杏奈ちゃんは眠そうな目に似合わぬ速さで画面をリズムよく叩いていく。
曲が終わり、画面にはFULL COMBOと表示された。……すごい!
百合子「杏奈ちゃんって本当に音ゲー得意なんだね! ノーツ見えなかったよ」
杏奈「音ゲーはとにかく慣れ……。慣れたらIMPRESSION→LOCOMOTION!のMMも……余裕」
百合子「私も早くプロデューサーレベル35になってロコちゃんの曲プレイしたいなぁ」
今日は私たちのレッスンも終わりあとは自由時間。ただ雨が降っているからやむまで杏奈ちゃんと事務所で時間をつぶしているところ。
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「キャーーーーーーーーー!!!!」
そんなほのぼのとした空気を打ち破るかのように女の人の悲鳴が聞こえた。
只事ではない声に杏奈ちゃんと顔を見合わせる。
百合子「杏奈ちゃん! いくよっ!」
杏奈ちゃんはコクンとうなずいた。
悲鳴がした方に向かうと紬さんが冷蔵庫の前でがっくりとうなだれていた。
今の悲鳴って紬さん? 普段の落ち着いた様子からは全く想像できないけど……しかも
紬「ウチのプリンが……ウチのプリンがない」
なんてぼそぼそとつぶやいている。
杏奈ちゃんも心を痛めているのか、心配そうに紬さんを見つめている。
よしっ! ここが私がどうにかしなくっちゃ!
百合子「お嬢さん、この事件私にお任せくださいっ!」
鹿撃ち帽を被ってパイプをふかしながら(火はつけてないよ)意気揚々と告げる私。
紬「この方は何を……?」
杏奈「百合子さんがこうなったら……最後まで付き合う方が……早い……と思う……よ」
まずは事情聴取。
紬「昨日エミリーさんとプリンを買いに行ったのです……。冷蔵庫に入れておいたそれをさっき食べようとしたらいつの間にかなくなっていて……。ごめんなさい、この程度のことでお騒がせしてしまって」
紬さんが楽しみにしていたプリンは超がつくほどの有名店の看板メニュー。
ショックを受けるのも分かる。
横目で杏奈ちゃんも動揺しているようにみえた。
紬「でもそれだけで誰が食べたかなんて当てられるハズは……」
百合子「大丈夫です。私を信じて」
たしかに紬さんの証言だけだと誰が食べたかなんて分かるはずもない。
ただ私は推理小説をそこそこの数読んでいて知っている。犯人は必ず現場に証拠を残すと!
だから冷蔵庫の中をみればヒントがつかめるハズ……!
百合子「んーと……」
この冷蔵庫は私用も兼ねていて、みんなのお菓子やジュースが並んでいる。
どのお菓子にも誰かに食べられないようそれぞれの名札がついてある。
名札といってもメモ用紙にボールペンで自分の名前を書いてセロハンテープで貼った簡素なものだ。
直接パッケージに名前を書いても良いんだけど、パッケージに濃い色がついてると見にくいし、どこに書いてあるかも分かりにくいのでいつの間にか自分の名が入った名札を付けることが事務所の常識となっていた。
みんながみんなお菓子を冷蔵庫に入れてるわけじゃないから、誰のお菓子がなくなっているのかまでは分からない。
……?
なんだろこの違和感
お菓子を手に取って名札を確かめてみる。
それぞれ未来、静香、翼、星梨花、美奈子、LOCO、エレナ、エミリー、ひなた、育、桃子etc……と縦書きで書かれている。
違和感の正体が分かった! どれも同じ筆跡なんだ!
ということは……誰かが名札を新しく作って入れ替えた? なんのために?
むむ……謎は深まることばかり。
思考を深めてみる。多分、私なりの推理方法。
私は登場人物になりきって想像を広げるのが得意、だったら犯人の視点に立ってみては?
私は犯人……。私は犯人……。
お菓子を食べようと冷蔵庫を開ける。
そこで名札を貼りかえる……。
貼りかえるには剥がすって行程が必要だよね。
剥がすのが目的? 剥がしてどうする? 結果的にはまた貼り直しているし……
ダメだ。思考が進まない。明らかにおかしい行動なのに。
……視点を追加しよう。小説だと犯人が複数いて共犯ということもたびたびある。
剥がした人物と食べた人物は別人だったとすれば……?
Aが名札を剥がす。Bはお菓子を食べたとする。そしてAが貼り直す。
今度はBになり切ろう。
冷蔵庫を開ける。どのお菓子には名札は貼られていない。
名札を貼ることが常識なのにそれがされていないってことは、外部の人のお菓子かと思って警戒するんじゃないかな。
例えばプロデューサーさんが取引先にお渡ししたり、たまに来る記者さんが自分用に置いていったりしたり……。
ということはもし名札が1つだけ残されてあれば内部の人の証明となり、逆にそのお菓子は狙われやすいんじゃ……?
