【ミリマス】君のその指にリースをはめて (24)

===
人間、柄にもないことするもんじゃない。
それと思いつきだけで行動するのもできれば止めておくべきだ。

金無いだらしない意地汚い、おまけにワガママ自分勝手。
日頃からダメ人間としての醜聞を、あらかた欲しいままにしているこの俺がだ。

ちょっとした気まぐれの結果として、こんな窮地に立たされてる。

「プロデューサー、私……!」

ああ、ああ! そんなに感極まっちゃって。
涙なんかも流しちゃって。

流石の俺にもこれは分かる。

確実に、今目の前にいるこの少女が取り返しのつかない
判断ミスを下した事が……そう! 言わずもがなさ、人生の!

「驚い……てます。でも、それと同じぐらいに嬉しくて……! どうしよう、うまく言葉が出てこない……」

そう言って、琴葉は涙も拭かずに微笑んだ。
その健気で儚い微笑みに、俺の良心がズキズキと痛む。

ああ全く、どうしてこんないい子なのに、人を見る目が無いんだか……。

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===1.
 
事のきっかけは数日前。いつも仕事でお世話になっている、とある知り合いに呼び出されたのが始まりだった。

待ち合わせ場所のカフェにつくと、周りは若い女の子だらけ。
それもそのハズ、この店はケーキが旨いと評判で、よく事務所の子達も話題に上げてる人気店。

そんなカフェの平均年齢を一人で上げてるその人は、
店に入って来た俺の姿を見つけるとケーキを食べてた手を止めて、「こっちこっち」と声を上げた。

「呼び出されるのはいいですけど、待ち合わせ場所はもう少し考えて欲しかったなぁ。正直ここ、俺には居心地悪いっス」

相手の姿を見つけるなり、愚痴が飛び出すのは悪い癖だ。
とはいえ直せる物なら直してる、二十年来のつきあいもある悪癖で……っと、それはいいや。

この店を指定した張本人である彼……いや、彼女は俺が席に着くや。

「ちょっとお姉さんすみません、この人にエスプレッソ一つ」

「小窯さん! 自分で注文できますよ」

ガタイが良い、声が太い、口周りには髭の剃り跡も。
しかし着ている服は女物で、仕草も優雅でそつがない。

そんな彼女に声をかけられた店員が、「かしこまりました」と若干引き気味の笑顔で去って行く。


「いいじゃない。君の好みは知ってるつもりよ」

手の甲にちょんと顎を乗せて、ニコリと笑う小窯さん。

「居心地悪いって言ったって、アナタ甘い物大好きな人じゃない」

「……そいつは否定しませんけど。アホほど苦いコーヒーと甘いお菓子の組み合わせ。これだけでご飯三杯はいけますし」

「悪食ね」

「例えですよ」

そして俺の好みもそうだけど、小窯さんは女心を分かってる。今までだってそうだった。
彼女のくれた些細な助言が何度仕事で役立ったことか……。

ああそうだ。そう考えるとこの人も、
そんなに悪い人じゃあないけども……どうにも見た目のインパクトがね。

「強すぎるのも考えもんだ」

「なに?」

「いえ何も。……それで、わざわざ電話してきてなんですか? またロコを貸し出す話でも?」

「そうそれ! 彼女にこの前イベントを、色々と手伝ってもらったでしょ。そのお礼と言うのもなんだけど――」

そうして小窯さんは持って来ていたポーチから、ある物を取り出して机の上に置いたんだ。

それはそう、例えるなら小さな宝石箱みたく。
いや、どんな角度から眺めても、紛れも無いそれは宝石箱。

そうだな……ちょうど、指輪を入れるのにいいぐらいの。


「あー……その、見事に四角い箱ですね」

「中身はもっと驚くわよ?」

言って、小窯さんは勿体つけるように蓋を開けた。
そうして箱の中身を覗き見た俺は、思わず息を飲んだんだ。

「ゴチャゴチャしてるぅっ!!」

「なぁーによぉ~う」

文句があるなら訊いてやんぞ? ってな調子で小窯さんは唇を尖らせる。

ハッキリ言ってその仕草は、可愛くない上に不気味だし、
箱に入っていたソレも案の定指輪だったけども。

……それにしたってこれはまた。
素人目でもヤバいと分かる装飾技法の全部乗せ。

ハッキリ言ってデザイン過多! 
世間にはさ、リースってのがございましょ?

