渋谷凛「無垢のトルス」 (21)

・モバマス・渋谷凛ちゃんのSS
・超短い
・ハッピーバスデー!

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 誕生日に突然。
 プロデューサーはプレゼントをくれた。でも目の前にあるそれは、ただの木の板にしか見えない。

 これ、なに?
 私が訊ねるとプロデューサーは「楽器」とだけ答えた。
 目の前の板の集まりを見たところでどうにも想像がつかなくて、私はしきりに首をひねる。それを見かねてプロデューサーは、さらに爆弾を追加した。

 ――凛。これは凛が自分で作るんだ。




 その板切れの名前は『カホン』と言った。さすがに私も聞いたことはある。
 四角い箱のような楽器。でも私のライブでは、まだ使ったことがなかった。
 それをプロデューサーは作れという。さすがに無茶ぶりだなあと思っていたら、どうやらプロデューサーも手伝ってくれるらしい。
 ふーん。
 プロデューサーが一緒にやってくれるならなんとかできそうかな。
 一朝一夕には仕上がらないだろうことは、想像できる。しばらくは、私とプロデューサーのひそやかな共同作業となるんだろう。
 そう思えば、なかなか素敵なプレゼントにも思えてきた。

 スケジュールの合間を縫って、私とプロデューサーは作業に取り掛かる。
 接着剤をつけて木枠をくっつけて、クランプで抑えたり。音が出てくる丸い穴をあけてみたり。
 叩く板を、ねじで取り付けてみたり。

 ――プロデューサー、これって?
 ――ああ、それはスナッピーっていう大事な部品だ。

 なんかねこっぴーみたいに響いて、ちょっとだけ笑った。


 時間をかけて組立が終われば。
 何度も何度も紙やすりをかけた。丁寧に、丁寧に。
 この頃には、プロデューサーとのDIYも楽しくなって、いい息抜きになった。レッスンにもちょっとだけ気合が入った。

 角を丸めて、面がきめ細やかになっていく。だんだん愛おしくなってくる。
 いよいよ楽器らしくなってきて、私のものっていう実感がわいてくる。

 ――できた。

 まだ組みあがっただけだから完成ではないけれど、相棒は確かにカホンの顔らしくなっていた。
 プロデューサーが試し叩きをする。


 とんっ。たんっ。かっ。しゃんっ。どんっ。

 叩くところ、叩き方。まったく音の表情が違う。
 へえ、なんか奥が深そう。
 試しを終えてプロデューサーは「なかなかいい音してる」と合格を出した。
 まだまっさらの木目。プロデューサーはどうお化粧する、と訊いてくる。

 ――凛の好きな、アイオライトに染めるか?

 私は、相棒の姿をまじまじと眺め、想像する。そして。

 ――ううん、このままで。

 まっさらの木目に、クリアラッカーで仕上げることにした。なんとなく、そんな気がしたからだ。
 塗ってはヤスリ、塗ってはヤスリを繰り返す。
 そしてプレゼントされてひと月、ようやく。
 相棒が、産声を上げた。




 プロデューサーに叩き方を教わる。
 手のひらを軽く曲げる。真ん中を強く叩いてみた。

 どんっ!

 おなかに響く深い音を、相棒が鳴らした。
 端に近いところを叩く。たんっ、と乾いた音。
 どんっ。たんっ。どんっ。たんっ。

 だんだん面白くなってきた。

 ――手のひらをお椀のようにして、真ん中を抑えるように叩いてごらん。

 プロデューサーの言うとおりやってみる。どっ! 音が止まる。
 ああ、そうか。押さえて響きを止めてるんだ。
 相棒の横を叩いてみたり。かんっ! 縁を指でわきわきしてきたり。しゃかしゃかしゃか。
 私のタッチで、相棒はいろんな表情を見せてくれる。

 うわあ、楽しい。奥が深い。


 ひととおり叩けるようになって、プロデューサーが。

 ――ちょっと演奏してみるから、時間があるときに好きに練習してみな?

 そう言って、私の相棒を拝借する。
 すぅ。呼吸をひとつ。

   Ah! abre a cortina do passado
   Tira a mae preta do cerrado
   Bota o rei congo no congado
   Brasil! Pra´ mim! Pra mim, pra mim!

 知らない言葉に、聞いたことのある曲。プロデューサーの優しげな声とともに、相棒が歌う。

 ――ずるい。

 私はそう、つぶやいていた。

 さっき私が叩いていた音とは違う、つややかさ。相棒がまるで『ここまで来いよ』って言ってるかのよう。
 ずるいよ。悔しいよ。
 プロデューサーはさりげなく一曲を終えると、私に相棒を返し。

 ――期待してるからな。

 と、言った。




 何度も何度も練習する。でもあの音にはほど遠い。
 相棒が言う。『まだまだだな』って。
 仕事もあるから練習も限られる。でもやっぱり悔しいから、時間を作ろうとする。
 とうとう私は、相棒を背負うための布バッグを作ってしまった。これで自宅に持って帰れば。

 でもそうはうまくいかない。
 家で練習しようとしたら、あまりに響いてうるさかった。親から怒られる。
 それでもめげずに、持ち帰る。
 背負う姿を見て加蓮が「なんかかちかち山みたい」って笑う。でも私は、ランドセルを買ってもらった子供のころを思い出して、これはこれでうれしかった。
 そして少しずつ、相棒と会話ができるようになってきた、気がした。


