ミリオンデイズ (340)
===
「ねぇねぇ静香ちゃん」と、春日未来は静かに読書をする最上静香に近寄った。
ここは劇場控え室。時に施設全体を使って行われる、
シアターベースボールの一塁に指定されることもある部屋だ。
「さっきからずっと読んでるけど、その本ってそんなに面白い?」
訊きながら、未来は静香の座る席の隣。空いていた椅子へと腰を降ろす。
彼女たちの前には何の変哲も無い長テーブルが置かれており、その上はお菓子や雑誌で賑やかに彩られている。
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「面白いわよ?」
読んでいた本から顔を上げると、静香は優しく未来に微笑んだ。
「月刊『麺ズー』十月号の、"打ち立て茹でたて麺処"特集」
「……そんなの読んでお腹空かない?」
「すごく空くわ」
「じゃあ今、静香ちゃんは何か食べたいんだ」
「その『食べたい』、私じゃなくて未来なんでしょ。……でもそうね、もうすぐお昼になっちゃうし」
静香が本を閉じ席を立つ。それを見上げる未来の表情は、
散歩に出掛けるのを待っている犬にそっくりだ。
つまり、望み通りの答えが静香から帰って来るのを待ってる顔。
そんな未来に、静香は「全く、しょうがない子ね」といった様子で小さく肩をすくめると。
「それじゃあ未来。情報もちょうど仕入れたし、紹介されてたこの近くのお店に行ってみる?」
「それってもしかしておうどん屋さん?」
「当然!」
未来の問いに答える静香。
その顔には「愚問よ」という言葉がデカデカと書いてあるのだった。
しかし、未来はしゅんと顔色を曇らせて。
「えぇ~!? またおうどん~?」
不満たらたらぶーたれる。
「たまにはカレーライスとか、ハンバーガーとかも食べたいよぉ~!」
「未来! そんな高カロリーで偏った食事ばかり摂ってると――」
「おうどんばっかりの静香ちゃんに、それだけは私言われたくないっ!」
わぁわぁ言い争いながら、それでも仲良く部屋を出る二人。
すると彼女たちが座っていた椅子の向かい側。
未来たちのやり取りを初めから終わりまで観察していた
七尾百合子は隣に座る望月杏奈へと目をやった。
「ねぇ杏奈ちゃん」
「……ん」
「そのゲームって、面白い?」
手元の携帯ゲームからは顔も上げず、杏奈が無言で頷いた。
その動きは実に微かであり、必要最低限の返事以外は
一切やらないお断り! という彼女の強い願いも込められている。
「あ、やっぱり面白いんだ。……ところでね、話は変わるけど杏奈ちゃん」
……いる、いたのだが百合子はそれに気づかない。
よしんば気がつけたとしても、百合子は既に不退転の覚悟で事を始めた後だった。
そんな彼女が今まさに、相手に対する慈しみが一周回って
何かを企んでいるような怪しさに変わってしまった微笑みを顔に浮かべ。
「お腹空かない?」
訊いて、返事の代わりに差し出されたのはテーブルの上のお菓子である。
ポテトチップスうすしお味。
わざわざ「田中」と書かれた紙がセロハンで止められているソレを、
百合子の前までスライドさせて杏奈が言う。
「どうぞ」
「えっ」
「杏奈は平気。……琴葉さんも……困った時に、食べなさいって」
「そ、そうなの? 本人、ここに居ないけど……」
思わぬ杏奈の行動に、キョロキョロと辺りを見回す百合子。
その目はこのポテチの持ち主である少女の姿を探していたが、
あいにくと彼女はプロデューサーと一緒になって牛丼を食べに行っていた。
「で……でも杏奈ちゃん! そろそろお昼だし、やっぱりお菓子じゃお腹は膨れないし――」
そうして「私と一緒に、ご飯食べに行かない?」と続くハズであったその一言が。
「足りない、の……?」
なんて、杏奈が追加でテーブルの上をスライドさせたお菓子の山によって遮られる。
ひゅっと百合子が息を飲む。
「田中」と書かれた紙の横に、「高槻」「高山」「高木」と見事に「た」の付く面子が揃いきった。
「みんな、食べていいよって」
相変わらず杏奈はゲームの画面から顔を上げない。
そしてこの時百合子は理解した。
このテーブルに積まれたお菓子の山は誰かの取り置きなどでなく、
全て"杏奈の為に"ここにあるのだという事に。
「……ゲームしてると、お菓子貰える……不思議」
そう言って、杏奈はにこりと微笑んだ。
百合子が返事をする代わりに、彼女のお腹がぐぅっと鳴った。
この一コマはこれでおしまい。
こんな風に、雑談スレのネタや思いついたけど広げきれない小ネタなんかをゆっくりと書いてみようという所存です。
杏奈にお菓子お供えしたい
一旦乙です
>>1
春日未来(14) Vo/Pr
http://i.imgur.com/WoJTrFI.jpg
http://i.imgur.com/aQyOApp.jpg
>>2
最上静香(14) Vo/Fa
http://i.imgur.com/9bmfY7U.jpg
http://i.imgur.com/elElgN9.jpg
>>3
望月杏奈(14) Vo/An
http://i.imgur.com/QPD6xhA.jpg
http://i.imgur.com/471KyIG.jpg
七尾百合子(15) Vi/Pr
http://i.imgur.com/27aF5y3.jpg
http://i.imgur.com/o3k8t5t.jpg
===2.
劇場で時間潰しをしていると、たまたま顔を見せたアイドルが
プロデューサーに一声かけて行くこともある。例えばそう、今の如月千早がするように。
「あの、プロデューサー」
少し遠慮がちに話しかけられて、プロデューサーは千早の来訪に気がついた。
持っていたスマホを自分のデスクの上に置くと、彼は「ん、どうした?」なんて彼女の方へと向き直る。
「この劇場は、私にとって大切なホーム……。そう思えるようになったのは、みんなと――」
「ちょい待ち千早、待ってくれよ」
「は? なんでしょう」
「俺にはその、さっぱり話の前後が見えんのだが」
話を途中で遮って、困ったように頭を掻きかき。
プロデューサーがきょとんとする千早にそう言うと、彼女は照れ臭そうに目を伏せて。
「えぇっと。用件を切り出す前にまず、日頃の感謝を言葉で伝えておこうかと……。そう、思っていたのですが」
「なら先に、用件を伝えてくれた方が良かったかな。……いきなりホームだなんだって言われてもさぁ」
「す、すみません! 気持ちが逸っていたようです」
恥ずかしそうに微笑んで、千早は仕切り直すように咳払い。
「では、プロデューサー? 私に手伝えることがあれば、なんでも遠慮せず言ってください。
私もこの劇場……765プロ劇場のために何かしたいんです」
「あっ、それなら話が繋がった」
ポンと手を打ちプロデューサーが納得する。
「それでは!」と顔を輝かせ、千早が彼の返事を待つ。
「んじゃ、コイツをいっちょ頼もうかな」
「えっ」
そう言ってプロデューサーが千早の両手に持たせたのは、分厚いサイン用色紙の束だった。
意外な重みに驚きと、戸惑いを隠せず千早が言う。
「プ、プロデューサー。これは一体なんなんです?」
「何ですかって、色紙だよ。サインを書くのもお仕事お仕事。はい、あっちの机で頑張ってね」
こうして劇場の役に立ちたいという千早の願いは早速叶えられることになったのだ。
……本人が想像していた役立ち方よりも、それは随分形が違ったが。
「一枚一枚、気持ちを込めて書くよーに」
釈然としない表情で色紙と闘い始めた千早にそう言って、プロデューサーは机のスマホを手に取った。
画面のアイコンをタッチして、先ほどまで遊んでいたゲームの続きを再開する。
「プロデューサー。またこんなところで油を売ってるんですか?」
が、千早に続いて声をかけてきた最上静香の出現により、彼の戦いはすぐさま中断させられた。
そうしてコチラに冷ややかな視線を向ける静香に対し、プロデューサーは不機嫌そうな顔になると。
「なんだよ静香、今忙しいの」
「忙しいって、ただ遊んでるだけじゃあないですか。お仕事の方はどうしたんです?」
「それがねぇ、なーんかやる気になれなくって」
言って、彼はデスクの上に広げていた作りかけの企画書をこれ見よがしに指さしてみせた。
「疲れてんのかなぁ。アイディアをまとめようとすればするほどさ、頭にモヤがかかる感じ」
「それで気分転換にゲームですか?」
静香に訊かれたプロデューサーが否定するように首を振る。
「ううん違うよ。これは単なる暇つぶしで――」
「だったら暇は仕事で潰すべきですっ!」
一喝! 静香に思い切り叱りつけられて、プロデューサーが椅子ごと後ろに仰け反った。
慌ててスマホを後ろ手に隠す、彼の反応に静香が大げさに嘆息する。
「全く、ちゃんとお仕事してくださいよ。……い、一応、やればできる人なんですから」
「だからさ、そのやる気が出ないって話でね……」
呆れた静香の物言いに、プロデューサーがもさっとした笑いで言葉を返す。
その気怠さ溢れる振る舞いを見て、静香は何かに思い当たったように腕を組んだ。
「……あの、細かいことを聞きますけど」
「なに?」
「プロデューサー、最近体動かしてます?」
神妙な静香の問いかけに、プロデューサーが宙を見る。
千早がキュッキュッとペンを走らせる音が、事務室に大きく響いている。
「静香……そりゃ、仕事でかい?」
「違いますよ。ちゃんと運動してますか? 人は運動不足だと、考えがまとめにくくなるって話も聞きますし」
「最近なぁ……。そういえば、企画の準備やらで事務所にこもりがちだったかも」
そうして自信なさげな彼の答えを聞くや否や、
静香は「それですよ!」とプロデューサーのことを指さした。
「体を動かしていないから、頭がスッキリしないんです! ……プロデューサーは確か、明日はお休みでしたよね」
「えっ? うん、まぁ」
「だったら一つ、その日にテニスなんてしてみたらどうですか? 全身を使うスポーツですし、気分転換におススメです♪」
笑顔で言い切った静香が彼の持つスマホを一瞥する。
「少なくともゲームで憂さ晴らしするよりは、よほど健康的だと思いますよ」
「……お母さんみたいなことを言う」
とはいえプロデューサーも思うところはあるようで。
彼はスマホを机の上に戻すと、自分にテニスを勧めた少女に言ったのだ。
「それで、相手は静香がしてくれるのか? 確かそっちも、明日はオフだったハズだよな」
すると静香は虚をつかれたようにしどろもどろ。
「わ、私がですか? それは、提案したのは私ですし、頼まれれば断る理由もないですけど……」
「なら、明日はよろしく頼むよコーチ。お手柔らかにお願いします」
「もう! そういうところ、強引ですね。……人の予定も気にせずに」
しかし、何だかんだと満更ではなさそうな静香である。
自分の出した提案が、大人に受け入れられたことが嬉しくて仕方ないと言った様子の顔であった。
「それじゃあ、待ち合わせの場所と時間を決めましょう。プロデューサーは、何時ぐらいがいいですか?」
「別にこっちはいつでもいいけど……。なんか、こういうやり取りデートみたいね」
「なっ!? ……だ、断じて! それだけは違うと言っておきますっ!」
けれどもだ。そんな彼女の上機嫌を、
余計な一言で吹き飛ばしてしまうのがプロデューサーという男なのだ。
怒った静香が「もう、ホント、なんて人!」とぶつくさ言いつつ部屋を出る。
プロデューサーはその後ろ姿を見送りつつ「……悪いことしたかな?」と反省するように頭を掻くと、
今度は先ほどから自分の番が来るのを律儀に待っていた北沢志保の方に顔をやった。
「――で、お嬢さんはわざわざなんの用だい?」
扉を入ってすぐの壁際。静かに佇んでいた志保が、彼の問いかけに口を開く。
「途中でやって来た私より、静香を追いかけた方が良いんじゃないですか」
ところがそう言う志保の口元が微かに笑っていることを、彼は見逃したりなんてしなかった。
「またまたそーんなこと言って。順番、待ってたんだろう?」
「……私がここで聞いてたから、怒って出て行ったんですよ?」
呆れたように肩をすくめ、志保がプロデューサーの前までやって来る。
すると彼は、椅子の背もたれに持たれるようにして頭の後ろで手を組むと。
「だからさ。わざとからかって切り上げたの……じゃないと忙しい志保が、いつまでも用事を話せないし」
「私は別に、待つことぐらい苦じゃないです」
「志保に割り込んで来るだけの図々しさがあったなら、俺もこーゆーことなんてしないけどな」
「だから、その気遣いが余計だって。……大体、こっちの用事は最悪メールで済ませられますから」
余所行きの素っ気なさを装った、志保の言葉にプロデューサーがくっくと笑う。
「一体何がおかしいんです?」と、彼女が眉をひそめて訝しそうな顔になる。
「私、ワケもなく笑われるってイヤなんですけど」
「ああ、ごめんごめん。あんまり志保が可愛くてさ」
「……そう言う軽口を叩かれるのはもっとイヤです」
プロデューサーから目を逸らして、志保が恥ずかしさを誤魔化すように呟いた。
そんな彼女に、咳払いで気持ちをリセットしたプロデューサーが聞きなおす。
「だからホントに悪かったって。……それで、用事の方はなんなのさ?」
すると志保も、いつもの調子で腕を組み。
「それは……。あの、プロデューサーさん。来週のスケジュールなんですけど、少し相談に乗ってもらいたくて……」
「来週の? 構わないぞ」
言って、プロデューサーが「話してみろよ」と身を乗り出す。
だが志保は、小さく笑って首を横に振ると。
「別に、今すぐにとは言いません。時間がある時でいいので、お願いします」
「だからさ、今なら時間がタップリあって――」
「でも、頭が動かないんですよね?」
志保の放った一言に、プロデューサーが「ぐっ」と言葉を詰まらせた。
そんな彼の反応を見て、志保がニヤリと意地悪そうに笑う。
「そんな頭で組まれた予定じゃ、ブッキングが怖くて使えません。
それに今日は、私も用事がありますから。……そうですね、明日ならなんとか空けられます」
「えっ、でも明日はさっき話してたけど――」
「聞いてます。お仕事、お休みなんですよね。ちょうど良かったじゃないですか」
そうして志保はスタスタと、部屋の出口に向かって歩き出した。
そんな彼女を、「お、おい志保!?」とプロデューサーが慌てて呼び止める。
「あっ、そうだ」
するとドアノブに手をかけた状態で、志保が思い出したように彼に向かって振り向いた。
「私との待ち合わせの時間をいつにするかは、電話かメールで構いませんから。
……待ってます。それじゃ、今日はお疲れさまでした」
去り際に悪戯っぽい仕草で残された、微笑みは実に芝居的。
断れない約束を相手の胸に押し付けると、
これ以上は話すことも無いといった様子で志保が事務室を後にする。
残されたプロデューサーが「ああ……。まーた七面倒なことになった」と天を仰ぐ。
蛍光灯の光が目に入り、その眩しさに思わず瞼を閉じてしまう。
そうして彼は考えた。考え予想し気がついた。
「そうだ――」
椅子にしっかりと座り直し、背筋を伸ばして机の上の企画書と向き直る。
「二度あることは三度ある。千早、静香、そして志保……」
ならば、四度目だってあったりするんじゃなかろうか? しかもこの面子、この流れ、
もしもイベントフラグの神が存在するというのなら、次に現れる可能性が最も高い少女は恐らく――。
「紬! "765面倒くさいカルテット"最後の刺客、白石紬しかおるまいてっ!!」
そう! 何かあるとすぐ実家に帰ってしまいそうな雰囲気のある件の少女に違いない!
……そうと決まれば話も早い。
手元の企画書をまとめるような振りをしつつ、プロデューサーは彼女の登場を身構えて待った。
いつ、どこで、どのタイミングで声をかけられても万全に対応できるように。
もしも彼女が姿を見せれば、向こうが声をかける前にこちらが「用事だね?」と先手を打つことができるように!
「ふ、ふふ……! 『あ、貴方は不意打ちが趣味なのですか!?』と驚き狼狽える紬の姿が目に浮かぶぜぇ……!」
実に不純な動機である。けれども悪巧みを始めた彼の頭は冴えわたり、
振りで済ますハズだった仕事もいつの間にやらスイスイスーダラと進んでいる。
そうして時が経つこと十数分。
これは嬉しい誤算だと喜びつつ仕事をこなす彼の机にコトンと湯呑が差し出された。
隣に感じる人の気配。「遂に来たか!」とプロデューサーが顔を上げる。
その勢いと待ってましたと言わんばかりの形相で、プロデューサーは相手が
「ひゃっ!?」と驚きの声を上げることを期待していたのだが――。
「おや~、驚かせてしまったようですな~?」
彼が対面したその相手は、少女は実に"ゆるかった"。驚くことも、飛びのくことも、
腰を抜かすこともせずに彼女は男の顔と真っ正面から向き合うと。
「プロデューサーさんにお茶ですよ~。なんだかとってもやる気に満ちて、頼もしく見えるお顔ですね~」
宮尾美也。劇場きってのゆるふわ少女はそう言って、彼にニコリと微笑み返したのだ。
途端、プロデューサーの勢いが目で見て分かる程に失速する。
照れ臭そうに「あぁ……」と呟き、机に置かれた湯呑をチラリ。
「美也、美也か……。美也だったか」
「はい、宮尾の美也ですよ~。ところでプロデューサーさん、聞いてください~」
両手を胸の前で合わせ、美也がプロデューサーに向けて言う。
「さっき、雪歩さんの入れたお茶に茶柱が立っていたんです~」
「ほぅ、そいつは縁起が良かったな」
「そうなんですよ~。それに、立った茶柱は二本でして~」
「なんと二本もっ!? そいつは凄い!」
「プロデューサーさんもそう思います? きっと縁起の良さも二倍ですね~♪」
そうして美也はプロデューサーのデスクに置いたばかりの湯呑を指さすと。
「しかもですね~、実は、このお茶がその二倍茶なんですよ~?」
「はあ……。そいつは実に縁起もおよろしいことで」
だが、湯呑の中を覗き込んだプロデューサーは不思議なことに気がついた。
確かに美也が言う通り、注がれたお茶には茶柱が立っていたのだが……。
「……でもこれ、立ってる茶柱一本じゃん」
「むー……やっぱり、すぐに気づかれてしまいましたか~。流石はプロデューサーさん、素晴らしいほどの慧眼の――」
「いやいやいやいや美也さんや? 二倍茶だって言われてさ、茶柱が一つだけだったら誰だって気がつきますでしょうに……」
プロデューサーがそう言うと、難しそうな顔だった美也の表情がへにゃっとした笑顔に早変わり。
そうして彼女は両手の指を合わせながら、「実はですね」と恥ずかしそうに説明しだす。
「その時一緒に居た海美ちゃんに、一本差し上げてしまいまして~」
「海美に……あげちゃったの?」
「はい~。二本も立ったのが凄いことだと……。けど、とっても喜んでくれましたよ~?」
「そっかぁ、喜んでたんならしょうがないなぁ」
そんな物を人から貰って一体どうするつもりなのか?
それはここには居ない高坂海美その人のみが知ることである。
「それにこうしてプロデューサーさんにも会えましたし、今日はきっと、いいことだらけですよ~」
とはいえ海美の行動が、目の前の少女を幸せな気持ちにさせたことは確かな事実のようであった。
プロデューサーは丁度良い熱さになっていたお茶を一口飲むと、それを持って来てくれた美也の方へと顔を向け。
「うん……旨い! なんというか、小さな幸せの味がするな!」
「ふふふ、そうですよね~? 喜んでもらえてなによりです~」
「いや、まぁ、お茶は雪歩が淹れたお茶なんだが……」
「……おー! 私としたことがついうっかり」
それでも少女の心遣い。その優しさに触れたプロデューサーは改めて彼女にお礼を言った。
すると美也の方こそ彼に向け、「いえいえ、なんのなんの~」と優しく微笑み返す平和な午後のひと時であった――。
ちなみに余談となるのだが、この後事務室に現れた紬はその登場の遅さを
「なんだ、今頃来たのか」とプロデューサーに呆れられ、
ワケも分からず「な、なんですか? どうして顔を合わせるなり、
呆れられなければならないのです!?」と憤慨することになったりした。
その後もサインの手を止めた、千早が彼女を慰めることになったりしたとかしないとか……。
===
この一コマはこれでおしまい。ミリシタ、横入りからの挨拶はしばらく見ないと
短時間のうちに続けて発生するようになってるのか実際にこの順番で次々登場したって話。
紬? 彼女なら美也の後からしれっと部屋に入って来たよ。
===3.
ステージ上、激しくかき鳴らされるギター。
うねる音楽の律動が、聴衆の心を掴んで盛り上げる。
『皆さん! 最後まで超☆ROCKな姿勢で行きましょうっ!』
ギター演者の呼びかけに、オーディエンスの熱気も最高潮。
褐色の肌、金髪碧眼の少女がしゃにむにドラムを叩く横では、ボーカル担当が見事なエアギターを披露して。
そんな三人の自由奔放(ロック)な演奏をまとめるのは、ベースの綺麗なお姉さん。
「はぁ~……。なまら迫力があるんだねぇ」
その様子を――正確には、大画面テレビに映し出されたライブ映像の模様だが――前にして、
木下ひなたはひたすら感心した様子で頷き続けるのであった。
ここは765劇場資料室。
最も資料室というのは名ばかりで、普段はライブラリに保管されているドラマや映画、
そしてひなたが見ているようなイベント映像をアイドルたちが鑑賞するのに使われている部屋だったが。
「ヒナ、随分のめり込んでるな」
演奏に合わせて体を前後に揺らし揺らし。
リズムに乗っているひなたに声をかけた、赤髪の少女の名はジュリア。
ロックシンガーになるハズが、自身の勘違いからアイドル事務所に拾われてしまったという
実にロック(おっちょこちょい)な経歴の持ち主である。
そんな彼女はひなたの座るソファの横に、パイプ椅子を置いて座っていた。
ちょうど背もたれを自分の前にして、椅子にまたがるような格好だ。
「ジュリアさんも、こんなライブをしてみたいと思うかい?」
ジュリアはひなたに尋ねられると、「そりゃそうさ」と大きく頷いた。
「勢いアイドルになっちまったけど、いつだってロックなあたしは忘れちゃないぜ」
「そうだねぇ。いつもギターを弾いてるし、ジュリアさんは本当にロックだよぉ」
「あー……ヒナ? ギター=ロックってワケでもないからな?」
そんなやり取りをする二人は、只今"勉強会"と称して
他所のアイドル事務所が行った、イベント映像を鑑賞中。
いつかは同じアイドルとして競うであろう相手である。
常日頃から気になる相手をチェックしておくのもアイドルとして当然の仕事と言えるだろう……しかし。
「いやー、実にノリノリでゴキゲンなライブっしょー!」
「ホントホーント! こーんなライブを見せられちゃあ、真美のギタリストとしての腕も疼きますぜ!」
ひなたが座るその隣。
仲良く並んだ双海亜美と真美の姉妹が大層芝居がかった口調で評価する。
「ギタリストって……。真美はともかく、亜美もギターは弾けたっけ?」
ジュリアが初耳だと言う顔で二人に言った。
すると亜美と真美は「んっふっふ~」と揃ってニヤニヤ笑いを浮かべると。
「ならば、とくとご覧あ~れ~っ!」
「これが双子流ギターの神髄だーっ!!」
勢いよくソファから立ち上がり、二人はその場で体をくねらせながらギターの弾き真似を披露し始めた。
これには隣に座っていたひなたもやんややんやの大喝采。
「うわぁ! 流石は亜美シショーと真美センセ―!」
「ふっふっふ、またまた隠していた爪をみせちゃったね♪」
「才能があるって恐ろしいよ」
そしてそんな二人のパフォーマンスにあてられて、思わず血が疼く少女がここにもう一人。
「ははっ、二人とも中々センスがあるじゃないか!」
傍らに置いてあった愛用のギターを手に取ると、
ジュリアがゴキゲンなロックを奏でだす。
それに合わせて増々ノリノリになる双子。
ひなたも自分の膝を叩いてリズムを取り、
あっという間に資料室は即興のライブ会場へと早変わり。
それからも四人のセッションはしばらく続き、「案外いい組み合わせかもな。どうする?
このままプロデューサーに今度のライブを四人で出させてくれって言って来ても――」なんてジュリアが言いかけた時である。
「でも、みんなに大事なお知らせがあるの!」
唐突に、亜美がエアギターの手を止めてじっとジュリアの顔を見た。
「真美たち、今日でフツーのアイドルに戻ります!」
真美もギターを下ろすジェスチャーを取り、悲し気な顔でジュリアを見た。
「今まで応援してくれてありがとうだよーっ!」
最後にひなたが見えないスティックを空に掲げ、涙を堪えて訴える。
「このバンドは!」
「今日で!」
「解散だわぁ!」
「って、おいおーいっ!!」
そしてギターの音色も利用した、ジュリアのノリツッコミが資料室の中に冴えわたった。
かくして結成から解散まで僅か十数分、『アップル・ツインズ・ロック』は幻のバンドとなったのだ。
===
この一コマはこれでおしまい。ジュリア、ハッピーバースデー!
===4.
画面に映し出された少女はよく日に焼けた肌をした少女。
「はいさい! 水曜深夜の大遭遇。生っすか~、ウェンズデー!」
"765プロの切り込み隊長"こと我那覇響が元気よく、カメラに向かって挨拶する。
「略称を、"生水"と覚えてくださいね」
そんな彼女と共に並ぶのは、美しい銀髪が目を惹く四条貴音その人である。
二人とも番組ロゴの入ったTシャツにハーフパンツと随分ラフな恰好だ。
「この番組は日曜にやってる生放送。"生っすかサンデー"から飛び出た出張版!」
「――と言えば聞こえの良いよい島流し先のうぇんずでぃ」
「じ、自分が持ってる人気コーナー。『響チャレンジ!』を深夜にも!」
「既にこの番組自体がちゃれんじだと言い切ってしまっても――」
「……ちょっと貴音。さっきからなに?」
「はて? なにかとはなんです?」
「いや……なんかこう……やる気ないのかな~って」
貴音の合いの手を遮って、訝しそうに尋ねる響。
すると貴音は面倒くさげに前髪をいじり。
「深夜番組のてんしょんとは、このようにだうなーな物ではないのですか?」
「だ、ダウナー?」
「ええ。適当に、番組に対する愚痴など言えば受けが良いと聞いてこの場にやって参りましたが……」
「誰!? 貴音にそんなこと吹き込んだの!」
「当番組のでぃれくたーどのです」
「ちょっと監督カメラ止めてっ!!」
「まぁまぁ響、落ち着いて。……余計な部分は"かっと"をすればよいのでしょう?」
貴音がはさみの形にした両手を使い、フィルムをチョキチョキ切るジェスチャー。
響が呆れたように頭を押さえ、その場にくしゅんとしゃがみ込む。
「あぁ~……。できないって! 生っすかの"生"は生放送の生なんだぞ!」
「と、響は申しておりますが。この番組は全編録画放送でお送りします♪」
「貴音ぇ! もう、初っ端から色々台無しだーっ!!?」
早くも泣き出しそうな響に向け、カメラが寄ってアイキャッチ。
次に二人が映し出された時、貴音はマシュマロの袋を握っていた。
「『ボインで、マシュマロキャッチングー!』」
「はぁっ!?」
「ではちゃれんじの説明と参りましょう。響にはこれより、その自慢の胸で私の投げたましゅまろを――」
「待ってまってちょっと待って……貴音ぇ?」
「貴姉……。なにやらおへその辺りがむず痒い、しかし、呼ばれてそう悪い気もせず」
「いいから! そういうのは! えっと、えっと……説明して!?」
「説明なら先ほど済ませたつもりですが。真、響は人の話を聞きませんね」
「貴音に言われたくなーいっ!」
ぷりぷり怒る響とは対照的に、朗らかに微笑み立つ貴音。
「ですから、私がこれより投げるましゅまろを」
そうして彼女は両腕を組み、自分の胸をシャツの上から寄せ上げて。
「胸元……。できれば谷間の辺りで落とさないようきゃっちすると」
貴音が僅かに頬を赤らめ、カメラに向かって恥ずかしそうにはにかんでみせる。
当然画面はズームアップ。だがそこに、響が慌てて割り込んだ。
「ダメダメダメ! ちょっと、どこを映してるの!」
「ですが響。深夜放送といえばこのぐらいのお色気要素は必要だと――」
「なにそれ? それもディレクター?」
「違いますよ」
「じゃあまさか、プ、プロデューサーが言ったのか!?」
「これは私自ら進言しました。より良い番組を作る為なら、どのような協力も惜しみません!」
「ホント、そういう覚悟はいらないから!」
響が頭を抱えてそう叫ぶが、貴音の方は落ち着いた様子で時計を見て。
「とはいえ響、番組の残り時間も後僅か」
「だーかーらー! そういう発言もよしてって! ってゆうか生放送じゃないんだから、
それこそカットなり編集なり好きにすれば――」
「私が手本を見せますので、響、ましゅまろを投げてもらえますか?」
「聞いてよ! さっきから自分の話!」
「さぁ! さぁさぁ参りませ!」
「……無駄にやる気だらけなのが憎たらしい」
押し付けられたマシュマロの袋を恨めしそうに睨みつけ、響がしぶしぶマシュマロを一つ手に取った。
なんのかんのと言いながら、指示された無茶振りをこなすのは流石と褒めてもよいだろう。
「はぁ、全くなんでこんなこと。……じゃあ行くよ?」
「響、もう少しだけ距離を取って」
「……この辺?」
「ばっちぐーです」
二人の間、およそ五メートル。響の目つきがキリリと絞まる、
貴音がいつでも来いと言わんばかりにその胸をぐっと押し上げ身構える。
静寂。現場に走る緊張感。
響がゆっくりとマシュマロを持っている手を引いて「はっ!」と一息放り投げた!
その動きまるで居合切り。投げられたマシュマロは勢いよく、
しかし緩やかな弧を描き待ち構えている貴音の下へ――。
「ど、どうだっ!?」
響が行方をその目で追う! 次の瞬間、見事マシュマロは貴音の口の中。
「みひょほ!」
もぐもぐごっくん。キャッチしたマシュマロを呑み込むと、貴音がニコリと微笑んだ。
「流石は響、見事です」
「いやいやいや、そりゃキャッチした貴音にもビックリだけど。これ失敗扱いしていいよね?」
「はて、ましゅまろは受け取っておりますが……?」
「胸でキャッチするんでしょ? 食べちゃってどうするの」
「私はただ、"手本を見せる"と言っただけですよ」
その瞬間、響は隠されていた裏ルールの存在に気がついた。
「待って。それってつまり、自分も口でキャッチしたって良いワケかな?」
そうして響は確認を取るように辺りをぐるっと見回した。
ニヤニヤ笑いで自分を見つめるスタッフが目に入ったのか、
「やっぱりそうだ、笑ってるもん!」とそちらの方向を指さすと。
「よ、よーし! そうと分かれば気も楽だぞ。……こ、こんな恥ずかしいチャレンジは、サクッと一回で終わらせて」
「まぁ! 随分と自信があるのですね」
「いいから! ほら、押してるんでしょ? 早く早く!」
マシュマロの袋を手渡すと、響が自分の胸を寄せ上げる。
番組Tシャツその胸元に、今作られる深い谷間。
貴音も右手の指でマシュマロを摘まむと自分の胸の前で肘を立てた。
それから手首を折り曲げて、いつでも投げられるよう準備する。
「では、参りますよ」
その一言が合図だった。
刹那、貴音が「フッ!」と息を吐き、しなる右腕放たれる弾丸。
円や弧どころか直線で、飛んで来るマシュマロの速いこと!
「容赦がない!」と泣き言を言いたい。しかし響にだって意地がある。
得意の卓球で鍛えた動体視力ですぐさまコースを割り出すと、腰を落として受け止めるために口を開けた!
「うにゃっ!」
カチン! 響の白い歯が鳴らされる。コースは完璧だったのだが、口を閉じるのが早すぎたのだ。
マシュマロは彼女の顎に当たり、そのまま落下するものと思われたが――。
「こんのぉ!」
響が胸を思い切り逸らし、落ち行くマシュマロの先に柔らかなクッションを用意する。
それはまるで、サッカーボールを胸でトラップするように。
「響!」
「貴音!」
一瞬の間。互いの名前を呼び合って、響は駆け寄って来た貴音に報告した。
「見て! ちゃんとマシュマロキャッチした!」
「響、真に見事です!」
「ほらほらちょうど、胸の間に入った入った…って、うぎゃーっ!!?
た、貴音はなんでカメラを持ってるの!? そんなトコ撮っちゃ、やだ! ヘンターイっ!!」
羞恥に耳まで赤くして、響がその場にうずくまる。
……こうして深夜の響チャレンジは終了した。
この時画面を占拠した、白きマシュマロを引き立てる小麦肌の鮮やかさはファンの間での語り草になったとか。
===
この一コマはこれでおしまい。
深夜番組ならではの良さだね
>>9
如月千早(16) Vo/Fa
http://i.imgur.com/vE65YYF.jpg
http://i.imgur.com/RFRxkra.jpg
>>14
北沢志保(14) Vi/Fa
http://i.imgur.com/U4JIWmU.jpg
http://i.imgur.com/QCoWlsp.jpg
>>17
宮尾美也(17) Vi/An
http://i.imgur.com/ZFhzz7l.jpg
http://i.imgur.com/VIm7lLS.jpg
茶柱本当にあげちゃったか
http://i.imgur.com/ubDo9Am.png
>>19
白石紬(17) Fa
http://i.imgur.com/Gr28eIH.png
http://i.imgur.com/mWVrTMQ.jpg
>>21
木下ひなた(14) Vo/An
http://i.imgur.com/xiLTRKP.jpg
http://i.imgur.com/KGldnPF.jpg
ジュリア(16) Vo/Fa
http://i.imgur.com/ijqQ0Sk.jpg
http://i.imgur.com/yNHmjep.jpg
>>22
双海真美(13) Vi/An
http://i.imgur.com/FkfiB2s.jpg
http://i.imgur.com/3BaVCj5.jpg
双海亜美(13) Vi/An
http://i.imgur.com/H1PzeRU.jpg
http://i.imgur.com/vhLe0fj.jpg
>>26
我那覇響(16) Da/Pr
http://i.imgur.com/zRhy1Z4.png
http://i.imgur.com/duXrOLt.jpg
四条貴音(18) Vo/Fa
http://i.imgur.com/dRZH9F4.png
http://i.imgur.com/AEBvRMV.jpg
===5.
