッサム「概ね同意ですが、指導とはいえ鉄拳制裁は如何なものかと」
― もしも、もしもですよ? 私が聖グロの生徒だとしたら、どの様な名前を頂けるのだろうかと思っただけです
― そうね。紅茶に因んで
― "茶番"なんてどうかしら?
― ………。
呼ぶんだなーそれが。
まさに"しょーもない"私の為にあるような名前だ。
― む。
― そうね。あなただったら ――― ベニフウキなんていかがかしら?
― ベニフウキ?
― 漢字で書くと"紅富貴"。アッサムに近い日本の品種よ。
あのやり取りが無かったらベニフウキから転じた"ヴェニフーキ"なんて偽名は誕生しなかった。
そうだとしたら、私は今頃どんな名前をつけられていたのだろうか…。
ルクリリ「それで、冷泉さんがオレンジマコと名乗るなら、ペコはどうしようか?」
オレンジマコ「どうもなりません」
沙織「モコはどうかな?」
麻子「ネコがいい」
華「動物ならタコとかいかがでしょう?」
エミ「ゲコ」
ヴェニフーキ「セコで」
みほ「ボコ!」
オレンジ●コ「はいぃ?!」ムカッ
優花里「…オコですね」
ヴェニフーキ「怒ってるフリして実は喜んでます。根っからのマゾっ子でして」
オレンジペコ「まっ…! そんなわけないじゃないですかっ!!」
ヴェニフーキ「はいはい。落ち着いて」ナデナデ
ルクリリ「そそ。短気は損気」クシャクシャ
オレンジマコ「ぁぅ…」フニャ
麻子「まさにネコだな」
華「ふふ。オレンジペコさんも先輩に恵まれていますね」
優花里「思わず嫉妬しちゃいそうです」
オレンジペコ「!」ハッ
ルクリリ「お、赤くなってる」ニシシ
オレンジペコ「なってません!!/////」
アハハハハハハ!
大洗(もとい、あんこうチーム)の皆さんとは身長のことでやたら盛り上がった。
本当はこのまま皆さんと雑談を楽しんでいたかったが、あまり溶け込むとそのうちボロが出るので、名残を惜しみつつ一旦席を外すことにした。
~
オレンジペコ「そうですね…映画といえば007は面白かったです」
梓「あっ、聞いたことがある! ジェームズ・ボンドだよね!」
オレンジペコ「はい。イギリスの小説が原作のスパイ映画です」
あゆみ「おー! 先輩たちが好きそうだなぁそういうの」
オレンジペコ「アクション系やミリタリー系が好きな方には好まれます」
桂利奈「あれ? 007ってサイボーグのアニメじゃなかったっけ?」
オレンジペコ「えっ?」
紗希「………」ボー
あや「それは009だよ桂利奈ちゃん」
桂利奈「あ、そうだったー!」
アハハハハハハハ!
ペコは今度はウサギさんチームの人たちと雑談をしているようだ。
ちょっとだけ会話を盗み聞きしてみよう。
先輩に囲まれて活動する事が多い彼女にとって、同い年であるウサギさんチームの皆さんは良いお友達だ。
うちのペコをどうかよろしくお願いします。…と、少しだけ先輩面してみる。
優季「ねぇーねぇー、007ってイギリスの映画だよね?」
オレンジペコ「はい、イギリス映画です」
優季「ということは聖グロの人たちはみんな知ってるのぉ?」
オレンジペコ「うーん、知ってる人もいればそうでもない人もいますね」
あや「へぇー、そうなんだー」
梓「ちょっと意外かも」
オレンジペコ「題材が題材ですから抵抗のある人もいらっしゃいますからね」
優季「そうなんだー」
あゆみ「あとは濡れ場もあるしねー」
桂利奈「濡れ場って?」
ペコ・梓「ぅ…////」カァァ..
どうやら『007』の話題で盛り上がっているようだ。女子高生にしてはなかなか渋い。
かくいう私も007は過去に観たことがある。
あの時はスパイって凄いな格好良いなー。なんて思っていたけど、そんな私が今では身分偽って他校に潜伏するというスパイさながらな行為をしてるから皮肉な話だよ。
あの時の自分に教えてやりたいな。『現実のスパイはジェームズ・ボンドみたいに格好良くはない』ってね。
他人も自分も疑い騙し、常に正体がバレないか冷や冷やしながら毎日を生きている。
実を言うと今この瞬間もボロが出てしまわないかと、神経をピンピンに張り巡らしている。
だから、架空の物語だとわかっていても、どうしても自分と重ね合わせてしまう。
スパイ映画を楽しめない、数少ない内の一人だ。
「まるであなたですね。007」
ヴェニフーキ「彼にしてみれば、私達がやってる事なんて御飯事かと」
「あはは。そう卑屈にならないで下さい」
ヴェニフーキ「…」
もう一人のジェームズ・ボンドこと、GI6部長のグリーンさんが来やってきた。
…ということは他のGI6も近くにいるのだろうかと会場を見回してみたら、三号突撃砲の乗員たちと雑談をしているようだ。
彼女たちは表向きは『小説部』だから話が合うのかもしれない。
ヴェニフーキ「ご用件は?」
グリーン「こういう機会ですから腹の探り合いはナシにして、のんびり雑談でもと思いまして」
ヴェニフーキ「…」
コトッ
グリーン「どうぞ。今回は…というより今回も私の奢りですよ」
ヴェニフーキ「ありがとうございます」
グリーン「…良いですね。戦車道も」
ヴェニフーキ「はい?」
グリーン「今までは隊長の指示の下で情報を集めたりしていたのですが、こうやって自ら参加するのも悪くありません」
ヴェニフーキ「戦車道からは色んなことを学ばされますからね」
グリーン「ええ」
ヴェニフーキ「お嬢様学校でありながら、戦車道にかける各々の情熱は並々ならぬもの。そして戦車道によって家族のような強い結束力が生まれる」
グリーン「全くです。願わくば、もっと早く戦車道と出会いたかった」
ヴェニフーキ「…だから」
グリーン「ん?」
ヴェニフーキ「この中から"裏切り者"を見つけ出すのが、つらいですね」
グリーン「…身内、ですからね」
ヴェニフーキ「これが赤の他人だったらどれだけ良いことか…」
グリーン「我々が手を下す前に名乗り出て頂きたいものですね」
ヴェニフーキ「ダージリン様を叩き落とすような下衆共が簡単に自首するでしょうか」
グリーン「わかりません」
ヴェニフーキ「…」
しばらくグリーンさんと他愛のない話をした。
といっても、やっぱり件の反・聖グロ派や連中に媚びを売る内通者のことばかりだけど。
聖グロに来て、皆と少しずつ交わるようになって、ここが第二の故郷のように感じ始めた。
そして、そんな故郷から"裏切り者"が出る…。
「あの、ヴェニフーキさん…」
ヴェニフーキ「…ん?」
「そ、その…お隣、いいですか?」
ヴェニフーキ「ああ。立ち話も何ですからテーブルに移動しましょう」
沙織「あ、ありがとうございます…!」
グリーン「おっと、では私はここで。長話に付き合って下さってありがとうございます」
ヴェニフーキ「こちらこそ。色々とお話ありがとうございました」
「…」
グリーンさんの次は武部さんがいらっしゃった。
今日は色んな人に話しかけられる。
交流会だからというのもあるかもしれないけど。
沙織「あ、あの…」
ヴェニフーキ「はい。何でしょう?」
沙織「その、聖グロリアーナでの生活は慣れましたか…?」
ヴェニフーキ「ええ。皆様が親切にしてくれるお陰で、打ち解けることが出来ましたよ」
沙織「そ、そうですか。良かった…!」
ヴェニフーキ「もしかして、心配して下さってたのですか?」
沙織「えっ? ええ…その、ちょっと聖グロにはいなかったタイプの人でしたから…」エヘヘ
ヴェニフーキ「聖グロにいないタイプ…?」
沙織「何と言うか…こう、聖グロってお嬢様! って印象がありますよね?」
ヴェニフーキ「ええ」
沙織「その中でヴェニフーキさんは……クールビューティー? っていうのかな?」
ヴェニフーキ「クールビューティー…」
沙織「ノンナさんやナオミさんみたいな冷静沈着な感じで……あっ、ごめんなさい。ノンナさんというのはプラウダ高校の…」
ヴェニフーキ「お二人ともよく知っていますよ。有名な砲手ですですよね」
沙織「はい…!」
ヴェニフーキ「まぁ…確かに最初はアッサム様を含め、皆に怖がられていました」
ヴェニフーキ「けれど、日が経つにつれて少しずつ私に接して下さるようになりました」
沙織「ですよね! ヴェニフーキさん知的だし戦車詳しくて優しいから、皆に頼られるお姉さんって感じですもん!」
ヴェニフーキ「恐縮です」
「ヴェニフーキ様」
ヴェニフーキ「ん…ペコ?」
オレンジペコ「紅茶のおかわりはいかがでしょう?」
ヴェニフーキ「ああ。…武部さんもいかがでしょう?」
沙織「そ、そうですね。お願いします」
オレンジペコ「かしこまりました」コポコポ
沙織「ありがとうペコちゃん」
オレンジペコ「どういたしましてです。…ところで、どんなことをお話されてたのですか?」
沙織「ヴェニフーキさんが転校してから生活に慣れたかな~ってね」
オレンジペコ「大丈夫ですよ。ヴェニフーキ様は表情こそあまり変えませんが、色々と気を遣って下さるとっても優しい方ですから」
沙織「うん。クールで、その…カッコ良いです…!」
ヴェニフーキ「恐縮です」
ふたりとも持ち上げすぎだ。
気を遣ってるのも"クール"なのも、いらんことを喋ると正体がバレるから自重しているだけ。
自分を偽っているだけなんだ。元の"西絹代"はこの5倍は喋るやかましい女だよ。
オレンジペコ「それにヴェニフーキ様って意外にイタズラ好きですし」
沙織「えっ!? そうなんですか!?」
ヴェニフーキ「誤解です」
オレンジペコ「誤解じゃありませんもん」
ヴェニフーキ「強いて言うならば、誰かさんのポケットにカエルの模型を放り込むくらいです」
オレンジペコ「アレやったのヴェニフーキ様ですかっ!!?」
ヴェニフーキ「いい反応でしたね。しみじみ」
沙織「あはははっ」
オレンジペコ「わ、笑い事ではありません! 本当にビックリしたんですからねっ!」
沙織「あ…そうだ」
ヴェニフーキ「何でしょう?」
沙織「ありがとうございました」ペコリ
ヴェニフーキ「えっ?」
沙織「みぽりんから聞きました。決勝戦のこと」
ヴェニフーキ「ああ…」
オレンジペコ「私も驚きました。あの完全試合はヴェニフーキ様の助言によるものだったなんて…」
沙織「うん。私もビックリだったよ。でもそのお陰で私達優勝できたからね!」
ヴェニフーキ「お役に立てたのでしたら光栄です」
沙織「う、うん…!」
…どうしたんだろう?
急に俯いてしまわれた
ヴェニフーキ「武部さん?」
沙織「ふぁいっ?!」
ヴェニフーキ「もしかして、体調が優れないのですか?」
沙織「い、いえそんなことは…!」アセアセ
ヴェニフーキ「…」
ピタッ
沙織「ひゃうっ!!?」
ヴェニフーキ「…熱は無さそうですね」
沙織「は…はいぃ………」
オレンジペコ「…ヴェニフーキ様」
ヴェニフーキ「ん…?」
その後も皆が皆、雑談に花を咲かせたり料理に舌を打ったりして祝賀会を満喫していた。
一旦距離をおいてた(にも関わらず色んな人に話しかけられる…)私も小腹が空いてきたのでそばにあった『ジェリードイール』という料理を食べてみた。
余談だけど、知波単にいた頃は和食以外の料理を食べることは無く、ここに来て久々に"洋食"とやらを味わう機会を得られた。
当然ながらナイフやフォークの使い方も知らず、テーブルマナーについてはダージリンやアールグレイさん直々の指導の下で身につけた。
『箸を持参してもいいですか?』と言えば『何のために聖グロに行くの…』と呆れられる始末だ。
何のためって、食事をしに行くわけじゃないんだぞ!
ヴェニフーキ「………っぐ…!?」
ローズヒップ「およ? どうされましたの?」
ヴェニフーキ「ぐ………」
ローズヒップ「…ヴェニフーキ様???」
ヴェニフーキ「」
ローズヒップ「げぇっ!? ウナギのゼリー寄せですのっ!!」
ヴェニフーキ「」
『ジェリードイール』が何か知らず興味本位で食べたのがいけなかった…。
口に入れた瞬間、泥臭さと生魚特有の生臭さが広がり、吐き出したい衝動に駆られる。
かといって公衆の面前で吐くわけにもいかんので、必死に飲み込もうとする。
だが、一秒でも早く飲み込もうと噛み砕けば小骨が口内に刺さるし、生臭くてヌルヌルしたゼリーが暴れまわる。
口の中で戦でも始まったような阿鼻叫喚っぷりには思わず涙が出そうになる。
い、一体何なんだこのゲテモノは!!
そしてこんなものを大洗の皆さんに食わすつもりか聖グロは!!!
~~~
~~~
「……フゥ…」
…死ぬかと思った。
持ち前の気合と根性でなんとか奴さんを飲み込んだが、あやうく"素"が出るほど酷い代物だった…。
生まれてこの方様々な料理を食べてきたが、あのような破壊力のある料理は初めてだ。納豆とかクサヤとかの比じゃない。
口の中に清涼剤を詰め込んでようやく持ち直した。…もう当分食べたくない。
ヤツのおかげで気分が悪くなったので、今はこうして会場から離れた場所で風に当たって涼んでいる。
頭が痛い…。
「あっ! ヴェニフーキさん!」
ヴェニフーキ「!」
「あはは…その、姿が見えなかったので探しちゃいました」
ヴェニフーキ「…私を?」
「うん…」
ヴェニフーキ「お心遣い感謝致します。武部さん」
沙織「えへへ…」
会場にいないことを察したのか、武部さんが心配して探してくれた。
こんな私にまで気を遣って下さるなんて、本当に優しい方だ。
彼女を先輩に持つ大洗の1年生は本当に幸せだろうな。
沙織「でも、やっぱり気分悪そうですね…」
ヴェニフーキ「実は先ほど、ジェリードイールという料理を食べたのですが、口に合わなかったようで」
沙織「それって魚の切り身が入ったゼリーみたいなのですか?」
ヴェニフーキ「ええ」
沙織「やっぱり…。みぽりんもそれ食べたら涙目になっちゃって……あっ、みぽりんというのは私達の隊長で…」
ヴェニフーキ「心得ております。西住さんですよね」
沙織「うん。ひと口食べたら白目向いちゃって、ポロポロ涙流しながら必死に飲み込んでました…」アハハ
ヴェニフーキ「心中察します。私も初めて食べた時は気を失いそうでした」
沙織「あはは、そうなんですか」
その初めてというのは、ほんの数分前の話。
誰の仕業か知らんが、何の注意も無しにあんな下手物を場に出しおって。
しかも西住さんまで人柱にしやがって!
訴えられても知らんからな。
沙織「…」
ヴェニフーキ「…」
沙織「すっかり…寒くなりましたね…?」
ヴェニフーキ「そうですね。もうすぐ今年も終わります」
沙織「年が明けたら先輩も引退して、今度は私達が3年になって…」
ヴェニフーキ「ええ」
沙織「ちょっと寂しいなぁ…って」
ヴェニフーキ「…」
そうだ。もうすぐ三年生は卒業してしまう。
お世話になった先輩も、試合でご一緒した他校の方々も。
カチューシャさん、ノンナさん、ケイさん、ナオミさん、まほさん、アッサムさん、
そして、ダージリンも…
寂しいな。
卒業後もどこかで会えないかな…。
沙織「聖グロは来年からはどうされるんですか?」
ヴェニフーキ「三年生が引退されるので、我々の中から隊長と副隊長が選ばれるかと思われます」
沙織「ヴェニフーキさんが隊長じゃないんですか?」
ヴェニフーキ「えっ?」
沙織「あれ? てっきり…」
ヴェニフーキ「どうでしょう」
沙織「私がもしも、聖グロの三年生の人だったら…ヴェニフーキさんを推薦します!」
ヴェニフーキ「私を?」
沙織「ええ。私達に的確な助言をしてくれるほど優れた能力を持ってますし」
ヴェニフーキ「…」
沙織「それに…とっても仲間思いで優しくて、素敵な方ですから…」
ヴェニフーキ「ありがとうございます」
沙織「だけど…どうして…」
ヴェニフーキ「ん?」
沙織「どうして…ヴェニフーキさんは…」
沙織「いつも悲しそうな顔をしてるんですか………?」
ヴェニフーキ「…!」
沙織「…今にも泣き出しそうな…そんな悲しい表情………」
ヴェニフーキ「そう見えますか?」
沙織「うん…」
怯えられたり、心配されたり。
私の顔は皆にはどの様に映っているのだろう…。
ヴェニフーキ「それは恐らく…人それぞれだと思います」
沙織「人それぞれ…?」
ヴェニフーキ「私を見てものすごく怯えた人がいました」
ヴェニフーキ「また別の人は私を見て"間抜け面"と言う」
沙織「間抜けだなんてそんな…」
ヴェニフーキ「そして武部さんは悲しそうな顔と仰った」
沙織「…」
ヴェニフーキ「その人の感性が反映されているのかもしれませんね」
沙織「で、でもっ! 私は…ヴェニフーキさん好きですよ! 優しくて仲間思いですし…!」
ヴェニフーキ「私も武部さんのような方は好きです。世界中の人がみんな武部さんのようになればいいと思うほどに」
沙織「!」
決してお世辞なんかじゃない。
本当に世界中の人間が武部さんのようになって欲しい。
そうだったら私はこんな真似をすることも無かった。
きっとダージリンも退学することなく今ごろパーティー会場の中心にいたに違いない。
沙織「あ、あの…、ヴェニフーキさん…」
ヴェニフーキ「何でしょう?」
沙織「………」
ヴェニフーキ「どうされました?」
沙織「その………」
沙織「…好きな人って、いますか……?」
ヴェニフーキ「えっ?」
沙織「き、急に変なこと聞いてごめんなさい…!」
ヴェニフーキ「好きな人…ですか」
沙織「ええ…」
ヴェニフーキ「たくさんいます」
沙織「たくさん……?」
ヴェニフーキ「聖グロの皆や、大洗を始め、お世話になってる人たちですね」
沙織「あのっ! …そ、その……恋愛としての好きな人は?」
ヴェニフーキ「恋愛…?」
沙織「も、もしいないのでしたら…その…」
っ…!
武部さん………!?
沙織「私と、付き合ってください………………!!」
ヴェニフーキ「武部…さん………?」
沙織「…お会いしてそんなに長くはないけど……」
沙織「一目惚れ…でした…」
沙織「ヴェニフーキさんのことが好きです」
どうして………?
どうしてこんな私なんかを…
私には………
ヴェニフーキ「………申し訳、ありません…」
沙織「えっ………」
ヴェニフーキ「…私にはもう、心が通じ合う人がいます」
沙織「…………」
ヴェニフーキ「ごめんなさい…」
沙織「………」
沙織「…………そう…だったんですね」
沙織「……私の方こそ……ごめんなさい」
謝らないといけないのは私の方です。
本当に、ごめんなさい。
私にはもう、守らないといけない人がいます。
今こうやって、姿や名前を偽ってここにいるのも、全部その人の為。
だから武部さんのお気持ちに応えることは出来ない。
それでも、こんな愚か者に好意を寄せて下さって、本当にありがとう。
とても嬉しかった………。
~~~
「どうでしたか?」
「…あはは…好きな人がいるって………」
「…そうか…まぁ…他を探そう。沙織…」
「そだね…あははっ……っ…」
「先輩…次がありますよぉ…」
「うん…そうだよ……ね………」
「…ヴェニフーキ
「いっ、いいのいいの!」
離れた場所から武部さんたちの会話が聞こえる。
辛い。
武部さんの想いを踏み躙ったことが辛い…。
私にはもう決めた人がいるから、その人を押し退けて他の誰かを好きになることなんて無い。
だから、武部さんの気持ちに応えることはできなかった…。
武部さんに出来るせめてもの罪滅ぼしとして、私は会場を後にした。
少しでも彼女の心の傷を抉らないように。
私はもう、そこにいるだけで彼女を傷つけてしまうから…。
誰よりも明るくて、誰よりも優しい武部さんの想いを私は抉ってしまった。
私のせいで………
【聖グロリアーナ学生寮 廊下】
ヴェニフーキ「ッぐ………グゥゥ………!」
「ヴェニフーキさん? だ、大丈夫ですの…?」
ヴェニフーキ「ダ…イ…ジョウブ…」
「フラフラですわよ! 何方が見ても異常ですの!」
「早くお医者様を…!」
ヴェニフーキ「……いい…」
「…ですが」
ヴェニフーキ「……しつこいなァ………!」ギロッ
「ひッ!?」
ヴェニフーキ「………私のことなんて……放っといてくれッ!!!」
反・聖グロ派や内通者に対する怒り
武部さんへの罪悪感
ダージリンを助けられないまま時間が経つことへの焦り
姿を偽ってることへの嫌悪、プレッシャー、不安
私という存在への憎悪
色んなものが頭の中へ出ては入ってを繰り返す。
私が壊れたあの日のように頭の中でグチャグチャとかき混ぜられる。
頭が痛い。どうかなってしまいそうだ……。
あの時は薬を飲んで誤魔化していたけれど、ダージリンと約束したからもう薬は無い。
だからひたすら耐えるしかない………。
だけど、今日はもう頑張れそうにない。
だから休もう…。
ベッドに入って…ダージリンに電話して
「おやすみなさい」って言って…
そして…そして…そのまま眠りにつこう。
そうすれば明日からまた…きっと、頑張れるから………。
早く…ダージリンに会いたい…
ダージリン………
『--様です』
部屋へ戻る途中、誰かの話し声が聞こえた。
そしてその人は"ヴェニフーキ"と呼んだ気がする…。
誰か私の事でも話しているのか?
ここへ来てからと言うもの、私は揉め事ばかり起こしてきたし、皆からの評価は散々だろう…。
本当ならもうこれ以上余計なことを考えずにいたかった。
だけど、私の名前を出されたせいで会話の内容が気になってしまった。浅ましい…。
だから、その会話に聞き耳を立てた。
そして、
「はい…アッサム様ではなく…ヴェニフーキ様です」
「そうです。ブラックプリンスを導入すると提案した方です」
「…いえいえ。こちらこそ」
オレンジペコ「ええ。OG会の皆様にはこれからも…えへへ………」
見つけたよ。内通者。
オレンジペコ「ええ。この事は誰にも…はい…」
オレンジペコ「ですので…どうか、よろしくお願いします」
オレンジペコ「…はい。私の方からも…」
オレンジペコ「ええ。クルセイダー会やマチルダ会の皆様にもよろしくお伝え下さい」
オレンジペコ「…では、失礼します」
ヴェニフーキ「…そういうことだったんだね………」
オレンジペコ「ひッ!!?」
ヴェニフーキ「…やっと見つけた…"内通者"……」
オレンジペコ「べ、ヴェニフーキ様…!?」
ヴェニフーキ「…OG会の人、何て言ってた………?」
オレンジペコ「ち、違う…違うんです…は、放してください!」
ヴェニフーキ「私の事…何と言った?」
オレンジペコ「…やめて…放して…!!」
ヴェニフーキ「何て、報告した…?」
オレンジペコ「だ、大丈夫ですっ! お、OG会の方……怒ってませんでしたので……ですから…!」
西/ヴェニフーキ「…"ペコ太郎"」
― ペコ太郎があまりに面白くてついつい
― ぺ、ペコ太郎…
― あはは。他にもラーメンペコとかペコ煎餅とかペコ饅頭とかクールペコとか
― ラーメンペコ…美味しそうね
― ダージリン様も悪ノリしないで下さい
― あはは。ペコさんのあだ名は色々浮かび上がるので、また面白いの出来上がったら発表しますぞ
― 結構です。西さんが名前を悪用するなら私も悪用しますもんね
― あはは。どんなのが出来るか楽しみですなぁ。"絹おねーちゃん"とか大歓迎ですぞ!