いや賃貸契約の話じゃなくて、有名なところでクリスマスリース。
植物の蔓なんかを輪にしてさ、花なんかでデコレーションするアレねアレ。

で、指輪についてた装飾は正にそんな感じの代物で。
ちょうどリングをはめた時、そのリース部分が指の背に乗るようになっていた。

全体に渡る細かく綺麗な造りに職人の技が光ってることは分かるけど、シンプルさとは程遠い、
そのゴテゴテトゲトゲしたデザインはまるでそう――。

「ロコの作品じゃあるまいし」

「そのロコちゃんのイメージで作ったのよ」

小窯さんが宝石箱を手に取って、フフンと自慢げに鼻を鳴らす。


「今度の新作を持って来たの。日本じゃまだ発売してないんだけど、
正真正銘『OGAMA』ブランド、リースモチーフの指輪よ指輪!」

あ、やっぱり? リースが元になってんのね……とはいえ。

「またアホほどお高いんでしょう?」

「まぁ……そうね。アナタみたいな人にはね」

呆れたように放たれた、彼女の言いたいことは分かる。そりゃ、俺は金遣いの荒いので有名だけど。
それでもこんなワケのわからん指輪にだ、何万と出す奴の気が知れん!

「で、なんです? コイツをロコに渡してやればいいんですか?」

「そうなの、お願いできるかしら? 直接渡したっていいけれど、彼女、断っちゃう気がして」

「そりゃいくらお礼と言ったって、こんな高価な物はねぇ」

ロコの性格から考えても、十中八九断るだろ。
……けどそんな俺の乗り気じゃない雰囲気を察したのか、小窯さんは突然俺の手を握りしめ。

「でもアナタならきっと大丈夫! その人の都合なんて考えない、
強引で厚かましい性格ならきっとロコちゃんにだって渡せるわ!」

「褒めてんスか、貶してんスか! それが物を人に頼む態度ですかっ!」

結局指輪は押し付けられて、これじゃあどっちの方が強引だか分かったもんじゃありゃしない。

でもま、ご贔屓さんは大切に。引き受けましょうこのお使い。
……けどその代わりに次こそは、うちのアイドルにモデルの仕事を貰うかんな!

===2.

