国王「さあ勇者よ!いざ旅立t「で、伝令!魔王が攻めてきました!!」完結編 (655)

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登場人物まとめ
(前スレの激しいネタバレを含みます。長いので覚えている方は飛ばしてもらって構いません)




・魔王と四天王


魔王

邪神の加護を持つ姫君。人類を圧倒する四天王を配下に持ち、自身も邪神の加護を宿している。先代魔王の娘。
過去、邪神の加護が具現化した「魔人」の危機を炎獣に救われながら、冥王の元で魔法を修めた。
思慮深く、四天王からの信頼は厚い。"魔弓"という波動砲を主な武器とする。


炎獣

炎の四天王。肉弾戦の破壊力はずば抜けており、幾度も人類を圧倒してきた。
また、魔王の「魔人」と戦い続け、共に冥王の元で修行をした過去がある。
精神的に未熟な部分があるが、ひたむきな真っ直ぐさで仲間を救ってきた。


雷帝

雷の四天王。頭脳戦に長け、魔法剣を操る歴戦の武人。先代魔王の頃からの四天王で、幼い現魔王を守るために尽力した。
翼の団との戦いで切り札の魔剣を使うが、軍師の罠により瀕死に陥る。その際木竜に助けられるも、木竜が死亡したことで心を閉ざしている。


木竜

木の四天王。大いなる癒しの力とドラゴンブレスを武器にする老齢の竜。先代魔王の頃からの四天王で、年長者として仲間を見守ってきたが、雷帝を治療していた所を魔法使いの不意打ちを受け、死亡した。


氷姫

氷の四天王。氷の女王と呼ばれる強大な力を持つ魔術師。
冥王の元で魔王、炎獣と出会う。スレた態度を取りがちだが、仲間のことを思っている。
血の繋がらない妹への複雑な思いを抱えている。


・勇者一行

商人
港町を支配していた武器商会の女社長。王国動乱では独自に動き、教会と取引をしていた。港町にて魔導砲が魔王に破られ、氷姫に殺害される。

武闘家
人類最強と言われる老武人。港町にて炎獣を追い詰めるが、氷姫との連繋に敗れ死亡。

盗賊
辺境連合軍「翼の団」の首領。王国動乱では戦士・僧侶に協力し、翼の力を手に入れるが、魔王への奇襲で返り討ちにあい死亡。

戦士
王国軍の鬼と言われる武人。王国動乱を兄と共に止めようとするが、兄の裏切りにあって失敗。王国将軍として魔王を止めようとするも四天王に破れ、戦死。

僧侶
生まれながらに女神の加護を持つ聖女。教会の暴走を止めようとするも教皇の圧倒的な力の前に倒れ、くノ一を逃がすために転移を使い、その代償に消滅。

魔法使い
至る所に姿を現す謎の人物。その正体は死んだはずの先代魔王の側近らしい。魔王四天王の一人を殺害している。

勇者
女神の神託を受けたと噂される人物。




・王国側

国王・女王
魔族との和平を望んでいた賢王。王国動乱で教皇に権力を奪われた。

くノ一
女王配下の隠密。戦士と共に王国動乱を止めようとする。その時に義兄妹の忍を失った。僧侶に命を救われた際、「状況を逆転できる鍵を手に入れた」と発言。


戦士の兄。戦士と共に王国動乱を止めるべく動いていたが、建国の儀式で王国側を裏切って教会に下った。正規軍将軍として魔界に攻め込むが、魔王に破れて戦死した模様。

女勇者
前勇者。剣豪、賢者と共に先代魔王を倒した英雄。王国動乱の際、武闘家との一騎討ちに敗れ死亡。

剣豪
前勇者一行であり、戦士と兄の父。先代魔王討伐後は王国にて大将軍として王国軍を御してきたが、教会の策略に嵌められ処刑された。

賢者…前勇者一行。



・教会側

教皇
女神教会のトップ。王国動乱を起こして国王から権力を奪い取った。圧倒的な神秘の力を使い、魔族でさえ操ることができる。魔王の「魔壁」に存在を解体されたが、意識を残し赤毛を我が物にして魔王を打倒せんと目論む。

大僧正
女神教会のナンバー2。王国動乱の首謀者の一人だが、策略を女王に暴かれた。以降、言動が妖しく異様な様子が目撃されている。城下町で赤毛を狙うが、先生に阻まれる。



・城下町

赤毛
突如城下町の人々が夢に見た神託により、奇跡の僧侶となった町娘。町の人々の手から秘密結社の手によって逃れるも、父や母を救いたいという思いから自ら魔王らと対峙し、追い詰める。今は魔壁により存在を解体され、曖昧な自意識の中で魔王と行動を共にしている。

三つ編
城下町の町娘。赤毛らと秘密結社を結成している一人。少し大人びている。魔壁の内側で、炎獣の側に現れた。

坊主
城下町の商家の息子。秘密結社の一人。泣き虫。魔壁の内側で雷帝の側に現れた。

金髪
城下町のわんぱく小僧。秘密結社の一人。やんちゃだが、リーダーシップを発揮することも。魔壁の内側で氷姫の側に現れる。

神父
城下町の教会の神父。独自の哲学をもち、勇者と魔王の争いをどこか俯瞰で眺めている。赤毛に協力した。

先生
赤毛ら秘密結社メンバーの通う学校の教師。生徒の立場に立って赤毛らを導こうとした。赤毛を守るため、大僧正と戦う。


・その他魔族

冥王
冥界を納める貴婦人。その魔法は魔界の誰しもが一目置くほど絶大。弟子入りした魔王に取り引きを持ちかける。

水精
魔王らと共に冥王に弟子入りした魔族。魔術師としては一流だったが、苛烈な修練についていけず遅れをとっていた。冥界で、虚無と共に氷姫に突如牙を向いた。

虚無
闇部の長。自らを「毒虎」という別の魔族に変化させて冥王に弟子入りし、氷姫の殺害を狙っていた。

鳳凰
先代魔王四天王の一人。魔王の座を狙っている。

玄武
先代魔王四天王の一人。





・あらすじ

 魔王と四天王が王国軍本隊を撃破し、港町に迫る場面から物語は始まる。
 魔王と四天王は、立ち塞がる勇者一行を一人また一人と撃破し、犠牲を払いながらも王国へと迫っていった。

 城下町へと進撃した魔王と四天王の前に、奇跡の僧侶と化した赤毛と大いなる力を操る教皇が現れる。
 女神の加護の強大な力を前に魔王らは全滅の危機に瀕したが、状況を打開するために放った魔王の秘技「魔壁」でみなの存在を解体することに成功する。
 そこには赤毛と教皇も巻き込まれた筈であったが、教皇は辛うじて意識を残して自らの存在の再構築を始める。
 魔王も自分の、そして四天王の存在を再構築するために、記憶や感情のピースを集め始めたのであった。

 思い出の旅の中で炎獣は、魔王の持つ邪神の加護が具現化した存在「魔人」との戦いの記憶で、はっきりとした自意識を持つに至る。
 氷姫は、冥王の元で魔王と炎獣と過ごした思い出を元に自分を再構築していくが、やがてそれも大きな山場を迎えていた。
 修業の日々のなか同門の水精と毒虎に命を狙われた氷姫は、毒虎の正体が闇部の長、虚無であると知る。
 炎獣と魔王の協力のもと、水精と虚無を一度退けることに成功するが、依然として彼らの目的が分からないままに、三人は水精と虚無の後を追うこととなるのであった。







氷姫《…》

魔王《………氷姫は強いね》

氷姫《…ううん。本当は、笑っちゃうくらい弱いのよ》

氷姫《今だってこうやって強がって、感情をさらけ出すまいと必死》

氷姫《弱さをさらけ出せないことは…強さじゃないって、今は分かるんだけど、ね》

魔王《…そっか》

氷姫《ねえ、魔王。この先のこと、あの子達には見せられないわ》

魔王《そう、だね》

魔王《ねえ、あなたたち………?》


金髪《おい! おい、赤毛!》

金髪《赤毛ってば!》

赤毛《………》グタ…


氷姫《どうしたの?》

金髪《わかんねー! 急に赤毛が眠ってるみたくなっちまって…!》

赤毛《………》

魔王《これは》

魔王《…心が閉じてる。いえ、拐われかけている!》

魔王《これはもしかして………教皇の影響…!? 自我がはっきりしてきたところを、狙ってきたの!?》

グイ…

魔王《!》

金髪《なあ………助けてくれよ…!》

金髪《俺、赤毛の友達なんだよ》

金髪《赤毛を、助けなきゃいけないんだ!》

魔王《…!》

金髪《お願いだよ…!!》

魔王《………》

魔王《分かったわ》

魔王《この子は、私が助ける》

金髪《!》パァ

金髪《ありがとう…!》

魔王《ええ》ニコ


魔王《氷姫》

氷姫《うん。あんたにそっちは任せるわ》

魔王《………変、かな》

魔王《人間の子供を、助けようなんて》

氷姫《ふふ》

氷姫《あんたらしいわよ》

魔王《…そうかな》

氷姫《あの子達を、お願い》



氷姫《…助けてくれ、か》

氷姫《敵かもしれないあたし達に、あんな真っ直ぐな目でそんなことを…》

氷姫《――もし、あたしもそうできたなら》

氷姫《こんな道を歩かずに済んだかもしれないのにね》

氷姫《………さあ、そんじゃいっちょ、思い出すとしますか》

氷姫《ずっと目を逸らし続けていた、傷を》









氷姫「…っ」タッタッタッ

炎獣「お、おい氷姫! 待てよ!」

炎獣「本当にこっちであってんのかぁ!?」

氷姫「…」

炎獣「急にどうしちまったんだよ、あいつ…」

魔王「…がむしゃらに走ってるようだけど、氷姫の足取りは確かだよ」

炎獣「じゃあ氷姫には水精達が逃げた方向が分かってるってことか?」

魔王「うん。…心当たりが、あるのかもしれない」

魔王(それにしても…ここは、どこなんだろう? さっきまで私たちがいた冥界とは、気配が完全に変わった)

魔王(冥界を抜けて、別の地域に入った…?)

炎獣「辺りが真っ白で何も見えないぜ…!」

炎獣「ここはどこなんだよ!?」

氷姫「………」

魔王「! 霧が晴れる!」

魔王「何処かの高台に出るんだ!」


ヒュオォ………




氷の領域



氷姫「こ、これは…」

魔王「氷の、世界」

魔王(もしかして、ここは)

魔王(氷姫の、故郷…!)

炎獣「…で、でもよ。おかしくねぇか?」

炎獣「氷の世界なのに、なんで………」

炎獣「――なんで、あっちこっち火の手が上がってるんだよ!?」


氷姫「…っ!!」ギュウ…!

魔王(…幾つかの旗が見える。あれは、確か)

魔王(海王の収める水部署。そしてもうひとつ、虚無の収める闇部署…)

炎獣「虚無と水精が言ってた"本隊"って、まさか、これのことか…!?」

氷姫「………い、行かなきゃ…!」ダッ

魔王「待って氷姫!!」グィッ

魔王「今行ったら、氷姫の身が…っ!」

氷姫「だからって、ここでぼんやり眺めてろって言うの!?」

氷姫「故郷が、蹂躙されるのをっ!!」


氷姫(――…あれ、おかしいな)

氷姫(あたし、ここを故郷だなんて思ってたのか)

氷姫(未練なんて無いって…そう思ってたのに。とっくに無意味なものになっていたはずなのに)

氷姫(今は、あいつの顔が思い浮かんでしょうがない)

氷姫(あたしの、たった一人の妹)

氷姫(あいつの………結晶花の、顔が)


氷姫「駄目だ」

氷姫「あたしやっぱり、行かなきゃ!!」

炎獣「お、おい氷姫っ!」


『…お姉ちゃん』


氷姫「!!」

炎獣「な、なんだ?」

魔王(…テレパス!)


氷姫「結晶花っ! あんたなの!?」

結晶花『良かった。本当にお姉ちゃんだ』

結晶花『帰ってきてくれたのね』

氷姫「…っ!」

氷姫「待ってなさい!! 今、そっちに行くからっ!」

結晶花『ありがとう。お姉ちゃん』

結晶花『あなたにひどいことばかりした私達を、助けようとしてくれて』

結晶花『………でもね』

結晶花『ここは、もう』

結晶花『駄目みたい』


氷姫「――!!」

氷姫「…な」

氷姫「何、言ってんのよ」

結晶花『敵がすぐそこまで迫ってるの』

結晶花『みんな、私を生かすために戦ってくれたけど………やられてしまったわ』

結晶花『水部と闇部が協定を組んで…いいえ、それだけではないわ、きっと』

結晶花『私達は、裏切られてしまった』

結晶花『――長である、私の責任だわ』

氷姫(………待って)

結晶花『だから、無駄なことかもしれないけれど、私も最後まで戦うつもり』

結晶花『お姉ちゃんみたく魔法が上手だったら…転移魔法を使って脱出できたのかなぁ』

結晶花『あはは。出来ないことを言ってもしょうがないよね』

氷姫(待ってよ)

結晶花『でもね、今なら何だってやれる気分だよ』

結晶花『だって、最期にお姉ちゃんと話せたから』


氷姫「結晶花っ…」

結晶花『あ、また名前呼んでくれた』

結晶花『知ってた? お姉ちゃん、なかなか私の名前読んでくれなかったから』

結晶花『とっても嬉しいな』



氷姫(………あたしは、大馬鹿だ)

氷姫(本当に、あたしが謝りたかったのは)

氷姫(ずっと謝りたいって思ってたのは)


結晶花『ねえ、お姉ちゃん』

結晶花『最期に話せて良かった』

結晶花『勇気をくれて………ありがとう』


氷姫「結晶、花っ…!!」


氷姫「今まで………」ポロ…


氷姫「本当にっ…」ポロポロ…





氷姫「――ごめん、なさい…っ!!」


結晶花『…お姉ちゃん、優しいなぁ』

結晶花『本当はもっと』

結晶花『甘えたかったな』

氷姫「結晶花…!!」

結晶花『ねえ、迷惑かもしれないけど、聞いて?』

結晶花『私の最期のお願い』

氷姫「っ、なに?」ギュッ…

氷姫「お姉ちゃん、なんでも、きいてあげるから…っ」

結晶花『えへへ。ありがとう』

結晶花『…私の、氷部署の長の座を…』

結晶花『お姉ちゃんに、継いで欲しいの』

結晶花『そして………いつの日か、また氷部署を………』

氷姫「分かった」

氷姫「いいよ、結晶花」

氷姫「それくらい、御安い御用よ」

氷姫「ね、だから、お願いだから」

氷姫「あたし、あんたと一緒に――」






――――ズンッ!!





氷姫「あ…」





ゴゴゴゴゴ…



炎獣「こ、氷の城が」

炎獣「崩れていく…」

魔王「…っ!」

魔王(テレパスも、消えた…)


氷姫「っ」ガクッ…







氷姫「………………………」







炎獣「………」

魔王「………氷、姫」


ズズ…


炎獣(? なんだ、この気…)

魔王「………!!」

魔王「この魔力は…っ!」


氷姫「………さな…」







氷姫「――許さない」ズズズズ…!






氷姫(全ての魔力を出しつくせ)


氷姫(破壊の衝動の全てを力に変えろ)


氷姫(もっと)


氷姫(もっとだ)





魔王「この魔方陣…!」

魔王「氷姫っ!! 駄目っ!!」



















氷姫「 究 極 氷 魔 法 ! ! 」




海王「…これで、こっちの始末は終わりじゃ」

海王「しかし…寸での所で氷部署の長の継承を許してしもうたのう」

海王「なんちゅう体たらくじゃ。ぇえ?」

海王「虚無よ」

虚無「………」

海王「娘っ子一人、刈り取れんとはのう」

虚無「…うぬの使いが足を引っ張ったのだ」

海王「水精がか? カッ」

海王「使えん奴っちゅうのは、とことん使えんのう」

海王「ほいで、その水精は何処に――」


ズズ…

海王 虚無「!」

虚無「この気配は…」

海王「誰じゃ、こんな大それた事をしよるのは」

虚無「………うぬが侮った」

虚無「その娘っ子であろうな」


ゴォオッ!

炎獣「なんだ!? どうなっちまったんだよ、氷姫は!?」

魔王「究極氷魔法の詠唱に入ってるんだ…!」

魔王「魔力の放出量が凄まじくて、私達が近寄ることも出来ない…っ!」

魔王(究極氷魔法は、全ての魔力を喰らい尽くして発動する魔法だ。コントロールし切れなかった時は)

魔王(死が待ってる…! 今の感情に任せた氷姫の詠唱じゃあ………!!)








ズッ

氷姫(死の行進)

氷姫(全ての敵を狩るまで止まらない死神の召喚)

ズッ

氷姫(あたし自身が冥界とのゲートになる)

氷姫(一度死神の鎌を掻い潜ったあたしはもう条件を満たしている)

ズッ

氷姫(深く潜れ。冥界はここからそう遠くない)

ズッ

氷姫(さらかる深みへ)

ズッ

氷姫(あの極彩色の世界へ)



ズッ







死神「…」


氷姫(見えた…。死神だ)

氷姫(さあ! あたしの魔力を喰らえ!)

氷姫(好きなだけ喰らうがいい!!)

氷姫(代わりによこせ! お前の力を!!)


氷姫(あたしは望むっ!)

氷姫(醜い裏切り者共の断罪を!!)

氷姫(冷徹で犀利な大鎌による制裁を!!)




死神「…」ォオ…

ガシッ


氷姫(っ!?)

氷姫(どうして…。どうして、あたしの体を掴む!?)

氷姫(敵は外だ!! くそっ、言うことを聞けっ!!)

死神「…」

氷姫(…まさか)

氷姫(魔力が…足らないっていうの…?)

氷姫(それとも、あたしが、あんたを牛耳るのに値しない使い手だと…?)

死神「…」


氷姫(どうしても殺さなきゃならない奴らがいるのよ!!)

氷姫(生かしておいちゃいけない奴らが!!)

氷姫(あたしは死ねないんだ、こんなところで!!)

氷姫(あいつらを殺すまではっ!!)

死神「…」

氷姫(くそ…)

氷姫(またか…)

氷姫(どうせ…あたしには何も出来ない)

氷姫(復讐の…ひとつすら………)





炎獣「お、おい…! なんか氷姫の身体が、地面に引き込まれてねぇか!?」

魔王「…!」

魔王「炎獣、ここをお願い!」

炎獣「え?」

魔王「また彼らが攻めてくるかもしれない。そしたらここを守って!」

炎獣「そりゃ、もちろんだけどよ! お前は何処行くんだよ!?」

魔王「すぐ、戻る!!」バリバリバリ…!

魔王「転移っ!!」

ギュゥン――!

炎獣「ええっ!?」






冥王「………あら」

冥王「いやね、さっきは死ぬほど無様な転移を披露していたくせして、急になんて見事な転移をするんでせうか」

冥王「先ほどは手を抜いていらしたのかしら? …子猫さん」

魔王「――…お師匠様」

冥王「お前さん、情けない意気地無しのくせして、誰かのためなら無い気概を少しばかり絞り出してみせる、という所かしら」

魔王「…」

冥王「…その顔。面倒事をしこたま背負って帰って来ましたわね」

冥王「順序立てて、お話なさいませ」






金髪《………》

金髪《出来たんだな。滅茶苦茶ムズい、魔法》

魔王《ええ》

魔王《最も、あたしが転移を成功させたのは、後にも先にもこの一回きりだったのだけど》

金髪《なんで?》

魔王《え?》

金髪《なんで出来たんだ?》

魔王《…》

魔王《大切な、友達を守りたかった》

魔王《この時はただその一心だったな》

金髪《…大切な友達を、守る…》

金髪《………そうだ、俺》

金髪《俺も、守らなきゃ。赤毛を…》

赤毛《………》グタ…


魔王《うん、よし》

魔王《私自身を蘇らせれば蘇らせるほど、私の杭としての役目は強まる》

魔王《ここから投げた思いの糸で、この子を引き上げる…!》

赤毛《………》

魔王《思い出せ。あの時のお師匠様のように――》

魔王《!?》グラッ

魔王《な、何!? 異様な力がこちらを引っ張ってくる!》

魔王《こんなこと、有り得ないはず!》


《――どんな、未知なる奇跡も》

教皇《私であれば可能なのだよ、魔王》


魔王《あ、あなたは!》

教皇《さあ。貴様も来い》

教皇《我が存在の中へ》

魔王《うぐっ!!》

金髪《お、おい!》












氷姫「…………」ユラ…ユラ…

炎獣「氷姫の体が、半分以上地面に呑まれちまってる…!」

炎獣「これが、究極氷魔法の代償だってのか…!? ちくしょーっ、どうすりゃいいんだ!」

炎獣「くそっ…急いでくれ、姫…!!」

炎獣「!」ピク


「――ここにおったんかい」

海王「一緒におるのは、先代の娘の手勢か?」

海王「カッ、手間が省けるわい」

虚無「………」


炎獣「…ちっ」


炎獣「あんだよ、てめぇら」ギロ

海王「口の利き方のなっとらんガキじゃのう」

虚無「………気を抜くな」

海王「ふん。多勢に無勢じゃ。こっちにゃ一部隊丸々ついとるんじゃぞ」

炎獣(くそっ、やべえ。敵の数が多い。囲まれてる)

炎獣(しかもこの二人…四天王クラスのバケモンだ)

炎獣(かといってここを動くわけにはいかねぇ)チラ

氷姫「………」ユラ…ユラ…


虚無「………氷の女王は、自滅しているな。放っておいて問題ないだろう」

海王「何を日和っとるんじゃ、ワレは。邪魔するもんは全部排除すればええ」

炎獣「あんたの言う通りだな」

海王「…何?」

炎獣(へっ、四天王クラスか…)

炎獣(いいじゃねぇか。丁度いい。姫が魔王になるってーんなら、俺は)

炎獣(倒してやるよ。そんくらいの敵なんざ)


炎獣「やるんだろ、オッサン?」

炎獣「――かかって来いよ」ピシ…


海王「カッ!」

海王「面白いガキじゃのう」

海王「ええじゃろう………!」














「おやぁ――?」


「おやおやおや?」



冥王「このあたくしを差し置いて、随分盛り上がったご様子ねえ」


海王「め…!!」

虚無「冥、王………!!」

炎獣「師匠!」パァ

虚無(馬鹿な…!! 早すぎる!!)

虚無(一体どうやって嗅ぎ付けて来た!?)

魔王「…」フラ

炎獣「姫! 大丈夫か?」

魔王「う、うん…」

炎獣「…成功させたのか」

炎獣「お前、すげーよ。ほんと」

虚無(まさか…! あの小娘が転移を成功させたのか!?)

虚無(完全な誤算だ…!!)



冥王「海王。それに虚無」


冥王「魔界の重鎮が揃いも揃ってこんな所になんのご用でせうか?」

虚無「っ…!」

海王「ぐう…!」


海王「………お」

海王「お前さんこそ、どういう風の吹き回しじゃい、冥王」

海王「ここは冥界の外じゃ。お前さんが出しゃばる理由がワシにはわからん」

冥王「 へ え ? 」

海王「っ…!」

冥王「分からないんですの。そうですのね…」

炎獣「師匠! そんなことより、氷姫が大変なんだ!」

炎獣「このままじゃ――」

冥王「」グワッ

炎獣「うっ!?」






氷姫(これが、究極氷魔法を失敗した、代償)

氷姫(………生者の魂が、抜け落ちる、か)

氷姫(こういうことなんだ…って分かったときにはもう終わりなのね)

氷姫(体の感覚が曖昧で、凍りついてしまったかのように寒い。辛うじて働いてるのは頭だけで)

氷姫(その頭を…奴がはね飛ばすんだ)


死神「…」




――ヒュルヒュル!

氷姫(!? 何!?)

氷姫(天から、黒い糸が垂れ下がってきて…!)

バシッ!

死神「!」

氷姫(…死神を、縛った!?)


死神「…」ググ…!

氷姫(死神が動きを封じられてる…。それと同時に、あたしの体に血の気がさしていくみたい)

氷姫(あの糸は一体どこから…? 死神を御すなんて、一体誰がそんな高位魔法を…)

氷姫(………いや。こんな滅茶苦茶を平気でしてのける存在を、あたしはひとりしか知らない)

氷姫(あの糸の先には、きっと…!)

氷姫(あの糸を辿るんだ! そうすれば戻れる!)

氷姫(まだ、私は生きれる!!)

グワッ

氷姫(! 急に、凄い力に引き上げられて――!?)






ザブン!

氷姫(…あ)

冥王「これで、満足かしら?」

魔王「!」

炎獣「氷姫!!」

氷姫(戻って…)

氷姫(来た)

冥王「本当にやかまし屋のお弟子さんを持ったもので、参っちまふわ。けれど、お前さん殺しても死なないくらいしぶといものだから」

冥王「黙らせちまふには、とっとと済ますのが一番」ポイ

炎獣「おっと!」ダキ

氷姫(わ…っ)

炎獣「大丈夫か、氷姫」

氷姫「う、うん…」

魔王「お師匠様…」

魔王「ありがとう、ございます…!」

冥王「あたくしはお前様方の便利屋ではないのですけれどねぇ、嫌だわ」

冥王「だから黙ってすっこんでいなさいな。よろしくって?」


冥王「………さあて」

冥王「あたくしのお弟子さんが、とっても危険な目にあっていたようなのですけれど、何か身に覚えはなくって?」

海王「…カッ、そいつが勝手に自滅しただけのことじゃろがい」

海王「それにしてもらしくないのう。かの冥王が、そこまで弟子に愛情を注いでいたとは、初耳じゃが」

冥王「あら、勘違いは困りましてよ」

海王「あん?」

冥王「おほほほ…! やっぱりあなた様、見かけ通りに愚鈍なのんしゃらんですのねぇ」

海王「あ…!?」

冥王「あたくしのお弟子さんはね、あたくしの弟子になったその時から」


冥王「――あたくしのオモチャなんですのよ」


冥王「ですからあたくしのオモチャに手を出すなんて行為は」


冥王「あたくしの冥界への侵略行為であり」




冥王「宣戦布告に他なりませんわ」





冥界「ましてや、オモチャの分際であたくしに反旗を翻すなんて」









冥王「――許されませんのよ? 虚無さん?」ォ オ オ







虚無(超限界突破の魔力………)

虚無(我が力を持ってしてもおそらくは敵わない)

虚無(…………ここまでか)

虚無「――転移」フッ…


冥王「 さ せ ま せ ん わ 」

ガシッ


虚無「!!?」

虚無(馬鹿な!! 転移体になった身体を、掴んだ!?)

虚無(そんなことが出来るのは生命体ならざる存在――)




冥王「"食"」

虚無「………え?」




―― バ ク ッ











海王「な………ッ!!」

魔王「………そ…そんな………」

炎獣「食った…!!」


冥王「あら、いやだわ、うふふ」

冥王「これは存在を解体する、無属性魔法ですのよ」

冥王「別に本当に頂いたわけじゃなくってよ、いやあねぇ」


氷姫(…き…消え去ったって言うの?)

氷姫(あれだけ強力な存在だった、虚無が………)

氷姫(…一瞬にして…)



海王「そ、存在を解体する………!?」

海王「そんな化け物じみたことが、出来るわけが―― 冥王「そんなことよりも」

冥王「大事なことは、もっと他にあるでせう?」

海王「っ!!」ゾッ

冥王「お前様が、あたくしに働いた狼藉の」




冥王「"おとしまえ"、ですわぁ」


海王「まっ……待ってくれい、冥王」

海王「詫びならいくらでもする。この通りじゃ!」

海王「しかし、虚無と違ってワシはあんたんとこの下僕に手ぇ出すつもりなんぞ微塵も無かったんじゃい…!」

海王「ワシの部のものが勝手に虚無に荷担しただけのこと!」

氷姫「!?」

炎獣「…水精のやつの、独断だったって言うのか!?」

魔王「そんな…」

氷姫「いや………違う」

――水精「海王様のお言い付けなんだ。逆らうわけに、いかないんだ」

氷姫「あいつは命令だって、確かにそう言ったんだ…!」

海王「…裏切り者が何を言うとったとしても」

海王「信用に値するのかいのう?」

冥王「………」

氷姫「ふ、ざけるな…!」

氷姫「本当の裏切り者は、どっちだ!!」

海王「カッ。若輩がよう鳴くわい」

海王「水部署の長として誓おうぞ、冥王。ワシにはお前さんに対する敵意はこれっぽっちも――」

ヂッ

冥王「!」


氷姫(高水圧のレーザーが………っ!!)

氷姫(冥王様の、頬を…掠めた…!!)

海王「な………!!」

海王「誰じゃあ!! 勝手に仕掛けたんは!!」

海王「見つけろ!! 血祭りに上げるんじゃあ!!」

冥王「………」

海王「め、冥王…! 違うんじゃ、これは………ッ」


冥王「」スゥ












冥王「 ブ チ キ レ ま し た わ ! ! 」















氷姫《それから先のことは…よく覚えてないな》

氷姫《怒り狂った冥王様が、無数の軍勢を焼き尽くした》

氷姫《海王の抵抗空しく、氷の領域に集まっていた勢力は》

氷姫《奴もろとも全滅した》

氷姫《あたしの仇は、一瞬にして灰塵に帰した…》

氷姫《皆消えてなくなったわ》

氷姫《更地みたいになった氷の領域であたしたちは》

氷姫《………瀕死の重症を負った、水精を見つけたの》




水精「ぜぇ、はぁ…」

水精「なーによ、雁首揃えて…なんか、用?」

水精「ほっといても、アタイは、死ぬわさ、ぜぇ」

水精「はぁ、はは、それとも何、どうしても止め刺さなきゃ、気が済まない、て?」

魔王「…」

炎獣「…」

氷姫「…あの、冥王様への攻撃」

氷姫「あんたでしょ」


水精「はは、バレちゃうか、はあ」

氷姫「死角からの攻撃だったとは言え、あの冥王様に手傷を追わせた高出力。他に、そんなことが出来る手練れは水部署にはいないわ」

水精「なにさ、誉めても何も、出ないわよ」

水精「――もう、アタイ、死ぬんだから…」

氷姫「………あんた、何がしたかったのよ」

水精「………」ゼェハァ

水精「人間から、停戦の申し出があったんだわ、さ」

魔王「!」

水精「魔界の勢力のひとつの、長の首と引き換えに」

氷姫「!!」

炎獣「…に」

炎獣「人間が…!」

魔王「…っ」

水精「話は、強大な力を持つ、闇部署の、虚無の所へもたらされた」

水精「虚無は、追い詰められていた海王様と、それから恐らく、炎部署の鳳凰にも、根回ししていた」

炎獣「!」

水精「魔王の座を争う、一勢力を排除して…人間の驚異も退ける、一石二鳥の、策として」

水精「生け贄には…トップについて間もない、未熟な結晶花の率いる、氷部署が選ばれた」


水精「先代の娘…あんたに与する、雷帝と木竜は手強いから、ね」

魔王「………」

水精「虚無は、氷部の跡取りの血を、確実に絶やすために、このお師匠のところ、に、潜り込んだ」

水精「氷姫、あんたを、殺すため…」

氷姫「…」

水精「それも、失敗に、終わった。あたしの、せいでね」

水精「はっ、ざまぁ、ないわさ」

氷姫「――あんた………」

水精「アタイには」

水精「もう、先がなかっ、た」

水精「海王様に、背くわけには、いかなかったし、あんたを殺せても」

水精「口封じのため、すぐに殺される…」

魔王(………なんて)

魔王(なんて酷い、話だ)

氷姫「…っ」

水精「だから、最後のあれは、復讐、だわさ」

水精「いいように、弄ばれた、アタイから、海王様、への、ね」


水精「あーあ…冥界なんて、来なければ、なぁ」

水精「そうすれば、もっと、うら若き身体を、もっとさ………」

水精「…何か………」

炎獣「水精…!」

水精「………"魔王"が」

水精「………"魔王"がいないせい…さ…全ては」

水精「…魔界を…統治する…強力な…支配者が………いなければ」

水精「………魔族…なんて………こんな…もんさ…ね」

魔王(………)

水精「――アタイ」

水精「………あんたに………勝ち………たかった」

水精「………氷の女………王………に」

水精「………ただ………誉められた………くて………」

氷姫「水精!」







水精「」






氷姫「………」

炎獣「………人間の脅し。魔王の座を巡る争い」

炎獣「それが、こんな争いを引き起こしたって」

炎獣「そういうことか」

氷姫「………」

氷姫「水精も…多くの魔族も………死んで、もう戻ってこない」

氷姫(――…結晶花も)

魔王「…っ」

氷姫「………魔王の座がなんだってのよ」

氷姫「そんなことのために、こんなに殺して…っ」

氷姫「くそ…っ!」ゴッ

氷姫「くそぉっ………!」ゴッ…




魔王「………」


炎獣「…氷姫」

氷姫「うぅ…」

氷姫「うぅぅうううっ…!!」ポロポロ…




魔王「ねえ、炎獣」

炎獣「うん」

魔王「………氷姫」

氷姫「…」

魔王「――………私」




魔王「私、魔王になる」





氷姫「!」

炎獣(………)







魔王「こんな争いが起こらない魔界を」


魔王「私が、作る」











魔王「絶対に」



今日はここまでです

>>17誤字訂正
結晶花『知ってた? お姉ちゃん、なかなか私の名前読んでくれなかったから』

○結晶花『知ってた? お姉ちゃん、なかなか私の名前呼んでくれなかったから』

次の投稿から酉を変えます↓
◆EonfQcY3VgIs


――――――
――――
――




木竜「………なるほどのう」

雷帝「姫様が」

雷帝「そう仰るのでしたら…」

木竜「うむ」

雷帝「我らは身命を賭して、役目に当たるのみです」

木竜「………とは言え、まずは」

木竜「お帰りなさいませ。姫様」




魔王「…うん。ありがとう」

魔王「ただいま」


炎獣「よっ、じーさん」

木竜「炎獣」

炎獣「…守ったぜ。いや、守られたのかな?」

木竜「うむ。色々あったようじゃな」

木竜「炎獣。………恩に着る」

炎獣「…へっ。よせやい、照れるべ」

雷帝「………」

炎獣「なんでムッツリ顔してんだよ、雷帝」

雷帝「…いや」

雷帝「お前の後ろに居るのは、なんだ?」

炎獣「ああ、こいつはな」

「こいつ?」

氷姫「何か態度がでかくなったわね、あんた」

炎獣「え、や、この方はですね…」

雷帝「氷の女王…氷姫」

氷姫「あら。あんたあたしのファンか何か?」

雷帝「その辺りの事情は、事前に姫様からの便りで聞いている」

氷姫「ちょっと、無視かよ!」

炎獣「おお、流石姫だな」

木竜「儂も例の現場は見てきたぞい。…究極氷魔法の、失敗。痛い目見たようじゃのう? 氷姫」

氷姫「う…うっさい!」

木竜「ほほ。…お主もしばらくは行く所もなかろう」

木竜「何よりも、姫様たっての推薦じゃ。しばらくここを、お前の家と思ってよいぞ」

氷姫「っ…」

氷姫「ま、まあ、力を貸してやらなくはないわよ」

炎獣「たはは…」

雷帝「それよりも、だ」

雷帝「…問題は、もう一人の方だ」

魔王「!」

炎獣「えっ、えっとぉ…」

氷姫「うっ…」

魔王「あ、あのね、雷帝」

魔王「これには深いワケがあって!」








「おやまあ、こんなチンケな出迎えしかないなんて、次期魔王が聞いて呆れる甲斐性だこと」

冥王「最上級の椅子とテーブル、それから紅茶の準備をする係は、何処の何方のお仕事ですの?」


氷姫《本当に、なんの気紛れだったのか》

氷姫《修練を終えたあたしたちに、冥王様はついてきて、魔王がその座につくための協力を申し出てくれた》

氷姫《冥王様は、元々冥界という治外法権の主であると同時に、邪神を崇める司祭でもあった》

氷姫《司祭の仕事の方は、冥王様はろくにしていなかったのだけど…"魔王の承認"という大役が、その仕事には含まれていたわ》

氷姫《つまり、冥王様が「魔王はこの者だ」と言ってしまえばそれで魔王は決定してしまうわけ》

氷姫《冥王様が自ら"承認"をすることは今までに無かった。魔界の争いにおいて頂点に立った者が、形式的にそれを受けに冥界を訪れるのがそれまでの習わし》

氷姫《あたしたちの作戦は、そういうものを全部すっ飛ばして、当時の姫を魔王にしてしまおうって、そういうものだった》

氷姫《水部と闇部、それに氷部が滅んだ今、魔界の勢力図は大きく変化して》

氷姫《それぞれの部の長である木竜と雷帝、そして冥王様の試練で大魔術師の称号を手にしたあたし、そして邪神の加護を持つ魔王自身に、圧倒的破壊力の炎獣を従える一派は》

氷姫《魔界最強とも言える集団となっていた》

氷姫《ああ。結局魔王はあれっきり転移を使えなくって…あたしに転移体得の権利は移されたわ》

氷姫《納得は出来なかったけど…やはり転移はあたしの方が上手く覚えてみせた》

氷姫《ともあれ、冥王様がいつになく魔界勢力に関与した今回の王座争奪戦争は》

氷姫《冥王様の"承認"で呆気なく幕を閉じたわ》


氷姫《元々炎獣の蘇生の時に、魔王になるっていう約束を交わしていたみたいだけど…冥王様の考えることは最後まで分からなかった》

氷姫《厄介だったのは、炎部署の鳳凰。奴は自らを四天王とすることを条件に、魔王への服従を提示してきて…》

氷姫《…え? あたしがどうして魔王について行ったか?》

氷姫《………そうね》

氷姫《他に行くべき所も無かったし…なんてのは駄目よね》

氷姫《魔王は…あたしの命を救ってくれた。その逆もあったけど…冥王様のしごきの中で、運命共同体みたくなっちゃったのよ》

氷姫《あの事件を一緒に経験した…ってこともあったし、それに何より》

氷姫《魔王なら、魔界を争いのない世界にしてくれるって、そう思った》

氷姫《あんなのは、もう二度とゴメンだったからさ》

氷姫《あたしはそのために、力を役立てたかった》

氷姫《…そうしたら、いつかあの子との…結晶花との約束も果たせるんじゃないかって》

氷姫《そう思ったのよ》


氷姫《…あれ》

氷姫《涙、か》スッ

氷姫《笑っちゃうわね。氷の女王のくせに、涙なんて》

氷姫《でも、あたしの存在がそれだけ構築されたってことね》

氷姫《流石あたしだわ。一人でなんとかなるもんね》フフン

氷姫《………結晶花。あの日のこと、忘れたことないよ》

氷姫《必ずいつか、約束、果たしてみせるから――》


《あの日の騒乱の黒幕が誰であったか》

《お前は知らぬままなのに、な》


氷姫《っ! 誰!?》


《私か?》

教皇《お前たちを解体する者だ。よく覚えておけ》


氷姫《――敵!》ザッ

教皇《…どうやら、驚くべき速度で再構築を成し遂げたようだな。氷の女王》

教皇《しかしお前には、私に牙を向くことさえ許されない》

氷姫《何!?》


ゴポゴポ…!

魔王《…っ》


氷姫《魔王!?》

氷姫《取り込まれて、いるの!?》


氷姫《馬鹿な…っ、あの、魔王が!?》

教皇《お前になす術などない》

教皇《そして、私の圧倒的な力の前に》

教皇《再度屈するのだ》ォオ…

 ド ッ !!

氷姫《がッ…ぁ!?》

氷姫《ぐぅ…っ!! な…なんてっ》

氷姫《なんて圧力………!!》

氷姫《これはっ…!! あの時の支配力に似てる…っ!!》

氷姫《貴…様ぁっ! また、あたしを操るつもり、か………!!》

教皇《…その未完成の状態では、本来であれば砕け散らない方が不思議なくらいだが…流石、四天王か》

教皇《だが、それも》

教皇《"仮初めの力"だ》

氷姫《何、ですっ、て!?》

教皇《お前は知らんのか? 何故貴様ら四天王がそこまで人間を圧倒できるのか》

教皇《その真実を》


教皇《冥王が何故、魔王についてその側にいたか》

氷姫《…っ!!》

教皇《お前は何も知らないのだな》

教皇《無知なものが振るう大きすぎる力ほど、恐ろしいものはない》

教皇《排除されるべきは》



教皇《貴様らだ、四天王》






魔王《ぐっ…ごほっ…!》

魔王《苦しい…っ。くっ、取り込まれた!?》

魔王《私の存在、あと少しまで修復出来ていた、のに…!!》

魔王《なんて、強大な力…!!》

「………それで、どう…たのだ?」

魔王《!?》

「…ええ。虚無…、条件を飲む…ですよ」

「ふん。魔族も御し易くなっ…ものだ。先代魔王の存在………魔界にとって…大きかった…かもしれない」

魔王《これ、は…っ》

魔王《この人間の…教皇の、記憶っ!!》


教皇「で、その生け贄の部族には、どこが選ばれるのだ?」

魔法使い「予定通りです。氷部が選ばれました」

魔法使い「今回の一件を機に、氷姫という魔族が先代の娘の一派に合流するはずです」

教皇「これで、四天王となるべき魔族の顔ぶれが揃うというわけか」

魔法使い「ええ。ここで未来の魔王と四天王の結び付きは別ちがたくなります。冥王の後押しも相まってね」

魔法使い「台本通りですよ」


教皇「………魔族ですら思いのままか」

教皇「そら恐ろしくすらあるな」

魔法使い「何を今さら恐れているのです?」


魔法使い「ショーは、これからでしょう?」



魔王《!!》

魔王《こ、これは…っ》

魔王《一体…――》




《転移っ!!》

――ギュオォンッ!

氷姫《魔王!!》

魔王《氷姫!?》

氷姫《脱出するわよ!!》

氷姫《ボヤボヤしていたら、あたし達の存在ごと精神を溶かされるわ!!》


魔王《っ! だっ、駄目! 待って氷姫っ!》

魔王《今離れたら、この子が取り込まれてしまうっ!!》

赤毛《………》

氷姫《っ…! 魔王…!》

氷姫《その子は………人間なのよ!?》

魔王《…分かってる!》

魔王《でもこの子がいなかったなら! 私たちは今、この瞬間に死んでいる!》

魔王《再生が間に合わず、敵にひねり潰されていた!!》

氷姫《くっ…!!》

――金髪《お願いだよ…!!》

氷姫《………っ》

氷姫《ああ、もう!!》


教皇《――抗うな。全ては必然――》

教皇《――そして必然の全ては我が手の内にある――》


魔王 氷姫《!!》


教皇《――考えたことはあるか――》

教皇《――今の貴様らを形作る過去が――》

教皇《――本当に本当なのか――》

教皇《――貴様ら自身が形作ってきたものが、確かなのか――》


魔王《っ!!》


氷姫《…魔王!!》ガシッ

氷姫《あたしを見て!!》

魔王《氷、姫》

氷姫《今は奴の言葉の意味を考える時じゃない!!》

氷姫《あたし達は、生き残らなきゃいけないんだ!!》

氷姫《そうでしょ!? 魔王!!》

魔王《――!》

魔王《………ごめん、氷姫…!》

魔王《そうだ…! この場を切り抜ける策を考えなきゃ…!!》

氷姫《策なら、ひとつあるわ!》

魔王《! それって…》

氷姫《魔王! あたしに》

氷姫《魔弓を撃って!!》


魔王《っ!?》

氷姫《言っとくけど、出来うる限りパワー絞ってよ!》

氷姫《あたしがその求心力を反射して、あたし達の位置移動エネルギーに変換するっ!!》

魔王《出来るの!?》

氷姫《知らないわよ!!》

氷姫《やるしか、ないでしょうがっ!!》

魔王《………もし失敗したら…》

魔王《氷姫は…!!》

氷姫《――見くびらないでよ、魔王》

氷姫《冥王様のとこじゃ、魔力制御技術の成績は、あんたの比じゃなかったんだから…っ》ニヤ

魔王《…!》

氷姫《迷っている時間はないわよっ、魔王!!》

魔王《………分かった》



魔王《行くよ、氷姫!!》




氷姫《来い!!》









魔王《――魔弓っ!!》

































教皇《………》

教皇《逃がした…のか》

教皇《魔弓のエネルギーを利用して、空間の彼方へ飛び去った》

教皇《自殺行為になりかねんことを、よくも………》


――教皇《排除されるべきは貴様らだ、四天王》

――氷姫《………》

――氷姫《知らないわよ…!》

――氷姫《あたし達が何であろうと…!! あたしには、もう失えないものがあるの!!》

――氷姫《守らなきゃならない、友がいるの!!》

――教皇《友…?》

――氷姫《転移ッ!》パチッ

――教皇《…ぬっ。貴様――》

ギュオォンッ…


教皇《………友、か》

教皇《これもまた、お前の筋書き通りなのか?》

教皇《つくづく、憐れみ深い男だ………お前は》

教皇《まあいい》

教皇《奴らは逃げ切ったように思い込んでいるようだが、"これ"は我が手中にある》

教皇《貴様らの崩壊は………もう、すぐだ。魔王》









氷姫《ぜっ…はっ…》

魔王《逃げ、切れた………》

氷姫《へ…へへっ…》

氷姫《どーよ。見たか》

魔王《…氷姫。あなたって人は》

魔王《いつもいつも、命を賭けるような無茶をして………そして》

魔王《救ってくれるんだね…。私たちを》

氷姫《…あんたが魔王になった今だって…妹みたいな感じだからねぇ。あたしにとっちゃ!》

魔王《ふふ》

魔王《ありがとう》


魔王《それにしても………あの魔法使いと教皇の言葉。あれは…真実なんだろうか》

魔王《いや…私達の精神を揺さぶるための幻惑?》


氷姫《…魔王》

魔王《!》ハッ

氷姫《あんたに何が見えてるのか、あたしには分からない。敵の言葉からですら、あんたは色んなものを読み取れるんだと思う》

氷姫《ただあたし達は、迷いながらでも進まなきゃならない》

魔王《…》

氷姫《あたしは、目の前のことを切り抜けるのに必死だからね。小難しいことは、あんたに任せる》

氷姫《あんたはその眼を開き続けて。見えたものへの道は、多少無理したってあたしが切り開くわ》

魔王《氷姫………》



《うおぉ?》

金髪《ど、どうなってんだ?》

魔王《! この子…》

氷姫《ああ、移動の瞬間に引っ付かんで、連れてきたの。残して来るわけにいかないでしょ?》

魔王《――氷姫…ありがとう。本当に。これで、赤毛ちゃんも…》

魔王《…!? そんな…っ》

氷姫《どうしたの?》

赤毛《…》

魔王《ここにあるのは…再生したこの子の肉体だけだわ》

金髪《…え?》

魔王《心が、ない。………精神だけが、囚われたままになってしまっている…!》

魔王《彼………教皇に…!》


金髪《そ、そんな》

金髪《なんで? なんでだよ!? 赤毛、どうなっちまうんだよ!!》

魔王《………魔壁の内側は、精神世界としての意義が強い空間。だから、心は存在のほとんどを占める要素よ》

魔王《このままでは、彼女は教皇に利用される…》

氷姫《一番最初に、あたし達の自我を奪った時と同じように…か》

魔王《ええ。あんなに膨大な力を受けたら、今の私たちではひとたまりもないし、それに》

魔王《この子の心が、もたずにバラバラにされてしまうわ》

金髪《! …あ、赤毛っ》

魔王《状況を打破するには、私たちの力が足りない。逃げ回るので、精一杯》

氷姫《でも、あたしはほとんどの記憶を取り戻してんのよ? これ以上、どうしろって言うのよ》

魔王《…失われたピースが、まだひとつ戻っていない》

氷姫《! それって…》

魔王《そう》

魔王《まだ記憶を取り戻していない………雷帝の存在》


魔王《雷帝は、私だけではどうにも出来ないほどの絶望に、心を閉ざしていた》

魔王《でも力の多くを取り戻した今の私や、氷姫や炎獣との繋がりがあれば或いは、再生の道を踏み出せるかもしれない…!》

氷姫《アイツの力が戻って初めて、教皇と張り合える可能性が出てくるってわけ?》

魔王《うん…だから》ス…

金髪《…? な、なんだよ》

魔王《私たちを、雷帝の所へ連れて行って》

金髪《はあ!? オ、オレが!?》

魔王《ええ。炎獣や雷帝と私たちを、結びつけて欲しいの。あなたになら出来ることよ》

金髪《んなこと急に言われたって…!》

魔王《行く先々で、あなた達は赤毛ちゃんとの繋がりをもって姿を見せた…。そして、何故か私たちそれぞれに寄り添ってくれたわ》

魔王《そのおかげで私たちはまだ生きている。あの子達は、あなたのお友達。違う?》

金髪《そりゃ…坊主や三つ編は、オレの友達、だけど》

金髪《………》

魔王《教えてくれない? あなた達のことを》

金髪《オレ達は…》


金髪《オレは………っ》

金髪《城下町で町の連中から逃げるとき、皆がばらばらになっちまうって、そう思って》

金髪《もう皆には会えないかもしれないと思って、それで…》

金髪《それで――》




金髪(ああ、くそ)

金髪(声が震える。足も)

金髪「秘密基地で会おうぜ! ほら、アイツら来ちまう! 早く行けって!」

赤毛「…っ!」

三つ編「――必ず」

三つ編「必ず来てよね!!」

金髪「おう、任せとけって!」

三つ編「きっとだからね!!」ダッ

赤毛「三つ編…」

三つ編「急いで、赤毛! 逃げよう!!」グイ

赤毛「…!」

「この餓鬼、なんてことしやがる!」

「巫女様が、もうあんな遠くへ…!」

金髪「うるせぇ!!」

金髪「あいつは巫女様なんかじゃねえ!! 赤毛っていう、な…!」

金髪「オレの友達なんだよッ!!」




金髪《………オレ》

金髪《本当は、泣きたかった》



金髪《小さい子みたいにぐずりたかった…っ。離れてくないって…!》

金髪《でも、泣いたらまた、皆離れていっちゃうって、そう思った》

金髪《母さんや、叔父さんみたいに…っ!》

氷姫《…っ》

金髪《だから、必死に、オレはコドモじゃないんだって言い聞かせた…!》

金髪《オレはコドモじゃない、大人ぶって偉そうにしてるだけの奴を信用なんかしてやるもんか…って》


金髪《でも、オレ》

金髪《本当はオレ、一人が怖いだけなんだ》


金髪《ずっと思ってた…! もう一人にしないでくれって…!》

金髪《皆と、一緒に居たいって…!!》ポロ…

金髪《母さんに側にいて欲しかった…!! 叔父さんにも!!》ポロポロ…

金髪《母さんが死んじゃってから、ずっと元気がなかった父さんにも…元に戻って欲しかった!!》


金髪《一人で我慢するのは…もう》

金髪《もう…もう、我慢なんてイヤだ…!!》




金髪《――皆に、会いたい!!》







カッ






《やっと》

三つ編《やっと泣いてくれたね》

三つ編《金髪》

金髪《…!!》

坊主《金髪》

坊主《ごめんね、僕…。金髪に、頼ってばっかり》

坊主《金髪だって、泣きたかったよね》

坊主《ずっと…我慢してたんだよね》

金髪《坊主…。三つ編》

坊主《ごめんね》

三つ編《金髪…》

三つ編《泣いても、いいんだよ》

金髪《オレ…》

金髪《オレ》



金髪《………ぅぅうう、うあぁあぁあっ!》





氷姫《………》

炎獣《…この子達の心の繋がりが、お互いを引き寄せたんだな》

氷姫《! 炎獣…》

炎獣《あの子供の叫びが、俺にも聞こえたんだ。これ、俺達があの子達と俺達がリンクしてるってことだよな?》

魔王《…うん。そうして私達も、引き寄せられた》

氷姫《あのやんちゃ小僧の感情が》

氷姫《あたしにも流れ込んでくる…》

氷姫《ヘンだよね。敵だと思ってた人間の気持ちと、こんなにも自分が同調してるなんてさ》

炎獣《…ああ》

氷姫《あたし達は、さ。ずっとこういうことを繰り返し続けてきたんだ》

氷姫《人間の命をひたすら奪い続けて………ここにあるのは、深い悲しみと、傷の連鎖》

炎獣《…》

炎獣《魔王と、勇者。…魔族と人間の戦争》

炎獣《分かっていた、はずなんだ。こんなこと》

炎獣《なのに、今になってどうして》

氷姫《うん…》

炎獣《――どうして、こんなに迷うんだろう》

魔王《………》


魔王《魔王と勇者の戦い》

魔王《この戦いに、一体何の意味があるのか》

魔王《私たちは…それを考えなきゃいけなかったのかもしれない》

氷姫《意味…》

炎獣《そんなもん、あるのかよ…?》

炎獣《魔族が、魔族であるために人間を倒す。人間もおんなじだ》

魔王《…そう。まるで、生きるためには相手を殺さなきゃならないみたい…》

魔王《人は魔族を、魔族は人を、犠牲にしなきゃ生きることは出来ない…?》

魔王《私達の生は………》


魔王《相手の命を奪うために、存在してるのかな…》


氷姫《…》

氷姫《あたしには、分かんない》

氷姫《あたし達は生きていくだけで必死で、その意味なんて考える暇もない》

氷姫《毎日は死の刃を振りかざしながら行進してくる》

氷姫《息継ぎが遅れれば、あっという間に踏み潰されて、消えて無くなる他ない存在になる》

氷姫《死にたくないから、生きるのよ。誰かを犠牲にしたって》

魔王《………》


魔王《私達もここまで、ぎりぎりの選択をしながらやってきた》

魔王《命を狙われ、逆に踏みにじるようなことをして、それに気付いてしまったとしても………それでも》

魔王《笑いあって、お互いを信じてここまで来た》

魔王《………私は、信じてる》

魔王《道は、見つかるはず》

魔王《だから進もう。見つけ出した彼の所へ》

氷姫《………ねぼすけを一人、起こしに行かなきゃ、ね》

炎獣《…ああ》


魔王《さあ、あの子達の心が繋がり合ったように》

魔王《私たちもお互いの絆を信じて…!》

魔王《そうして呼び掛けよう!》


魔王《雷帝の心に!!》





《雷帝》

《雷帝…!》

雷帝《誰だ?》

雷帝《そこで何をしている? 止めてくれ》

雷帝《私は、もう思い出したくないんだ》

《俺達の事もかよ?》

《迷ってる俺に檄を飛ばしてくれたよな、雷帝》

《きっとお前も迷ってたのにさ》

雷帝《何の、事だ………》

雷帝《うっ…!》



ザザ…ザ


炎獣「今まで人間を殺しまくってた俺が、今さら何言っちゃってんだって感じだよな」

雷帝「…やはり馬鹿だな、お前は」

炎獣「え?」

雷帝「気を引き締めたいのならば、そんな感情はさっさと捨ててしまえ。考えるのは全てが終わってからでいい」

雷帝「迷いながら戦っていては、死ぬぞ」



《どうしてお前はそんな風に前を向けたんだ?》

《何がお前を急き立てた?》

雷帝《………私は》


《あんた、あたしを信じるってそう言ったわよね?》

雷帝《何…?》

《言ったのよ、あの時》



氷姫「………ねえ」

雷帝「なんだ?」

氷姫「重いわね」

氷姫「信じろ…って」

雷帝「…そうだな」

雷帝「だが、今はこうも思う」

氷姫「?」

雷帝「″信じる″というのは、悪くない気分だ」

氷姫「…そ、か」

雷帝「成功させろよ。究極氷魔法」

雷帝「信じてるぞ」



ザザザ…ザザ………


《あの時のあたしに言ったことまで…無かったことにするつもり?》

雷帝《………》

《ねえ、あんたはあの時、どうしてあそこまで腹をくくれたの?》

《あんたの覚悟は…何処から生まれるの?》

雷帝《私の、覚悟…》


《雷帝………あなたは、いつも私たちを導いてくれた》

《どんな時だって、一人冷静に状況を見ていた》

《それが、正しい選択だとひたすら信じて》

《それは、苦しい戦いだったはず》

《あなたは一人、どうしてそれをやり遂げてこれたの?》

《教えて。あなたのこと》

《あなたの、想いの理由》

雷帝《私の………想い》




ザ………ザザ…




雷帝「わ、私は…! 魔王様の為ならば、命も惜しくありませんっ!」

雷帝「魔王様は、この争いを終わらせることが出きるだけのお方だと信じています! ですから…」

雷帝「魔王様が、これ以上″力″を使い、生命を削るような事は…私がさせません」

魔王「雷帝…」



ザザ…ザザザ………


魔王《!》

氷姫《何か見えてきたわ…。これって…》

魔王《雷帝が一歩を、踏み出したんだ》

炎獣《俺たちの声が、届いたのか!?》

氷姫《そうみたいね》

炎獣《やったぜぇ!》

氷姫《それにしても…あの雷帝がここまで殻に籠っちゃうなんてさ…一体何事なわけ…?》

炎獣《俺もそれはさっぱり…》

炎獣《ん? なあ、この雷帝が見ている景色………魔王城か?》

氷姫《これ、魔王がその座につく前の魔王城? 過去の…雷帝の記憶の中の、魔王城よ》

魔王《雷帝が、過去を明かしてくれるんだ》

魔王《一体、何があなたを傷つけたの? 雷帝…》

炎獣《お、おい! あそこに倒れてるのって…っ!》

魔王《!!》

氷姫《あれは…》

氷姫《先代様!?》




先代「」




「…これで」

女勇者「これで全てが終わった…?」

剣豪「…っ」

賢者「………こんな終わり方が…あると言うのかい?」




魔王《こ…》

魔王《これは………》




先代「」


剣豪「――魔王は死んだ」

剣豪「つまりは、全ての終わり。そう言うことだろうが」

剣豪「俺様達の冒険は、終わったんだよ………」






魔王《――お父様………っ!!》


炎獣《あ、あいつら…!!》

氷姫《お…女勇者…!?》

氷姫《………こいつら、先代勇者一行だ…!!》

今日はここまでです


魔王《お父様っ!!》

炎獣《せっ、先代様がっ! 女勇者にやられたのか!?》

氷姫《炎獣、魔王、落ち着いて!》

氷姫《これは………もう、過去の出来事よ…!》

氷姫《あたし達は雷帝の記憶の中にいるんだ…!! あたし達は、この時の事に、関与できない!》

魔王《…っ》



女勇者「………終わったのなら、戻ろう」

女勇者「いずれにせよ、私達は」

剣豪「――勝ったんだよ!」

女勇者「…!」

剣豪「俺様達はここまで突破してきた!」

剣豪「魔王は死んだ!」

剣豪「とくりゃあ…人類の勝利だろうが!! それ以外の何がある!?」

女勇者「………ああ!」

女勇者「ああ、そうだ…!」

女勇者「私達は、勝ったんだ…っ!」


賢者「………………」

剣豪「…賢者。何を浮かねぇ顔してやがる?」

賢者「この魔族…――」ゴソ…

女勇者「………そいつは一体何だ?」

賢者「この者は、魔王の側近を勤めていた魔族だね」

剣豪「…ひでぇ有り様だ。こりゃあ死んでやがるな」



雷帝(………何故、だ)

雷帝(どうなって、いる…)

雷帝(何故私の体は地を這い)

雷帝(微塵も動くことが許されない…?)

