目の前で婆が死んだ (5)
婆というより,おばあちゃんという方がしっくりくるが,ここでは婆とあえて口汚く表現する.
それは,空想と現実の区別をつけるためだ.
何を言ってるのか分からないかもしれないが,わからなくていい.
これは一方的な独白だ.返信はいらない.
少しでもお前らの頭を汚染できたらと思うが,逆にお前らから浄化をされたくない.
その為に,ここを草も生えない焦土にした.
暮らすには理想的だが,あらゆるものが無価値な世界だ.
自分が,決めたものだけが意味をなす.
俺は,それとよく似た世界で,婆を見殺しにしたのだ.
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気づけば,俺は婆の家の居間に立っていた.
こたつが中央に配置されていて,婆の椅子が居間の奥で揺れている.
婆は体中のいたるところに年季の入った皺を刻みながら,立ち上がろうとしていた.
俺が立っていることに気づいたのだ.
婆は,俺に笑いかける.俺は親に教えられた通り,できるだけ愛想よく笑う.
婆は優しかったから,無価値な俺をよく可愛がってくれた.
いま思うと,怖がっていたのかもしれない.
婆と俺の会話は,1分も持ったことがない.俺の妹とは何十分だろうと話していられたのに.
一瞬,ストレスを覚えたとき,目の前が点滅しはじめた.
黒と白が交互に続いて,虹色のインクが視界をゆっくりと塗り始める.
それを疑問には,思わなかった.ただ,そうなるようになっていたのだなと,納得していた.
点滅が収まったとき,玄関のチャイムが鳴った.
心臓が縮み上がり,悪寒が背筋をなでる.
『危険だ』
誰にとって危険なのかは,分からない.
ただ,この来訪者がどうしようもなく,恐ろしかった.
玄関の扉には,普段鍵は掛けられていない.
意識せずとも扉が開かれるのが,分かった.
来訪者は,悪夢そのものだった.
見も知らぬ二人組の男が,居間の入り口に立った.深緑色の軍服を着ていて,その両手には黒く光るマシンガンが静かに獲物を睥睨している.
混乱は居間全体に伝播して,すぐに収まった,
奴等のマシンガンが唸ると同時に,婆が血飛沫を上げて倒れた.
妹が居間から飛び出していった,
男たちが,何も言わずに追いかけていった.
妹は庭にあった生け垣を登って,外へ出ようとしたところを撃たれた.
いつも,喧嘩ばかりしていたから,少しだけすっとした,
だけど,すぐに俺は悲しんだ.
喧嘩をした分だけ,俺は彼女を好いていたことを思い出したのだ.
その間にも殺戮は,容赦なく行われていた.
母は包丁で応戦しようとしたが,いつの間にかその包丁が彼女自身の胸に刺さっていた.
暴力的な母は死んだと分かった.安心して,泣いた.
そして,婆が死んだこと,妹も死んだことが何度か反芻した.
ようやくそこで,俺は思いつくのだ..
次は,俺の番だと.
俺は妹とは別ルートを通って,庭へ出た.
背後からやつらが追ってくるのが分かる.銃弾が当たらないように願いながら,生け垣を駆け上る.
心臓が早鐘のごとく,鳴り響いた.
幸運にも銃弾はかすりもせず,生け垣から転がり落ちて,脱出には成功した.
そして,絶望した.
俺は,婆の家の周りの,地理を全く知らなかったのだ.
交番も,隠れるのに適した場所も全く思い当たらない.
あぁ,だめだ.これは死ぬよりほかない,
諦めと時同じく,男たちが目の前に立ちふさがった.
いつの間にか,先回りされていたらしい.
男たちは,銃口を俺に向けた.
それなのに,恐ろしく殴りつけられるような気がした.
俺は頭を両手で抱え,縮みこんだ.
身も凍るような恐怖が駆け巡った,あと,銃声が体を突き抜けた.
目の前が暗転し,血がだらだらと視界の陰から流れている.
死んだ,と気づいた瞬間に,一回目の人生は終わりを告げた.
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