ムヒョ「希望ヶ峰学園…?」 (84)




※ムヒョとロージーの魔法律相談事務所
          ×
 ダンガンロンパ―希望の学園と絶望の高校生―

※クロス作品の都合上、時系列はED後なので
 大半のキャラは幽霊として出てきます

※ふいんきで読んでくれるとうれしい




SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1499256998



ロージー 「こちらが、執行人の六氷透。僕は一級書記官で、助手の草野次郎と申します。
      分からないことがありましたら、どうぞ遠慮なく聞いてくださいね。
      ――ええと、苗木誠さん」

苗木   「あの、敬語とかいいですよ。たぶん、僕の方が年下なので」

ロージー 「そ、そう?」エヘヘ

苗木   「僕はよく知らないんですけど……魔法律って、除霊みたいなもの、ですか?」

ロージー 「ええっと、いわゆるお祓いとはちょっと違うんだ。
      簡単に言うとね、幽霊の犯罪を裁くための法律で……」

ムヒョ  「ヒッヒ、どうしても信じらんねえってんなら、実演してやろーか?
      オメエにくっついてる奴で」スッ

苗木   「えっ?あ、……うわあああっ!!」


指さされた自分の背後。振り返った苗木は悲鳴を上げる。

異形――どろどろに溶けた目玉のようなものが、ブツブツと何かを呟きながら
苗木におぶさっていた。

ロージー 「あれは"集合霊"だ……霊気が合わさったものだけど、かなり大きい……!」

ムヒョ  「魔法律第102条……"おぶさり"の罪により」ポォッ

ムヒョ  「"送り火"の刑に処す!」

パァッ…

苗木に取り憑いていた目玉が、本から出た光によって消えていく。

ムヒョ  「……と、これが魔法律だ」パタン

驚きの表情のまま固まった苗木に、ムヒョは尊大な口調のまま問う。

ムヒョ  「で。オメエはどんな霊をあの世なり地獄なりに送りてえんだ?」

苗木   「……友達を」

やっとの思いで絞り出した声は、かすれていた。

苗木   「僕の友達を、救ってあげたいんです」



【夜.希望ヶ峰学園正門前】


ロージー 「うう……なんかおどろおどろしい雰囲気が……」

初めて見る希望ヶ峰学園は、想像していたよりずっと大きく、恐ろしい気配を漂わせている。

その周りを、警視庁と蝶布市からの応援のお巡りさんたちが囲んでいた。

知り合いの刑事さんによると、昼間は学園の中に入って『絶望』について捜査しているらしい。
それと、ここ数日(分かってるだけで)20人くらい、この学園の近くで消息を絶っているとか。

緑河   「本当に君たちだけで平気か?」

葉利魔  「そうだ、念のためにこれを……魔法律協会の技術班と合同で開発した、神通弾だ。
      まだ実験段階だが、霊に向けて撃つことで動きを止めることができる」

ムヒョ  「ま、お守りだと思って受けとっておくぜ」

ロージー 「ありがとうございます……」ギュッ

葉利魔  「弾数に限りがあるから、ここぞという時に使ってくれ」

緑河   「僕たちは錬が少ないから力にはなれないが……無事を祈っているよ」


コンソールに数字を打ちこんで、中に入る。

すぐに、むわっとした霊気がまとわりついてきた。

ムヒョ  「こりゃ、相当やべえのがいるナ……マコトの話じゃ、少なくとも3体はデケぇ地縛霊がいるらしいが。
      錬の限界もある。今夜だけじゃ全部執行できねえかもナ」

ロージー 「じゃあ、日を空けて一体ずつ執行していくってことだね」

ムヒョ  「そういうこった。オメェもだいぶ察しがよくなってきたじゃねえか」


真っ暗な廊下を歩く。霊探針を使って探す必要はないくらい、霊気が濃い。



【苗木の部屋】


ムヒョ  「扉に霊痕がくっきり残ってんナ。シャワールームにいた奴は、無理やりこじ開けて出たらしい」

ロージー 「それって……舞園さやかちゃん、だよね」

ムヒョ  「中継で見た限りじゃ、相当執念深い性格してたナ。仁の言ってた地縛霊のうちの一体は、
      そいつと考えるのが自然だ」

ロージー 「でも、霊気は濃いのに低級霊はいないみたいだ……人の気配もない……」

ムヒョ  「ヒッヒ…なら、答えは一つだロ」

ロージー 「まさか、さやかちゃんが!?」

ムヒョ  「ここの近くで行方不明の奴らか、それとも学園の中に漂っていた浮遊霊か……
      あるいは両方かもナ。いずれにしろ、いい状況じゃねェ。さっさと……ん」

ロージー 「?なんだろ、この声……」


静かな闇の中。かすかに鼓膜をふるわせる、歌声。
澄みきっているのに、どこか恐ろしい、底知れない響きを持っている。

ムヒョ  「"呼んで"るナ。殺人計画も穴だらけなら悪霊になった後の"食事"も下手クソと来てやがる」

ロージー 「ど、どどどどうする?」

ムヒョ  「体育館の方角か。とりあえず誘いに乗って…」


その時。


通風孔から『ガタッ』と音がして、人が落ちてきた。

苗木   「いったたた…」ヒリヒリ

ロージー 「マコトくん!?こんな所で何して……」

苗木   「お、お願いです。僕っ…どうしても、舞園さんに伝えたいことがあって」

ムヒョ  「……」

苗木   「絶対に足手まといにはなりませんから!だから…「バカかオメエ」……え?」

ムヒョ  「説明したはずだぞ。この世に強い執着を残した地縛霊は、生前の記憶も理性も失っている。
      今のさやかにとって、テメエはただの"エサ"だ」

苗木   「そ、そんなこと…」

ムヒョ  「嘘かどうか、オレたちについてきて確かめるか?死んでも文句は言わねえってのが条件だがナ」

ロージー 「ムヒョ!そんなのあんまり「分かりました」

苗木   「元からそれだけの覚悟です、だから、お願いします!!」
      
地面に頭をこすりつけて頼む苗木に、ムヒョは「勝手にしろ」と背中を向けた。

苗木   「あ、ありがとうございます!」

立ち上がってついていく苗木。かくして、3人に増えたパーティーは、体育館へ歩いて行く。
しかし、彼らはすぐに知ることとなる。

舞園さやかの歪んだ『想い』は、そう簡単に祓えるものではないということを。


今日はここまで。

ムヒョ手元にないのでいろいろ手探りなSSだけど
一応全員に魔法律執行したい


苗木  「さ、さっきから寒くないですか?」ガチガチ

ムヒョ 「寒気じゃねえ。こいつは"霊燐"……」

苗木  「れい、りん?」

ロージー「地縛霊が出す、濃い霊気のことだよ。こんなに霊燐が多いと、下手な浮遊霊なら
     触れるだけで悪霊になってしまうかもしれない……」

苗木  「……」ゴクッ

ロージー「だ、大丈夫だよ!君の声なら、さやかちゃんにも通じるかも」

苗木  「そうですよね。僕が…信じてあげないと」ギュッ

ムヒョ 「テメエがさやかを改心させらんねえってなら、執行するまでだ。
     ……魔法特例法第18項、"霊錠解除"を発令する!!」パァッ

ガチャッ、ギィィ…

苗木  「!開いた……舞園さん!」ダッ

ロージー「あ、待ってマコトくん!一人で行っちゃ……!?」


??? 『みんなー!盛り上がってるー!?』

ワァァァ…

??? 『じゃあ、ラストの曲いきまーす!聴いてくださいねっ♪
     "ネガイゴトアンサンブル"!!』


苗木  「まい、ぞの……さん?」フラッ

生前とまるで変わらない姿が、そこにあった。

舞園さやかは、ステージの上できらびやかな衣装をまとって踊る。
虚ろな目で体を揺らすのは、行方不明になっているという人々だろうか。

ムヒョ 「ケッ、超高校級のアイドルにしちゃショボいステージだナ」

ロージー「うわあ…テレビで見たのよりずっと可愛いよ!あんな子が地縛霊だなんて」

ムヒョ 「見た目で判断すんじゃねえカス。何年魔法律家やってんだ」


夢中で歌うさやかの死角から、ゆっくりとステージへ進む。

が。霊の扱いを知らない一人が、それを台無しにした。


苗木  「舞園さん!!」



ピタッ。

歌が止んで、操られている観客たちが一斉に振り返る。

ステージ上のさやかも、驚きに目を見開いていた。

舞園  「苗木くん……?」

苗木  「ほ、ほんとうに舞園さんなんだね!ははっ…やっぱり、地縛霊になってるなんて
     嘘だったんだ!」ダッ

ムヒョ 「やめろバカ!!そいつはもう……」

舞園  「ふふふっ……やっぱり、苗木くんはわたしの味方をしてくれるんですね」ビキッ

邪悪な笑みを浮かべる舞園に、苗木は気づかない。

可愛らしい顔がどんどん肥大して、腹のあたりがずるっと伸びる。


舞園  「そんな苗木くんが大好きです……』


『本当に』

『ほんとに』

『ホントニ』


舞園  『ダイスキ』


ズズッ…


ロージー「なっ……」

ムヒョ 「デケェな。学園ん中漂ってた浮遊霊を食って育ったのか。大したもんだ」ヒヒッ

苗木  「ま、舞園……さん……?」ガチガチ

http://ux.getuploader.com/sssokuhouvip/download/141/20170707_151912.jpg


恐ろしい形相。肥大化した顔はその顎を大きく開き、牙をのぞかせる。
腹のあたりから伸びた体は、ムカデのような関節で、一方の端に人間の下半身がついていた。


舞園  『苗木くん……』

苗木  「やっ、やめ「逃げろ、マコト!!」

ブンッ

苗木  「がはっ…!」ギチギチ

固まっていた苗木に、舞園の体が巻きついて締め上げる。
そのまま天井近くまで掲げられた苗木は、足をばたつかせてもがいた。


ロージー「マコトくん!くそっ、"三連破魔の術"!」


ボンッ、ボンッ


舞園  『……なんですか、これぇ……花火?』クスクス

ロージー「利かない!?」

ムヒョ 「チッ…霊を食った分硬度も上がってやがる。…おいマコト、何ボサッとしてんだ!!」

苗木  「!」

ムヒョ 「何のためにテメエを連れてきたと思ってんだ、さっさと話しやがれ!!」

苗木  「ぐっ…あ、まい、ぞの……さん…!」

苗木  「おねが、もうっ……てん、ごくに……」ギギギ

舞園  『うふふ、見て見てえ、もっとわたしを見てえ』ズルッ

舞園  『私はぁぁぁ、こんなところで、立ち止まってるわけにいかないんです……
     だって、アイドルなんだもぉん』ブンッ

グシャッ!

