渋谷凛「Pが付き合ってくれない」 (24)



「...ずっと好きでした。好きです。付き合ってください」

私は最高の偶像、シンデレラガールという称号を手にした夜、自らのプロデューサーを呼び出しこう告げた。

「...ごめんな」

そう言って笑った彼の顔はとても笑顔と呼べるものではなかった。

期待していた答えとは正反対のものである。しかし、予想通りでもあった。

なんで。貴方は私に惚れたから私をアイドルにしたんでしょう?

どうして。それを両想いと呼ぶんじゃなかったの?

「...凛の気持ちは嬉しい。でも俺は応えられない。応えちゃいけない」

言っている意味が分からない。

「凛が俺に抱く気持ちは病気みたいなものだからだよ」

聞きたくない。

「それは一過性の気の迷いで。単純に一緒に過ごした時間が長いからそう思ってるだけなんだ」

恋ってそういうものでしょ?

「凛はこんな非日常的な世界にいるからこそ、普通の幸せを掴まなきゃいけない」

普通って何?幸せって何?

「学生らしい恋をして同じくらいの年の男と普通の青春を送るべきだ」

そんなの私の勝手じゃん。

「学生としての楽しみは学生の時にしか楽しめないから。後悔してほしくないんだ」

学生は大人に恋をしちゃいけないの?子供だから?