先代「」

雷帝(魔王、様)

雷帝(魔王様が………)


木竜「ぜ…ひゅ…」

鳳凰「………ぐはっ」

雷帝(四天王が………敗れたと言うのか)

玄武「」

雷帝(玄武殿………)

雷帝(死んでいる…)

雷帝(そう、か。我々は…)

雷帝(我々魔族は………敗れ去ったのか)



剣豪「…おめぇ、本気で言ってんのか?」

賢者「…これは…もしかすれば、とんでもない事実ってことになる」

女勇者「………」

賢者「持ち帰えろう。"これ"を…」




雷帝(搾取される)

雷帝(全て奪われる)

雷帝(我らの魔界が)

雷帝(終わってしまう………!!)


雷帝(くそ)

雷帝(くそ…っ!!)

雷帝(なんて、無力なのだっ、私は!!)

雷帝(何一つ、守れなかった…!!)

雷帝(何一つ………)


先代『………雷帝………』

雷帝(!?)

先代『………お前に………託す………』

雷帝(魔王様っ…!?)


先代『………魔王を………』

先代『………守ってくれ………次の………魔王となる………』

先代『………あの子を………』


キラッ

雷帝(これ、は…)

雷帝(このエネルギー体は)

雷帝(剣…!)

先代『………私が………お前に与えられるのは………』

先代『………もはや………これだけだ………』

先代『………雷鳴剣………呪われた剣だ………』

先代『………守ってくれ………』

雷帝(魔王様!!)

雷帝(魔王様ぁ!!)



先代『………雷帝………』

先代『………呪いを………を押しつけること………許せ………』








雷帝《そうだ》

雷帝《これが、私の覚悟》

雷帝《――思い出した。私には守らなければならないものがある》

雷帝《先代様から受け継いだ、雷鳴剣にかけて》

雷帝《私は、守るために、あの日を生き延びた。だから私は――》


教皇《けれどお前はしくじった》


雷帝《!》

教皇《その雷鳴剣を用いて、戦士率いる王国軍と、盗賊率いる翼の団を壊滅せんとしたお前は》

教皇《翼の団の軍師…あの女の罠にかかって瀕死の重症を負った》

教皇《そのお前を癒さんと、集中治癒に臨んだ木竜が、死ぬことになったのだ》

雷帝《…私の、せいで》

教皇《そう、お前のせいだ》

教皇《お前はひとつも守れていない。それどころか、未熟なお前のせいで、木竜は死んだ》

教皇《お前が殺したのだ!》

雷帝《私が…》




《バーカ言ってんじゃないわよ》

教皇《!》

雷帝《…お前》


氷姫《よ》


雷帝《氷姫…》

氷姫《惑わされてんじゃないわよ。あんたらしくもない》

氷姫《よく見なさい。その言葉を並び立てている相手は誰?》

雷帝《………相手》

教皇《無駄だ、氷姫。貴様の微弱な波動では、こやつの精神に干渉することは出来ぬ》

教皇《弱りきった雷帝の魂は、影響力の大きい存在の侵食になすすべなどない》

氷姫《…》

教皇《そして私の大器と、赤髪の娘の膨張能力を持ってすれば、心への干渉など造作もないことだ》

氷姫《………ったく》

氷姫《ちょろちょろとあっちこっちから現れて、ホントによくしゃべる男ね》

教皇《…なんだと?》

氷姫《あーハイハイ。あたし一人じゃどう足掻いても無理だって言うんでしょ。悪かったわね、ビジャクなハドウで》

氷姫《――でも、これならどうかしら?》

炎獣《捕まえたぜ、雷帝》ガシッ

雷帝《! 炎獣?》

炎獣《もう、何処にも行くんじゃねえぞ》

教皇《!? 馬鹿な、不安定な雷帝の魂に触れている…!》

教皇《なぜ…》


《せーので声を揃えるわよ!》

《ほ、ほんとに意味あるのかよぉ?》

《いいから、ほら、行くよ!》

《《《せーの!》》》

三つ編 金髪 坊主《雷おじさーん!!》


教皇《!?》

雷帝《な、なんだ…?》

氷姫《ぶwwwwwww! 雷おじさんwwwwwwwww》

炎獣《こりゃあ形無しだなぁ?》タハハ…

教皇《なんだ、あの小僧共は…!》

教皇《四天王の存在同士を、リンクさせている役割を担っている…!? これではまるで…!》

《そう》

魔王《あなたにとっての赤毛ちゃんの力を、あの子達が、私たちにもたらしてくれる》

教皇《魔王…! 貴様…》

教皇《なぜ貴様が、奇跡の僧侶と同等の力を持つ存在を従えている!?》

魔王《従えてなどいないわ。彼らは自分の意思で私達に力を貸してくれている》

魔王《友達を助けたい。彼らの思いはただその一心よ》

教皇《くっ…戯れ言を…!》

魔王《教皇。あなたには、彼らの生命の結束が織り成す力は完全に計算外のようね》

魔王《あなたの状態も未だ万全ではないようだけど…ここであなたが勝負を挑むつもりなら》

魔王《私は、それに応じましょう》

教皇《………!!》

教皇《いいだろう…。ここは一旦引いてやる…!》

教皇《だが、全てが元に戻ったところで、結果は変わらん!》

教皇《私たちの力は、簡単に貴様らの結束とやらを食い破り、蝕むだろう!!》

教皇《それは単なる想像ではない!!》

教皇《歴史なのだ!!》


フッ…



炎獣《…いなくなったか》

氷姫《けっ、清々しいほどの負け惜しみだわ》

魔王《…》



坊主《おじさん》

雷帝《…お前》

坊主《借りていたもの、返すね》キラッ

雷帝《それは…》

坊主《僕を助けてくれて、ありがとう!》

坊主《大事なもの、なんでしょ?》

雷帝《………温かい》キラッ

雷帝《ああ、そうだ。これは、私の…魔王様への、想い》

氷姫《ちょっと!》

雷帝《ん?》

氷姫《とっととしまいなさいよ! 魔王がそこにいるのよ!》ヒソヒソ

雷帝《………!?》

魔王《…》プシュゥウ

金髪《ん? なんで赤くなってんだ?》

三つ編《ふふ。魔王さん、モテモテだなぁ》


雷帝《なな、なんで、魔王様がここに!?》

炎獣《今さら気づいたのかよ?》

三つ編《お兄さんも、最初はそんなこと言ってたでしょ?》

炎獣《んっ!? そ、そうだったけかぁ?》

三つ編《そうよ!》

氷姫《ったく男共はこれだから…》

金髪《姉ちゃんだって、弱音ばっかだったじゃねーか》

氷姫《うっさいわね! あんた、誰にも言うんじゃないわよ!?》

金髪《ひえっ》


雷帝《こ…》

雷帝《これは…どういうことだ?》

雷帝《いつの間にみなと、それに、人間の子供が………》

魔王《…雷帝》

雷帝《魔王様…!》

魔王《雷帝は、一人じゃないよ》

魔王《もう、充分自分を責めたよ。だから、歩き出してみよう》

雷帝《っ…》

魔王《今度は一緒に背負わせて。雷帝の傷を》

炎獣《よろけたらそん時は…肩、貸してやるぜ。ちょっとばかし熱いけどな》ニ

雷帝《炎獣》

氷姫《つまづいたら、あたしが支えてやるわよ》

氷姫《今回だけ、だけどね》

雷帝《氷姫…》


雷帝《私の、傷。…そうか。対峙すべき時なのですね》

雷帝《私の罪と》

魔王《雷帝の…罪?》

雷帝《あの時………先代様が亡くなった時》

雷帝《私たちの魔王城には、女勇者がその恐ろしいほどの力を以てして、潜入を為し遂げていました。………我らに感知すらさせずに》

雷帝《そして、時を同じくして魔王城では…――あるひとつの、反乱が起きていたのです》

雷帝《何百年も魔界を支え続けていたはずの、先代様に最も近しい男》

雷帝《………側近》

雷帝《奴自身による、反乱が》



雷帝「側近様…正気ですか!?」

鳳凰「血迷ったのかえ? 側近」

側近「いいえ。僕は至って正常ですよ」

側近「異常なのはこの事態です。あってはならないことなんです」

先代「………」

雷帝「だからと言って、そんな!」

玄武「んだ。話が飛躍しすぎだべ、側近」

側近「そんな事はありません。このまま魔王様の邪神の加護が弱まれば、確実に勇者一行に敗北します」

木竜「じゃから、殺せと言うのか? まだ赤ん坊の、その子を」

側近「はい」

側近「魔王様、僕はもう一度ここに進言します」

先代「………」

側近「あなたのお嬢様は、今の内に、殺してしまうべきです」


側近「邪神の加護を受けるは、魔界の全てを統治する者」

側近「王者は魔界に一人だけ。それを誰よりもよく知っているのが、あなたのはずです。魔王様」

側近「邪神の加護を受け、その力で乱世を平定し、その玉座についたあなたですから」

先代「………」

側近「時より、邪神の加護もなしに魔王の座に着くものもいましたが、いずれ全て、加護を持つ者に淘汰されてきた」

側近「その邪神の加護が、魔王様がご健在な今、その娘に受け継がれ始めている」

側近「これは、あなたが敗れることを宿命づけているのではないですか?」

雷帝「な、何を…!!」

木竜「言葉が過ぎるのう、側近」

側近「事実を言ったまでです。そしてそれに対する打開策が…」

側近「まるで魔王様から吸いとるがごとく、その邪神の加護を増していく…その赤子を殺すこと」

側近「既に魔界の王者の資格を、その子供は持っています。ともすれば、彼女はあなたの敵と言っても過言ではないはずです」

先代「………」

雷帝「魔王様…」



先代「ならん」


先代「この子を殺すことなど、許せるはずがない」

側近「親子の情に流されて、とるべき道を選びませんか。魔族にあるまじき事ですね」

先代「………」

玄武「いい加減にすっべ! 側近!」

鳳凰「我らが王を愚弄することは、我らを侮辱していることと同義。それ以上口を開くならば、それなりの覚悟をする事だな」

側近「…もう、ウンザリだ」

木竜「何?」

側近「邪神の気紛れに翻弄され、それを正す力も考えもない、この世界にはウンザリだと、言ったんですよ」

先代「………側近、お前」

側近「守る価値もない。ならばいっそ」

側近「僕の手で、壊してしまえばいい」




魔王《………!!》

炎獣《な、何を…》

炎獣《何を言ってるんだ、こいつ…!?》

氷姫《側近…!!》

氷姫《…この男、まさか…ここで魔族を裏切ったの!?》


木竜「…やる、と言うのじゃな」ザッ

雷帝「翁…!」

木竜「構えよ、雷帝。この男は、今この時を持って」

木竜「我らの敵じゃ」ギロ

雷帝「…っ!」ジャキ…!

玄武「ちィ…!」ザッ

鳳凰「四天王全員を相手にして、勝ち目があると思うのかえ? 側近よ…!」


側近「ふっ」

側近「くっくっくっ…!」

側近「いいでしょう。今こそ試される時だ」


側近「この数百年、僕の生きた証を」




側近「その身に、刻むがいい――!!」









  ゴ  ッ











雷帝《そして私たちは》

雷帝《その戦いに》


雷帝《敗北した》




雷帝「ぜっ…!!」

雷帝「はっ…!!」ドクン…


側近「散れッ!!」ズドンッ!

鳳凰「ぐがぁ…!!」


木竜「くっ!! 回復が間に合わぬ!!」

側近「…」ヒュ

木竜(!! 一瞬にして背後に――)

側近「弾き飛べ!!」ボンッ!!

木竜「がふっ!!」


雷帝「はっ…! はっ…!」ドクン…

雷帝(馬鹿、な…!!)ドクン…

雷帝(一体の魔族がここまでの力を有するなんて…!!)ドクン…!


側近「僕は」ゼェ…ハァ…

側近「僕は…!!」

側近「うおおおおおおおおおおっ!!」


先代「………側近…」ザッ

玄武「魔王様…ッ!! 下がっていてくれぇ!!」

先代「玄武…っ」

玄武「オラの全てをこの一撃に懸ける…ッ!!」

雷帝(駄目だ…!)

雷帝(このままでは…!!)



側近「来るがいいッ!!」

側近「玄武ッ!!」



玄武「受けてみるべッ!! 側近ッ!!」




玄武「――ぜああああぁああぁあぁああぁああああああぁああぁあぁああぁああああああぁああぁあぁああぁああ!!」




雷帝「玄武殿ぉっ!!」






――ズンッ









玄武「かふ………っ」



側近「………」ズボッ…


ドサ………


側近「………」

側近「さようなら…玄武…っ!!」



雷帝「ば………」

雷帝「馬鹿な…!!」



雷帝《玄武殿の肉体を…側近の腕が撃ち抜いていた》

雷帝《鳳凰の大火炎も、翁のブレスも》

雷帝《奴の狂気とも言える攻勢の前に、僅かに届かない》

雷帝《怒りに任せて突撃した私も、側近の壮烈な反撃にあい、昏倒状態に陥る》

雷帝《そして、再び目を覚ました私が見たのは》



雷帝《――事切れた先代様と》




先代「」


女勇者「…これで」

女勇者「これで全てが終わった…?」



雷帝《その前に立つ、女勇者だった》




炎獣《ど………》

炎獣《どういうことだよ、これ》

氷姫《…っ》

氷姫《先代様は、女勇者に破れ去った………。それだけが魔界で知られている、この日の出来事だった》

氷姫《けれど、これは…事実は、違う…!》

雷帝《………》

雷帝《おそらく、我々四天王が破れ去った後》

雷帝《先代様は、側近と戦った。そこに最悪のタイミングで――》

雷帝《女勇者の一行が、姿を現したのだ》

炎獣《側近が、先代様と四天王に反旗を翻して………その隙を、女勇者に突かれたっ…》

氷姫《まさか…》

氷姫《側近…この男…! 女勇者に与して、先代様を!?》

雷帝《………》

雷帝《奴が何を思い、こんなことを引き起こしたのか…今でも私には理解することは出来ない》

雷帝《奴の言動は異常だった。………しかし、奴の言葉の中にも事実と言えることが、ひとつだけ、ある》



雷帝《………"先代様の持つ邪神の加護が、先代様がご存命の間に魔王様へ継承されていた"》




魔王《………………》


雷帝《魔王様…》

魔王《………本当のことなの?》


魔王《私が、お父様の加護を奪っていたの?》


雷帝《…》

魔王《………そうなのね》

雷帝《…前代未聞の、出来事でした》

雷帝《まだ赤子であるはずのあなたに、恐るべき加護の翳りが現れ始め…》

雷帝《側近は、あなたを殺すと、言い出しました》

魔王《………っ!》ギュッ

炎獣《お、おかしいだろ!? 何で魔王を殺すなんて話になんだよ!?》

氷姫《先代様が存命の間に邪神の加護が移り変わった…》

氷姫《………その現象が続いて先代様の力が弱まれば、女勇者に勝てないと思った?》

雷帝《女勇者に勝つため…? くくっ》

雷帝《奴が魔界の正義のために事を為そうとしたと? 奴はその手で、先代様までも手にかけようとしたのだぞ…!》

雷帝《奴の言動は矛盾していた…っ! 側近は既に、狂気に支配されていたのだ!!》

魔王《………いだ…》

氷姫《――え?》




魔王《――私の》



魔王《私のせいだ》



魔王《私のせいで、お父様は》





《赤毛っ!》


金髪《赤毛っ!》


赤毛《………》スゥ…


三つ編《ど、どうなってるの、これ…!》

三つ編《赤毛の体が、薄れて、半透明になっていくっ!》

坊主《ねえっ!》ギュッ

雷帝《!》

坊主《た、助けてっ! このままじゃ赤毛がっ!!》

魔王《………っ!》

炎獣《くっそ! こんな時に…っ!》

氷姫《不味い…! 教皇に、存在を支配されかけてるんだ!》

魔王《…》グッ…!

雷帝《魔王様…っ》

魔王《――いまは》

魔王《懺悔の時じゃない…っ!》

魔王《まだ…!!》

魔王《まだ立ち止まれない………!!》

炎獣《魔王…》

氷姫《………あんた》

魔王《――急ごう、皆!》

魔王《まだ、考える時じゃないっ!》

魔王《私たちは》


魔王《進まなきゃ、ならない…!!》






キラキラキラ…

教皇《…娘の存在が、完全にこちらのものになるまで》

教皇《もう、間もなくだ》

教皇《………》

教皇《しかし、邪魔ばかりが入る。あの子供ら…》

教皇《………あれは》

教皇《貴様の差し金だな………魔法使い!》



『………あはは、バレちゃいましたか』

魔法使い『面白い余興に、なったでしょう?』



教皇《――何のつもりだ…》

魔法使い『僕はただ…女神の意思にしたがっただけですよ』

教皇《戯れるな…! こんな茶番劇がそうであってたまるか!》

魔法使い『………貴方は、案外女神のことを…何も分かってないんですねぇ?』

教皇《何だと………?》

魔法使い『忘れたんですか? 僕らの女神が――』

魔法使い『とっても、慈悲深いお方だと言うことに』



教皇《何の慈悲になると言うのだ? まさか、魔族共に情けをかけるとでも言うつもりか?》

魔法使い『………やれやれ』

魔法使い『貴方はどうやら、下らない政治や欲求に傾き過ぎたようですね』

教皇《何…?》

魔法使い『時には、友と語らうことも…必要だったのですよ』

魔法使い『あの子達を見て…そうは思いませんか』

教皇《………貴様、何を言っている》

教皇《貴様は――》

教皇《一体、何を企んでいる…!》


キラッ


教皇《!》



《………かげ…!》

《………赤毛…っ!》


魔法使い『おや』

魔法使い『どうやら、彼らがやってくるようですよ』

魔法使い『最終決戦ですねぇ』

教皇《ち…!!》

教皇《――私は、敗れぬぞ》

教皇《貴様がどんな邪謀を弄しようとも》

教皇《私には、未来さえ見えているのだから…!!》




赤毛《………》フワァ



魔法使い『………だと、良いんですが、ね』




三つ編《赤毛…!》

三つ編《無事でいて…っ!》

坊主《うぅ…赤毛…!》

金髪《今は、想うしかねぇ! 赤毛のことを!》

金髪《きっと会えるって、信じるんだ!!》



雷帝《…》

雷帝《私たちが………人間の子供に、助けられている》

氷姫《ほら、あんたもぼさっとしてんじゃないわよ!》

雷帝《!》

炎獣《まだお前の存在は、不完全なままだぜ! 記憶のピースが揃ってねぇ!》

炎獣《時間がねぇ! 教皇と対峙するまでに、一気にお前の記憶の扉を駆け抜けるぞ!》

雷帝《…》

魔王《雷帝…》


雷帝《私は…》

雷帝《私の存在は、ただ魔王様をお守りするために》

雷帝《傍らに雷鳴剣が無くなった今でも、それは変わらない》

魔王《…雷帝》

雷帝《――行きましょう》

雷帝《それが必要だと言うのなら、私の過去などいくらでも白日に曝してくれる!》

雷帝《私たちは》

雷帝《ここで立ち止まるわけにはいかないのだから!》

炎獣《へへ! らしくなってきたぜ!》

氷姫《…そうこなくっちゃ、ね!》



雷帝《そうだ》

雷帝《あの戦いを生き延びた後、私達は………》





木竜「………どうやら、鳳凰は去ったようじゃ」

雷帝「…そう、ですか」

木竜「お主は行かぬのか?」

木竜「これから、魔界は暗黒の時代となる。人間の侵略…残り少ない資源の奪い合い」

木竜「誰もが自分の身を案じることしか出来んような、混沌の時に」

木竜「そんな時に、お主は」

木竜「その赤子のために、尽くせるのか? 得体の知れぬ加護を抱く、先代様の娘に」

雷帝「…」

雷帝「そう言いながら、翁も」

雷帝「ここに残っている。………そういうことではないですか?」

木竜「ほっほ! 言いおるわい」

木竜「いつまでも若造でいるわけでは、ないようじゃな?」

雷帝「………これは」

雷帝「私の、誓いですから」


雷帝《私と翁は、多くの言葉を交わさずとも、お互いを信頼し合った。背を合わせて、魔王様のために戦った》

雷帝《…小さかった魔王様を見守りながら、私と翁は、ひたすら外敵を排除した》

雷帝《我々の抱える資源を狙う者。魔族も、人間の軍隊が押し寄せたこともあった》

雷帝《雷部の者からの反逆が起こったこともあった。しかしそれも》

雷帝《私ははね除けた》




雷帝「これは何の真似だ?」


「見ての通りですわ」

吸血鬼「我らが吸血鬼一族は、あなたを部の長と認めませんと、そう言っているんですの…!」

雷帝「………」

吸血鬼「そんな娘っ子のために、部の存続を懸けるような甘い判断をするトップに、私は従う気はありませんわ…!」

電龍「吸血鬼! てめぇ、調子こくんじゃねぇぜ…!」ギリ

雷帝「待て、電龍」ス…

雷帝「…それで、どうすると言うんだ?」

吸血鬼「――決闘ですわ」

吸血鬼「あなたを倒し、わたくしが部の長につき」

吸血鬼「いずれ来る強大な魔王の、四天王となりますの…!」

雷帝「………ふむ」

雷帝「いいだろう。受けて立つ」

電龍「え、ちょっ、部長!?」

雷帝(…覚悟の上の事だ。こんなことはいくらでも想定していた)

雷帝(上位魔族を部から失うのは少しばかり惜しいが、しかし――)


雷帝「それでも、力によって従え、力によって示すのが魔族」



雷帝「――気の変わらぬ内に、かかってこい」チャキ…




雷帝《…だから、姫様と呼んでいたそのお方が、魔王になると言ったその時》

雷帝《私は、私が下してきたいくつもの判断が、正しかったことを思い知った》



魔王「私、魔王になる」

魔王「魔界に、秩序と尊厳を取り戻す」

雷帝「姫様…」

魔王「私自身が、そうしたいって」

魔王「そう思ったんだ」

木竜「………なるほどのう」

雷帝「姫様が」

雷帝「そう仰るのでしたら…」

木竜「うむ」

雷帝「我らは身命を賭して、役目に当たるのみです――」

魔王「………うん。ありがとう」


雷帝(姫様…)

雷帝(お強く、なられた)

雷帝(沢山の経験をしてこられたのだろう。沢山のことを、学んでこられたのだ)

雷帝(いつの間にか、私の知らない顔をなさるようになった)

雷帝(この方は、きっと…私が思っている以上の………)

魔王「………うっ…」ズキン…!

雷帝「! ひめさ――」

炎獣「姫。平気か」パッ

魔王「…うん。ありがと、炎獣」

炎獣「へへ。姫は俺がついてなきゃダメだからなー!」

魔王「ふふ。炎獣だって、私がいなきゃダメでしょ?」

炎獣「うがっ? そそそ、そうかぁ?」

魔王「うふふ」




雷帝「………」



雷帝《その時、私は無性に》

雷帝《自分の居場所を失ったような》

雷帝《そんな心持ちになった》

ここまでです


炎獣《…雷帝。お、俺、その…》

炎獣《お前にそんな気持ちをさせてるなんて知らなくてよ…》

雷帝《…ふっ》

雷帝《何を勘違いしてるのか知らんが、お前が気にすることではない》

雷帝《お前はお前の足取りで、炎獣たらしめる為の居場所を手にいれた。私は最初、お前にそれが出来なければ斬るとまで言った男だ》

雷帝《よく、魔王様を支えたな》

炎獣《あ、ああ…。そー言われっと、照れるなぁ》

氷姫《…》

雷帝《それに、私の役割はすぐに見つかる》

雷帝《我々には内外に多くの敵が居た》






氷姫「…人間からの休戦協定?」

木竜「うむ。どうやら、ただの休戦に留まらず…人と魔族の和平を目指す、というのが建前のようじゃが」

氷姫「その為に、人間の王国の、建国の儀式に出ろって…? そんなもん誰が信じるのよ」

氷姫「どうせあの時みたいに裏切るつもりなんだ…!」

雷帝「…ふむ」

魔王「………けれど、今回の人間の王は今までのどの国王よりも態度が違う」

氷姫「た、確かにそうだけど。その使者が殺されてお仕舞いってこともあるのよ!?」

魔王「…」


冥王「どうなさるの? 子猫さん。あたくし人間なんてどうでもよろしいのだけど」

冥王「あたくしがこうして後援についている以上、言われるがまま生け贄を差し出すなんてあんまりにもお粗末な顛末は、頂けないわねぇ」


木竜(後援などと言って、魔王城に居座っておるだけじゃろうが。全く、いつまでもでかい顔をしよって)

冥王「そもそも、人間と魔族の和平なんて聞いたこともなくってよ。魔王と勇者がいるっていうのに、そんなことが実現出来ると思いまして?」

魔王「…それは」

雷帝「――賭けてみる価値はある」

木竜「!」

冥王「…へえ?」

雷帝「例え、仮初めの和平だったとしても、我らの軍備を整えるだけの時間が稼げるのならば、やる価値はある」

雷帝「それに策略を巡らせるならば、魔王様の即位の直後にこうして話を持ちかけてくるのは、適当ではないはずだ」

雷帝「あちらも魔王様の急激な台頭に、その手腕から今までと違う未来を見越しているのかもしれない」

魔王「雷帝…」

冥王「おほほ! 可愛らしかったあの坊っちゃんが言うようになったこと!」

冥王「ですけれど、それって全部憶測に過ぎないんじゃなくって?」

冥王「それとも生け贄の使者に、お前さんがなるって、そう言うつもりかしら? 雷帝」

雷帝「私は構わない」

雷帝「いずれにせよ、今の人間の世を視察できるいい機会だ」

冥王「傲慢ねぇ…」クスクス

木竜「さて…いかがいたしますかな? 姫様」

魔王「………」


雷帝(魔王様…)

雷帝(あなたは、和平の可能性を捨てていないのでしょう)

魔王「雷帝…」

雷帝(危険は承知の上です。魔王様が望むのであれば、私もその道を探して参ります)コク

魔王「………分かった。雷帝、お願いします」

雷帝「はっ!」



雷帝《けれど人間は》

雷帝《魔王様の思いを踏みにじって、卑劣な罠を張り巡らせ》

雷帝《建国の儀式の場で、電龍を――》



教皇「魔族よ!! 貴様らは女神の名の元に、裁かれよう!!」

教皇「巫女たちよ、その怒りの炎を此処に送れ!!」

戦士「ちょっと待て…!」

戦士「待ってくれッ…」

戦士「何をしているんだよ!!」

戦士「操られているのか!! なあ、そうなんだろう!!」

戦士「兄上ぇッ!! 」

兄「許せよ、戦士」

兄「――やれ」



電龍「へっ…へへ…」

電龍「俺は、無理っス、わ。部長…」

電龍「お、れ、もう動け、ないっス。置いてってください、よ」



雷帝《………電龍》


雷帝《電龍は死を賭して私を救った。そうでなければ、私も死んでいた》

雷帝《そうまでして永らえる価値が自分にあったのか、私には分からなかった。けれど、思い悩む時間などありはしなかった》

雷帝《和平の道は閉ざされた》

雷帝《時を置かずして、人間は膨大な軍隊を送り込んでくることになる》

雷帝《不気味なほどに統率の取れた兵士達。人とは思えぬほど強力な魔法を使う魔術師》

雷帝《それまでの人間の軍とは一線を画す恐ろしい能力に、魔界大陸は危機に陥った》

雷帝《加えて、勇者が姿を現したとの情報が魔界に舞い込む》

雷帝《………私たちは、魔界を救うための作戦を打ち出した》



木竜「本当に宜しいのかのう? 姫様」

魔王「…爺。何度も皆で話し合った結果よ」

木竜「うむ…じゃがのう」

雷帝「魔王様と我々四天王による一点突破作戦。大軍の中央部を速攻をかけて崩し、殲滅。そのまま勇者撃破に向かいます」

氷姫「魔王が矢面に立つ以上、諸刃の剣ね。こちらも魔界の命を晒しているのと同じだもの」

魔王「むう。私は、そんなに頼りない?」

氷姫「そ、そうは言ってないわよ! あたしだって心配して言ってんの! あんたが敵の標的にされるかもしれないのよ?」

魔王「ふふ、ありがとう。でも、私にも覚悟は出来てる」

魔王「それに、頼れる四天王が増えたことだしね」

魔王「ね、炎獣?」


炎獣「おう!」

炎獣「つっても俺のやることは、変わらねえけどな!」

炎獣「魔王を、守る…!」

氷姫「…」


炎獣「今の俺たちならそれが出来る。…氷姫」

氷姫「な、なによ」

炎獣「師匠の所に居た頃から、俺たちはまた強くなった。今なら自分の戦いを、自分で出来る」

炎獣「そうだよな?」

氷姫「…ふん。当然よ。今のあたし達なら」

氷姫「――何だってやってやれるわ」

炎獣「へへ! 氷姫ならそう言ってくれると思った!」ニカ

氷姫「へ、へらへらするな! タコ! ヘボ! ボケナスっ!」

木竜「ほっほっほっ。言うとくが儂とて若いもんだけにやらせとくつもりはないぞい!」

炎獣「じ、じいさん。あのブレスだけは、うかつにぶっ放さないでくれよ」

氷姫「ホントね。より研きかけちゃって、年寄りがどこに向かってんだか」

木竜「ほっほっほっ」


雷帝「姫様…宜しいのですね」

魔王「あ、また姫様って言った!」

雷帝「あ、し、失礼しました! 魔王様!」

魔王「くすっ…。いいの、雷帝」

魔王「私たちが選べる道はいつだって少なかった。今だって、それは変わらないのかもしれないけれど」

魔王「私も、いつまでも守られてばかりいるつもりはない」

魔王「王国軍と勇者を倒して…魔界を守る」

魔王「雷帝。あなたのことも、ね」

雷帝「魔王様…」


魔王「行きましょう」



魔王「必ず………勇者を倒す」





冥王「…あら?」

冥王「もう出陣ではないのかしら? あたくしにわざわざ会いにいらしたの?」

雷帝「…」

雷帝「なぜ、我々に協力した?」

冥王「…おほほ。そう、そうですの」

冥王「結局答えが分からずに、その仏頂面をひっさげて今更のこのこ尋ねにいらしたのね?」

雷帝「………答えろ、冥王」

冥王「いやだわ。お前さんごときが頑張ってみたところで、あたくし微塵も怖くありませんのよ」

冥王「答える義理はありませんわ。とっとと行ってらっしゃいな。勇者討伐作戦とやらに」

冥王「また一段と強くなったのでしょう? …あなたたち」クスクス

雷帝「…」

雷帝「貴様が何を目論んでいようが、私達は必ずやり遂げる」

雷帝「せいぜい、高みの見物に精を出していろ」



冥王「…おほほ」

冥王「言われなくても、そのつもりでしてよ」ニヤァ




雷帝《私たちは賭けた》

雷帝《四天王として、研鑽をつんだ己の力を信じて》

雷帝《私たちは、勇者までたどり着いてみせると誓いあった》

雷帝《そして私たちは………精強な王国正規軍を撃破することになる》

雷帝《敵の内部に潜り込み、内側から切り崩す。何かが間違えば死が待つ、決死の作戦》

雷帝《それでも私たちはやり遂げた》

雷帝《敵の指令部に直接攻撃を仕掛けた私が出会ったのは》

雷帝《あの日、王国建国の儀式の動乱首謀者。………電龍の、仇だった――》





王国兵「将軍閣下! 待避を!!」

王国兵「四天王が来ますッ、お早く…ぐあぁあっ!?」

バリバリッ!!

雷帝「…貴様が」

雷帝「人間の将か」



「これはこれは、どこかで見た顔だな」

兄「――あの時殺し損ねたのが、私の運の尽きというわけだ」


兄「なぜ、魔法感知をすり抜けて悠々とそんなところに立っている?」

雷帝「見くびるな。貴様らの小細工ごときで、我らの逆襲は止められない」

兄「…まさか測定限界を越える魔法の濃度を…?」

雷帝「それを知る暇もなく、貴様らは全滅するのだ」チャキ…

兄「………ふっ」

兄「くっくっく…」

雷帝「…!」

兄「はっはっはっは!!」

兄「………我ながら、滑稽だな!」

兄「あの日と同じことを、敵にしてやられたと言うわけか!」

兄「この技術を持ってしても…その上を凌ぐ能力を、貴様らが持っている…!」

兄「貴様はこの事を知っていたのか、教皇!!」

兄「どこかで見ているのだろう!! どうなんだ、魔法使いっ!!」

雷帝(こいつは何を言っている…?)

兄「世の破滅すら招きかねん地獄の使者共め!!」チャキ…!

兄「その力の真の意味すら知らず、命を刈り取り――そして貴様らは何も知らぬまま滅ぼされるのだ!!」

雷帝「…言いたいことはそれだけか?」

兄「はは…っ!!」

兄「私が只で死ぬと思うなよ………!!」

兄「我は………王国大将軍の息子!!」



兄「――勇者一行戦士の兄ぞッ!!」ジャキィッ!





兄「うおおおぉおおぉおおおッ!!」










ザザァン…?


魔王「…」

雷帝「魔王様…間もなく陸が見えて参ります」

魔王「そう…」

雷帝「海を越えれば、王国領港町。人間の王の座す王城まで、数える砦はひとつのみとなります」

炎獣「砦ったって、大したことないだろっ? 俺たち四天王と、魔王が居ればさぁ!」

雷帝「敵戦力の大部分はすでに壊滅したからな。そこまで心配はいらんと思うが」

氷姫「いよいよ…ってワケね」

炎獣「でも、それはそれで物足りないないよなー…これ以上の敵がいないなんてさ!」

氷姫「馬鹿言わないでよ。王国軍の本体を壊滅できるかどうかは、賭けだったんだから。あんなのはもうゴメンよ」

雷帝「ああ…。だがその甲斐あって、人類撃破の願望は目の前だ」

炎獣「おっ!」

炎獣「見えたぞ! 陸だっ!!」

雷帝「…さて、気を引き締めて参りましょう」

氷姫「そうね。人間が、まだどんな手を隠してるか分かったもんじゃないし」

木竜「そろそろ、前線崩壊の一報が人間の王の元へ届いていてもおかしくはないからのう」

炎獣「へへっ。強い奴がいるなら、ドンと来いだぜっ!」


魔王「――みんな」

魔王「ここまで、長い道のりだった」

魔王「けど、とうとう人間をここまで追い詰める事ができた」

魔王「あと少し…あと少しの間だけ」



魔王「私に、力を貸して…!」





雷帝《――そうして、あの港町で》

雷帝《私達の本当の戦いが始まったのだ》

魔王《雷帝》

雷帝《魔王様…。ようやく、私は辿り着いたのですね》

魔王《うん。私たちの、戦いの現実に》

炎獣《へへ。お帰り、雷帝》

雷帝《ああ…》

氷姫《遅いのよ、あんた》

雷帝《…すまん》

雷帝《ここから先は、私たちの記憶は一緒だ》

炎獣《そう、俺たちは一緒に戦い続けた》

氷姫《うん。…港町では未知の兵器を操る商人と》

炎獣《人類最強の武闘家ともやり合った》

魔王《多くの軍勢に、女神の加護を持った盗賊とも》

雷帝《そして》

雷帝《王国軍将軍…戦士と、魔法使いに扮した側近との戦いで》

雷帝《翁を失う》

雷帝《………それでも、我らは進んできた…!》

雷帝《だから!》

雷帝《もう、貴様のまやかしには乗せられんぞ! 教皇!!》




教皇《………》


教皇《魔王。そして魔王四天王》

教皇《なぜ、貴様らは人を滅さんとする?》


魔王《私たちは、人間を滅ぼそうとしているわけじゃない》

魔王《勇者を倒し、この争いに終止符を打つつもりでいるだけ》


教皇《魔王》

教皇《貴様はそうほざくが、一体幾つの命をその手で散らした?》

教皇《いくつの希望を壊し、いくつの友情を引き裂き、いくつの愛を奪い去った?》


炎獣《これは戦いだ》

炎獣《悲しみも沢山生まれた。傷つけたのは俺たちかもしれない》

炎獣《けれど、全てを乗り越えた覚悟を、俺はこの戦いでいくつもぶつけられてきた》

炎獣《その魂は哀れまれるようなものじゃない。魔族も人間も、それは変わらない!》


教皇《…戦いは神聖だったと?》

教皇《ふん。笑わせる》


氷姫《それはこっちの台詞よ》

氷姫《策略を巡らせ、争いを引き起こしたのは誰!?》

氷姫《どうせあんたみたいな腐ったお山の大将みたいのが、裏で糸引いたんでしょうがっ! 違う!?》


教皇《くっくっくっ》

教皇《はっはっはっはっ!》

魔王《…何がおかしいの》

教皇《戦いは私が引き起こした? お前達で戦いを終わらせる?》

教皇《驕るな、愚か者どもが》

教皇《何も知らぬ者が何を喚いても、ただのお笑い草でしかない》

教皇《貴様らは何も知らぬ…! 本当のまやかしが何かを!》

教皇《貴様らが何のために戦い、何のために生きているのかを!!》


教皇《貴様らは知らぬのだ!!》


魔王《…っ》


雷帝《魔王様》ス…

魔王《…、雷帝》

雷帝《言ったはずだ。教皇》

雷帝《私たちはもう、その手には乗らない》

教皇《くっくっくっ…! 私の言葉を虚妄だとでも言うつもりか!?》

雷帝《例え貴様が語ることが真実であったとしても》

雷帝《私たちはここで消え去る運命など、受け入れはしない》

教皇《…!》


雷帝《無様でも間違っていても》

雷帝《私たちは前に進む為にここにいる》

雷帝《それを、今の私たちは知っている!》

炎獣《ああ!》

氷姫《そういうこと!》

魔王《………》

魔王《教皇》


魔王《私たちは、あなたに屈しない!》

魔王《――ここで、あなたを越えていく!!》





教皇《黙れ》


教皇《黙れッ!!》

教皇《黙れッ!! 黙れッ!!》


教皇《貴様らに私を越えることなど出来ぬッ!!》

教皇《私は女神の体現者ッ!!》

教皇《貴様ら魔族に破滅をもたらす存在だッ!!》

教皇《人間の勝利は、既に決められているッ!!》

教皇《その未来は、女神によって記されているのだッ!!》


教皇《貴様らは、我が波動の前に粉々に砕け散るッ!!》

教皇《さあ!! 今こそ再び力を寄越せッ!!》


教皇《奇跡の僧侶よッ!!》



赤毛《………》フワァ…!




炎獣《来るぞ!!》

氷姫《ちぃ!!》

雷帝《構えろ!!》


魔王《私たちもぶつよう!!》

魔王《己の全存在をっ!!》

炎獣《ああっ!!》


赤毛《………》コォオオオオオオ…


魔王《赤毛ちゃん》

魔王《今、助けるから!!》


魔王《行くよ、皆っ!!》


炎獣《うおおおおおおっ!!》


氷姫《はああああぁっ!!》


雷帝《おおおおおおおおっ!!》




 ズ ン ッ !




三つ編《すごい…》

三つ編《これが、魔王さん達の戦い》

金髪《ボヤボヤしてられないぜ》

金髪《オレ達が、あの力を赤毛に届けるんだ!》

坊主《…うんっ!》

坊主《もう怖くないよ!!》

三つ編《行きましょう!!》

金髪《ああ!!》




三つ編《赤毛!》

三つ編《赤毛!!》

三つ編《赤毛っ!!》

三つ編《聞こえる!?》

三つ編《あなたを絶対に連れていかせたりしないっ!!》

三つ編《私の大事な、友達なんだからっ!!》



坊主《もう一度会いたいよ!!》

坊主《僕、赤毛に話したいこと、沢山あるよ!!》

坊主《もう一度!!》

坊主《笑ってよ、赤毛っ!!》



金髪《赤毛!!》

金髪《また皆で会うんだ!!》

金髪《オレ、言ったろ!!》


――金髪「秘密結社の仲間は、ずっと一緒だ! 学校を卒業しても、大人になっても、ずっと!」

――赤毛「ずっと一緒?」

――坊主「いいなあ、それ!」

――三つ編「…私、ずっと一緒にはいれないと思うよ。みんな、おうちの仕事も違うし」

――三つ編「大人になったら、会えなくなっていくんだよ」

――坊主「そおなの!?」

――金髪「バカだなぁ、三つ編は!」

――金髪「大事なのは、仲間ってことだ。毎日一緒にいれなくなっても、仲間でいるって覚えてれば」

――金髪「いつか、会うための力になるんだよ!」



金髪《仲間だってことを覚えていればっ!!》


金髪《また、会うための力になるんだ――!!》




  ゴ  ッ  !  !








教皇《ぐっ!!》

教皇《がぁっ!!》


教皇《なんだッ!?》

教皇《なんだこの力はッ!!》

教皇《なぜ、あの子供たちがッ、奇跡の僧侶と同じ力を持っている!!?》


教皇《なぜッ…!!》


教皇《なぜだぁァッ!!》






炎獣《うっ!! くっ!!》

氷姫《こっちも………っ!! キッツいわ!!》

雷帝《ぬう…ッ!!》


魔王《皆!!》

魔王《自分の存在を忘れないで!!》

魔王《存在を消してしまってはダメっ!!》

魔王《自分の思いを!!》

魔王《思い出すのッ!》



炎獣《お、れが…!》

炎獣《俺である…》


炎獣《思い出………!!》



鳳凰「………何の用だ?」

鳳凰「今さら、里心でも沸いたのか」

炎獣「………」

鳳凰「? き、貴様、まさか…」

炎獣「――鳳凰。俺はあんたを、倒す」

炎獣「あんたを乗り越えて、俺が四天王になる」

鳳凰「………くくくっ。はははは!!」

鳳凰「あの日の只の親殺しが、今度は恩人まで手にかけようと言うのか!? 笑わせる!!」

鳳凰「貴様ごときに、朕が倒せるものか!! 自惚れもそこまでにするがよい!!」



炎獣「それでも俺はやる」

炎獣「そう、決めたんだ………!」





炎獣《………そうだ》

炎獣《あの時、魔王のために、氷姫や爺さんや雷帝のために》

炎獣《生きようって、そう決めたんだ》

炎獣《それが俺の》

炎獣《生きる理由なんだって》

炎獣《俺、そそかっしいから、すぐ大事なこと忘れちまうけど》

炎獣《でも、俺が戻るべき場所は…ここなんだ!》



鳳凰「………何の用だ?」

鳳凰「今さら、里心でも沸いたのか」

炎獣「………」

鳳凰「? き、貴様、まさか…」

炎獣「――鳳凰。俺はあんたを、倒す」

炎獣「あんたを乗り越えて、俺が四天王になる」

鳳凰「………くくくっ。はははは!!」

鳳凰「あの日の只の親殺しが、今度は恩人まで手にかけようと言うのか!? 笑わせる!!」

鳳凰「貴様ごときに、朕が倒せるものか!! 自惚れもそこまでにするがよい!!」



炎獣「それでも俺はやる」

炎獣「そう、決めたんだ………!」





炎獣《………そうだ》

炎獣《あの時、魔王のために、氷姫や爺さんや雷帝のために》

炎獣《生きようって、そう決めたんだ》

炎獣《それが俺の》

炎獣《生きる理由なんだって》

炎獣《俺、そそかっしいから、すぐ大事なこと忘れちまうけど》

炎獣《でも、俺が戻るべき場所は…ここなんだ!》



魔王《そう!!》

魔王《私たちが、私たちである証明!!》

魔王《近い自分、遠い自分!! そしてお互いを思い合う気持ちを!!》

魔王《思い出すの!!》

魔王《繋ぎ止めて!! 自分をっ!!》




氷姫《あたしがあたしである証明…!》

氷姫《ねぇ…っ、魔王…!》

氷姫《あたしさ…っ》

氷姫《あたしね…!》


氷姫《まだ、あんたに謝ってないよ…っ!》


氷姫《ひどいこと言ってごめん…って、あの時のこと…!》

氷姫《あんたは気にしちゃいないのかもしれない。もしかしたら、覚えてないかも》

氷姫《それでもね、あたしは》

氷姫《ちゃんとこの戦いを生き延びて、それで、あんたに真っ直ぐ向き合って》

氷姫《ちゃんと、謝るまで…!》

氷姫《こんなところでっ!》

氷姫《終われない!!》


氷姫《それがちっぽけだけど、ずっと捨てきれない想い!!》

氷姫《そして――!》



雷帝《魔王様…!》

雷帝《私にとって、守るべき存在であった貴女が》

雷帝《いつの間にか、私を守るようになった》

雷帝《貴女がそうすれば、そうするほど私から遠い存在になっていくような気がした》


雷帝《貴女の隣には、炎獣がいる》

雷帝《――それでも私はここに立つ》

雷帝《この戦いが終わるまで》

雷帝《いや、終わって後も、ここは私の場所だ》

雷帝《仲間と、私が私である大事な》


雷帝《先代様。あなたが呪いと言った居場所は》

雷帝《私にとって、かけがえのないものになりました》


雷帝《私は》

雷帝《それを守るために闘い続ける…ッ!!》


魔王《皆の、強い波動を感じる…!》

魔王《炎獣の、氷姫の、雷帝の気持ち…!!》

魔王《それらを、あの子達が拡幅してくれている!!》

魔王《教皇!! あなたには!!》

魔王《私たちは倒せない!!》


教皇《ッ!!》

教皇《何故だ!!? 私はっ!!》

教皇《もはや女神そのものとも言える力を有しているのだぞ!!?》

教皇《奇跡の僧侶までもが、手の内にあると言うのにッ!!》

教皇《…私は…ッ!!》

教皇《私は負けられぬのだァッ!!》

教皇《魔王ッ!! 人に仇なす害虫めッ!!》

教皇《貴様みたいな者が居ては…ッ!! 人類に幸福は訪れぬのだッ!!》


魔王《…っ!!》


魔王《教皇…!!》

魔王《あなたは…!!》


教皇《クッ!! フハハッ!!》

教皇《魔王ッ!! 貴様は魔族という種を背負うには、あまりに粗末だッ!!》


魔王《っ…!》


教皇《現に今ッ!! 衝突の此の時ッ!!》

教皇《――貴様は迷っているッ!!》


魔王《!!》


教皇《私を消すことがッ!!》

教皇《勇者を倒すことがッ!!》

教皇《本当に正しいことなのかどうか、貴様には分からないッ!!》


教皇《"魔王"である自分が、正しい存在なのかッ!!》

教皇《貴様は思い迷っているのだッ!!》




教皇《私は負けぬッ!!》

教皇《負けぬぞッ!!》



ビリビリビリビリ…!!




