「今日は、風が強いですね」
注意
・オリジナル設定・独自解釈があります
・だいぶシリアスなものになるかもしれません
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「今日は、風が強いですね」
隣に立った羽黒が、僕にそう話しかけてくる。
急遽作られたこの泊地には、それを遮るものの何もない分、強い風が”いつも”吹きつけていた。僕は、彼女の意図を察した。彼女は僕の声を求めているのだ。会話がしていたいのだ。初めての大規模な攻勢作戦を翌日に控えて、落ち着かないのはみな同じはずで。一人だけ、逃げるように海を眺めていた自分の勝手さを、僕は思い知った。
「そうだな」、と僕は答えた。
「私、少し怖いです」
隣に立つ、少しだけ年下に見える女性の姿に、その言葉に、僕は何も言えなくなる。
僕は何を言えると言うんだろう。『きっとうまくいく』、『大丈夫』。そんな無責任な言葉を投げかける勇気が、僕にはなかった。『何にせよ、作戦だ』。そんな風に非情になるには、僕には経験が圧倒的に足りなかった。
何も言えず無言になった僕に、そして彼女は微笑みかけてくれた。
「でも、私、信じています」
羽黒と出会ったのは、一年前のことになる。
関東近海において、制海権確保の作戦が進められている頃だった。
瀕死の状態で確保された重巡リ級に、新開発の薬を無理やり投与し、僕はひたすら祈っていた。本当に切実に祈っていた。彼女が助かるように。僕たちの”形”になりますように、と。
リ級は目の前で青い光を放ち、光の中で、徐々に少女の形に変わっていった。
そして――発光が止まると、そこにはショートカットの、綺麗な少女が眠っていた。
それが彼女と僕との最初だった。
今、僕の指揮下には重巡1、軽巡1、駆逐4の戦力がある。
これは通常の艦艇ではなく、”艦娘”と呼ばれる少女たちで構成された部隊である。彼女たちは、一人で戦闘艦一隻分の力を発揮できるのだ。
僕自身のことについて言えば、書類上は東京の艦隊司令部の直属の隷下であるが、実質的には横須賀・呉の両鎮守府の下に所属している。
明朝から開始される作戦も、両鎮守府の要請によるものだ。”要請”と言っても、僕には断ることが許されておらず、だからそれはほとんど”命令”に等しい。
そして、高知県宿毛市に建てられたこの泊地は、僕のために作られたようなものである。隷属する艦隊を指揮するための司令部、整備のための工廠といった、艦娘を運用するにあたっての設備が、一通り備えられている。
これは決して僕に対して与えられた報酬ということではない。僕をよく思わない人からすれば“厄介払い”であり、少しの理解者から見れば”同情からの措置”なのだ。
一睡もできないまま、いつの間にか夜は明けていた。
指令室で6人の少女たちに命令を訓示し、出撃していくその姿をそのまま見守る。
空の指令室の中で、僕はやりきれない思いを抱えていた。
それが何への怒りなのか、悲しみなのか、憎しみなのか。それすらもわからなかった。
何から思い出し、整理していったらよいのか。僕は自問する。
たった数年で、大きなことがあまりにも頻繁に起きすぎているのだ。
「問題は、小さな問題に分けて考えるの」
頭の中で、彼女の声がした。
僕はそれだけで全く心が震えてしまう。ボロボロになりそうになる。
でも、そうだ。
「複雑な問題は、単純な小さな問題の組み合わせで、きっと解くことができる」
世界が変容し始めた最初の日を、僕は思い出すことにする。
期待
人類が海の覇権を失ったのは、ほんの少しだけ前のことだ。
たった数年前。僕が大学生だった頃、漁船もフェリーも貨物も、ありとあらゆる大きさ、種類の船が、外航も内航も自由にできていたのだから。その当時はそれが日常だったし、そんなことは当たり前すぎることだった。今のようになるなど、誰も考えてもいなかっただろう。
だから最初のころ、異常は見過ごされていた。それは日本だけの問題ではなかった。世界中どこを探しても、その『黒いクラゲ』に興味を持つ人間などいなかったのだ。
『黒いクラゲ』の調査が始まったのは、それが日本近海で大量に発生し、問題を起こしてからだった。