「...家まで送るよ」

それ以上は私も何も言わなかった。言えなかった。

いつもは助手席に乗るのに今日は後ろに乗った。車内での会話はなかった。

「それじゃ、また明日」

私が車から下りると彼はそう告げてすぐに走り去ってしまった。

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***



家に入ると両親とハナコが待ち構えており、クラッカーを浴びせられる。

「凛、おめでとう!自慢の娘だわ!」と母は言う。

「よくやったな」と父も続く。

めでたくないんだけどな。なんて言えないよね。気持ちを押し殺し笑顔を作る。

「ありがとう、お父さんお母さん。やったよ」

手に入れたトロフィーとガラスの靴を両親に見せびらかし心の底から嬉しい振りをする。

私はトップアイドルだ。スイッチの切り替えは容易い。

「腕によりをかけてごちそう作ったんだから。さぁ食べましょ!」

母に手を引かれダイニングテーブルに座らされる。

「凛、こっち向いて」

母がカメラを構える。

「どう?似合うでしょ、ふふっ」

ガラスの靴を足に宛がい笑顔を作る。

その後は家族三人と一匹で楽しくご飯を食べた。

食事中の話題は専ら私で占拠されており、今日のことと今までのことをたくさん話した。

中でも母がケーキを切り分けながら一言だけは心に強く残った。

「それで、これからはどうするの?アイドル」

答えられず、言い淀んでいると父が「まぁ気の済むまでやればいいさ」と助け舟を出してくれたため事なきを得た。

「うん。ありがとう...それじゃあ今日はもう疲れちゃったから寝るね」

そう言って席を立ち部屋に向かう私の後を母が付いてきた。

「...どうしたの?」

「お母さんの思い違いならいいんだけどね。何か辛いことでもあった?」

母には敵わないな、と思ってしまう。

それでもこの悩みは打ち明けるわけにはいかない。

「ううん。今日は美味しいご飯をありがとう。おやすみ」

にこっと笑ってそう言った後に私は部屋に入り扉を閉めた。

「そう。ゆっくりおやすみ」

扉の向こうから母の声が聞こえた。

ごめんなさい。今は一人でいたいんだ。

***



精神的にも身体的にも疲れていた私は泥のように眠った。

翌朝起きたときには既に昼近く、寝過ぎで体がぱきぱきと痛んだ。

重たい体を引きずって階段を下りると母がコーヒーを飲みながらテレビを見ていた。

「今日は仕事お休みなの?」

「ううん。お仕事はないんだけど事務所には行かなきゃいけないんだ」

「そう。ご飯食べていく?」

「うん」

「じゃあ作っちゃうわね」

母はコーヒーを置きそそくさとキッチンへと向かう。

その間に支度を済ませるべく私は寝巻を洗濯機へと突っ込みシャワーを浴びた。

キッチンから聞こえてくる音を聞きながら髪を乾かし化粧を終えリビングに戻るといい匂いが漂っていた。

「オムレツ?」

「当たり。昨日のビーフシチューが余ってるから」

「楽しみだな」

「もうすぐ出来るからお父さん呼んできて頂戴」

はーい。と返事をして花屋の方へと向かう。

店を覗くと父はカウンターで新聞を読んでいた。

「お父さん、ご飯」

「ん...すぐ行くよ」

言葉通り父は新聞を置くとカウンターに
『ただいま席を外しております。ご用のある方はこちらの内線にてご連絡ください』と書いてある札を立て席を立った。

私と父がダイニングテーブルのもとへと到着するころには既に料理が並んでいた。

三人揃って「いただきます」をして、他愛もない話をしながらご飯を食べた。

「家族全員で夜も昼も食べるのは久しぶりな気がするわ」という母の一言が印象的だった。

ごめんね。たぶん明日からは今まで以上に忙しい。


***


それからというものは私の予想通り多忙を極めた。

忙殺という言葉はこういうときに使うのだなぁ、と他人事のように思ったりもした。

新曲の収録。ライブ。ドラマや映画への出演。CMの撮影。

取材。雑誌の撮影。バラエティー番組にも出演した。

梅雨が明け夏が来たと思えばすぐに終わり、街路樹が色付き始めたころに事務所の周年ライブが行われる。

事務所の看板アイドルである私は出番が最も多くリハーサルにリハーサルを重ね本番に臨む。

結果は大成功。チケットは客席数5万以上にもかかわらず倍率は十数倍。

全国の映画館でライブビューイングまで行われたほどであった。

しかし、私にはその大成功の余韻を感じる暇などなく仕事漬けの毎日だった。

やがて、冬が来て私は一息つける時間を手に入れた。手に入れてしまった。

こんな日々を送っていたからこそ、あの夜のことを今日まで忘れられたのだ。

私もプロデューサーも仕事に追われていたから余計なことを考えずに済んだ。

そんな二人が時間を手に入れたらどうなると思う?彼がどうであったかは知らないけれど私は気が気じゃなかった。

だから行動に出ることにした。

「ねぇ、プロデューサー」

私と彼以外誰もいない事務所でぽつりぽつりと呟いていく。

「クリスマス、オフにできない?」

アイドルがクリスマスに休むなんて以ての外だ。
却下されるだろうなぁ、なんて考えていたけれど予想に反して彼は「いいよ」と答えた。

「じゃあ、どこか連れて行って」

我儘に我儘を重ねるが「それはダメだ」と彼が返す。

「...これが最後だから、渋谷凛の最後の我儘だから...ダメ、かな」

最後と聞いては無下に扱えなかったのか彼は渋々「分かった」と言う。
「どこに行きたい」と聞く彼に「最後くらいエスコートしてよ」と私が返すと彼はまたしても「分かった」とだけ言った。