「パーティ言うたらたこ焼きやろ!」その一言を発端に、まさかこんなことになってしまうとは。
今、所恵美はパンパンに膨らんだ買い物袋を両手に騒がしい通りを歩いていた。
どこの通りかと訊かれたら、渋谷や原宿などではない。ここは磯の匂い香る魚市場。
「どしたのめぐみー、おっそい遅ーい!」
「あんまり遅いと置いてくでー♪」
そんな彼女を急かすのは、高坂海美に横山奈緒。
二人も荷物は持ってるが、恵美とは違って飲食物。
買ったばかりのお団子一口、海美が「おーいしー♪」と頬を落とせば奈緒も串刺しにされた魚の切り身にかぶりつき。
「このな! このヅケもタレの旨味がしゅんでてしゅんでて!」
「ねっ、ねっ? イカのお団子あげるからさ、私にも一口それちょーだい!」
「ええよ~、ええよ~、かまへんよ~? ほい!」
「はくっ、むっ……ふみゅ、ふむっ!」
「はっははは! ちょっと海美、お顔がハム蔵みたいになってるや~ん!」
なんて、キャッキャウフフと忙しい。
そんな二人に置いて行かれまいとして、恵美が人混みを掻き分けながら
「ちょっと海美、奈緒! 少しは歩くの加減してよ~!」と泣きついた。
「そりゃあジャンケンには負けたけど、さっきからアタシしか荷物持ってないじゃん!」
「そんなこと言ったってさぁ、めぐみ」
「ジャンケン勝たれへんのが悪いよな~」
「だから! それでも! トモダチのよしみとか情けとか――」
「あっ! 見てみてなおー、あっちで蟹の唐揚げとか売ってるよ!」
「要チェックや! あっ、恵美の分もちゃあんと買って来たげるでっ♪」
「えっ、ホント? ありがとっ♪ ……って、違う違うちがーう!」
通りの先に気になる店を発見し、「それ、いちもくさーんっ!」と元気よく走り出す快食児。
その背中を見失わないように追いながら、恵美は「あぁ~! もうもうもぉ~っ!!」なんて嘆きの叫びを響かせる。
そんな物珍しい少女が前に前にと進むたび(なにせイマドキお洒落をした場違いギャルが、
お土産だらけの買い物袋を両手に下げてヘトヘトと道を歩いてるのだ)通行人が物珍し気に振り返る。
また、彼女のことが気になるのは歩いてる人たちだけではない。
通りに並んだ店先で、呼び込みをするおじちゃんおばちゃんまでが皆。
「よっ! そこのお姉ちゃんべっぴんだね!」
「おまけしたげるから寄っといでよ!」
「朝一獲れたて新鮮の、美味しい魚がたんとあるよ~!」
といった調子で恵美が店の前を歩くたびに一声かけて行くのである。
もちろん、それは彼女の身なりや容姿が人目を惹くという理由もありはしたのだが、店側にはそれとは別にもう一つ大きな魂胆が。
それが何かと言うならば、恵美のようなスタイルの良い美少女が店先に立っているというそれだけで、
甘い花の香りに誘われ集まる虫のように他のお客が店頭へと吸い寄せられてくるためである。
なので今、彼女の周りには本人の意思とは無関係に人だかりができていた。
まさに招き猫ならぬ招きギャル、一家に一人欲しいほどだ。
「あっ、めぐみーがまーた捕まってる」
「あの子、まさかと思うけど前世が広告塔ちゃうの?」
海美と奈緒がそんな友人の姿を肴にして、バラエティ豊かな唐揚げや練り物に舌鼓。
「海美見てみ? あんなところに私らが行ってこれ以上の美少女成分混ぜてしもうたら……」
「どうなるの? 女子力上がる?」
「お馬鹿」
「あぅ」
「パニックなるよ。収拾なんかつかへんて!」
大きな円を描くように、両手を広げて見せる奈緒。
渡り蟹の唐揚げを頬張りつつ、大きく目を開き驚く海美。
「じゃあダメだ! 近づけないよね、おっかなくて!」
「一秒持たんとわややでホンマ」
しかも店側にとって幸運だったのは、恵美が頼まれごとを断るのが苦手な性格だったことである。
わざわざ愛想よく声をかけられたことに――
例えそれが、見ず知らずの他人だったとしても――「悪いなぁ」なんて思ってしまう少女なのだ。
普段利用しているファッション街のどこかドライな接客と違い、ここの言葉には"熱"がある。
だから彼女は「いやホント、べっぴんだなんて照れるけど~」と店に寄り、
「おまけなんて聞いたら気になるしさ~」なんて気さくに始まる世間話。
そうして最後には「うん分かった! おじさん、美味しいヤツちょーだい?」
「いいとも! これなんか身もぷりっぷりでね――」
「牡蠣かぁ~……。えっ? このまま一口? ここでぇ!?」
と、いった具合に買い物が捗り過ぎてしまうのだ。
すぐに食べられるよう開かれた生牡蠣を手の平に乗せ、
恵美がつまようじ片手にそれを口元へと持って行く。
もちろん、レモンは絞り済み。
「いやぁ~、人に見られながらとか緊張するしハズいって~」
だが、彼女とて一応駆け出しのアイドルだ。
将来は食レポの仕事だってあるだろうしと、
ギャラリーに囲まれた状態でぷりぷりの牡蠣に齧りつく。
「ふっ、んっ……ちゅ♪」
その身は一口で食べるには大きかったが恵美は何度か噛み切るように咀嚼して、
最後はつるんと吸い込むように口に含み「ちゃんと食べたよ」と宣言するかわりに空っぽの殻をお店のおじさんに差し出した。
「ごちそうさま! 美味しかった~♪」
瞬間、店の親父が恵美のファンになったのはわざわざ語るまでもないだろう。
彼は後にテレビで恵美の姿を見つけ、この時の少女がアイドルだったということを知るのだが……。
「……ねぇめぐみー」
「私らの錯覚ちゃうならあれやけど、なーんで荷物が増えとるん?」
「いや~、これはその、あは、にゃはははは……♪」
今はとりあえず置いておき、恵美たち三人の話をば。
先ほどまでの荷物に新たな小袋を一つ加え、
ようやく奈緒たちと合流した恵美が決まり悪そうに笑って言う。
「せっかくここまで来たんだし、劇場のみんなにもお土産買って帰りたいじゃん」
すると海美がポンと思い出したように手をうって。
「そーだ! タコ、タコ買わなきゃ!」
「あ~……言うても、もうたこ焼きパーティするほどお腹に余裕あらへんし」
「そりゃ、あれだけ食べてりゃそうなるよ」
「まぁまぁ恵美も食べて食べてっ! この蟹のぱりっぱりが……おっ?」
呆れる恵美の口に持っていた唐揚げをあーんしつつ、海美が再び目を輝かす。
「なおなお見てみてあのお店! アイスクリーム売ってるよ!」
「ほんまアイス屋さんってどこにでも……行こかっ!」
「ちょ、ちょっと二人ともまだ食べるの!? さっきお腹一杯って!」
すると慌てる恵美の問いかけに、二人は笑顔でこう答えた。
「そりゃあ女子力高い女の子だもん!」
「あまーいお菓子は別腹やんな!」
===
この一コマはこれでおしまい。
===6.
プロデューサーの役目と言えば、基本は仕事の管理である。
営業し、企画を立て、アイドルたちの体調管理にメンタルケア、
さらにはレッスンスケジュールの構築と、とにかく仕事の多いこと。
今、765プロにて最も肩書きの多い女。
秋月律子はなんとも難しい顔で自分のデスクに座っていた。
現役アイドルでありながら、
プロデューサーであり事務員であり時に経営補佐でもある彼女。
「う~ん……謎だ」
そんな律子が首を傾げ、目の前に立っている少女へと顔をやる。
その手には、紙にまとめたレッスン表の下書きが。
「ねぇ可奈? 今後のフリーレッスンのことなんだけど」
「もちろん、入れられるだけのボーカルレッスン希望です!」
「ああいいの。それはいつものことだから、コッチもそのつもりで予定を組むワケだし」
さて、ここで少しばかり説明をしておきたい。
765プロでアイドル達が行っているレッスンは大きく分けて二つあり、
事務所が今後の仕事の内容や活動に合わせて「最低限これだけはやっとくべきである」と予定を入れるレッスンと、
「自分はこのレッスンも受けたいです」と個人が空いている時間に追加する自己申告のフリーレッスン。
この二種類のレッスンを組み合わせて、
アイドルそれぞれの練習スケジュールが毎月組まれることになる……のだが。
食い気味で答えてきた可奈に、律子が「落ち着きなさいよ」と苦笑する。
人一倍歌を歌うのが好きなものの、普段の歌唱力は平均よりもグッと下。
そんな矢吹可奈は、だからこそ追加の枠は毎回ボーカルレッスン希望。
それは律子もキチンと把握している問題で、
なるべく彼女の希望に沿うようにこれまでも枠を用意してあげていた。
「可奈がボーカルレッスンにご執心なのは知ってるけど、ただ今月はいつもよりもちょっと、使える枠が減っちゃうかな」
「枠が……減る? 先生に急な予定ですか?」
「ううん。そういうのじゃなくてもっと単純な理由から」
だがしかし、今回は少しばかり事情が違うのだ。
律子が机に表を広げ、可奈に「見たら分かるわ」と促した。
そうすると可奈も不思議そうに、「なにかな~?」なんて口ずさみながら覗き込み。
「……はれ? なんだかみんな、ボーカルレッスンばかり取ってません?」
「そうその通り、そうなのよ!」
まるでクイズに答えでもしたように、律子が「正解!」と言って可奈を指さした。
それから小さなため息を一つつくと、再び先ほどまでのような難しい表情を顔に浮かべ。
「どうも何日か前に固まって、予定の変更があったみたい。それも受けたのが私じゃなくてプロデューサーの方だったから――」
「あっ、ダブルブッキングってやつですか?」
「だったら話は簡単よ。予定をずらせばいいんだから」
言って、律子がレッスン表の上に人差し指を滑らせる。
「そうじゃなくて、物凄くタイトなスケジュール。
いつもの先生だけじゃとても回せないもんだから、ほら、所々に歌織さんの名前まで書き込んで」
「ひぃふぅみぃ……。えぇっ!? 意外に一杯書いてある……!」
「でしょ? オフまで潰す気なんだから!」
そうしてこの場にはいないプロデューサーの身勝手さを憤慨したように責める律子。
いくら予定を書いた欄外に「了承済み」なんて走り書きがあったとて、
一人のアイドルのお休みをこちらの予定に合わせて削ってしまうなど言語道断。
「だからこんな無茶な予定、通せるワケがないでしょう?
枠をずらすどころか変更した子を一人ひとり呼んで、ダンスや演技の方にレッスンを変えていかなくちゃ……」
げっそりとした様子で呟く律子に、可奈が「た、大変ですね」と返事する。
「とはいえ、みんなの意向も汲んであげなきゃダメだから。その分可奈の枠は取れそうになくてゴメンねって――」
しかし申し訳なさそうに謝る律子の予想とは裏腹に、
可奈は「大丈夫ですよ!」と力強く首を横に振ると。
「私、今回はダンスと演技のレッスン増やします! 歌の練習は、やろうと思えばレッスンじゃなくてもできますし。
よくよく考えてみたら、いつもどこでも歌ってますし!」
「ホントに? ありがとう可奈、助かるわ~」
「えへへ~、そんなに感謝されることじゃ……。あっ、それにそれに、聞いてください律子さん!」
可奈はなんだか誇らしそうに胸を張り、律子に向かって言ったのだ。
「ついこの間の話なんですけど、私、カラオケで九十点台を出したんですよ!」
すると律子が眉をひそめ、考え込むように目を細めた。
「可奈が、カラオケ歌って高得点……?」
「はい! いつもはその、六十点とか五十点とかなんですけど……。
でもでもその日は調子良くて、逆にみんなの方が普段の私ぐらいしか取れなくて――」
ぞくり。楽し気に話す可奈の姿に、律子が背筋を寒くする。
もしかしてまさか、でもそんな? 確かめてみるのは恐ろしいが、
だがしかし、万が一ということもあり得るから……。
「あー……可奈? ちょっとだけ聞いてもいいかしら?」
「はい? なんですか律子さん」
「そのカラオケのメンバーって誰と誰? もしかしてだけど……」
そうして律子の口にした事務所メンバーの名前を聞き、
「凄い! どうしてみんな分かるんです?」と可奈が不思議そうな顔をする。
「あっちゃ~……。やっぱりかぁ~」
逆に予想が当たった律子の方は、信じたくないといった様子で机に肘をついていた。
さらに彼女は安堵と疲労の入り混じったような笑みを浮かべ。
「えっとね……可奈? 多分だけど、枠はいつも通りに取れるかも」
「えっ? でも律子さん、さっきは難しそうだって……」
「それなんだけど、私忘れてた」
キョトンと聞き返した可奈に、律子がやれやれと首を振った。
「機械だって完璧じゃない。たまにはミスをするってコト」
===
……ところで、この話には少し続きがある。
「律子、そりゃお前酷いよ」
「うっ」
「可奈がほら、こんなにまで落ち込んで」
「うぅ……」
「よしんば可奈の歌で機械の方が故障して、そのせいで一緒に居た連中の採点が正しくされなかったとして」
「キチンと確かめたワケじゃない、ただの仮説に過ぎませんよね……」
「でしょー? なーのにそんなこと言っちゃあ、可奈がショックを受けるのも当然だろ」
あれから程なく。今は外回りから戻って来たプロデューサーが律子と真っ直ぐ向かい合い、
先ほどのスケジュール問題の顛末について話し終わったところ。
その横には、すっかり意気消沈してしまった可奈も座っている。
「だからさ、ほら、そっちにも落ち度があったということで」
「……はい。私も随分軽率でした」
「ちゃーんと目を見て謝って。ほら仲直り」
まるで子供を諭すようではあるが、分かりやすいのは大切だ。
プロデューサーの言う通りに律子が可奈と目を合わせ、ゆっくりとその口を開く。
「か、可奈? 話は聞いてたと思うけど……」
「……はい」
「……ごめんなさい。私、ちょっとデリカシーが無さ過ぎたわ」
すると、可奈は無言でふるふると首を振ると。
「わ、私もその……変だな~とは思ってましたから。むしろ律子さんに言われてサッパリというか、バッサリというか!」
椅子から元気よく立ち上がり、「だからその、逆にありがとうございました!
千早さんも『慢心は敵だ』っていつも言ってますし、私、もしかしたら調子に乗るとこだったかもしれません!」
「可奈……! ありがとう、そう言ってもらえると凄く助かる」
後半からは一息のうちに言い切って、可奈が大きく一度深呼吸。
成り行きを見ていたプロデューサーもうんうんと何度か頷いて。
「これにて話は一件落着! 可奈、景気づけに美味しい物でも食べに行くか!」
その一言で、途端に可奈が明るくなった。
「プロデューサーさんホントですか!? わーい! なんだか嬉しい、得したな~♪」
「そうと決まれば善は急げだ。ほら、もたもたせずにすぐ行くぞ」
喜ぶ可奈の腕を取り、プロデューサーがそそくさと部屋を後にする。
その挙動不審な態度に律子は一抹の疑問を抱いたものの、「まぁ、いつものことよね」と一人納得。
数分後、作業を再開した律子のもとに歌織から
「あの、私のお休みについてなんですが。この前出ていた予定よりだいぶ減ってるようなんですけど……」
なんて電話が掛かって来ることになるのだが……
ここでその続きまで語るのは、もはや蛇足と言ってもいいだろう。
===
この一コマはこれでおしまい。土日の更新はありません
===7.
ご飯を食べる女の子って素晴らしい。
実のトコがっつり口を開け、モリモリと食事をしたいのに人目を気にして小さく広げた
カワイイお口で少量ずつ分けて食べてるその姿、人によっては興奮だって覚えるだろう。
……その女の子とは田中琴葉、酢豚を食べてる君のことだ。
「へっ!?」
それとは逆に男性が男性であり男性であるがための
男らしく粗暴な食べ方に、キュンとときめく女子もいる。
琴葉の隣で頬杖をつき、目の前に座る
プロデューサーの食事を眺めている佐竹美奈子のことである。
「美味しいですか? プロデューサーさん」
「ん、可もなく不可もなく」
「美味しいって、言ってくださいプロデューサーさん」
「まぁ決してマズくはないけれど、おかわりするほど旨くもない」
「……美味しくないってことですか?」
「いやいやいや、だからね? 適量、適当、ソツなくまとめたいい塩梅」
机の上に身を乗り出した、美奈子に迫られ答える男はたじたじだ。
口の中からレンゲを引き抜き、目の前の皿に盛られている美奈子特製かに玉炒飯の山を崩しながら。
「ぱらっとした米に程よく絡まるあんかけと、ふわふわ玉子の掛け布団。
まるで質の良い睡眠のようであり、気分は正に夢心地。ちりばめられてる具にしても、
椎茸、ニンジン、ネギにエビ、定番どころはキッチリ押さえ、旬の筍だって入ってる」
「彩りのグリーンピースも忘れないであげてくださいね」
「しかもカニがな、本物だし」
「そりゃ、カニカマなんて出しませんよ。お店の料理なんですから」
美奈子が口を尖らせ言う通り、ここは中華料理の専門店。
その名をズバリ「佐竹飯店」そう! 彼女の実家の店だった。
入り口からは目の届かぬ、奥まった席に座る三人。
何をしてるかと説明すれば、並んで昼食真っ最中。
グラスの水を流し込み、プロデューサーが美奈子に言う。
「でもね? 量がね? ちょっとねぇ……」
「男の人には物足りません?」
「否! 絶妙過ぎてて食うのが怖い。あと一口、もう一口」
そうして男が皿の上の、三分の二をその胃に納めて嘆息する。
「この皿が空になった時、必ずこう思う予感がする。……ああ、あと少しだけ食い足りない」
「そこでおかわりじゃないですか!」
「山盛り炒飯をもう一皿? ……勘弁してくれ、死んじまうよ!」
大げさな悲鳴を一つ上げ、男が渋い顔をして美奈子を見た。
すると彼女は「だったら」と、良いアイディアがあると言わんばかりに指を立て。
「並より少ない量にすれば、食べてくれるってワケですよね? なら、おかわりの量は中盛りで――」
「待て待て待て待て中盛りってなんだ? そいつは並とは違うのか?」
慌てて尋ねたプロデューサーに、美奈子は笑顔で肯くと。
「今食べているそのお皿の、大体五分の四ぐらいです」
「それ、単なる普通のおかわりじゃ」
「中盛りがダメなら小盛りにします? こっちは四分の三ですよ♪」
「いやぁ、殆ど変わりがない」
「なら一番少ない末盛りに。お皿の面積八分目です!」
「もうすっかり想像すらできん……」
男は美奈子に向かって微笑み返し、炒飯の始末に取り掛かる。
途中、緑の小豆にレンゲの行く手を阻まれたが、彼は器用にソレを取り除き。
「なぁ琴葉」
「はい、なんですか?」
「グリーンピース食べてくんない?」
言うが早いか琴葉の皿に、集めた小豆をぶちまける。
「えっ、あの、ちょっと待っ――な、なにをっ!?」
「お前の酢豚、彩りがな。さっきからそれが気になって」
「緑ならここにピーマンがいます!」
箸でしっかと捕まえて、掲げて見せるミス田中。
その瞬間、美奈子が「なるほど!」と声を上げた。
「インゲンなんかは入れますけど……グリーンピース、それもアリかも」
そうしてすっくと立ちあがり、エプロンを絞め直すと美奈子は男に言ったのだ。
「プロデューサーさん、早速試作して来ますね! とりあえず、バリエーション込みで三つぐらい!」
「う、ん?」
「かに玉の平盛りもありますから、全部で四品……。少しだけ時間がかかっちゃいますけど。
きっと、お腹が減るには丁度いいくらいになりますよね♪」
ギュッと脇を閉じガッツポーズ。
厨房に美奈子が消えるのを見届けて、男は琴葉に顔を向けた。
グリーンピースを箸でつまみ、口に運んで彼女が言う。
「良かったですね、プロデューサー。お腹一杯になれますよ?」
……とはいえ、琴葉が冷たい態度を取れたのもその一瞬がピークだった。
美奈子が試作の酢豚を持って来ると、結局彼女も箸を取り、
「そ、そんな恨みがましい目で見ないでください! ……居心地悪いじゃないですか」なんて加勢することになるのだから。
ああ、それにしても美味しそうにご飯を食べる女の子って素晴らしい。
時折口元を押さえたり、ズボンのベルトを緩めてお腹に余裕を作ったり。
「うぷっ……。もうダメ、これ以上はムリ……!」
それでも目尻に涙をためながら、もっきゅもっきゅと口を動かす琴葉だった。
===
この一コマはこれでおしまい。田中さん今週誕生日ですね。ミリシタにサプライズ登場とかしないかなぁ。
どうなるんだろね、誕生日
>>37
横山奈緒(17)Da/Pr
http://i.imgur.com/ondvToc.jpg
http://i.imgur.com/Nh7PoEx.jpg
高坂海美(16)Da/Pr
http://i.imgur.com/m9VYe4I.jpg
http://i.imgur.com/rzLkPNw.jpg
所恵美(16)Vi/Fa
http://i.imgur.com/GNH7iGY.jpg
http://i.imgur.com/a2Ghj4r.jpg
>>43
秋月律子(19)Vi/Fa
http://i.imgur.com/8h2rs5n.png
http://i.imgur.com/FUliF1H.jpg
矢吹可奈(14)Vo/Pr
http://i.imgur.com/kQHQF7j.jpg
http://i.imgur.com/ZR0He5K.jpg
>>48
桜守歌織(23)An
http://i.imgur.com/JWlIySg.png
http://i.imgur.com/HjgOTKn.png
>>50
田中琴葉(18)Vo/Pr
http://i.imgur.com/5cGQanJ.jpg
http://i.imgur.com/JJhinlS.jpg
佐竹美奈子(18)Da/Pr
http://i.imgur.com/sQWkK17.jpg
http://i.imgur.com/7L2eJqW.jpg
===8.
その日、貴音がなんだか変だった。
自分と一緒にやっている、「生っすかウェンズデー」の収録中もうわの空。
こっちのことも、ディレクターのことも、聞いてるのか聞いてないのか生返事。
それでね、収録が終わったら聞いてきたの。「響、今夜の予定は空いてますか?」って。
「予定? 今日の? ……特にないけど、どうかした?」
「では今晩、響の家に伺ってみてもよいですか?」
「別にいいけど。なに? またウチにご飯食べに来るの?」
そう、そうなんだ。貴音はちょくちょくウチに来る。
遊びに来るって名目で、ご飯を食べにやって来るの。
……別にたかられてるとかそんなんじゃなくて、一人でご飯を食べるより、二人で食べる方が美味しいから。
どっちも一人暮らしだけど、向こうにはハム蔵やいぬ美たちみたいな家族
(あっ、ウチで飼ってる動物たちのことね)が居ないからさ。
だから貴音に訊いたワケ、またウチにご飯食べに来るのって。
貴音は上品そうな見た目の割に、自分もビックリするぐらい食べるから……。
彼女が家に来るときは、こっちもそれなりに準備しなきゃ。
じゃないと、冷蔵庫の中身が壊滅! なーんて事態がわりと頻繁に発生する。
家族の食費プラス貴音。うぅ、我が家のエンゲル係数は、下がる見込みがございません。
でも今日の貴音は違ったんだ。
やっぱりどこか心あらず。曖昧に「はい」って頷くと。
「響は、今日が何の日なのか知ってますか?」
「今日? 今日は……いっつも余裕が全然ない、生水のちょうど収録日」
「ではなく」
「違う? じゃあ……。分かった! 誰かの誕生日!」
「明日は琴葉嬢の誕生日ではありますが、本日はどなたも」
「これも違うの? う~ん、他になにかあったかなぁ」
ゼンゼン思いつけない自分に、それでも貴音は黙ったまま。
ヒントとか、くれても別に構わないのに。……っていうかヒント! それ!
「ヒントちょーだい!」
すると貴音は左手を、自分の頭にくっつけて。
まるで動物の耳が動くようにぴくぴく動かして見せたんだ。
「耳? ……犬かな?」
「響、自分は今どんな恰好をしていますか」
「どんな恰好って、生水でやってたチャレンジの服装まんまだから……」
言われるままに自分の服装を確認する。
頭につけたうさぎ耳、羽織ってる上物のバニーコート、
お尻にはしっぽがついてるし、貴音とお揃いのレオタード。
履いてるヒールの踵だけは、ぽっきり折れちゃってたけれど。
……毎度のことながら大変さー。
今回の『うさぎ跳びで赤坂ミニマラソン』なんてチャレンジがどうして会議を通ったのか。
というか、うさぎ跳びってマラソンじゃないし。
「うさぎさんだよ」
「そううさぎ。それなのです」
貴音がスッと指をたて、説明口調で話し出す。
「秋が来て、夜のうさぎは月恋し。……十月四日、本日はいわゆる十五夜を迎える日となります。
夜には空に浮かぶ月に、団子やススキをお供えし――」
「あー、お月見かぁ。そう言えばそんな時期だったね」
「響……。どうして二人がこのように、面妖な衣装を着ているかを忘れてしまっていたのですか?」
「えっ」
「ちょうど放送日が重なるからと、急遽企画が変更され――」
「あ、ああそう? そっか! それでこんな変な企画になったっけ」
「はぁ……。真、しっかりしてください」
呆れたようなその台詞に、ちょっとイラっとはしたけれど……まぁいいや。
うさぎ跳びしたのは自分一人だけど、貴音も番宣用のプラカードとか持って色んな人に見られてたし。
(自分なら、恥ずかしくって死んじゃうぞ!)
お互い今日のお仕事は、大変だったと思うんだ。うん。
「とにかく、今宵は労も労おうと。たまには心静かに月を見て、二人で夜を過ごすのも悪くないかと思ったのです」
なるほど、そういう事なら話は分かる。
貴音は月に関心があるみたいで、時々夜空を見上げては切ない顔をしていたし……。
きっと、お月様のことが好きなんだな!
だからこの手のイベントには目が無いんだと、自分の中で解釈する。
「それじゃ、いいよ。お団子用意して待ってるから」
「まぁ、それは実に楽しみな――」
「ああでも、お月見だからご飯の準備はいらないよね? 貴音も食べてから来るんでしょ?」
そう一応聞いてはみたけれど。
予想通りと言うべきか、貴音は急に険しい顔になって。
「いえ、食事は食事、月見は月見。それとこれとは話が別です」
うん、まぁ、そうだよね。……冷蔵庫、中身は十分あったかな?
===
家に帰って、買い出して来た食材たちを片付ける。
お団子も食べることになるから、そんなに量も、凝った食事もいらないよね。
手を洗って、エプロンつけて、腕まくりもしたら準備完了。
「それじゃ、今からみんなの分作るね」
いぬ美たちにそう声をかけて、各々に合ったスペシャルメニューに取り掛かる。
お肉を切ったり、野菜を切ったり、餌用マウスを用意したり。それで、ニンジンを切ってる時にふと気づく。
「あ、うさ江」
そう、家にはうさぎのうさ江がいるじゃないか。
お月見と言えばうさぎだし、今日はいつもより少しだけ、ご飯にイロつけといてあげよ♪
……とまぁ、そんなことを考えながら家族のご飯を用意していると、突然玄関のチャイムが鳴った。
多分貴音だ。夜にはまだ少し時間があるけど、きっと待ちきれなくて来ちゃったな。
キチンと刃物類を仕舞い、洗った手をエプロンで拭きながら玄関扉を開けに行く。
「はーい! 貴音、いらっしゃい!」
で、元気よく扉を開けてみれば。
「こんばんは、響ちゃん! ……来ちゃった♪」
「逃げろー!!」
「お邪魔しちゃうね♪」
「みんな逃げてっ! 麗花が来た!」
立っていたのは北上麗花。迷惑千万なお隣さん。
彼女は腰に抱き着いた自分を引きずりそのまま家の中に侵入。
ご飯の準備を待っていたいぬ美たちの姿を見つけると。
「ハァイ! みんな元気してた?」
ベタベタベタベタ触りまくる。頬ずり抱きしめ愛撫の嵐。
こらいぬ美、軽々しくお腹を晒さない! へび香、嬉しそうに巻きつかない!
シマ男もハム蔵もモモ次郎も、ご飯以外のナッツはダメー!!
「ブタ太もねこ吉もオウ助も、みぃんな元気でなによりなにより」
そうしてうさ江を抱きながら、ワニ子の背中に頭を乗せる。
あっという間に家の中は、麗花の王国になっちゃった。
「動物ぶつぶつぶどうかーん♪」
「えぇ~……」
「完熟じゅくじゅくハヤーシラーイス……あ、そうだ! 響ちゃん、今日のご飯はハヤシライス?」
「うぇ!? ち、違うけど」
「そうなんだ。私、カレーライスとハヤシライス、どっちが強いか気になってて」
「ううん、ごめん。ワケわかんない」
訊いて来た麗花に笑顔で答えて、ドッと感じる肩の重み。
はぁ、やっぱり説明はしなきゃダメ? 北上麗花、こう見えて二十歳。
自分の住んでるマンションの、隣に住んでるお隣さん。
それからここの所が重要で、自分と同じ765プロ所属、いわゆる一つのアイドル仲間。
そりゃ、麗花は裏表の無い良い人だから、自分も嫌いじゃないけどさぁ……。
「ふんふんふーん♪ ワニ子ちゃんの牙、いつ見てもピカピカしててカッコイイ! ……一本ぐらい貰っても――」
「ダメに決まってるでしょ何してるの!? 手なんか入れちゃって噛まれたら――」
瞬間、麗花の腕が中にあるのに、バクリと口を閉じるワニ子!
「うぎゃーっ!!?」
「きゃあーっ!!」
部屋に悲鳴が響き渡り、自分は思わず顔を伏せて……。
恐る恐ると目をやれば、麗花はケロリと転がってた。
こっちに見せた右手には、ちゃあんと肘から先が残ってる。
「ビックリした?」
「当然でしょ!」
「怒らないでよ響ちゃん。今度の事務所のパーティで、披露しようと思ってるの」
そうしてワニ子の鱗を撫でながら、「やったね♪」なんてピースサイン。
ああ、もう! ああ、もう! なんて言ったら良いかが分かんないけど!!
……ホントに麗花は自由だよ。ヒマを見つけちゃ遊びに来るし、ハム蔵たちとも仲良いし。
だけど自分、ちゃんと知ってるよ? 最近家の中の地位が、麗花に負け始めてるってこと!
琴葉の誕生日を挟んで後半へつづく。
【ミリマス】君のその指にリースをはめて
【ミリマス】君のその指にリースをはめて - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1507199333/)
琴葉誕生日話。世界線は同じなので、グリーンピースを押し付けられた三日後ぐらいの話ですね。
===
「なるほど、それで麗花がココに居たのですか」
「そうなの。だから私がいるんだよ! えっへん♪」
いやいや、威張る必要はないけれど。
結局麗花が来てから少しすると貴音も我が家にやって来た。
それも自分で買って用意した、大量の食材が入ったビニール袋をその手にして。
あんまりインパクトがあったから、一緒に持って来たススキの存在にしばらく気づかなかったぐらいだぞ。
「でも貴音、ウチの冷蔵庫パンパンだよ?」
「ならば空けるのをお手伝い致しましょう」
そうしていそいそと冷蔵庫から、ハムだのチーズだのといったすぐに食べれそうな物を取り出す貴音。
麗花と二人で6Pチーズを齧る姿なんて、まるで大きな二匹のネズミみたい。
……あ、分かった。
最初からこうすることが目的で、アレコレ買い込んで来たんだな。
「はいはいありがと、そこどいてね。これからお団子作らなきゃ」
いつものようにそんな二人を冷蔵庫の前から追い立てて、
月見団子を作るための団子粉なんかを調理台の上に用意する。
するとボウルを手にした麗花が隣にやって来て、
「じゃあじゃあ私もお手伝いするね」なんて言うからさ。
「麗花も? ……変な物作ったりしない?」って恐る恐ると訊いてみると、麗花は「もちろん!」と自信満々の笑顔で答えたんだ。
「お菓子は家でも作ってるし、こう見えて泥団子を作るのも得意だよ?」
「なんだろ。それに違和感感じないのが違和感かも」
でもまっ、食べ物かどうかはさておいても何かを丸めるのは得意みたい。
お湯を作るためにお鍋の水を火にかけて、団子粉にも水を混ぜてボウルの中でこねこねこね。
「響、このお湯少々頂いても――」
「カップラーメン用だったら、ポットの中から取ってよね」
邪魔する貴音もあしらえば、麗花がいい感じにまとめた生地を
まな板の上で棒状に伸ばし切って行く様子を「うんうん順調」とチラ見して――ちょっと待つさー!
