【ポケモン】たんぱんこぞうのゴロウ (50)
「ゴロウは父さんよりもポケモンが上手だな」
「きっといいトレーナーになれるぞ」
ゴロウがトレーナーズスクールに通うことになったのは、父の言葉を真に受けたからだった。
ゴロウは奮起した。
ジムリーダーではなく、四天王のその先、チャンピオンを目標にした。
彼は努力を始めた。相棒のコラッタと共に。
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キキョウシティのトレーナーズスクールに入塾したばかりの頃、ゴロウの成績は平凡だった。
ただ彼は落ち込まなかった。
授業を真面目に受け、予習・復習もきっちりこなした。
朝や放課後のトレーニングも欠かさず続けた。
入塾後、半年もしないうちに、彼は1番の成績になった。
「このクラスで誰が一番優秀なのか?」
誰もがゴロウの名前を挙げた。教師のジョパンニも認めた。
「キミはよく頑張っていますね~」
ゴロウは嬉しくて鼻をかいた。
褒められた日、おこづかいをはたいて、少し高めのポケモンフードを買った。
コラッタは喜んだ。
ゴロウはコラッタの背中を撫でた。毛並みがツヤツヤしていた。
コンタという少年が唯一ライバルだった。
彼はイワーク(ブルブルという名前だった)を持っていた。
ゴロウは初めのうちは負けていた。『たいあたり』や『かみつく』では歯が立たない。
長期戦の末、何度もコラッタは倒れた。
ゴロウは悔しかった。トレーニングを続けた。
本を読み、ジョバンニにアドバイスを求め、練習の質もあげた。
コラッタが『いかりのまえば』を習得してからは勝負に勝つことが増えた。
カントーに住むいとこから『みずてっぽう』の技マシンをもらうと、すぐにコラッタに覚えさせた。
彼はコンタのイワークに負けることがなくなった。彼は困難を乗り越えた。誇らしげになった。
ゴロウは夕食の時に母と父に嬉しそうに話した。
「流石、ゴロウだ」と父は褒めた。
「あんまり根を詰めすぎないでね」と母は微笑交じりに心配した。
ゴロウはますますポケモンにのめり込んだ。
ゴロウは努力し続けた。クラスで敵なしになっても変わらなかった。
男子には一目置かれていたし、女子に人気もあった。
放課後、「コツを教えて」と頼まれることが増えた。
ゴロウは気恥ずかしかったが、快く頼みを引き受けた。
1年後、予想通り最優秀賞をクラスで表彰された。
もう少しスクールで学んだら、旅に出るつもりだった。
「自分はチャンピオンになれるだろう」と彼は確信していた。
甘い考えだったと思い知ることになったのは、春になってからだ。
キキョウシティに桜が舞い落ちる季節になった。
トレーナーズスクールに新入生が入ってきた。
変わったおさげの子だ。マッシュルームのような変な帽子をかぶっている。
名前はコトネと言った。同じ歳だ。ワカバタウン出身らしい。
彼女は「ワニノコ」と「トゲピー」という珍しいポケモンをパートナーにしていた。
「はじめまして。コトネって言います。夢はチャンピオンです!」
彼女は堂々としていた。
「彼女はウツギ博士の元でポケモンについて少し勉強していたそうで~す。みんなより、先輩かもしれませんよ」
ジョバンニ先生はいつものように回りながら紹介した。期待している口ぶりだった。
ゴロウも期待した。
自分といい勝負ができればいいな、と考えた。
放課後、彼はさっそく勝負を挑んだ。
「さっそく勝負しようぜ。俺はゴロウ。よろしくな」
「ええ。こちらこそ」
コトネは笑顔で応じてくれた。
クラスのほとんどの者が観戦しに来た。
「ゴロウ。手加減しろよー」ヤジが飛んだ。
「うるせえ」とゴロウは笑って応えた。
ゴロウはワクワクしていた。
コトネはワニノコを繰り出してきた。
ワニノコは水タイプ。コラッタとの相性は普通だ。
これなら負けることはない。ゴロウは確信した。全力で迎え撃った。
コラッタが『こわいかお』を受けて委縮した時には「雲行きが怪しい」と感じた。
彼はそのまま押し切られた。完敗した。
「いい勝負だったね」
「ああ、コトネ。お前、強いな」
ゴロウは握手をした。笑った。
ゴロウは帰り道は走った。
ポケモンセンターでコラッタを治療した後
いつものようにトレーニングをした。
寝る前に負けたことを思い出し「畜生」と呟いた。
それでも努力すれば勝てると信じて疑っていなかった。
新しいライバルの登場に高揚すらしていた。
彼女を乗り越えなければチャンピオンなど夢のまた夢だ。
コトネが入塾してから3か月が経った頃、彼は不安を抱いた。
ゴロウは一度も彼女に勝てていなかった。
「やったぁ! アリゲイツに進化したわ!」
「やったね、コトネちゃん」
コトネのワニノコは進化した。アリゲイツだ。
より力強く、より早く、より体力が増したようだ。
