美穂「おっ、緊張してんの?」拓海「!?」 (17)
昨日の石川ライブでの舞台裏の一幕を元にしているモバマスSS
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天上天下、喧嘩上等、特攻隊長向井拓海と言うと知る人ぞ知る存在だ。誰よりも強く、誰よりも凶暴な女と恐れられて。
イバラのように触れるもの皆傷つけたバラガキは類まれないカリスマ性で神奈川だけでなく関東中の出来損ない達の憧れとなっていた。
攻撃的な彼女ではあるが、付いてきてくれるのは嫌な気持ちはしていなかったしむしろ面倒見のいい姉御として慕われていた。
そんな彼女がある日突然特攻隊長の肩書きを捨ててアイドルになる、というニュースが流れたらどうなることか。当然戸惑いが伝播してちょっとしたパニックになったのは想像に難くない。
「チャラチャラしたのはやんねーぞ! やんねーからな!!」
もっとも、一番パニックを起こしていたのはあれよあれよという間にアイドルになってしまった拓海本人ではあるのだが。
未来に展望を持たず喧嘩に明け暮れていた彼女の前に突然現れた眩しすぎる選択肢を否定することも出来た。
「やんねーって言ってるだろ!? しつけェんだよ!」
実際本人はやってたまるか! と強く言い続けていたのだがスカウトしたプロデューサーの熱意に折れてアイドル事務所に所属することになったのだった。
「あークソ! プロデューサーのやつこんな仕事持ってきて……絶対わざとだろ!! なんだよ『生き物さんたち大集合だがやがや~ワニ君も仲間に入れてあげてね?』って!! 他に適任いるだろ!」
事務所に入るなり悪態をつきながらソファに座る。アイドルになって幾分かの月日が経って。なんだかんだ言いながらも拓海のやるからには徹底してやる性分故にアイドルという仕事も中々様になってきていた。
プロデューサーが持ってくる仕事に対して悪態をつく事はしょっちゅうあるが、最終的には引き受けて全力を出し、自分と似た魂を持つアイドル達と組んだユニットはオリコン上位に食い込みちょっとしたブームを引き起こした。
世間からは未だに色眼鏡で見られることも少なくないが、自らの出自を気にしない気のしれた仲間たちと過ごす日常は拓海にとって他に変えがたいものとなっていたのだ。
「今度会ったら一発ボディに入れてやらなきゃ気がすまねえよ!」
プロデューサーに渡された資料を見ながら独りごちていると事務所のドアが開く。
「あ、あのー……」
「あァ!?」
「す、すみません!!」
ドアを開けた小日向美穂は場の空気に気圧されてしまう。熊本の娘は強いんです、という言葉をモットーにしており周囲が思っているほど弱くはない彼女だが、
不機嫌そうにソファに座っている拓海の前では肉食獣に睨まれた小動物みたいになる他なかったのだ。
「あっ、悪りィ! 別に威圧するつもりはサラサラなかったんだ!」
相手が美穂だとわかり拓海は慌ててフォローを入れるが、美穂の方は少し後退りをしてしまう始末。やっちまったな、と心の中で舌打ちをする。
美穂は拓海が所属する前から事務所にいたアイドルだ。個性的な過去や性格を持つアイドルが多数所属しているこの事務所に置いて、
美穂は尖った個性を持たない所謂正統派のかわいいアイドルとして認知されていた。
拓海自身本来アイドルというものは自分みたいなバラガキではなくて美穂のようなキュートな女の子のことを指すだろうと思っていたくらいだ。
ファン層が違うためか一緒に仕事をする機会も少なく、これまで殆ど会話したことがなかったが自分の事を怖がっているのは火を見るよりも明らかだった。
しかしそれも無理もない話だと拓海は思っていた。小日向美穂というアイドルは、本来ならば決して関わることがないであろう女の子なのだから。
「で、アタシに用があんのか?」
「え、えーと……今座っているソファの上に台本を置いたままで」
「台本……? あぁ、これのことか。そらっ」
どうやら拓海が座っていたせいで忘れた台本を取れなくて困っていたらしい。拓海は台本を手に取ると美穂に投げて渡す。
「ありがとうございます! じゃ、じゃあ私はこれで……」
「おい、待った」
「ふぇ!?」
台本をもらってそそくさと美穂は部屋を出ていこうとするが拓海が呼び止める。なるだけきつくない口調を意識して、怖がらせないように。
「なんで、しょうか?」
「いや、別にとって食おうってわけじゃねェんだけど……それ、なんの台本なんだ?」
