まゆ「恋の病は、不治の病」 (21)

*ヤンデレ注意

*人によっては不快な表現、設定を含むので注意

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とある梅雨の日。 窓の外から窺える外の景色はひどい曇天模様で、雨の量も尋常ではない。

一般的に考えて、この季節を好きだと答える人間は中々居ないだろう。ジメジメしていて、雨天の涼しさはまるで無く、夜になっても初夏の蒸し暑さが拭えない。

正直、今も手放しに好きだとは肯定し難い。
だが、自分にとってこの季節は紛れもない『特別』となっている。

何故なら、今日は。

「プロデューサーさん、まゆが来ましたよ。入りますね?」

リボンの少女と、運命的に出逢った日なのだから。

「……まったく。そんな大荷物で来るって知ってたら車で迎えに行ったぞ?」

「うふふ、ごめんなさい。でもこの雨じゃ外食へ出かけるのも大変ですし、折角だからまゆの手料理を振る舞おうと思って……つい」

そう言って、玄関で出迎えた少女は赤色のリュックサックを中から取り出したタオルで拭き始める。
ちらっと見えたリュックサックの中はパンパンだ。近くのスーパーで買ったらしき食材が、所狭しと収納されていた。

傘を避け、風によって横から差し込まれた雨粒にやられたのだろう。リュックの上部はほとんど濡れていなかったが、背面はずぶ濡れと言っていい状態だった。

「まゆも大分びしょびしょじゃないか。そのまま放置して……風邪をひかれたりでもしたら困る。すぐに風呂を用意するから温まってくれ」

「え、そんな……悪いですよ。ただでさえ今日は、まゆのワガママでこうして二人っきりの時間を作ってもらったのに……」

そう。アイドルであるまゆ……その担当プロデューサーである自分は彼女の要望に応え、綿密に二人の予定を調整して、この休日を作り出したのである。とは言え、

「……そんなニヤけ顔で言われても全然説得力がないぞ。いいから入ってこい。その間に衣服は乾かしておくからさ」

「はーい♪うふ、プロデューサーさんならそう言ってくれるって知ってましたよ♪」

満面の笑顔で風呂場へと向かうまゆは、だが途中で何を思い付いたのか意味深に振り返って。

「雨と汗の混じったまゆの匂い……嗅いじゃっても、いいんですよ?」

いつもの小悪魔的な台詞を残して踵を返した。
ははは、こやつめ。そう思いながら雑念を抱き始めた頭を壁にSparking。

ドライヤーとアイロンを駆使してまゆの濡れた衣服を乾かしながら、頭を整理する。

なお、流石に替えの下着類はビニール袋に入れて用意していたようなのでそこまで変態じみた絵面にはなっていない。お父さんの気持ちになるですよ。

先刻運命的に出逢ったという表現をしたが、正にその通りとしか言えない。今日は……まゆと初めて出逢った日ではなかった。

無論、初めて出逢った日のことを邪険に扱っているわけではない。両者は切って離すことなどできない関係にある。

───1度見たら忘れないであろう、その瞳。生きることに何の意味も見出だせていないような、希望を宿していなかった病んだ眼。仕事中に偶然その少女を見つけた時のことを。

残念ながら、自分は鮮明に覚えてはいなかった。記憶の片隅に追いやっていて、彼女と再び会うまで思い出せなかった。

それに、自己紹介をしてもらった後も……記憶にあった少女とはかなり違って見えたのも、違和感を覚えた一つの要因かもしれない。

再び会った時、少女の目は闇を内包したままだった。……だが、決定的に"色"が違った。

ぽっかり空いた……虚色は、とても強烈な色に染められていた。

その、彼女の瞳に……惹かれた。

だからまゆの手を取った。担当アイドルとして、プロデュースし続けることを誓った。

それからその関係は始まった。
何のトラブルもなかったかと問われれば嘘になる。
基本的に大人しいが、ある一点で盲目的な面があった。理由も分かっていた。

少女の想いに薄々気付いておきながらも、一線を越えるような行為はすべて封殺してきた。
だが、彼女の感情が冷めることは決してなく。募り積もり続けてゆく毎日を過ごしていった折…………