― 呼 び ま せ ん
オレンジペコ「えっ………」
西「信じてたのに………」
オレンジペコ「っ!!」
西「…アッサムさんか、他の人だって思ってた…」
西「ペコ太郎は、絶対ありえないって思ってた……」
西「OG会と共謀して、ダージリンを追い出したのは別の誰かだって」
オレンジペコ「う、うそ…うそ…そんな………!」
あの時と同じ。
病院でペコに牙を剥くことから始まって、
聖グロでペコに牙を剥いて終わる………
オレンジペコ「違うんです…ヴェニフーキ様、ヴェニフーキ様! 私は…!」
西「…裏切り者め………」
オレンジペコ「お、お願いです…信じてください………!」
西「どう信じろっていうのさ…私やダージリンを裏切ったあんたを……」
オレンジペコ「ち、ちがうんです! ヴェニフーキさま…私は…そんな」
西「あの時のこと、覚えてるな…?」
オレンジペコ「あのとき…?」
西「病室で、ダージリンが退学したって教えてくれた日」
オレンジペコ「!!!」
オレンジペコ「ヴェニフーキさま? …えっ…えぇぇぇぇぇ!!!?」
西「もう私が"ヴェニフーキじゃない"って、わかってるはずだよね…?」
オレンジペコ「うそ……うそ………き、絹代さま……!?」
西「…」
オレンジペコ「……ぁ…ぁ……いやぁぁぁ……!」
西「どうしても許せなかった…ダージリンを"潰した"OG会が……」
西「そしてそいつらに尻尾振るクズが」
西「だから、誰が犯人なのか突き止めたかった」
オレンジペコ「違うんです…これには……わっ、私は……!」
西「聖グロに来て、OG会と繋がる"内通者"を探した」
西「そしたら」
西「あんただった…」
聖グロ内部に裏切り者がいるんだから、犯人は私と関わる聖グロの誰か。
そんなことは最初からわかってた。わかっていたさ…。
一日でも早く裏切り者を捕まえたいと思う一方で
その日が来ないことを願った。
こんな私に親身に接してくれた人を、心の底から憎む日が来るのを。
それが嫌だったから、なるべく聖グロの人たちと距離を置こうとした。
無愛想で根暗で無機質な雰囲気を纏って誰も寄せ付けないようにした。
そうすれば誰が裏切り者だったとしても私は容赦しなくても済むから。
なのに、皆は私を案じて世話を焼く。部外者なのに。偽物の転校生なのに。
だからいつか、その日が来ることが怖かった。
私なんかにお節介を焼く優しい人を私は攻撃しないといけないから。
でも…
よりにもよってペコ、あんたなの………?
オレンジペコ「ま、待って絹代さm
西「来るなッ!!」
オレンジペコ「っ!!」
オレンジペコ「…き、聞いてください…お願い……!」
西「聞いたところでどう信じろって言うんだ?」
オレンジペコ「っ…!」
西「何を言ってももう無理。あんたのことなんて信用できない」
オレンジペコ「そ……そんな………」
西「私達があんたに何した………」
西「私達に何の恨みがあるって言うんだッ!!!」
オレンジペコ「お、お願いします!! 何でもしますからっ!!」
西「じゃぁ、もう私の前に現れないで」
オレンジペコ「えっ………」
西「あんたのせいで私もダージリンも死ぬほど苦しんだ」
オレンジペコ「そんな…!」
西「もうあんたの顔なんて見たくない……吐き気がする」
西「…だから、消えてくれ」
妹のように可愛がっていたペコも、今では嬲り殺してやりたいほど憎い。
どうやったらこの女を少しでも傷つける事は出来るか、どうすれば最大級に苦しめることは出来るか。
私やダージリンが味わった苦痛を、どうやったらこの女に刻み込めるか。
脳裏に浮かぶのはそればかり。
オレンジペコ「…ヒッグ…ゥッ………」
西「あんたは良いさ。そうやって泣けばいい…」
西「そしたらOG会が助けてくれる」
オレンジペコ「……ひどいよ……絹代様…︙…」
西「あんたの大嫌いな私も"退学"する。ダージリンみたいに」
オレンジペコ「…そんなこと…言わないでよ………」
西「OG会に媚びてる限り、あんたを責める人はいない」
西「だから、あんたは
オレンジペコ「私のこと何も知らないのにッ!!!」
西「なんだと?」ギロッ
オレンジペコ「ッ! …わ、私だって好きでこんな事やってませんっ!!!」
オレンジペコ「大好きなダージリン様や絹代様をこんな目に遭わせて!! それでも平然といろなんて言われて!!」
オレンジペコ「でも逆らったら何もかもオシマイだからずっと!!!」
西「なに…?」
オレンジペコ「………ずっと………皆にウソついてた…………」
あれ?
西「………は???」
オレンジペコ「私が……OG会に逆らったら………」
オレンジペコ「…お家が……壊れちゃうから………」
…あれ?
オレンジペコ「……OG会には逆らえない……絶対……」
オレンジペコ「…そんなことしたら……お父さんの会社、潰されちゃう…」
西「…」
オレンジペコ「そしたら…学校にも行けなくなるし…生活も出来なくなっちゃう………」
………あれ?
オレンジペコ「だから…」
西「自業自得。クズに手を貸せばそいつもクズだ」
オレンジペコ「だから………」
オレンジペコ「あの時、 "助けて" って」
西「………」
オレンジペコ「……でも…もう無理だよね………ごめんなさい………」
オレンジペコ「さようなら。絹代さん。…お世話になりました………」
あれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれ????????
西「…待て」
オレンジペコ「…」
西「それ、本当なんだろうね…?」
オレンジペコ「……うん…」
西「…証拠は?」
オレンジペコ「これ…お父さんの会社…」
西「…」
オレンジペコ「OG会が…お父様の会社の株を買い占めて…」
西「…」
オレンジペコ「私が下手なことをすれば、それを暴力団に売却するって…」
オレンジペコ「そしたら生活出来なくなって、学校にもいけないし、家族がバラバラになるって…」
オレンジペコ「だから私…守らなくちゃって……」
西「…その割には随分平然と過ごしていたよね?」
オレンジペコ「"バレたらどうなるかわかるよね?"…って………ううっ………!!」
西「あははははは」
オレンジペコ「…絹代様…?」
もうだめだ。
「あーっはははははははっはっはははははははっはははははっっははははっっはっっははっっはっはははっっははっっははははははははっはっははははっはっはっっはっははっはっっはは!!!!!!!!!!!!!」
「っ!!」
負けたよ負け! 参りましたぁ! 完敗ッ!!
私なんかよりお前たちのほうがずぅーーーーっと邪道だ!!
なんせダージリンを退学にさせただけじゃなく、傍にいたペコにまで片棒を担がせたんだ!!
「き、絹代様!? 落ち着いて下さい!! 落ち着いて!!!!」
当然、本人は嫌がったはずだ! 猛反対した!!
だけど家族を人質にすりゃ嫌ですなんて言えんよなぁ!!?
だから退学してからその日までずーーーっとお前たちの奴隷になった!!
「誰か!! 誰かいませんか!! 助けてください!!」
「ペコ…? どうしたの?」
「き、ヴェニフーキ様がぁ…」
「ヴェニフーキさん? ………!!」
しかも悪事がバレぬように何事もなく"平然としてろ"って命令した!!
だから誰ひとりペコがそんなことを抱えてるなんて知らんわけだ!!
ペコが独り苦しんで、誰もそれに気付かず、そしてお前たちは笑い続けるッ!!
羽もぎ取ったスズメを足で転がすように!!
あはははははははははははは!!! ってなァ!!
「なっ! 落ち着いて! ヴェニフーキさん!!」
「ヴェニフーキ!!」
「あはははははははははは!! あーっはっっははははははははっはあっっははっはははははっはっっは!!!!!!!!」
「どうしちゃったんですかヴェニフーキさん?!!!」
「いいからヴェニフーキを押さえて!! 早くッ!!!」
完璧だ! 完璧な邪道だ!!!
お前たち何処で何を食えばそんな邪道になれるんだ?!
教えてくれ!! 同じ邪道"初心者"の私にッ!!!!!
~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~
「ぅ……………」
「…目が覚めたようね?」
「…」
「過度の寝不足やストレスが原因で、今まで溜まってた不満が一気に爆発したのよ」
「…」
「聞いた話だと貴女は一人で色々抱え込んでるそうだから、もう少し周りを頼るなりして負担を減らしたほうが良いわ」
「…」
「それじゃ、私は保健室に戻るから、ゆっくり休んで頂戴」
西「………」
ここは………私の部屋?
コンコン
西「…」
『私です。入りますよ…?』
西「…」
頭がボンヤリする…。
私はまたあの時のように発狂して皆に取り押さえられて
また精神安定剤を打たれた。
あの時と全く同じだ…。
……畜生。
ガチャ
西「…」
オレンジペコ「…」
西「…」
オレンジペコ「絹代様…気分、落ち着きました…?」
西「…」
オレンジペコ「…絹代様?」
西「………悪かった」
オレンジペコ「えっ…?」
西「…ペコが、そんな目にあってるなんて知らなかった。………ごめん」
私やダージリンと同じように、いや、私達以上にペコは苦しんでいた。
奴らの言いなりになって、先輩であるダージリンを陥れるしかなかった。
誰にも相談できず、ただ笑顔を偽って罪を背負い続けるしかなかったんだ…。
『私達に強力しろ。でなければお前の家を崩壊させる』
そう脅されて、一高校生ごときにどう抵抗しろという…。
その日からペコは反・聖グロ派に首輪をかけられ、奴らの工作に強制的に参加させられた。
工作が終わってからも黙秘を強いられ、誰にも助けを求められずただ一人、罪を背負い続けた…。
だからあの時、ペコは私のところに来た。
聖グロではなく、外部の人間である私のところに…。
そして、『助けて』って………。
私が心の底から憎んだ"内通者"もまた、私と同じだった。
オレンジペコ「…許してあげません」
西「…じゃぁもう良いですよ。……一生許してくれなくても…」
オレンジペコ「むぅ…。普段の絹代様だったら"許してくださーい! 何でもしますからッ!"って言うのに…」
腕に打たれた薬のせいで許しを乞う気力も沸かない。
ベッドに仰向けになって、天井を眺めて返事をするので精一杯だ。
西「"普段の絹代様"なんてもう何処にもいない。とうの昔に死んだ」
オレンジペコ「縁起の悪いこと言わないでください…」
西「それに私は許されないことを沢山してきた。今さら許しを請う方がおかしい」
オレンジペコ「そんな事ないですよ…。絹代様は聖グロリアーナや私達の為に一生懸命頑張ってました」
西「憎い奴、気に食わない奴を叩き潰したかっただけ」
オレンジペコ「むぅ。ダージリン様はともかく、絹代様を不幸にさせるはずなんて無いのに…」
西「何故"私"なんですか…」
オレンジペコ「…好きだったからですよ。絹代様のこと…」
西「私には
オレンジペコ「知ってますよ。ダージリン様にゾッコンですもんね」
西「………」
オレンジペコ「だからあのとき、武部さんをお断りしたんですよね?」
西「…だったら」
オレンジペコ「ええ、私は他の人を探します。絹代様なんかよりもず~っと素敵な人を!」
西「ひどい言われよう…」
オレンジペコ「お互い様です」
西「私に抱きついて言うセリフじゃないですよね。それ」
オレンジペコ「…今だけはこうさせて下さい…じゃないともう頭おかしくなっちゃいます………」
西「…」
私は頭がおかしくなったけど。
本当に死ぬんじゃないかと思うくらいだった。あの時と同じように…。
だけど、ペコは自分の意志で奴らに加担していたわけじゃないと知って
"そうせざるを得ない理由があった"と知って、肩の力…というより身体全体の力が抜けた。
…違うか。精神安定剤の効果だろうな。
いずれにせよ私は憎む相手を失った。
やり場のない怒りはいつの間にか虚無感に変わって私に襲いかかる。
グニャグニャと視界がぼやけ、ベッドにヘナヘナと倒れ込む。
…もう動けない。
そんな私の隣にはどういうわけかペコがいる。
散々傷だらけにしたにもかかわらず、ベッドに仰向けの私に抱きついて顔を埋めている。
…念のため言うと、この子が勝手にへばりついているだけ。
オレンジペコ「…ダージリン様とは今もお付き合いを?」
西「…ええ」
オレンジペコ「キス、しました…?」
西「………した」
オレンジペコ「…その先も…ですか?」
西「…その先?」
オレンジペコ「その先はその先ですよ」
西「何のことか判らないから答えようが無いです」
オレンジペコ「…オトナな事です」
西「…」
オレンジペコ「そうですか」
西「…まだ何も言ってないですけど?」
オレンジペコ「沈黙は肯定と捉えます」
西「…もうそういう事でいいよ」
オレンジペコ「…ふふっ。絹代様は色男ですもんね」
西「人を不設楽みたいに言わないで下さい。…あと私は男じゃない」
オレンジペコ「でも男の子みたいなところありますし」
西「どこに男要素があるんですか…」
オレンジペコ「大雑把なところとか」
西「女でも大雑把な人いるじゃないですか。…ルクリリさんとか」
オレンジペコ「ルクリリ様が聞いたら怒りますよ」
西「怒ったら怒り返せばいい」
オレンジペコ「それ、"逆ギレ"って言うんですよ」
西「はは…」
オレンジペコ「あとはボーイッシュなところですとか」
西「…」
オレンジペコ「一年生にも絹代様に好意寄せている人、結構いますしね」
オレンジペコ「密かにファンクラブなんかも出来ちゃってます。ご存知でした?」
西「知らない。…それに、そのファンクラブは"ヴェニフーキ"っていう赤の他人です。私じゃない」
オレンジペコ「ヴェニフーキ様は私にも優しくして下さいました。でも、絹代様は…助平ですね。男の人みたいに」
西「色恋沙汰を覗き見したがる人に言われたくないですねハレンチペコ。…いや、もうスケベコでいいや」
オレンジペコ「むぅ、それ酷いです…」
西「よく似合ってますよ。なにせ私の部屋に盗聴器仕掛けるんですから」
オレンジペコ「ちっ、違います…!」
西「盗聴して何を知りたかったんです?」
オレンジペコ「それは…その…OG会の人から"アイツは怪しいから徹底的に調べ上げろ"って渡されて………」
西「………」
オレンジペコ「で、ですから私はそんなつもりじゃ…!」
西「本当に、それだけなんですかね…」
オレンジペコ「ど、どういう意味ですか?」
西「私の私生活を覗こうとしたかったのでは?」
オレンジペコ「そ、そんなことは…!」
西「…どうだか」
オレンジペコ「…絹代様、だいぶ変わっちゃいましたね…」
西「こんなこと続けてたら誰だって心病んで性根も腐りますよ」
ペコの言う通りだ。どんどん性格が歪んできているのが自分でもわかる。
あの日、ダージリンが退学させられたと知った日も性格…人格が壊れていると実感したけど、その時以上に壊れてきている…。
オレンジペコ「目つきも悪くなっちゃいましたし、まるで別人です」
西「実際"別人"になってここに来ているわけですからね」
オレンジペコ「…今でも信じられないです。ヴェニフーキ様の正体が絹代様だなんて…」
西「あはははは。ダージリンやアッサムさんも気づかなかった程ですからね」
オレンジペコ「声真似だけでなく変装まで特技になっちゃったんですか…」
西「この変装は私がやったんじゃない。アールグレイさん」
オレンジペコ「そうなんですか」
西「…で」
オレンジペコ「で…?」
西「ペコ太郎に首輪はめた畜生連中について」
オレンジペコ「えっと…それは………」
そう。ペコがどういう意図で加担していたにせよ、"内通者"として奴らとは繋がっている。
だからペコから奴らの情報を引き出して、それをアールグレイさんに伝えれば私の役目は終わる………。
「なるほど。あなたがウワサの"ヴェニフーキ"ね」
………はずだった。
「初めまして転校生さん。我が校での学園生活は充実しているかしら?」
西「………」
オレンジペコ「…ぁ…ぁぁぁ………!」
ヴェニフーキ/西「…失礼ですが、どちら様で?」
わざわざ自己紹介なんてしてくれなくともわかる。こいつが"黒幕"だ。
こいつがダージリンを退学させたクズだ。
本来なら飛びかかって喉笛を噛み千切るほど憎い相手だけど、薬が回っているせいで何の感情も沸かない。
こんな状態では意味が無いかもしれないけど、一応"ヴェニフーキ"としてお相手する。
起き上がろうともせず、ベッドに仰向けになったまま。
「あら。OGの顔を知らないなんて残念ね…」
ヴェニフーキ「一言にOGと言えど、大勢いらっしゃいますので」
OG「仰る通り。でも、自己紹介の必要は無さそうね」
ヴェニフーキ「…?」
OG「ご苦労様。オレンジペコ」
オレンジペコ「はい………!」
ヴェニフーキ「ペコ?」
オレンジペコ「………」
OG「感謝するわオレンジペコ。あなたのお陰でまた一人、不良生徒を見つけることが出来た」
ヴェニフーキ「…」
OG「私、見てしまったわ。自室に後輩を呼び出して淫らな行為をするあなたを」
ヴェニフーキ「…」
OG「オレンジペコ、彼女に何をされたの?」
オレンジペコ「………押さえ付けられて…そのまま………服を………」
ヴェニフーキ「………」
OG「そう。可哀想に…。もういいわよ。彼女には素行不良として本日付けで学園を去ってもらうから、あなたは心配しなくても良いのよ?」
オレンジペコ「………はい………安心です………」
ヴェニフーキ「………」
OG「そういうことだから。出ていってもらうわ」
ヴェニフーキ「…嫌だと言ったら?」
OG「嫌とは言わせないわよ?」
ヴェニフーキ「生憎、今は起き上がる気力すらありませんので」
OG「その点なら心配ないわ」
ヴェニフーキ「?」
ザッ....
黒服「…」
ヴェニフーキ「力づく…と?」
OG「手荒な真似はしたくないけれど、あなたがどうしてもと言うのであれば…ねぇ?」
ヴェニフーキ「………わかりました」
OG「話が早くて助かるわ。なら速やかに
ヴェニフーキ「ただ…」
OG「なに?」
ヴェニフーキ「先日、アッサム様に私物を没収されてしまったので、それを回収したいです」
OG「私物?」
ヴェニフーキ「パソコンや携帯電話を使う関係で、コンセントが1つでは足りず、増設するために買ったものです」
OG「あら? この部屋にはパソコンなんて無いわよ?」
ヴェニフーキ「"夜更かしをするな"という理由でアッサム様に没収されました。もっともパソコンは学校支給なので問題ありませんが」
OG「良いわ。それはどこにあるのかしら?」
ヴェニフーキ「隊長室です」
OG「なら隊長室に案内してくれるかしら。部外者さん」
ヴェニフーキ「…」
こんなヤツのために体を動かすのは面倒くさい。
だけど、ここで動かないと、もうこのクズを捕らえられない。
幸か不幸か、少しずつ薬が切れてきている。
【聖グロ 隊長室】
ヴェニフーキ「…」
OG「見つかったかしら?」
ヴェニフーキ「いえ。アッサム様は用心深いので、すぐ見つかるような場所には置かないはずです」
OG「関係ないわ。さっさと探しなさい」
ヴェニフーキ「…」チラッ
OG「聞いているの?」
反・聖グロ派の女は露骨に苛立ちを見せる。
早くしないと後ろにいる無駄にがっしりした体格の取り巻きたちにつまみ出されそうだ。
かといって、さっさと回収して撤収というわけにもいかない…。
ヴェニフーキ「失礼。時計があったのでその近くにあると思ったのですが…ん?」
OG「何かしら?」
ヴェニフーキ「この時計、日付が12月8日のまま止まっていますね」
OG「それは困ったわねぇ? ……」チラッ
オレンジペコ「ぅ!」ビクッ
ヴェニフーキ「…」
オレンジペコ「…私が…時計…なおします……」
ヴェニフーキ「申し訳ない」
オレンジペコ「………あれ…?」
OG「どうしたのかしら? オレンジペコ」
オレンジペコ「あの…時計、別に壊れて
ヴェニフーキ「珍しいですね」
OG「は?」
ヴェニフーキ「山が見えますね。…今まで洋上にいたので、見るのは久々です」
オレンジペコ「はい…?」
ヴェニフーキ「結構高い山ですね。玉山でしょうか?」
オレンジペコ「あの…玉山って台湾の山では…?」
ヴェニフーキ「そうでしたっけ。何にせよ一度、登ってみたいですね」
オレンジペコ「はぁ…」
OG「私は早くしろと言ったけど?」
オレンジペコ「ひっ!! ご、ごめんなさい! ごめんなさい!!!!」
ヴェニフーキ「失礼」
OGの女は誰が見てもわかるほど苛立っている。
聖グロの卒業生とは思えない短気で下品な奴だ。
ヴェニフーキ「…っと、見つかりました」
OG「鈍いわね。探しもの一つにどれだけ時間かけるのかしら」
OG「それに、コンセントのタップなんて幾らでも手に入るものよ」
ヴェニフーキ「すみません。これが一番使いやすかったので」
OG「あっそ」
ヴェニフーキ「…ああ。一つ、質問よろしいですか?」
OG「自分の立場をわきまえているのかしら?」
オレンジペコ「べ、ヴェニフーキ様…」
怯えた目でペコがこちらを伺っている。"あまり刺激を与えないで…"って。
確かに一つ判断を誤れば私じゃなくてペコとペコ家庭が終わってしまう。
かといって、ここでこの女を野放しにするわけにも行くまい…。
ヴェニフーキ「申し訳ありません。OGの方と話す機会が今まで無かったもので…。あなたも、戦車道を?」
OG「それが何か?」
ヴェニフーキ「実を言うと、ブラックプリンスに続き、新しい戦車の導入を考えていました」
OG「そう」
ヴェニフーキ「…先日、黒森峰という優勝常連校と練習試合をしまして、そこで黒森峰が使っていた強力な戦車…」
ヴェニフーキ「ティーガーI、キングタイガー、ヤークトティーガーといったあたりを」
OG「随分我が校風とはかけ離れたものを選ぶのねぇ?」
ヴェニフーキ「ええ。様式ばかりに拘っていても勝てなければ意味が無いので」
OG「…ほう?」
オレンジペコ「…」
ヴェニフーキ「私は転校してまだ間もないですが、聖グロリアーナの校風には色々不満がありまして」
ヴェニフーキ「古い仕来りに拘るような思考停止ならば、いっそ廃校になれば良いとすら思ったほどです」
オレンジペコ「………」
OG「あらあら。なかなか面白いことを言うのね? 退学させるには勿体無い」
ヴェニフーキ「ええ、残念です。折角
OG「…とでも言うと思った?」
オレンジペコ「えっ…?」
ヴェニフーキ「…」
OG「あんたのソレがお芝居だなんて最初からお見通しよ?」
オレンジペコ「ぁ………」
OG「私に媚でもすれば退学を免れるなんて、甘いわねぇ」
ヴェニフーキ「ぐっ…」
OG「それに、…残念ね。オレンジペコ?」
オレンジペコ「えっ…!!」
OG「あなたは裏切らないって思っていたけど、その小娘に何か吹き込まれたみたいね?」
オレンジペコ「…ゎ…私は………!」
ギロリと睨みつけてきた。
人間こんなに醜い顔をすることが出来るのかというくらいに。
…まずい。
OG「あなたが私を裏切るのなら、仕方ないわよね?」
オレンジペコ「…ぃゃぁ………!」
ヴェニフーキ「…」
くそ………
ここまでか……………。
「ええ。本当に仕方ないわね」
ヴェニフーキ「!」
OG「誰だっ!!」
「良からぬことを企んでるだろうとは思っていたけれど、邪道は他にもいるみたいね?」
OG「その制服………」
「アンタに自己紹介なんてしないわよ。邪道の知り合いなんて私には不要」
OG「あらあら…他校の生徒は随分と礼儀を知らないものねぇ?」
「それはお互い様よ。あえて言っておくなら…」
「すごい数ね?」
OG「なに…?」
OG「なっ!!?」
どうしたんだろう?
先程まで余裕かましてたOGの表情が一変したぞ…?
オレンジペコ「!! 港がパトカーだらけです…!」
ヴェニフーキ「!」
オレンジペコ「こ、こっちにも船がたくさん来ています!」
「誰かが通報したのでしょうね。…まぁ、簡単に逃げられるとは思わないことね?」
OG「ぐっ…」
サイレンが近づく音が聞こえる。
そうか。アールグレイさん、やってくれたんだね。
だけど…
OG「ふふ…」
「何がおかしいのかしら?」
OG「これで終わりじゃないわよ」
「そう。あなたはもうオシマイでしょうけどね」
「警察だ! 動くな!!」
OG「覚えていなさい。こんな学校、必ず潰してやる………!」
そう言い残して、女とその取り巻きは駆けつけた警官に連行された。
反・聖グロ派との会敵からその終焉まで、本当に呆気ないほど早く終わってしまった。
にしてもあの反・聖グロの女は何ゆえあそこまで聖グロを目の敵にしていたのだろうか…。
そして…
「"なんでお前がここに?" って顔してるわね?」
ヴェニフーキ「ええ。全く見当違いな人がいらっしゃったので」
てっきり、アールグレイさんか聖グロの誰かが来たものだと思っていた。
しかし、実際にここにいるのは、そのどちらでもなく、逸見エリカという、全く無関係な人。
彼女は何故ここに来た?