 相棒は気分屋でわがままだ。
 暑いところに持っていけば『暑い』と、だるさいっぱいに響くし。
 乾燥してくれば『かっさかさになっちまう』と、甲高く口答えするし。
 寒くなれば『寒すぎ』と、重いトーンで答える。
 そのたびに私は、これならどう? あれならどう? と、相棒に気を遣う。
 はた目から見ると滑稽かもしれない。私もそう思う。
 ハナコはあれだけおりこうさんなのに、相棒ときたらなんてアバウトでやんちゃなんだろう、って。

 でも、相棒が一発で応えてくれた時の快感。それは何にも代えがたいものがあって。
 私はすっかり、相棒に参っていた。
 きっとプロデューサーの策略にはまっていたんだろう。それもまた、快感に思える自分が悔しくて、そしてうれしかった。




 春になった。
 うららかな陽気に誘われたわけじゃないけど、プロデューサーが。

 ――ちょっと俺と、セッションやってみるか?

 そんなことを言う。
 私は、間髪入れずイエスを返す。あの時のあの音のリベンジ。願ったり叶ったりだ。
 だいぶ使い込まれて手垢がついてきた相棒に、「よろしく頼むね」と語りかけた。
 相棒はだんまりを決め込む。当日に答えを出す、と、そういう表情に見えた。

 いつものレッスンルーム。
 プロデューサーはマイカホンを持ち込んでいた。それは使い込まれて年季が入っていて、歴戦の勇士に見える。
 かたや、相棒はまだデビューすらしていないルーキー。
 でも不思議と、私はいけると思っている。
 もちろん、勝ち負けなんかあるはずもない。でも相棒との絆は、あの時よりずっと強いものになってると、そう信じて疑いもしない。
 だから、自分を信じて。相棒を信じて。


 セッションは簡単なものだ。プロデューサーのリズムを私がトレースする。それだけのこと。
 でもシンプルだからこそ、音の違いが際立つ。

 どんっ、ととっとんっ、とどっととどんっ。
 どんっ、ととっとんっ、とどっととどんっ。

 私はひたすら、プロデューサーのリズムをトレースする。でもそうしているうちに、違和感に気づく。

 ――違う。こうじゃない。

 そうだ。プロデューサーの音に近づけるんじゃない。私たちは私たちの音で。プロデューサーを巻き込むんだ。
 相棒に語り掛ける。「いくよ」と。相棒の表情が変わった。
 振動が、手になじむ。リズムをトレースしながらも、相棒は私の手の感触を確実に映し出してくれる。
 そう、これでいい。
 この快感が、欲しかったんだ。


 私と相棒はいつの間にか、私たちの世界に入っていた。
 プロデューサーの音が、私たちの世界を邪魔することなくしみ込んでくる。
 共鳴という名の、セッション。

 ――そうか。これなんだ。

 私は無意識のうちに、ファンとのセッションを楽しんでいる。それは私自身のライブの、世界。
 私は、私の歌でそうできているのだから、楽器でできないはずがない。
 そして私は、プロデューサーの「期待しているからな」の声を思い出す。

 ――どう? 期待以上でしょう?

 気が付けば、プロデューサーと私のふたり。音だけの世界で会話をしている。
 もはやトレースの意味はない。互いに好きなリズムで、好きな会話を。

 ――まったく、やってくれる。
 ――プロデューサーに追いつけたかな?
 ――いやいや、まだまだ。
 ――大丈夫。この相棒とならどこまでだって。

 行けるよ……




 相棒と出会って、一年が過ぎた。
 今日は私のバースデーライブ。そして、相棒のデビューライブ。
 プロデューサーが私と相棒の音に「合格」を出してからさらに、私は練習を積んできた。
 相棒は日に日に饒舌になっていく。それがうれしかった。
 認められた、そんな気がしたんだ。だから。

 ――ねえプロデューサー。
 ――ん?
 ――マジック、貸してくれる?

 手垢まみれの相棒の、何も色を付けてない打面に。
 私は。

『Rin Shibuya』

 黒のマジックでサインを書いた。

 ――さあ、行こうか相棒。私たちのデビューライブへ。


 舞台は、アンコールステージ。最後の最後。
 私は相棒を連れて、ステージセンターに佇んだ。そして、相棒に腰掛ける。

 テンポは100。ゆっくりとした出だしで、私はスローボサノヴァのリズムを紡ぐ。
 そして。

 ――ずっと強く そう強く あの場所へ 走りだそう

 私のデビュー曲。スローに、ボッサのリズムに乗って。
 だって大事な相棒の、デビューだから。
 大事な私のデビュー曲で、送り出したいの。

 アンプラグドの響きが、会場にこだまする。ファンの息をのむ声が聞こえる。
 私は、相棒のデビューを歌声で讃える。

 ――どう? 素敵でしょ?

 それはファンに捧げた言葉であり、相棒に捧げた言葉。
 心の中で言葉をつぶやき、私は相棒に身を任せる。


 曲が、終わる。
 たちまちに湧き上がる拍手と歓声の渦に、私は天井を仰いだ。
 流れ落ちる汗。それがここちよく。

 相棒のデビューとしては、至高だったと。私は胸を張って言える。

 ――ねえ。

 私は心の中で、相棒に語り掛けた。

 ――長い付き合いになるけど、これからも。
 ――よろしくね?




(おわり)




終わりです。お疲れさまでした。
トルス(torse)とはフランス語で「半身」の意味です。
そして凛ちゃん、誕生日おめでとう。

皆さんの琴線に触れれば幸いです。

では ノシ

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