「ノーサンキューですプロデューサー」

「待って、まだ指輪を見せただけじゃないか」

「ワンコンタクトで分かります。その指輪は、ロコにはノットフィーリング……。ミスマッチですよ、それもかなり」

それだけ言うとロコはまた、鑿(のみ)打ち作業を再開する。
ここは765劇場工作室、別名ロコのアート小屋。

事務所きってのDIY……じゃない。美術担当であるロコは今、
どこから持って来たかも知れない丸太を相手に奮闘中。

一体何を作ってるやら。この前なんて泥船を
劇場の横にある海に浮かべて大はしゃぎ……って、今はその話は別にいいか。

俺は件の宝石箱を手に持ったまま、ロコの背中に話しかける。


「そんなつれないこと言わないで、ただ貰っちゃえばいいだけなんだしさ」

するとロコは困ったような顔をこちらに向け。

「ロコだって、オガマさんを嫌いなワケじゃないですけど。
だからこそそんな高価なプレゼントを、受け取るわけにはいきません」

「いやいやそんな安物だよ。ちょっと見た目が細々してるだけだってば」

でも俺のでまかせなんて彼女はお見通しのようで。
「それ、本気で言ってます?」なんて厳しい視線を返される。

普段はへにゃへにゃしてるのに、こと芸術が絡む話題の時は百合子より手強いのなんのって。

……しょうがない、作戦を少し変えてみるか。

「でもさ、人気の『OGAMA』の新作だよ? 日本じゃまだ発売すらしてないレアらしいし、
イマドキの子なら誰だって、欲しがるもんだと思うけどな」

「それこそ関係ないですよ! ムーブメントは乗るよりも、自分でフィーチャーできないと!」

おっとどうやらバッドコミュ。ロコは不機嫌そうに眉をしかめ、
手に持っていたノミとハンマーを真っ直ぐに、ビシッと俺に構えて見せた。


「それに、その作品からインスピレーションは受けましたし……ロコはそれだけで十分なの」

「……はいはい、大人の御意見で」

「理解できたならプロデューサー、そこのカンナを取って下さい」

「ほら」

「サンクスです!」

そうして道具を受け取ると、ロコはいつものふにゃっとした笑顔を浮かべて言ったんだ。

「後、グラティテュードならまた一緒にお仕事がしたいですね。……期待してますよ、プロデューサー!」

結局ロコは、予想通り指輪を受け取りはしなかった。

小窯さんは俺の図々しさに期待をしていたようだけど、
プロデューサーとしてはアイドルの自由意思を尊重。

受け取らないって言う物を、無理に渡して気分を損ねるのも得は無いし。
せっかくだからこの指輪は――。

「あ、そうだ」

「ん、なんだ?」

「その指輪、ちゃんとオガマさんに返してくださいね? セールオフなんかしちゃダメですよ」

ポッケに入れようとしたトコを、ロコに優しくとがめられる。
……ふっ、全く良い洞察力してやがるぜ。

だから俺は小さく肩をすくめると、誤魔化すために訊いたんだ。

「ところでロコ、何作ってんの?」

丸太を指さし尋ねてみる。すると彼女は腕を組み、笑顔のままでこう答えた。

「これはトーテムポールです! 社長から、劇場の玄関用オブジェを作ってくれって言われました♪」

……ホント、社長もなにを作らせてんだ?

===3.

――んでだ。

『でも返されたって困るのよねぇ。私の指には入らないし』

(そりゃそうだろな)

『もしあれなら、そっちで何かに使ってちょうだい。小道具なんかにもできるでしょ?』

なんてやり取りがその後にあったことにより、
俺の手には行き場を失くした指輪が一つ、転がり込んで来たってワケ。

でもね、正直困ったよ。

金に出来ない相手もいない、持っててなんにも良いこと無し。

「なら私が貰ってあげるわよ」

「やらん! タダでくれてやるには惜しすぎるっ!」

事務所に戻って自分のデスク。

指輪を持て余してた俺にからかうように言ってきた、伊織にフシャっと牙を剥く。

……にしてもアレだ。何やってんだコイツらは? 
ひぃふぅ四、五人のアイドルが、色紙なんかを切った貼った。

事務所のあちこちを飾り付け、まるでそう、パーティーの準備をするみたいに。

「はあ? アンタ本気で言ってんの?」

するとだ。現場を指揮している伊織に、見事なまでに呆れられる。
……なんだよぉ。こっちはただ、質問をしただけじゃあないか。


「今日は何の日? 言ってみなさい」

「今日? 世界教師デー」

「おバカ」

「違った? じゃあ……時刻表記念日!」

「バ・カ」

「そんな心底見下げて言わずとも……」

卓上カレンダー記念日集を放り投げ、俺はホワイトボードへと目をやった。
なにか予定があったなら、いつも答えはソコにある……って、ああ!