何故このやり取りを知ってたかのようにここへ来た!?
エリカ「…ふん」
ヴェニフーキ「それで、何故こちらに?」
エリカ「…"みほ"よ」
ヴェニフーキ「西住さん…?」
エリカ「ええ」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『もしもし…?』
「…私よ。みほ」
『エリカさん…?』
「あなた、聖グロリアーナ女学院にお呼ばれされたそうね?」
『えっ? う、うん。大会の優勝をお祝いしてくれるからって…』
「…フン」
『…でも、どうしてエリカさんがそのことを?』
「聖グロのWebサイトを見たら誰だってわかるわよ」
『そっか…』
「そんなことより、あなたに頼みたいことがあるの。聞いてくれるわよね?」
『え、えっ? 頼みたいこと?』
「ええ」
「ヴェニフーキとかいう女、徹底的に監視して頂戴」
『えっ、ヴェニフーキさんを?!』
「あの女がどういうヤツかは、あなたもよく知ってるでしょう?」
『そ、そうだけど…!』
「アイツは何をやらかすかわからない。だから、あの女が少しでも不審な行動を取ったら即座に私に連絡して」
『え、ええ…?!』
「聞こえた?」
『わ、わかった…!』
「それと、この事は誰にも口外はしないこと。大洗はもちろん、聖グロの連中にも」
『う、うん…』
~~~~~~~~~~~~~~~~
ヴェニフーキ「…」
エリカ「アンタのただならぬ雰囲気から、"訳アリ"なんてのは誰でもわかる」
エリカ「だから、粗相を起こす前にとっちめてやろうってね」
エリカ「偶然にも大洗が聖グロに行くから、みほの手を借りたわけ」
ヴェニフーキ「私をとっちめるられるんですか? ポンコツのあなたに」
エリカ「お黙りなさい。…まあ、テロや殺人でもするのかと思ったけど、違うみたいだからそれは安心したわ」
ヴェニフーキ「…」
こっちは薬打たれるまで反・聖グロに対する怒りで頭が壊れそうだったんですけどね。
それこそ学園艦の一つや二つ爆破出来るんじゃなかろうかってぐらい怒り爆発ですよ。
ああ、また薬が切れて苛々してきた…。
エリカ「…それで?」
ヴェニフーキ「は?」ギロッ
エリカ「わ、私にまで牙を向けないでよ」
ヴェニフーキ「失敬。今は気が立ってるので誰かれ構わず喉笛を噛み千切ってしまうかもしれません」
エリカ「相変わらず物騒ね。…で、アンタは一体なんの為に、どういう理由でここに来たの?」
ヴェニフーキ「また同じことを言わせるんですか?」
エリカ「何度でも言ってやるわよ」
ヴェニフーキ「私が
プルルルル プルルルル
エリカ「チッ…」
ヴェニフーキ「…」ピッ
アールグレイ『御機嫌よう。ヴェニフーキ』
ヴェニフーキ「…御機嫌よう。部屋は綺麗にしてあります」
アールグレイ『結構。こちらも先ほど、"秋の歌"を聞いて"柱をかじる鼠"の捕獲が無事終了したわ』
ヴェニフーキ「了解です」
この部屋でのやり取りは隊長室に仕掛けた盗聴器によってアールグレイさんも聞いている。
どうやら、"裏切り者"は無事に引き渡されたようで一安心だ。
…で、ここでの電話は"柱をかじる鼠の捕獲"だけでなく、部外者…逸見さんに内情を知られるなって事だろう。
言われなくても教えてやらんから心配しなさるな。
アールグレイ『ご名答よ。これはあなたと私だけの秘密』
ヴェニフーキ「心得ております」
アールグレイ『なら話が早いわ。恩人を見送るついでに、港へ来て下さるかしら?』
ヴェニフーキ「港に?」
アールグレイ『ええ。あなたも疲れているでしょうし、ダージリンも会いたがってるわよ』
ヴェニフーキ「そちらにいらっしゃるのですか?」
アールグレイ『いいえ? そろそろ帰宅している頃かしら?』
ヴェニフーキ「…」
アールグレイ『それでは、後でお会いしましょう』
ヴェニフーキ「…」
エリカ「部外者は口出すなって?」
ヴェニフーキ「ええ。当事者だけの話ですから、何人たりとも教える訳にはいきません」
エリカ「……そう。仕方ないわね」
何ゆえ逸見さんが私の事を知りたがるのか知らないが、これは他人に教えられるようなことじゃないし、教えたところで面白いような話でもない。
無関係な人を"当事者"にして面倒事に巻き込んでしまうだけだ。
そうなるくらいなら冷たくあしらって遠ざけた方がずっと良い。
エリカ「…さて、それじゃ私はお暇しようかしらね」
ヴェニフーキ「ん?」
エリカ「やることが終わった以上、ここに長居する理由は無いでしょう?」
ヴェニフーキ「何でしたら大洗の祝賀会にゲスト参加されてはいかがです? まだやっているでしょうから」
エリカ「…私達をコテンパンにした相手を祝うパーティーに参加しろと?」
ヴェニフーキ「美味しい料理が沢山ありますよ? ジェリードイールとか」
エリカ「ジェリードイール?」
ヴェニフーキ「ウナギのゼリー寄せとも呼ぶそうです。トロッとしたゼリーと魚の風味が別格ですので、あなたにピッタリですよ」
エリカ「そう。気が向いたら頂こうかしら」
ヴェニフーキ「なるべくお早目に」
エリカ「…まぁそんなことより、出口まで案内しなさい」
ヴェニフーキ「カナヅチだけでなく方向音痴なんですか?」
エリカ「うるさいわよ」
オレンジペコ「あ、あの…」
ヴェニフーキ「ん?」
エリカ「アンタまだいたの?」
オレンジペコ「ずっといましたよ…」
ヴェニフーキ「申し訳ありません。コレに気を取られて存在を忘れてました」
オレンジペコ「むぅ。ひどいです」
エリカ「コレって何よ失礼ねっ!」
ヴェニフーキ「隊長室にいても怪しまれるでしょうし、一旦会場に戻っては?」
オレンジペコ「そうですね。き…ヴェニフーキ様はどうされるんですか?」
ヴェニフーキ「彼女をつまみ出します」
オレンジペコ「つまみ出す……」
エリカ「あんたホントに失礼ねっ!」ガァァ!!
ヴェニフーキ「はいはい。行きますよ」シレッ
エリカ「ち、ちょっと! 襟を引っ張るなッ!」
オレンジペコ「あはは…。」
そんなわけで逸見さんを港まで送り届けることにした。
突っ慳貪な態度をとってはいるけど、あの時助けに来てくれたことは嬉しかったし、感謝もしてる。
だからもう少し逸見さんには友好的に接した方が良いのかもしれないな。
…と思ったけど、それを本人に言うとつけ上がりそうだからやめておく。
【学園艦 甲板】
エリカ「それで?」
ヴェニフーキ「はい?」
エリカ「アンタはいつまでそのヴェニフーキってヤツを演じてるのよ?」
ヴェニフーキ「何の事でしょう?」
エリカ「アンタの正体は前にわかったでしょう…」
ヴェニフーキ「…どうやら、針と糸が必要みたいで」
エリカ「物騒なこと言わないで頂戴」
ヴェニフーキ「"私"がバレたら困ると前にも言ったはずですが?」
エリカ「そんなこと言ったかしら?」シレッ
ヴェニフーキ「針と糸はいらないか。このまま海に落とせば勝手に沈むでしょうし」ガシッ
エリカ「ちょ、ちょっと! は、離しなさいっ!!」
ヴェニフーキ「やれやれ」パッ
エリカ「…まったく。…この周辺には誰もいないから安心しなさい」
ヴェニフーキ「…」
エリカ「…」
西/ヴェニフーキ「こちらが全くと言いたいですね」
エリカ「…言い出しっぺが言うのも何だけど、本当にガラッと雰囲気変わるわね」
西「雰囲気だけですよ。姿は何ら変わっておりませんので」
エリカ「これで姿まで変わるものなら戦車道より魔術道でも目指した方が良いわよアンタ…」
西「逆にお尋ね申しますが、何ゆえ私のことを執拗に知りたがるんです? 性癖ですか? うわ…」
エリカ「うっさいわねぇ! 何が性癖よ!!」
西「ここまで執拗ですと"そういうの"を疑うのは無理もないかと思いますが?」ヒキッ...
エリカ「うるさいわよ…。あの突撃バカが豹変して聖グロをコテンパンにして、更にはみほにまで白旗を揚げさせた」
西「私は大洗に破れましたけど?」
エリカ「知ってるわよ。けれども、みほの戦車を撃破したのは確かだし、あれは誰が見ても大戦果よ」
西「…」
エリカ「何がどうなればそれ程までに至るのかしらってね」
西「それも前に申し上げた通りですけどね」
― 何がアンタをそこまで強くさせたの?
― まほさんやみほさんと同じ。
― 隊長やみほと?
― 戦わないといけない理由があった。勝たないといけない理由があった。 それだけ。
エリカ「"勝たないといけない理由" ねぇ…」
西「尤も、それは私がここに来る以前の話なので、私が今こうしてる理由とは何ら関係ありませんけど」
エリカ「ええ。…それとは別にもう一つ、」
西「ん」
エリカ「…"借り"。ちゃんと返したからね?」
西「………借り?」
エリカ「…ありがと」
西「はい?」
エリカ「…二度は言わないわよ」
西「すみません。よく聞き取れなかったのであります」
エリカ「………ありがと、って言ったのよ」
西「どう致しまして?」
エリカ「なんで疑問形なのよ…」
西「憎まれることはあれど、お礼を言われる事など何一つしておりませんので」
エリカ「…一応だけど、あの時アンタは私を助けてくれた」
西「あの時?」
エリカ「あの練習試合よ」
西「はぁ。確かに溺れてるところを助けはしましたね。あのまま死んで貰っても寝覚めが悪いので」
エリカ「…それもだけど、その後よ」
西「何かありましたっけ?」
エリカ「とぼけるのも大概になさい。あの時アンタは…」
西「心得ておりますよ」
エリカ「…」
西「あんな事を言った手前、凋落の運命を辿る人を見過ごすも如何かと思っただけで」
エリカ「そう…」
西「後で闇討ちでもされかねないでしょうから」
エリカ「…そうかもしれないわね。容赦なくアンタの顔面に刃物を突き立てたかもよ? 墓石のように」
西「顔より胸ぐらの方が突き刺さりやすいですよ?」
エリカ「…真顔で物騒なこと言わないでよ」
あの時、私は逸見さんを丸裸にした。
…いや、すっぽんぽんにしたという意味ではなく、彼女の硬い殻の中にある本心を引きずり出した。…同時に私も"本当の姿"を見られてしまったけど。
人を見下す態度も、厭味ったらしい言動も、全ては敬愛する西住まほさんを引き止めるためだった。
大切な人を失わないために、どんな手段を使ってでも繋ぎ止めようとする。逸見さんなりの。
それは私だって同じ。ダージリンを守るために私は私を捨てて、何もかも偽って今ここにいるから…。
西「それにしても」
エリカ「ん?」
西「随分と早かったですね。あの場に駆け付けるまで」
エリカ「…ああ。元々学園艦はそう遠くない場所に浮いていたからコレで行けばすぐよ」
西「"コレ"…?」
エリカ「ヘリコプター」
西「…他校の無人機と比べると随分貧相ですな」
エリカ「これは移動用。試合で使うヤツは別にあるわ」
西「ふむ」
逸見さん曰く、ヘリコプター(Fa233と呼ぶらしい)で飛んできたそうだ。
確かに自走砲ならぬ自走"島"こと学園艦の性質上、何処かしらへ行くにはこの手の航空機が便利だろう。
知波単でも導入しようかな? この間試合で使った無人機…一式陸攻を改造すれば人くらいは運べそうだ。
エリカ「それじゃ、そろそろ行くわ」
西「お世話になりました」
エリカ「…次の大会、簡単に負けるんじゃないわよ?」
西「ん…」
エリカ「アンタは私が倒す相手よ。忘れないことね」
西「逸見さんも努々西住さんのお尻ばかり追いかけて警察のお世話になりませぬよう」
エリカ「なるわけないでしょーがっ!!」
西「どうだか」シレッ
エリカ「…全く。口だけは達者ねアンタは」
西「お互い様」
エリカ「まぁいいわ。…そうそう」
西「ん?」
エリカ「ここに来る途中、プラウダの学園艦を見つけたわよ」
西「プラウダ?」
エリカ「ええ。特にどこかに行く様子も無かったから、恐らく年始に向けてメンテナンス中でしょうけど」
西「もう12月ですし、年始に向けて点検やら郷里に帰る生徒やらの為に停泊しているのでしょうな」
エリカ「そうね。…無人機もだけど、学園艦というのも面倒な代物よねぇ」
西「確かに。泳げないと大変です」
エリカ「余計なお世話よ。…まぁ、アンタもあまり変なことには首を突っ込まないほうが身のためよ? それじゃ」
西「ええ。良いお年を」
ブロロロロロロ........
そう言って逸見さんはヘリコプターに乗って行ってしまった。
…"借りは返した" かぁ…。
私のやった事はお節介だったけど、彼女にとっては転機にでもなったんだろうか。
まぁ、野良犬よろしく誰かれ構わず吠えたりするよりかは良くなった。初めて対面した時は引っ叩いたろかコイツと思ったくらいだったもんなぁ。
そんな事を考えながら、だんだん小さくなっていくヘリコプターを眺める。
西住さん達が乗る対空戦車であのヘリ撃墜したら逸見さんどんな反応するかな? …と、しょうもないことを思い浮かべながら。
………ん?
よく考えてみれば駆け付けたは良いが、あの場にはOGの女だけでなく、それを警護する殿方も複数いた。
警察が来なかったらあんたどーするつもりだったんだ?
警察を出動させたのはアールグレイさんだし、ドヤ顔でやって来て一言二言会話しただけだよな………?
………。
なぁにが "借りは返した(キリッ" だ馬鹿もんがッ!!
今度会ったら覚えておけ! 本当に土佐衛門にしてやるからなァ!!!
【港】
「御機嫌よう。身なりは綺麗かしら?」
西「っ!」
アールグレイ「…役目を終えて気が抜けたのかしら?」
西「何も背後から現れることは無いでしょうに。吃驚したのであります」
アールグレイ「はいはい。続きは車の中でしましょう」
西「…かしこまりでございます」
~~~~
アールグレイ「本当に、お疲れ様ね。絹代さん」
西「本当に、疲れましたよ…」
アールグレイ「でも、そのお陰で裏切り者を拘束できた。…なかなかやるわね。見直したわ」
西「偶然ですよ。たまたま向こうからやってきて、たまたま捕まってくれた」
アールグレイ「違うわ。隊長室でのやり取り」
西「…ああ、アレですか」
アールグレイ「12月8日は真珠湾攻撃の日」
アールグレイ「玉山は当時の新高山。つまり"ニイタカヤマノボレ"ね」
アールグレイ「そして最後の戦車のは」
西「"トラトラトラ"ですね。ここまで言えばアールグレイさんでもわかるかなと」
アールグレイ「失礼ね。最初のでわかったわよ」
西「あの時、自室にOGがいらっしゃったので、盗聴器のある隊長室までお連れして」
西「そこで上手いことやり取りすれば何かしら得られるかと思った次第です」
アールグレイ「そして実際に"獲物"を得られたと」
西「仰る通りでございます」
アールグレイ「ふふ。面白かったわよ。なんだかスパイ映画を観ている気分で」
西「観てる人は気が楽で良いですね。私なんか実際にスパイを…」
アールグレイ「冗談よ。拗ねないで」
アールグレイ「ところで、あれから体調を崩したりはしなかった?」
西「…ええ。ちょっと発狂したぐらいですかね」
アールグレイ「えっ…?」
西「内通者が誰かわかった時に、その子の加担する理由を聞いて」
アールグレイ「…詳しく聞かせてくれるかしら」
アールグレイさんにあれからのことを話した。
内通者の正体がペコだったこと。
そのペコは反・聖グロ派によって強制的に聖グロ弱体化工作の片棒を担がされていたこと。
私が発狂し、また暴れ回ってまた精神安定剤を打たれたこと。
………思い出すだけでまた、腸が煮えくり返りそうだ。
西「…といったところです」
アールグレイ「………」
西「思い出すだけでも発狂しそうですね」
アールグレイ「…もう大丈夫よ。裏切り者は駆除したから」
西「そうですね…。やっと私の役目が終わります………」ノビー
アールグレイ「本当に、ありがとう」
西「どういたしまして」
アールグレイ「あとは私が全部やっておくから、あなたはゆっくり休んで頂戴」
西「かしこまりでございます」
こうして、私の"ヴェニフーキ"としての聖グロのスパイ大作戦は無事に幕を閉じた。
長いようで短い聖グロでの学園生活は私に色んなことを教えてくれた。
だけど、全てが解決して、ダージリンが聖グロに帰って、皆が今まで通り生活を送るだろうし
私もまた知波単学園で戦車道を存分に満喫できるだろう。
久々に太陽が眩しく…
アールグレイ「太陽どころか雪降ってるじゃない」
西「…ものの喩えですよ。それより滑って事故起こさないで下さいよ?」
アールグレイ「はいはい」
アールグレイ「それより、どうだった?」
西「ん? 何がです?」
アールグレイ「聖グロリアーナでの生活は?」
西「そうですね…。知波単には無いものが沢山ありましたので、良い勉強になりました」
アールグレイ「ふふ。それは良かった」
西「ただ、ジェリードイールとやらはもう二度と食べたくないですけどね」
アールグレイ「げっ、あなたも食べたのね、アレ…」
西「ええ。聖グロに来て辛かったことの五本指に入る出来事でしたよ…」
アールグレイ「5本指?」
西「急な交流試合で朝早く起きなければならなかったことや、GI6の面々に監視されたことやら」
アールグレイ「確かにそれは大変だったわね」
西「全くです」
アールグレイ「アッサムやGI6の皆にはお小言を言っておくべきかしらね」フフッ
西「水責めの刑でお願いします」
【ダージリン宅の前】
アールグレイ「さて、奥様の家についたわよ」
西「奥様…良い響きですなあ」シンミリ
アールグレイ「そうね。挙式をするなら呼んで下さいな」フフッ
西「良いのですか?」
アールグレイ「良いのよ?」
西「後輩に先を越される先輩って結構心に来そうですが…」
アールグレイ「お黙りなさい」
西「けけけ」
アールグレイ「…全く。それじゃぁ、ね」
西「ええ。また何かありましたら」
アールグレイ「そうね。じゃぁ、またね。…絹代さん」
ブロロロロロロロロ.....
【ダージリンの部屋】
西「ただいま。ダージリン」
ダージリン「お帰りなさい。絹代さん」
西「…ダージリン」ギュッ
ダージリン「ふふっ、甘えん坊さん」
ここに来てようやく渦中の人物である私のダージリンのご登場だ。
今日に至るまで私はずっとダージリンに助けられてきた。
ダージリンがいたから私は頑張れた。
そんなダージリンとは今では愛し愛される関係にまで進展した。
悲しいこと苦しいこと腹立たしいこと色々あったけど、ダージリンと恋人関係になれた事だけは感謝したいな。
…もう絶対ダージリン離さない。
西「何というか…またお会いすることが出来て良かったと思っております」
ダージリン「…大袈裟ね。ついこの間会ったばかりよ」
西「そうなんですけど、会う度にこれが最後なんじゃないかなぁって思ってしまうんですよ…あはは…」
ダージリン「…おばか」
西「恐縮です」
ダージリン「まったくもう」
西「えへへ…」クンクン
ダージリン「この子ったら。また私の匂いを嗅いで…」
西「ダージリンの匂い好きですもん」クンクン
ダージリン「あなたの場合、それだけでは済まないでしょう?」
西「…」
ダージリン「助平」
西「むぅ…」
ダージリン「っ………きぬよ…さん………」
西「ダージリンの大事なところ…見たいです……」
私達は本能の求めるにお互いの体を弄んだ。
優しく撫でたり、少し強く摘んだり、舐めたり、指を入れてみたり。
触っても触られても快感物質がドロドロ溢れ出すばかりで、気持ちいいのが欲しくて触り続けた。
体の中に指を入れると指にドロッとしたものが纏わり付いて
体の中に入れられるとぬるぬるした感覚と指の熱が体全体に行き渡る感覚に溺れる。
布団が汚れてしまうとまたまずいので、こぼれないよう舐めてみた。
おしっこの様なしょっぱい味と苦い味がする。美味しくなんかないけど、私の好きな人が興奮している時に漏れ出す好きな味。
だからもっとたくさん欲しい。身体中に塗りたくって全身で味を知りたい。
なので、執拗に舐め続けた。痙攣してもう出てこなくなるまで………。
ダージリン「ハァ…ハァ…」
西「……今更…ですが……」
ダージリン「……?」
西「…ダージリンと、こんな風に繋がるとは思ってもいませんでした」
ダージリン「私だって……」
西「…あはは」
ダージリン「…どうしたの?」
西「ダージリンの体の中に指を入れたとき」
ダージリン「うっ…なによ…」
西「すごい勢いで指が締め付けられてて、離してくれなかったんですよね」フフッ
ダージリン「…っ……」
西「ダージリンが私の体を受け入れてくれて嬉しかったです」
ダージリン「あなただって指が千切れそうなくらいだったわよ」
西「ええ。ダージリンの身体も心もみんな全部好きですもん」
ダージリン「…ばか」ギュッ
西「あはははは」
会うたびに契りを結んでいる。結んで結んで簡単には解けないくらい。
だってダージリンいい香りがするし、柔らかいし、その……まぁ、かうばしきこと限りなし。
ダージリンもダージリンで私の身体が興味津々のようで耳に齧り付いたり尻に指を入れたりして私の反応を楽しんでる。……えっち。
ダージリン「…ふふっ」
西「ん?」
ダージリン「あなたは私といる時だけは女の子ですものね」
西「む。私は生まれた時からずっと女ですぞ」
ダージリン「どうかしら。あなたってボーイッシュなところがあるからねぇ?」フフッ
西「…ダージリンまでボーイッシュって仰る」
ダージリン「あら? 誰かに言われたの?」
西「ペコ太郎に大雑把で男みたいって」
ダージリン「あらあら」
西「大雑把なのはフグリリさんだけで十分ですよ」
ダージリン「フグリリじゃなくルクリリよ。あの子が聞いたら激怒するからやめなさい」
西「他にも密かにファンクラブ作ってるとか…」
ダージリン「あらあら。それはそれは」
西「…嫉妬してます? <ツネッ!> いだぁっ!!?」
ダージリン「あなたが他の女の子を誑かさないか心配なのよ」
西「む…私はダージリン一筋ですってば」ヒリヒリ
ダージリン「本当に?」
西「ええ」
色々勘違いされそうだけど、私は別に女が好きなんじゃない。ダージリンが好きなんだ。
好きな人が偶然にも同性だっただけ。
だから仮に私がダージリンとお付き合いをしていなかったとして、同性に好意を持たれようがそれに応えようとは思わない。
…まぁ、好意を抱かれるのは嬉しいけれど。
プルルルル プルルルル
ダージリン「電話、鳴ってるわよ?」
西「む。またアールグレイさんからですな…」
ダージリン「アールグレイ様?」
西「どうしてあの人はダージリンと一緒にいる時に限って電話するのでしょうかね…」ハァ...
ダージリン「それだけあなたのこと心配しているのよ」
西「私をですか?」
ダージリン「ええ。この前も "絹代さん、疲れてるからそろそろ終わらせないと" って言ってたわ」
西「…」
ピッ
アールグレイ『御機嫌よう。絹代さん』
西「不機嫌よう。おばさん」
ダージリン・アールグレイ「『なっ!!』」
ダージリン「あなたアールグレイ様に何てこと言うの!?」
アールグレイ『全くよ! これでもまだピチピチの10代なんですからねっ!!』
西「…年増」ボソッ
ダージリン「」ギチッ!!