AがBを関節的に操作していたんだ!
そしていくつかの違和感と統合すれば……!
杏奈「百合子さん……百合子さん……!」
論理の湖に深く沈んでいっている私だったけど杏奈ちゃんの一言でふと現実に戻された。
百合子「どうしたの?」
杏奈「冷蔵庫……長いこと開けすぎていて……警告音がなってる……」
冷蔵庫がピーピーと鳴っている音に気付いて急いでドアを閉める。
紬「それで……いかかでしょう? 何かヒントになるようなものはございましたか?」
百合子「はい」
紬さんの目をみてはっきりと返事する。そして少しタメを作ってから……
百合子「七尾百合子は世界の真理に辿り着きました」
胸を張って答えた。
◆
きょとんとしている紬さんたちを尻目に話を聞くべきであろう人物を連れてくる。
彼女は終始暗い顔でうつむいていて、その態度は私の推理が当たったことを予感させた。
だけど彼女を犯人扱いすることを許さない人物がいた。紬さんだ。
紬「百合子さん、あなたはこの方が犯人だとおっしゃりたいのですか? この方は決して悪い行いはしないはずです。彼女を犯人扱いするのでしたら私が代わりに反論いたします」
探偵していたら推理対決パートがきてしまった。私はますます探偵役にハマりこむ。
百合子「いいでしょう……紬さん、このお菓子に貼られている名札をご覧ください。何か気付くことはありませんか?」
紬「……同じ筆跡で書かれていますね。ではこの筆跡が彼女のものに近いと?」
百合子「それもありますが……これらの名札をみて違和感を覚える人物はいませんか?」
『未来、静香、翼、星梨花、美奈子、LOCO、エレナ、エミリー、ひなた、育、桃子etc……と縦書きで書かれている』
紬「……たしかロコさんの綴りって」
百合子「そうなんです。ロコさんの綴りはエルオーシーオーでLOCOではなくてアールオーシーオーでROCOなんです」
紬「でもそれは犯人の方が間違われただけで……」
百合子「この間違いはロコさんの曲IMPRESSION→LOCOMOTION!に引っ張られたものだと思います。この間違いをするのは……英語が堪能な方」
紬「少し苦しい気もしますが……」
百合子「もう一つ根拠があります。紬さんはメモを取れって言われたらどのように取りますか?」
紬「……何の関係が?」
百合子「取る真似だけでもしてみてください」
紬「こうやってメモ帳を開いてペンでスラスラと……」
百合子「そうなんです。私たち日本人でもパッとメモを取るとき横書きで書いてしまう。でもこれらの名札は縦書きで書いてあります。縦書きにこだわる癖を持っていて、英語が堪能な方……ここまでくると犯人はお分かりですよね」
百合子「エミリー スチュアートさん」
エミリー「……」
探偵になって犯人を当てるという妄想が叶って全身がゾクゾクとした。
私のテンションはまさに最高潮。
紬「ひゃ、百歩譲ってその名札を作ったのがエミリーさんということにしましょう。そもそも名札を自分が作ったものに入れ替えてメリットがあるのでしょうか?」
百合子「大ありです。しいて言うなら自分の手を直接汚さないためだとかアリバイトリックのためです」
紬「……?」
百合子「私は名札を入れ替えた人物A(おそらくエミリーちゃん)とプリンを食べた人物Bがいると考えています」
紬「名札を入れ替えた人物と食べた人物は別人だと?」
百合子「はい、まずAが紬さん以外の名札を一旦外します」
紬「はい」
百合子「次にBが冷蔵庫を見たときどのような光景でしょうか」
紬「私の名札だけ貼られていて他の人の名札は外されている……」
百合子「そうです。この事務所において名札をつけるのはほぼ常識になっています。それなのにつけてないお菓子があったら……?」
紬「外部の人のものかもしれない」
百合子「でしたら食べちゃいけませんよね。でも内部の人のお菓子であれば後で謝ったり、代わりのものを買ってきたりしてリカバリがききます。だからBは紬さんのお菓子をとった。つまりAがBを遠隔操作していたんです。最後にAが名札を貼り直してアリバイトリックは完了です」
紬「でもAは元々貼り付けられていた名札を使うべきだったでは?」
百合子「空模様を見てください」
紬「雨……?」
百合子「Aは名札を外したあと、それを持って外に出かけたのでしょう。事務所に置いて誰かに見つかるとジ・エンドですからね。だけど雨で名札の字がにじんでしまった。または雨で濡れた名札を再び冷蔵庫に入れるのは忍びなかった。だから作り直したんです」
紬「名札をそのまま破棄すれば証拠は残らなかったのでは?」
百合子「そうすれば名札を取られた人があとで困りますから」
紬「私だけに被害がくるよう……?」
百合子「えっとそれは……」
紬「Aは私が嫌いだったのでしょうか」
百合子「……」
エミリー「違います!」
ずっとうつむいていたエミリーちゃんが顔を上げた。
エミリー「一連の事件を引き起こしてしまったの他ならぬ私です。皆様、本当に申し訳ございませんでした」
