男「出征するのイヤだし床屋になるわ」 (35)

書きためしなてない。昔話みたいなやつ。戦争の話。



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男「これからこの戦争も激しくなる」

父「うん」

男「学生も兵隊さんとして戦地に出ることになんべ」

父「ああ」

男「だからな」

父「おう」

男「相づち多いわ」

父「すまん」

男「世間じゃあ『お国の為に!』なんて言ってるけどオラやんだ、そんなの」

父「うん」

男「相づちはいいから」

父「すまん」

男「だからな。オラさ、親父の後継いでや。床屋になるわ」

男「床屋は国家資格だし徴兵されね。人殺さなくてすむ」

男「オラは無学だったげんとも弟妹にはちゃんと学校さ行かせてやりでぇ」

男「どうせこの戦争は負ける。隣のヤスちゃんも魚屋のせがれもみんな骨になって帰って来た」

男「なんで、それを『この度はおめでとうございます』と言わねばならんのか!」

男「だからよ……だから……」

男「……」

男「あの……」

男「親父、そこはなんか言って?」

父「すまん」

父「いいよ」

男「いいのが!?」

父「いいよ」

男「オラ、頑張る!」

父「がんばれ」

父「いぎろ」

男「ありがと親父!」

父「浜の方にオレの兄弟子がいる。そごで習え」

弟「あんちゃん兵隊さ行かねの?父ちゃんから聞いだんだげんと」

男「んだ。なんねよ」

弟「なんで!?みんな『オクニノタメニシヌコト』は立派なことだって言ってだよ?」

男「ん~。じゃあよ、おめーよ。勉強好ぎか?」

弟「好ぎ!オラな、さんすうがいっと好ぎなの!」

男「んだな、弟。おめーは勉強大好きなんだよな」

弟「うん!」

男「将来は何になりでぇんだ?」

弟「えーっとね。人を助けるごどをしてぇな!」

男「おめーはオラんちで一番できたやつだからな。あんちゃん、おめーが弟で嬉しいぞ」

弟「えへへ」

弟「それと『オクニノタメニシヌコト』と何か関係あるの?」

男「ああ……今のおめーには難しいかな?『オクニノタメニシヌコト』をするとな。もう弟に会えねぐなるんだ」

弟「えーっ?」

男「妹にも親父にも会えねぐなる」

弟「そんなのやんだ!」

男「だからオラ兵隊にはなんねーんだ。これで……分かってくれたかな?分からなくとも分かってくれ」

弟「んー……わかった。『オクニノタメニシヌコト』はダメなことなんだね?」

男「まぁな。みんなが『良いことだ』と言ってることが全ての人に当てはまることはないからな」

妹「ばぶ」

男「妹。おめーは母ちゃんが最後に残してくれた大事な妹だ」

妹「?」

男「かわいいなぁ、めんこくなるぞ将来」

妹「あば」

男「さて、そろそろ親父の兄弟子さんのところに行かなきゃあな……」

男「行ってくる」

父「いってこい」

弟「あんちゃんいってらっしゃい!気をつけてな!」

妹「ばぶ」

男「じゃ」

男「今日からお世話になります!男です!」

兄弟子「あら、アナタが父さんところの息子さんね。アタシがアナタの兄弟子よ。よろしくね」

男「よろすぐ(男なのに女みでぇなしゃべり方してる)」

兄弟子「アタシ厳しいですわよ。ついてこれるかしら?」

男「がんばります!」

兄弟子「いいわ。頑張りましょ。手取り足取り……ね?」

男「(何だかとても気持ち悪いんだけんど)」

兄弟子「とは言ってもこの時代の髪型といえば……」

兄弟子「坊主、五分、五厘……」

兄弟子「ああん!つまんないわ!ごめんなさいね、男くん。こんな時代じゃなければ……」

男「いんや、兄弟子さんの刈り方はすごく勉強になります」

兄弟子「男くん……ウホ」

男「(男色の気でもあるんだべか)」

兄弟子「そうね……今日は店じまいにして夕飯を食べましょ!」

兄弟子「娘を呼ぶわ。女ちゃーん!」

男「え!兄弟子さん娘さんがいるんですか!?」

兄弟子「ええ、何かおかしいかしら?」

男「いや……その……」

女「……お父さんのしゃべり方がおかしいのよ」

男「あ、あなたが兄弟子さんの娘さんすか!」

女「はい。女といいます」

女「すいません、男さん。お父さん、二年前お母さんが死んでから『ワシがお母さんも務めちゃる!』って言ってからこんな感じで」

兄弟子「それからしゃべり方を直そうとしても直らなくなっちゃったのよ」

男「そうなんですか……」

