【デレマス銀河世紀】安部菜々「17歳の教科書」 (49)

次は宇宙だッ!

他のシリーズを読んでなくても大丈夫。

第1作 【モバマス時代劇】本田未央「憎悪剣 辻車」
第2作 【モバマス時代劇】木村夏樹「美城剣法帖」_
第3作【モバマス時代劇】一ノ瀬志希「及川藩御家騒動」 
第4作【モバマス時代劇】桐生つかさ「杉のれん」
第5作【モバマス時代劇】ヘレン「エヴァーポップ ネヴァーダイ」
第6作【モバマス時代劇】向井拓海「美城忍法帖」

読み切り 

【デレマス時代劇】速水奏「狂愛剣 鬼蛭」
【デレマス時代劇】市原仁奈「友情剣 下弦の月」
【デレマス時代劇】池袋晶葉「活人剣 我者髑髏」 
【デレマス時代劇】塩見周子「おのろけ豆」
【デレマス時代劇】三村かな子「食い意地将軍」
【デレマス時代劇】二宮飛鳥「阿呆の一生」
【デレマス時代劇】緒方智絵里「三村様の通り道」
【デレマス時代劇】大原みちる「麦餅の母」
【デレマス時代劇】キャシー・グラハム「亜墨利加女」
【デレマス時代劇】メアリー・コクラン「トゥルーレリジョン」
【デレマス時代劇】島村卯月「忍耐剣 櫛風」
【デレマス銀河世紀】安部菜々「17歳の教科書」

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 人類が宇宙に進出し、地球が御伽噺の中の存在になった頃。