漁船および海保の入手した『クラゲ』のサンプルは、海洋系・生物系の大学に順に送られていった。『クラゲ』によって生じていた被害は、網の破壊など漁業的なものだったし、従ってそれは、エチゼンクラゲなどに類する”迷惑生物”であると考えられていた。そして、大学で種を特定し、生態等を調査し、対策を取れば、問題は解決すると信じられていた。
しかし、次第に不自然な点が目立ち始めた。
まず、『クラゲ』は今まで確認されてきたどの生物でもなかった。新種だったのだ。新種が大量発生し、しかも日本近海に押し寄せる? そんなことは常識的に信じられなかった。
次に、『クラゲ』は、その生体サンプルを水槽で飼育すると、数がどんどん増えていった。生殖しているのだ。しかしそれもまた不思議なことだった。彼らは"そのままの姿で"増えるのだ。研究者や学生たちは常に記録を付けていて、成長途中のものがいれば、気付かないはずがなかった。1mはあろうかという物体が、突然に増える? そんなものを科学者が信じられるはずもなかった。
こうして、大学の共同研究は分野を超えて進められることになった。
この時点で、多くの理系分野の研究者および学生が、『クラゲ』のサンプルに触れることになる。僕もそのうちの一人だった。
初めてそれに会った時の戦慄を、僕は忘れもしない。
その『クラゲ』は、優雅に水中を漂いながら、何というか、僕を威圧するように胎動していた。
『クラゲ』の研究は、芳しくなかった。
そもそも増え方も餌も何もわからない生物を調べろと言っても、限界があった。切り裂いてみても、そこに筋肉がある、消化器がある、といった当たり前のことしかわからなかった。ただ、水槽での観察の結果、泳ぐ機能がそこまで発達していないことがわかり、漁業的な対策法は編み出されつつあった。端的に言えば、他の大型クラゲへの対策法の流用である。
一応の『問題解決』を持ち、『クラゲ』の存在は、世間からは急速に忘れられていった。
事件が起こったのは、そのひと月後である。
『クラゲ』を入れていた水槽が、一斉に割れたのだ。
国内でそれを生体保存していたすべての大学・研究機関で、同時に。
僕はその時不運にも水槽の目の前にいた。急にガラスが割れ、僕はとっさに顔をそむけた。ガラスが身体中に当たり、でも白衣のお陰か、幸いにも刺さることはなかった。
鈍痛に暫く蹲り、それから僕はやっと、再び水槽の方を見た。
そこにいたのは、あの『クラゲ』とは似つかない、黒い巨大な、鯨のような生命体だった。
後に決定された政府統一コードにおける、『駆逐イ級』の姿が、そこにあった。
水浸しの実験室の中で、僕はその物体と向かい合っていた。
それは巨大で、全体は光沢のある黒に染められていた。
目の前は口だった。見慣れた、人間のような歯並びだったが、スケールの違いはそれをただ不審で恐怖を増す存在にしていた。目は青く光っていて、僕はただ戦慄を覚えていた。
このまま殺される、と僕は直感的に思った。
目の前の生物が、少しでも動けば、僕はつぶされるだろう。口が動けば、僕は咀嚼されるだろう。それは明らかなことだった。
でも僕には何というかそれに対する怒りも、憎しみも、何も抱くことはできなかった。
その目に、僕が全く映っていないように感じたからだ。目の前のその生物は、何というか僕よりも"ずっと高度な存在"に思えた。僕の存在など、それにとっては本当にちっぽけなものだろう。僕にはそれがすぐにわかった。
僕は畏敬を抱いていたのだ。
それから場に直立し、目を閉じた。腕が何かに触れる感覚があった。硬い物体だった。歯か、胴か、どちらかだった。
殺される、と僕は再び思った。そして目を閉じたまま、暫くそのままでいた。
暫く経って、僕はでもそのままだった。生きていて、腕に何かが触れている感覚は、いつの間にか消えていた。ゆっくりと目を開く。
「ご主人さま?」
目の前に、セーラー服を着た赤い髪の少女が見えた。
人類が『艦娘』と『深海棲艦』という相反する二つの存在に出会ったのは、その日になる。
今日の投下はこれで終わろうと思います。
書き溜めはまだあるので、ゆっくりやっていくつもりです。