男「それにしても……美しい」

男「あ、言っちまった」

兄弟子「アラ、褒めても何もでないわよォ~。ホホ」

男「いや、そうじゃなくて」

兄弟子「それにしても、食糧が配給制になってからちゃぶ台の上も貧相になったものね……」

男「そうですね……親父たちちゃんと食べれてるかな……?」

兄弟子「大丈夫よ。ソコのところはあなたの手伝い料としてちゃんと送っているから」

男「あ、ありがとうございます!ありがとうございます!」

兄弟子「アナタはほんとに家族思いな子ね。家族のために死なないことを選んだ……」

女「男さんはいくつなんですか?」

男「あ、ハイ。えっと……その。じゅ、19です」

女「あ、わたしより三つも上なんですね!あの……背があまり高くないので同じくらいか、そのォ……」

女「年下かと……」

男「」キニシテタ

兄弟子「さぁ!明日も頑張りましょうね!男くん!」

男「」

兄弟子「?」

こうしてオラの兄弟子さんの所での住み込み修業が始まった。

日記をつけ始めたのもこの頃だ。

兄弟子「さ、男くん。私がやった通りやってみなさい。相手になる人形は今は買えないから、お客さまがそこにいるつもりでね」

男「はい!」

男「…………」

男「ど、どうでしょうか?」

兄弟子「そうね……(飲み込みが早いわ……。空気相手に姿勢を崩さないあたりは完璧。でも……)」

兄弟子「姿勢に集中するとハサミを持つ手の動きが遅くなるわ。ハサミの動きの早さを等間隔かつ素早く動かさないと出来にばらつきが生まれるの」

男「そうでしたか……」

兄弟子「これじゃあ、まだまだ本物のお客さまをあなたに預け任せるなんてできないわ」

男「うぅ……」

兄弟子「でもね、男くん」

男「はい?」

兄弟子「焦らなくていいの。家族を守りたいからここに来たのは分かるわ。でも、あなたの焦りは身体を空回りさせる」

男「空回り……」

兄弟子「ええ、空回り。空回りして気づいたときには大変な失敗をしてしまう。仕事でも……人生でも」

男「人生……」

兄弟子「焦らなくていいわ。じっくり一歩ずつ、ね?」

男「はい!」

兄弟子さんは時に優すぐ、時に厳すぐオラに教えてくれた。たまに不思議なことを言う人だった。

兄弟子「アタシは仕事があるから男くん、ちょっと女ちゃんと配給行ってきてくれないかしら?」

男「わ、分かりました!」

女さんと一緒……二人きりで……オラの頭は煩悩でいっぱいになった。

男「い、いやぁいい天気すなぁ」

女「そうですね。これで空襲なんて来なければもっと良いんですが……」

男「空襲っつっても東京に比べればなんぼもいいもんですよ!こっちは偵察機飛ぶくらいで……」

女「でも、怖い……」

キュッと身を縮めた女さんにそっと手を握りたかったけどもなんだか怖くなってやめた。

配給をしている公民館へ向かう途中、女さんが「海を見たい」というので少し寄り道をした。

女「きれいですよね……ここ」

男「ああ、キレイです。女……さん」

女「え?」

男「いや、なんでも。そ、そうすね。きれいです、海」

海といえば、まだ小さい頃オラはチリ地震津波を経験した。
オラの家は海辺より遠く、高い場所にあったから被害こそなかったものの津波が村に向かう瞬間はこの目に今も焼き付いている。

女「小さい頃お母さんとお父さんと一緒によく来たんです。この浜辺」

男「そうだったのですか……」

白い肌に紅い唇。その目には涙が溢れていた。女さんのおふくろさんの話が気になるけんど、「そろそろ行きましょうか」と笑う彼女になにも言えずオラだづは配給さ向かった。

兄弟子「今日も配給の内容は芳しくないわね……」

女「お父さん、うちでもサツマイモやばれいしょを育てましょうよ」

兄弟子「そうね……。このままじゃ栄養失調になってしまうわ!男くん、明日畑仕事お願いしてもいいかしら?」

男「はい!」

兄弟子「ごめんなさいね、色々と。後で練習の成果も見せてもらうから」

男「はい!配給でもなんでもします!」

女さんがいれば何でもできそうだった。女さんがこちらを見てくれればいいなと強く思い始めた。

家族のため、そして女さんのため。

兄弟子「男くん、アナタ何だか顔がゆるみっぱなしよ」

兄弟子「さ、男くん。練習の成果を見せてちょうだい。今回も『空気』相手に」

男「はい!」

空気相手の練習はもう飽きる程やった。兄弟子さん、オラの腕を見てください!