魔王《くっ……!!》

魔王《彼の感情や記憶が雪崩れ込んでくる…っ!?》






教皇《うおおおおおおおおおッ!!》







「いよいよですよ」

「いよいよ、勇者と魔王の戦いが"はじめからはじめる"のです」




魔王《!!》

魔王《これは――》








魔法使い「台本通りですよ」

教皇「………魔族ですら思いのままか」

教皇「そら恐ろしくすらあるな」

魔法使い「何を今さら恐れているのです?」

魔法使い「ショーは、これからでしょう?」

魔法使い「いよいよですよ」

魔法使い「いよいよ、勇者と魔王の戦いが"はじめからはじめる"のです」



魔王《こ、これは………教皇の記憶》

魔王《あの時垣間見たものと同じ…!》

魔王《生々しい、追憶の断片…。互いの存在をぶつけあっている今、ひりひりとそれが伝わってくる!》

魔王《あれは、やはり私達を惑わすために見せた幻覚ではなかった………!!》




魔法使い「現段階で、後の魔王とその四天王がその顔ぶれを揃えました」

魔法使い「炎獣、氷姫、雷帝、木竜。彼らが、勇者討伐作戦と称して特攻をしかけてきます」

教皇「…それが、今回の魔王勇者大戦の幕開けとなるわけか」

魔法使い「ええ。一方で、間もなく王国の転覆に際して勇者一行は各々がその立場を自覚します」

魔法使い「それすなわち、商人、武闘家、盗賊、戦士、僧侶………ふふ、それに私もね」

教皇「…下らん芝居をうつものだな」

魔法使い「大事なことですよ、こういうことは。あなたも心しておいてくださいね」

魔法使い「武人の兄弟、戦士さんとその兄君の処理はあなたにかかっているんですから」

教皇「分かっている」

教皇「王家を裏切る戦士の兄に、見返りとして王国正規軍を任せてやれば良いのだろう」

魔法使い「ええ。彼はその役目を立派に成し遂げるでしょう」

教皇「くくく…。魔王と四天王に敗れる、という役目か」


魔法使い「…勇者に神託が下り、いざ旅立たんという時に、王国軍は敗れ去る」


魔法使い「そうして港町に迫る魔王と四天王を、商人さんが決死の覚悟で止めにかかる…」




魔法使い「………それが、この物語の始まりなのですから」






魔王《――ッ!!》






魔王《………な、何? これは》

魔王《まるで…まるでこの戦いが》


魔王《………仕組まれたものだった、ような………》


魔王《…いえ、それだけじゃない…!》

魔王《まるで全ての者の運命を思いのままにしてきたみたいな言い方だ…》

魔王《これでは――》



教皇「まあいい。"女神"の啓示の導きに準ずるまでだ」

教皇「勇者一行は順に死にゆく定めだが…」

教皇「魔王もまた、人類には勝てない」

魔法使い「………ええ」

魔法使い「彼女は、人類に勝利しないでしょう………」

教皇「勇者一行も、魔王と四天王も」

教皇「その生の全ては」

教皇「既に決められているのだから」




魔王《っ!!》


魔王《私達の生が…》

魔王《…決められて、いる………………》

魔王《………まさか》

魔王《私達の思い出も…》

魔王《………こんな………》

魔王《こんなことが》

魔王《本当に――》



《姫様》


魔王《!》

魔王《あ………》

魔王《あなたは………》


《ほっほっ。しばらくぶりですのぉ》

《とは言っても、現実世界ではあまり時は経っておらんのでしょうが、の》


魔王《――…爺》


木竜《姫様》

木竜《微力ながら、お力添えに参りましたぞ》


魔王《………》

魔王《うっ…!?》ズキッ

木竜《むっ、いかん》

木竜《姫様、まずは教皇を撃破なされよ!》

木竜《少ない時間の中で、考える頭を引き摺ってでも前に進まねばなりませぬ!》

魔王《………うぅっ…!》グッ…

木竜《――お辛いでしょう》

木竜《儂がその痛みを分かち合えた部分など一体いかほどだったのか》

木竜《けれども儂は、姫様が成したことを、裏切りなどとは思っておりませぬ》

魔王《っ!》

魔王《…爺、まさか》

魔王《あのことを…!!》

木竜《こういう体になったら、色々と分かるようになってのう。それでも儂は》

木竜《姫様は間違っておったと思いませぬ》

木竜《だから姫様》

木竜《己を信じて》

木竜《――――》



魔王《爺っ…!》













炎獣《魔王ッ!! 魔王しっかりしろッ!!》

氷姫《魔王…ッ!!》

雷帝《魔王様ッ!!》


魔王《――…っ!》

魔王《皆…!》


炎獣《魔王…ッ!》パァ

雷帝《気を取り戻されましたか…!!》

氷姫《ったく!! こんな時にあんたは、寝坊助なんだから…!!》ニヤ

魔王《ごめん…!!》


魔王《――………教皇!!》


教皇《………!!》

教皇《まだ倒れぬか!!》

教皇《しぶとい女だ…ッ!!》



魔王《皆、聞いて!!》

魔王《個々で向かっても、教皇を撃ち抜くことは出来ない!!》

魔王《私たちの存在をひとつに集めて》

魔王《一気に、教皇を穿つッ!!》


氷姫《オーケー!! やったろうじゃないの!!》

炎獣《っしゃあっ!! 今度こそぶっ倒してやるッ!!》

雷帝《足並みを揃えろ!! 気持ちをひとつに!!》

魔王《この戦いを乗り越えてきた私たちになら――!!》


魔王《出来るッ!!》


ゴォオオオッ!!



教皇《捻り潰してくれるわ!!》

教皇《我は森羅万象を導く存在ッ!!》

教皇《次元を生まれ返らせ光へ辿り着きしッ!!》

教皇《選ばれし生命なりッ!!》


教皇《さあッ!! 我が茫洋たる聖なる力を吸えッ!!》

教皇《奇跡の僧侶よッ!!》

教皇《そしてッ!!》

教皇《悪魔の子らを!!》

教皇《異端の進化を遂げた者共を!!》

教皇《排除せよッ!!!》





赤毛《………………》




ギュ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ ! ! !











――――フッ




教皇《………………!!?》

教皇《何故、だッ!?》

教皇《どうなっているッ!?》

教皇《何故、吸い込んだ私の力を――》


教皇《解放しないのだ!!?》



赤毛《………………》



教皇《――まさか》

教皇《この小娘――》



教皇《自分の意思が、覚醒したのか!!?》








赤毛《………………》










魔王《!!》

魔王《教皇の力が弱まったッ!!》


魔王《今だッ!!》



魔王《全力で》




魔王《ぶつかれッ!!!》







雷帝《う お お お お お お お お お ! ! 》


氷姫《は あ あ あ あ あ あ あ あ あ ! ! 》


炎獣《ガ ア ア ア ア ア ア ア ア ア ! ! 》






教皇《――――ッ!!!!》










   ド   ッ   !   !
































城下町
魔壁の周囲



赤毛父「………」

赤毛父(黒き壁………)

赤毛父(突如として娘を…。それに、教皇様や魔王らを覆い尽くした、この禍々しい壁)

赤毛父(この壁の内側で、何が起こってると言うんだ。………あの子は)

赤毛父(あの子は無事なのか)


「神よ………」

「…我らをお救い下さい」


赤毛父(壁の周囲には、沢山の人間が詰めかけて…祈りを捧げている)

赤毛父(何を祈るっていうんだ?)

赤毛父(この人知を越えた現象を目の当たりにして………)


神父「もはや、祈ることしか出来ん」

赤毛父「! あんたは…」

神父「突然目の前に突きつけられる、論理の超越。神々の奇跡」

神父「人間はそれに対して余りにも無力だ」

神父「それは、人でなくとも、名も無き魔族にとっても同じなのかもしれん」

赤毛父「…神父さん」

神父「娘が心配か?」

赤毛父「………娘を心配しない父などいない」

赤毛父「ましてや多くの人々の運命を背負うような、大それたことをしようって馬鹿な娘を持てば、誰だって………」

赤毛父「誰、だって…」

神父「………」

神父「あの娘は言った。父や母を守りたいと。…それは自分で決めた事なのだ、と」

赤毛父「………」

神父「私は、人の意思ってものを信じてる」

神父「お告げだとか、運命だとか、そういうものは、人の意思の前に道を開ける」

神父「私はそう、信じている」


神父「あの男は………教皇は」

神父「或いは、それに抗おうとしたのかもしれない。有事の時に、何も出来ずに終わらないために」

神父「世界の秘密にすら挑戦して、人々を守ろうとした」

神父「それが最初の思いだったはずだ…。時の流れは残酷だな」

神父「志を語り合う友でも居れば………或いは」

少年「友達なら居たよ」

少年「あの人にも」

神父「!」

神父「お前は………」

神父「………まさか…!」




少年「あなたは消えても」

少年「その思いの幾ばくかは、友達が受け継ぐよ」

少年「羨ましいな」

少年「…ありがとう、教皇」

少年「そして」




少年「さようなら」











ドゴォン!!





「!? な、何だ!?」

「おい、見ろ!! あそこ!!」


赤毛父「壁が、壊れた…!!」

赤毛父「っ! 何か飛び出したぞ!!」

神父「あれは!!」

神父「教皇っ!!」







教皇「がっ…………!!!」


教皇「…………馬鹿な…………!!!」




教皇「…………何故…」





教皇「……………………だ………」

――スゥ…………






「き、消えた…!?」

「教皇猊下のお姿が………空気に溶けて、消え失せた………!!」

「い、いやああ! 不吉だわっ…!!」

「どうなってるんだ!?」

「まさか………敗れたのか」

「教皇様が…敗けた…っ!」


「――魔王に敗けた!!」





ウワアァァァ!

ヒィイィ…!



赤毛父「そ、そんな…」

赤毛父「それじゃ………あの子は………!!」

神父「…っ!」ギュゥ




魔王《………………》


炎獣《………やったのか…?》


氷姫《…教皇を…倒した?》


雷帝《ああ》

雷帝《我々はやり遂げた》


雷帝《だが、何故》

雷帝《最後の瞬間、敵の攻撃が止んだんだ………?》


魔王《! 赤毛ちゃん!!》



赤毛《………………》

オォオォオォオォ…!



氷姫《な、何よこれ!? あの子、物凄い波動を抱えてるわ!!》

炎獣《ど、どうなってるんだ!?》

雷帝《まさか………!》


魔王《ええ…っ!》

魔王《最後の最後で、流れ込んでくる教皇の力を解放せずに、自分の中に押し留めたんだ…!!》


氷姫《っ! そんな…!!》

炎獣《そんな事しちまったら、自分が波動に押し潰されちまうだろ!?》

雷帝《ああ…!》

雷帝《恐らくそれを分かった上で、あの子供は………!!》


魔王《このままじゃあ、赤毛ちゃんが消滅してしまうっ!!》


魔王《一体どうすれば――!》







木竜《ひとつだけ》

木竜《方法がありますぞい》


雷帝《!!》

炎獣《じ…っ!!》

氷姫《ジーさんっ!!》


魔王《爺…!!》


木竜《ほっほっ》

木竜《どこまで出来るか分からんが、儂の最後の力で、出来るだけのことをしてみようかのう》


雷帝《翁…っ!》

木竜《なんちゅう顔をしとる、雷帝》

木竜《束の間の、再会じゃ。もちっと晴れ晴れしい顔は出来んのか?》

炎獣《爺さんっ!!》

氷姫《ジーさん…まさか…!》

木竜《うむ》

木竜《もはや魔壁は穿たれた。皆の存在は本当の肉体に戻るじゃろう》

木竜《しかし儂は、消え失せる運命じゃ》

木竜《今の儂は、皆の想い出で作られているような存在じゃからのう》

炎獣《そんなっ…!》

魔王《………爺…》



木竜《儂の力で、皆をあの子供達一人一人に作用させる》

木竜《子供達の結び付きで、あの娘の存在を波動の渦から救い上げる》

木竜《今度は皆が、あの子供達とリンクするのじゃ》


木竜《よいな》





雷帝《翁》

木竜《…雷帝》

木竜《そう、自分を責めるな》

雷帝《…》

木竜《儂は満足してるんじゃ。死ぬ前の最後の仕事で、お前を見事甦らせることが出来て》

木竜《老いぼれから死んでゆくのが、正しい順序だしのう! ほっほっ!》

木竜《…儂はな。安心して逝けるよ。お前さんがおれば》

雷帝《翁…》

雷帝《…本当に》

雷帝《ありがとう、ございました………っ!》

木竜《儂の魂は、お前に継承された》

木竜《好きなように、やってみせい!》

雷帝《………はいっ…!!》



炎獣《爺さんっ! 俺…!》

炎獣《俺…!!》グスッ

木竜《炎獣………。お前には、過酷な道を歩ませたと思うとる》

木竜《すまんかったのう》

炎獣《馬鹿言うなよ! 俺は…っ》グスッ

炎獣《爺さんが居たから、自分の居場所を見つけられたんだっ!》

炎獣《なあ、爺さんっ! 俺、きっと守るからっ!》

炎獣《魔王のこと、守るから………!!》

木竜《ほっほっ》

木竜《頼んだぞい。炎獣…》


木竜《氷姫》

木竜《少しは、素直になる気になった、って顔だのう》

氷姫《あーあ…っ。まったく、さ。年寄りは説教臭くって、やんなっちゃうわよ》

氷姫《………でも本当は》

氷姫《もっと口うるさく言われてやっても、良かったんだから…》

氷姫《なんで》

氷姫《なんで、死んじゃうかなぁ………!!》ポロポロ…

木竜《…すまんの》

木竜《と言っても、お前の事はあんまり心配しとらん》

木竜《――いつまでも、姫様の良き友であってくれ》

氷姫《はいはい》グスッ

氷姫《わーってるわよ》グィ…

木竜《ほっほっ》



魔王《爺…》

木竜《姫様》

魔王《…もう、爺ってば》

魔王《いつまでたっても、姫のままなんだから》

木竜《ほっほっほっ! 赤ん坊の頃からだからのう。いかんせん、癖でしてのう》

魔王《えへへ…》


木竜《姫様の想い。伝わっておりました》

魔王《………》

木竜《姫様は、儂に何も返せなかったとおっしゃるが、とんでもない》

木竜《儂にとっては幼い姫様との日々は、まるで孫が出来たようで――》



魔王「あ、ちょうちょだ! じい、ちょうちょだよー!」パタパタ

木竜「ほっほっ。捕まえられますかな」


木竜「ひ、姫様! しかし…!」

魔王「えんじゅうと、ふたりであそびたいのー!」

魔王「じい、あっちいってて!」

木竜「ひ、姫様…!」ガーン



木竜《ほんに》

木竜《ほんに幸せな時間じゃった》

魔王《………爺》ポロ…

木竜《姫様の成長が、嬉しゅうて》

木竜《いつの間にかそれが儂の楽しみになっとった》



魔王「私、魔王になる」

魔王「魔界に、秩序と尊厳を取り戻す」

魔王「私自身が、そうしたいって」

魔王「そう思ったんだ」



木竜《姫様。儂は、姫様に生かされとったのかもしれん》

木竜《この歳で迎えた戦いも、そのおかげで前を向けたんじゃ》

魔王《………爺…っ》ポロポロ…

木竜《だから姫様………》

木竜《………》スッ


木竜《有難う御座いました》


魔王《爺ぃっ…!》


魔王《――いかないでよ!》


魔王《死んじゃやだよっ!》


魔王《本当は私、爺に話したいこと》


魔王《まだまだ沢山あるんだよっ!!》







木竜《姫様》


木竜《悲しむ必要はありませぬ》


木竜《命は巡るもの》


木竜《儂も、その流れの一部になるだけですじゃ》


木竜《儂の想いは受け継がれ》


木竜《儂の血や肉は、世界をさすらう風に》


木竜《大地に芽吹く木々になって》



木竜《姫様を見守っておりますじゃ》



木竜《さて》


木竜《どうやら時間のようじゃ》






木竜《儂の最後の技》




木竜《受け取って、下され………》





―― ス ゥ………






魔王《――うわあああああ!!》














赤毛《ねえ》

赤毛《ねえ、皆》




《ん…》

坊主《ここは…》

坊主《!》

坊主《皆、起きて!》

三つ編《んん…あれ?》

三つ編《あたし達、お兄さん達と一緒に戦って…》

金髪《…ここ、どこだ?》

金髪《真っ白で何も見えねーぞ》

坊主《あ、あそこ!》

坊主《赤毛がいる!》

金髪《っ!》

三つ編《赤毛!!》


赤毛《皆》

赤毛《…ありがとう》

赤毛《あたしを追いかけて、こんな所まで来てくれて》


三つ編《赤毛! 良かった…っ!》

三つ編《赤毛が無事で、本当に!》

赤毛《三つ編…》

金髪《…赤毛。お前、すげーよ。一人で、あんなに頑張ってさ》

赤毛《ううん、一人じゃないよ》

赤毛《皆が居てくれたから、頑張れた。怖くても、我慢できた。皆にまた、会うんだって…。その一心で進めたんだよ》

赤毛《だから、ありがとう》

坊主《赤毛…》


赤毛《今だってね。きっと魔王さん達の力のおかげなんだろうけど、皆のおかげであたしの体は取り戻せそうだよ》

赤毛《ちょっと無理しすぎちゃって…もうダメかな、なんて思ったんだけど》

坊主《ぶ、無事なんだよね! それなら良かったっ!》

坊主《もう、一緒に帰れるんだよね!? 僕たちの城下町に!》

赤毛《…》

金髪《…赤毛?》

赤毛《きっと、体は戻れると思う。物凄い癒しの力が、体を再生してくれたから》

赤毛《でもね》

赤毛《心は戻れるか、分からないの》

三つ編《…え?》

赤毛《教皇様の波動を取り込んだ時に、あの人の感情があたしの中で爆発したの》

赤毛《今でも、その悲しみの螺旋が私の中をぐるぐる回ってるんだ》

金髪《…な、なんだよ。それ…》


赤毛《気持ちが、ぐるぐるぐるぐる》

赤毛《消えたくない、勝ち残りたい、死にたくない…》

赤毛《ぐるぐるぐるぐる、ぐるぐるぐるぐる………》


坊主《あ、赤毛…!》

赤毛《これは、ね。多分…取り込んでしまったあたしが、向き合わなきゃいけないものなんだと思う》

赤毛《奇跡の力とか、神様の加護とか、そういうものじゃなくて》

赤毛《あたし自身が》

三つ編《………どうして?》

三つ編《どうして、赤毛がそんなことをしなくちゃならないの…?》

三つ編《帰ろうよ…! 私達の城下町にっ、あの秘密基地にっ!》

赤毛《三つ編…》

三つ編《赤毛が一緒じゃなきゃ、イヤよ!》

三つ編《私…私…っ!》

赤毛《…ありがと。でも…》

金髪《オレも一緒に引き受ける》

赤毛《え?》

金髪《赤毛だけが苦しいなんて、やっぱおかしいって!》

金髪《だったら、オレにもその苦しいのを、分けてくれ! このへんちくりんな世界なら、どーせそういうこと出来るだろ!?》

赤毛《金髪…》

金髪《一緒に苦しんで、一緒に帰ろう!》

金髪《トモダチだろ? オレたち》


赤毛《ふふ。金髪らしいね》

金髪《な、なんだよ。笑うことねーだろ?》

赤毛《…すっごく嬉しいよ》

赤毛《ありがと》

金髪《お、おう。なんか、チョーシ狂うぜ》

金髪《赤毛は、憎まれ口叩いてるくらいじゃねーとよ》

赤毛《………》

赤毛《もう、私たちを包んでいた壁は、壊れてしまったから》

赤毛《私たちの心の繋がりも、これでおしまいなの》

金髪《………!》

坊主《そ、そんなっ》

赤毛《すぐに私たちは、元の肉体に戻るよ。だから魔法みたいなことも、もう出来ない》

赤毛《皆は目を覚ますけど…あたしは………》

三つ編《っ!》

赤毛《だから、こうやってお話し出来る時間が》

赤毛《最後のご褒美…かな》


三つ編《………ひどい》

三つ編《ひどいよ、こんなの》

赤毛《でもね》

赤毛《例えあたしは目覚めることが出来なくても、皆としたこの冒険は、忘れないと思う》

赤毛《きっと、ずっと》

坊主《…っ》

赤毛《城下町を冒険してさ!》

赤毛《大人から逃げ回ったり…怖いことに立ち向かって》

赤毛《あの、魔王さん達の魔界の大冒険を、一緒に見て回って》

赤毛《皆で力を合わせて…戦ってさ!》

赤毛《すっごい冒険じゃない!?》

赤毛《あたし一度でいいから、こんな冒険してみたかったんだぁ…!》

金髪《赤毛…》

赤毛《皆も、大人になっても忘れないよね!?》

赤毛《ううん、きっと忘れられないよ! こんな素敵なこと!!》

赤毛《ああ、パパやママに話したら、何て言うだろう…!》

三つ編《………っ!》


赤毛《…あ、えへへ》

赤毛《そっか。パパやママには話せないんだ》

赤毛《あたし、もう会えないから》

金髪《赤毛…っ》

赤毛《あ、やだなぁ。なんでだろ》

赤毛《泣かないでいようって、思ったのに》

赤毛《笑顔で皆とお別れしようって、決めてたのに》


赤毛《それなのに》ポロ…



赤毛《それなのに………!》ポロポロ…





坊主《…!!》

三つ編《赤毛…!》

金髪《…っ!》


金髪《会えるっ!》

赤毛《…っ》

金髪《会えるよ、絶対!》

金髪《赤毛が全部と向き合いきった時に、きっと会えるっ!》

金髪《赤毛の父さんや母さんに、この冒険のことを話せるよ!!》

金髪《だから…!》

金髪《お別れなんて、言うなよっ!》


赤毛《き、金髪…》ポロポロ…


坊主《うん…っ》

坊主《僕たちには何も出来ないかもしれないけど》

坊主《でも、待ってる…!》

坊主《赤毛が目を覚ますのを、ずっと待ってるから!》

坊主《会えなくても、ずっと、ずっとずっとトモダチだから!》

坊主《こんな魔法がなくたって》

坊主《僕たちにの心の繋がりは無くならないよ!!》


赤毛《うぅ…》ポロポロ…

赤毛《うううぅ…》ポロポロポロ…


三つ編《私たち》

三つ編《秘密結社の仲間でしょ?》

三つ編《仲間ってことを覚えていれば、例え離れていたって》

三つ編《また会うための力になるんだよ》

赤毛《三つ編…!》

赤毛《三つ編ぃ…!》ポロポロ

三つ編《…えへへ》グスッ

三つ編《あの時と、一緒だね…》

赤毛《………あはは…そうだね》グスッ

三つ編《絶対》

三つ編《絶対にまた会えるから》ギュッ

赤毛《…うんっ…》


――フワァ…………


坊主《!?》

坊主《この風…外からの風だ…!》

金髪《な、なんだよ!? もう終わりかよっ!?》

赤毛《………そうみたい、だね》

三つ編《っ!!》

金髪《くそっ、なんだよ!!》

金髪《いつもいつも、世界は勝手だ!!》

金髪《オレたちの気持ちなんか無視して、勝手に進んでいくんだ!!》

赤毛《金髪》

金髪《あ、赤毛…》

赤毛《私は、もう大丈夫》

赤毛《一人でも、怖くないよ》

赤毛《皆の言葉のおかげ》


 ヒ ュ ウ ゥ ゥ ゥ ………



三つ編《か、体に感覚が戻っていく…!》

坊主《城下町の風だ…っ! 》

三つ編《町の匂い…体の温もり…》

三つ編《全部が、戻る――!》


金髪《赤毛…!》


赤毛《…》ニコ


坊主《赤毛っ!》


赤毛《…。………》


三つ編《赤毛!!》

















赤毛「ありがと」







赤毛「忘れない」






































城下町

時計台の中



魔王「…」


魔王「ここは」



炎獣「…も…戻って来た…」

炎獣「のか…?」

氷姫「…うん」

氷姫「そうみたいね…」

氷姫「声も、元通りだ」

雷帝「………どうやら…我々は脱したようだな」

雷帝「魔壁を」

雷帝「…そしてここは」


魔王「………ええ」

魔王「この子達の………思い出の場所」




赤毛 三つ編 金髪 坊主「………」



氷姫「ぐっすり、寝てるわね」

炎獣「ああ…」

雷帝「………」


魔王「………赤毛ちゃん」

魔王「あなたは、あの時…こんなに小さい体で」

魔王「教皇の波動を、たった一人で抱え込もうとしたのね」ソ…


赤毛「…」スヤ…


魔王「…ごめん、なさい」

魔王「私は、あなたを助けきれなかった………」

炎獣「…俺たちさ」

炎獣「この子に助けられてなきゃ、教皇を倒せなかったよな」

雷帝「ああ。…あの一瞬、自分を犠牲にしたこの少女のおかげで、我々は勝つことが出来た。それだけじゃない」

雷帝「この子供達の繋がりが、私達の存在を幾度も繋ぎ合わせたんだ…」

氷姫「人間の、この子が………」

氷姫「――人間は、打ち負かさなきゃいけない相手だと思ってた」

氷姫「でも、これでいいの? ………"勇者を倒す"。あたし達がすべきことって」

氷姫「本当に、そうなの…?」


雷帝「教皇の言葉の数々は」

雷帝「必ずしも我々を惑わすためだけのものではなかったように、思う」

炎獣「あいつの言葉に、本当のことがあったってのかよ?」

雷帝「…奴は何かの真実にたどり着いていた。そうであればこそ、あそこまで強大な力を持ち得るに至ったのだろう」

氷姫「…あたし達ですら、敵わないほどの力。………女神の加護?」

雷帝「――魔王様」

雷帝「お聞かせ願えませんか。魔王様がこの戦いで辿り着いた真実を」

魔王「………うん」

魔王「私が知り得たのは、皆が教えてくれた過去と」

魔王「それを揺るがしかねない程の、恐ろしい力の存在」

魔王「それに、"魔法使い"が私たちに何をもたらしていたか………だったわ」





――
――――
――――――


魔王「………」

炎獣「そ、んな…」

氷姫「…っ」

雷帝「………にわかには信じがたい」

雷帝「私達は、今まで奴らの思惑通りに動かされていた…それに我々四天王も、邪神の加護を持つ魔王様ですら」

雷帝「気づくことも出来ずに為すがままだった。………一体、いつから…?」

炎獣「あ、操られていたってのかよ…! 俺達ずっと!」

氷姫「………」

魔王「…雷帝、どう思う?」

雷帝「…」

雷帝「私達の全てを思うままに操る能力があるとして」

雷帝「教皇の発言の通り、その目的が魔王様…ひいては魔族の撃破なのであるとすれば、もっと分かりやすいやり方は幾らでもあったはずです」

雷帝「奴らは、我々の精神全てを支配下においている訳ではないと、私は思います。奴らが介入していたのは」

雷帝「私達の魔族の道においての、ターニングポイント。それは例えば」

雷帝「…虚無と海王による、氷部の壊滅の日」

氷姫「………っ」

氷姫「じゃあ、結晶花は…水精は………」

魔王「――彼らの計画のために、利用された」


氷姫「………」

炎獣「氷姫…」

氷姫「そうまでして…」

氷姫「そうまでして私達をこの戦いに呼び寄せる理由は何…っ!?」

雷帝「…それは」

雷帝「この戦いの末に、王国軍の砦で消耗した私達の隙をついて、魔王様を倒す…という筋書きを実現するため、だろうな」

雷帝「我々四天王も、人間側のキーマンも、役者を一人も違えることなく、この戦いを迎えたかった」

雷帝「逆に、そこまで綿密に物語を動かさねば魔王様を討つことが不可能だと考えられていた、とも取れる」

炎獣「…でも、結局教皇は力ずくで俺達を倒しに来たぜ?」

雷帝「…我々が勇者一行と戦っている最中にさらなる技術の進歩を得て、勝利を確信していたか…」

雷帝「女神の啓示とやらがどんなものか知りようもない以上、想像することしか出来ん」

魔王「けれど結果として、教皇は私達に敗れた」

魔王「………そうするように仕向けたのは」


魔王「魔法使いだ」


炎獣「…!」

氷姫「っ…」

雷帝「…我らを教皇に勝たせることが、奴にとって何らかのメリットがあるということになる」

魔王「………私が教皇に負けるのは、彼にとって不都合だった…?」

炎獣「あいつ…っ!」

炎獣「一体何がしたいんだよ!?」

炎獣「先代様を裏切って、赤ん坊だった魔王を殺そうとしたり!」

炎獣「爺さんを殺したりして…っ!」

炎獣「今度は俺たちの手助けだって!?」

炎獣「やってること、滅茶苦茶じゃねえか…!!」









ガタン…!


炎獣「!」バッ

炎獣「誰だ!?」ガシッ


「ひ、ひい!」

「く、くそう…っ! こうなれば、死なば諸とも!」

炎獣「…なんだ、お前?」


「あ、赤毛さん達から離れなさい! でなければ許しませんよ!」

先生「先生は、先生ですからね! お、怒ると怖いですよぉ!」


氷姫「何よ、こいつ」

雷帝「人間か」

先生「な、なんですかっ! 人間で悪いですか! ここは城下町ですよ! 人間がいて当たり前です!」

雷帝「微々たる魔力は感じる…。が、どうやら戦闘能力はさほどでもなさそうだな」

先生「ちょっと、聞いてます!?」

炎獣「なんでぇ、脅かしやがって」

先生「おっ、脅かしたのはそちらでしょう!」

炎獣「あぁん? よくしゃべるな、お前」

先生「ひ、ひぃ」


魔王「炎獣」

魔王「赤毛ちゃん達の事、彼に任せましょう。どうやら知らない間柄ではないようだし」

炎獣「分かったよ」パッ

先生「ほっ。あ、熱かった」

魔王「………私たちは、もう行きましょう」

氷姫「ええ…そうね」

先生「な、なんですか! やるならやったりますよ! 先生は、先生ですからねっ!」

炎獣「なあ、あんた」

先生「うわっ!? ゴメンナサイ!」

炎獣「この子達のこと」

炎獣「宜しく頼む」

炎獣「頼むよ…」

先生「…!?」

先生「…は、はい。頼まれました…。…って、何ですか!? 魔族のくせに!」

先生「頼まれるまでもありませんよっ! 先生は、先生ですよ!?」

先生「ねぇちょっと、聞いてます!?」

先生「おーい!?」






炎獣「………なあ」

炎獣「俺達の戦いって、なんなんだ?」

炎獣「俺達四天王は、偽の女神に集められたって言うんなら…本当は違う四天王が揃うはずだったってかよ?」

炎獣「勇者一行も? …もう、わけわかんねえよ」

氷姫「魔法使いが、この魔王勇者大戦を引き起こした理由も、説明がつけられないわ」

雷帝「………そもそもの話をしてしまえば」

雷帝「大昔から続くこの"魔王勇者大戦自体の意味"を、私達は知らない」

雷帝「女神と邪神が争い続けているから。その代理戦争…ということは理解しているが、逆に言えば、それしか理解していないのだ」

魔王「………"多くの犠牲を払いながら戦い続ける理由"」

魔王「教皇は…それを知っていたのかな。それとも」

氷姫「――そんなものはひとつもない………そういうオチだったりしてね」

雷帝「理由などなかった…か。その可能性を否定しきれんのも不甲斐ないところだ。もしそうなのだとしたら…」

雷帝「その時、私達に選べる選択肢が残っているんだろうか」

炎獣「………もう、取り返しがつかない数の人間を」

炎獣「俺達は殺しちまった…」


先生「………」

先生「…おかえりなさい」

先生「よく、頑張りましたね」

先生「皆…」

先生「そして、赤毛さん…」

先生「あなたは本当に、奇跡の僧侶となってしまった…」


赤毛「………」


氷姫「あたし達は、勇者を倒すために今まで必死になってやってきたのよ?」

氷姫「それに意味がないなんて言われたら…なんて、そんな事。………考えたく、ないわよ」

魔王「…そうだね」

雷帝「…もう一人、警戒すべき相手がいる」

炎獣「え?」

雷帝「――冥王だ。奴は、もしかするとこの真実を知っていたかもしれん」

氷姫「! 冥王様が…?」

雷帝「…確証はないがな」

炎獣「で、でもよ…あの師匠が、人間の思惑通りにされるのを、黙って見過ごすとは思えないぜ」

雷帝「…確かに、それはそうだが…」

氷姫(冥王様…。…そういえば、あの時)


――氷姫《何、ですっ、て!?》

――教皇《お前は知らんのか? 何故貴様ら四天王がそこまで人間を圧倒できるのか》

――教皇《冥王が何故、魔王についてその側にいたか》

――教皇《その真実を》

――氷姫《…っ!!》

――教皇《お前は何も知らないのだな。無知なものが振るう大きすぎる力ほど、恐ろしいものはない》

――教皇《排除されるべきは………貴様らだ、四天王》


氷姫「………ねえ、魔王」

魔王「? どうしたの、氷姫」

氷姫「…」

氷姫「ううん…。何でもない」

魔王「…そう」

魔王(………)


先生「赤毛さん」

先生「先生はあなたを救いたかった」

先生「あなたがこの戦いの犠牲者になることを、避けようとしたんです」

先生「…その為に、先生は方々手を尽くしました」

先生「金髪君達の想いの力を借りて、魔壁の内側に送り出しました」

先生「魔王側の勝利を確実にするために」

先生「死んでしまった木竜の思念にもお手伝いをしてもらいました」

先生「でも」

先生「あなたの心までは守れなかった」

先生「女神様も、酷いですね」

先生「やっぱり、犠牲が必要なんですか? …あなたの描く、ドラマには」


炎獣「俺達には…何よりも先にふん捕まえて話をさせなきゃならない奴がいる」

雷帝「ああ」

氷姫「…そうね」

魔王「"魔法使い"」

炎獣「あいつの目的。それに、これまでしてきたことへのツケを」

炎獣「絶対に、払わせてやる…っ!」

雷帝「奴の思惑が見えればこの戦いの…いや、勇者と魔王の争いそのものの真理が見えてきそうな、そんな気がする」

魔王「………私達は」

魔王「すでに彼らの描いていたあらすじを逸脱した…!」

炎獣「ああ!」

炎獣「もう、好きなようには、させねえ…!」


炎獣「俺達は、俺達のもんだっ!」


氷姫「! 待って!」

氷姫「あ、あれは…」



氷姫「――一体、何?」


先生「ツケを払わせてやる、ですか」

先生「あはは」

先生「参りましたね」

先生「………先生は」

先生「いえ」

先生「僕は」

先生「何がしたいんでしょうねぇ?」

先生「それはそうと魔王」

先生「それに四天王」












魔法使い「後ろが、隙だらけですよ?」









雷帝「これは…」

雷帝「死体か?」

魔王「………うん」

魔王「そうみたいね」




大僧正「」




氷姫「ボロボロで、原形留めてないわ」

氷姫「物凄い魔法で、やられてる…」

氷姫(………この魔法の残り香)

氷姫(これ………)

氷姫(………もしかして!!)















魔法使い「死の波動よ」

魔法使い「敵を貫け」 ォ オ









炎獣 魔王 雷帝 氷姫 「!!!」


  ―― ゾ  ク  ッ








雷帝(なんだこの膨大な魔力はっ!? いやそれよりも!!)


氷姫(矛先は魔王だ!! 結界を張って――こ、これ防ぎ切れるような力じゃない!!)


魔王(回避を――駄目だ、間に合わない!!)



雷帝(くっ、私が身代わりに――!!)





炎獣「っ」バッ




雷帝「!!」

魔王「炎じゅ――」

雷帝「――止せ、炎獣ッ!!」












 ド ス ッ











炎獣「がッ」




炎獣「ふッ」














魔王「………………え」




魔王「………炎…獣………?」















炎獣「」


………ドサ…






















魔法使い「おや、死んだのは炎獣ですか」

魔法使い「まあいいでしょう」



魔法使い「――まずは一人目、ですねぇ」ニイィ







【魔法使い】



今日はここまでです



魔王「え…炎獣」


魔王「炎獣――」




炎獣「」




氷姫「なッ…!!」

雷帝「炎獣ッ…」

氷姫「炎獣っ!!」

雷帝(くそ!! 何故だっ!?)

雷帝(全く気配のしない所から、ここまで強力な魔法が…ッ!!)

雷帝(………いや、待て!!)

雷帝(気配はひとつだけしていた…!! とるにも足らない微かな魔力を発していただけの………)

雷帝(あの、人間が――)



魔王「炎獣」

魔王「ねえ、炎獣…」



炎獣「」



氷姫「そん、な」

雷帝「…っ!!」



魔王「炎獣」

魔王「炎獣ってば」

魔王「ねえ、炎獣」ユサ…

魔王「炎獣………」ユサユサ…











炎獣「」ゴロン…






魔王「どう」


魔王「して?」



雷帝「くそ――」

雷帝「くそッ!!!」

氷姫「か、回復魔法を」

氷姫「急が、なきゃ…!!」ヒュイィ…!

氷姫「炎獣…!」

氷姫「炎獣…っ!!」

雷帝「くッ…!!」


「無駄ですよ」

「もう、彼は」


雷帝「ッ」ピクッ




魔法使い「死んでいるんですから」




雷帝「側近ッ!!!」


雷帝「貴様ァッ!!!」ドンッ――



ズバァン!!!



魔法使い「おっとと」

魔法使い「危ない危ない」

魔法使い「鐘楼が真っ二つじゃないですか。流石の剣技ですねぇ、雷帝」

魔法使い「本調子が戻ったようですね!」


雷帝「 黙 れ ! ! 」


ビュ


――ズズゥン…ッ!!





氷姫「…え、炎獣…」


炎獣「」


氷姫「――死んだ?」

氷姫「炎獣、が?」

氷姫「そんな」

氷姫「だって今の今まで、一緒に話してて」

氷姫「一緒に教皇を倒して」

氷姫「一緒に乗り越えてきたのに」

氷姫「………待って」

氷姫「待ってよ」

氷姫(まだあんたに、言ってないこと)

氷姫(伝えたかったこと)

氷姫(沢山………、沢山あるんだよ)



炎獣「」



氷姫「炎獣ぅ………っ!」








魔王「………………」



雷帝「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」



ギュバンッ!!


ズッ ダァンッ!!


ビュオォウンッ!!



魔法使い「おやおや! これは凄い」

魔法使い「どうやら尚も新しい境地に達したようですね、雷帝」

魔法使い「このままでは僕も、うっかり討ち取られてしまいそうだ」

魔法使い「でもね、雷帝。…気付いています?」

魔法使い「そんなに大それた力、いち魔族が持つことが本当に許されるんですかね?」



雷帝「黙れッ!!」

ドギュッ

雷帝「黙れェッ!!」



ゴッ


――ズガァンッ!!



魔法使い「ふう、危ない」

魔法使い「…ねえ、雷帝。聡明なあなたは、薄々感じ取っていたのではないですか?」

魔法使い「例え魔王四天王と言えど、ここまで人類を圧倒することが出来るものなのか」

魔法使い「あなた達も苦難を乗り越えてきた…それは、分かりますよ」

魔法使い「お互いを信ずる絆も素晴らしいものです」

魔法使い「でもね」

魔法使い「人間だってそれは一緒でしたよね?」


魔法使い「…勇者一行は、それぞれが英雄たる人物達でしたよ。各々の道は違えど、ね」

魔法使い「目的の為に手段を選ばない意思の強さと頭脳を持った商人さんも」

魔法使い「気の遠くなるような年月ひたすら己を鍛えぬき、遥かな高みに辿り着いた武闘家さんも」

魔法使い「多くの人を惹き付ける不思議な力と、奇跡すら併せ持った盗賊さんも」

魔法使い「どんな悲劇にも逆境にも立ち向かう勇気と信念を持った戦士さんも」


魔法使い「――沢山の物語を背負ってきた彼らを、あなた達は虫けらのように蹴散らしてきた」


雷帝「貴様…!!」

雷帝「何が、言いたい…ッ!?」チャキ…!!


魔法使い「彼らが死を賭した覚悟を決めていた時、あなたたちは何をしていましたか?」

魔法使い「やれ恋慕の情だの、"自分の気持ちと向き合う"だの」

魔法使い「ずいぶん、あまっちょろいことを言っていましたよねぇ?」

魔法使い「そんなことで、どうして人々を圧倒できたんですか?」

魔法使い「"四天王だから"、そうして当たり前ですか?」

魔法使い「違いますよねえ…?」

魔法使い「分かりませんか? 雷帝」

魔法使い「あなた達のその力は、あなた達自身の実力ではない、ということですよ」


雷帝「何をっ………!!」


魔法使い「そうですよねぇ?」

魔法使い「――魔王」


魔王「!!」ビクッ


魔法使い「ずいぶんと、都合のいい言葉で四天王をおだてあげて戦ってきたみたいじゃないですか?」


魔王「………めて」


魔法使い「残酷なことだとは思わなかったんですか? 偽りの実力を過信する部下を見て」


魔王「や、めて」


魔法使い「教えてあげましょうよ。本当のことを」



魔王「――やめてっ!」




氷姫「魔、王?」

雷帝「魔王様…!!」



魔法使い「あなた達が人類を圧倒できたのは」

魔法使い「魔王。あなたが邪神の加護を」




魔法使い「"四天王に密かに分け与えていたから"、じゃないですか」




魔王「…っ!!」

…ドクン…





ズバァッン…!!


魔法使い「おっと!」

雷帝「それ以上の戯れ言は許さん…!!」ゴォ…

魔法使い「ふふ。雷帝」

魔法使い「考えていないふりは止めませんか?」

魔法使い「雷鳴剣は、先代魔王の持ち物ですよ。あの人の大いなる力を持ってして、初めて扱える代物です」

魔法使い「あなたごときが、本当に扱いきれると思ったんですか?」

魔法使い「王国軍の砦で軍師さんの罠に嵌まったあの時を思い出してくださいよ。…あんな破壊力を前にして生身の生物が生き残れるはずがありますか?」

雷帝「………っ!」



魔王「」ガタガタ…


氷姫「魔王…? 魔王っ!」

氷姫「しっかりして…! あいつの言葉なんかに耳を貸す必要はないわ!!」

魔王「」ガタガタ…

氷姫「魔王…!?」

魔法使い「無駄ですよ、氷姫」

魔法使い「だってこれ、本当のことですから」

氷姫「…黙りなさい」ギロ…!

魔法使い「…ねえ、氷姫」

魔法使い「どうして、究極氷魔法を使ってけろりとしていられたんですか?」

魔法使い「魔力を使い切るなんて、普通の生き物なら死に直結する大惨事じゃないですか」

魔法使い「"あの頃より修行を積んだから"とか、"魔王四天王だから"とか、そんな理由で自分が生きていると」

魔法使い「本気で思っていたんですか?」


…ドクン…

…ドクン…


氷姫「っ…!! じゃあ、何よ!!」

氷姫「あたし達の実力は、全部…!!」

氷姫「魔王から分け与えられていたものだって言うわけッ!?」



魔法使い「――当たり前ですよ」


魔法使い「先の戦いで見せた"魔壁"。壁で覆った者の存在を解体してしまうなんて」

魔法使い「そんな切り札を持っているなら、どうして今まで使わなかったんですか?」

魔法使い「出し惜しみ? ああ、必殺技は後にとっとくっていうやつですか?」

魔法使い「………違いますよねぇ」


魔法使い「"木竜が死んだから、彼の分の力を取り戻した結果、使えるようになった"んでしょう?」



雷帝「シィッ!」ヒュ

パァンッ!!

魔法使い「…ええ、あなたの勘は正しいですよ、雷帝」

雷帝(受け止めた!?)


魔法使い「これ以上、私が言葉を連ねれば」

魔法使い「魔王は、崩壊しますから」


ドクン…ドクン…

ドクン…ドクン…ドクン…





雷帝「氷姫!!」

氷姫「っ!?」

雷帝「全力の魔法で私もろともこいつを殺せ!!」

氷姫「な、なにを………!!」


ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…


魔法使い「冥王が、なぜあなた達に付いてきたか。教えてあげましょうか」

魔法使い「魔王が持て余していた邪神の加護を――」


雷帝「氷姫ッ!!」

雷帝「早くッ!!」


ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…



魔法使い「魔王は、冥王の術によって邪神の加護をあなた達四天王に、分散していたんですよ」

魔法使い「そこであなた達は、その地力を越えた領分の力を手に入れたんです」



ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…




雷帝「氷姫ィッ!!!」


氷姫「くッ…!!」ギュウ…!!


氷姫「うあああああああああああああああああああああああああああ!!」ォオォオォオ…!!









魔法使い「そしてその秘密が明かされることを契機として」

魔法使い「冥王の術は解けることになります」






魔法使い「――手遅れですよ」









 ド ク ン ッ … ! !














魔王「あ」















魔王「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」





ズ ズ ズ ズ ズ ズ ズ ズ ズ ズ ズ ズ ズ ズ ズ ズ ズ ズ ズ ズ ズ ズ ズ ズ ズ ズ ズ  ! ! ! ! !













魔界
冥界のほとり


冥王「………」

冥王「おや。術が途切れちまいましたわ」

冥王「まさかあの子猫さん、自分で打ち明けたなんて愚かな真似をしたんじゃあ…」

冥王「いえ、それは致しませんわよねぇ。それじゃあ、自身が反動を受け止めきれずに瓦解しちまふっていうのは、ご本人が一番わかっていますもの」

冥王「いずれにせよ、暴かれてしまったんじゃあお間抜けもよい所ですけれど」


冥王「それにしても、子猫さんはこれじゃあ」

冥王「ここでドロップアウトですわねぇ…」





雷帝「魔王様ァ!!」

氷姫「魔王っ――!?」



魔王「――」


魔王「あ――」

魔王「――ぐ」



魔王「――」


ドオォオォオォオォ…!



氷姫「な、に………これ」

氷姫(…魔王の周りに、力が渦巻いている…っ!)

氷姫(何よ…何なのよ、この気配)

氷姫(直視することすら憚られるような…圧倒的な波動の濁流)

氷姫(まるで、世界の全てを拒絶しているみたい…!!)

雷帝「く…っ!!」


魔法使い「ふむふむ」

魔法使い「予想以上の計測値ですね。邪神っていうのは、本当に大したものですよ」


雷帝「――貴様ァっ!!」ヒュッ

ズバッ!


魔法使い「おやおや?」

魔法使い「あなたの太刀筋って、こんなものでしたっけ?」ググ…

雷帝「…っ!?」

雷帝(完全に、受け止められた…!!)

魔法使い「実感しましたか?」

魔法使い「術は解けて、 邪神の加護は魔王の元に収束したんですよ」

魔法使い「あなたにはもう先程までの力はありません」

魔法使い「夢は、醒めたんですよ。雷帝」

――バキッ!

雷帝「ぐはッ!?」


氷姫「ら、雷帝!」

氷姫「ちぃっ!」オォオォ…

魔法使い「ほう。僕ごと全てを凍てつかせるつもりですか」

魔法使い「でも、そんな大それたことが…あなたに出来るんですか?」

氷姫「何を――」

氷姫「!?」

氷姫(思うように、魔力がコントロール出来ない…っ!?)

バチバチバチ…

パァンッ!

氷姫「ぁうっ…!」

魔法使い「…やれやれ。魔力を操り切れず暴発ですか。四天王とは思えない体たらくですね」


氷姫「…こ、こんな」

氷姫(こんなこと………っ)

魔法使い「まだ認められませんか、氷姫」

魔法使い「あなたがこれまでの戦いで人間を裁いてきた力は、仮初めの力だったのですよ」

氷姫「………!!」

魔法使い「木竜が死した時、その一人分の力の還元には堪え忍んだ魔王ですが」

魔法使い「炎獣が死に、秘密が暴露されたことによって冥王の術が解かれ、あなた達の分の力も一気に身体に戻ったことで」

魔法使い「…壊れちゃったみたいですねぇ」



魔王「――あぐ」

魔王「うぐ――」

オォオォオォオ…


氷姫「魔王…っ」

氷姫「魔王ぉ…!!」

氷姫(…駄目っ…! このままじゃ魔王が、魔王が…っ!!)

氷姫(――助けて、炎獣 )



炎獣「」


氷姫「炎、獣…」

氷姫「………」



氷姫(………そんな)

氷姫(炎獣が)

氷姫(魔王が)

氷姫(私達の積み上げてきたものが)

氷姫(全部………全部、一瞬にして)


氷姫(消え失せったって、言うの………?)


氷姫「………………」


魔法使い「さて、抵抗しないのであればあなたも後を追うことになりますが?」


氷姫(………………か)





氷姫(勝てない)






氷姫(私は、こいつに)



氷姫(勝て、ない…)




魔法使い「絶望しましたか。無理もありませんね」

魔法使い「まあ、私はただ、あなた達が勇者一行に与えてきた絶望の」

魔法使い「その逆を与えたに過ぎないのですがね」


氷姫「…」

氷姫「…」パキ…

氷姫「…」パキパキパキ…


魔法使い「ん?」


氷姫「…貫けッ!!」ォオ…!

――パキィンッ!!

ドスッ

魔法使い「………」

魔法使い「氷の槍…。そうですか」

魔法使い「こんな事態に陥っても、まだ戦う意思を捨てませんか。氷姫」

氷姫「…はあ…っ、はあ…っ」ブルブル

氷姫(………畜生! 震えるな…っ)ブルブル

魔法使い「…ふむ、それもよいでしょう」

魔法使い「あなたが冥王の元で魔術を修めた実力は、嘘偽りない本物ですしね。それは天才の域といっても過言ではありません」

魔法使い「それに、あなたも」

魔法使い「先代の頃からの四天王…謀略の逆巻く魔界で、魔王を守り生き残ってきた武人ですものね」

魔法使い「雷帝」

雷帝「………」ズブ…


魔法使い「あはは。後ろからひと突きにされちゃいましたか。油断しましたかね」


魔法使い「でも今の僕って、ちょっと生半可じゃないくらい強いですよ」

魔法使い「イカサマを働いたんじゃないかってくらいにはね」

雷帝「………」

雷帝(こいつ… !)

魔法使い「実際、裏技を使いましてね。ちょっとやそっとじゃ、もう僕は死にません」ググ…

雷帝「剣を…!」

雷帝(掴んで引き抜いただと! 物凄い力…!)

