渋谷凛「甘さ控えめ。気持ち適量」 (17)


みんなの“好き”が形を成して飛び交う日、バレンタイン。

気持ちの方向性に差はあれど全部“好き”であることは間違いない。

異性としての“好き”

家族としての“好き”

友人としての“好き”

それはもう多様性に富んでいる。

私の場合は...。

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***




2月13日、バレンタイン前日。

世の女の子達は明日の準備に走り回る。

それは私だって例外じゃない。

友達や家族の分は既に作った。

お世話になっている人達へはそれなりのものを購入した。

じゃあ何に困っているのかって?

あと一人、届けたい人がいるからだ。

そんなわけで私はレシピ本をぺらぺらとめくりながら唸っている。

「プロデューサーにはどんなのがいいかな」

そう考えだしたら止まらなくなってしまった。

これはちょっと子供っぽいかな、とか。

こういうのはバレンタインっぽくないかな、とか。

ああでもない、こうでもない。と小一時間頭を悩ませた結果、ビターチョコケーキを作ることにした。

理由は簡単。プロデューサーは仕事柄いっぱいチョコをもらうと思うから。

甘さは控えめの方が喜ぶかと思ったのだ。

そうと決まれば行動あるのみだ。

適当な変装して買い物へと向かった。



近所のスーパーに到着した私は入り口でカゴを取りずんずん進んでいく。

甘い恋の歌に染め上げられた店内放送や期間限定のお菓子などの一切を無視して

手に提げたカゴへと目的のものを放り込む。

卵にバター、そしてビターチョコレート。砂糖はまだ家にあるはずだ。

足早に会計を済ませ家へと戻る。

鼻歌なんて歌っちゃったりして。

こんなの私のキャラじゃないんだけどなぁ、なんて自分で自分が可笑しかった。



家に戻った私は部屋のベッドに上着を無造作に投げ、手近なシュシュを手に取りキッチンへと向かう。

キッチンに掛かっているエプロンをかけ、髪を後ろで束ね、持ってきたシュシュで結び「よし」と呟く。

さぁ、頑張ろう。

スーパーの袋から材料を出し調理台に並べる。

まずは鍋に水を注ぎ火にかけお湯を沸かし、その間にビターチョコレートを細かく刻む。

刻み終わったチョコをバターと一緒にボールに入れ、沸かしたお湯の中にボールごと入れ湯煎する。

へらでかき混ぜるたびにチョコレートは形を失いバターと一緒に溶けていく。

私はこの最初の工程が一番好きだったりする。

気持ちも一緒に溶けてくれたら、なんて。



次に卵黄と砂糖を混ぜ白っぽくなるまでよく混ぜ、さっきのチョコを溶かしたものに加えていく。

あとはメレンゲを加えてよく混ぜて型に流し込むだけだ。

しかし、ここでちょっと困ってしまう。

どの型にしよう。

私がここで素直にハートを選べたならどれほど良かっただろう。

ハートを贈るのはどうも照れ臭くって...だめだ。

丸いのにしよう。うん。ハートはやっぱり、だめだ。



型に流し込みオーブンで焼き、数十分の後にケーキができた。

上手くできた、と思う。

後は常温で冷ましたケーキにホワイトチョコなどを使って簡単に飾り付けをしてラッピング。

心はいっぱい込めた。渡すだけだ。

それが一番難しいんだけど。

***




2月14日。待ちに待った、と言うべきか。

来てしまったと言うべきか。

遂にバレンタイン当日。

外はまだ少しばかり暗い。

それもそのはず、時計は6時を指している。

「あんまり寝られなかったな」

ステージの前よりも緊張してるかもしれない。

どんな顔で受け取ってくれるかな。

それよりどんな顔して渡したらいいんだろう。

そんなことを考えて家の中をうろちょろとしていた私の後ろをとてとてとハナコが付いて歩くので

思わず吹き出してしまった。

「おはよう。ハナコ。ご飯用意するね」

ご飯、というワードに反応してハナコはしっぽをぱたぱたと大きく振っている。

ハナコのボールにドッグフードを入れてやるとがつがつ食べ始めた。

ハナコがご飯を食べ終わるとそのまま散歩に出かけた。

ぶらぶらと近所を回り適当なところで家へと帰る。



家に戻るとお母さんが起きていて、私のご飯も用意されていた。

「おはよう。凛、早いのね」