「トントンどんどん、うどん、どんっ♪」
「ちょっと麗花お団子! 今作ってるのはお団子だから!」
「さて問題! このおうどんの作り方を私は誰から教わった?」
「うぇっ!? そ、そんなの考えるまでもなく――」
「ハイ、時間切れでーす。答えは静香ちゃんでした♪」
「せめてもう少し待って欲しかったぞ!」
全くもう、ちょっと気を抜けばすぐこの騒ぎ。
もう一度生地を丸めなおして、お団子を湯がいてもらってる間にこっちもこっちですることを。
「よっと」
じゃっ、じゃーん! 冷蔵庫から取り出しますは、事前に用意してた小豆。
……まぁ煮豆缶から取り出して、水気を切っただけの物だけど。
これを出来立ての月見団子へと(ホントはこれもお団子じゃなくて、お餅を使うべきなんだけどね)
その辺は割と臨機応変。一粒一粒潰さないようにペタペタくっつけていけばほら完成!
お皿の上に盛り付けて、貴音たちに見せれば返って来るのは驚きの――。
「響……。そのぐろてすくな見た目の食べ物は一体?」
「なんだか虫がたかってる?」
「見えない、言わない、連想しない! これが沖縄の月見団子、その名も"ふちゃぎ"って言うんだぞ!」
人が用意したお団子見て、なんて言い草の二人なんだ!
===
まぁでも、そんなこんなで準備を終えれば三人で夜のベランダへ。
「名月や、ああ名月や」
「それにつけてもふちゃぎふちゃぎ♪」
「二人ともさっきから食べてばっか。少しは月も見てあげなよ」
リーンリーンと虫の声は、都会じゃちょっと難しいけど。
それでも夜風に当たりながらお月見するのはだいぶ新鮮。
花より団子な二人と違って、自分、風情の分かる女ですから。
「響ちゃんはふちゃぎ食べないの?」
「自分の分はちゃんと避けてる。そっちの大皿は二人でどーぞ」
もぐもぐと口を動かしてる、麗花に訊かれてお皿を見せる。
貴音たちと一緒に食べる時は、自分の取り皿を用意するのが劇場メンバーの常識だもん。
飾ったススキを眺めたら、月を見上げてふちゃぎふちゃぎ。
「そう言えばこのお月見って、何をお祝いしてるのかな?」
ふと気になったことを口に出すと、貴音がすぐさまこう答えた。
「月見は秋の収穫祭。そもそも旧暦の八月九月十月と、三月(みつき)に渡り行う物。
……十五夜の『芋名月』を始まりとし、十月に見る『十日夜の月』をもってして、秋の収穫終わりを知るのだと」
「へぇ~……。貴音ちゃんってば物知りだね!」
「夏から秋へ、秋から冬へ。月見で始まり月見で終わる。季節の移り替わる様を、月の満ち欠けに重ね見る――」
そうして月を仰ぎ見る、貴音の横顔は凄く神秘的。
……これでふちゃぎをもぐもぐしてなかったら、随分様になったのに。
でも、昔の人のそういう考え方は自分も好き――うまく言葉にできないけど、
自然の移り変わる様に自分たちの生活を重ねて生きるってことは――
沖縄で過ごしていた時に感じていた、
都会に出てからは忘れがちな"てろてろ"っとした時間の流れを思い出せるから。
……うーん、ロマンチックって言うのかな? 自分、こういうのを表現するのは苦手だから。
あんまり考え過ぎてると、頭が「うぎゃー!」ってなっちゃうし。
「後はそう、"月見泥棒"と言う催しも」
その時、貴音が聞き慣れないことを言いだした。
……月見泥棒? お月見の夜に出る泥棒?
「ねぇねぇ教えて、気になるな!」
麗花も気持ちは同じみたい。自分たち二人にせがまれると、
貴音が解説の為にスッと人差し指を優雅に立てた。
「月見泥棒。それは月見の夜に限っては、お供え物を盗んでも良いとする子供に向けた風習です」
「えっと、お供え物って言ったら――」
「ススキ?」
「お酒とか」
「団子、芋、栗、柿、枝豆それに菓子類など。近隣住民へのおすそ分けに、遊び心を加えた催しかと」
なるほど、そういう風習もあるんだね。
意外や意外、妙な貴音の知識に感心しつつ自分はふちゃぎの乗ったお皿に手を伸ばして。
……でも、その時初めて気づいたんだ。
取り皿に避難させておいたはずの、自分のお団子がすっかり無くなっていたことに。
「あれ? 変だな……」
「どうかしたのですか、響?」
「急にキョロキョロしちゃったりして」
「う、うん。あのね? 自分の分のお団子が――」
だけどすぐさまピンと来た。目の前に、物凄く怪しい二人組が揃って座っていることに。
証拠は何もないけれど、こっちが話を聞いてる間にこっそり盗んで行ったのかも。
それで二人を問い詰めようと、体ごと二人に向いた時だ。
「――二人とも勝手に食べたりした? ……って、今聞こうと思ってたんだけど」
貴音と麗花の前にある、お皿の上にはまだふちゃぎが一杯残ってた。
当然、目の前に食べ物がある間は人の分にまで食指を伸ばさない彼女たちだから。
「……私は、全く身に覚えがないですね」
「私もだよ? 響ちゃんから貰わなくても、まだまだここに残ってるし」
キョトンと聞き返されちゃって、初めて感じる悪寒かな。
な、なら一体、誰が自分のふちゃぎを食べたのさっ!
「気づいたら、お皿が空っぽになってたの!」
「えぇ!? そんなことって響ちゃん……」
「真、面妖な話になりますが――」
そうして貴音がこっちを向き、自分の(私のね)後ろの空間を凝視しながら震える声で言ったんだ。
「……既に現れていたのかもしれません。先ほど話した月見泥棒」
その瞬間、自分は二人の間に飛び込んだ!
もうね、白状しちゃうけどお化けとかゼンゼンダメだから!
二人の肩に抱き着いて、泣きべそかいて叫んだの。
「二人とも、今日は自分家に泊まってってぇ!!」
そんなお月見の夜のプチ騒動。自分の話はこれでおしまい!
===
この一コマはこれでおしまい。響誕生日おめでとう!
ミリシタの挨拶で駆け寄って来る姿に可愛いと心底悶えたその後で、ホワイトボード見て崩れ落ちた。
次回は翼と美希をメインとした、ちょっと長めの話を予定中です。
===9.
えっと、それじゃあプロデューサー。今から私の話を聞いてください!
え? その前にいつもの「アレ」しないか? ……私と一緒に手を上げて――。
「ハイ、ターッチ! いぇいっ♪」
うっうー! やっぱり初めにコレすると、テンションがバーンって楽しくなっちゃいます!
……プロデューサーも同じですか? えへへ、だったら嬉しいかも。
これから話す出来事も、そんな心がパーっとなって、ポカポカ~ってするような嬉しいお話だったんです!
あの、私って普段はスーパーでお買い物してるじゃないですか。そうです、その、もやしの特売をやっている。
でもよく行くお店はそこだけじゃなくて、商店街にもあるんです。
……私の言ってる商店街、ドコのことだか分かりますかー?
ほら、前にロケだってした。豪華堂のある商店街。
交通費のことを考えると、いつものスーパーよりもちょっと高いかなーって思ったりすることもありますけど、
それでも運が良い時には、すっごいおまけが貰えるんです!
この前は「売れ残りだ」って、こーんなパイナップルを一つ。
家に帰ると浩太郎が、自分の顔と同じ大きさだ! なんて言いだすから
誰の顔が一番パイナップルに似てるかなんて言う遊びをみんなが始めて大騒ぎ――はわっ!? は、話が脱線しかけてた?
うぅ、ありがとうございますプロデューサー。
それで、どこまで話しましたっけ?
商店街を使ってる、理由の説明まではした……。
じゃあ次は、『そこでなにがあったか』――ですね! "いつどこで、誰がなにをした"。
こういうのを『ごーだぶりゅー』って言うんだって、この前テレビで言ってました!
……えぇっ!? それを言うならごーだぶりゅー、いちえいち?
ろく、だぶりゅー、いちえいち? ごー……だぶりゅー……さんえいち……?
そもそも本家本元は、ふぁいぶ……だぶりゅーず――う、うぅ~!!
よ、呼び名と種類が一杯あって、頭がグルグル~ってしちゃいます……!
それに、プロデューサーはなんで笑ってるんですかー?
ワザと難しい言葉を使うなんて、そういうのちょっと、意地悪かなーって。
……え? 可愛かったからつい? ……プロデューサーって時々変なこと言いますよね。
さっきまでしてた話の中に、可愛い子なんていたかなぁ……浩太郎?
う~んホントに誰なんだろ……えっ? あっ!
プ、プロデューサーの言う通りですー! さっきから話が進んでない……。
えっと、じゃあ続きなんですけど。私、この前もべろちょろを持って商店街まで行ったんです。
お給料日より前だったから、いつもに増してべろちょろもグーってお腹を空かしてて。
お得な特売だったり安売りだったり、あとそれと、
またおまけも貰えちゃったりしないかなーって、えへへ……♪
しっかりしてるな、ですか? ……うーん、それは、ちょっと違うかも。
プロデューサーも知ってますよね? 私の家はビンボーだから、やっぱりそういうチャンスには期待しちゃって……。
これって、まだダメな甘え方になりますか? だったら私、あの日の亜美と真美との約束を――あ、ご、ごめんなさい!
また脱線しかけてましたよね。今日はガタターって沢山脱線しちゃってて、なんだかプロデューサーに悪いです。
私、久しぶりに二人きりでお話できてるから、言いたいことが一杯あって……。
でも今日するお話はちゃーんと決めて来ましたから、この話だけはビシーッと最後まで話しますね。
だからプロデューサーにも終わるまで、付き合ってもらえると嬉しいです!
===
えーっと、それじゃあ続きを話しますね?
私、そんな風に商店街を歩いてる途中で千鶴さんと出会ったんです。
え? どっちの千鶴と会ったんだ……。プロデューサー、何言ってるんですか?
千鶴さんは千鶴さん。松尾なんて人は事務所にだっていませんよー。
それで、その千鶴さんが「あら高槻さん、ごきげんよう」って私に挨拶してきたから、
私も急いで「千鶴さんこそ、ごきげんよう」って慌てて返しちゃったんです。
もうそれが、なんていうか少し恥ずかしくて。私、千鶴さんみたいなセレブな人でもないのになって。
ビンボーだし、綺麗じゃないし、着ている服もヒラヒラじゃないし。
でも千鶴さん、「今の挨拶、とっても自然でしたわよ」って、可愛かったって笑顔で褒めてくれましたー。
お世辞だって分かってても、やっぱりホントは嬉しくて。それから商店街のお店を回って二人でお買い物したんです。
プロデューサーは知ってました? 千鶴さん凄いセレブだから、商店街の人たちみんなに顔も名前も知られてて。
通りを歩いてるだけで千鶴ちゃん千鶴ちゃんって大人気!
私、アイドルとしては千鶴さんの先輩なんですけど、そんな私よりももっともーっと人気者で、
ホントにもう、『ザ・商店街のアイドル』って感じだったんですー!
それにその、そんな千鶴さんと一緒にいたからか、いつもより気前よくおまけして貰えて。
食費が浮いて嬉しいですってお礼を言うと「わたくしがお役に立てたのなら、それはなにより喜ばしいことですわ」って千鶴さん。
もうその時の笑顔の千鶴さんが、スッゴクカッコよくて素敵でした!
私もセレブになれるなら、千鶴さんみたいなセレブになりたいなーって心の底から思っちゃったぐらいで、えへへ!
それで、あるお店の前に行った時にもやっぱり「今日はお友達も一緒かい?」ってお店の人に声をかけられて。
そこ、お肉屋さんだったんですけど……あぅ、その日に持ってた予算だと、お肉の予定でも無かったんですけど。
その時、千鶴さんが私に言ったんです。
「そうそう、高槻さんはご存じでして? 本日はわたくしの生まれた記念日ですの」
もう私、それを聞いて「えぇーっ!?」ってスッゴク驚いちゃって、多分、叫んだ声も商店街中に響いてて。
だって、知らなかったから。プレゼントなんかも用意してないし、
私、色々良くしてもらったのに、おめでとうございますしか言えなくて……。
そんな私に、千鶴さんが言ったんです。
「本来ならば、この出会いも何かの縁。わたくしの誕生パーティーに高槻さんをお呼びしたかったところなのですが……。
急にお誘いしてしまってはかえってそちらの迷惑でしょう?」
もう私、「はわっ!」ってなって「わわーっ!」ってなって、お返事もろくにできなくて。
その間にも千鶴さんは、お店の人に何か言って。気づいた時には私の両手にお肉の包みがあったんです。
「ですから、これはパーティーに出席した代わりと言うことで。
わたくしからささやかな物ではありますが、お土産を持たせてくださいな」
もちろん「こんな高価な物なんて頂けませんー!」って
その場で返そうとしたんですけど、
千鶴さんには「気持ちよく受け取って頂きたいの。それに今日一緒に商店街で買い物をした、
楽しい時間のお礼も兼ねていますのよ」なんて押し切られる形で貰っちゃって……。
結局そのままお礼を言って、家には帰ったんですけど。
私、一晩寝ても胸のモヤモヤが消えなくて。
改めて千鶴さんになにか、プレゼントを渡したいなーって。
でもセレブなプレゼントってよく分からないし、あんまりお金もかけられないし……。
あぅ、そうです。プロデューサーの言う通り、相談したら、何かいいアイディアを教えてくれるかも! ……って思って今日は私。
だから、その、プロデューサー!
私にできるプレゼント、一緒に考えてくれますか?
===
この一コマはこれでおしまい。千鶴さんお誕生日おめでとうございます。
急遽オチを変えたので>>77の
・これから話す出来事も、そんな心がパーっとなって、ポカポカ~ってするような嬉しいお話だったんです!
は無かったことにしてください。千鶴さんの呼び名が「高槻さん」から「やよい」に変わる話に繋がる予定。
===10.
「仕掛け人さま仕掛け人さま」
「ん、どうしたエミリー? ……と、エレナ」
「今日もお仕事頑張ってるネ! 今からそんなプロデューサーを、二人で応援してあげるヨー!」
そう言うとチアガール衣装に身を包んだ二人はポンポンを振って踊り出し。
「フレー、フレー! 仕掛け人さまっ!」
「ファイト! ファイト! プロデューサー!」
「わぁーっ♪」
「イェーイっ♪」
「あー……応援してくれるのは有り難いが、あんまり埃は立てるなよ」
「えへへ……げ、元気になって頂けたでしょうか?」
「それじゃ、早速確認を――♪」
「っておい! お前ら乙女の癖にどこを見て――さ、さては星梨花!? 星梨花だな! 星梨花ーっ!!」
二人の少女に迫られて、プロデューサーは慌ててその場から逃げ出した。……若干前かがみになりながら。
後に残されたエミリーが言う。
「oh……。エレナさん、私たちには魅力が足りてないんでしょうか?」
「落ち込まないで、エミリー。次はサンバの衣装でチャレンジだヨ!」
「はぅ、サ……南米舞踏の衣装は布が少なくて着れません~!!」
===
この一コマはこれでおしまい。エレナ誕生日おめでとう!
それにミリシタコミュのエミリーのさ、応援は笑顔になっちゃうよね~。
===11.
両手合わせて十本の指から伝わって来る肉の感触はと言えば実に柔らかくってふにゃふにゃしてて。
おまけに彼女の頭がすぐ目と鼻の先にある物だから、
さっきからシャンプーの甘い香りに俺の意識は苛まれてしまって困るのだ。
「プロデューサーさん」
「は、はい!」
「もう少し……その、強めにしても大丈夫です」
言われて、俺は指先に込める力を強くした。
すると歌織さんは僅かに肩を寄せ、「んっ……」と鼻にかかったような悩ましすぎる吐息を漏らす。
正直に言って色っぽい。ここがもし事務所の中じゃ無かったら、
俺の理性はとっくの昔に崩壊して彼女を後ろから抱きしめていたかもしれなかった。
「あの~、歌織さん」
「……もう。プロデューサーさん違います」
「えぇ!? まだダメなんスか? ……うー……お、お姉ちゃん」
「うん、なぁに?」
「この肩もみ、いつまで続けたらいいのかな?」
――さて、ここで聡明なる諸氏におかれてはこんな疑問を抱いたはずだ。
「お姉ちゃん? 貴様、なにをたわけたことを言っとるんだ!」と。
全く持ってその通り、不思議に思って当然だろう。だから、少しだけ説明させてほしい。
どうして俺が歌織さんのことを姉と呼び、彼女の肩を入念に揉みほぐすことになったかを。
きっかけは本当に些細なことさ。
事務所で彼女と雑談中、二人の年齢についての話になった。
「歌織さん二十三でしょう? はは、俺の方が一個年下だ」
「えっ」
「だから俺の方が一つ下。……二十二なんですよ、俺。ちょうど風花のヤツとタメなんです」
するとどうだ? たちまち彼女は驚いて。
「プロデューサーさん、私より年下だったんですか!?」
「そ、そんなに驚くことですかね」
「ビックリですよ! 私、同い年だと思ってましたから」
そこからアレコレ話が広がり気づけばなぜかこんな流れに。
「それじゃああの、折角なので一つだけお願いしても構いませんか?」
「ええ、そんなに改まらなくても……。借金の話じゃなかったら、俺は大抵のことは受けますよ」
「その言葉、ホントですね?」
「ホントです。なんてったって業界じゃ、"便利屋のPちゃん"で通ってますからね!」
落ち着いて思い返してみれば、きっとこの一言が余計だったんだ。
どんなお願いが飛び出すのかと身構えている俺に向けて、歌織さんがもじもじしながら口にしたのは――。
「私のことを、"お姉ちゃん"って呼んでみてもらってもいいですか?」
「は、はぁ……!?」
「以前から思ってたんですけど、プロデューサーさんって少し子供っぽいところがあるじゃないですか。
……それで私、弟がいたらもしかして、こんな感じなのかもしれないなって」
「だからって、えぇっと……俺が代わりに?」
「やっぱりダメでしょうか? ……ぴ、Pちゃん……!」
その瞬間、俺はまさに「はうあっ!!?」って感じで驚いた。
なんたってあの歌織さんが、頬を赤らめながら俺に"Pちゃん"って……。
そして期待に満ち満ちた瞳でこっちを見上げるんだもの。
もしもこれこれで断るような奴がいるならば、そいつはただのヘタレと言っても過言じゃない!
俺は緊張に震える拳を握りなおすと意を決し。
「じゃ、じゃあ……か、歌織姉さん」
「……少し、距離を感じます」
「なら……お、お姉さん」
「家族から他人になった気が」
「うぅ~……姉さん」
「プロデューサーさん。私、"お姉ちゃん"と呼んでもらいたいって」
「……お姉、ちゃん」
「――えっ? よく、聞こえなかったな」
「歌織……お姉ちゃん」
いや、実に顔から火が出そうなほど恥ずかしい。とはいえ彼女の望みは叶えたのだ。
これで一件落着はいお開きよ、お互い仕事に戻りましょう――なーんて思った俺だったが。
「うん、なぁに?」
まさかまさかの展開さ。歌織さんは俺という疑似弟に向かってグイッと顔を近づけると。
「お姉ちゃんに、何か用?」
「え、いや、用って急に言われても……」
「ん~……。じゃあ、お姉ちゃんをただ呼んだだけ?」
「それも呼んだだけというか、呼べと強制されたというか――」
「Pくんは、お姉ちゃんにご用があるんだよね?」
瞬間デジャブを感じたね。今、歌織さんの全身からは"お姉さんしたいオーラ"が溢れている。
これはそう、瑞希が未来たち乙女ストームの面々のお世話をしたがった時のように。
「……ま、毎日仕事で疲れてない? 俺、良かったらお姉ちゃんの肩揉むよ」
===
――とまぁ、その結果としての肩揉みだ。
かれこれあれから十分弱、俺は丸椅子に座った歌織さんの肩を
もみもみもみもみ揉み続けて今に至っていたというワケである。
そろそろ指だってしんどしいし、仕事にも戻らないといけないし、
できることならこの辺で姉弟ごっこにも満足してもらいたかったのに……。
「……二人とも何をしてるのかしら?」
そこに、タイミングよくやって来たのが我らが頼れるこのみ姉さん。
彼女は俺たち二人を凝視すると、「はは~ん」と頷きこう言った。
「ズバリ、女王様とその下僕!」
「伊織の命令じゃあるまいし、歌織さんがそんなことを望みますか!」
「なら、新手のアルバイト? 副業もほどほどにしなさいよ~」
そうしてこのみさんは自分も丸椅子を持ち出すと、それを歌織さんの隣にトンと置き。
「よっ……こらしょっと」
ポスンとその上に腰かける……その小さく可愛らしい背中をマッサージ中の俺に向けて。
「……あー、もしもしこのみさん?」
「ん、順番待ち」
ああ、やっぱり。
「勘弁してください! 俺は別に肩もみで小遣い稼ぎなんて――」
「星梨花ちゃんのね」
「ぐっ!?」
「納得させるのがすっごく大変だったのよ。……お陰で肩が凝っちゃって」
言って、彼女は自分の肩をしんどそうにトントンとこれ見よがしに叩いて見せた。
この時、俺には二つの選択肢が与えられたことになる。
一つはこのまま順番通りにこのみさんの肩も揉みほぐすという無難な物。
二つ目はこの場から今すぐ逃げ出して、"軟弱者"のレッテルを彼女から頂戴する物だ。
だがしかし! 今日のところに限っては悩める俺のすぐそばに救いの女神が存在した。
「あ、だったら私が揉みますよ」
そう! 女神、歌織さんが!
「えっ……いいの、歌織ちゃん?」
「勿論です! さぁどうぞ、私の前に来てください」
優しく彼女に促され、このみさんが歌織さんの前に椅子ごと場所を移動する。
すると歌織さんがこのみさんの肩を揉み、その歌織さんの肩を俺が揉むという奇妙な構図が出来上がる。
「あ、ああ゛~……いいわぁ。歌織ちゃん肩揉み上手ねぇ……!」
「そうですか? よく、父の肩を揉んでいて……んっ!」
「あ! す、すみません。力、入れ過ぎちゃいましたか?」
「いえ、そんなことは。……プロデューサーさんもお上手ですよね、肩揉み」
「ははは……昔、まだ事務所の仕事が少なかった頃は社長の肩ばっかり揉んでましたから」
「あらそうなの? プロデューサーの過去話、私ちょっと気になるかも」
「このみさんもですか? ……実は私も」
「えぇー? でも、そんな面白い話でもないですよぉ」
「この際だからいいじゃないの! これは、年上命令よ♪」
そうして俺の昔話をBGMに、この一種異様な肩揉み空間はしばらく活動を続けたが――。
「……お兄ちゃんたち何してるの?」
そこに、ちょうど桃子の奴が帰って来た。固まる俺たち察する彼女。
桃子は開け放した扉のドアノブにそっと静かに手をかけると。
「うん、まぁ、芸能界だし、大人の世界も色々あるよね。……桃子、誰にも言わないからっ!」
バタン、無慈悲に閉められるドアと猛スピードで遠ざかっていく幼い少女の足音のコンボが胸を打つ。
……さてと! ここはなにやら妙な誤解をしたらしい桃子を追いかけて行くべきか。
「ちが、違うの桃子ちゃん! ……別にこれは、なにかやましい行為じゃなくて――」
「ちょ! か、歌織ちゃん苦し! くる、重いぃ……っ!!」
はたまたそのショックの強さから、縋りつくようにこのみさんを抱きしめている歌織さんを正気に戻す方が先か?
……全く、口は災いの元ってのはホントだなぁ。
===
この一コマはこれでおしまい。三人並んでの肩もみは、お風呂での背中流しに通じるところがある気がする。
===12.
十月も終わりが近づくと外はすっかり寒くなる。暖房の効いた建物から寒空の下に出れば、
その風の強さに両手を擦って肩を震わせるなんて光景が街のあちこちで見受けられるようになる。
「うぅ、寒ぶ寒ぶ」
その反応に歳の差なんてものは大して関係ないみたい。
テレビ局から出たわたしとプロデューサーさん、それから静香ちゃんの三人は揃って両手を合わせると。
「お昼どうします?」
「わたし、こんな日はあったかい物が食べたいでーす!」
「なら鍋だな」
「お昼だって言ったハズですけど」
なんて、なんでもないお喋りをしながら道を歩く。
行き先は最寄りの繁華街、お仕事でペコペコになったお腹を満足いくまで満たすためだ。
「でもな、流行ってるらしいぞ鍋ランチ」
「みたいですね。先日もこのみさんたちから試したなんて話を聞きました」
そう、静香ちゃんの言う通り。このみさんたちってばわざわざわたしたちのトコまで来て、
「スッゴク美味しかった!!」って自慢するんだもん。お昼の鍋物はまた"オツ"なんだぞとかなんだとか。
「それも酔いに酔った状態で。……どうせ意志薄弱なアナタのことですから、鍋だけ食べて終わる気がしません」
「バカ言うな! 流石に勤務中に飲酒なんて――」
「したこと無いって言えますか?」
「……二度や三度はあったかもなぁ」
他人事みたいにぼやく彼の反応に、「ほら見たことですか」って感じで静香ちゃんがため息をつく。
つまり、鍋物案は却下だと。
「じゃあ丼物は? 親子丼とか美味しそうだよ~」
そんな二人に、わたしは通りにある食堂のショーケースを指さしながら提案する。
これならボリュームもあるしヘルシーだし、代替案としても十分な――
「翼、親子丼なんて太るわよ」
「え゛っ」
「そうだぞ翼。親子丼はこう……並みだと物足りないよな。気分的に」
「間食にだって甘くなるの。お昼は親子丼だったから、お菓子の一つ二つは大丈夫よねっていう風に」
「……それって単に二人の意思が弱いだけじゃ――ううん、なんでもありませーん!」
わたしは慌てて言葉を飲み込むと、二人に首を振って見せた。
だってプロデューサーさんたちったら揃って笑顔になるんだもん。
……その反論させないスマイルの怖いこと怖いこと。
「でもそれじゃ、結局何を食べるんです? ……カレーとか?」
「カレーかぁ……昨日の昼に食べたからちょっと」
「それに温かい食べ物って感じもしないわね。どっちかと言うと辛い食べ物」
「だったらラーメン? これなら"ザ・冬の食べ物"って感じもするし」
「ラーメンもなぁ……昨日の晩に食べたから」
「惜しいけどありきたりじゃないかしら? もっと、体の芯から温まれるような一品を――」
でもそれじゃ、導き出される答えは自然と一つしか残らない。
……うぅ、でもでもこれは、正直食べ飽きちゃってるんだけどなぁ。
「……じゃ、もしかしてまさかそんなことは万に一つも無いと思うけど――おうどん?」
恐る恐ると口にして、わたしは二人の反応を見る。
もっと正確に言うならば、決定権を持つ静香ちゃんの答えを待つ。
「いや、待て、早まるな翼! もっとよく考えて――」
「プロデューサーは少し黙って下さい」
瞬間、静香ちゃんにジロリと睨みつけられたプロデューサーさんが子供みたいに首を縮こまらせた。
……プロデューサーさんは強い者に従うタチの人だから、こういう時には全くアテにも役にも立たないのだ。
そうして静香ちゃんは考え込むように口元に手を当てて――
ちなみにだ。これは昼食をおうどんにするかどうかで悩んでるワケじゃなく、
一体なにうどんを食べるのがベストなのかを考えているんだと思う――しばらく経って出した結論は。
「……今日は、お蕎麦」
「えっ!?」
「そばっ!?」
驚くわたしたちを他所に、静香ちゃんは一軒のお蕎麦屋さんを指さした。
「この季節、鴨そばなんていいじゃないですか。それにお蕎麦屋さんの丼物は結構当たりが多いですよ?」
===
この一コマはこれでおしまい。おでんなんかも良いですよね
===13.
その日、周防桃子は朝からゴキゲン斜めだった。
劇場内の控え室にて。手近な席に陣取ると、いかにもといった体でむくれている
その幼い少女の虫の居所が悪いワケを同席する真壁瑞希は知っていた。
知っていて、しかしそれでも「どうしました?」の一言すら彼女は発することもせず、
手元に広げた手品道具の手入れに精を出していた次第である。
「……ねぇ瑞希さん」
だが、素知らぬ振りをする瑞希のことを桃子は暇人であると見なした。
見なし、声かけ、自らの持つ鬱憤を吐き出すために彼女との距離を縮めて切り出した。
「今日のみんな、変じゃない?」
はて、変とは一体どういうことか?
瑞希は磨いていたコインを卓に置き、顔だけを桃子に向けて考える。
「変……ですか?」
「変だよ。ヘン、すっごく変!」
時間稼ぎにと訊き返してみるが、問題解決には至らない。
桃子は頬杖をついてぶーたれると、「聞いてくれる?」と瑞希を見上げつつ。
「朝からみんなコソコソして、桃子と会うのを避けてるみたい。こっちから話しかけたって、どこか上の空って感じの返事だし」
「はぁ、そうなんですか」
「ほらそれ! 今瑞希さんがしてるみたいに」
ビシッと指さし指摘され、瑞希が「困ったぞ」とその眉を寄せた。
「私は……道具の手入れをしてますから」
「なら一旦止めて、手を止めて」
「でも――」
「……瑞希さんも、桃子の話なんてどうでもいいんだ」
反論二人を取りなさず。
泣きそうな顔で言われれば、流石に相談事を優先させねばならないぐらい瑞希にだって分かるもの。
持っていた布を手放して、両手はお行儀もよく膝の上へと移動した。
そうして瑞希は居住まい正し、背筋を伸ばし、体ごと桃子に向き直ると。
「では、続けてください。……聞く姿勢はご覧の通りバッチリだぞ」
この天晴れな瑞希の対応に、桃子の機嫌も幾分か上向きになったらしい。
彼女も頬杖から腕組みへと自分の姿勢を移行させ、
「あのね? 今朝からみんながなんていうか……。距離を取ってる感じなの。桃子と、長い間一緒にいたくないみたい」
「すぐにその場から離れて行ってしまうと?」
「うん。忙しい時期なら分かるけど、今日はその……みんな余裕はあるハズだし」
「余裕ですか」
「現に瑞希さんだって暇なんでしょ? さっきから見てたけど、ずっと手品道具を弄ってる」
言われ、瑞希が大げさに肩を強張らすジェスチャー。
ご丁寧にも「ギクリ」と擬音のサービスつき。
「そうですね。確かに暇と言われれば暇ではあります」
「でしょ? それに予想もつくんだよね、みんなが急に桃子に対して冷たくなったその理由」
「……一応、それはこちらから聞いた方がいいアレですか?」
「そうだね、聞いてくれると有難いな。……やっぱりその、こっちから言うのはなんか嫌」
そうして桃子に求められるままに、瑞希はコホンと咳払いを済ませると。
「では――周防さんは、お気づきになってしまったと」
「うん、お気づき気になっちゃった。……って言うか、これで気づかない方がバカだと思う」
桃子がやれやれと首を振り、恥ずかしそうにため息をつく。
その視線の先にあったのは、『HAPPY BIRTHDAY MOMOKO!』と書かれたホワイトボードなのであった。
===
さて、"サプライズ"と頭につくからには、前もって誕生日を迎える本人に
「サプライズバースデーパーティー」なる催しを開くことがバレてしまっては一大事。
本来ならば計画に関わる全員は、細心の注意と気配りをもってこの秘密プランの情報漏洩を阻止する運びとなるハズだが……。
「こんな風にさ、堂々と書かれて置かれてちゃ気づくなって言う方に無理があると思うんだよね」
当の祝われる本人である桃子の前に、誰のうっかりか手違いか、その旨を記したサプライズボード
(桃子本人の似顔絵と、お祝いの寄せ書きが書かれたホワイトボードである)
がデンと置かれていたのなら、嫌でも悟ると言うものだ。
「おまけにみんな演技が下手。ボロを出さないようにしようって普段より妙に落ち着きない人ばっかりだし。
……ま、まぁみんながそうして抜けてるから、桃子も"何かあるな"って気づけたけど」
瑞希に向けてたどたどしく語る桃子の姿は、どこか嬉しさの中にホッとした気持ちも混ざってるように感じられた。
瑞希が口元に手をやって、思った疑問を言葉にする。
「まさかとは思いますが、周防さんは本当に自分が嫌われてしまったのではないかと疑って――」
「お、思って無い! 心配だってしてないし、不安になったりもしてないからっ!」
だがしかし、口数少ない瑞希は知っていた。
桃子が部屋にやって来た直後、彼女の暗い顔が一瞬ハッとした表情に切り替わり、
今度はすぐさま不機嫌さ全開になったことを。
それから先はこの部屋で、ゴキゲン斜めに不貞腐れ続けていたことも。
「だ、大体みんなが桃子のこと、急に嫌ったりするわけない……。ない、よね? も、桃子、別に悪いことなんてしてないし」
「さて、どうでしょう。それは皆さんに直接訊いてみなければ――」
「うぅ~……、瑞希さんの意地悪!」
今度こそ取り繕うこともせず、真っ赤になって桃子が言う。
それは気を許した仲間相手にだけ見せる、年相応の遠慮なき照れ隠しの態度だった。
===
この一コマはこれでおしまい。センパイ誕生日おめでとう!
===14.
男、男の夢。タフでイケてるガイが一度は憧れる漢の夢。それはヒーロー。
イカス衣装なんてなくてもいい。ただ大切な何かを、誰かを、
その身をていして守ることのできる純粋な"カッコイイヤツ"になりたい。そのチャンスを、男はいつも探している。
例えばそう、ここに一人の青年がいる。彼はタフでもイケてもいないのだが、紛れもない一人の立派な男だった。
そして今、彼の眼前には助けを求めている者が――青年にとっては何ものにも代え難い大切な者が――
居た、要るのだ、必要としているのである。自身を窮地から救い出す、正にヒーローと言える存在を!