>>7
支援ありがとうございます。がんばります
僕の出会った少女は、「漣」を名乗った。
名前を尋ねた僕に、自分はさざなみと言うのだと、彼女は絞り出すようにそう答えてくれたのだ。
彼女は衰弱していて、記憶が混乱しているようだった。
名前を言い終わった彼女は、沢山の言葉を脈絡もなく口走り、僕の方に倒れてきたのだ。僕は彼女を受け止め、そして奥の研究室まで彼女を運んでいった。ソファに寝かせ、僕も近くの椅子に座った。
まるで白昼夢を見ているようだった。それも、飛び切り出来の悪い種類の。
しかし、それは完全に、純度100%で現実だった。
同時期、海は地獄に化けようとしていた。
突然に海面に浮上した異形の大艦隊が、人間の全ての船舶を蹴散らしていたのだ。
生還者の証言、また僕の今までの経験から考えるに、『クラゲ』として海中に漂っていた深海棲艦たちが急に浮上、航行中船舶に対して無差別な攻撃を行ったのだろう。
日本周辺海域には、確かに、武装した艦船も多く航行していた。
でもその当時の日本のシステムは、敵が突然に現れ、波状攻撃されるなどといった、荒唐無稽な現象など想定すらしていなかった。
日本は、領海に至るまで、制海権をほとんど完全に失った。
唯一まともに抵抗が出来たのは、米軍および自衛隊の基地を抱え、地理的にも守備側の有利だった、東京湾と広島湾くらいだった。
異形の艦隊は、その日のうちに艦砲射撃と航空機による地上攻撃まで実行し、日本全土の沿岸地区に壊滅的被害をもたらした後、”自主的に”海中に沈んでいった。
9時になり、固定タイムが訪れ、僕は僕の見たことを研究室の面々に説明した。
全面的な納得はしていなかったと思うが、”消えた『クラゲ』”、”割れたガラス”、”現れた少女”という、それまたぶっとんだ目の前の事実が、それに不思議な説得力を与えていた。
11時に構内で緊急放送があり、僕は海上で起こっている、不条理で切実な戦闘行為を知ることになった。屋内退避になり、研究室はテレビの視聴所と化した。報道は、まるで映画を流しているみたいだった。その日の夜まで警報は鳴り続き、日本地図は海岸全体が警報地区を示す赤色に塗られ、市町村の名前の次には、『壊滅』の表示が躍った。
インターネットを見れば、海外も同じ状況に陥っていることは、手に取るように見てとれた。しかしそれは最初のころだけだった。ネットは国外のサーバーに保存されたコンテンツを拒絶し始めた。海中ケーブルが切断されたのだ。
世界はこの日から先、生き残っている通信衛星以外での国際通信を失うこととなる。
日本はそれから先の一年、混沌に包まれることになる。
受けた被害の大きさ、命綱であった海運の壊滅、目途の立たぬ復興。
行政は大きく組みなおされることとなり、また国内インフラも限界まで簡素化・統合化された。
注目されたのは『クラゲ』から生み出された少女たちだった。
僕たちを含めた、国内研究機関の生存者の情報から、『クラゲ』が敵の”タマゴ”であると断定されたのだ。
敵のタマゴから生み出されたとされる少女たちには、否応なしに国家レベルでの調査が行われることになった。
当然のこととして、僕も尋問されることとなる。
目の前でその現象を目撃したのだ。無理もないことだった。
僕はその後、調査の一環として、採取された"一部分のみの敵サンプル"に接触させられることになる。
僕がそれに触ると、それは光に包まれ、そして小さい、人型の生命体になった。
内閣府の直属機関として、「海上激甚災害対策総合研究所」が設立されたのは、主要研究機関の生存者に対する取り調べが大方終わり、事実が整理され始めてからのことだ。
事実というのはつまり、「数人の人間は、敵やその一部を、完全に無害化できる」ということに他ならない。
その研究機関は、「そういう人間の共通点等を見つけ、集めること」「無害化の方法を確立し、事態の収拾を目指すこと」を目的としていた。
彼女と会ったのは、その研究所に集められた時になる。
彼女も僕と同じ体験をしていた。目の前に駆逐イ級が迫り、触れられた。死を覚悟して目を閉じ、暫くして目を開けると、そこには少女がいた。
