【モバマスSS】 最高の友達 【性格改変あり、閲覧注意】 (19)

春の訪れを感じさせる日差しが差し込む中、私は見知らぬ病院の一室で目を覚ましました。

むくりと起き上がり、ベッドに腰かけながらボーっと室内を見渡す私。

白一色で統一された室内には暖かい光が降り注ぎ、目を細めないと眩しいくらいです。

ぐるりと見渡した室内にはコレと言って気を引く物もありませんが、
ベッドサイドのテーブルに置いてある身だしなみを整える為のピンクの卓上鏡だけが色彩を放ち、やけに目につきす。

何気なくその鏡を手に取り覗き込むと、見慣れた何時もの自分のパジャマ姿とは違う、
入院患者用の薄緑色の病衣こそ着ていましたが、そこに映る寝ぼけ眼の自分の顔と、
いつも朝起きた時に整えるのに苦労する、ちょっとボサボサの髪の毛は何も変わり有りません。

ただ一ついつもと決定的に違うのは、その頭に念入りに巻かれた包帯でした。

「なんだろう、これ…」

恐る恐る、その覚えの無い包帯の巻かれた額辺りに手を伸ばすと、
鈍い痛みが頭全体に走り、私は慌ててその手を放したのです――



※※ ※※ ※※ ※※


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私の名前は島村卯月。

都内にある346プロと言う芸能事務所でアイドルをしています。

そんな私が何故一人病室で横たわっているのか…、まずその説明からしなくちゃダメですよね?