「て、天空橋さん。動いたりしちゃあだめですよ……!」
言って、青年は緊張から唾を飲み込んだ。ここは765劇場入り口前。
ちょっとした広場になっているこの場所で、今、アイドル天空橋朋花は自身の親衛隊とも言える
「天空騎士団」の面々によって物々しく包囲されていた。無論、青年もこの栄えある騎士団員の中の一人である。
「私のことより、皆さんの方が心配ですね~。……無理に寄って来られなくても」
朋花が聖母の笑みをたたえ、周囲の団員に笑いかける。
だがその顔には僅かばかりの緊張が走り、普段のような柔らかさがない。
それもそのハズ、微笑みかける朋花の肩に、彼女の笑顔を凍りつかせる原因が鎮座ましましていたのだから。
「この蜂も……自然に離れて行ってくれますから~」
そう! ハチだ。彼女の服の肩口には、黄色と黒のストライプが嫌でも目を引く大きな大きな蜂の姿。
それが今、我らが聖母の方へ向けて羽根を鳴らしていたのである。
始まりは実に唐突で、かつ展開もスピーディ極まりないものだった。
いつものように騎士団たちを従えて劇場にやって来た朋花。そこに一匹の蜂が元気もよろしく大接近。
狼狽える彼らの間を縫うようにヤツは飛び交うと、最終的に聖母の服へと取りついた。
「あ、慌てちゃダメです朋花さん!」
「刺されたら大変なことになりますからっ!」
「とりあえず止まって、止まって……どうする? おい、こんな時ってどうするんだ!?」
慌てふためく団員に、朋花は毅然とお願いした。
「皆さん、どうか落ち着いて。私の方は大丈夫……。こちらから刺激しないうちは、刺されることも無いハズですよ~」
===
さて、事ここに至って団員たちもただ手をこまねいていたワケではない。
彼らだって何とか蜂の脅威から朋花を救い出さんとアレコレ試しはしたのである。
甘い匂いに寄って来ないかと周囲にジュースを撒いてみたり(もちろん、後から掃除はする)
遠くから風を送れば飛んで行きやしないかと団扇で彼女を煽ったり(ただ、近づけないため効果は無いも同然だった)
今は団員全員で朋花を中心とした円を作り、その幅をじわじわと縮める作戦中。
有効距離に近づいたら、常に所持しているコンサートライトを近付けての熱源攻撃を開始するという手筈だった。
「なにやってるんだアンタたち! こう言うのはな、迅速に行動すべきだろが!」
だがしかし、そこに空気を読めない男がやって来た。
誰でもない朋花の担当プロデューサー。765プロ一のお騒がせ男、歩くトラブルメーカーだ。
彼は劇場の前で繰り広げられる奇妙な光景に気がつくと、その抜群な危険察知能力で(彼の視力はとても良い)
朋花の置かれた危機的状況を瞬時に把握、接近、物怖じすることなく堂々と彼女の傍までやって来ると。
「てぇいっ!」
その手にしたポスターブレードで朋花の肩を払ったのだ。
この時、周囲で見ていた団員たちには男がヒーローに見えたという。
……一つしくじれば大惨事。誰もが"後一歩"を踏み出せないでいた状況に、まるで風穴を開けるような彼の行動は――。
「プロデューサーさん?」
「うん」
「アナタのような人のことを、きっと愚かな勇者と言うんですね~」
さらなる事態の混乱を招く。
今、朋花の肩から追い払われた怒りに燃えるスズメバチはブンブンブンと二人の周囲を飛び回ると、
最後には朋花の頭にチョコンと止まってカチカチと顎を鳴らしていた……。
つまりは正面に立つプロデューサーへ向けて"威嚇"ではなく"警告"を発していたのである。
「ホントにダメなプロデューサー。機嫌を損ねてどうするんです?」
「それはどっちの機嫌かな……」
「……私は怒ってなんていませんよ。ただただ呆れ果てているだけですから~」
こうなるともうにっちもさっちも動けない。
蜂は今にも彼らを襲わんと不機嫌な舌打ちを繰り返し、
その場に集まる誰しもが、本能的にこれ以上の接近はマズいと言うことを察していた。
なるべく刺激を与えぬよう、団員たちがゆっくり包囲を広げていく。
プロデューサーもじりじりと、蜂を見据えながら朋花との距離を離していく。
そんな周囲の行動を目だけを動かし確認すると、朋花はホッとしたように息を吐き。
「そう、もうこれ以上は何もせず自然の流れに任せましょ――」
刹那、プロデューサーが再び丸めたポスターを振りかぶった。
朋花が僅かに息を止め、「へくしゅっ!」と可愛くくしゃみをした。
その際の頭の上下運動に、蜂も思わず彼女の頭から飛び立って――。
「でぇいっ!!」
ポスターが風を切った後、パンと素晴らしい音を響かせる。
蜂がブブンと円を描き、団員たちの遥か頭上を飛び去って行く。
頭を思い切りどつかれた、朋花がぐすっと鼻を鳴らす。
「いや、あの、これはその! ……一撃必中というか何と言うか――」
「聖母の頭をはたくなんて……。素晴らしい度胸をお持ちですね~」
「ワザとじゃないんだ! 不可抗力で……あっ! ああっ!」
さて――ヒーローが事態を解決すれば、助けられた人々は祝福を与えるものである。
感謝の言葉、プレゼント、そして中にはみんなで彼の体を持ち上げて。
「お・し・お・き……です!」
「やめろ! 止めさせて! 俺が悪かったから、とっ、朋花さま~っ!!」
胴上げさながらに団員たちに持ち上げられ、プロデューサーが涙を流して訴える。
だがしかし朋花は無慈悲に掲げた指先を、劇場の横に面した海へ向かって無言で振り下ろしたのであった。
===
この一コマはこれでおしまい。朋花誕生日おめでとう!
ネタ元は雑スレより。バースデーに合わせる形となりました。
===15.
事務所の談話用空間にて、新聞を広げてガサガサガサ……。
やよいさんと志保さんはその手に持った紙の束に、一枚一枚目を通します。
何を隠そう、それは宝くじの束。
彼女たち二人のすぐ傍では、購入者でもある仕掛け人さまも当選番号と睨めっこ。
「はずれ、はずれ、これもはずれ」
「これもこれもこれもはずれですー」
「うーむ、結構買ったのに今回はまだ一枚も当たってない……」
ぐぬぬと悔しがる彼を見もせずに、志保さんはやれやれとため息をつきました。
「大体不健全なんですよ。こんなコトでお金を増やそうとか」
「なんだよ、夢を買ってるんだ」
「でもプロデューサー? こんなに沢山あったって、紙は食べられないかなーって」
「やよいは現実的だなぁ。……だけどこの紙の中にはごく稀に、お金と交換できる物だってあるんだよ」
そうして、三人は視線すら合わせずにその後も黙々と作業を続け。
「……はい、こっち終わりました」
「私もぜーんぶ終わりましたー!」
「よし、じゃあ今回当たった総額は――合計三千九百円!」
三百円の当たりくじが十三枚。使った時間は一時間。
やよいさんと志保さんが仕掛け人さまに向けて同時に右手を差し出します。
「それじゃあ約束のバイト代を」
「一人一時間八百円、ですよね? プロデューサー」
「現物支給でいいですから――ここから三枚貰いますね」
「それじゃ、私も志保ちゃんと同じで三枚分」
手渡されたくじを確認すると、お二人は素敵な笑顔で「ありがとうございました」と述べて席を立ちました。
一人残された仕掛け人さまが首を捻る。
それから彼は一部始終を見届けていた私の方へ顔を向け。
「いいかエミリー。これが有名な『時そば』だ」
「絶対違うと思います」
===
この一コマはこれでおしまい。
===16.
これは閉店間際のたるき亭、座敷席でくだ巻く者たちの記録である。
「ちょっと、ちょっと! プロデューサーくんってば聞いてるの?」
「えっ? ああ、聞いてる聞いてる」
「じゃあ何の話だか言ってみて」
「だからさ、スルメ怪人ゲソングが……」
「ちっがーう! タコ足配線の話でしょー?」
「そうだったっけ? ……でもさぁ、莉緒も飲み過ぎだよ」
「え~?」
「顔も真っ赤になっちゃってさ、このみさん抱えて酒あおって」
「だって姉さんあったかいし、抱き心地だっていいんだもん」
「そりゃまあサイズはいいだろうけど……」
すると莉緒に抱えられた姿勢のまま、このみは「くぉらっ! だーれが高級ハグピローかっ!」なんて勢いだけの野次を飛ばし。
「だいたいアンタはそこがダメ! 酔いに任せて抱き着くのが、どーして私、私なのか!」
短い手足を振り回す、その姿はすっかり出来上がっている人のソレだ。
「おっ、虎だ」
「さしずめリトルタイガーね♪」
「がるるるっ! あんまり舐めてちゃ噛みつくわよ!!」
そうしてこのみは自分の頭を撫で続ける莉緒の左手を鷲掴み――
「いい? 莉緒ちゃん、いいえ莉緒! その手を止めてまぁ聞きなさい」
「えっ、いいの? このみ姉さんがそんなに言うなら止めるけど――」
「……うぅん、ホントはもう少し撫でて欲しい」
「んもうやっぱり? 姉さん素直じゃないんだから~♪」
なでなで続行を要求すると満足そうに喉を鳴らした。しばし訪れる卓の沈黙。
誰とはなしに酒を含み、グラスを置いたら喋りだす。
「でも、まっ、冗談はさておき本題はよ?」
「このみさん、その入り今ので六回目」
「……それより聞いてよ二人とも、私ってなんでモテないかなー」
「何言ってんだ贅沢者。ファンなら一杯いるじゃないか」
「んもう! 私が言ってるのはファンじゃなくて、パートナーの話よパートナー」
「だから莉緒ちゃん、そのワケを今から話してあげるって――」
「……この際このみさんで手を打てば?」
「その手があった! キミ冴えてるー♪」
「冴えてない! 私は断然ロマン派だぞー!!」
すると目の座ったプロデューサーは首をかしげ。
「ロマンス?」
「スランプ?」
「ぷ……ぷ……プリンセス!」
「そうだよなー。女の子はお姫様なんだよなー」
しみじみ呟く彼を指さし、このみが「それだそれ!」と怪しい笑顔を浮かべて言う。
「たまにはね、プロデューサーも男らしいトコ見せなさいよ!」
「なんスかそれ? 普段の俺は男らしくないみたいな言い方して」
「そうね、どっちかと言うと親父くさい?」
「莉緒まで言うか!?」
「やだ! その歳でもう加齢臭?」
「おい嬢ちゃん、俺よりアンタの方が上だかんな?」
瞬間、莉緒の腕をバッと振りほどきこのみがその場に立ち上がった。
それから彼女は足取りも危うげにプロデューサーの傍まで移動して。
「ねぇ、抱っこ」
「はぁっ!?」
「女の子はお姫様なんでしょー? お姫様だっこ、しーろっ! しーろっ!!」
「こんな酒臭いお姫様がいるもんか!!」
「なによう!」
「やるかっ!?」
「ほら――」
「高い高ーい!!」
息もぴったりこのみの体を持ち上げると、プロデューサーはそのまま彼女を肩車。
「見て莉緒ちゃん! これぞ無敵!」
「上出来!!」
「超!」
「合体っ!!」
「おお~……!!」
ポーズを決めた二人に向け、パチパチパチと莉緒の拍手が木霊する。
「しかしあれね……まだいけるわ!」
「と、言うと?」
「両手が空いてるんだから、まだまだ余裕があるハズよ!」
「つまり、サポートメカの出番ですね!」
そうして二人は目の前の、莉緒を指さし言ったのだ!
「今こそ男を見せる時!」
「女は度胸! カモン莉緒ちゃん!」
「えっ、えぇ!? でもでもドコにどうやって……」
深夜も迫るたるき亭、常連だけが残る店内にて。
一部始終を眺めていた店主はカウンター席に座る旧知の男にサービスの味噌汁を差し出すと。
「いやぁ実に……若いと元気が余ってるね」
「う、うぅむ……あれはただ、悪酔いしてるだけじゃあないかなぁ?」
苦笑する高木社長の背後では、今まさにお姫様抱っこを敢行して崩れ落ちる若き三人の姿があったとか。
===
この一コマはこれでおしまい。莉緒ちゃん誕生日おめでとう!
===17.
いつからかな? 他人(ひと)に髪の毛を弄られる感触が、こんなに心地よくなったのは。
「ねぇハニー」
「なんだいダーリン?」
「そのダーリンって言うの止めようよ」
「ならミキも、ハニーって呼ぶのを止めないとな」
部屋に広がる独特の香り。足元でカサカサ鳴ってる新聞紙。
両目は軽く閉じたままで、作業中の彼に声をかける。
「どうして? ……ハニーって呼ばれるの、嫌い?」
「う~ん……。好き嫌いの話じゃなくてさぁ、似合わないだろ? 俺に」
「そんなことないの」
「そんなことあるの……よし、大体全部終わったかな」
その一言を合図にして彼の手がスッと離れていく。
それは同時に、気持ちいい時間が終わりを告げた瞬間なの。
でも、しょうがないことなんだよね。楽しい時間や幸せな時は、
「永遠に続け~!」って思えば思うほど、あっという間に過ぎちゃうから。
瞼をそっと開けてみて、首だけを回して彼の方を見れば――。
「何……してるんです美希先輩?」
「髪染めてんのか? 劇場(こんなトコ)で」
丁度部屋へと入って来た、翼とジュリアの二人と目が合った。
「そうだよ。最近色落ちしてたから」
「でも先輩、フツーは美容院とかで――」
「地毛じゃ無いのは知ってたケド、まさかプロデューサーがやってたとは驚きだな」
呆気にとられる二人に向けて、ハニーが「誤解するなよ」と肩をすくめる。
「俺なんかただの素人さ。美希のワガママに付き合わされてるだけなんだよ」
途端、翼は期待が外れたような顔になると「なーんだ、そっかぁ~」なんて残念そうな声を上げた。
すると彼女の頭に手を置いて、ジュリアが呆れたように言ったんだ。
「おい翼、なんでガッカリしてんだよ」
「だってジュリアーノ。プロデューサーさんが髪を染めるの上手なら、わたしたちもお願いしようかな~……なーんて」
その時だよ。誤魔化しながらも呟いた翼の目が一瞬本気だったから――。
「ダメなの」
……ちょっとだけ、強く言い過ぎちゃったかもしれないけど。今でさえデートの邪魔もされてるし、
付き添いの時間も減ってるし、これ以上ハニーと二人で居れる時を誰かに渡したくなんてなかったから。
「プロデューサーはホントに下手だから、翼たちの髪の毛を上手に染められるワケないの」
「おい、おい!」
「染め忘れとか色ムラとか失敗するのが当たり前。だから翼たち二人には、
素直にちゃんとした美容院に行って欲しいってミキ思うな」
「おいこら美希、ちょっと待てって」
「待たない! プロデューサーは少し黙っててっ!」
ビシッと鋭く言い放つと、彼は渋々といった様子で口を閉じた……ごめんねハニー、後でタップリサービスしてあげるから。
ミキ的にはハニーの話に耳を傾けるより、今は目の前のお邪魔虫をどうにかするのが先なんだよ。
だから律子、さんの真似をするように腕を組み、翼たち二人に言ったげたの。
「これもひとえに先輩としてのロバ刺し? ……ってヤツから来てる忠告ね、うん!」
「ロ、ロバ?」
「うぅ、美希先輩の言ってることよくわかんない……」
「とにかくプロデューサーに髪を染めて貰えるのは、事務所の中でもミキだけなのー!!」
===
この一コマはこれでおしまい。美希、ハッピーバースデー!
===18.
季節は十二月になった。道行く人はコートを着込み、鞄を持つ手をかじかませながら職場や学校へ歩いていく。
ビニール袋を手に下げた買い物帰りの主婦もまた、家に帰ればハンドクリームをその手に塗りたくることに違いない。
そんな人通りを眺めながら、担当アイドルを待つプロデューサーも両手を擦り合わせている。
二、三度擦ってしばし休み、冷えて来たならばまた擦って。
忙しなく手を動かすその様は、もしかすると彼の前世はハエだったのではないかと他人に思わせるほどであった。
「くぅぅ~……しかし、ホントに今日はよく冷えるぜ」
はぁっと吐いた息も白く。空に向けて悪態をついた彼の背後から誰かの足音が聞こえて来る。
振り向けば、貸しビルの狭い階段を降りて来たばかりの大神環が彼を見上げ。
「お待たせおやぶん!」
「おう、お帰り」
「たまき、一人でもレッスンちゃんと頑張ったよ!」
「そうか? よしよし偉いじゃないか!」
くしゃくしゃと頭を撫でられて、環は「くふふ♪」と喜びの声を上げた。
そしてそのままプロデューサーの伸ばした手は、彼女の首元に引っ掛けられているだけのマフラーへと向かっていく。
「後はコイツもちゃんと巻いて……ジャンパーのチャックも締めなくちゃな」
すると環はマフラーを巻かれながら「えぇ~? いいよ、寒くないし」と不満げに唇を尖らせた。
「ダメだ! 風邪でも引いたら一大事……。環の元気は知ってるが、アイドルの健康管理もプロデューサーの仕事なのだ!」
「……おやぶんの大事なお仕事なの?」
「ああ、そうだぞ」
「ん……じゃあたまきも言うことちゃんと聞くぞ! お仕事は、キチンとやるのが偉いもんね♪」
「よーし! 環はホントに良い子だな」
そうして、再び頭を撫でられながら環はあることに気がついた。プロデューサーのその手である。
冬の寒さに凍えた手は、今まさに血の気を失って青白くなっていたのだった。
当然、心優しき環はプロデューサーの手を掴むと。
「冷たっ!?」
言って、彼の右手を両手で丹念に揉み始めた。驚いたのはプロデューサー。
彼は慌ててその手を振りほどく――という少女の厚意を無下にするような行動に出ることは無かったが。
「環、待て、何やってる!?」
「何って、おやぶんの手を温めてるの。ばあちゃんもね、こうしてあげると喜ぶんだ♪」
「そりゃ、孫にマッサージしてもらうのは嬉しいことだと思うけどな……」
しかし、男は環の祖父でも無ければ父でもない。
彼はゆっくりと環の両手を自らの右手から引き剥がすと。
「そう言うのは家族を相手にするもんだ。後、こんな場所で環に手を揉んでもらってると――」
「えっ? ダメなの?」
「最悪あらぬ疑いをかけられる。……でもありがとな。俺の手の心配をしてくれて」
プロデューサーはポケットから財布を取り出して、貸しビルの前に設置された自動販売機を指さした。
「だからこれ以上冷やさないように、温かい飲み物でも買うか」
言われた環が小首を傾げ、「なんで?」と彼に質問する。
「なんでって……温かい飲み物を持ってれば、かじかんだ手だってぬくもるだろ?」
「あ、そっか。そうだね!」
「それにレッスンをちゃんと頑張って、さらに俺の心配をしてくれた環にだって買ってやるぞ。ほら、好きなの選ぶといい」
プロデューサーがお札を入れ、自販機のランプが点灯する。
環は彼にお礼を言うとジュースのボタンに指をやった。ガシャコン! と音を響かせて、自販機のランプが再度灯る。
「次、おやぶんの番だよ」
「よーし……どーれーにーしーよーうーかーなー?」
「ねえおやぶん、ボタンはたまきに押させてね!」
環の言葉にうなずくと、プロデューサーはとあるコーヒーを指さした。環が背伸びをしてボタンを押す。
再びガシャコンと音が鳴り、取り出し口から商品を受け取った環が彼に言う。
「はいおやぶん。卵のコーヒー」
「ん、ありがと」
そうして、並んだ二人が劇場への帰り道を歩き出す。
灰色に染まる空を見上げ、環がプロデューサーに訊く。
「おやぶん、明日って雪降るかな?」
「どうだろうなぁ。天気はあんまりよくないし、冷えて来てるからひょっとすると……ってトコじゃあないかねぇ」
「そっか。……たまきね、雪が積もったら劇場のみんなと雪だるま作る!」
「お、いいねぇ」
「それにね、かまくらでしょ? 雪合戦でしょ? かき氷に、ソリもするぞ!」
そこまで言うと、環はプロデューサーに向かって自分の片手を差し出して。
「でね? その時にはおやぶんにも手伝ってもらうんだ! ……だけどその前に、
今日が寒すぎるとしもやけになっちゃうかもだから――」
コーヒーを持たぬ方の彼の手を取り、無邪気な笑顔でこう続けた。
「たまきの手も、おやぶんの手も、こうしておけばしもやけだってへっちゃらだぞ! くふふっ♪」
===
この一コマはこれでおしまい。
===
―どっちも元気が出る曲よー―
P「ねぇ小鳥さん、海美の新曲聴きました?」
小鳥「『スポーツ!スポーツ!スポーツ!』のことでしたら勿論」
小鳥「海美ちゃんらしい、元気の湧いて来るいい曲です!」
P「はい、その点に異論はありません。ただ――」
P「途中、『レッツトレーニング!』ってコールが入るトコ」
P「何でですかね? 水兵さんが歌い出すんです。頭の中で」
小鳥「水兵さん? ……あ!」
小鳥「もしや、その後ろに踊るカウボーイとインディアンたちも?」
P「当然、いますよ!」
P「すると手拍子やら笛の音やらも"それ"を彷彿させちゃって」
P「……別段似てはないんですけどねぇ?」
小鳥「止めてくださいプロデューサーさん!」
小鳥「私、唐突に海美ちゃんがカバーした『Macho Man』が聴きたくなっちゃったじゃないですか!!」
P「……という話をしたんだが、どうだろう律子? このカバー企画」
律子「ダメです」
===19.
楽屋に流れる陽気な音楽。ぽっひぽっひ、ぽっぽぴっひー。
なんとも軽快なリズムのその曲は、中谷育によるリコーダーを使った演奏だ。
曲目は彼女の持ち歌の一つ「アニマル☆ステイション!」。略称、「アニ☆ステ」である。
「兄☆捨て? 兄ちゃん捨てんの?」
「んなわけないっしょー」
「でもたまに、ゴミと一緒に出したくなる時はあるかな」
そして、そんな育の演奏を聞きながら
何やら不穏な乙女トークを展開するのは亜美真美桃子の三人だ。
さらに噂をすればなんとやら。
楽屋の扉を開けて打ち合わせに現れたプロデューサーは
待っていた四人の姿を見つけるなり。
「すまん、待たせた……っと、育はリコーダーの練習か?」
熱心だな、上手だぞと続くハズであった彼の言葉はだがしかし、
「もう! 練習中に声かけちゃダメなんだからね!」と怒った育の台詞で遮られた。
……呆れた顔の桃子が言う。
「ほら、こんな時がそうだよ」
===
この一コマはこれでおしまい。そのたどたどしい音色に癒される、育ちゃん誕生日おめでとー。
それと、ミリシタでもキャスティング投票始まりましたね。今回も熱い接戦が見られそうで楽しみです。
…アナタも琴葉に、あと歌織さんに票をいれた~くな~れ~…! テレパスィー…!
ふと思いついたネタ
P「一富士、二鷹、三杏奈」
P「初夢に杏奈が出てきたら、それだけで幸せになる気がする」
杏奈「……え?」
P「いやさ、杏奈って茄子に似てるじゃない」
杏奈「似て……え?」
P「色合いって言うか、全体的なフォルム的に……お茄子」
杏奈「……全然、違うと思う……ます」
P「いや、似てるんだって。杏奈、ナンス、茄子、ほらな?」
ふと思いついたネタ2
P「ほっほっほー」
P「姫ほっほー」
P「マシュマロ欲しいかそらやるぞ~♪」
姫「プロデューサーさん」
P「ん?」
姫「お仕事中にその歌は……ね?」
▼
P「あの~、歌織さん」
歌織「はい? なんですかプロデューサーさん」
P「不躾なお願いになるんですが――」
P「今からここで子守唄を歌ってもらうなんてこと、できませんか?」
歌織「子守歌を?」
P「ええ、子守唄を……です」
P「実は、少し仮眠を取ろうと思ってるんですけど」
P「最近仕事に追われてるせいか、横になるだけじゃ寝付けなくて」
歌織「まぁ大変! 確かに、寝つきが悪いと辛いですよね」
P「歌織さんにも経験が?」
歌織「あります。講師をしていた頃は生徒さんの発表会の前日に」
歌織「私まで、緊張で眠れなくなってしまって」
歌織「当日は逆に、私が寝不足を心配されてしまったり」
P「はは、歌織さんらしいお話ですね……優しいから」
歌織「もしくは、ただ気が小さいだけかもしれません」
歌織「だって……。今でもステージの前の日には緊張を」
歌織「この前だって夜遅くに、プロデューサーさんへ長々とメールしてしまって」
歌織「……ご迷惑じゃありませんでした?」
P「まさか! とんでもない」
P「本番を前にしたアイドルの緊張を和らげるのはプロデューサーとしての仕事です」
P「むしろ、もっと頼ってもらってもいいぐらいで――」ぼそっ
歌織「えっ?」
P「ああ、いえ! 独り言です、独り言。……それでそのぉ」
歌織「子守歌、ですね?」
P「ええ……いいでしょうか?」
歌織「もちろんです。私の歌でよろしければ」
P「ありがとうございます!」
歌織「ふふっ。いえいえそんな、これぐらいで」
歌織「……あっ! でも、プロデューサーさん?」
P「はい?」
歌織「何かリクエストはあったりするんですか?」
P「へっ?」
歌織「リクエストです。私に」
P「あ……え? リクエストって……そんなこと良いんですか?」
歌織「むしろ、無いと困ってしまいます」
歌織「キチンと教えて頂かないと……私、どうしたらいいか分かりませんもの」
P「……じゃ」
P「じゃ、じゃあ! えーっと、そのっ」
P「仮眠はソファでとるつもりなんで」
歌織「はい」
P「歌織さんには……あー……膝枕を」ぼそっ
歌織「はい?」
P「膝枕で、子守唄を。で、寝付くまで体をトントンとかしてもらえると……最高ですっ!」
歌織「と、トントン……!? あ、あの、プロデューサーさん?」
P「はい?」
歌織「私は、その……子守歌で何を歌えばいいのかと」
歌織「一口に子守唄と言っても、種類は沢山あるワケで……」
歌織「それで、あのぅ……"曲"のリクエストを」
歌織「なにか、お好きな曲があるのかもと」
P「……あ゛」
歌織「プ、プロデューサーさん?」
P「……た、た」
歌織「た? "た"から始まる曲ですか?」
P「た……たっは! なーんて、言っちゃったりしてみちゃったりして!!」
P「あ、あはは、あは! なんてなんて! 冗談、さっきのはただの冗談ですよ!」
歌織「は、はぁ?」
P「膝枕とか、トントンとか、頭撫でてもらいたいなー……とか!」
P「そういうの、全部!」
P「だからその、子守歌に詳しいワケじゃないですから」
P「歌は、歌織さんの歌い慣れたヤツにお任せします!」
歌織「え、ええ! はい、わかりました……?」
P「――すみません、歌織さん」
P「なんか俺、一人で勘違いしてワケの分からない事言っちゃって」
歌織「プロデューサーさん、そんなに謝らないでください」
歌織「……むしろ、その」
P「その……なんです?」
歌織「ふ、不束な」
歌織「不束な……私の膝で、よろしければ……!!」
P「っ!!?」
===
あー、歌織さんの上腿にお邪魔したい。それでエミリーがこう言うんだ
「膝枕は、"膝枕"と言うのにお膝の上ではないのですね」
そしてそんな彼女に誰かが言う。
「せやけどエミリー。膝枕ゆうたら昔の女性の嗜みなところあるよ」
「そうなんですか?」
「時代劇でも見るわねぇ~。着物の若い女の人が、悪代官を膝に乗せて」
「そうそう、それな。あずささん」
「……でもそうすると仕掛け人さまは」
「プロデューサーさんがどないしたん?」
「"よいではないか"の悪代官!? た、大変です! いつか"ゴセイバイ"されてしまうかも……!」
「じゃあじゃあ私も、手籠めにされたりしちゃうかしら~? ……きゃっ♪」
(エミリーはともかくとして、あずささんなんか嬉し気やな?)
――と、そんな感じで一コマ終了。
思わず妄想が膨らんだの
百合子「で、ドンドンドンとここでノックの音がして……こほん!」
百合子「『――そう、ちょうどこんな風に。……驚いた、演出としてはこれ以上ない」
杏奈「……もう深夜になるのに、お客様?」
百合子「珍しいね」
杏奈「ご、ご主人様の言った悪しきモノが――」
百合子「かもしれないね」
そわそわと落ち着かない杏奈の様子を見て、百合子は椅子から立ち上った。
そうして彼女は怯える杏奈に近づくと。
百合子「怖いかい?」
杏奈が小さく頷いた。
百合子「私もさ。でも、出迎えないワケにもいかないだろう?」
杏奈「……ん」
百合子「大丈夫。いつものように震えなくなるおまじないを、ちゃんとアンナにかけてあげる」
杏奈の肩にそっと手を置き、百合子が彼女を優しく抱き寄せた直後のこと。
琴葉「ふ、二人は……一体なにしてるのかな……?」
百合子「わわっ!? こ、琴葉さんっ!?」
杏奈「……おはようございます」
琴葉「うん、おはよう杏奈ちゃん。――じゃなくて!」
琴葉「えー……えっとね? もちろん友情の表現には色々あると思うけど」
琴葉「劇場みたいな不特定多数の目がある空間でそういう濃ゆいやり取りは――」
百合子「お、落ち着いてください琴葉さん。今のは舞台の練習で」
杏奈「百合子さんとは、その台本の読み合わせ……」
琴葉「……舞台? 練習?」
百合子「あの、恵美さんから聞いてませんか?」
百合子「今度劇場で上演する、ヴァンパイアを題材にした連作劇……」
琴葉「恵美から……彼女も出るの?」
百合子「はい。他にもまだ何人か共演する人はいますけど」
琴葉「……そう言えば今日、恵美から相談があるってココに呼び出されたわ」
琴葉「それってつまり、その舞台の――」
恵美「そゆことそゆこと! こーとはっ♪」
琴葉「きゃあ! う、後ろから急に話かけないで!」
恵美「にゃははっ、ごめんごめ~ん。……で、早速だけどさ相談ね!」
琴葉「な、なに?」
恵美「女の子を口説く時って、どういう風にしたらイイと思う?」
琴葉「……えっ!?」
恵美「強引にこう! 唇を奪ってから話し出した方が――」
琴葉「やっ、止めてよ恵美、ココじゃダメ! 二人がソコで見てるから~!!」
百合子「うわぁ……!」
杏奈「……凄く近い、ね」
百合子「でもこれ、参考になるのかなぁ……?」
===
とりあえず今日からのイベントに先駆けて一コマ。
今回の新楽曲は歌詞や台詞からあれこれ妄想が広がって、さらにはMVの出来も凄い!
まだコミュもフルもCDのドラマパートも一切触れてないのにワクワクが続いて止まりません
ああ、早くフルで聞きたい……!
===
見苦しい、ただそう思った。目の前で這いつくばっている標的は、
ジタバタと不自由な手足を動かして、なおもこの場から逃走を図ろうと必死だった。
ありふれた貧しい山村を恐怖に陥れた原因。血と欲望に飢えた獣のような生き物ヴァンパイア……。
家畜を襲い、人々の生活を弄び、増長と無益な殺戮を楽しんだ末の代償。
この土地の領主より討伐を命ぜれた騎士団員たちの手によって、彼女は罠にかけられ、無様に逃げ出し、
鬱蒼と木々が立ち並ぶ森の奥深くで、今は命乞いの為にその目を涙で濡らして訴える。
「堪忍、堪忍や!! さっきから何度も言ってるやん、もうこの土地からは出て行きます……!」
反吐が出る言い訳。心にも思って無いだろう言葉。
これまで幾人もの無力な人間を、その手にかけて来た者の口から出たとは思いたくも無いほど陳腐な台詞。
「ふん……貧民街のゴロツキでも、こういう時にはもう少しマシな嘘をつくぞ」
構えた剣を握り直し、怪物退治を生業とする天空騎士団団長チヅルは侮蔑の笑みを獲物に向けた。
その心に湧き上がる感情は怒りであり、勢いよく振り下ろされた鋭い剣の切っ先がヴァンパイアの太腿を貫いて体と地面を縫い付ける。
……次の瞬間、例えるなら狼の咆哮にも似た悲鳴が深い森の中に木霊した。
「痛むか? 教会で清められし聖なる剣の味はどうだ?」
返事など最初(ハナ)から期待はしていない。許してやるつもりも毛頭ない。
相手の苦しみのたうつ様が憎悪の炎に薪をくべる。
「私に言わせれば貴様など、死肉に群がる屍鬼にも劣る。……少なくとも、奴らは戦場にしか姿を見せぬ分礼儀が良い」
「あ、んな……ハイエナ共と、一緒にすな……! あぁっ!?」
剣を乱暴に引き抜かれた、その苦痛で化け物は声を上げた。
傷口からは大量の血が噴き出る代わりにしゅうしゅうと腐臭をまとった煙が立ちのぼる。
「耳が悪いか頭が悪いか。悪戯に人里を襲う分、貴様の方が下だと言ったんだ!!」
そして森は、再び悲鳴で包まれた。
幾度となく振り下ろされた剣先が相手の耳を、頬を、肩を、腹を、腕を、刻み、傷つけ、
容赦なく与える痛みはチヅルに託された人の遺志だ。
「ワケが違うだろう!? 村人が振るうなまくらとこの剣ではっ!