西「おンぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」ジタバタ
ダージリン「先輩に失礼な態度を取らないの! 怒るわよ?!」
西「も、もう怒っているではありませんかっ!!」ヒリヒリ
ダージリン「もっと怒るわよ!」
西「ええー…」
アールグレイ『電話に出て第一声でケンカ売ってくるところは相変わらずね…』
西「だってだって! ダージリンと一緒にいる時に限って電話かけて来るんですもん!」シクシク
アールグレイ『それは偶然よ』シレッ
西「えー…。それで、ご用件とは何でっしゃろ?」
ダージリン「でっしゃろ…?」
アールグレイ『ん…、大した用事では無いのだけれども』
西「…」
アールグレイ『体調は良くなったかしら…ってね?』
西「? まぁ、今のところは問題ないであります」
アールグレイ『そう。良かったわ』
西「それだけですか?」
アールグレイ『そうよ。それだけ』
西「そうですか…?」
アールグレイ『ええ。…この間、あなたが頭痛いだの月のものが来ないだの不調訴えてたから、心配になってたのよ』
西「それはご心配おかけしました」
アールグレイ『ええ。やってる事がやっている事ですもの。実際の諜報部員でも任務終了後にPTSDを発症することだってあるくらいよ?』
西「それはそれは…まぁ、今のところは大丈夫ですよ」
アールグレイ『そう。なら良かったわ』
西「ええ。ご心配かけてすみません」
アールグレイ『そうね。あなたが大丈夫なら問題ないわ。それじゃ、またいつかね』
西「またいつか…か」
アールグレイ『ん?』
西「…………嘘つき」
アールグレイ『…!』
西「…ちゃんと、話して下さいよ……」
アールグレイ『………そうね…』ハァ...
電話の向こうから溜息が聞こえる。
私は今の今までずっと神経張り巡らして色んな人を観察してきた。
…だから、港で会ってからあなたの様子がおかしい事だってわかる。
アールグレイ『…仕方ないわね。またいつものカフェに行きましょうか』
西「ええ…」
アールグレイ『それじゃぁね』
ツー ツー ツー ツー
西「………」
ダージリン「………絹代さん…?」
西「…一難去ってまた一難…ですね」
ダージリン「えっ…!?」
西「………ごめん。ちょっとアールグレイさんの所に行ってきます」
ダージリン「そう………」
反・聖グロ派とつながる内通者は見つかった。
そして聖グロを裏切ったOGの女は警察に連行された。
これで聖グロに絡みつく脅威が消え去って、ダージリンも復学。
私も西絹代と再び名乗って終劇になれば良かった。
良かったのに。
私の本能が『まだ終わってない』って、ずっと叫び続けていた。
それもそのはず。
ダージリンを強制退学させるべく、聖グロOGの大多数から賛同を勝ち取るような手練が
あんなにもあっさり現れてあっさり逮捕されるはずがない…。
【とあるカフェ】
ヴェニフーキ「先ほどぶりです。アールグレイ様」
アールグレイ「…ええ。服や持ち物は綺麗かしら?」
ヴェニフーキ「お出かけ前にしっかりチェックしました」
アールグレイ「そう。なら問題ないわね。…"絹代さん"」
西/ヴェニフーキ「…」
アールグレイ「…」
西「…まだ、終わってないんですよね?」
アールグレイ「…ええ」
またここに来た。
ダージリンが強制退学されたと知り、アールグレイさんに相談し、そこから始まった悲しい思い出の喫茶店。
そして次に、内通者が誰かを特定するという名目で盗聴器や探知機を授かったのが二回目。
そして三度目となる今回は………。
昼間は学生や社会人が行き交う街中にあるお洒落な喫茶店も夜になれば閑古鳥が鳴いて不気味だ
雪はますます強くなって吹雪に変わっていく…。
アールグレイ「…あなたも随分と勘が鋭くなったわね。むしろ鋭くなり過ぎて少し厄介に思える」
西「皮肉な話ですよね。あんなことを続けていたせいで、見たくないものまで見えるようになってしまうのですから」
アールグレイ「…本題に入りましょう」
西「…」
アールグレイ「あなたの言う通り、"まだ終わってない"」
…でしょうな。
一件が終わってからアールグレイさんは何かを隠そうとしていた。そしてアールグレイさんらしからぬ不自然な振る舞いから読み取ることができた。
繰り返しになるけど、ダージリンを強制退学させるほどの"豪腕"が安々と現場に訪れるはずがない。
ましてやそれで御用になるなんて論外だ。そんな間抜けなはずがない。
もっと言えば聖グロ内にはペコという"内通者"がいた。わざわざ学園艦内に足を運ばずとも、彼女を顎で使えば良かった。
自ら手を汚しに行く理由はどこにもない…。
そういったことを鑑みるに、先ほど御用になったあの女は反・聖グロ派の中でも"下っ端"の可能性が高い。
主犯は別にいる。
アールグレイ「その通りよ。御用になったあの女性は末端も末端」
西「でしょうね」
アールグレイ「それどころか…」
アールグレイ「聖グロリアーナのOGですらない"赤の他人"よ」
西「なっ!?」
アールグレイ「おそらくは反体制派からお金で雇われた破落戸ね。警察の調べで多額の借金を抱えていたと供述したわ」
アールグレイ「けれども、犯行動機や誰に雇われたかについては黙秘」
西「………」
アールグレイ「付近にいたボディーガードも女とは無関係とのこと」
西「…そうですか」
聖グロやOGとは一切関係のない人物がカネ目当てに加担した事については驚きだが、自ら手を汚さず事を進める連中なら十分考えられる。
十分考えられるから、それについてはそこまで気にしていなかった。
私が気にしているのは…
西「何故、黙っていたんですか……?」
アールグレイ「…」
西「あのまま港で合流し、 "全部終わった。ご苦労様" と言わんばかりな態度でした」
西「…しかし、蓋を開けたら全部どころか薄皮を一枚剥いだだけに過ぎなかった」
アールグレイ「…」
西「………何故、隠していたんですか?」
アールグレイ「限界が来たからよ」
西「なッ!!」
アールグレイ「ここまでが、聖グロを知らないあなたに出来る"精一杯"なの」
西「そんなことはありません。また私が聖グロに潜り込めば…!」
アールグレイ「無駄よ」
西「何故ですかっ!!」
アールグレイ「考えてもみなさい。内通者を特定した、そして末端の反体制派を捕まえた」
アールグレイ「そんな状況で主犯がひょっこりと出て来ると思う?」
西「あっ…!」
アールグレイ「あなたが言ったように、相手は学園一の優等生を、真逆の不良生徒に仕立て上げ、OG会の賛同を獲得するほどの手練なのよ」
アールグレイ「この件でますます警戒心を強めることは確実よ」
アールグレイ「…予想外、だったわ」
西「で、では何故…私を聖グロ内部に送り込んだのですかッ………!」
アールグレイ「私も最初、内通者から芋づる式に反体制派の中枢まで引っ張り出せると考えていたわ」
アールグレイ「だけど…」
西「…?」
アールグレイ「甘かった………」
西「ぐ…が…ッ…!!」
アールグレイ「…やめなさい。ここはカフェよ。暴れたらあなたが逮捕されるわ」
西「ッ………」
アールグレイ「ここから先は私がやっていく。…どれくらいかかるかはわからないけど」
西「じゃぁダージリンはッ!!」
アールグレイ「…聖グロに戻れるかは分からないけど、幸いあの子は"西グロ"に在籍している」
アールグレイ「このまま留学から転校に変更すれば何とか高校は卒業出来るわ…」
西「っ………」
アールグレイ「それにね、あなたももう心身的に限界が来ているわ」
西「そんなことはない! 私はまだ…!」
アールグレイ「ええ。今はまだ元気よ。でも、この先はもう保証できない…」
西「っ!!」
アールグレイ「万が一、あなたの身に何かあったらそれこそ大問題よ」
アールグレイ「"聖グロへ短期留学したら廃人になった"…と」
西「………」
アールグレイ「だからここで、あなたの留学期間を満了とするわ。明日からは知波単学園に戻って普通に生活なさい」
西「………」
アールグレイ「あなたが不服なのはわかるわ。私だって同じですもの」
西「………」
アールグレイ「でも、これ以上被害を拡大しないために、あなたはもうこの問題には関与せず、元の学校で普通に生活を送って」
アールグレイ「…お願い。」
西「………」
虚しいお茶会は終わった。
私は叩きつけられた現実に打ちひしがれ、途方もなく彷徨った。
アールグレイさんから、『まだ終わってない』と言われることは予想できたから別に驚きはしなかった。
そしてそれをアールグレイさんが隠そうとしていたことも。
だって、犯人が別にいるなら同じように引きずり出せばいい。また聖グロに潜入して。
そう思っていたのに…帰ってきた言葉は…
…………"限界"。
内通者を特定して、反・聖グロ派の女を捕まえて万事解決と思いきや、それは奴らの『予防線』でしかなかった……。
そして、その『予防線』は奴らの警戒をより強めるものとなった。
今の今までやってきた事が、良かれと思ってやった事が、全部裏目に出た…。
ダージリンを復学させるために、私は何もかも捨てて戦ってきたのに
その戦いは逆に自分の首を絞める結果でしかなかった………。
私はまた失敗した
プルルルル プルルルル
「………」
プルルルル プルルルル
「…………」
何処かに行く宛もなく彷徨っていたらダージリンから電話が来た。
でも出られない。何をどう話せばいいのかわからない……。
私は失敗した。
ダージリンの為にって思ってやったことが全部ダージリンの首を絞めた。
私のせいでダージリンが強制退学させたことから始まって
私のせいで復学の可能性がゼロになって終わる。
ダージリンが聖グロに戻れないのに私が知波単に戻れるはずがない。
やがて電話は鳴り止んだ。
失敗した私を嘲るみたいにバチバチ当たる雪が痛い…。
このまま凍って二度と動かなくなってしまえば良いのに。
そうすればもう苦しまなくて済む………。
「絹代さん!」
電話の次は………
西「っ…!」
「…大丈夫ですよ。私です」
西「ノンナさん…」
ノンナ「お久しぶりです。絹代さん」
西「…」
― まぁいいわ。…そうそう
― ん?
― 聖グロへ向かう途中、プラウダ高校の学園艦を見つけたわよ
― プラウダ高校?
ノンナ「同志より、港に警察が殺到しているとの情報を入手しました」
ノンナ「そして、警察が向かう先にあるのが、聖グロリアーナ女学院の学園艦と…」
西「…」
ノンナ「もしや、と思いまして」
西「…そうですか。……今日も、カチューシャさんはいないんですね……」
ノンナ「ええ。他の同志は学園艦整備の指揮をしております。今後しばらく吹雪くとのことですから」
西「…確かに。前が見えないくらい吹雪いていますね。…こんな日に外を出歩く人は頭がどうかしてますよね……あはははは…」
ノンナ「プラウダではよくある光景です」
西「………」
何だよ…。
誰にも会いたくない時に限って誰かとばったり出会ってしまう。
西「…で、どういったご用件で?」
ノンナ「えっ…」
西「偶然にしては不自然な気がするんです」
ノンナ「どういうことでしょう?」
西「私の中では…あなたとカチューシャさんは "一心同体" と言っても良いほど親密な関係であると認識しております」
西「それだけに、彼女の元から離れて何かをするというのは不自然です」
ノンナ「…」
西「…」
ノンナ「あの時と同じです。"少し、あなたとお話がしたいと思いまして"」
西「奇遇ですね。私もあの時と同じです。"申し訳ありません。今は一人で居たい"」
ノンナ「…」
西「…私と何を話したいと仰るのです?」
ノンナ「不埒なのは重々承知ですが、あなたが何故身分を偽っていたのか、と」
西「…言ったはずですよね? 私の事は探らないでって………」
ノンナ「そうはいきません。聖グロリアーナ女学院は我が校とも交友関係にあります。あなたの目的によっては…」
西「でしたら私ではなく、聖グロの関係者にでも相談すれば良いのでは?」
ノンナ「それは…」
西「あなたの様な方が他人を個人情報を執拗に知ろうとするなんてどうかしていますよ…」
ノンナ「私も本当に、どうかしてしまったんだと思います……」
西「…」
ノンナ「今の今まで、カチューシャやプラウダの同志以外の人間に、これほど関心を持つことなどありませんでした」
西「…」
ノンナ「あなたが、聖グロリアーナ女学院に大勝利した時から、あなたから異変を感じるようになった」
西「…」
ノンナ「これも、"水飴"のせいでしょうか?」
西「"水飴"にそんな成分が含まれていては私達は入手出来ませんよ…」
ノンナ「ごもっともです。では…」
西「言ったはずです。私の事は
ノンナ「ダージリンさん、ですよね?」
西「………」
ノンナ「あれから、あなたが何故この様な事になったのか、考えました」
西「…」
ノンナ「先の練習試合でお邪魔した時、存在するはずのダージリンさんが不在でした」
ノンナ「そして、存在するはずのない知波単学園の隊長、絹代さんがいた」
ノンナ「名前も姿も偽って」
西「あはは。偵察ですよ。他校がやってるような」
ノンナ「偵察をする人が何故、ダージリンさんが貶された時に本気で怒るのでしょう?」
― ダージリンもバカね。風邪なんか引くなんて。おヘソでも出して寝てたのかしら。あっははははっ!
― ………何?
確かに、あの時はカチューシャさんに対し激昂した。
あろうことか、彼女とダージリンを葬った連中が重なって見えたから……。
西「そう演じないと、身内でないという事がバレてしまうからですよね?」
ノンナ「あなたの怒りは演技などではありませんでした」
西「…」
ノンナ「私にも幾つか心当たりがあります。それは本当に大切な人を罵られた時の怒りに似ている…」
西「そうですか」
ノンナ「そして、それが"核心"だろうと結論づけました」
西「きっと心得違いですよ」
ノンナ「確かに、これだけでは根拠に乏しいです」
西「もっと決定的なものがあれば話は別ですがね」
ノンナ「その決定的というのが、あの時私の前に立ちはだかったあの女です」
西「…あの女? 誰でしょう?」
ノンナ「彼女、"OG"って名乗ってましたね?」
西「そうでしたっけ?」
ノンナ「聖グロとOGの切っても切れない関係は有名です」
西「…確かに、聖グロはOG会から資金援助を受けています」
西「それら援助の代わりに、学園艦の運営方針もOGからの制約を受ける」
西「これはノンナさんは勿論、阿呆な私ですら知っているのだから相当有名な話ですよね?」
ノンナ「ダージリンさんが居ないこと」
ノンナ「あなたが"ヴェニフーキ"と名乗り聖グロに潜入したこと」
ノンナ「そしてOG会。これらをつなぎ合わせれば…」
西「もう結構です」
ノンナ「…!」
もういいや………。
西「ノンナさんの、予想通りですよ。あはははははははは」
ノンナ「絹代さん…!?」
西「はい。ええ。OG会によって"消されました"よ。あはははは」
ノンナ「っ!!」
西「あなた方の言い方をすれば、"粛清された"…とでも言うべきですかね?」
ノンナ「いくら我々でもそこまで残酷なことはしません…!」
西「ですよね。私も相当残酷だと思います」
ノンナ「全くです…」
西「そして、そいつらによって」
西「私も一緒に壊された」
ノンナ「そんな…!」
西「あの時、ダージリンが消されたと知って、私もダージリンと同じように発狂した」
ノンナ「っ!」
西「そして一時期、薬が無いと生きていけない身体になった。あははははは」
ノンナ「だ、大丈夫なのですか…!?」
西「今だって記憶が蘇って頭がおかしくなりそうな時があります」
ノンナ「っ…」
西「以前から見ていた悪夢に加えて、OG会に身体を引き裂かれる夢まで見るようになってしまった。あはははははは」
ノンナ「以前から見た悪夢…?」
西「大学選手権の時に私がしくじって惨敗して大洗が廃校になる夢ですよ。あははは」
ノンナ「そんな事はあり得ません! あの時私達は勝ちました。その証拠に大洗女子は今も健在です…!」
西「そうですね。大洗女子は今も生きてます」
ノンナ「でしたら悩むことは…!」
西「…でも、私の中では大洗も私自身の戦車道も」
西「もう生きてはいないんですよ。あはははははは!」
ノンナ「なッ!!」
西「未だ悪夢を見続けるのがその証拠です。とうとう私の中では解決できなかった…」
ノンナ「それは所詮夢です。気にすることではありません」
西「あははははは。もうそっちは気にしてませんよ。気にしたって仕方ない」
ノンナ「では…」
西「私の戦車道は…私は」
西「ヴェニフーキと名乗った時に死にました」
ノンナ「っ!!」
西「…もう、誰かが傷つく姿なんて見たくない」
西「私も傷付きたくない」
西「だから、」
西「私はもう死んだことにして、存在しなかったことにしたいんです」
ノンナ「ま、待って下さい! 早まらないで!!」
西「…私は腰抜けだから何もできやしない。何一つ実らない」
西「消えてしまいたいのに、消えるのが怖い……あははは…あはははははは…」
ノンナ「…でしたら」
ノンナ「私が、あなたの力になります」
西「…はい?」
ノンナ「…あなたは一人にしておくと碌なことにならないようです」
西「…」
ノンナ「ですから、私もあなたのサポートを」
西「…結構です」
ノンナ「нет!」
西「…」
ノンナ「目の前で溺れている人がいて、それに見向きもせず過ぎ去ろうとする」
ノンナ「それはあなたの言う"邪道"ですよね?」
西「溺れている人が邪道なら、私は見向きもせず、溺れて死んでしまえと念じます」
ノンナ「嘘です。優しいあなたがその様なことをするはずがありません」
西「どうしてそう言い切れるのです?」
ノンナ「私の本能がそう語りかけるのです」
西「本能ってあまり宛になりませんよ?」
ノンナ「とにかく私は」
西「あなたにはカチューシャさんがいらっしゃる」
ノンナ「っ…!」
西「私などに感けている暇など無いはず」
ノンナ「…」
西「本当に大切な人のために」
ノンナ「あなたも大切な人です」
西「………」
ノンナ「カチューシャは大切な同志です。それは未来永劫変わることはありません」
ノンナ「…ですが、あなたもまた同志、いや、それ以上の存在になりつつあります」
西「お友達は選んだ方が良いですよ?」
西「それに、どうひっくり返ったって私がカチューシャさんより上であるはずがない」
ノンナ「いえ…もしかしたら、あなたは私にとって…」
ノンナ「初めての人かもしれません」
西「………は?」
ノンナ「私と対等に接し、そして私を理解してくれる初めての人…」
西「意味がわかりません」
ノンナ「初めてです…。私がカチューシャではなく、プラウダ以外の人間にこんな形で関心をもつなんて」
西「それはどうも。…ですが私にはもう」
ノンナ「知ってますよ。ダージリンさんですね?」
西「…」
ノンナ「だから、"любовник"ではなく"близкий друг"です」
西「…」
ノンナ「………」
西「………」
西「…私が言うのも何ですが、抱えすぎは体に毒ですよ?」
ノンナ「!!」
西「………」
ノンナ「…やはり、あなたは…」
西「ダージリン以外の人を深く知りたいとは思わないですけど…」
ノンナ「…」
西「傷つけたり傷つくことを何よりも恐れるが故に、色んな物を溜め込んでしまう人なんだなぁ…と」
それは今の私も同じだよね。
正体がバレるのが怖いから無口で表情を変えないようにしている。
私に関わった人が悲しんだり傷ついたりするのが怖いから関係を持たないようにしている。
品は違えどノンナさんが言う"理解者"ってのはこの事を意味するのかもしれない。
ノンナ「…」
西「…皮肉ですよね。色んな人と良好な関係を築きたいと思っていた頃は、相手の事なぞこれっぽっちも理解出来ませんでした」
西「あの頃はよく怒られました。"少しは人の話を聞け"って…」
西「誰とも関わりたくないと思うようになってから、相手の本質を理解出来るようになってきた」
ノンナ「………」
西「以前の私でしたらまずこの様なことは感付けなかったようなことも…」
西「こういう薄汚い真似をしているから、疑心暗鬼に溺れるからこそ気付けた」
西「知らなかったことも知るようになったし、見たくないものも見えるようになった………」
ノンナ「………………」
ノンナ「……そう…ですか………」
西「…何も泣かなくても」
ノンナ「……私は…やっと"理解者"に出会えた………」
西「カチューシャさんが理解者なのでは?」
ノンナ「…こんな私なんて…カチューシャに知られたら………」
西「………」
確かに。ノンナさんが"折れる"姿なんて誰も想像出来ないだろう。
カチューシャさんとて"頼れる同志"としてのノンナさんを誰よりも信頼している。
だから己の本心が露わになることを何よりも恐れたんだろう…。
ノンナさんは口数は少ないし、表情の変化も乏しい。表情や言動から何かを判断するのが難しい。
だけど、そのせいで彼女は誰も知らないうちにどんどん傷を溜め込んでいる。
だから…
ずっと、探していたんだろうなぁ。
本当に自分を理解してくれる人を…。
そして"その人"に私が選ばれたんだ…。
本心がむき出しになることを恐れ、誰かを傷つけ誰かに傷つけられることを恐れる同じ動物として…。
西「…大丈夫ですよ」
ノンナ「えっ……?」
西「仮に、カチューシャさんがあなたの本心を目の当たりにしたとして」
西「その程度で落胆するような方じゃないですよ」
ノンナ「…!」
西「言動は見た目こそ小さな女の子のように見えますが、カチューシャさんは見るものはしっかり見ておられる」
西「そうでなければ黒森峰を打ち負かす強豪校の"最高指揮官"にはなれないでしょうし」
西「だからこそ、あなたはカチューシャさんの片腕を務めておられるわけですよね」
ノンナ「ええ………」
…ん?
じゃぁ何故、ノンナさんは…?
二人は家族とも恋人とも言えるくらいものすごく親密。
ノンナさんと、カチューシャさん
逸見さんと、西住まほさん
私とダージリン……………
………そっか…。
西「もうすぐ、卒業か……」
ノンナ「…はい」
ノンナ「だから、もうすぐ…」
ノンナ「……お別れです………」
………既視感?
おかしいな。ノンナさんの話を聞くのは初めてなのに、何処かでこんな感覚にぶち当たった気がする…。
何か、前にも…………
― …私は………あなたのように……王者にはなれない……私では…………
― ………何も無い………
― …私は………ここまでです…………
そうか…あいつだ。逸見さんの時と同じだ。
硬い硬い殻に包まれた彼女の柔らかい"本心"がむき出しになったあの時と。
外観からは想像もできないほど柔らかい本心を目の当たりにしたあの瞬間だ…。
ノンナさんも今、熱に耐えられず溶け出した氷の中にある本心がむき出しになっているんだ……
気付かなかった。
少女のように無邪気なカチューシャさんと、彼女の身辺を世話するノンナさんという構図故に、心得違いをしていた。
カチューシャさんがノンナさんに依存してるんじゃない
ノンナさんがカチューシャさんに依存しているんだ………。
ブリザードのノンナなどという、誰が付けたか分からない二つ名のせいで皆誤解しているけれど、本当に支えが必要なのはノンナさんの方なんだ…。
西「………」
ノンナ「…ふふっ……また、一人ぼっちですね………」
西「っ………」
はぁ…駄目だ…。
なんだって何もしたくない時に限って前に私と同じような人間ばかり現れるんだ。
なんで崩れて壊れる寸前の状態で私の前に出てくるんだ。
どうして私が一番見たくない姿になって私に関わろうとするんだ…………。
西「…ノンナさん」
ノンナ「………はい」
西「…その、私で良ければ…」
ノンナ「…えっ?」
西「誰だって一人ぼっちは寂しいですから」
西「私なんかで良ければ、友人になりますよ」
ノンナ「…」
…突発的とはいえ我ながら上から物を言うものだと自分でも呆れる。
仮にも相手は年上のノンナさんなのに。
"友達になてやっても良いぞ"などと言われ"はい喜んで!"と受け入れる者が何処にいるというんだ。
ノンナ「よ、喜んで…!!」
西「あ、ありがとうございます…?」
………ここにいた。
先ほどとは打って変わってすごく嬉しそうな顔をなさる。
まるで台風が過ぎ去ったあとの雲一つない晴れの日のように…。
実際の天気は猛吹雪だというのに。
…ん? ノンナさんはブリザードの異名を持つから"元気になるほど吹雪く"で合ってるのか???
