一ノ瀬志希「薔薇の処刑」 (7)

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※登場キャラ
一ノ瀬志希
http://i.imgur.com/IYlc1hE.jpg
モバP


※注意
とても短い話です
ちょっとお下品な表現を含みます



(以下本文)





oppressit in tricliniis versatilibus parasitos suos violis et floribus,
(開閉式の天井を持つ宴会場で、彼のは食客たちをスミレやほかの花々で埋もれさせた)

sic ut animam aliqui,efflaverint,cum erepere ad summum non possent.
(そのせいで上まで這い出すことができず窒息死した者もいた)

――『ローマ皇帝群像』アントニヌス・ヘリオガバルスの生涯 21章5節







「ねぇ、薔薇の処刑って知ってる?」

あたしが事務所の会議室で、椅子に座ったプロデューサーに後ろから囁くと、
プロデューサーはあたしを振り払おうとした手を止めて、怪訝な顔を見せた。

「ばらの……しょけい?」
「うん、『ばら』は『rose』の薔薇で、『しょけい』は『execution』の処刑」
「お前、出し抜けに物騒なこと言うよな。この間だって……」
「まぁまぁ。美優ちゃん、雫ちゃんが来るまで付き合ってよ」



あたしたちが借りた会議室にあるのは、椅子が4脚と、机と、ホワイトボードぐらいの狭い部屋で、
あとは窓から昼過ぎの陽光をかすかに透かすブラインドと、
プロデューサーが持ち込んだラップトップぐらいしかない。

あたしと、美優ちゃんと、雫ちゃんと岩手関係のお仕事の軽い打ち合わせをするだけだから、
この狭さでも不自由はないだろう。



「昔、どこかのえらいヒトが、天井の鏡板に薔薇の花弁を山ほど載せた宴会場へ、取り巻きを招いたの。
 そして飲み食いしている最中に、その天井を開けた――天井が開閉式だったらしくて――もんだから、
 花弁たちは一気に下へ落ちて、取り巻きは薔薇の重さと香りに押しつぶされて死んじゃったんだって」

プロデューサーは興味を引かれたのか、意外そうな顔で、

「志希は、歴史も詳しいのか?」
「ううん、薔薇につぶされて死ぬってどんな気分なんだろなーって気になって、たまたま覚えてただけ」



プロデューサーの表情が、あたしの言葉で曇る。

「俺の前ならまだしも、人前でそういうことそんな言うもんじゃないぞ。
 この間だって、二人でシャンデリアの下敷きに……とかいきなり言い出して」
「だって、実験できないことは想像するしかないじゃん」

まだ何か言いたげなプロデューサーを、あたしは懐から出した一壜で制する。

「さてここに、ウスパルタ薔薇の精油があります」



透明な壜と精油の間で、あたしとプロデューサーの視線が屈折して絡まる。
そのままあたしはプロデューサーの肩に手を回して、

「ねぇ知ってる? このぐらいの精油をとるのに、どのくらい薔薇の花弁を使うか。
 こうして抱きついてるあたしより、重いと思う?」

エッセンシャル1kgをとる場合、ラベンダーなら140kg、スクラレサルビアなら400kg、
マグノリアだと5000kgもの花弁を水蒸気で壊し、ニオイ物質を攫って抽出しなきゃいけない。

「シャンデリアがっちゃーん、ふたりとも下敷きで、永遠にハッピー♪ ……するわけにはいかないからね。
 代わりに、薔薇の香りでキミと一緒にぺしゃんこになる気分を味わおうかと」



あたしは左手をプロデューサーに巻きつけたまま、右手を振った。

できるだけ濃く重く広がって、あたしの薔薇のコンクレート。
あたしたちを押しつぶしてしまうぐらいに。


あたしたちはすぐに折り重なって机に崩れ落ちた。
ずしりとのしかかるβ-フェニルエチルアルコールで、あたしは目眩とともにのされた。
肌と肉で、プロデューサーの体温と呼吸を感じていた。



「――おっ、お前、志希! 撒きすぎだよ!」

拍動が十回もうたないうちに、あたしはプロデューサーに振り払われてしまった。
あたしもプロデューサーも、むせて涙ぐんでいた。

「うぐっ、うわぁ、これ匂いとれないんじゃないか……美優さんと雫が来るまでに、せめて――」
「はいはい」

あたしは服も直さないまま、ブラインドを上げて、窓を一枚開けて換気する。
薔薇の重さが吹き流されていく。



ぜぇぜぇと薔薇の余韻に息を乱すプロデューサーの向こうから、コンコン、というノックの音が聞こえた。
ドアが開くと、美優ちゃんと雫ちゃんが見えて――二人は部屋に入る寸前に足を止め、目を丸くした。

「……その、なんだ。志希が薔薇の香水をいっぱい噴いてしまって……」

あたしは着崩した服のまま、もう一枚窓を開けた。

「……死ぬほどいい思い、させてもらっちゃったよ♪」



打ち合わせに使うはずだった時間は、プロデューサーの必死の弁解で空費された。



あたしは何も言わなかった。

あたしは香りだけでいい。
言葉にしたら、本当にあたしたちを押しつぶしちゃうから。



(おしまい)



志希誕生日おめでとう!
みなさんも一言祝ってくだされば幸いです。

(以下ダイマ)
【楽曲試聴】「秘密のトワレ」(歌:一ノ瀬志希)
https://www.youtube.com/watch?v=wD3olymAvN0

【楽曲試聴】「女の子は誰でも」(歌:一ノ瀬志希)
https://www.youtube.com/watch?v=QMtlK6yj5f8


※補足
ローマの歴史に詳しいヒトからのツッコミが怖いので、補足しますが
ヘリオガバルスが降らした花は冒頭の引用どおり「スミレ」であって「バラ」ではありません

つまり絵の「The Roses of Heliogabalus(ヘリオガバルスの薔薇)」↓って花の種類が原文と違います
http://i.imgur.com/92HS0T8.jpg

でもローマ素人の自分は薔薇のつもりでSSのネタを考えちまった 絵にだまされたんです(責任転嫁
スレタイと本文は薔薇じゃないと困るので薔薇のママですが、一応引用文だけはスミレに直しました

まぁここらへんの記述は筆者アエリウス・ランプリディウス自身も原文中で
「捏造じゃねぇかなぁ?」(30章5節)って言ってるんで勘弁してください

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