「琴葉! 琴葉の誕生日だっ!」

「……本気で忘れてたワケ、アンタ」

「いやいやいや、来月と勘違いしてたかなぁ~……。くっあ~! 時間の流れの早いこと! プレゼント用意してねーや」

とはいえコイツは困ったぞ。忘れてたワケじゃあ無いんだが、そう! 断じて忘れてたワケじゃあないんだが、
いつも劇場のため事務所のため、頑張ってくれてる相手だから。

何かそれなりに喜んでもらえるよう、素敵プレゼントを用意しなきゃ。

「ああ、でも相手は琴葉だしな。なに渡したって喜びそうなもんだしさ――」

そう、そうだ、そうなのだ。琴葉と言えば優等生。
例えこっちの食べかけアイスでも、あげりゃあ受け取る優しい子
(しかし、それを食べるかと言うと話はまたまた別になる)

正直間に合わせたような、しょーもないプレゼントでも喜んではくれるだろうけど。


「アンタ、その顔ちょっと待って」

「な、なんだよ伊織? 言いたそうだな」

「一応聞いてあげるけど、プレゼントの当て、あるの?」

そう訊いて来たおでこお嬢さんのその顔は、友人を心配する時に見せる顔。
そうだなここはまた一つ、センスのよさげな贈り物を彼女に相談するべきか。

「言われてパッと浮かんだのが、飯を奢るとか文房具とか……。封を開けてないボールペン?」

「お・バ・カ・!」

「琴葉はアイスが好きだから、業務用アイスの詰め合わせを」

「この寒い中アイスを贈ってどうすんの! 琴葉のお腹を下さす気?」

「ああそっか。……だったらほら、下痢止めと一緒に胃腸薬を――がっ!?」

だがしかし、俺の台詞は途中で伊織に遮られた。

見事に繰り出された手刀が俺のダメ脳細胞をしっかり刺激。
その衝撃はパルスとなり、凝り固まった脳の動きをいい塩梅でほぐしたのだ。


「――まぁ琴葉みたいな女の子ならファッション関係が妥当だな。
形に残り、普段使いできて、センスもよろしいそんな一品。

いつもは大人しく真面目な服の彼女だから、贈るなら少し冒険して……
恵美やエレナが着てるような、アクティブな印象になるようなさ」

「え、ええ」

「もしくはシックな大人路線。風花はちょっと子供っぽいから、参考にするならあずささんか。
そうそう意外に小鳥さんも、私服のセンスが中々で……。バーにそのまま入っても、馴染めるような大人の服を――」

「待って、待って、待ちなさいよ」

「なんだよ伊織、水を差すな。今俺すっげー琴葉考えてる!」

「分かったから私の話も聞きなさい! 一旦落ち着きなさいって言ってるの!」

イライラしている伊織に怒鳴られ、俺は教師を前にした生徒のように両手を膝の上に置いた。
居住まいをキッチリ正してから、伊織先生の次の言葉を待つ。


「アンタが服をプレゼントするのは分かったけど、別に小物をあげても構わないのよ?」

「小物?」

「ネックレスとかブローチとか、帽子に眼鏡に指輪に腕輪。
琴葉にプレゼントするつもりなら、カチューシャやヘアバンドも外せないわ」

「ああ、アクセサリーのこと? ……いるかぁ?」

「当然! その組み合わせでファッションの個性を演出するんじゃない」

両手を自分の腰に当て、伊織が俺を見下した。

「それに服よりお金もかからないし。……アンタ、月初めなのにお財布がもう空なんでしょ? 歌織から、競馬の一件聞いてるわよ」

う、ぐっ! 触れられたくない過去の過ちを平然とほじくり返す奴め……!