美穂が持っている台本を指差す。さっきはすぐに投げたために気にも留めていなかったが、ふと見えたドリーム・ステアウェイという文字が気になったのだ。
日本語にすると夢の階段、といったところなのだが拓海はステアウェイの言葉の意味がピンと来なかったらしい。
「これですか? 映画のオーディションの台本、です。一応主役、で受けることになって。結構大きなオーディションだから頑張らなきゃ、って思っているんです」
「へぇ、主役のオーディションとかすげーじゃねえか」
それは本心からの言葉だ。芸能界にいながらその手の情報に疎いため一体どんな作品なのかも拓海には検討はつかなかったが、
大きなオーディションというのだから話題作なのだろうということくらいは察せた。当然参加できるアイドルも限られてくる。
その中のひとりとして目の前の少女は選ばれたのだというのだから、ひとまず賞賛の言葉をかけるべきだろうと思ったのだ。
「私、このオーディションは合格したい、って思っているんです。でも、まだまだアイドルとして未熟なんですけどね」
「アタシよりアイドル長くやっているのにか?」
美穂が未熟者なら自分はそもそも生まれてすらないな、と自嘲気味に笑う。
「最近は楽しめるようになってきましたけど今でも緊張しちゃいますし」
「緊張を楽しめる、って時点で十分だろ。そんなこと言えるくらいなんだ、オーディションも上手くいくだろ。アタシにアドバイスできることなんかひとつもねえけど、これだけは言える。頑張れよ」
「あ、ありがとうございますっ」
深々と頭を下げる美穂。表情はさっきに比べて柔らかく自然な状態だ。拓海は少しだけ距離が近づけた気がしていた。とはいえ、まだ美穂の方は怖がっているようで足がガタガタと震えているのだけど。
「合格しなかったら、締め上げられるとか……」
「するか!!!」
その後美穂がオーディションを見事乗り切ったという話を人伝に聞いたとき、拓海は自分のことのように嬉しがっていたとは同ユニットの木村夏樹の談である。
美穂の主演映画が決まったあたりで、拓海にも大きな転機が訪れようとしていた。
「全国ツアーだァ!?」
多くのアイドルたちが羽ばたきテレビに舞台に活躍する今が最高のタイミングだ、と言わんばかりに組まれた全国ツアーのスケジュール。
それは全国各所をパレードのように闊歩していくものだった。かぼちゃの馬車に乗っていたシンデレラたちが自分たちの足で歩き出し、大勢の人を引き連れて進んでいく。そんなコンセプトで企画されたライブだという。
「マジかよ……」
最初は驚いた拓海だったが、自分たちの突っ走ってきた道のりが間違ってなかった事を証明しているようで、プロデューサーの前で口には出さないが誇らしく思えていた。
ただ、それと同時に彼女の中である不安が芽生えていく。
「……つーか、この中にアタシがいていいのか?」
これまで拓海が乗りこなしてきたステージは彼女のファンで溢れていた。それは当然のことであるが、自分が世間一般で言われている
アイドル像と違うことを理解している拓海にとって、他のアイドルのファンもたくさん集まるステージは完全にアウェイであった。
それぞれのファンが期待しているアイドルと異なる自分がツアーに出て受け入れられるのだろうか? アイドルになる前には思いつきもしなかったであろう弱々しい考えが日に日に大きくなっていった。
「チッ、やってらんねェぜ」
気分転換に愛車を弄っても走らせてみても気は晴れない。ゲームセンターのパンチングマシーンに思いの丈を全部ぶつけてみても数字ほどスッキリしない。
そんな日々が続きツアーへのカウントダウンは着実に刻まれていく。
「弱くなっちまったなあ、アタシ」
前日ゲネプロをなんとかこなすものの、緊張のせいかダンスはぎこちなく歌ってもスッキリしない。明日になればなんとかなるだろう、となるだけ楽観的に考えて早く寝ようとするが中々寝付けずにいた。
「ちょっと夜風に当たってくるわ」
「ん? あんま遅くなるなよ? 明日は本番なんだからな」
「分かってるっつーの」
そう同室の夏樹に告げてホテルを出た拓海は近くの公園のベンチに座る。天気予報ではあすの朝は雨が降る、と言っていた。空を見上げると雲に隠れて折角の星の輝きも届かずにいる。
「こんなのが特攻隊長向井拓海の成れの果てだなんて、お笑い種だぜ」
誰よりも強い自信があった。でも今の自分は誰よりも弱いと言われても仕方が無かった。
「どうしちまったんだろうな、アタシ」
ここにいてもネガティブな考えはなくならないだろう。せめて明日は晴れてくれよな。と心の中で小さくお祈りをしてホテルへと戻った。