――これは貴様がっ! 奪った! 人の恨みだ! 私の! 殺されたっ! 部下の恨みもだっ!!」
実に一方的で凄惨な光景。どちらが悪魔憑きなのかを忘れてしまう逆転の関係。
だがこれは私刑ではなく制裁であり、痛みの先には許しがある。
幾重にも付けられた刀傷によって心も折れ、もはや悲鳴すら上げられなくなった怪物の成れの果てを見下ろしチヅルが問う。
「それで? この土地を離れて何処へ行く? 貴様のような半端者は、行った先でもまた村を襲うことしかできまい」
怪物の、虚ろな視線が宙をさまよう。
自らの吐き出した血で濡れた唇がかすれた声を外へ押し出す。
「やくそくの、地へ……」
「……なに?」
「遥か南にあるらしい夢の土地……。私らに伝わる理想の国……!」
弱々しく紡がれるその言葉は、先ほどのお粗末な命乞いよりもよほど彼女の真に迫っていた。
剣先を相手の首筋に当てたまま、先を促すようにチヅルが訊く。
「ではなぜお前はそこに行かなかった。こんな辺境の村を食い物にしてお山の大将を気取る前に」
「……そんなん、行けへんかったからや」
「行けなかった、だと?」
「人間さんは知らへんの? 今じゃ南の国境は、クソッタレ共の一族が――」
しかし、とつとつと怪物が語り始めたその時だ。
二人の傍の茂みを鳴らしてこの場に現れた者がいた。
……一人はチヅルと同じように騎士団の鎧を着た少女。
そしてもう一人は彼女を先導するようにして現れた、
この場に似つかわしくない派手なドレスを着た女性。
「マスター! ヘルプに来ましたよ!」
「チヅルさん! ご、ご無事ですか!?」
怪物の顔が驚愕に歪む。その首筋に添えられた刃の冷たさも忘れたように大声を上げる。
「お前かっ!! お前がおったから私はこんな目に――!!」
だが……恨み言はそれ以上続かなかった。
彼女が動き出した瞬間「危ない!」と、
鎧の少女が手にしていた大槌を怪物に叩き込んだからだ。
辺りに鮮血と肉の崩れる音が弾ける。
物言わぬ塊と果てたヴァンパイアに、ドレスの女性が用意していた油を降り注いだ。
「下がって、火をつけます」
そこから先はもはや全てが後始末。
燃え盛る炎は三人を照らし、剣を収めたチヅルは駆けつけた二人に話しかけた。
「二人とも私を追って森の中に? 特にコロ、お前には村を任せたハズだったが……」
するとコロと呼ばれた鎧の少女が大槌の構えを解いてから。
「もぉ~、マスター! ロコの名前はコロではなくてロコですってば!!」
頬を風船のように膨らませ、自分の名前を訂正した少女に続いて女性が言う。
「コ、コロさんは私を守るために、あえて、一緒に来てくれて」
「カレンまで!? ロコです! ロ~コ~!!」
「あぅっ!? そ、そうですよねロコさん。ご、ごめんなさい……!」
そんな二人のやり取りに、チヅルはやれやれといった様子で肩をすくめると。
「とにかく、無事でよかった」
ポンポンとロコの頭を撫で、チヅルはカレンに顔を向けた。
「カレン」
「は、はい」
「君が香を用意してくれたお陰だな。こちらもだいぶ被害を被ったが、
それでもヴァンパイアを罠にかけ討つことができた」
「そんな……騎士様。私にはただ、先祖から伝えられた薬草の知識があっただけです」
謙遜するようにそう言って、カレンが表情を曇らせる。
「なのに村の人たちだけでなく、騎士団の皆さまにまで多くの犠牲を出してしまい……」
悔いるように語るカレンだが、旅の薬草医としての彼女の知識無くては得られなかった勝利だった。
彼女が特別に調合した吸血鬼の力を封じるという香の力をもってなお、村を襲った怪物を止めるのは容易でなく……。
「それでもケリはついたのだ。村人たちも久方ぶりに、怯えることなく夜を明かすことができるだろう」
仇(あだ)を包む炎の明るさに目を細めて、
チヅルは命を散らした無辜の民と、勇敢に戦った仲間たちの死に黙祷を捧げる。
そう、怪物は討ち倒され、村にはようやく平穏が戻るのだ。
自分と同じように怪物の最期を見届けるロコたちの横顔を眺めながら、
チヅルは失った物も多くあるが、それだけの価値ある結果が残ったと自分に言い聞かせるのだった。
翌日、村の広場には騎士団員たちが集っていた。
宿から現れたチヅルを見つけ、隊員たちを整列させていたロコが走って来る。
「マスター、カレンはしばらくこの村に残るそうです。
魔除けの香や傷薬などで、村をアシストしたいと言ってました」
「……そうか、しかし残念だな。彼女とは旅の途中で出会った仲だが、街まで来れば相応の報酬も出るだろうに」
そうしてチヅルは彼女が近くにいないかと、辺りにカレンの姿を捜してからこう続けた。
「だが、無理強いするのも良くないか。人の為に何かをしたいという遺志を、尊重するのもまた騎士道」
「だったらカレンへの報酬は、ロコが代わりに受け取るなんてのは――」
「調子に乗るな、コイツめ。……皆の用意は?」
「バッチリです!」
団長であるチヅルを先頭にして騎士団が村を後にする。
村人たちは一行に感謝と祝福の言葉を投げ、彼女たちも堂々とした行進でそれに応えるのであった。
また、一方では村を見下ろせる丘の上の花畑からその様子を眺めていた者もいる……カレンだ。
「……とりあえずは、コレで一段落」
呟く彼女の視線は騎士たちに、次いで彼らが帰る先である、遠く辺境の街がある方向へと向けられる。
「カレンめは、無事に一族の役目を果たしました。村人たちの信頼も得て、騎士団にもそれなりの功と傷を……」
呟きが人の耳に届くことは無く。ただ風に撫でられた花びらが舞うと、まるで霧に溶けるようにカレンの姿は見えなくなり、
後にはくすくすと鈴を転がすような笑い声が、揺れる花たちの間に響くだけであった。
千鶴「――と、序幕の方はここまでですが、いかがでしたかプロデューサー?」
P「いや良かった! みんな練習とはいえ本番さながらの熱演で!」
P「特に千鶴さんが剣を振るうところなんて、凄みに圧倒されましたよ!」
千鶴「まぁ! そう言って頂けるとわたくしも、夜な夜な豚肉を相手に包丁で練習した甲斐が――」
P「えっ?」
千鶴「い、いえ! 多くの映画や舞台を見て、勉強した甲斐がありましたわ!」
ロコ「確かに、チヅルの迫力はグレートでした」
可憐「わ、私も出番を待つ間、ドキドキが全然止まらなくて……」
可憐「舞台で目を合わせた時に、き、切り刻まれちゃうかも……なんて」
奈緒「……ヒュー、ドロドロドロ~……うらめしや、やでー」
奈緒「プロデューサーさぁ~ん。千鶴ばっかり褒めてないで、私のことも褒めてください~」
P「お、奈緒もお疲れ様。見事なやられっぷりだったぞ」
奈緒「それ褒め言葉とは違ゃいますやん! 大勢の騎士団相手に立ちまわる、村のシーンもカッコ良かったでしょ!?」
千鶴「村のシーン?」
可憐「……ああ、そこは」
ロコ「ナレーションで済ませたパートですね!」
奈緒「ああ! 尺が、尺が憎い!!」
===
この一コマはこれでおしまい。イベントコミュは千鶴さんの凛々しい演技が良かったです。
―P、デスク周辺―
P「フフフーン、フフーン♪ プリントアウト~」
ジー、ガタガタガタ
P「なあ志保」
志保「はい」
P「この前のドラマな、結構評判になってるぞ」
P「特に志保の演技が光ってたって」
志保「……ホントですか?」
P「嘘ついてどうする」
P「ほら、これがドラマの感想を集めたヤツ」どさっ
志保「わざわざプリントしたんですか? 結構お暇なんですね」
P「ははっ、一応お仕事なんだけどな」
志保「冗談です。言ってみただけで……っ!」ハッ!
P「ん? どうした?」
志保「コレ、今から目を通すなら何か飲み物が欲しいかな」
志保「あっ! プロデューサーさんコーヒー切らしてるじゃないですか」
志保「……仕方ないですね。ついでに入れて来てあげます。カップ、貸してください」
P「う、うん。よろしく……頼むよ?」
志保「別にこれぐらいで一々お礼なんて……。私と、アナタの仲ですし」ぼそっ
P「えっ?」
志保「なんでも。それじゃ、お仕事しながら待っててください」
―そして、給湯室―
コポポポポ…
志保「…………」←カップにお湯を注いでいる。
志保「コーヒー一杯のイマージュ~、先に越されたね――」
志保「……KISSのお返ししよう……」
ぽつり、呟き少女は熱々のカップを手に取った。そして吸い込まれるように縁へとキス。
ちょうどそう、プロデューサーがコーヒーに口を付ける場合、高確率で唇が重なるであろう部分にだ。
「ふふっ♪」
実に計画的、天才的な間接キスの仕込みを終えた少女は思わず笑みを漏らし……。
「しぃぃ~ほぉ~~?」
背後から突然聞こえて来た、今一番会いたくない女の声に驚き振りむいた。
ニヤニヤと笑うその女は持っていたカップうどんの蓋を開けながら言う。
「一体何をイマージュしたのかしらね~」
まさにそれは一生の不覚。浮かれていたとはいえ許されざるほどの油断大敵。
だがしかし、志保は非常に落ち着いていた。
彼女はこちらをからかう気満々な静香と真っ正面から向き合うと。
志保「…………」ズズッ
静香「っ!?」
志保「勘違いしてるみたいだけど、コレは私の分だから」
そう言って、堂々と給湯室を後にする志保の背中は大きかった。
ふてぶてしい好敵手の対応に静香も思わず感心し、
やりきれない敗北感を反芻するうちにカップうどんの麺は伸びた。
そして、再びPのデスク――。
志保「お待たせしました。どうぞ」
P「ああ、ありがとう志保――って、あれ?」
志保「どうかしました?」
P「いや、何だかコーヒーが……カップの半分もないような」
志保「気のせいでしょう、気のせい」
===
一コマおしまい。特典だけじゃない765曲のカバー集出してくれないかな~、もっと聴きたい…
訂正、歌詞は"先に"でなくて"先を"です、でした。
―>>154からの続き―
ひとえに辺境の街と言えば聞こえが悪い気もするが、
南の国境を守る要であるその場所は国でも有数の賑わいを見せる大都市だ。
もっと正確に街の様子を語るなら、巨大な城とも呼べる砦を中心に造られた城下町。
強固な石壁と堀によって外の世界とは隔てられ、
壁の中に住む住民には遥か北方で行われている戦いの噂もどこ吹く風。
そんな辺境都市の一角にはこの土地を治める領主の住んでいる屋敷がある。
ヴァンパイア討伐を終えたチヅルとロコの二人は今、
屋敷の一室にて一人の人物と対面していた。
高級な肘掛け椅子に腰を下ろし、目の前の机に山積みされた手紙や書類に目を通す
その人物こそこの土地を治める辺境伯。リオ・エレオノーラ・モモセだった。
彼女は新たに広げた羊皮紙にペンを走らせつつチヅルたちへ質問を投げかける。
「それで……害獣退治の首尾はどう? 無事に戻って来れたということは、解決はしてきたんでしょうけれど」
害獣退治。その言葉に、チヅルの口端が僅かに歪む。
「村に被害をもたらしていたのは、初めの報告にあった狼や野犬などではなく……それを使役するヴァンパイア」
「ヴァンパイア? あらまぁ、大物じゃない」
「村人の話では北方の戦が始まったしばらく後に現れたと。恐らくは、戦火に追われる形で南まで――」
「逃げて来た先の村の近くに住み着いた。……イヤね、まるで難民だわ」
怪物の癖にとリオが締める。
隣でロコが頷く様子を目の端に捉え、チヅルは何とも言えぬ気持ちで俯いた。
確かに、村を襲ったヴァンパイアは人の生活を脅かす紛れも無い怪物ではあった。
しかし彼、または彼女らは人語を解し話もする。
姿も人間と変わりなく、真偽のほどは知れないが、
その昔人の男と恋に落ちた一人のヴァンパイアは子供を産んだなんてウワサ話もあるほどだ。
「でもそうね。ヴァンパイアは一匹だけだったのでしょう?」
インク壺に羽ペンの先を浸しながら、リオは確認するようにそう尋ねた。
「まさか血を吸われた村人が第二第三のヴァンパイアに――」
「……なったという話は聞いていない。ヤツを仕留める際にも
少しばかり森の中を泳がせたが、助けに入る者もいなかったな」
「そう」
「それに、しばらくの間は旅の薬術師が村の面倒を見てくれると。
魔除けのスペシャリストだそうだ。私も今回は世話になった」
言って、チヅルはシノーミヤへの報酬の件を思い出した。
差し出がましいとは思いながらも、それとなくリオに打診してみる。
「本人は連れて来れなかったが、希少な薬や香を惜しみなく使ってくれた。
……受け取るかどうかは分からないが、私は礼をしたいと思う」
「あら? あらあらまぁまぁまぁ♪」
わざわざペンを動かす手を止めてから大げさに微笑んで見せるリオ。
机の上で頬杖をつき、楽し気な視線をチヅルへと向ける。
「ふふっ、優しい騎士さまのお願いだもの。私も冷たくできないわね」
「……では?」
「もちろん使いの者を行かせるわ。どのみちあの村の被害の程度を
視察する必要はあったのだし……まっ、物のついでよ」
そうしてリオは部屋の隅に控えていた使用人を傍に呼び、
新たな命令を言付けると一仕事終えたと言わんばかりに手をうった。
「さ、て、と……。残りの消耗品の補充だとか、
埋めなきゃならない欠員だとか、その手の話は従士ロコ?」
「は、はい!」
「アナタからでも訊けるわよね? チヅルはもう下がっていいわ。長旅で疲れてるでしょうし」
けれども、チヅルは退室の許可を与えられても動かない。
細かな報告を終えるまで自分の仕事は終わりではないと思っているのだ。
……リオがやれやれと困ったように首を振った。
その表情は強情を張る子供を諭そうとする母親のようである。
「お行きなさいアレクサンドラ。そうしてアナタの妹に、早く元気な顔を見せてあげて。
……ノエルったら、アナタが街を空けてから毎日のように祈ってたのよ」
自らの貴族名(セレブネーム)をリオに呼ばれ、チヅルは観念したように息を吐いた。
おまけに自分の留守中に、面倒を見て貰っている妹のことまで出されたならば従うよりも他は無い。
「……お心遣いに感謝します」
その場にロコを一人残してチヅルはリオの部屋を後にする。
扉を閉めるその直前に、リオの囁くような声が聞こえてきた。
「一人にされて緊張してるの? ……うふっ、見た目通りに可愛いのね」
また彼女の悪い癖が出たなとチヅルは思う。けれども誰が止めれようか?
辺境伯夫人エレオノーラが"様々な意味"でのやり手であることは世間一般に広く知られ
――だからこそ彼女は女の身でありながらにして、
国王より南方の全権を任されるほどの実力者としてのし上がったのだ――
この程度の息抜きは必要悪と言ったところ。
早々に扉の前から退散すると、チヅルは屋敷内にある別の部屋へと足を向けた。
その部屋は建物の離れと呼べる場所に位置しており、滅多に人は訪れない。
人けの無い静かな廊下を進んで行き、目的の部屋の扉を叩く。
トン、トン、トン。三度ノックし、「私だ」と声をかけるとややあってから扉は小さく開かれた。
チヅルを出迎えたメイドの少女がうやうやしく頭を下げる。
「ノエルは?」
「起きていらっしゃいます」
必要最低限の会話だったが、それはいつものやり取りでもあった。
勝手知ったる何とやら。
チヅルはしばしの暇を与えたメイドと入れ替わるようにして中に入ると、
部屋の奥に置かれた天蓋付きのベッドの傍まで移動する。
「お帰りなさい、お姉さま」
そうして、彼女を満面の笑みで出迎えたのは高貴な花を思わせる少女。
例えれば柔かな花弁を持つ薔薇のような……。
イオリーミナッセ・ノエル・ニカイドー。
名家ニカイドー家に残された二人姉妹のうちの一人。チヅルの実の妹である。
「帰ってらしたのは分かってたの。だってお姉さまの足音が聞こえたから」
「足音がかい? ノエル」
「ええ、そう。1、2、1、2……規則正しく響く音は、凛々しいお姉さまにとても似合ってるわ」
そう言ってイオリは目を閉じると、精神を集中させるように息を止めた。
一秒、二秒。再び目を開いた彼女が言う。
「私ね、病気になってから色々と鋭くなったのよ。特に耳や鼻がよくなったみたい。
お医者さんも話してくれたけれど、時々そういう人がいるんですって」
だがイオリは、自らの感覚が"鋭くなりすぎている"ことについては触れなかった。
実はベッドのすぐ傍にある大きな窓。それを僅かに開けただけで、
今のイオリは風に乗ってやって来る何百という音と匂いを聞き分け、嗅ぎ分けることにより、
その中から特定の誰か一人だけを見つけることだって(時間はかかるが)可能なのだ。
今だってそう。先ほど部屋を出ていったメイドが隣室で自分たちの為に特製のハーブティーを入れている様子が音で分かり、
匂いも同時に感じることで、瞼を閉じればその情景をまざまざと思い描くことさえできる。
「だから、一人でも全然寂しくなんて無かったわ。
風に乗って鳥たちの歌が、お庭に咲いてるお花の香りが私を慰めてくれたもの」
けれども、イオリがその全てを姉に話すことは無い。
いいや、姉だけではなく誰にも彼女は話していない。
なぜなら耳が良すぎるあまり、ふとした瞬間に知りたくも無い
他人のウワサ話を聞いてしまうこともあったからだ。
誰しも人は裏の顔を持つ。
ある日、原因不明の病気によって自力では
ベッドから降りることすら困難になってしまったイオリ。
そんな彼女を姉のチヅルは心配し、普段から甲斐甲斐しく世話も焼いてくれるが、
一歩部屋を出たその先で何を口走っているか――そんな物を自分は聞きたくはないし知りたくも無い。
幸いにも自らが意識しない間は、この"能力"も病気になる前と殆ど変わらぬ人間並み。
だがひとたび"聞こえること"を知られたなら、
相手が以前のようには自分と接してくれなくなるであろうことの想像はつく。
……例えそれが、血を分けた肉親であってもだ。
感じる不満や愚痴を全て、心の中に仕舞ったままにできる者などいないだろう。
もしもそのような無理をしようとすれば、その者の表情は固くぎこちないものになっていく。
だからこそ目の前にある自分を見下ろす優しい顔が、
鳥籠のような部屋の中で過ごすこの生活の支えとも言えるその愛情が、
嘘偽りの無いものであると信じ続けていくためにも、
イオリは親愛なる姉に小さな嘘をつき続ける必要があったのだ。
===幕間
さて、嘘と言えばこんな話が一つある。
辺境都市の東側、要は治安の悪い貧民街の路地には恐ろしい魔物が棲んでいると。
出処は不明、数年前から突如流れ始めた噂だが、酔っ払ったろくでなし共の喧嘩を夜の子守歌に、
用水路に流れるドブの臭いを揺りかごにして育ったエドガーは「嘘っぱちだね」とこの噂話を笑い飛ばす。
「オレは生まれた時からココに住んでるけど、路地にはひったくりだの物乞いだの。
売りをやってる女だとか、のされた馬鹿にションベンかけてく野良犬とかさ。そーゆーヤツらしかいないって。
……なのに、そんな、人を襲う怪物? ハッ、くっだらねーや!」
しかし、独りごちる少年の足取りはおっかなびっくりとぎこちない。
時刻は深夜を過ぎた辺り。街には霧が立ち込めだし、視界もすこぶる悪かった。
染みと汚れが模様のようになって落ちないシャツ。
ズボンの裾は擦り切れており、ツギハギだらけの外套は夜風をちっとも遮らない。
穴の開いたポケットに両手を入れ、エドガーは路地という路地を早足に徘徊して回る。
「畜生、今日はしけてやがるぜ」
実入りが無い夜というのは辛い。
エドガーの"趣味"はこうして夜の街を巡り、
道端に倒れた酔っ払いを探して歩くことだった。
運が良ければ道端で眠っている寝坊助たちを叩き起こし、
ついでに幾らかの"介抱料"を請求できる。
どうしてそんなことをしているかと言えば、単純に少年が孤児であったからだ。
物心ついた時から父はおらず、エドガーは貧民街のあばら家の中、母の手一つで育てられた。
けれどもその母親が流行り病で亡くなると、少年が日々の糧を得るのは極端に難しくなった。
昼間の靴磨きだけでは食べて行けない。
だからと言って他の孤児のように人から盗みを働くのは気が進まない。
「常に正しい人でありなさい」それは母との大切な約束であり、エドガーの生きる指針でもあった。
「おいオッサン。こんなトコで寝てると風邪引くぞ」
月明りしかない暗がりの中、ようやく見つけた"お客さん"の姿にエドガーは内心「やった」とほくそ笑んだ。
建物に寄りかかるようにして座っているそれなりに身なりの良い中年男性の傍までやって来ると、
エドガーは相手に意識があるかどうかを確認しようとして――その"異変"を感じ取ってしまった。
……男は息をしていない。それだけならよくあることでもある。
遭う度に嫌な汗を掻いてしまうが、貧民街では昼夜を問わず死体と出くわすこと自体はままあるのだ。
その原因も病気や空腹、凍死に事故。
ゴロツキや追い剥ぎに刺されたことによる出血死とバリエーションに富んでいた。
しかし、しかしだ。
「……嘘だろ、おい」
思わず唾を飲み込んだが、喉を過ぎるソレはカラカラの砂のようであった。
口の中が急速に渇いて行き、エドガーの視線は男のある一点に釘付けとなって離れない。
死体である。それは分かる。だがこの死体の首筋にくっきりハッキリと付けられた痕はなんだ?
血の気の無い青い首筋には、等間隔で並ぶ二つの穴が開いていた……
何か鋭い物を突き刺したような、例えるなら獣の牙のような。
――ヴァンパイア。噂話に聞いていた、人に紛れて人を襲う、闇夜の怪物の名前が脳裏をよぎる。
今度は嘘っぱちさと笑い飛ばすこともできなかった。
背中を襲う寒気と共に、背後から不意打ち気味に聞こえた物音によってエドガーは弾かれたように走り出した。
その手足は他人の物のようであり、耳元で大きく聞こえる自分の鼓動の音に急かされるまま
なるべく開けた街路や明るい場所を求めて少年はひたすらに夜を逃げる。
だが、今いる路地は細く長い。目の前に見える出口が酷く遠い。
……あと少しだ。十メートル、数メートル。
「きゃあっ!?」
突然体が弾け飛んだ。冷たい地面で尻をうって、思わず悲鳴を上げるエドガー。
何かにぶつかったのだと顔を上げた、
その視線の先にいたのは貧民街(この場所)には場違いな身なりの少女だった。
地面に横たわる少女とエドガーの視線と視線が合致する。
歳は自分と同じぐらいか――なんてことを頭の隅で考えた瞬間、
エドガーは勢いよくその場から立ち上がると少女の手を引いて走り出した。
「あっ、あの! 一体何をするの!?」
「黙って走れ! 後ろがとにかくヤベーんだよ!!」
背後を振り返っているような余裕などない。
状況の説明をするような時間ならなおさらだ。
エドガーはただただ"危険だ"と本能が訴えかけているこの現場に、
少女を一人残して行くなどできるワケがなかっただけである。
……路地から溢れ出た闇がじわじわと街を覆い出すような月夜の最中。
一組の少年少女はこうして出会いを果たしたのだ。
===
一コマおしまい。ようやくイベントを走り終わったので妄想をこうして形に出来ますです。
劇場にやって来た私はソファで居眠りをしているプロデューサーさんを見つけました。
……お髭が少しだけ伸びています。着ているシャツも、しわしわです。
お仕事の机の上を見れば、書きかけの書類や封筒なんかが並んでいて。
「もしかして、またお泊りしたのかな?」
きっとそうです。アイドルをしている私たちにはいつも「キチンと休みはとるように」
……そう言ってるのに、自分は「まだまだ仕事が残ってる」なんて、時々しかお家に帰らないから。
私は「お疲れ様です」と呟くと、床に落ちてしまっていたタオルケットを拾い上げて、
寝ているプロデューサーさんにちゃんとかけ直してあげました。
それから、起こさないようにそーっとそーっとプロデューサーさんの頭をなでなでしてあげます。
いつも私たちのために頑張ってくれているから……これは、私からの内緒のご褒美です♪
―○月×日ぺけ曜日。箱崎星梨花のP日記より―
===
一コマおしまい。…あー、星梨花からなでなでご褒美もらいたい
・特になんでもないネタ
まつり「プロデューサーさん。姫、レッスンのし過ぎで足が痛いのです」
P「ほーう」
まつり「だから、ね? プロデューサーさん」
・可憐に足をくねらせるまつり。「ふっふっふ」と妖しく微笑み返すP。
P「馬鹿め! 俺がなんでも言うことを聞くと思ったら大間違い!!」
P「召使いじゃあないんだ。ええ歳してかわい子ぶりっ子しおってからに――」
P「――あ、もみもみもみ……」
まつり「それでもまつりの言うことを聞いてくれるプロデューサーさんは優しいのです」
P「当然だろう!? キュートなまつりのこの足だぞ」
P「疲れたままになんてしておけるか! 丁寧に揉まねば罰もあたるっ!」
まつり「だからまつりは、そんな優しいプロデューサーさんが」
まつり「大好き、なのです♪」
P「はーはっは! もっと褒めて!」
朋花「……ホント、色ボケダメデューサーですね~」ズズッ
P(うっ、それでも天罰が!?)
「なっ、なあ! プロデューサー」と、昴は少し緊張しているような面持ちで俺に声をかけてきた。
一旦仕事の手を休め、何事だろうと彼女を見る。
「どうした昴? また野球をやってて怒られたか?」
「大丈夫、今日はまだな。……じゃなくて、プロデューサーに確認したいことがあってさ」
「確認? ……先に言っとくがキャッチボールもダメだからな」
ちなみにキャッチボールだけではなく、
劇場内ではバレーもバスケもドッジボールも禁止。
原則、許可の無い球技全般がご法度だ。
「それはとっくに分かってるって! ……あ、あのさ? プロデューサーは、その、俺と……」
そう言って、急にもじもじとしおらしい態度をとる昴。
……なんだ? 今日はまだとか言ってたし、
まさかもう既に花瓶やらなにやらに被害を出した後だとでも――。
それで、いつものように一緒に謝ってくれとかそういう相談か?
「俺のこと、えぇっと――嫌いじゃない、よな?」
窺う昴は上目遣い。
思いがけない質問だが、昴のことをどう思ってるかと問われれば。
「ああ、別に嫌いじゃないぞ」
仕事も遊びも一生懸命前向きに。
そんな彼女を嫌ってる人間の方がこの世に少ないと思うんだが。
「ホントか?」
「ああ」
「プロデューサーは俺のこと、嫌いじゃない?」
「だからそうだって言ってるだろ」
「なら、それってつまり好きってことか?」
「……えっ?」
「嫌いじゃないなら、好きってことだろ? 好きじゃないなら、嫌いってことだし」
「まあ……そういうことならそうなるかな」
なんだそのゼロか百かの極端な例は。
……けれどもだ。俺が答えた途端に
嬉しそうな笑顔を浮かべた昴の気持ちに水を差すのは気が引ける。
……ならば俺が取るべき道は。
ここは一つ、彼女の望む回答をだ。
「俺は昴のことが大好きさ。その証拠にいつだって大事にしてるだろ?
キャッチボールにも付き合うし、怒られる時は一緒だし」
「だ、だよな? そうだよなっ!!」
すると昴ははしゃぎながら、羽織っているジャケットの両ポッケから小さな何かを取り出した。
「へへっ。……だったら、そんなプロデューサーにプレゼントだ!」
それは昴の手の平にも収まるサイズの球体で。
周囲を包んでる銀紙に描かれたプリントによって野球のボールにも見える。
……と、言うかボールだ。いわゆるベースボールチョコレートの一種。
それが四つ五つと昴の両手に握られている。
「これ、チョコレートの中に野球関係のミニチュアストラップも入っててさ。
ついつい買いすぎちゃったんだけど、流石に全部は食べれないし」
「ああなるほど。その処理を俺に手伝ってほしいと」
事情を理解した俺が素直にそう言って頷くと、
昴はチョコレートを手渡しながら照れ臭そうにこう続けた。
「それに、こういうのは好きな人に渡したいからさ――」
「なにっ!? す、昴! それってつまり……!」
「あっ……ち、違う違う! 俺が好きな人じゃなくて、俺のことを好きな人に渡したいってことだよ!」
二人同時に驚いて、慌てた様に昴が言う。
「だって……。嫌いなヤツから貰っても、嬉しくなんてないだろうし」
「それでさっきの質問か。……なにを心配してたかしらないが、俺は昴ことを嫌ったりなんてしてないさ」
「……うん」
だから俺は、彼女に満面の笑顔を見せてやった。
言葉は心からの本音であり、信じてくれるといいんだが。
――そうしてその反応を確かめようとする俺に、
昴は銀紙の包みを剥がしながらぽつぽつと。
「プロデューサーにはいつだって、一杯迷惑かけてるから。内心じゃ俺のこと嫌いかもしれないって。
……ほら、俺ってよく怒られるし、その度にプロデューサーも一緒に謝ってくれるだろ?」
手の平の上、剥き終わったチョコレートを指でころころと転がしながら恐る恐ると俺を見た。
「だからホントは嫌われてるんじゃないかって。……怖かったんだ、凄く」
「昴……」
「でもさ、さっきのプロデューサーの笑顔を見て、嘘じゃないって分かったから」
言って、彼女は普段通りの明るい笑顔を取り戻すと。
「なあなあ、一緒に食べようぜ、チョコ。早く食べないと溶けちゃうよ」
「……ああ、そうだな!」
ちなみに、二人で食べたチョコレートの中からは
最初にされた説明の通りオマケの入ったカプセルが。
俺が中身を確認した途端、昴は「ああっ!」と声を上げた。
「いいなー……。プロデューサー、それシークレットだ」
出て来たのは有名球団のマスコット。話を聞けばポーズが普通と違うらしい。
……じぃっとこちらを見つめる彼女の眼差しが言っている。
「昴、これいるか?」
「くれるの!?」
「もちろんさ。俺と昴の仲なんだし」
渡してあげると昴は子供のように喜んだ。
いや、実際まだまだ子供なんだけどね。
「えっへへ。なんか催促しちゃったみたいだけど――」
それでも、彼女の嬉しそうな姿が見れるなら満足だ。
昴は早速貰ったストラップを自分のスマホに取りつけると、
元気溢れる笑顔で改めて、俺に向けてこう言ってくれたんだ。
「ありがとな、プロデューサー! ……やっぱ俺も、プロデューサーのこと大好きだぜ♪」
===
一コマおしまい。昴はお気に入りなんだけど、紗代子同様可愛く書くのが難しい。
おっとミス。上の話、昴の一人称は俺じゃなくてオレです。失礼しました。
・雑スレのネタ拾い
紬「プロデューサー、これをどうぞ」
紬「? どうして意外そうな顔をなさっているのです?」
紬「私は日頃のプロデュースに感謝できないほど不義理な人間ではありません」
紬「ですから、それは正真正銘確かな義理チョコレートでありまして……えっ!?」
紬「……本命じゃなかったのが残念だ?」
紬「まっ、まったくあなたと言う人は!
私がこのような物を義理で渡すような恩知らずな人間だとでもいいたいのですか!?」
紬「あ、う、それなら本命じゃないかと言われても……!」
紬「べっ、別に私は愛だの恋だのそう言うわけでは」
紬「あ、あえて言うならば、その心は……す、す」
紬「…………好き?」
そら「麗花さん、今回の撮影は」
麗花「ふぁい」パリ、ポリ、パリ、パリ
P「普段通り、家に居る時みたいにリラックスした気持ちで臨んでくれ」
麗花「分かってます。任せてください!」
P「……とは確かに俺も言ったけどさぁ」
麗花「ところでプロデューサーさんもお菓子とジュース、どうですか?」トクトクトクトクトクトクトク…バシャー
麗花「あっ、ジュースこぼれちゃった」フキフキ
そら「あの、撮影セットを汚すのはほどほどにしておいてくださいね?」
===
一コマおしまい。限定じゃなくてホント良かった…! 良かった…!
しかもパジャマ姿とか最高だよ!