魔法使い「僕って元々結構強いんですけどね」

魔法使い「今なら、こんなことも出来ちゃいますよ」チョイ

オ オ オ オ オ オ オ … !



氷姫「な、何…!?」

氷姫(王城が………!!)

雷帝「人間の、城が………」

雷帝「………形を、変えていく…!」



ギュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ…!!



魔法使い「王城は、せかくあなた達が目指してきたラストダンジョンですから」

魔法使い「雰囲気があった方がいいでしょう?」

魔法使い「といっても人間の本拠地ですから、魔王城みたいな禍々しい感じよりは、こういう方が性に合っていると思うんですよ」

魔法使い「どうです? お気に召しましたか、四天王」



魔法使い「これが………かつての古代王朝都市の技術の賜物」


魔法使い「――"機械城"です」



雷帝「機械、城…!?」

雷帝(眩い光をあちこちから発して、吹き出す蒸気が靄を産み出している…。それに)

氷姫「…空に、浮いた…!!」

氷姫「こんな、巨大なものが…っ!?」


魔法使い「ああ、しまった」

魔法使い「まだ国王や女王が中に居たんでした。無事でしょうかねえ」

魔法使い「まあ、どうでもよいことと言えばそうなんですが」


雷帝「貴様が………」

雷帝「貴様がやったのか、これを…!」

魔法使い「――雷帝、氷姫」

魔法使い「戦えるのは最早あなた達二人だけのようですが、それでも僕を討ち取ろうと言うのであれば」

魔法使い「僕はあそこで待っていますよ。まあ、今のあなた達じゃあご足労頂いても返り討ちだと思いますけど」

氷姫「ま、待てっ!」

魔法使い「せいぜい、頑張って下さい…」スッ

ヒュウゥン…!

雷帝「…!」

雷帝(転移か………)


氷姫「………な」

氷姫「なんなのよ」

氷姫「なんなのよあいつ………」


氷姫「――………ッ!!」ギュウッ



雷帝「………………」






氷姫「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ…!!」














オォオォオォオ…

魔王「――」

魔王「あ――」

魔王「――ぎ」


雷帝「魔王、様…っ」

雷帝(自我を喪失されている…! 瞳は開いてはいるが…、恐らくあそこには何も映し出されていない)

雷帝(波動の激流が渦巻いて…今の私では)

雷帝(近寄ることすらままならない)

雷帝「………」

雷帝「炎獣…」

炎獣「」

雷帝(………冷たい。あの、炎獣の身体が…)

雷帝「………」

雷帝「失ったのか、私は」

雷帝(――またしても)


氷姫「…」

氷姫「ねえ」

氷姫「雷帝」

氷姫「………教えてよ」

氷姫「あたし達、どうすればいい?」


氷姫「もうあたしには分かんない」

氷姫「魔力が…いつもみたいにみなぎってこないんだ」

氷姫「あいつの言葉は全て本当で」

氷姫「あたし達の全部は………」

氷姫「――間違っていたの?」


氷姫「だから、こんな風に」

氷姫「負けちゃったのかなぁ………あたし達 」


雷帝「………」

雷帝「負け、か」

雷帝「そうだな。…これは、敗北に他ならない」

雷帝「炎獣を失って………魔王様を救う手立ても分からない」

雷帝「我々自身が練り上げてきたと思っていた力を失った」

雷帝「側近に………魔法使いに、我々は屈した」





雷帝「でも、不思議だな」

雷帝「私の足は、それでも前に進もうとしている」


氷姫「………あんた」

雷帝「大事なものの多くを一度に失い過ぎたせいで麻痺しているのか」

雷帝「元々私は、こうすることしか出来ない生き物なのか」

雷帝「………"ここまで進んできて、止まれない"」

雷帝「私を突き動かすのは、その思いだけなのだ」

氷姫「………」

雷帝「ああ、進む先には絶望しかないのかもしれない」

雷帝「あんな計り知れない力を持つ魔法使いに」

雷帝「………きっと我々は勝てない」


雷帝「それでも私は進む」

雷帝「あの機械城へ」


雷帝「――私は行く」


氷姫「………」

雷帝「………」

氷姫「………」


氷姫「あたしも」

氷姫「………あたしも、行くわ」




冥王「子猫さんたちは人間の王国の懐深く………」

冥王「四天王が死んだり勇者一行を殺したり、大忙しのてんてこまい」

冥王「………ああ、こんな日はお茶が美味しいわ」

冥王「さてはて、そろそろお前さんが舞台に上がる番ですのよ」


冥王「――魔法使い」


冥王「教えて差し上げなさいな。無知な子猫さんたちに」

冥王「世界の、真実を」

冥王「…ああ、でも。お前さん、自分のこととなるとてんで口下手なもんだから、ろくすっぽ語れはしないんでせうね」

冥王「そうですのね。誰かさんを呼び出してお話ししてもらうといふのが一番かしら」



冥王「例えば、過去の亡霊さんなんかに、ね………」









雷帝「………」

氷姫「………」


雷帝「…辿り着いた」

雷帝(機械城の真下。しかし、これは…)

氷姫「………地面がえぐれて、更地になってる 」

氷姫「あれ、本当に浮いてんのね」

雷帝「…ああ。どういう仕組みか、想像もつかんが」

雷帝(………おそろしく巨大な建物。人間界にも魔界にも、こんなものを実現できるだけの文明が起こり得たことなどない)

雷帝(しかし…奴はこれを"古代王朝都市"と言った)

雷帝(かつて…人間の歴史上に、ここまでの技術と叡智を持ったものが存在したというのか…?)

氷姫「雷帝」

氷姫「転移であそこまで行くわよ。捕まって」

雷帝「氷姫」

氷姫「…何よ?」

雷帝「私に無理に付き合う必要はない。死ににいくようなものだ。………いいのか?」

氷姫「…死ぬにしたってね」

氷姫「ここまで来て、棒立ちでってのはごめんなのよ。倒れるときには、前のめりに倒れてやろうって」

氷姫「今は、そう思う」

雷帝「………そうか」

氷姫「捕まって」

雷帝「ああ」

ヒュウゥン…!


雷帝「…ここが、正面か」

雷帝(ますます受け入れがたい造形だ。見たことのない材質、浮かび上がる文字…)

雷帝「一体どうなって………!」

氷姫「ぜっ…はっ…」

雷帝「氷姫…!」

氷姫「だ…大丈夫よ。ちょっと、疲れただけ…」

雷帝「…っ」

雷帝(今までの氷姫であれば、転移の一度や二度は軽々とこなしていた…だが)

氷姫「…は…はは」

氷姫「泣けてくるわね。これが、本来のあたしってわけ?」

氷姫「魔王から…邪神の加護を分け与えられていたから、悠々とやってこれたに過ぎない」

氷姫「…信じたく、ないものね…」

雷帝「…」

雷帝「少し、肩を貸してやる」

氷姫「…はは。さんきゅ」


雷帝「…」スタスタ

雷帝(正面には、豪奢な門らしきものが見える。重厚な威圧感すら醸しているこれを…さて、どうやって突破するか)

氷姫「ぶっ壊して中に入る?」

雷帝「…今となっては、力はなるべく温存するに限るだろう。この奥で待っているのは、あの魔法使いだ」

氷姫「…そうね」

雷帝(それに、情けないことに私は)

雷帝(未知の技術の前に、自分の技が通じるのか………その自信がない)


門『――生命体を感知』


雷帝 氷姫「!!」


門『確認、照合します』ピピ…


氷姫「なっ…」

雷帝(何だ…!?)


門『確認完了。93パーセントの確率で人間と認められました』

門『お入りください』


ゴゴゴゴ…!


氷姫「なんなわけ、これ…!?」

雷帝「…」

雷帝(確かに声が聞こえた…。が、生き物の気配がするわけではない)

雷帝(それに、今私達を"人間"と言ったか?)

雷帝「…ふっ」

雷帝「もはや、考えても分からんことだらけだ。どうあれ、進むしかあるまい」

氷姫「…ったく。薄気味悪いったらないわよ」

雷帝「行くぞ」





機械城
エントランス


氷姫「うっ…! 眩しい…」

雷帝「外よりも、中の方が明るいのか。建物の中とは思えん。配色の様々な光源が、照らしている…」

氷姫「にしても広いわね。どうすんの?」

雷帝「…あそこの螺旋階段を登ってみよう」

氷姫「まあ、あいつはこのいかれた建物の上の階にいるかもってのが、妥当な線か」

雷帝「勘でしかないがな」

氷姫「ふふ。あんたらしくないわね」

雷帝「仕方ないだろう」

氷姫「…」

氷姫「肩、ありがと。もう平気よ」

雷帝「…そうか」


氷姫「ねえ、雷帝」

雷帝「…」

氷姫「あんた、魔王に惚れてたでしょ」

雷帝「………」

雷帝「阿呆。なんで今、その話をする」

氷姫「そりゃ…もうこの先」

氷姫「こんな話をするチャンスが無さそうだからよ」

雷帝「…」

雷帝「…はあ。お前というやつは」

氷姫「で、どうなのよ」

雷帝「惚れていた、のではない」

氷姫「え?」

雷帝「…今でも慕っている」

氷姫「はは!」

氷姫「そうですか。そりゃ結構なことで」

雷帝「聞いておいて笑うな」

氷姫「ごめんごめん」アハハ


氷姫「でもさ、魔王なんてあんたが四天王の頃で赤ん坊だったんでしょ? 歳の差どんだけあると思ってんのよ」

雷帝「うるさい。魔族の寿命からして不自然なものでもないだろうが」

氷姫「ま、そうだけどさぁ」

雷帝「…お前はどうなんだ」

氷姫「あん?」

雷帝「炎獣に…惚れていたろう」

氷姫「…はは」

氷姫「そうだねぇ、うん」

氷姫「惚れてたよ」

氷姫「…」

氷姫「あたしは馬鹿だから、いつもそれは伝えられなかったけど」

氷姫「………結局、最後まで」


氷姫「伝えられなかったけど」


雷帝「………」

雷帝「伝えたところで、痛い目を見るだけだ」

雷帝「私達がな」

氷姫「………はっ」

氷姫「ははっ。言うわね、あんた」

氷姫「なんだ、そういうのにはとんと無関心そうな顔して、気づいてるんじゃない」

雷帝「当たり前だ。何年、魔王様と炎獣と、過ごしてきたと思っている」

氷姫「そっか。そうよねぇ」

氷姫「…ま、当の本人達が鈍そうだけどね」

雷帝「ああ、そうだな」

氷姫「………」

雷帝「………」

氷姫「ねえ」

氷姫「終わっちゃうのかなぁ」



氷姫「あたし達の、全部」


雷帝「………我々が魔法使いに負ければ、魔王様を元に戻す方法は失われる」

雷帝「そもそも、我々はその時点で死んでいるだろう」

雷帝「全滅は必死だ」

雷帝「私達は………勇者の元に辿り着くことなく、破れ去ったということになる」

氷姫「………」

氷姫「…はは」

氷姫「あーあ。聞くんじゃなかった」

雷帝「………すまない」

氷姫「…?」

雷帝「炎獣のように、お前を勇気づける言葉は…私からは出てこないようだ」

氷姫「…」

氷姫「馬鹿」

氷姫「期待しちゃ、いないわよ」

雷帝「…そうか」


雷帝「…さて」

雷帝「気づいているか?」

氷姫「ええ。ここを上がったところね」

氷姫「――誰かいる」

雷帝「ああ」

氷姫「…魔法使い?」

雷帝「さあ。奴は己の気配すら自在に変化させる。もはや我々には推し量ることは出来ん。…が」

氷姫「…息遣いが聞こえる。女…? ずいぶん、弱っているみたい」

雷帝「油断するなよ」

氷姫「ええ。行くわよ」




機械城
メインフロア


くノ一「…はぁ…はぁ…」


雷帝「…!」

氷姫「人間…」


くノ一「…来た、な…」

くノ一「魔王四天王」


雷帝「貴様は…」

氷姫「雷帝、知ってるの?」

雷帝「見覚えがある。確か、王国建国の儀式で見かけたな」

くノ一「ふふ…。雷帝。あなたが来るなんて、これも縁か」

雷帝「………満身創痍だな。人間の貴様が、何故そんななりでそこにいる?」

くノ一「負けたのだ。魔法使いに」

くノ一「いえ…正確には彼のしもべに」

氷姫「魔法使いが、人間を狙ったっての? …あいつ」

くノ一「何を考えてるか、分からない…か?」

くノ一「奴は狂ったのだ。いや、元々狂っていたのか」

くノ一「全ての始まりは、奴が真実を知った時…だったのだろう」

雷帝「…何だと?」

くノ一「魔王四天王」

くノ一「あなた達には、魔法使いを倒してもらう」


雷帝「………」

氷姫「あんたに言われずとも、こちとらそのつもりよ…!」

くノ一「…と、言うよりは、もうあなた達にはそれしかない…といったところかな」

氷姫「!?」

くノ一「あなた達二人しか現れなかった…ということは、後の二人の四天王は既にどこかで魔法使いに倒されたのだろう」

くノ一「魔王も、おそらく戦える状態ではない。違うか?」

雷帝「…だとしたら、何だ?」


くノ一「………魔法使いは」

くノ一「魔王を操るつもりだ」


雷帝「…っ」

氷姫「!!」


くノ一「今この時も、魔法使いは魔王の精神を、乗っ取りにかかっている」

くノー「あの男のことだ。抜かりなく魔王の心を無防備な状態に辱しめてから、事に当たるだろうな」

くノー「果たして魔王がどれだけ抵抗できるか」

氷姫「く…っ!」

雷帝(今の魔王様の精神は剥き出しの危険な状態だ…! だが、我々には魔王様に触れることすら出来ない)

くノー「あなた達が取れる道は多くない。魔王が魔法使いに支配されれば…世界がどうされるか分かったものではない」

くノー「絶望的な戦いであったとしても…あなた達には魔法使いに挑んでもらうしかない、というわけだ」


くノ一「とにかく、急いでくれ」

くノ一「奴はもう、鍵を持っているのだから」

雷帝「鍵、だと…?」

くノ一「私は、しくじった。一度手に入れた鍵を、奴に奪い返されてしまった」

くノ一「王城が、こんな風にされてしまって………もう、両陛下が無事かどうかすら、分からない」

くノ一「もう私には、あなた達四天王に賭けるしかない…」

雷帝「………お互い」

雷帝「もはや後がない、というわけか」

氷姫「………」

雷帝「行くぞ、氷姫」

氷姫「あ、ちょっと!」


くノ一「魔法使いは、その門の先にいる…が」

ピピ…

門『ゲートはロックされています』

門『合計4パターンのシステムクリアを実行してください』


氷姫「はあ? 何よ、これ」

くノ一「言わば、封印だよ。それを解くには、別の場所で解放を行わなければならない」

雷帝「別の場所…。他に、二つの門があるな」

雷帝「こちらに先に行けということか?」スタスタ

氷姫「ちょ、ちょっと雷帝! そんなワケの分からないものにホイホイ近づいたら…!」

雷帝「だからと言って、ここで頭を悩ませていてもどうせ解決にはなるまい。私はこちらを潜る。お前はそっちを」

氷姫「…っ」

雷帝「分かっている。危険な行動だと言うことは」

雷帝「けれど今は、足を止めていたくない。そうしてしまったら、もう進めない気がするんだ」

雷帝「お前のように、私は強くないからな」

氷姫「………違うっ」

氷姫「あたしは…っ!」

雷帝「最後の一歩だとしても、踏み出していたいのだ」

雷帝「――進んだ先で」

雷帝「また会えると、信じている。氷姫」

『サブゲートAに、生体反応。転送を開始します』

『転送先確認。下層研究ホール。スタンバイ』

『転送』

氷姫「雷帝…!!」

ヒュウゥウ…ン


氷姫「…ふざけんな」

氷姫「あたしは、強くないんだよ」

氷姫「全然、強くなんか、ないんだ」


氷姫「畜生…」


氷姫「………」


『サブゲートBに生体反応。転送を開始します』

『転送先確認。都市展望台。スタンバイ――』


ヒュウゥウ…ン






くノ一「…あなた達にかかっている」

くノ一「魔法使いが、世界を変えてしまう前に」

くノ一「お願い………」




ヒュウゥウン


雷帝「…」

雷帝(どうやら、着いたな。どこへ着いたのかは知らんが)

雷帝(転移魔法と似たような仕組みか。しかし、魔力は微塵も感じなかった。つまりは、からくりの一種だと言うことか?)

雷帝「………ずいぶん開けた場所だ」

雷帝「ここは…」


「やはり、来たか」

「お前は勇気のある男だよ」


雷帝「…なッ………!」

雷帝「――なぜ…!?」

雷帝「なぜ、あなたが、ここに………ッ!?」


「驚くのも無理はないな。お前の記憶が正しければ、私は既に死んでいる」

「案ずるな。その事実は正しい。しかし…」

「…魔法使いが手にしたものというのは、生と死の境を曖昧にすることだって可能にするほど莫大な力を有する物なのだ」

「ひねりのない話だとは思わんか?」


先代「けれど私は、甦った」

先代「さあ、剣を取れ。雷帝」










氷姫「はっ…はっ…!」

氷姫(危ない…っ! 一瞬でも反応が遅れたら、斬られていた)

氷姫(こいつ…っ!!)


「おや、魔術師とは言え反射神経も大したものだな」

「一筋縄ではいかないか。まあ、痩せても枯れても魔王四天王だしな、そのくらいでなくては」

「時間もないし、とっとと続きをしないか?」


女勇者「本気で殺り合えよ。四天王」


>>224
雷帝「私達は………勇者の元に辿り着くことなく、破れ去ったということになる」

○雷帝「私達は………勇者の元に辿り着くことなく、敗れ去ったということになる」

今日はここまでです





魔王「………ここは、どこだろう」

魔王「確かな感覚があるようで、空気と溶け合ってしまったような」

魔王「匂いと音に包まれて目覚めたような、眠ってしまったままのような」

魔王「自分の気配が、ひどく曖昧だ…」

魔王「大きな力に押し流されて、途方もなく遠いところに来てしまったみたい」

魔王「私には………為さなきゃならないことがあったはず」

魔王「とても大切なことを忘れてしまってる気がするのに………今は、何も思い出したくない」

魔王「帰りたい。皆と過ごした、あの魔王城に」

魔王「私を連れていって…」





〈魔王の心の魔王城〉


魔王「…!」

魔王「ここは…魔王城…?」

魔王「本当に来れた…!」

魔王「うふふ…素敵!」

魔王「この世界では、私が思った通りのことが起こるんだ…!」

魔王「きっと、こうして玉座に座っていれば、爺が朝の挨拶に来てくれる…」

ギィ…

木竜「…姫様」


魔王「ほらね!」

魔王「おはよう、爺。炎獣はどこ?」

魔王「雷帝や氷姫は今日も忙しいかな? 炎獣、訓練だって言って城を壊したりしてないといいけど…」


木竜「姫様」


魔王「…爺? どうしたの、恐い顔をして」

木竜「…伝令から知らせが入りました」

魔王「え………?」


木竜「――勇者が」

木竜「勇者が攻めてきました」



魔王「!?」


木竜「本日未明、魔界大陸の最前線基地に、勇者一行が出現」

木竜「我が魔王軍の本体は、彼らの出現から半時で全滅しました」

木竜「彼らはたった七人の精鋭部隊」

木竜「勇者と、商人、武闘家、盗賊、戦士、僧侶、魔法使い」

木竜「勇者一行は近隣の拠点を蹂躙」

木竜「………その猛進凄まじく、我らが魔王城まであと数刻」


魔王「………ま」

魔王「待って…! これは、何!?」

魔王「これは一体何の…!!」


伝令「し、失礼します!」

木竜「………今度はなんじゃ?」

伝令「勇者撃破に向かった、四天王最強の武闘派、炎獣殿の隊より知らせです!!」


魔王「………え?」


伝令「炎の四天王、炎獣殿は…!」

伝令「勇者一行との激烈な死闘の末………!!」



伝令「壮絶な討ち死にを遂げられました………っ!!」








魔王「な………」

魔王「………何を」



魔王「…………何を言っているの………?」





〈下層研究ホール〉



雷帝「先代様…!!」

雷帝「まさか、あなたが…――魔法使いのしもべにされていると言うのですか…!!」

先代「そういうことだ」

先代「今の私は、魔法使いの意にそぐわない形では生きられない」

雷帝「…っ!! あなたほどのお方が…っ」

先代「ふふ。雷帝よ。真面目な男だな、お前は。私の分までそうして口惜しそうにする」

先代「私はよい部下を持ったものだ。…だが」チャキ…

雷帝「――!」

先代「悲しいかな、私の役目は"お前を倒すこと"にある」

先代「私とて、出来れば二度も死にたくないのでな」

先代「お前を、倒す」

先代「構えよ」



〈展望台〉


女勇者「シッ!」ドンッ

ヒュドッ!

氷姫「くっ…!」


女勇者「どうした、四天王! 逃げてばかりでは私は倒せんぞ!」

氷姫(速い…! とんでもない身体能力だ…っ!)

氷姫(魔法を撃とうにも、あっという間に間合いを詰められる! このままじゃ、いずれ殺られるっ!)フワッ…

女勇者「お? 宙に逃げたか」

女勇者「魔術師ならではだな。剣士にとっては些か辛い土俵ではあるが」

女勇者「しかし」ダンッ!

氷姫(跳んだ! よし、このまま空中で仕留めて――)

女勇者「私に少しも魔法の心得がないと思ったか?」ヒュオ…!

ドヒュンッ!

氷姫「光弾!?」

氷姫(遠距離魔法も使うのか! くそ…っ!! 躱すには距離が近過ぎ――)


ドォオン…!


女勇者「これでも、かつて勇者をしていたものでね。それなりに色々と扱うんだよ」

女勇者「うかうかしていると、すぐに終わってしまうぞ? お前の旅は」

女勇者「なあ、氷の四天王よ」


ヒュウゥウ………

女勇者「む?」

女勇者(上空から、何か舞い落ちるように降りてきた。霜か、これは)

女勇者(霧に包まれたように辺りが真っ白だ…)

女勇者「なるほど、一時的に視界を奪って騙し討ちにするつもりか。…ふむ。これは困った」

氷姫『…先代勇者』

氷姫『何故あんたが、魔法使いに与する? 人間にとっても、最早魔法使いは驚異のはずよ』

女勇者「お、情報収集か? 有利な状況に持ち込んで余裕が出たか」

氷姫『答えなさい』

女勇者「…ふふ、いいだろう。付き合ってやる」

女勇者「私とて、あんな陰気者の駒使いなど真っ平ごめんなんだよ。しかし、一度死んだ私を甦らせた魔法使いは、私の心臓を握っている」

女勇者「歯向かえば、死、というわけさ。…納得して貰えたか?」

氷姫『………』

女勇者「信用できない、か?」

女勇者「しかし考えてもみろ。奴は王城を指先ひとつで、このケッタイなからくり仕掛けの要塞に早変わりさせたくらいだぞ」

女勇者「死者を甦らせったって、不思議じゃないと思わないか?」


氷姫『…そんな力があるなら』

氷姫『何故最初から私達をその力で討たなかったの?』

女勇者「さあな。奴にも色々事情があるんだろうよ」

女勇者「それに、あの力は最初から持っていたわけではない。完成させたんだよ」

女勇者「勇者一行が、お前たちの足止めをしている間に」

氷姫『完成させた…?』

女勇者「どうやら連中は、それを"鍵"と呼んでいる」

女勇者「この世のあらゆる秩序を狂わす反則級の代物さ。ある意味、奴らの女神なんぞよりもよっぽど恐ろしい」

氷姫『………』

氷姫(鍵…。確か、あの人間の女もそんなことを…)

――くノ一「私は、しくじった。一度手に入れた鍵を、奴に奪い返されてしまった」


女勇者「聞きたいことはそれだけか?」

氷姫『………あんた。魔法使いを、まるでよく知っているみたいに話すわね』

氷姫『あいつの、何を知ってるの』

女勇者「何かと思えばそんなことか。私と奴の関係?」

女勇者「………そうだな。私にとってあいつは」

女勇者「友の、仇だよ」



〈下層研究ホール〉


先代「行くぞ」

先代「雷帝」コォオ…

雷帝「…」ゾッ

雷帝(先代様…。本気だ)

雷帝「くっ…」チャキ…

先代「そうだ。それでいい」

雷帝(――来る)


先代「」 ゴ ッ

雷帝「」 ギ ュ ン ッ


――ジャキィッ!!



雷帝「…っ」ギリギリ…

先代「ふっ。ははっ!」ギリギリ…

先代「受け切るとはな、雷帝。大したものだ」

先代「私が死した後も、相当の研鑽を重ねたようだな」

雷帝「くっ…」

雷帝(強い…っ。だが、見えなくはない…!)

先代「………私とて、既に邪神の加護は失われている」

雷帝「!」

先代「アレがなければ、私の実力などこんなもの、と言うわけだ…」

雷帝「…っ、邪神の加護…!」

先代「お前にとっても、邪神の加護はまやかしであったのだろう」

先代「しかしそれでも、お前本来の力を信じよ。…そうでなくては私は倒せん」

雷帝「…!」グラッ


先代「――破」

ズンッ…!


雷帝「ぅくっ…!!」

雷帝(桁違いの、圧力だっ!)


先代「斬」ギュン!!

 ズ バ ッ !

雷帝「ちっ…!」


先代「魔族としての血を思い出せ」

先代「相手を制し、勝利する欲求を」

先代「奥底に眠る力の解放を」


先代「番人を倒すことすら出来ねば」


先代「お前達に未来はない」



 ドォッ――!!




〈展望台〉


氷姫『番人…ですって?』

女勇者「そうだ。私と、他に三人の番人がいる」

女勇者「そいつらを倒せば、魔法使いへの道は開かれる、というわけだ」

氷姫『…』

氷姫(ふざけてる)

氷姫(魔法、使い…試すような真似をしやがって…!!)

氷姫(上等よ…っ!! なら、あたしは)

氷姫(その番人とやらを、倒すだけよ!!)

ヒュオォ…!

女勇者「おっ。ようやくやる気になったか。待ちくたびれたぞ――」

氷姫「はァッ!」ォオ…!

女勇者「!!」

ゴォッ!

女勇者(冷気の結界を纏った体当たり…!?)

女勇者(ぶち当たれば一撃で致命傷だな…! 霧のせいでどこから来るか分からんのも厄介だ…!)

女勇者(だが…)

氷姫「ちっ…躱された!」

氷姫(勘の良い女ね! だけど、そいつが何度も続くか…!!)

氷姫「喰らえ…ッ!」

ゴッ――

女勇者「ここだ!」ヒュッ!

氷姫「!?」パキィンッ!!


氷姫「ぐあっ…!?」

氷姫(攻撃を当てられた!? 糞、なんで…!)

女勇者「たいした大技だが、魔力が充分ではないな!」

氷姫「…っ」ヨロ…

女勇者「もう貴様には、今までのように邪神の加護はないのだ! とっくに見放された存在なんだよ!!」

女勇者「そいつを認められなかった一瞬の甘い判断が」

女勇者「貴様の敗因だ!!」

氷姫(不味い、回避が間に合わな――)


ズドッ!!


〈地下研究ホール〉


先代「突」


ザンッ!!


雷帝(っ! 刃圏が広い!!)

雷帝(もっと反応速くしろ!! そうしなければ)

雷帝(斬られる!!)


先代「まだだ」

先代「まだ、遅い。雷帝」


ス パ ッ


雷帝「!!」

雷帝(ぐっ…!! 足をやられた!!)

雷帝「くそっ…!」


先代「…思うように体が動かないか?」

先代「無理もないな。今までお前の肉体と神経は邪神の加護に限界まで高め上げられていたのだから」

雷帝「………」

雷帝(…思い、知る…。私達は本当に)

雷帝(自らの能力で戦ってきたわけではないのだ)


先代「………四天王に絶大な力を分け与えてなお、魔弓を扱うだけの力を残した」

先代「あの子にもたらされた邪神の加護は、計り知れない。只の人間が、そんなものに敵うはずもない」

先代「お前達がしてきたのは、そういう戦いだ」

雷帝「………っ!」

先代「………"魔族の勝利が、約束された戦い"」


雷帝「…私達はっ」

雷帝「まだ、勇者に勝利していません…!!」

先代「…なるほど、確かに」

先代「勇者を倒すのか、勇者に倒されるのか。それがはっきりするまで、命運は分からん」

先代「だが、反対に」

先代「魔王にもたらされる邪神の加護と、勇者にもたらされる女神の加護。そのどちらが大きいのか」

先代「戦いを決定付けるのは、只それだけではないか?」

雷帝「!?」

先代「この世界を支配してきたふたつの種族。人間と魔族は」

先代「神から与えられる加護の体現者である勇者と魔王の優劣に、深く依存をし続けてきたのだ」


先代「…その生の、全てをな」






〈魔王の心の魔王城〉



木竜「姫様」

木竜「お聞き頂いた通りですじゃ」

魔王「…っ!?」

木竜「炎獣は、勇者一行に敗れ申した」

魔王「え………炎獣が?」

魔王「………炎獣が、死…――」


魔王「そ…そんな………。そんなことがあるわけ………ない………!」

魔王「………だって、今まで………」

魔王「今まで一緒に戦って…………!!」


魔王「嘘よ………っ!!」

魔王「嘘ッ………!!」

ズキン…!

魔王「うっ…!?」



――炎獣「危ねえッ!!」

――炎獣「魔王ッ!!」バッ

――魔王「え…?」

―― ド ス ッ

――炎獣「がッ」

――炎獣「ふッ」

――魔王「………………え」

――魔王「………炎…獣………?」

――魔王「炎獣」

――魔王「炎獣ってば」

――魔王「ねえ、炎獣」ユサ…

――魔王「炎獣………」ユサユサ…



――炎獣「」ゴロン…




魔王「嫌だっ!」

魔王「違う違う違うっ!!」

魔王「そんなの嘘だっ!!」

魔王「炎獣が、炎獣が…っ!!」

魔王「炎獣が――」


木竜「…姫様」



木竜「勇者一行の力は…一線を画しておりますじゃ」

木竜「おそらく、炎獣が敗れたということは、魔界のどの勢力をもってしても勇者の撃破は絶望的。…が」

木竜「この爺めに、今一度機会をお与えくださいませぬか」

魔王「え………?」

木竜「この木竜。姫様のために、必ずや勇者一行に一矢報いて参ります」

木竜「死は覚悟の上じゃ。しかし、誰かがそうしてまでも反撃に出ねば、魔界はこのまま終わりを迎えまする」

木竜「儂が生きて戻ることはないでしょうが………それでも長年培った知恵と竜族の誇りは、魔界の誰にも劣りませぬ」

魔王「ま、待って…。待って、爺」

木竜「儂の死が、反撃の狼煙になるはずじゃと信じておりまする」

木竜「………全ては、我らの魔界のために」

魔王「いっ、行かないで!」

魔王「駄目っ! 行ったら死んじゃう!!」

魔王「爺、死んじゃうんだよ!!」

木竜「………姫様」

木竜「どうか、お気をしっかりと」

木竜「魔界のために、尽くしてくだされ」

魔王「爺!! 爺っ!!」

魔王「行かないでっ、爺!!」


ギィィィ…

――バタァン…!



魔王「そ………そんな………」

魔王「爺が………炎獣が………」

魔王「こ、殺され………」

魔王「………!」ハッ

魔王「氷姫は!? 雷帝はどこに…っ!」

魔王「ねえ!! 氷姫!! 雷帝!!」

魔王「………だ、誰もいないの?」

魔王「私達の魔王城に、誰も………!」


雷帝『………。…』

氷姫『………、魔王に………でしょ』

雷帝『阿呆。なんで今、その話をする』

氷姫『はは! …そりゃ結構なことで』


魔王「!」パァッ

魔王「氷姫っ! 雷帝!!」


氷姫『ねえ』

氷姫『終わっちゃうのかなぁ。あたし達の、全部』

雷帝『………全滅は必死だ。私達は………勇者の元に辿り着くことなく、破れ去ったということになる』


魔王「え…!?」


雷帝『………すまない。また会えると、信じている。氷姫』


魔王「ら、雷帝…!?」

魔王「どこへ行くのっ!? そっちは駄目!!」


氷姫『………畜生…』


魔王「氷姫!! 駄目だよ、行かないで!!」

魔王「殺されるっ!!」

魔王「皆、勇者に――」



魔王「殺されてしまうっ!!」





魔王「はあ…! はあ…!」

魔王「どうして…!! なんで………!!」

魔王「なぜ、こんなことに――」


《これは、仕方のないことなのですよ。魔王》


魔王「………!」


《勇者が現れ、彼が桁違いな力を示して魔界に攻め入ってきた。そんなことが起こっては》

《あなたの臣下は、それを命懸けで止めにかかるしかないのです》

《足並みを揃える暇さえない四天王は、勇者一行に各個撃破されるでしょうね》

《そうして勇者は、最後には魔王城に辿り着き》

《あなたの喉元へ刃を突きつけます》


魔王「ひ………っ」


《魔王。あなたはそれでも逃げることは許されません》

《仲間を全て失い、心臓を鷲掴みにされても尚》

《戦うことを強いられます》


魔王「やめて………」ブル…

魔王「…やめて、お願い………」…ガタガタ…


《ねえ、魔王。これでようやく、想像できましたか?》


《これが》

魔法使い《あなたが人間に与えてきた絶望です》


魔法使い《あなたは今までずっと搾取する側でいた。四天王と、力に任せて人間をねじ伏せてきました》

魔法使い《何故、そんなことが出来たんです?》

魔法使い《四天王が、あなたの持つ邪神の加護で力を増強されていたからですよね?》

魔法使い《あなた自身が、並外れた技を操っていたからですよね?》

魔法使い《なあんだ…。ただ邪神の加護がとってもいっぱい注がれていたから、だからあなたは勝っていただけじゃないですか》


魔法使い《――じゃあ、もし逆の立場だったら?》


魔法使い《勇者に、強い女神の加護が与えられていたら、あなたはどうなっていたんですか?》

魔法使い《………その答えが、これです》

魔法使い《あなたはただ、泣きながら戸惑い、仲間が失われていくのを眺めていることしか出来ないのですよ》

魔法使い《あなたの勝利は、邪神の気まぐれにしか過ぎない》

魔法使い《中身なんてひとつもない》



魔法使い《ただの、幸運でしかなかったのです》


魔法使い《…おや?》

魔法使い《逃げ出してしまいましたか…。魔王たる者が、ひどい体たらくですね》

魔法使い《さて、あなたが創り出した、この偽りの魔王城。そんなに逃げ場は多くありませんよ》

魔法使い《魔王!》

魔法使い《聞こえているんでしょう! 足掻くことを止めて、受け入れなさい!》

魔法使い《…くっくっく》

魔法使い《もう少し、ですねぇ…》








〈展望台〉


女勇者「………ふう。今一歩の所で逃したか」

女勇者「四天王め…。自分自身を堅固な氷で凍らせたのか」


氷姫「…」パキィ…ッ


女勇者「はっ!」ヒュッ

カァン…!

女勇者「…私の剣をもってしても、傷がつけられんとは」

女勇者「あの一瞬で大した魔法を使ったな。火事場の馬鹿力という奴か」

女勇者「しかし、どうしたものかな。こうなるとお前が自ら出てくるまで私は打つ手なし、というわけだ」

女勇者「…うーむ…」

女勇者「暇が苦手なタチなんだぞ…私は。あー、どこぞから色男が沸いて出て絡み合いを始めたりせんものかなぁ」

女勇者「私が現役勇者だったの頃は、イイ男が向こうからワラワラと寄ってきたもんだが」

女勇者「…」

女勇者「勇者か。全く、数奇なものよな」

女勇者「私は…先代魔王を倒した英雄として祭り上げられていた。だが、私自身が成し遂げたことなどどれほどあったことか」

女勇者「それを、旅が終わって女神の加護を失った時に改めて痛感したものだ」


女勇者「お前と同じだよ。氷の四天王」

女勇者「私個人の武勇など、語り継がれるべくもないのだ」


女勇者「…ひとつ、昔話でもしようか」

女勇者「私のひとつ前の勇者は、魔王と同士討ちになったそうだ」

女勇者「もうひとつ前は、魔王に勝って」

女勇者「さらに前の勇者は、魔王に負けた」

女勇者「勇者と魔王は、ずうっとそんな風に戦いの歴史を繰り返し続けている。それはこの世界で、人と魔族の生命活動の一端を担っている」

女勇者「魔王が勝てば人間の人口は激減し…逆もまたしかり。――皆、この恐ろしい綱引きを何の疑問も持たずに見守ってきた」

女勇者「…たった一人。魔界で生き延び続けてきた、その男を除いて」





〈下層研究ホール〉


先代「側近は」

先代「あの男は、魔王と勇者の戦いの渦の中心にいながらも、何百年も戦いを生き延び続けた」

先代「そうして奴は、魔王と勇者の戦いの意味を、考え始めたのだな」


雷帝「ちっ!」バッ

 ギィンッ! ガキィッン!

雷帝(隙が、ないっ!)

雷帝(一太刀浴びせることすら、叶わないのか…!!)


先代「…薙」

――ズババァ…ン!!

雷帝「ぐあ…っ!!」ガクッ


雷帝(くそ、もっとだ…)

雷帝(限界を、越えろ)

雷帝(思考に頼るな)

雷帝(斬れ。ただそのための器になれ)


雷帝(敵を斬れ…!!)


先代「覚えているか、雷帝」

先代「側近が反旗を翻したあの日。あの時、起こっていたこと…」

雷帝「………」ゼェ…ハァ…

先代「…私の加護が、娘に引き継がれ始めた。あの事態が、側近の抱いていた推測を決定的なものにした」

雷帝「――かっ!!」 ド ッ

ギャリ…ッ!!

先代「惜しいな」

先代「あと半歩踏み込めていれば、入ったかもしれん」


先代「断」


ズバンッ!!

雷帝「ぁぐ…ッ!!」


先代「ふふ…。いいぞ、雷帝」

先代「加護などに頼らずとも、お前の潜在能力は、そう…私をも凌ぐものであるかもしれん」

先代「その可能性に賭けろ。ひと振りにお前の全てを乗せろ」

先代「筋力も、神経も、直感も、魔力も」

先代「見せてみろ。お前の渾身の一刀」


雷帝「ふー…ッ!」

雷帝「ふー…ッ!」


先代「…もう、私の声は届いていないか」


先代「雷帝」

先代「あの時、お前は私が、女勇者と側近の二人に負けたと思っていただろう」


雷帝(呼吸を合わせろ)

雷帝(音を聞くな)


先代「違うのだ、雷帝」

先代「私は、女勇者が玉座の間に辿り着いた時には、もう」


先代「側近と相討ちになって死んでいたのだ」


雷帝(魔力をひりだせ)

雷帝(全てをぶつけろ)


先代「邪神の加護を持っていた当時の魔王である私を」

先代「四天王との連戦を経た、血まみれの側近が」

先代「命と引き換えに、たった一人で」

先代「倒したのだ」



――ダンッ

雷帝「 」



  ボ  ッ  !  !




――――――
――――
――

十八年前


女勇者「ここが…玉座の間か」

賢者「い、いよいよってわけかい?」

剣豪「なんだよ賢者。てめぇここに来てビビってんのか?」


賢者「あのねぇ…。多少動揺するのがまともってもんだろう。君みたいに肝が座りすぎている奴が異常なんだよ!」

女勇者「それだけ言い返す余裕があれば充分だろう」クス…

剣豪「けっ、違いねぇ」

賢者「ぐむっ…。き、君達と一緒にしないでくれっ。自分はこれでも繊細なタチなんだ! これまでだって何度も無茶苦茶な作戦に付き合わされて…」ブツブツ…

剣豪「繊細だろうがなんだろうが最終決戦に負けちまえば、死ぬだけだぜ。…とくりゃあ」

剣豪「やるしか、ねえだろうが」

賢者「………」ゴクッ…

女勇者「ま、そういうことだな」

女勇者「死んだ方が楽っていうような戦いになるかもしれないけどな?」

賢者「…馬鹿を言わないでくれ」

賢者「まだまだやりかけの研究が沢山あるし、解き明かしていない秘密だって数えきれないんだ」

賢者「自分はこんな所で死ぬわけにはいかない…!」

女勇者「…ふふ」

剣豪「上等だぜ」クク


女勇者「――さて」

女勇者「それでは行こうか」


ギィイィ…




女勇者「………こ」

女勇者「これは――」



先代「」



玄武「」

木竜「ぜ…ひゅ…」

鳳凰「………ぐはっ」

雷帝「」グタ…




剣豪「な…なんだ、こりゃあ…!?」

賢者「四天王に…」

賢者「それに、魔王…っ!!」

女勇者「………っ!!」


先代「」


女勇者「………死んでる………のか…」

賢者「…す、凄まじい戦いがあったようだ。これは、まさか…」

剣豪「………仲間割れ、か…!?」

剣豪「…どいつもこいつも、瀕死の傷を負っていやがる…!!」

女勇者「………」

女勇者「魔王が、死んだ………」

女勇者「…これで」

女勇者「これで全てが終わった…?」

剣豪「…っ」

賢者「………こんな終わり方が………あると言うのかい?」


剣豪「――魔王は死んだ」

剣豪「つまりは、全ての終わり。そう言うことだろうが」

剣豪「俺様達の冒険は、終わったんだよ………」

賢者「………こんなことが…こんなことが、本当に………?」

女勇者「――はは」

女勇者「ははははは! …酷い、拍子抜けだな!」

剣豪「………女勇者」

女勇者「けれど、期せずして目的は果たされたってわけだ」

女勇者「………終わったのなら、戻ろう。いずれにせよ、私達は」

剣豪「――勝ったんだよ!」

女勇者「…!」

剣豪「俺様達はここまで突破してきた!」

剣豪「魔王は死んだ!」

剣豪「とくりゃあ…人類の勝利だろうが!! それ以外の何がある!?」

女勇者「………ああ!」

女勇者「ああ、そうだ…!」

女勇者「私達は、勝ったんだ…っ!」



――
――――
――――――


〈展望台〉



女勇者「強がってみたけれど、本当は分かっていた」

女勇者「私は………魔王を倒せなかった勇者だ」


女勇者「その事実は公にされることはなかった。それを知るのは一部の特権階級だけのこととなり」

女勇者「民衆は私を英雄として祭り上げた。…多くの犠牲を払った戦いの結末は、嘘で塗り固められたのさ」

女勇者「私は務めを果たせなかったことを胸に秘めて、偽りの称賛を浴びながら生きることとなる」

女勇者「………まだ戦闘の最中で命を落とした方が、いい生涯だったんじゃないだろうか」

女勇者「そんな思いに、そののちずっと…さいなまれながら、な」


氷姫「………」

…パキ

パキパキ…!


女勇者「お、ようやく殻から出てくる気になったか」

女勇者「まあ、アラサー女の昔話なんぞ面白くもないだろうしな」

女勇者「とっととケリをつけようじゃないか」

ズズズズ…

女勇者(! この圧力)

女勇者「…なるほど、ただ氷に閉じ籠っていたわけではない、ということか」


氷姫「………」ゴゴゴゴゴ…!!


女勇者「…魔力の捻出にこの時間の全てを懸けたか。とんでもないのをぶっ放すつもりだな、氷の四天王…!」

女勇者「ふふ…面白い!」

女勇者「ならば、私も渾身の一撃をくれてやろう…!!」


女勇者(おそらくはとんでもない氷の波動が飛んでくるな…! 普通にやっても切り抜けられん)

女勇者(魔力を全て剣に圧縮して突撃をかける…そうして敵の波動の中央を突破してダメージを与える)

女勇者(これしか手は………!?)


チラ… チラ…


女勇者「………」

女勇者「雪か」

女勇者「粋な演出をするものじゃないか、氷の四天王」

女勇者「あの日を思い出すよ。勇者として何も成し遂げられなかった私が」

女勇者「友としても価値がなかったのだと、思い知った日」

女勇者「………賢者」

女勇者「お前の考えていたこと、今なら私にも分かる。けれど、お前がしたことが正しいなんて、私には言えない」

女勇者「せっかく生き返ったってのに………何も変わらんなぁ」

女勇者「お前に、ひとつも伝えられないなんて」

女勇者「情けないよ………」


ギュオォオォ…!!

氷姫「………」 パキン…ッ!



女勇者「――来るか」



――バリィンッ!!

氷姫「行くぞ!! 先代勇者!!」

氷姫「あたしの全力を――」


氷姫「くらえぇえぇえぇッ!!」



 ド ギ ュ ウ ゥ ン ! !



女勇者(くっ………!!)

女勇者(突破してやる!!)


女勇者「――ぜぇえぇえぇえぇえッ!!」

 ド ッ ! ! !



女勇者(…いかん)

女勇者(これは、届かんな)

女勇者(こいつ、土壇場で、さらに力をつけたのか)

女勇者(加護を失っても尚、前に進もうと?)

女勇者(………大した奴だ)

女勇者(ああ、記憶が甦る。これが走馬灯というやつか?)

女勇者(あの日の、剣豪と賢者の顔を………)

女勇者(――そして)



――
――――
――――――
――――
――



賢者「………………」


剣豪「…賢者。何を浮かねぇ顔してやがる?」

賢者「この魔族…――」ゴソ…


女勇者「………そいつは一体何だ?」

賢者「この者は、魔王の側近を勤めていた魔族だね」

剣豪「…ひでぇ有り様だ。こりゃあこいつも死んでやがるな」

賢者「………この状態なら蘇生は可能だ」

女勇者「!?」

剣豪「そ、蘇生だぁ? 何を言っていやがる!?」

賢者「…この戦いの跡。それに魔力の気配を見て、分からないかい?」

賢者「最後に、強烈な一撃で魔王を倒したのは、この魔族だ」

女勇者「…っ」

女勇者「そいつが、魔王を…!」

賢者「魔族の間で何があったかは分からない…。だけれど、この魔族が魔王を倒したというなら」

賢者「それは"この世界の法則が覆った"ってことだ」

賢者「勇者でないものが…女神の加護以外のものが、魔王を撃破したのだから」









女勇者「………賢者」

賢者「…」

賢者「また来たのかい? 暇だねえ、女勇者」

賢者「英雄様はもうゆっくりと余生を過ごせばいいんだろうけど、生憎自分は忙しくてね」

賢者「お酒の相手なら剣豪にしてもらいなよ。ああ、あいつはもう大将軍って呼んだ方がいいのかな――」

ガシッ…

賢者「………離してくれ」


女勇者「嫌だ」


女勇者「賢者。このところのお前はおかしい」

女勇者「あんなに大事にしていた妹をほったらかして、研究室にこもりきりになって」

女勇者「私や剣豪とは顔も会わせようとしない。その代わりに付き合ってるのは」

女勇者「女神教会の教皇と、あの戦争好きの王とばかりだ」

賢者「………」

女勇者「なんで、そんな風になってしまったんだ…。話してくれよ、私にも…」

女勇者「頼むよ…」

賢者「…」

賢者「君に話せることなんかないよ」

賢者「悪いけど、もうこんな風に訪ねてくるのは止めてくれないかな。自分にとっては、苦痛でしかないから」

女勇者「なっ…!」

賢者「それじゃあね…」

剣豪「………」ムンズ

賢者「!? 剣ご…」

バキッ!!


賢者「ぐっ…!」

女勇者「剣豪…っ、止せ!」

剣豪「止めんな、女勇者。こんくらいでどうにかなるタマじゃあねぇんだ」

剣豪「魔界の死炎山で、ドラゴンの尾っぽにぶっ飛ばされた時の方が効いたろうが」

剣豪「闇の谷で巨人に握りつぶされそうになった時や、キメラの大群に一斉に牙を立てられた時の方が」

剣豪「よっぽどヤバかったよなぁ………賢者?」

賢者「…」

剣豪「俺様達は一緒に命をなげうって旅をしてきたくされ縁同士だ。なんなら、旅の前がどんだけ半人前だったかも知ってる同郷だ」

剣豪「それをてめぇ………なんなんだよ、てめぇはよ」

剣豪「なんでそんな、敵を見るような目で見るんだよ…!!」

賢者「…」ギロ

女勇者「…賢者」

賢者「………あの旅を妙に美化してしまうのは、君の悪い癖だよ。剣豪」

賢者「あの旅で、自分達は何を成し遂げたって言うんだい?」

剣豪「…なんだと?」

賢者「言ってごらんよ。勇者一行であるはずの自分達は、魔王を倒したかい? 違うだろう!」

賢者「ましてや、"何故魔王を倒すのか"も考えないままに、闇雲につっ走り続けただけじゃないか!」

賢者「自分達に協力をしてくれた人達を振り回して、無駄に死なせて、その旅の果てに」

賢者「君はどうして、そんな風に悠々と妻をめとって将軍なんかやっていられるのさ!?」

賢者「笑わせないでくれ!!」


剣豪「お前――」

女勇者「賢者ッ!! この野郎ッ!!」

女勇者「いい加減にしろよ、てめぇ!!」ギュウッ…!

賢者「…!」

剣豪「………お、女勇者…」

女勇者「手前勝手に人のことを分かった風に言いやがって!! 」

女勇者「私達がなんの負い目もなく呑気にやってると本気で思ってんのかッ!? ぁあ!?」

女勇者「私が、どんな思いで生きてるか…あの旅の時みたく、本気で考えたことがあんのかよッ!?」

賢者「…っ」

女勇者「私は!! 私は…っ!!」

女勇者「お前が何を考えてるのか、分からないんだよ…っ!! どんなに考えても!!」

女勇者「教えてくれよ、お願いだから…!」

女勇者「元の生真面目だけどちょっと抜けてる賢者に………戻ってくれよ………!!」

賢者「………」

剣豪「女勇者…」


剣豪「…賢者よう。俺様達は、おんなじものを背負っていたはずだぜ」

剣豪「あの、魔王城での一件まではな。ところが、お前は帰ってきてから変わっちまった」

剣豪「てめぇだけで背負いこんで、いつも難しい顔をしてやがる。見るからに体にガタがきてんのに、何かに縛られてやがるみたいだ。だから、そいつに」

剣豪「俺様達を巻き込めって言ってるんだ。これまでだってそうして来ただろう」

剣豪「力になれることは、あるはずだぜ。………仲間なんだからな」

賢者「………」

女勇者「………賢者…」

賢者「勘違いしないでくれないか」

賢者「君達はもう仲間なんかじゃない。自分にはもう、新しい仲間がいる」

女勇者「な…何…」

「賢者。ここにいたのですか。もうすぐ実験の時間ですよ。…おや」

魔法使い「これはこれは。勇者一行の皆さんじゃあありませんか」

剣豪「て…めぇ………!」

剣豪「まさか、あの時の…!!」

女勇者「…魔王の」

女勇者「側近…っ!!」

魔法使い「初めまして。では、なかったんですよね。でも、あの時は僕、死にかけてましたから、覚えてなくって」

魔法使い「お二人は僕の命の恩人ですからね。いつかご挨拶をと、思っていたんですよ」


女勇者「………お前」

女勇者「お前か。賢者をたぶらかしたのは」

魔法使い「何の話です? たぶらかした?」

賢者「気にすることはないよ…魔法使い。彼らの言葉に意味なんてない」

賢者「自分達には、そんなことよりもやらなきゃならないことがあるだろう?」

女勇者「!!」

剣豪「…っ」

魔法使い「それは、そうですが。いいんですか? すっごく怒ってるように見えますし、それに…」


魔法使い「次の実験では、あなたが生け贄になってしまうんですよ?」


女勇者「なっ…!?」

剣豪「生け贄…だと…!」

賢者「………」

賢者「…この際だからはっきり言っておくよ」

賢者「自分は誰に惑わされたわけでも、操られているわけでもなく、自分の意思でこうしているんだ」

賢者「勝手な友情の押し売りで、自分の邪魔をすることは、もう金輪際やめて欲しい」

賢者「迷惑だよ」

剣豪「――!!」

女勇者「…賢者…っ!」

賢者「…時間は、あの日から大きく流れてしまったんだ。今はもう、君達と自分は別の道を歩んでいる」

賢者「………雪が降ってきたね」

賢者「冷える前にうちへ帰った方がいい。暖かく迎えてくれる我が家にね」

女勇者「………ま、待て」

女勇者「賢者………!」



賢者「さよなら、二人とも」

賢者「もう二度と会うことはないだろう」










  キ  ィ  ン  …  !