二人の関係は、とても歪な形で完成してしまった。

ああ、嗚呼。分かっていた。分かっていたのに。
少女の小さな身体に刻まれた傷と、嘘偽りなく吐き出されたありったけの想いに触れた時。
自分ではどうしようもないくらい、内側から抑えていた感情が溢れ出して。

驕りだろうと、勝手だろうと罵られて、非難されても。まゆを必ず幸せにすると契ったあの日。

自らの手で、一線を越えることで問題に終止符を打って。
"それ"は、もう二度と戻ることなど出来ないカタチに変化した。

暫く経って、風呂から上がり。
差し出された乾いた衣類を身に纏って、まゆは昼食を作るためにキッチンに立った。

頭の中にインプットされたレシピを自在に操って、手際よく調理していくその姿は流石と言うほかない。

るんるんとご機嫌な調子で鼻歌をうたったりしながら料理するキュートな姿は、まるでラブラブな新婚の妻のようだった。

「はい、出来ましたよ。今日は特別な日ですから、全部全部、プロデューサーさんの好きなもので固めちゃいました」

出来上がったのは、鯵の開きに揚げ出し豆腐、なすの味噌汁。
揚げ出し豆腐の薬味として、万能葱の他にしめじと舞茸が添えられており、味噌は減塩のものを使用していて、鯵は旬のものがセレクトされている。細かなところまで工夫が凝らしてあるプロの仕事である。

「いつもながら……これは凄いな。こんな素敵な料理を食べられる俺は幸せ者だよ、まゆ」

「うふ、ありがとうございます…♪貴方に褒めてもらうためだったら、まゆ…フルコースだって作れちゃいますから」

まゆの分は比較すると大分少なめではあるものの、しっかりと盛られている。少食であることを理由にして、貧血で倒れてしまっては迷惑をかけてしまうのを彼女自身が深く心に刻んでいるのだ。

しばしばお互いがお互いの食べている、その幸せそうな表情を見つめながら箸を進める。

二人だけの幸せな時間は続いてく。
容赦なく時計の針は進んでいく。
巻き戻すことも出来ず、延長することも叶わない。

特別な一日は、残り半分を切って折り返した。

「思えば……ここまで、色んなことがありましたよね」

脳裏に焼きついた記憶の数々。忘れることのない、運命の出逢いから始まったアイドルとして生まれ変わったまゆと歩んだ軌跡。

「……ああ、そうだな」

吸血鬼を演じたハロウィンの仕事。バレンタインチョコのお渡し会の仕事。
深紅の絆を結んだ温泉旅行に、永遠の絆を約束したウェディング撮影。過激なグラビア撮影もした。悲劇のヒロインや、天女も演じた。積み重ねてきたバラエティー番組の出演も、ユニットのお仕事も、ラジオの収録も、コンサートライブも。
その全てが色褪せることなどない絶対的なメモリーだ。