結局、ゴロウのコラッタはワニノコにすら1度も勝てていなかった。
ゴロウは焦った。
「おめでとう、コトネ」
「おい、見てろよアリゲイツ。絶対、俺が倒してやるからな!」
それでも彼はコトネとアリゲイツにそう言った。
コトネは「ありがとう」と微笑んだ。
アリゲイツもゴロウに飛びついてきた。
アリゲイツとは何度も顔を合わせている。そして懐かれている。
ゴロウは冗談交じりにアリゲイツの頭を「このやろー」と前後に揺すった。
アリゲイツは嬉しそうにしていた。クラスのみんながそれを見て笑った。
夏が始まる前にコンタの手持ちが変わった。
イワークがマダツボミになっていたのだ。
「コンタ。お前、イワークはどうしたんだよ」
「いや、イワークだと、いくら頑張っても勝てないからさ。親戚の人に交換してもらったんだ」
コンタは言った。
「ゴロウも知ってんだろ。『ほかの人からもらったポケモンは早く、強く、育つ』ってな」
コンタはマダツボミの頭を撫でた。マダツボミはまだ懐いていないらしい。顔をそむけた。
「へえ。そうなんだ」
ゴロウは何気なく相づちを打った。
何故か嫌な気持ちになった。胸が圧迫されるような感覚を抱いた。
その日、ゴロウは久しぶりにトレーニングをしなかった。
夏期講習の日。トキワシティにあるトレーナーズハウスからヒカルという特別講師が来てくれた。
ゴロウは興奮した。テレビで見たことがあった。
バクフ―ン、オーダイル、メガニウムの3体を使いこなす一流トレーナーだ。
「よろしくお願いします!」と彼は人一倍大きな声で礼をした。
参加した生徒は1人1人、彼と勝負ができた。
ゴロウは最初に志願した。
「お願いします!」
ゴロウはいつものようにコラッタを繰り出した。大事な相棒だ。
ヒカルのバクフ―ンに挑んだ。結果は惨敗だ。
『みずてっぽう』をうまく当てたが、バクフ―ンは全く揺らがなかった。
コラッタは『かえんほうしゃ』をモロに食らってしまった。
手加減はしてくれたらしい。コラッタはやけどを負っていなかった。
「なかなかよかったよ。いいポケモンだね」
ヒカルはゴロウを褒め、コラッタの頭を撫でた。
ゴロウは嬉しかった。
ゴロウは自分の中で「何が悪かったのか」と自問自答していた。他の生徒の勝負は見ていなかった。そうして1日が終わった。
ゴロウは充実した1日を過ごせたと思った。いい経験だ。いつか絶対倒してやる。心に誓った。
もう日が暮れていた。帰り道、ゴロウは忘れ物をしたことに気が付いた。
スクール前に戻ると、誰かが話していた。彼はとっさに建物の陰に隠れた。
誰だろう。もう夏期講習は解散したはずだ。
ゴロウは耳を澄ませた。
「キミには才能がある。これは名刺だ。よかったら、後で連絡をしてくれ」
間違いなくヒカルの声だった。どうやら誰かに話しかけているらしい。ヒカルは興奮している様子だった。
「ありがとうございます。そう言われると自信になります」
ゴロウは相手の声がすぐにわかった。ショックを受けた。足元が揺れた。
「それじゃあね、コトネちゃん」
「ええ」
「正直に言えば、この学校でジムリーダー以上になれるとしたらキミしかいないよ」
ゴロウは気が付けば走っていた。
家に帰るとベッドに潜り込んだ。涙があふれた。
夏の間もゴロウはコラッタと一緒にトレーニングを続けた。
彼にはそれしかやることがなかった。トレーナーとしての勉強も続けた。
キキョウシティに立ち寄ったトレーナーらしき人を見つけると、声をかけ、勝負を挑んだ。大人でも例外なく、目が合ったら、片っ端から勝負した。
ゴロウは勝ったし、負けた。それでも勝った方が多かった。
8月に入るころ、コトネはもう旅に出ると言った。
ゴロウはクラスのみんなに呼び掛けて簡単なお別れ会をした。
その日の締めに、ゴロウは再び勝負を仕掛けた。
「コトネ。もし、負けたら残っていけよ」
ゴロウは冗談めかして言った。口角は上がっていた。目は笑っていなかった。
「残念だけど、私は負けないわ」
コトネはガッツポーズをして言った。同じように口角は上がっていた。やはり目は笑っていなかった。
ゴロウはコトネと仲はよかった。気が合った。
いい奴だ、とゴロウは認めていた。
彼女は努力をする。
ポケモンを心から愛している。
友人のことも考える。
間違いなく「いい奴」なのだ。
ただ、気に食わないことがあった。コトネはゴロウの向上心について触れたことがない。触れることを避けているのだ。
ゴロウは薄々気が付いていた。
コトネはゴロウのことを気の毒に思っていた。
ゴロウもコトネも、人一倍努力している。
ただ、コトネにしかないものがあった。たくさんだ。
彼女はポケモンに懐かれる。
バトルで慌てることもない。
指示が的確だ。
多くの人を引き付ける魅力がある。
男女関わらず、友人になれる。
行動力も勇気もある。
誰もが彼女のようになれたらいいなと薄々思っている。
