渋谷凛「ワンポイント」 (19)
午前中のお仕事を終え、夏の暑さから逃げるようにして事務所に入る。
すれ違う社員の人たちにお疲れ様ですと挨拶をしながらソファを目指す。
先客がいないことを確認して、ソファに荷物を置いて、冷蔵庫から私の名前が書かれたお茶が入ったペットボトルを取り出した。
再びソファまで戻り、どさっと腰掛けてペットボトルを開ける。
一気に半分ほど飲み干すと、体が一気に冷えていく。
ふぅ、と一息ついて、プロデューサーの姿を探すと、プロデューサーはデスクで何やら忙しそうにしていた。
今は邪魔しない方がいいかな。
時間ありそうなら一緒にお昼でも、と思ったんだけど。
残念だ。
心の中で呟いて、マガジンラックからファッション雑誌を抜き取った。
これかわいいなぁだとか、これは誰々に似合いそうだとか、そんな感じで雑誌を眺める。
しばらく夢中で雑誌をぱらぱらとして、帽子の特集を読んでいたところ、不意に後ろから声をかけられた。
「変装、嫌いじゃなかったっけ」
振り返ると、そこにはソファに肘をかけて、私の手元の雑誌を覗きこむプロデューサーがいた。
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○
「別に、嫌いってわけでもないよ。必要ならするし」
雑誌をぱたんと閉じて、左に詰めて座り直し、隣の空間をぽんぽんと叩いて「座ったら?」と促すとプロデューサーは「失礼します」と笑って私の隣に腰掛けた。
「そうだっけ。まぁいいや。昼メシ行かない? 次の仕事は夕方からだから時間あるだろ」
「うん。私もそう思ってたんだけど、来たときはプロデューサー忙しそうだったから」
「あー。気をつかわせて申し訳ないな」
「全然。ほら、行くなら早く行こうよ」
雑誌をマガジンラックに戻して、すっと立ち上がる。
「財布と車の鍵持って来るから待っててよ」
「じゃあ駐車場で待ってるよ」
「外で待ってると暑いだろ」
「私が溶ける前に来てね」
あわあわと自分のデスクに駆け戻るプロデューサーにひらひらと手を振って、事務所を出た。
○
私が駐車場に到着して数十秒後、プロデューサーもやってきた。
肩で息をしながら。
「そんなに急いでくることないのに」
「急いで来させたのはどこの誰だろうな」
「さぁ、誰だろうね」
軽口を叩き合いながら車に乗り込む。
「あっついなぁ」
「エアコン効いてくるまで我慢してくれ」
「せっかく走って来てもらったのに、こんな暑いと車の中でも溶けちゃうかもね」
「はいはい。……で、何が食べたい?」
「んー。考えてなかった」
「頭にぱっ、と浮かんできたもので」
「ピザ」
「じゃあ、決定」
いつもながらテキトーな決め方だ。
○
イタリアンのお店に到着して、メニューを開く。
「二種類頼んでさ、シェアしようよ」
「他に何か頼む?」
「ピザだけでいいよ」
「なら、どれがいい?」
「どれだっけ。ハチミツかけるピザ」
「これでしょ、クワトロフォルマッジ。もう一つは?」
「そう、それ。もう一つはプロデューサー決めなよ」
「スタンダードにマルゲリータなんかでいいかな」
「私はなんでも大丈夫だってば」
「じゃあ、それで」
そうして店員さんを呼んで、注文をした。
○
ピザが来るのを待つ間に、サラダバーへサラダを取りに行く。
プロデューサーが「荷物は見ておくから先に取って来ていいよ」と言ってくれたから、その言葉に甘えてカラフルな野菜たちを物色した。
彩りなんかも気にしながら、小皿に野菜を盛って、席へと戻った。
「流石お花屋さん」
「え、何が」
「いつもながら、盛り方が綺麗だなって思ってさ」
「そうかな。そうかも」
「次、俺取ってくるから荷物見てて」
「うん」
○
プロデューサーがサラダバーから戻ってきて数分の後に、ピザが運ばれてきた。
両手を合わせて、揃って「いただきます」をしてピザを頬張った。
ハチミツの甘さとチーズのしょっぱさの両方が口いっぱいに広がる。
「おいしそうに食べるね」
私を見て、にこにこしているプロデューサーがいた。
「そんなにおいしそうな顔してた?」
「うん。すごく」
「まぁ、うん。おいしいよ。すごく」
「そりゃよかった」
くすくす笑って、「こっちもどうぞ」とマルゲリータを私の方のお皿に乗せてくれた。
