モバP「雪の頃のとんぼ返り」 (28)

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季節外れ注意
ちょっと暗い

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体の芯どころか魂まで凍りそうな12月の冷気は北極圏由来で、偏西風に押しやられてせり出して来た大寒波が、
この時期の関東なら本来降らないはずの雪を大量に降らせていた。

北日本や甲信越で水分を十分に絞りきれなかった風がそのまま関東にまで降りて来て、12月としては未曾有とも言える大雪をもたらした。
周知の通り関東は雪が降りづらいことで有名で、雪の対策なんてものは雪国のそれと比べるともはや無防備同然、
今日の大雪ではきっとどこの交通機関も遅延や運休の憂き目を見ていよう。

実際に食事の買い出しに外に出ただけでも白チョークの粉を全身にまぶしたかのようになってしまう。
車を走らせたら前なんか見えやしないだろう。無論走れれば、の話だが。
当然、道中は車が一台も走っておらず、代わりに見えるのは降り積もった雪の重みに負けそうになっている街路樹や、
雪がまとわりついてきりたんぽみたいになっている電線など、悲惨の一言では済まされない屋外の有様だった。

尤も、そんな世間のことなんぞ、今の俺には知ったことではない。

その日、俺は家で一人クリスマスパーティの準備をしていた。
なんてことはない。一人暮らしのさみしい男がちょっとばかし豪勢に一人飯をするだけの話だ。
飾り付けも最低限。手のひらサイズのクリスマスツリーだけで十分。

前の職場──プロダクション──を辞めてからどれだけ経つだろうか。年数を数えるのも面倒だ。
なぜ辞めたのかもぼんやりとしていて覚えていない。
辞めてからというもの、それまでに貯めてきた貯金を少しずつ切り崩しながら生活して此処までやってきた。

再就職は目指したが、どれも向いてなさそうに思えてならず、結局断念してしまったのだった。
かといって抜きん出た特技なんかもあるはずも無くて、それを生かしたフリーランスの仕事なんぞそもそも話にならない。

ぐうたらとも言えず、かといって勤勉でもない毎日を、ただただ時間を無駄に空費して過ごす。
それが現在の俺だった。


でも、一人の来訪者が、長く続いたこの無意味な生活を破壊してくれた。

~~~~~
チキンにかぶりつこうとした時、玄関から乱暴だが弱々しいノック音が聞こえてきた。
最初は荒れ狂う雪と風のせいで玄関ドアが鳴いているだけだと思っていたが、どうやら人の声もする。
こんな大雪の日に何の用か。

「……ー!……ーー!、てー! あけてー!」

聞き覚えのあるような、どこか遠くから聞こえてくる声があった。


懐かしいような、どこかハッとするような声。


.

しかし来訪者とあらば追いかえさなくてはならない。
うちにはTVもなければパソコンスマホその他液晶を持つ機械類は時計や体温計でさえ置いていないのだから、
公共放送の集金なぞ鼻も引っ掛けないはずなんだが。

玄関ドアを開けると、誰もいない。

否、来訪者の身長が低くて、俺の視界に入っていないだけだった。

「もー!せんせーいじわるー!かおるが呼んでるのにあけてくれないんだもんー!」

誰だったか、この子供は。

懐かしい顔なのは確かなのだが。

「せんせー、もしかしてかおるのこと忘れちゃったの?」

不安げに首をかしげる小さな来訪者。




──ああ、そうだ。この子は。



.

俺はやっと思い出した。この子は俺がプロデューサー業をやっていた頃の担当アイドルだった少女たちの一人、龍崎薫だ。

「薫じゃないか。久しぶりだな。どうしたんだ、こんな大雪の中で」

「せんせーに会いたくなっちゃって!」

なんだかとても懐かしい気がしていたのは、こういうことだったか。

もう随分経つはずなのに、来訪してきた薫ときたら、
俺がプロダクションを辞める前の姿と全く変わっていない。懐かしさに思わず顔が綻ぶ。

それにしても。


「……お前、半袖半ズボンで寒くないのか、薫」


真冬の、しかも大雪の降る中でこの格好はちょっと風邪を引くんじゃないか。


「だいじょーぶ!子どもは雪の子だもん!」

薫の手を取ると、氷のように冷たい。早く家に入れて暖めてやらないと。
……しかし、こんな天気に娘を外へやるなんて、親御さんは何しているのだろうか。

「とにかく外はえらく寒い。入りなさい」

「おじゃましまー!」