だけど。だけど。だけど。
終わりがないものなど無いように。永久不変のものなど存在しないのだと。

変わったものと、変わらないもの。その両方が必ず混在しているから。

───こんなにも、苦しいのだと。
運命の少女は、濁った鉄色の瞳で問いかけた。

「プロデューサーさん。まゆは……間違っているんでしょうか?」

その質問に続けるように、まゆは左手のひらを此方側へ向けてきた。
……実際に彼女が指し示している箇所は、手のひらのもう少し下。

そこには、傷があった。他の誰でもない、まゆ自身がつけた傷が。
それはこの世界に抵抗した証。少女が辛くて、弱くて、どうしようもなく優しかったからこそついた傷痕。

「見てください。……ほら」

真っ赤な、帯のようだったソレは、いつの間にか。
ピンクの、目立たない膨らみに変わっていた。

「…………」

近くで見る分には、やはりはっきり分かってしまう。だが、ここまで来れば完全に治るのも時間の問題と見える。

少なくとも、部屋風呂で介抱したあの日。
初めて彼女の傷を見たときと比べると、明らかに回復へと向かっていた。

本来なら、喜ばしいことの筈なのに。
だがしかし、そのことを口にするまゆの顔は、泣きそうなほど哀しげな顔をしていた。

「……おかしいですよね。こんなキズ、本当は貴方に見せたくなんかなくて……私の中にしまいこんで、一生隠して背負っていくつもりだったのに」

『プロデューサーさんには、まゆの綺麗な部分だけを見せたかった』

いつか、彼女が教えてくれたとてもいじらしい本音。あの言が、嘘だったわけじゃない。けれど、

「嬉しかった。まゆの……ことを、認めてくれて嬉しかったんです。受け入れて、くれて……理解してくれて」

例えそれが社会一般の"普通"から外れていることだとしても。大衆から拒絶され否定されるものであったとしても。

「私にとっては大切なものになりました。だって……貴方が言ってくれたから。貴方がこれを、好きだと言ってくれたから」

傍から見たら、なんと歪な関係かと言われるのだろうか。それとも、嫌なものを見すぎた所為で、厭世的な考え方が凝り固まってしまっただけなのか。

しかし、事実としてこれだけは言えよう。
自分達は、この世でたった二人の理解者なのだと。

「怖いんです。もし、これが治ったら……まゆがまゆでいられなくなるみたいで……。まゆと貴方の思い出までもが、『無かったこと』にされてしまいそうで……」

"嫌なこと"として処理するのは簡単だ。
"黒歴史"は忘れろなんて忠言は最もだ。
でも、果たしてそんな言葉で終わらせてしまって良いのか。
無くなったものに、未練がましくしがみついてしまうのは悪いことなのか。
目の前の少女は、それで悩んでいるようだった。

「アイドル、なのに……みんなに、愛されるアイドルにならなきゃいけないのに……私は、また、傷つけたくなってしまうんです。
……消したくないから。
貴方とまゆの『特別』をこの世から、消させはしないから……」

