「よし、これでいいかな」
銀色のふわりとした耳をぴこりと動かし、姿見に映る自分をじいっと見つめている
「皆もこんな感じだったって聞いたし……」
姿見に映る自分を他の猫と勘違いしているのだろうか
ぴょんぴょんと飛び跳ね、じゃれついている
その動きは俊敏で、いつもの猫たちとは少し違いを感じた
「ん?」
猫が物音に反応し後ろを振り返ると、いつもの男が立っていた
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「お疲れ様、プロデューサー」
猫が鳴く
「ああ、お疲れ様……それは新しい衣装だよな」
「そうだよ、どう? 似合ってる?」
くるっとその場で猫が回って見せる
健康的で美しいお腹がちらりと覗く
「ああ、似合ってるよ……ええと、イメージは猫だっけ?」
男に毛並みを褒められた猫が目を細めた
「え? もう一回言ってくれるかな」
猫の雰囲気が変わったことに男が気付く
「イメージは猫だったっけ?」
猫の毛がどんどんと逆立っていく
「ふぅん……あんたにはこれが猫に見えるんだ」
にこりと笑う口元には鋭い牙が並び、猫とはまるでかけ離れていた
「これはね、狼だよ」
狼……イヌ科の哺乳動物である
それは猫とは比べ物にならないほど大きく、そして獰猛だ
「それは悪かった……凜? なんで近づいてくるんだ?」
狼が徐々に男との距離を詰めていく
どうやら、男をエモノと定めたようだ
「プロデューサーには狼……ううん、犬の良さを教えてあげるよ」
狼が男に噛みつくと、そのまま引きずっていく
「凜、落ち着いて話を聞いてくれないか?」
「私はいつでも落ち着いてるよ、タクシー拾うからね」
男は狼に抗っているようだが、その牙からは逃れられないようだ
これはきっと男に対する罰なのだろう
男はこれから狼に美味しく頂かれてしまうにちがいない
「ここで止めてください、お釣りはいりませんので」
狼の足は素晴らしく早く、あっと言う間に狼の巣へと連れていかれた
「いらっしゃい、今日はゆっくりしていってね」
「お邪魔します……ゆっくりって、仕事がだな」
狼の咆哮に男がぶるりと体を震わせる
「ちひろさんから了承を得てるよ?」
「そんなバカな……あ、LINE入ってる」
男は最後の抵抗にと端末を取り出すが、それはもう意味を成さなかった
それを本能で理解したのだろうか、狼が笑うような表情を見せた
「ご両親はどうしたんだ? 挨拶しないと」
どうにか狼の隙を探す男だが……
「旅行でいないよ」
この狼に隙などないようだ
「お、お前……俺は帰るからな」
「あはは、ここまできて帰すわけないでしょ? と言うかさ」
――もう我慢できないんだ!
狼がひときわ大きく吠えると男に飛びかかる
「お風呂はいろ? 今日は暑かったからさ」
男のスーツが狼の爪で引き裂かれる
その目はギラギラと輝き、目の前のエモノに集中している
「やめろ! 頼む、これ以上はまずいって!!」
「大丈夫だから、私からは大丈夫だから!」
男の意地だろうか、狼に抵抗する男
だが無意味だ、狼に人間が勝てるわけがないのだから
「うう……もうお嫁さんもらえない……」
男が諦めた声を上げた
「湯加減はどうかな?」
この狼はエモノを食べるまえに水で清めるらしい
「丁度いいけどさ、タオル貸してくれないか」
「私は何も見てないから平気」
狼が男に激しい水攻めを行っている
「ええ……俺が平気じゃないんだけど」
「男の人は細かいこと気にしないで」
「次は体を洗ってあげる」
狼の爪が男の体に食い込む
どうやら肉の硬さを確かめているようだ
「それくらい1人でできるから」
「……えいっ」
狼と男を光が包む
「あっ! お前スマホで撮りやがったな!?」
男が慌てているが、いったい何だったのだろう
「うん、さっぱりしたね」
「ソウデスネ」
狼の毛並みによって水分をふき取られる男
食べるときに水っぽいと味に影響がでるからだろうか?
「お腹減ってない? お酒とご飯用意してあるよ」
「そういや、昼飯も食べてなかった」
狼に再び噛みつかれたまま、男が引きずられていく
「プロデューサーは私の隣ね」
狼が男を乱暴に放る
「凄いな……凜が全部作ったのか?」
狼が連れてきたのは食料が貯めてある場所だった
男を太らせてから食べる魂胆なのか、そこにはあらゆる食料が並んでいる
「うん、たいしたものじゃないけどね」
狼が食べろと言わんばかりに狂暴に吠えた
「ぷはー! 美味いなぁ、凜の料理も美味いし最高だ」
「も、もうっ……照れるから止めてよ」
狼から逃げられない男は顔を青くしながら食料を口に入れていく
発泡している液体、どろどろにとけた温かい野菜、そして、焼け焦げている獣の肉
食料が無くなればなくなるほど、狼が嬉しそうに遠吠えする
それは男のとっての宣告、宣言なのだ
「ふぅ、ご馳走様」
お腹を大きくした男が横に転がる
もう楽にしてくれということなのだろうか
しかし、狼はまだ男をいたぶるつもりのようだ
「お粗末さまでした、そんな所で横になると腰痛くしちゃうから……」
狼の前足が男の顔に降りかかる
「り、凛!?」
「今日は特別だから……耳かきもしてあげるね」
「は、初めてだけど、気持ち良い?」
狼の鋭い爪が男の耳をこれでもかと弄ぶ
「程よい力加減で気持ち良いよ」
男があまりの激痛に悲鳴をあげる
が、狼にとっては逆効果だ
「良かった、あ……大きいのとれそう」
これで男の耳はもう使い物にならないだろう
いや、聴力を失った男にもうこれからは存在しないか……
「はい、おしまい」
「ん……悪い、少し寝てた」
男の意識が朦朧としている
さきほどの痛みと、静かすぎる世界の恐怖のためか
「そろそろ寝ようか、嫌だって言ったら……これ」
狼が威嚇して見せる
「スマホは卑怯だって……」
男の眼から一筋の涙が零れた
「あのさ、何で布団が一組なの?」
「一組あれば足りるでしょ」
男がか細い言葉でぶつぶつと何か言っている
とうとう恐怖で頭のねじが外れてしまったようだ
「良いか? 絶対に何もするなよ? 絶対だぞ!?」
「うん、私はプロデューサーと寝られれば良いから(これはフリだね)」
狼が嬉しそうに体を震わせた
「プロデューサーの匂い……」
「同じシャンプーと石鹸だから一緒だろ」
狼がすんすんと鼻を鳴らし、満足そうな顔をした
男からはさぞ美味そうな匂いがするのだろう
それはもう何度も鼻をならし、うっとりした顔をしている
「やべ……マジでもう限界だ」
男の瞼が徐々に降りていく、覚悟を決めたらしい
「いいか……絶対に……ぐぅ」
「うん、おやすみなさい、プロデューサー」
狼があんぐりと大きな口を開ける
「早く私を引いてね」
がぶりと男の頬に食いつく
それはきっと柔らかな感触で、とても美味だったのだろう
狼がとても嬉しそうな顔をした
おしまい
読んでくれた方に感謝を
また読んで頂く機会があればよろしくお願いします
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