そして迎えたツアー当日。朝の物販から長蛇の列ができており、懸念されていた天候も拓海の祈りが通じたのか晴れ渡って雲一つない。絶好のパレード日和だ。
「この青空の中をバイクで走ろうものならさぞかし気持ちいいんだろうな」
さわやかな空模様とは反して拓海はあいも変わらず緊張が解れずにいた。この大勢のファンのうち、何人が自分の事を受け入れてくれるのだろうか。
そう思うだけで自分が自分でなくなっていく感覚に支配されてしまう。
「情けないぜ、全く」
本番まで残り数時間、数分、とリミットが近づいていく中、他のアイドルたちからも緊張は伝わって来る。いや、アイドルだけでない。
バックダンサーにこのステージを撮影するカメラマン、そして晴れの舞台を見に来たファン達。誰も彼もが楽しみという気持ちと共に抑えられない緊張を抱いていた。
きっとこの中で一番緊張しているのは自分だろうな、と心の中で呟く。そう、心の中で呟いたと思っていた。
「おっ、緊張してんの?」
「!?」
心の声を聞きつけたかのように、ポンと自分の肩に手を置く小日向美穂に気づくまでは。
「み、美穂?」
普段の彼女からは間違いなく発せられないであろうフランクな言葉に面食らう拓海。言った本人である美穂も流石に今のはなかったと思ったのか慌てて弁明する。
「あっ、えっと! 今のはタメ口、っていうのじゃなくて。拓海さん的にはこう声をかけたほうがいいかなーって思って、い、一応! 私先輩だから」
緊張しているのはお互い様なはずなのに。事実美穂も足が震えている。だけどその瞳からは強い意思を感じていた。
それはいつか自分を未熟者だと呼んでいた時のそれとは違う、成長の証であった。
「緊張するのが、変かよ?」
「ううん。緊張って、みんなすると思うし私は何回ステージに立っても頭が真っ白になりそうになりますし……だから、変じゃないです」
「アタシは変でどうにかなりそうだっての。美穂は知っているかどうか知らねェけど、これでも関東じゃ負け知らずの特攻隊長だったんだ。邪魔するものは蹴散らしてきたしアタシに勝ったやつなんて一人もいない。それがどうだ、デカいステージでファンに受け入れられるかどうかって思い出したらこの様だよ。アイドルになるもんじゃなかったな、すっかり心も弱くなっちまった」
「それは……逆、じゃないですか?」
「は?」
「拓海さんは弱くなったんじゃなくて、優しくなったんだと思うんです。あっ、その! 元々優しくなかったとかそういうわけじゃないんですけど! 自分が受け入れられるか心配だって、見てくれている人のことを気遣っているから言えることだと思いますし強さ故の優しさ、というか……あわわ、何を言っているんでしょうね、私!」
「おいおい! 落ち着けって! 励まそうとする側が却ってパニック起こしてどうすんだよ!」
励ます側と励まされる側。すっかり立場が逆転してしまっていた。
「す、すみません拓海さん。私ちょっとどうにかしちゃっていたみたいで。でも、拓海さんが弱いって事、ないと思いますっ」
「はぁ、なんかよくわかんねえけど美穂を見ていたら少し気が楽になった気がするわ」
美穂を見てうじうじしていた自分がバカらしくなった、というのもある。だがそれよりも「弱くなったんじゃない、優しくなった。だからこそ緊張してしまっていた」
という美穂の言葉は拓海にとって予想外のものだった。きっと言っている本人もよく分かっていないまま話しかけてきたのだろう。
だけどそう言ってもらえたことが、拓海にとっては救いになっていた。
「優しくなった、か。そう言われるのは……まぁ嫌じゃねえな」
「そう言ってもらえると、何よりです。えへへ……」
「うっし! ウジウジすんのはやめだ! アタシは天上天下喧嘩上等の特攻隊長向井拓海だ! 変な心配なんかする暇あるなら突っ走るまで! そうだろ?」
「はいっ。そのほうが拓海さんらしいですっ」
「へへっ。あんがとな、美穂」
「こちらこそ。前に頑張れって言ってくれたお礼ですっ」
すっかり美穂の足の震えも消えていて、刻まれる時計の音に二人して気持ちが高まっていく。ああ、そうだ。この感覚だ。この調子なら最高のステージができる。
「行くか。今日のアタシはぶっちぎりでかっ飛ばしてくからな。乗り遅れるなよ!」
「はいっ!」
無数の色で輝くサイリウムの中、パレードは始まった――。
以上です。読んでくださった方ありがとうございました。
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