「うん。目が覚めちゃって」

「そう。ふふふ」

「えっ。何かおかしかった?」

「ううん。ご飯出来てるから食べちゃいなさい」

お母さんは時々こういう見透かしたかのような態度をとる。

私って分かりやすいのかな。なんて思いながら朝食を済ませ家を出る支度をする。

準備を済ませて鞄を肩に提げ、手には大きな紙袋と小さな紙袋がひとつずつ。

「あらあら、今日は大荷物ね」

「渡す人が多いと、どうしてもね」

「いってらっしゃい」

「うん。行ってきます」

そう母に告げて家を出ると丁度お父さんが花の競りから帰ってきていた。

「おかえり」

「ただいま。もう仕事行くのか」

「うん」

「そんな荷物じゃ電車に乗るのも大変だろう。送って行くよ」

私の大荷物を見兼ねたお父さんが車で送ってくれるらしい。

事務所に着き、降りる間際に私が「お父さんにもあるから安心してよ」と言うと

お父さんは照れ臭そうに「ありがとう」とだけ伝えて行ってしまった。

喜んでくれたみたい。



事務所に入り「おはようございます」と挨拶をしてプロデューサーのデスクを目指す。

プロデューサーは既に来ていてパソコンに向かってカタカタと何かを打ち込んでいる様子だった。

「プロデューサー。おはよ」

「ああ、おはよう。今日は昼からじゃなかったか?」

「うん。ちょっとね」

「そっか。構ってやれなくて悪いけど、まぁゆっくりしててくれよ」

私は「うん」と返事をして近くの椅子に腰かける。

プロデューサーのデスクの下に置いてある紙袋の中は既にチョコの山ができていた。

なんだか妬けちゃうなぁ。

女の人が多い職場だし仕方ないこととは思うけど。

こんなことで膨れていても仕方ない。

さぁ、どうしよう。いつ渡したらいいのかな。



プロデューサーはチョコを渡せずうじうじとしている私なんて気にも留めずパソコンとにらめっこ。

私から切り出さなきゃ始まらないのなんて分かってるけどちょっとくらい気にしてくれてもいいのに。

こんなことを考えてしまう私は面倒くさい女の子なんだろうか。

でも。恥ずかしいものは恥ずかしいんだから仕様がない。

でも。うじうじとしてるだけなんて、私らしくないよね。



「ねぇ、プロデューサー」

「ん。どうした?」

「いっぱいチョコもらったんだね」

「ああ、これな。3月のことを思うとぞっとするよ」

「ふふっ。ちゃんとお返し頑張りなよ」

「そうだな。頑張るよ」

「...私も、さ」

息をすーっと吸い込む。

「...作ってきたんだけど。それだけあったら迷惑、だったかな」

真っ直ぐ渡せばいいのに。

どうしてこんなこと言っちゃうかな。私は。

「迷惑なわけないだろ。自分の担当の子の手作りがもらえるなんてプロデューサー冥利に尽きるよ」

「それは担当だから?」

ずるい質問。

「...凛だから、なんてな」

「なんてな、は余計だよ。もう」

「...ああ。うん。凛にもらえるものはなんであれ一番、嬉しいよ」

「そっか」

「ああ」

「ふふっ、じゃあ。その、これ。...はっぴーばれんたいん」

「ありがとう。今食べてもいいかな」

「うん。美味しいといいけど」



私はプロデューサーにチョコを手渡す。

ぴとっと手が触れてもいつもは別に何とも思わないんだけれど少し心臓が跳ねた気がした。

プロデューサーはチョコを受け取るとリボンをするすると解き丁寧に包装を剥がしていく。

「すごいな。これ、ケーキか?」

「うん。チョコケーキ」

「それじゃ、いただきます」

プロデューサーはそう言うとフォークでケーキを切り分けてその一つを口に入れた。

「甘いなぁ」

「嘘。甘さ控えめで作ったんだけど...」

「食べてみる?」

「自分で作ったのを自分で食べるって...」

私がごにょごにょと言っているのを無視して彼は切り分けたうちのひとつを私の口の前へと持ってくる。

えっ。これって間接...なんて彼は考えもしてないんだろうな。

私だけ恥ずかしがってもばかみたいだ、と口を開ける。

「んっ...。ふふっほんとだ」

ごくん。とケーキを飲みこむと不思議と笑みが零れる。

「甘い、ね」



今日は“好き”が飛び交う日。



おわり

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