渋谷凛「プロデューサーは何派?」 (16)
「それ、この前の?」
ついこの前の動物モチーフのお仕事、その撮影の合間に撮った写真たちがモニター上に並んでいたから、思わずプロデューサーに声をかけた。
どうやらプロデューサーは作業に集中していたらしく、少しびくっとして振り返る。
「あ、ごめん。びっくりしたよね」
「大丈夫。うん、この前の」
「この子、かわいかったよね」
表示されているたくさんの中の一つを指で示すと、プロデューサーはそれを開いてくれた。
私と、一緒に写真を撮ってくれたオオカミの子がモニターにでかでかと表示される。
プロデューサーがマウスをかちかちと操作して、撮影時間順に写真を送っていくと、ついこの前の記憶が鮮明に蘇る。
強張った顔で、おっかなびっくりオオカミの背中に手を伸ばす私に始まって、にやけた顔でオオカミを撫でまわす私で写真は終わる。
最後の一枚は、少しだけ私の髪がぼさぼさだった。
「最後の、髪ぼさぼさになってるな」
「いや、プロデューサーのせいなんだけど」
私が言い返すと、プロデューサーは「そうだったっけ」なんて言って、とぼける。
ぼさぼさの理由は、あのとき「プロデューサーも撫でてみて」と私が促したら、どさくさに紛れて私の頭まで撫でてきたからだった。
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○
「お仕事中に邪魔してごめん。もう行くね」
「ああ、これ、仕事じゃないよ」
「じゃあいつものだ」
「そう、いつもの」
“いつもの”。プロデューサーのパソコンには、そんな写真がたくさん入っている。
お仕事の合間だとか、移動中だとか、行く先々で撮った写真たち。
「また送ってよ」
「この前の?」
「うん」
「了解、送っとく」
言うや否や、プロデューサーはメールを送信してくれた。
「なんか、専属のカメラマンさんみたいだよね」
「カメラマンさんほど技術はないけどな」
届いたメールの中から一つのファイルをダウンロードして開く。
携帯電話の画面いっぱいに、ぼさぼさの髪とにやけた顔の私が映し出された。
「こんな表情の私を撮れるカメラマンさんは、一人しか知らないけどね」
べぇ、と舌を出して言ってやると、プロデューサーは照れ臭そうに「かもね」と言った。
○
「それより、プロデューサー、そんなことしてる余裕あるってことはもう上がれるの?」
「ああ、うん。珍しく」
「そっか」
「お茶してく?」
「してく」
「車で待ってて」
ぽーんと投げ渡された鍵をポッケにしまって、事務所を出た。
○
車で待つこと数分。
少しして、プロデューサーがやって来た。
「お待たせ」
「うん。待った」
「手厳しいなぁ」
「冗談だよ。はい、鍵」
「ん。じゃあ行くか」
行先はたぶん、いつもの喫茶店。
○
予想どおり、いつもの喫茶店に到着し、一番奥の席に通してもらう。
銀のトレンチにお水とおしぼりを乗せた店員さんが来て、プロデューサーがアイスコーヒーを二つ注文する。
「ケーキ、食べる?」
「今日は遅いし、ご飯食べられなくなっちゃうから、やめとこうかな」
「じゃあ、アイスコーヒーだけで」
プロデューサーがそう言うと、店員さんは「かしこまりましたー」と下がっていき、程無くしてアイスコーヒーが運ばれてきた。
シロップとフレッシュを入れて、ストローでくるくると回すと、氷とグラスとが当たって、からんころんと小気味の良い音がする。
○
「そういえば、聞きそびれたんだけどさ、結局のところどっちなの?」
「え、何の話?」
「犬派か、猫派か」
「あー、どっちだろうなぁ」
「どちらかと言えば?」
「うーん。決められないかなぁ」
「優柔不断」
「難しい言葉知ってるな」
「ばかにしてるでしょ」
「してないしてない」
「っていうか、はぐらかそうとしたでしょ」
「それは、その、まあ。……でも、なんでまたそんなこと気にするんだ?」
「なんとなく。プロデューサーの好みとか、そういうの、これだけ長い付き合いなのにそこまで知らないなぁ、と思って」
「知りたくなっちゃった、と」
「そういう言い方されると、否定したくなるなぁ」
「冗談だって。でも、どっちも好きだよ。優劣つけようとは思わない」
「なんか、模範解答だね」
「凛だって、どっちも好きって言ってただろ?」
「それはそうだけど」
「じゃあ、お揃いってこと」
「んー。まぁいっか」
○
「でも、派閥っていろんなことにあるよね」
「あるなぁ。肉でもタレ派、塩派とか、いろいろ」
「ちなみにプロデューサーは?」
「肉次第かなぁ。ここの部位はこう、みたいに。凛は?」
「私もそんな感じかな」
「例題が悪かった気がする」
「そうだね。すぱっと二分できそうなお題を出してよ」
「うどんとそば、とか」
「気分次第かなぁ」
「今の気分は?」
「おそば。プロデューサーは?」
「じゃあ俺も」
「……これ、結局好みの話じゃなくない?」
「気付いた?」
「うん」
謎のやりとりをして、目を見合わる。
我慢しきれず、私もプロデューサーも声を出して笑った。
○
それからも、くだらない話を繰り広げた。
すっかり空っぽになったグラスの中の氷がとけて、からんと音を立てる。
時計を見やると、十九時前だった。
「話し過ぎちゃったな」
「ほんとにね」
「帰ろうか」
プロデューサーが伝票を抜き取って席を立つ。
それに従って、後ろをてくてくついていく。
お会計を済ませて、お店を出た。
○
家の前まで送ってもらって、降りる前に軽口を飛ばし合う。
「またね。どっちつかずのプロデューサー」
「いやいや、一つだけきっぱりこっち派って言えるものもあるよ」
「ふーん」
「聞かないの」
「聞いて欲しいんだ」
「いじわるだなぁ」
「じゃあ、聞いてあげる」
「凛派」
「はいはい」
「反応薄くないかな」
「だって、知ってるし」
「それもそうか」
「最後に撫でとく?」
「お言葉に甘えて」
「はい。もう終わり。また明日ね」
ばいばい、と手を振って車を降りた。
ぼさぼさの頭で。
おわり
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