紬「本当にエミリーさんが……でもどうして?」
エミリー「あの卵牛乳蒸菓子は私と買いにいったものでしたよね」
紬「ええ……その通りです」
エミリー「紬さんとのお買い物、まさに夢のような時間でした。紬さんの所作振る舞い、そして素敵なお話……どれ1つとっても素晴らしかったです」
紬「ちょっとエミリーさん、大げさに言いすぎです」
エミリー「全然大げさではありません」
紬「でも……なぜ今回のようなことを」
エミリー「それは……また紬さんとお買い物に行きたかったからです」
紬「えっ?」
エミリー「でも大和撫子を目指すものとして何回もお買い物に連れて行ってもらうようせがむこともできず……。あの卵牛乳蒸菓子を紬さんが召し上がればまた買い物にもいけたでしょうがなかなか食べてくれず、ついつい考えてしまったのです。あの卵牛乳蒸菓子がなくなってしまえばよいと。あとは百合子さんのおっしゃった通りです」
紬「私があのプリンをなかなか食べなかった理由は……エミリーさんとの思い出を食べてしまうのがもったいなかったからなのですよ」
エミリー「そうなのですか?」
紬「ええ」
紬さんは優しく微笑む。
エミリー「紬さん、本当に申し訳ございませんでした」
紬「顔を上げてくださいエミリーさん、全然怒っていませんよ。なくなってしまった分は買いに行けばよいだけでしょう? もちろんエミリーさんと一緒に」
エミリー「……はい! ぜひご一緒させてください」
紬「百合子さん、本当にありがとございました。プリンはなくなってしまいましたけど、それよりずっと大事なものを手に入れられました」
百合子「でも……ええっと……」
紬「ええ、もう大丈夫ですよ。先ほども言った通り買いに行けば良いだけですから」
……やっぱり紬さんも気付いていたんだ。
◆
百合子「……」
杏奈ちゃんに服の端を引っ張られる。
杏奈「百合子さんの考えていること……だいたい分かる……」
百合子「そう?」
杏奈「名札を外したAさんは……エミリーちゃんだった……でも実際に食べてしまったBさんは……誰って」
百合子「あはは、その通りだよ」
杏奈「Bさんを……探すつもり?」
百合子「うん、ここまできたら真相を全部解明したいんだ」
杏奈「杏奈は……あんまりやってほしく……ない」
百合子「え、どうして?」
杏奈「さっきまでの百合子さん……役に入りこみすぎて……ちょっと怖かったかも」
杏奈ちゃんに言われて気付く、私は役にのめり込みすぎたかもって。
現実は推理小説みたいに犯人さえ分かればよいのではない。
人の気持ちが関係してくるから。
今回事件が起きたときも悲しむべきなのにワクワクしちゃったかも
しかも探偵になりきって紬さんとの推理合戦を楽しんでいた私。
今になって思えばでもあんまりよくなかったと思う。
相手が紬さんとエミリーちゃんでなければ人間関係をこじらせていたかもしれない。
杏奈「杏奈は……百合子さんにもう犯人捜しをしてほしくない……だって杏奈たちは仲間だもの……お互い犯人かもって疑心暗鬼になるのは嫌……」
杏奈ちゃんに大事なことを気付かせてもらった。
百合子「そうだね。もう探偵ごっこはおしまいにしよう」
杏奈「そう言ってくれて……うれしい……」
杏奈ちゃんはふにゃりと最高の笑顔をみせてくれた。
百合子さん……探偵を止めてくれたの……うれしい。
今日の百合子さん……冴えていた……。
実は……プリンを食べたのって……杏奈……。
でもまさか……エミリーちゃんに……誘導されていたとは……びっくりした。
あとで……紬さんとエミリーちゃんには……謝らなくっちゃ。
もちろん……百合子さんには……内緒で……。
おわり
杏奈策士だったww
乙です
>>1
七尾百合子(15) Vi/Pr
http://i.imgur.com/l59HZMN.jpg
http://i.imgur.com/o3k8t5t.jpg
望月杏奈(14) Vo/An
http://i.imgur.com/olHxThh.jpg
http://i.imgur.com/uU3MMiF.jpg
>>3
白石紬(17) Fa
http://i.imgur.com/Gr28eIH.png
http://i.imgur.com/mTPdnfp.png
>>15
エミリー(13) Da/Pr
http://i.imgur.com/sx4Jn6v.jpg
http://i.imgur.com/KSvs8jt.jpg
百合子ちゃんメインのss書いたってことは百合子ちゃんssrを引けるってことになりませんかね!
ありがとうございました
百合子のSSRいいよね!
http://i.imgur.com/D27rLgl.jpg
朝になったら金おろしてこないとな................
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