荒木比奈「だらしない私」 (10)
「……だらしないっていうのはほんとっス」
「部屋の片付けは後に回しちゃうし、着る服はだぼだぼで見た目より楽なのを取っちゃって。休みの日はごろごろ、外に出る訳でもなくだらだら過ごして」
「だらしないのはほんとっス。プロデューサーにも言われる通り」
「最近は、まあ一応アイドルなわけで。だからそれなりに気を付けて、お洒落とかにも割と前向きに取り組んでいるわけっスけど……それでも基本、本質的に私はこうでスし。特にプロデューサーの前ってなると、どうしようもなくだらしない格好ばっかり見せてて」
「だからほんとっス。私がだらしない、っていうそれは」
「ほんと。本当。……でも、プロデューサー」
「それはちゃんとほんとっスけど……でも、それだけってわけでもないんスよ……?」
自分の部屋の中。普段は一人のこの部屋の中に、今は私とプロデューサーの二人きり。
いつか初めて部屋の中を見られたとき。片付いてない部屋の光景や、ただ最低限着ているだけのほとんど下着姿と変わらないような格好を見られて、それから時々「だらしないところは直さないと」なんて言って片付けやら服の見立てやらをしに来てくれるようになったプロデューサー。それを今日も迎え入れて、そうして今は二人きり。
いつものようにまるで母親みたいなお小言を投げつけられながら部屋の片付けをして、それから着せ替え人形になったりして。途中ご飯を食べたり、なんでもない会話を交わしたりなんかして過ごして。そして今、日も落ちたすっかり暗い夜。
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「私も昔とは違うんでス。片付けだってできまス。服を選ぶことだってできまス。今の私は昔の私とは違う……昔の私と違って、今の私はプロデューサーのアイドル……プロデューサーの、私なんスから」
「だからできまス。片付けも服選びも。プロデューサーが恥ずかしくならないよう……そういう、女子っぽいことだってちゃんと」
ベッドの上。普段自分が身体を寝かせているそこ。二人で横になるには少し狭いくらいのそこへ、今私はプロデューサーを押し倒している。
押し倒す……というよりも、寄り掛かったのを受け止めてもらっているような格好で。上へ乗りながら、自分でこんな状況を作っておきながら、なのにふるふる震えて。
きっと顔も赤い。どくんどくん跳ねる胸の鼓動と全身を走る痺れや震えに振り回されて、なんだか意識もはっきりしていない。
興奮と緊張と。期待と不安と。ぐるぐる渦を巻いて混ざりあうそんないろんな想いに溢れながら、だんだん荒くなるのを止められない吐息と一緒に言葉を続けて送る。
「今と昔は違う。……とはいえ私は結局私っス。だから基本の根っこのところは変わりません。何度も言ってる通り、だらしないのはどうしようもなくほんとなんス」
「だから今でもだらしない。なんでもないとき、なんでもない相手と会うときは変わりません。私は今でもだらしないんス」
「だらしない。……なんでもないとき。なんでもない相手。……それから、プロデューサーとのときだけは」
ほんの少し。たった手のひら一つ分を動かすだけ。それだけのことにも一々覚悟を決めながら。それまでプロデューサーの肩へ置いていた手、そうしてプロデューサーのことを押さえつけていた手を上へ。突然のことに戸惑った顔をしているプロデューサーの頬まで動かして、そっと優しくそこへ添わせる。
汗に濡れた手のひらから伝ってくるプロデューサーの感触。柔らかい中に男の人らしい固さを秘めた、私のそこと同じようにじわりと火照って熱を持ち始めているそこ。その感触と熱を感じて、お腹の奥がずくんと疼く。
胸の高鳴りが激しく、痺れや震えが甘く深くなってくる。目の前の相手への想いが溢れてきて止まらず、心も身体もどうしようもなく蕩けていく。
「なんで……なんでそうなのか、わかりまスか?」
「プロデューサーはなんでもない相手なんかじゃありません。私にとって心の底から大切な、かけがえのない相手」
「なのにそうなのは。他の大切な人たち……アイドルのみんな、事務所のみんなとは違う。そんなみんなとは違って、だらしないのは」
「私がプロデューサーの前でだらしないのは」
ぺたん。身体を倒す。
それまで膝を立てて浮かせていた身体を下へ。プロデューサーの身体へと沈めて重ねる。
胸は胸へ。お腹はお腹へ。足は足へ。プロデューサーの身体へ自分の身体の同じ部分を乗せて、そうして押しつく。
間に薄布を……自分の身体にはだいぶ大きいだぼだぼの、中が透けて見えるような薄い布。それ一枚だけをだらしなく羽織っただけの私。プロデューサーとの間にはそれと、プロデューサーのシャツ一枚だけ。それだけ、たったその二枚だけを挟んで重なる。
そんな、まるで間に何もないような近さで触れ合って。だから当然いろいろな熱や震えも余さず伝わってくる。それにたまらなくなりながら……吐く度に喉が焼けてしまいそうになるほど熱い吐息、すっかりとろとろと頭を惚けさせながらそれをプロデューサーへ吐いて尽くして、そうして言葉を先へ。