僕たちは毎日採血され、サンプルに触れさせられ、武装した警備員に監視され続けた。
そんな生活の中で、神経が衰弱してゆく人もかなり多かったが、彼女は気丈だった。
僕はよく彼女と話した。
あまりに刺激や娯楽の無い生活の中で、彼女の存在は僕にとって癒しだった。恐らくは、彼女にとっても僕はそういう存在だったのではないか、と思う。
彼女は好んで図書室で本を読んでいた。
「特に本が好きというわけじゃないの」と彼女は僕に言い訳のように言った。
「研究中は、こんな風に落ち着いてもいられないから、何というか、貴重で」
僕にもそれはよく理解できた。
最初のころは、そんな風にして時間は過ぎて行った。
監視の人間が、常に目を光らせていることさえ気にしなければ――もちろんその前提条件が中々成立しないのだが――、それはある意味で”長い休み”に他ならなかったのだ。
生活に不穏さが入り込んだのは、不快な噂が飛び交うようになってからだった。
「国は、例の少女たちを戦力として投入しようとしている」
それが僕たちに入ってきた最初期の情報になる。
断片的に流れる噂を繋ぎ合わせると、漣を始め、あの時に急に現れた少女たちも、同じ研究所で軍事的な目的の研究対象にされているらしかった。それは聞いていてあまり心地のいいものではなかった。
警察に尋問されることになるまで、彼女は確かに僕と一緒に居たのだ。情が移らないはずもない。
外部との接続を極限まで拒絶されたその生活の中で、僕は不安と共にあった。
自分の何を、どういう風に研究されているのかわからないことへの怖さ。外部で何が起こっているのか、全く分からないことへの恐さ。
僕は漣を思い出して、彼女の華奢さを思って、時々本当に怖くなった。
どうして彼女すら戦力化しなければならないんだ?
それは、何かのっぴきならない事象が起きていることの証明としか思えなかった。
そんな中で、漣と再会したのは、それから三ヶ月後くらいだった。
「ご主人さま」と彼女は言った。「お久しぶりです。さざなみ、綾波型9番艦です」
敬礼で僕を迎え、自分は艦なのだと主張する彼女の姿に、僕は衝撃を受けた。
どうやら、研究所は僕たちと少女たちを懇親させる方向に転換したらしかった。
「今のところ、何も成果が出ていないらしいから、ここ」と彼女は僕に言った。「方針を変えたんでしょう」
彼女は美人だったし、だから研究員たちから情報を得やすかったのだろう。
それからも時々他の誰も知らないようなことを僕に伝えてくれた。
どうすれば敵を少女に変換できるか、研究所はそれが永遠に掴めないようだった。
触れるだけでサンプルを変換できる僕たちは、研究員にすれば、”意味の判らない神懸かり的な存在”としか思えなかったようだ。
現実として、あの日、国内の研究機関はほとんど壊滅していたらしい。
助かった者は――全員が僕のような経験をしていたが――、本当に異端だったのだ。
もちろん、僕は漣にも頻繁に会いに行った。
漣はかわいらしい人だった。若干サブカルチャーにかぶれていたところがあったが、根は真面目だというのも、それと同じくらいよくわかった。
漣は、僕をいつも「ご主人さま」と呼んだ。
その理由を尋ねても、「だってご主人さまはご主人さまでしょう?」と。彼女はそれしか言ってくれなかった。
図書室で会った時に聞くと、彼女も少女たち――その時にはすでに”艦娘”という呼び方が定着していた――に、「司令官」やら「提督」やらと呼ばれているらしかった。
「なんていうか、すごくかわいいと思わない?」
彼女は僕に笑いながら言った。
「あんな澄んだ目で、敬うような口調で、”司令官さん”なんて。そりゃ、言葉のチョイスは少し不思議だけど。そうだな。なんか子供ができたみたいで」
僕もそれに同意した。
研究所での暮らしは、もう半年を超えようとしていた。
僕ら人間の”被験者”は、この日初めて所長に会うことになる。
今日の投下はこれで終わりです。読んでくださってる方はありがとうございます。
もしかすると明日は忙しくて投下できないかもしれません...
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