とは言っても私自身、詳しく説明できるほど鮮明に覚えているわけでは無いのですが…。



私はある日、自分の勤めているプロダクションの階段の踊り場から、足を踏みはずして転落したそうです。

幸いにも直ぐ病院に運ばれ、一時は危険な状態にまで陥ったそうですが、何とか無事意識を取り戻しました。


しかし、私は意識こそ取り戻せましたが、その時大事なものを失ってしまっていたのです。



目を覚ましたときに私の周りには大勢の人が居ました。

私の顔を心配そうに覗き込む人たち。

私が目を覚ましたのを見て、口々に喜びの声を挙げるその人達の顔には、誰一人として見覚えがありませんでした。


私は恐怖と不安の余り、つい、聞いてしまったのです。

安堵の表情を浮かべ私の無事を喜ぶその人達に向けて、

「あの……申し訳ありません…。皆さんはどちら様でしょうか……??
どなたか私の知り合いの方を呼んでくださるとありがたいのですが……」

と――



その瞬間、その場に居た皆が――

父が、母が、親友のアイドル達が―― 

そして長年連れ添ってきたプロデューサーが――


絶望と戸惑いの中で、私が現在置かれている状態を知ったのです――



  ――私は、自分の大事な人たちの記憶を、全て、無くしていたのです――




※※ ※※ ※※ ※※



「卯月、入るよ…??」


病室のドアを軽くノックをした後に、そう言いながら一人の女の子が、花束を抱えて私の病室に入って来ました。

「良かった、元気そうだね」

ベッドに腰かけたままの私にそう声を掛けて入って来た少女、彼女の名前は確か……、渋谷凛さん。

私がアイドルをしている346プロの同僚のアイドルさん「らしい」です。


私に向けて親しげに笑顔を見せる渋谷さん…。

彼女と私は、同じ事務所のアイドルで同じユニットのメンバーで、普段からとても仲が良い「ようです」。


でも、現在の私の記憶の中に、彼女の記憶はほとんどありません。


こんなにも親しげな態度を見せてくれているのに――

私は、申し訳なさと戸惑いの中で、渋谷さんに向かって、ただ俯く事しか出来ませんでした――



※※ ※※ ※※ ※※


医師の診断によると、私の症状は部分的な記憶障害、との事でした。

ただ1つ普通と違っていたのは、自分の中で重要な位置を占める人の記憶ほど無くしていると言う事――

要するに、私と親しい人――

大好きな人との記憶ほど、私の大事な人の記憶ほど、私の頭の中から失なわれてしまっているようでした。


渋谷さんの様に、ユニットを組んでいたと言う仲の良かったアイドルの人程記憶になくて、
あまり絡んだ事ない、別の班の人ほど記憶が鮮明でした。


両親のことも全く記憶にありませんでした。

そんな私を見て深く嘆き悲しむ二人の様子から、私はこの人達に本当に愛されて育てられたのだろうと確信しました…。

それなのに私はこの二人の事をほとんど覚えていない――
本当に申し訳なく、情けない思いに駆られます…。


そして、そんな両親と同じくらい、いや、それ以上に絡んだ記憶の全くない人物が一人だけいたのです。

何度かお見舞いに来てくれた男性――

私がアイドルをしてた時にプロデューサーをしてくれていたという男性、プロデューサーさんでした。



※※ ※※ ※※ ※※



両親並に記憶のない男性――

私が両親くらい大事に思っていた男性――

私だって子供では有りません。
その意味がどう言う意味か、自分でも理解しています。

その事を思う度に顔が赤く染まり、彼が尋ねてくる度に何を言って良いか分からず、
布団を頭から被って寝たふりをしてしまいました…。

私はその―― 多分、彼の、プロデューサーさんの事を――


そう思う度に私の心の中は暖かい気持ちに包まれ、それ以上に恥ずかしい気持ちで一杯に膨れ上がります。


だって、記憶も碌に無い男性の事を好きだと思ってた、だなんて……。


私の中ではどうしても受け入れ難い事でした。


そして、その事が―― 
全く記憶にない事が―― 

つまり、プロデューサーさんを特別に思っていた事が彼に判明したら――


もう、その事を思うだけで、顔が赤くなり、恥ずかしさに消えてしまいたくなります…。


一体どうしたら……。 一人考えても一向に答えは出てきません。

だから私は、彼がお見舞いに来てくれるたびに寝たふりを続けて、その場を凌ぎながらその事について悩み続けていました…。



※※ ※※ ※※ ※※




さて渋谷さんに話を戻します。


私は渋谷さんの事は名前くらいしか覚えていません。

お医者さんの説明によると、今の私は親しい人ほど記憶を失ってるらしいので、
彼女の事が名前くらいしか記憶にないって事は、以前の私とは相当仲が良かったって事ですよね……。

今は全く覚えてなくて、本当に申し訳ないです…。

私がその事について軽く詫びると、渋谷さんは、

「ううん、気にしないで。…それに、卯月が私の事を覚えてないって事はとても悲しいけど、
それだけ卯月が私の事を親友だと思っててくれた、って事でしょ?? それがわかって少しだけ嬉しいかな…??」