「…………まゆ」

それは、恋の病。彼女のこびりついていた自傷癖を治した恋慕の情は、今度は愛の苦しみとなって再び目覚めさせようとしている。

気が付くとまゆの右手側に一本の柳刃包丁が置かれていた。手を伸ばせばすぐに届く距離だ。鈍い銀色に輝くその矛先が、何処を向いているのかは容易に想像がついた。

諭すべきなのだろう。止めるべきなのだろう。行動するべきなのだろう。
だが、自分はなにもしなかった。
自分の頭で、行動するべきではないと思ったから。


直後。─────放たれた刃は血飛沫を纏った。

─────端的に言うのならば、
佐久間まゆは落ち着いた。

それは、プロデューサーからの確かな愛を感じたのもあり、彼女自身の研究の成果でもある。

『プロデューサーさんの好みのまゆにして下さい』と語った彼女の覚悟は本物で、きっと頼んだらまゆは至って普通の子になることだって出来たのだろう。

でも、自分はそうはしなかった。
彼女の持ち合わせていた"色"を消したくなかったから。

結果的に、彼女の病んだ愛は消えずに燻っていた。

自らを抑えることが増えたまゆは、普段はとても落ち着いた振る舞いを見せる反面、溜まった時に発作的に不安定になることがあった。

その発作さえ乗り越えれば、彼女は何処から見ても普通の少女となる。しかし、逆に言えば。
彼女の病は、未だ治ってなどいないのだった。

「う……ふふ……ああ、まゆは本当に、いけない子ですね……」

血が流れる。不規則に枝分かれしながら、下へとポタポタと落ちていく。包丁が切ったのは左手首──ではなく。左手の小指の側面だった。

「指の怪我だって嘯いて。事あるごとに貴方への隠し味として切って混ぜたりして。それでも……それが嬉しくて。痛みさえ、愛しいんです」

遠目からも分かる。まゆの瞳からハイライトが消え去っていることに。それと同時に、まゆはとても幸せそうな表情をしているのだということも。

彼女がとても大切にしているモノ。特別なカンケイ。それを守るために、自分はどうすればいいか。
答えを出す。ここが、行動すべき場所だと思ったから。

「まゆ…………」

「えっ、ひゃぁ……ぁっ……?」

まゆの小指を拐って、迷いなく自分の口へと運ぶ。
決して性的なアレではなく、唾液で止血をするという一種の医療行為である……と、自分に言い聞かせる。

それでも、なんだか脳から変な物質が分泌されてる心地がした。変な気分だった。だが、悪くはない。

傷口を下で舐める度にまゆの血液を味覚が感じ取り、まゆの口から甘い矯声が漏れる。

……奇異なことをしている自覚はある。
だが、これが二人にとって相応しい道だと思えたから。
傷口に蓋がなされ流血が止まるまで、ずっとそうしていた。

******

私は──佐久間まゆは、よく周囲から「いい子」だと言われ続けてきた。

真面目に勉強に取り組み、規則は破らず品行方正で、家事の手伝いだって早くから始めたし、表だった人間関係の不和も起こさなかった。

でも本当は何もかもが違った。私はただ、わざわざ素行不良な行為をする意味を見出だせなかっただけで、そこに一縷の正義感も宿ってなどいなかった。

普通であることに美徳なんて感じなかったし、秩序を尊いと思ったこともなかったし、法律なんて足枷にしか思えなかった。

現に、きっと大切な人からの頼みであればまゆはいくらでも非行に走るし、その人が喜んで幸せになってくれるのならば平気で他人も傷付ける。それが、出来てしまう。私は。

皆から見たら綺麗に見えたのかもしれない。
いいや、自分だって見せたいだなんて思わない。
どうしようもなく卑しくて、狡くて、醜い自分を。

一体誰が憧れる?一体誰が受け止めてくれる?
知ったら絶対に離れていってしまう。それだけは嫌だった。一人でいることが好きでも、本当の意味で"一人"が好きなわけじゃない。

『いつかは終わりが来ると知っているから、一分一秒が素晴らしく、当たり前の日々は何より美しい』と誰かが謳った。

私はそうは思わない。だって、認めたくない。受け入れられない。この愛おしい毎日が、いずれ消え去ってしまう運命だなんて。

『永遠』じゃないと嫌なのだ。まゆは終焉なんて望んでいない。この世すべてに抗ってでも、私は永遠を手に入れたい。掴み取りたい。

他人にどう思われたって構わない。歴史の高説なんて捩じ伏せてやる。理解なんてされなくたっていい。同情や、的外れな憐憫なんて要らない。

他の何もかもを捨ててでも。たったひとつ、求めたいものがある。まゆがいて、大切な人がいる。それだけで、まゆは救われる。

私が生きる世界は、貴方が笑う永遠の世界だ────!!

******

……傷口が塞がった後も、暫くまゆの指を口で抱き留めていた。流れ出たまゆの血液で喉を潤した。
血は鉄の錆び付いた味と言うが、まゆの血の味はそんなに悪いものでもなかった。寧ろ、美味しく感じられる程だった。

傍から見たら、吸血鬼などと揶揄されるのかもしれない。少なくとも血を舐めるという行為は、常識から逸脱しているのだろう。

だが、ふと思った。「彼女に与えられるだけで良いのか」と。
ふと視線をやれば、そこには少女の血を吸った牙が鎮座していた。
無造作に手を伸ばす。獣の手綱を握った。そして、

「つっ…………」

脇目もふらずに牙は自分の左手の側面の肉を食い破った。……少し深く抉りすぎたか。
打撲傷のような痛みに襲われ、思わず腕が落ちる。

「プロデューサーさん!?その……それは……」

「まゆ……ほら、いいぞ」

「………っ」

まゆは一瞬、欲望に満ち充ちた目になったがすぐに正気を取り戻し、躊躇いを見せていた。目を泳がせて、理性と感情の隙間で喘いでいる。近いようで遠い一歩を踏み出さないでいる。

「まゆ……いいのか?」

まゆの元へと左手を差し出す。そうしている間にも、生命の滴たる赤い体液は垂れ落ちていく。やがて床の染みと同化する───その前に。

まゆが、自分の手を掴んで引き寄せた。

「あ…………ん……」

先程までの迷いが完全に拭えたわけではないらしい。まゆの目はまだ理性を宿している。けれど、とても嬉しそうに、幸せそうに……少女は血を啜り出した。

「ん…………、はっ、ぁ───」

吸い付くだけでは物足りず、まゆは舌で傷口を撫で始める。さらさらした茶色の髪が乱れているのも気にせずに、甘美な声を奏でる。
───ゾクゾクする。言い知れぬ感覚が、脳を、全身を支配してくる。
滅多なことだからか、単純にまゆが上手いのか。
まゆの艶やかな舌遣いの前に、溶けてしまいそうな錯覚に陥った。

