【ミリマス】金髪撫子と桜餅 (19)


「――だからさ、俺はエミリーに『春の和菓子と言えばこれ!』って物を教えたくて」

「ふふっ、分かっています仕掛け人さま。私のために選んでくださったお菓子です。例えそれがどのような物でも私は素直に喜べます」

「エミリー……! そう言ってくれると俺も本当に助か――」

「……ただ、それとは別に抹茶菓子を選ぶ時間を頂けなかったことだけは」

「わ、分かった! それは俺が悪かったよ。……ひとっ走りして買って来る。いつものロールケーキでいいかい?」


仕掛け人さまは慌てたようにそう言われると、私に頭を下げ椅子から立ち上がられました。

そんな彼のお顔は「真に面目ない!」といった様子。
背広の上着を着直して、慌ただしくお部屋を出ていってしまいます。

そうしておやつ時の事務室に一人、ぽつねんと取り残された私は「もう、仕掛け人さまったら」と小さなため息をつくのでした。

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そもそも、今の私はお気に入りの抹茶菓子が手元に無くても心寂しくはありません。

なぜなら目の前の机には、仕掛け人さまが"私のために"選んでくださった和菓子が置かれていましたから。

ただ、一つ、付け加えると、これをお店で買う際には、少しでも私の同意を取って欲しかったなと。


だから、言ってしまったのです。少し意地悪をしてしまいました。
案の定、彼は私を悲しませまいとすぐさま行動に移されて。


でも仕掛け人さま? 私は誘って欲しくありました! 

「もう一度一緒に買いに行こう」そう仰って頂きたかったのです。

お仕事を終えた後ですから、私の体調を気遣ってくださったのかもしれませんが、その優しさはかえって私を苦しめます。

……お菓子があっても満たされない、別の寂しさを私に気づかせてしまうです。

言動は大和撫子のように奥ゆかしく、それでいて、自分の気持ちを相手に悟って頂くのは――


「うぅ~、難しいです……」

私は再び嘆息するとお菓子に視線を移しました。

『桜餅』

そう仕掛け人さまが名前を教えてくれた通り、桜色に染められたお餅の見た目は鮮やかで、
飾りだと思われる葉っぱにくるまれたその姿は、まるでお皿の上に形を与えられた"春"が乗せられているようにも思えます。


また、洋菓子に使われる果物の砂糖煮詰めや乳製品とは違った和菓子特有の甘い香り。

特にこの桜餅は包んでいる葉っぱのせいなのか、その名の通り桜の匂いのする気がして……。
より一層強く「そうだろうそうだろう」と、私を無言で肯かせるのでした。

多分、きっと、恐らくは、この推察も間違ってはいないと思えます。

とはいえ、私が桜の姿を思い浮かべてみたところで
その枝には桜色の花しかついておらず、このような緑の葉っぱはどこにも見当たらないのだけど。


「もう少し日頃の観察眼を鍛えないと。……精進精進」

小さな声でそう呟き、私はぎゅっと新たな決意を心に刻みつけたのでした。
……けれども、奇妙に思うのがその形。

今、私の前に置かれたお皿には細長い形の桜餅が。
薄生地手巻き焼き洋菓子にも似ているその姿からは中のあんこも覗けます。

そうしてまだ封の開けられていない透明食物容器には、
お皿に出された物とはまた違うおはぎのような桜餅が。

つまり、この場には二種類の形をした桜餅が存在しているという話。


これは全く不思議な事実でした。同時に興味も惹かれます。

どうしてこうも姿かたちの異なる桜餅がこの世に存在するのでしょう?