渋谷さんは微笑みを浮かべながら、私にそう言ってくれました。


その言葉だけで、私は大分救われた様な気がしてきます…。渋谷さん…本当にありがとう……。


すると渋谷さんは、二人の間に流れた無言の照れを誤魔化す様に立ち上がり、

「ああ、この花束飾っちゃうね、花瓶は何処にあるのかな…?? ナースセンターに行けば貸してもらえるのかな」

と、持参した蒼い花束を手に花瓶を探し始めました。

渋谷さんは本当にいい人です。

私の記憶に余り無いと言う事は、記憶を失う以前は相当私と仲が良かったと思うのですが、
それも納得できるほど素敵な人です。


私はそんな渋谷さんに、親友と呼んでくれる彼女に甘えて、今現在悩んでることを打ち明けてみました。


両親や渋谷さんと同じ位プロデューサーさんの記憶がないこと、
身内以外の異性では、プロデューサーさんだけだと言うこと…。

どうやら私は、プロデューサーさんのことが好きだったようだと言うこと――

……その事が彼にバレてしまうのがとても恥ずかしくてたまらない事…。

総て残らず話しました。


私の相談を黙って聞いていた渋谷さんは深く頷くと、

「大丈夫卯月…、私に任せて。要するに、プロデューサーに卯月が記憶が無い事がバレなければいいんだよね??」

「 私の知っているプロデューサーのこと、全部卯月に教えてあげる。 卯月が知っていそうな事、全部。
…だから、きっとこれでバレないよ」

渋谷さんはそう言うと、にっこり笑って私の手を取りました。


私は渋谷さんの温かい手のぬくもりを感じながら、心の靄が晴れて行くような気がしていました。


ああ、よかった…。


これで私がプロデューサーさんに思いを寄せていることが、とりあえず彼にバレずに済みます。


渋谷さん…、いえ、凛ちゃんには感謝してもしきれません。


ありがとう凛ちゃん、あなたは私の一番の、最高の友達です。

私は微笑む凛ちゃんに向けて笑顔を返しながら、本心からそう思うのでした――




私、渋谷凛がレッスンを終えて事務所に戻ると、プロデューサーが何だか少し落ち込んでいる様子で、机に座っていた。


「どうしたのプロデューサー? 何かあったの??」

私は彼の肩に手を置きながら、遠慮がちに尋ねてみた。

「……ああ、凛か。レッスンお疲れ」

そう私を労う彼の表情は、やはり優れない。

私がその事を改めて問うと、プロデューサーは苦笑いを浮かべながら、

「ああ……卯月のお見舞いに行ってきたんだけどな……」

と、ため息をつく。

「最近、寝てる事が多かったんだけどさ…、今日、やっとゆっくり話が出来て……」

「そうなの??良かったじゃない。回復、順調みたいだね」

私は、自分でも知っている事をいけしゃあしゃあと彼に告げる。

「ああ……、それは良かったんだけどさ……、知っての通り今の卯月は親しい人の記憶だけ無くなっているだろ??
 なのに俺の事は結構覚えてたみたいでなぁ……」

「って事は、あまり卯月には好かれてなかったって事だろ…??
 個人的には結構親しいつもりだったからな……、何だかショック受けちゃってな」

そういうとプロデューサーは、力なくハハハと微笑みを浮かべた。


「卯月は誰にでも優しいからね、プロデューサーが勘違いしちゃっても無理ないよ」

私は少しも表情を変えずにそんな嘘をつく。

嘘も嘘、大嘘だ。

卯月は誰よりもプロデューサーの事を好ましく思っていたのだから。


私はそのことを誰よりもよく知っている。何故なら――



そんな私の嘘にも気づかず、プロデューサーは自嘲気味に、

「そう、だよなぁ……、誰にでも優しいよなぁ。 勘違い、だったんだよなぁ……」

と、力なく笑い、重ねて溜息をついた。

私は薄く微笑むとプロデューサーの後方に回り、後ろから抱き着く様に手を回し、自らの胸を彼の背中に押し付ける様にして、

「でも……私は、卯月がそんなにプロデューサーの事好きじゃなくて良かった……、かな」

と、耳もとでボソッと囁いた。

「り、凛……??」

慌てた表情で振り向くプロデューサー。

自然、私の顔との距離は至近となる。

息すら総てが掛かりそうな距離に、見るからに動揺したプロデューサーの表情は、明らかに戸惑いが見えた。

押し付けた胸から伝わる背中越しの心臓の鼓動が、早鐘の様に伝わって来る。

私はそんなプロデューサーに対して、トドメを刺す様に、


「――だって、卯月に取られちゃったら、私、プロデューサーにこういう事、出来ないし――ね??」


そう、言いながら顔を真っ赤に染めるプロデューサーの唇に、自らの唇を重ねたのだった――




それから、しばらくの月日が経った。


卯月が入院してからプロデューサーの担当アイドルは私一人になった。

そろそろ彼女も傷も治り、リハビリも順調の様でアイドル復帰も近いようだが、
長い休養期間で私とのアイドルランクも離れた所為もあり、ユニットは自然消滅。

復帰後は別のプロデューサーが付いて、ソロでリスタートしていくらしい。



…あの口付けを重ねた瞬間からプロデューサーは私一人だけを見てくれるようになった。

それがプロデューサー交代の理由の一つなのかもしれない。

卯月には少し悪い気もするけど、公私にわたりプロデューサーの付き合いは深まってるし、以後、毎日がとても充実している。



本当に本当に――

卯月をあの踊り場から突き落として良かった、と、心の底から思った。



そう、あの日、卯月が踊り場から転落したのは事故等ではない。

私が卯月を背中から押して、遥か真下のロビーへと突き落としたのだ。


あの日私は、卯月に内緒の相談が有ると呼び出され、346プロの会社の人気の無い階段踊り場へとやってきた。

先に待っていた卯月は、私の顔を見ると申し訳なさそうに、自分がプロデューサーが好きだ、と言う事を告げてきた。

そして、思いを告げたいと思っていること、
私のプロデューサーへの思いも知っているので本当に申し訳ないと思っていると言うこと、

それでも思いを抑えきれないと言う事――



それらを纏めて私に詫びてきた。


頭が真っ白になった私は、無言で立ち竦み返す言葉すらなかった。


その様子を見て申し訳なさそうにその場を立ち去ろうとする卯月の背中を見て、私は得体の知れない怒りに駆られ――

思わずその背中を突き飛ばしていたのだった――




瞬間、踊り場の手すりを乗り越え、真っ逆さまに踊り場から転落していった卯月の体。


衝動的に自分がやってしまった事の重大さに気付き、慌てて遥か下のロビーを覗きこむと、
床に横たわった卯月の頭から、花が咲くように真っ赤な色の血が大量に流れ始めていた。


階下では騒然とした状況となり、人が大勢集まってくる気配を感じた私は、慌ててその場から逃げ去り現在へと至る。


転落は事故と判断された。

私は思わずホッと胸を撫で下ろしたが、卯月が一命を取り留めたと聞いた時は、正に血の気が引くような思いだった。

彼女の証言から私の犯行が明るみに出るに違いない―― 


そう考えた私は、諦観と共に総てを諦めかけていた。


だから、目を覚ました卯月が事故当時の記憶が全く無いと聞いた時には、思わず神に祈りを捧げた。

いや、悪魔に、と言った方が相応しいだろうか??


もう今となってはどうでも良い事だ。 


卯月が記憶を無くしてくれたお陰で、私は自分の犯した犯罪が明るみに出る事は無いし――

アイドルとしても活動を続けられる――


それどころか私にこうやってプロデューサーを手に入れるチャンスまで譲ってくれたんだから…。


卯月ありがとう、あなたは私の一番の、最高の友達だよ。
 

そう思いながら私は、私の横で微笑むプロデューサーに向けて、花のような笑顔を向けるのだった――

【完】

終わりです。ちゃんみおはポジパの方で幸せに暮らしています。

HTML依頼出してきます。

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