「ごめんなさい……ごめんなさい…………おい、しい……プロデューサーさん───」

涙を流しながら、許しを乞いながらそれでも彼女はやめない。止めれない。例え一滴でも余すものか。
そんな気概を感じた。

「んっ…………く…………」

左手を掴んでくる指に力が入る。何があっても絶対に離さないと、そう言外に語っているように。
誰よりも大好きなその腕を、誰にも取られまいとするように。

愛も、献身も、嫉妬も、欲望も。
理性も、感情も。本能も、疾患も。
すべてが融け合って溶け合ったようなドロドロとした熱いモノが、彼女の中に渦巻いていた。

そうして、今度は悠久と感じるくらい長い時間。
甘い遊夢(ユメ)のような一時を、過ごした。

「あ……傷口、塞がっちゃいましたね」

まゆからの一言で意識が現実へと引き戻される。
…………一体どのくらいの間、そうしていたのか。
気付いた時には窓の外には暗闇が広がり、夏と言えどもすっかり夜の景色を映し出すのに十分な時刻となっていた。

「…………」

左腕の感覚は未だに曖昧だ。動くが、どこか自分の腕ではないような感触がしている。
しかし、不思議とそこに気持ち悪さを覚えることはなく、心は落ち着いたままだ。

「……今日は、ありがとうございました。
えっと……あの……ごちそうさま、です」

────。
一瞬、視界が真っ赤に染まった。
少女の端整な顔立ちが、赤黒い円形のもので埋め尽くされていく。
……想起させられる。先程飲んだ血が、少女の身体の奥に今も流れていることを。

アイドルとプロデューサー。一人の少女と一人の非人間。
甘い囁きが誘ってくる。

『"それ"を守ることになんの意味がある』

『手に入れてしまえば、ただのチープなガラクタかもしれない』

『全部捨てて、目の前の少女と────』

「───まゆ」

お互いの不自由になった左腕を見る。
二人の傷は、誰が見たって自分の方が大きく深く。
重症なのはどっちかなど言うまでもなかった。

考えることはいっぱいあった。
明日から自分達はいつものように事務所で働き始めるのだ。
非日常は終わり、日常が始まるのだ。

まゆは絆創膏程度で済むが、撮影の衣装の方は調整が必要だろう。
自分の傷は隠し通すには少し厳しいか。
間違いなくアイドルたちからは指摘されるだろうが、不慮の事故として処理すればいい。

だが、今最優先で考えるべきはそうじゃない。
何よりも大切な自分の担当アイドルが、
手を伸ばせば届くくらい、すぐ近くにいるのだから。

右腕をまゆの背中へと回す。
小さなその身体を片腕で抱き締める。
それに呼応して、まゆも両手でしがみついてくる。
最早、お互いが互い無しでは生きていられないほどに依存しきっていることを表すかのように。

両者の身体には今、相手の血が駆け巡っていた。
科学的見地なんてどうでもいい。二人は確かに、そう感じているのだから。

「毎週や……毎月は無理かもしれない。それでも、もっともっと二人で、二人だけにしかできない『特別なこと』をしよう。
まゆが我慢できなくなった時は、いつでも言ってほしい」

「──────!
ごめんなさい……プロデューサーさんに、迷惑かけてばっかりで……。
でも、まゆ嬉しい……貴方に、そう言ってもらえて」

これは病。恋の病。治すことすら忘れた恋愛病理。
そうだ。おかしいのだろう。気持ち悪いのだろう。歪んでいるのだろう。だが、どれだけ非難を浴びてもこれだけは自信をもって全霊で言える。
───この愛はホンモノだ。
いくら拒絶されても構わない。だが、誰にも邪魔させない。彼女の想いを否定させやしない。

それが、まゆの為になると言うのであれば。
まゆが笑顔を見せ、幸せになってくれるのであれば。自分は喜んで、共に堕ちよう。

何もかも奪うまゆの温度を。
苦しいほどの愛を求めて、懐いて。

「……大丈夫だ。俺は一生、お前の側に居てやる」

「プロデュー……、サーさん…………」

二人きりの時間は終わる。明日からまた日常が始まる。世界へと繰り出さなければならない。
だけど、心配する必要はない。不安なことなど一つもない。
それでも自分達が生きる"世界"はここに在る。
二人の永遠は、ここにあるのだから。


終わりです。
「ヤンデレ」って言われたらどうしても外向的ヤンデレのイメージが先行してるけど、
内向的ヤンデレもいいぞ。ってことを伝えたかった

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