私は少しの間考えるとおもむろに視線を前へ移し、「仕掛け人さま!」とあの人に向かって声をかけて。

――だけど、あうぅ、忘れていました。

話し合いたくとも彼の姿はここには無く、間抜けな私は
「もう、仕掛け人さまぁ~」と縋るような声を上げることに……。嗚呼、はしたない。

===

「やはり気づかれてしまったか」

さて、あれからしばらく経った後。
事務室に戻られた仕掛け人さまは、私の話を訊くなり笑ってそう答えられました。

どうやら二種類の桜餅が用意されていたのは偶然ではなく故意のようです。

「その通り、エミリーが言うように桜餅には種類が二つある。関東風の長命寺と、関西風の道明寺だ」

「長命寺と、道明寺。……どちらがどちらなのですか?」

「ええっと、こっちの生地を巻いてる方が長命寺で、おはぎみたいなのが道明寺さ」

そう言って、仕掛け人さまは二種類のお餅を示します。


「同じ名前なのに見た目が全然違うだろう?
なのに餡子を餅でくるむとこや、桜の葉っぱで巻いてるところはそっくりだ」

「そうですよね。名前もとても似ていますし」

「そう! どちらも"寺"の一字が入る」

と、言うことは! 私は挙手をするように手を上げると。

「はい、仕掛け人さま聞いてください!」

「おっ、なんだい?」

「つまりそれは、二つの桜餅はそれぞれお寺と関係した食べ物ということなのでしょうか?」

尋ねてみたまでは良かったのです。
ですが、仕掛け人さまは「ふっふっふ」と怪しい笑いを浮かべられ。

「その質問の答えについてはね、エミリー」

「は、はい!」

「自分で調べてみてごらん。――俺としては、見た目の違う二つのお菓子が
どちらも"桜餅"と呼ばれるようになったことに、不思議な縁と奇妙な面白さを感じたりしたものだけどね」

なんでもすぐに尋ねてしまう私にちちちと指を振ってみせると、
用意しておいたお茶に口をつけ、そのままはぐらかしてしまわれたのでした。



――ちなみに、です。後日、私が名前の由来を調べてお話したところ、
仕掛け人さまは「へー、そうだったのか!」と大変感心なさりました。


……答え、知らなかったのですね。もう! 仕掛け人さまったらっ!


「まっ、難しい話は抜きにして――食べるだろ、エミリー?」

「はい、いただきます」

「ロールケーキはお土産な」

「ありがとうございます♪」

「桜餅はどっちの種類も二つずつあるから、それぞれを一個ずつ半分こだ」

とはいえ初めて口にする桜餅です。

私は長命寺と道明寺、どちらを先に食べるか迷った末に長命寺の方を選びました。

理由は単純、こちらの方が指につき辛い形をしていたから。


「それに、どちらから食べても中身がある。……今回は、半分に割らずに済みそうです」

「ん? エミリー、何の話だ?」

「いえ、私の独り言で」

そうです、あれは鯛に関する超難題……。
でも今の話とは関係ないですから。

「じゃ、一緒に食べようか」

「はい♪」

長命寺を選んだ私とは違い、おはぎのような形の道明寺を食べることにした仕掛け人さまは、
お餅に巻かれている葉っぱの部分を指でつまみ――私もそれに倣うようにして、桜餅をお皿から持ち上げます。


それから、二人で声を合わせての「いただきます」。
美味しい和菓子に頬も落ちて……と、物事は進むハズだったのに。


「No!? し、し、仕掛け人さまっ!!?」


次の瞬間には事務室を揺らした私の声。
驚きの余り、葉っぱを剥いでいる途中だった桜餅を床へ落としてしまいます。

確かに勿体ないとは思いますが、今はそれどころでもありません。

なぜならば私の目の前で、仕掛け人さまが桜餅を使い"とんでもないこと"をなさったから。


私はしかと見ていました。仰天したように目を見開き、
「ろ、ろうひふぁんはえみひー?」なんて私に訊き返す仕掛け人さまのお口の中。

そこに桜餅、そしてそれを包んでいた"葉っぱ"まで一緒に入っていく瞬間(ところ)!!


