佐藤心「太陽になりたい」 (29)

佐藤心ssです。
P目線。地の文。
はぁとがシリーズだったりします。

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 僕の携帯がなったのは夜の9時すぎ。お風呂上がり、冷蔵庫から麦茶を取り出して、今まさに読書を始めようとしていたときだった。
 画面に表示されたその名前から、相手がにゃっとした笑みを浮かべながら僕に電話をかけてきていることが安易に想像できた。
 僕はため息を一つついてから電話に出た。

「こんばんわー☆いい子にしてたか?」

 夜だというのにやけにハイテンション。声からは大人の女性の慎ましさというものが欠片も伝わってこない。
 僕はもう一度、今度は電話相手にも聞こえるように大きくため息をついた。

「あ!露骨なため息!ひどい!夜にこんなスウィーティ―なアイドルから電話かかってきたっていうのに何その反応。傷つきました。慰謝料を請求する!」
 
 僕の方が慰謝料を請求したい気分である。
 持っている文庫本に栞を挟み、ベッドスタンドに置いた。ようするに僕は諦めたのだ。平穏な夜というものを。

「それで何のようですか、はぁとさん」

 電話越しの、僕の担当アイドルであるはぁとさんはこう答えた。

「明日、海いこう☆いくぞ☆」

「海?」と僕は聞き返した。「何をしに海に行くんですか」

「泳ぎに」と答えたはぁとさんに僕は再び聞き返した。

「泳ぎに?だってまだ7月になったばかりですよ?海開きしてないですよ」
「開いてなくても、海はあるだろ☆大体、連日こんなに暑い日が続いているのに海が開いてないっていうのははぁと的におかしいと思うの」

 海がおかしいのか、はぁとさんがおかしいのかは置いといて、確かに最近の暑さはおかしいものがあると思う。

「はぁとさんの言いたいことはわかりました。
 それで、これは僕からの提案なのですが、海に行くくらいでしたら喫茶店とかにしませんか?はぁとさん甘いもの好きですよね?」

 なぜわざわざ暑い日に外へ出かける必要があるのか。それが僕の持論である。
 出来ることならクーラーの効いた部屋で一日のんびり過ごしていたい。
 そんな僕の考えを一蹴するかのように電話越しのはぁとさんは叫んだ。

「のん!そんなの全然スウィーティーじゃない!
 いいかよく聞け☆聞いて☆暑い中海まで行って泳ぐってのが最高にスウィーティ―なの」

「そういうものなんですか」
「そういうものなの!」
「そうですか。でしたら確か来週に水着のお仕事が入っていましたよね?」

 机の上にある手帳をとり、ぺらぺらとめくる。『水着』と赤のペンで書かれた日付を確認し、
「ほら、金曜日です」と告げると、はぁとさんの声が爆発した。

「のん!お仕事で行く海とプライベートで行く海は全然違う!コーヒーとココアくらい全然違うの!
 なに?プロデューサー。そんないじわるなことばっかり言って。はぁとのこと嫌いなの?」

「……そんなことはないですけど」

 ついたじろいでしまう。そしてはぁとさんは僕が尻込みしたのを見逃さない。
 少しでもチャンスを見つけると、そこに飛び込むような人なのだ。
 ここぞというタイミングで、はぁとさんは声を弱々しいものへと変えた。

「あのね。真面目な話になるんだけど、はぁとの出身地どこか覚えてる?」
「長野ですよね」
「うん。正解。長野県ってプロデューサーが知ってるかどうか知らないけど、海ないの。
 だから子供のころからずっと海に憧れていたの」

「はぁ」
「アイドルになって仕事で何回か海に連れていってもらった。白い砂浜。青い海。憧れた景色がそこにあった。
 けれどそれは、はぁとが想像していたよりもスウィーティ―なものじゃなかった。それで気づいたんだ」