「言われたことは事実だが、人の懐具合を見透かすなっ!」

「助言をあげてるんじゃないの。アンタが、食うに困ったりしないように!」

「み、美奈子を頼るからいいもんねー!」

「度を過ぎてるから言ってるの! 文字通りアンタは人の厚意を食い物にして生きてる生き物なんだからっ!!」

それからおよそ五分弱、俺たちは口汚くお互いのことを罵って。

「とーにーかーくっ! 服は私がプレゼントするためにもう準備しちゃってるんだから!
アンタは用意してる小物を、琴葉に渡せばいいだけなの!」

「あっ、ずりぃ! 要するにお前仕込む気だな? 自前で一式用意しちゃ、琴葉が気を遣うとか思ってさ!」

「そうよ、悪い? 水瀬のカワイイ伊織ちゃんは、相手に気遣いさせないうちにこっちの目的も達するの!」

「それじゃあ俺、ただのプレゼント渡し係じゃん!」

「それぐらいできなくてどーすんのよ! アンタ私の下僕でしょー!?」


さらにそれから十数分、口論は激しく続いたのだ。

すると最終的には伊織も折れて
「だったら何か一つぐらい、キチンとしたもの渡したら」なんてこっちの意見も聞いてくれた。

「やったぜ! それじゃあ封の開いてないこのタオルを――」

「キチンとしているプ・レ・ゼ・ン・ト・! 小物! ジュエル! 装身具!」

「お客さん装備していくかい?」

「このバカ! 大馬鹿! バカたーれんっ! アクセサリーだって言ってんの!!」

「分かった分かった分かってるよ! 睨み殺すように俺を見るな!」

とはいえ、琴葉にプレゼントできるような都合のいいアクセサリーが――おっ!

「そうだ、指輪! この指輪!」

「はぁ?」

「天の助けだぁ……!」

「ちょっとアンタ待ちなさいよ。それって元々ロコ宛ての、小窯さんからの貰い物でしょ?」

「資産の有効活用だよ。金は天下の回りものって言うだろうが」

うんうん、我ながら実にナイスなその場しのぎ――ではなく思いつき!

指輪はプレゼントの定番だし、人気ブランドの商品だし、
希少性もあって自慢もできるし良いこと尽くしで間違いない!

……なんてことを俺が一人で喜んでると、
伊織が頭を押さえてから大きなため息をついたんだ。……呆れながら。


「アンタみたいな人間がね、付き合ってる子全員におんなじ贈り物を用意しちゃって後から物凄い修羅場――あ、しまった」

「なに?」

「ごめんなさ~い♪ よくよく考えるまでもなく、アンタに彼女なんていなかったわ!
まして複数人と付き合うような、甲斐性があるワケでもないし……にひひっ♪」

このおデコめ、あからさまに人を馬鹿にして……でもいいさ。

プレゼントの問題も解決して、琴葉の誕生日も思い出した。
今の俺に、憂いるような問題は無し!

こうして心軽くなった俺は、事務所の飾りつけを手伝いながら琴葉が戻るのを待ったんだ。
……指輪を渡したその結果、どんな反応が返って来るかなんてことまで気にせずに。

===4.

そして、話は冒頭に繋がるのだ。

「驚い……てます。でも、それと同じぐらいに嬉しくて……! どうしよう、うまく言葉が出てこないや……」

そうだな琴葉、実のところ……俺もおんなじ気持ちだよ。
今置かれているこの状況を、なるべく言葉にしたくない!