ええい。もうなんでもいいわそんなこと。
ノンナ「で、では…お時間がある時にメールをお送りしても良いですか…?」
西「ええ。構いません」
ノンナ「動物やお料理の写真を送っても大丈夫でしょうか…!?」
西「空腹時でなければ大丈夫ですよ?」
ノンナ「あ、あの…"でこめ" というのもやってみたいのですが…!」
西「ど、どうぞ…?」
ノンナ「!」パァァァァ
西「…」
ノンナ「Это лучший день! Я рад, что был жив.....!!!」
西「あははは…」
なんか知らんが、物凄く嬉しそうだ。
ノンナさんがどれだけ不安を溜め込んでいたのかは知らないけれど、積年の不満も第三者の何気ない一言で簡単にふっ飛ばすことが出来るものなんだね…。
本当に数分前までの絶望的な表情とは裏腹に幸福感に満ちた顔をしておられる。
長い冬が終わり春が来たみたいに。ブリザードのノンナ改め、桜吹雪のノンナと改名してもいいほど。
…しかし、デコレーションメールとはまた渋い選択だ。使い方なんか知らんぞ。
「госпожа Нонна!」
ノンナ「…クラーラ? 学園艦の整備は終わったのですか?」
クラーラ「да. Катюша ждет. говорит, что она голодна.」
ノンナ「わかりました。戻りましょう」
西「…」
ノンナ「あの、絹代さん…」
西「はい」
ノンナ「本当に、ありがとうございました」
西「いえ。ノンナさんの憂鬱が解消されたようで感慨無量です」
ノンナ「メール、お送りしますね?」
西「ええ」
ノンナ「それでは、またお会いしましょう」ニコッ
クラーラ「поторопись!!」
ノンナ「шумно!! убью тебя!!」
そういってプラウダの学園艦に帰っていくノンナさんを見送った。
迎えに来た外国人に詰問されながら少しずつ小さくなっていく影をじっと見つめる。
― …ふふ……また、一人ぼっちです…
…うそつき。
ちゃんと"同志"がいるじゃないか。
帰る場所があるじゃないか。
私なんてもう何処にも帰る場所なんて無いのに…。
プルルルル プルルルル
西「カチューシャ…さん……?」
ピッ
西「…はい」
カチューシャ『もしもし! ヴェニーシャ?!』
西「…。…お久しぶりです。カチューシャさん」
カチューシャ『ええ! そんなことよりノンナを見かけなかったかしら?!』
西「ノンナさん…?」
カチューシャ『ちょっと出かけるって言ったきり戻ってこないのよ…!!』
西「…」
…なるほど。ノンナさんがなかなか帰ってこないから気を揉んでおられたのか。
実際お会いした時はこの世の終わりのような顔をしておられたから、それこそ世を儚んで…ってことも容易に想像出来る。
西「ノンナさんでしたら、先ほどお会いしましたよ」
カチューシャ『ふぇ? そ、そうなのっ?!』
西「ええ。偶然だったので驚きました」
カチューシャ『じゃ、じゃあノンナは…!?』
西「先ほど、プラウダ高校の制服を着た外国人の方と一緒に帰られましたよ」
カチューシャ『本当なのヴェニーシャ?!』
西「ええ。じき、戻られるでしょう」
カチューシャ『…ノンナ、落ち込んでなかった?』
西「…お会いした時は元気がありませんでしたが、お話をするうちに見る見る元気になりましたよ」
カチューシャ『! それ聞いて安心したわ。あー見えてノンナはナイーブなんだから…』
…やっぱり。
カチューシャさんもちゃんとノンナさんのこと理解して下さってるじゃないか。
西「ときに、ノンナさんとは仲良くしておられるのですか?」
カチューシャ『ええ。そこそこにやってるわよ?』
西「そこそこ…?」
カチューシャ『ええ。何か問題かしら?』
西「…」
カチューシャ『…どうしたのよ? ハッキリ言ってちょうだい』
西「いえ…変な言い方に、なるかもしれませんが…」
カチューシャ『構わないわよ。言ってごらんなさい』
西「私の中では、カチューシャさんとノンナさんは二人で一つというのが常識でした」
カチューシャ『…』
西「だから、ノンナさんのいないカチューシャさん、カチューシャさんのいないノンナさんに物凄く違和感を抱いてしまうのです」
カチューシャ『………』
カチューシャ『…確かに、ね』
西「…?」
カチューシャ『私はノンナと知り合ってからずーっと一緒だったわ』
カチューシャ『…だからきっと、ヴェニーシャみたいな考えは他の人も持ってるはずよ』
西「…」
カチューシャ『…でもね、このままだとダメだって思ったのよ』
西「えっ…?」
カチューシャ『私がこのままノンナにワガママを言い続けてノンナに依存しちゃったら』
カチューシャ『ノンナの人生を台無しにしちゃうもの』
西「!!」
カチューシャ『…だから、私はノンナと』
西『ち、違います…!!』
カチューシャ『な、何が違うのよ?!』
西「違うんです………!!!」
カチューシャ『だから何が違うのヴェニーシャ!!』
畜生………言えるわけ無いだろうこんなこと……。
カチューシャさんですら気付かないノンナさんの心の奥底に眠る本当の気持ちを…。
私なんかが言えるわけがない………
誰にも言うことが出来なかった
誰よりも愛する人にすら伝えられず気付かれないものを
私なんかが言えるわけ無い………。
言ったら今度こそノンナさんが壊れちまう…
「~~から聞いたわよ」じゃ駄目なんだ…
何十にも重なった装甲こじ開けて見つけないと駄目なんだよ………
西「っぐぅぅぅぅ………!!!」
カチューシャ『ち、ちょっと! 急にどうしたのよキヌーシャ!?』
西「お願いです……カチューシャさん…!!」
カチューシャ『な、何をどうお願いされればいいのよっ?!』
西「………ノンナさんを…………お願いします………」
カチューシャ『………………わかったわ』
西「…えっ……?」
カチューシャ『…前に言ったけれど、あなたとノンナって似てるところがあるじゃない?』
西「……どうでしょう…私にはわかりません…」
カチューシャ『似てるわよ。そんなあなたが言うのだから、きっとノンナも悩んでいるに違いないわ』
西「…!」
カチューシャ『ねぇ、ヴェニーシャ…』
西「はい…」
カチューシャ『私は、まだ…ノンナと一緒にいてもいいの?』
西「もちろんです………!!」
カチューシャ『わかったわ』
西「!!!」
カチューシャ『…それと、ヴェニーシャ、あなたも無理しちゃダメよ?』
西「私は…」
カチューシャ『このカチューシャ様にウソをつくつもりかしら? あなたがヘトヘトだなんてのは電話越しでもわかるんだからねっ!』
西「う…」
カチューシャ『何に困ってるのかわからないけど、自分でどうにもならない事なら誰かを頼りなさい』
西「誰か…?」
カチューシャ『そうね…あなたの場合、大人にでも頼ってみたたらどうかしら?』
西「大人…?」
カチューシャ『ええ。あなたが悩むほどなんだから、そんじょそこらの人じゃ解決できないような事でしょ?』
西「…そうかもしれません」
カチューシャ『そうに決まってるわよ! いーい? ガマンは身体に毒なんだから! あなたも8時までには布団に入って休みなさい!』
西「わかりました」
カチューシャ『わかれば良いのよ。また何かあったらこのカチューシャ様に相談なさい!』
西「はい。ありがとうございます」
カチューシャ『それじゃぁね。ヴェニーシャ…』
カチューシャ『いいえ、キヌーシャ』
西「えっ…!」
カチューシャ『言ったでしょう? カチューシャにはお見通しなんだから! あなたが西絹代であることもね!』
西「な、何故…?!」
カチューシャ『何度も言ったじゃない。あなたとノンナって似てるところがあるって』
西「で、ですが…」
カチューシャ『ノンナのことは誰よりも知ってるつもりよ? だからノンナにソックリなあなたの事が私にわからないわけ無いでしょ!』
西「!」
カチューシャ『…まぁ、何であんなことやってたのかは知らないけど』
西「…さ……さすがです…」
カチューシャ『…私はね、それだけノンナのことを見ているのよ』
西「ええ…」
カチューシャ『そういうことよ。じゃぁね。ピロシキ~』
…凄い。
いくら私とノンナさんの言動に何処かしらに似通ったものがあったとして、そこから私の正体まで読み取るなんて無理だ。
何故ならアッサムさんもGI6も、"私と似てる"と言うノンナさんですら最初は私が西絹代だなんて知らなかったのに…。
ノンナさんの本心が理解できた私でもそんなこと出来る自信がない。
本当に、家族のように常に一緒にいた人でないと見つけることが出来ない何かをカチューシャさんは見つめていたのかもしれない…。
なんだかちょっと悔しい。
そんな、戦車道仲間で"唯一"私の正体を見破ったカチューシャさんが、私に『大人に相談しろ』と言うのだ。
なーんだそんなことか。と一蹴するには早計だ。
だけど…頼れる大人なんて私には…………。
………ああ、いたか。
【数日後 とあるお座敷】
西「お忙しい中、お集まり頂き感謝致します」
「………」
「あなたの方からお誘いがあるからちょっと驚いたけど、説明して下さるかしら?」
西「…何からお話致しましょうか? 家元様」
千代「聞きたいことは山ほどあるわね。…突然、私を呼び出したこと。隣に西住流の家元さんがいらっしゃること」
千代「あなたの姿形が豹変したこと。何が原因でそんなに冷たい目をしてしまったか。ということ」
しほ「…」
入院中に貰った連絡先から西住流、島田流の家元様を呼び寄せた。
まさかこんな形でお二人と再会するとは思わなかった。
あの時は両家元の威圧感に怯えていたが、今はそんなことはどうでも良い。
西「西住様には先日、お話をさせて頂いたのですが…」
千代「あら。私は仲間はずれ? 寂しいわねぇ?」
しほ「茶々を入れるな」
西「申し訳ありません。…それで、話というのは」
私は、以前西住様に話した内容を島田様にも話した。
西「………以上です」
千代「あなた、なかなか面白いことを企んでいたのね?」
しほ「…それで、我々をここに呼んだという事は、もはや自分の手には負えないと判断したからということ?」
西「ええ。正直な話」
西「正直な話、聖グロリアーナ女学院のOGを一人残さずぶち殺したい気持ちで一杯です」
しほ「っ!」
千代「あらあら怖い」フフッ
西「あはははは…」
しほ「やめなさい! いくら何でも度を超えているっ!!」
千代「…!」
西「………」
千代「…あなた、一体を…?」
西「これまでも嫌なこと、辛いことは何度か体験しました。…しかし…」
西「大真面目に人を"殺したい"とまで至ったのはこれが初めてです…」
しほ「…ッ!」
千代「…」
西「………最善と思わしき策は全て出し尽くした。にも関わらず私は失敗した」
西「私の憎んだ連中はまた闇の中に消えていった」
西「…だったら、OGと呼ぶべきOGすべて一人残らず片っ端から消し去ってしまえばいい………」
西「この件に関わっているOGは勿論、この件について黙認している奴、見て見ぬ振りを通す奴も皆同罪だ………」
しほ「落ち着きなさい! そんなことが許されると思っているの?!」
千代「…」
西「…ただ、それを防ぎたいから、他に良い方法がないか、こうやって家元様に相談をした次第です」
しほ「…」
西「…けれど、無いというのなら………もう仕方ない………」
西「屑は屑が責任を持って処刑する…それだけのことです」
しほ「…あなたは、自ら邪道になろうって言うの?」
西「私はもうずっと前から邪道ですよ…それ以外であったことなどありません」
しほ「馬鹿をおっしゃい!」
千代「…」
西「誰よりも邪道を嫌う西住様なら、人がどんな時に邪道になるかは、おわかり頂けるかと思います」
しほ「…もう一度、説明しなさい」
西「いくらでも致しましょう」
引き続き、両家元様にあれからの事を話した。
一年生のオレンジペコがOG会に弱みを握られ、"内通者"とならざるを得なかったこと。
もしも約束を反故すれば、彼女の家庭が崩壊するということ。
そして、裏切り者の女がやってきて、捕縛することに成功したが、そいつは捨て駒で、主犯は別にいるということ。
私はここまでということ…。
しほ・千代「…………」
西「大人って、本当に汚いですよね? 気に食わなければ権力だの金だのを使ってその人を潰す」
西「そして抵抗手段を持たない者の弱みを握り、その邪道の片棒を握らせる」
しほ「…」
西「本当に、超一流の邪道ですよね。一回りして尊敬に値するほどですよ。あはははははは」
千代「まるで、私達は"共犯者"だと言わんばかりね?」
西「お二人はそうでないと私は信じています」
千代「だけど、あなたの目、"お前も同類だろう"と言ってるわよ?」
西「もしそうだとしたら、視線ではなく、"別のものを"刺してたかもしれません」
千代「あら怖い」
西「…連中は私の大切な人を葬った」
西「私が可愛がった後輩まで利用した」
西「これが、かつて同じ学校に所属した"先輩"が、後輩たちにすべき行為なのでしょうかね?」
しほ・千代「…」
西「私は、真の邪道を目の当たりにしました」
西「そして、その邪道には王道は通用しない…」
西「だから、邪道には邪道で対処すべきと」
西「ダージリンを守れるのなら…………仲間がまっとうな道を歩めるのならば………」
西「私はもう邪道で構わないッ!!!」
傷つくのが怖かった。
傷つけるのが怖かった。
でも、私の知らないところで私のせいで誰かが傷つく。
そして誰かが奈落の底に落ちていく。
どう足掻いたってそれだけは変えられない。
だったら、私が邪道と呼ぶ邪道を片っ端から潰していけばいい。
同じ邪道として。
たった、それだけのことだ。
しほ「………わかったわ」
西「…」
千代「そんな話だろうと思ったから、"お客様"をお呼びしておいた」
西「………お客さん?」
しほ「ええ」
千代「約束なさい」
西「…約束?」
千代「いかなる理由であれ、"お客様には牙を剥かない"と」
西「…?」
千代「聞こえた?」
西「…一体、誰なんです?」
千代「OG会よ」
西「き、貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
しほ「待ちなさい!!」
西「!! …は、離せっ!!!」
しほ「わからないの?! これまでのやり取りを経てここにOGを呼ぶという理由が!」
西「ぐっ………!」
千代「そうよ。お話は最後まで聞きなさい。学校で教わらなかったのかしら?」
西「なんで………あんたまで……!!」
千代「あなたが憎んでいるのはOG会の"裏切り者"でしょう?」
西「っ…!!」
しほ「OG会とはいえ、その方々はあなたが考えるような邪道ではない」
しほ「私や島田流も大変世話になった人たち。いわば…"恩師"よ」
西「…恩師………?」
千代「誓うわ。この方達はあなたの敵ではないと」
西「…」
千代「だから、あなたも誓いなさいな。無礼な真似はしないと」
西「………」
千代「聞こえたかしら?」
西「………わかりました」
千代「そう。………お待たせ致しました。どうぞお入りください」
襖が開き、三名の和服姿の女性たちが座敷へ入ってきた。
いずれも、古稀は超えているであろう年配の女性だ。
OG会に対して私がイメージしていた、"お嬢様"や"玉の輿"といったものとは程遠く、老いてなお家元様たちのような鋭い目を残す人たちだった…。
その方たちが入ると同時に家元様たちは深々と一礼をする。
合わせて私も形だけの一礼をしてやった。
しほ「お久しぶりです」
「大きくなったね。家元さんはまだ元気でやっているかい?」
しほ「ええ。母は今も元気です。先日、西住流の次期家元として襲名を致しました」
「そう。もうそんな年になったのだね」
しほ「これも偏に先生方のご指導ご鞭撻の賜物です。厚く御礼申し上げます」
「…それで、そちらのお嬢さんは?」
しほ「ご紹介が遅れました。知波単学園の隊長を務める、西です」
西「…西絹代と申します。本日はお忙しい中、お越し頂き誠に有難うございます」
「そうかい。あなたがあの西さんねぇ…」
「貴女の噂は私達にも届いているよ。他校ながら大変立派な方だと」
西「とんでもございません。姿を偽りあなた方の母校へ潜り込んだ破落戸です」
「ご謙遜を。話は聞かせてもらったよ」
西「恐縮です。…」
しほ「紹介します。左から、」
しほ「マチルダ会、クルセイダー会、チャーチル会、会長です」
西「なッ!!?」
千代「…ふふ」
マチルダ会「驚いたかね?」
西「ええ…。OG会の方がいらっしゃるとはお聞きましたが、まさか会長が来て下さるとは…」
チャーチル会「なにせ教え子が来いと煩いものだからね」
千代「無理を言って申し訳ありません。"教え子"の頼みでして」
西「う………」
チャーチル会「我々の母校の危機と来たものだからね」
千代「恐縮です」
マチルダ会「にしても他校の生徒が聖グロリアーナの生徒に扮して活動をするとはね…」
西「こ、これら一連の行動は聖グロリアーナは一切関係なく、私個人の行動です…!」
西「ですので、全ての責任は…」
マチルダ会「…そうかい」
西「…」
マチルダ会「…ありがとうね」
西「えっ…………?」
マチルダ会「いいや、"申し訳なかった"と言うべきか…」
マチルダ会「他校の生徒であるにも関わらず、聖グロリアーナの為に、心身を擦り減らす事をさせてしまって」
西「…」
チャーチル会「本来ならば、我々がすべきことなのに、申し訳ないね」
西「…」
クルセイダー会「心からお詫びをするよ」
会長たちは言い終わると、私に頭を下げた。
聖グロの生徒たちが畏敬の念を払うOG会の会長たちが他校である私なんかに…
私はそれに対し、どう返答すればいいか迷った…。
西「ど、どうか…頭を上げてください…!」
西「若輩者の私の考えに共感頂けるのであれば…私が皆様に何をお願いしたいかもお分かり頂けることと存じます……」
西「ダージリンさんの復学、生徒へ脅迫するOGの処分、そして…」
マチルダ会「それは出来ない」
西「な、何故ですッ!?」
マチルダ会「旧隊長の更迭は、OG会の満場一致によるもの」
マチルダ会「一度決定したものを覆す行為は、学園および会への不満と混乱を招く」
西「…」
チャーチル会「彼女のやってきた行為は、我々の流儀に反するもの」
チャーチル会「その結果、会の人間の反感を買った」
チャーチル会「己を律せず、責任から目を背けた者への当然の報い」
西「………その、行為とは?」
クルセイダー会「反社会的な人物との接触」
クルセイダー会「および、成績不振による、聖グロリアーナの社会的地位の喪失」
西「…その反社会的な人物の名前は?」
クルセイダー会「その者の名前は聞いていないが、相当な荒くれ者だと聞く」
西「………。では、その判断を固めたのはいつ頃でしょう?」
チャーチル会「あなたがた知波単学園との試合が終わって一週間ほどが経過した頃でしょう」
西「そうですか…」
西「ダージリンさんが接触した反社会的な人物というのは、私、西絹代でございます」
三会派「…」
チャーチル会「…それはどういうことかね?」
西「ダージリンさんは、私の敢闘を讃えて下さり、私が試合で負傷し入院した後も献身的に私を支えて下さった…」
西「いえ、私が入院する以前より、ダージリンさんは私に多くのことを教えて下さった!」
チャーチル会「…」
西「また、私が入院している間、OGの方がいらっしゃって仰りました」
― クルセイダー会はあなたを聖グロの"脅威"と言い
― また、チャーチル会は聖グロの"好敵手"と言い
― そしてマチルダ会は"騎士道精神に則り西絹代の思想を戦車道に取り組むべき"なんて言い出す程
西「如何なる理由かは存じませぬが、OG会の皆様は私をこの様に高く評価して下さっているとのことです…」
西「しかし、これら身分不相応な評価は、ダージリンさんがいなければ、まず起き得なかったものです」
西「つまり、私だけでなく、ダージリンさんの評価でもあります。いえ、ダージリンさんの評価そのものです…!!!!」
三会派「…」
マチルダ会「………そうかい。あの子がね………」
西「!」
マチルダ会「どうやら、もう一度、あの子と話をしないといけないみたいです」
西「!!! …で、でしたら、ここにお呼びしましょうか? そのOGの方と一緒に!」
マチルダ会「出来るのかい?」
西「誤解を解消出来るのなら喜んでお呼びしましょう!」
一旦席を外し、ダージリンとアールグレイさんに電話をかけ、今すぐ来るようにと伝えた。
案の定ふたりとも「すぐには無理だ」と即答する。各々スケジュールがあるのだろう。
しかし、「OG会の会長と話をしている」と言ったら血相を変えて「すぐに行く!!」と言った。
…聖グロにとってOG会の会長というのはそれほどまで凄い存在なのか。
【店の外】
一体どこで何をしていたのか知らないが、30分足らずで二人は飛んで来た。
ダージリンはアールグレイさんに同行する形で合流したらしい。
そして、ふたりとも露骨に顔に焦りが出ている。
ダージリンはともかく、あのアールグレイさんがこんなに焦るなんて…。
西「お待ちしておりました」
アールグレイ「……電話の話は本当なんでしょうね? 嘘だったら許さないわよ?」
西「OG会・会長の皆様を前に嘘などつけないですよ」
アールグレイ「み、皆様って…?!」
西「マチルダ会、クルセイダー会、チャーチル会のそれぞれの会長様ですよ?」
アールグレイ「なんですって!?」
ダージリン「あ、あなた…一体何をしでかしたの…!?」
西「とにかく、お待たせしているので、続きは中で」
アールグレイ「い、胃が痛くなってきたわ…」
ダージリン「私もですの…あぁ…こんな事になるなんて………」
アールグレイさんもダージリンも相当おろおろしている。
~~~
西「大変お待たせ致しました」フカブカ
アールグレイ「お忙しい中、お時間頂き有難うございます。聖グロリアーナ女学院・先々代隊長のアールグレイこと-----と申します」
ダージリン「元・聖グロリアーナ女学院・隊長のダージリンこと-----です」
二人とも大ポカをやらかして取引先に謝罪する営業マンみたいにカチカチになって挨拶をなさっている。
まるで入院中にやってきた家元様たちに萎縮していた私のように。
…二人とも本名を名乗ったが聞き取れなかった。
マチルダ会「来て早々悪いけど、本題に入ります」
アールグレイ・ダージリン「はい…!」
マチルダ会「先程、知波単学園の絹代さんよりお話を伺った」
マチルダ会「そして、我々OG会は考えを改める必要性が浮上した」
ダージリン「!!」
アールグレイ「それは…」
チャーチル会「我々OG会には、ダージリンは反社会的勢力との接触をした」
ダージリン「っ…!!」
チャーチル会「それに伴い、成績不振に陥り、聖グロリアーナの者として不適格だと」
チャーチル会「…そのような情報が流れ、明確な調査をすることなく退学という措置を取った」
ダージリン「………」
マチルダ会「…しかし、絹代さんよりお話をお伺いしたところ、どうやらそれは違うということです」
マチルダ会「故に、我々はもう一度、あなたに話を聞こうと思った」
ダージリン「釈明の機会を与えて下さったこと、心より感謝致します…!」
ダージリンはこれまで受けてきた仕打ちを涙混じりに説明した。
ありもしない風説をでっち上げられた挙句、それを根拠に強制退学させられたこと。
ダージリンが語るたびにあの日の光景が浮かび上がる。
隊長を降格された
それどころか退学させられた
いわれのない屈辱を受けた
頭の中が真っ白になった
怒りのあまり頭がおかしくなってしまった
そして………。
私は泣くのを必死に堪らえようとしたが、無駄だった。
ダージリンが涙を流せば私も流す。
ダージリンが語れば私もその状況を鮮明に思い出す。
俯いて歯を食いしばるのが精一杯だった。
ダージリン「………以上です」
三会派「………」
クルセイダー会「絹代さん、そして、アールグレイ」
アールグレイ「はい」
西「何でしょう…?」
クルセイダー会「今の話、事実ですか?」
アールグレイ「間違いありません」
西「…ダージリンさんの…仰る通りです……」
クルセイダー会「そうかい」
アールグレイ「…この件について、私の見識を述べても宜しいでしょうか?」
マチルダ会「どうぞ」
アールグレイ「今回の件、意図的に"学園の衰退"を目論む者の行動と当方は判断しました」
アールグレイ「組織規模までは特定出来ませんでしたが、OG会に潜む反体制派による、学院の内部崩壊を目的とした破壊工作が行われています」
チャーチル会「その子の退学が、工作とやらの一つと?」
アールグレイ「はい。現在の聖グロにおいて、最も優秀な生徒であるダージリンを追放することで、統制および秩序の崩壊を謀ったものと判断」
西「………」
チャーチル会「…それで、あなたは他校の生徒に"偽装"をさせて、それを調査するよう命じたと?」
アールグレイ「それは…」
西「私が自らの意志で、"ヴェニフーキ"と名乗り、生徒として調査を致しました」
西「確かに、アールグレイさんによる提案ですが、それに私は首を横に振ることも出来ました」
西「…ですが、私は今回の件について、"恩人"を最大級に侮辱する行為に対し、見て見ぬふりは出来ず、諸手を挙げて賛同、協力させて頂いた次第です」
三会派「…」
西「そして、私が"ヴェニフーキ"として掴んだ情報として、その反体制派と連絡を取り合う"内通者"および、その加担者と思われる人物の特定が出来ました」
ダージリン「!!」
マチルダ会「その生徒は?」
西「チャーチル歩兵戦車、つまり隊長車に乗る1年生です」
ダージリン「!! …うそ…どうしてペコが!! どうしてっ!!?」
そっか。まだダージリンには何も言ってたなかったね…。
>>199
☓ そっか。まだダージリンには何も言ってたなかったね…。
○ そっか。まだダージリンには何も言ってなかったね…。
西「ただし!!」
ダージリン「ぅ…!」
西「彼女が内通者として、反・聖グロ派と共謀したのには事情があります」
西「それは、彼女が"裏切れば父親の会社を潰す"と脅迫されていたからです」
西「つまり、彼女は否応なしに反体制派に従わざるを得なかった」
ダージリン「絹代さん!! それ本当なの!? ペコは違うの!!?」
アールグレイ「落ち着きなさいダージリン!」
ダージリン「っ…!」
西「これは彼女の本意ではありません。家族を人質にされたがために、絶対服従を余儀なくされていました…」
西「他の生徒に疑われぬよう、平静を保ち続けることを強制され…」
西「誰かに悟られることなく、心で泣きながら生きてた…」
アールグレイ「彼女の功績により、内通者および、連絡係の正体が判明し、うち連絡係は逮捕されました」
アールグレイ「…しかし、連絡係は聖グロリアーナおよびOGとは一切の関連のない者で、恐らく金銭で雇われた者と判断しました」
アールグレイ「これによって、主犯と思われる反体制派が再び雲隠れしてしまいました」
アールグレイ「…そこで、各会派の会長様の権限で、本件が完全な冤罪であることの証明」
アールグレイ「および、OG会の中に潜み我が校の腐敗を目論む反体制派の特定・逮捕のためにご協力頂きたいのです…!」
三会派「………」
長い沈黙だった。
時間としてはほんの数秒の間だったかもしれないけれど、私、いや私達にとっては一生ともいえるくらい、長く感じた。
チャーチル会「わかりました」
「…!」
チャーチル会「ダージリン退学の撤回と復学を」
クルセイダー「私もその意に賛同しよう」
マチルダ会「同じく。これで満場一致」
私の役目は終わった……今度こそ、本当に………。
西「っ!!!」
西「あ…あぁぁ………」
西「ありがとうございます!! ありがとうございますッッッ!!!!!」
ダージリン「わ…私は…また聖グロに…戻れるのですか…………?」
チャーチル会「ええ。いつでも帰って来ると良い」
マチルダ会「済まなかったね。我々が至らなかったせいで」
ダージリン「…ありがとうございます……っ………っっ……ぅぅぅ………」
西「…ありがどうございまず……ありがどうございまず……………」
アールグレイ「会長皆様の…良識ある判断、心より…感謝いたします…!」
ダージリンの退学はOG三会派会長の満場一致によってここに撤回された。
頭がおかしくなりそうだ。いや、もう頭がおかしくなってもいい。
やっと私の、私達の苦労はここに報われた………。
涙と鼻水でグチャグチャになりながら、OGの長たちにこれ以上はないというくらいの感謝の意を伝えた。
チャーチル会「おやおや。皆して泣くとは」
アールグレイ「申し訳ありません……ようやく私達の……結果が実を結んだもので………」
クルセイダー会「辛い思いをさせてすまなかったね…」
マチルダ会「アールグレイ、あんたは歴代隊長の中でも群を抜いて優秀だった」
アールグレイ「身に余るお言葉です……!」
マチルダ会「あなたの育てた後輩、ダージリンもまた優秀だ」
チャーチル会「そしてその後輩、ダージリンが助けたという絹代さんもまた」
チャーチル会「意思は受け継がれるものだね」
ダージリン「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます……!」
クルセイダー会「私の孫も操縦手をやってるが、何しろぐうたらでねぇ。あんたたちの爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだよ」
チャーチル会「あんたのお孫さんも聖グロリアーナへ入れてあげれば良かったのに」
クルセイダー会「冗談じゃないよ。私の頃と違って今は学費がべらぼうに高すぎる。それにあの子は今の学校で楽しくやっている」
クルセイダー会「そうかい。そりゃ良い事だ」
~~~~
千代「本日は貴重なお時間を頂き、誠に有難うございました」
島田様の挨拶に合わせて一同が深く礼をする。
まさか、今日だけで問題が解決するとは思わなかった。
あのOG会のトップ三名が同じ場所に集まり、私のような小娘相手に交渉の場を提供してくれて
そして、満場一致でダージリンの退学の撤回、そして復学を約束してくれた…!
