北条加蓮「新緑の下で」 (24)
『お花見しようよ!』
――3月の終わり、あるいは4月の初めだったかな。
まゆと美穂がそんな歌を歌うって言うから、じゃあお花見しよっか、って。
すっかり恒例になったMasque:Rade5人での女子会で、そんな話をしたのを覚えてる。
……なのに。
「はーあ。しようしようってずっと言ってたのにもう5月だよ、5月。ありえなくない?」
「あはは……。しょうがないよ加蓮ちゃん、みんな忙しくてまとまった時間取れなかったんだし」
桃色の欠片もない、緑の葉っぱが生い茂る桜並木。
隣を歩く李衣菜は葉桜を見上げて、木漏れ日に目を細めながら、そう苦笑した。
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「んー……気持ちいい。晴れて良かったね」
「うん。でもまさか、李衣菜と2人で出掛けるなんて思いもしなかったなー」
「加蓮ちゃんと2人きりって、もしかして初めてかもね」
てくてく、日曜日の遊歩道を2人で歩く。
桜のシーズンはとっくの昔に過ぎて、そこそこ有名なこのお花見スポットも今は閑散としていた。
「休みなのに人少ないなぁ。のんびりできそう」
「李衣菜はいつものんびりしてるじゃない」
「えー。そんなことないよー」
いつもの調子で軽口を言えば、いつもの調子でへらっと返してくれた。
近くの公園で子供が遊んでるのが見えた。
親がそれを見守ってる。
お年寄りが私たちのようにお散歩してる。
とっても平和。あくびでちゃうくらい、のん気で平和。
「ふふっ、加蓮ちゃんあく、び……ふわあ」
「くあ……あはっ、李衣菜こそ。ぶちゃいく♪」
「なにそれー、やめてよー♪」
2人して滲んだ涙を拭って、笑い合う。
いつもはアイドルで忙しくて、あくびだってする暇もない。
Masque:Rade以外のお仕事でも、私はトライアドプリムスとして、李衣菜はロック・ザ・ビートとして日々を走り続けてる。
まゆも、智絵里も、美穂だって、それぞれ多忙を極めてる。
そんな毎日の中で、私たちは女子会なんて言って、束の間の休息を共に過ごしていた。
だからこそ……。
「今日、まゆちゃんたち来れなくて残念だったね……」
「…………、仕方ないでしょ。いきなりお仕事入ったって言うんだから」
「そうだけどさ……。せっかく5人全員、1日オフだと思ったのに」
目に入ったベンチに腰掛けて、李衣菜はしょんぼりと項垂れた。
そんな俯いてたら、目の前の綺麗な川が見れないじゃない。日の光が反射してすごくキラキラしてるのに。
「ふーん。そんなに私と2人きりがイヤなんだ?」
「あ、やっそうじゃないけど! そうじゃないよ!」
そう言えばバッとこっちを向いて、必死に否定してきた。……意地悪すぎたかな。
「うーそ。李衣菜はそんな子じゃないもんね。ふふふっ」
「やめてよ……絶対そんなんじゃないからね?」
うん、分かってるよ。
みんなで来たかったなんて、そんなの分かり切ってる。
だって李衣菜は、Masque:Radeの優しいまとめ役なんだから。
「ほら、川、綺麗だよ。せめて写真たくさん撮ってお土産にしないと」
「あ……そだね。よーし、みんなに送ろうっ」
「ふふ、桜も撮ろうよ。葉っぱだけど無いよりマシだし」
それからしばらく、スマホで撮影会。
川を泳ぐカモの親子を見つけて、興奮して柵から身を乗り出す李衣菜を撮ったり。
「あっ、カモだよカモー! しかも親子、うわーかわいいなー! 見てよ加蓮ちゃん、カモ!」
「はいはい、アンタがかわいい――ちょっ落ちるってば李衣菜!?」
「うわわわわわっ!?」
葉桜をバックに自撮りしようとしたら、毛虫が落っこちてきて2人で悲鳴上げたり。
「もっと近寄ってよ李衣菜、うまく撮れないでしょ」
「ち、近くない?」
「サービスサービス。ほら、あ――」
「え――」
ぽとっ。
「「きゃああぁぁぁぁぁあああああぁぁぁあああッッ!?!?」」