「……何にですか」
「はぁとが憧れたのは、大切な人と過ごす海なんだって。
 ねぇプロデューサー、もう一度聞くね。明日、はぁとと二人で海いかない?」

☆☆☆

 はぁと。もちろん本名ではない。本名は佐藤心。
 心と書いて、『しん』と読む。はぁとさんが言うには、親がめんどくさがりだったらしい。

「真っすぐと芯のある子に育ってほしい。
 ってママは言っていたけど、それにしたってもっとスウィーティ―な名前があると思わない?
 ほら、しんってどちらかというと女の子の名前ってより男の子の名前じゃん?
 だからプロデューサーははぁとのこと、はぁとって呼んで☆呼べよ☆」

 はぁとさんの親がめんどくさがりかどうかは置いておいて、
 変わった人、というのが僕を含め、周りの人のはぁとさんに対する評価だった。

 担当している僕がいうのもなんだが、26歳からアイドルを始める人は珍しい。
 そしてキャラ。他の大人組のアイドルが大人の包容力や妖艶さを持ち味に売り出している中、
 はぁとさんは『スウィーティー』と、言うなれば、ぶりっ子キャラのような独特なキャラで売り出している。

 はぁとさんの担当に決まったとき、僕は頭を抱えた。プロデュースの方法がわからなかったのだ。
 王道の正統派アイドルならまだしも、僕よりも年上で、
 アイドルよりどちらかというと芸人気質な彼女を輝かせるのは新卒のぺーぺーである僕には難しすぎた。

 二人して仕事のない日々が続いた。僕は一日の大半を事務室で、はぁとさんはレッスン室で過ごした。
 
 その間、はぁとさんは何も言わなかった。僕に仕事を取ってこいとも、アイドルを辞めるとも。
 それどころか、僕や他のアイドル達の前でも常に笑顔を絶やさなかった。

「つらくないですかアイドル」

 担当になって数ヵ月が経った日の夜、いたたまれなくなった僕ははぁとさんについ聞いてしまった。
 はぁとさんはきょとんとした顔を浮かべてから、僕の言った意味を察したらしく、にっこり笑った。

「楽しいよ」

「アイドルはね。はぁとの夢だったの。憧れだった。
 小さいときに目の前でアイドルのお姉さんを見た時に感動したの。
 すごくキラキラしてて眩しくて。私もこんな風になりたいって思ったの。
 だからどうしてもアイドルになりたかった。確かに今は崖っぷちかもしれないけど、それでも今がすっごく楽しい」

 そのときのはぁとさんの笑顔を僕は今でも鮮明に覚えている。

 それからも、はぁとさんは真面目にアイドル活動に取り組んでいった。与えられた数少ない仕事を拒まず全て受けた。
 最初は都合のいいアイドルだと認識されて、徐々に何事にも全力で挑むアイドルなのだと評価が変わっていった。
 バラエティやラジオの仕事が目に見えて増えた。
 
 僕がプロデューサーになって一年、
 はぁとさんはトップアイドルとまではいかないが、今ではテレビのレギュラーを何本か持っている売れっ子アイドルになっている。

♪♪♪

 そのはぁとさんは朝の6時に僕の家にやってきた。
 僕ははぁとさんが何度も鳴らすインターフォンの音でたたき起こされた。

「起きろー☆」

 モニタの画面一杯にずうずうしく表示されるはぁとさんの顔。クリーム色のツインテール。そして深緑色の瞳。
 
 キラキラと輝くその瞳は、はぁとさんの親が込めた願いのとおり、
 とても真っすぐで、自分のやりたいことは最後まで全力でやり切るという強い意志が込められているようで、僕は好きになっていた。

「おはようございますはぁとさん」

 目をこすりながら僕はモニタ越しに言った。

「おはよう☆準備できてる?」
「いえ全く」
「昨日の夜に、明日の朝行くって言ったじゃん。なんで準備できてないのさ☆怒るぞ☆」
「朝って10時頃だと思ってました。来るにしても早すぎるんですよ」
「早く動き出さないと夏が終わっちゃうだろ☆早くして☆早くしろ☆それか家にあげろ☆」
「わかりました。すぐ行くので待っててください」
「おい!」