***


私がプロデューサーとのクリスマスの約束を取り付けてからはこれと言って大きな事件もなく時が流れていく。

そうしてやってきたクリスマス当日、電車で待ち合わせの場所へと向かった。

最初はプロデューサーが迎えにくるという話だったが私の意見を彼が尊重してくれたのだ。

待ち合わせ場所に着くと彼はもう待っていてスマートフォンを眺めていた。

「お待たせ。ごめんね」「大丈夫、今来たとこだ」なんてありがちな会話をして二人は歩き始める。

何か可笑しいところがあるとしたら本来の待ち合わせ時間より1時間以上早いということくらいだ。

「じゃあ、行こうか」

「うん」

クリスマスの雑踏の中を二人で歩き出す。宙ぶらりんの手が寂しかったからポケットに突っ込んだ。

それからは色々の店や施設を回った。ブティック。ケーキ屋さん。花屋にも入った。

彼氏がいたことがない私は彼氏とデートなんてしたことないけれどまるでデートみたいだな、なんて思った。

「そろそろ飯にしようか」と彼が言うので私は「決めてあるの?」と尋ねると彼は「もちろん」と返し少し先の大きなビルを指し示す。

「そんなに奮発しなくてもいいのに」

「最後くらい良い恰好させてくれよ」

「ふふっ、じゃあお言葉に甘えて」



レストランに着き彼が名乗ると店員さんが窓の近くの席へと案内してくれた。

所謂夜景の見える特等席というやつだ。

椅子に座ろうとすると店員さんが私の後ろに回り椅子を引いてくれて座るときには椅子を押してくれた。

こういうお店は慣れないからむず痒い。

あらかじめオーダーをしてあるらしく、何も注文せずとも料理が運ばれてくる。

店員さんが長々しい料理名と簡単な説明をしてくれる。

前菜、スープ、パン、魚料理、サラダ、肉料理からデザートに至るまでどれもこれも綺麗だった。

美味しかった...と思う。正直、緊張しちゃってあんまり覚えていない。

お店を出ると彼は私に「美味しかった?」と聞いてきた。

「うん、あんな高そうなのご馳走してもらっちゃっていいの?」

「いや、俺こそごめんな。緊張してたよな?」

ばれてたみたいだ。

「...どうだった?俺のエスコートは」

「うん。今日は楽しかったよ」

「そりゃ、良かった。それじゃあタクシー拾おうか」

「最後にもう一個だけお願いしてもいいかな」

「最後の我儘だしな、俺にできることならなんでも聞くよ」

「歩いて帰りたい」

「お安い御用だ」


***


夜道をてくてくと二人して歩く。会話は時折、他愛もないものを一言二言交わす程度。

魔法の溶ける時間はとっくに過ぎた。

「最後の我儘の日が終わっちゃったね」

「そうだな」

空気を肺いっぱいにため込む。

「ねぇプロデューサー。私、アイドル辞めようと思うんだ」

まだ誰にも告げていない気持ちを空気と一緒に吐きだした。

「そうか」

担当アイドルの引退宣言を聞いたはずのプロデューサーの返事はそっけなかった。

「驚かないんだ」

「驚いてるよ」

「嘘。いつから気付いてた?」

「最初からだよ」

「最初って?」

「凛とトップを目指してから」

「なんで分かってたの?」

「だって凛はずっとゴールを意識してきたじゃないか。走り続けたいって」

「本当にそれだけ?」

「ああ、それだけ」

「そっか」

「ああ」

沈黙の後にまたてくてくと歩き出す。

十数分歩いてまたどちらか口を開く。この繰り返し。


「今入ってる仕事を終わらせて引退宣言をしてちゃんと引退ライブっていう段取りは踏んでくれよ」

「分かってるよ。中途半端は私も嫌だから」

「ごめんな。大人の事情で」

「私も私のプロデューサーに迷惑はかけたくないから」

「ごめんな」

彼は再び謝ると歩みを止めて私の方へ振り返る。

「今までありがとな」

「気が早いよ」

「それもそうか」

二人とも声が震えていた。

「ねぇ、プロデューサー。今年の春に私が言ったこと覚えてる?」

「ああ」

「もう一回言ったら怒るかな」

「ああ。怒るよ」

「じゃあもう一回言うね」

「...」

「ずっと前から好きでした。好きです。付き合ってください」

「...」

「何か言ってくれてもいいでしょ?」

「ごめんな」

「謝らないでよ。何でか聞かせてもらえないかな」

「...前も言ったろ」

「あんなのじゃなくてプロデューサーの気持ちが聞きたいんだけど」

「...俺はお前より早く死ぬ」

「...うん」

「年が離れている分、ずっとずっと早く死ぬ」

「...うん」

「だから凛とは一緒になれない」

「別にいいよ、そんなの」

「俺がよくないんだよ」

「じゃあプロデューサーは私のこと嫌いなの?」

「...その質問はナシだろう」

「答えて」

「...好きだよ」

「ならなんの問題もないでしょ?」

「...俺は凛を残して死ぬ俺をきっと許せない」

「私が許すよ」

「...」

「じゃあ、これが私の最後の我儘だから」

「もう最後は使っただろ」

「“渋谷”凛の最後は...ね」

「...」

「意気地なし」

「...」

「ここまでお膳立てされても踏み出せないの?トッププロデューサーの名が聞いて呆れるよ」

「...分かったよ」

「じゃあ、プロデューサーの口から聞かせて」

「凛。結婚しよう」

「喜んで」

「それで、婚約指輪はあるの?」

「...今度また凛が引退した時に改めてプロポーズするよ」

「待ってるからね」

「ああ」

「ちゃんと給料三か月分?」

「もちろん。トッププロデューサーの給料三か月分だ」

「じゃあトップアイドルがもらってあげる」

そう言って私が左手を差し出すとプロデューサーが私の左手の薬指に指輪をはめるふりをする。

それからの帰り道、私と彼の手は宙ぶらりんではなくなった。

やっぱり『プロデューサーは付き合ってくれない』



終わり

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