壁に叩きつけられた苗木の顔が、苦悶に歪んだ。



ロージー「マコトくんが!む、ムヒョ!どうにかならないの!?」

ムヒョ 「元から和解できるとは思ってねえ……執行するしか『あれえ?』

舞園  『いいんですかあ?苗木くんがどうなっても』

ムヒョ 「悪霊が一丁前に脅迫か?」

舞園  『その変な魔法、苗木くんも巻きこんじゃうかもしれないですよねえ。
     そうならないって保証はないですよねえ』

舞園  『だからあ、わたしと取引、しませんかあ?』

ムヒョ 「……」

ムヒョ 「面白え。聞いてやるよ」

ロージー「ムヒョ!?」

舞園  『うふふふ、頭のいい人ってだあいすき。じゃあ……探してきてくださいよ。
     わたしを殺してくれた、あいつを!!!』

舞園  『だってずるいじゃないですか!!!あの人だけ卒業なんて不公平じゃないですか!!!
     わたしはあんなに苦しい想いをしたのに!!!あいつだけ!!』

ロージー(……なんだろう、何かおかしいような……ムヒョは何を考えてるんだ?)

ムヒョ 「分かった。じゃあ、そいつと苗木を交換ってことでいいナ?」

舞園  『ふふふふふ……やくそく、やくそくしますよお。お歌、歌って、まってますねええ』

ムヒョ 「分かった。待ってロ」

苗木  「待って……だめ、だ…ムヒョ、さん……」

ムヒョ 「テメエは足引っぱった詫びとして、そこでせいぜい役に立たねえ交渉でもしてるんだナ」


いつものようにさっさと行ってしまうムヒョに、ロージーは戸惑いながらもついて行く。
さやかは苗木を締め上げながらも、それ以上の攻撃を加える様子はなかった。

一旦切るよ。
悪霊舞園さんボールペンですまんね

上手いな。そのローダーはすぐ流れるからimgurであげて欲しい

>>17
ありがと。そのやり方よくわからんから
こっちであげてた


パタン…


扉が閉まると、ロージーは息せき切って聞いた。


ロージー「ムヒョ、せめてボクには教えてよ!どうしてあそこで魔法律を執行しなかったの!?
     魔法律は、無関係な人間を巻きこむことはないじゃないか!」

ムヒョ 「……さやかの見えねえ所で聞いたのだけは評価してやる」


いつも通りの冷たい瞳で、ムヒョはあたりを見回す。

ムヒョ 「さやかはもうダメだ。人間どもを歌でおびき寄せる"催眠"に
     浮遊霊を食った"物体無断霊化"……どちらも重罪だ。地獄行きは免れねえナ」

ロージー「だったら……!「だが、もう一人は成仏させられるかもしれねえ」

ムヒョ 「だが、そいつの成仏にはさやかの存在が不可欠だ。だからあえて誘いに乗ってやった。
     ……この霊気だ。霊探針はマトモに動かねえだろうナ」

ロージー「もし、学園の中を動き回っていたら……」

ムヒョ 「そこまで広くねえ。足で探すぞ」タッ


二人は走り出した。漂う霊気は少しずつ濃くなって、行く手をかすませる。


ランドリーや大浴場、倉庫まで探したが、探し霊はどこにもいなかった。
寄宿舎の扉を一つずつ開けても、誰もいない。

ロージー「……あと、探してないのはここだけだね」


【苗木の部屋】


ロージー「あれっ、ドアノブが壊れてる。さやかちゃんって力持ちなのかな」

ムヒョ 「……そうか、オレがカン違いしてたのか」

ロージー「?」

ムヒョ 「この霊痕は中にいた奴じゃなく、"外から来た奴が入った"時についたやつだ。
     レオンのあやふやな記憶の中に、"鍵をこじ開けた記憶"が残っていたんなら……」ギィッ

部屋の中は暗かったが、シャワールームだけは電気がついていた。
入ると、赤毛の少年が一人、膝を抱えて床を見つめている。


ムヒョ 「


一方、囚われの身となった苗木も、懸命に呼びかけていた。


苗木  「お願いだ舞園さん!僕の話を……」

舞園  『あなたに何が分かるっていうんですかあ?』

苗木  「っ、分かんないよ、僕は舞園さんじゃないから。だけど」

舞園  『わたしはねえ、ずっとずううーっと、苗木くんがうらやましかったんです』

苗木  「え……?」

舞園  『ただそこにいるだけで、認めてもらえる苗木くん。わたしがあんなにがんばって
     嫌なこともがまんして、それでやっとアイドルとして認めてもらっているのに、
     簡単にわたしの上を行く、苗木くん』

舞園  『そんな苗木くんが、まぶしくて――憎たらしくてたまらない!!!』

苗木  「!!」

舞園  『わたしはアイドルじゃなきゃ、わたしじゃない!!一生こんな所にいるなんてまっぴら!!
     じゃなきゃ、わたしの勝ち取ったものが全部無駄になっちゃう、そんなの耐えられない!!!
     誰にもわかるはずない、ましてや苗木くんになんか!!わたしの気持ちが分かってたまるかあああ!!!』グオッ

ガシャン!!

苗木  「ぐっ……!」

思い切り壁に叩きつけられて、呼吸が一瞬止まる。

舞園  『そう、あいつにだって分かるわけない!!才能に愛されていたあの人に!!わたしの苦しみなんか
     分かってもらえるはずないの!!なのに誰よりも努力していたわたしが殺された!!
     あいつが処刑されたとき、"ざまーみろ"って思いましたよ!!"もっと苦しめてやりたい"って!!!』

舞園  『そうでしょ!?わたしはなにも悪くない、ただ外に出たいって思っただけ、それの何が悪いっていうんですか!?』

苗木  「それは違うよ!!!」

シーン…

舞園  『いま、なんて言ったんですか?』グリンッ

苗木  「桑田くんだけが悪いって思って、自分の罪から目を背けたいんだね。だけど、それは違うよ」

舞園  『だっ……だまれ、だまれ、黙れえええ!!!』ブンッ、グシャッ!

苗木  「っ、もちろん、僕だって同罪だ!!」

舞園  『!?』ピタッ

苗木  「僕は……君の不安を、消してあげられなかった」

舞園  『思い上がらないでくださいよぉ……あなたに何ができるって「朝食会」

苗木  「朝食会を開こうと言ったのは誰だった?」

舞園  『……石丸くん』

苗木  「夜時間に出歩かないことを提案したのは?」

舞園  『セレスさん』

苗木  「僕は何もしていない」

舞園  『そんな、そんなこと……』

苗木  「あの時、君を追いかけて……扉をこじ開けてでも、話をするべきだった。
     そしたら桑田くんが君を殺してしまうこともなかったかもしれない。
     もしかしたら、その先に……みんなで生き残る未来も、あったかもしれない」

苗木  「でも、過去の過ちはもう戻せない。それを、生き残った僕は……知っている」

苗木  「だからこそ、君に伝えたいんだ。もう、何も……誰も、傷つけないで。
     だって舞園さんは、超高校級のアイドルなんだから。そんなこと、しちゃダメだ」

舞園  『…………』

苗木  「お願いだ、舞園さん……思い出して、あの時の楽しかった日々を」

苗木  「そこには、君も僕も……桑田くんもいたんだ。あの頃の、優しくて、よく笑って、
     時々ちょっとしたわがままを言う、そんな舞園さんに戻ってよ!!」


「そいつはどうかナ」


苗舞  「『!!』」

バターンッ


舞園  『あ……あ゛、ああああッ……』ギリギリ

ムヒョ 「どうだ?感動の再会ってやつだぜ。……なあレオン、オメエもこいつにゃ
     言いたいことがタップリあんじゃねーのか?』

桑田  『…………』

舞園  『ごめんなさい、苗木くん……』

苗木  「舞園さん……分かってくれるの?」

舞園  『それでもやっぱり、わたし……』

ムヒョ 「そうかそうか、そんなに嬉しいか」

舞園  『よくもッ……よくもぉぉぉぉ!!!!』ガバッ

口を大きく開けて、今にも噛みつこうとする舞園に、ムヒョは呟く。


ムヒョ 「地獄に行けるのがよ」


魔法律書のページが、パアッと光り輝く。
催眠にかかっていた人々が、一人、また一人とその光にあてられて倒れる。


舞園  『!?!?』

ムヒョ 「向こうで永遠に、テメエの罪を悔いるんだナ。
     ……魔法律第31条、"催眠"および"物体無断霊化"の罪により」バッ

苗木  「やめて、ムヒョさん!!お願いだよ!!!」

ムヒョ 「"魔公爵の踊り子"の刑に処す!!!」


瞬間、床がパックリと割れて、舞園は落下する。
その下では、炎に包まれた巨大な鳥かごを囲んで、骸骨や悪魔たちが晩餐会をしていた。


舞園  『いやっ……』


パカッ

鳥かごの天井が開き、落ちてくる舞園を受け止める。


ゴォォォ…


舞園  『嫌ああああああ!!!熱い、熱いぃぃ!!!』ジタバタ

桑田  『……!!』


炎の中で巨体を暴れさせる舞園は、まるで踊っているように見える。
それを囲む悪魔たちが、ゲラゲラと笑った。


苗木  「舞園さん!……あっ」スルッ


悪魔の一人が、苗木の襟首を火かき棒でつかんで引っぱりあげた。
そのままポイッとムヒョたちの方へ放る。


舞園  『た、助けて……誰か……』

ムヒョ 「無駄だ。それはけして消えぬ地獄の業火……お前はその中で、
     悪魔たちを楽しませる、永遠の見世物となるのだ……!」

桑田  『……っ!』ダッ

ロージー「レオンくん!?」


走り出した桑田は、炎の鳥かごに下りて手を伸ばす。


桑田  『つかまれ!!っ、早く!!』

舞園  『くわ、たくん……?なんで、わたしを……』ガシッ

そのまま、人間の上半身から伸びる細い腕をつかんだ。

桑田  『ふぐぐぐっ……おい、何ボサッとしてんだ!!オメーらも手伝えよ!!』


引っぱりあげようとする桑田に、玉座で吞んでいた魔公爵が『フウ…』とため息をつく。
半人半龍の悪魔――アスタロトは、ムヒョを見つけて口を開いた。


魔公爵 『アロロ……ソルエル ホロロウ ノキルロ アロ ホロロリア』

苗木  「い、今……なんて?」

ムヒョ 「"さっさとその少年をどかせろ、興が削がれる"……だってよ。
     これ以上魔公爵の機嫌が悪くなりゃ、テメエもただじゃ済まねえ。その覚悟はあんだろうナ、レオン」