 モニタを切り、僕は身支度を整える。はぁとさんといるといつもこうだ。
 周りから見ても、僕自身から見ても、僕はいつもはぁとさんに振り回されている。

 スニーカーを履き、ドアを開けた。夏の陽射しが降り注いで、僕は目を細める。
 今日はいつも以上に熱い一日になりそうだとため息をついてから、柄にもなくはぁとさんの元へと走りだす。
 
 はぁとさんは玄関を出たところで僕のことを待っていた。
 白のタンクトップにオレンジのフレアスカート。足元は海に行くからかカジュアルなサンダルを履いている。

「おそーい」

 口を膨らませながらはぁとさんが言った。

「はぁとさんが早すぎるんですよ」と僕は言った。

 はぁとさんは僕の方をきょろきょろ見渡して

「ねぇプロデューサー。まさか海いくってのに、手ぶらってことはないよね?」
「はぁとさんが来るの早すぎるから何も準備できなかったんですよ」

 言いながら、僕もはぁとさんの方をきょろきょろ見渡す。はぁとさんの周りにも荷物らしきものは見当たらない。

「そういうはぁとさんだって、手ぶらじゃないですか」
「うん?はぁとの荷物はあの中に入ってるぞ☆」

 そう言って、はぁとさんは駐車場の方を指さす。見ると、見慣れた事務所の車が止めてあった。

「どうしたんですか。これ」
「海いくって言ったら、ちひろちゃんが貸してくれた♪」
「あの千川さんがですか」と僕はあくびをしながら言った。

「なに、プロデューサー、昨日眠れなかったの?」
「そうですね。電話の後すぐ眠りに入ることは出来なかったですね」
「わかるぞ☆はぁとも今日の海が楽しみで寝付けなかったもん。プロデューサーはどうせ読書でしょ?」
「そんなところです」と僕は嘘をついた。

「なんで海行く前日に、読書で夜更かしするかなぁ。眠れなかったはぁとも人のこといえないけどさ。
 ……大丈夫?眠いなら、はぁとが車運転しようか?」
「大丈夫です。まだ死にたくないので」
「おいこら☆どういう意味だ☆ゴールド免許なめるなよ☆」
「わかりましたから。助手席のってください」
「はーい☆」

 きっと、昨日の夜からずっと僕らは興奮しているのだ。
 はぁとさんは初めてのプライベートでの海に。僕ははぁとさんと二人きりで過ごす夏に。

☆☆☆

 鍵を回すと、アイドル事務所の車らしく、所属しているアイドルの子たちの曲がかかりはじめた。
 ナビの目的地に海を設定し、車を走らせる。はぁとさん曰く、

「こういう日は夏を感じるようにするのがスウィーティー」らしいので、クーラーはつけさせてくれなかった。
 
 かわりに窓を少しだけ開けた。そのせいかルームミラー越しに見るはぁとさんのツインテールが風でときどき揺れている。

「それにしても千川さん、よく車貸してくれましたね」
「そう?そんなに意外?」
「はい。なんというかもっと厳しい人だと思ってましたから」

 千川さんというのは僕より2つ年上の先輩だ。
 アイドル級のルックスを持ちながらアイドルではなく経営や事務といった裏方をやっている。
 僕が事務室に通い詰めていたとき、一番お世話になった先輩だ。

 彼女は良くも悪くも笑顔が似合う。
 笑顔で挨拶をくれ、笑顔で僕を呼び出し、笑顔で僕のミスを指摘する。あの笑顔は当分忘れそうにない。

「明日うちのプロデューサーと海行くから車貸しておくれ☆って頼んだら、
 楽しんでくださいねって簡単に貸してくれたぞ」
「それは事務員としてどうなんですか」
「うーん、わかんない。でもちひろちゃんはいい子だぞ。アイドルの子たちのことすごく気にかけてくれてるし」
「その優しさをプロデューサー達にも与えてくれるよう言ってくれませんか」