アイドルな私たちの、アイドルじゃない……普通の女子高生のような、楽しいひとときを一緒に過ごすことができた。
……毛虫、キライ。
「――ふぅ……。いっぱい撮ったね、疲れちゃった」
「汗かいたー。びっくりしたね毛虫」
「言わないで。思い出したくもない」
「あ、あはは」
さっきのベンチに戻ってきて、自販機で買ったジュースで一息。
李衣菜オススメのメロンソーダ、らしい。甘くてぱちぱち弾けて爽やかな気持ち。
「Sparkling Girlってそういうこと?」
「ハマっちゃって」
「ふふ、にわかな李衣菜らしいね」
「にわかは余計!」
「ふふ、ごめんごめん♪」
もー、と隣でくぴくぴ喉を鳴らす李衣菜。
ボトルの中の緑色は、新緑の桜の樹と、李衣菜の瞳の色によく似ていた。
「……なに? なんか私の顔についてる?」
まだ文句のありそうなジト目が私を見つめてきた。
「いえいえ。そんな怒らなくてもいいのに、って」
「怒ってないよ、呆れてるの」
「……そっちのがキツいかも」
「なるほどね、加蓮ちゃんにはこっちのが効くんだ」
「許してっ」
「へへ、だめっ」
「このとーりっ」
「だめっ」
「そこをなんとかっ」
「じゃあロックだって認めろっ」
「それは絶対無理っ」
「えー!?」
「あはは♪」
――ああ、なんだか楽しい。すごく楽しい。
どうでもいいような、てきとーな会話の応酬。
プロデューサーさんとも、凛とも、奈緒とも違う感じ。もちろんまゆたちとも。
「ふふ、ふふふっ! あー楽しっ♪」
「えへへっ、私も!」
やっと掴めたかも、李衣菜のリズム。
テンポ良く歌うように心を交わす。みんなとは違う、また新しい関係。
良かった。今日、ここに2人で来られて。
「あはははっ♪」
「ふふっ、あはは♪」
もうなにがおかしいのか分かんないけど、とにかくいっぱい笑った。
ペットボトルを傾けて、冷たいソーダと暖かい陽気を一緒に感じる。
風が吹いて、ざあっと頭上の葉っぱが擦れた。
「春だね、李衣菜っ」
まだ、私たちの青い春は過ぎてなかったみたい。
―――
「――はーもう、笑ったー。意味分かんない、李衣菜笑いすぎ」
「人のせいにしないでよー、加蓮ちゃんもずっと笑ってたじゃん」
笑い疲れて、ぐったりと背もたれに身体を預ける。
栓を開けたままだったソーダもすっかり気が抜けて、ただの甘いジュースに変わってた。
「笑いすぎてお腹空いちゃった。お弁当作ってきたんでしょ、ちょうだい」
「はいはい、どうぞ。おにぎりとか卵焼きとかだけど」
『――お弁当作ってくからさ、お昼はそれにしない?』
今朝、李衣菜からそんなメッセージが来てたのを思い出した。
美味しいって噂だったから楽しみにしてたんだよね、李衣菜の料理。
「私の愛しいカリカリでフライドなポテトちゃんは?」
「残念」
「えー」
「揚げたての方がいいでしょ? だから今日は無し、今度作ってあげるからウチおいでよ」
「いいの? やった♪」
……って、ナチュラルにまた遊ぶ約束してるし。なんか一気に距離縮まっちゃった気がする。
悪い気はしないけどね。
「ま、いつになるか分かんないけどさ……はい、どうぞ」
「ん。いただきま――」
す。同時に海苔が巻かれた白い三角形にぱくついた。
「……ん。…………んん。んま」
おかか。
「おいひ」
「よかっは。……んへへ、我ながらいい塩加減」
「むぐ、んん」
「ふふ、喉つかえちゃうよ」
こぽこぽ、スープジャーからオニオンスープが紙コップに注がれる。ほんのり湯気を立てて美味しそう。
「こんなにあったかくなるなんて思わなかったからちょっと熱いかも」
「……ん、これも美味しい。だいじょぶ」
「へへ」
卵焼き。甘い。私も砂糖派。
「美味しい」
ポテトサラダ。こしょうがちょっぴり効いててマヨネーズもよく混ざってる。
「美味しい」
またスープ。残ったおにぎりも平らげちゃう。
「美味しい」
「美味しいしか言ってないよ加蓮ちゃん」
だってほんとに美味しいんだもん。しょうがないでしょ?