桑田  『わか、って……る、っての!!」グググッ

舞園  『桑田くん……』


引っぱる桑田の足が焼けて、焦げくさい匂いが漂い始める。


魔公爵 『ア、アロッ!エロルア ケロリカ ルルロロレアロロリカアアア!!!』ゴオッ

ロージー「うわわっ……すごく怒ってる!!」


魔公爵が吐いた息で、あたりの悪魔が何体か焼き消えた。恐ろしいことに、生き残った悪魔も
それを見てケタケタ笑っている。


ムヒョ 「その鳥かごは地獄へ直結している。この晩餐会が終われば、次の宴まで炎に焼かれるって寸法だ。
     オメエもそうなりてえのか?」

桑田  『舞園、ちゃん……もう、許されねえって、分かってるけど……』グググ

桑田  『あの時オレが、お前を、殺しちまった、から……こんな、ことに……』

桑田  『だから、オレも……!!』グイッ

魔公爵 『アロ『だめです!!』

舞園  『だめです……これは、わたしの罪……わたしの、償い……なん、ですから……』

舞園  『わたしは、死んでからも……同じ過ちを、ずっと……繰り返していた』

桑田  『舞園ちゃん!!』

舞園  『わたしこそ、ごめんなさい……もう、怒ってなんか……いません、から……』パシンッ


ゴォッ…


振り払われた手。鳥かごはバタンッと閉じて、中に舞園を閉じこめたまま
ひときわ大きく燃え上がった。


桑田  『まいぞの、ちゃん……』ポロポロ

苗木  「うっ……う、ううっ……」グスッ

ムヒョ 「……」

ムヒョ 「……アロ アロエロ ルルカリ ホロエロ ロロア」

魔公爵 『……アロ』


うなずいた魔公爵が、ワイングラスをかかげた。
それを合図に、鳥かごは地中へズズ…と沈んでいく。

ムヒョ 「魔公爵と交渉した。さやかの地獄行きは取り消しだ。ただし」

桑田  『あっ?』グイッ


フードをかぶった骸骨が、桑田を捕まえる。


ムヒョ 「レオンの天国行きで、さやかの罪を相殺する。……ま、それでもあっさり天国に
     行かすにゃ、さやかの罪は重すぎる。しばらくは賽の河原で仲良く石を積むことになるがナ」

ロージー「ムヒョ…!」

ムヒョ 「オメエにもさやかの罪を背負わせちまうが、それでいいか?」

桑田  『……ああ、サンキュ』フワッ


使者に抱えられた桑田は、満足したように笑う。その姿が光の中へ消えて行くのを見とどけて、
床にへたりこんだ苗木がぽつりとつぶやいた。


苗木  「……すいません。僕、足手まといにしかならなかった……」

ロージー「それはちがうよ!……なんちて」


口癖をまねたロージーに、苗木は「へ?」と顔を上げる。


ロージー「ムヒョはね、心まで悪霊になってしまった人には情けなんてかけないよ。
     さやかちゃんがあそこで手を振り払わなきゃ、黙って地獄送りにしたと思う」

ロージー「さやかちゃんの心を溶かしたのは、マコトくんの想いだよ。ムヒョは、マコトくんの部屋で
     天国に送ることもできたのに、レオンくんをここまで連れてきた……」

苗木  「もしかして……僕に、賭けてくれたんですか?」

ムヒョ 「おいカス、余計なお喋りしてんじゃねエ」ゴスッ

ロージー「いだっ!!ひどいよムヒョぉ……」

ムヒョ 「さっさとこいつらを外に出すぞ。生者にこの霊気は毒だ」

苗木  「……」ポカーン

苗木  「……ふ、あははっ」

ムヒョ 「何笑ってんだオメエも」

苗木  (これで、本当にお別れなんだな……)


もう何もない床と天井を見て、苗木は想う。


苗木  (さよなら、二人とも……向こうでは仲良くね)


◆◆◆◆



催眠から目覚めた人たちを連れて外へ出ると、警官たちは大騒ぎになった。


緑河  「こんなご時世だからね。行方不明なんて珍しくもないけど」


慣れちゃった自分が怖いよ、と緑河が肩をすくめる。


葉利魔 「……予備学科での集団自殺からこっち、ここでは幽霊の目撃情報が多いんだ」

苗木  「そうですか……」

ムヒョ 「そいつらは、魔法律協会の結界があるから出てこられねエ。ただ、中にいる地縛霊が
     力をつけちまったら……"禁書"に匹敵する被害が出るかもナ」

ロージー「じゃあ、その前になんとかしなきゃね!」フスー

ムヒョ 「役立たずが張り切ってんじゃねエ……」ヨロッ

ロージー「ムヒョ!」ガシッ

ムヒョ 「ブランクあったからナ……ちょっと、つか、れ……」スヤァ


ロージー(ボクは、錬の回復のために眠ったムヒョと一緒に、事務所へ帰った)

ロージー(未来機関の苗木くんから来たメールには、"ありがとうございました"とお礼が綴られていた。
     ボクたちに未来機関から正式な依頼が届くのは、この二日後になる――)     




ひとまずこれで舞園+桑田編は終わりです

最後に単行本のおまけっぽい賽の河原での二人を

http://ux.getuploader.com/sssokuhouvip/download/142/20170708_160016.jpg


ロージー「いやー、絶好の洗たく日和だね、ムヒョ」パンパン

ムヒョ 「ケッ…晴れぐらいでそこまで喜べる凡人の気持ちは分かんねえナ」

ロージー「うっ……」<凡人 グサッ

ロージー「で、でもさ。"絶望的事件"のせいで魔法律協会に一年も閉じこめられてた時……
     もうここに帰ってこられないかも、って思ったんだよ」

ロージー「ここでご飯を食べて、寝て、ジャビンを読んで、洗たく物を干せる。
     それって、すごく当たり前で、とってもありがたいコトなんだなあ……って、自覚したっていうかさ」エヘヘ

ムヒョ 「……だったら、依頼が来る当たり前ってのも自覚してもらいてえもんだナ」ガタッ

ロージー「え?」

ムヒョ 「未来機関め、"希望ヶ峰学園に巣食う霊をどうにかしてくれ"ってヨ」


◆◆◆◆


苗木  「ほんっとーに、すみません!!」

ロージー「いやいや、お仕事があるのは本当にありがたいっていうか」


ソファで頭を下げる苗木に、ロージーが一生懸命弁解する。
ちなみに苗木は、事務所に帰ってきてから第一号のお客様だったりするのだが。

苗木  「他の執行人のみなさんは、手が空いてなくて……しかたなく、有名な執行人の
     ゴリョーさんという方にお願いしようとしたんですが」


モヤモヤ…


ゴリョー『ふうん、希望ヶ峰学園ね…あそこは地縛霊の巣窟じゃあないか。ウチに来たのはいい判断だ。
     陰陽道の流れをくむ五嶺に伝わる結界術なら、一網打尽に出来るかもしれないねえ』

未来機関『で、では……あ、あれ?五嶺執行人、なぜ請求書の0を増やしてるんですか?』

エビス 『最低でも一億。こりゃ譲れませんなあ。どうします?』イヒヒ

未来機関『そ、そんなあ……!』


モヤヤン…

苗木  「と、いうわけで…たらい回しになったあげく、またムヒョさんたちに
     お願いすることになってしまいまして」ハァ…

ムヒョ 「ま、ゴリョーの言い分も分からなくもねえ。ただでさえ厄介な地縛霊に   
     霊気の後始末、さらに浮遊霊が入らねえよう結界まで張るんだ……むしろ良心的な値段だぜ」

ロージー「あの学園は浮遊霊の宝庫だからね。それを食べて進化なんてされたら、もっと大変なことになる。
     絶望的事件のせいで、執行人に比べて悪霊の数が増えすぎているんだ」

苗木  「そう、なんですか……」

ムヒョ 「ま、乗りかかった舟だ。執行の方はオレたちに任せな」

苗木  「え、いいんですか!?」

ロージー「うんっ!苗木くんの友達、助けてあげるって約束したからね」

苗木  「あ、ありがとうございます!!」


【夜.希望ヶ峰学園正門前】


ムヒョ 「しっかし、何回来てもブキミな所だナ」

ロージー「そう?ボクはちょっとうれしいよ!あの希望ヶ峰学園に入れるなんて…」キラキラ

ムヒョ 「ほー。幽霊のオマケつきでもいいのか」

ロージー「うわあああ言わないで!せっかく忘れかけているのに!!」

苗木  「えーっと、そちらの方は……」

ビコ  「我孫子優。……ビコって呼んでよ」

ムヒョ 「コイツは、魔法律の職人……"魔具師"だ。今回は、封印の確認のために同行する。
     浮遊霊を封じこめている霊鎖や、タチの悪いヤツを閉じこめた封印札は、
     だいたいビコが作ったやつだぜ」

苗木  「へえ…すごいね、小さいのに」

ビコ  「……」ガーン

ロージー「あの、一応ビコさんは君より年上だよ。それに、女の人だから」

苗木  「ええっ!?あっ、すいません!!」ワタワタ

ムヒョ 「オメエ、そりゃわざとか?」


突入の合図が出ると、ムヒョは「んじゃ、行くぞ」と先陣を切って中へ入る。
あとから、大きな袋を抱えたビコと、苗木。しんがりにペンを持ったロージーが続く。


霧切  「苗木くん……どうか無事で」

朝日奈 「あの中にさくらちゃんもいるのかなあ」


見送りの二人は、不安な面持ちで夜の校舎を見上げた。


【学園.寄宿舎一階】


苗木  「うわあああ!!」

ロージー「まかせてっ……"魔縛りの術"!!」ピッ

札を貼りつけられた悪霊は、『アア…』と苦しげにうめいて動きを止めた。

苗木  「すごいっ…」

ロージー「あの大きさなら直式じゃなくても平気……また来た!」


どうやら苗木は軽い霊媒体質であるらしく、次から次へ悪霊が襲いかかってくる。
それを片っ端から魔縛りで動きを止め、あるいは破魔の術で撃破して、一行は進んでいった。



ビコ  「ランドリー、よし。大浴場、よし……水場は霊気がたまりやすいから、
     もう一枚追加していこう」ピラッ

苗木  「あ、あの……ボクなんかが、本当に役に立つんでしょうか?」ゼーハー

苗木  「さっきから、守られてばかりだし……足手まといなんじゃ「うぬぼれんじゃねえ、カス」

ムヒョ 「地獄送りばかりが執行人の仕事じゃねえ。和解、って道もあんだヨ。万に一つ、悪霊と
     折り合いがつくとして……そりゃ、テメエ以外の誰ができるってんだ」