氷姫「はあ、はあ、はあ…!」

氷姫「………あ、危なかった」ツー

氷姫(血が、額から…! 剣の切っ先が届いていたのか)

氷姫(あと僅かでも突破されていたら、頭を割られていた)

氷姫「なんて、女よ…こいつ」


女勇者「」パキィッ…


氷姫「はあ、はあ、はあ…」

氷姫「ふん…。一度死んでんなら、大人しく、退場なさいよ」

氷姫「なんで、あんたが」

氷姫「泣いてるのよ………」


女勇者「」


今日はここまでです
間をあけてしまって申し訳ないです
見てくださってる方がいる限り、完結にはこぎつけようと思います


氷姫「ひとつだけ言っておくわ。………この雪は、あたしの魔法の影響で降ったわけじゃない。だから、きっと」

氷姫「どこぞの信用ならない神様が降らせたんじゃない?」

氷姫「…別に、あたしの知ったこっちゃないけどさ」クル…


『………め…』


氷姫「…え?」


『…進め………四天王…』

『…私の………見れなかったものを…』

『………見てくれ………』


氷姫「………」

氷姫「分かったわ」

氷姫「そこで、眺めてなさい」


氷姫(………進もう)ザッ




『――システムパターンAをクリアしました』




雷帝「………側近は、先代勇者一行によって、人間の地で蘇生された」

雷帝「そしてその時から、魔法使いとして生き始めた…」

雷帝「そういうことなのですね」

先代「…ああ」

先代「あいつが生き延びたことは、人間に…いや、世界に新しい可能性をもたらした」

先代「"女神の加護を持たぬ者が、魔王を倒した"」

先代「その事実が引き金となって、あらゆる研究と成果が引き起こされることとなる…」

先代「が、この先のことを語るのは私の役目ではないようだ」

雷帝「…先代様」

先代「お前に与えられた深手は、まもなく私の命の灯火を消し去る。…やってくれたな、雷帝よ」

先代「だが、それでいい。お前が繰り出した技の数々こそが、本当のお前の力だ。そいつを強く信じろ」

先代「所詮、私のこれは偽りの生だ。失われた過去の存在は、潔く去るとしよう」

雷帝「………」


先代「なあ、雷帝」

雷帝「…なんでしょうか」

先代「あの子は………この世界に何をもたらすのだろうか」

先代「…魔王なのであれば、それは闇と混沌であるべきよな」

先代「魔法使いにこのまま魂を奪われれば、今までに類を見ない覇者としての魔王に、君臨し得るかもしれない」

先代「けれどあの娘は、きっともっと違う答えを求めている」

先代「魔王としては愚かなことを…しかしとても尊いものを、あの子は求めている」

先代「私は………やはり親バカなのかな」

先代「それが誇らしいのだ」

雷帝「…!」

先代「雷帝」

先代「あの子のことを、頼んだ」ピシッ…

ボロッ…!

雷帝「先代様っ!」

雷帝「………」


『システムパターンBをクリアしました』


雷帝「――………行こう」

雷帝(軋む身体を引き摺ってでも。そうでないと、歩みが止まる)

雷帝(この奇怪な通路の先には………)

雷帝(この上、一体何が待つ?)









〈魔王の心の魔王城〉



魔王「はあっ、はあっ…!」

魔王「…た………助けて…誰か」

魔王「誰か………!」

魔王(――ああ。私はなんて弱いんだろう)

魔王(爺を失って、炎獣を失って。仇を討つことも真実に歩み寄ることもせずに、ただ逃げるばかり)

魔王(頭で分かっていても、心がまるで病にでも侵されたかのように絶望に沈んでいる)

魔王「恐い…恐いよぉ!」

魔王(…全てを覚悟して進んできたはずだった)

魔王(なのに………)



『ならば力を欲すればよい』

『お前には無尽蔵の破壊をもたらす権利がある』

『敵から全てを奪い去れ。さすれば恐怖とも絶望とも無縁』


魔王「…あなたは…っ」


ズォオオ…

魔人『さあ、我が手をとれ』


魔王(魔人)

魔王(ずっと側にいた存在。ずっと私をおびやかし続けていた者)

魔王「………けれど、絶対的な力を持っている。同化してしまえば、認めてしまえば、もう恐いものなどない…」

魔王(駄目だ!! 明け渡しては駄目!!)

魔王(魔人とひとつになっては、暴虐の化身になってしまう…そうなっては、いけない!)

魔王「…いや。私は、人間にとっては既に殺戮の象徴でしかない。私は既に殺しすぎている」

魔王(それは………)

魔王「そればかりか、炎獣達をいい様に使った。仲間に秘密を打ち明けないまま、利用したんだ」

魔王(………っ!)

魔王「そんな私が、何を今さら潔癖ぶる必要があるの?」

魔王「魔王らしくなる。ただそれだけのこと」

魔王(………………)


魔王(それは)

魔王(ただ私が楽になろうとしているだけの言葉だ)

魔王(私は最初から高潔でもなんでもない。薄汚く、この手は血に染まっている)

魔王(そんなことは分かっている)

魔王(それでも為さなければならないことがあった。だから、これまでだって進んできた)

魔王「………」

魔王(投げ出しては駄目。醜いものだって、抱えて生きていくの)

魔王(私はひとつの生命に過ぎないのだから)

魔王「………ああ、そうだ」

魔王「私はまだ」

魔王「悩むことが出来る」


魔人『………なんだと?』


魔王「――私は、あなたと共には行けないわ。魔人」


魔人『貴様………この期に及んで』


魔王「私は私の意志で歩む。………あなたは必要ない」


魔人『………』



《あははは》

《お困りのようですね。魔人》

魔法使い《お手伝いを、しましょうか?》


魔人『………』

魔王「…魔法使い…!」


魔法使い《困った人ですねぇ、ほんとに。自力で立ち直ってしまったんですか? 魔王》

魔法使い《並大抵の精神力じゃあないですよ。まあ、しかしそれでこそ》

魔法使い《貴女という魔王が魅力的なんですが、ね》

魔王「…あなたが」

魔王「あなたが殺したのよ、炎獣も。爺も」


魔王(…いけない。感情が剥き出しになる。心を晒してはつけこまれるっ…)

魔王(でも、どうにも制御ができない…! 途方もない怒りが、込み上げてくる…っ!)


魔王「よくも…」

魔王「よくも、炎獣を」ゴォ…

魔法使い《…》

魔王「幻を見せて、今度は私から何を奪うつもりなの――!」

魔法使い《…珍しいですねぇ、魔王。あなたがそんなに怒りを露にするなんて。まあ、あなたが怒るのは至極最もだとは思いますが》

魔法使い《ですがね、検討違いのことがひとつあるので、それだけお教えしておきましょうかね》


魔王「………なんですって?」

魔法使い《あなたに見せていたのは、単にあなたの精神を攻撃するために用意した幻というわけではありません》

魔法使い《もし違う選択肢があったら未来はどうなっていたのか…そんな可能性の世界を見て頂いていたわけです》

魔王「…可能性の世界?」

魔法使い《そういうシミュレーションは、数え切れないほど繰り返して来たんですよ。選択肢の変更と、"その世界線が辿り着く未来"の研究を、ね》

魔法使い《もしも、勇者一行が集って魔王討伐に出ていたら? 仲違いを起こすことなく、勇者の元で団結して立ち上がっていたら?》

魔法使い《その結果はね、魔王。先ほどご覧頂いた通りです。四天王は各個撃破され、貴女は惨めに追い詰められるのです》

魔法使い《こんな選択と結果があったのかと思うと、なんて現実は脆いんだろうかと…そんな風には思いませんか?》

魔王「…」

魔法使い《どうです? 別の世界線を視覚化してみるって面白いでしょう?》

魔王「…空想の世界に過ぎないわ。そんなもの」

魔法使い《おや、聞き捨てなりませんね》

魔法使い《単なる絵空事などではありませんよ。全てのことは、本当に現実になり得た事象なのです》

魔法使い《どうやら貴女は、現実の自分に大層自信がおありのようですが…でも、考えてみたことはありますか?》

魔法使い《"今の貴女は、本当に本当なのか"》

魔王《…何を…》

魔法使い《ふふ。断言しますが、別次元を覗き見ることも未来を垣間見ることも、技術があれば可能になることです》

魔法使い《テクノロジーってやつですよ。見つかってしまえばそれまでのこと。それは勇者や魔王なんてあやふやな存在よりずっと確かなものです》

魔法使い《僕達は時間すら飛び越えた世界を眺めることが出来ました》

魔法使い《それだけのアドバンテージを持って僕達は》


魔法使い《この物語を紡いできたのですよ》








〈下層研究ホール〉


雷帝(………私がここに来る時、ここは下層研究ホールだと音声が告げていた)

雷帝(氷姫はどうやら別の地に飛ばされたようだが…なんだ? この施設に詰め込まれた技術の数々は)

雷帝(人造人間の生成。異空間移動の科学的成功。そして)

雷帝(――時空間転移ゲートの設立)

雷帝(………)


「信じがたい技術の数々だろう? この研究施設は未知の領域だ」

「俺も最初は信じられなかったさ」


雷帝「っ! 誰だ!?」


「けれど本当だった。奴らは人間を造り、奇跡を起こし、未来を知る事さえ出来た」

「この技術があれば、魔王など容易く倒すことが出来る…。そうすれば、人々の安寧の時代が始まる」

「…なあ。俺がそんな風に夢を見てしまったのも」


兄「仕方のないことだとは思わないか?」


雷帝「お前は…!」チャキ…!


兄「久しぶりだ雷帝。殺された時ぶり、というやつだな。弟も世話になったみたいじゃないか」

兄「俺が次の門番ってわけさ」

兄「――でもやりあう前に、少しだけ奴らのことを覗いてみようって気はないか?」


雷帝「奴ら………」

雷帝「それは、魔法使いのことか…!?」

兄「…魔法使いと教皇。連中は志を同じくする研究者だったのさ」

兄「世界の法則を司る女神と邪神の神秘。そいつへ挑戦する、同志ってやつだ」

兄「勇者ではなく側近が先代を倒したことで、神々の加護が絶対ではないということを証明された。奴らが拠り所とするのはその事実だけで充分だった」

兄「雲を掴むような話だったが、道標は存在した。………古代王朝の遺した遺物や文章だ」

雷帝「――…この機械城のごとき文明が」

雷帝「本当に実在したと言うのか?」

兄「どうやらそうらしい。奴らの研究は恐ろしい速度で進んだ。そいつに拍車をかけたのは、人造人間〇一七号の完成だ」

兄「"魔女"と呼ばれたその存在は、あらゆる成果を研究施設にもたらした」

兄「やがて犠牲を払いながら、魔法使いと教皇はついに女神を創りあげる方法へと辿り着き」

兄「誕生した女神は時間すら飛び越えるようになる」


ザザ…ザ…

教皇『み………見ろ。石板に文字が刻まれ出したぞ』

魔法使い『…ええ。どうやら、これが未来に行った女神の啓示のようですね』


雷帝「! 魔法使いと、教皇!?」

兄「あれは、記録された映像記録さ。かつての奴らの姿というわけだ」

兄「どうやら、奴らのつくった女神が初めて時を越え、啓示をもたらした時のもののようだな」


教皇『こ、これが我々の未来…!?』

魔法使い『ふむ。女神が時を越えて見た未来ですから、恐らく間違いはないでしょうね』

教皇『魔王の凶暴化。勇者の敗北。人類の敗走…。そして』

魔法使い『あはは。僕らは、死ぬそうですよ』

教皇『…っ!』

魔法使い『魔王と四天王に為す術なく蹂躙される未来。…さて、どうしたものですかね』





兄「…そう。奴らが未来を知ったこの時に、この物語は動き始めたのさ」


兄「奴らは、魔王を打倒する未来を描くために手を打ち始め、つくられた女神はそのために動き始める」

兄「幼い魔王に恐るべき魔人の影響が見られ始めると、魔法使いは魔界に飛び、冥王に接触」

兄「冥王の力で魔王が邪神の加護をコントロールする状況を作るよう依頼」

兄「四天王の面子を揃えるため、虚無と海王を使って魔界紛争を起こす。魔王と現四天王の結びつきがここで固まる」

兄「さらに人間界で六人の勇者一行を収集し、それぞれの道を示唆、暗示。これで役者は全て名を連ねることになる」

兄「後は俺を使って教会中心の軍を起こせば、魔王勇者大戦の火蓋が切って落とされるってわけさ」

雷帝「………っ」

雷帝「私達の戦いは、こうして作られた…?」

雷帝「………全ての戦いが…奴らの手の上の出来事だったというのか」

兄「前代未聞の強力な邪神の加護を持つ魔王を倒すために、奴らの女神が叩き出した緻密なスケジュールが、この物語さ」

兄「…これで歴史は本来の姿から大きく舵を切り」

兄「お前や俺が体験した、この膨大なシナリオを歩むこととなる」




〈展望台〉


氷姫「…ようやく頂上か」

氷姫(機械城の楼閣をひたすらに登ってきたけど…門番とやらはここにいるの?)

氷姫(………死人さえ生き返った。もう、何が起こってもおかしくない)

氷姫(魔法使いが甦らせたこの城。不気味なほどに得体が知れないわ)


竜騎士『止まれ! 魔王四天王っ!』


氷姫「!?」

氷姫(コイツ…っ、今、何処から出てきた!?)


踊り子『四天王の生き残りめ…! アタシ達が相手よ!』

竜騎士『行くぞ、踊り子!!』

踊り子『うんっ!』

踊り子『アタシ達は………負けないっ!!』


氷姫「ちっ、敵か…!!」ザッ…!

氷姫(…にしても、何この違和感は!? こいつらは、そこにいるようで気配が全くしない…)


『よかろう、来るがいい光の勢力よ!』

虚無『我が闇の呪いをもって葬ってくれる!! ――魔王四天王の力、思い知るがよい!!』


氷姫「!?」

氷姫(きょ………虚無…!?)



魔女「構えずともよい。氷姫よ」

魔女「これは、視覚化された疑似体験に過ぎん」

魔女「彼らは勝手に戦いを始める。現実とは関係のないところでな」


氷姫「あんたは…っ」

氷姫「…そう。あんたが次の門番ってわけ?」

魔女「そういうことだの。流石に慣れてきたか? しかしまあ、一応名乗っておくとしよう」

魔女「妾は、魔女。教皇領の地下で造られ、お前の究極氷魔法に打ち負かされた翼の団の一員だった、魔導士じゃ」

氷姫「へえ…。良かったわ、女勇者並のバケモノが出てこなくて」

魔女「ほっほっ。言ってくれるの。まあ、妾やあの男にしか語れぬことがあるからこその、人選なのじゃろうな」

氷姫「…あんたにしか、語れないこと?」

魔女「氷姫よ。先の戦いを見てみよ。虚無に対し、竜騎士と踊り子が戦いを始めた」

魔女「向こう側を見てみよ。別の戦いが始まっておる」

氷姫「………!?」



召喚士『大丈夫ですか!?』

侍『うぬ…っ! 油断しましたな…!』

侍『しかし………次は食らわんぞ、四天王!!』


風神『なんやぁ、面倒なやつがおるのう』

風神『ニンゲンが二匹か。まとめて切り裂いちゃる…!!』


召喚士『風神の鎌鼬が来ます…っ』

侍『拙者が奴を止めまする! 召喚士殿はその隙に詠唱を!』

召喚士『…っ。分かりました!』




氷姫「な………なんなのよ、これ」

氷姫「誰よ、こいつら…!?」

魔女「これは、本来迎えるはずじゃった人間と魔族の決戦の様子じゃよ」

魔女「魔法使いや教皇の手が加わることがなければ、もともと物語が辿るはずじゃった結末」

魔女「真の勇者一行と、真の四天王の戦いじゃ」

魔女「これが正史なのじゃよ」


氷姫「これが…………正史…!?」

氷姫「真の…って………な…なによそれ」

氷姫「こいつらが本物だって、言いたいわけ!?」

魔女「…信じられんか? まあ、そうじゃろうな」

氷姫(そんなバカなことが…っ! ………でも、何? この奇妙な説得力)

氷姫(仮に………仮によ。こいつの言っていることが仮に本当だとしたら…あたしたちは)

氷姫(あたしたちが倒してきた勇者一行は………――)


魔女「そう」

魔女「本来の歴史では、全く別の勇者一行と、全く別の四天王による戦いが描かれるはずじゃった」

魔女「今の世界の役者は、加護を受けた魔王と勇者以外、みーんな、偽物じゃ 」


魔女「ああ、この世界線のお前達の魔王ならあそこにおるぞ」

魔女「もはや、原型を留めておらんがな」

氷姫「………なっ………」

氷姫「あれが、魔王、なの………?」



魔王『………………』

 ズォオォオォオォオォ…!


巫女『な…なんて禍々しい気でしょうか』

勇者『………』ギュッ

巫女『…勇者』

勇者『大丈夫だよ、巫女』

勇者『女神様がついてる。俺を信じて!』

巫女『…はいっ』

勇者『必ず、勝とう…!』

巫女『………行きましょう!』



氷姫(………駄目だ…。今のあたしには、分かる)

氷姫(この勇者達は、あの魔王に勝てない)


魔女「魔王は、邪神の加護を正面から喰らって、もはや世界を滅ぼす衝動に支配されておる」

魔女「まあお前達の美しい姫君のままよりは、あちらの方が魔王然としておるがな」


虚無『ふん………勇者一行。こんなものか』

竜騎士『がホッ…』

踊り子『りゅ…竜騎士…っ』

竜騎士『踊り、子…逃げろ…………』

虚無『我がそんなことを許すと思うか?』

…ボキッ

竜騎士『あブ・』

踊り子『ひっ…竜騎…!!』

虚無『貴様もだ………潰れろ』


グシャ



魔女「創り出された女神は、この未来を見たのだな」

魔女「そしてその女神の啓示を受けた教皇は、この悲惨な未来を迎える人類を救いたいと思い、動き出した」

魔女「だが…奴もまたいつの間にか道を外して、結局はお前達に葬られることになった」



魔女「では、何故物語を支配していた教皇が敗れ去ったのか?」

魔女「その原因は、教皇と魔法使いの思惑のズレにある」


召喚士『うっ…、うっ』

召喚士『召喚が、召喚が出来ない…っ』

召喚士『どうして、なんで』

召喚士『このままじゃ、このままじゃ』

風神『もう、お前さんには霊力は残っとらんからの。全力でやっても倒せなかったんじゃあ、しゃあないやろ』

ザクッ

侍『あガッ』

ドサッ…

風神『ほい、一人目。次はお前の番やの』

召喚士『あっ…、あっ――』

スパッ ――ボト…



魔女「…魔法使いの動機はなんだと思う?」

魔女「この人類を救いたい…魔王をどうしても倒したい…そういうものか?」

魔女「違うの。奴はただ」

魔女「――天上の神々の意思に逆らいたかったのじゃ」


勇者『…巫女』

勇者『巫女』

勇者『返事をしてくれ』

巫女『』

勇者『まだ、生きているんだろ?』

勇者『そうなんだろ?』

勇者『もう目が見えないし、血の臭いしかしないけれど』

勇者『君の声が聞ければ、まだ戦える』

勇者『だから…』

勇者『なあ、巫女』

勇者『巫女…』

巫女『』

勇者『………』


魔王『………………』

 ズォオォオォオォオォ



勇者『………まだ』

勇者『まだ、たたかわなきゃ』

勇者『――おれは、ゆうしゃ』

勇者『たたかうことをやめてはならない』

勇者『だから』

勇者『たたかう』

勇者『さいごまで』ヨロ…



魔王『………………』


魔王『  我が腕の中で息絶えるがよい  』





魔女「勇者と魔王の戦いが終結するたびに、こうした絶望は常に敗北した種族に約束されていた」

魔女「人間にも魔族にも平等にな。………しかし、こんなことに果たして意味があるのか?」

魔女「言うなればこのおぞましい悪夢の全ては、神々の選択ひとつで両種族にふりかかるのだ」

魔女「勇者に女神の加護が強くもたらされるか。魔王に邪神の加護がより強くもたらされるか」

魔女「その違いだけで、敗北した種族はこれほどの地獄を味わうことになる」


氷姫「な、何を言ってんのよ………あんたは…っ」

氷姫「意味…ですって? 魔王勇者大戦の?」

氷姫(この大戦の…………意味? そんなもの………――)


――氷姫「そんなものはひとつもない………そういうオチだったりしてね」


氷姫「…っ!」 ゾ ッ








魔女「――そう、意味などないのじゃ」



魔女「聖と邪の二つの種族はあれど、そもそも"悪"は存在しない」



魔女「神々の壮大な遊戯盤の上で、いたずらに死を振り撒くだけ………魔王勇者大戦は、ただそれだけのものなのじゃよ」



魔女「だから魔法使いは」

魔女「この戦いの根本を操る神々への挑戦を始めた」

魔女「この世界を縛り付け続ける天上の神々の法則を打ち破る………――それが魔法使いの戦いじゃった」


魔女「魔王の圧倒的勝利を収めて終わるという、神々の台本。…それを変えるべく動いていたという点では、教皇と魔法使いの目的は一致していたのじゃ」






魔女「ただ魔法使いは………魔王を倒すだけではなく」


魔女「神々の作った不条理なゲームから、人々の手に歴史を取り戻そうとしておったのじゃ」






魔女「いずれ魔法使いには教皇が邪魔な存在となってゆき…魔王を使って処分することになる」

魔女「こちらで選ばれた偽の勇者一行の決死の猛攻に時間を与えられた魔法使いは………ついに、"鍵"を完成させることに成功したのじゃが…」

――ヒュオッ!

魔女「!」

魔女(何かが頬を掠めた…。氷の矢か)

魔女「…なんじゃ。最後まで話を聞いていかんのか」


氷姫「…」

氷姫(今さら、迷うな)

氷姫(この胸糞悪い見世物も、こいつのご託も、あたしにとっては重要じゃない)

氷姫(魔王を助ける。炎獣の仇を討つ)

氷姫(あたしがすべきことは、それだけ――)

パキパキパキィ…! ミシミシ…!!


魔女「………まあ、迷っていてはこの戦いは切り抜けられぬ。それもひとつの正しい選択であろうな」

魔女「しかしの」


氷姫「冴え渡る氷の風よ、敵を切り裂け!!」

――ヒュッ

パキィンッ!!

氷姫(!? 魔法が跳ね返って来――)

スパッ!

氷姫「ぐあッ!」ガクッ…


魔女「"鍵"によって妾が得た力は計り知れん。先の四天王と勇者一行ほどの差が既に生まれておる」

魔女「お前の魔法を弾き返すことすら造作もない。もう、お前に妾は倒せぬのだ」


氷姫「全てを断罪せし氷塊よ、降り注げッ!!」

ゴオォオォオ!!


魔女「…無駄じゃ」


パキィンッ!! ――ドゴォン!!

氷姫「うぐあぁあっ!!」

氷姫(くッ、そっ!! 全ての魔法が反射される!!)


魔女「…理解せよ。そして諦めるがいい」

魔女「お前達の戦いはここまでなのじゃ」

氷姫「――生命の果ての地の死神よ!!」

氷姫「その鎌をもて、敵を打ち砕けッ!!」


――ギュオオオオオオオオ!!


魔女(………自力で、"死神の大鎌"すら詠唱するか。こやつにはもはや邪神の加護は無いというに、大したものじゃ)

魔女(諦めろ、と言うにはあまりに多くのものを乗り越えてきたのじゃな)

魔女(絶望の果ての、覚悟すらその瞳には見えておる)

魔女(せめて)


魔女(せめて、安らかに眠るがいい)





〈魔王の心の魔王城〉


魔法使い《――神々を相手取り、歴史を奪い返す》

魔法使い《それは長い、長い時間を要する戦いでした。本当に、気の遠くなるほど…》

魔法使い《けれど、この十数年は実に美しいひと時になりました。魔王勇者大戦に意味などない…その気づきに至るまでの無為な時間に比べれば、ね》

魔法使い《土足で僕の生を弄んできた存在…神々に、ようやくこの手を伸ばすことができたのだから》

魔法使い《今まで生きてきて僕の血肉になったもの全てを、研究に注ぎ込んだ。そうしてようやく、それらは実を結ぶ》

魔法使い《僕は"鍵"を手にした》

魔法使い《"鍵"は扉を開く。僕らを見下ろす神々が鎮座する、その地への扉を》

魔法使い《その未知の空間へ、僕を誘う》


魔法使い《…気に食わないんですよ。僕はね》

魔法使い《神だなんて胡散臭い代物を気取って、宿命だなんだと焚き付けて人をいいように操るようなことをして》

魔法使い《そういう奴がね、嫌いなんでなんですよ、ただ単に》

魔法使い《だから………神々の思惑を裏切ってやろうと》

魔法使い《そう、思ったんです》





魔王「………あ」

魔王「あなたがしようとしていたことは」

魔王「………私達のしていたことは」





魔王「――私達の戦いに何の意味もなかった…?」




魔王(勇者と魔王の戦いの意味を…)

魔王(私は答えられない)

魔王(その問いに辿り着くことさえ、私には膨大な時間がかかった)


魔法使い《これだけ多くの命を死に追いやってきた魔王勇者大戦の意味が、この期に及んでもあるというのなら》

魔法使い《証明してみて下さいよ》


魔王「………っ!!」


魔法使い《さあ、魔王!》

魔法使い《…出来ないのでしょう、あなたには!》

魔法使い《あなたは不用意に死をばら蒔いたに過ぎない! そしてそれを認めた空虚な思いこそ》

魔法使い《賢者が、その胸に抱いていた感情なのですよ…!》


魔王(私は…………!)

魔王(私は――)

魔王「っ!」ギュッ

魔王(絶望に明け渡しては駄目だ………!)

魔王(今こそ………今こそ、考えなくては!!)



魔人『考える意味などない。意思など必要ではない』

魔人『魔王に必要なのは、滅びの力と死の螺旋だ』


魔人『 受 け 入 れ ろ 』ズォオ…


魔王(…っ、魔人が、怒りのエネルギーを増長させる…! 自分のコントロールが上手く利かない…!!)


魔王(目の前の敵を倒せ。人間を倒せ。勇者を倒せ………。何かがそう、急き立てる)

魔王(………どす黒い怒りが、喉からせり出ていく)

魔王「………あなたに」

魔王「あなたに何の権利があって、そんな言葉を紡げるの…魔法使い!!」

魔王「――あなたのしていることだって結局、人々を操って戦乱に導くことに他ならないでしょう…!」

魔王「多過ぎる犠牲を払ったこの戦いの果てに、解決があるというの!?」

魔法使い《…》

魔法使い《ははは! なるほど、そうですね》

魔法使い《確かに、僕は神に逆らうと言いながら、やってることは一緒です。企みをめぐらせて思うように人々を操った》

魔法使い《魔王。あなた達の絆も、研鑽も、勝利も………全ては僕の計算の内だったわけですから》

魔王「………っ」

魔法使い《炎獣も木竜も》

魔法使い《最初から死んでもらうつもりでしたよ。だから僕が殺したんです》

魔王(――!!)

魔王「一体………っ!!」


魔王「こんなことが、どんな結末をもたらすっていうのっ!!」

ゴォ…!




魔人『………そうだ。もっと力を求めろ』

魔人『――我とひとつになれ』


魔王(計り知れない怒りが、身を焦がす………!!)

魔王(駄目だ………っ! 今こそ、考えなければ)

魔王(答えを探さなきゃならないのに――)


魔法使い《こうしている間にも、残りの四天王は死の定めを辿っていますよ》

魔法使い《最後の二人の門番には、絶大な力を与えてますしねぇ》

魔法使い《おや、噂をすれば。氷姫が、今にも止めを刺されんとされていますね――》



魔王「魔法、使いィッ!!」ゴォオォオォオ…!!



魔法使い《…ははは!》

魔法使い《凄いですねぇ。途方もない力が生み出されていきますよ! 邪神の加護ってものは、恐ろしいですよねぇ》

魔法使い《思い知るでしょう、自分がどれだけおぞましい怨嗟の乱流の内にいたか》

魔法使い《そんな中を、"なぜ勇者と戦うのか"という疑問に一度は辿り着いた精神力は、見上げたものですよ》

魔法使い《けれど、それも過去の話になろうとしてますねぇ。なんという明確な殺意でしょうか》

魔法使い《正史のあなたに近づいていますよ、魔王…》




魔王「ううううううううう」






魔人『さあ――』


魔人『――明け渡せ』



魔王「うううううううううううううううううう」


魔王(駄目だ…!! 怒りに飲み込まれる!!)







魔王「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」






















炎獣「魔王」


炎獣「駄目だ、魔王」

炎獣「呑み込まれるな」







魔法使い《――!!》

魔人『貴様は………』







魔王「………………炎」


魔王「獣………?」







炎獣「よっく見ろ、魔王」

炎獣「そいつはお前がずっと遠ざけてきたはずの力だろ」

炎獣「喰われちゃ、駄目だ」



魔王「………っ」

魔王「――炎獣だ」

魔王「炎獣」

魔王「炎獣が、いる」

炎獣「…魔王」

魔王「炎獣………っ、炎獣っ!」




炎獣「わりィ、魔王…」

炎獣「約束したのに…ちょっと、そばを離れちまったな」


魔王「炎獣…っ!!」

魔王「…っえ?」ス…

魔王(炎獣の身体を、腕がすり抜けた…)

炎獣「…やっぱ触れ合えねぇか」

魔王「これ…っ」

炎獣「すまねぇ。魔王。俺は今、心だけの存在だ」

炎獣「魂だけ…霊みたいなもんだ。やっぱりさ俺は一度きっちり」

炎獣「死んだんだ。あの時」

魔王「…っ!!」

炎獣「でも、こうして会いに来れた。きっと魔法使いが、死と生の境目を曖昧にしたせいだ」

炎獣「こんな形でごめんな、魔王。でも、もう少し」

炎獣「これでもう少しだけ、戦える」

魔王「…炎、獣…?」





魔法使い《………》

魔法使い《…あと少しのところで》

魔法使い《正気を取り戻してしまいましたか。そうですか》

魔法使い《炎獣…。思念体になってまで》

魔法使い《魔人の驚異から魔王を救いますか》

魔法使い《………》

魔法使い《ですが、どうするつもりですか? その、魔人を》



魔人『―― 貴 様 ァ !!』 ォオ…!!

魔人『幾度邪魔をすれば気が済むッ!!』

魔人『その女から離れろッ!!』

魔人『身体を加護に明け渡せェッ!!』


ミシミシミシッ…!!



炎獣「…よぉ、久しぶりだな。相変わらずすげえ力だ」

炎獣「俺がやり合ってた時よりも数段圧力が増してやがる」

炎獣「…魔王。よく、聞いてくれ」


魔王(………せっかく、また会えたのに)

魔王(炎獣…。どうして)



魔王(どうしてそんなに、悲しそうな顔を、しているの)




炎獣「俺は死んだけど…こうしてまたお前に会うことができた」

炎獣「けどな………俺は結局、生き返ったりは出来ない」



魔王「――っ!!」


炎獣「それでも、お前の役に立てることがひとつだけある…」

炎獣「俺だって悔しいけどよ。こうするしか、もう魔法使いに勝てねえ」


炎獣「なあ、魔王」




炎獣「俺が俺じゃなくなっても、友達でいてくれるか?」






今日はここまでです






雷帝「ぜッ!!」ギュンッ

ズバァン!!

雷帝「はッ!!」ビュッ

ザンッ!!

雷帝「ふッ!!」ギュバッ!

――ヒュドッ!!


雷帝「………はあっ、はあっ」

雷帝(何故だ………。何故っ)

雷帝(一太刀も浴びせられない…っ!?)


兄「流石の剣捌きだ、雷帝。あの先代を倒して来ただけあって、凄まじいものだ」

兄「よくぞ生身でその域に辿り着いた。同じ生命として誇らしくすらある」

兄「――でも、俺は倒せない」

兄「魔法使いが創った"鍵"は、神々の加護にすら届く反則級の代物だ。その恩恵にあずかった今の俺には」

兄「これだけの力がある」ブンッ


 ド キ ャ ッ ! !


雷帝「!!」


雷帝(………ひと振りで、背後の壁が粉砕された)

雷帝(あんなものを………一度でも受けたら、身体が千切れ飛ぶ………!!)

兄「魔法使いがどういうつもりでいるのか…俺には推し量れんが」

兄「お前が勝てそうにないってことは、確かだな」

雷帝「………雷の嵐よ」ォオ…

バリバリッ…! バリッ!!

兄「! 魔法か」

兄(雷鳴の閃光を連続発生させて、隙を突こうという魂胆だな)

兄「…面白い。足掻いてみせてくれ」

兄「魔法使いの絶対的力の前に…お前がどこまでやれるのかを」



雷帝「っ」バッ!!

兄(後ろか!)ヒュ――

 ド バ バ ァ ン … ! !



雷帝(避けきったつもりだった…っ! が、腹を掠めている!)

雷帝(なんて強大な斬撃だ………奇襲に失敗すれば、待つのは死――)

雷帝(いや。恐怖を想像するな。歩幅が縮む。より死を近づける)

ビリッ…! バリバリッ!!

雷帝(乱発する電撃に隠れろ。敵の死角に入り込め)

雷帝(一刀の元に斬り捨てられなくば、次の一刀を見舞え)


雷帝「」ギュンッ!

兄(次は頭上からか!)ブオ


 ― ― …




兄『本当に、女神の加護に似たものを。いやそれ以上のものを…作ることが出来るのだな』

魔法使い『ええ』


雷帝(!!)


雷帝(なんだ、この声は!?)


魔法使い『あなたの弟さんは、勇者一行に選ばれたそうですね。なんでも女神が実際に姿を現したのだとか』

魔法使い『でも、"勇者"なんて魔王に勝利できるかも分からない曖昧なものに頼るよりは』

魔法使い『この技術を駆使して、人の確実な勝利を約束することが、最良とは思えませんか?』

兄『…』

魔法使い『あなたが、軍部の頂点に立つことが出来れば、それは可能ですよ』

魔法使い『簡単なことです。国王や弟さんを裏切り、教会を利用すればいいんですよ』




兄「…気にするな。ただのエコーさ」

兄「全てを裏切りたった一人で事を為そうとした男の、憐れな記憶の断片だよ」

雷帝(これは…こいつの過去か)

兄「お前が電撃など垂れ流して暴れるものだから、施設の機械が誤作動を起こしたのだろう」

兄「全く…人の傷をほじくり返してくれる」



魔法使い『…あなたは頭の良い人だ。心のどこかで思っていたんじゃないですか?』

魔法使い『勇者に頼ることでしか平穏を維持できない、人々の愚かさを』

魔法使い『気づいてしまったのでしょう。それはもう、引き返せないことなのではないですか?』

魔法使い『"あなたにしか出来ないこと"を為すのです』

魔法使い『――弟さんではなく、あなたがね』


兄「…戦士」

兄「俺はずっとお前が羨ましかった。…ひたむきさと、それゆえの強さが」

兄「俺よりも遥かに優れた剣を使うようになった頃から、俺は増してゆくその思いを胸のうちに抑え込むようになった」

兄「…女勇者様は、そんな俺の心の内を見透かしておられたんだろうな」

兄「まあ、俺の小さな足掻きの生など」

兄「貴様らの前で露と消えていくわけだが」クル

雷帝(!! いかん)

雷帝(完全に読まれ――)


兄「残念だったな」ヒュン




  ズ  ド  ッ  …





雷帝「かふッ…!!」

………ドタ



雷帝「………はッ…」

雷帝「…かッ………」

ドロ…


兄「…半身吹っ飛ばしたと思ったんだが」

兄「片耳から肩にかけて落としただけか」


雷帝「ぜッ………」

雷帝「ひゅッ………」グラ…

ボトボト…ッ

兄「おいおい、動かない方がいいんじゃないか? 命を縮めるぞ」


雷帝「はッ………」

雷帝「ふうッ………」

ズルズル…

兄「…地を這いつくばっても尚」

兄「剣を取るのか…」



雷帝「………それが」ハッ…ハッ…

雷帝「私の権利だ」


兄「ふっ、ははは…!」

兄「…そうか。やはりな」

兄「お前は、どこかあいつに似ているんだ。俺の弟にな。あいつ、お前ほど頭が回るクチじゃあないんだが」

兄「でも…なんだろうな。もののふの誇りそのもののような奴だった」

兄「…今のお前は、あいつにだぶるよ」


雷帝「………」チャキ…


兄(刀を鞘に収めた。が、その瞳は何者にも屈する様子はない)

兄(…不気味だな。何を考えている?)


雷帝「………」


兄「…気づいているか? 雷帝」

兄「今までのお前達とは立場が逆転してしまっている。力を示して他を圧倒していたお前が」

兄「すっかり挑戦者のようだ」


兄「今までの物語のあらましを考えれば…お前はその必死の健闘も虚しく敗北するというのがスジだろう」

雷帝「………」

兄「それでも、俺に勝ってみせるかい?」

兄(いいな…そんな展開を見てみたいというのも、本音だ。………けれど)

兄「悲しいかな、俺は手を抜くことは出来ない」

兄「…お前の生の、最後の最後のところの力を見せてくれ」

兄「お前がこの世界に生まれてきた意味を」


兄「教えてくれ」チャキ…





雷帝「………」







雷帝「――"居合い"」

――戦士「兄上!」





兄「!!」




雷帝(痛む)


雷帝(片腕を失った身体が悲鳴を上げて、神経がのたうちまわる)


雷帝(でも、この感覚がある。この感覚は、私のものだ)


雷帝(私はまだ生きている)


雷帝(翁を………炎獣を、失った痛み)


雷帝(魔王様を守れなかった無念)


雷帝(そのうずきが、私を生かす)


雷帝(私はまだ生きている)




雷帝(誰に操られるでもなく私だけの生を)





雷帝(生きたい)







雷帝(もう)










雷帝(失いたくない)







   ゴ   ッ








兄(最後の最後、そのひと振りが)

兄(今までの全てを超越したのか)

兄(それが、お前の強さか)

兄(その強さに対して、俺は…)


兄(………お前のことなんか思い出したせいだぜ。剣が、鈍ったのは)

兄(また負けちまったよ、畜生)






兄(まったく。こんな役回りばかりか)









『システムパターンCをクリアしました』











魔女「…どうやらあの男も逝ったか」

魔女「………」

魔女「それで、おぬしは」


魔女「その身体で、まだ立つつもりなのか?」


パキ… パキキ………

氷姫「…ひゅう、ひゅう」

氷姫(くそ)

氷姫(網膜まで凍って、何も見えない)

氷姫(腕も凍りついて、地面に張りついてしまってる)

氷姫「ひゅう…ひゅう…」ガチガチ…

氷姫(………氷の女王であるあたしが、寒いだなんて、お笑い草ね)

氷姫(究極氷魔法に、失敗した時以来かしら)


魔女「氷魔法の使いすぎじゃ。お前自身が氷漬けになるぞ」

氷姫「………それも」ヒュウ…ヒュウ…

氷姫「悪かぁないかも、ね…。あたしの、死に方としちゃ、最上ってもんよ…」


魔女「…死ぬまで戦いを止めないつもりか」

氷姫「おあいにく、さま…。あたしって、最高に、往生際が、悪くってね」

氷姫「あたしが、勝つまで、付き合って、もらうわよ」ヒュウ…ヒュウ…

魔女「呆れた女じゃ。…命を自ら投げ出すか」

氷姫「………あたしは」

氷姫「あたしの、最も大切なものを、守れなかった」

氷姫「魔王を、炎獣を…」

氷姫「だから、いつ死んだっていいじゃないの」

魔女「…そう言うわりにおぬしは」

魔女「おぬしの魔力は…まだ妾を倒そうと殺気立っておるぞ」

氷姫「…は」

氷姫「はは…」ォオォオォ…


氷姫「不思議よね。ほんと…」

氷姫「いつ死んだっていい、だなんて思うと………余計に足が踏ん張っ、て」

氷姫「前を向かせるのよ…」 バチッ…

バチバチッ… バチバチバチバチッ!

魔女「なんじゃ、それは」

魔女「詠唱でもなんでもない…気迫で魔力を生み出しているのか」


氷姫(こいつに放つ、何度目か分からない全力…)

氷姫(さっきの魔法より、僅かでも上回っているかもしれない)

氷姫(今度こそ、倒せるかも知れない)

氷姫(それに全てを賭ける)


氷姫(身体が重い。何も見えない)

氷姫(気管に冷気が突き刺さって、血が溢れ出しそうだ)

氷姫(それでも)

氷姫(この腕が上がれば)



氷姫(魔法を、撃てる)




氷姫(雷帝、ごめん)


氷姫(こいつを倒しても、あたし)


氷姫(こいつの魔法を防げない)


氷姫(それでも)




氷姫(――地獄に、引き摺り込んでやる)









氷姫「………腕…ッ」







氷姫「上がれぇぇぇぇぇぇえええええええええエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!」

   ――バキバキバキッ








   ド   ン   ッ













魔女(のう…魔法使い)

魔女(お前は分かっているんだろう)

魔女(邪神の加護を失って尚、こうして肉体と精神の限界に挑むこやつらは)

魔女(もはや、かつてのお前そのものじゃ)

魔女(絶対的な神秘に己の身ひとつで挑んでいたお前と)

魔女(お前は、こやつらをその身の限界を越えさせるために………妾達を遣わせたのか?)


魔女(滅茶苦茶な魔法じゃ)

魔女(しかし、今までのどんな魔法より鋭利じゃ)

魔女(同士討ちか。いや、よくぞここまで持ち込んだ)

魔女(尊敬に値する。四天王)

魔女(だから、これは妾の敬意じゃ)

魔女(お前はもう少し)


魔女(生きるがいい――)




ヒュ…








氷姫(!!)


氷姫(敵の魔法が、逸れた――)







『システムパターンDをクリアしました』







 ド カ ァ ア ア ン ッ … ! !






氷姫「………」


氷姫(………勝っ、た)

氷姫(あたし……勝ったの…かな)

氷姫(ほんとに、これは)


氷姫("勝ち"なのかな)


氷姫「………」

氷姫「は、はは…」

氷姫「何も見えないんじゃ…それも分かんないや」

氷姫「………」


ズル… ズル…

氷姫(………ああ、体が重い)

氷姫(半分体が凍ってるんだから、そりゃ当たり前か)

氷姫(もう、止まってしまいたい。まともに思考がまとまらない)

氷姫(あたしは進んでいるの? 止まっているの? それさえ分からない)

氷姫(ここは、どこ…)






くノ一「………雷帝は先に行った」

くノ一「門は開いている」

氷姫(…あっそ)

くノ一「魔王をどうしたかは分からないが…魔法使いは、そこで待ち受けているだろう」

くノ一「あなたも………その体で行くのか?」


氷姫「………」


氷姫「………」ズル…ズル





氷姫「………目が見えないってのは、存外不便なもんね」

氷姫「あんたがそこにいるのか…分からないわよ」

氷姫「ねえ、雷帝」

氷姫「そこにいるの?」


雷帝(………この冷気)ピクッ

雷帝(来たのか、氷姫)

雷帝(…はは。せっかくの再会だと言うのに、お前の言葉を聞く耳は削がれ、喉は潰れて何も伝えられない)

氷姫「この魔力の波動…あんたなのね」

氷姫「いるんなら、返事くらいしなさいよね。ったく」

雷帝(何を言っている…? ………お前、目が…凍っているのか)

雷帝(――お前も決死で戦い抜いてきたのだな)

氷姫「ねえ、雷帝」

氷姫「あんたには、言わなきゃ気がすまないことがあるの」


氷姫「あんたは、あたしを強いって言った」

氷姫「でもね」

氷姫「あんたには、あたし、そんな風に言って欲しくない」

雷帝(何を言っているんだ。氷姫、私には分からん)

雷帝(お前がそっち側に立っていたら、私はお前に触れることすら出来ないのだ)

雷帝(片腕を失ってしまってな)

氷姫「あんたとあたしは、一緒なのよ」

氷姫「沢山の気持ちが、一緒だったの」

雷帝(もはや一歩も歩くことはままならん)

雷帝(最後に一刀を振るうのでやっと)

雷帝(しかし不思議だな。お前と一緒だということが)

雷帝(このろくに動かん身体に、力をたぎらせる)

氷姫「だから、最後に背中を任せるのがあんたで、良かったと思ってる」

氷姫「ねえ、これだけは伝えたかったのよ。あたし」



雷帝(なあ、氷姫。私の剣は、お前の魔法は、届くだろうか。魔王様の元に)

氷姫「あたし、魔王を恨んでなんかいないわよ。あいつの為に戦えることが、誇りなの」

氷姫「それは今も変わらない。きっと最後まで」

雷帝(仇討ちだなんて、愚かだろうか?)

氷姫「いいじゃない、カッコ悪くたって。それでもあたし達はここまで来たのよ」

雷帝(…そうか。そうだな。私は最後まで私の剣を振るうのみだ)

氷姫「あたしだって、意地があるわ。氷の女王のね」

雷帝(今さら逃げ出しようもないのだ)

氷姫「それがあたし達の覚悟よ」

雷帝(倒れるときは、前のめりに、だな)

氷姫「最後の一歩だったとしても、踏み出すのよ」


氷姫 雷帝 「さあ」 (さあ)


氷姫 雷帝 「(受けとれ)」





――魔法使い!!








魔法使い「………いいでしょう」

魔法使い「あなた達の辿り着いたものを、見せて貰いましょう」









氷姫 雷帝 「「 」」 ギュ







  ド  ッ  ッ  !  !


 










魔法使い(鍵の恩恵を受けた門番をも倒した一撃)

魔法使い(氷姫と雷帝のそれが、うねり絡み合って迫る)


魔法使い(懐かしい重みだ)


魔法使い(自分の限界に挑み続けた魔界での日々を思い出す)

魔法使い(知識の壁を越えんとしていた人間界での時間も)

魔法使い(…肉が裂け、血が凍てついていく)

魔法使い(それすら愛しく感じられる)


魔法使い(やっと、僕のことを分かってくれる者達に出会えた)

魔法使い(武闘家さん。…あなた以来のことですよ)



魔法使い(攻撃によって細胞が死に、死んだそばから息を吹き返してゆく)

魔法使い(氷姫と雷帝が僕を殺しきる前に、"鍵"が僕を生き返らせてしまう)

魔法使い(これが"鍵"の領分。約束された力)

魔法使い(どんなに頑張ってみても乗り越えられない壁というのはあるようです)

魔法使い(それを知っているから、僕もこんなことをしているわけですけどね)


魔法使い(惜しかったですね。氷姫。雷帝)



魔法使い(健闘をたたえましょう。ですから)







魔法使い(どうか穏やかな最後を)













魔法使い「波動よ」   ボッ




















魔法使い「………………驚いた」

魔法使い「まだ意識がありますか」

雷帝「――…」

魔法使い「もはや手足も失っているというのに…」

魔法使い「炎獣も大したものでしたが、雷帝。あなたも大概ですね」

魔法使い「氷姫は、流石に参ってしまったようですよ。まだ彼女も息はありますが………あれでは長く持たないでしょう」

雷帝「――…」

魔法使い「おっと、すみません。苦しいですよね」


魔法使い「今、楽にして差し上げます」ス…


雷帝「――…」


魔法使い「………」

魔法使い「最後まで、闘志剥き出しのもののふの目をなさりますか」


魔法使い「ご立派ですよ」










魔法使い「さようなら」







「―― ガ ア ア ア ア ア ア ア ア ア ッ ! ! 」







魔法使い「!」ピタ

魔法使い(今のは…?)

魔法使い「外から、ですか」






「 グ オ オ オ オ オ オ ォ オ ォ オ ォ オ ッ ! ! 」






魔法使い「………」

魔法使い「へえ。そうですか」

魔法使い「そういう道を選びましたか」


魔法使い「――魔王」






魔王「魔法使い」

魔王「雷帝から、離れなさい」




魔法使い「絶望の縁から舞い戻りましたか。魔王」

魔法使い「荒れ狂う邪神の加護を…魔人をどうするのかと思いましたが」



炎獣「 ゴ ォ ア ア ア ア ア ア ! ! 」



魔法使い「――なるほど。炎獣の亡骸に封印しましたね」

魔法使い「…炎獣の強固な肉体は肥大化し、原型を留めていませんが、封印に堪え忍んだようだ」

魔法使い「そしてその暴走は、辛うじて押さえられている」

魔法使い「制御を可能にしたのは、あの炎獣の思念体のせいか、はたまた………器に何かの思い出でも残っていたのでしょうかねぇ」

魔法使い「魔王………あなたに対する、思い出が」



魔王「もう一度だけ言うわ」

魔王「雷帝から、離れて」ゴォ…


魔法使い「…いいでしょう。もほや彼を殺すことに意義などありませんから」

魔法使い「それで、その凶悪なしもべを使って僕を倒そうと言うわけですか?」


魔王「あなたが引き起こしたこの大戦は」

魔王「あまりに多くのものを奪いすぎたわ」

魔王「………もう、終わらせる」


魔法使い「ですが、魔王。あなたは今や理解している」

魔法使い「今さら勇者のもとを目指して何になるというのです?」

魔法使い「この戦いは確かに僕の意思によって動いてきましたが………そうでなくても神々によっていずれ導かれていたことでしょう」

魔法使い「魔王勇者大戦。この茶番を終わらせるという道をとるならば」

魔法使い「僕と共に神と戦う、という道もあるのではないですか?」


魔王「………」


魔王「あなたは全てを明らかにしなかった」

魔王「最初から、自分の力だけで全てを操ってきた。沢山のものを裏切り、死に追いやった」


魔王「………そして今でさえ」

魔王「あなたは、己のうちだけに秘めているものがある」


魔法使い「………」


魔王「どうして、こんなやり方しか出来なかったの?」

魔王「どうして、犠牲が必要だったの?」

魔王「――あなたは、それに答えるつもりはない」


魔法使い「………参りましたね」

魔法使い「お見通しですか」


魔王「私は神々のものでも、あなたのものでもない」

魔王「もう只の玩具ではない」


魔王「私は魔王」

魔王「最果ての大陸、魔界の王者」

魔王「沢山の想いと魂の上にここに立つ」


魔王「最後は」



魔王「自分の足で歩く」


 ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ … !




魔法使い「!」

魔法使い(………魔力が奪われている。いや、魔力だけではない。これは)

魔法使い(僕の生命力自体を吸収しつつある。これは…)

魔法使い「ふむ」

魔法使い「このままでは、僕の記憶や想いみたいなものまで、炎獣に吸いとられてしまいますね」

魔法使い「そして魔王。あなたは炎獣を通して僕の精神を垣間見る」

魔法使い「僕の真実を読み取って、自分の目で確かめ、自らの決断でのみ進むと。そのために僕の秘密を奪ってしまおうと…」

魔法使い「そういうわけですね」


魔法使い「えげつないことをするじゃあありませんか。炎獣をそんな風にしたり、人の想いを掠め取ろうとしたり」

魔法使い「かつての聖女のようなあなたからは、想像もつかない」


魔王「言ったでしょう」

魔王「私は………――魔王よ」


魔法使い「ははは。そうですか」

魔法使い「天晴れです。大した信念だ」


魔法使い「ですが、僕もここまで来て止められません」

魔法使い「それに…僕の記憶を土足で踏み荒らされるようなマネは、ご遠慮願いたいですからね」

魔法使い「力づくで、奪ってごらんなさい。………魔王なら、ね」


魔法使い(炎獣。邪神の化身よ)

魔法使い("鍵"の解放による一撃を、受けなさい) ォ オ …






 ズ ド ン ッ ! !











炎獣「 ガ ア ア ッ ! 」


――バチンッ!!!!






魔法使い(全力の一撃を、叩き落とされた…!?)

