安部菜々「TAKE ME HIGHER」 (23)

地球はウサミンの星。

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 とある地方にある小さなホール。
 そこの舞台袖で、ナナは名前を呼ばれるのを待っていました。
 ちらり……と横を見ると、プロデューサーさんと目が合います。
 大丈夫だ、と言うように、彼の手のひらがナナの背中に触れました。
 ナナに、勇気をくれる温度。

 ことの始まりは、一か月ほど前にさかのぼります。
 事務所の一大イベントも一段落ついた、ある日のことです。
 エステで体をリフレッシュさせた後、ナナはプロデューサーさんと二人、プレゼントボックスの整理をしていました。

「……化粧品やらマスクやらに混ざって柿ピーとかウコンドリンクとか入ってるの、相変わらずカオスだな」
「あはは……」

 ナナは現役じぇーけーですけど、なんというかやっぱり、気づく人は気づいてて。
 基本的には何も言わず、そのままウサミンのファンでいてくれるんですけど……こっそりと、おつまみとかが入ってるようになりました。
 嬉しいのは嬉しいんですけど、ブログに写真を上げられないのがちょっと申し訳ないですね。
 こっそりとファンの方にお礼を言って、こっそりと一人で晩酌をします。

「わー、今回も寄せ書きがこんなに……嬉しいですねぇ……」

 デビューしたて、崖っぷちの頃から比べると、いただくお手紙の量は信じられないくらい増えました。
 全部に目を通す必要はない、なんて人もいますし、言いたいことも分かりますけど……やっぱり、ナナを好きって言ってくれる方の声には、ちゃんと応えたいなって。
 だから定期的に、プロデューサーさんと一緒にお手紙を読む時間を作ってもらっているんです。
 デビューからずっと見ててくれる人。以前のナナのように、夢を目指して頑張っている人。
 「ウサミンを見て元気をもらった」って言ってくれる人たちから、ナナも元気をもらっていて。
 そんな声があるから、ナナはいつでも夢と希望を耳に頑張っていられるんですよね。
 
 お手紙を読んでいる時のナナは、ちひろさん曰く「ふにゃふにゃしててかわいい」らしいです。
 かわいいかどうかはともかく、だからきっと、その手紙を読んだ時もナナはふにゃふにゃしていたんだと思います。
 
「ぷ、プロデューサーさん!」
「んお、なんだ?」
「……ナナ、脅迫されちゃいました……」

 プロデューサーさんの眉間にシワが寄ります。

「一応、中身はスタッフでチェックしたはずなんだがなあ……」
「あはは……でもたぶん、そんなに怖いやつじゃないと思います」

 プロデューサーさんに促されて渡した画用紙には、黒のクレヨンでこんな文章が書かれていました。

『うさミんへ
 とっぷあいどるにならないと ころす
   なつみ』

「……こいつは確かに、物騒な脅迫状だ」

 かわいらしい脅迫状に、ナナもプロデューサーさんも苦笑を浮かべていました。

「いやでも、これだけってことはないだろ。他に何か入ってなかったのか?」
「えーっと……あ、別に便箋が入ってます。お母さん、からですかね?」
「ふむ……『はじめまして。娘が失礼な手紙を書いてしまい申し訳ありません……』」

 便箋を広げたプロデューサーが、音読を始めます。
 娘のなつみちゃんが、ナナの大ファンだということ。
 主役を演じているアニメをずっと見ているのはもちろん、ナナのこれまでの曲も聞いてくれているということ。
 ナナに会いたい、ライブに行きたいとずっと言ってくれていること。
 未就学児はライブ会場に入場できず、ナナの生歌を聴けないことが分かり泣いてしまったこと。
 トップアイドルになれば会いに来てくれると思っているらしいこと、などが書かれていました。

「予想はしていたが、やっぱあの時間帯のアニメで主役やると子どもからの反響すごいな」
「えへへ……ウサミンが、ちっちゃい子たちにも浸透してるんですね……」

 プロデューサーさんが制作会社さんに企画を持ち込んでくれたおかげでついにスタートした、ナナが主役の魔法少女アニメ。
 ウサミン星人をモチーフにしたナナにとって夢のようなアニメは、視聴率も玩具の売れ行きも好調なようでした。
 ナナの妄想(いや、ウサミン星はありますけどね?)が子どもたちにも受け入れられてるのはホントに嬉しくて。
 でも、そっか……そのぐらいの子だと、ライブ会場は暗いしちょっと危ないのかな。
 地下アイドル時代にも、そのぐらいの子は見たことなかったし……。

「うーん……」

 首を捻って考えていると、プロデューサーさんがクスクスと意地の悪い笑みを浮かべます。

「もう! プロデューサーさん、ナナは結構真面目に考えてるんですよ?」
「あーいや、すまん。別に、菜々が滑稽とかで笑ったわけじゃないんだ」

 そう言ってプロデューサーさんは、身を乗り出してナナに問いかけました。

「やってみるかい? 未就学児向けイベント」
「……ふぇっ?」

 そうして企画されたのが、今回のイベントです。
 なつみちゃん親子や、ファンクラブや児童誌上で募集した親子を招待した、限定イベント。
 
「お、お前は……悪の総帥ゼツボーン!」
「フッフッフ……会場のチビッコたちにも、締切一時間前に半分白紙の絶望を味あわせてやるっスよ……」
「やめろぉ! アタシは分かるけどみんなポカーンってしてるだろ!」