~~~~~
「えへへ、せんせーのおうち、あったかいね!」

「俺自身寒がりだからな……暑かったら暖房弱めるからいつでも言っていいんだぞ」

「ううん!大丈夫!」

「そうか」

「……せんせーのおうちって、テレビないんだね」

「あぁ、観る必要がないからな」

「……ふーん」

「退屈か?」

「ううん、へいきだよ」

「トランプならあるけど、やるか?」

「ほんとー?やりたーい!」

「2人だけでやるゲームしかできないけどな」

スピード、ババ抜き、協力7並べ、ルール追加大富豪。
トランプの定番と言えるゲームをひとしきりやっていると、あることに気づいた。
薫の額に、汗が滲んでいる。
それに心なしかトランプも、少しふやけている。手汗のせいか。

「おい薫、やっぱ暑いんじゃないか。暖房とめるよ」

「ご、ごめんね、せんせー」

「いいって。俺は羽織ればいいだけだから」

「ありがとう……」

そういえば食いかけのチキンが隣の部屋にあるのを思い出した。

「なぁ、薫。腹減らないか?」

「……ちょっと、すいたかな」

「じゃあ飯にしよう。俺もちょうどさっきまで食おうとしてたところだったんだ」

「かおるも手伝っていい!?」

「おっ、じゃあ何かお願いしようかな」

「おにぎりー!」

「ははっ、クリスマスにおにぎりか。それもまた乙なもんだ」

「えへへ!」

俺たちはキッチンへ出向いた。

先にキッチンへ立っていく薫の座っていた座布団を見やると、それはじんわりと湿っていた。
やはり相当暑かったんだな。全身に汗までかいて、無理をさせてしまったようだ。
概して子供というのは体温が高い生き物だ。これくらい汗をかくのは当然だろう。
……まぁ、まかり間違ってもおもらしではないだろう。うん。流石に。

~~~~~~
ちょうど米を炊いておいてよかった。俺は炊飯器の蓋を開け、
平らな皿にありったけの中身をよそい、もう一枚の平らな皿の隣に並べた。
手を洗い、塩を用意して、握るのに備える。
懐かしい光景だ。あの頃は、もっと他のアイドル達に急かされながら準備していた気がする。

「薫と握るのなんてすごく久しぶりだな」

当然だ。俺自身辞めてからだいぶ経つんだ。

「せんせー、握るの上手くなってるね!」

「いやいや、薫の握るおにぎりの方が形が整ってるし、ふっくらしてて美味しそうだぞ」

「せんせーのも美味しそーだよ!」

「はは、そうか。ありがとうな、薫」

そんなやりとりをしながら、俺は現役時代の思い出を振り返っていた。
スカウト、オーディション、事務仕事に、送迎。
時には泊りがけのロケでついでにバケーションしちゃったり。
最初期の頃はレッスンなんかも俺がやってたっけな。懐かしい。

俺が物思いに耽ってると、薫が

「せんせー、全部握れたよー!」

と声をかけてきた。

「おお、もう握り終わっちゃったのか。早いな」

「かおるの得意分野だもん!」

「餅は餅屋、おにぎりはおにぎり屋だな」

「かおるはアイドルだけどねー!」

「はは、そうだったな」

「よし、握り終わったし、もう一回手を洗ったらリビングでいただきますしようか」

「はーい!」

鼻がムズムズする。おにぎりにかけてはまずいと思い、左を向いた。

「へっくし!」

「あ……せんせい、大丈夫?」

「ぐし……あぁ、大丈夫だ。これくらいなんてことないよ。薫は暑くないか?大丈夫か?」

「あ、かおるはだいじょうぶ……」

「そうか、ならいい」