苗木  「僕に、できること……」

ムヒョ 「ま、どのみちテメエにゃ米粒ほどしか期待してねえ。失敗しても気にすんナ」ヒヒヒ

苗木  「米粒って!」ガーン

ロージー「それ、全然フォローになってないよ!!」

ビコ  「ムヒョ……」


【娯楽室前】


ビコ  「!?」

ロージー「こ、これは…!!」

苗木  「どうかしたんですか?」

ビコ  「封印のフダが……ズタズタに破かれてる……一週間前はこんなの、なかったのに……!」

苗木  「じゃあ……中にいた霊は」

ビコ  「うん…そこらへんを、好き勝手に動いているはず……!」


その時。


<キャハハハハッ


苗木  「……!」ぞわあっ

ムヒョ 「生物室の方角からだナ。楽しそうに笑ってやがる」

苗木  「い、行くんですか……?」

ムヒョ 「怖えってんならここで待ってろ」

苗木  「冗談じゃないですよ!行きます!!」


【生物室前】


ロージー「……あれっ?」

ドアノブにかけた手が止まる。

苗木  「どうかしたんですか、ロージーさん」

ロージー「ううん、なんでもないんだけど……なんか、変な気配が」

ビコ  「ボクも感じてるよ。足元がふわふわして、嫌な感じだ……」

ムヒョ (なんだ、この胸騒ぎは……あのバカ刑事二人の依頼の時にも……)ハッ

ムヒョ 「やめろカス、開けんじゃねえ!!」

ロージー「え?」ガラッ


瞬間。ぶわっ、とものすごい濃度の霊燐が、彼らを包みこんだ。


ビコ  「マコトくん、ボクにつかまって!」ガシッ

苗木  「ぐっ……、息が、できないぃ…!!」


それがおさまると、苗木は恐る恐る目を開けて――目の前の光景に驚きの声を上げる。


苗木  「ええ!?ここ、生物室……じゃない!?」


冷たいコンテナが並ぶ部屋だったはずだ。しかし、視界に映るのは
赤い絨毯が敷きつめられた廊下。細工のほどこされた壁。ほの暗いろうそくの明かり――。


ロージー「すごい、西洋のお城みたいだ……」キョロキョロ

ムヒョ 「城?ああ、なるほどナ。道理で趣味の悪い西洋かぶれな場所だと思ったぜ」

苗木  「お城……」

ムヒョ 「どうした、なんか思う所でもあんのか」

苗木  「いえ……あの、仲間の中で一人、こういうのが大好きな人がいたので……
     あの、ていうかここ、どこなんですか?」

ムヒョ 「ここは"幽世"……この世とあの世の境目だ。生物室から幽世につなげた主が、
     テメエ好みに作り変えたんだロ」

苗木  「じゃあ、ここはやっぱり……」

ビコ  「娯楽室から逃げたのはここの霊みたいだね。ボクの自信作を破るなんて……
     相当強いのは間違いないよ」

苗木  「……」ゴクッ

ムヒョ 「行くぞ。今夜中にもう一体は減らしとかねえと、封印が保たねえ」クルッ


長い廊下をてくてくと歩いて行く。壁には、黒髪を巻いた少女の肖像画がかかっていた。
それを見た苗木は、とたんに口数が少なくなる。



苗木  「あれ……コンテナだ」

ロージー「それって、死体を入れておくための?」

苗木  「はい。生物室にあったんですけど、なんでここに……」


近づいた苗木は、その中の一つが開いているのを見て「!」と息を呑む。


苗木  「あれ……石丸クンだ……」

ビコ  「っ、離れて!霊燐の中では、未練を残した死体は早く悪霊化する!」グイッ

苗木  「え!?」


『その声は……苗木くんかね?』


コンテナの中から、声がした。


苗木  「!……石丸クン?石丸クンなの?」

ムヒョ 「おい、オメエさやかの件で学習しなかったのか?」

『ああ、苗木くん!よかった、ここは寂しくて……君に会いたかったんだ』

コンテナが破れて、腐って骨の見えた手が飛び出る。そのまま、死体は勢いよく体を起こした。

ムヒョ 「幽霊ってのはよ……饒舌で利口なやつほど、危ねえんだヨ」


石丸  『おや、それは心外だな!!』

苗木  「うわっ……!!」バッ


捕まえようとした石丸を、苗木は間一髪よける。


石丸  『ハッハッハ!!逃げることはないだろう苗木くん!!ちょっとしたスキンシップではないか!!』ガシッ

苗木  「わっ!」


石丸は背中に生やした大きな翼で、天井へと舞い上がった。


ロージー「マコトくんが!」

石丸  『見ろ、この大きな翼を!!君たちを運ぶためにつけたのだよ!!
     そうだ、まずは君から連れて行ってやろう!!それが風紀委員のつとめだ!!
     さあ苗木くん、外へ出ようではないか!!この上には大きな空が』

ムヒョ 「魔法律第388条……"無断変形"の罪により」パァッ

石丸  『広が』

ムヒョ 「"魔王の矛"の刑に処す」

石丸  『てげらッ!?』ザクザクッ

苗木  「あっ……!」ドサッ



地面から現れた矛が、石丸の体を貫く。そのままズズ…と地中に沈んでいくそれに、
苗木は「ムヒョさん!」と振り返った。


ムヒョ 「風紀委員の務め?それがテメエの芯だってんなら、死んでからも貫いてみやがれ」

苗木  「そんな……石丸クン……」グスッ

ムヒョ 「地獄行きってほどじゃねえが、その下の煉獄で炎に炙られんのは確定だ」クルッ

ロージー「む、ムヒョ…せめてお別れぐらい「言えるような奴だったか?」

ムヒョ 「ま、早めに忘れてやることだナ」スタスタ

苗木  (もしかして、この人は)

ビコ  「ムヒョはあいかわらず、デリカシーってものがないよね」ハァ

苗木  (僕が変わってしまった石丸クンを見て苦しまないように、あっさりと?)

ムヒョ 「おい、何してんだ。さっさと歩けカス。霊のエサになりてえのか」

苗木  (……そう思っても、いいのかな……)ハハハ…


また歩き出した一行は、やがて荘厳な造りの扉の前に立った。
扉の隙間から霊燐が溢れ出している。中にいるのは確定らしい。


ビコ  「一応錬根湯もあるから……」

ムヒョ 「なんだ。オメエ、オレ一人じゃ危ねえって言いたいのか?」

ビコ  「そういう意味じゃないけど……幽世への入り口を開けるほどの霊だ。
     上級魔法律でないと、歯が立たないと思う」

ムヒョ 「んなこたあ、オメエに言われなくても分かってる」ギィッ


扉を開くと、そこにいたのは。


セレス 『うふふふふふ。あら、新鮮な血がたくさん……顔はCランクって所ですけど、
     紅茶の味次第では、Bまで上げてもよろしいですわよ』

執事服を着た男たちに囲まれた、セレスだ。

否、その中で動いているのは一人、二人くらいで、後は首筋から血を流し、ぐったりと倒れている。


苗木  「……やっぱり、セレスさんなんだね。覚えている?……Bランクの苗木誠だよ」

セレス 『あら、苗木くん……私に会いに来てくださった、というわけではなさそうですわね。
     魔法律家の方々まで引きつれて』フゥ…

ムヒョ 「ごちゃごちゃとよく回る舌だナ……霊の吐く息はくせえんだ、とっととあるべき場所に行け」パカッ

セレス 『今の発言は傷つきましたわ……レディに向かって』

ムヒョ 「魔法律第1212条……"大量吸血"の罪により」

セレス 『ふふふ…せっかちな男性は嫌われますわよ』ビキッ

ムヒョ 「あ?」

セレス 『紅茶も、賭け事も、時間をかけてこそ美味しいものができあがるのですから』


セレスはドレスの前に指をかけて、お辞儀をすると同時に開く。
裸の下半身がふくらんで、いくつもの頭がくっついた大きな顔になった。

『うう……』『アア……』『クルシイ…タスケテ……』『ママ……』


セレス 『これがわたくしのカード……さあ、あなたもカードをお引きになって、魔法律家さん?』

http://ux.getuploader.com/sssokuhouvip/download/143/20170710_140445.jpg

天井まで届かんばかりの、セレスの頭。
ドレスの下にいる霊たちの顔が、『アアアア』と苦悶の声をあげる。


ムヒョ 「チッ…進化霊か。めんどくせえナ」

苗木  「しんかれい?」

ロージー「他の霊を食べて、進化した霊のこと。知能も高くなるし、力も強いんだ」

苗木  「食べて……」チラッ

ドレスの下、ひときわ大きな頭に苗木は目を向ける。
もはや生前の面影はない、膨らんだ頭が。


『なえ……ぎ、まこと……どの』


苗木  「え?」

ムヒョ 「おいカス。テメエ、あいつと話ができると思うか?」

苗木  「今……あの顔、僕のこと呼んで「質問に答えろカス、その耳は飾りか?」

ロージー「っ、来る!!」

セレス 『さあ、ベットですわ!!』



両手を広げたセレスが、猛スピードで迫る。

ビッタンビッタンビッタン!!!    


ムヒョ 「一分だ。一分だけ時間をやる。その間に、あそこのバカデケぇ顔の持ち主と話をしてこい」

苗木  「……!」

ムヒョ 「おそらく、あいつが食ったのは学園の中歩き回ってた仲間たちの霊だ。
     テメエにゃ見覚えのある顔じゃねえか?」

苗木  「じゃあ……やっぱり、さっきのは」

ビコ  「あっ!」

ジュゥゥッ!

顔の一つが、『アアア』と口を開いて、酸のようなものを吐き出した。
さっきまでビコの立っていた場所に、穴が空く。


ロージー「たぶん、セレスちゃんの力の源はあの霊たちだ……だから、君の説得で、
     下に寄生している霊たちを引きはがす」

苗木  「……」

ロージー「できる?」

苗木  「……っ、はい!」

ムヒョ 「ビコ、テメエは苗木と一緒に走れ。一分程度なら行けるだロ」

ビコ  「うん……!」

セレス 『ごちゃごちゃと小細工を……うっぜえんだよエサの分際でよお!!黙ってわたくしのっ、
     わたくしの養分になりやがれぇぇぇ!!!』ゴォッ

今日はここまで。 ネウロとのクロス読んでましたよー。ペイジさんと笛吹の掛け合いよかった


苗木は走りながら、下の顔に向かって叫ぶ。


苗木  「山田クン!山田一二三クンだよね!?」

山田  『ア、ア?』

苗木  「分かるよ!ずいぶん変わっちゃったけど、僕をフルネームで呼ぶのは山田クンだけだ!!」

セレス 『あっはははは!!それで交渉しているつもりですの!?』ブンッ

ビコ  「っ、あっ!」ジュゥッ

苗木  「ビコさん!」

ビコ  「だい、じょうぶ…かすった、だけ……!」

山田  『なえ、ぎ……ぼ、く………は……』

苗木  「大丈夫、聞こえてるよ!」

山田  『ぼ、くは……セレスどの、を……まもり、たい……』

山田  『だか、ら……に、げ』

苗木  「そんなのダメだ!山田クン、思い出して!君には夢があったはずだよね!」

山田  『ゆめ……』

苗木  「外へ出て、オリジナルの漫画を描くんだって!君の手でみんなに夢をあげるんだって!
     それがっ……それが、なんだよこれ!!」

苗木  「これが"超高校級の同人作家"かよ!!しっかりしろよ!!セレスさんに寄生してたって
     山田クンの願いは叶わないだろ!?自分の夢よりセレスさんの養分になる方が大事なのかよ、
     答えろ山田一二三ーーー!!!」

苗木  「はあ、はあ……ハア」


言いたいことを全部言い切って、苗木は肩で息をする。


山田  『…………』

大きな山田の顔はしばらく沈黙していたが、やがて。

山田  『そう、でした……な……ぼく、は……たくさんの、ひとが……まって、る』ボロッ

セレス 『!?』

山田  『セレス、どの……もうしわけ、ありませ……』ボロボロ
 
セレス 『なっ……何、勝手な事してやがる、腐れラードがぁぁぁ!!!』


ベリベリと、山田はセレスの下半身から剥がれて転がった。
それを皮切りに、セレスの体に寄生していた他の霊たちも、離れては消えて行く。

セレス 『こんな……こんなの、わたくしは……』ドサッ


支えを失ったセレスの体が、床へ崩れ落ちる。


ムヒョ 「ケッ、テメエ一人じゃろくに飯も食えねえハンパな悪霊にゃ
     ふさわしい末路だロ」パカッ

ムヒョ 「魔法律第1212条……"大量吸血"および"無断霊体吸収"の罪により」

セレス 『わたくしの、夢がっ……』


しかし、無情にも裁きは下される。


ムヒョ 「"目無烏(めくらがらす)の刑"に処す!!」バッ


どこからともなく、大きな白い烏が現れた。翼が四対生えていて、大きな赤い目を塞いでいる。
すき間でギョロリ、と眼球が動き、セレスを見つけると、その足で『ガッ』と掴んだ。

セレス 『……い、や……!』

■ ■ ■ ■ ■


父親  「ああ?誕生会のプレゼントだぁ?んな腹の足しにもならねえモンに出す金なんかねえよ」グビグビ

多恵子 「で、でも…」

父親  「うるせえ!とっとと酒買って来い!」ブンッ、ガシャン!