「ありがと」
○
やがて、お皿の上は空っぽになって、その代わりに私たちのお腹がいっぱいになった。
「そろそろ出るか」
「そうだね」
席を立って、お会計を済ませ、お店の外へ出た。
「暑いね」
「暑いなぁ」
「プロデューサーはこの後どうするの?」
「どうしようかな。凛をスタジオまで送ってってもいいけど、まだ早いよな」
「そうじゃなくて。今日、ホントはお休みでしょ? 何で駆り出されてたかはわかんないけど、お仕事終わったなら私に構わずたまには休んだらいいのに、と思って」
「じゃあ、たまには買い物でも行こうかな。夕方まで」
「はぁ。もう、私の話聞いてた?」
「ついて来る?」
「行くけどさ」
○
そんなやり取りを経て、私たちはショッピングモールへとやってきた。
いろんなお店を冷かして、ふらりと帽子屋さんに立ち寄る。
「プロデューサー、選んでよ。私はそれ買うからさ」
「え、そんなテキトーでいいの? 自信ないな」
「だったら、私が次々にかぶるからどれがいいか教えて」
たくさん並んでいる帽子を一つ手に取って、頭に乗せプロデューサーの方を向く。
「これは?」
「いいね。似合うよ」
かぶっていた帽子を棚に戻して、違うものをまた手に取って頭に乗せる。
「じゃあこれは?」
「うん。かわいいと思うよ」
なんてことを、何度も何度も繰り返した。
「ねぇ、選ぶ気ある?」
「嘘は言ってないし、一つを選ぶとなると、どうしてもなぁ」
「いや、わかるけどさ。お金がいくらあっても足りないよ」
呆れて私がそう言うと、プロデューサーは腕を組んで「うーん」と唸った。
○
どうにも決まらないみたいだったから、最終的に勢いで決めてもらうことにした。
「さん、にー、いち、はい!」という私の掛け声に合わせてプロデューサーが帽子を指で示す。
選んだのは、ロゴがワンポイントで入ったキャップだった。
「悩んだ割に、普通じゃない?」
「だめだった?」
「んーん。これがいいと思ったんでしょ? なら、私もこれがいいよ」
プロデューサーが手を伸ばすより先にキャップを手に取る。
「自分で買うから」
「ばれてた?」
「ばればれ。ほら、お店の外で待っててよ」
お金を払うときに「そのままかぶっていきます」とタグを取ってもらった。
○
「やっぱり似合うね」
「でしょ」
「食料品、買ってもいい?」
「うん。プロデューサーも自炊とかするんだ」
「本当に時間があるときだけ。普段はめんどくさくて外食とか冷凍食品とか、そんな感じ」
「あんまり体に悪いものばっかり食べちゃダメだよ」
「じゃあ体に悪いもの買わないように監視しといて」
「ふふっ、了解」
○
食料品売り場に来て、カゴにあれこれと入れていく。
「食べるの俺だけだし、今日の夜と明日の朝の分があれば十分だぞ」
「それもそっか」
「何か欲しい物ある?」
「ないかな」
レジを通して、買ったものをもらった袋に詰め直して、車へと戻った。
○
「スタジオ直行でいい?」
「事務所でいいよ」
「そう変わらないし、遠慮しなくていいよ」
「……スタジオで」
「ん。最初からそう言えばいいのに」
言えるわけないでしょ、そんな図々しいこと。という反論を飲みこんで「ありがと」と返した。
○
スタジオの前で降ろしてもらって、フロントドアのガラスをこんこんと叩くとゆっくりと窓が下がる。
「今日はありがとね。楽しかったよ」
「こちらこそ。仕事、頑張ってな」
「うん。というか、せっかくのお休みなのにこんな時間まで付き合わせてごめんね」
「謝ることないって。俺が好きでやってるんだからさ」
「でも、ただでさえあんまりお休みがないのに、それを私のために使うなんてもったいなくないかな」
「んー。何て言えばいいのかな。これが楽しいんだよ、実際」
「私といるのが?」
「凛といるのが」
「そっか、そっか」
「何だよ。にやにやして」
「ほんとに好きだよね。私のこと」
人差し指でプロデューサーを小突いて、スタジオへと駆け入った。
さぁ、お仕事頑張ろう。
おわり
乙です。
何か嫉妬より「さっさと 独立出来る位力付けろ」とPをどやしつけたくなる。
つかショップに「渋谷凛来店なう」とか呟かれないのか?
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