 銀河は3つに別れていた。

 最大の版図と人口を誇る帝政国家、『リューザキ』。

 重工業系企業が国家運営を行う、『櫻井クラスタ』。

 社会主義による宇宙統一を目指す、『Новый советский(新ソビエト連邦)』。

 この3者による睨み合いは、すでに数世紀にも及んでおり、

 現在は一応のデタント期に入っていた。

 ある時、櫻井クラスタ領の惑星に1人のアイドルが現れた。

 現れた、といってもモニター越しであったが。

 そのアイドルの名は、安部菜々。

 『ウサミン星』なる星からやってきた17歳という設定で、愛らしい見た目と

 甘い歌声、そして弾けるようなダンスで、住民達を魅了した。

 しばらくすると、菜々は他の惑星にも現れるようになった。

そこでも大変な人気を博した。

さらにリューザキ、連邦内にも活躍の場を広げ、

 銀河中が安部菜々に夢中になった。

 異変が起こったのは、彼女が現れて二年ほど経った頃。

 リューザキ領の惑星の住民が、

「ウサミン星に行きたい」と呟いて、行方不明になった。

 そのニュースは、初めはジョークとしてお茶の間に流れた。

 熱狂的なアイドルファンが失踪、あるいは焼身自殺(バーベキュー)、

 などという出来事は、宇宙でもままあることだった。

 しかしその後、行方不明者が3カ国総計で5万人に達した。

 皆いずれも「ウサミン星に行きたい」と周りに

 話してから、いなくなったという。

 行方不明者の行き先を第一に発見したのは、連邦だった。

 その捜査官達は、歪な楽園を目にした。

 労働や家事、社会インフラの維持、そして政治に至るまで、

 ウサギ型のロボットが行なっていた。

 納税も兵役もなく、人々は“好きなように”生きていた。

 安部菜々の歌を聞き、安部菜々のダンスを見る。

 安部菜々の絵を描き、安部菜々が主役のドラマを視聴する。

 安部菜々の自伝小説を本が擦り切れるまで熟読する。

 日曜日は教会に集まり、安部菜々の像に向かって皆がお祈りする。

 毎日起きてから眠るまで、安部菜々にどっぷり漬かった生活。

 住民達はそれを満喫していた。

 捜査官達は一抹の羨望を抱きながらも、楽園の存在を公表した。

 すぐに住民の奪還が試みられた。

 しかし、当の本人達がウサミン星から離れようとしない。

 無理やり連れて行こうとすると、ロボ達の妨害にあった。

 そこでリューザキは一個艦隊を派遣し、ウサミン星を制圧した上で、

 住民達を連れて帰った。

 これで事態は終結するかと思われた。

 だが、行方不明者は増え続けた。

 ウサミン星は1つではなかったのだ。

 3カ国が共同で艦隊を組織し、銀河中をくまなく探し回った。

 第二、第三のウサミン星が続々と見つかった。

 無論、住民達の回収が行われた。

 そしてまた、ロボ達の妨害にあった。

 いや、今度は妨害というよりは、蹂躙といって差し支えなかった。

 彼、あるいは彼女らは、最新技術を搭載した戦艦で、

 回収用の艦隊を全て撃沈したのである。

損害比2:7という圧倒的な差をつけて。 

ウサミン母星攻略作戦。

3カ国は宇宙世紀で初めて手を取り合い、

協同での軍事作戦を練った。


リューザキからは艦隊40万隻。

櫻井クラスタからは18万。

新ソビエト連邦からは15万、

計73万の戦艦がウサミン母星のある宙域へ向かった。

勝てない。

リューザキ旗下、指揮艦『サーベルタイガー』のブリッジで、

艦長の三船美優は思った。

現在、母星を取り囲むように展開している敵艦隊と交戦しているが、

“前線の位置が全く前に進まない”。

こちらが数で優っているのに、完全に勢いを殺されてしまっている。

宇宙空間における艦隊戦のノウハウは、3カ国側に利があるはず。

それなのになぜ、抑えられるのか?

さきほど、三ヶ国側は防衛陣を突破するために

紡錘陣形を取り、

前方に火力を集中させようとした。

すると、攻撃をする前に敵側は

艦隊の両翼に展開し、こちらを挟撃してきた。

教科書(セオリー)通りの反撃。

しかし、その反応速度が凄まじかった。

ウサミン星側の戦艦は、全艦が

電子制御され、互いにリンクしている。

いうなれば全てが目であり、手であり、頭脳でもある。

よって、指揮艦がちまちまと

連絡をするような時間的ロスはなく、

瞬発的な艦隊運用が可能となっている。

また、人間が乗っていないという利点から、

無茶苦茶かつ合理的な速度で移動する。

よって、3カ国側がどのような戦術を取ろうとも、

相手に決定的な打撃を与えることはできない。

即座に対応されてしまうからだ。

“通常の艦隊では”、敵の防衛陣を突破することはできない。

実は三ヵ国側は、戦局が開く前から、そう結論づけていた。

第一陣の戦艦を突破しても、次には、

デブリ回収用のウサギ型の作業ボットが、

空間を埋め尽くすように陣取っている。

数はおそらく数百億。

超長距離からのレーザーやミサイルは、

そのボットの壁によって防がれる。

接近すれば、おそらく特攻するように

艦隊にとりつき、航行を妨げるだろう。

であれば、敵戦艦および、そのボット達の

隙間をかいくぐるような存在が必要だ。

軍艦よりもずっと小さく、すばしっこく、

敵の懐に潜り込めるような。

両艦隊による攻防が繰り広げられる中、

その反対側から母星に迫る影があった。


真っ白に塗装された高速巡航艦7基。

3カ国側の戦力である。

大規模な艦隊戦は陽動であった。

敵を引きつけ、防衛網の網目を、

少しだけ大きくするための。

巡航艦は直線的に、宙を切り裂くように進む。

その前に、ウサミン星側の艦隊および戦闘機が立ちはだかった。

巡航艦は怯まずに突っ込んだ。

無人で、電子制御されていたのだ。

二基が、敵を巻き込んで大破。

残りも苛烈な攻撃を受け、爆散した。

その余波によって、ウサミン星側のレーダーに微かな乱れが生じた。

『敵艦撃破』『敵艦…』『……!』


爆炎の中から、小型の戦闘機が飛び出した。

宇宙に融けるような、漆黒の機体。

ウサミン星側は即座に分析を始めた。

フレームは前川製『シャルトリュー』。

重槍のような形状で、高速加速時に独特の音を立てる。

二世代ほど前の型落ち機だが、

頑強さと動作の滑らかさに定評があり、

いまだに根強い人気がある機体。

航行速度から、エンジンと推進装置は櫻井製の『CHA-MA07』。

ロールアウトされたばかりの最新式。

加速性能で数世紀分のブレイクスルーをしたと言われている。

通常の戦艦、戦闘機では到底追いつけない。

だが、ウサミン星側の戦闘機は並ではない。

殺人的な加速と機動を、

燃料が尽きるまで行うことができる。

2機が後方、3機が追い越して前方に出た。

「やっぱり反応が速いですね…」

漆黒の機体の中で、岡崎泰葉は低く呻いた。

限界まで加速を行なっているので、臓腑がぎりぎりと絞られている。

口笛混じりに操縦などできない。

おでこを出し、両側に垂らすようにカットした、紺の短髪。

あまり動かない瞳。小さい鼻。

閉じればどこにあるのかわからない、薄い唇。

生気のない、人形のような少女だった。

“岡崎泰葉”は、1人のための名ではなく、超絶的な腕前を持つ

戦闘機乗りに与えられる名前だった。

彼女はちょうど13番目の岡崎泰葉で、最年少である。

彼女はパイロットの養成施設で生まれ、はじめは番号で呼ばれていた。

名前を手に入れたのは、ごく最近のことだ。

「さて、“岡崎泰葉”に恥じない戦いをしないと」

拡散ミサイルを前方へ3発。1機に直撃。

泰葉はそれを喜ばなかった。

相手が、こちらの武装を知るために

わざと避けなかったことに気づいたためである。

後方からのレーザーを直感で躱すと、前方でまた一機墜ちた。

これには、泰葉も唇を舐めた。

とはいえ、実際はかなり苦しい状況だった。

捕捉から逃れるために速度を

上げると操縦が追いつかなくなる。

下げると、背後からの攻撃を避けられなくなる。

左右に動いても、相手はぴったりとついてくる。

どうやら撃墜ではなく、こちらの消耗を狙っているようだ。

相手はエースパイロットの技術を、徹底的に盗むつもりらしい。

こちらの武装はすでに分析済みとみてよいだろう。

つまり、ここから通常の攻撃は絶対に当たらない。

だがウサミン星側の行動を見るに、

戦闘機の運用データは

まだ蓄積されていないらしい。

そこに付け入る隙がある。


泰葉は電磁ジャミング装置を起動させた。

敵機の電子回路を破壊する武器である。


ウサミン側は、生身の人間達が

機器を狙ってくるのを予想していた。

対策は織り込み済みである。

ジャミングを感知、電磁遮断器を展開し、無効化した。

この間に要した時間はコンマ数秒。

その数秒が、戦闘機での格闘戦においては致命的な隙であった。

泰葉は推進装置を巧みに操作し、その場で急旋回した。

本当に“ほっぺたがこぼれる”のではないかと思うくらい、

身体が横方向に引きずられる。

そして、ぴったりとくっついていた敵機に接触。

表面の装甲がいくつか剥がれはしたが、代わりに

前後方の2機を食いちぎるように破壊した。

機体の頑丈さが功を奏した。

おいしい成果だ。

残りと一機とはすれちがいに、泰葉は反対方向へ出た。

相手は猛烈な加速で振り返り、漆黒の機体に迫る

今度は本気で沈めにきている。

泰葉は先ほど抜き去ったウサミン星の艦隊に、再び接近した。


そして、レーザーとミサイルを全弾発射。

泰葉を感知、および接近可能な戦艦を全て撃破。

そこで、発生したデブリの荒波に機体を滑り込ませた。

致命的になるものは全てかわしながら。

操縦室のガラスに大きな罅が入ったが、泰葉に動揺はなかった。

後方から加速していた敵機は、破片に機体を斬り裂かれ、大破した。

割に合わないような、

教科書から外れた戦闘技術。

それが彼女を、岡崎泰葉たらしめていた。

第一陣を突破した泰葉は、第二陣に接近した。

星のように、ぽつぽつと光る無数の作業ボット達。

泰葉は、大きな熱源となるエンジンと

武装を機体から切り離した。

システムもシャットダウンする。

機体はゆっくりと減速する。

ボットが数機、近づいてくる。

しかしその動きは緩慢。

どうやら、機体をデブリだと誤認したようだ。

泰葉は耐圧服を装着し、機外に出る。

そこで、機体を調べ始めたボットに取りついた。

その装甲を手際よく一枚剥がし、中の回路を破壊。

別の回路に入れ替えた。

これでボットは識別番号を持ったまま、

泰葉を母星に連れて行ってくれる。

母星に侵入した泰葉は、防衛用のロボット達を

蹴散らしながら進んだ。

ここまで人が入ってくることは予想していなかったのか、

抵抗は弱々しかった。

そして機関室、システムの冷却装置、

マザーコンピューターを順繰りに破壊した。

あっけない。

そう泰葉が肩をすくめた時、母星内でアラートが響き渡った。

二時間以内に自爆するという。

どこの悪の秘密基地、と泰葉が思ったとき、

白衣を着た少女が現れた。

しかし人間ではないのは明白だった。

宇宙用の防護服を、まったく着ていなかったのだから。

「君。ここにいると危ないぞ」

彼女は、泰葉を見て驚くでもなくそう言った。

「帰り道がわからないのか?」

「帰るつもり、ありませんでしたから」

敵陣のど真ん中に単独で潜入。自爆装置などがなくても、

泰葉は生きて帰るつもりはなかった。

「そうか…ところで、ナナさんを殺したのは君か」

少女の見た目をした何かが尋ねた。

まったく感情のない声だった。

「機械に生命が宿るなら、そういうことになりますね」

泰葉はまったく悪びれるでもなく答えた。

死ぬ覚悟が決まると、余計な感傷は削ぎ落とされていく。

「…せっかく来たんだ。

ちょいと、年寄りの昔話に付き合ってくれないか」

“何か”は、生気のない瞳で泰葉を見つめた。

彼女は、“池袋晶葉”と名乗った。

生まれは連邦領の辺鄙な惑星で、

もう忘れてしまうほど昔に生まれたそうだ。

今の身体は、脳を含めて完全な機械だという。

だというのに、晶葉の研究室には重力と空気があって、

椅子とベッドまで用意されていた。

「ナナさんは、姉のような存在だった」

 仇の泰葉に向けて、晶葉は微笑んだ。

 現在のサイボーグ工学では、ありえないはずの表情だった。

「周囲から孤立していた私に、何かと世話を焼いてくれた。

 はじめは鬱陶しく思ったが、

 そのうち側にいないと不安になるくらい、

 私はナナさんのことが大好きになった」

 本当に懐かしく、楽しそうに彼女は語る。

 泰葉は黙って話を聞いた。どうせ死ぬまでの退屈潰しだ。

「しかし、ナナさんの両親は私を遠ざけようとした。

 彼らは、超自然主義に傾倒していたんだ」

超自然主義。

かつての合衆国のヒッピーを源流とする、ある種の宗教。

宇宙世紀にあって機械文明を忌避し、

科学技術による医療行為さえも否定する。

「娘を悪しき道に引き摺り込む、

 マッドサイエンティストという扱いだったのさ。

 私はね。」

 晶葉は肩をすくめた。

 おかしくてしょうがないだろう、そんな風に。

 

「ある時、ナナさんの身体が癌に冒されていることがわかった。

 初期の状態で見つかったから、完治が可能だった。

 しかし…」

 菜々の両親は、娘を“人間らしく死なせるために”癌の進行を放置した。

 死にたくない。もっと生きていたい、

 そう叫ぶ娘を部屋に閉じ込めて。

「私がナナさんを連れ出した時には、全身に転移していた。

 まだ17…これからもっと綺麗になる、そんな年齢で、

 彼女の身体はもう死の瀬戸際にあった」

 晶葉は淡々と話した。

 もし肉の声帯があれば、その言葉は震えていただろうか。

「脳もすでにやられていてね…ナナさんは私に言った。

 このまま何も感じられなくなる前に、機械に身体を移したいと」

 意識の電子化。

 これは、科学技術が進んだ宇宙世紀でも禁忌だった。

 “魂の容れ物”、という倫理的な問題と、

 間接的な不死の実現による法経済の

 深刻な混乱が、目に見えていたためである。

「私達は躊躇なくやった。

 ナナさんは、なんとしても生きたかった。

 私はどんなことをしても、彼女に生きていて欲しかった」

 そして2人は、人目のつかない鉱山惑星に身を潜めていたという。

 そこは朝と夜で気温差が300度もある過酷な惑星だった。 

 しかし晶葉も機械の身体になり、

 そのような環境での生活も可能であった。

「それで、まあまあ楽しく300年ぐらい生きた頃だったか…。

 ナナさんが苦しみだしたんだ」

 機械の身体に痛みはない。蝕まれるのは精神、心である。

「“我思う。ゆえに我あり”

 高名な哲学者の言だが、ナナさんは自身の思考に

 全く自信を持てなくなってしまったんだ。

 今の自分は果たして、生身の人間だった頃の

 安部菜々と同一だと言えるのか。

 そんな風にな」

 回路を流れる電流は、ニューロンを走るそれと同等か。

 記録と思い出はどこで区別する?

 感情は、この苦しいという感情さえも、
 
 果たして本物だと言えるのか。

「私はナナさんの苦悩を取り除くことができなかった。

 人の心は、まったくの専門外だったからな。

 だから私達は、第三者による観測で

 “安部菜々”を定義しようとした」

「“我思う。ゆえに我あり”

 高名な哲学者の言だが、ナナさんは自身の思考に

 全く自信を持てなくなってしまったんだ。

 今の自分は果たして、生身の人間だった頃の

 安部菜々と同一だと言えるのか。

 そんな風にな」

 回路を流れる電流は、ニューロンを走るそれと同等か。

 記録と思い出はどこで区別する?

 感情は、この苦しいという感情さえも、
 
 果たして本物だと言えるのか。

「私はナナさんの苦悩を取り除くことができなかった。

 人の心は、まったくの専門外だったからな。

 だから私達は、第三者による観測で

 “安部菜々”を定義しようとした」

「それが、アイドル“安部菜々”の誕生」

泰葉は、人々が行方不明になった原因を知った。

「歌や映像に何か細工がしてあったんですか?」

「いや、そんな工夫はできなかった。

 そんなことをすれば、観測結果が歪められてしまうからな」

 つまるところ、人々がウサミン星に集まるのは、

 全く自発的な反応だったらしい。

 泰葉は苦笑した。

「君は、どうやって“岡崎泰葉”を定義する?」

 晶葉が尋ねた。

 子どもらしい個性を鏖殺してしまうような

 過酷な訓練の中成長した少女。

 彼女は、どうやって自身を定義するのか。

 泰葉は、まったく考えることなく返答した。

「最強の戦闘機乗りです」

「それだけか」

「それだけで十分ですよ。

 だって、最強は1人しかいないんですから、

 いちいち悩む必要がないでしょう?」

一見単純なようで、実は強烈かつ尊大な自負心。

 それは、“岡崎泰葉”に必要な資質なのかもしれなかった。

「…君に殺されるのが、運命だったのかもしれんな」

 晶葉は静かに呟いた。

「なんだか、ナナさんに申し訳ないんだが、

 肩の荷が下りた気分だよ。
 
 いや、あるいは彼女も……」

 数百年生きた者の情緒は、泰葉にはわからない。

 ただ、晶葉の表情はふっと力が抜けたようだった。

「君、今年でいくつだ?」

孫に尋ねるような声で、晶葉が再び尋ねた。

「もうすぐ17になります」

泰葉の返事を聞くと、晶葉はくっくと笑った。

子どもっぽい、いたずらな笑顔だった。

彼女は、泰葉を母星内のドックまで案内した。

そこには真新しい、どこの企業の

カタログにも載っていない戦闘機が鎮座していた。

三又の矛のような形状で、

装飾は目に痛いくらいのポップな桃色だった。

「これに乗って脱出しろ。

その後は味方艦と合流してもいいし、

13番目の岡崎泰葉は死んだことにして、身を隠してもいいだろう」

晶葉の説明によれば、機体には高度な

ステルス機能が搭載されていて、

存在をまったく感知されない航行が可能だという。

これを戦場に出されていたら厄介だった。


「ところで、なぜ自爆機能を?」

戦闘機に乗り込む前、泰葉は尋ねた。

こんな大味で非効率的な機能を、

目の前の天才科学者がつけたのが不思議だった。

晶葉は胸を張って答えた。

「悪の組織の浪漫だよ」

「浪漫って、科学者らしくないですね」

「何を言う。浪漫を忘れた科学者など、ただの電卓だ。

 人間だってそうだぞ。

 浪漫があるから、前に進む。

 もっとも、良い方向にとは限らないが!」

晶葉はまた、くっくと笑った。

目に、涙が浮かんでいた

「戦闘機乗りなどやめて、

 普通の女の子として生きてみたらどうだ?

 学校に通ったり…友達と放課後にアイスを食べたり、

 休日は恋人と遊びに行ったりするのもいいだろう。

 それで、時々はアイドルに憧れて…

 こっそり歌やダンスの練習をするのさ。

 そんな教科書のような青春を、

 いまから取り返すのもよかろう」

晶葉の言葉を聞いて、泰葉はふっと遠い目をした。

だがすぐに、首を振って答えた。

「“岡崎泰葉”は次の人間に引き継ぎますが…

 “私”はずっと戦闘機に乗り続けますよ。

 私の浪漫も青春も、この狭いコクピットの中にあるんですから」

そう言って笑う彼女の表情は、

ひどく人間臭く、魅力的だった。

母星から脱出した戦闘機は、3カ国の艦隊をまっすぐにすり抜けた。

光学迷彩と、レーダー電波を吸収するフレーム。

熱感知を避けるために、機体温度も低くされている。

識別コードは『N/A』。

彼女は、どこにもいない戦闘機乗りとして宙域を離脱した。 

機関や軍に縛られない、自由な生き方をするために。


艦隊が追ってこれないほど遠ざかった時、

機内に軽快なポップミュージックが流れた。

安部菜々の曲だった。

「私、結構好きかも…」

アイドルソングなど初めて聞いたが、彼女の耳によく馴染んだ。

岡崎泰葉をやめた何者かは、音楽に合わせて口笛を吹いた。

おしまい。

おおう。

【モバマス時代劇】依田芳乃「クロスハート」

これ忘れとった。

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