多恵子 (お父さんはああ言ったけど……自分で作ればいいもんね)チクチク

母親  「多恵子……ごめんね、お母さんが、働けないせいで……」ゴホゴホ

多恵子 「お母さんは悪くないよ、わたし、平気」ニコッ

多恵子 (このお人形、喜んでくれるかなあ)

ザァァ…


「くすくす、あいつマジで来たよ!騙されてやんの!」
「何あれー、ビンボーニンらしいしょっぼいプレゼントだよねー」ケラケラ
「あいつの顔見た?超受けるー!」キャハハ


多恵子 「…………」トボトボ

多恵子 (分かっていたはずなのに……わざわざ惨めな思いをするために、作ったわけじゃないのに)ギュゥッ

多恵子 「……あれ、なんでうちの前に車?」


「ひどいねえ、あそこの旦那さんったら、発作起こした奥さんほっといてパチンコなんて」
「奥さん死んだってのに見なよ、酔っぱらって」


多恵子 「……」

多恵子 (この世は、金、金、金だ)

多恵子 (お金さえあれば、お母さんも死ななかった。お金さえあれば、誕生日会に呼んでもらえた。
     ……お金さえ、あれば……)


「おいおい、お嬢ちゃん。ここは大人の遊び場だよ?」

多恵子 「これ、チップにかえて」


――100円玉を見たディーラーの、バカにしたような顔。

それはすぐに、驚きに彩られた。

初めてカジノに行ったその日、私の前には札束が積み上がった。


多恵子 (いつか、いっぱいお金を稼いで、全部本当にするの)

多恵子 (私の家はボロボロの長屋じゃないわ、絵本に出てくるみたいな、大きくてきれいなお城なの)

多恵子 (お父さんは呑んだくれでもトラックの運転手でもないの、お母さんは苦労知らずの貴族なの)

多恵子 (見て、私、可愛いお洋服たくさん持ってるのよ。……毎日同じ服なんか、着てないわ)

多恵子 「わたくしは、セレスティア.ルーデンベルク」


■ ■ ■ ■ ■



セレス 『ちがう、ちがうの……わたくしは、嘘なんか、ついてない……!』

山田  『セレス、どの』

セレス 『わたくしは、わたくしは……セレスティア……』

山田  『多恵子どのぉぉぉ!!』


ピタッ

目無烏が、止まった。山田は必死に地面を這って、セレスへ近づこうとする。


山田  『ぼ、ぼくは……ぼくは、あなたをっ、あいして、います』

セレス 『……!』

山田  『で、ですから……ぼくは、まって、ます!あなたに、また、あうのを』

山田  『ぼくはっ……ぼくは……どんな、たえこどのも、すきです!!』


その言葉に、セレスの目からポロッと涙がこぼれた。

セレス 『山田……山田くん……』

山田  『たえこどの!!』

セレス 『悪く……ありません、わね……あなたに、しては……』


バサッ


セレス 『……わたくし、も……そんな、あなたが……』


バサバサ…

目無烏が大きく羽ばたき、割れた天井から夜空へ飛んでいく。
地面に伏せた山田の周りには、白い羽がひらひらと落ちるばかりだった。


山田  『うっ、ううっ……』

ムヒョ 「……」スッ

魔法律書からパアッと光が放たれて、山田の体がゆっくりと地面へ沈んでいく。

苗木は、直感で「セレスさんとは違うところへ行くんだ」と分かったが、
拳を握りしめて何も言わなかった。


ロージー「……マコトくん、きっと、セレスちゃんは満足していたと思うよ」

苗木  「そう、ですか?」

ビコ  「うん。あの人はどこかで分かっていたんだ……だから、マコトくんは
     悲しまないであげて」


顔を上げた苗木は、魔法律書をパタンと閉じたムヒョを見る。


ムヒョ 「いいか、……罪には、罰だ」


背中を向けたムヒョに、苗木は「分かって、います」と涙声で答えた。



ビコ  「早く出よう。幽世の主が地獄送りになった以上、ここもそう長くはもたないから」グイッ

苗木  「あ……」

ビコ  「生きている人は、前に進むべきだよ」ニコッ

苗木  「……はい!」

引っぱられた苗木は、今度こそしっかり顔を上げて、出口へ向かって行った。


□ □ □ □ □


ロージー「なんだか、やりきれないね」コトッ

ムヒョ 「セレスの奴がどんな人生を送ったかは関係ねエ」ペラッ


ジャビンを読むムヒョに、紅茶を飲むロージーは「でも」と食い下がる。


ロージー「……未来機関の人が調べたんだ。タエコちゃんのお父さん、絶望の人に襲われて
     亡くなったんだけど。最後まで大事に抱えていたんだって。
     タエコちゃんが作ったお人形」

ロージー「きっと、お父さん……すごく後悔していたんだと思う。タエコちゃんがそれを知らないまま
     地獄に行ったのは「おいカス」

ムヒョ 「そいつは死者への冒涜だ。後悔も懺悔も、生きた人間だけの特権だロ」

ロージー「……そうだね」

ロージー「でも、いつか」

ロージー(いつか、あの世で……タエコちゃんが、お父さんとお母さんに会えたら、いいな……)

今日はここまで。
石丸は魔監獄です。はい。

多恵子に裁きを下した次の日。

苗木は霧切をともなって、事務所にお邪魔していた。


霧切   「へえ……魔法律なんていうからもっと宗教的なモチーフがあると思ったけど、
      こざっぱりしてるわね。弁護士事務所みたい」キョロキョロ

ロージー (さすが"超高校級の探偵"だなあ……好奇心旺盛だ)

霧切   「ねえ、あれは何?」

ロージー 「あれは出張魔法陣だよ。簡単に言うと、どこでもドアかな」

霧切   「ええと……だったら、あれは?」

ロージー 「魔封じの壺。預かってるだけで使ったことはないけど、悪霊化する前の
      浮翌遊霊をいったん閉じこめて、進行を食い止めるんだって」

霧切   「すごいのね、魔法律って」キラキラ

ロージー (こんなに喜んでもらえると説明のしがいがあるなあ)シミジミ


その隣で、苗木とムヒョは話をしている。


苗木   「えっ、次は一週間後ですか?」

ムヒョ  「オメエ、魔法律を無限リロードの弾丸とでもカンチガイしてんじゃねえのか?
      多恵子に執行した"目無烏"(めくらがらす)は、あの通り目が見えねえからナ。
      現世への門を開いてやらなきゃいけねえんだ。大量の錬と引きかえにナ」

ふああ、と欠伸をしたムヒョは、そのままジャビンを枕に寝ころがる。

苗木   「上級魔法律……でしたっけ」

ムヒョ  「さやかとセレスは片付いた。残る地縛霊はあと一体だ」

苗木   (……もしかして)

ムヒョ  「オメエが思い浮かべた奴とはちげえだろうナ」ヒッヒ

苗木   「ええ!?江ノ島じゃなかったら、一体」

ムヒョ  「ヒッヒ…どんなに聖人気取ったって、死んじまえば
      欲の塊だ。ま、ちょっと変わった人生勉強だと思って付き合え」ククク…




『もしもーし、聞こえてるぅ?』

『……』

『おや?低級で低能で低質で低位な元.浮翌遊霊が、進化霊たるこの
 私様を無視しようというの?』

『……』

『舞園はほんっとショボい終わり方したよね。アタシ的には、催眠にかけた
 奴らド派手に喰っちゃってもよかったと思うんだけど。
 あ、アンタはそういう野蛮な食事とかしない主義だったね!
 ごっめんごめん、マジ忘れてた』

『……ねえ、それよりさ……あの人は、まだ"見つからない"の?』

『うぷぷぷ…あせらない、あせらない♪
 メインディッシュはお客さんがそろってから。
 べ、別に勘違いしないでよね、あんたのために泳がせてるわけじゃないんだからねっ!』

『そう…だねぇ……どうせなら、美味しくなってから……食べたいもんねぇ……』

うぷぷぷぷぷ…


【三日後.希望ヶ峰学園正門前】


苗木  「天におられるわたしたちの父よ、ナンマイダが聖とされますように。
     み国が来ますように…」ブツブツブツ

ムヒョ 「おい、マコトの奴あまりのショックに頭がイッちまったか?」

ロージー「もうっ、ムヒョが脅かすからだよ!!」

二人の目の前で、苗木は聖書を片手に数珠をつけ、頭にはロウソクをつけて
お経とお祈りのちゃんぽんを一心不乱に唱えていた。


ロージー「"今度学園から出てくる時は骨になってるかもしんねえナ"、って
     あんな邪悪な笑顔で言われたら誰でもああなるって…」

ムヒョ 「あんなお経じゃ本当にそうなるかもナ。おいロージー、今のうちに葬儀屋予約しとけ」

ロージー「ムヒョォォォ!!」


さて、そんなすったもんだはあったものの…
彼らは正門をくぐり、学園棟に入った。



ムヒョ  「霊探針がポンコツでなきゃ、反応は……ここだナ」

ロージー 「モノクマ制御室。4階だけど、この階段じゃ…」チラッ

苗木   「あの…この粘菌?みたいなやつ、何なんですか?」

ムヒョ  「触んじゃねえド素人。解呪はゴリョーの専門内だ。お年玉貯金吹っ飛ばしてえのか」

あわてて手を引っこめた苗木は、
階段を覆うネバネバしたアメーバ状のものを見上げた。

ロージー 「これじゃ上がれないや。他の階段を探そうよ」


ピリ…


ムヒョ  (なんだ、この音…)