ゴロウにも才能はあった。が、残念ながら、突き詰めても「優秀」の域は出なかった。
彼は「特別」や「天才」、「異端」ではない。
努力の果てに行きつくのは「秀才」しかないのだ。
コトネはそれに気が付いていた。自分にはセンスがある。ゴロウにはセンスが欠けている、と。
だが、友人であるゴロウに言うことなどできなかった。気が付いてしまった自分が嫌だった。
ただ、どうすることもできないことだった。
その日の勝負は長引いた。
ゴロウのコラッタは勝負が始まった途端、ラッタヘ進化したのだ。
わずか1年でラッタヘ進化したのは、たゆまないトレーニングの積み重ねがあったからだ。
ゴロウは感激した。
コラッタは自分の身に起きた変化に驚き、沸き上がる力に興奮した。
ようやくあのアリゲイツに勝てる、とゴロウは信じた。
考えうる限りで最善の指示もした。
ラッタは彼の指示通り動くこともできた。
2人のコンビネーションは完璧だった。
コトネは進化したラッタを冷静に見ていた。
少しも動じなかった。
困惑するアリゲイツに「落ち着いて」と言い、微笑んだ。
アリゲイツは揺らぎのないコトネを見て、平常心をすぐに取り戻した。
「アリゲイツ。大丈夫、負けないようにじっくり腰をすえて戦いましょう」
「楽勝よ」
本心から出た言葉だった。
コトネはラッタのスピードを見極めていた。
ラッタはアリゲイツよりずっと素早い。
それを認めた上で、「勝てる手」をいくつか考えた。
アリゲイツがスピードに翻弄さえしなければ怖くはない。目を切らさず、組み合ってしまえば最後には勝てる。
アリゲイツの「強み」を活かすのだ。
「アリゲイツ。その場から動かないで、ラッタから目を切らないようにしていなさい」
アリゲイツはコトネを信じた。
ラッタの方がレベルは高かった。戦闘経験も上だ。
トレーナーなしで戦えばアリゲイツは十中八九負けるだろう。
逆に言えば、トレーナーの差が勝負を決めた。
アリゲイツはラッタと取っ組み合った。
じりじりと両者の体力は削られていった。
ラッタの方が押しているように見えた。
誰もが「奇跡」を信じた。
すなわち、これまで負け続けてきたラッタの勝利だ。
一方、コトネは静かにその瞬間を待っていた。
ゴロウはそれに気が付かない。
「頑張れ」と力んでいる。
その時が来るとコトネはゴロウと一瞬目を合わせた。
悲しそうに笑った。
ゴロウは罠にようやく気が付いた。
「ラッタ!! 離れろ!」
もう遅かった。コトネは鋭く指示した。
「アリゲイツ。みずのはどう!」
アリゲイツは指示に素早く反応した。
取っ組み合っていたラッタは逃げられなかった。
吹き飛ばされた。混乱した。
追撃でもう一発『みずのはどう』を食らってダウンした。戦闘不能だ。
コトネは『げきりゅう』の発動を狙っていた。
だからじわじわとお互いの体力が減るような状況へ持ち込んだ。
それが勝因だ。
拮抗していた力関係は特性の発動で崩れた。ラッタは力負けするほかなかった。
ゴロウとラッタにも勝ち目はあった。
『いかりのまえば』や『でんこうせっか』でのヒット&アウェイを徹底していれば、アリゲイツに対抗手段はない。コトネは負けていた。ゴロウは勝てた。
が、ゴロウは「勝つための方法」を見抜けなかった。
彼はラッタの劇的な進化に興奮するだけだった。
先を見据えることができなかった。
大きな差が浮き彫りになった。
ポケモンの治療を終えるとゴロウはコトネと握手した。
彼はコトネに手を振って見送った。
「じゃあな。すぐに追いついてやるから!」
ゴロウは大声で叫んだ。コトネは振り返らなかった。応えなかった。
ゴロウにはなぜかコトネの背中が大きく見えた。
コトネがいなくなるとゴロウは泣いた。友人たちはゴロウの背中を叩いた。
「いつかまた会えるって。泣くなよ」
そうじゃないんだよ、とゴロウは言おうとしたが声が出なかった。嗚咽した。ラッタがすり寄って来たので、「ありがとう」とだけ言った。
コトネと別れてから半年後。ゴロウは旅に出た。
スクール自体よりも多くの勝負を重ねた。
手持ちは増えた。ラッタの他にアーボとヌオーをゲットした。
特訓も欠かさなかった。ポケモンたちと友情を深めた。
捕まえて間もない頃のアーボに噛まれ、一度昏睡状態にまで陥ったのも、今では笑い話になっている。
ヌオーの頭突きで手の甲にひびが入ったのも、「いい思い出話」になっている。
ラッタとはもはや言うこともない。苦楽を共にしてきた。以心伝心だった。
彼はジムバッチは3つ手に入れた。
その年のポケモンリーグには参加できなかったが、彼は次第に自信を取り戻していた。
旅は充実していた。
ある宿でゴロウはテレビを見ていた。ポケモンリーグの開催だ。
64人のトーナメントが行われる。
優勝者、準優勝者は四天王との総当たり戦参加の権利が与えられる。