 名目上は、奈緒ちゃんが司会のアニメのイベント。
 イベントのメインとなる、ウサミン着ぐるみショー……の代わりに。
 サプライズとして舞台に上がるのが、作中の衣装を着たナナ、という計画なのでした。
 壇上では、ノリノリの比奈ちゃんが奈緒ちゃんを手籠めにしようとしています。
 
「まずい……このままじゃ、世界が絶望に包まれてしまう……」
「ふふっ、もう諦めるっス。誰も助けになんか来ないっスよ!」
「いいや……まだだ! みんな諦めちゃダメだ、アタシたちが大きな声で叫べばきっと、きっとウサミンが助けに来てくれる!」

 二人とも、盛り上げるのうまいなあ……。
 ホールのスピーカーから音源が流れ、あとは奈緒ちゃんの号令を待つだけ。
 プロデューサーさんが、ナナの肩を軽く叩きます。
 ナナは頷いて、普通の女の子から、ウサミンへ。

「いくぞみんなー! せーのっ!」
「「「ウサミーン!!」」」

「メルヘン∞メタモルフォーゼ! 夢と希望でみんなを癒せ♪ メイドアイドル戦士ウサミン、いっきまーす!」

 メルヘンステッキを片手に、ナナは壇上へと飛び出します。
 変身バンクみたいな動きは無理だけど、最後の決めポーズを取って、大きくぶいっ。
 始まる前は子どもたちの反応が不安でしたけど、でも、それはナナの杞憂みたいでした。

「ウサミンだー!」
「うさみん!」
「かわいいー!」
「ウサミーン!」

 スポットライトも、ウルトラピンクもないステージ。
 だけど、なんだかあたたかくて、光に包まれているような。
 これが……これが、光なんだ。
 ウサミン、やめなくて……よかったあ……

「っとぉー? ポーズ決めてるところ悪いっスけど、何しに来たのか忘れてもらっちゃ困るっスよー?」

 あ。
 ごめん比奈ちゃん、フォローありがとうございます!

「最初からクライマックスです! 覚悟しなさいゼツボーン、ムーンウェーブっ!」
「ふん、この悪の総帥にそんな攻撃は効かないっス!」

 目に見えないエフェクトも、見えるような錯覚。
 倒れこみながら思い出すのは、地下で結果が出なかった日々のこと。
 もっと。もっと、ナナに力を。

「私一人じゃ勝てない……このままじゃ……」

 立ち上がって、客席と正対します。
 観客のみんなは、食い入るようにステージを、ナナを見つめていました。

「お願いですっ! どうか、みんなの力を貸してください! 私に、ムーンエナジーを送ってくださーいっ!」
「みんな、ウサミンと一緒に戦ってくれ! 声援を送って、アタシたちみんなが、ウサミンになるんだっ!」

「いきますよー! ミンミンミン、それっ!」
「「「ミンミンミン!」」」
「ミンミンミン、はいっ!」
「「「ミンミンミン!!」」」

 叫ぶような、祈るような。
 おもちゃのメルヘンステッキを持ってきてくれてる子もいて、油断すると、泣いてしまいそうでした。

「ぐぅっ、若いエネルギー……でも、まだまだっスよ……」
「もっとです! ミンミンミン!」
「「「ミンミンミン!!」」」
「ミンミンミン、はいっ!」
「「「ミンミンミン!!!」」」

 でも、大丈夫。

「ありがとーぅ! ウサミンキュンキュン砲、120パーセントッ!」
「ま、マズイっス……この光は……!」
「ゼツボーンがひるんでる……ウサミン、みんな、今だっ!」
「がんばれー!」
「わたしも、ウサミンだよー!」
「くらえー!」

 だってヒロインは、ステージの上ではいつだって笑顔だから!

「無敵のパワーは、みんなからの想いですっ! いきますよ、せーのっ!」




「「「「ハッピーエンドウェーブ!」」」」



 終了後の控室。
 イベントの熱に浮かされて。
 気がつくとナナは、プロデューサーさんの手を握っていました。

「プロデューサーさん!」

 きっと、またくっしゃくしゃのかわいくない顔になっちゃってるんだろうな。
 でも、そんな顔で泣きながらでも直接今、ちゃんと伝えたくて。

「ナナを主役にしてくれて、ありがとうございました!」

 アニメの主役に。
 そして、ウサミンの物語の主役にしてくれた人。
 シンデレラになれなかった「その他大勢」として、エキストラのまま終わるはずだった物語の、続きのページを用意してくれた。
 ウサミンを続けていいんだって、背中を押してくれた。
 夢を叶えてくれた人。運命の人。

「バカ言え、はえーよそういう礼みたいなのは」
「ふぇ……」

 プロデューサーさんはナナの頭を撫でると、笑ってくれました。

「……なるんだろ、トップアイドル」
「……はいっ!」

 それがいつになるかは、分からないけれど。
 ううん、たとえトップアイドルになったとしても。
 十年後も。その先だって。
 あなたとなら、ずっと。



「これからもよろしくお願いしますね、ご主人様!」

おわりです
ウサミンお誕生日おめでとうございます
宮城楽しそうだなー現地で曲聴けた人に刺さらないかなーという若干の殺意がこもっています
安部菜々の曲は泣ける曲

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