―それからしばらく―
そら「うん! 良いんじゃないでしょうか」
そら「最高の一枚ができましたのでぜひご確認を」
P「おお、これは……!」
https://imgur.com/fJ1L5NF
P「色気の中に可愛さのある、素敵な一枚だと思います!」
P「麗花、今日の仕事は文句なしにバッチリだ!」
麗花「ふふふっ。わーいわーい、褒めて貰っちゃった♪」
麗花「じゃあじゃあ今すぐ、ご褒美の撫で撫で~とギューのハグもして下さい!」
P「え゛っ」
そら「…………!」スッとカメラを構えるその道のプロ
P「いや、でも、まだスタッフさんたちもここにいるし」
麗花「……それじゃあ二人きりだったらいいんですか?」
P「え、えぇっと、そういう意味でも無いんだけど……」
麗花「なら、ほら! 早く早やく♪」
P「そ、そうだ!」
P「そらさんや皆さんも麗花を止めるのを手伝って――」
そら「私たちは一向にかまいませんよ?」
スタッフ「そうですとも!」
麗花「だ、そうですプロデューサーさん」
P「アナタ達のね、目が冷やかしてやろうって言ってますから!」
===
わーい! あまりに嬉しくて続き書いちゃった
https://i.imgur.com/ntkKun4.jpg
https://i.imgur.com/Bp8utqU.jpg
===R1.「ある日の光景。衣装合わせ」
アイドルたちの衣装合わせ。
これが中々どうして手間がかかり、時間の必要な作業でもある。
なにせただ歌えればそれで良いというワケじゃない。
飛んだり跳ねたり回転したり、ダンスも魅力なのがアイドル。
激しい動きに装飾が飛んで行ったりとか、振り付けに支障が無いかの確認作業はいつだって骨がおれるものだ。
「その点、今回の衣装は楽ですよね。なんてったって制服だから」
ここは765プロ劇場ドレスルーム。出来立ての衣装を胸に抱いて、はしゃぐエレナたちを眺めて俺は言った。
次回公演の目玉となるユニット、エレナと美也の『CleaSky』。
テーマは青春。それに合わせて衣装もシンプルなセーラーだ。
今回も衣装を用意してくれた青羽さんは俺の言葉にうなずくと。
「でもこれで結構難しいんです。特に今回は派手な小道具やアクセサリーもつけられませんでしたし、
シルエットはスッキリ、それでいて華やかさと爽やかさを演出するというのはですね」
「……す、すみません。なんだか軽はずみなこと言っちゃって」
「あっ……いえ、大丈夫です! 気を悪くしたりなんてしてませんから」
謝ってから「しまった」と思う。
よく見れば彼女の目の下にはクマがあって、
青羽さんが睡眠不足であることをハッキリくっきりと語っていた。
つまりそれだけの時間を費やして、試行錯誤の末に生まれた衣装があのセーラー。
決してお手軽簡単になんて作られてはない作品で、
それは俺なんかよりも衣装を着た少女たちの方がずっと分かっているようだった。
「凄いよミサキ、ジャストフィット!」
「それにとっても軽いですね~。普段学校で着ている物よりも、随分と動きやすいですよ~」
試着室から出て来たエレナと美也がそれぞれ衣装の感想を言う。
二人の心からの賛辞に青羽さんも満足そうな笑顔になる。
「本当に? だけど通気性とか色々と、実際に動いてみないと分からないこともあるからね」
「そうですね。これから二人には実際にステージに立ってもらって」
「プロデューサー、リハーサルするノ? 今から? すぐ?」
「なんと~。それでは靴も履き替えなくてはなりませんね~」
ワイワイと賑やかになるドレスルーム。
それにしても制服姿の二人って言うのは結構新鮮なものなんだな。
まだ学生なのは知っているけども、どちらかと言えば彼女たちと劇場で会う時は私服を着ている方が多い。
他は衣装だったりレッスン用のジャージだったり。
考えてみると、俺はこうした学生らしい姿を目にする機会が少なかったんだなと思わされた。
そんな俺の視線が気になったのか、こちらを向いた美也が言う。
「おや~? なにやらプロデューサーさんはセーラー服に興味深々、といった顔をしていますな~」
するとエレナの方は俺の傍まで寄って来て、顔を覗き込むようにこう続けた。
「それとも衣装の方じゃなくて、制服を着た女の子に興味シンシン?」
「う、む。返事に困る訊き方をするな……。それじゃあ俺が制服好きのヘンタイか、
はたまた女学生に興味のあるヘンタイみたいになるじゃないか」
そして、そうなってしまっては俺が困る。
ただでさえ普段から多くの誤解と共に生きてるのに。
これ以上厄介な業は背負いたくない!
思わず頭を抱えれば、エレナと美也がそれぞれ俺の隣に立ってからかうように密着する。
……どうもウチのアイドルたちは年上を困らせて楽しむ傾向にあるようだ。
「だからそういう事を止めないかって!」
「うふふ~♪ そういう事とはどんなことでしょ~?」
「照れない照れない、プロデューサー。ほらほらステージまで一緒にイコっ♪」
その時、青羽さんが何かに気づいた様子で手を叩いた。
「あっ! プロデューサーさんはスーツですし、そうして並んでると先生みたいにも見えますよ」
先生だって? なるほど、そういう風に見えると言えば見えるものなのかもしれないが。
でもそれじゃ、今度は生徒に手を出すヘンタイに……。
「先生……。それもまたよいですな~」
「じゃあじゃあ今からプロデューサーは、ワタシたち二人のティーチャーだネ!」
けれどもだ。困った生徒たちは教師を悩ませることも好きなようで。
「ワタシたちのダンス、しっかり傍で見て欲しいヨ~」
「はい~。隅々まで、じっくり見てもらいたいですね~」
そうしてドレスルームから俺を連れ出そうとする彼女たちは声を揃えて続けたのだ。
悪戯者の笑みを浮かべ、お願いするように「ねっ、先生?」と。
===
一コマおしまい。今回のセーラーはすねとふくらはぎのラインが非常に良く、「dear...」を踊らせると特にイケナイ気持ちになりますね。
放課後聖母倶楽部「現代花咲か娘奇譚」
===
「枯れ木に花を咲かせましょう」これは日本の有名な民話『花咲か爺』からの一文だ。
その内容については今さら説明するまでも無いだろうが、
基本的にはまず人の良い老夫婦が紆余曲折を経て枯れ木に花をつけることができる不思議な灰を手に入れる。
その後、お爺さんがこの灰を使って桜を咲かせてみたところ、
偶然通りかかったお殿様に「見事だ」と褒美を貰ってめでたしめでたし。
色々悲しいことはあったけど、最後はハッピーエンドとして物語は幸せのうちに幕を閉じる。
「でもこの話、色々とオカシイことも多いんです」と七尾百合子は指を立てた。
「まず物語には決まって犬が出てきますが、この犬の出自が結構トンデモ設定で。
老夫婦が元々飼ってた以外にもどこかからふらりとやって来た、いじめられているところを助けてあげる、
それに川から流れて来た桃を割ったらその中に入っていたりとか――」
「待って下さい百合子さん。それだと桃太郎じゃありませんか~?」
「はい、その通りなんです朋花さん! ビックリですよね。他にも犬じゃなくて猫が出て来るパターンだってあるんですよ」
「……猫、ですか?」
「ええ! それも三毛の雄猫が――そう言えば三毛猫の雄は珍しくて、船に乗せると福を呼び、
遭難しなくなるって話もあったから、その辺りから富や財産の象徴として登場したのかもしれませんね!」
そうして百合子は「ああ、でも」と歯切れも悪く眉をしかめると。
「……だけど結局、犬でも猫でもお隣に住む意地悪なお爺さんを怒らせて殺されちゃう運命で。
その後は動物を埋めた場所からにょきにょきと大きな木が育つことになるんですよ」
物語中に命のやり取りが出たところで、話を聞いていた天空橋朋花は
「いつ聞いても随分残酷なお話です~」と小さくかぶりを振るのだった。
天空橋朋花と七尾百合子。二人は互いに同学年、同クラス、同倶楽部に所属する出来立ての友人同士であり、
予定の無い日の放課後は図書室において席を並べ、朋花に助けを求めてやって来る
"相談人"を待ちながらそれぞれ調べ物や読書をして過ごす活動パターンを基本としている十五歳。
そんな二人がこうして屋外の風に吹かれながら、それこそ民話談義に花を咲かせている
――という状況にあるのは何かしらの"相談事"を朋花が引き受けたからだと言っていい。
実際、彼女たちの前にはまだ花をつけてない大きな桜の木が一本、ぽつねんと立っているのである。
ここは朋花たちが通っている学校の裏手に位置する山――生徒から呼ばれる名前もそのものズバリ裏山だ――
その登り口に入る手前、昼間でも物寂しい雰囲気のある格好のホラースポットでもあった。
……俗に、『人を喰うお化け桜』として七つ以上ある七不思議の一つとして数えられたりするアレだ。
銀色に光るステンレス製のバケツを抱えた百合子が言う。
「でもそうして育った木を使ってお爺さんが臼を作らなきゃ、さらにはそれを燃やさなくちゃお話が進みませんからね」
「それは、そうなのでしょうけれど……」
「直接遺灰を撒くワケじゃ無い分気持ちは良いじゃないですか。……少なくとも、今の私はホッとしてます」
言って、百合子はバケツ一杯に詰められた桃色の灰へと目を落とした。
そう、これこそ我らが『放課後聖母(マリア)倶楽部』に今回持ち込まれたオカルト絡みの相談で。
歴史だけはやたらと長い学校の用務用具管理者に代々伝わる桜を咲かせる道具だった。
ズバリ、このお化け桜の花は人為的に咲かせられていたのである。
今年も例年通りなら、用務員のお爺さんがコッソリと樹齢百年をゆうに超える老桜に
出処不明の灰を撒き、それは見事な花を咲かせるところだったのだが……。
チラリ。百合子は桜の木の傍に佇む顔見知りの用務員に目をやった。
朋花もいつものように扇子を取り出しパタパタ顔を扇いでいる。
しばらくそのまま待っていると、急に生暖かい風が二人の足元を抜けていった。
朋花がピシャリと扇子を畳み、それを合図に百合子も桃色の灰を手に掴む。
「それじゃあ行きます。……枯れ木に花を――」
「咲かせましょう~♪」
朋花も音頭に加わって、百合子がぶぁっと灰を風に乗せるよう舞いあげた。
視界がたちまち桃色に染まる。細かく上がったその桃色は、空中であっと言う間もなく
見慣れた花びらに変化すると寒々しい枝を広げた老木を包み込むように流れていく。
まるで枝しかない桜の木に吸い寄せられていくようであった。
ぐるぐると空中で円を描く様は海中を泳ぐ魚の群れをも思わせる。
逢魔が時、昼と夜とが混ざり合う黄昏が照らすステージ上。
灰は舞台を彩る紙吹雪の如く辺りを満たして枝につく。
「はぁ~……凄い!」
思わずそんなため息が漏れる幻想的な光景だが、同時に美しすぎる物はこれほどまでにも
人を空恐ろしい気持ちにさせるのだ――とも改めて百合子は実感した。
……とはいえ、自らの手で花を咲かせる行為自体はなんと心躍り楽しいことか!
気づけば百合子はニコニコと夢中で灰を振り撒いていた。
風に舞う花びらを眺める朋花もまんざらではない様子であり、
そんな二人のことを老人も穏やかな微笑みをもって眺めている。
そのうちに桜も満開となり辺りもすっかり暗くなった。
月の光を浴びて立つ老桜は実に魔性の輝きを放っており、
百合子もまだまだ灰の残りを撒こうとして――
そんな彼女の手をピシャリ! くるりと振り返った朋花が扇子を使って止めさせた。
「百合子さん、余り心を奪われないように」
そう言う彼女の視線は先ほどから桜を見上げる用務員――先週、この木の下で息を引き取った老人の背中に向いている。
彼の死因は急な心臓発作とされていたが、まるで桜の幹に抱き着くように倒れていたと言うその死にざまは、
生徒たちの間に「やはり桜に喰われたのだ」という噂話を流行らせた。
そんな彼が今日の放課後、灰の入ったバケツを手に図書室の扉を叩いたのだ。
心残りである桜の花を咲かせてほしい……と朋花に"相談"するために。
今、老人は晴れやかな面持ちで桜の木の下に立っている。
まるでこの植物の美しさに心奪われてしまったように枝と花とを見上げている。
そんな彼の視線が自分の方へと向けられて、百合子は思わず身震いした――ああそうだ。
目の前の彼は生前となんら変わらぬ姿かたちをしているが、その心はやはり死人なのだ……老人が言う。
「また、咲かせてくださいねぇ」
返事は待ってくれなかった。
百合子の見事な灰の撒きっぷりに、この子ならば大丈夫だと安心して逝ったようにも思われるし、
単に心残りであった仕事を押し付けられただけにも感じられる。
だがどのみち真実を知る機会はたった今の瞬間に失われ、
百合子はどこからどう見ても中身がただの灰に戻ったバケツを手にポツンと取り残されていた。
朋花が、そんな百合子の隙の多さに呆れた様子で首を振る。
「百~合~子~さ~ん?」
「はいっ!? な、なんでしょう?」
「まんまと憑りつかれてしまったようですね~。
本来、ああして死者と約束を交わすのは大変危険な行為なんですよ~」
「そ、そうなんですか? アレでも、約束しちゃったことになるんですか!?」
「勿論です。死者を見れば押し売りと思え……来年もこうして花を咲かせないと、最悪憑り殺されてしまうかも――」
「うえぇぇぇっ!!? いっ、嫌です! そんなの絶対嫌ですうぅぅ~~~!!」
イヤイヤと首を振る百合子。一人真相を知る朋花が、
「まぁ、それについてはおいおい考えて行きましょう~」と面白そうにくすくす笑う。
そうして二人の間に吹いた風が件の老樹『人喰い桜』――その昔は一晩限りで花をつけ散らす、
美しくも不思議な一夜桜と呼ばれていた――の花びらを攫って空高く舞い上げるのだった。
===
一コマおしまい。自分は諸星大二郎さんの「栞と紙魚子」シリーズが好きでして、
今回のはそんなイメージでいつか書きたいなと思ってた話の一つです。
<略>
百合子、百合子、落ち着いて。プロデューサーさんが来たら自然な感じでいつも通り。
ああ、でも、少しは恥ずかしいから視線はちょっと下に伏せて。
「お、おはようございますプロデューサーさん!」
「ああ、百合子か。おはよう」
ふぅ! いつものように頼れる声……。でも待って! 今回は妄想にすぐ飛ばない。
そう、今の私がするべきはお願い事。
今日は私の誕生日なんだから、そのお祝いに軽ーい感じで、そう軽く「今日は私、誕生日なのでお祝いにハグ、とか……!」
なんてなんて言っちゃったりしちゃったりお願いしますって言ってみたり!
「ハグ? ああ、そんなものいつでもお安いご用さ」
「ええ!? ……へっ? ふひゃあ!!?」
でもなんで!? どーしてこんなことになるの!!
嬉しさの余りに跳ね上げた顔。視界に入るあの人の顔。
それから、プロデューサーさんの腰に抱き着いている麗花さんと、
彼に肩車されてる環ちゃんと、まるで恋人同士みたいに二人で腕を組んでる翼……。
お目当てのプロデューサーさんプラス三人分の視線を浴び、私は思わず固まった。
そして、ついさっきのお願いを打ち消すために口を開く。
「……なっ、なんでもありません。聞き流してくださ――」
だけどプロデューサーさんは空いてる両手をわきわきさせ、「試してみるか」って口調でこう言ったの。
「……一応、前なら空いてるけど。お姫様抱っこになるんだけど」
「うっ、ぐぅ……。それは魅力……!」
結局、抱っこしてもらった。
待ちわびていた一年に一度の特別な日は、こんな気恥ずかしいハプニングから始まったというワケだ。
……今思い出しても赤面物の、まさに若気の至りでした。
―七尾百合子の自伝より紹介―
一コマおしまい。でも正直、ハグ発言より画面右上にある顔アイコンの方が(笑いの)衝撃は上だった
エミリー「星梨花さん? 星梨花さ~ん?」トテトテ
エミリー「……おかしいですね。一体どこへ行ってしまわれたのでしょう?」
エミリー「――あら?」
エミリー「仕掛け人さま。この箱一杯の夢の星は?」
P「……それかい? それはね、欲が残した星屑だよ」フフフッ
エミリー(目……目が、まるでパイから飛び出たお魚のように)
琴葉「プロデューサー! 次の公演は灼熱少女らしいですよ!」
P「……そうみたいね。だけどドリンクもジュエルもからっけつさ」ウフフ…
琴葉「ど、どうしちゃったのプロデューサー?」
エミリー「さ、さあ? 皆目見当がつきません……」
===
一コマおしまい。リーダーは上位に来ない(ハズ)よね……?
エミリーはお迎えできたので、桜餅を食べる話とか書きたいです。
読み返した後、「エミリー、パイって言っちゃってる」と気づいた間抜けにございます
それはさておき桜餅の話が書けましたのでよろしければ。
【ミリマス】金髪撫子と桜餅
【ミリマス】金髪撫子と桜餅 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1522418652/)
歌織「プロデューサーさんのうそつき」
琴葉「うそつき……」
麗花「うそつきー♪」
P「う、嘘じゃない。嘘じゃないってば!」
P「本当に麗花と茜が二人いたの! 青羽さんたちもみんなで宇宙に行っちゃって……!」
P「どうして信じてくれないんだーっ!?」
一コマおしまい。実にミリオンらしい飛びっぷりにスペースウォーズへの布石、小鳥さんのモデルやあの曲の実装とか…!やり過ぎだぞ!!いい意味でね!
しかも「うそつき」に歌い分けあるとか感謝しかない。やーふーっ!!
【嘘つき未来ちゃん】
未来「四月一日はエイプリルフール!」
未来「今日は嘘をついても怒られない日なんだよね~」
未来「……よし! 折角だから私もとびっきりの嘘をついちゃおーっと!」
===
未来「ふんふんふーん、おむかえーにーきたぜー♪」
ガチャ
未来「おはよう美也ちゃんまつりちゃん!」
美也「おはようございます未来ちゃん」
まつり「はいほー! グッドモーニングなのです」
未来「ねえねえ聞いて聞いて、私今日ね」
未来「ここまで来る途中で百万円入った袋を拾ったの!」
未来「ねえねえ聞いて聞いて、私今日ね」
未来「ここまで来る途中に百万円入った袋を拾っちゃった!」
まつり「ほ? 百万円……」
美也「お~! それはそれは、キチンと交番に行きましたか~?」
美也「道で落とし物を拾った時には~、お巡りさんに届けないと~」
未来「うーん、最初はそのつもりだったけど……」
未来「こんな偶然滅多にないと思ったから、誰かに見せたくてそのまま持って来ちゃった!」
未来「ほら見て、これがその袋」ドサッ
美也「なんと~、確かにこの小さなビニール袋の中身」
まつり「お金の束でいっぱいなのです」
未来「でしょ?」
未来「お金の束が一つ、二つ、三つ、四つ――」トントントントン…
未来「六つ、八つ、七つ~」トントントントン…
まつり「……………ほ?」
美也「おや~。未来ちゃんの手に掛かれば、百万円もまるで積み木のようですね~」
未来「積み木? ……言われてみるとそんな感じかも!」
未来「こうしてこうして――じゃじゃーん、ピラミッド完成!」
美也「お~!」パチパチパチ
まつり「お見事、流石は未来ちゃん」パチパチパチ
未来「でへへ~」テレテレ
まつり「――ところで」
まつり「机の上に積み上げたお金、姫には未来ちゃんが言った以上の額があるように見えるのですが」
まつり「これはまつりの目の錯覚、なのです?」
美也「む~……。確か、こうしたお札の束は一つでちょうど百万円」
まつり「それがひー、ふー、みー、よー」
まつり「数え間違いで無いなら十個分……。百万円が十個あれば――」
まつり「全部で一千万円になるのです!」
美也「っ!? なんと、一千万……!」
みらい「っ? いっせんまん……!!」
まつり「そう、一千ま――……!!?!? いっしぇんまんっ!!?」
まつり「……はぁっ!? いっせ、いっしぇしぇ、いっせんまん……!?」ガタガタガタ
美也「はて~?」
未来「あれ、まつりちゃん――」
まつり「み、みみみ、未来ちゃん!」
未来「へっ? わっ! な、なに!?」
まつり「こんなのドコで拾ったの!? 落とし物にしちゃ額が多すぎ――ゴホンっ!!」
まつり「……ドコで拾って来たのです? ただの落とし物にしては額が巨大すぎるのです!」
まつり「きっと落とし主さんも途方に暮れているのですよ! 今すぐ警察に届けないと――」
ピンポーン
美也「おや~? どなたか来ましたよ~」
未来「私出て来る!」
まつり「ま、待つのです! その前に机の上のこのお金を――」
未来「はーい! どちら様ですか?」ガチャ
・「どうも突然すみません。私ミリオン署の者なのですが」
未来「ミリオン署……。あっ、警察?」
美也「警察……」
まつり「警察っ!?」
・「少々お話を伺っても構いませんか? 実は、この辺りで強盗事件がありましてね」
・「そこの公園なんですけど。犯人が被害者から一千万円の入った袋を奪ったっていう」
・「――心当たり、ないですかねぇ? 誰かの悲鳴を聞いたとか、怪しい人物を見かけたとか」
未来「悲鳴……。人影……」
未来「うーん……ありません!」キッパリ
・「……本当に?」
未来「はい! ホントです。……私が嘘をついてるように見えますか?」じーっ
・「えっ? いや、うぅん……」
・(確かに、この子が本官を見る目は真っ直ぐな――いかにも何も考えてない)
・(馬鹿っぽい。いや、馬鹿そうな。馬鹿ではないけど隠し事は出来そうにないといった感じの真っ直ぐな目)
・「――いえ。嘘をついてるようには見えませんね」
未来「ですよね!」
・「……すみません、お手数をおかけいたしました」
・「また何か思い出したりした場合には署へと連絡してください……では、私はこれで」
未来「はーい。頑張ってください」
未来「――ふぅ」
未来「美也ちゃんまつりちゃん。お客さん警察の人だった!」
美也「おや、もうお帰りになってしまったのですか~。折角お茶が入ったのに……」ショボン
まつり「いやいやいや」
未来「なんかね、事件の捜査をしてたみたい」
未来「『強盗事件の心当たりはありませんか?』なんてドラマみたいに訊かれちゃった!」
まつり「いやいやいやいや」
まつり「ある! あるある! 大有りなのですっ!」
まつり「心当たりと言うより現物が! 一千万が確かにココにあるのです!!」
未来「……? うん、一千万はここにあるよ?」
美也「袋に入ってありますな~」
まつり「まつりが袋に戻したのです! ついでに落とし主にも返すのです!」
まつり「今から警察に持って行って、事情を話して渡すのです~!!」
まつり「でないとここにいる三人とも、強盗事件の犯人にされてしまうのですよ……」
未来「えーっと……なんで?」
まつり「お金がここにあるからです!」
美也「ではお金をなくせば良いんですね~……。むむむ~」
美也「おお! 閃きましたぞ~。三人でパーっとこのお金を、使ってしまうのはどうでしょうか~」
まつり「そういう話でもないのです!」
まつり「と、いうかそれをすると本当に犯罪に……。絶対ゼッタイダメなのです!」
まつり「二人とも分かっているのです? ね? ねっ!?」
===
未来「――で、静香ちゃんはここまで聞いてどう思った?」
静香「……え?」
未来「私の話を聞いた感想! 面白かった~、とかビックリした~、とか!」
未来「なにかないの~? ねえねえねえ~!」
静香「ちょ、ちょっと待って未来。感想だとか何だとかより」
静香「――オチは?」
未来「へっ?」
静香「話のオチよ。結局その後どうなったの? お金はキチンと届けたの?」
未来「えっ? あ、それはね。ええっと……」
静香「未来、まさかとは思うけど――」
静香「『エイプリルフールだもん、全部嘘だよ。静香ちゃんってば本気にして~』なんて」
静香「人をおちょくるようなコト言わないわよね?」
未来「……うっ」
静香「『考えて無い』なんてのもナシよ。私の休み時間を使わせてる分」
静香「しっかりと落としてもらわなくちゃ――認めないから!」
未来「あ、あー……えっと、それなんだけど」
静香「ええ」
未来「……嘘なの」
静香「………………はぁ?」
未来「だ、だから今の話は――嘘なの。まつりちゃんとか美也ちゃんとか、警察の人とか嘘だったの」
静香「み~ら~い~……! アナタって子は本当に!」
未来「ああ!? でもでもでもでも静香ちゃん、待って!」
静香「下らない話で人の時間を無駄にさせ――ひっ!!?」
――だがその時、未来が半泣きになりながら机の上に取り出した物を見て静香は言葉を失った。
それは彼女が学校で使っている鞄。
チャックを開け、逆さにされたソレから転がり出した物は。
未来「だけどお金を拾ったのはホントなの。……ねえ静香ちゃん。私、このお金どうしたらいい?」
未来「交番に持ってって、け、警察に捕まっちゃったりなんてしない? 教えて静香ちゃあぁ~ん!!」びぇぇ~ん!!
静香「えっ? ええ!? 嘘……嘘ぉ!!?」
一コマおしまい、思いつきネタだったので凄い雑。冒頭と静香のエイプリルフール言及が無い方がスッキリする話になった気も……
ところで【】でタイトル書くのって便利ですね。みんなこぞって使うワケだ。
【ふと思った揉んで】
恵美「ねえ琴葉。ユニットで撮った集合写真なんだけどさ」
琴葉「うん。それがどうかした?」
恵美「なんでこう……。胸に手を当ててるのかなーって」
恵美「しかもアタシと違って真ん中に。こう、何かを隠すように」
琴葉「そ、それは……。その、やっぱり胸元の露出が気になって」
琴葉「つい、隠しちゃっただけ。……た、他意は無いの! ホントよ!?」
恵美「……他意?」
琴葉「…………っ!!」
恵美「それは例えば……谷間とかいうヤツのことだったり?」
琴葉「……!!?!?」
恵美「――フッ」
恵美「大丈夫だって。琴葉にも胸はついてるじゃん!」
琴葉「そ、そりゃ! 胸ならあるわよ、女だもん!!」
琴葉「気にしてなんてないんだから……! 私だけ歳の割に小っちゃいんじゃないかな、とかなんとか」
琴葉「こんな慎ましボディであんな衣装を着るのはファンをガッカリさせちゃうんじゃないかとか」
琴葉「思ったりなんて……して、ない……」
恵美「……ごめん。泣かせるつもりじゃなかったのに」
恵美「ねぇ、アタシで良いなら協力する!」
恵美「琴葉の胸が育つまで、いくらでも揉んだげるから!」
琴葉「恵美……!」
恵美「琴葉……!」
もみもみもみ……。
琴葉「――って、なんでお腹なの!?」
恵美「ご、ごめんごめん! こっちのが揉み心地ありそうだったからさ~」
一コマおしまい。琴葉上位ですね。貯蓄無いのですね。イベントは無理なく楽しみます
君は劇場の廊下に響く胸を締め付けるような女性の泣き声が、
きっとここから聞こえてきていると確信してその赤い扉に手をかけた。
だがしかし、扉を開ける際にはもう少しばかり警戒するべきだったろう。
扉を開けて僅か三秒。気づけば体は床の上、痛む背中に目をつむれば、その腹の上に伸し掛かる確かな重量やーらかさ。
「な、なんだ!?」と目を白黒させる間もなかった。
「動かないで! 大人しく……。大人しく抵抗しないでください」
はて、それは激しく抵抗なさいと言うことなのか? 違った。
声の通りにもがいてみれば、たちまち「ひゃん!?」と少女の悲鳴が耳をうち。
「やだ! どこ触ってるんですか!?」
「プ、プロデューサーさん。動いちゃ、だ、ダメです!」
制止に入った別の人物に、君は両手を無理やり抑えられる――。
改めて自分の置かれた状況とやらを見てみると、君は二人の少女の手によって絶賛拘束中と相成った。
相成っていた。相成っていることを説明すると、その両足は七尾百合子の尻の下へと敷かれており、
両腕は篠宮可憐の両手によって床へと押さえつけられていた。
二人とも普段の大人しい……そう、大人しい姿からは想像のできない過激な行動を取っているとも言えたのだが。
「プロデューサーさんも悪いんですよ?」
二人と共に部屋にいた、第三の少女が口を開く。
「美味しそうな匂いをプンプンさせながら私らの前に現れるもん。……それで襲われたって、なあ?」
「ええ、仕方ないです!」
「ふ、不幸な出会いと言いますか……」
「とにかくタイミングが悪すぎたんですね。牙がうずきよるんですわ」
そうして少女、横山奈緒は鋭く尖った二本の牙をその唇から覗かせると、
顔の青い君の傍へとしゃがみ込みニヤニヤ笑って言ったのだ。
「暴れたりしたらいけませんよ? ……私らの小腹満たしたってな♪」
吸血鬼少女たちの口が開く。君は痛みに思わず顔を歪める。
チュッ、チュッ、チュッと口付けの音が重なりあい、朦朧とする意識の中、
君は全身から血が抜けていくことに奇妙な快感と多幸感を覚えてその身を震わせるのだった。
生命点を三点引き、まだ意識があるなら39へ。
もしも生命点が尽きたならば、己の運の悪さを恨みながら14へ行け。
【ゲームブック、『パニックシアター・ホラ一発』より抜粋】
一コマおしまい。生命点が残っていれば三人娘とのムフフルートだったとかなんだとか。
【ネコデューサーさんと私】
その黒猫は少女のことを「志保君」と気取った態度で呼んでいた。
一時は「北沢君」と呼んでいたが、ある時「北じゃわ君」とドヤ顔のままで舌を噛んでしまい、彼女に大笑いされてからはもっぱら「志保君」呼びである。
その代わりと言っていいものか、志保は「プロデューサーさん」と彼を呼んでいた。
他に「ネコタチ」「おやぶん」「毛玉」に「にゃーご」、そうして「ツメツメトギトギシッポフリ」なんてあだ名もあるが、
志保はもっぱら彼の役職である「プロデューサー」に僅かばかりの敬意を込めた「さん」をつける呼び方で通している
とはいえ面目を潰したかいもあった。
それ以来何となく二人は打ち解けて、今では二日に一度、夕食を共にするほどの仲。
自慢のヒゲをひくひくさせ、月明りの下では銀灰色にもなる毛並みを商店街の中に吹く風にそよがせ
「志保くん志保くん、僕は鰹が食べたいな」なんて、今夜のおかずで悩む少女に貴重な意見をくれたりする。
志保が行きつけにしている魚屋「いけす」の前に立ち、その黒猫はちょろっと舌なめずりしてみせた。
普段は大きく真ん丸な、琥珀の瞳が細くなる。
ヒゲの動きも見る限りどうやら期待してるようだ。
だが志保は、無言で鰹の値段を確かめると。
「……ダメです。献立も候補だけなら決めてますし」
「なんとっ!?」
「それに今日は二階堂で特売をやっていて……。早く行かないと売り切れちゃう」
【ネコデューサーさんと私・2】
白米と味噌汁を載せたおぼんを持って志保が来る。
「どうぞ」
「ありがとう」
お礼を言って受け取ろうとした黒猫に、志保がストップをかけた。
それから彼女は手際よく味噌汁をご飯にぶっかけると。
「かつおぶしは多めがいいですか?」なんて戸惑う彼に尋ねたのである。
「猫まんま……」
「そうです。お好きだろうと思って」
「君はなにを食べるんだい?」
黒猫の質問に志保が黙ってお皿を指し示した。
野菜の炒め物と甘酢ダレに絡めた鶏肉が白いお皿に盛られている。
「なるほど、こいつは旨そうだ」
世辞ではなくてそう思った。しかし黒猫の言葉を受けた志保は。
「何言ってるんですか、こっちは私たちのおかずです」
「志保君」
「なにか?」
「君には気遣いと言うものがないのかな」
「ありますよ」
志保が「愚問ですね」といった顔で彼を見た。
黒猫が鶏肉の皿を自分の前に動かして言う。
「なら、少しはおかずをわけなさい」
「味が濃いのは苦手かと思って」
「味噌汁だって濃いじゃないか!」
「判断するにも、せめて一口飲んでからにしてくれませんか? ちゃんと薄味にしてあります」
【ネコデューサーさんと私・3】
「志保君、猫にネギ類は厳禁だよ」
「劇場で過ごすようになってから、気づいたことがいくつかあります」
黒猫が食卓へと弾いた玉ネギを指でつまみ、志保は淡々と話し続ける。
「一つ、アナタは見た目が猫であること。二つ、猫に近い習性も持っているということ」
「よく見てるね。感心感心」
「三つ、それほど猫に似ているのに、食べ物は人と同じ物を好んで食べること」
そうして、志保は黒猫が皿の上から避けた玉ネギをすっかり元に戻してしまうと。
「ネギ、食べられますよね? 単に嫌ってるだけで」
「流石、鋭い観察眼」
「弟のお手本になるよういやいやせずに食べてください」
「……我輩、たまねぎはいやー」
「あーん」
「むぐぐぐ……!」
「はい、口を閉じてしっかりと噛む。最悪丸呑みだっていいですから」
一コマおしまい。だいぶ以前に書き出しとやりとりだけ考えていた人外Pネタからの一編。
個人的には気に入っている一人と一匹の雰囲気ですが、長編向きじゃないのでここで紹介。
===
・ある日のことである。ご存知、765プロ事務所で怪しく笑う男が一人。
P「ふ、ふふふ! ふふふふふっ!!」
P「雨にも負けず、風にも負けず」
P「社長の無茶振りにも耐えて仕事を頑張った甲斐があった!」
P「遂に! 遂に俺も念願のボーナスを手に入れたぞ!!」
P「さーて何に使おっかな~♪ 旨い物食って、欲しい物買って」
P「――おっと! でもでもその前に」
P「ほれ見ろ律子! 全部千円札だからこの厚み……!」パララララ
P「むははははははっ! 机にも立つ!」ドーン!