指輪を渡して嬉しいと、喜んでもらうのは想定内。
だが嬉しいと、泣き出されるのは正直こっちの想定外。

「……パーティが終わって、事務所の屋上に呼び出されて……。こっそり渡されたプレゼントが、こんなに素敵な指輪なんて」

「うん、まぁ、恥ずかしいしな。他の連中に見られると」

「私、す、すぐには答えられませんけど……い、一生、大事にしますっ!」

「あ、そう? それだけ喜んでもらえると、俺も渡した甲斐があるってもんで……」

穏やかな月明りと街灯りが、逢引きと洒落込む夜の屋上で。
琴葉は宝石箱を目線の高さに掲げると、改めて指輪をじっくり眺め出した。

涙はまだ、止まってない。
キラリと光を反射するその輝きの元は指輪なんだか涙なんだか。

とにかく、その……横顔が、
闇色のベールに包まれたようにぼやけて見えたものだから。


「プロデューサー」

「ん、なに?」

「これ、今ココでつけてみてもいいですか?」

「あ……ああいいよ! ぜひ琴葉の感想も聞きたいしな!」

四角い箱の台座から、琴葉が指輪を手に取った。
空っぽになった入れ物は、俺が邪魔にならないように受け取って。

それから琴葉は迷うことなく、指輪を左手の薬指に通したんだ。

そうして左手をこちらに向けて、無言ではにかむものだから。
こっちも苦し紛れの微笑みを、彼女に返すしか術もなく。

「……ど、どうでしょう?」

「うん、その……似合ってるよ!」

「そうですか? ……なんだか少し、照れ臭いですね、こういうの」

もしもし琴葉、こっち向け? そこで視線を逸らされると、物凄く俺も気まずいんだ。
なんていうか、ただプレゼントしてるだけのハズなのに、それ以上の深い意味が育ち始めているようで……。

いやいやいやいやだからこそ、俺はここで一言ガツンと言わねばならぬのだ!
琴葉が道を踏み外す前に、照れてる彼女に近づいて百年の恋も冷めるような歯の浮く台詞をぶちかますっ!!

「でもこては――」
「えっ?」

「いや琴葉……すまん、ちょっと噛んじまって」

「……ふふっ、落ち着いてくださいプロデューサー。……なんですか?」

優しく発言を促される、俺は小学生かってーのっ!
ああ畜生、穴があったら恥ずかしい……。

だが、だがだ! 恥はかき捨て熱さは喉元、鉄は熱いうちに打てと言う!

「琴葉――俺の正直な感想を聞いてくれ」

「……はい」

「確かに指輪は似合ってるが……君の宝石みたいな涙の方が、アクセサリーとしては素敵だよ」



…………よし言った、言ってやった!
スカした態度の男みたく、歯の浮く台詞をぶちかました! 

引け~、退くんだ田中琴葉!
恋に浮ついたその瞳を、ゴミを見下す瞳に変えるんだ!!

「はぁっ……!」

なのに……なのにどうしてなんだよ琴葉ぁ~!?

どうして君は顔を伏せて、屋上の欄干に寄りかかる? 
今の結構キツかったよ? 自分で言っててなんだけど、だいぶ心折れているからね?

===

……でもま、そんなどうにもこうにものぼせ上がってた俺たちを、
夜風がすっかり冷ますまでにそれ程時間はいらなかった。

今、琴葉は指輪をつけたまま、欄干に背中を預けて座っていて。
俺もそんな彼女の隣に立ち、街の明かりを眺めていた。

とはいえ、いくら隣と言ったって、
俺たち二人の間には茜ちゃん人形一体分のスペースをちゃんと空けていたけれど。

涙を指で拭きながら、しゃがんでる琴葉が俺に言う。

「あの、プロデューサー……ど、どうして隣に?」

「いや、風よけぐらいにはなるかなって」

「あ、そう、そうですか……。あ、ありがとうございます」

「別にお礼を言われるほどのことじゃ。……夜風に当たり過ぎたせいで、腹でも壊されちゃ困るしさ」

「えっ? お腹を――」

「ああいや別に……なんでもない。こっちの話」

取り留めも無い会話から、続く沈黙何か言わなきゃ。

……そう! 何はともあれ謝るべき。
さっきの妙な行動についても弁明をしておくべきだろう。


「なぁ琴葉」

「は、はい!」

「……なんか、テンション変だったな」

「……私もその……舞い上がってました。色々と」

うーんダメだ。このやり取りはミスチョイス。

しかしこのまま俺一人だけ、屋上を離れるのはどうにも気まずくなっちゃうし。
一緒に事務所に戻るには、二人の仲がぎこちない。

平常心だ平常心……深呼吸でもしてみるかなぁ。

「……あの」

「ん~?」

そうしてだ。俺が夜の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込むと、
まるでその動きに合わせるように琴葉がゆっくり立ち上がった。