 はぁとさんはにやにやと僕を見て

「わかった☆伝えとく☆」
「冗談ですってば」


 千川さんの話の後、僕らは事務所のアイドルの話をした。最初は城ヶ崎美嘉ちゃんで次は鷺沢文香ちゃんが話題に挙がった。
 特に深い意味はなくて、その場でかかっていた曲の子の話になっただけだ。

 はぁとさんはよく喋る。話題がつきるとすぐに新しい話題を喋り始める。  
 これははぁとさんが芸人気質だと言われる理由の一つでもあると思っているが、僕自身としてはありがたいことだった。
 ツッコミを入れやすい。反応がしやすい。プロデューサーをしといて言うのもなんだけど、
 僕はどちらかというと女の子と話をするのは苦手なタイプの人間なのだ。

 神谷奈緒ちゃんの曲が終わると、
 はぁとさんは何かに気づいたようで、「おっ」と声をあげ、窓を全開にした。
 暑さが充満した車内に夏の風が一気に吹き込んでくる。
 風にかき消されないように声のボリュームを少し上げて僕は聞いた。

「どうかしましたか?」
「海の匂いがする」
「海の匂いですか」

 僕は鼻を鳴らし、左の方をわき見する。
 匂いはしないし、肝心の海も道路沿いに生えているたくさんの木が邪魔していて全く見えない。
 ナビを見ると確かにもうすぐ着くと書かれているけど。

「本当に海の匂いします?」
「するよ!これは間違いなく海の匂いだって」

 僕はもう一度鼻を鳴らす。やっぱりよくわからない。

「間違いないって。はぁとのスウィーティ―な勘がそこに海があるって告げてるんだもん」
「どんな勘ですかそれ」

 車はトンネルへと入った。窓を閉めて、そこで初めて会話がつきた。
 
 僕は運転しながら隙をみては鼻を摘まみ、
 そもそも海の匂いっていったいどんな匂いなんだと考えていた。

 はぁとさんは横で「はぁとの勘は当たるって評判なのに」と口を膨らませていた。
 おそらく大したことは考えていない。

 短いトンネルだったのか、すぐに出口の明かりが見えてきた。僕はサンバイザーを構える。
 強烈な太陽の光が車内に降り注ぐと同時に、はぁとさんが声をあげた。

「プロデューサー!」

 トンネルに入るまであった木々はすっかりなくなっていて、窓一面に夏の海が映っていた。
 それは現実の景色のはずなのに、僕には馴染みのない、見たことのない景色だった。
 
 青空の下の夏の海。窓を通して見るそれは、額縁に収めた一枚の風景画のようだった。
 今ならもしかしてと僕は窓を開け、鼻を鳴らした。その様子を見てはぁとさんはくすりと笑った。

「どう?海の匂いした?」
「いえ全く」
「もう!でも、はぁとの勘が正しかったじゃん!ほら!謝って!」

 はぁとさんは笑いながら僕の肩を叩いてくる。

「すいません。てか運転中です!あぶないですってばはぁとさん!」
「ごめんごめん☆ついはしゃぎすぎちゃった」

 はぁとさんは窓を全開に開けると身を乗り出すように、海に向かって叫んだ。

「うーみーだー!」
 
 夏の風がはぁとさんの匂いを運んでくる。
 海の匂いはわからないのに、はぁとさんの匂いはわかります。
 そんな言葉が頭に浮かんで、僕はアクセルを少し強く踏み込んだ。

♪♪♪

 駐車場に車を止める。
 車のトランクにははぁとさん持参の海を楽しむための荷物がたくさん入っていたけれど、どれも下さなかった。
 僕とはぁとさんの目の前で広がる海は、陽の光をたくさん浴び、
 それらを一気に放出するようにきらきらと輝いていた。

「ついにきたな☆」

 僕の横で目をきらきらと輝かせながらはぁとさんが言った。

「そうですね」と僕が言う頃にははぁとさんはスタートを切っていた。
 白い砂浜を駆け抜け、海へと一直線に駆けていく。「日焼け止めは」と僕が叫んだところで止まりはしない。
 ゴールにたどり着いたはぁとさんは、そのまま足を海へと入れて僕を呼んだ。