~~~~~~~
俺の食いかけのチキンが放置されたリビングに戻ってきた。チキンを机ギリギリに押しやり、おにぎりの乗った皿を真ん中に載せた。
小皿を持ってきて、まだ辛うじて冷めてないチキンの半分を薫に分けてやる。

「いいの?せんせー」

「いいさ。それより、これだけしか用意できなくてごめんな。
来るってわかってたら、もっと豪勢にできたんだが……すまない」

「ううん!かおる、すごくうれしい!せんせいありがとう!」

「はは、喜んでもらえて何よりだよ」

準備も整ったところで、俺たちはいただきますをした。

「それじゃあ」

「いただきまー!」

「いただきます」

途端に違和感を覚えた。
形の整ったおにぎり、薫の握ったものだが、これがやたらに冷たい。
まるでずっと外に置いておいたような冷たさだ。

「ん、やっぱ暖房切ると冷めるのも早いなぁ」

「……ごめんね、どうしてもおにぎり、冷めちゃうの……」

「あぁ、あぁ、気にしなくていいよ薫。俺は大丈夫だから。
暖房切っちゃうとどうしてもな。それに、炊きたてから時間が経ってたし、しょうがないさ」

「……」

「さ、早く食っちゃわないともっと冷めちゃうぞ。食べよう食べよう」

「……うん!」

やっぱり薫には、笑顔が一番似合う。

~~~~~~
飯を食いながら、俺たちはいろんな話をした。
他のアイドルのこと、ちひろさんのこと、後から来たプロデューサーのこと……

俺の止まっていた時間が、ゆっくりと動き出すようだった。

食べ終わると椅子から立った薫が

「ごちそうさま!……せんせぇ、またいつか会おうね」

と言った。もう帰るらしい。送ってってやろうかと申し出たら断られた。

「また会いたいけど、早く来すぎちゃダメだよ!うんと時間をかけて、かおるに会いに来てね!」

早く来すぎちゃダメ、って、どういうことだろうか。

「おう、なんのことだかよくわからないけど。また会おうな」

「あと、一人で寂しい時は、かおるのこと思い出してほしいな!」

「ああ、もう忘れないさ」

「あとテレビは買ったほうがいいと思う!みんなのこと、見れてないでしょ?」

「まぁ……そうだな。考えとくよ」

「じゃ、いってきまー!」

おいおい、いってきますじゃなくてさよならだろうが。
なんて指摘を心の中にしまって、薫が帰っていくのをこの目で見届けて、俺は部屋に戻ろうとした。

刹那。

玄関先で「どさっ」という、重いものが倒れるような音がした。

薫が玄関先で転んだんじゃないかと焦った俺は、玄関に急いで戻り、ドアを開けた。

そこには。

不自然な形──まるで人が土塊に変わったかのように──に積もった雪が玄関の庇の下にあった。

雪の塊の上には、雪の冷たさにまだ負けていない温もりを持つ、
彼女がつけていたひまわりの髪飾りが残されていた。




そして俺は全てを思い出した。



──◯◯年前の今日、薫は────




.

俺は雪に遺されたそれを手に取った。

「おい、薫、ダメじゃないか」

「返せない忘れ物、していくなよな……」



俺の服は、雪と涙に濡れていった。




夏が暑すぎて冬の夢を見るくらいには冬が恋しい
夏は活動的になるけど暑いから無理ほんと無理

物語の元ネタは私が今日見た夢です。
森久保のやつもうちょっと待ってください。すんませんほんと。すんません。

参考楽曲
White tree/シド
http://youtu.be/1Myel3o2w0s

フユラブ/Juliet
http://youtu.be/banrZ5ZcKPc

雪の華/中島美嘉
http://youtu.be/m3hPieCGz4c



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今回も最後まで読んでくださってありがとうございました。
次回もまた宜しくお願い申し上げます。

暑さ厳しい時期ですが、水分の摂取はどうか怠らないよう気をつけてくださいね。
それでは失礼します。

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