「こんなに散らかしてるのは。プロデューサーが来る度にいつもいつも……決まって下着や恋愛物の漫画の下書きばかり、いつでもだらしなく散らかってるのは」
「何か一枚羽織ってるだけ。ほとんど下着も着けないで、いつもいつも毎回必ずそんなだらしない格好で居るのは」
「だらだらだらけて……だらけるふうにして、いろいろ無防備に晒してるのは。だらしなく思われてるのを良いことにだらけるふりをして、そうして甘えてみたり触れてみたりするのは」
「なんでなのか。ねぇ、わかりまスか?」
ずい、と近づいて。
戸惑いながらもまっすぐ視線を送ってきてくれるプロデューサー。その顔へ、自分の顔を近づけ寄せる。
吐きかけるようにしなくても、ただ自然にいるだけで吐息がかかる距離。互いの吐息が混ざる、本当にほんのわずかな最低限の間しか持たない近い距離。
「好きなんでス」
「好き。……大好きなんでスよ、私は」
「プロデューサーのことが、他のどんな誰よりも大好きなんでス」
言う。
きっとバレている。触れた頬を通じて私が小刻みに震えているのは。重なった胸を伝って私の鼓動が跳ねているのは。きっと全部バレている。
バレていて。それを自分でも自覚しながら、それでも言う。
蕩けきってはっきりしない頭で、それでもなんとか精一杯の勇気を振り絞って。
「いつも、誘ってました」
「意識してくれたら。そんなふうに思いながら、いつもプロデューサーの前ではだらしなくいたんでス」
「だらしなくしてれば構ってもらえる。プロデューサーが私のこと気にかけてくれる。それに甘えて、一緒にいたくてだらしなくして」
「『だらしないから』『仕方ないなぁ』そんなふうに思われて、だから半ば注意するのも諦められてるのを良いことにいろいろ……だらしないのを建前に、プロデューサーへアピールしたりなんかして」
「そうして誘ってたんでス」
「いつもいつも。恥ずかしくて叫んじゃいそうになるのを堪えながら、どうしようもなくドキドキしてるのを隠しながら……プロデューサーのこと、誘惑してたんスよ……?」
昂るのが止まらない。湧き出てくる想いを抑えられず、それにすっかり溺れてしまって。そうしてどんどんと昂ってしまう。
プロデューサーに昂って。その昂りのまま、勝手に身体が動いてしまう。すりすり、擦りつく。むにゅむにゅ、押しつく。自分の意思とは関係なく……本心で自分の望む通り、そうしてプロデューサーを求めてしまう。
「アロマを焚いてみたり。ジャスミンティーを淹れて、チョコレートを出してみたり。似合わないのはわかってて、でもそういう努力もしてたんでスよ」
「本物の媚薬。とかそういうのは……手に入らないこともないんでしょうけど、でもそれを使うような勇気はなくて。だからそんな、媚薬みたいな効果があるらしいーなんてものを揃えてみたりして」
「まあ、プロデューサーはそこまで食べたり飲んだりしてくれませんでしたから。なかなか思ったようにはならなかったんでスけど」
そこまで言って一旦止めて、唇を耳元へ。
そしてそっと「おかげでいつも、私のほうばかり興奮しっぱなしだったんでス。プロデューサーを見送った後、いっつも一人で大変だったんでスからね……?」なんて囁いて。
それにびくん、と震えたのを感じてからキスを落とす。小さく一瞬だけ、耳へ落とす誘惑のキス。
「今も」
「今も私……興奮してまス。いつもよりもずっと……こんな、いつもはしないことをしちゃうくらい」
「プロデューサーのことが大好きだ、って。プロデューサーと繋がりたい、って。そんな想いを抑えられなくなるくらい」
「興奮、しちゃってるんでス」
戸惑いの中にいながら、けれど「比奈」と私の名前を口に出すプロデューサー。
下へ敷いた身体が動くのをもう一度押さえ込む。固まっていた身体が動き出そうとするのを押さえ込んで、そうして重なったまま囁き続ける。
「もし嫌だったら押し退けてください。そうしたら……受け入れてもらえるまで、精一杯誘惑しまス」
「もし嫌じゃないと思ってくれてるのなら抱き締めてください。私の全部を懸けて尽くしまス」
「もう止まれません。……止まるつもりもありません」
「プロデューサー……大好き。愛してまス」
ちゅっ、ちゅ。囁きながらキス。
何度も何度も耳へキス。誘惑のキスを繰り返す。
いつか漫画で書いたような。いつか「自分もこんなふうに」と憧れていたような。いつも眠りに落ちる前プロデューサーを相手に夢見ていたような。それを叶える。
溢れて止まらない想いのまま、プロデューサーを求めて愛する。
「全部、全部、私をあげまス。だからプロデューサー……私のこと、貰ってくれませんか……?」
以上になります。
高垣楓「だらだら。ただ貴方と重なって」
高垣楓「だらだら。ただ貴方と重なって」 - SSまとめ速報
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前に書いたものなど。よろしければ。
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