律子「はいはい良かった良かった凄いですね」
律子「でも目障りですからさっさと鞄にしまってください」
P「……ちぇっ、ノリが悪いな~。――あっ、音無さんも見てみてこれ!」パララララ
小鳥「まあ凄い! 額はともかく、お札がこれだけあるとやっぱり見応えありますね」
P「でしょでしょ? いや~、流石音無さんは話が分かる!」
P「どっかの誰かさんとは大違いな――」
律子「…………」ジトー
P「ひぇっ」
小鳥「ところでプロデューサーさん」
P「はい? ……なんです、その笑顔で差し出された右手」
小鳥「この前、たるき亭の支払い立て替えましたよね。私」
P「あっ……」
小鳥「なんだかちょうど良さそうだから、たった今返して貰えますか? 千円♪」ニコッ
P「そ、そりゃ、まあ、返しますけど。踏み倒す気だって無いですけど」
P「だけど八百円もいってなかった気が……」
小鳥「やだもう! そんなの利子ですよ。利子」
小鳥「親しき中にも礼儀ありって昔から言うじゃありませんか♪」
P(そーゆー使い方だったろうか)
P「まっ、構いませんけどね。俺と音無さんとの仲ですし」
P「いつもお世話になってるお礼にジュースでも奢ったと思いますよ」
小鳥「毎度!」
律子「プロデューサー」スッ
P「……なんだ律子。お前まで左手出してきて」
律子「さて問題。お世話になってるのは果たして小鳥さんだけなのかどうか?」
P「ちっ、ほらもってけ!」チャリン
律子「ええ~、お札の方が良いな~」
P「厚かましい奴!」
律子「あっははは、冗談ですよ。第一、私なんかがたからずとも――」
ズダダダダダッ! ガチャ、バターン!
亜美「兄ちゃんお金入ったって!? なんか美味しい食べ物ご馳走してー♪」
真美「真美たち贅沢言わないから! お菓子でもいいし、オモチャでもいいよ?」
亜美真美「ねえねえねえねえねえねえねえっ!」
律子「ご覧の通り、他にいくらでも敵は居るワケですし」
P「ぎゃーっ!!?」
===
一コマおしまい。副産物的に生まれたネタで、他に使い道もないからここで消化
【あるセレブとプロデューサーの話】
彼女はとても美しかった。立っているだけで華があった。
立ち振る舞いも優雅でしなやか、人を虜にしてしまう魅力を持ち、恋をさせるだけの力も持っていた。
そうして、気の毒にも一人の男が恋に落ちた。
男は恋文の代わりに名刺を取り出しこう言った。
「突然ですが失礼します。アイドルに興味はありませんか?」
「それは……わたくしに言われたのでしょうか?」
「はい、是非、ウチの事務所に。貴女ならトップアイドルも夢じゃない!」
彼女、二階堂千鶴は驚きながらも誘いを受けた。
男はアイドルを育てるプロデューサー。
二人でアイドル界のトップを目指す、二人三脚の日々はこうして始まったのである。
さて、この二階堂千鶴という女性は実に見事なセレブだった。
用意されるゴージャスな意匠の衣装を着こなし、
どんな現場においても常に堂々とした態度で胸を張って、
決して仕事の手は抜かず、スタッフへの気遣いだってできる。
「セレブですもの。当然ですわ」それが彼女の口癖。
高飛車な言葉遣いとは裏腹な、千鶴の丁寧な仕事ぶりは世間にも認められ人気となって花を開く。
一方、彼女を芸能界へと引き込んだプロデューサーは冴えなかった。
衣装を用意すれば金を掛け過ぎ、どんな現場においても常に腰は低く、
仕事のやる気は空回り、スタッフへ迷惑をかけることだってしばしばだ。
「真にすみませんでした!」それが彼の口癖。
男の割には背も低く、若干猫背であるためか千鶴と並べばたっぱで負け、
ますますみすぼらしさと情けなさが目立ってしまうような始末。
当然、関係者の中には陰口を叩く輩も現れる。
「彼女だって気の毒なもんさ。やり手のプロデューサーと組めばもっと人気も出るだろうに」
けれど、千鶴はこういった風評を涼しい顔で受け流すと。
「気にすることなどありませんわ。わたくしはプロデューサーの言葉を信じて今までやってきたんですもの。
……だから俯くのはもうおよしなさいな。セレブたるわたくしのプロデュースを任せているのですから、
貴方もそれに相応しいよう、シャキッと顔を上げていてくれなければ困りますのよ?」
「ん……。困らせちゃうのはよくありませんね」
「理解したならば背筋を伸ばす! さあプロデューサー、次のお仕事は何ですの?
ジャンジャン、ジャ~ンジャン持って来てくださいまし!」
微笑みは自信に溢れていた。
男は彼女の笑顔に支えられる形で精一杯プロデュースを頑張った。
相変わらず失敗と成功が交互に訪れる日々だったが、
オーディションが上手くいった夜にはささやかな祝勝会を二人で開き、
逆に仕事でミスをした時には反省会をして語り合った。
そんな時、決まって二人の間には千鶴が差し入れとして持って来た揚げ物が置かれているのだった。
「"トンカツを食べて勝負に勝つ"。うちのお母……ではなく我が家のシェフはそれが口癖で」
「洒落た口癖じゃあないですか。実際このトンカツだって絶品だし、コロッケだって美味しいです!」
「ふふっ。その言葉、わたくしから確かに伝えておきますわ。シェフもきっと喜ぶと思いますし」
===
ところが、だ。ここに公に出来ない秘密がある。
コツコツと積み重ねて来た二人の関係を根底からひっくり返しかねない程の。
「千鶴さん、ただいま」
「お帰りなさい。今日はいつもより少し遅めですのね」
「思ったより収録が長引いちゃいまして……。クタクタですよ」
「まあ、それはお疲れでしょう? さあさ、こっちにいらっしゃいな」
部屋の中の電灯がともる。背広を脱いだ男は食卓を整え腰を下ろす。
「……この匂い、コロッケかな?」
「ふふっ。大好物、でしたわよね」
「はい、とっても! 本当に、千鶴さんがくれるコロッケはいつも美味しくって――」
そうして不意に箸を止めた。同時に一人芝居も幕を下ろす。
マンションの自室、孤独な食卓。白米が盛られた茶碗と皿のコロッケ。
時刻は零時をとうにまわり、テレビもついていない部屋の中は実に静か。
その、いかにも深夜然としている室内には、男の他にもう一つだけ人の形をした物が存在した。
人形。リアルな、大人の女性を模したソレは、彼が多くは無い貯金で購入に踏み切った自我を持たない偶像(アイドル)だった。
本物と遜色のない艶と手触りを持った高品質なウィッグ。
人の肌により近いと謳われる最新型のシリコンボディ。
胸は豊満、腰はくびれ、ヒップもすこぶる魅力的。
その身を包む衣装だって、人気のアイドルがアパレル誌の表紙を飾った時に着ていた衣装と同じ物。
全身合わせて三桁万円のコーディネート。
決して安くはない買い物。
だがお陰で、男は心の平穏を手に入れた――ハズだったのに。
しかし、なぜ変わらず気持ちは虚しいのか?
「千鶴さん……!」
ため息。深く一つついて、男は対面に座る人形を見やる。
生身の人間とは違って変化することの無い表情。均等の取れた美。
永遠に保たれたまま優しく向けられる微笑みが、かえって"彼女"の作り物感を浮き彫りにする。
そしてその顔は、何を隠そう件の二階堂千鶴に酷似していた。
当然だろう。わざわざ彼女にそっくりな人形を選んだのだ。
いや、正確にはそうなるよう男がオーダーしたのだから。
今や技術の進歩は凄まじく、たった一枚の写真さえあれば精巧なヘッドをこしらえることは不可能じゃない。
そうやって作られた愛しい女性を模したドール。
一般には到底理解されない捻くれてしまった恋煩い。
しかし、だからといって彼の行いを人倫にもとると非難してしまっては可哀想だ。
なぜならこれは純愛の、ある種最も清らかな形であるかもしれないのだから。
正座した男は両膝に自分の拳を置き、人形の顔を真っ直ぐ見つめて決意の言葉を口にする。
「千鶴さん、俺、頑張ります。今以上にもっともっと。もっと、貴女を輝かせるためならなんだってやります」
さらには猫背を曲げて身を乗り出し、薄く笑って続けるのだ。
「きっと、貴女の役に立てる男になりますから。相応しい男になりますから!
……だから、その、見捨てないでください。今は……まだ、頼りなくても……」
その時、男には人形の印象が変わったように感じられた。
僅かながら、いつも間近で見ている本物の面影に近づいたように感じられた。
瞬間、彼の心の虚しさも少しばかりだが和らいで――そうして考えるに至ったのだ。
もしかすると、自分が頑張れば頑張る程に目の前の人形は本物に近づくんじゃないだろうか?
だとするなら、それが胸に空いた穴を埋めるための唯一で絶対の手段なのではないだろうかと。
男が尋ねるように彼女を見た。
目の前の千鶴は無言のまま、彼を肯定するように優しく微笑み続けるのだった。
一コマ…というか一幕おしまい。『互いに秘密を抱える二人の関係の行く末は、さて?』的な
【あるセレブとプロデューサーの話・2】
===
いつ頃から、とハッキリ意識していたワケじゃない。
けれども最近のプロデューサーは、以前よりデキる人になったと千鶴には感じられるのだった。
なにより謝罪の回数が目に見えて減った。
「すみません」と謝るよりも「任せてください」と胸を張る方が多くなった。
それに伴って千鶴の仕事も増えている。
進む道のりは順風満帆、何一つ不安がる理由は無いはずなのに、なのに、彼女の心は落ち着かない。
「プロデューサー。最近は忙しすぎるんじゃありませんこと?」
現場から現場への移動時間。
千鶴は男の運転する社用車の助手席で揺られながら、ポツリと呟くように尋ねてみた。
「お仕事が順調なのはわたくしも喜ばしいですけど、最近の貴方は顔色も少し優れませんし……」
「だから、俺が無理をしてるって言うんですか? 大丈夫です。むしろ調子はいいぐらいで」
「……本当に? そうは見えませんわ」
赤信号で車が止まる。千鶴はそっと視線だけを男へ向けてその顔色を窺った。
血色が良いとは言えない肌、心なしかこけたようにも見える頬、眼のふちには睡眠不足からできるくま。
だが、その目だけはギラギラとした光を纏って前を見つめ、先に述べた不調の兆しを影の中へと隠してしまう。
「やっぱり、千鶴さんは優しいですね」
「えっ」
不意に彼から声をかけられ、千鶴は驚いたように顔を上げた。
同時に、盗み見でもするように彼の様子を観察していたことに対する恥ずかしさも感じて赤くなる。
「裏方仕事の俺なんかよりも、この忙しさには貴女の方がよっぽど参っちゃってておかしかないのに。それなのに、俺なんかの心配をしてくれて」
「そ、それは当然、心配だってするでしょう! 貴方はわたくしの大切な……プ、プロデューサー、なのですから」
「……ありがとうございます。俺、その言葉だけでまだまだ頑張れるって思えますよ」
そうして男は微笑むと、車を信号に合わせて発進させた。
現場へ到着するまでの間、二人がそれ以上の会話を交わすことは無かった。
===
「それじゃあ千鶴さん、また明日」
「ええ、ごきげんよう。……また明日」
別れ際の挨拶、いつものやり取り。
まだデスクワークが残っているプロデューサーを乗せた車はクラクションを鳴らして走りだす。
その、遠ざかっていく姿を見えなくなるまで見送ると、千鶴は自宅へ帰るため歩き出した。
以前、プロデューサーに言われたことがある。
「家の近くで降ろさなくても、このまま直接送って行きましょうか?」と。
けれど千鶴は丁寧にその申し出を断った。
男が自分の身を心配して言ってくれた事は理解していたが、
彼女にはどうしても受け入れられないワケがあったからだ。
理由(ヒミツ)。もしバレれば、二人で築いてきた信頼と信用を手酷く裏切ることになる程の嘘。
街灯の光を浴びながら進む暗い夜道。コツコツと響くヒールの音。
千鶴の目指す先に住み慣れた我が家が見え始める。
それは一般的な造りのマンション。何の変哲も無い賃貸の住居。
けれども、だけれど、少なくとも……その建物は千鶴のようなセレブが住むには相応しくない。
だが確かに、彼女はココに住んでるのだ。"セレブ"二階堂千鶴が暮らしている家。
鍵穴に鍵をさし込んで扉を開け、彼女は「ただいま」と呟き中に入る。
狭い玄関で靴を脱ぎ、暗がりの中手探りで電気のスイッチを入れた。
そうして明かりに照らし出された室内はみすぼらしいとまでは言えないが、
それでも庶民的な雰囲気からは到底脱することもできず。
押入れの中に畳まれた布団、ブンブン唸りをあげている冷蔵庫、
小さなテーブルは使い込まれ、置かれたテレビも古い型。
鮮やかさの欠片も転がらぬ地味な一室、独り暮らしの女性の部屋にしては随分と落ち着いた印象を見る者に与える部屋の中で、
窮屈そうにスペースを占拠している立派な衣装タンスだけが場違いのように目立っていた。
「……はぁ、疲れた」
ペタンと畳の上にお尻を下ろす。ぐでんと倒した上体を小さなテーブルへと預け、
その冷たさをほっぺで感じながら長い、長い、息を吐き出す。
誰にも知られてはいけないホントの自分。
"セレブ"という仮面を脱ぎ捨てた後に残る等身大の二階堂は、千鶴という人間は極一般的な生まれの女だった。
これが、彼女の抱える嘘だ。
世間ではセレブアイドルとしてブレイクしている千鶴の誰にも言えない秘密だった。
勿論、箱入りお嬢様が世間の厳しさを知るためにあえて……なんてバックストーリーなどありはしない。
その証拠に、千鶴の両親は娘が住んでいるマンションから少し行った先の商店街で元気に肉屋を営んでいる。
……だから実家が金持ちであるなどでもなんでも無い、ましてお嬢様であるなどとんでもない。
そんな千鶴が一人暮らしを始めたのは彼女が大学に通い始めてから。
アイドルにスカウトされたのも大学における学園祭、そこで開かれたミスコンで優勝したのがきっかけだった。
今では学業と仕事の二足わらじ。家に帰れば服装もラフに、作り置きしていたおかずをチンすると、
テレビを観ながらもそもそ遅い夕食を食べるような暮らしを送っている。
「あまり面白い番組も無いですわね……」
とはいえ、ザッピングしながらこぼす言葉遣いからも分かる通り、
千鶴が自身の"セレブらしさ"を磨き始めたのは大分昔のお話で。
今となっては言葉遣い、立ち振る舞い、容姿に関して言えば本物と並んでも殆ど遜色の無いレベル。
後はそう、有名になりお金さえあれば……。
夢にまで描いていた姿、その理想を叶えられるかもしれないのだ。
その為の格好の手段としてのアイドル。
千鶴には転がり込んで来たチャンスを逃すつもりなどさらさら無い。
……ふとチャンネルを変える手が止まった。
テレビ画面には自分の姿が映っていた。衣装を着て、歌を歌い、輝きに満ちた自分の姿。
その視線はカメラに向けられているようだったが、当の本人である千鶴はハッキリ覚えている。
彼女はこの時スタジオの奥、カメラの後ろに居たプロデューサーへ向けて歌声を送っていたことを。
「……わたくしは幸せ者。優しい人と逢うことができて」
一幕おしまい。ところで、書いてる途中で千鶴さんが実家住まいっぽいことに気づいてしまったのは内緒
そして、その度にこのみは毒づくのだ。
顔には笑顔を浮かべたまま、心の中では唾を吐く。
「ええ、ええ、そうでしょうとも。学生ねぇ……小学生とか、その辺でしょ?」
===【わーきんぐ・パイロットの1】
「小学生とかその辺だよ。このジョークセンスにはお手上げだね」
そう言って男は、目を通し終わった書類をデスクの上に放り投げた。
頭の後ろで両手を組み、渋い顔のまま天井を見る。
「日頃の感謝にありがとう、サンキュー、だから『39プロジェクト』……社運を賭けた計画の名前がこんな理由で決まっちゃあ、
担当する社員のモチベーションアップには到底繋がらないと思わないかい?」
すると、彼から少し離れた場所に立っていた眼鏡の女性は振り返り。
「分かりやすさはイメージ戦略の基本ですよ、基本。なにより覚えやすいですし、
変に気取った名前をつけるよりかは余程宣伝効果も期待できます」
スケジュールを書き込むために置いてあるホワイトボードの前に立つと、マーカーを手に取りキャップを外す。
男は、彼女の一連の動作を何とはなしに眺めながら。
「でもさ、響きが悪いでしょうよ? 第一産休だなんて縁起でもない」
「産休じゃなくてサンキューでしょ! ……全く、難癖付けてる暇があるなら仕事の手を進めりゃいいのに」
「そいつがさっきも言った通り、とんとやる気が起きんのよね……」
「……呆れた! 名前のせいにしなくたって、アナタのやる気の無さはいつものことじゃあないですか」
心底「どうしようもないな!」といった表情でそう返すと、
彼女は両手を自分の腰にやり、当てつけのように嘆息した。
男が誤魔化すように口笛を吹く。
どうやら女性の言葉通り、彼はサボりの常習犯らしい。
男は椅子に座ったままで伸びをすると、掛けてあった黒のジャケットに袖を通し、
組んでいた痩せ気味の足を解いてからやにわに立ち上がった。
「んじゃ、そろそろ出掛けてくらぁ。律子、留守番よろしくさん」
「一応伺いますけども、どこ行くんです? プロデューサー」
「もち、お仕事」
「……とかなんとか言っちゃって。いつも喫茶店のお世話になってるの、社長も薄々気づいてますよ」
女性には笑顔だけを返し、男はオフィスを後にする。
今、彼が立っている場所はありふれた雑居ビル内のワンフロア、そこを出てすぐに広がる廊下だった。
765プロダクション――というアイドル事務所の名前を耳にしたことはないだろうか?
もしなければ、それは男の営業努力が足りてない確たる証拠だろう。
彼の名は高木裕太郎。765プロ会長である高木順一郎の息子に当たり、自称、頭脳明晰でいなせな二枚目、将来有望なナイスガイ。
しかしその人柄を知る者たちからは、もっぱら役職である「プロデューサー」又は「プロデューサーさん」と呼ばれており、
他にも「ドジ」「間抜け」「お人好し」「嘘つき」、「お調子者の色キチガイ」など、など。おおよそ不名誉な肩書きには困らない生活を送っていた。
そんな高木が鼻歌なんて歌いながら、廊下の先にあるエレベーターの前までやって来る。
昇降ボタンを一押しして呑気に待つこと三十秒。
うんともすんとも言わない箱に「ちくしょう」と軽く舌打ちして。
「オンボロめ! 久々に直ったと思えばまーた故障してらぁ」
仕方がないので階段を使って一階へ。途中、買い物に出ていた事務の女性とバッタリ遭遇した高木は、
「丁度良かった」と彼女から、差し入れの缶コーヒーを手渡された。
「今からお出かけなんですか?」
「ええ、今度の仕事に思うトコがあってちょっくら現場の様子見に。お暇なら小鳥さんも一緒します?」
すると、小鳥と呼ばれた女性は「残念でした」と茶目っ気タップリに肩をすくめ。
「私にもお仕事はありますから。今日中には律子さんと一緒に告知の内容をまとめなくちゃ」
「……ははあ! どうりでお菓子を買い込んで来たワケだ」
高木は冗談めかしてそう言うと、小鳥が抱えている大きな買い出し袋に目をやり合点がいったと手を打った。
……それで機嫌を損ねたように小鳥がプイッと顔を逸らす。
「皆の為のおやつなのに! 嫌味めいたこと言うならプロデューサーさんの分はありませんよ」
「嘘うそ、冗談ですってば。誰も仕事にかこつけたお菓子タイムだなんて言ってません」
「むぅ……。たった今言ってる」
「こりゃ失敬!」
高木は悪びれた様子も見せずに謝ると彼女の横を通り抜けた。
階段を降りていく彼の背中を目で追いつつ、小鳥が上から呼びかける。
「車で行くなら安全運転。気を付けて行って来てくださいね」
「分かってますって。ついでに送迎も済ませて戻りますから……あっ、それとね小鳥さん」
そうして振り返った高木は、「なんです?」と訊き返した小鳥に憎めない笑顔でこう続けた。
「その位置からじゃ丸見えになってますよ」
「すけべっ!!」
===
事務員小鳥とひと悶着。ビルから出た高木は近所の駐車場までやって来た。
左手には筒入りのポテトチップスを持っていて、出来たばかりの頭のこぶを右手で「いちち」と押さえている。
「まっ、スカートも覗けてポテチも貰えりゃコブ一つぐらい儲け儲け」
そうして、停めてあった社用車の鍵を開けると運転席へと乗り込んだ。
助手席に放り投げられるポテトチップス。
ジャケットのポケットから缶コーヒーを取り出すとドリンクホルダーに移し替え、彼は車を軽やかにスタートさせた。
道路に出れば、三分の一ほど開けられた窓から新鮮な空気が入り込む。
そうやって涼やかになった車内に流れるのは、アイドルが進行を務めているラジオ。
パーソナリティの少女は今、空気に溶けるような透明感ある声で番組宛のメールを読み終わると。
「四つ葉ウサギさんが言う通り、夏休みもそろそろ終わりですね。ラジオをお聴きの皆さんも、夏の思い出はできましたか?
私は、そうだなぁ……。この前のイベント直前にした合宿が、一番大きな思い出かな」
しみじみと、かつ丁寧に。少女はこの夏の思い出を振り返る。
トークは八月の初めに行われたライブイベントを中心に、準備の為に行った合宿、
そこで起こった数々のハプニングや面白エピソードを披露して締めくくられた。
「それじゃあ、八月も残り少なくなっちゃいましたけど、夏の青空にピッタリな曲を流しますね。
CMで使われた曲だから、『聞いたことあるよ』って人も多いんじゃないかな? ――『How do you do?』です。どうぞ!」
スピーカーから紹介されたばかりの曲が流れだす。
高木はハンドルを握る指でリズムを取りながら、目に入ったスーパーの駐車場へと車を乗り入れ時計を見た。
オーディオのパネルに示された時刻は午後二時過ぎ。
寄り道するには十分過ぎるほどの余裕がある。
しばらくすると、両手に大きなビニール袋を持った高木がスーパーから姿を現した。
買い込んで来たのは多様な清涼飲料水と保冷目的のロックアイス。
それらを荷台に常備してあるクーラーボックスに仕舞ったら、
高木は再び車を発進させ、目的地に向かって飛ばす、飛ばす。
数分後、生憎の赤信号で足止めを喰らってしまった車内にて、
ラジオの少女がリスナーへのお別れの言葉を口にした。
「――お相手は萩原雪歩でした。来週もまた、この時間にラジオで会いましょうね」
===
受け取ったメッセージに「分かりました」と返信する。
少女はスマホをバッグに片付けると、変装用の帽子をキチンと被り直し、ラジオ局の玄関扉から外に出た。
そうして、その足で駐車場まで歩いて行き、目的の車を発見した彼女は後部座席へと乗り込んで。
「プロデューサー。お迎えありがとうございます」
「なんの、仕事だからね」
運転席で待っていた高木にお礼の言葉を一声かけ、少女は社用車の座席に腰を下ろす。
説明するまでも無いだろうが、彼女こそ、つい先ほどまで高木が聴いていたラジオに出ていた萩原雪歩その子だった。
高木も弄っていたスマホをポケットにしまい、駐車場から車を出す。
雪歩は車窓の景色を眺めながら、荷物を自分の膝に置き、ホッと安心した様子で息を吐くと。
「それでそのぉ……。今日のお仕事はどうでしたか? プロデューサー、聴いてくれました?」
「勿論、途中からでも良いなら聴いてましたよ。始めた頃と比べたなら、トークも大分こなれて来たんでないかい」
「ホントですか? ……本当に?」
「ホントだとも。俺はよく嘘つきって人に言われるけどね、誰かを褒める時には嘘をつけない性分なの」
そうして、高木は運転しながらこう続けた。
「だからご褒美だって買ってあるのさ。雪歩、後ろ覗いてごらん」
「後ろ?」
「来る途中にちょいと冷蔵庫なんてこしらえてね。
いつものクーラーボックスに飲み物なんかを入れてるから、どれでも好きなの取んなさいな」
雪歩が言われるままに荷台を覗けば、なるほど、そこでは"いつものクーラーボックス"が振動に揺られてゴトゴト重そうな音を立てていた。
これはシュークリームやケーキ、プリンといったアイドルたちのおやつを運ぶのに使われたり、
今回のように大量の飲み物を保存するため常日頃から積まれている物で。
「こんなに沢山、どうするんです?」
疑問に思って雪歩が訊けば、高木は笑っただけで答えなかった。
彼には質問の答えを勿体ぶるという少々困った癖がある。
とりあえず、このまま真っ直ぐ事務所へ戻るつもりは無いらしい。
雪歩は即席の簡易冷蔵庫からお茶のボトルを選び出すと、居住まいを正して外の景色に視線をやった。
そうしてそのまま考える。
この車が一体ドコへ向かってるか? ボックスの中の大量の飲み物は何のためか――。
===
お仕事中の一コマおしまい。雪歩はパナップ好きそうだなって思ってます(スプーン使って掘れるから)
【ある日の風景・動物園】
子豚A「ぷぎー」
子豚B「ぷぎぎー」
子豚C「ぷぎっぷ」
朋花「まあ、愛らしい子豚ちゃんたちですね~」
響「懐かしいな~。ブタ太も昔はああだったぞ」
環「もうちょっと大きくなったら食べごろだね!」
朋花・響「…………」
環「くふふ、美味しくなれよ~♪」
※環は一人、山育ちだ!
【ある日の風景・乙女嵐】
翼「前回までの」
杏奈「乙女ストーム……」
未来「あらすじ!」
瑞希「瑞希です。なんのかんのあってアンドロイド役を射止めました」
瑞希「しかも主役だぞ。……ぶいぶい」
瑞希「だけど役作りにちょっぴり不安」
百合子「脚本(ものの本)によれば、瑞希さんはメイドロボットみたいですね」
未来「冥土ロボってお土産の?」
翼「Madeロボってドコ製の?」
杏奈「明度ロボって明るいの?」
百合子「…………」スッ…
N『百合子は三人のボケから目を逸らした』
瑞希「――なるほど。アンドロイド・ミズキは人間のお役にたちたいのです」
瑞希「サア、何ナリトゴ命令ヲバ。……ぴぴぴっ」
未来「じゃあとりあえず、肩でも揉んで貰おうかな~♪」
瑞希「了解。フランケンミズキアーム起動」
未来「あいたたたたたたたたっ!? 痛い! 痛いっ!!」
杏奈「杏奈、レベル上げ任せたい……です」
瑞希「発言者ノ学力レベル低下確認。個人授業用プログラムスタートシマス」
杏奈「あ、やっ! ……そっちのレベル上げじゃなくて――」
百合子「流石、見事なまでのポンコツっぷり。メイドの基本できてますよ!」
翼「でもポンコツロボットって売れ無さそう」
瑞希「むむ! お言葉ですが――ロボットじゃないよ、アンドロイドだぞ」ポンっ
百合子「ぎゃっ!?」
翼「ひゃああ!!?」
瑞希「どうでしょう? 新作手品、自信作です」
翼「心臓に悪い!! は、早くくっつけ直して~!」
瑞希「……自信作なのに」
翼「いいから早くっ!」
百合子(うーん。文面だけじゃ伝わりにくいネタだなぁ……)
【ある日の光景・スマイル】
彼女の無邪気な微笑みは子供みたいに純粋で。
思わず見ているこちらさえ、ニコニコと笑顔にしてくれるそんな人。
だけどその日は、まるでお日様が雲に隠れてしまったかのようにいつもの笑顔がしゅんとして、
それにつられて劇場も、なんとなく暗ーい雰囲気に包まれてしまったようでした。
控え室のテーブルの上に肘をついて、視線は天井うわの空。
時折瞼を下ろしては、「はぁ、ふぅ」と元気の無いため息をいくつかこぼすのです。
当然、そんな姿を目の当たりにしてしまったワケですから、一体何があったのかと心配になるのが普通です。
なのに、事情を知っていそうなプロデューサーさんに尋ねても
「ああ、この時期はいつもこうです」
仲良しの茜ちゃんに尋ねてみても
「ん~……自分で解決できなきゃ意味が無いし」
「もういいです! 私、お二人がそんなに冷たい人たちだったなんて、思ってもみませんでした!」
「いやぁ、冷たいって言われても……」
「これも愛情と優しさと厳しさでね?」
なんてなんて! はぐらかすような二人が相手じゃいつまで経っても埒があきません。
そう思った私は、結局、直接本人に尋ねてみることにしたんです。
第一、私は彼女よりお姉さんでもありましたから。
悩み事があると言うのなら、遠慮なく相談してくれて構わないのに……。
「だからね、麗花ちゃん。困ったことがあるなら話してみて? 私、できれば力になりたいの」
「歌織さんが?」
「ええ!」
「……なら、お願いしちゃおっかな」
そうして私は知るのでした。
プロデューサーさんと茜ちゃん、二人の偉大な先人が、
落ち込んでいる麗花ちゃんを相手にしなかったその理由を。
「実は先週、衣替えしようとしたんだけど……。
どうしてか部屋が散らかっちゃって、足の踏み場も無いんですよ。だから、家に帰るのが怖いなって」
「……え?」
「でもでも、歌織さんが手伝ってくれるなら助かっちゃう♪
いつも片づけを一緒にしてくれるプロデューサーさんと茜ちゃんには今回断られちゃったから、
もう私、こうなったら一人で掃除するしかないなーって途方に暮れてたトコなんです」
「あ、そう……それで、朝から元気無く……」
ああ、まったくなんてことでしょう! 彼女に元気が無かったのは、
散らかしてしまったお家の片づけを憂いていたというただそれだけで。
「だから――歌織さん♪」
「は、はい!?」
呆気に取られたこちらを見やり、期待に目を輝かせて麗花ちゃんは言葉を続けました。
「力になってくれるんですよね? 私の家の、お掃除の!」
【もしもの風景・30代ぐらいのPと志保】
「――そんなこと言われても困っちゃうな。俺はほら、気ばかり若い大人だから」
そう言うとプロデューサーさんは視線を窓の外へやった。
ここからだと伊織さんたちが遊んでいる劇場の庭もよく見える。
普段は泥臭いことを避けてるのに、今じゃサッカーボールを追いかけることに夢中になってはしゃぐ姿。
まだ、たったの十四だから。彼女とも一つしか違わないから、
本当だったら私だって、あんな風に無邪気な姿が似合うのだろう。
「でも、素敵だと思っていますから」
「オジサンをからかっちゃうのはよくないなぁ」
「私、からかってなんていません。オジサンだから尚素敵です」
竜宮城と、浦島。昨夜、弟に読んであげた絵本のことを思い出した。
相変わらずプロデューサーさんは窓の外ばかり眺めている。
……私は乙姫になろうなんて思っていない。物語に名前が出なくても結構だ。
だけど太郎にだって家族はいて、戻らない彼を想い続けていたハズの人だっていて。
そんな人が待ち人を諦めた時、選ぶ道はたったの二つしかない。
「……俺に、君の父親代わりをしてる気はない」
時間をかけて考えた末に、やっと選び出したという面持ちでその拒絶は私に届けられた。
静まり返った控え室で、ようやく向かい合った視線の冷たさだけが感じられる。
「当然です。私も娘じゃありませんもの」
言って、カラカラと私は笑っていた。口元だけの渇いた笑い。
相手の厚意に付け込んで面影を重ねていたのは私。だから、彼に責任は無い。
それでも、だけど、まだ子供な私はこんなだから。
十四歳、思春期、文字通り子供から大人へのなり損ない。
駄々をこねるには賢しすぎて、吹っ切ろうにも幼すぎた。
「でも……アナタの手で育てられました。そういう意味では、お父さんです」
【ある日の風景・朝まで飲んだら現れる】
莉緒「ねぇねぇプロデューサーくん。私ね、今度ゾンビの役をやるんだけど」
莉緒「役作り手伝ってくれない? アドバイスしてもらいたいの」
P「別にいいけどなんで俺に?」
莉緒「だってそういう映画とか詳しそうじゃないの」
莉緒「あー、うー、ああぅ~……」フラフラ
莉緒「ぐぁー、ぐあぁー……どう? バッチリ決まってる?」
P「はっはっはっ!」
莉緒「ちょっと! 真剣なのに笑わないでよ」
P「だって飲み過ぎた時とそっくりだもん」
莉緒「失礼ねっ!」
莉緒「でも、どうせならゾンビになってもなるべくセクシーでいたいわよね」
莉緒「腕や顔なんかに噛みつかれて、穴だらけのゾンビになっちゃうなんて嫌よ」
莉緒「プロデューサーくんだってそう思わない?」
莉緒「例えゾンビになっちゃっても、綺麗な私の方が嬉しいでしょ!」
P「……まぁ、その方が気分はいいな」
莉緒「でしょでしょ~? 目指すはセクシーでアダルトなゾンビレディよ!」
P(でも死体なんだから最後は腐って蛆も湧くぞ、という事実は言わないでおいてあげよう)
【もしもの風景・時間停止】
琴葉「では状況を一旦整理しましょう」
琴葉「全く不思議なことですが、現実離れしすぎてる話ですが」
琴葉「プロデューサーが時間停止能力を手に入れたっていうお話」
琴葉「それ、ホントなんでしょうか?」
P「それ、ホントなんだってば」
P「百聞は一見に如かずってね。琴葉、何も言わずにこいつを見て欲しい」スッ
琴葉「……テーブルの上にカップアイス。これがどうかしたんですか?」
琴葉「と、いうよりこのアイスって私が冷蔵庫に仕舞っておいた――」
P「んんっ! 出処はともかくこのアイスがだ。琴葉、よーく見ていてくれよ」ピッ
琴葉「見てくれよ、じゃなくてですね!」
琴葉「いくらプロデューサーでも人の物を勝手に証明に使うなんて――あれ?」
P「もごもごもご」
琴葉「よく無い。違う、無くなってる!」
琴葉「えっ!? わ、私、目を逸らした覚えなんて一つも無いのに」
琴葉「……ここにあったアイスクリーム。空っぽの容器だけになっちゃった」
P「どうだ? 時間を止めている間にアイスを食べてみせたんだが」
P「琴葉には、一瞬のうちにアイスが空になったように見えたんじゃないか?」
琴葉「無くなっちゃった私のアイス……」ボー
P(あっ、ショックで聞いてないな)
N『Pはコンビニへダッシュした!!』
琴葉「~~~~♪」モグモグモグ
P「体を冷やし過ぎるとよくないから、食べるのはその一個にしろよ」
P「買って来た残りは冷蔵庫に入れとくから」
琴葉「~~~~!!」コクコクコク
P「喋れないほどにアイスを堪能しちゃってまぁ……」
【プレゼントは真心込めて】
刹那、未来は小皿に乗せられたショートケーキに齧りついたのだ。
確かにそれは、今日が誕生日である彼女の為に俺が用意しておいた代物で、
つい先ほどプレゼントとして送った品であったのだが。
「実は、今日は俺も誕生日なんだ。だからこのケーキは二人で半分こってことに――」なんて冗談が奇行の引き金になった。
別に全部一人で食べて良いとこちらが言い出すその前に、
まるで犬っころのように直食いで、はぐはぐと口に入れた分だけ三角形を欠けさせる。
鼻の頭に生クリームがつくのも物ともせずに、
彼女は俺が渡したケーキに文字通り唾をつけてみせた。
そうして大きく喉を鳴らしたなら、
未来は食道に詰まったケーキを落とし込むようにトントントンと胸を叩く。
俺がお茶の入った湯呑を渡してやると、
顔を真っ赤にした彼女はひったくるようにしてソレを受け取り冷めた番茶を流し込んだ。
……一拍置いて一呼吸。
「プロデューサーさん」
「うん、なんだい?」
「ごめんなさい。ケーキ、分ける前に食べかけになっちゃいました」
そうして、少し涙ぐんだ表情の未来は申し訳なさそうに首を縮めると。
「……それでもいいなら、わ、分けっこしますか? 私の、食べかけなんですけど」
===
一コマおしまい。未来ちゃん誕生日おめでとう!