◆3 エピローグ
千代「これで満足してくれたかしら?」
西「ええ。ありがとうございます。…しかし」
千代「ん?」
西「なぜ会長様をお招きしたのでしょう?」
千代「どういうことかしら?」
西「私が家元様たちと対面するまで、何を話すかは知らなかったはずですよね?」
西「ひょっとしたら世間話でもするつもりだったかもしれないですし」
千代「世間話の為にあなたが私達を呼び出すとは思えないわ」
西「…。そんな中で、家元様達は私がこれから何をやるか"知っていた"かのように、会長様たちを呼んだ」
しほ「あなたのやろうとすることは、前回会った時にはすでに予期出来ていた」
しほ「聖グロのOGとて馬鹿の集まりではない。卒業後も戦車道や多方面にかけて経験を積んでる人たちよ」
千代「ええ。そんなものをたかだか10年ちょっと生きた子が単身で出来ることなんてせいぜい知れてるわ」
西「ぐっ……」
しほ「これしきの予期が出来ないのであれば、家元を語る資格など無いわよ?」
しほ「それに…」
しほ「邪道に染まる者がいれば、それを叩き直すのが王道の流儀」
西「!!!」
千代「王道からでも邪道を阻止することは可能なのよ? …西住流が王道かはさておいてね」
しほ「余計なお世話よ」
千代「だからあなたも目指すなら"王道だけ"をただひたすらに目指しなさいな」
西「ですが…私は…」
千代「邪道と戦うために邪道になった、とでも言うのなら」
千代「邪道と戦えさえすれば王道でも何ら問題ない。…違うかしら?」
西「!!!」
しほ「先日、西住流に一人、門下生が来ました。…その者曰く」
しほ「"邪道になりかかってるヤツをどうにかしたい"」
しほ「…という理由で」
西「………」
千代「西住流にしては素敵な話ね」
しほ「"にしては"は余分だ」
千代「ふふふ。その子が西住流なら、あなたはウチに来たらどうかしら?」
千代「どちら邪道でどちらが王道かを知るいい機会よ?」フフッ
西「は、はぁ……」
そしてまたバチバチと火花を散らす家元様たち。仲がいいのか悪いのか…。
"王道からでも邪道は助けられる"…か。
実際に私は"王道"の家元様たちに救われた。
二人は王道が邪道を助けることが可能だと私の前で証明して下さった。
私はまた、王道を目指せるのかな…?
西「ところで、OG会の会長様とはどういったご関係で?」
千代「先生よ」
西「先生?」
しほ「私や島田がまだ"見習い"だった頃に多くのことを教えて下さった」
西「そうなんですか…」
千代「流派を受け継ぐ者は、優秀な選手というだけでは務まらないわ」
千代「人の上に立つ者の心得、人脈、色んなことを教えて下さったわね」
しほ「聖グロの生徒にとっては神のような存在であると同時に、私達にとってもまた神様のような存在だった…」
西「そうなんですね…」
私たち学生が西住流や島田流を師と仰ぐように、家元様たちもまた会長様たちを仰いでおられたのかもしれない…。
そうして、次の世代にその意志を引き継いでいく。
~~~
アールグレイ「…あなた、すごいわね」
西「え?」
ダージリン「会長様は、聖グロの生徒にとって女王様のような存在なのよ?」
西「聖グロどころか、戦車乗りにとって神様と言っても良いかもしれません」
アールグレイ「ええ。…寿命が縮みそうだったわ」
聖グロのOG会・会長は家元様たちも拝むほどの存在だった。
しかし、それはOG会の会長たちだけなのだろうか?
もしかしたら他にも我々戦車乗りにとって神様のような存在がいるのかもしれないな。
…たとえば知波単学園の卒業生にも?
西「まぁ確かに…威圧感は家元様より凄かったですけど…」
西「あの方々は、弱みを握ったり、権力を行使して誰かを葬るような邪な真似はしないでしょう」
西「私たちの主張を苦言を申すことなく受け入れて下さった事が何よりの証拠です」
アールグレイ「あの方々は西住流や島田流以上に己に厳格な人たちですもの」
西「ええ。私が想像していた"薄汚いOG会"とは違うんだなって…」
西「だから私は、こんな私でも、腹を割って話す事が出来たんだと思います」
アールグレイ「失礼ね。薄汚いのは反体制派だけよ。それ以外のOG会は高貴で優雅な騎士道精神を尊ぶ方々よ」
西「…」ジトッ
アールグレイ「…なによ」
西「なんでもありません」
ダージリン「あなた、どんどん肝が太くなっていくわね…」
アールグレイ「全くよ。肝だけでなく態度もデカくなってきてるわ」
西「あはは…」
ダージリン「それにしても、会長様だけでなく、西住流や島田流の家元とも交流があるのって、あなたくらいじゃないかしら?」
アールグレイ「ええ。まったく羨ましい人脈ですこと」
西「実を言うと、そこがちょっと怖いんですよね…」
ダージリン「怖い…?」
西「前にも話しましたが、私がやってきた事といえば下衆なことばかり」
ダージリン「…」
西「…にも関わらず、家元様や会長様はどういうわけか私を高く評価して下さる。本当なら汚物を見るような視線を受けてもおかしくないのに…」
アールグレイ「簡単なことよ」
西「ん?」
アールグレイ「あなたは自分のことを邪道邪道って言うけれど」
アールグレイ「結局邪道に染まることなく、迷いつつも王道への道を目指してただけ」
西「…」
アールグレイ「あなたは本当の邪道を知っているでしょう?」
西「ええ、まあ…」
アールグレイ「あんなのに比べたら、あなたのやってる事なんて邪道の"じゃ"の字ですらない」
西「そうですかね…」
アールグレイ「ええ、そうよ」
ダージリン「あなたが邪道になろうなんて寝ぼけたことを言うのなら、私が止めるわ」
西「ダージリン…」
アールグレイ「ひとまず、帰りましょう?」
西「どちらへ?」
アールグレイ「決まってるじゃない。聖グロよ?」
ダージリン「…」
アールグレイ「あなたもよ? ダージリン」
ダージリン「えっ、私も…!?」
アールグレイ「はい、これ」
[聖グロリアーナ女学院 制服]
西「いつの間に?」
アールグレイ「いつ戻っても良いように」フフッ
ダージリン「ですが私はまだ…」
アールグレイ「何か言われたら"OG会長から同意を得た"と言えば良いわよ」
アールグレイ「それに歯向かうのなら、それこそ"OG会を敵に回すこと"になるわね?」フフッ
ダージリン「そ、そうですわね…!」
アールグレイ「だから私達の学園に戻りましょう」
ダージリン「はい…!」
西「あ、ちょっと待って下さい。ちゃんとヴェニフーキになりますので」ゴソゴソ
アールグレイ「…まるでスーパーマンの変身ね」フフッ
【聖グロリアーナ女学院】
オレンジペコ「あっ、ヴェニフーキ様…!」
アッサム「ヴェニフーキ!? 今の今まで何処へ行ってたのですか?!」
ヴェニフーキ「申し訳ございません。少し予定が入っていたもので」
アッサム「警察が押しかけてきたと思えばあなやは消えてしまうし! あなたは一体どこで何をしていたのですか!!」
ヴェニフーキ「お客様をお連れ致しまして」
アッサム「…お客様?」
ダージリン「御機嫌よう。…アッサム」
アッサム「あ…あ…」
アッサム「ダージリンっ!!!」
ダージリン「色々迷惑をかけてごめんなさい。アッサム、そしてペコ…」
オレンジペコ「だ、ダージリン様ぁ………!」
アッサム「だ、ダージリン! よ、よく戻ってきて…ぅぅぅっ…!」
ダージリン「…私は大丈夫よ。泣かないで」クスッ
アッサム「…だ、だって…あなたが…あんなことに……うぅぅぅ…!」
ヴェニフーキ「…」
アッサムさんも急にダージリンがいなくなったせいで、自分に隊長の椅子が回ってきて不安だらけだっただろう。
だから、こうやってダージリンが帰ってきて、その緊張や不安が一気に解けた。
もっともそれは私も同じだけどね。ようやく不安から解消される…。
…っておいこら、私のダージリンにいつまでも抱きついてんじゃない。さっさと離れんかい。
オレンジペコ「………」
ダージリン「ペコ」
オレンジペコ「…はい」
ダージリン「ただいま」
オレンジペコ「…おかえりなさい、ダージリン様」
ダージリン「ちゃんと良い子にしてた?」
ヴェニフーキ「…」
オレンジペコ「…ごめんなさい。私は悪い子です…」
オレンジペコ「ダージリン様にどれだけ謝っても許されないことを………」
ダージリン「…ペコ。こんな格言をしっているかしら?」
ダージリン「"イギリスはすべての戦いに敗れるであろう、最後の一戦を除いては。"」
オレンジペコ「チャーチルの言葉…ですよね…」
もう何度も聞いた言葉だ。
そして、その言葉に何度も助けられた。
ダージリン「あなたは最後の最後で、本当のことを打ち明けてくれた。そして、そのお蔭で、私はここに戻ることが出来た」
ダージリン「ありがとう。ペコ」
オレンジペコ「だ、ダージリン様ぁ…!」
ダージリン「ふふっ」
アッサムさんに続いてペコまでダージリンに抱きつく。
良かった。ダージリンはチーム皆から愛されている。
少しずつ、歪んだ時間が元に戻っていく。
ヴェニフーキ「……グリーンさんですか?」
アッサム「えっ?」
ヴェニフーキ「先程からずっと誰かに見られているような気が」
アッサム「何のことですの?」
ヴェニフーキ「グリーンさんでなければ、モームさんでしょうか。それともフレミングさんか、ランサムさんか…」
アッサム「…」
アールグレイ「アッサム」
アッサム「げぇっ! アールグレイ様!!?」
アールグレイ「あらあら、"げぇっ!"だなんて随分なご挨拶ね?」
アッサム「え、あ、あの…いえ、これには…」
アールグレイ「わかったから。部下をコソコソさせるのはおやめなさいな?」
アッサム「わ…わかりました。グリーン、ご苦労様です。出て来なさい」
アッサムさんの合図とともに、部長のグリーンさんを先頭にGI6の皆が出て来る。
グリーン「お許しを。先日ご乱心なさった事やその後の警察沙汰騒動もありましたので」
ヴェニフーキ「その件はご迷惑をおかけしました。今はもう元通りですのでご安心下さい」
グリーン「まったく。あなたは厄介ですよ本当に…」
ヴェニフーキ「恐縮です…」チラッ
アールグレイ「どうしたのかしら。ヴェニフーキ」
ヴェニフーキ「何でもございません」
アールグレイ「そう」
『本当に聖グロには助平しかいないんだな!』と目で語ってやった。
アールグレイ「私は違うわよ?」
ヴェニフーキ「何のことでしょう?」
アールグレイ「自分の胸に手を当てて確かめなさいな」
ヴェニフーキ「…助平」ボソッ
アールグレイ「あとで覚えてなさい」ニコニコ
グリーン「先代部長までいらしたのですか…」
アールグレイ「ふふ。お久しぶりね」
アールグレイさんに深々と一礼をするGI6の面々。
何かしら関係があるのだろうか?
ヴェニフーキ「ダージリン様」ボソッ
ダージリン「なにかしら?」ボソッ
ヴェニフーキ「アールグレイさんとGI6ってどんな関係なんです?」ヒソヒソ
ダージリン「アールグレイ様は元・GI6部長よ」コソコソ
ヴェニフーキ「…そうなんですか。だから助平なんですね」
アールグレイ「聞こえてるわよ。ヴェニフーキ」
ヴェニフーキ「失礼。つい本音が」
アッサム「こ、こらヴェニフーキ! 口を慎みなさい!」
ヴェニフーキ「ところでアッサム様」
アッサム「な、何ですの?」
ヴェニフーキ「グリーン様たちと対面してからというもの、ジャケットの中に変なものを入れられたり、監視されたりしていたのですが…」シレッ
ペコ・アッサム「うっ…」
グリーン「…そ、それは…」
アールグレイ「ええっ!? あなたそんな事していたの?!」
アールグレイさんが大げさな反応をする。
白々しいな。あなたも知ってただろうに…。
アッサム「…申し訳ありませんでした」フカブカ
グリーン「これは私の失態です。大変ご迷惑をおかけしました」
ダージリン「ヴェニフーキ、アッサム達を虐めないで頂戴」
ヴェニフーキ「私はアッサム様をはじめ、GI6の皆様に虐められていたわけですが。ねぇモームさん?」
モーム「………」
『ワシに言われても…』って顔をするモームさん。
諸々あって彼女の言いたいことも何となく分かるようになってきた。
…ん? 『"ワシ"なんて言わない』だって?
ダージリン「そう言わないの。アッサム達は死に物狂いで聖グロリアーナを立て直そうとしていたですから」
アッサム「ダージリン…!」
ヴェニフーキ「責めるつもりは一切ありません」
アッサム「…本当ですの?」
ヴェニフーキ「ええ」
アッサムさんもまた、かつてのダージリンと同じように聖グロを守り抜いた一人だ。
それに対して部外者である私は敬意を払えど罵る理由がどこにある。
…ただし盗聴器を仕込もうとしたことは別だ。
あのまま気付かずに自慰でもしてたら大変なことになっていたんだぞ。
「ダージリンさーん!」
ダージリン「みほさん…?」
みほ「お久しぶりです!」
ダージリン「御機嫌よう。そして優勝おめでとう。素敵な試合でしたわ」
みほ「えへへ。ありがとうございます」
優花里「ダージリン殿もすっかり体調が良くなったようで安心しました!」
ダージリン「ええ。ご心配をおかけしました」
本当だ。全く心配ばかりかけやがって。この人は。
そう思っていたら背中をツネられた。痛いですやめて下さい。
ヴェニフーキ「私が居ない間に試合でもなされてたのですか?」
アッサム「ええ。あなたが居ないおかげで散々でしたわ」
ヴェニフーキ「散々?」
華「僭越ながら、ブラックプリンスを…」
ヴェニフーキ「…」チラッ
[E-100 対空戦車]
ヴェニフーキ「…なるほど」
グリーン「酷い目に遭いました」
ランサム「履帯を外されて動けなくさせられました」
フレミング「アウトレンジからガンガンとぶつけられました」
モーム「…」
『ワシはあんなの狙えん』とモームさんは言う。どうやらGI6の面々はコテンパンに打ちのめされていたようだ。
そりゃそうだよなぁ…。E-100対空戦車に比べたらブラックプリンスなんて屁でもない。こちらの射程距離の外から当たり前のように撃ってくるもんな。
…五十鈴さんが。
大洗の祝賀会はを数日前にやったのは覚えている。
その日のうちに私は聖グロ学園艦から去ったから知らなかったけれど、大洗の学園艦もメンテナンスをするとかで滞在して暇だったそうだ。
だからこうやって練習試合をやっていたらしい。
となると毎日あのデカブツの的になってたのか…。ご愁傷様です。
ヴェニフーキ「情けないですね。GI6なら返り討ちにしてやるべきでしょうに」
GI6「え゛っ…」
グリーン「随分と無茶をおっしゃる…!」
アッサム「あなた鬼ですの?」
ええ、鬼ですよ? 鬼のように何度も狂いましたが?
それはもう人間ここまで怒り狂うことが出来るものかと思うほどに。
本当に人間を超越して鬼か何かに化けてしまうんじゃないかというくらいに。
…西絹代あらため、西"鬼怒"代でございます。
ヴェニフーキ「その、五十鈴さん、武部さんは…」
華「沙織さんでしたら向こうで一年生の特訓をされてます」
ヴェニフーキ「そうですか。…その節は本当に申し訳ありません」
華「大丈夫です。元気になりましたので」
ヴェニフーキ「そうだと良いのですが…」
華「復帰は早い方ですから」
みほ「えっ? 沙織さんに何かあったのですか?」
ダージリン「ヴェニフーキ、一体何をしたのかしら?」
アッサム「私も初耳です」
ヴェニフーキ「私の口からお答えすることは出来ません」
ヴェニフーキ「たとえGI6の皆様によって拷問にかけられても」
グリーン「拷問なんてしませんよ…」
ダージリン「そう…」
華「………」
みほ「…」
ヴェニフーキ「武部さんの尊厳を守るためですので、ご了承の程を」
みほ「わかりました」
みほ「西さん」
ヴェニフーキ「!」
優花里・華「えっ?」
アッサム「えっ……?」
ヴェニフーキ「…」
アッサム「今、西さんって…?」
みほ「はい。知波単学園の西さん…ですよね?」
ヴェニフーキ「何のことでしょう?」
みほ「あの、黒森峰のエリ…逸見さんから電話がありまして」
ヴェニフーキ「…」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
エリカ『そうそう。いい忘れてたわ』
みほ「うん?」
エリカ『聖グロに"ダージリン"が戻ってきたら、ヴェニフーキとかいう邪道の皮、ひん剥いて丸裸にしてやって』
みほ「えっ、どういうこと…?」
エリカ『あいつ、知波単学園の西絹代よ』
みほ「ええええっ!?」
エリカ『良い? この事はゼッタイに内緒よ?』
みほ「う、うん…」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
みほ「…って」
ヴェニフーキ「………」
華「それってつまり……!?」
アッサム「えっ…!?」
ダージリン「…」
アールグレイ「…」
西/ヴェニフーキ「今の今まで、黙っていてすみません」
アッサム「え…え………うえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
優花里「ちょ、ちょっと待って下さいよ! ヴェニフーキ殿が西殿ってどういうことですかぁ!?」
西「言葉通りです。不逞を承知で"ヴェニフーキ"と身分を偽ってた次第であります」
アッサム「そんな…そんな………」
優花里「全然気付きませんでした…」
アールグレイ「…良いのかしら? 白状しちゃって」
西「ええ。OG会の件は一段落ついたので、もう偽る必要は無いかと思います」
アールグレイ「そうね。本当にお疲れ様」
アッサム「う、嘘ですの! あなたが知波単学園の絹代さんだなんて…絶対嘘です!」
ダージリン「本当よ。残念ながら」
西「残念ってどういうことですか…」
アッサム「嘘おっしゃいダージリン! 全然人相が違うじゃないですか!」
西「正体がバレぬようにと必死に己を偽っておりましたので」
アッサム「で、では…あなたが絹代さんである証拠を出しなさい!」
西「証拠と言われましても…」
ダージリン「…」コホン
ダージリン「"増援は私たち全部で22輌だって言ったでしょう?"」
西「お…?」
ダージリン「"あなたのところは6輌"」
西「"すみません! 心得違いをしておりましたぁ!"」
全員「!!」
みほ「…確かに西さんです」
優花里「紛うことなき西殿です。…だからこそ今この目の前にある現実が信じがたいですけど」
アッサム「た、確かにこのポカっぷりは絹代さんですの……!」
ダージリン「懐かしいわね」
西「ええ…本当に懐かしいです………」
もうずっと前のことのように思える
大学選抜チームとの戦いの日が私とダージリンとの最初のやりとりだった。
あのやり取りから紆余曲折を経て、ダージリンと現在のような関係に至るのだから運命というものはわからない。
でも、今だけはそんな運命とやらに感謝したい…。
オレンジペコ「あの…絹代様…」
西「ん?」
オレンジペコ「その………」
西「ああ…安心して下さい。あの件は何とかなりますから」
オレンジペコ「本当ですか?!」
西「ええ。なにせOG会の会長様と話をつけたのですから」
オレンジペコ「わぁぁ…! ありがとうございます!!」
アッサム「よくそんなホラを…」
ダージリン「本当よ」
アッサム「え」
アールグレイ「ついさっきまで三会の会長様とお話をしてたわよ?」
アッサム「え゛っ!?」
西「あの場には西住様や島田様もいましたね」
みほ「え」
西「色々お世話になりましたので、今度お礼をせねば…」
みほ「い、いいよお礼なんて! お、母さんそういうの大丈夫だからっ!」アセアセ
西「いいえ、家元様には大きな恩があります。これを返さぬと宣う方が邪道というものです」
みほ「そんなことないよ! お母さん鈍感だからそういうの大丈夫だよ!」
西「いえ、西住さんが許しても私は許せません」
みほ「じ、じゃぁ適当にそこら辺にある石ころでも送れば良いと思うよっ!!」
西「ええ…」
みほ「大丈夫大丈夫。お母さん鈍感だからきっと喜んでくれる」
西「でも一目見てヴェニフーキが私だと見破りましたよ?」
みほ「き、きっとカンで言たんだよ!」
西「ええ…」
オレンジペコ「絹代様…」
西「はは。その…ごめんなさい。ペコ太郎」
オレンジペコ「えっ…?」
西「あの日からずっと、牙を向けたままでした」
西「…だから、ごめんなさい」
オレンジペコ「………辛かったです」
西「…」
オレンジペコ「絹代様にあんなこと言われるなんて思いもしませんでした…」
西「…」
オレンジペコ「だから……責任取ってください…」
ダージリン「…」
西「私に可能であれば何なりと」
オレンジペコ「そうですね…」
オレンジペコ「肩もみ100万回で許してやりましょう」
西「ぐぎっ…足元見やがって…!」グヌヌ
ダージリン「あらペコ。100万回だけで良いの?」
西「なっ、ダージリン!?」
オレンジペコ「うーん…そうですね。では1000万回で」
西「ちょっ! 桁が一つ増えたではないですかっ!!」
オレンジペコ「それだけ私に酷いことをしたんですから」
西「はいぃ?!」
ダージリン「…あなた、一体何をしたのよ?」
オレンジペコ「キズモノにされました」
西「は? はぁぁぁぁ!?」
華「まぁ…武部さんに飽き足らず………」ワナワナ
西「ち、違います! 誤解です誤解ですぞっ!!」
ダージリン「あなた…」ワナワナ
西「ちょっと待って! おいペコ太郎!!」
オレンジペコ「しぃらない」フフッ
ガシッ
西「え? あ、ちょっ!? ダージリン…さん?」
ダージリン「ふふ。キズモノとはどういうことか、私にも理解できるよう、ご説明頂けるかしら?」
ダージリン「絹 代 さ ん ?」ギロリ
西「た、助けてアッサムさん!!」
アッサム「私は戻って練習の指揮をせねばなりませんので」
西「に、西住さぁん!」
みほ「あはは、私はダージリンさんに一度も勝ったこと無いから…」
西「あーr
アールグレイ「私は卒業生だから」
西「いや関係な
グギリ ゴキッ
西「いだいっ!!! か、関節技はやめ…ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ダージリン「あなたは私が責任持ってキズモノにして差し上げるからご安心なさい」
ゴキッ バキッ!