ピリッ、パリパリパリ…


苗木   「あ、ロージーさん!階段が…」

三人の目の前で、階段を覆っていたアメーバが少しずつ剥がれた。
やがて、真ん中の部分だけが歩けるほどになる。

苗木   「もしかして、セレスさんの時と同じ?」

ムヒョ  「ああ。罪を重ねた霊はアホみてえな自信つけて大胆になってんのもいるからナ。
      オレたちはとりあえず食えるモンだと判断したんだろうよ」コッ

階段を上がって2階に出た三人は、そこもアメーバに覆われているのを見た。
三人が足を進めるたび、まるで誘うようにアメーバは退いて、道を作る。


ムヒョ  「どうだ?霊燐がちょっとずつ濃くなってきたろ?……いーい塩梅にナ」ククク

苗木   「……」ゴクッ

ムヒョ  「一歩ずつ、テメエの仲間の成れの果てに近づいてんだ」

苗木   「根は、優しい人だったんです」

ムヒョ  「あ?」

苗木   「動物の世話が好きで、ニワトリ小屋だって、臭いなんて文句ひとつ言わなかった。
      力持ちで……よく、飼育委員さんのお手伝い、してたんです。
      そんな大和田くんが」

ムヒョ  「おいノータリン。オレがいつ"地縛霊は大和田だ"なんつった?」ギィッ

苗木   「えっ…」

モノクマ操作室の前で止まったムヒョは、扉を蹴破る。
かつてモニターだった壁には、粘菌がびっしりへばりついていた。

ロージー 「うわわっ!?こ、これって…」

床にも、天井にも、ねばねばとしたアメーバ状のものがその触手を伸ばし、動いている。
部屋の真ん中にあるノートパソコンが、青い光を放って起動した。


???  『こんにちはぁ、みんな』

苗木   「ふじ…さき、くん?」カタカタ

不二咲  『うんっ。小さくて、可愛くって、虫も殺せないような優しい優しい、
      不二咲千尋くんだよぉ。わあい、また苗木くんに会えてうれしいなあ!』ニコニコ

画面の中にいる不二咲は、あのアルターエゴのようにくるくると表情を変えた。

苗木   (……なんだろう、何か引っかかる。彼は本当に不二咲くん?)

不二咲  『あのねぇ、僕…ずっと、ずーっと、さみしかったんだぁ…だって苗木くんたちは、
      僕がまだここにいること、知らなかったんだもんねぇ?だから、出て行っちゃった
      んだよね?うん、だいじょうぶ。怒ってないよ。だって僕、優しいもん』

不二咲  『そう……僕は優しいから』

ムヒョ  「……」スッ


魔法律書を開いたムヒョと、ペンを構えたロージー。
彼らが苗木の前に立ちはだかるのと、パソコンにへばりついていた粘菌が
勢いよく飛びかかってくるのは、ほぼ同時だった。


苗木   「あっ……!」

ロージー 「大丈夫!…っ、"物体防壁の術"!!」パァッ


ロージーの札から光が放たれる。苗木を絡めとろうとした粘菌は、
光の壁の前に弾かれて飛び散った。


不二咲  『そう……僕を捕まえに来たんだね……えへへっ、なんだか悪い子になっちゃった気分』シュゥゥ…


粘菌のちぎれた部分から、煙が上がっている。


ムヒョ  「ちがうナ。オレたちは"裁きを下す"ために来た。
      ……今ので"傷害未遂"も追加だナ」

不二咲  『そっかぁ……じゃあ、僕の敵だね』


グチュ…ズリュッ、ズルズル…


苗木   「な、何!?次はいったい何が起こるんだ!?」

ムヒョ  (霊の本体さえ分かりゃ執行できるが…この粘菌、どれが本体だ?パソコンか?)

ロージー 「ムヒョ!魔法律書であのパソコンをブッ叩けば「オメエは黙ってろ」ひどい!
      真剣に考えてるのに!」ガーン

ズリュズリュ…

粘菌はさらに形を変え、触手を伸ばした。パソコンの画面がブルーに変わり、
白文字でプログラム言語が滝のように流れてゆく。それが停止すると…


ガー、ガシャンッ

苗木   「!?も、モノクマ!!」

ガー、ガシャン

ロージー 「また出てきた!?」


ある者は刀を、ある者は銃を、ある者は金属バットを。
手に手に武器を持ったモノクマが、どこからともなく現れた。
体中に粘菌をへばりつかせたモノクマたちは、三人を見つけるとその目を赤く光らせる。


不二咲  『苗木くんは優しかったから、特別に教えてあげるねぇ。
      これはね、粘菌コンピュータっていうんだよぉ』

苗木   「ねん……きん?」

不二咲  『うんっ。この粘菌全部が、僕なんだぁ。この子たちは僕で、僕はこの子たちなんだよ。
      この粘菌たちが、パソコンの中に入って、演算してくれるんだぁ』

バイオコンピュータ。

その中でも粘菌の性質を利用したそれは、光を触媒として演算を行う。
粘菌の最短距離を動く性質は、従来のコンピュータより短い時間で答えを導き出す――。


不二咲  『僕はねぇ、たった一人の人に会いたかったんだぁ』

画面の中の不二咲が、表情を暗くする。

ガキィンッ!!

ムヒョ  「チッ、ロージー!」

ロージー 「大丈夫、これでしばらく時間を稼ぐから!」サラサラッ

ピカッ!

ロージー 「"六方霊化結界の陣"!!」

固まった三人の周りに結界が生まれ、モノクマの攻撃をはじき返した。

ロージー 「うっ…」ガクッ

苗木   「ロージーさん!」

ロージー 「だい、じょうぶ……ちょっと、錬を、一気に持っていかれた、だけ……だから」

いくら錬の量が常人より多いとはいえ、
ここへ来るまでに何度も魔縛りを行い、とどめにこの上級陣だ。
ロージーもそろそろ限界が近づいていた。

苗木   「ねえ!不二咲くんが会いたかったのって、もしかして大和田、くんのこと!?」

ならば、自分は口で二人の役に立とうと。
そう思った苗木は、結界の中で立ち上がった。


不二咲  『……ねえ、苗木くん。僕は何も知らなかったんだぁ。それに、大和田くんのことを信じてた。
      でも、そんな僕がバカだったんだね。だって、大和田くん……入学式で、
      苗木くんのことを殴ったもんねぇ…』

苗木   「それは……ボクも間が悪かっただけで」

不二咲  『ちがうでしょ?大和田くんはぁ……平気で人を傷つけられる、弱い人だったんだよぉ。
      僕が信じていたみたいな、強くて、かっこよくて、本当は優しい…そんな人じゃなかったんだぁ』

ガキンッ、バチバチ…

苗木   「!」

ロージー 「結界は僕が起きている限り切れないから、安心して!……マコトくんは、話をしてあげて」

苗木   「は、はい!」



不二咲  『苗木くんも、僕が悪いって思ってる?大和田くんのトラウマに土足で入っていった僕が悪いって、
      ……僕にも責任があるって、考えてる?』

苗木   「そんなことは、考えてないよ。……ボクは、二人とも責めようとは思わない」

不二咲  『それって、答えないってこと?……苗木くんはやっぱり、逃げるんだねぇ』

苗木   「!!」

不二咲  『ねえ。そんなに、自分で決断するのは怖いのぉ?……苗木くんって、臆病だね。
      たとえその先が暗い暗ーい闇だとしても……僕は決めたんだよ』

苗木   「……違うよ!不二咲クンが自分で決めるわけない!!本当はッ……本当は……」


苗木はそこで、拳を握り締めて、伏せていた顔を上げる。

苗木   「不二咲クンは……江ノ島にそそのかされて、楽な道に逃げただけだ!!
      大和田クンを憎んで、怨んで、関係ない人に八つ当たる、それが不二咲クンの逃げだ!!
      そんな不二咲クンを、ボクは」

不二咲  『黙って……黙ってよ!!』グチュッズルズル


ガキンッ!ピシッ…


ロージー 「!結界にヒビが…」

苗木   「絶対に、許さない!!!」

不二咲  『黙れぇぇぇぇぇ!!!おまえなんか、オマエなんカ運がよかっただけのくせに!!
      僕には、ぼくには、これしカ、ないんだよオォオぉオオ!!!』

画面の中の不二咲が、鬼の形相で叫ぶ。
結界を叩くモノクマたちの力も、ますます強まり……


バリンッ!!


不二咲  『[ピーーー]、ス、殺してま;frhoir2pinf83 y:』

ロージー 「!!」

破れた結界の中、魔法律書を開いたムヒョが不敵に笑った。

ムヒョ  「……見つけたぜ、オメエの"罪"をよ」


パァッ!!


不二咲  『なっ……なに、なにぃ……?』

ムヒョ  「今さら猫かぶって命乞いか?残念だが、そりゃ地獄でたっぷりしとけ。
      魔法律第168条"霊体による不正指令電磁的記録罪"により」パァァッ

不二咲  『あ、あっ……あああぁあぁcAd!!!!!』

ムヒョ  「"シュメルの洪水"の刑に処す!!」バッ

魔法律書から放たれた光が、パソコンを直撃する。

不二咲  『あfv:P9 う:-922@*{-「9mb1、青いhvh0!!!!!』


画面の中で苦し気に身をよじる不二咲を、無数の0と1が押し流した。


不二咲  『いっ……いやだ、いやだ……!!』

電子の海に押し流されていく不二咲は、手を伸ばす。
地獄へと続く洪水の中、かすかに光るものが見えた。


『……き……』

『ふじ、さき……』


不二咲  『大和田くん……?』


『不二咲、"箱舟"を、流してやっからよ……』

『それに乗って、流れて』

『逃げろ……』

『……ご、め……』

かすかな声は、それを最後に聞こえなくなった。

不二咲  『大和田くん……』





ムヒョ  「!」ピクンッ

ムヒョ  「……使者が、不二咲を見失ったらしい」

ロージー 「ええ!?それって大丈夫なの!?ナナちゃんのお父さんの時みたいに跳ね返ったりとか……」

ムヒョ  「いや、オレには何も来てねえ。向こうの落ち度だからナ」パタンッ

苗木   「……」

魔法律書を閉じたムヒョは、粘菌が少しずつ消えて行くのを見て「チッ」とまた
不快そうに舌を鳴らした。


【翌日.六氷魔法律相談事務所】


苗木  「あの、結局大和田くんは成仏してたんですか?してないんですか?」

ムヒョ 「……」スピー

苗木  「寝たフリとかしないで答えてくださいよ!」

ロージー「うーん…でも、モンドくんは本当に未練がなかったみたいだから……裁判が終わる頃には
     あわよくば逃げようって気もなくして、自分の罪を受け入れていたから」