「プロデューサー早くおいでよ☆気持ちいいよ☆」

 僕は少し早足に、はぁとさんが残した足跡の横を歩いた。

「そんなに気持ちいいですか?」
「うん☆ほらプロデューサーも足つけてみなよ」

 靴と靴下を脱いで丁寧にまとめる。そしてはぁとさんに言われるがままに足を入れる。
 ぽちゃりと飛沫が小さく跳ねる。確かに海開きしていないのが不思議なくらい、冷たくて気持ちいい。

「気持ちいいだろ☆」と笑うはぁとさんに

「そうですね」と僕は頷いた。

「ねぇプロデューサー。泳ごっか」

 足でぱしゃぱしゃと海水を鳴らしながらはぁとさんが言った。

「確かに泳いだら気持ちよさそうですけど」と僕は言った。
「まだ海開きではないですし、それに僕たちは水着を持ってきていないですよ」

「ちょっと考えてみて♪考えろ♪ここで泳がずに帰ったら絶対悔いが残るでしょ?
 だったら今を全力で楽しんで、後悔は後ですればいいと思わない?」

 深緑色の瞳がそう告げる。
 真っすぐな瞳には強い意志が込められていて、太陽のように、海のように、輝いている。
 僕はしばらくその瞳を見つめ、それから、着ているものを脱いだ。

「プロデューサーのそういうところ、はぁと好きだぞ☆」

 下着姿になった僕にはぁとさんは言った。

「そういうはぁとさんはそのまま泳ぐんですか?」

 はぁとさんは自分の恰好を確認して、

「確かに。ちょっと脱ぐか」と砂浜に戻り、サンダルだけを脱いだ。

「さぁて。泳ぐぞー☆」

 そういうと、タンクトップにフレアスカート姿のはぁとさんはそのまま海に飛び込んだ。
 二人きりの海に水の音が高らかに響いた。

「プロデューサー?泳がないの?気持ちいいよ」

 僕の元へと戻ってきたはぁとさんが聞いた。ふと見ると、水ではぁとさんの服が透けて、ピンク色の下着が見えていた。

「どこを見てるの?」

 僕はとっさにはぁとさんの胸から目を逸らした。

「髪」と僕は言った。「自慢のツインテール。水を含んで元気なくなってますよ」

 結んでいたゴムをほどいて、はぁとさんはにやりと笑った。
 そして、僕の腕をつかんで、一気に引っ張った。

「これは水着だぞ♪えっち♪」

 僕らはそのまま海に落ちた。

「ちょっと!はぁとさん!」
「あはは!プロデューサー、水も滴るいい男じゃん☆かっこいいぞ☆」
「今日という今日は怒りました。覚悟してくださいね」
「やだープロデューサーこわーい♪はぁと襲われちゃうー」

 僕たちが起こした水面の揺れを波が綺麗にさらっていった。
 今日来た証を残すようにと僕たちは何度も何度も揺れを作った。

「競争しよう」

 ここから砂浜まで、と言うと同時にはぁとさんはスタートを切って、僕は出遅れた形となった。
 砂浜に戻り、はぁとさんは上下ピンクの水着姿になって、それからレースを再開した。
 最初の2本は僕が勝って、クロールを禁止されてからははぁとさんが勝った。

「スウィーティ―だろ」
 
 最終レースが終わるとはぁとさんはそう言ってにっこり笑った。

「スウィーティーですね」と僕も笑い返した。

 夏の陽射しが僕らに降り注いでいた。海の水を甘いものへと変えていた。

「やっぱり夏は気持ちのいい季節だな」と呟くはぁとさんに、

 はぁとさんがいるからですよ、と僕は心の中で呟いた。


☆☆☆

 車が汚れないようにと、はぁとさんが持ってきたタオルをシートに敷いてから僕はキィを回した。
 行きのときと同様に、アイドルの曲がかかりはじめる。

「気持ちよかった。満足♪満足♪」

 助手席には大きく伸びをするはぁとさん。
 行きのときとは違って、髪型は期間限定のストレートロングになっている。
 夏風が車内に吹き込むたび、何にも縛られていないクリーム色の髪がゆらゆら揺れる。