西「ふぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」
アールグレイ「あらあらうふふ。本当に仲が良いのね」
ダージリン「ええ。何しろ一心同体ですので。ねぇ 絹 代 さ ん?」
西「おかしいです! 一心同体なら痛みわかるはずです! これは所謂"でぃーぶい"ですぞ! ダージリン・バイオレンス <ミシッ!> あ゛ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
みほ「あはは。西さんはきっと尻に敷かれるタイプだね」
優花里「間違いありません」アハハ
華「ヴェニフーキさんの姿であられもないことになってますね」フフフ
オレンジペコ「姿とのギャップが凄いです…」
ギャァァァァァァァァ!!!!
…こうして、私の聖グロでのスパイ大作戦は、ダージリンの復学という形で幕を閉じた。
時間がかかったせいでダージリンが聖グロにいられる時間は少ないけれど、それでも聖グロ生として卒業することが出来て嬉しいとダージリンは言う。
もうすぐクリスマスだなとか考えながらダージリンの関節技に身悶える。
…いつの間にそんなの会得したんだ。そして私を実験台にしないでおくれ…。
西「た、助けてアッサムさん!!」
アッサム「私は戻って練習の指揮をせねばなりませんので」
西「に、西住さぁん!」
みほ「あはは、私はダージリンさんに一度も勝ったこと無いから…」
西「あーr
アールグレイ「私は卒業生だから」
西「いや関係な
グギリ ゴキッ
西「いだいっ!!! か、関節技はやめ…ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ダージリン「あなたは私が責任持ってキズモノにして差し上げるからご安心なさい」
ゴキッ バキッ!
西「ふぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」
アールグレイ「あらあらうふふ。本当に仲が良いのね」
ダージリン「ええ。何しろ一心同体ですので。ねぇ 絹 代 さ ん?」
西「おかしいです! 一心同体なら痛みわかるはずです! これは所謂"でぃーぶい"ですぞ! ダージリン・バイオレンス <ミシッ!> あ゛ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
みほ「あはは。西さんはきっと尻に敷かれるタイプだね」
優花里「間違いありません」アハハ
華「ヴェニフーキさんの姿であられもないことになってますね」フフフ
オレンジペコ「姿とのギャップが凄いです…」
ギャァァァァァァァァ!!!!
…こうして、私の聖グロでのスパイ大作戦は、ダージリンの復学という形で幕を閉じた。
時間がかかったせいでダージリンが聖グロにいられる時間は少ないけれど、それでも聖グロ生として卒業することが出来て嬉しいとダージリンは言う。
もうすぐクリスマスだなとか考えながらダージリンの関節技に身悶える。
…いつの間にそんなの会得したんだ。そして私を実験台にしないでおくれ…。
後でわかったことだが、反・聖グロ派は諸々の行為によって全員"逮捕"された。
反・聖グロ派の正体は、聖グロ在籍時には"貴族派"と呼ばれていた富豪のご令嬢たち。
貴族派の連中は聖グロを唯一無二のお嬢様学校にすべく、"賤民の排除"という目的を掲げていた。
確かに聖グロにはローズヒップやルクリリさんといった"庶民"の生徒も多く在籍する。
連中にとってそういった庶民生まれの生徒が目障りだったという。
その中でも特に、貴族でも庶民でもなく、叩き上げで隊長になったダージリンの存在は目の上のたんこぶだったらしい…。
また、アールグレイさんによると、反・聖グロ派はOG会の会費や学園艦の運営資金の一部を横領し、反社会勢力への活動資金に流していた疑いがあり、以前より公安の監視対象だったそうだ…。
それに加え、ダージリンの強制退学、ペコに対する脅迫、様々な余罪があるため、当分戻ってこないらしい。
アールグレイさんはOGの一人でありながら、OG内部に蔓延る汚職を取り締まるため、公安から捜査協力を依頼されていた身とのこと。
お借りした盗聴器など諸々も道具はそういった所から来ている。
彼女もまたOGでありながらOGに送り込まれた諜報員だったわけだ…。
…まぁ、どうであれダージリンは無事に復学した。
OG会の会長様たちの後ろ盾もあり、このような悲劇は二度と起こらないだろう。
他の聖グロの生徒は誰一人痛手を負うことは無かった。内通者をせざるを得なかったペコも以前と変わらぬように皆と接している。
対して反・聖グロ派連中の作戦は大失敗。一人残らずブタ箱行き。
私の…いいや我々の完全勝利だ。
やつらは私達の手の届かない場所で、微笑みながら私達を葬る邪道だった。
けれども、そんな邪道を私達は地べたを這いずり回りながら反撃の機会を伺っていた
そして来る時、ついに奴らを叩き落とすことに成功した。
それは無人機に抗う対空戦車の如く………。
おしまい。
…と思ったけど、怒られても良いからおまけ的なこと書こう。
◆ おまけ その後の西と仲間たち
華「…さて。私達も戻って練習の続きをいたしましょう」
GI6「!!」
アッサム「あの…」
華「はい?」
アッサム「やっぱり…あの"大きいの"を…?」
華「ええ。遠く離れた場所にいる戦車に砲弾を当てるのは凄く気持ち良いですから」ウフフッ
GI6「」
華「それに、"ヴェニフーキさん"が戻られたのですから…ね?」
西「私は疲れたので少々休息を…」
華「"ヴェニフーキさん"無しでは物足りませんわ」
西「…」
華「…」
私たちの仕事は終わったが、私個人の問題はまだ解決していない。
五十鈴さん、やっぱり武部さんの件で。
無理もないよね。武部さんを傷つけたんだから…。
ヴェニフーキ/西「…わかりました。五十鈴さんがご満足頂けるまでお相手致しましょう」
優花里「…!」
華「…その言葉、お待ちしておりました。ヴェニフーキさん」
優花里「本当に同一人物とは思えない切り替わり様ですね…」
アッサム「未だに信じられませんわ…」
アールグレイ「当たり前よ。あなたやGI6を騙す必要がある以上、中途半端な変装では無意味ですもの?」
アッサム「…見抜けなかった自分が憎らしいですの」
グリーン「さすが前部長。まだまだ勉強不足です」
アールグレイ「ふふっ」
優花里「アールグレイ殿の変装ノウハウがあれば偵察任務も捗りそうです」
みほ「うん。そうだね」
ヴェニフーキ「…」
なかなか怖い会話をしている。
アールグレイさんによる"変装"は聖グロの参謀であるアッサムさんや、偵察・諜報を専門としているGI6までをも騙した。
いや、それどころかナオミさんやノンナさんですら見抜けなかった。私の正体を唯一見抜いたのは西住様とカチューシャさんだけだった…。
それほどまでに"完璧"な変装を、この人はいとも簡単に施した。
西絹代という実在人物をこの世から消し、
その瞬間ヴェニフーキという全く別の人物を生み出したのだから…!
西住さんや優花里さんは笑い話のように語るが、これは当事者からすれば身の毛のよだつ話だ。
OG会よりもアールグレイさんを敵に回す方が危険なのかもしれないと思うほどに………。
ヴェニフーキ「………」
ダージリン「五十鈴さん」
華「何でしょう?」
ダージリン「この子は無茶をするから本当に倒れてしまいますわ。今はそっとしておいて下さるかしら?」
華「あら…」
ダージリン「ごめんなさいね。この子を七面鳥にするのはまた別の機会に」
華「それは仕方ありません。また次の機会にどうかお手合わせ願います」
ヴェニフーキ「恐縮です。体調が回復したら是非」
ダージリン「私も久々の"帰郷"で疲れてしまいましたわ。お部屋まで案内して下さるかしら?」
ヴェニフーキ「かしこまりました」
ギュッ
「………」
ヴェニフーキ「…ん?」
「…」
ダージリン「あら?」
「…」
みほ「宇津木さん? どうしたのかな?」
優季「…」
華「宇津木さん…?」
優季「沙織先輩をフって、ペコちゃん弄んで、次はその人ですかぁ?」
ヴェニフーキ「!!」
ダージリン「………」
オレンジペコ「う、宇津木さん? 私は別に
優季「色んな人をその気にさせておいて…」
ヴェニフーキ「っ…」
ダージリン「…」
優季「私、そのヒト許せない……最っ低…」
みほ「や、やめよう…? 宇津木さ
優季「沙織先輩がどんな気持ちだったのかも知らないでッ!!!」
一同「!!!」
宇津木さんの言う通りだ。
武部さんの想いを踏みにじって、ペコも傷つけた。
それらは私が"最低な人間"であるという烙印を彼女に押させるには十分すぎた。
ダージリン「あなた、誤解をなさっているわね」
ヴェニフーキ「ダージリン…様?」
優季「な、何ですかぁ…?」
ダージリン「彼女、"ヴェニフーキ"が誰か知ってる?」
優季「誰って…ヴェニフーキさんですよねぇ?」
ダージリン「違います。知波単学園の西絹代さんですの」
優季「はぁ…?」
ダージリン「ヴェニフーキというのは架空の人物でしてよ?」
優季「えっ…?」
西「………」
華「宇津木さん、ダージリンさんの仰ることは事実です」
優季「えっ………?」
みほ「私達も最初、驚きました」
優季「ど、どうして知波単の隊長さんがここにいるんですかぁ?!」
ダージリン「アールグレイ様、宜しいですわね?」
アールグレイ「私は構わないわ」
ダージリン「絹代さんも、もう良いわよね?」
西「ええ…」
ダージリンは宇津木さんや西住さん達に私が姿を偽った理由を打ち明けた。
ダージリン「以上です。この話はどうかご内密に」
優季「そんな………」
ダージリン「信じ難いのは無理もありませんわ」
みほ「………」
優花里「ダージリン殿が退学だなんて…」
アールグレイ「これらはOGの中にいた"裏切り者"たちによる内部崩壊の1つ」
華「でも、今ここにいらっしゃるということは?」
アールグレイ「そして、その"裏切り者"は無事に全員逮捕されました」
オレンジペコ「………」
ダージリン「絹代さんがいなかったら、私はどうなっていたわからなかった………」
優季「…」
みほ「ダージリンさんは…」
優花里「西住殿?」
みほ「ダージリンさんはあの時、私達を助けて下さった。…なのに…」
みほ「私は何もできなかった…って……」
ダージリン「ありがとう。そのお気持だけでも嬉しいですわ」
優季「あ、あの…」
西「…はい」
優季「ごめんなさい…私……思いっきり勘違いしちゃった……」
西「まぁ…あの様に思われるのは無理もありませんよ」
優季「で、でもぉ…私、西さんに酷いこと言っちゃった…」
西「私が宇津木さんの立場だったとしても、恐らく同じ事をしていでしょう」
優季「ホントですか…?」
西「だから…宇津木さんでしたっけ? あなたの判断は正しいのであります」
西「…あ、ただ、この事はできれば内緒にして頂きたいのです。私だけでなくダージリンも関わってきますので」
みほ「確かに…」
優季「う、うん…!」
華「西さんの功労に免じましょう」
ダージリン「ご理解とご協力、誠に感謝いたします」
本物のスパイにはこんなハッピーエンドなんて訪れたりしない。
スパイは仕事が終わったあともスパイであり続けないといけないから、どれだけ汚れても誰にも正体を明かせない。事情を話すこともできない。
だから私は恵まれている。こうやって事情を打ち明けることができて居場所も残されているのだから。
西「……あ……れ………?」
ダージリン「っ!! 絹代さん!!」
西「………!」
「っ! 救急車を! 」
…体に…力が……
「き、絹代さん! しっかりして!!」
……………眠い………………
【数日後 西絹代の病室】
ダージリン「…懐かしいわね」ズズ…
西「………」
ダージリン「あの時もこうやってあなたの横で紅茶を飲んでいたわ」
西「………」
ダージリン「そうしたら、あなたは目を覚めて、そこから始まった………」
西「………」
スッ...
ダージリン「やっぱり、あなたの手はとっても温かい…」
西「………」
ダージリン「願わくば、ずっと握っていたいわね…」
西「………」
ダージリン「お互い、白髪になっても、腰が曲がっても、ずっと…」
西「………」
西「……ぅ…」
ダージリン「! 絹代さん!」
西「………だーじりん……」
ダージリン「ええ私よ!!」
西「……っ………ぅぅ…………」
ダージリン「ど、どうしたの?! どこか痛いの!?」
西「怖い…夢を………」
ダージリン「! …大丈夫よ。あなたのそばには私がいるから…」
西「ありがと………」
~~~~
ダージリン「…落ち着いた?」
西「ええ…嫌な夢でしたよ…」
ダージリン「…前にも嫌な夢を見るって言ってたわね…一体どんな夢だったの?」
西「…今までやってきたことが全部夢だったという夢です」
ダージリン「…」
ツネッ
西「いたっ……」
ダージリン「ほら。大丈夫でしょう? あなたがやってきたことは夢なんかじゃないわ。紛れもない事実よ」
西「そう、ですよね…あはは」
ダージリン「そうよ。ご安心あそばせ」
西「…?」
ダージリン「どうしたの?」
西「いえ、何処かで見たことがあるなと思ったら、ここ病院じゃないですか…」
ダージリン「そうよ。あなたってば急に気絶してそのまま病院送りだったのよ?」
西「あははは…」
ダージリン「まぁ…でも、お医者様によると疲れてただけで身体に異常は無いって言うから安心したわ」
西「恐縮です。またダージリンにご迷惑をおかけしました」
ダージリン「良いわよ。私があなたにしてくれたことに比べたらこんなのお茶の子さいさいですわ」
西「あははは。…懐かしいですね」
ダージリン「そうね…」
西「あの時もこうやって病院のベッドで目がさめたら、横にダージリンがいましたね」
ダージリン「ええ」
西「そして色々ツネられたり叩かれたりして」
ダージリン「あらあら。随分と思い出を美化してくださるわね?」ワキワキ
西「なっ! 病人相手に攻撃は反則ですぞ!!」
ダージリン「それだけ元気があればもう大丈夫ね。何しろ2日も眠りこけていたのだから」
西「えっ…2日も?」
ダージリン「ええ。そうよ」
西「…大洗の皆さんは?」
ダージリン「帰っちゃったわよ?」
西「う…」
ダージリン「う?」
西「うわぁぁぁぁぁぁん!! 練習試合したかったのにぃぃぃ!!」
ダージリン「あんな身体では練習試合どころか指相撲も無理よ。今はしっかり体を休めることに専念なさい」
西「むぅ…かしこまりでございます…」シクシク
ダージリン「それに、大洗の学園艦は近隣の港に停泊しているから、日程さえ合えばいつだってお誘いできるわ」
西「ほ、本当ですか!?」
ダージリン「ええ。何故かプラウダ高校も近くに浮かんでいたから、またエキシビジョンマッチ戦も出来るんじゃないかしら?」
西「しますします! 是非ともやりましょうぞ!!」
ダージリン「今度はみほさんの足を引っ張らないようにするのよ?」
西「え?」
ダージリン「…何かしら?」
西「ダージリンはまたそっち側なのです?」
ダージリン「…味方がいいの?」
西「はい」
ダージリン「そう。ならば私の足を引っ張らないように頑張って頂戴」
西「ダージリンこそ私の背中撃たないで下さいよ? なにせ先の戦いで」
ツネッ!!
西「あいたぁぁぁぁぁぁぁあぁぁ!!!!!」
ダージリン「一回勝ったぐらいで調子に乗らない!」
西「つぅぅぅ…」ヒリヒリ
ダージリン「全く。こういうお馬鹿なところは今も昔も変わらないのだから…」
西「ダージリンも暴力的なところは」
ダージリン「なにかしら?」
西「ナンデモゴザイマヘン」
ダージリン「やれやれですわね。…そろそろ私は行くけど、一人でお留守番出来る?」
西「む。子供扱いしないで下さい」
ダージリン「あなたは手のかかる子供よ。私が責任持ってお世話するから安心して頂戴」
西「むぅ…」
ダージリン「お医者様は目がさめたら退院しても大丈夫って言ってたけれど、無理はしちゃ駄目よ?」
西「え? もう退院しても大丈夫なのですか?」
ダージリン「ええ。もともと疲れが原因なのだから、それが回復すれば明日にでもここを出れるわ」
西「そ、そうですか…」
ダージリン「そうよ。退院したらちゃんと連絡するのよ?」
西「はーい」
【翌朝】
プルルルルル プルルルルル
西「…モケ………」zzzz....
プルルルルル プルルルルル
西「……にんにく……とかしちゃだめ……」スピー
プルルルルル プルルルルル
西「…麺に乗っけて……海苔と一緒に………?」パチッ
西「……電話…?」
ピッ
『もしもし』
西「…ぁぃ」ネボケー
『…アンタまだ寝てたの?』
西「…?」
『もしもし? 聞いてるの?』
西「……だれ」ポケー
『エリカよ』
西「………ペリカ?」
『エリカよ! エ・リ・カ! 逸見エリカ!!』
西「ケツ見ぃ…?」
エリカ『い・つ・みィ!!!』
西「…もっと静かに話さないと周りの人に迷惑ですよ?」
エリカ『いい根性してるわねアンタ…』ワナワナ
西「どうも…」
エリカ『こっちはアンタの茶番に付き合っているほど暇じゃないわよ』
西「それで、どういったご用件で…?」
エリカ『何処かに遊びに行くわよ』
西(………暇じゃん)
:||― ・・・・・
【街】
西「珍しいですね。逸見さんからお誘いがくるなんて」
エリカ「いけなかったかしら?」
西「悪いとは一言も言ってませんよ?」
エリカ「…」
エリカ「…前より良くなったじゃない」
西「ん?」
エリカ「顔色。少し前まで顔は土気色で目充血してクマが出来てたでしょ」
西「あぁ。…まぁ、問題が何とか解決してくれましたので」
エリカ「そう。突撃バカのアンタをあそこまでさせるなんて、ホントにどんな問題なのかしらねぇ」
西「泳げない人を引き揚げる問題です」シレッ
エリカ「なっ! うるっさいわね!!」
西「あははは」
ピロリロリン
西「お、メールだ。ノンナさんからだ」
エリカ「ノンナ…ってプラウダ高校の?」
西「ええ」
ピッ
-------------------------------
件名 : Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Fw:Здравствуйте.
[本文]
ノンナです。
体調を崩されたとのことですが、大丈夫なのでしょうか?
まだまだこれから寒くなる一方ですので、暖かい格好をしてゆっくり休んでください。
追伸: 最近、顔文字を入力するのが楽しいです
(^ω^(⊃*⊂)
↑この顔文字、何かを持っているみたいですけど
なんだか可愛いですよね。
-------------------------------
西「そうだ。ノンナさんにはまだ報告してないし、せっかくだからお誘いするか」
エリカ「えっ? ここに呼ぶの?」
西「駄目ですか?」
エリカ「べ、別に良いけど…」
-------------------------------
件名 : Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Fw:Здравствуйте.
[本文]
絹代です
おかげさまで無事に問題が解決し、ぐっすり休むことができたので元気になりました。
ところで、今、黒森峰の犬と遊んでいるのですが、ノンナさんもご一緒しませんか?
-------------------------------
ピッ
西「送信完了!」
プルルルル プルルルル
エリカ「反応早っ!」
西「あっはっは。早速ですな」ピッ
ノンナ『Здравствуйте. 絹代さん』
西「こんにちはノンナさん」
ノンナ『いかがですか? その、お身体の方は』
西「問題が片付いたおかげで何とか元気になりましたよ」
ノンナ『! хорошо...отлично...!』
西「あはは。ノンナさんにも色々ご心配おかけしました」
ノンナ『いえ、とんでもない…! …それで、用件なのですが』
西「ええ。今ちょうど、黒森峰のアレと遊びに行こうとしてたんですが、ノンナさんもご一緒にと思いまして」
エリカ「ちょっと! "アレ"って何よ!!」
ノンナ『(…"アレ"?)よろしいのですか?』
西「ええ。歓迎しますよ」
~~~~~
ノンナ「こんにちは。絹代さん…と」
エリカ「エリカ。逸見エリカよ。黒森峰の」
ノンナ「こうやって対面するのは初めてですね。プラウダ高校のノンナと申します」
エリカ「知ってるわよ。プラウダの <ツネッ!> いだぁっ!!?」
西「ノンナさんに失礼な態度取らないで下さい。怒りますよ?」
エリカ「わ、悪かったわよ…!」ヒリヒリ
ノンナ「恐縮です」
西「…ところで、私達はこれからどこへ向かおうと?」
エリカ「決めてなかったの?」
西「あんたが誘ったんじゃないかっ!」
エリカ「あぁ…そうだったわね」
西「まったく…」
エリカ「そうね…」
エリカ「ゲームセンターにでも行こうかしら?」
西「え」
エリカ「なによ…」
西「いやぁ、逸見さんもそういうところ行くんだなーって」
エリカ「まるで私はゲームセンターに行かないとでも」
西(エリカ真似)「ゲームセンターぁ? ハッ! お子様じゃあるまい」
西「…とでも言そうですし」
エリカ「なっ…!」
ノンナ「そっくりですね」
エリカ「言うわけないじゃない! 第一全ッ然似てないわよ!」
ノンナ「ふふっ」
西「おろ?」
ノンナ「お二人はとても仲が良いのですね」
エリカ「…犬猿の仲ってヤツよ」
西「イヌと飼い主の関係です。あ、もちろんコッチが犬です」
エリカ「はぁ?!」
西「あ、もちろん私とノンナさんは仲の良いお友達ですよ」
ノンナ「ふふっ。お友達です」
西「ロシア語でお友達って何と言うんでしょうか? "アミーゴ"でしたっけ?」
ノンナ「Ваш другです」
エリカ「アミーゴはスペイン語よ」
西「ドルグ…? 覚えました。忘れたらまた教えてください」
エリカ「覚えたと言うのかしらそれ…」
【ゲームセンター】
西「こういうところに来るのは初めてですね」
ノンナ「同じく。このような騒がしい所には行きません」
エリカ「私もよ」
西「え」
ノンナ「え」
エリカ「えっ」
西「初めてなのにゲームセンターへ?」
エリカ「い、良いじゃない! 高校生なんだからこういうところに行ってみたって!」
西「高校生じゃなくても行っても良いかと」
エリカ「うるさいわよ! とにかく行ってみたかったのよ」
ノンナ「確かに、今時の高校生はこういう場所を好むかもしれません」
西「ええ。私達には想像出来ませんな」
エリカ「…仮にも高校生よ? あなたたち」
ノンナ「ゲームセンターといえば」
エリカ「ん?」
ノンナ「"ぷりきゅあ"というものをニーナ達がやったとのことで…」
エリカ「ぷりきゅあ?」
ノンナ「ええ。同志たちと写真を撮影する」
西「昔練習試合をした時、"ぷりきゅあ ぷりきゅあ" とアンツィオ高校の皆さんが歌ってましたな」
エリカ「プリクラでしょ。あとアンタの言いたいのはフニクリ・フニクラよ」
ノンナ「それです」
西「それです」
エリカ「…まったく。女子高生とは思えないわね」
ノンナ「逸見さんは女子高生らしいですね」
西「このツンツンしてチクチクしてるところ、紛うことなき女子高生ですな」
エリカ「どう見たって女子高生でしょーがっ!」
西「確かに。戦車道やってなかったら一日中ゲームセンターとかカンオケに入り浸ってそうですな」
エリカ「カンオケじゃなくカラオケよ。勝手に殺さないで頂戴」
西「お、あっちの機械は空っぽのようですぞ。行きませう!」
ノンナ「だー」
エリカ「ちょっと聞いてんの!?」
~~~
『お金をいれるんだぞ!』
西「…随分と高圧的ですな」
ノンナ「さすがに我が校もここまで強引では…」
エリカ「そういう仕様なのよ」チャリン
『画面に向かってポーズをとるんだぞ!』
西「ポーズってお寺で修行する人ですよね」
ノンナ「…両手を合わせて黙想をすれば良いのでしょうかか…」
西「プリクラというより寺子屋ですな…」
エリカ「…突っ込まないわよ」ハァ...