ムヒョ 「あの学園にゃ大和田の反応はねえ。成仏はしてるんだロ」

苗木  「じゃあ…僕たちも聞いたあの声は……」

ムヒョ 「さあナ……人間の心の働きってのは、いまだに解明されてねえ謎の一つだ……
     モンドの奴は、チヒロを助けたくてしょうがなかったんだロ」ムニャムニャ

ロージー「でも、モンドくんが舟を流したおかげで、チヒロくんは……ねえ、ムヒョ。
     チヒロくんは今どこにいるんだろう?」

ムヒョ 「知らねえナ。……まあ、多分」




ギィッ、ギィッ

不二咲 『……大和田くん……』チャプンッ

不二咲 『……うっ、ううっ……』グスン




ムヒョ 「今もまだ、舟に乗って電子の海のどっかをさ迷ってんだろ。……モンドを追い求めてナ」


こうして、最後の地縛霊――不二咲千尋への裁きが終わった。

そして……魔法律協会と、江ノ島盾子。

絶望と希望の、最後の戦いが始まろうとしていた。

今日はここまで
大和田は絶対地縛霊とかならないと思う

【数日後.希望ヶ峰学園校庭】


ドスッ、ドスッ

そこでは、異様な光景が広がっていた。

マントをまとった男女が、地面に針を突き刺している。

中には冷や汗を流している者もおり、学園を囲む刑事たちも若干引いていた。


苗木  「あの…皆さん何をしてるんですか?」

ロージー「えーと…下ごしらえ?みたいな?」

ビコ  「江ノ島さんを学園から引きずり出して、この校庭で執行するんだって」

苗木  「?なんで学園の中じゃダメなんですか?」

ビコ  「霊探針で見たんだけど、江の島さんの霊は…」ギュッ

苗木  (なんだろう、ビコさん…すごく言いづらそうだ…)

ムヒョ 「マコト、一度しか言わねえぞ。江ノ島はな」


苗木  (その先を、ボクは聞きたくないと思った。
     ムヒョさんが嘘をつかない人だと知ってたから)

ムヒョ 「霊を、喰ったんだよ」

苗木  (足元が、ぐらついた)

ムヒョ 「塵も積もれば何とやらだ。未練だけは強えが、力はねえ。
     生前も何一つ成し遂げられなかった、クソ凡人ども」

ムヒョ 「それでも2357人。そんだけ喰えば…」

苗木  「うぅっ」

ロージー「だ、大丈夫!?」セナカサスサス


そんな彼らをよそに、魔法律協会から派遣された応援の面々は、
地面に神通針を突き刺す作業に没頭していた。

しかし、一刺しごとに錬を消費する。江ノ島のような巨大な進化霊を
囲むのだから、その量も相当なものだ。

ヨイチ 「やべえ…もう限界だ…」フラッ


ボスンッ


朝日奈 「ふえぇっ!?」

ヨイチ 「んん?こんな所にでっかいマシュマロが二つも…」モミモミモミ

葉隠  「んなッ!うらやま…じゃなくて、大丈夫か朝日奈っち!」グイッ

朝日奈 「いっぺん三途の川見てくる……?」プルプル

葉ヨ  「「す、すいません…」」


ドスッ ドスッ


霧切  「うっ、頭が…」グラッ

今井  「すまない…本当に猫の手も借りたい状況なんだ。霊感の乏しい者でも
     少量の錬を持つからな」

十神  「しかし、これが本当に役に立つのか?あの江ノ島だぞ?」ドスッドスッ

ゴリョー「ふうん。生っ白い坊ちゃんかと思ったら、意外にやるじゃないか。
     そら、チャッチャと刺しちまいな。今夜のうちに江ノ島と決着をつけるんだからね」

エビス 「しかしゴリョー様、なぜ今ごろになって協力要請に応じたので?」

ゴリョー「人にはね、向いた役割ってのがあるのさ」


軽く胃液を吐いた苗木は、ロージーに背中をさすってもらいながら
立ち上がった。


苗木  「裁判官がひとり、ふたり、……10人?」

ロージー「ああ、あの人とあの人は一級書記官だよ」

苗木  「?なんで執行人は応援に来ないんですか?」

ビコ  「ええと、それは…「終わったみてえだナ」

苗木  「……」

ムヒョ 「後は夜まで待機だ。オメエもトイレ掃除終わらせとけ」

苗木  「いつからボクの担当になったんですか!?」ガーン

苗木  (でも、トイレ掃除くらいしかボクが役だつことはない…それも事実だ)

苗木  (舞園さんもセレスさんも、ボク一人じゃ何もできなかった……不二咲クンだって、
     逆上させただけで…ムヒョさんたちを危険に晒しただけだった)

ビコ  「よかったね。これでやっと全部終わるよ」ポンッ

苗木  (そう。江ノ島を倒したら、終わり。ムヒョさんたちともお別れだ。
     ボクは未来機関のお手伝いをして……本当にそれでいいのかな?)

苗木  「ボクは何をするべきなんだろう?」




夜。

進化霊である江ノ島の力は計り知れないが、錬や魂を食われる危険性があるとのことで、
警察官は校庭から対比している。ここにいるのは、魔法律家たちだけだ。


ゴリョー「お手並み拝見…といこうかねぇ」

エビス 「ケツ拭きは任せな。五嶺秘伝の封霊術で、また学校として使える程度にゃしてやるよ」

苗木  (昼間はよく見てなかったけど……こんなきれいな女の人でも、魔法律家なんだ…)ポー

エビス 「おいガキ。さっきからずいぶんゴリョー様にお熱じゃねえか。あん?」

苗木  「ひっ!?あの、ぼ、ボクはべつにそんな」アセアセ

ゴリョー「ほら、さっさと行きぃ。グズグズしてると地獄の方が居眠りしちまうよ」

苗木  「は、はいっ!」





苗木は、ヨイチたちと一緒の『鬼ごっこ班』に配属された。


ヨイチ 「火向洋一。階級は裁判官だ。よろしくな」ギュッ

苗木  「はい、よろし「状況は?」


簡潔な自己紹介だけで、もう魔法律家の顔になったヨイチに、
苗木はひそかに感心した。


今井  「あまりいいとは言えないな…江ノ島は進化霊には珍しく、本能が薄いらしい。
     先行した囮班が偽霊でおびき出そうとしたが、逆に錬をほとんど吸い取られてしまったようだ」

ヨイチ 「クソッ!魂まで食わねえってことは…」

今井  「遊んでいる、のだろうな」

ヨイチ 「魔法律家ナメやがって…!いいぜ、そっちがその気なら、こっちも本気であいつを引きずり出してやる!」

今井  「幸いといえば幸いだが、江ノ島は地縛霊だ」

苗木  「ええと、地縛霊と浮翌遊霊って、進化してからも違いが出るんですか?」

今井  「いい質問だな苗木。そのとおりだ。
     江ノ島は地下の裁判場で地縛霊となっていた…死にざまが強烈な霊ほど、その場に縛られやすい。
     だから、私たちがどんな手を使ってくるかは知らないはず」

ヨイチ 「江ノ島は、手駒にした仲間の霊と浮翌遊霊どもを使って外を見ていたらしいかんな。
     今のあいつは、目も耳ももがれた状態ってわけだ」

苗木  「……」ギュッ

ヨイチ 「とはいえ、危険なことにゃ代わりねえからな。しっかり走れよ、マコト」

苗木  「は、はいっ!」




地下の学級裁判場……そこへ下りて行くエレベーターの中で、
苗木は考えていた。

苗木  (あのコロシアイの時は…このエレベーターが、地獄への入り口だった)

苗木  (でも、今はちがう)


ヨイチに渡された魔除けの小太刀を握りしめて、苗木は決意する。


苗木  (終わらせる……この夜で、おまえを絶対に終わらせてやる!!)


チーンッ


ヨイチ 「いいか、一、二の……さんっ!」ダッ

苗木  「っ!」ダッ


走り出した『鬼ごっこ班』は、10人。
裁判官6名、一級書記官3名で構成され、江ノ島にダメージを与えつつ地上まで
誘導するのが目的……なのだが。


苗木  「今井さん、あそこに!」

今井  「あれは…!」


彼らの足は横へそれた。
学級裁判で使われていた時よりも広くなった場所。

その隅っこに、まるでゴミでも捨てるように固まっていた人間たちがいた。


苗木  「この人たち…」

今井  「先行した囮班だ!…くそっ、脈がもうない……」


悔しさに唇を噛みしめる今井の肩に、ヨイチがそっと手を置く。

苗木  「あれ?今、動いて」

ヨイチ 「裁判官、火向洋一の名において……"霊化封陣"を発動する」スッ


死体に貼られた札が、パアッと光を放つ。
それで、霊になりかけていたのはまた元の死体に戻った。


ヨイチ 「あとで執行人を呼んで、浄土の門を開いてやっからよ……お前らの仇が
     報いを受けるところを見とけ」

今井  「よく見つけてくれたな。苗木」ポンッ

苗木  (一回安心させてから、突き落す……)

苗木  (霊になっても、変わらないんだ)



彼らは、ゆっくりと歩いて行く。

血まみれのプレス機の上、ふわふわ浮かぶ――巨大な、生首。


苗木  「――!!」

思わず、苗木は両手で口を覆って悲鳴を押し殺した。

江ノ島の生首には、手足があらぬ方向に曲がって潰れた女の体がぶら下がっていて、
首が動くたび、ぶらぶらと左右に揺れていた。


江ノ島 『……アァア?』

ヨイチ 「理性が吹っ飛んでやがる。欲をかいて囮班を喰ったのが裏目に出たな」

江ノ島 『足rう:』9b-「b@1:あおいさんhg;q』ガチャガチャ


いやいやするように頭を左右に振る江ノ島。
そのたびに、彼女をプレス機に拘束する透明な鎖が音をたてる。


今井  「あれは、"隠匿の鎖"……そうか、囮班が命をかけて江ノ島を…」

苗木  「?」

ヨイチ 「八大地獄の獄卒が使う鎖を魔具で再現したもんだ。囮班を喰ったはいいが、
     それと引きかえにあそこに縛りつけられちまった」

苗木  「じゃあ…」ゴクッ

ヨイチ 「あの鎖を切って――って、マコト!?」


それを聞いた瞬間、苗木は走り出していた。

苗木  (なんでかは分からないけど)

苗木  (これを切るのは、ボクじゃないといけないように、思うんだ)

