早坂美玲「なぁ、今日って……」 (7)
今日は5月9日です。
つまり、そう言うお話です。
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「連休も終わったのになんでこんなに忙しいんだッ!」
「仕方ないだろう、そう言うスケジュールなんだから……」
雑誌のグラビア撮影を終えて次の仕事に向かう車中で、美玲は口をとがらせる。隣で運転するプロデューサーは次の現場までの最短距離を頭の中で確認しながら、湯気でも噴き出しそうな彼女を軽くたしなめた。
大型連休も終わった最初の週の平日は、街も全体に気怠げだ。いつもはノートパソコンやタブレットを広げて趣味や仕事に興じる人々が散見されるオシャレなオープンカフェも今は閑散としており、日が傾きつつあるにも関わらず下がらぬ気温に茹だったサラリーマンがだらりと机に突っ伏している。
「ていうか、車の中暑いぞッ! クーラーつけないのか、プロデューサー!」
「窓開ければ風が来るだろ……」
「風切り音がうるさくて寝れない!」
「寝るなよ。すぐ着くぞ」
プロデューサーの言葉通り、五分も車を走らせたところで目的地へと到着した。今日の仕事のトリを飾るのは、大型CDショップでのインストアイベントだ。ファンとの距離の近いイベントなだけに、美玲にも若干緊張の色が見え隠れしている。
楽屋代わりの従業員控え室で着替えとメイクを施して、出番を待つ。ミニライブの後に握手会も控えているため、今回は大きな爪は無しだ。何となく落ち着きなさそうに指を組んだり眼帯をもてあそんでいる彼女を見て、様子を見に来ていたプロデューサーは軽く吹き出した。
「な、なんだよッ! 緊張してるんじゃ無いぞッ! ちょっと手元が落ち着かないだけだッ!」
「分かってるよ」
そう言いながらも上向きの口角を隠せていないプロデューサーに、美玲は頬を膨らませる。重ねて文句を言おうとするも本番のお呼びがかかり、彼女はプロデューサーに「イーッ!」と威嚇の表情を向けてからパチンと両頬を叩いて切り替え、イベントの舞台へと足を向けた。
「待たせたな、オマエらッ!! ウチが来たからには、今日は最高の日になるぞッ!!」
「うぉぉぉぉッッッッ!!」
勢いよく壇上に上がるやいなや、勝ち鬨のごとく雄叫びを上げる美玲。彼女の登場を待ち侘びていたファンの声に応え、彼女は全三曲を歌いきった。その後の握手会では汗が目に入って途中から眼帯を外さざるを得なくなるハプニングもあったものの、概ね盛況のうちにイベントは終了した。
後片付けも終わり、再び普段着に着替えた美玲は、打ち合わせを終えて戻ってきたプロデューサーと合流した。まだ興奮冷めやらぬ様子の彼女はいつもより饒舌にイベントの様子を話し、プロデューサーはそれをニコニコしながら聞いている。
再び車に乗り込み、二人は会場を後にした。このまま寮まで直帰したいところだが、美玲は事務所に学校の荷物を置きっ放しにしているため、いったんそちらに戻らねばならない。車に置いとけば良かったと後悔する美玲に苦笑いを返しながら、プロデューサーは事務所へと進路を取った。
外はもうすっかり日も落ち、窓から緩やかに流れこむ風が心地よい。車載のラジオから流れるポップスを聞き流しながら、美玲は上気した頬を風に預けるように窓際で頬杖をついた。
そのまま、ふと口を開く。
「なぁ、今日って……」
そこまで言ってしまってから、美玲はハッと気付いたように慌てて口を閉ざした。自分が何を言おうとしていたのかを自覚して、冷め始めた頬が再び熱を持つ。
「ん? 何か言ったか?」
「な、なんでもないッ!! 運転に集中してろッ!!」
「へいへいお嬢様」
ちらりとこちらに目をやったプロデューサーを慌てて追い払うように吼え、美玲は彼に気付かれぬよう左頬をぺちぺちと叩いた。危ないところだった、と胸をなで下ろす。あのまま言葉をこぼしていたら、うっかり『おねだり』になるところだ。
そんな格好悪いこと、出来ない。
美玲は深呼吸一つすると、シートに深く腰を沈めた。何事も無いように装いながら、ゆっくりとプロデューサーの方を盗み見る。彼は先ほどのやりとりを気にした様子も無く、ラジオの曲などを口ずさみながらハンドルをさばいている。
なんだよ、ちょっとは気にしろよ、と先ほどの言葉とは裏腹の事を思いながら、美玲は軽くため息をついた。学校と仕事のはしごで息つく暇も無かったが、今日は彼女にとって一年に一度の記念日だ。
ポケットからスマホを取りだし、同僚と一緒に登録したコミュニティアプリを開く。新しく更新されたそこにいくつかの「おめでとう」メッセージを見つけて、美玲は僅かに頬を緩ませた。
今日は五月九日。美玲の、誕生日だ。
同じユニットを組む星輝子や森久保乃々、先輩の渋谷凛、同期の三好紗南などからは朝早くにお祝いのメッセージを貰っていた。他にも仕事で関わったアイドルからもいくつか祝辞が届いている。