そこで上位4名が来年の四天王になるのだ。
ゴロウは公式のガイドブックも買った。ベテラントレーナーから新人トレーナーまで詳しくそのデータが載っている。
彼は毎年欠かさず買っていた。
ゴロウはその中に見慣れた名前と顔写真を見つけた。
・コトネ(最注目新人トレーナー。チャンピオンのワタルも言及した期待度NO.1)
登録手持ち:オーダイル、トゲチック、エーフィ、ハッサム、サナギラス、バルキー。
ゴロウはコトネのページの記事だけ読み飛ばした。
彼女の試合時間はテレビを消した。
しかし、3日後にはそうもいかなくなった。
コトネはベスト8まで残っていたのだ。目にしないわけにもいかなくなっていた。
夜のニュースでインタビューがあった。映ったのはコトネだ。ゴロウはそれを見た。
「ここまでこれたのも、故郷の友人や家族、旅の途中で出会った、皆様のおかげです。私は最後まで頑張って優勝します!」
コトネの言葉に嘘はないだろう、とゴロウはわかっていた。
ゴロウは懐かしい彼女の顔に微笑んだ。
コトネはそういう人間だ。人に心から感謝できる。
ゴロウはベスト8の戦いを見ずに宿を出た。
数日の間、行先も考えずに歩いた。
やるせなさだけが彼の心を占めていた。
「キミのヌオーはカントーにはいないポケモンでね。どうだい? 私のサンダースと交換しないかい?」
アサギシティでゴロウは交換を持ちかけられた。
相手はアクア号から降りてきたジェントルマンだ。ゴロウはこの紳士と勝負した。
その後、共に昼食をとった。その時に切り出されたのだ。
サンダースは素早い。イーブイから進化する強力な電気ポケモンだ。
珍しいということも知っていた。
ゴロウは戸惑った。
「ああ、いや、突然で悪かったね。一晩じっくり考えてくれたまえ。OKならポケギアに電話してくれ。明日の午後までは私はこの町にいるからね」
ゴロウは言葉を探した。しかし見つからなかった。彼は渡された携帯電話のメモをじっと見ていた。話の間、ヌオーはボールに入れておいた。交換のことは聞かれておないはずだ。
(「いや、イワークだと、いくら頑張っても勝てないからさ。親戚の人に交換してもらったんだ」)
(「ゴロウも知ってんだろ。『ほかの人からもらったポケモンは早く、強く、育つ』ってな」)
コンタの言葉がよみがえった。
ゴロウはあの時、こう思っていた。
「大事な手持ちを手放すなんて、何を考えているんだ」と。
しかし、今ならコンタの気持ちが分かった。
宿に戻るとゴロウはラッタだけをボールから出した。そして言った。
「コトネのアリゲイツはオーダイルに進化していたよ。電気タイプか草タイプがいないと、正直、勝負にならないかもしれない」
「―――実は、今日、交換を持ちかけられたんだ。ヌオーとサンダースの交換だ。もしかしたら最初は慣れないかもしれないけど、同じポケモンだ。サンダースと仲良くなれないことはない」
「俺はあいつに勝ちたい。勝ちたいんだ」
「交換を受け入れれば、もっと強くなれるかもしれない」
「なあ、ラッタ。お前はどう思う?」
「交換を受け入れるべきか。受け入れないべきか」
ゴロウは淡々と言った。ラッタはじっとゴロウを見つめた。
何も反応せず、ラッタは横になって眠り始めた。
ゴロウは夢を見た。
進化する前のコラッタと一緒に遊んでいた風景だ。
彼はトレーニング用のサンドバックを指さし、『たいあたり』の指示を出した。
しかし、コラッタは言うことを聞かなかった。
そっぽを向いて駆け始めた。
ゴロウはコラッタに嫌われてはいなかった。
しかし、「遊び相手」として見られていた。トレーナーとしてではない。
ゴロウは悔しかった。コラッタに強い口調で「言うことを聞け!」と命令した。
コラッタはゴロウの服を噛み、引っ張った。
「そんなことより遊ぼうぜ」と言わんばかりだった。
ゴロウは一度諦めた。
コラッタが指示を聞いてくれるようになったのは、スクールに入る少し前のことだ。
彼らの間にある信頼関係は意図的に築き上げられたものではない。長く過ごした時間によるものだ。
彼らは散歩をした。
バトルごっこもした。
フリスビーで遊んだ。楽しかった。かけがえのない時間だ。
ゴロウは目を覚ました。もう朝だった。
ゴロウは4つ目のジムバッチを手に入れたところで旅を終えた。
キキョウシティで出てから2年が経っていた。
旅を止めたのはチョウジタウンでヤナギに負けた後、はっきりと言われたからだ。
「キミにはバッチをあげることはできない。残念ながらね」
ゴロウは勝負の後、ヤナギ老人から話を聞いた。ポケモンセンターの二階。休憩スペースで向き合った。ヤナギ老人は熱い茶に口を付けた。
「我々、ジムリーダーが相手のポケモンに見合ったレベルの手持ちで勝負をしていることは君も知っているだろう」
「今日の勝負もそうだ。私はマンムーやユキノオー、トドゼルガをキミには出していない。イノムーやジュゴンで戦わせてもらったよ」