『3…2…1…パシャッ!!』
西「…」
ノンナ「…」
エリカ「…」
___________________
| |
| (´ ゚д゚`) |
| ( ゚д゚ )( ゚д゚ ) |
|_________|
西「なんと申しますか…」
ノンナ「思っていたものと違います。今の学生はこのようなものに青春や娯楽を感じているのでしょうか…」
エリカ「そりゃこんな無表情じゃそうなるでしょ! これじゃ履歴書に貼る写真じゃない!」
ノンナ「申し訳ありません。こういう時どんな顔をすれば良いのか…」
エリカ「笑えばいいのよ」
西「画面の向こうにカチューシャさんがいると思って」
ノンナ「なるほど…!」ニコッ
西「私も向こうにダージリンがいると思って」ニコッ
エリカ「じ、じゃぁ…隊長が…」ニッ
パシャァァァァァァァ!!!!!
西「お、逸見さんが笑っておられる?」
エリカ「何よ。私だって笑う時くらいあるわよ」
ノンナ「良い笑顔です」
エリカ「そ、そう…?」←ちょっとうれしい
西「笑顔は良いんですが、如何せん中身がアレでして…」ウーム
エリカ「失礼ね! 中身だって良いに決まってるでしょ!!」
西「…で、写真を撮影した後は如何なさるのですか?」
エリカ「外に出てタッチペン使って落書きするのよ」
西「落書き…歴史の教科書とかにやるヤツですかな?」
エリカ「まぁそんな感じよ。多分…」
ノンナ「落書きといえば、同志レーニンに毛髪を描いて差し上げた事なら…」
西「お、奇遇ですな。私も東條閣下に。やることは皆同じですな」タハハ
エリカ「授業中に何やってんのよ…」
ノンナ「逸見さんはご経験無いのですか?」
エリカ「………アドルフのヒゲを増やすくらいなら」
『写真をデコレーションしやがれ!』
エリカ「はい、タッチペン」
西「恐縮です。…で、こやつでどうすれば?」
エリカ「そいつで画面タッチして、ペンの色や太さ、スタンプとかを選択するの」
西「ほうほう。"はいてく"ですなぁ」
ノンナ「革命的です」
エリカ「そうよ。例えばこんな感じに」カキカキ
西「ぬぁっ?! どうして私にヒゲつけるんですか!」
ノンナ「意外に似合いますね」
エリカ「あはは、よく似合ってるわよ」
西「じゃぁこうします」ペケ
エリカ「ちょっと! なんで私にバッテン描くのよ!?」
西「わっはっは! これで邪魔者は消えた! あとは私とノンナさんで仲良く西ノンを楽しみませう!」
ノンナ「ふふっ。まるでスターリン政権時のトロツキーですね」
エリカ「物騒な話ね…」ケシケシ
西「あ゛っ! バッテン消された!」
エリカ「却下よ却下」
エリカ「なかなか悪くないわね」
ノンナ「…」
西「この写真って皆さんどうされるんでしょうか」
エリカ「好きなところに貼ればいいんじゃない? 携帯電話とか手帳とか」
西「なるほど」
ノンナ「…」
西「ノンナさん…?」
ノンナ「これが…プリクラなのですね…!」シンミリ
西「ものすごく嬉しそうですね」
ノンナ「ええ。とても嬉しいです」ホッコリ
エリカ「良かったじゃない」
ノンナ「ありがとうございます。一生の宝にします」
エリカ「そ、そこまで…」アハハ
西「では私も墓場に入れましょう。いや、いっそ遺影に…!」
エリカ「遺影にプリクラ使うバカがどこにいるのよ」
西「おや? あちらにも何やら面白そうなのがありますね?」
エリカ「ああ。あれはバッティングセンターね」
西「おお、これが噂の…」
ノンナ「テレビでは見たことありますが、実物は初めてです」
エリカ「あなたたち、野球知ってるの?」
西「ええ。一応。暇なときは見てます。軍神ティーガースが今年は不調で残念ですが」
ノンナ「カチューシャがよく見てます。大新井という選手が好きとのことで」
エリカ「…そう」
エリカ「じゃぁ、一発やってみようかしらね」チャリン
テーレッテレー
『ワイノ ゴーソッキュー オマエニ ウテルカ!!』
西「ずいぶんやかましい機械ですな」
ノンナ「品性を疑います」
エリカ「そういうものよ」
ガコン!
シュッ
ビュルルル!!
スカッ..
西「すとらぁーいく!」
ノンナ「おおお…!」キラキラ
エリカ「チッ…」
シュッ
ククッ!!
カキーン!
西「あ、今度はファールですな」
エリカ「変化球はタイミングが狂うのよ! もう一回!!」
・
・
・
エリカ「…フン。初めてやった割には上出来ね」
西「凡打が多かったですけどね」
エリカ「…大新井が悪いのよ。アイツ変化球ばっか使うんだから」
ノンナ「次は、私にやらせて頂けないでしょうか…!」
西「どうぞどうぞ」
『キミ達にボクのボールが打てるかな? まぁ、キミ達には無理だろうね』
エリカ「如何にも"お坊ちゃま"という風貌の投手ね」
西「まるで逸見さんみたいです」
エリカ「どういう意味よ…」
ノンナ「…」
シュッ グォーン
ブンッ!
エリカ「…空振りね」
西「なかなか手ごわいですな…」
ノンナ「Нонна Успокойся...анализ атаки противника....」ブツブツ
西「…ノンナさんは何と仰ってるのです?」
エリカ「わからないわよ。ドイツ語ならまだしもロシア語なんて…」
シュッ ククッ!
ノンナ「Моя победа!」
カキーーーーーーン!!!
西・エリ「おおっ!」
『弟よ…帰って特訓だ………』ガクッ
西「流石ですぞノンナさん! 見事な一撃でした!」
エリカ「なかなかやるじゃない…」
ノンナ「この感触、癖になりそうです」ウットリ
このあと西も挑戦したが、ファールチップがエリカに命中して終わった。
西「しかし、あのように誇示されると負けん気の血が騒ぎますね」
エリカ「気持ちはわかるけど、のめり込み過ぎると血は騒いでも財布が静になるわよ?」
西「むむ…」
ノンナ「次回お相手する時までに鍛えなければなりませんね」
西「そうですね。帰ったら特訓しましょう」
エリカ「…バッティングセンターじゃなく戦車道の特訓をなさい」
西「勿論。実を言うと、聖グロにいる間に一度だけ知波単に戻りまして」
ノンナ・エリカ「えっ?」
西「聖グロと知波単の練習試合が終わって数日後にコッソリと」
エリカ「そんなの聞いてないわよ」
西「まぁ、聞かれなかったので」
エリカ「ぐぬ…」
西「まぁ、聖グロにいながらもやっぱり母校が気になったもので…」
~~~~~~
【回想 知波単学園に戻った西さん】
西「ただいま諸君。ちゃんと元気にしていたか!?」
玉田「西隊長殿! お帰りなさいでありますっ!」
細見「細見、日夜鍛錬に励んでおりました!」
福田「福田! 一生懸命練習しました!!」
西「そうかそうか。良いことだお前たち!」
西「ところで、聖グロの"ぶえにふうき"さんとやらから話を聞いたぞ?」
玉田「ん?」
細見「何をですかな?」
西「 "英語どころか数学も赤点ギリギリですし、世界史も"間一髪だった"と申しておりまして…" 」
細見「お゛っ!?」
西「 "勉強に関しては"からっきし"なのであります。困ったものです…" 」
玉田「え゛っ!!」
西「 "まさに弁慶の泣き所であります…" 」
福田「げっ!!」
西「…とのことだ」ニコニコ
玉田「あ、あのですね…!」
細見「これには深~いワケがございましてですな!」
福田「やむにやまれぬ事情があったのでありますっ!」
西「お、そうか」ニコニコ
玉田「ええ。まさにその通りであります!」
西「ならば仕方あるまいなぁ。あっはっはっはー」
三人「わっはっはっは!!」
西「」ギロッ
三人「え」
西「お前らの練習態度はなんだァァァァァ!!」
西「本ッ当に強くなろうって気があんのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
西「私が根性を叩き直してやるッ!! 今すぐ練習場に集合ォォォォォ!!!!」
玉・細・福「ひぃぃ!!!」
西「まずはランニング!」
西「次はダッシュ100本!」
西「次は腕立て伏せ500回!」
西「次! 腹筋1000回!!」
西「次ィ! 手押し車100回!!」
西「次は全員着ているものを脱げっ!」
西「向こうに見える埠頭まで泳げっ! そして戻って来い!!」
全員「!!?」
細見「い、いくらなんでも無茶ですぞ!!」
玉田「埠頭がすごく遠いでありますっ!!」
福田「埠頭というより不当ですぞ西隊長殿!!」
女仙「ノー! ノー!」
ガヤガヤ ワーワー!
アーダコーダソーダプラウダ
西「ゴチャゴチャ文句言うなァァァァァァ!!!!!」
「ひィィィィ!!!」
ザッパーン!!
~~~~~~~
【そして再びゲームセンター】
西「…という感じですな。いやーなかなか良いストレス発散になりましたよ」ワッハッハッハ
エリカ「…アンタ…自分に出来ないこと部下に指示するのどうかと思うわよ……」
西「いや、私も一緒にやりましたよ?」
エリカ「え」
西「命令しといて自分がやらんのもどうかと思ったので」
エリカ「…ちゃんと最後までやれたの?」
西「泳いだあとはヘトヘトでしたね。晩御飯が美味しかったのであります」
ノンナ「…」
エリカ「私ですらそんな鬼畜な練習はさせないわよ」
西「私が一年の頃はこの手の訓練はよくやってましたけどね」
エリカ「体よりも頭鍛えなさい」
ノンナ「…」
エリカ「あなたはあなたで何企んでんのよ…」
ノンナ「いえ、ニーナやクラーラの練習に良いかと思いまして。特に最後の水泳は」
エリカ「死人出るわよ?」
西「むしろ逸見さんこそやった方が良いのでは?」
エリカ「何でよ!」
西「泳げないから」
エリカ「っぐ…」
「っしゃぁぁぁぁ!!! 取ったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ノンナ「おや?」
エリカ「随分とやかましいわね」
西「…この声」
「やったやった! ついにマジノカード全種類コンプしたっ!」
「あっはっはっはー! 今日は最高の日だなぁ~!」
「やったぁ~やったぁ~ ららりらりりらぁ~りぃ~りぃ~るぅぅ~♪」クルクル
西「………ルクリリさん?」
ルクリリ「え」ピタ...
西「…」
エリカ「…」
ノンナ「…」
ルクリリ「」
ルクリリ「…私、ルクリリという人じゃありません。西呉王子グローナ学園のマリルリという者です。初めまして」
西「嘘おっしゃい! 聖グロのルクリリさんじゃないですかっ!」
ルクリリ「うわぁぁぁ見られたぁぁぁぁ!!」
エリカ「何というか…ブザマね………」
ルクリリ「ふぇぇぇん……聖グロではクールビューティーな女で通してたのにぃ………」シクシク
西「…それはないと思います」
ルクリリ「こんな小っ恥ずかしいところ見られたら私もう生きていけない…」メソメソ
ノンナ「そんなに自分を責めないでください。誰にだって過ちはあります」
ルクリリ「一発の過ちが大きすぎるよぉ………」ズーン
西(聖グロにいた時はこれ以上に恥ずかしいルクリリさんをいくらでも見たことありますけどね。お召し物丸出しで爆睡してたりとか)
ルクリリ「ぅぅ…今日は厄日だ………」
エリカ「…で、あなた一体誰なのよ」
ノンナ「確か聖グロの……フグリリさんだったでしょうか…?」
エリカ「ふぐ…!」
西「聖グロのルクリリさんですよ」
エリカ「へぇ。聖グロの…ね」
ルクリリ「…」ショボン
ノンナ「すっかり意気消沈しておられます」
エリカ「そりゃあんな姿を人様に見られたら…ね」
西「黒歴史というか聖グロ歴史というか…」
エリカ「…面白くないわよ」
エリカ「…あなたも2年生なのかしら?」
ルクリリ「そうだよ…来年3年生…」シュン
ノンナ「聖グロの2年生といえば…」
西「僭越ながら、ルクリリさん以外の方は知らないです」
エリカ「…ということは」
ルクリリ「うん…聖グロの隊長…」
西「…」
ノンナ「何かお悩み事でも?」
ルクリリ「だって…私って隊長ってガラじゃないもん…」
西「そうですか?」
ルクリリ「そうですよっ! 私よりも"ヴェニフーキさん"っていうもの凄ーく強い人がいるのに…」
エリカ「…」チラッ
ノンナ「…」チラッ
西「ぐっ…!」
ルクリリ「いつの間にかいなくなっちゃうから、ダージリン様やアッサム様は私を選ぶんだもん…」シクシク
エリカ「…」
ノンナ「…」
西「………」
ルクリリ「え…なに? どうしたの…???」
西「…すみません」
ルクリリ「へ?」
エリカ「その、ヴェニフーキっての、聖グロではどんなヤツだったの?」
西「なっ!」
ノンナ「実に興味深いです。同じ砲手として、ぜひ知っておきたいです」
西「の、ノンナさんまで?!」
ルクリリ「んー…そうだなぁ。戦車道に関しては間違い無く聖グロ一だと思うなぁ。アッサム様も認めていたし」
ノンナ・エリカ「ほう…」チラッ
西「」
ルクリリ「…ただ、性格がちょっとアレで、頑固と思ったら意外に自由人なところもあって、そのせいでよくアッサム様に怒られたかな?」
ノンナ「そうなのですか」チラッ
エリカ「ヴェニフーキってヤツ、意外にやんちゃ娘なのね」チラッ
西「」
ルクリリ「だけどその反面、後輩からすごくウケが良くて、"ブラックプリンスに乗った白騎士"とか"胸のあるイケメン"って密かにファンクラブまで出来てたね」
ノンナ「まぁ。素敵な話ですね」
エリカ「リア充ってやつね」
西「」
ルクリリ「うん。他校の生徒からも好評で、話によると告白した人もいるって話だよ? …本当かなぁ」
ノンナ「本当なのでしょうか?」チラッ
エリカ「本当なのかしらねぇ…?」チラッ
西「」
西「…あー、ルクリリさん?」
ルクリリ「ん?」
西「私、その"ぶえにふうき"殿とやらから言伝を預かっております」
ルクリリ「ふぇ? ことづて?」
西(ヴェニフーキ真似)「我が校にはやたら口達者な小娘がいる」
西(ヴェニフーキ真似)「そいつが良からぬ事を喋るようなら、その口を針と糸で縫い付けろ」
西「…と」
ルクリリ「」
ノンナ「ふふ。ヴェニフーキさんそっくりです」
エリカ「本当よね。近くにアイツがいるかと思わず身構えたほどよ」
西「…やれやれ」
西「まぁ…その、戦車道に関してはダージリンやアッサムさんから指南を受けるとして、あとはお上品な振る舞いをすれば大方大丈夫なのでは?」
ルクリリ「わ、私に上品な振る舞いだなんて…!」
エリカ「出来る出来ないじゃなく"やる"のよ」
ノンナ「数をこなせば必ず身につきますよ」
ルクリリ「そ、そうだけど…うぅ…」
西「何か、悩み事でも?」
ルクリリ「ヴェニフーキさんに丸投げして悠々自適な学園生活を送る私の計画がぁ…」
西「…」ピキッ
エリカ「良いじゃない。その"ヴェ何とか"よりアナタの方が人望があると思えば」
ルクリリ「! そ、そうだよねっ! ヴェニフーキさんなんかよりも私の方が
ゲシッ!!
ルクリリ「あいたっ!? な、なんで今足踏んだの?!」ヒリヒリ
西「…なんか癪に障ったのでつい」イライラ
ルクリリ「うぇぇ…」ヒリヒリ
エリカ「…アンタだんだん暴力的になってない?」
西「気の所為ですよ。そんなことより、ルクリリさん」
ルクリリ「な、何でしょう!」オロオロ
西「こんな格言、知ってますか?」
ルクリリ「えっ…?」
西「"予ハ常ニ諸子ノ先頭ニ在リ"」
ノンナ「陸軍中将の栗林忠道の言葉ですね」
エリカ「ダージリンの真似してるつもり?」
西「"さん"をつけろデコスケ野郎」
ルクリリ「…その格言が一体?」
西「適度な厳しさと優しさがあれば自ずと人はついていきますよ」
ルクリリ「そう…かな?」
ノンナ「ええ。絹代さんの仰ることは至極真っ当な意見です」
エリカ「腐っても知波単学園の隊長だからね」
西「腐ってもは余分です」
ルクリリ「そ、そっか…絹代様も隊長だもんね!」
ノンナ「同い年なのに絹代"様"って呼ばれてるんですね?」
西「ええ…どういうわけか」
ルクリリ「色々あったんですよ。あ、そういえばウチのローズヒップやオレンジペコも"絹代様"って呼んでますよね。他校の人には"さん"付けなのに」
エリカ「…意外に人望あるのね、あなた」
西「…恐縮です」
ルクリリ「よ、よーし! 私も隊長として頑張るぞい!!」オーッ
ノンナ「ライバル校ながら応援しています」
エリカ「試合になったら手加減しないわよ?」
ルクリリ「へへん。ヴェニフーキさんが見たら発狂するくらい立派にまとめあg
ツネッ!
ルクリリ「痛い痛い痛い痛いいだぁぁぁぁぁぁぁい!!!!」
西「調子に乗らない」
ルクリリ「な、なんで絹代様が怒るんですかっ!?」
西「なんとなく癪に障ったものですから、その"ぶえにふうき"殿とやらの気持ちを代弁してみた次第です」
ルクリリ「り、理不尽だぁ…」
エリカ「やっぱりアンタ、確実に暴力的になってるわよ…」
西「気のせいです」
ノンナ「ふふっ」
♪~Расцветали яблони и груши,Поплыли туманы над рекой.....
ノンナ「すみません。同志から連絡です」
ピッ
「……はい…ええ………わかりました。…ええ。テレビはちゃんと明るい部屋で見るように。それと……はい。それでは…」
西「…」
エリカ「…」
ノンナ「あの、名残惜しいのですが、同志から帰還命令が下されたので、私はこれにて失礼します」
エリカ「あら、残念ね」
西「カチューシャさんからですか?」
ノンナ「ええ。お腹が空いたとのことですので。もし宜しければまた…」
西「ええ。またお誘いします」
ノンナ「! 今日は色々とありがとうございました」フカブカ
西「こちらこそありがとうございます」フカブカ
エリカ「まぁ…楽しかったわよ」
西「」グイッ
エリカ「んぐ!? 引っ張るなっ!」フカブカ
西「ノンナさんも元気になったようで良かったです」
エリカ「…あの人も口数や表情は少ないけど副隊長として色々苦労しているのでしょうね」
西「ええ。皆何かしら悩みや不安を抱えながら生きてるんですよ」
エリカ「…アンタが言うと妙に説得力あるわね」
西「恐縮です」
♪ Ob's stürmt oder schneit, Ob die Sonne uns lacht, Der Tag glühend heiß
エリカ「…っと、まほさんからだ。ちょっと失礼」
西「了解」
「…はい、かしこまりました。…直ちに戻ります!」
エリカ「…悪いわね。私も"帰還命令"が下されたから今日はここでお暇するわ」
西「ちゃんとノミやダニを落として足を綺麗にしてから家の中に入るんですよ?」
エリカ「犬畜生と一緒にするなっ!!」
西「あははは」
エリカ「全く。…まぁ…」
西「ん」
エリカ「…楽しかったわ。たまにはこういうのも悪くないわね」
西「ええ。戦車道も良いですけど、そればかりでは偏食になりますので、息抜きは必要ですね」
エリカ「そうね。みほが大洗で楽しくやってるのを見て、少し羨ましいと思っただけに、こういう何気ない学生生活が眩しく見えたのかしら」
西「何気ない日常って思っている以上に尊いものですからね」
エリカ「違いないわ。…それじゃ、またお会いしましょう」
西「ええ」
西「さて。残るは私だけか…」
ツンツン
西「…ん?」
ルクリリ「(´・ω・`)」
西「んおっ!? る、ルクリリさん!? 」
ルクリリ「…ずっといたのに」シュン
西「え、あ…すみません…?」
ルクリリ「どーせ私は聖グロでも存在感の薄い女ですもん…」
西「ま、まぁまぁ…。ルクリリさんはこの後どうされるんですか?」
ルクリリ「え? うーん。今日は欲しいものゲットしたし、あまり遅いとまた怒られるから帰ろうかな」
西「そうですか」
ルクリリ「あ、絹代様よかったら聖グロに来ない?」
西「え? 宜しいのですか?」
ルクリリ「以前、ダージリン様と一緒にしてたこともあるし、多分大丈夫だと思うよ?」
西「そ、そうですかね…」
ルクリリ「大丈夫だよ。空き部屋あるし、ダメだったらウチらが使ってる相部屋もあるからさ!」
西「相部屋?」
ルクリリ「そうだよ。みんなで集まってゲームしたりする部屋するんだ!」
西「ほうほう」
プルルルル プルルルル
西「おっと、ダージリンからだ」
ルクリリ「ん? ダージリン様?」
ピッ
西「はい、絹代です」
ダージリン『絹代さん! あなた病院抜け出して何処にいるのよ?!』
西「わっ! すみません!! 逸見さんやノンナさん達と出かけておりましたっ!!」
ダージリン『…全く。退院したら連絡しろとあれほど言ったのに…』
西「すみません…」
ダージリン『病院の看護婦さんからチャーチルのプロモデル? を渡されたけど、あなたがそんな態度ならコレ、私が勝手に作るわよ?』
西「あっ! ダメです! それまだ作りかけなんですぞ!!」
ダージリン『あらあら。どうしましょうかね?』
西「む! 今から聖グロ行きますから持って来て下さい!」
ダージリン『え? 聖グロリアーナに来るの?』
西「ええ。ルクリリさんに強要されたので行きますよ」
ルクリリ「べ、別に私は強要してないよ!?」
ダージリン『ふふ。でしたらいらっしゃい。ちゃんとあなたのお部屋も綺麗にしてあるわ』
西「あはは。恐縮です。でも出来ればダージリンの…」
ダージリン『あらあら…。今度こそ"不純交友"になってしまうわ』
西「む…」
ダージリン『嘘よ。気をつけていらっしゃい。あと、ルクリリにも早く帰ってくるように伝えて下さるかしら』
西「かしこまりでございます! では後ほど」ケイレイ!
ピッ
西「…と、いうわけで聖グロに行きませう」
ルクリリ「だ、ダージリン様何て言ってたの?」オロオロ
西「なんかルクリリさんのおやつは"都こんぶ"とのことですよ?」
ルクリリ「うぇぇぇぇ!?」ガーン
西「まぁ、聖グロに行きましょう」
ルクリリ「都こんぶ…紅茶に合うのかなぁ……」ズーン
少し前までは、こんな何気ない学生生活をもう一度送れるなんて思わなかった。
ギスギスした人間関係、ドロドロした疑惑・不信。それらに埋もれて生きるのが精一杯だと思ってた。
今こうして、元通りの生活を送れるようになったのは、あのとき一生懸命戦ったから。
私達が死に物狂いで戦って、そして勝ち取った日常という権利だ。
以前までは当たり前すぎて何も感じなかった平凡な日常だけど、失って初めてその尊さに気が付けた。
だから、これからは平凡だけど有り難い日常を享受しつつ、全速前進で今を生きたい。
「ただいま。ダージリン」
「お帰りなさい。絹代さん」
私と大切な人たちが生きる道を守るために戦ったあの日々を、私はこの先もずっと忘れない。
おしまい。
それではHTML化依頼を出してきます。
前回、前々回につづいて読んでくれた人、レスしてくれた人ありがとうございます。
乙
遂に完結
とても面白かった
ところで、
>>クルセイダー会「私の孫も操縦手をやってるが、何しろぐうたらでねぇ。あんたたちの爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだよ」
>>チャーチル会「あんたのお孫さんも聖グロリアーナへ入れてあげれば良かったのに」
>>クルセイダー会「冗談じゃないよ。私の頃と違って今は学費がべらぼうに高すぎる。それにあの子は今の学校で楽しくやっている」
クルセイダー会の会長が冷泉久子と妄想してしまったのは私だけだろうかwww
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