「仕掛け人さま、大丈夫ですか!? は、葉っぱも一緒に食べるなんて……。ダメです! 早くぺってしてください、ぺっ!!」

ですが、彼はもごもごと口を動かしつつ。

「ひやひやひや、えみひー。ひゃふらもひのふぁっぱははへれふんは」

「Dude! 食べながら喋るのはお行儀が悪いです、飲み込んでください!」

「もへっ!!?」

刹那の返しで叱られて、仕掛け人さまはその目を白黒とさせましたが――
慌てる私の思いとは裏腹に、結局葉っぱと桜餅を、そのままごくりと飲み込んでしまったのです。

嗚呼っ、一体なんてことを!

>>9訂正

○「もへっ!!? ほ、ほっひにひろっへ……」
×「もへっ!!?」


「このままだと仕掛け人さまのおへそから、桜の新芽がスルスルと……!?」

「――ぷはっ! は、生えたりなんかすると怖いだろ」

「ですが西瓜の種ではそうなると……」

「ならないから大丈夫だよ、エミリー。――それにさっきも言ったけど、桜餅の葉っぱは食べれるんだ」

「えっ? た、食べられる……物なのですか?」

What!? ……そ、それは本当なのでしょうか?

疑うような視線を向けられた仕掛け人さまはニコニコと残りを食べています。
当然、その時には先ほどと同じように葉っぱも彼の口の中へ。

――私は床に落としてしまった桜餅を拾って片付けると。

「この葉っぱが、食べられる物……」

今度は半信半疑の思いでお皿に残っていた桜餅を自分の顔へと近づけて、
巻かれている葉っぱの匂いをすんすんと嗅いでみたのです。


「ふひゃ」

独特過ぎる強い香りに思わず顔がくしゃっとなって、情けない声が口から漏れます。
その姿がよっぽど可笑しかったのでしょう。

仕掛け人さまは笑いながら「葉っぱは塩漬けにしてあるんだ。
桜餅の香りの正体でもあるから食べた時の風味も強いけど、だからって食べちゃいけないワケじゃない」

「はうぅ~……そうだったんですね。だから仕掛け人さまはお餅ごと」

「でも正直な話、好き嫌いはかなり出ると思うよ。
俺だって指を必要以上にべたつかせたくなくてそのまま食べてるだけだから」

なるほど、そういう理由(ワケ)だったのですね。

私が全ての事柄に合点がいったと頷くと仕掛け人さまが言いました。


「それで、エミリーはお餅を食べないのかな?」

「た、食べます! ……それに良い機会ですから、私もこの葉っぱに挑戦してみますね」

そうして、私はおはぎのような桜餅をお皿の上から持ち上げると。

「あ……むっ」

柔らかい歯ごたえ、もちもちの食感、口いっぱいに広がって行く花の香り。
――餡とお餅の組み合わせは、事前の想像以上に素晴らしく。

「あみゅ、はぁ……。桜餅、抹茶が恋しくなる甘さでしゅ~♪」

私は仕掛け人さまが見ているのに、仕掛け人さまに見られているのに。

指先に引っ付く僅かな欠片まで勿体なく思ってしまい、
「チュッ♪」とはしたなく吸いついてしまったりしたのでした。

===
以上おしまい。新曲「はなしらべ」は良い物です。フェス限エミリーも良いものです。
アナザーはさらに良いけどピースが無い。自分は桜餅どころか柏餅も葉っぱを外す派です。

それと、英国だとDudeよりMateらしいけど言わせたかっただけなので細かいことは気にしてない。
さらにその後のWhatをWhat the fuck!?と続けるのは流石に変だろと止めました。

後は一応
・果物の砂糖煮詰→ジャム
・乳製品→クリーム(等)「乳製品巻き焼き菓子」より
・薄生地手巻き焼き洋菓子→クレープ
・透明食物容器→フードパック
…となります。が、あくまでこの作品内におけるエミリー語です

では、お読みいただきありがとうございました。

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