一匹狼じゃないのも、たまにはイイな。そう思いながら、一つ一つに返信していく。あまり慣れていないため、意識しないと素っ気なくなってしまいがちな文面に頭を悩ませながらも、美玲は丁寧に返事を送った。
最後の一つを送ってしまって、美玲はスマホをポケットに仕舞い込む。ラジオから流れる曲は、いつの間にか軽やかなジャズになっていた。相変わらず前を向いたままのプロデューサーに、心の中で舌を出す。
事務所に着くまで一眠りしようかな。そう思って軽く伸びをしたところで、彼が口を開いた。
「事務所に帰る前にちょっと寄り道するが、良いか?」
「へ!? あ、う、うん……」
不意打ちのように繰り出された言葉に、美玲は思わずしどろもどろな返事をしてしまった。そんな彼女の様子を気にしたそぶりも見せず、プロデューサーは事務所とは反対方向に指示器を出す。跳ね上がった心拍数を抑えるように胸を押さえながら、美玲は恨みがましい目で彼の方を見た。卑怯だゾ。そんな言霊を視線に載せるが、当然のように彼の元には届かない。
リリカルなピアノの音色に包まれながら、車はゆったりとテールライトを追いかける。幾度か流れる光の筋を乗り換え、瞬く信号に導かれてたどり着いたのは、一件の小さな建物だった。
「よし、着いたぞ」
三台ほどしか停められないような手狭な駐車場に車を置き、プロデューサーは車を降りて助手席のドアを開けた。美玲は怪訝な表情を浮かべたまま降りると、レンガ造りの建物を見上げる。三角屋根の、おとぎ話にでも出てきそうな建物。窓からは暖かそうな明かりが漏れており、入り口とおぼしき木製の扉には、何語か分からない文字で書かれた看板が控えめに取り付けられていた。その下にフォークとナイフの絵が描かれており、辛うじて何らかの飲食店であることが分かる。
「プロデューサー、なんなんだ、ココ?」
「入れば分かるよ」
顔いっぱいに疑問符を浮かべる美玲を、プロデューサーが促す。若干躊躇した美玲だったが、ここで及び腰になったら彼に笑われそうだ。そう思い、彼女は意を決して扉を開いた。
そして、室内に一歩を踏み出した、その時。
ぱぁん、と言う乾いた音の群れと祝福の言葉が、一斉に美玲を包み込んだ。
「お誕生日おめでとう!!」
「えッ!?」
驚いて閉じてしまった目を、ゆっくりと開く。その先の光景に、美玲は思わず声を漏らした。
そこには、先ほど返事を返した輝子や乃々、凛や紗南たち同僚アイドルの姿があった。彼女たちが囲む大きな机には様々な料理が置かれ、美味しそうな匂いを振りまいている。そして中心には『Happy Birthday, Mirei.』の文字が書かれた小さな旗が立てられていた。
あまりに想定外の事が起こりすぎて麻痺していた頭の中に、じんわりと理解が広がっていく。振り返ると、笑顔のプロデューサーがそこにいた。
「お、覚えててくれた……のか?」
まだ呆然とした表情の美玲に、プロデューサーは愉快そうに答えた。
「当たり前だろ。誰がお前達のプロフィール書いてると思ってるんだ」
そう言って、ポンと軽く彼女の頭を撫でる。くすぐったそうにしてから慌ててその手を払いのける美玲に苦笑しながら、プロデューサーは改めて言った。
「誕生日おめでとう、美玲」
「あ……アリガト……プロデューサー」
照れくさそうに礼を述べる美玲。プロデューサーは彼女に手を差し伸べると、おずおずと伸ばした彼女の手をしっかりと掴んで店の奥へと連れて行った。
「さ、主役が到着したぞ! 腹も減ったし、さっそく飯にするか!」
「ちょ、ひ、引っ張るなこのバカプロデューサーッ! 引っ掻くぞッ!!」
「フヒ……美玲ちゃんの『引っ掻くぞ』、久しぶり……」
「そうなの? 最近、丸くなったのかな」
「プロデューサーさんの前だと、よく言ってますけど……」
「美玲はプロデューサーさんを攻略中なんだよな!」
「こ……ッ!? 紗南ッ! オマエも引っ掻いてやるからなッ!!」
「へへへ、あたしに勝てるかな?」
「オオカミ対ゲーマー……勝った方に、エリンギをあげよう」
「持ち歩いてるの、それ?」
「あうぅ、誰もとめないんですけど……」
「店のモノだけは壊してくれるなよ」
呆れたような表情で言うプロデューサーとアイドル達に囲まれながら、美玲は牙を見せながら笑った。
まるで、群れの中でじゃれ合う子狼のように。
(了)
Happy Birthday, Mirei Hayasaka! 2017/05/09
ありがとうございました。
美玲の誕生日を祝った掌編でした。
よければ最終日となった総選挙にも美玲に一票宜しくお願いします……。誕生日祝いだと思って……。
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