【犬も食わない】
テンケテンケテンケテンケテンケテンケテン……。
と、実にお気楽な出囃子に乗って二人の少女はステージに現れた。
最上静香と北沢志保。
765プロライブ劇場が育成中の候補生は、
無愛想な作り笑いを浮かべてマイクの前に並び立つ。
今回は単なるネタ合わせなのでどちらも普段使っている練習着をその身にまとっていた。
軽い会釈をするように背を曲げた静香がよく通る声で名乗りを上げる。
「静香です」
「志保です」
「二人合わせてしずしずです」
ペコリ、と客席に向かって挨拶をするがその目は暗く淀んでいる。表情筋は壊死している。
髪の毛の艶もサッパリなく、陸に上がった魚のように死んだ顔をした二人だった。
胸の前で腕を水平に構え、志保が隣に立った相方を打つ。
「――って、なんでやねん」
それはツッコミと呼ぶにはあまりにも鈍い、覇気の感じられない台詞だった。
ぶっきらぼうに放たれた水平チョップが静香の脇腹に当てられる。
「ぐっ!?」
堪らず睨み返す静香。
が、志保は眼付きの悪い半眼を正すことなく元の位置まで腕を引くと。
「私の」
「うっ!」
「名前が」
「いった……!」
「入ってないやん」
一回、二回、三回目はチョップではなくビンタだった。
思わぬアドリブを喰らった静香が「ちょ、ちょっと! 顔は止めなさいよ!!」と犬歯も露わに目を吊り上げる。
しかし志保は、その能面のような顔を一切動かすこともなく。
「ごめんなさい。叩きやすい位置にあったから」
「やめてってば!!」
二度目のビンタは寸前で止められた。
二人の練習もその場で止められた。
かくして静香と志保、馬の合わない二人をどうにか仲良くさせようという
目論みのもとに企画された漫才公演は幻の物となったのである。
===
一コマおしまい。
【素敵な出会い】
小鳥「占いの結果、近々素敵な出会いが――あなたの身近な事務員と!」
P「身近な事務員……?」
衣装担当「私ですかっ!?」
仕事仲間「私ですね!」
元事務志望「私も入る?」
P「確かに有益な出会いだった」
小鳥「違う。そうじゃないですよね?」
社長(しかし音無君。近々なら君は手遅れじゃないだろうか?)
【水着】
そも、アイドル事務所であるからして、華やかな容姿の若き乙女が仕事場を我が物顔で闊歩するのは何も間違っちゃないと思う。
さらには仕事で使う衣装、フリルやリボンやヒラヒラヒラとした装飾も賑やかな格好でそこら中歩き回るのもだ。
これは新しい衣装の着心地を確かめる為だとか、単に見せびらかしてるだけだとか、
まぁ、各々に思うことがあっての行動であると俺も黙認してきたワケなのだが。
「――ワケなのだが。海美、そいつはちょっと違うだろう」
言われた少女はキョトンとこちらの方へ向いた。蒸し暑い夏のある日である。
劇場内楽屋において、私服連中に混じって座る高坂海美は何を思ったか水着だった。
「私が違うって、何が?」
一ミリも理解してないといった返事。もう一度言おう、水着だった。
これでトレーナーだとかシャツだとか、上に一枚羽織っていたならわざわざ触れたりしないのだが。
その水着はもちもちと張りがありそうな彼女のボディにピタリ吸い付くように。
肩の描く曲線が眩しい。健康的鎖骨が悩ましい。惜しげもなくさらされてる脇、
思わず目を引く大きな胸、筋肉とくびれで彩る腰回りは確かめたくなる細さである。
そして下半身を守るのは下着と変わらぬ布一枚。こんなもの歩くセクハラである。公然猥褻罪である。
父親の前を家族だからとタオル一枚で歩き回るより刺激的な――いや、それはどちらも甲乙つけ難いか。とにかくだ!
「いくら765(ウチ)がアットホームを売りにしてたとして、本当に君の家ってワケじゃないのだから。そーゆーふしだらな格好でうろつきまわるのはよしなさいな」
「でも今日暑いし、これもお仕事で使う衣装だから別にいいかなーって」
「それをダメだと今言ってるんだろう? ……海美、口ごたえするようだったら」
俺は脅しをかけるように両手をわきわき動かすと、聞き分けの無い彼女に真剣な表情でこう迫った。
「オニーサンがセクハラしちゃうぞぉ? サンオイル塗ったりマッサージしたり。アレやこれやで辱めちゃる」
すると効果はてきめん。海美は耳まで真っ赤になりながら、「き、着替えてくる!」と足早に楽屋を出ていった。
俺はそんな彼女の後姿をしてやったりと見送った。
……だがしかし、善良なる読者諸兄におかれては、同じように職場で水着姿の同僚を見かけたとしてもこのような物言いはよすべきだ。
なぜなら翌日出社した俺が目にすることになった光景。
楽屋をきゃいきゃい埋め尽くす水着少女達の姿に言葉を失うだろうから。
「プロデューサー! マッサージするなら皆にだよ?」
目敏くも、部屋に入って来たこちらを見つけた海美がすぐ近くにまで寄ってきて、どーだ参ったか! と言わんばかりに尋ねてくる。
俺は彼女の悪知恵に苦笑うと、「男に二言は無い」とだけ返してその肩を押さえるように両手を置いた。
軽く十人を超える奉仕は辛く、その日一日、俺から握力が消えたのはまた別の話。
===
一コマおしまい。
【ほんのちょっとしたラビットパニック!】
前略。どれほど経験豊富だって名前が売れていたとしても、
やっぱりアイドルプロデュースには博打みたいな側面がある。
そうして、その、賭けるべきか賭けざるべきかの大きな大きな勝負場で、
見事に勝ちを引っ張ってこれる人間――そういうのが、いわゆる"敏腕"だって言うんだろうな。
「プロデューサーさん、どうでしょうか?」
とはいえ、そんな偉そうに講釈云々を垂れてもだ。
石橋を叩いて渡るような性格の俺はそもそも勝負場と無縁であった。
呼びかけられておやっと振り向く。
するとそこに、一体何が居たと思う?
「ど、どうでしょうかって麗花君(キミ)ね……。似合っちゃいると思うけれど」
「あれれ? どうして他所を向いちゃうんです?」
「そりゃあ、正面から見るには刺激が強すぎるって言うか……」
言い訳もごもご。俺は自分の顔が赤くなってないかを心配した。
なぜなら今度の仕事に合わせた衣装の具合を見て欲しいと、
更衣室から出て来た麗花は今、絵に描いたような"バニーガール"の格好をしてたからだ。
グラビア水着なんかと同じように、体の起伏に沿うようにして
身に付けられたボディスーツはソレ一枚で服としての全てを担っている。
でも、水着とスーツには何て言うかこう……明確な色気の違いと言う物があって。
「もう、ちゃんと見てください」
麗花が不満げに俺の頬へと両手をやる。無理やり向きを変えられる首。
そっぽを見ていた視界が回ればすぐさま彼女とご対面だ。
その頭にはウサギ耳カチューシャがついていて、
これが猫の耳を模していればキャットガールなんて呼ばれてたのかしらん?
とかなんとか見当違いの感想で頭を満たす。
……だって、しょうがないじゃないか! そうでもしなきゃ俺は彼女の――。
「私、バニーガールの衣装って初めてなんですけど。知ってました? これ肩紐無しでもいけるんです!」
「へぇ、そう、紐が無いんだ」
「はい! 不思議ですよね。動いたら脱げちゃいそうなのに」
彼女の強すぎる露出に、ついつい鼻の下を伸ばしてしまうかもしれないから。
……って、人から見れば手遅れだろうなぁ。
麗花が説明する通り、彼女の着ているスーツにはいわゆる肩紐がついていない。
ここで読者諸氏にも、バニーガールの衣装を想像してもらえばすぐ分かると思うことだけれど、
あれらは普通、肩回りと背中をざっくり露出させるのが一般的だ。
なぜって、その方がより魅力的に見えるからさ。
ただ、そうすると胸の辺りを固定する要素が無くなるから、
動いてるうちにズレ落ちるんじゃないかって見た目になっちゃうワケなんだな。
「何でも腰で止めてるそうですよ。美咲ちゃんが教えてくれました。こう、着るだけで背筋がピーンってなる感じの」
「ワイヤーか何か入ってるのかな?」
「ふふっ。気になるなら触って確かめてみます?」
言って、麗花はすぐさま俺の右手を取った。「お、おい!」なんて驚く暇を与えてくれない。
彼女は自分の細いウェストにそのまま右手を持ってくると。
「この辺ちょっと硬いですよね? そう、そこ……。これがずーっと上まで続いてて」
生地と生地の合わせ目に沿って、説明しながら何か硬い、
多分、骨のような役目を持った部品の感触を確かめさせるように手を誘う。
でも俺は馬鹿みたいに体を強張らせて、指先に当たる"なだらかさ"にどぎまぎしっぱなしだ。
そのうち、指は彼女のあばらの上を通り過ぎて。
「だから、これのお陰で動いてもズレないよう――プロデューサーさん?」
「あ、ああ。なんだ麗花!?」
「もう、今の説明聞いてました?」
「もちろん! かっ、考えて作られてるんだって感心してたトコさ」
ようやく自由になった右手を背中の後ろにサッと隠す。
彼女の見えないところではまだ、親指と人差し指がくっついては、
さっきまで確かに感じていた夢のような感触を反芻したりするのだった。
そうしていると、突然、麗花が良いことを思いついたとでもいうように軽快に指を打ち鳴らした。
これは単なる余談であるが、彼女は指パッチンが異様に上手い。他にも草笛の達人奏者である。
一度、事務所に持って来られたテッポウエビと『指パッチン王者決定戦』なるイベントだって催して――おぉっと閑話休題。
「いけない! 私忘れてました。この衣装について、プロデューサーさんに教えなくちゃいけないことがあったんです」
麗花が真面目な顔でそう言うから、俺も鼻の下を戻して訊き返す。
「教えなくちゃって……。それが肩紐のことなんだろう?」
「あ、そっか。それもありましたね。……気づいてました? この衣装肩紐が無いんですよ?」
「知ってる。さっき説明してもらった」
「そうなんですか? プロデューサーさんは物知りなんですねっ♪」
「……で、肩紐以外の俺に教えたいことってのは?」
「ああ、そう、それなんです。実は――」
だがこの時、衣装室に予期せぬ来客が訪れた。
入ってきたのは見知った二人。
片方は、麗花が着ているバニースーツを一人で仕立てた美咲ちゃん。
事務員なのに衣装も作れる非常に頼もしい後輩で。
そうして別のもう一人は、麗花と共に仕事をする予定になっていた……。
「プロデューサーさんに麗花ちゃん……? あの、お二人は一体何を?」
「歌織さん! いや、これはですね――」
「今度の衣装の出来栄えを、プロデューサーさんに触って確かめて貰ってたの♪」
歌織さんの顔が驚きに固まる。ついでに部屋の空気も凍る。
そうして、固めた当の本人はニコニコ笑顔を浮かべたままくるりとこちらに向き直ると。
「それで、今から別のトコも……。プロデューサーさん、さっきの続きなんですけど、この衣装しっぽがふわふわ~ってしてて!」
言いながら、体を捻るようにして自分のお尻を見せて来る。
そりゃ、確かに麗花が言う通り、その部分にはウサギのしっぽが生えていた。
形の良いヒップラインの、その盛り上がりにちょこんとくっつく白いほわほわ……。
「触ると、もこもこ気持ち良いんですよ。ふふっ、じゃあじゃあ早速さっきみたいに」
「お、おい。麗花、君はまさか――」
「触って確かめてくれますよね?」
子供みたいに無邪気に笑う。誘うようにしっぽがピョコピョコ揺れる。
そうして、経験から培われた俺のプロデューサーセンスが囁いている。
『賭けるべきか賭けざるべきか?』
できるなら勝負自体を降りたい。
脱兎の如く走り出したい。
背後から近づく歌織さんの足音に怯える俺は、まるで銃を向けられたウサギだった。
【おまけのほんのりラビットパニック?】
「あのぉ~……プロデューサーさん?」
「は、はい」
「私も麗花ちゃんとお揃いの衣装に着替えてみたんですけれど、
どこか気になるところはありませんか? 何分、こういうモノを着るのは初めての経験で……」
「そりゃあ通りで……。いや、歌織さんもバッチリ似合ってます!」
「本当ですか? ――本当に?」
「ええ、ええ、本当です。……だから、その、もう少し下がって――」
「でも、プロデューサーさん。……少し、恥ずかしいのですが。衣装の隙間具合などを……
念入りに確かめて頂けません? 自分じゃ、よく、分からないから……」
「…………お引き受けしましょう」
「ありがとうございます。それじゃあ、まず、屈んでみますね。……よいしょ」
「か、か、屈んでみるって歌織さん、それは……」
「……そちらから見て、どうでしょうか?」
「どうって、その、近すぎると言うか……」
「でも、離れると見えないじゃありません?」
「けど、その、顔の高さが」
「顔の高さ?」
「いえ! なんでもっ、気にしないで……。そう、ですね。あー……ウサ耳の傾き具合なんかはいいと思いますよ」
「……プロデューサーさん。そこに隙間がありますか?」
「あ、えっと……。すみません、隙間なんて無いです」
「ですよね」
「はい」
「もう少し真面目にお願いします。……私、恥ずかしいのを我慢してるんですから」
「すみません。でも、隙間と言うと――」
「…………どうです?」
「だ、大丈夫だってぇ……思いますよ? ええ、ぴっちり肌に食いついてる……多分」
「多分? そんな曖昧じゃあ……。私、安心して衣装が着れません」
「うっ……!」
「もっと、ちゃんと、見てください。……歌織のこと、私のために」
(しかし、そうは言ってもレディの胸元をじろじろ見るだなんて――見るんだけども!)
(……プロデューサーさん黙っちゃった。それに、彼に見られてるって意識すると……体の奥が変な感じ。
恥ずかしいのに、見て欲しいって思う。また別の扉を開けられている最中かも……)
(――あっ、二人とも睨めっこしてて楽しそう。後で私も混ぜてもらっちゃお♪)
(麗花ちゃん!?)
(直接脳内に――!!)
……オチはないよ! (*´v`*)ノ
===
興に乗ってちょっと一コマ。バニーちゃんな麗花さんに野菜スティック齧らせたい
【美咲頑張る!】
この世の中は複雑怪奇、情報社会の世と言います。
私、青羽美咲も一介の社会人となって、報告連絡相談の、
いわゆる『ホウレンソウ』の大切さという物を改めて実感しています。
……そう、ほうれん草はとても大事。
豊富な鉄分が魅力的で、おひたしにしたら美味しくって。
それをホカホカご飯の上に乗せて、ごまの香りに誘われるまま大きく口を開いたなら――。
「あのー、青羽さん? それで用件って一体なんでしょうか?」
想像の中でパクッと一口! その瞬間、呼びかけられた声によって私は現実に戻りました。
ここはご存知765プロライブ劇場。
その事務室にて、不思議そうに私を眺める男性一人。
「あ……っと、そうなんです! 実は社長さんがプロデューサーさんをお呼びでして」
「なるほど。その言伝を青羽さんに頼んだと」
「またいつもみたいに、次の企画のお話だって思いますよ?」
「ええ、きっとそうでしょうね。……となれば、今すぐにも顔を出さなくっちゃあ」
話を聞いたプロデューサーさんは「分かりました」と頷くと、
デスクでやっていた作業を中断して外出の準備を始めました。
これには私も分かりますよと頷きます。
だって呼び出し相手が社長さんじゃ、長時間待たせるワケにはいきませんものね。
「じゃあ青羽さん、留守番よろしくお願いします」
「はーい。プロデューサーさんもお気をつけて」
そんな彼を「行ってらっしゃ~い」と送り出せば、無事に連絡できたと一安心。
私は広くなった事務室に少しの寂しさを覚えながら、
自分に任せられているお仕事に――アイドル達の衣装作りに――再び着手するのでした。
===
けれども、それから数分と経たないうちに事務室の扉が開かれました。
そうしてひょっこりと顔を覗かせたのは、劇場所属アイドルの七尾百合子ちゃんと望月杏奈ちゃんです。
「失礼しまーす。百合子ですが、こちらの部屋にプロデューサーさんは――」
「……いないみたい。入れ違った?」
キョロキョロと辺りを見回す二人……何か用事があったみたいですね。
ですから、私はそんな彼女達に「プロデューサーさんならついさっき」と数分前のことを伝え。
「――そうですか、プロデューサーさんは事務所の方に」
「んと……ちょっと残念、です」
言いながらも、百合子ちゃんは手にしていた鞄から一冊の本を取り出しました。
隣では杏奈ちゃんが彼女と同じように、自分の荷物をしばらくごそごそした後で。
「なら、おすすめする予定だったこの本はプロデューサーさんの机の上に」
「杏奈のゲームも、一緒に」
そうして二人は声を揃え、プロデューサーさんに伝えておいて貰えますか? と。
「うん、しっかり伝えておくね!」
当然、事務員である私には伝言を伝え届ける義務があります!
二人は私の返事に満足したようで、お願いします! と頭を下げると笑顔で戻って行きました。
===
さらにそれからしばらく経って。
「おはようございまーす! プロデューサーさーん……って」
「……はれ? いないみたいですね」
元気よく扉を開けて入ってきたのは横山奈緒ちゃんと矢吹可奈ちゃん。
それから、プロデューサーさんの姿を探す二人の後ろからスッと静かにもう一人。
「……だから言ったじゃないですか。駐車場に車が無かったから、きっと劇場の中にはいないって」
呆れたように首を振って、腕を組みながら言うのは北沢志保ちゃんです。
「いやいやいや、そんなん言うても車が無いだけやったら大人組かもしれへんやん?」
「そうだよ志保ちゃん。万が一ってのがあるんだから!」
「その万が一のチャンスを使ってやることが、たまたま取れたお菓子の差し入れなの?」
反論した可奈ちゃんに志保ちゃんがサクッと言い返します。
すると、わざとらしく彼女の肩に腕を回した奈緒ちゃんが。
「志保~? たまたまやない、実力やで」
そう言う奈緒ちゃんの握った手には、ゲームセンターで見かけるような景品袋がありました。
中からはこれまたクレーンゲームで取れるような、大きな大きなお菓子の箱が覗いています。
「だとすれば、随分安く買える実力ですね」
そうして、肩を抱かれた志保ちゃんが心底鬱陶しそうに口を開けば。
「安く……? 奈緒さん結構使ってたよ」
「可奈、今のは捻くれ屋流の皮肉やから」
「皮肉じゃなくて嫌味ですよ」
「……ホンマに志保は可愛げのない」
言って、奈緒ちゃんは袋の中から取り出した巨大なチョコバント
(っていう名前のお菓子があるんです。バットに見立てたサクサクスナックの表面に、
チョコレートがコーティングしてある駄菓子ですよ)をプロデューサーさんのデスクに置き。
「ほな、私らここに差し入れ置いて行きますから、
後は美咲さんからあの人に伝えて貰っていいですかね?」
「……あっ、私がいたの気づいてたんだ」
「そりゃあ、部屋に入った時からじーっと見つめられとったら」
結局、私は奈緒ちゃんから飴玉も余分に手渡されて、
プロデューサーさんへの伝言をしっかりよろしくお願いしますと。
……当然私は事務員なんですから、連絡事項はきちんとお伝えするのが義務であります。
「勿論、ちゃんと伝えておくね!」
奈緒ちゃん達は私の返事に満足したようで、ペコリと頭を下げると笑顔で戻って行きました。
===
そうして、貰った飴玉を舐めながら衣装作りを続けていると。
「おやぶん!」
「お兄ちゃん!」
「プロデューサーさん!」
――なんて、一斉に事務室へ飛び込んで来たのは小学生組の三人です。
その、扉を開ける勢いがあまりに凄くって、私はもう少しで飴を喉に詰めちゃうところでした。
……とはいえそんな私のことは余所に、
「あれ? みさきしかいないぞ」とおやぶんの姿を探し始めるのは大神環ちゃん。
「環? いくらお兄ちゃんでも机の下にはいないって」と、呆れ顔なのは周防桃子ちゃんで、
そうして最後に、「ねぇ美咲さん、プロデューサーさんどこに行ったの?」
そう質問してきたのは三人の中でも最年少の中谷育ちゃんです。
だから私は、そんな三人にごめんねと前置きした後で。
「プロデューサーさんは今、社長さんに呼ばれて事務所の方に出かけてるの」
すると、環ちゃんは不満でいっぱいという風に顔をしかめ。
「えぇ~、また社長ぉ~!?」
「……お仕事の話で行ってたら、暗くなるまで帰ってこないよね?」
困ったように育ちゃんが言うと、桃子ちゃんがやれやれと溜息をついて続けました。
「別に直接渡さなくたっていいんだよ。……お兄ちゃんが忙しいのはいつものコトなんだし、
皆分かってるから机の上に色々置いてってるみたいだし」
だけど、そう言う彼女が一番残念そうに見えるのは単なる私の気のせいかな?
――作業の手を止めて三人の様子を眺めていると、
環ちゃんがまず、ズボンのポケットから両手いっぱいのどんぐりを机の上に広げました。
「なら、たまきもどんぐり置いとこーっと! くふふっ♪ おやぶんビックリするかなぁ?」
次に、育ちゃんが可愛らしい帯のついた栞を本の上へ。
「学校の授業で作ったんだよ」と、押し花の挟まった栞を置いてにこやかに笑います。
「美咲さん、桃子たちからの伝言できる?」
「任せて! 伝えるのは私得意だから」
そうして最後は桃子ちゃんの番。
「この前お仕事の時に貰ったんだけど、お兄ちゃんの勉強にちょうど良いかなって」なんて、
彼女がランドセルから取り出したのは映画の優待券でした。
それも二枚、折り目がついたりしないように、クリアファイルでしっかり保管された。
「じゃあ、無くならないようにこれごと机に置いて行くから」
「分かってる。プロデューサーさんにはちゃんと桃子ちゃんに返すよう言っておくね」
私は自分の胸を叩き、自信満々に三人へ答えました。
===
でも、本日の来客は彼女達で終わりじゃありません。
それからも劇場のアイドル達が入れ替わり立ち代わり事務室まで足を運んで来ては、
プロデューサーさんの留守に「なんだ」と一度は肩を落とし、けれども「それじゃあこれを」と何かしら机にのせていきます。
そうして、その度に私は誰それが何それを持ってきたという言伝を頼まれていくのでした。
「うーん、弱っちゃうなぁ」
気づけばデスクの上はお土産で一杯。
一見乱雑に見えるようで、けれども緻密なバランスを保つ黒山に妙な感心を覚える私。
一人っきりの事務室の中、チクチクと針仕事を進めながら小さく呟きます。
「私、プロデューサーさん宛ての伝言を任されるのには慣れてるつもりだったけど、今日は特別多い気がしちゃうなぁ。
……あの山もいつ崩れたっておかしくなさそうだし、一旦衣装作りは中断して、
整頓したり伝言をメモに書いたりしておいた方がいいのかも――」
だけど、それを完璧にこなすのには大分骨が折れちゃいそう。
どうしようかなと迷っていると、今日何度目になるか分からない「失礼します」の声が響き、
扉を開けて二人の少女が廊下から――田中琴葉ちゃんと高山紗代子ちゃんが――堂々と入って来たのでした。
彼女達は部屋の中をぐるりと見回すと、目が合った私にぺこりと頭を下げて。
「お疲れ様です美咲さん。ところで、プロデューサーはまだ劇場に――」
「戻って来てないみたいですね」と、デスクを一瞥してから紗代子ちゃん。
「そろそろ戻って来ても良い頃かなって私も思ってるんだけどね」
夕陽に染まり始めた外の景色に視線をやって、私は肩をすくめました。
今しがたお仕事を終えて来たという二人は、
そんな私に今日あった出来事の報告を伝言として話し終えると。
「それじゃあ、美咲さんは伝言の方をまとめてください」
「プロデューサーの机の上は、私たち二人がやっつけます!」
言うが早いか、プロデューサーさんのデスクの上をテキパキ片付け始める二人。
その手つきは実に慣れたもので、「よいしょ」と琴葉ちゃんが一声、
ショベルカーのように山を削り取ったならば。「よいしょ」と応えた紗代子ちゃんが地面を平らにならしていきます。
そうして二人がよいしょよいしょ。
私がメモを完成させるよりも早く机の上は綺麗になって、ぴっちりトン!
なんて音が聞こえてきそうになるほど整理整頓された机の上はどこの都の姿かと。
「ありがとぉ~、すっごく助かっちゃった!」と私が感謝を伝えれば、二人は小さく首を振ってから笑顔で答えました。
「そんな! お礼を言われるようなことじゃ……」
「そうですよ! 私たちが好きでやってることですから!」
ああ、なんて頼りになる。この素晴らしい二人の活躍は、プロデューサーさんにしっかり伝えておかなくっちゃ!
===
さて――こうしてデスクの上は綺麗になり、応対の合間を縫って進めていた私の仕事もひと段落。
外もすっかり日が暮れて暗くなって、お腹も空いてきた頃にようやくプロデューサーさんが劇場へ戻って来たんです。
「なるほど。留守の間の仔細がこれで大まかに分かりました」
「はい! しっかり全部伝えましたよ~……えへへ♪」
でもいけない! 役目を全うしたことで気持ちが緩んでしまったのか、
思わずにやけてしまった頬を両手でぴちっと押さえつけます。
幸い、プロデューサーさんは持っていた荷物を机に置いてる最中で、
そんな恥ずかしい私の姿は見られてなかったようですけど。
……しっかりしなくちゃ、私! まだまだ今は勤務時間――。
「それにしても食べ物系が結構あるな……。青羽さん、良かったらこの辺でお茶でも飲みませんか?」
「へっ!?」
「一人で広げる量じゃありませんから。この後に向けての休憩がてら」
だけどプロデューサーさんに誘われて、一瞬どうしようかなと視線が迷う。
そうして次の瞬間には、返事より先に私のお腹がくぅっと鳴って。
「……それじゃあお茶を淹れてきます」
「い、いえいえ私っ、私が行きます!」
そそくさと回れ右をして歩き始めるプロデューサーさん。
その原因となった醜態の言い訳がしたいが為に私が思わず腕を掴んだなら。
「おーほっほっほっほっ、御機嫌よう! プロデューサーは劇場に帰ってまして――?」
劇場で過ごす人間にとってはお馴染みとなっている高笑い。
その行く手を遮るように事務室へ姿を現したのは、小さな紙袋を片手に提げた二階堂千鶴さんでした。
その登場に驚いたプロデューサーさんの歩みが止まります。
そうして、後を追いかけていた私も流れで彼の背中にぶつかって二人はそのまま床の上へ。
「……わたくしお邪魔だったかしら?」
まるで見てはいけないものを見てしまった貴婦人のように、
扉の陰へと戻っていく困り顔の千鶴さんへ私たちは揃って言いました。
「行っちゃダメですっ!」
「きちんと説明させてくださぁ~いっ!!」
……ともあれ劇場におけるある日の一幕は、これでおしまいどっとはらい。
===
以上おしまい。美咲ちゃんにはもっと注目が当たっていいと思ってます。
【短さよ話』
折しも時は冬休みの、冷え込んだ風が人々を嘲笑う明るい午後だった。
劇場へと続く一つの通り。
かじかむ両手を口に当て、紗代子が温かな吐息を手の平に擦り込み込み悠々歩いていたところ、
彼女の気を引く商い屋一軒、視界の先に現れてはそのつま先を見事に向けさせた。
端的に説明するならば、そこはいわゆる一つの定食屋。飯屋、食堂、お食事処。
なんと呼んでもサービスの質は変わらぬ店はある種のコンクリ砦でもあり、
付近にはハングリーの化身とも呼べる学生達がぎゅうぎゅうに押し込められた高等学校の影もあり、
つまりは若さに任せた無尽蔵の食欲を持つ餓鬼の群れが押しては返す荒波の如く攻め込んで来る間食最前線がここだ。
その戦いの歴史は実に古く、誕生から今日に至るまでの時の流れによって経年劣化した店の外装、
時代に取り残された古き良き昭和臭の漂う内装、カウンター奥の調理場にはエプロン姿の店員が常時二人以上。
そのどちらも歳は五十を過ぎ、訪れる者達から「おばちゃん!」と呼ばれるにふさわしい粗めの皺が肌に浮かぶ。
しかしながらそのひと刻みづつが彼女らの歩んできた軌跡、歴戦の勲章だと言えよう。
そこに、紗代子は入店した。
長年変わらぬ音色を奏で続ける自動ドアはスムースに横へ身を避けると、
この制服姿の女学生を恭しく中に迎え入れた。
外界との温度差に彼女のかけた眼鏡が曇る。
石油ストーブの燃える匂い、スポンジで磨いてもこそぎ落とせず、
消臭剤を振りまいても誤魔化し切れない料理屋特有の油の匂い。
カウンターとして使われている面の日焼けした長テーブル、
並べられた色味のくすんだ丸椅子にもそれはこってり浸み染みついていた。
奥には小さな座敷もある。鉄板の乗った机がある。
いずれ来たるべき時が訪れれば、
ジュウジュウと熱せられた生地の上で鰹節らが乱痴気騒ぎを起こすだろう。
しかしながら、紗代子が求めるのはソースと青海苔で彩られた熱々の焼き円盤ではない。
和食の王道鯖定食、男子に人気のカツカレー、パラッと炒られた炒飯でも、大盛りボリュームな丼物でも当然無い。
彼女の視線は壁に貼られたそれらのメニューを通り過ぎ、
色紙に書かれた野太い文字、黒マジックの描く荒々しい筆跡の上にて停止した。
「すみません、たい焼き一つ貰えますか?」
凜とよく通る声は紗代子の自慢の一つである。
人差し指を一の形にちょんと伸ばし、彼女はカウンターに立つ顔見知りの女店員に自身の要求を願いあげた。
すると老婆と呼ぶには絶妙に歳足らずな店員は愛想の良い笑顔を浮かべ。
「ちょうど今、焼き上がったの」
おばちゃんの言葉にしめしめしめ、紗代子は内心ほくそ笑んだ。
なぜならば、だ。
彼女はこの時間に店を訪れれば、出来立てのたい焼きにありつけることを知っていた。
昼食時のピークを過ぎて、作り置かれたホットスナックがあらかた捌けたこの時間に、
店側が新たな商品を用意することを度重なるリサーチで分かっていた。
そうして一度に作られるたい焼きの数は決まって五匹。
カウンター横の陳列ケースに並べられるこのたい焼き焼き置き連隊は、
来たるべき三時のおやつ会戦を見越して送られる期待の補充部隊である。
その、着任ほやほやの顔ぶれを見回すと紗代子は二本目の指を立てた。
「ああ、やっぱりもう一つ。たい焼き二つお願いします」
この言葉に今度は店員がしめしめしめ――なぜか?
答えは明快、このたい焼き好きな少女が部隊に古兵を見つけたからだ。
二段に分けられた陳列ケースの上段右、
たこ焼きパックの隣に場所をとるたい焼き置き場には六匹の鯛が並んでいた。
もうお分かりのことであろう、そのうちの一匹は以前からの売れ残りである。
そうして「はぁ、今日はついてないな」……と小さく溜息をついた紗代子。
鯛一匹分余計な出費を出さねばならない小遣い事情を憂いたか?
否! 彼女の本音はこうであった。
「どうせならもう二、三匹余ってても良かったのに」
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