ゴロウは頷いた。
例えば、キキョウシティのジムリーダーであるハヤトはピジョットやエアームドを所持している。
しかし、ジムバッチを持っていないトレーナーに対してそれらを出すことはない。
ポッポやピジョンで使って『バッチを渡すのにふさわしい人物か』を見極めるのだ。
「―――使用ポケモンを選ぶ時の基準は『ジムバッチの数』だ。キミは4つ持っている。だから私はそれに見合ったポケモンを出した。そして、キミは負けた」
「ええ。でも、いい勝負はできていましたよ」
ゴロウは語気を強めていった。
「もう1度、やれば勝てます」
「ああ。そうかもしれない」
ヤナギは認めた後で「キミはなぜ、いい勝負ができたと思う?」と聞いた。
「なぜ?」
「ああ。キミの考えを聞かせてくれ」
「―――それは、ヤナギさんが本気のメンバーで戦わなかったからじゃないんですか?」
「それも1つの要因だがね」
と、ヤナギはかぶりを振った。
「教えてあげよう。健闘できたのは、キミのポケモンのレベルが『ジムバッチ4つ』のトレーナーにしては高かったからだ」
「どういうことですか」
ヤナギはゴロウの目をしっかり見据えていった。鋭い目だ。
「キミのポケモンはよく育てられている―――しかし、レベルに見合った実力を発揮できていないんだ。例えば、私のイノムーが30レベルだとすると、キミのラッタは35レベルくらいだ―――はっきり言って私がキミの立場なら負けることはない」
「何が言いたいのかわかりません」
ゴロウの声が震えた。
ヤナギは自分の白髪を触った。髪を指先でもてあそんだ。
「キミのために、あえて、はっきり言わせてもらおう。キミはトレーナーとして実力が不足しているんだ」
「―――今までキミがバッチをもらったのは、ハヤト、シジマ、ミカン、ツクシだったね? ジムリーダーとして、彼らは優しい。挑戦者にバッチを授与する割合が高いんだ」
「シジマの馬鹿などは10人が挑戦すれば7、8人に渡してしまうくらいだ。あいつは熱意のあるトレーナーに肩入れするきらいがある。協会から注意勧告を先日食らったほどだ」
「しかし、残りのジムリーダーは甘くない者ばかりだ」
「アカネ、マツバ、イブキ。彼らは『頑張った』からと言ってバッチを授与しない」
「トレーナーのセンスを重視する傾向がある。『こいつは認めるべきトレーナーかどうか』と目を光らせているんだ―――私も含めてね」
「どうも、私は口下手だ。回りくどくなってしまった」
ヤナギは茶をすすり、ぽつりとつぶやいた。
「キミがこの先、バッチを8つ集めきれるとは思えない」
「まだ、キミは若い。もしかしたら『眠っている才能』があるかもしれない。しかし、『ポケモンバトルの才能』はない。私にはわかるんだ。運動神経のない人間がひと目でわかるようにね」
「一度、自分を見つめなおしてみてはどうかね」
ヤナギは話し終えた。ゴロウの心臓がナイフで突き刺されたように痛んだ。顔が熱く感じた。紅潮した。ゴロウは叫んだ。
彼は短くヤナギに暴言を吐いた。センターを飛び出した。
夜。ゴロウが「いかりのみずうみ」のほとりで座っていると、ヤナギが毛布を持ってきてくれた。ゴロウの肩にかけた。
「さっきはすみませんでした」
「ああ。いいんだよ」
「ヤナギさん。俺。どうすればいいんですかね」
ゴロウは力のなく笑って聞いた。
「私にはわからないよ」
ヤナギはそう応えた。
「ただいま」
「おかえり」
ゴロウは家に帰った。母と父が迎えてくれた。
旅の思い出話をした。何日もかかった。
道中にできた友人のこと。
変わったポケモンのこと。
間近で見て、体験したジムリーダーの強さ。
見知らぬ街での祭り。
成功談、失敗談。
語っても、語りつくせなかった。
ようやく語りつくしたと思ったら、ふとした拍子に別の話を思い出した。
それが繰り返された。
彼はスクール時代の友人たちとも再会し、話をした。
それぞれが自分の道を進んでいた。
「正直、何になりたいかまだ決まってないんだ」と苦笑いする者もいた。
「バーカ、俺もだよ」
ゴロウはバシバシ肩を叩いて「俺たちは同士だ!」とふざけた。
ゴロウは新しくパートナーになったポケモンたちを紹介もした。
最初、両親とポケモン達との間には隔たりがあった。
しかし、1週間が経つ頃には慣れた。ひと月が経つと、ポケモンたちの方から父と母にすり寄っていった。ソファに座って一緒にテレビを見た。
「いい子たちね」
母はとりわけポケモンたちを可愛がった。
ゴロウはトレーニングを続けた。
ただ、量は減った。勝負を自分から挑むこともなくなった。
彼はキキョウシティで平穏な日々を送り始めた。
大きな代わり映えのない日々。
しかし、それは退屈ではなかった。
心地よいものだ。
ゴロウはジョバンニと再会した。
彼は相変わらず変な格好で回っていた。ゴロウは懐かしさで笑った。
皆にしたように、旅の話をした。
「そうですか。アナタは素晴らしい経験をしましたね」
ジョバンニに頭をポンポン叩かれた。
「もう子供じゃないんですから、やめてくださいよ」
ゴロウは苦笑した。
彼は別れ際、ジョバンニにこう提案された。
「もしよかったらで~すが、ワタクシのスクールで教師として働きませんか~」
「教師?」
「そうで~す。子供たちにアナタの知識や経験を活かすので~すよ」
「いえ。俺には自信がないです―――旅で、それがよくわかったんですよ」
寂しそうにゴロウは言った。
ジョバンニは笑った。
「関係ありませんよ~。スクールは『ポケモンバトル』だけを学ぶ場所ではありません。『ポケモンとの付き合い方』を学ぶところで~す」
「もちろんバトルも学びます。しかし、ポケモンはバトルをするだけの生き物でもありません~」
「家族として、友人として、人間の手助けをしてくれる存在として、コンテストで輝く主役として―――ポケモンはかけがえのない存在なので~す」
「ただ、ポケモンには危険もあります~。キミが話してくれたアーボのように毒を持ったポケモンなどは、まさにいい例でしょう」
「知識がないままだと、ポケモンは人間の『敵』にもなりかねないのですよ~」
「ワタシは『ポケモンが嫌い』という人を何人も見てきました~」
「彼らの多くはポケモンによって傷つけられたり、モノを壊されてしまっています。それが、ワタシには悲しいので~す」
「話を聞くと、ポケモンのことをしっかりと理解していれば、防げた悲劇であることがほとんどだったからです~」
「―――現実問題には向き合わなければならないことが多いので~す。それを子供たちに教える人として、アナタは最も優秀だとワタシは思いますよ~」
ジョバンニはゴロウと向き合ってにっこり笑った。
「ご検討してくれると、嬉しいで~す。ワタシはアナタをいつでも待っていますよ―――ゴロウくん」
ゴロウは言葉を失った。
帰り道、彼はゆっくりと歩いた。陽が落ちていた。
コトネとヒカルが話していたのを聞いてしまった日を思い出した。
あの時、ゴロウは同じ道を走って帰っていた。
ゴロウはジョバンニに連絡をした。
「あの話、引き受けさせていただきます」
ジョバンニは喜んだ。
ジョバンニとの電話を切った。
ゴロウはそのままポケギアを操作し、懐かしい番号をプッシュした。
電話は間もなく繋がった。
「なあ、俺、トレーナー引退するんだけどさ、最後の勝負に付き合ってくれない? 最後はお前に勝ってスッキリしたいんだ」
ゴロウは断られるかと思った。
彼女はたまにメディアにも出るようになっていた。
忙しいはずだ。
非公式の試合など受け入れてくれるはずがない。
頭のどこかでゴロウはそう思っていた。
しかし、彼女は以前と変わらない口ぶりで返事をした。
「いいよ。やろう! 絶対行く!」
コトネは電話越しに楽しげな声をあげた。
ゴロウは思わず相好を崩した。
「あ、でも、ちょっといいかな」
「何? あ、もしかして、時間ない?」
「違うって」
「―――私、勝負は絶対手加減しないけど、いいの? ゴロウ?」
コトネがニヤリと笑う顔が想像できた。挑発的な言いぶりだ。
「当たり前だ。全力で俺も倒しに行くからな!」
ゴロウは手に力が入った。
「覚悟しとけよ、チャンピオン!」
ゴロウは電話を切った。
3年が経っていた。
コトネはカントー・ジョウト地方の現役のチャンピオンだった。
最強のトレーナーだ。
トレーナーズスクールの小さなバトル場には多くの人が集まった。
チャンピオンであるコトネへの注目だ。
教師や生徒はもちろんのこと、スクールへの入学を考えている小さな子や、噂を聞き付けた彼女のファンまでが観客席に腰をおろした。もちろん、ゴロウの両親や友人もいた。
「チャンピオン! がんばれー!」
「コトネさーん! いつも応援してまーす」
「お母さん。本物のチャンピオンだよ!」
話題はコトネのことばかりだ。
試合前に集まったとき、「ゴロウの引退試合なのに」とコトネと旧友たちは苦笑した。
それを聞いてゴロウは鼻で笑った。
「逆に考えてみろよ。これはチャンスだ」
「チャンス?」
「俺が勝てば、『チャンピオンに勝った男』として注目される―――ついでにコトネに恥をかかせることもできるだろ?」
「あんたって、サイテー」コトネを含めた女性陣は笑った。
「いいぞ、その意気だゴロウ!」男衆は拍手喝采だった。
「任せろ」
「さすがゴロウ、頼もしい」
「コトネちゃん。あんな馬鹿叩きのめしちゃって」
「もちろん。子供たちの前で、新任教師に恥かかせてやる」
「お前の方が最低じゃん!」
皆が笑った。
ジョバンニに「そろそろです」と声をかけられた。
陽が落ちてきた。バトル場に照明が灯った。ライトがまぶしい。
ゴロウとコトネは向き合った。
互いに相手の顔をまっすぐに見据えた。
ゴロウはモンスターボールをつかみ、腕をまっすぐ伸ばし、コトネに向かって突きつけるようにした。
「目があったらポケモン勝負! トレーナーの基本だ!」
最後の勝負が始まった。
子供の頃から夢見ていたチャンピオンへの挑戦だ。
勝てるわけはなかった。
コトネはポケモンバトルの頂点で日々、切磋琢磨している。
チャンピオンの看板を背負いながら、その座を狙うライバルと身を削りあうようにして競っているのだろう。頂であぐらをかいているわけではない。
試合前、彼女は言った。
「強さが拮抗してくると、一瞬の気のゆるみで、力関係は簡単にひっくり返っちゃうの―――毎日、必死だよ」
「私はチャンピオンだけど最強じゃない」
ゴロウには彼女の言葉が理解できなかった。
「言葉」としてはわかる。
「感覚」はわからないのだ。
経験もレベルも違う。
彼は悟った。
だが、ゴロウは勝負を捨ててはいなかった。
目の奥に闘志の炎が揺らめいていた
力の差は歴然だった。
しかし、コトネは攻め切れていなかった。
勝負の流れはゴロウにあると認めた。
コトネのメンバーはトゲキッス、オーダイル、バンギラスだった。
戦闘に関して言えば、最も信頼を置いている3匹だ。
加減などするつもりはなかった。
叩き潰すつもりで挑むこと。
それが友人に対する礼儀だと彼女は考えていた。
公式戦以外で、コトネは「いい勝負」を演出するために手心を加えることもあった。それで喜んでくれる人もいる。メディアの前や子供、ファンとの勝負などはいい例だ。
ただ、ゴロウに対しては別だ。
コトネは彼の努力と挫折を聞いていた。
彼女はゴロウの気持ちは分からなかった。
分からなかったが「手を抜かず本気で勝負しなければならない」と思った。
ゴロウから電話がかかってきたとき、そこまで深く考えたわけではない。
しかし、「手は抜かないよ」と口から自然と出ていた。
厄介なのはヌオーだった。
トゲキッスの『でんじは』はヌオーには効かない。
バンギラスは相性が不利な上、砂嵐でのダメージもない。
オーダイルの水技は『ちょすい』の特性で吸収されてしまう。
今のメンバーに対する天敵と言えた。
ゴロウの指示が悪ければ、力押しで乗り切れるはずだった。
しかし、そういう状況に運ばせてくれない戦い方をされた。
トゲキッスで『エアスラッシュ』を連打しようとしたが、『あくび』でテンポを狂わされた。
ポケモンの入れ替えのスキに『れいとうパンチ』や『アクアテール』を軸にした接近戦に持ち込まれた。
レベルの差がある。バンギラスとオーダイルは戦闘不能になるほどのダメージは受けなかった。ただ、流れが悪くなった。
コトネは深呼吸した。
「大丈夫。有利なのはこっちだ」
彼女は呟いた。
トレーナーは絶対に動揺してはいけない。
自分のポケモンが最も輝くことができるように考え、指示すること。
それが自分の仕事だ。
ヌオーの体力もかなり削れていた。コトネは一気に攻め込んだ。
トゲキッスの『エアスラッシュ』がまともにヒットし、ヌオーは怯んだ。『はどうだん』で残った体力を確実に削りとった。
ヌオーが倒れた。
コトネはゴロウを見た。
「ありがとう、ヌオー」
ゴロウは動揺していない。表情は穏やかだった。
「お前を手離さなくてよかった」
と、ゴロウの声が聞こえた。
コトネには何のことかわからなかった。
(「キミのヌオーはカントーにはいないポケモンでね。どうだい? 私のサンダースと交換しないかい?」)
ゴロウはあの申し出を断っていた。
交換という行為は、決してポケモンへの裏切りではない。
どうしてもポケモンにもトレーナーにも個性がある。
合う、合わない。すなわち、相性というものは存在する。
ポケモンを他人に譲り渡すことは「悲劇」ではないのだ。
ゴロウはそう本で読んだことがあった。その考えは正しい。納得できた。
ただ、ヌオーを交換に出すことを考えると苦しくなった。もやもやした。
ちゃんとした説明をすることはできない。
ただ、彼にとって「交換」は受け入れがたいことだったのだ。
ゴロウは倒れたヌオーをボールに戻した。
「よく頑張ってくれたな」
その日、ゴロウの集中力が途切れることはなかった。
ジムリーダーとの戦いでもなかった感覚だ。
はたから見て、ゴロウの指示は最適なものとは言えなかった。
しかし、ゴロウの気迫はポケモンたちに伝わった。
彼らはゴロウの指示を信じた。結果的にそれが功を成した。
「ヌオー! 一歩踏み込んで、『れいとうパンチ』!」
「慌てるな! 確実に一発当てろ!」
「スピアー! 『どくづき』を当てたら『おいかぜ』!」
「いったん、距離を取って『ダブルニードル』だ!」
会場の誰もがバトルの行方を見守っていた。
ゴロウの知人は手に汗をかき、拳を握りしめていた。
「あの兄ちゃん、詰んだね」
観戦していたコンタの後ろから声が聞こえた。知らない男だ。
コンタは反射的に腹を立てた。
「まだわかんねーだろ!」と否定しようと振り向いた。
が、その男の意見は正しかった。
スピアーが倒れたのだ。
コンタは振り向きかけた身体を戻した。悔しくて唇を噛んだ。バトルの行方を再び見守ろうと、バトル場に目をやった。変化が起きていた。
「まあ、あそこまで追い詰めりゃ上出来だがな」
男の声がまた聞こえた。
コトネのトゲキッスが同時にダウンした。
ゴロウはコトネを睨み、微笑んだ。
ボールを投げた。
コトネはゴロウを睨み、微笑んだ。
ボールを投げた。
「いけ! ラッタ!」
「いけ! オーダイル!」
モンスターボールが弾け、白い光を放った。
2匹のポケモンが現れ、向かい合った。
「ギシャァァァァッッッッ!!!」
「ヴォォォォォォォッッ!!!!」
ラッタとオーダイルは咆哮した。
会場が揺れた。
誰がどう見ても結果は明白だった。
「ラッタが勝てるわけがない」
観客席からまばらに人が立ち上がり始めた。興奮からではない。結果の見えた試合に興味を無くしたからだ。
「混む前に帰ろう」
「いい試合だったよ」
「コトネにはバンギラスも控えている。もう終わりさ」
相性がいいわけでもなかった。
体格にも差があった。
オーダイルは自他ともに認めるコトネのエースポケモンで、公式戦で敗北した記録は数えるほどしかない。
ラッタは水ポケモンに有効な技を覚えることはできない。
オーダイルは格闘技である『ばかぢから』を覚えている。
勝負は気合いや運だけではどうにもならないことがある。
それが現実だ。
「頑張れ!」
両親と友人たちは叫んだ。しかし、彼らも薄々気が付いていた。
ゴロウは負ける。
残念だ。
後で慰めて笑ってやろう、と考えていた。
素人目にも勝負の行方は見えていた。
―――しかし、経験豊富なはずの2人にだけは勝負の行方が見えていなかった。
2人は互いの顔を見据えていた。
周囲の雑音が聞こえなくなっていた。
時間が止まったように感じていた。
コトネは乾いた唇を舐めた。
口を開き、オーダイルの背中に声をかけた。
「絶対勝つわよ」
オーダイルは振り向かなかった。
丸太のような青い脚に力が入ったのが分かった。
ゴロウにはオーダイルが突っ込んできたのが見えた。
スローモーションのように一挙一動をとらえることができる。
彼はラッタの背中に声をかけた。
「真正面から迎え撃て」
ラッタは地面を蹴った。
「アイツの頭に『すてみタックル』だ!」
間もなく決着はついた。
エピローグ
ゴロウが教師を始めてから1年が経った。
彼は生徒とポケモンに毎日、向き合っている。
まだ慣れないが、充実した仕事だ。子供たちには「もう一回、チャンピオンと合わせて!」としばしばせがまれる。
「うるせえ」
そういう時は、ゴロウは笑って彼らの頭に手を置き、髪をわしゃわしゃする。
不満の声が上がるが気にしなかった。
昼休みの終わりのチャイムが鳴った。
彼はベンチから立ち上がった。
シュッ!
足元を紫色のポケモンが通り抜けていった。とても素早かった。
が、ゴロウにはその名前がすぐにわかった。
遠くから生徒が手を振りながら駆けてきた。
「おーい、先生! そのコラッタ捕まえておいて!」
「僕の手持ちにしたいんだ!」
ゴロウは「ああ、待ってろ」と答えた。自分のボールからラッタを出した。
野生のコラッタと向き合わせた。
「よし、じゃあ、ポケモンの捕まえ方の講座を始めよう」
「ええー」
「ええー、じゃない。ほら、よく見てろ」
ゴロウは生徒にバトルの基本を教えた。彼は呑み込みが早かった。ぎこちないながらも、臆せず、ラッタに指示を出した。コラッタを倒した。ボールをコラッタに当て、捕まえることができた。「やった!」と喜びを露わにした。
「頑張ったな」
「うん」
ゴロウはふと思いついた質問をした。
深い意味はなかった。
「お前、将来、なりたいものとかあるのか?」
「僕?」
「ああ」
「ポケモンチャンピオン」
「当然だ」と言わんばかりの答えだった。
ゴロウは目を丸くした。
目頭が熱くなった。
「何笑ってんだよ! 先生! ―――って、あれ? 泣いてる?」
いや。平気だよ、とゴロウは目元をふきながら言った。鼻をすすった。笑みを見せた。
「ポケモンチャンピオンになりたいなら、真面目に授業を受けような」
「いや! バトルに勉強とか関係ないじゃん!」
「あるんだよ。おら、さっさと行くぞ! 授業の時間だ!」
ゴロウは生徒にひそかに期待した。
終わり
以上です
お読みいただきありがとうございました
1年位前に書いて、メモに残っていたものです
題材はポケモンだけど、こんな真面目なSSも書いてたんだなぁ…(遠い目)
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