魔法使い(…本当に恐ろしいものですね。今や炎獣は邪神の加護の化身)

魔法使い(神の力そのもの、というわけですか
)



魔王「炎獣…平気?」ス…

炎獣「 グルルル… 」

魔王「うん。一緒にいこう」



魔法使い「!」ゾクッ

魔法使い(――来る)












  ド  ッ  !  !









魔法使い(危うく全身吹っ飛ばされるとこでした)

魔法使い(半身で済んだのは幸いですね)

魔法使い(…すぐに"鍵"が身体を修復する。が)

魔法使い(幾分かは存在を奪われてしまった)


魔法使い(――返して下さい)






  ド  ギ  ュ  ッ  ! !







炎獣「 グ ォ オ ォ オ ォ オ ォ オ ! ! 」


魔王「炎獣っ!」



炎獣「 グ ル ル ル ル 」

魔王「炎獣…っ、大丈夫?」

炎獣「 … ガ ア ッ ! 」




魔法使い(………腹に空けた穴が塞がってゆく)

魔法使い(そちらも、すぐ修復ですか)


魔法使い(面白い。修復が間に合わなくなるまで攻撃を撃ち続けた方の勝ちというわけだ)


魔法使い(最後に立っているのはどちらか。決着になることはそれだけ)

魔法使い(………ようやく。ようやくだ)



魔法使い(ついに、神の力と対決するのだ………僕は)


魔法使い(僕が培ってきた全てが、神の力を越え得るか)



魔法使い(それとも………ふふ!)



魔法使い(さあ!!)




魔法使い(最後の審判が下るときだ!!)














魔法使い(今こそ答えを見せろ――!!)ォオォオ…!





炎獣「 が あ ぁ あ ぁ あ ぁ ッ ! ! 」ギュオォオ…!









今日はここまでです










神父(――この世の終わりとは、こんな眺めなのだろう)

神父(天に向かって幾筋もの光が飛び散った時、私はそう思った)


神父(光は、空を突き破るように虚空を飛び、そして破裂した)

神父(途端に天空は紅蓮色に染まり、朱く我々の姿を照らした)

神父(爆風が遥か上空から我々を叩きつけ、少し遅れてから耳をつんざくような轟音が襲ってきた)


神父(理解の及ばぬほどの激しい衝動がぶつかり合っていたのだと知ったのは、もっとずっと後になってからで)

神父(その時、人々は誰一人例外なく、為す術もないまま身を縮めるしかなかったのだ)

神父(私は城下町で見つけた赤毛達を庇うようになったまま、何とかもう一度空を見た)

神父(王城は、すでに奇怪な姿へ形を変えて中へ浮かび上がり、原形を留めていなかった。光はそこから四散し、爆発を繰り返していた)

神父(神話の世界を眺めているようだと、思った。そしてあの光の欠片がひとつでも落ちてくれば、王国は消し飛ぶのだ)

神父(そういう予感があった)


神父(だからいよいよその瞬間を迎えようという時に)

神父(身を呈して城下町を守った小さな影が、魔王自身だったなどということを)


神父(その時の私たちは、気づくはずもなかった――)





魔王「――うあああああああッ!!」




魔法使い(魔王………っ! 貴女という人は!!)

魔法使い(人間の王国を、その身を呈して守ろうというのですか!?)

魔法使い(今の貴女では、命を落としかねない暴挙だ!!)

魔法使い(人間の国を守って死んで、それでもいいというのですかっ!!)


魔王「これは…っ、もう………!!」

魔王「人と魔の戦いではない!!」


魔王「世界を操る存在と、そこに生きる生命の戦いだ………!!」


魔王「滅びるべき命なんて、最初からなかった…っ!!」

魔王「私は…っ、それを見抜けずに多くを殺めた…!!」


魔王「私は、もうこれ以上」



魔王「生命の生きる権利を奪わない!!」




魔法使い「ふっ!」

魔法使い「くくく!! いいでしょう!!」

魔法使い「面白い皮肉じゃありませんか!!」


魔法使い「守ってご覧なさい!!」


魔法使い「"魔王"たるあなたが!!」


魔法使い「世界をっ!!」





魔法使い(ああ)

魔法使い(今や神の化身となった炎獣の相手は流石に…)

魔法使い(僕の存在が流れ出してゆく。それを塞き止める余裕はありませんね)

魔法使い(僕の過去の記憶)


魔法使い(この数百年の想いが、こぼれ落ちる………)









――
――――
――――――




側近『はあ、はあ………』

側近『誰か、生きている者はいませんか!』

側近『誰か…っ!』

側近『………いないのか』

側近『生き延びたのは、僕だけなのか』

側近『………勇者一行も、四天王も、魔王様も』

側近『みんな、死んだ』






側近『前回の魔王と勇者は同士討ちになりました』

側近『人間側も次の勇者が出るまで、しばらくは攻勢に出てくることはないでしょうが』

側近『我らはその長寿にかまけて、これ以上魔王の座を巡る戦いに没頭していては、魔界は疲弊するばかりです』

側近『新たな魔王が必要なのです。それは、邪神の加護を持つあなたに他なりません』

側近『………ですから』

側近『その手に持つ鍬を捨てて、さっさと軍をまとめて下さい』


先代『ふーむ。気乗りせんなあ』








側近『魔王就任おめでとうございます』

先代『やれやれ。魔界っていうのはどうしてこう血の気が多いのばかりなのだか』

先代『…いらん犠牲を払いすぎた』

側近『あなたが王の座に就くことが一番の平和への道ですよ』

先代『しかし、こうなれば今度は人間との戦いが始まるわけだろう。勇者との、戦いが』

側近『そうなりますね』

先代『なあ、側近。本当に戦わねばならんのか…?』

側近『………何を、今さら』

側近『迷う必要など、ありませんよ』






冥王『おや、お前様は』

側近『…冥王』ハァ

側近『魔王様の戴冠式はとっくに済みました。あなたの用はもうこの魔王城にはないはずですが』

冥王『おほほ。なんとまあ、ツレないこと。あたくしにそんな態度をとる魔族は、魔界中探してもお前様くらいのものですのよ』

側近『悠久ともいえる時を生きる者同士と言えど、馴れ合うつもりはありませんよ』

冥王『相変わらずのコミュ障野郎で、困っちまふわね。それにしても、お前様』

冥王『新しい魔王に随分と手を焼いてるご様子じゃありませんの。珍しいものが見れて、あたくし可笑しくてしょうがないわ』

側近『…あの人は、今までの魔王にないくらいマイペースでしてね。戦意ってやつが薄すぎるんですよ。魔族のくせに』

冥王『………あたくしにしてみれば』

冥王『それだけの力と知識を持っていながら、未熟者に付いて回り続けるお前様の方が、魔族らしからぬズボラ者に見えるけれどね』

側近『………早く冥界に帰ってくださいよ。うるさいですねぇ』

冥王『はいはい』オホホ






側近『…魔王と勇者の戦い。その全ての戦績はほぼ五分と五分』

側近『それは僕が今まで経験した戦いの全ても同様だ。敗れた種族は搾取され、文明が衰退する。やがて窮地を救う英雄が現れる…その繰り返し』

側近『"本当に戦わねばならんのか?"ですか』

側近『僕だって本当はその問いに幾度も辿り着いていた。けれど人と魔は相容れない………勇者と魔王がいる限り』

側近『――それでは勇者と魔王は、人間と魔族の争いを引き起こすために存在しているのか?』

側近『英雄などではなく…歴史を繰り返すための道具』

側近『………道具…一体誰の? それは――』


側近『天から加護を与え続ける、神々の、だ』


側近『…』

側近『もしかすると、次は人間の敗北なのかもしれない。人間は近年純粋な敗北とは縁がなく、その人口を増やし続けている』

側近『どちらにせよ、今度の大戦において魔王様が優位なのだとすれば………あの魔王様なら、戦争以外の道を模索できるかもしれない』

側近『それに何より、今回はあの魔王様が』

側近『死なずに済む』






側近『…まさか。確かなのですか?』

冥王『どうやら、そのようでしてよ』

冥王『邪神の加護が、王からその娘に移り変わり始めちまってますわね。あたくしもこんな事は始めて経験しますのよ』

冥王『赤子の身で親の加護を吸い出すなんて…末恐ろしい魔族も居たものですわね』

冥王『邪神というのも、どういうつもりでいるのだか』

側近『………』

冥王『…せっかくお前様がいれこんでいる魔王ですけれど、あののんびり屋さん、娘に加護を奪われてこのままでは弱る一方』

冥王『あれじゃあ今話題の女勇者には勝てやしないでせう』

側近『………』






側近『――お嬢様を殺しましょう』



雷帝『側近様…正気ですか!?』

鳳凰『血迷ったのかえ? 側近』

側近『…いいえ。僕は至って正常ですよ。異常なのはこの事態です。あってはならないことなんです』

先代『………』

雷帝『だからと言って、そんな!』

玄武『んだ。話が飛躍しすぎだべ、側近』

側近『そんな事はありません。このまま魔王様の邪神の加護が弱まれば、確実に勇者一行に敗北します』

木竜『じゃから、殺せと言うのか? まだ赤ん坊の、その子を』

側近『はい』

側近『魔王様、僕はもう一度ここに進言します』

先代『………』

側近『あなたのお嬢様は、今の内に、殺してしまうべきです』


側近《魔王様…分かって下さい》

側近《あなたは今までの暴君としての魔王ではない。勇者との争いではない道を探し出せるお方だ》

側近《あなたは、死んではダメだ。神々の思い通りになることはない》

側近《今回のように先回りして気づけたことは、神の意思に逆らうチャンスだ。だから………!》

先代『………』


先代『ならん』

先代『この子を殺すことなど、許せるはずがない』


側近《…!!》

先代《すまん…許せ。側近》

先代《どんな理由があっても、娘を手にかけることは出来ない》

側近《………なぜ。なぜです》

側近《このチャンスを逃したら…またこの後数百年か、更に永い時をか、神々に支配されたままなのですよ!》

側近《その大戦の中で、沢山の生命が散る…っ! 死の循環をさまよい続けなければならないっ!》

側近《また大いなる意思の下に飼い慣らされ、呪われた放浪をすることになる――!》

先代《………》


先代《すまん》


側近《…っ!!》


側近《………》

側近《――もういい》

側近《ならば、僕自身で手を下すまでだ。………どんなことをしてでも、神々の思い通りにはさせない》

側近《この機を逃してはならない。その為なら僕は――僕らしさだって捨ててみせる》

側近《あなたが捨てきれないものを、僕は捨てます。魔王様》

側近《そう。だから》

側近《魔王様。あなたを倒すことになったとしても………僕はやり遂げる》

側近《邪神の加護を………僕自身の手で正面から越えてみせる。神々の筋書きを裏切る》

側近《もう………無意味な戦いの連鎖には》


側近『ウンザリだ』

側近『守る価値もない。ならばいっそ』

側近『僕の手で、壊してしまえばいい』


木竜『…やる、と言うのじゃな』ザッ

雷帝『翁…!』

木竜『構えよ、雷帝。この男は、今この時を持って…我らの敵じゃ』ギロ

雷帝『…っ!』ジャキ…!

玄武『ちィ…!』ザッ

鳳凰『四天王全員を相手にして、勝ち目があると思うのかえ? 側近よ…!』


側近『ふっ。くっくっくっ…!』

側近『いいでしょう。今こそ試される時だ』

側近『この数百年、僕の生きた証を』



側近『その身に、刻むがいい――!!』






『…ここは?』

賢者『…目が覚めたかい?』

賢者『どうやら蘇生には成功したようだ。身体は動くかな?』

『僕は…』

賢者『君は、どうやら魔王に反旗を翻した魔族だ。そして信じられないことに、邪神の加護を持つ魔王の撃破に成功したようだ』

『………そうですか』

『僕は、勝ったんですね。神々のシナリオを…逸脱せしめた』

賢者『神々のシナリオ…。興味深い話だ』

賢者『是非とも君には詳しい話を伺いたいと思っている。自分の名は、賢者。ここは人間の王国だ』

賢者『自分は君に、新たな可能性を感じている。今までの、勇者と魔王に依存した世界から抜け出すための可能性を』

賢者『自分達の研究に協力してはくれないだろうか。その為の場所はすでに用意出来ている』

賢者『人間界で生きるのだ…側近という名を捨てて』

賢者『今日からは魔法使い、と名乗るといいだろう』



『………魔法使い、ですか。そうですね』

魔法使い『分かりやすくて、いいですね…』






教皇『き…危険はないのか?』

賢者『彼は我々の研究に興味を示してくれている。自分の見立ててでは、同じ価値観の中にいるという印象だよ』

賢者『それに何より…永い時を生きた経験を持っている。そして膨大な魔法の知識』

賢者『自分達の研究…"古代文明と女神について"の答えが、得られるかもしれない』

教皇『…』


魔法使い『………古代都市の、文明…。人間界には、こんなものが残されているんですか』

魔法使い『資料をもっと下さい。これは魔界にはなかった、世紀の発見だ』

賢者『もちろんさ。しかし、キリのいい所で君が魔界で得た知識も披露してくれよ』

魔法使い『ええ、ええ。もちろん。とは言え、僕の得たものは"勇者魔王大戦の枠組みの中のもの"でしかありませんが…』

教皇『…!』

賢者『どうだい? 彼の熱意は本物だろう?』

教皇『う、うむ』

教皇『そうか…。ならば私とて、女神の子ということをこの一時忘れよう』

教皇『研究の成果のために、全てを捧げよう』





賢者『――魔法使いは、勇者ではないにも関わらず魔王を倒した。これは、女神の加護をいち生命が凌駕したという動かぬ事実だ』

教皇『ここでひとつの仮説を立てよう。女神の加護を、生命は越えられる。そうであるなら、女神の加護を造り出すことすら出来るのではないか』

魔法使い『生命の神秘への挑戦。現存の細胞を使わない新しい生命の誕生』

賢者『不可能じゃない。古代文明において、それは本当に実現していたはずだ』

教皇『下地は既に完成している。長い長い年月をかけてな。ついに、それを目覚めさせる仕上げの時というわけだ』



賢者『人造人間………ついに完成だ』

教皇『………これは、成功なのか?』

魔法使い『ええ。…これは今までにない魔力値をもった個体ですね』

賢者『彼女が目覚めることが出来れば、この研究の脳となってくれるだろう』

賢者『個体番号〇一七号。…通称"魔女"』


魔女『………』ムクリ…






教皇『…本当に、いいのか』

賢者『うん。自分は構わないよ』

賢者『今は、自分達の研究の最も大事な時期だ。ここで少しの遅れも取りたくはない』

賢者『魔女の完成に次いで、ついに"女神"を造り出せるんだ、自分達の手で。これさえ出来れば、自分達は今までにない成果を上げられるようになる』

賢者『それこそ、女神の加護と同等のものを…!』

教皇『………とは言え』

教皇『お前自身が、生け贄にならねばならないなどと。そんな実験…』

魔法使い『…すみません。先生と手を尽くしたのですが、この方法にしか辿り着けませんでした』

賢者『…"生け贄"』

賢者『魔女と魔法使いの力を持って辿り着いた結論だ。この、古代文明の錬金術とも言える技』

賢者『そのためには、純粋な人間が生け贄に必要なんだ。………覚悟は決まっているさ』

賢者『どの道、自分はこの研究のために全てを捨て去るつもりでいた。それは教皇、君や魔法使いも同じだろ?』

教皇『くっ…しかし!』

賢者『もう、自分の能力では研究に成果をもたらせない。その役目は魔女や魔法使い、それに生み出される人造人間達が担う』

賢者『教皇。君には引き続き彼らの後援者であり続けて欲しい。………そうなると』

賢者『責任者のひとりとして、僕が果たせる仕事は、最早こんなことくらいだ』

魔法使い『………』


賢者『誇りをもって、死ねるよ。君たちと、世界の神秘に挑戦し続けた証として』

賢者『教皇。魔法使い。君達と志を同じく出来たこと、本当に嬉しい』

賢者『自分は完成された"女神"の中で生き続ける、ということも考えられる。そうなれば、自分は時空すら越える存在になれるってことさ』

賢者『はは。楽しみじゃないか』

魔法使い『…賢者さん。しかし、あなたのご友人や妹さんは…』

賢者『言うな、魔法使い』

賢者『もういいんだ。踏ん切りはとうの昔につけた。それに』

賢者『"神々"についてのあの仮説が正しいんだとしたら――』

賢者『自分は、その存在にこそ近づいてやりたいと思うんだ』

魔法使い『そうですか…』

教皇『………つくづくお前は、憐れみ深い男だ』

賢者『さあ、名残惜しいがここまでにしよう』

賢者『やってくれ』






教皇『み………見ろ。石板に文字が刻まれ出したぞ』

魔法使い『…ええ。どうやら、これが未来に行った"女神"の啓示のようですね』

教皇『こ、これが我々の未来…!?』

魔法使い『ふむ。"女神"が時を越えて見た未来ですから、恐らく間違いはないでしょうね』

教皇『魔王の凶暴化。勇者の敗北。人類の敗走…。そして』

魔法使い『あはは。僕らは、死ぬそうですよ』

教皇『…っ!』

魔法使い『魔王と四天王に為す術なく蹂躙される未来。…さて、どうしたものですかね』

教皇『………ふっ』

教皇『くくく…。ははははは!』

魔法使い『教皇…?』

教皇『なあ、魔法使い。我々は未来を知り得ることに成功したのだ…!』

教皇『死の運命など、どうとでも出来る。たった今、我々はそれほどの多大な力を手に入れた!』

教皇『未来を知れば、世を支配することすら造作もないっ!』

魔法使い『………』

教皇『我々は、神々と肩を並べたのだよ! この力を持ってすれば――』

魔法使い『教皇』

教皇『っ…!?』

魔法使い『あくまで我々の目的は勇者魔王大戦の仕組みを…天上の意思を裏切ることです』

教皇『…分かっている』

教皇『分かっているとも。それくらいのことは…』

魔法使い『…』






教皇『――女神の力によって幾度かの未来線の変更を実行。研究は急激に加速している』

魔法使い『神々の創造する未来"勇者一行の敗北"を逃れるため、魔王討伐に成功した世界の構築を試みましたが、これは難解を極めることです』

魔法使い『今回邪神の加護を受け継いだ姫君は、類を見ないほど強大な加護の片鱗を見せています』

教皇『撃破できるかどうかギリギリの線だな。だが、不可能ではない』

魔法使い『…多くの犠牲を払うことになります』

教皇『構うものか。どうせ戦に死人は付き物だ。それより魔女の研究を急がせろ』

教皇『"鍵"の完成がもしも間に合えば、さらに新しい未来が見えてくる。魔王撃破に留まらず、世界そのものを変えるような成果になる』

魔法使い『それは、そうですが』

教皇『博愛主義の現国王も邪魔でしかないな。命までは取らずとも、どこかでご退場願おう』

教皇『そうだ。より軽便な手を思いついたぞ。魔女達の開発した奇跡の力の一旦を私自身が扱えるようになればよい』

教皇『そうと決まれば僧正達を使って明日からでも実験だ』

魔法使い『………』

教皇『魔法使い。武器商会の女社長への警戒は怠るな。あの女、どうも目敏い。あくまで魔導砲レベルのもので満足させておくのだ』

魔法使い『…分かっています』




魔女『女神の時間超越は安定してきた』

魔女『おぬしらにもたらされる啓示も、"魔王敗北の未来"のために正確な指示が下るはずじゃ』

魔法使い『…流石ですね、先生。本当にあなたは初の成功例にして最高傑作かもしれませんよ』

魔女『お世辞はいい。ふざけた名で呼ぶのも止めんか』

魔法使い『僕にとっては、あなたは既に研究の先を行く先生ですよ。もはや教わることの方が多い』

魔女『ふん、口の減らぬ奴よ。それより本当なのじゃろうな?』

魔法使い『…ええ。先生の目指すように、研究は人類の未来のために、必ずや役立てます』

魔女『…そうか』

魔女『おかしいか。人形の分際で心を持ち、仕事に意味ややりがいを求めている妾が』

魔法使い『…いえ、おかしいなんてことは』

魔女『人造人間でもな…喜びなくては生きていられぬようなのじゃ』

魔女『これは、致命的な欠陥かもしれぬな?』

魔法使い『…』

魔法使い『あなたは…もしかすれば、僕より豊かな心を持っているのかもしれませんね』

魔女『これが豊かと言うことなのか…悲しみや、苦しみも多く感じ取ってしまう』

魔女『いっそ壊れていた方が、生きやすかったかもしれぬ』

魔法使い『…っ』

魔女『それでもな。今は人の幸福のために研究をしているということと、それに』

魔女『後から生まれてくる後輩共の先生役をしておることが、心の支えになっておる』

魔法使い『先生役が、ですか…?』

魔女『うむ』ニコ

魔女『人に教える…何かを残す、というのは』

魔女『――思いの外いいもんじゃぞ』





魔法使い『………………』





魔女『…見つけたぞ、魔法使い!』

魔法使い『おや、どうしましたか』

魔女『惚けるな…っ! どういうことじゃ!?』

魔女『あの技術を、戦争に利用するなど…っ!!』

魔法使い『簡単なことですよ。これは人類の未来のためです』

魔法使い『魔王なんて生き物がいては、人に明るい将来などない…そう思いませんか?』

魔女『戯れるでない! お前は言っておったではないかっ! 魔王を倒すこととは違う未来は、切り拓けるはずじゃと!!』

魔法使い『………これが啓示なんです。分かってください』

魔女『ば、馬鹿な…!! そんなことが………』

魔女『お、おい!! 何処へ行く!?』

魔法使い『…人里へ。たまには城下町へ行ってみようかと思いまして』

魔法使い『ねえ、先生。あなたは言ってましたよね』

魔法使い『先生役も悪くないって。教えたり、何かを残すのも、悪くないって』

魔女『それがなんだと言うんじゃ…!!』

魔法使い『僕も、やってみようかなって、思いましてね。先生役…』

魔女『ふざけるな!!』

魔法使い『あはは』

魔法使い『これがね、大真面目なんですよね』

魔女『ま、待て………!!』

魔女『待たんかっ!』






三つ編『先生!』

坊主『先生ってば!』

『は、はい?』

金髪『もう、何ボーッとしてんだよ。先生』

赤毛『先生! 先生もこっちに来て、ボール遊びしようよ!』

『えっ…ぼ、先生がですか?』

『先生は先生なので、遊びなどをするつもりはありませんが』

金髪『固いこと言いっこなしだぜ、先生!』

坊主『早く早くぅ!!』

『お、押さないでくださいよ…』

三つ編『いっくよー! あっ…!?』スポーン

『ぶっ!?』バシーン!

坊主『うおーっ、顔面にクリーンヒット!』

金髪『やるなぁ、三つ編!』

三つ編『ごごごご、ごめんなさいっ、先生!』

赤毛『あははははは!』

『…は』


魔法使い『はははは…』









――――――
――――
――





魔法使い「ぜぇ、はあ…っ」


炎獣「 ヒュウ ヒュウ … 」


魔法使い(消耗が激しい)

魔法使い(だがそれは相手も同じだ。回復の速度が落ちてきている)

魔法使い(お互い底をついてきたということですか)


魔法使い「それにしても、口惜しいですね。これだけ僕の感情が、垂れ流しにされてしまうと」

魔法使い「…まるで、丸裸にされた気分ですよ」





魔王「………魔法使い」

魔王「あなたは、本当に………」


魔王「本当に、赤毛ちゃんたちの先生になるつもりで…」



魔法使い「………ふ、はは」

魔法使い「可笑しいなら、笑ってくださいよ」


魔王「あなたは………」

魔王「あなたは、どうして――」


魔法使い「分かりませんか? そうでしょう…!」

魔法使い「誰が、貴女などに私の思いを推し量らせるものですか!!」

魔法使い「貴女の思い通りになんて、させませんよ、魔王!!」


魔法使い「お前などに!!」

―― ゴ ゥ ッ ! !


魔王(!! 私を狙って来――)

炎獣「 グ ォ オ ウ ッ ! 」 ――パァンッ!


魔法使い「………ちっ。生意気にも守って見せるつもりですか…!」

魔法使い「邪神の加護の化身に成り下がった哀れな獣の分際で…ッ!」


炎獣「―― ガ ァ ウ ッ ! 」


魔法使い「げほっ…!」ビチャビチャ

魔法使い「はあっ、はあっ」

魔法使い「気に食わないん、ですよねぇ」

魔法使い「自分だけ、望みを叶えてゆく、貴女が、ね…」

魔王「………魔法使い」

魔法使い「誰が、お前などに」

魔法使い「僕の心の深淵を、覗かせてなるものか」

魔法使い「誰が………ッ!!」


炎獣「 グ ォ オ ォ オ ォ オ ! 」


魔法使い「………黙れ」

魔法使い「黙れ、けだもの…!」

魔法使い「…あらゆる英傑が、己を犠牲に歩んできた、この物語で…っ」

魔法使い「魔王…お前だけが、周囲を蝕みながら悠々と歩み続け…!」

魔法使い「そして僕の想いの全てまで、かどわかしてみせようというのなら!」


魔法使い「僕はそれに持てる全てを持って抗おう!!」


魔法使い「お前にはもう、僕を奪い取ることは出来ない!!」




魔法使い「…お前に出来ることは後ひとつ…っ!」



魔法使い「僕を、殺すことだけだ――!」








炎獣「 ガ ァ ッ ! 」 ギュン!

――ドシッ

魔法使い「ぐッ!!」


魔法使い(腹を突き抜けた)

魔法使い(守りを固めてもこれだ。ですが)

魔法使い(その腕、貰いますよ――)


魔法使い「切り裂け…っ!!」 ヒュ

ズバンッ!!

炎獣「 ア ガ ァ ッ ! ? 」








魔法使い『…ねぇ、武闘家さん』

武闘家『なんじゃ、ひょろひょろ』


魔法使い(僕の記憶を………っ、尚も奪おうというのか!!)


魔法使い『あなたは、どうして強くなるんです?』

魔法使い『肉体の限界を手に入れて………その更に先を見ようだなんて』

魔法使い『そんなことに、何の意味があるんです?』

武闘家『なんじゃあ? センチメンタルにでもなっとるのか?』

武闘家『あんまりワシを失望させるようなことを言うなよ』

魔法使い『いいじゃないですか、たまには』

魔法使い『僕、最近何のためにやってるのかなぁ、とか思っちゃうんですよね』

武闘家『そんなもん、ひとつしかないじゃろうが』

魔法使い『え?』

武闘家『………楽しいから、じゃ』ニィ





魔王(炎獣が、渾身の力で魔法使いを削り取る)

魔王(こぼれ落ちる想いの欠片が、断片的なものになってきた)

魔王(もう少し…もう少しで、彼の本心に辿り着けるのに…!)



炎獣「 ゴ ァ ア ッ ! 」

魔法使い「――ぐっ!!」

炎獣「 ガ ア ッ ! ! 」

魔法使い「ぜぇえッ!!」



魔法使い『商人さん。本当にいいんですか?』

商人『何?』

魔法使い『あなたが、悪者扱いされるようなやり方ばかりじゃないですか』

魔法使い『人は誰だって誉められたい生き物ですよ。こんなやり方で、本当に………』


商人『ふははははは! 何を言い出すかと思えば!』

商人『私を挑発しているのか? それとも頭を打ったか』

魔法使い『いえ、純粋な疑問なんですが』

商人『悪も正義もない。あるのは"私"だけだ』

商人『私が信ずるからこの道をゆく。そこに微塵の疑いもない』

商人『そもそも魔法使い。貴様の腹の内は読めんが………』

商人『貴様も、同じ穴の狢だろう?』

魔法使い『………そう。そう、でしたね』





魔法使い「はあッ…はあッ…!」

魔法使い「ここまで、きて、肉弾戦だなん、て…」

魔法使い「僕は、これでも、魔法使いって、名乗ってるんですが」

炎獣「 ガ ア ア ア ア ア ! ! 」

魔法使い「やれやれ、聞いちゃ、くれません、よね!」


ズッ

――ドォンッ!!



軍師『御苦労様でした。では約束の物は確かに。…このことは盟主様へは、内密にお願いします』

魔法使い『ええ、盗賊さんには黙っておきますよ。そもそも彼が僕の顔を覚えているか怪しいところですしね。…しかし』

魔法使い『再三お話ししましたが、その宝珠はあなたの死を引き金に爆発します。本当に宜しいんですね?』

軍師『構いません。これからの戦い、もしかすれば私の能力の及ばぬ事態に陥ることがあるかもしれませんから』

軍師『自爆だろうがなんだろうが、奥の手というやつは必要です』

魔法使い『…まったく、大した覚悟ですね。そんなにあの翼の団が大事ですか』

軍師『ええ。私の生命よりも、信念よりも』

軍師『あの場所が大事です』



魔法使い(言わせて貰えば)

魔法使い(僕の生命力は"鍵"を使うたびに削り取られ続けてきた)

魔法使い(木竜を殺した時。教皇相手に策を弄した時。最初に炎獣を倒した時。雷帝と氷姫を相手にした時)

魔法使い(少しずつ僕を蝕んできたこの"鍵"の力に耐えうるだけの余力は)

魔法使い(もう僕にはとっくに残されてはいない)



魔法使い「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ、はあっ…!」

炎獣「 グ ォ オ ァ ア ァ !」



魔法使い(出来ることならば)

魔法使い(この"鍵"で扉を開き、神々を名乗る者のそのご尊顔を、この目で拝んでやりたかったが)

魔法使い(どうやら)

魔法使い(それも叶いそうにないか)




炎獣「 ゴ ァ ア ァ ア ァ ア ッ ! ! 」

――――ドスンッ!!


魔法使い「うガっ………」ヨロ…





魔法使い(ああ、これは不味い)

魔法使い(いよいよもって回復が間に合わない)

魔法使い("鍵"の反動を、精神力だけで堪え忍んできたのも、もはやここまで)

魔法使い(対して炎獣の方はまだ余力が見える)

魔法使い(今度こそ)

魔法使い(今度こそ終わるのか)

魔法使い(僕の生が)



兄『俺が魔王を討つ。必ずだ』

魔法使い『ご武運を』

兄『………貴様らには俺でさえ計り知れんものがある』

兄『俺が例え…その駒のひとつにしか過ぎなかったのだとしても』

魔法使い『!』

兄『必ず意味のあるものにしてくれ…』

魔法使い『………』

魔法使い『分かりました』


赤毛『…先生。行かせて、下さい』ペコ…

魔法使い『っ………どうして、どうしてそこまでして…』

神父『先生。生徒は、あんたの所有物じゃない。自分で決めたことだ。…そうなんだろう?』

赤毛『はい。パパやママを、守りたいんです』

魔法使い『………』

赤毛『あたしには、それが出来るかもしれないから、他の人にはそれが出来ないから』

赤毛『だから、あたしが行くんです』



魔法使い『………………』






魔王(彼の心の中心に近づいてきた)


魔王(より生々しい感情が伝わってくる…!)


魔王(――もう少し)


魔王(もう少しで、魔法使いの狙いが………!!)
















魔法使い「転移ッ!!」

――ギュウン!






魔王「消えたっ!?」


魔王(まさか、まだ転移を使うだけの力を残していたなんてっ!)


魔王「一体どこに――」








魔法使い「魔王」





魔王「!!」ゾクッ


魔王(真後ろッ!?)







  ザ ク ッ






魔王「――………」


魔法使い「………は」

魔法使い「はは」


ズブッ…


魔法使い「やり、ましたね」グラッ…

魔法使い「魔王…」


魔王「あ…」


魔王「あなたは」


魔王「もはやほんのひと欠片しか、力を残していなかった」


魔王「そしてそのひと欠片を」


魔王「私の背後に回り込むためだけに、使った」


魔王「――私に」




魔王「私自身に、とどめを刺させるために………!!」




魔法使い「グハっ、げほッ」ドバッ

ビチャビチャ…

魔法使い「…ふ」

魔法使い「ふふふ」


魔法使い「あははははははははは!!」


魔法使い「魔王!! あなたは、これ以上、僕の記憶を奪うこと、は、出来ない!!」


魔法使い「僕は、死ぬ!! この何百年の想い、に、終わりを告げ、る!!」


魔法使い「これ以上、生命を奪わないと、宣った、あなたの!!」


魔法使い「あなた自身の、手を汚し、そして!!」


魔法使い「その、下僕たる邪神の加護は、最後の一手を打てず、に!!」


魔法使い「僕の死を、見送ることとなる!!」


魔法使い「最後の記憶は、僕だけのもののままだ!!」


魔法使い「この、最後の、瞬間まで!!」


フラ…

…フラフラ



魔王(覚束なく機械城の庭をさまよい)

魔王(何も見えていないような目)

魔王(あなたは、もう――)



魔法使い「あははは、は、ははは!!」


魔法使い「全てのことが、懐かしくすら、ある!!」


魔法使い「僕の全生涯、を、煮詰めたこの数年の研究、が、花開い、た!!」


魔法使い「魔王!!」


魔法使い「その血染めの、姿で、最後の地へ足を、踏み入れるといい!!」


魔法使い「それこそ、魔王らしい!!」


魔法使い「魔王を魂とした、この、物語を、終わらせるの、です!!」



魔王「………っ!」

魔王「魔法使い。あなたは、もしかして…」

魔王「最初からこうするつもりで――………」




魔法使い「ははははははははははッ!!」


魔法使い「予言、しましょうッ………魔王!!」



魔法使い「――この物語の終わりは、あなたの、死だ!!」



魔法使い「もう、あなたが死ぬことでしか!!」


魔法使い「この可笑しな惨劇、は、終わりようも、ないのだ!!」



魔法使い「魔王!! あなたは!!」







魔法使い「戦いの終わる最後の瞬間に、命を落とすだろう!!」










魔法使い「あはははは――!!」







魔法使い「 あ は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は ! ! ! ! 」




ヨロ…





魔王「ま、魔法使い…!」


魔王(そっちは機械城のへりっ!)


魔王「待って…!!」







魔法使い「さらば、世界」



魔法使い「僕の夢見たもの」




魔法使い「どうか、素敵な朝を――」








魔王「魔法使いっ!!」











ヒュォオ…





































冥王「………側近」


魔法使い「………………」


冥王「何を驚いているのでせう。このあたくしが…お前様の死に際なんていう面白い見世物を、見逃すと思ったのかしら?」


魔法使い「………………」


冥王「安心なさいな。こんな人間の国までえっちらこっちら来たのは、単なる野次馬根性」

冥王「ただの見物ですのよ。………お前様が成し遂げようとしたことと、あたくしのお弟子さんが選んだことを見届けてみよう、なんて洒落てみただけここと」

冥王「歴史の生き証人ってやつは必要だと、そうは思いませんこと?」


魔法使い「………………」


冥王「あらあらまあまあ、お前様、本当に死んじまうのね」

冥王「もう既に"鍵"はお前様から離れ、新たな主を求めて何処へやら。まったく、尻の軽い乙女のような代物ですわね」

冥王「あの絶対的な力が、この辺りの馬の骨の手に渡っちまうなんてこんな結末、本当によろしいんですの?」


魔法使い「………………」


冥王「…ふふ」

冥王「最後まで不気味に笑うんですのね。お前様らしいこと」

冥王「"鍵"を手にする幸運の持ち主は何処へやら…」

冥王「それはそうと、お前様の生はここで幕引きですわ。大悪党の最期って、思いの外あっさりしたものですのね」


冥王「最後くらい安らかに眠りなさいな」


冥王「おのが魔の血に挑み続けた、愚かな魂」




冥王「我が友。側近よ………――」














魔王「………」

魔王「この高さでは助かりようもない」

魔王「そもそも最後の言葉を紡いだあの時間………彼は生きているとはいえない状態だった」


魔王「――魔法使いは死んだ」


魔王「もう彼の代わりになる者は居ない」


魔王「………」

魔王(ではお前はどうするつもりだ?)

魔王「っ…」ゾッ

魔王(勇者のもとを目指す必要はなくなった)

魔王(神々を打倒せんとした魔法使いはお前が殺した)

魔王(――もう道標となるものはひとつもない)

魔王(お前は、なにを選ぼうと言うのだ?)




炎獣「 ヒュゥ ヒュゥ … 」


魔王「! 炎獣…っ!」

魔王(それはもう炎獣などではない。邪神の加護の化身)

魔王「…ううん、違う。まだ、炎獣の温もりを残している」

魔王「立てる? 炎獣」

炎獣「 グ ォ オ … 」ヨロ…

魔王「………行こう。炎獣」

魔王(――どこへ?)

魔王「………私達が進んできたところはひとつだけ」



魔王「前へ」

魔王「ただ前へ進む」







少年「そっか。行くんだね、魔王」


魔王「!?」

少年「最後は僕が案内するよ」

魔王「い、いつの間に…」

少年「機械城は、炎獣と魔法使いの戦いでボロボロになってしまったけど、最後の部屋は守られていたみたい」

少年「一緒に行こうか。勇者がその務めを言い渡された場所」

少年「あらゆる勇者物語が生まれてきた場所」


少年「謁見の間へ」


魔王「………あなたは」

少年「ほら、あそこの大きな門の前に立って」

魔王「…」

炎獣「 グ ル ル … 」

魔王「…彼に従ってみましょう」

炎獣「 ウ ゥ … 」



門『認証、確認』

門『3名の人間と認められました。中へどうぞ』


魔王「!? …人間? 私達が?」

少年「あはは。混乱するのも無理はないよね。君は魔王だし、炎獣なんかとても人間って風体じゃない」

少年「とにかく招かれた訳だし、入ってみようよ」

魔王「………」

魔王「謁見の、間。王城の中心部。かつて私達が目指していた場所」

魔王(ここに勇者が………)

魔王(勇者に会って、それでどうしようというのだ。無益に戦うのか…?)

魔王(その戦いに意味はないとしても、勇者は宿命のもとに剣を取るのかもしれない)

魔王(そもそも人間の彼に、私は許されはしないだろう)

炎獣「 グ ォ オ … 」

魔王「…炎獣」

魔王「ありがとう、平気だよ」


魔王「………行こう」



機械城

謁見の間





少年「ようこそ、魔王」

少年「ここが、君達の旅の終着点だ」



魔王「………」

魔王「誰もいないわ」

少年「うーん、そうだね。本来王国の王城だった場所を魔法使いが歪ませて機械城にしたわけだけど」

少年「城内にいた人間がどうなってしまったかは誰にも分からない」

少年「国王も、妃も、無事だといいんだけど」

魔王「でも、あなたは私たちの前に現れたわ」

魔王「ここ…謁見の間は私達が目指した旅の終着点だとあなたは言った」

少年「………」

魔王「そしてそこにいるのはあなたと私達だけ」

魔王「役者がこれで全てだと言うのなら、私はひとつの答えにしか行き当たらない」



魔王「教えて」




魔王「――あなたが、勇者なの?」



今日はここまでです



少年「あはは」

少年「僕が勇者、か。そう思ってしまうのも無理はない」

少年「ここ、謁見の間で待っていたのは僕なんだからね」

少年「でもね、魔王。君はもう知っているはずだよね」

魔王「………」

少年「圧倒的な力を持つ宿敵。それが人智の及ばぬ大いなる力を示して迫り来る」

少年「味方は次々に倒れて、勝ち目なんてこれっぽっちもないのに、戦えと急き立てられ、拒むことは許されない」

少年「その恐怖。残酷さ」

魔王「…ええ」

魔王「魔法使いの幻術の中だったけれど…私は逃げ惑う他なかったわ」

少年「そうでしょう。だから」

少年「だから、誰も彼を責める資格なんてないと思うんだ」


少年「ねえ、魔王」

少年「僕は勇者じゃない。勇者はここに居ない」





少年「――逃げたんだよ、勇者は」





少年「迫る君の恐怖に負けて。使命をなげうってね」




魔王「逃げ、た?」

魔王「………勇者が、逃げた?」

少年「うん。誰にも知られぬうちに王城を抜け出した」

少年「君達が城下町に辿り着いた頃には、もぬけの殻だったそうだよ」

魔王「………」

少年「彼が何を思い、何を考えていたのか、僕らは想像することしか出来ない」

少年「望んだわけでもなく勇者なんて祭り上げられ、絶望的な戦いに放り込まれる運命の人間…なんてさ」

少年「どんな気持ちだったんだろうね?」

少年「少し前の君達であれば、勇者を探しだして抹殺しようとしたかもね。…君はそれを望まなくても、雷帝あたりは危険の芽を摘むため事に当たっただろう」

少年「ふむ。そんな物語の展開もまた、面白いのかもしれない」

魔王「………」

少年「酷い肩透かしって顔だね。まあまがりなりにも勇者討伐を目指してきた君にとっては、ショックが大きかったかな」

魔王「………勇者でないなら、あなたは」



魔王「一体、何?」



炎獣「 グ ル ル … ! 」



少年「おっと、もう臨戦態勢かい?」

少年「へえ、そう。流石というかなんというか」

少年「僕を敵と認めたのは、魔王としての勘ってやつかい? それとも論理的推測?」

少年「もう、魔法使いから情報は引き出せないものね。そうして己を信じ剣を取る他ないんだよね」

魔王「…あなたが何者かによっては、私は剣を取らずに済む」

少年「強気だね! そうかそうか」

少年「けれどまあ、僕が自分で名乗るよりもより信憑性の高いやり方をしよう」

魔王「なんですって?」

少年「君達の前に立ち塞がってきた人間の研究機関。この戦乱を巻き起こした者達。――教皇と、魔法使い」

少年「彼らを、君と四天王は討ち果たした。でもね」

少年「もう一人重要な存在を忘れてないかな?」




少年「………出ておいでよ。女神」



魔王「!!」



――フワァ…


女神『………魔王』

女神『ようこそ謁見の間へ』




魔王「女、神…!」

魔王(――いや違う。これは"女神と名付けられたもの"であって、本当の女神ではない)

魔王(教皇と魔法使いが造り出した偽りの女神)

魔王(彼らの思い通りの物語になるよう啓示を与えてきた存在…!)



女神『数えきれぬ戦いを乗り越え、よくぞ辿り着きました』

女神『よくぞ、人類を絶望に陥れ、英雄達を討ち果たし、文化に破壊をもたらしました』



女神『…勇者など倒さずとも、あなたは既にその役目を果たしたのです』



魔王「役目を果たした…? 私が? ………馬鹿な」

魔王「あなたは、神々の意思を裏切るために創られた偽りの生命だ」

魔王「私の撃破。もしくは魔法使いがしたように、私を操り神を殺そうという魂胆だったはず」

魔王「私がここにこうして立っていることは、あなたの描いた道筋から大きく外れている」

魔王「それは、虚勢? それとも偽りの存在にも関わらず、神々の代弁者を気取ろうとでも言うつもり?」


女神『…魔王。あなたは我々の目的をよく理解していますね』

女神『ただし検討違いがあります』


女神『あなたは今以て、私の望み通りの魔王であり続けており』


女神『魔法使い個人の敷いたレールの上を歩み』


女神『かつ、天上の神々の与えた役目さえ果たしているのです』


魔王「…私が未だに、私ではないものの思惑通り動いていると」

魔王「そう言うの?」

女神『…哀れな魔王。全てを自分で選んでいるつもりでいたのですね』


女神『この物語の始まりはいつであったのでしょう』

女神『あなたたち魔王四天王が、港町に攻め入ったあの時?』

女神『それとも、魔法使いが先代魔王を己の身ひとつで討ち果たした時?』

魔王「………その、どちらでもないと?」

女神『――自分の立っている所をご覧なさい。その機械城を。…古代王朝の叡智の結晶を』

女神『これだけの力を持ってすれば、世界の全ては人々の手にあった。全てを知り、全てを能うた………それが、かつての古代王朝』

女神『生命を技術により産み出し、死した種を甦らせ』

女神『気の遠くなるほどの距離を翔び、時空を越え』

女神『山を野に変えてしまうほどの兵器があった』

女神『まさに神のごとき所業。教皇と魔法使いが私を創ったように、テクノロジーの進歩は天神すら産み出しました』


女神『――全ての始まりは、その古代王朝の滅びに遡ります』

魔王「………」

女神『魔王。あなたに何故この万能の王朝が滅びたか、それが分かりますか』


魔王「………神のようであったとしても」

魔王「所詮は血の通う生命よ。間違いはおこる」

女神『その通り…古代王朝は、その高い技術ゆえに狂いだすことになります』

女神『生と死に関する倫理観が次第に失われた。ビジネスとしての命の奪い合いや、交換が行われた』

女神『繰り返される時空間転移に、無数に生まれた平行世界。膨張した世界は破滅を迎えようとした』

女神『終末は、あっけなく訪れた。星は、宇宙は、消滅の危機に瀕した』

女神『森羅万象の崩壊。ありとあらゆる事象の終わり』

女神『………けれど"鍵"を握った古代人がいた』

女神『それが限りない終わりの中で、たったひとつの始まりとなった』

魔王「………」


女神『そう。古代にも"鍵"は創られていたのです。そしてかつての"鍵"は魔法使いが創ったそれよりもさらに偉大なものだった』

女神『古代における"鍵"。それはあらゆるものを超越する可能性の塊』

女神『滅びの世界を、新たに受胎させることすら許すもの』

女神『"鍵"によって、世界は生まれ変わった。小さな小さな世界だったけれど、そこには確かに生命が息づいた』

女神『無数の闇の中に、一筋の光明となったその世界では、あるひとつのシステムが組まれた』

女神『勢力を二分し、互いに互いの文明を破壊しあい、ある一定以上の力を持つことが出来ぬように』

女神『それは、滅亡の歴史を踏まえた苦肉の策』

女神『生命の発展の果ては、自壊でしかない。自壊を防ぐために、そもそもの発展をある一定の範囲に縛り付け続ける』

女神『古代人はその小さな世界を管理する者となり、神からの啓示という形をとってその世界の維持をあるプログラムに託した』



女神『敵対勢力に破壊をもたらすプログラムは…それぞれ』


女神『魔王と、勇者』

女神『そう名付けられた』





魔王「――!!」


女神『もう理解できましたか? 魔王』

女神『この魔王と勇者に依存した世界の、必要性が』

女神『勇者が勝利すれば魔族は絶滅の危機に瀕した。魔王が勝利すれば、人類は搾取され絶望の淵へ立たされた』

女神『そうすることによってこの小さな世界は、守られ続けてきたのです』

女神『進化という、生命の業から』

魔王「………」

少年「…魔王」

少年「君達の生は………人と魔は、最初からお互いの生命を奪い合うために生まれたんだ」

少年「どうやらそれは、間違えようのない真実だ」

少年「君の探し求めていたもの。魔王勇者大戦の答え。生命の在り方」

少年「その結論が、これなんだよ」



魔王「………これが………意味?」

魔王「これだけの死を生み出し続けた、長い戦乱の理由………?」

魔王「私達の生の………――」

女神『ええ。あなたは、だから今この時点で人類に大きな傷を与え、管理者の領域にその手を伸ばす魔法使いらを撃沈せしめた』

女神『勇者は逃げ出しその打倒の機会は失われてしまいましたが、此度の力のない勇者のことなど些細なこと』

女神『あなたはすでに、立派に魔王としての役目を果たしたのですよ』














魔王「――――ふざけるな!」




魔王「このおびただしい数の死は………決して癒えぬ傷の連鎖は」

魔王「そんな身勝手のために積み上げられてきたの!?」


魔王「そんなものに、一体どれだけの意味があるっ!!」

魔王「何が神々だ! 女神も邪神も存在などしていない!!」

魔王「神を気取る古代の呪いに…世界は永遠に翻弄され続ける運命だと…!」

魔王「魔王も勇者も、無益な争いの呼び水として産み出され続けるというの…!!」


女神『勇者と魔王には常に使命が与えられ、歴代伝説の英傑達はその使命を全うしてきました』

女神『"対となる種族の衰退をもたらすこと"。…行き過ぎた文明の誕生の阻止』


魔王「それはただの災厄だっ!!」

魔王「生命の生きる権利を奪っていい理由にはならない!!」


女神『なぜ、そう言えるのです?』

女神『生命の発展の先には、滅びしかないのですよ。それは歴史が証明しているのです』


魔王「生命には、ただそこに在るだけで無限の可能性を秘めている!」

魔王「私達は、ただ死ぬために生きているわけではない!」

魔王「生けるものが、戦乱のない豊かな暮らしを営もうというのを、奪っていい理由なんてひとつとしてない!!」

魔王「あなたのいう管理とは、傲慢な支配だ!」

魔王「喜びを奪い、悲しみを生むためだけに勇者と魔王があるなら………そんなもの消え去ってしまえ!!」



女神『………それは、魔法使いの言葉と同じものです』

女神『彼も今のあなたと同じ思いから、魔王勇者大戦の仕組みを壊そうと立ち上がりました』

女神『だから彼は、そのシステムの根幹となる女神と邪神の加護を――』

女神『システム管理者である"神"を、あなたを使って倒そうとした』

女神『あなたは結局、彼の思い通りになるのですか?』




魔王「私は………っ!!」


魔王「私達は、多くの戦いの果てにここに至った!!」

魔王「最後の真実に、私の意思で足を踏み入れたっ!!」


魔王「私達の生命の起源が………古代の終わりに開かれた小さな世界なのだとしても…!!」

魔王「最初の理由が、争うのための生だったとしても…!!」


魔王「私達は…その生を精一杯生きた!!」


魔王「愛の喜びを知って、それ故の悲しみに耐えて、もがき苦しみながら」


魔王「――私達は、確かに生きている!!」


魔王「その命の輝きは、どんなものよりも尊い………!! 死するその瞬間まで、どうしようもなく目映い光を放つ!!」


魔王「私はその光を、この戦いで幾度も目に焼きつけてきた!!」


魔王「――多くの英雄達との戦いで、それは私の胸に刻まれ続けてきた!!」




魔王「この世界には、正義も悪も、聖も邪もない!!」

魔王「ただ生ける生命がそこにあるだけだっ!!」

魔王「それを独善的な価値観で、殺戮の渦に陥れるのなら――」





魔王「私達に、神はいらない!!!」







炎獣「 ―― グ ォ オ ォ オ ン ! ! 」


魔王「いこう………炎獣!」

魔王「最後の戦いに――!!」



女神『やはりこうなるのですね…』


女神『神を倒そうというその意思………確かに聞き届けました』

女神『けれど魔王、辿り着けますか。管理者の元へ。本当の女神であり、邪神であるその存在の元へ』

女神『そこへゆくには、大いなる力が必要です。その扉は、"鍵"によってのみ開かれます』

女神『地上で創られた"鍵"は、魔法使いが持っていましたが………彼の死と共に何処へと去りました』

女神『誰の手に渡ったのか。その強運の持ち主が偶然この場に現れるのを待つしか』

女神『あなたに方法はありません――』














国王「それならここにあるぜ」


魔王「!」

少年「君は………」

女神『――国王!』



国王「ったく」

国王「城は滅茶苦茶…国はぼろぼろ」


国王「この勘定をどこにつけたろーかと、流石の余も検討がつかなかったが」

国王「そういうことなら、話は早い」


国王「怪しげな宗教を余の国にばら蒔いた、神様直々にあがなってもらうとしよう」


魔王「………あ、あなたは」


国王「おう、魔王。噂通りなかなかの美人だな」


「――陛下」

女王「お戯れはそこまでに」

国王「わ、分かってるっちゅーの」


少年「国王、女王………」

少年「機械城の出現と共に行方を眩ませていたと思えば………あなた達は」

少年「――この時を、待ち構えていたのかい?」


国王「余を誰だと思っとんのじゃ、たわけ」

国王「そこの美人が魔界の王者なら、余は人間のトップだぞ」


国王「教皇にしてやられて、そのまま退場っていうんじゃ………お粗末が過ぎるだろうよ」ニヤ


少年「…君が、次の"鍵"の持ち主に?」


女王「まさか。この人の運の値は歴代国王最低ランク」

女王「"鍵"などという、霊験あらたかなものに選ばれるはずもありません」

国王「お、おい。ちょっとは格好をつけさせろよ」

女王「いいから、早く彼を。"鍵"の持ち主をここへ」

国王「へいへい」


国王「"鍵"………この世の理すら歪ませる反則級の代物。それを手にするほどの幸運の持ち主は誰だと思う?」

国王「それは、ある意味運だけでここまでやってきたような者ではないか?」

国王「ある所では怠け者と呼ばれる類いですらあるかもしれん」


国王「余のこれは賭けだった。けれどどうやらこの推測は正しかった」


国王「それ、こっちに来い。――出番じゃ」

























「ひ、ひい………」


「な、なんだよここは………」








遊び人「………どうして俺が、こんな目にっ!」





【遊び人】





遊び人(うまく、逃げおおせたはずだった…っ! どこをどう間違ったってんだ…!)