苗木  「う、あああああぁああぁアあーーーっっ!!!」ブンッ


ガシャァァンッッ…


江ノ島 『アァアアアアアアッ……!!』ユラア

ヨイチ 「くっ、予定通り走れぇ!」ダッ

今井  「行くぞ、苗木!」

苗木  「はいっ!」

今井  「みんな固まれ!こいつで地上まで一気に行くぞ!」スッ


全員が固まると、今井の指にはまった『移り身の指輪』が光を放つ。
ビコが改造したそれは、ガパアッと開いた江ノ島の口から、すんでの所で
鬼ごっこ班を消し去った。





シュンッ

ドサッ 「いって!」ドスンッ「いたあっ!?」トッ「よし、全員飛んだな!」

苗木 「ここは…体育館?」

今井 「まだだ、まだ走るな……江ノ島が廊下を通って私たちを追ってきたら」

<グアアアアアア…

ヨイチ「ひーっ、おっかねえなホント」

今井 「……、いまだ!出口に向かって走れ!」ダッ

苗木 「あっ!」ドテッ

江ノ島『キ、アアアアアアアッッ!!』シュルッ


足をとられて転んだ苗木に、江ノ島の長い舌が絡みつく。

苗木 「うわわっ…!……くっ、!?」ギリギリ


舌が、苗木の腕をねじりあげる。

力の抜けた指から魔除けの小太刀がぽとりと落ちた。


ヨイチ「マコト、頭下げろ!!」カチャッ


いち早く気づいたヨイチが、地面に膝をついて銃を構える。


ヨイチ「葉利魔さんよ、あんたの発明役に立ったぜ!!」ドンッ


神通弾が、江ノ島の舌に命中する。


江ノ島『アァアアアア…』ズルッ

苗木 「あだっ」ドサッ

今井 「立てるか?」

苗木 「だいっ…じょう、ぶ……です!」ダッ

今井 「よし。校庭の結界も無事に発動している。行くぞ!」ダッ

ヨイチ「帰ったらさっそく協会で量産しねえとな!」ダッ





ムヒョ「時間ピッタリだ、たまにはやるじゃねえかヨイチ」

ヨイチ「そ、そんなん、いいから……早く!」

ムヒョ「……この一発で書がイカレたら、未来機関に請求すっか」ペラッ

苗木 「魔法律書……って、そんなに脆いんですか?」

ロージー「今から執行するのは、上級魔法律……その中でも」


説明の声は途切れた。


今井 「来たぞ!!」


江ノ島盾子は、もはや江ノ島盾子ではなかった。

この世のものならぬ声をまき散らし、肥大化した頭部から瘴気を放ち、
襲いかかってくる。

苗木  (でも…舞園さんや不二咲クンのほうが、怖かったような気がする)


それは、ムヒョをはじめ執行人が彼女を迎え撃つ安心感からではなかった。


苗木  (そう、か……他の霊を食べても、錬を吸いつくしても)

苗木  (お前は、"江ノ島盾子"を超えられなかったんだな)


江ノ島の舌が、地面をはい回る。舌の触れた所から、じわじわと
黒い影が広がって、その場に立つ人々の足を這いあがり――

ムヒョ 「くだらねえ見栄はりやがって」

しかし、ムヒョ一人は嬉しそうに笑っていた。

ムヒョ 「光栄に思えよカス。オメエを地獄の最下層までエスコートしてやるぜ」スッ

ムヒョ 「"大量殺人"および"物体無断霊化"および"呪術無断行使"の罪により――」

「"無間地獄"の刑に処す!!」


パァッ…

苗木  「ぐっ…!」

苗木  「あ、あれ?まぶし……くない?」

おそるおそる目を開くと、そこには。

魔王  「……」ポリポリ


ムシャムシャと何かを食べる、少年のような姿の――「魔王」がいた。


江ノ島 『ア?……ッアアアアアアアア!!!』シュルッ

魔王  「……」フッ


そして、魔王が口の中のものを吐き出すと。


ドンッ ドンッ ドォォン…!


ヨイチ 「さっすが、魔王は格がちげえな」


江ノ島の体はあっという間に、バラバラになった。


江ノ島 『ア……アアアア……』


地面をうごめくその姿は、少しだけ……ほんの少しだけ、哀れな、子供のように見えたが。


魔王  『ホロルル』スッ

半分ほどになった頭を、魔王がその細腕でつかむ。

魔王  『……フロロ(来い)】

江ノ島 『っ!?』

魔王  『アロエアロロウ(お前の罪は)コロロエ(無限の)ウリエラ(苦痛でこそ)ネコシエロリ(贖われる)』

江ノ島 『アッ……!』




くすん……くすん……

ねえ、じゅんこちゃん……どうしてそんなこというの?

じゅんこちゃん、おかしいよ……。


母親 『盾子のことなんだけど……あの子やっぱりどこかおかしいんじゃないかしら』

母親 『お隣の犬が死んだじゃない、ほら、ラッキーってレトリバー』

母親 『あの子、泣かなかったのよ。おぞましいわ』


ねえ、おねえちゃん。

わたし、おかしいの?


むくろ『じゅんこちゃんはおかしくないよ。びっくりしてなみだがひっこんじゃったんだよね?』ナデナデ

盾子 『うん……』

父親 『おい、むくろ。そろそろ始まるぞ』

むくろ『はあい。…じゃあ、じゅんこちゃんはここでおるすばんね。おねえちゃんがじゅんこちゃんの
    ぶんも、ママにおわかれしてくるね』


わたしは知っていた。

ママがわたしを嫌っていたこと……4歳の私を悪魔の子と呼んでいたこと。

自分の葬式に出すなと叫んだこと。

その時、きっと私は悲しんでいたんだと思う。

まだ『普通の子』だった私。ちょっとだけ空気が読めなくて、

好奇心が強くて、ママの嫌う反応をしてしまっただけの私。


『盾子ちゃん、おじさんと一緒にケーキ食べにいこうか』


そんな私を、気を遣った親戚の一人が連れ出した。

ケーキは甘くて……おいしくて……


盾子 『パパ!』


その時の私はまだ、上手に先読みができなかった。

だから、すっかり楽しい気分のまま、葬式の会場に帰ってきてしまった。


盾子 『パパ、あのね!今おじちゃんがケーキ食べさせてくれたの!とってもおいしいモンブランだよ!
    だからね、パパ――』


バシィィンッ!!


盾子 『パ……パ?』

父親 『……お前は』

父親 『お前には、心がないのか……?人の心というものが』ブルブル

むくろ『やめてパパ!わざとじゃないの、じゅんこちゃんをしからないで!』

父親 『お前は生きているだけで人を不幸にする。っ、……お前は、悪魔だ!!』

父親 『お前はこの世に生まれてくるべきじゃなかった!!』





江ノ島 『みん、な……』

江ノ島 『……ごめ、ん……ね……』


ゴォォォォ…


魔王 『ノキエロ コリライロア……ノシュロリゴ(無間地獄こそ、お前にとっての安らぎ)』

魔王 『エルシーロ(真に、永遠の)』


かつて世界を震撼させた『絶望』の魂は、
魔王と共に地獄の最下層へ落ちて行った。


彼女が少しばかり人間らしい部分を取り戻したのは、
皮肉にも無間地獄へ落ちるその刹那であった。





苗木  「……終わっ、た……あ!!」ドサッ

ロージー「おつかれ。……色々辛いこともあったけど、これで……終わりだね」

苗木  「……」

ロージー「どうしたの?」

苗木  「いえ……人間って、難しいなって思って」

ヨイチ 「おっ、いっちょまえに哲学かアンテナ?」グリグリ

苗木  「わっ、髪の毛いじらないで、あっ!」///

ムヒョ 「……ま、テメェにしちゃ上出来な結論じゃねぇか。この社会勉強も
     あながち無駄じゃなかったみてえだナ」

苗木  「……」

ビコ  「どうしたの?マコトくん、今日は考え事が多いね」

苗木  「あ、はい……ちょっと」


夜空を見上げると、星が瞬いている。

ここはまぎれもなく現世で、自分は生きている。

苗木は改めてその事実を噛みしめた。


苗木  「これで、終わったんだ……」ギュッ

苗木  「さよなら、みんな」

苗木  「さよなら。希望ヶ峰」


エピローグ】



ロージー 「あれからもう一年か……マコトくん、いまごろどうしてるかなあ」ハァーッ

ムヒョ  「人の心配する前にテメェの腕磨いとけカス」

ロージー 「ひどっ!」ガーン

ムヒョ  「今年中に裁判官補佐になるって息巻いてたのはどこのどいつだ?あァ?」ギロッ

ロージー 「だ、だって…全然勉強できな「実地学習はその分たっぷりさせてやったろーが」


未来機関は、今回の一連の事件を『希望ヶ峰事件ファイル』に追加して、
A級資料に認定した。魔法律というあまり公ではないものが関わっているのもあるが……

未来機関はこの惨劇を、世界中の誰よりも忘れたいのだろう……と
評したのは、ペイジである。


ロージー 「でも心配だなあ。まだまだ絶望の残党は残ってるし、治安も悪いままだし」

ムヒョ  「なによりこの結界の外に一歩でも出りゃ、霊がウヨウヨいやがるからナ」

ロージー 「ああっ、言わないで!せっかく忘れかけてたのに!」


六氷魔法律相談事務所も、元の日常に戻った。

とはいえ、絶望的事件のおかげで依頼は多く……彼らは休む暇もなく、
霊との戦いに明け暮れている。


ムヒョ  「んな事よりもう昼だぞ。なんかねえのか」

ロージー 「昼?……あーっ!!今日の午後、魔法律協会から研修の人が来るんだった!」ワタワタ

ムヒョ  「ヒッヒ、新人か」

ロージー 「?何、その顔」

ムヒョ  「いや……今から慌ててちゃ、そいつが来た時が見ものだナ」



ゆっくりと、時間は動き出す。

生者にも死者にも、時は平等にその腕を伸ばす。


ヒュゥゥ…


「……変わってないな。ここも」コッ


前を向いて進め。それこそが、生ける者の唯一の義務である。


コツーン…コツーン…


「……」ゴクッ


ガチャッ


ロージー 「もぉぉぉ!!早くどいて!!掃除機かけるんだから!!」グイーッ

ムヒョ  「オレが寝てたってかけられんだロ?」

ロージー 「ソファの下も全部かけるの!ホコリ一つ落とさな」ガッ

ロージー 「わわっ!?」ドシーンッ


ロージーは掃除機のコードに足を引っかけて盛大に転んだ。
「いてて…」と尻をさすりながら立ち上がる彼に、
ドア口の人物は「ぷっ」と吹き出す。


ロージー 「あ、お客さ……え?」

あんぐりと口を開けるロージーと、「ヒヒッ」と面白そうな笑みを浮かべるムヒョ。


苗木   「魔法律協会から派遣されてまいりました、"二級書記官"の苗木誠です」


真新しいサスペンダーと、青のループタイ。

それを見た瞬間、ロージーは掃除機を放り出し歓喜の声を上げていた。


苗木   「よろしく、お願いします!」


勢いよく抱きつかれて苦笑しながらも、
苗木はさっぱりと笑って頭を下げる。


ロージー 「ようこそマコトくん、六氷魔法律相談事務所へ!」


ここからは、誰も知らない未来の話。

絶望が終わり、希望の物語が、始まる。


【終】

というわけで、やっと終わりました…大変だった…

この拙いSSを読んでくださったみなさん、本当にありがとうございました。
最後の方はもうどうしていいか分からず、打ち切り臭漂う終わり方かもしれませんが
苗木くんが魔法律の世界に飛び込むオチは決定路線でした。
江ノ島にも作中のラスボス、ティキと同じ罰を受けてもらいまして。

また次回があったら、よろしくお願いします。
ありがとうございました。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom