智絵里「ある日の風景」 (79)
ある日の風景1
~事務所-エントランス~
(事務所のエントランスでレッスン帰りの智絵里とばったり出くわした)
智絵里「あっ……プロデューサー……お疲れ様です」
P「お疲れ。調子はどう?」
智絵里「今日もダメ出しばかりでした……わたし、また失敗ばかりで……その、体力がないから」
P「そうか」
智絵里「前となにも変わってないですよね、わたし。
せっかくプロデューサーに拾ってもらったのに……」
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P「そんなことはないと思うぞ」
智絵里「そうでしょうか……」
P「ああ。トレーナーさんからも動きが断然よくなったって報告が来てる」
智絵里「本当ですか……? でも、一曲通して踊る体力がなくてどうするって今日も……」
P「まあ基礎体力はそうだな。でもそれはすぐに改善するようなものじゃないから。大事なのは継続だよ」
智絵里「継続、ですか……」
P「初めから全部上手くやろうなんて考えなくていいんだよ。
智絵里のペースで一歩一歩進めばいい」
智絵里「プロデューサーはやさしいです……でも、他の子たちができてることを、
わたしだけできないままじゃだめですよね。わたし、もっと頑張りますから」
P「そう、その意気だ! ――智絵里はもう帰るとこ?」
智絵里「えっと、そうですけど……」
P「そしたらカフェで少し待っていてくれないか? 俺も支度をするから一緒に帰ろう」
智絵里「は、はい。わかりました」
・・・・・・・・・
P「寮での生活にはもう慣れた?」
智絵里「はい……不安でしたけど、みんなやさしくしてくれて」
P「それはよかった。食事とかも大丈夫?」
智絵里「特には……でも寮でのご飯はにぎやかで……ちょっと……」
P「……ちょっと苦手?」
智絵里「そんなこと……ない、です。その、ちょっと学校みたいだなって」
P「ああ、そういうこと」
智絵里「みんなで一緒にご飯を食べるの、いいなって。お家ではあんまりなかったから……」
P「まあ自分の家だとまずないよな。同年代と寝食をともにするなんて」
智絵里「……そう、ですね」
P「――少し意外だったな」
智絵里「えっ……あの、何がでしょうか?」
P「いや、変な意味じゃないんだ。
智絵里はにぎやかなところそんなに得意じゃないと思ってたからさ」
智絵里「にぎやかすぎるのは苦手ですけど……でもずっと静かだと寂しくなっちゃいます……」
智絵里「寂しいときいつでも誰かがいる、なんてこと、ずっとなかったから……」
P「今なんて……?」
智絵里「な、なんでもないです……気にしないでください……」
P(よく聞き取れなかったがあまり聞き返さないほうがよさそうか)
P「でも安心したよ。ちゃんと馴染めてるようで」
智絵里「……やっぱり……心配かけてましたよね、わたし」
P「智絵里に限ったことじゃなく、年頃の女の子をお預かりしてるわけだからね。誰だって心配だよ」
P「実は地方から出てきた子の、アイドルになるための最初のハードルなんだ。
合う合わないってどうしてもあるから。でも智絵里は今のところ大丈夫、だろ?」
智絵里「なんとか……慣れないことばかりですけど」
P「そう、だから智絵里にはちゃんとアイドルになれるだけの素養がある。
すぐに自信は持てないかもしれないけど、俺が保証する」
智絵里「あの、その……見捨てないでくださいね、プロデューサー」
P「もちろんだよ。智絵里は大切な俺の担当アイドルだ」
P「ところで学校のほうはどう?」
智絵里「普通……です」
P「けっこう反応あったんじゃないの。智絵里みたいな可愛い転校生、
俺がクラスメートだったらすごいテンション上がるけど」
智絵里「そんなことっ、ない、です……わたし、学校でも静かだし……」
P「まあ学校での智絵里の様子は想像つくよ」
智絵里「でも、学校のほうもやさしい人ばっかりでほっとしました。お友達もできて……」
P「それはなによりだ。アイドルの話もしたり?」
智絵里「い、言えるわけないです……そんなこと。また、笑われるだけです……」
P「笑うって……そんなネガティブに考えなくても」
智絵里「けど……まだアイドルらしいことほとんどしてないですし……」
P「それは……俺の力不足だな」
智絵里「いいんです……精いっぱいがんばって、やっと半人前なわたしが、
アイドルになれただけでも奇跡だって……わたしが一番わかってます……」
P「おいおい。さっきまでの意気込みはどこいったんだ――」
(再びべそをかき始めた智絵里をなだめ、どうにか落ち着かせた。
冗談を交えて会話を明るくしようとしたが逆効果だったみたいだ……)
ある日の風景2
~ファミリーレストラン~
(レッスン終わりの智絵里に声をかけ事務所の近くにあるファミレスに二人でやってきた)
P「せっかくの打ち上げだ。好きなもの頼んでいいぞ……といってもただのファミレスだけど」
智絵里「そんな、デビュー企画のラジオがオンエアされただけですし」
P「遠慮するなって。それに打ち上げってのは大切なんだぞ」
智絵里「そうなんですか……?」
P「ああ。次もまた気持ちを新たに頑張るぞーっていう区切りとしてな」
智絵里「なるほど……」
P「ジュースで大丈夫だった?」
智絵里「はい、炭酸とかじゃなければ……」
P「ならよかった」
智絵里「飲み物、ありがとうございます。私、ドリンクバーがすこし苦手で……」
P「苦手? ドリンクバーが?」
智絵里「あの、種類がいっぱいあると選べなくなっちゃって……」
P「あーそういうこと」
智絵里「他の人の迷惑だから、気をつけなきゃっていつも思うんですけど」
P「気にしすぎだよ」
智絵里「でも、よくないなって自分で思うから……」
P「そしたら自分ルールを作るとかどうだ」
智絵里「自分ルール……?」
P「そうだ。二択で迷ったらいつも右を選ぶとか。そういうルールを作るんだ。
飯や飲み物で迷うときなんて大抵の場合どれを選んでも大差ないもんだ」
智絵里「そうかもしれません……」
P「そういう時ルールがあればすぐ決められる。
そしてそういう積み重ねは決断力のアップにも繋がるというわけだ」
智絵里「な、なるほど」
P「早速ひとつルールを決めて飲み物を取ってきてみないか?」
智絵里「今からですか……?」
P「ああ。せっかくだから実践してみよう」
智絵里「わかりました……そうしたら、上から4番目の飲み物にしてみます」
P「4番目? どうしてまた」
智絵里「えっと……その……四つ葉のクローバー……」
P「そういうことね。ごめんごめん」
智絵里「あの……飲み物、もらってきますね」
P「いってらっしゃい」
P「それじゃあ智絵里のソロデビューを祝して、乾杯!」
智絵里「か、乾杯……」
P「――そうだ、忘れないうちにこれを渡しておこう」
智絵里「これは……?」
P「ささやかながら俺からのお祝い。開けてみて」
智絵里「これって……日記帳と、スタンプ……ですか?」
P「それとスタンプカード。手製だから簡素で悪いが」
智絵里「プロデューサーさんが作られたんですか……すごいです……」
P(ちひろさんには子供の工作と一刀両断されたが智絵里は優しくてよかった)
P「クローバーのスタンプもかわいいだろ」
智絵里「素敵です。けど、どうして……?」
P「そうだな、その説明をしよう。まず日記だが、智絵里に毎日の記録を残してほしかったんだ。
いつか智絵里の力になってくれるときが必ずくるから」
智絵里「その、日記は前からつけてます。だから、今の日記帳がなくなったら使いますね」
P「その調子で続けてくれ。少し余計な気配りだったかもな」
智絵里「そんなことないです……プレゼント、すごく、嬉しいです」
P「スタンプカードだけど、一日一回いいことがあったらスタンプを押してほしいんだ。
5個枠があるだろ。それが埋まったらご褒美をあげよう」
智絵里「あ、あの、いいことって具体的にはどんな……」
P「なんでもいいよ。トレーナーさんに褒められたとか、苦手なステップが踏めたとか、
道端に咲く花が綺麗だったとかでもいい」
智絵里「そんなことで……?」
P「大切なことさ」
P「ご褒美はそんな豪華なものは用意できないけど喜んでもらえるものを考えておこう」
智絵里「そんな私がもらってばっかりで、なんだか申し訳ないです……」
P「いいんだ智絵里は頑張ってるんだから。――どうかな?」
智絵里「はいっ。いいこと探し、がんばります……!」
P「……今はファミレスだけど、いつか打ち上げも立派にやりたいもんだ」
智絵里「私は……こうしてプロデューサーさんといられるだけで十分です……」
P「おっと声に出てしまったか。まあ夢はビッグにってやつだよ」
智絵里「すいません……私にはまだ想像できないです。
今アイドルをしているのが夢みたいなものだから……」
P「……ごめん、変なこと言っちゃったな」
智絵里「そ、そんな、私こそ……また弱気なことを……」
智絵里「……私、今日のこと忘れません」
P「ああ。俺もだ」
P「さて、少ししんみりしたが打ち上げだ。ぱあっといこう!」
智絵里「えっと、私、何をすれば……」
(はじめての打ち上げはささやかだが強く心に刻まれるものになった)
ある日の風景3
~夕暮れの公園~
(灰色の雲が覆う冬空の下行われた撮影は、全てが終わる頃には日が落ちかけていた)
P「撮影お疲れ。今日はこのまま直帰しちゃっていいよ」
智絵里「お疲れ様です。あの、プロデューサーさんはこのあとどうされるんですか?」
P「俺? 事務所に戻って今日の報告書作りだけど」
智絵里「それなら、私も一緒に行ってもいいですか……?」
P「構わないけど。何か用でもあるの?」
智絵里「えっと、みんなが自主レッスンしてるそうなので、私も参加しようと思って……
あの、それとプロデューサーさんともう少し一緒に……」
P「いい心がけだが休息も大事だぞ。なにせアイドルは身体が資本だからな」
智絵里「うぅ、そうですよね……」
P「いや違うんだ。智絵里が頑張ってくれるのはすごく嬉しい。
ただ無理はしちゃだめってだけで、智絵里が大丈夫だと思うなら止めないさ」
智絵里「……今日は、もうちょっとがんばれる気がするんですっ! だからお願いします」
・・・・・・
P「にしても今日は一段と寒いな」
智絵里「そうですね……今晩は雪が降るかもって」
P「マジか。積もらないといいなぁ」
智絵里「雪、お嫌いですか……?」
P「いや、どうも道が混むとか交通ダイヤが乱れるとか考えちゃってな」
智絵里「あっそうですよね。移動とか大変になっちゃう……」
P「昔は早く積もらないかと胸踊らせたもんだが。夢のない大人になっちまった」
P「智絵里はどうなの、雪。好き?」
智絵里「私は……街がお化粧してるみたいで、綺麗で、けっこう好きかも」
P「雪景色の中に佇む智絵里か……絵になるな」
智絵里「そうでしょうか……?」
P「あまりしっくり来ないか?」
智絵里「うーん……ちょっと寂しいなって思っちゃって。
囲まれるなら雪よりもお花のほうが嬉しい……かなって」
P「たしかにそっちのほうがもっと似合うな」
智絵里「で、でもお仕事なら、どっちも嬉しいです……」
智絵里「あっ……雪……」
P「……本当だ」
智絵里「降りだしちゃいましたね……」
P「どうする? そう遠くはないがタクシー捕まえようか」
智絵里「よければ、このまま歩いていたいです」
P「そうか――なら」
P(たしか折りたたみ傘は持ってたはず……)
P「智絵里、中に入れ。それと、気持ち早歩きしよう」
智絵里「はっ、はい」
智絵里「冬って寂しげで、前はあまり好きじゃなかったんです」
P「前はっていうと今は変わったんだ」
智絵里「はいっ! 素敵なところもたくさんあって。
こう思えるようになったのも、きっと、いいこと探しを続けたおかげです」
P「ちゃんと続けてて偉いよ智絵里は」
智絵里「えへへ……」
P「智絵里、身体は冷えてないか?」
智絵里「平気です……冬の静けさもいいですね。
こうしていると世界にふたりきりでいるみたい……で……??」
P「そうだな。人通りもそれほど多くないし――」
智絵里「これって……あいあい……」
P「――ってどうしたんだ急に早足になって」
智絵里「あ、あのっ……やっぱり早く事務所に戻りましょう。雪も強くなって来ましたし」
P「それはそうだが何故俺から離れる。傘の下にいろって。おーい」
(逃げるように離れていく智絵里には追いついたが、その後智絵里は終始俯き、何を聞いても生返事だった……)
ある日の風景4
~事務所・エントランス~
(すっかり春の陽気が暖かなよく晴れた朝、午後からの仕事の前に会いたいと智絵里から連絡があった)
智絵里「朝のお散歩、付き合ってくださってありがとうございます」
P「俺も智絵里から誘ってくれて嬉しかったよ」
智絵里「そ、そんな、プロデューサーさんとってもお忙しいのに」
P「いや、智絵里とゆっくり話がしたいと思ってたんだ」
智絵里「もしかして、大事なお話があるとか、ですか……?」
P「ははは、違うよ。むしろ逆」
智絵里「どういうことですか……?」
P「最近は仕事のことばかりだったろ。だから他愛ない話がしたくてさ」
智絵里「プロデューサーさんも同じだったんですね……嬉しいな……」
P「同じ?」
智絵里「私も、プロデューサーさんとゆっくりお話したいって思ってたから……」
P「それで、智絵里さんはどちらへ連れていってくれるのでしょうか」
智絵里「えへへ、私のお気に入りの場所、ですっ」
・・・・・・
P「この公園が?」
智絵里「はい……変、でしょうか」
P「全然そんなことない。智絵里らしいよ」
智絵里「東京に来たばかりの頃、事務所へ行く途中に道に迷っちゃったことがあって」
P「あったあった、そんなこと」
智絵里「歩くのにも疲れちゃって、この公園でひと休みしたんです」
P「あの時は近所の人に助けてもらったんだよな」
智絵里「そうです。あのお姉さんと会ったのもこの公園で」
P「なるほどね」
智絵里「私のことを見かねて声をかけてくれたんだと思います。本当にやさしい人でした」
P「あの人も鼻が高いんじゃないか。あの日助けた智絵里がアイドルとして活躍してて」
智絵里「うぅ、あの時のことを思い出して、恥ずかしくなってきました……」
P「つまり、ここは智絵里にとって思い出の場所ってわけだ」
智絵里「静かだけどあったかくて、とても落ち着くんです。いつもあそこのベンチに座って」
P「よく来てるんだ」
智絵里「ひなたぼっこしたり、自主レッスンにも時々……
最近は忙しくてなかなか来られないんですけどね」
P「ここんとこ仕事増えたもんな」
智絵里「だから今日みたいな日はちょっと早起きしてここでのんびりするんです」
P「ゆっくりできる時間も用意してあげたいのはやまやまなんだが」
智絵里「平気です。私も、忙しい今のほうが嬉しいですから」
P「いい流れは来てるからな……って結局仕事の話になっちゃったな」
智絵里「そうだ……これをプロデューサーさんに見せたかったんです」
P「へえ……これ全部クローバーか!」
智絵里「そうですっ。春になったら絶対きれいだろうなってずっと思ってて」
P「そうか、智絵里にとっては東京で過ごす最初の春か」
智絵里「大事なお仕事の前にはここに来て、四つ葉のクローバーをお守りにするんです――」
「あー! クローバーのお姉ちゃんだー! ママ、お姉ちゃんがいるよ」
(小さい子供が声をかけてきた。智絵里ははにかみながら手を振り返す)
P「すっかり有名人じゃないか」
智絵里「前にいっしょに四つ葉のクローバーを探したんです。
だから、私がアイドルだってことは知らないと思います」
P「そんなことなさそうだぞ。少なくともあの子の母親はな」
「ちえりちゃーん! またクローバー探そうねー!」
智絵里「はーい! 約束ですー!……えへへ、ちえりちゃんって、私の名前……」
P「な、言ったろ」
智絵里「あの子、四つ葉のクローバーをすごく嬉しそうにお母さんにあげてたんです。
それを見てたら、なんだか昔を思い出しちゃって」
P「アイドルになる前のこと?」
智絵里「もっと前です……小さい頃、私もあんな風に四つ葉のクローバーをあげたなって。
あの頃はまだ家族みんな仲良くて……」
智絵里「だから四つ葉のクローバーなんです……いい思い出があるから……」
智絵里「そういえば……私のお家のこと、話したことありませんでしたよね」
P「智絵里、それって……」
智絵里「大丈夫ですっ。……いつか、話さないとって、ずっと思ってたんです」
智絵里「だから……私のお話、聞いてくれますか……?」
P「もちろん」
智絵里「私の家、両親とも多忙で、だからいつも静かで……それで、私もさみしがり屋に……」
智絵里「お母さんも、……お父さんも、いつの間にか怒りっぽくなって。
私、怒られるのが怖くて。でもそれで余計に怒らせちゃうこともあって……」
智絵里「私が変わらなきゃって……弱くてダメな私から。私が変わればきっと……」
智絵里「本当は書類を投函して満足してたんです。そしたら選考が進んじゃって……
けどそのおかげでプロデューサーさんと出会えました……」
智絵里「あの、ごめんなさい。せっかく楽しい時間だったのに……」
P(無言でかぶりを振る)
P「――それで四つ葉のクローバーにはいい思い出、か」
智絵里「……はい。けど今はそれだけじゃないんです
今日みたいな新しい思い出がたくさん増えたから。えへへ……」
P「智絵里、前に言ってたよな。クローバーは私にとっておまじないだって」
智絵里「そうです……それは今も変わってません」
P「けど、それだけじゃない。クローバーは智絵里にとって繋がりなんだな」
智絵里「つながり、ですか……?」
P「ああ。家族との思い出だったり、さっきの子供だってクローバーから生まれた繋がりだろ」
智絵里「……! そうかもしれないですね」
P「それでさ、智絵里もそうなれたらいいなって思ったんだ」
智絵里「えっ……?」
P「智絵里がアイドルをすることで誰かを繋ぐ……そんな風にさ」
智絵里「……私にできるでしょうか」
P「できるさ。アイドルになって智絵里は変わった。そうだろ」
智絵里「そう……でしたね。少しずつですけど成長できてる、と思います」
智絵里「今日はありがとうございました。その……いろいろと」
P「むしろ礼を言うのはこっちのほうさ。これからも頑張ろうな」
智絵里「はい! よろしくお願いします」
(この朝のひとときを通して智絵里との心の距離がぐっと近づいた気がした……)
ある日の風景5
~智絵里の通う高校~
(文化祭の準備を手伝いたいと智絵里から申し出があり高校まで迎えに行くこととなった)
智絵里「来るなんて聞いてなかったですよ」
P「今日は直接現場に向かうから学校まで迎えに行くって言っただろ」
智絵里「そうじゃなくて教室に見学に来たことですっ……!」
P「そ、それはだな、担任の先生が是非と強く言うもんだから……」
智絵里「えぇ……たしかに先生はそういう人ですよね……押しが強いというか」
P「まあ俺も一目見たかったから願ってもない申し出だったがな」
智絵里「やっぱりその気だったんじゃないですか。もぅ……」
P「それを言うなら智絵里だって。あんな大きな声で俺を紹介しなくてもよかっただろ」
智絵里「だっていきなり教室にスーツ姿の男の人がいたら変じゃないですか」
P「それは間違ってないが……」
智絵里「それにプロデューサーさんのこと、みんなに紹介したかったから……」
P(あの瞬間何人もの男子生徒の目から光が消えたのは黙っておこう……)
智絵里「……? どうかしました?」
P「なんでもない。その気持ちは嬉しいよ」
P「ところで飾り付けの最中のようだったが、出し物は何をするんだ?」
智絵里「喫茶店です! お店のデザインは私もお手伝いしたんですよ」
P「へぇ」
智絵里「クラスの子が私の連載記事を持ってきて、それでお願いされちゃって」
P「カフェ巡りのコラムが活きたのか! そいつは嬉しいな」
智絵里「はいっ! 自信はなかったけど少しでも力になりたかったから……」
智絵里「今日もありがとうございます。ぎりぎりまでお手伝いできるようにしてくれて」
P「俺も学校での智絵里の様子を見れてよかったよ」
智絵里「最近は学校で過ごす時間が前よりずっと楽しいんです。来れないときも増えちゃったけど……」
智絵里「けど休んだ日のノートを見せてくれたり、こないだのテレビ見たよって声かけてくれたり
嬉しいこと、楽しいことがいっぱいで」
P「智絵里の高校ってクラス替えあるんだっけ」
智絵里「ないんです。だから3年間ずっといっしょで」
P「それはいい。そこでの仲間は一生モノだから大切に、なんて言ったら説教臭いか」
智絵里「えへへ、先生も同じことを言ってました」
智絵里「でも限りある時間だから大切にしたいって思うんですよね。
来年も一緒に思い出をつくれたらいいな……」
P「うんうん。青春だなあ」
智絵里「これが青春……」
P「そうだとも。普通の高校生とはちょっと違うけどな」
智絵里「それはどういう……あっ、私アイドルですもんね」
P「そういうこと」
智絵里「けれどそれならアイドルも私の青春ですっ!
どっちもキラキラしてて大切で、特別な時間だから」
P「アイドルは青春! いい響きだ」
智絵里「青春……青春かぁ……えへへ」
(智絵里はとても嬉しそうな様子で噛みしめるように何度もその言葉を口にしていた)
ある日の風景6
~カフェ・店内~
(智絵里の連載している雑誌コラムのロケでとある絵本をコンセプトにしたカフェを訪れていた最中、急な通り雨に襲われていた)
P「……これじゃロケは中断だな。雨がやむまで待機」
智絵里「わかりました」
P「さっきまで晴れてたのに……もうゲリラ豪雨って時期でもないだろうに」
智絵里「先に路上での撮影をすればよかったですね」
P「まあ時間に余裕はある。少しくらいゆっくりしても罰はあたらないさ」
智絵里「……実は、もうちょっとここにいたいなって思ってたんです」
P「このカフェ前から気になってるって言ってたもんな」
智絵里「すてきですよね。まるで絵本の世界にいるみたいで」
P「そうだな。物陰に本当に妖精が隠れてたりして」
智絵里「妖精さん、出てきてください~
……えへへ、恥ずかしがりなのかもしれませんね」
智絵里「あっこの絵本、私のお家にもありました」
P「それなら俺も読んだことあるな」
智絵里「本当ですか? 私はお母さんが読み聞かせてくれて……」
P「大切な一冊なんだな」
智絵里「たぶんまだあるはず……今晩お母さんに電話で聞いてみようかな」
P(こうして絵本を読む智絵里は本当に画になるな。高校生には見えないが)
智絵里「? どうかしましたか?」
P「いや、なにもないけど」
智絵里「あっ、今子供っぽいって思ってましたよね? そういう顔してましたよ」
P「そ、そんなことないよ」
智絵里「たしかに周りのみんなよりちょっと子供っぽいかもしれませんけど、私だって……」
(その時稲光とともにひときわ大きく雷鳴が鳴り響く)
智絵里「ひゃああ!!?」
智絵里「…………」
P「智絵里……」
智絵里「だって……こわいものはこわいんですよぅ……うぅ……」
P「ほら、飲み物でももらって少し落ち着こう」
智絵里「はぁ……」
P「大丈夫?」
智絵里「はい……おかげさまで」
P「ならよかった」
智絵里「おっきな音は苦手で。しかも突然だったから」
P「雷はしかたない。俺も少しびっくりした」
P「それにしても大きな音が苦手でよくアイドル目指したよな」
智絵里「えっと、それは本当にアイドルになれるなんて思ってなくて……」
P「それが今やステージ上であんなに堂々とできるようになって」
智絵里「堂々となんて……いつだって緊張するしいっぱいいっぱいです」
P「そうは見えないくらいってことだよ」
智絵里「そうだとしたら嬉しいです。けれどそれはいろんな人に支えられているから……
アイドルとして、私はステージの上で輝けるんだと思います」
智絵里「四つ葉のクローバーの葉っぱにはそれぞれ意味がありますよね」
P「誠実、希望、愛情、そして幸運、だよな」
智絵里「はい。最近思うんです。アイドルをしている私も同じだなって」
P「それはつまり4つの要素が合わさっているというわけか」
智絵里「ただの葉っぱだった私は、プロデューサーさんと出会って、事務所のみんながいて、
ファンの方の応援があったから幸せを届けるアイドルになれました。だから――」
智絵里「あ、あのプロデューサーさん、私、変なこと言っちゃいましたか……?」
P「そんなことない! むしろ感動してるくらい。だから気にせず続けて」
智絵里「……アイドルになったのは弱い自分がせめて普通になれたらってただそれだけでした」
P「――そうだったな」
智絵里「けれど今は普通の先を目指したいって思うんです。「私」も葉っぱの1枚だから……
それがプロデューサーさん……私を支えてくれた人たちへの恩返し……ですよね」
智絵里「なんて、すぐに変わることはできないですけど、これからも見守ってください」
P「――智絵里はただの葉っぱなんかじゃないよ。
その1枚は幸運を司る4枚目の葉っぱさ」
智絵里「そうなれたらいいな……ううん、そう思ってもらえるようになります……!」
P(もうなってるって、みんなそう思ってるよ……)
智絵里「なにか言いましたか?」
P「いや……立派になったな、智絵里」
智絵里「立派だなんて、そんな……」
P「はは、そういうところは変わらないな」
智絵里「うぅ……」
P「いや、いいんだよ。変わらなくていい部分だって智絵里にはたくさんある」
P「どうやら雨も上がったみたいだな。そろそろロケ再開しよう」
智絵里「はい!」
P(アイドルでいるための要素……プロデューサーもそのひとつか。
智絵里のために俺ももっと大きくならないとな……)
ある日の風景7
~事務所・デスク~
P「智絵里が折り入って相談とは珍しいな。どうした?」
智絵里「あの、事務所で全国をまわるライブツアーをするって本当ですか……?」
P「もうアイドルの間にも広がってるのか。ったく」
智絵里「ご、ごめんなさい。噂になってたから気になっちゃって」
P「智絵里が謝ることはないよ。数日中には話すつもりだったから」
P「で、ツアーについて相談したかったと」
智絵里「はい。その、ツアーの中で大阪でもライブをするって聞いて」
P「そんなことまで……まあいい。それで?」
智絵里「えっと、それで、もしできたらでいいんですけど……
私が大阪の公演に出られるようにプロデューサーさんからお願いしてほしいんです」
P「――出演者は調整してる最中だから無理な話じゃない」
智絵里「本当ですか!?」
P「けど先にどうして大阪なのか。智絵里の口から教えてくれないか」
智絵里「それは……あの、私、やりたいことがあって」
智絵里「…………」
智絵里「……私、そのライブに、お父さんとお母さんを招待したいんです」
P(握りしめた手が震えてる……これを俺に伝えるだけでもかなりの勇気が必要だったんだろう)
P「……たしか智絵里の実家は三重だったな」
智絵里「そう……です。両親とも忙しいから、なるべく近いところがいいと思って」
P「――うん。立派にアイドルをしている姿を見せる。いいじゃないか」
智絵里「そんなあっさり……本当にいいんですか?」
P「なんとなく察しはついてたからな。試すようなことして悪かった」
智絵里「大丈夫です。けど、すこし違うかもって思うことがあって」
P「違う? それはどういう」
智絵里「アイドルになって成長した姿も見てほしいです。けど……」
智絵里「私はお父さんとお母さんに思い出を作ってほしい……また二人で笑ってほしいんです」
智絵里「前にプロデューサーさんが言ってくれましたよね。
私にとってのクローバーみたいに、誰かをつなぐアイドルになれたらいいねって」
P「ああ……そういうことか」
智絵里「ファンの方がつくってくれる光のクローバー畑は私に勇気と幸せをくれるんです。
けれどこれって、ファンの方からみた私もきっと同じ……ですよね?」
智絵里「私とっても幸せです。みんなアイドルのおかげです。
だからステージからファンの方みんなに幸せをおすそ分けするって決めました」
智絵里「そうやって、つないで、広げて、ファンの方とつくってきた私のステージ、
それを大阪でたった二人のためだけに届けたい……」
智絵里「プロデューサーさん。私のわがままを許してくれますか……?」
P「そこまで言われたらな。今回の件は俺に任せてくれ」
智絵里「ありがとうございます……!」
P「それにな、アイドルなんてのはわがままなくらいが丁度いいんだ」
智絵里「えっと、そしたら、もうひとつお願いしてもいいですか」
P「ああ。こうなったら一つも二つもたいして変わらないさ」
智絵里「その、ライブで歌いたい曲のことなんですけど……」
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
~LIVE会場・ステージ裏~
刻々と出番が近づく中、今日までのことを思い出す。
ひとりの歌もユニットでの歌もいっぱい練習してきた。
これから歌うのは大切な私のはじまりの曲。
この曲をもらったときはやさしくてすてきな曲だなって、それだけ。
憧れはあってもかなえたい夢なんて想像もつかなくて。
だけど今日は違う。届けたい想いがある。伝えたい人がいる。
ずっと言えなかったことばかり。だから全部、歌に込めるね。
すこしだけ不安になって後ろを振り返ると視線の先にプロデューサーさんの姿が映る。
プロデューサーさんは何も言わず大きく頷いた……それだけで十分だった。
届いて……この想い
大切なあなたの胸に
「それじゃあ……いってきます」
以上で終わりとなります。
最後に智絵里が歌おうとする1曲。あらためて歌詞をご一読していただけたらと思います。
ttp://www.kget.jp/lyric/218611/%E9%A2%A8%E8%89%B2%E3%83%A1%E3%83%AD%E3%83%87%E3%82%A3_%E7%B7%92%E6%96%B9%E6%99%BA%E7%B5%B5%E9%87%8C+%28CV%3A%E5%A4%A7%E7%A9%BA%E7%9B%B4%E7%BE%8E%29
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