遊び人(こいつらは俺を捕らえに来た…エラソーな格好してやがると思ったら、国王だとか名乗りやがる)

遊び人(イカれてやがるのかと思ったが、こんな所まで連れてくるってことは、本物ってことか!?)

遊び人(城下町に逃げ込んだのが不味かったのか…!? 港町から戦場になった平野を越えられたまではツイてたはずだ…っ)

遊び人(港町が氷づけになったの時には肝を冷やしたっ、だがそれからもうまく逃れてきたんだ…!)

遊び人(そもそもあの時、港町であの女に………)



――商人「お前、うちのカジノに入り浸っていた遊び人だな?」

――遊び人「うへっ!?」

――商人「大事な顧客の顔は覚えるさ。これでも商人の端くれだからねぇ」

――遊び人「こ、こりゃあ光栄な事で…」

――商人「しかし、お前は客というだけでは留まらなかった人物でもある」

――遊び人(な…なななな何で、あのことが、バレて)

――商人「知らないとでも思ったのかい? まあ、その小さな脳ミソじゃそこまで考えも回らんだろうなぁ」

――商人「貴様は今まで、我々の監視下で生かされていたに過ぎないのだ。そして、今日この日でさえそれは変わらない」

――商人「その事を、よく肝に命じておけ」



遊び人(………あの時、商人に殺されずに逃げのびた時から)


遊び人(――こうなる運命だったってのか………!?)




炎獣「 グ オ ゥ ! ! 」



遊び人「ひ、ひぃぃっ!」

遊び人(じょ、冗談じゃねえぞっ…! なんだあのバケモンは!!)

遊び人(畜生っ、見るからにやべえ奴らばかりだ…っ!)


女神『そのような非力な人間に………本当に鍵が宿ったというのですか』

少年「鍵とは、そういうものだよ。女神。僕はそれをよく知ってる」

魔王「………」ツカツカツカ

遊び人(ひっ! なんだ、こっちに来…)

魔王「あなたが鍵の持ち主なら」

魔王「お願い。鍵を開けて。………神々を名乗る者の元へ、私を導いて」

遊び人「…な、な」

遊び人「何を言ってやがるんだ…っ!?」


国王「魔王」

魔王「…はい」

国王「余も、この争いを終わらせたいと望むものの一人だ」

国王「だがここから先、古代人に対抗出来るのはおそらく、そなたとその力の化身だけだ」

魔王「………炎獣は」

魔王「私の友達です」

国王「む。…すまん。口が悪いのは王座についても治らなくてな」

魔王「いえ。あなた方の思い、受け止めました」

魔王「勇者と魔王の戦いを…その根元を断つ。そして」

国王「ああ」


魔王 国王「――そこから、新しい世界を探す」

魔王「人間と魔族がお互いを支えあう国を」

国王「争いを必要としない世の中を」


魔王「………もっと早くに」

魔王「あなたと話をしたかった」

国王「…本当にな。えらく遠回りをしたようだ」

国王「気の遠くなるような、遠回りを、な」


遊び人(おい。おいおいおいおい)

遊び人(ふざけんなよ。俺に一体、こんなしかめっ面だらけの連中の中で、何をどうしろって…)

国王「遊び人よ」

遊び人「っ」ビクッ

国王「………その手に持ったダイスを振るえ。お前がするのはそれだけでいい」

遊び人「あ、あんだとぉ…!?」

国王「鍵はお前の手にあるのだ。扉を開くのは、きっかけさえあればいいはずだ。後は坂道を転げ落ちるように、事は動き出す」

国王「何のことはない。いつものように、掌に握った三つの賽を投げろ」

魔王「お願い」


遊び人「………っ」


遊び人「へ、へへ…」

遊び人「もう、知らねぇや…っ、何がどうなろうと、俺の知ったことかっ!」

遊び人「振ればいいんだろ、振れば!!」


女神『………させません』ォオ…!

少年「女神」ス

女神『! しかし…』

少年「いいんだ。これもまた、面白いじゃないか」

少年「僕はこのシナリオを、最後まで楽しむことにするよ」

女神『………』



遊び人(どうとでも、なりやがれぇ!)






遊び人「うおらっ…!!」 バッ














コロン コロン………








遊び人(………い)




遊び人(1が、三つ…!)



































――カチッ


























魔王「!!」



炎獣「ッ!!」




遊び人(な)



遊び人(なんだ、こりゃあ………)



遊び人(あたりが、ま、真っ白になっちまった)






魔王「………これが、扉を潜るということ」

魔王「どうやらそれを許されたのは、加護の名残をもつ者………私と、炎獣」

魔王「それに鍵を持つ彼だけ」

遊び人「い、いい、一体何がどうなって………」

魔王「神々…いや、それを名乗る古代人の居場所にきた。この白い無の世界こそが管理者たる者の居所なんだ」

魔王「そして私達と一緒にこの場に立っているということは――」


魔王「あなたが………その古代人だったのね?」









少年「はは」

少年「そういうことだよ」


少年「"鍵"」

少年「あれはそれ自体が気紛れな代物で、ひとたび持ち主が手放すようなことがあれば、誰の手に渡るか分からないんだよ」

少年「古代王朝の終わりに創られた"鍵"もやはりそうだった」

少年「本来の"鍵"の持ち主は醜い争いの憂き目にあって命を落とした…。その後誰の手に"鍵"が渡るか、世界は緊張に包まれた」

少年「狂ってしまった世の中を正そうと希望を持ち続ける人徳者もいたな。彼の手に"鍵"が渡れば、古代王朝にも先があったのかもしれない」

少年「選民思想のもと、ノアの方舟のようなものを作ってある一定の人々を生き残らせようとした人もいた」

少年「いずれの手に渡っていたとしても、こんな小さな、魔王と勇者の世界は創らなかっただろうね」


少年「でも、"鍵"は僕の手に渡った」

少年「僕が幸運だった。理由はそれだけだ」


少年「僕はね。ウンザリしていた」

少年「先の見えない争いの世界も。何もかも科学の力で証明された夢のない世の中にも」


少年「――僕は永遠に、ファンタジーを見ていたいと思ったんだ」

少年「だから世界をリセットして、勇者と魔王の冒険譚だけがある、閉じた場所を作った」


少年「友情と愛と、危険に満ちた戦いがあって」

少年「ひとかけらの希望を胸に、剣と魔法のワクワクするような戦いが繰り返される」


少年「科学の力なんて持ち出す不粋な輩は永劫現れない。そこまで進化する必要がない」

少年「ある時は勇者が勝って、ある時は魔王が勝つ。その綱引きが行われるたび、胸を踊らせる夢物語が紡がれる」


少年「どうだい? 飽きないだろ?」

少年「だから僕はこうして、今まで邪神の役と女神の役をこなし、魔王と勇者をつくりながら――」

少年「この美しい世界を………悠久とも言える時間眺め続けてきたんだよ」


少年「たった一人でね」




遊び人(おい…なんだってんだ?)

遊び人(こいつらは何の話をしている…!?)


魔王「………………」



少年「怖い顔をしないでよ、魔王。君の物語も僕はずうっと見ていたさ」

少年「今回のお話は本当に刺激的だった!」

少年「本来は魔王城で鎮座しているはずの魔王が、自ら人間の王国へ攻めてくるんだ…! 凄いよねっ」

少年「本来、一人一人撃破されるはずの四天王が、一致団結して勇者一行を各個撃破するんだ!」

少年「倒される勇者一行にも、様々な想いが胸にあって、美しかった…!」

少年「僕が一番気に入ったのは赤髪の少女が僧侶となってしまったお話だなあ………」



魔王「………あなたは」

魔王「子供でいられたその一瞬に"鍵"を身に宿らせて」

魔王「――そのまま時を止めてしまったのね」


魔王「絶対的な力に溺れて、玩具のように生命の希望を生んでは壊し」

魔王「そうしていつの間にか」


魔王「そんな風に、狂気に満ちた醜い存在になってしまった」


少年「…酷いな。傷つくよ」

少年「僕は何も間違ってない。このまま勇者と魔王に世界が依存し続ければ、みんな本当の地獄を見ることはないんだよ」

少年「あの、幻想を欠片も抱けないような、おぞましい終焉をね」

少年「そして希望と絶望が流転する今の世の在り方こそが、永遠のロマンであり…健全な状態なのさ」



遊び人「お、おい」

遊び人「おいおいおいおいおい」

遊び人「ちょ、ちょっと待てよ、おいっ。黙って聞いてりゃよ、好き勝手に言いやがって」


遊び人「それじゃあ、なにか? こ…この気の遠くなるほど馬鹿げたドンパチは全部、てめぇのでっちあげた台本だったってのかよ!?」


少年「…僕はあくまで結末を見越したきっかけを与えるだけさ。動き出した魔王と勇者がどんな道程を経るかは、分からない」

少年「白紙のページにドラマが描かれてゆく様を見るのが、僕の楽しみだからね」

少年「僕の作った世界を、僕が選んだ英雄たちが駆け巡る………ふふ!」

少年「でも、それを邪魔しようって奴らもいた」

少年「魔法使いはこの摂理を壊し、あまつさえ僕を倒そうとしてたみたいだけど、残念だったよね。…それに今回はもっと重要なこともあった」

少年「あの"女神"は、魔王勇者大戦の筋書きを書いてくれたんだ…! それは熱中してしまうような面白さで…はは!」

少年「誰かが意図してドラマチックな魔王勇者大戦を作ってくれるなんてさ! 刺激的な体験だったなぁ!」


遊び人「………じょ…っ」

遊び人「冗談じゃねぇぞおい…!」


遊び人「ガキの戯言にどいつもこいつも振り回されてたってかぁ!? どっ、どうりでおかしいと思ったんだよ、魔王だの勇者だの………」

遊び人「俺の生きてきたしみったれた街角じゃあ、そ、そんなもんはクソの役にも立たない絵空事だったからなぁ!」

遊び人「おっ、俺に言わせりゃあな…! てめぇのおままごとなんか、ちゃんちゃら可笑しい三文芝居――」

少年「ねえ、遊び人」

遊び人「!」ビクッ

少年「大声でわめきたてるのは、認めて欲しいから?」

遊び人「………な、何を…」

少年「君にだって勇者に憧れた子供時代はあった」

少年「英雄のきらめきの虜になっていた瞬間が確かにあった…けれど」

少年「君は知ってしまった。自分はその器ではない。誰からも選ばれない。能力も心の強さもない」


少年「"自分は惨めな端役でしかない"。そう認めるしかなかった。そうでしょ?」


遊び人「………っ」


少年「でも、今君が一歩前に出たのは、どうして? そう。もしかしたら認めてもらえるかもって思ってしまったんだよね?」

少年「この大詰めに居合わせて、その他大勢に甘んじるためにひた隠しにしていた感情が顔を出した」

少年「………君、諦め切れていないんだよね?」

少年「どんなに大人の顔をしてみせたってさ、遊び人。君の心の奥にまだ燻っているんだ」

少年「あは! ………残酷なまでの、勇者への憧れが…!」


遊び人「や、やめろ…」


少年「君は運命のイタズラでここに居合わせただけ! もうここで君にできることなんてひとつもないんだよ!」

少年「でもそれでいい。思い出してごらん」

少年「本来は通行人みたいな役どころだったろう? 元々、勇者なんてものには届きようがないんだ」

少年「それが、本当の君なんだ。だから、何もできなくていいんだよ」

少年「何もできない君で、いいんだよ…」クスクス



遊び人「だ…っ」

遊び人「だまれっ!!」


――バリバリッ!


遊び人「ひっ!?」


少年「おやおや。逃げ出してしまいたい気持ちになるのも分かるけど、あんまり興奮すると危険だよ?」

少年「気をつけてね。ここは現世から遥かな距離を持つところ。僕が神として管理を行ってきた席なんだから」

少年「俗にいう天国みたいな場所とも言い表せる。死した亡者の魂も君のすぐ側にいる」

少年「そういう場所だよ」


遊び人「ふ、ふ、ふざけんじゃねぇっ…!」

遊び人「お、俺には関わるつもりなんてこれっぽっちもねぇ! 俺を巻き込むな…っ!」

遊び人「世界だの、生命がどうだの、知ったこっちゃあねぇんだよ!」

少年「ふふふ。今度は必死で知らんぷりかい?」

少年「うん。でも君はそれでいい。それでいい…」

遊び人「俺は、俺は………」

遊び人「俺はただ逃げのびて………酒にさえありつければそれで………!」

――バリッ

遊び人「うひぃっ!?」


商人『たく、使えない男だね。これくらいで悲鳴を上げるんじゃないよ』


遊び人「しょ、商人…っ!?」

遊び人「………? だ、誰もいない。今の声は一体どこから聞こえてきやがった………」

――バリバリッ

魔王「!?」

魔王(頭のなかに映像が浮かんでくる…っ!)

魔王(どこかの…平野…?)

魔王(数人の男女がそこに………これは…っ!)


商人『フラフラ動くな、軟弱者』

盗賊『無茶言うんじゃねーよ、アネゴ!』

盗賊『新型の鉄砲の試し撃ちに、なんで俺が的を持っていなきゃならねーんだよ!』

戦士『盗賊。貴様少し静かにしろ。こちらは食事中なんだぞ』

盗賊『っざっけんな猪野郎! じゃあテメェが的になってみやがれコルァ!』

商人『ショット』パンッ!!

盗賊『うひょおおおっ!!』

武闘家『はっはっはっ。なかなか面白い見せモンだのぉ』



魔王「………今のは」

少年「ふふ。君達が倒してきた勇者一行だよ」

少年「彼らがもし、力を合わせることに成功したら………想像すると、ちょっとドキドキしないかい?」

少年「それが、あれさ。あの変わり者だらけの英雄達が、足並みを揃えて魔王城を目指すところだ」

魔王「…」

少年「あはは。彼らが同じ食卓を囲んでいるなんて、なんだか可笑しいよね」

少年「魔法使い達には採用されなかった未来だ。けれどそんなことが現実に起こりうれば何かが変えられたもかもしれない………今でもそんなことを夢見る哀れな魂がいるんだよ」

少年「死してなお、彼女はその呪縛のごとき夢から逃れられずにいる。………おいで」



僧侶《………ああ》

僧侶《もし、世界が優しかったなら………》

僧侶《…私は…………私がこんなに、苦しまずに済んだのよ》

僧侶《………どうして………どうして…》



魔王「………彼女は…」

少年「元々、今回の勇者一行だったひとだよ。君に相対する前に死ぬことになってしまったけどね」

少年「死した生命は、死後の国に迎えられることなどなく、この"無の空間"で果てのない放浪を味わう。聖女と呼ばれた彼女であっても例外ではない」

少年「…死は、楽になんてなれない」

少年「極楽浄土みたいなものは存在しない。許される余地も、転生なんて都合のいいものもない」

少年「ただ、この場所………限りない無を漠然と漂うだけ。それが"死"の正体さ」

少年「僧侶も生前は高潔で気高い女性だった。でもね、死という事実の前では生きている間に得たものなんかこれっぽっちも役に立たない」

少年「死は、あらゆる生命のメッキを剥がす――」

少年「見果てぬ無の空間。そいつを前にした時、あらゆる魂は等しく絶望するのさ」

少年「ねえ、魔王。あそこを見てごらん」

魔王「………っ」




木竜《………助けて》

木竜《助けてくれんか………》




魔王「………」ギリッ

少年「どんなに穏やかに死を迎えた者だって」

少年「いざここにやってきたら………誰一人、この孤独には耐えようがないんだよ」




木竜《………誰か、楽にしてくれ………》

木竜《………こんなに苦しいのならば》


木竜《――儂は、この世に生まれ落ちるべきではなかった》











魔王(爺)


少年「死別した相手に安らかであって欲しいっていうのは、生者の勝手な願望でしかない」

少年「君達のために死んだ木竜は、未来永劫こうして苦しみ続ける運命だ」

魔王「………」

少年「――震えてるね?」

魔王「っ…」

少年「魔王四天王…ここまで辿り着いた君達の力は称賛に値する。けど」

少年「その英傑を包み込んできた木竜でさえ、よるべなく慈悲のない無の前に、苦しむことしか出来ない」

少年「…君の足はすくんでいる。君にとって大切な存在である木竜が、見たこともない悲痛さで屈服しているのを目の当たりにしたからだね」

魔王「…」

少年「命すら投げ出して僕を討つつもりでいたんだろう?」

少年「仮にも神を名乗る僕を相手取って、生きて帰るつもりは最早なかった…その生涯を終わらせてしまうことすら厭わないつもりでいた」


少年「しかし、君は知ってしまった」

少年「死は終わりではなく、救いのない永遠の始まりだと」


少年「ねえ、魔王」

少年「僕を倒そうとすれば君はただでは済まない。例え成功したとしても、引き換えに君は死ぬだろう」

少年「その時君の身に降りかかるのは、想像を絶する事象だ」

少年「希望が最初からない無限の世界。そこに君は飛び込めるの?」


少年「命を、投げ捨てられるかい?」



魔王「………」


魔王「私は――」

魔王「私は、それでもあなたを倒す」



少年「ふふ。揺るがない決意というやつ?」

少年「そんなことはないよね。ここでは心は隠せないよ」

少年「君………怯えきってるじゃない」


魔王「………」


魔王「ええ」

魔王「ここにきて、私」

魔王「恐怖にすくんでる。それに、迷ってる」

魔王「あまりも矮小な生命よ…私は。情けないし………とても愚か」

魔王「………」


魔王「それでもね」


魔王「言葉では説明できないものが、私を前に向かせるの」




魔王「――私は、あなたを倒すわ」






少年「………」


少年「へえ。これは驚いた。どうやら本気だね」

少年「心にこわばりが見られない。静かだけど、かといって折れてしまったわけでもなく…」

少年「それは使命感とか自らの希求の念とか………そういう思考の外の感覚…」

少年「今までの歩みの全て――…純度の高い魂の発露。そういうものが、ぎりぎりの所で君の意思を形作っている。そして…」

少年「………長らくこの世界の命の物語を眺めてきたつもりだったんだけどね。なんだろう、この違和感は」

少年「君はこの世の果てを目にしたはずなのに、その感情は、まるで」

少年「そう、言ってしまえば………まるで今日の畑仕事をこなしにかかる農夫のような」

少年「魔法もなく…特別でもなく…ある意味退屈な…」

少年「………その感情は、なんだ?」


魔王「不思議なことなんてひとつもない」

魔王「私のこれは、きっと誰にでもある気持ちだから。…為さなきゃならないことを為そうとする気持ち」

魔王「心踊る冒険も、幻想的な世界も、命懸けの闘いも、関係なく」


魔王「ありふれた勇気よ」


少年「………」


少年「へえ。これは驚いた。どうやら本気だね」

少年「心にこわばりが見られない。静かだけど、かといって折れてしまったわけでもなく…」

少年「それは使命感とか自らの希求の念とか………そういう思考の外の感覚…」

少年「今までの歩みの全て――…純度の高い魂の発露。そういうものが、ぎりぎりの所で君の意思を形作っている。そして…」

少年「………長らくこの世界の命の物語を眺めてきたつもりだったんだけどね。なんだろう、この違和感は」

少年「君はこの世の果てを目にしたはずなのに、その感情は、まるで」

少年「そう、言ってしまえば………まるで今日の畑仕事をこなしにかかる農夫のような」

少年「魔法もなく…特別でもなく…ある意味退屈な…」

少年「………その感情は、なんだ?」


魔王「不思議なことなんてひとつもない」

魔王「私のこれは、きっと誰にでもある気持ちだから。…為さなきゃならないことを為そうとする気持ち」

魔王「心踊る冒険も、幻想的な世界も、命懸けの闘いも、関係なく」


魔王「ありふれた勇気よ」


少年「………」


少年「ふっ…ふふふ」

少年「本当に君は、楽しませてくれるなあ…!」

少年「"ありふれた勇気"? はは! そんなものが、本当に僕を倒せると思うのかい!?」

少年「絶対的な管理者である神を相手にして、そんなものが通用するか…試してみるがいいよ!」

少年「いずれにせよ、僕の見たことのない展開さ…わくわくするね!」


少年「君がそれを否定したとても、君の冒険は例えようもなくとびっきりだった!」


少年「そのクライマックスが、ついに紐解かれる!!」


少年「ああ………こんな興奮は久しぶりだ!!」


少年「僕は今、見たこともないステージを体験してる!!」



少年「おいでよ!! 魔王! 決戦の時だ!!」




少年「君は僕に創られた世界の中で終わるのか!?」




少年「それとも定めを打ち破り、神を倒すのか!?」





少年「今こそ見せてくれ!!!」






少年「――君の辿り着く、結末を!!!」








魔王(絶対的な存在だ)


魔王(直感がそう告げる。例え相手が子供のような見かけであったとしても)

魔王(敵うはずのない相手だと知らしめるような分厚い壁を、感じる)

魔王(この世界の制作者………。根本的な存在の差を魂で感じる)


魔王(それでも私は)


魔王「やらなくては」




炎獣『魔王』

炎獣『魔弓を使え。――俺が、その矢になる』


炎獣『奴がお前に与えた強大な邪神の加護………その化身である俺が、刃となってもろとも奴にぶち当たる』

炎獣『そうすれば、可能性はある。奴自身から生み出た力なら…奴を傷つけられるかもしれない』

魔王「………っ」

炎獣『これしか方法はねぇ。多分な。それに』

炎獣『神を倒せても、その力の化身になっちまった今の俺が残れば後の世では脅威になっちまう』

炎獣『どのみち俺の体は』

炎獣『ここで消えるのが一番良い』


炎獣『………長いこと続いてきた魔人との因縁も、これでようやく終わりだな』

炎獣『俺の旅も、これで終わり』


炎獣『でもさ。――こうして別れを告げられただけマシな最期だよな』


炎獣『………』

炎獣『無になるってのは』

炎獣『どんな気分なんだろうな?』

炎獣『あの爺さんが参っちまうくらいだし…俺にも到底耐えられそうにないや』

炎獣『きっと、情けなく泣きわめくのかもしれねぇな………』

炎獣『はは。なあ魔王。頼むからさ』

炎獣『死んだ後の俺の姿は見ないでくれよな』

炎獣『ちょっとくらい、格好つけたいんだよ。頼むよ』

炎獣『…』

炎獣『魔弓で俺を放つ…。そんな大技、こんな不安定な場所で使ったら一体どうなっちまうのか…』

炎獣『もしかしたらとんでもないことになって、お前だって無事じゃ済まないかもしれない』

炎獣『でもさ。何とか生き延びれるよ、お前は』

炎獣『なんとなくそんな気がする』


炎獣『そうなったら、お前を一人で残すようなことになっちまうな』

炎獣『俺には、お前を………もう守ることが出来なくなる』

炎獣『ごめんな。守るって言ったのに』

炎獣『でもさ』

炎獣『お前はもう、大丈夫だよ』

炎獣『俺がいなくても』

炎獣『きっと』

炎獣『…』

炎獣『ぐだぐだ言ってても仕方ないよな』

炎獣『終わりにしよう、もう』

炎獣『…』




炎獣『…』




炎獣『あ、あはは! なんかさー、俺さ!』


炎獣『畜生、格好つけて終わろうと思ったのにさ!』


炎獣『はは!』













炎獣『――………き』


炎獣『消えるのが、怖いみたいだ…っ』




炎獣『…あれだけ沢山殺したくせに………っ』

炎獣『何度も何度も死にかけてきたってのに…!』

炎獣『いざ、本当のおしまいを前にしたら、俺………!』


炎獣『はは…マジかよ………』

炎獣『い、いまさら』


炎獣『消えてなくなるのが………怖い………』





炎獣『怖い』





炎獣『俺が殺した連中も、きっと…嫌、だったろうな』

炎獣『怖かった、ろうな』

炎獣『そして、今も、ここで苦しん、で』

炎獣『俺を、恨んでるんだろうなぁ』


炎獣『――生きてぇよ…っ!』

炎獣『一人になりたく、ねぇよ!』

炎獣『本当は俺、まだ、生きて…!!』

炎獣『………お前と一緒に――』




炎獣『………』






炎獣『なあ』


炎獣『魔王』



炎獣『ちょっとでいい。ほんの少しでいいんだ』

炎獣『俺に』





炎獣『………………勇気を、くれ』









魔王「――炎獣っ!!!」

ギュウッ…!




炎獣『…っ』


魔王「炎獣、炎獣、炎獣!!!」

魔王「ううううう…っ!」


魔王「炎獣ぅっ!!!」







炎獣『………』



炎獣『あたたかい』



炎獣『燃えさかる、俺の身体よりも』



炎獣『魔王の、涙が――…』






炎獣『………………』





炎獣『ありがとう』



炎獣『魔王』





炎獣『勇気が沸いた、気がするぜ』


炎獣『はは』


炎獣『………』


炎獣『そいじゃ、いっちょ』


炎獣『行くとするか』










【勇者】








今日はここまでです。
次回の投下で最後となる予定です



遊び人(………魔族の女が、ゆっくりと構える)

遊び人(泣きじゃくるような顔のまま、まるで弓を引き絞るような動作で、腕を引く)

遊び人(とんでもない衝動が、あいつらの回りに集まり始める…。恐ろしいほどの力が弾け飛ぶ予感だけを、感じることができる)

遊び人(………俺はこんなところで、何をやってんだ…?)

遊び人(つまりは、なんだ。こんなもん、神話の世界の出来事だろうが)

遊び人(どう考えたって場違いだ。全部夢だって言われた方がまだ、現実的だ)

遊び人(………)

遊び人(そうだ…そうだよな)

遊び人(俺には関係のないことだ。俺はただひたすら、夢が醒めるのを待っていれば、そうすればきっと)

遊び人(あのロクでもなくて、クソみたいにつまらない現実に戻れるはずだ)

遊び人(きっとそうなんだ)


遊び人(ああ………いよいよ矢が放たれる)

遊び人(でも………俺には………)

遊び人(なんら関係のないことだ)






魔王「これが」



魔王「私の最後の」








魔王「――魔弓だッ!!」




炎獣「 グ ォ オ ォ オ ォ オ ォ オ ォ オ ォ オ ォ オ ! ! ! 」






     ピ  シ  ッ  …




遊び人(っ!?)

遊び人(な、なんだ!? 体が動かねぇ!!)

遊び人(化け物が矢のように放たれたその爆発的な反動で)

遊び人(時間が止まったようになっちまって…)



遊び人(………な)

遊び人(何かが)

遊び人(来る――!!)



















魔k王「…帝「魔…間ypもな雷










帝「海人間7uの王の炎uo獣「大し俺9.たち敵戦力gの大部666分氷姫「いよp0uい6よ…ってワ炎il獣「でも、そ王国9o軍の本体をru壊…。だその....甲.前だ」ぉしっの4ジ木竜「やってiお持yちま


















すかii竜「hdjfほdほっから氷姫「無理すうとt言う儂kらおるとい兵士「qし、王「…今は何兵士陛、ちらの状…。町のら、急の報のこと」「町…いう、器商会か」上げてみよ」はっ」゚サ?い、倉モンは部せ!い!おい、こっちねぇ!めェらしがれ!!」…」員「社。大配完てやす」人「ああ、ご苦「る」 うのじゃ…そうねd」「姫う少魔王「…魔王「無理をこれしビュオ獣「おっ!gえ2た帝t「…fさ「そうったもんじ」「そろそyp0ろていて獣「ドンと来――み王「こうとう人魔王「fあ…と少して…!城 謁国…!?3 それ者「…!」゙ワザワ 獣「港て伝「はっ!王fが…鹿な…! 勇うgことだ…っ」?しく申せd」?令「はっ!令「8我らわずました…!王「な、…!?令「新うやら、魔ですら…!」伝の後直ましまnじく…刻…!!にっ!ガタ」?う…嘘だ…港港町うこの王城お、? って…の半分最送ら滅…町以降を類の戦は…!!」「そん…そん王「……でば子供のきー!れが、港町氷姫「随雷帝「今まっきたもなり明をじてまが…こまで王「え…)?炎獣「え事? 魔王」王「ん、かせてく」魔王…」私たちはまでh類をすめに必ってきた「の作能力特高私鋭による点突肝」氷「かってるわよ。したちで、すhe3d




遊び人「ッ!!?」


遊び人(がっ?! な、なんだ………!!)

遊び人(頭に………っ、流れ込んでくる………!!)




獣「勇者を倒さtyえすれ間側y6魔倒すて8て、伏せる4をいっよなi!」雷帝はま神6ti得て…。″いう組q織成化のにる、す」魔王「う。のうり。ま、族軍の方は、今、べてちにねれる人」員「王はどうやkラゴンってiちらtyjましていちらうtyいっか、詳ない。…王国y8士連解析待全れたからなh」」「「「へうなっ員「倉のありっ岸に並べりhjやす砲yuの扱中員こにつ00ぎんでがyた瞬砲弾雨をせkられまぜ?




遊び人(頭が、破裂する………!!)

遊び人( わけの分からない言葉の洪水…っ! 圧倒的な密度の、何か…!!)

遊び人(これ、は…っ、まさか魔王の………!?)

遊び人(――………魔王と炎獣の…)



王「で01ののtを6の化水高驚かされuiけた…生活を実現出」魔王「は、の化を収す必があわ」炎獣…??」うですjかに。争に勝文p0化に術を魔族の職m65人7i層がにられれ…」姫「魔界はますypますてわn?」魔王「うんだiらにもそつもでしの」炎獣「まり…どっbbばよ?氷姫アンぇ…――――――――――――――――――――――――――――俺には難しいことは分からねえけどさ、でも、魔王!!

――炎獣《俺、きっとお前の理想の世界を実現してみせるからな!》

――炎獣《その為に、一番に突っ込んでいくのは俺だっ! 絶体!》


――炎獣《約束する!》


――魔王《……ふふ。ありがとう、炎獣》


遊び人(い、今、僅かに聞き取れた)

遊び人(こいつらの声が…。やっぱり、そうだ…!)

遊び人(こいつらの感情が溢れかえって…っ、この空間を伝播してきやがるんだ…!!)

遊び人(あまりにも濃密なエネルギーの暴走に………まるで時間が止まってしまったかのようになっちまって)

遊び人(思い出が、押し寄せる――!)





炎獣^:6さjくそれでj戦?」魔王「、ご帝おyuい、氷!?―――――――――炎獣、珍しいね。そんな顔。         

獣「…゙ュッ?獣「i邪れhるら8oい―――――――――…何だかさ、変な気分なんだ。どうしたらいいか、分かんないんだよ。



――炎獣《………なあ、魔王。俺は、どうしたらいいと思う? 俺、悩むの苦手だ》

――魔王《身体動かしてみる、とか?》

――炎獣《お! それいいかもな!》

――魔王《あ、でも。あまり遠くにいかないでね?》

――炎獣《…ああ、うん。…俺の戦いを…しなくちゃ、だもんな》




遊び人(なんだよ、これ)

遊び人(なんだってんだよ…!)

遊び人(魔王と炎獣の絆………。多くの葛藤を乗り越えてきた思いの濁流)

遊び人(やめてくれよ…! 俺に、そんなもんを見せつけないでくれ)

遊び人(俺には関係ないんだ…)

遊び人(手の届かない世界の話なんだ…そうだ)

遊び人(俺には関係ない…っ)




――炎獣《魔王もさ。魔王も不安なのにさ。俺たちを勇気づけてくれて》

――炎獣《ありがとな》

――魔王《っ…》

――炎獣《必ず勝とうな!》

――魔王《………うん。そうだね。一緒に、勝とう!》


遊び人(やめてくれって言ってるじゃねえか…っ!)

遊び人(どうあっても、俺の頭のなかに入ってくるつもりかよ!?)

遊び人(俺にどうしろってんだ…放っておいてくれよっ)

遊び人(過酷な運命を切り開いてきた英雄がいるってんなら、そっちで話をつけてくれ!)

遊び人(もう、俺に………見せつけないでくれ)




――炎獣《さあ、行こうぜ。悲しくても、進まなきゃ》

――魔王《炎獣…。…うん! 行きましょう!》




遊び人(炎獣があのガキに近づくにつれて想いの圧が増してきやがる…っ!)

遊び人(こんなもん見せられて、どうしたらいいんだよ!?)

遊び人(分からないんだよ…っ、俺はとっくに諦めちまったんだっ!)

遊び人(俺はそんな風には出来ねぇんだ!! やろうと思ったって出来なかったんだよ!!)

遊び人(負け犬だって居ていいだろうっ!! 俺に求めるなッ!!)





――炎獣《魔王。俺と友達でいてくれて………ありがとう》

――魔王《私をずっと守ってくれて》

――魔王《ありがとう、炎獣》




遊び人(怖い…っ)

遊び人(分かってるんだ………俺はこんなところにいるような役どころの人間じゃねぇ…)

遊び人(結局、何もかも誰かの支配の下だったってことだろう。俺はそこで燻り続けて、最後に死ぬ…)

遊び人(その支配を打ち砕くなんて大それたこと、恐ろしくてできやしない。飼い慣らされながら、惨めに生きていて、それでもいいんだ)

遊び人(俺は、俺は…っ、ただの遊び人なんだ! どこにでもいるクソ下らない人生の敗北者なんだよ!)

遊び人(放っておいてくれよ………!!)



――炎獣《俺、きっと守るからっ!》

――炎獣《魔王のこと、守るから………!!》

――魔王《炎獣…! 炎獣っ! 死なないで、お願い…っ!》


遊び人(ああ)

遊び人(炎獣と、神が、ぶつかる)

遊び人(途方もない感情が弾ける――)






――魔王《ね、ちょうちょつかまえるあそび、しよっ!》

――炎獣《ちょうちょ?》

――魔王《うん! あ、ほら、とんできた!》

――炎獣《…つかまえ王「こ、いでi…




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遊び人(やめろぉおぉおッ!!)

力gの大部分氷姫「い 』「あ、や、物…!」んか…!?」?人』ス――ュッ鬼「んならそ決めさもうでいなrボッ… !y6?ん!?は――」ス!!mw「」王(…、に?が、てる風p1「ッ…ぁ、はぁ」ェ…」?゙ォオォ…魔『……(、イツのは!?ったいらん)(…か、れも王の品ケな! こ加護の正っ魔人『…イそのの尋3b常やい。てもい刀打ちるルやないば、)?とく、ラけて"分!」ュゥウ ……(…? な、動か))?(か………半身がれ…シャ人『…』…』ル…魔王「ひっ王(ここっ…!!』(あ……ゅうに、むく…)」ドッ魔人』゙ワ…「めに! よいよ…ってワ炎獣「でも、そ王国軍の本体をru壊…。だその甲前だ」ぉしっのジ木竜「やってお持ちますか竜「hdjfほdほっから氷姫「無理すうとt言う儂kらおるとい兵士「qし、王「…今は何兵士陛、ちらの状…。町のら、急の報のこと」「町…いう、器商会か」上げてみよ」はっ」゚サ?い、倉モンは部せ!い!おい、こっちねぇ!めェらしがれ!!」…」員「社か。大配完てやす」人「ああ、ご苦「る」うの

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遊び人(――え?)







「         」





遊び人(………お)


遊び人(お前は)




































 ――――ゴ――――ゥ――ン――――ッ――!!!――――

































魔王(………)




魔王(終わった)









魔王(出し尽くした)



魔王(私の全てを)



魔王(全てを引き替えに、私は)



魔王(ーーあの子供を倒した)



魔王(そうして私は今度こそ失ったんだ)








魔王(炎獣を)







魔王(隣には、誰もいないし)


魔王(私の体はもう動かない)


魔王(――私の旅は終わった)


魔王(もうこれ以上、どこに行きようもない)


魔王(そうして私は、何を得たのだろう?)


魔王(分からない。………けれど確かなことは)


魔王(神は死んだ。もう勇者も魔王も生まれない)


魔王(こんな苦しみを味わう者は、もう現れない)


魔王(だからこれでいい。どこへ行く必要もない)



魔王(ただゆっくり)



魔王(ここで朽ちてゆこう)



魔王(………炎、獣)






魔王(私も………そっちに、行く…)



魔王(………よ…)











魔王「」




































少年「はは。まだ死ぬには早いよ、魔王」


少年「いやあ、危なかった」

少年「思いのほかダメージを受けてしまったなぁ…まさか、君達がここまでやるとは…」


少年「ふっ、くくく。ねえ」

少年「本当にさ、僕は信じられないんだよ…」


少年「まさかただのいち生命が、この世界の管理者である僕を、ここまで追い詰めるなんて…!」

少年「こんなスリリングな戦いが、描かれることになるなんて………っ!」


少年「魔王には今回人類へ大きなダメージを与えてもらうために、今までにないほど強大な加護を授けていた…それがそのまま我が身に返ってきたことで思わぬ被害を…」

少年「いや! そんな無粋なことはどうでもいい! それよりも炎獣の決死の覚悟! そして溢れだす美しい想い出たちっ!」

少年「ああ…っ、本当に胸を打たれたよ! 言葉に出来ないくらいっ!」


少年「…そうして魔王。君自身も最早空っぽになるほど自らを犠牲にして魔弓を放った――」

少年「けれど僕は倒れなかった。この身に一握りの力を残してこうして立っている」

少年「惜しかった…! あと一歩で君達は成し遂げられず………そして全ての努力は水泡に帰す」


少年「そう。――心地の良いバッドエンドだ」


少年「魔王…そして四天王」

少年「それに魔法使いの思惑。国王の策。………管理者である僕を倒そうという謀の全ては、敗北したんだよ」


少年「ふふ。上質な悲劇って、なんて甘美なんだろう………うっとりしてしまうよ」

少年「ああ…たまらないなぁ。いつだって僕の作り上げた魔王と勇者は情感豊かな物語を紡いでくれる」

少年「僕の美しい友人であり、想い人であり、ママのような理解者さ」

少年「今回のお話も心に染み入るね…。………でも、これだけの幕引きを見てしまった今」


少年「――更に情熱的なストーリーを見てみたくなってしまうよね…?」


少年「…ふふふ!僕に良いアイディアがあるんだ………!」

少年「僕の身に残る力を、全てまとめて君に与えよう、魔王!」

少年「今や脱け殻同然の君には、抗う力はない。…今度は純粋な殺戮兵器になってしまうだろう」

少年「そうなった君は、あの荒廃した世界に現世の地獄を形作ることとなる…!」

少年「ああ、わくわくしてきた! 君は恐ろしい残忍さで破壊の限りを尽くし、そして人々にこう呼ばれるんだ」


少年「"大魔王"、ってね!」


少年「ふふふっ! 誰一人として君に立ち向かえる力の持ち主などいないのだ! きっと夢のような混沌に陥るだろう!」

少年「世界は暗黒の時代を迎えることになる………ふふふ。けれど安心して」

少年「また僕の力がこの身に戻ったら、今度は大きな力を宿した黄金の勇者を作り上げてあげるから」

少年「そうして、希望を切り開く夢の冒険が、再び始まるのさ」


少年「ただ、君に力の全てを与えてしまったら、次に勇者を作れるのはいつになってしまうかな…君達の感覚で言えば百年近く後になるかも」

少年「大魔王たる君を見ていれば退屈しなさそうだけど、出来れば今の君にももう少し楽しませて欲しいなぁ………」

少年「………いや、どうやらここから君の逆転はなさそうだね。少しばかり、寂しいよ」

少年「人々の祈りが君に届いて奇跡の復活、とかさ。最後の最後の想いの力で再起、とかさ。そんな展開もちょっと見てみたかったかもね」

少年「…でも、まあ」

少年「これで終わりだね」


少年「…魔王。楽しませてくれて、ありがとう」

少年「さあ、改めて君に邪神の加護を与えよう」

少年「大丈夫。圧倒的な力に任せていれば、君に約束されるのはただ至福の感覚のみだ」


少年「僕に残されたこの力の全てを吸いとって、絶大な力に身をゆだね――」

少年「人の世の地獄の物語を紡ぐ、偉大なる存在に――」




少年「大魔王になるがいい!!」







――ォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォォオォオォオォォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオ…!!!




少年「…ふふ。そうだ」

少年「空っぽで、感情さえ抱けない君はもはや受け入れるしかない」

少年「逆らうことも許されない全ての生命は、畏怖を持って君に従うだろうね」

少年「…ああ、でも彼女がいたな。そう、冥王」

少年「けれどさしもの冥王も、この力には敵わないだろうね。…ふふ。いよいよ自分に死期が迫ったら、果たして彼女はどんな思いを胸に戦うのかな…っ?」

少年「楽しみだなぁ…! 冥王すら敵わない崇高なる大魔王………!」

少年「ふふふ! 君はこの後百年、世にも恐ろしい修羅の物語を刻むんだ!」

少年「さあ………新たなストーリーの幕開けだ!!」



















魔王(――――――)


少年「…ん?」

少年「なんだ…? 魔王に…」



魔王(――――――)



少年「感情の、揺らぎ?」

少年「いや。まさかそんなはずないよね」

少年「あの魔弓と引き替えに、魔王は全てを失ったんだから」



魔王(――――たい)



少年「!?」



魔王(――――――苦しい――)


魔王(――痛い――――)




少年「なんだ、これ」

少年「感情が………芽生えている…?」


魔王(――――やめて――)


魔王(もう――――戦え――ない――――のに――)



少年「…苦痛?」

少年「痛みのようなものが、魔王の自我を呼び覚ましている」

少年「そんな…まさか。何故………!?」

少年「一体、誰がこんなことを………」



魔王(――や――めて――――)

魔王(――――もう――休ませ――――て)



『ふざけんじゃねぇ』

『てめぇみたいな悪人を、楽にさせてたまるか』

『俺はお前が憎い』

『俺の全てを奪ったお前が』

『俺の愛しい仲間も、愛しい女も、全て全て…!』


『お前が殺したんだ!!』



魔王(――あ――ああ――)


魔王(あなたは――――)



『覚えてくれていなくて結構だ。どうせ俺は、お前が蹴散らした虫けらに過ぎねぇんだからな!』

『くそ! くそ! くそ!』

『何が勇者一行だ!! 俺はまんまと操られて、お前に全てを奪われた!!』


盗賊『呪ってやるぞ、魔王――!!』


盗賊『お前のせいだ!!』

盗賊『お前が攻めてきたせいでみんな死んだ!!』

盗賊『剣士も、エルフも、斧使いも、騎士も、魔女も、狩人も、吸血鬼も!!』

盗賊『軍師も………っ!!』

盗賊『お前の…お前のせいで!!』


魔王(――――痛い――)

魔王(――苦し――――い)



少年「これは………っ、死者の念…!?」

少年「この無の世界に蠢く亡者の意識が…」

少年「魔王に向かって集まり始めている、のか…!」


魔王(――焼けるようだ)

魔王(助けて――)



戦士『…助けて?』


戦士『助けて、だと? お前が?』

戦士『あれだけ殺しておいて、自分だけ楽になりたいと?』

戦士『笑わせるな。もっと苦しめ』

戦士『死よりも激しい辛苦こそ、お前に相応しい………魔王』


戦士『ふふ…滑稽だ。死んでしまえば生者を恨むことしか出来ない』

戦士『しかしそれが許されるのならば、甘んじよう』

戦士『何より目の前に仇がいるのだ』

戦士『――苦しめ』

魔王(………く、首が)

戦士『苦しめ!』

魔王「や、め………かふッ!!」

戦士『苦しめ!!』




少年「………憎悪」

少年「この物語の犠牲者の魂が…自らを葬った根源を嗅ぎ付け」

少年「その怨嗟が、魔王に感覚を呼び起こしている…!」

少年(死後の気の狂うような静寂を漂う者にとって………死にかけの仇など、格好の餌食だ)



武闘家『おぬしはまだそんな所にいるのか?』

武闘家『悠々と生者を気取って?』

武闘家『…許せぬ』



武闘家『許せぬ許せぬ許せぬ許せぬ許せぬ許せぬ許せぬ許せぬ許せぬ』


魔王「うぐっ…!! あっ、ぐぁっ!!」


商人『魔王!! 貴様が!!』

商人『貴様が全てを奪ったッ!!』

商人『今こそその代償を払えッ!!』



少年(ゆ、勇者一行………!)

少年(無惨に散った彼らの途方もない怨嗟が吹き出してくる――)


少年(いや、それだけじゃない!)




女勇者『お前さえいなければ…!!!』



教皇『苦しめ!!!』


軍師『憎い…!!! あなたが、憎い!!!』


虚無『苦痛を味わえ!!!』


兄『もがき懺悔しろ!!!』


『お前のせいで………』

『お前のせいで………!!』




魔王「うガっ、ゴッ」

魔王「や、メテ」

魔王「おっ、ネガ、いッ………」



少年(物語を動かした人物だけじゃない…名もなき兵士から…犠牲になった町民に魔族まで)

少年(この大戦のために死した数えきれない魂が怒号を上げている)

少年(それらがもたらす無数の苦痛は、魔王に意識を取り戻し――)

少年(膨れ上がった呪力は、僕の支配を拒む………!!)



魔王「ぐぁあッ…!!」



魔法使い『――本当は僕がそこに立っているはずだった』

魔法使い『何故僕ではなく、お前がそこにいる?』

魔法使い『…死の苦しみよりもずっと狂気に満ちた悪意を、お前に』


魔法使い『苦しめ』



魔法使い『苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ』



魔王「うぎッ、がっ!!」

魔王「た、たすっ」

魔王「助け――」


先代『………お前………ば………』


魔王「!!」

魔王(お、お父さ)






先代『お前さえ生まれなければ』




魔王「そ」

魔王「んな」




魔王「あああ」



魔王「あああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああっ!!!」





魔王「あ――――――」













木竜『あなたの』









炎獣『お前の』
















炎獣『お前のせいだ』
















魔王「――――――――――――」







   バ  チ  ッ !!







少年「っ!!」


少年(は………弾かれた………っ!)