男「どうでしょうか?」

兄弟子「いい……いいわ。もう少しやってみなさい」

男「はい……」

兄弟子「うん、よくこの短期間で……あなた……」

男「はい!」

兄弟子「女ちゃん好きでしょ?」

男「はい?」

兄弟子「アタシの娘の女ちゃん……好きでしょ?」

男「はい!?」

兄弟子「手がぶれてるわよ!」

男「あっ」

兄弟子「図星ね。手を止めて聞きなさい」

男「はい……。すいません」

兄弟子「……まぁね。まぁ女ちゃんは可愛いわね。ここらでも有名よ」

男「そうですよね……きれいです。ほんとに……」

兄弟子「でもね、ダメよ」

男「やっぱり……」

見透かされていた。オラからすれば高嶺の花だったしな……。しかし、ダメと言われるとがっくりする。

兄弟子「今は、ね」

兄弟子「昼間の配給にあなた着いていかされたでしょ?」

男「はい……」

兄弟子「何故か分かる?」

男「それは……女の子を一人で歩かせるのは危ねがらすか?」

兄弟子「まぁ、それはそうだけど。……それを初めに提案したのはね、女ちゃんなのよ?」

男「えぇ!!なじょして!?」

兄弟子「分からないわ。人見知りをする子だからこんなことないと思ってたんだけど……」

なぜだか全く分からなかった。でも、嬉しい。『オラだけ』というのがどうにも嬉しい。

兄弟子「アラ、そんなに嬉しいの?あの子も珍しいことがあるものね、心を許してくれるのよ。アナタに」

男「嬉しいです、ほんとに」

兄弟子「正直でよろしい」

兄弟子「さっき、アタシ『今はね』って言ったじゃない?」

男「はい……」

兄弟子「いいわよ」

男「な、何がいいんですか?」

兄弟子「何がって……あなたが女ちゃんに告白する権利よォ~!でも、あの子が学校を出て、あなたがお客さまを任せられるようになってからね」

男「うわぁ……オラ信じらんねぇな……」

兄弟子「でも、アナタがお客さまを任せられるのはまだまだ後よ」

男「ですよね……」

兄弟子「でも、アタシのお手伝いはお願いするわ」

男「はい!」

兄弟子「……忙しくなるわね」

あの時オラは兄弟子さんの言う通り、忙しくなると思っていた。

つづく

兄弟子「暇ね……」

男「暇……ですね」

ここ1ヶ月客がめっきり減っている。ここの地域の住民が出征して減っている、というのもあるが。人々が髪を切りにいくのにわざわざ金を払うのが馬鹿馬鹿しいという考えに変わってしまったのだ……とオラは感じていた。

村人A「すいませーん」

兄弟子「アラ、お客さまね!どうぞこちらへー」

村人A「……」

男「?」

兄弟子「どうぞー?」

村人A「そうでなくてよ」

兄弟子「え?」

村人A「そうでなくてよ、うちのせがれの髪切るのに台所ばさみじゃさっぱ切れねくてよォ。おたくのハサミ貸してけねべか?」

男「え?」

村人「え?」

兄弟子「……は?」

兄弟子「よく……聞こえなかったわ」

村人A「あどさ、カズヲさん家にも貸してけねべか?あっこの家も困ってたんだなや」

男「え、あ、お、すいません!家では備品の貸出しはし「帰りなさい」

村人A「あ?」

兄弟子「帰りなさい」

男「兄弟子……さん?」

兄弟子「帰りなさいな」

怒っている……。兄弟子さんが……怒っている!怖え、凄い形相で村人Aさんを睨んでいる。

村人「なんだべ、ワシらいっつもあんだんとこ贔屓にしてだのにそういう言い方は「帰りなさい」

男「兄弟子さ……」

兄弟子「帰りなさい……」

村人A「わがった、あんだ自分とこで髪切ってがねーがら怒ってるんだべ?今はそんな場合じゃあねーのも分かってるべ?床屋なんぞに金払っ」

バキッ

何かが聞こえた。気のせいだ、気のせいだと言ってけろ。

バキッ

兄弟子さん

男「兄弟子さん!落ち着いて!村人Aさんのびてます!」

我に帰った兄弟子さんは村人Aさんを殴るのをやめた。肩で息をしている……よほど腹がたったのだろう。

兄弟子「ごめんなさい……男くん。村人Aさん家にワタシ謝ってくるわ」

男「はい……」

兄弟子「店……汚しちゃったわね。これは……ワタシが片付けるわ」

男「はい……」

兄弟子は村人Aさんの家に謝りに行った。何と言われたのだろうか。

殴られたのだろうか、罵られたのだろうか。店に帰って来た兄弟子さんは帽子を深く被って顔を見せないように理容イスに座った。

兄弟子「店……ワタシが片付けるって言ったのに……」

男「すいません。でも、兄弟子さん座っていてください」

兄弟子「ありがとう……。男くん」

男「なんですか?」

兄弟子「女ちゃんには黙っていて」

男「……はい」

女「お父さん、男さん。お帰りなさい」

兄弟子「たっだいまー!」

男「ただいま帰りました」

兄弟子「今日のご飯はなにかしらー!」

女「今日はお魚ですよ」

兄弟子「久しぶりねー、嬉しいわっウフフ」

女「……」

男「……」

オラが言わなくてもその内バレてしまうんじゃないか……。

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