俺も静かに上げてた両手を降ろし(もちろん息も吐きながら)琴葉の方へと顔を向ける。

すると彼女は、手元の指輪を眺めながら。

「この指輪……なんだか、お守りみたいな指輪ですね」

恐らくは、例の装飾部分を言ってるんだろう。
俺は小窯さんの台詞を思い出し、琴葉に「それな」と答えてあげる。

「デザインをした小窯さんも、リースがなんとかかんだとか」

「リース?」

「ほら、クリスマスによく玄関を飾ってるさ。魔除けみたいなアレだよアレ」


すると琴葉は、一瞬きょとんとした顔になって。

「プロデューサー? ……リースに込められた願いは、魔除けだけじゃないですよ」

「えっ」

「むしろ、どちらかと言えば永遠の――幸せとか」

「幸せ」

「愛情とか」

「愛情」

「ずっと一緒に離れないとか。玄関扉に飾るのも、
出掛けた人が無事に家に帰って来れるよう、安全を祈願するような意味合いが」

「へぇ~、よく知ってるなぁ」

「その……以前ブライダルのお仕事を受けた時に、色々調べたりしましたから」

「ああ、そう言えばそんな仕事もあったっけ。琴葉がウェディングドレス着た」

「そっ、それでその! 実は、リースにはウェディング――」

「なーるほどねぇ。琴葉は、そういう些細なこともちゃんと覚えていて偉いよな。俺なんかとは大違いだ!」

そうそう、あの時の彼女は綺麗だったな。
写真の撮影中なんて、娘を嫁に出す父親の気持ちを味わったもんだ。

……俺、結婚なんてしてないけどさ。


「……そうですか? プロデューサーが、忘れすぎてるだけの気もしますけど」

そう言って笑った琴葉の顔は、どこか「仕方ないな」って感じの笑顔だったけど。
なんとなく……そう、なんとなく。二人の間の距離感は、いつも通りのゆるーい感じに戻っていて。

「……そろそろ、戻るか?」

「……涙の痕が恥ずかしいから。落ち着くまで、もう少しここに居たいんです」

「そう? ……ならそんな琴葉を一人置いて、俺だけ戻るわけにもいかないな」

自然と、俺たち二人は欄干に肘を置くようにもたれかかって。
無数に輝く街灯りを眺めていると、琴葉がポツリと呟いた。

「……街の灯が」

「ん?」

「バースデーケーキの、ロウソクみたい……」

……うん、まぁ、確かに彼女の言う通り。
目の前に広がる夜景と言ったら、そんな風にも見えはする。

光の海だなんて表現が、あながち的外れでもないように。
……でもこれが琴葉の言う通り、ケーキのロウソクだったならさ。

「琴葉、お前一体何歳まで生きるつもりだ?」

すると彼女はしばし考え、茶目っ気タップリに言ったんだ。

「それこそ星の数程の年月を、一緒に過ごせると思いません?」

「……健康には、気を付けるよ」

「はい! ……約束を、破っちゃ嫌ですよプロデューサー。
私、いつまでもアナタを待ってますから。……さいごには、帰って来てくれますようにって」

そんな琴葉が俺に向ける、まるで憑き物の落ちたようなサッパリした笑顔を見ていると
……俺ももう少しだけ真人間にならなきゃいけないなぁと、反省させられる思いなのだ。

===
以上おしまい。琴葉誕生日おめでとう! …にしても、今年のプレゼントは何をあげたか不明って。

では、お読みいただきありがとうございました。

指輪にそんな秘密が....
http://i.imgur.com/PDmdgZC.jpg
乙です

>>1
田中琴葉(18) Vo/Pr
http://i.imgur.com/nWx3NuB.jpg
http://i.imgur.com/NrT5jgW.jpg

>>6
ロコ(15) Vi/Fa
http://i.imgur.com/jD7Zpgg.jpg
http://i.imgur.com/6vr5piz.jpg

>>9
水瀬伊織(15) Vo/Fa
http://i.imgur.com/F26lWSz.jpg
http://i.imgur.com/ryy0RgG.jpg

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