シュゥウウウウ………




魔王「………」 ユラ…





少年「………ま、魔王」


少年「一体………何が、どうなったんだ」


少年「僕の干渉は及んでいない。それなのに君は」


少年「――君は、立っている………!!」



魔王「………」




少年「その原動力は僕の与えた力では、ない………」

少年「僕の力を、押し退けた上で君は…――君は甦ってみせた」

少年「それを可能にしたのは、生者の祈りでも、希望の力でもなく…」



魔王「………ふふ」



少年「!」


魔王「どうして?」

魔王「どうして私は生きてるの?」



魔王「私は…沢山の人々を死に追いやった」

魔王「…戦場の片隅で事切れた兵士の一人に至るまで」

魔王「その呪いは今、私に返ってきた」

魔王「ああ。きっとこうなって然るべきだったのかもしれない」


少年「ま、魔王………」


魔王「苦痛が疼く。それは片時も私から離れることはない」

魔王「これは永遠の呪い。私に与えられた罰」

魔王「分かっていた。私がどんなことを成し遂げようと、多くを殺めた罪人に他ならないということ」


魔王「――けれど、目の当たりにしたくはなかった」

魔王「お父様にも、爺にも………炎獣にも」


魔王「死の世界の苦痛を前にしたその時には、もう」



魔王「私は………許されるはずがないんだ」



魔王「私さえ、いなければ」

魔王「彼らは今も生きていたはずだった」

魔王「………炎獣も」

魔王「ねえ」


少年「!」


魔王「私が愛していたはずの命の怨恨が、血となって巡っているかのように、私を責め立てるの」

魔王「ずっと、ずっと、ずっと………絶え間なく」


少年「………」


魔王「あのまま、あなたの力で自我を消し去ってしまった方が、ずっと楽だった…」

魔王「………今の私にあるのは、身を切るような痛み」

魔王「心臓が鼓動するたびに身体を内から食い破ろうとする、怨念」

魔王「ねえ、どうして?」




魔王「どうしてあのまま私を支配してくれなかったの?」







少年「ふっ、ふふふ」


少年「あはははははははははははははは!!」



少年「これは、凄い!! 君は素晴らしいよ、魔王!!」


少年「君は絶体絶命のピンチを切り抜けた…! それを可能にしたのは死した者の恨み!」


少年「魔王を名乗る者に相応しい復活だ!! 僕の力に明け渡すこともなく、君は生き延びることに成功したんだ!」


少年「けれど、呪いによって得た生に、君はもはや喜びを感じられない…!」


少年「多くの者の憎しみを一身に受けて………大切だった仲間にすら恨みを向けられて」




少年「――君の気高さは、失われてしまった…!!」





魔王「お願い」

魔王「もう私を殺して」


少年「くくくくく…!」

少年「君の"意思"は、最後の最後のところで君を支えていた光だった!!」

少年「君を君たらしめていた大事なものを、失ってしまったんだ…!!」


魔王「………」


少年「ああ…! なんたる美しい絶望だろう」

少年「ふふふ…。魔王。傷心の君をさらに突き放してしまうようだけどね」

少年「君を殺そうにも、僕にはもうそんな力は残っていないんだよ?」

魔王「…どう、して?」

少年「残った力の全てを君に授けるつもりだったからねぇ。それが弾き飛ばされてしまって、僕には何の力も残っていない」

少年「力の復活までには時間を要する。力を失ってしまったのだから、それまでは僕も取るに足らない非力な子供と一緒さ」

魔王「そんな………」

少年「悲しいよね。辛いよね。ごめんね?」

少年「でも、逆に考えてごらん? 僕は今なんの力もないただの子供なんだよ?」


少年「今なら、首を絞めてでも僕を殺してしまえるんだよ」

少年「君がここに来た望みは、そういうことだったはずだろう?」


魔王「………」

魔王「私には」

魔王「もう、どうすることも出来ない」

魔王「何かを為そうなんて気持ちは」

魔王「欠片も沸いてこない…」



少年「あはっ!」

少年「あははははははははははは!! 魔王! 僕を倒そうとやって来た君には、絶好のチャンスなのに!!」

少年「当の君は、ただ生きているのでやっと!!」

少年「――僕らは生きているのに、互いに命を奪い合うだけの力がないんだよ…!!」

魔王「………」

少年「こんな形のゲームオーバーが今までにあっただろうか!!」

少年「引き分けを迎え、お互いに手を出せないまま茫然としているしかない結末…!」

少年「ふふふ! 僕ひとりでは到底思い付かなかったシナリオだ…!」

少年「賢者………本当にありがとう。君のお陰で今までにない展開を楽しむことが出来た」

少年「興奮が、収まらないよ…!」

魔王「………」

少年「魔王が港町より人間の王国に攻め入った、今回の魔王勇者大戦」


少年「その結末は………」




少年「――"静寂"だったんだ」




少年「魔王………君はこの物語の主役だった」

少年「仲間と協力し、押し寄せる強敵と困難を退け、世界の謎に挑みかかった」

少年「けれど、最後に僕と引き分けた」

少年「この世の管理者たる僕のことは、やはり倒すことなど出来なかった」

少年「君は所詮、作られた物語の登場人物に過ぎなかった。つまりはそういうことさ」

少年「これで、幕引きだ」



魔王「………………」



少年「…ふふ! これは次の魔王勇者大戦も楽しみだなぁ」

少年「今回の悲劇ほどのお話にはならないかもね。でも、この戦いを越えてまた新たな英雄が生まれると思うと…ふふふ」

少年「そう、次だ。この余韻に浸るのも良いけど、もう僕は次の準備へ取り掛からないと」

少年「今回は、これ以上展開のしようもないからね…」


魔王「………」

少年「…表情のない人形のようだね。魔王。つまらないや」

少年「そんな顔をしていたって、誰も君を殺してはくれないんだよ、もう。あっちに行ってよ」

少年「僕は次のお話を考えるのに忙しいんだ。ふふ」


少年「…」


少年「僕が力を取り戻して次の魔王勇者大戦を始めるまでには長い時間がかかる。それまでに次のお話を…」

少年「………」

少年「うん。時間はいっぱいあるんだ。いくらでも考えられる」

少年「…そう。いっぱい………」

魔王「………」

少年「いや、少しの間の出来事だ。力を取り戻すまでなんて。永い時を過ごしてきた僕にはあっという間だよ」

少年「そう。少しの間………」

少年「………いや、でも」

少年「あれ?」



少年「………」



少年「そうだ…! ね、ねえ魔王!」

少年「君、僕の話し相手になってよ。一緒に物語を考えようじゃないか!」

少年「どうせすることもないんだし、さ。いいだろう? 魔王」

魔王「………もう」

魔王「私を殺して」

少年「………」

少年「…ちぇ」

少年「なんだい。話し相手にもなってくれないのか…」

少年「…どうやって時間を潰そうか」

少年「今まで、いつだって僕の作った英雄達の物語が側にいてくれた」

少年「勇者と魔王を巡る夢の冒険が…僕を楽しませてくれた」

魔王「………」

少年「でも次のお話を始めるまで………」


少年「――あと、百年もかかる」


少年「………」

少年「…百年…」

少年「………百年も」


少年「………………」


少年「………ど」



少年「どうしたらいいんだ?」





少年「今の僕は完全に力を失ってしまって、例え小さな勇者でさえ作ることは出来ない」

少年「こんなことは………こんなことは、今までになかった」


少年「ここは無の空間。元々なんにもない場所なんだ。だから」

少年「こ…困ったな。物語があったからこそ、僕は時間を忘れて没頭していられたのに」

少年「こんな空白、し、知らない………」


少年「――…空白?」

少年「空白が、百年も続く………?」



少年「は、はは。想像しただけで………」

少年「ど、どうしたらいいんだ…? も、物語がないなんて、僕は…」

少年「そもそも僕は………この無の空間で」

少年「無の空間に、たった一人で…」

少年「………あれ」

少年「あれ。…あ、あれ?」

少年「どうしよう」




少年「物語を失った僕は」

少年「生きているといえるのか?」


少年「あれっ。あれっ?」

少年「どうしよう、どうしようどうしよう」


少年「ど、どうしたらいい?」


少年「ねえ」


少年「ねえ、ねえ!」


少年「ねえってば!!」




魔王「………」


魔王「私には」



魔王「どうすることも出来ない…」






少年「――!!」


少年「は、ははは…!」

少年「そん、な…あまりに酷いじゃないか」

少年「そうだ………これはあまりに酷すぎるよ」

少年「…おい」

少年「おいっ!」

少年「ふざけるなよ!!」

少年「君がっ、君が僕の力を拒んだりするからっ!!」

少年「こんなこと、ありえないはずだったんだ……!! 亡者の思念を引き寄せて、僕の力を寄せ付けないなんて…っ」

少年「僕は、この世界の制作者であり管理者だぞっ…!! それを、それを――」



魔王「………」

魔王「あなたは、狡猾で老獪なようで」



魔王「その実」


魔王「本当にただの子供でしかないのね」






少年「…ッ!!」


少年「黙れッ! 黙れよッ!」

少年「お前がこんなところまで攻めてきたから、こんなことになったんだろ!?」

少年「お前がいなければ、こんなことにはならなかったんだっ、魔王っ!!」

少年「なんとかしなきゃいけないんだよ!! そうじゃなきゃ、く、空白が来るんだっ!!」

少年「君なら何とか出来るはずだろっ!?」

少年「………そ、そうだ。そうだよ」

少年「き、君はあれだけの困難を乗り越えてきたんだ。多くのことを、成し遂げたじゃないか」

少年「僕は見ていた。君は主人公なんだよ、この物語のさ…。だ、だから」

少年「僕のことだって助けてくれてもいいだろっ…!?」

少年「ねえっ!!」

少年「おいっ!! なんとかいえよッ!!」


魔王「………」



少年「こんなのって」

少年「こんなのってないよ!!」


少年「あ、あんまりだ!!」

少年「も、物語が、ないなんて」

少年「あまりにもひどすぎるよ!!」

少年「ああ………ああ!!」

少年「く、空白がやってくる!! 物語のないっ、空白が!!」

少年「そんなの、耐えられないんだよう、僕には!!」

少年「だからお話がいるんだ!!」

少年「ずっと、それがあったから僕は………っ」

少年「なのにっ、なのに!!」

少年「こ、こんなこと!!」

少年「物語がなくなっちゃったら、僕っ!」


少年「ひっ…一人きりなんだよぉっ!!」


少年「だ、誰か!!」

少年「誰か、お願いだ!!」

少年「ママ!!」

少年「ママ!! どこ!?」

少年「たっ………助けて!!」

少年「お願いだ!!」

少年「僕に…っ」

少年「お話を………っ。ねぇ!」


少年「聞いているんだろう!? 賢者…っ!!」


少年「――………まさか」




少年「まさか、こうなることまで全て分かってて僕を………っ」




















遊び人「………おい」


少年「ああ」

少年「ああっ、そうだ…」

少年「君がっ、君がいたじゃないか!! 遊び人!!」

少年「ねえ、お話を、お話を聞かせてよ!!」

少年「君なら面白可笑しい話をたくさん知ってるはずだ!! そうでしょう!?」

少年「何でもいいっ、話して聞かせてよ!!」

少年「例えば、例えばさ!!」

少年「そう、そうだなぁっ、えっと」

少年「ああそうだ…! 全ての冒険を終わらせた勇者が、その後どうなったのか、とかさ!!」

少年「ぼ、僕知らないんだよ! ひとつお話が終わったら次のお話作りに取りかかっちゃっていたからさ!!」

少年「ねえっ、君ならそういう」

少年「そういうさ、面白い話を知ってるはずだよね!?」

少年「ねえ、ねえ、ねえ」

少年「ねえってば!!」


遊び人「………」ス…


少年「………え?」

少年「何? それ………?」


少年「君、そんなもの持っていたっけ?」

少年「ふふ、はは。おかしいね。君がそんなものを持っているなんて」

少年「だって君は、何も出来ない遊び人なのにさ。不釣り合いだね、なんかさ」

少年「でも、どこかで見たことある形だな」

少年「ああ、そうだ! それは"どうのつるぎ"じゃないか!」

少年「その剣は確か、勇s



ズブッ…


少年「………?」

少年「………は………ふ」

少年「あ………ああ…」

少年「こ…これは………ど」

少年「どういう………こと…?」

少年「なん…で、君………が…こん………なこと………?」

少年「君、に…は………大それ…た………事………なん…て」

少年「こ…れっ…………ぽっちも…………」


少年「…………あ…………あ…………」


少年「痛い…!!」

少年「痛い痛い痛い痛い痛い!!」


少年「痛いっ!!」

少年「痛いィっ!!」

少年「痛いよぉッ!!」

少年「いたいいたいいたいッ!!」

少年「た、助けてッママ!!」

少年「いたいいたいいたいいたいいたいいたいィッ!!」


少年「あ"あ"あ"ッ!! くそっ!!」

少年「なん"っ、でッ!!」

少年「痛いよォッ!!!」

少年「あは!!!」

少年「あはははははははははははははは!!!」


少年「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」




少年「アハハはははっははッははハハハははハハハははハははははハハはっはははハハハはハハハハハハハハハハハハは!!!!」








少年「はは………ッ」




少年「………か、ふ………」



少年「………け」


少年「………賢、者………」


少年「賢…者………。ね、え………賢…」


少年「………助け…て…よ………」



少年「………さ」


少年「さむ………い………」



少年「………か………は………」


少年「………い………たい………」


少年「………さむ………い………」





少年「………死に…たく………」


少年「………………ない」



少年「…ま…だ………僕の………作っ、た………世…界………で」


少年「………僕…の………ため………だ…け………の」



少年「………物………語………を」



少年「………………死………にたく」



少年「………ない………………」





少年「………?」



少年「………なん、だ………」


少年「………ぼ…く………は………」








少年「――ちゃん…と………………」



少年「………………生きて………た………………」







少年「………………のか………………」




遊び人「………物語ってのぁよ」




遊び人「最後までどうなるか分からねぇから、面白ぇんだろうが」





少年「………………」





遊び人「思いがけず端役に殺される気分は、どうだ?」



遊び人「神様よぉ」






少年「………ぼ」



少年「く………」



少年「………生…き………」



少年「………………て………………」



少年「………………………………た」





遊び人「………知るか」



遊び人「てめぇの…」



遊び人「てめぇのおままごとはよ………」





遊び人「俺に言わせりゃあ」



遊び人「とんだ、三文芝居だったよ」


 ブン…











――ドスッ






少年「ぐヒゅ」



少年「ゴ」




















少年「」










魔王「………………」



魔王「………死…んだ」



魔王「神であったものが…」



魔王「憐れな古代人の少年が…」






少年「」







遊び人「………」




魔王「――今度こそ終わった」

魔王「あまりに突然に。けれど絶対的に」

魔王「終わったんだ。これで」

魔王「全てが、終わった」

魔王「まさか………あなたが」


魔王「あなたが終わらせることになるなんて…」



遊び人「………」



魔王「………」

魔王「どうして?」

魔王「ふふ………ただの気まぐれ?」



遊び人「………こいつを」

遊び人「この剣を、俺に届けた奴がいた」



魔王「…どうの、つるぎ」

魔王「とてもありふれた剣。旅立つ新米の冒険者が手にするような」

魔王「それを…誰かがあなたに、届けた?」



遊び人「そいつは多分」

遊び人「なけなしの勇気を振り絞ってここに来たんだ」


遊び人「お前の魔弓で次元が揺らいだ時に」

遊び人「その小さな隙間を縫ってここに来た」

遊び人「…それが奴の精一杯だったんだ」


魔王「あの瞬間に、ここに、来た?」

魔王「そんなことが出来る人が…? だって扉を潜る資格があるのは――」


遊び人「あいつの"勇気"を見たら」

遊び人「俺にもやらなきゃならないことがある気がした」

遊び人「ただ、それだけのことだ」

遊び人「あれが誰だったかなんて………知ったことじゃねぇ」


魔王「………」



魔王「………そうか」

魔王「ずっと、いたんだ」

魔王「ずっと、あの謁見の間にいたんだ」


魔王「この物語が始まった、あの瞬間からずっと」

魔王「私達が、勇者一行を倒して王国に近づく間も」

魔王「たった一人で、恐怖に震えながら」



魔王「それでも、逃げ出したわけじゃなかったんだ」




魔王「ずっとずっと、隠れ続けていた」


魔王「そして最後の最後、あの一瞬」


魔王「小さな、ありったけの"勇気"を抱き締めて」



魔王「私達に………その剣を届けてくれた」








魔王「ありがとう………………勇気ある者」




魔王「勇者」





遊び人「………奴はもういない」

遊び人「この無の空間は、もう穴だらけだ。そこら中が元の世界に繋がって………じきに崩れ去る」

遊び人「神は、死んだんだからな」


魔王「………そうね」


遊び人「俺も、帰るんだ」

遊び人「あの、クソみたいな街角に」


魔王「ねえ」

魔王「ひとつお願いがあるの」


遊び人「…」














魔王「…………――私も、殺して」



遊び人「………」


魔王「………」


遊び人「………なんでだよ」


遊び人「全部終わったじゃねえか。終わったってのになんで」


遊び人「なんであんたが死のうとするんだよ」





魔王「ふふ」


魔王「もう私には………物語がどんな結末を迎えたって関係がないの」




魔王「死した人々の呪いは、私からあらゆるものを取り去ってしまった」


魔王「………私の価値あるものは全て失われてしまった」


魔王「思い出もどす黒く塗りつぶされて、希望は生まれた途端に拒絶され続ける」


魔王「言葉を発しているのだって辛いの。でもね、死に辿り着けるなら」


魔王「そのためだったら、笑うことだってできる」ニコ



魔王「ね………お願い」





魔王「私を、殺して」












遊び人「………」





遊び人「断る」



遊び人「こんなことは最初で最後だ」

遊び人「俺の人生で、こんな大袈裟なことは金輪際ごめんだ」


遊び人「今日のことは、忘れる」

遊び人「もう夢はおしまいだ。再び見ることはねぇ」

遊び人「俺は、あのクソッタレな毎日に戻るんだ」

遊び人「だからもう二度と………」


遊び人「俺に関わるな」





遊び人「――あばよ」








魔王「………………」



魔王「…?」




魔王「ああ…そうか」


魔王「これ以上、戦いはない」


魔王「魔王勇者大戦は終わった」




魔王「――私は、生き残ったのか」




魔王「生きなきゃいけないんだ」


魔王「………生きる」




魔王「私はまだ、この身体を」

魔王「呪われた血の走る身体を引き摺って」

魔王「生きなきゃいけない」


魔王「………」


魔王「ねぇ…」


少年「」


魔王「あなたは私が物語の主人公であると言った」

魔王「………でも、例えそうであったとして」

魔王「私みたいに愚かな主人公に、何の意味があるのかな?」


魔王「幾つもの大きな過ちを犯し、大切な仲間さえ守れず」

魔王「ふふ…最後の敵を、この手で倒すことすら出来ず」

魔王「魔族も人間も、数えきれない命を奪った私は」




魔王「少しでも価値のある、主人公だったのかな………」


魔王「………英雄たる強い想いの人々は、この戦いには沢山いた」

魔王「なぜ、私が…」

魔王「私だけが、こんな風に生き延びているのか」

魔王「………分からない」

魔王(分からない)


魔王(………)


魔王(ねえ、私は)


魔王(主役だから、生き延びたのだろうか)







魔王(そんな生に)




魔王(なんの意味があるんだろう)





フワ …




魔王「…あの世界の風だ」

魔王「私は、戻るのか」



魔王「――少しだけ、実感が沸いてきた」

魔王「………私が、永遠に許されることのない罰と共に生き延びてしまったこと」



魔王「――ようやく、意識が際立ってきた」

魔王「同時に身体中を這いまわる痛みもより鮮明になってくる」



魔王「――にわかに、気力も戻ってきた」

魔王「今なら自ら断つことが出来る気がする」














魔王「私自身の、命を」




カラン…



魔王「! これは…」

魔王「………どうのつるぎ」

魔王「…そう。置いていってくれたのね」

魔王「ふふ…。せめてもの情け? …私が自分で終わらせられるように」



魔王「…」チャキ…



魔王「この刃を喉元に突き刺せば」

魔王「全てから、解放される。身体中の激痛からも、泥のように心から溢れる悲しみからも」



魔王「価値のない役目からも」



魔王(本当にいいの?)


魔王「………迷う必要なんて、ないわ」


魔王「私は、多くの人にとって死神でしかなかったのだから」

魔王「父上にとっても………爺にとっても」


魔王「炎獣にとっても」


魔王「………………」



魔王「勇者の剣で、魔王が死ぬ」

魔王「…ふふ。結局、とてもありきたりな結末を辿るのね」


魔王(――そうか)

魔王(こういうことだったんだ)




――魔法使い「予言、しましょうッ………魔王!!」

――魔法使い「――この物語の終わりは、あなたの、死だ!!」



魔王(あなたは、この瞬間のことを、言っていたのね)


魔王(あなたたちは、全部知っていたんだ)


魔王(ふふ)




魔王(沢山の戦いがあった)



魔王(沢山の死があった)



魔王(その数だけ、物語があった)



魔王(でも)



魔王(なんだかあっという間だったなぁ………)



魔王(そして最後に………魔王の物語が、幕を閉じるんだ)



魔王(………………なんだか)



魔王(意識が、ぶつ切りになってきた)


魔王(いけない)



魔王(意識を手放してしまう前に)



魔王(せめて自分で、決着をつけよう)


魔王(はやく)



魔王(急いで)



魔王(ああ、手が震える)


魔王(………勇者)



魔王(あなたの勇気を、私にも)



魔王(終わらせるための、勇気を)


魔王「………」チャキ………



魔王(そうだ)



魔王(それでいい)


魔王(さよなら)



魔王(世界)


魔王「…これで」



魔王「本当に」





魔王「――全て、おしまい」

































































































「それから」


「どうやら世界は、新しく生まれ変わったようでした」



「というのも、私達はその大きな確変の瞬間を目にすることはなかったのです」



「同じ日が昇り、同じ風が吹き、今までと同じ空の下で、私達に分かることといえば」



「"魔王と勇者を失った"、という事実だけでした」



「そして、二度と現れることはないのです」



「数え切れないほどの生命の死が、黄金の鎖のように長く長く続いた物語の果てに、私達はもう」



「自分の人生を自分で生きていくしかないのです」



「この先の世界に――」


「…私達を導く英雄は、いないのだから」



女性「はい、おしまい」


子供「…うーん。難しいよぉ」

女性「そうかもねぇ。アンタにゃまだ早かったか」

女性「ま、今日の演劇を見れば、もっと分かるわよ、きっと」

子供「じゃあ、はやくえんげき、いきたい!」

女性「ハイハイ、夕方には始まるから焦らないの」

女性「ったく、この堪え性のなさは誰に似たんだか」

青年「おい。ちょっと出てくる」

子供「父ちゃん!」

女性「………祭典の時間まで、まだまだあるけど?」

青年「いやあ、ちょっと落ち着かなくてさ。子供の面倒頼むよ!」

女性「あ、ちょっと!」

女性「…ったく、親子揃って」





【    】




すみません、もう少しだけ続くのですが、本日はこれ以上投下する時間が取れないので、明日の夜残りを投下します


飲み屋


青年「こんちは、やってる?」

親爺「おいおい、気の早ぇ野郎だな。開店時間はまだ先だぞ」

青年「いいだろ、ケチケチすんなって…痛っ!」ゴンッ

親爺「がはは! まーた頭ぶつけてやがる!」

青年「狭い店だよ、ホント…」

親爺「バカ抜かせ、お前がでかいんだよ」

青年「そうかぁ?」

親爺「図体ばっか大きくなりやがって。少しは偉大な親父殿みたいな武勲を上げてみたらどうなんだ?」

青年「まーたその話かよぉ」

親爺「お前の父親はな、それはそれはものすっごい剣の使い手だったんだ。俺がこーんなちっちゃな頃に見た建国祭でなぁ…」

青年「もうその話はいいっつーの。いいからビール!」

親爺「…ったくこのボンクラ、昼も回らない内から酒ときたもんだ」

青年「いいじゃんかよ! 今日くらいはさぁ!」

親爺「お前、嫁さんはどうしたんだ?」

青年「ちょっと息子の面倒見てもらってるよ」

親爺「…それでお前さんだけ出てきたのか?」

青年「うん」

親爺「………呆れた奴だ。雷が落ちても俺は知らねぇからな。ほらよ」ゴト

青年「おっ、待ってました!」


青年「では、この日の平和を祝って、カンパイ!」

親爺「お前みたいな穀潰しと違って、俺は仕事があるんだよ」

青年「ご、穀潰しはないだろぉ?」

親爺「俺の若い頃はなぁ、昼から飲むなんて贅沢は出来なかったもんだぜ」

青年「でもさぁ、親爺さんだって昔は町で有名な悪ガキだったって聞いたけど?」

親爺「…」

青年「…本当だったんだ?」

親爺「うるせぇ! そんなもん、本当にガキだった頃の話だ! …大人になりたいだけの、クソガキだった」

青年「ま、せっかくイイ商売してた家を継がずに、こんなチンケな店始めちゃうくらいだからなぁ」

親爺「チンケたぁなんだ! 失敬な野郎だ。こっちのが性に合ってるんだよ」グビッ

青年「って結局飲むの!?」

親爺「やっかましい。この店じゃ俺が法だ。文句言いたきゃ他に行け!」

青年「相変わらず無茶苦茶言うよ、ホント…」


親爺「しっかしお前と顔を付き合わせて飲むってのも飽き飽きだ」

青年「悪かったね、代わり映えのしない顔で」

親爺「あーあシケてるぜ! 見目麗しい美女かなんかが現れて、お酌してくれんもんかなぁ」

青年「そんな無茶な…」

ガラ…

黒騎士「こんな時分から何を騒いでいるのだ?」

親爺「…うわっ」

青年「び、美女は美女でも、すげぇ堅物が来た…」

黒騎士「うん? なんだその顔は」

青年「な、なんでもないよ…久しぶりだな」

黒騎士「久しぶり、と言っても半年も経っていないがな」

青年「そういやぁそうか」


黒騎士「マスター、ワインを」

親爺「あんたも飲むのかよ」

黒騎士「いいではないか。今日くらいは」

親爺「…」

青年「お前さ、その甲冑重くないわけ? 仮にも年頃の女の子がこんな町中でそんなもん着けてさ…」

黒騎士「別に大したことはない。それにこのご時世とはいえ、魔族の中でも顔の知られた私が変装もなしに出歩くわけにはいかないだろう」

青年「ま、そりゃそうだけど」

親爺「お前さんは、こんな所で酒なんか飲んでていいのかよ?」

黒騎士「全てはつつがなく進んでいる。万にひとつも大事はない」

親爺「大した自信だよ、全く」

黒騎士「………あいつは来てないのか?」

青年「来てないな。流石に忙しいんじゃないの?」

黒騎士「…まあいい。お前にだけでも話しておきたいことがある」

青年「はーあ。やっぱりお堅い話じゃんかよ」

青年「で、なんだよ話って。まさか"魔王"が現れたとか、そんな話じゃあないだろうな」

黒騎士「………魔王は」

黒騎士「魔王は、もういないだろう?」


黒騎士「私たちの世界に魔王が現れることは、二度とない」


青年「…そう、だな。魔王は…」

青年「俺たちが魔王って呼ぶ人は、たった一人きりだもんな」

黒騎士「ああ」

青年「俺たちのこの世界を………魔王勇者大戦のくびきから解き放った英雄」

青年「真実を探求し、管理者を追い詰めた魔族であり…最後の魔王となった女性」

黒騎士「そして全ての罪を背負い、"どうのつるぎ"で自ら命を絶った伝説の魔族………」

黒騎士「魔王」

黒騎士「彼女は今の世界の礎を作った立役者。偉大な女性だ」

青年「…もし生きてるなら、会ってみたかったけどな」

黒騎士「残念ながらそれは叶わない。………彼女は死んだんだ」

黒騎士「魔王勇者大戦の最後の最後に」

青年「…そうだな」

黒騎士「私が話そうと思っていたのは、もっと別のこと」

黒騎士「宝典についてだ」


青年「宝典。宝典ね」

青年「今朝も嫁が息子に読み聞かせてたっけな」

黒騎士「最後の魔王勇者大戦のすべてを書き記した書物…宝典」

黒騎士「著者不明ながら今や世界に知らぬものはいないほどの偉大な歴史書だが。やはり、あれを書き記したのは」

黒騎士「あれだけのことを知り、残すことことができるのは………」

黒騎士「魔界の大魔術師、冥王だけだ」

青年「ふうん。やっぱ冥王か」

黒騎士「ああ。こちらの手の者で宝典の原本を研究し、痕跡を辿ってきたが今回どうやら間違いないという結果が出た」

黒騎士「彼女の行方は、依然として知れぬまま。その住処である冥界と共に姿を消して久しい」

黒騎士「冥王は、全ての見届け人というわけだが………現時点では接触は難しいだろうな」

青年「へえ。難しいか」

黒騎士「………」


黒騎士「お前、何か話したいことがあるな?」

青年「な、なんだよ急に。今は宝典の話だろ?」

黒騎士「上の空のくせに何を言う。ぼうっとして。そういう時のお前は大体なにかの情報を掴んでいて、しかもそれが」

黒騎士「あまり喜ばしくない情報、というケースが多い」

青年「…ちぇ。お見通しかよ」

黒騎士「話してくれ。悪い報せならなおのことだ」

青年「別に、そんな大袈裟なもんじゃないよ。俺のは、想像の域を出ない話だからな」

青年「でも、もしかしたらあの最後の魔王勇者大戦の意味をひとつ示してくれるものかもしれなくて」

青年「そいつが………俺にはちょっとやりきれないっていうか、さ。それだけのことだよ」

黒騎士「…」

青年「ある、一人の男の話なんだ」


青年「男には妹がいた」

青年「二人だけで生きてきた兄妹は、それは仲が良かったんだそうだ」

青年「妹は病弱で、苦労することだらけだったけど、男はそれを献身的に支えて、ひっそりと生きていた」

青年「そんな男に、ある転換期が訪れる。………友人が、勇者に選ばれたのさ」

青年「男は魔法の知識に強く、友人に共に旅について来てくれと頼まれた」

青年「男は悩んだ。が、もし友人と共に魔王討伐が成功すれば、王国から莫大な報酬を得られる。………妹にもっと良い暮らしをさせてやれる」

青年「男はそう思って、話を受けた。病弱な妹を残して、男は友人らと旅に出た」

青年「結果として、彼らは魔王を討伐した英雄として、歓喜の王国に迎えられることになる。多くのことは、報われるはずだった」

青年「けれど、運命は残酷だったんだ。………男の妹は、男が旅に出ているその間に」

青年「あまりの孤独から、心まで病んでしまっていた」


黒騎士「…」

青年「妹は、帰ってきた男をもはや兄と認識することは出来なかった。ただひたに夢の世界を生き、幻想の中の兄を待ち続け」

青年「男を拒絶した」

青年「妹は、"自分が生きているのか死んでいるのかも分からない"状態だったそうだ」

青年「男は絶望した。だがその絶望と相反して、世間は男の活躍を称賛し、そうしてやがて男は」

青年「賢者、と呼ばれるようになっていた」

黒騎士「…賢者!?」

黒騎士「それでは、今の話は…」

青年「そう。女勇者との魔王討伐の間に、賢者の身に起こった出来事さ」

青年「それから、賢者は人が変わったようになってしまった。妹を誰にも会わせようとせず、かといって自らも妹のことを受け止めることが出来ずに」

青年「賢者は、研究に没頭していくようになる。そしてその狂気とも言える熱量の研究の中で、賢者は古代王朝に気づいた」

青年「そしてその延長線上に、世界の管理者たる"少年"が存在していることさえ推察するに至った」


黒騎士「賢者は、管理者の正体が"少年"であると知っていたというのか?」

青年「どうやら、そうみたいだ」

青年「やがて賢者は、新しい同志…教皇と魔法使いを得て」

青年「奴らと共に実験を繰り返し、その果てに自ら生け贄になる道を選んだ」

青年「女勇者や魔法使いが語ったように、賢者は女神をつくる時に犠牲になったはずだった」

青年「そこで賢者の生は、終わりを告げるはずだった…」

黒騎士「はずだった?」

青年「ああ。賢者は――」

??「賢者は、今もって生きておるのよ」

黒騎士「!」

青年「…よお。まさか顔を出してくれるとは思わなかったよ」

青年「王子殿下」



王子「ほほ。苦しゅうない」


王子「おい店主。シャンパンを」

親爺「ねぇよ、んなもん」

王子「…相変わらずしょぼくれた店だな」

親爺「ほっとけ」

王子「はーあ。天下の王子に向かってその口の利き方。切腹さすぞおい、店主」

親爺「やかましい。しもじもの店に来たんだ、それなりの酒とサービスで満足しろい!」ドン

王子「もっと特別扱いしろよ! 余は王子だぞ!?」

青年「ま、まあまあ。大声で名乗るのは止めろって。仮にもお忍びで来てるんだからさ」

王子「心配せずとも人払いは済んでいるわ。表に人を立たせている」

青年「とは言え、こっちの肝が冷えるわけよ」

黒騎士「そんなことより続きを話せ、王子。賢者が生きてるとは、どういうことだ?」

王子「ああ、うむ。今話すっつーの。ったく、せっかちな女だのう」


王子「賢者が生け贄になったのは、女神の完成の時だった。…教皇や魔法使いの都合のよい魔王勇者大戦を描くための女神だ」

黒騎士「そうだ、例の女神の…」

王子「ああ。あの実験は恐ろしいものであったようだの」

王子「賢者の肉体は生け贄にされ死んだが、その精神は、女神の中にコピーされておったのだ」

王子「賢者の思念は女神として生き始め」

王子「あの魔王勇者大戦の間ずっと、暗躍を続けていた…」

黒騎士「…女神の正体が賢者の精神だった、ということか!?」

王子「最近の王国の研究で分かったことだ。すぐにお前たちに知らせようかと思ったが、どうせ今日鉢合わせるだろうと思ってな」

黒騎士「…………にわかには信じられんが」

青年「でも、やっぱりそういうことなんだ。きっとさ」


青年「賢者、教皇、魔法使い」

青年「最初は同志として研究に取り組んでいた3人だが、道の半ばからそれぞれが別の方向を向いていて」

青年「女神となった賢者は、独自の意思を持って行動していた」

黒騎士「…独自の意思」

青年「さっき言ったように、賢者は"少年"に気づいていた」

青年「賢者にとって"少年"は、特別に親しみ深い存在だったのさ」

黒騎士「親しみ深い、だって?」

青年「ああ。古代王朝に取り残され、一人遊びのような幻想の中に生きる姿…」

黒騎士「! まさか…………」



青年「そう」

青年「――賢者は、"少年"の存在を妹に重ねていた」


青年「賢者が妹にしてやれることはそう多くなかった。………だから賢者は、贖罪の相手に"少年"を選んだ」

青年「"少年"を喜ばせるような物語を書き、あの最後の魔王勇者大戦のなかで現実にしていった」

青年「勇者一行が順に自らを犠牲にしてゆくその物語は"少年"の心を惹き付け………最後には"少年"自身を一人の登場人物にすることさえ許した」

青年「賢者はたぶん、"少年"に伝えたかったんだ」

青年「その果てに"少年"の命が尽きることになったとしても」


青年「生きている実感を伝えたかった」


青年「妹に与えてやれないことの代わりを、"少年"に与えたかった」

青年「それが賢者の選んだことだったんだよ」


黒騎士「馬鹿な…。あれだけ多くの死を撒き散らした大戦が、そんなことのために…」

王子「賢者という男の、精一杯の憐れみだったのだろうな」

王子「ままならぬ人生を生きた者の、せめてもの………」



青年「…だからこれは全部」

青年「全部のことが、賢者が"少年"の眠りのために紡いだ」



青年「――寝しなの英雄物語だったんだ」


黒騎士「………あまりにも大仰だ」

王子「しかし、その賢者の心がなければ、"少年"を倒すことには至らなかったのだろう」

青年「…魔法使いは、賢者のその想いを知っていたのかな」

黒騎士「さあな。魔法使いは最後まで誰にも本心を打ち明けなかったし、魔王がその胸の内を知ろうとしても拒んだ」

黒騎士「そのせいで、最後のところの事実は闇の中さ。ただ、魔法使いは物語の終わりに魔王が命を落とすことを預言していた。それを考えると」

黒騎士「魔法使いは、賢者があの結末を描いていることを知っていたのだろう」

黒騎士「賢者の心を知った上でそれを利用し、道連れとなったのかもしれない」

黒騎士「つまり」



王子「あの魔王勇者大戦は、最後の瞬間………魔王の死まで、賢者と魔法使いの思惑通りだった、ということか」


青年「そういうことに、なるのかもな」

黒騎士「彼らの計略は神である"少年"すらひとつの駒とした。………そら恐ろしい」

王子「…しかし釈然とせんものだ。まるで英雄たちは、劇の客席を沸かせるためだけに戦ったかのようにも思える」

王子「あれだけの戦いが、まるでおとぎ話を描いた者の意のままだったようだ」

青年「………確かに、やりきれないよな」

青年「でも、ひとつ言えることは」

青年「"少年"が消えて、魔王も勇者もいなくなったこの世界に、もう賢者の意思が介入することはないってことさ」

青年「賢者や魔法使いの志は、魔王勇者大戦が終わると同時に幕を閉じたんだ」


青年「………もう、俺たちの時代だ」




王子「…まあ、そういうことになるのかの」

王子「商人、武闘家、盗賊、戦士、僧侶、魔法使い、遊び人、勇者」

王子「宝典では戦った勇者一行の名が順に物語の題目になっているが」

王子「今回の題目には、我々一人一人の名前が刻まれるということだ」

王子「命が尽きる時まで、己の手綱は己で握り、物語を紡ぐのだから」

青年「それはそれで、俺たち一人一人の責任は重大だよなぁ」

黒騎士「そうだな」

黒騎士「しかし、そんな世界であればあの大戦のごとき悲劇は起こらないさ」

黒騎士「そして、この三人が顔をつきあわせる機会も減る。そうではないか?」

青年「それはそれで、なーんか寂しいよなぁ~」

黒騎士「そうか?」

王子「淡白な女だのう、お前」







「――ごめんください!」

ハーピィ「黒騎士様、いますか?」


黒騎士「おや、ハーピィ殿か」

ハーピィ「ああ、やっぱりここに居たんですね、良かった! 黒騎士様、こちらの準備は完了しました!」

ハーピィ「親御様も、お二人共おいでになってますよ!」

黒騎士「承知した。わざわざあなたにこんな使い番のようなお役目をさせてしまうとは、面目ない」

ハーピィ「や、やめてくださいよぉ。私は今はもう一介の魔族なんですからぁ! 元々パシりは得意でしたし!」

黒騎士「いや、しかしだな…」

親爺「おいおい、それを言うなら俺にももっと敬意ってもんを払ってもいいんじゃないのかぁ?」

青年「親爺さんはもう酒場の店主が板につきすぎて…当時あの魔王と一緒に戦った人ってイメージがないんだよなぁ」

親爺「お前、どこまでも失礼な奴だな。まぁ俺は別に、それでいいんだけどよ」

王子「しかし、もうこんな時間か。そろそろ祭典の開始に備えねばならんな」


ハーピィ「あ、そういえば! さっき表を奥さんが鬼の形相で歩いてましたよ!」

青年「げっ! ま、マズイ…帰らないと!」

黒騎士「ふっ。お前は相変わらずだな」

青年「ま、まあ、各々立場もあることだし、俺らはここで解散だな」

黒騎士「そういうことになるな。再び我らが集結せざるを得ないような面倒事が起きないことが祈るばかりだが」

親爺「よう、黒騎士。約束通り、後でそっちに行くからな。よろしく頼むぜ」

黒騎士「ああ、歓迎するよ。母上も楽しみにしていると思う。席は用意しておくさ」

王子「では、最後にいつもの誓いを立てるとするか」

青年「おう」

黒騎士「そうしよう」


王子「"神を失った世が、輝きを失わぬため"」

黒騎士「"悲痛な争いの時代に、再び舞い戻ることを防ぐため"」

青年「"魔王と勇者に代わり、意志と勇気をもって世界に尽くさん"」


王子「"最後の王家の血を継ぐものとして"」

黒騎士「"最後の魔王四天王の血を継ぐものとして"」

青年「"最後の勇者一行の血を継ぐものとして"」



「――"平和よ、とこしえなれ"」










ハーピィ「もうちょっとで着きますからね!」バサッ…

黒騎士「ああ。世話をかけるな、ハーピィ殿」

ハーピィ「いいんですよ。………でも、なんだか安心しました」

黒騎士「安心?」

ハーピィ「はい。こうやって、あの時戦った人たちのご子息やご息女が動いてくれている所を、目の当たりに出来たから」

ハーピィ「真実の探求と…世界がまた間違ってしまわないように…いつも三人で会っていらっしゃるんですよね?」

黒騎士「…ああ。だが、まだまだ分からないことだらけで、しばらく気の休まる日は来そうにない」

黒騎士「忽然と消えた冥界と冥王のことも分からないままだし………それに」

黒騎士「…いや、なんでもない」

ハーピィ「黒騎士様…」


黒騎士「………"少年"の打倒から魔王の死まで」

黒騎士「本当に全てが魔法使いや賢者の手の内なのであったというのなら」

黒騎士「あの魔王勇者大戦を駆け巡った人々にとって、あまりに救いようのない話だ」

黒騎士「彼らは管理者を倒すためとはいえ、犠牲になるために生きていた…一人も残らずだ」

黒騎士「あの、魔王も。…それに生き残った父上と母上でさえ………」

ハーピィ「………」

黒騎士「私はただ、遊び人が残した言葉のように………物語は最後まで分からないもので」

黒騎士「魔王は、それに賭けて戦い、実現したのだと、信じたいだけなのかもしれない」

ハーピィ「黒騎士様…」

黒騎士「いや。しかし、私がこんなことを考えていれば、父上と母上に余計な心労をかけてしまう」

黒騎士「それに、全てを見届けた冥王が宝典に"魔王は死んだ"と記したのだ」

黒騎士「魔王は、もうこの世界には存在しない…」

黒騎士「…ハーピィ殿。私の独り言だと思って、今の話は忘れてくれ」

ハーピィ「は、はい。分かりました」

ハーピィ「さあ、着きましたよ。この扉の奥で、お二人がお待ちです」

黒騎士「ありがとう、ハーピィ殿」

ハーピィ「いいえ。では、私はこれで!」

黒騎士「ああ」


黒騎士「…」


コンコン…

黒騎士「父上、母上。黒騎士が参りました。失礼します」



「あんたは相変わらずあつっ苦しいわね」

「晴れの席なんだから、堅いのはなしよ」


氷姫「親子なんだから」



黒騎士「…はい。母上」


氷姫「ね、あんたもそう思うでしょ?」



『ああ』

雷帝『久しぶりだな』




黒騎士『父上も、お変わりなく』


雷帝『ああ。相変わらず声は戻らんし、耳も聞こえないまま』

雷帝『失った腕も生えてきてはくれんようだ。まったく、不便な体になった』

氷姫「文句垂れても元の体に戻るんなら、あたしもあんたに不平をぶつけていればまた目が見えるようになるのかしらね?」

雷帝『…わ、悪かった。そう怒るな』

氷姫「あーあ! 魔法が使えなくなって不自由だわ! おまけに半身は思うように動かないし!」

雷帝『悪かったと言ってるだろう!』


黒騎士「…ふふ」


黒騎士「席の準備を他の者に任せるような形になり、申し訳ありません」

氷姫「気にしなくていいわよ。皆はよくしてくれてるし、あんたはあんたで例の集まりに行っていたんでしょ?」

黒騎士「はい。賢者について、話をしてきたのですが――」

氷姫「ああ、あとあと! 堅いのはナシって言ったでしょうが」

黒騎士「は、はい。そうでした」

雷帝『緊急を要するものでもないのだろう?』

黒騎士「ええ。まだ予想の域を出ない話もありますし…」

雷帝『ならば、ひとまずこちらに来て、お前も飲め。いいワインを手に入れたのだ』

黒騎士「それはそれは! 父上と飲めるなんて、光栄です!」

氷姫「ほどほどにしときなさいよ。あんた弱いんだから」

雷帝『うるさいな。今日くらいいいだろう』


黒騎士「ああっ、私がやります!」

雷帝『ふふっ、いいのだ。片腕だって酒は開けられるし、娘に注いでやることも出来る』トクトク…

黒騎士「…ありがとう、ございます」

雷帝『………真面目なお前のことだ。日頃から我々の失ったものの代わりにならなければ、などと考えているんだろうが』

黒騎士「えっ!?」ギクッ

雷帝『お前は何の代わりになる必要もない。逆に言えば、私たちにとって、お前の代わりになるようなものなどないのだ』

黒騎士「…」

氷姫「…世界を変えた、最後の魔王四天王。そんな風に今の世間はあたしたちを持ち上げるけど」

氷姫「だからって、娘であるあんたが全部背負わなくったっていいのよ」

氷姫「あんたのやりたいようにやればいい」

黒騎士「――はい」


氷姫「あたしたちだって、助け合ってなんとかかんとか戦ってたんだから、さ」

雷帝『背中を預けた結果かは知らんが、お互いあべこべのものを失する形となったわけだがな』

氷姫「まあしょうがないわね。戦いが終わった時、あたしたちは生きてるのが不思議なくらいだったし」

雷帝『本当に、タダでは死なん女だ』

氷姫「あんたも人のこと言えないでしょーが」

黒騎士「………壮絶な、戦いだったのですね」

氷姫「ま、とは言え意識もなくってワケ分からないうちに、全て終ってたわけだからねぇ」

雷帝『体を癒すためにこんこんと眠り続けて、目覚めた時に経緯を聞かされ、戦いの結末を知った』

雷帝『ひどい体たらくさ』

黒騎士「し、しかし…っ、父上と母上が戦い抜かれたからこそ、今の世があるのです!」

氷姫「ふふ。ありがと。あんたは出来た娘だわ。…そうよね。今の世界で、あたしは生きてる」

氷姫「身体はいまいち言うことを聞かないし、魔法の力を失ったあたしに出来ることは、あの頃の半分もなくなった」

氷姫「それでも、どうやらあたしたちはこれまでやってこれたし、あんたもいる」

黒騎士「…はい」

雷帝『これは私たちにとっては………充分すぎるほど、上出来だ』

雷帝『魔族と人間の死が、お互いを食い合う円環の時代は終わったのだ』

雷帝『これからは、命を繋ぐ時代だ』


雷帝『我々にお前という存在ができたように………傷を抱えながら、命は進み続ける』


氷姫「そういうことよ。だから、あんたもね?」

黒騎士「…? なんでしょうか?」

氷姫「いつまでもあの3バカでつるんでないで、婿の一人や二人、捕まえて来なさいよ」

黒騎士「なっ…!?」

氷姫「ねえ、ちょっと! 誰かいい感じのオトコぐらいいるんでしょ? 母さんに話してごらんよ!」

黒騎士「いっ、いえ! 私にはまだっ、やや、やるべきことがあります故…!」

雷帝『まともに相手をするな。氷姫の思うつぼだぞ』

黒騎士「ち、父上! お助けを!」

雷帝『いや、まあ、しかし』

雷帝『気になると言えば気になるな。誰か候補はいるのか?』

黒騎士「ぇあっ!?」

氷姫「教えなさいよぉ!」

雷帝『酒も入ったことだし、話してみてはどうだ。ん?』

黒騎士「けっ、結託しないで下さいっ!」


黒騎士「はっ! 客人の迎えの時間が!」

黒騎士「父上、母上! 少しの間席を外しますぅ!!」ピュー

氷姫「あっ、逃げやがった」

雷帝『あの顔、想い人はいるのだろうな』

氷姫「いるわね」

雷帝『………』

氷姫「何しょげてんのよ」

雷帝『しょげてなどおらん!』


ヒュー ドンドン!


氷姫「あ、もう祭典が始まる」

雷帝『なんだ、まだこちらは揃ってないというのに』

氷姫「まあ、宝典劇まではまだ時間もあるわ」

雷帝『…そうだな』

氷姫「ふふ。今年の宝典劇、あんたの役は火炎山の龍剣士がやるらしいわよ。ちょっと男前すぎるわね」

雷帝『…お前は、毎年私の配役が決まる度に冷やかしてくるのを止めろ』

氷姫「だって、おかしいんだもん」クスクス…

雷帝『………しかし』

雷帝『こうして、酒を片手にあの戦いを振り返ることがあろうなんて、思いもしなかったな』

氷姫「まあね」


氷姫「あんたなんか、"魔王様が逝かれたのならば、私もお側に!"とかなんとか騒いで大変だったもんね」

雷帝『むぐっ…』

氷姫「はは。まあ気持ちは分かるけどさ」

雷帝『…』

氷姫「――………ジーさんも炎獣も死んじゃって」

氷姫「みーんな、いなくなっちゃってさ」

雷帝『…』

氷姫「………ふがいないったら、ありゃしなかったよね」

雷帝『実際』

雷帝『お前が隣に居てくれなければ、私はおめおめと生き延びた己を許すことは出来なかったろう』

雷帝『今でも許すことが出来ているかは分からんが』

氷姫「…うん」

氷姫「………身体も、心も、ボロボロになってさ………」

氷姫「………ほんと、よくここまで生きてきたよね」

雷帝『ああ…』

氷姫「――でもね」


氷姫「でも、多分………あたしはいまだに受け入れられずにいるんだ」

氷姫「魔王が――」



氷姫「――魔王が、自ら命を投げ捨ててしまったこと」




雷帝『………』


雷帝『魔王様』

雷帝『………私だって、受け入れられるものか』

雷帝『あの魔王様が、自ら命を絶たれるなんて』

雷帝『死よりも過酷な呪いの最中にあったとしても、あの方が生きていなくては…っ!』

雷帝『そうでなくては…っ、………そうでなくては!』

氷姫「………うん。そうね」

氷姫「あたしたちを残して死んじゃうなんて…あんまりだよね」



氷姫「バカだよ…魔王は」


氷姫「魔王」

氷姫「あたしさ、全部終わったら、あんたに謝ろうと思ってたんだよ」

氷姫「昔、冥界の修行の時にさ、あんたに酷いこと言っちゃったからさ」

氷姫「覚えてないだろうけど、それでもさ、あたし…」

氷姫「…」

氷姫「あたし、あの頃は炎獣が好きでさ」

氷姫「炎獣はあんたのことが好きで…雷帝だって、あんたのことが好きだった」

氷姫「妬いたな、ほんと」

氷姫「でもさ…」




氷姫「………もう、そんな事もひとつも、あんたに伝えられないじゃんか」


氷姫「死んじゃったらさ…」


雷帝『――魔王様…っ』

雷帝『あなたは私のたちの魂だった…!』

雷帝『あなたが笑うから!』

雷帝『だから、私たちはあの過酷な戦いでお互いを信じあっていられた…!』

雷帝『………どうして、どうして逝かれてしまったのですか………』

雷帝『あなたがどんなに己に価値が見出せなくなっても』

雷帝『あなたに生きていて欲しいと願う者は沢山いた…っ!』

雷帝『あなたが生きているだけで………』


雷帝『あの戦いで失われた沢山のことが報われたのに――!』


氷姫「………ね」

氷姫「あたしたちが子供を育てて、あんなに大きくなったって知ったら、魔王、どんな顔したかな?」

雷帝『………』

雷帝『すごく、すごく驚いて…それから、優しく笑われるだろう』

雷帝『良かったね、と喜んでくれる』

氷姫「そうね…きっとそうよね」


氷姫「………ねえ、魔王。こんな事考えてばっかだよ、あたしたち」

氷姫「あんたがいたから、あたしは生きてる」

氷姫「あんたのおかげで、あたしの手には希望が残ってる」


氷姫「なのにさ」




氷姫「――その後の世界に、あんたが居ないなんて………あんまりだよ」



雷帝『きっと』

雷帝『きっとまたどこかで会えるはずだ』

雷帝『………盲信だと言われても、私はそう信じる』

氷姫「………………うん」

雷帝『魔王様………』

雷帝『あなたが居なくなったあの日から――』

雷帝『もう、今日で二〇年になるのです』

雷帝『沢山のことが変わり………』

雷帝『………沢山のことが新しく始まりました』





バタンッ!

黒騎士「父上、母上!」

黒騎士「お客さまをお連れしました!」



氷姫「ふふ………ようやく来たってわけ?」


親爺「よ、よう。魔族の姉ちゃん」

氷姫「姉ちゃん、ってアンタねぇ」

氷姫「今や見た目はアンタのがオッサンでしょうが」

親爺「まあ、そうだけどよぉ」

氷姫「はーあ。あの時はあんなに可愛らしい坊やだったのに」

親爺「うるせぇ! 人間は歳食うのが早いんだよ! …ったく、目が見えないんじゃねぇのかよ」

氷姫「見えなくたって分かるわよ」フフン

雷帝『彼女は、こちらに寝かせよう。背負ってくるのは骨が折れたろう?』

親爺「ああ、すまねぇ。頼むよ」

親爺「ほら、赤毛。着いたぜ…」


赤毛「………………」スヤ…



雷帝『後の二人はどうしたのだ?』

親爺「ええっと、もうすぐ来るはずなんだが」

氷姫「早くしないと、宝典劇が始まっちゃうわよ?」

親爺「おかしいなぁ………」

「おーい! 金髪ぅ!」

親爺「お! きたきた。おーいっ、こっちだ! 坊主! 三つ編!」


《世界改変の日から、今日でちょうど二〇年っ!》

《輝かしい記念の日となるこの祭典に、相応しい劇をご用意いたしましたっ!!》


氷姫「ちょっと、ほんとに劇始まるってば!」

黒騎士「お客人は、こちらに席を用意したので…」

親爺「ほら、早く早く!」


雷帝『………ふふ』

雷帝『全く騒がしい限りだ』

雷帝『だがまあ………』



雷帝『――こういうのも悪くはない』



雷帝『今は、そう思える』


《伝説に綴られた、最後の魔王勇者大戦…!》

《その記憶を風化させぬよう、宝典劇が始まり今日でそちらも二〇年!》

《記念すべき式典は、復興を遂げたこの始まりの地、港町で行われます!》

《それではいよいよ始まります!》


《物語は、後に英雄と謳われる魔王と四天王が、港町に迫るその時から幕を開けます!》


《それは皮肉にも、当時の賢王が勇者に旅立ちを命じるその瞬間でした!》


《魔王来襲の報せを手に、伝令は王城の謁見の間に駆け込むのです………!》





親爺「おおっ…、いよいよか…!」

氷姫「………今年もこの子は、眠ったままか」

親爺「ん? …ああ」

赤毛「………………」

親爺「あの時…俺たちを助けてくれた日から………赤毛はずーっと眠りについてる」

親爺「俺としては慣れっこだけどな。………でも」


親爺「なあ、赤毛」

親爺「そろそろ目覚めてもいいんじゃあないか」

親爺「俺たち、約束通り、あれからずっとこうして待ってるんだぜ………」


赤毛「………………」
















赤毛(…あれ?)


赤毛(懐かしい声がする)


赤毛(それにこの匂い)


赤毛(潮風の、優しい香りがする………)



キラ…



赤毛(光だ)


赤毛(――ああ。大きな町が見える)



「………。…」

「…っ。………」



赤毛(何か………聞こえる)

赤毛(あたし………………)


赤毛(………あれは、劇?)



赤毛(王様みたいな格好の人が、舞台の上で何かを言っている………――)





国王「…よくぞ参った。勇者よ」

国王「女神の加護を、真の強さをもつそなたならば、きっと魔王を討てるはずだ」

国王「世界の重みをその肩にかけることを許せ」

国王「勇者よ! 遊撃隊として勇者一行を組織し、魔王を撃破するのだ!」?




赤毛(お祭りみたいに………みんなが劇に夢中になって)

赤毛(それとは別に、あたしを除き込む驚いた顔)

赤毛(そう。この人はきっと――)







親爺「っ!!」

親爺「………赤…毛………っ!!」




氷姫(――ああ、そうだ)


氷姫(どんなに世界が変わったように思えたって)


氷姫(喜びは必ずどこかにあるはずだから)




氷姫(――希望は)


氷姫(あたしたちの胸の内に、あるはずだから………)




氷姫(全ての運命が決められた戦いは)



氷姫(もう終わったんだ)



氷姫(あたしたちには明日を生きる権利がある)






氷姫(生きている限り、物語は続くし)

















氷姫(物語は、最後の最後までどうなるか分からないはずだから――――)


















国王「さあ勇者よ! いざ旅立ち――」




「で、伝令! 魔王が攻めてきました!!」


















































世界のどこか



??「よっ、ほっ」

??「よいしょ…!」

??「………ふー、こんなところかな」


??「今年はずいぶんいっぱい育ったなぁ」

??「ちょっと、植えすぎたかな?」

??「残らず収穫できるか分かんないや…」

??「冬を越える分の備蓄はもう充分だから、あとは………あ」

フワ…

??「気持ちのいい風………」

??「………ふふ」

??「風を気持ちいいって思えるようになったんだ………私」

??「………」

??「また、始めれられるかな?」

??「希望のある、生を………受け入れられるかな?」

??「ねぇ、どうかな。炎獣…」

??「………」

??「………うん、そうだよね」

??「きっと始められるよね」

??「あの日にもう、魔王は世界から消えたんだ」

??「もう、魔王と勇者のお話はおしまい」



??「今の私は、きっともう、魔王ではない私」



??「だから始めよう」

??「私の、新しい物語を!」

??「そうして、会いに行こう!」




「――そう、今、ここから!」










【もう魔王ではない彼女】
















FIN



























これだけの質量の登場人物と物語を書けて、とても楽しかったです
次は勇者と女神のコメディもの書きたいなぁ


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