 帰りの車内も僕たちは様々なアイドルの話をした。最初は渋谷凛ちゃんで、次は高垣楓さん。
 はぁとさんは面白おかしく語りだして、僕はうんうんと頷く。
 お互い、海に向かうときの元気や憧れは残っていない。どちらかというと疲れている。
 僕はそこに少しどきどきが混ざっている。言うなれば、花火の後のような。余熱が僕を妙に熱くさせていた。

 高速道路を抜け、車が市街地へと入りだしたころ、ステレオの曲が変わり、はぁとさんが声をあげた。

「あっ!『sun♡flower』だ!」

「聞いて!聞いて!」と言いながらはぁとさんはボリュームを上げる。
 ひまわりをモチーフにしたその曲は、夏らしい恋の歌になっていて、一部をはぁとさんが歌っている。

 イントロが終わり、メロディが始まるとはぁとさんは黙ってしまった。何か思うところがあったのだろう。
 僕はそっと窓を閉めた。何とも心地のよい暑さの中で、しばし二人、その曲を聞き入った。

「ねぇプロデューサー、今までありがとうね」

 2番目のメロディが流れ始め、車が信号で止まるとはぁとさんは口を開いた。

「こんな私をずっとプロデュースしてくれて。
 夢にまでみたアイドルになって、それだけでもプロデューサーには感謝の気持ちでいっぱいなのに、
 はぁとをCDデビューできるアイドルまで育ててくれた。
 アイドルになりたてで仕事も全然なかったとき、はぁとに何も言わなかったでしょ?あれすごく嬉しかったんだ。
 普通の人なら、アイドル向いてないよとか、アイドルやめろとか言いそうなのに、プロデューサーは黙って待っててくれた。
 だから、この人の期待に応えなきゃって必死に頑張れた」

「そんなことはないです」と僕は言った。「ここまでこれたのは、はぁとさんの実力ですよ」

 はぁとさんは首を振って

「ううん。そんなことないよ。プロデューサー、ほんとにありがとう。これからもよろしくね」

 にっこり笑った。

 ふいに僕はプロデューサーとアイドルということを忘れて、はぁとさんの笑顔を独り占めしたくなった。
 手を伸ばせばすぐ届きそうなはぁとさんの右手を握り、好きですと伝えてしまいたくなった。

 夏の空気が車の中に満ちていた。
 太陽と海とはぁとさんの匂いが僕の身体をこれ以上ないくらい熱くした。
 
 はぁとさん、と声が出そうになると同時に、はぁとさんは照れくさく笑った。

「ちょっと真面目になりすぎちゃった。
 ……だからね!プロデューサー!次はソロのCDデビュー!
 そしてゆくゆくは、はぁとをトップアイドルにしろよ☆してね☆」

 

 ひまわりのような笑顔を前に、僕は言いかけた言葉を飲み込んだ。
 そして、はぁとさんにばれないように小さくため息を吐いた。

 結局、はぁとさんははぁとさんなのだ。
 深緑色の瞳は真っすぐに、トップアイドルへの道を見つめている。

 僕たちはまるでひまわりの花のようだった。視線は交わらない。真っすぐに太陽だけを見つめている。
 太陽になりたい。僕はその思いを大切に心の奥にしまいこんだ。

「はぁとさん、絶対トップアイドルにしますから」

 僕が言うと、はぁとさんは光り輝く太陽のように、にっこりと笑った。

おしまい。

佐藤誕生日おめでとう。

そんなくだらないこと言ってる人には物理的はぁと☆あたっくが飛びます。
いい加減、Pとはぁとさんをゴールさせたい。

読んでくださりありがとうございました!

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