「ありがと、いっぱい食べてくれて。残しちゃうかなと思ってた」
「そんなに食細く見える?」
「……ちょっとだけ」
「合ってるけどね。でも李衣菜のご飯は別かも、すっごく美味しかった」
「えへへ」
口に運ぶたびにそわそわしてるんだもん、李衣菜。
美味しい上にそんな子犬みたいなことされたら、食べてあげなきゃ失礼じゃない。
「ごちそうさま。お腹いっぱい」
「お粗末さま。ふいー、ちょっと緊張したぁ」
「なに、彼氏に初めて手料理食べてもらったー、みたいな?」
「うええ!? や、そんなのしたことないけどっ」
「ふふっ、狼狽えすぎ♪」
お腹さすさす、また意味のないような会話。眠くなりそうでならない、絶妙な間。
普段聞けないようなことも聞いたりして。
「ね、李衣菜。李衣菜はどうしてアイドルになったの?」
とか。
「加蓮ちゃんの初ライブってどんなだった?」
とか、とか。
「これからどんなアイドルになりたい?」
「断然ロック!」
「ふふ、うん」
「それと、加蓮ちゃんみたいな……みんなに希望を与えられるようなアイドルにもなりたいな」
「なにそれ。じゃあ私は李衣菜みたいなみんなの背中を押してあげられるアイドルになる。あとてきとーにロック」
「ロックはてきとーじゃダメだよ。全身全霊でぶつかっていくのがロックなんだから」
「あ、ちょっとかっこいい」
「へへ、でしょー」
「そのへらっとした顔してなければねー?」
「む、……ん」
「あっダメ、その顔は地球ヤバいから封印して」
「どうしろっていうの……ていうかそれ気になってたんだけどどういう意味なの?」
とか、とか、とか。
とにかく、いろいろ話して。一緒にずっと笑ってた。
楽しいね、李衣菜っ。
「――いっぱい喋ったね。また喉乾いちゃった……あつー」
「なにか飲む? ……あ、私いいお店知ってるんだ。冷たくて美味しいフローズン飲めるとこ」
「ほんと? 行きたい行きたいっ」
まだまだ話し足りない。太陽が真上に来て、なにもしなくても汗ばんでくる。
春にしては暑いけど、私たちの邪魔なんてさせないんだから。
カフェで冷たいもの飲んで、もっともっと夜までいっぱい喋ろう。
「あ、Frozen Tearsだね。そのまんま」
「被せないでよ、別に李衣菜みたいににわかじゃないし」
「ひどいよー」
「ふふ♪ さ、行こっ!」
逸る気持ちは抑えられない。
私を突き動かす衝動がTeenage Truth。……なんて頭の中で歌いながら、李衣菜の手を握って立ち上がる。
「カラオケも行かない? 歌いたい気分になってきちゃった」
「いいね、行こっか。私のロックな歌声を――♪」
「はいはい、音外さないでよ――♪」
また葉っぱが揺れて、隙間から眩しい太陽と、抜けるような青い空が顔を覗かせた。
もっと春を感じよう。ねっ?
―――
――
―
―――
それから、またMasque:Rade女子会の日。久々に5人で集まる今日。
「――そっか、デート楽しめたんだね、加蓮ちゃん」
「美穂の口からそんなセリフが飛び出すなんて……」
一番先に席に着いていたのは美穂だった。
……案の定、あの日のことを根掘り葉掘り聞いてくる。
「あのね、デートじゃないから。遊んだだけ。李衣菜とは遊びなの」
「ふふふ♪」
「ふふふじゃないってば! なんなの、もう」
「だって……♪」
はぁ、もうやだ。頬杖つく振りして顔を背けてほっぺを隠す。赤くないはず。だよ、ね?
……それよりも、謝らないと。
「ごめんね、わがまま言って」
「ううん、こっちはこっちで楽しんだから」
「それならいいんだけど……」
そう、全部私のわがまま。
あの日、美穂もまゆも智絵里も普通にオフだった。私が無理を言って李衣菜と2人になれるようにお願いしただけ。
3人はまた別のところで遊んでたそうだけど……ありがたい反面、後ろめたさもあった。
「でもびっくりしちゃった、急に『2人きりで遊びたい』なんて言うから」
「っ! あ、あんまり大きな声で言わないでよっ!」
李衣菜地獄耳なんだからどこで聞いてるか分かんないでしょ!
「加蓮ちゃんの方が声大きいよ。うふふ♪」
「う、っぐぅ……! 覚えてなよ……!」
「また今度、5人で遊びに行こう? 加蓮ちゃんと李衣菜ちゃんが仲良しなところ、いっぱい見せてね♪」
絶対、絶対、絶対絶対絶対、見せてやるものか。
ていうかそこまで仲良くなった覚えないんだけど!
「そうかな? 嬉しそうだけど、加蓮ちゃん。あ、そういえばあのときのことちゃんと謝れた?」
「あのとき? ……あっ」
「えっ」
『――李衣菜っていつも苦労してなさそうだもん』
「…………」
「…………」
……ヤバい。今思い出した。
Masque:Radeとして活動を始めた最初の頃、つい言ってしまったアレ。
美穂に咎められたけど、結局本人にはそのとき謝れなかったやつ……。
「……加蓮ちゃん? 私、てっきりあのことを謝るために2人きりにしてってお願いしてきたと思ってたんだけどな」
そ、そうなの。そのために無理言ったんだけど。……あ、あああ。
「…………」
「遊んだだけ? それだけ?」
完璧に忘れてた。だって、楽しくて。あんなに仲良くなれるなんて思わなくて。だから。
「…………」
「…………」
「……今日」
「…………」
「みんなの前で」
「…………」
「謝れるよね?」
「……はぃ」
「――お待たせしました。ごめんなさい、まゆ、プロデューサーさんとお話していて」
「――お、遅れましたっ。つい四葉のクローバー探してて、それで……」
「――ごめん、なつきちにギター教わっててっ。……どしたの美穂ちゃん、加蓮ちゃん」
「うん、加蓮ちゃんが李衣菜ちゃんに謝りたいことがあるんだって♪ みんな聞いてあげて!」
「へ?」
……怒った美穂お姉ちゃんの笑顔は、怖い。
――今世紀最大の辱めを受けたけど、李衣菜は許してくれた。
……笑いながら。ついでにリボンもツインテもアホ毛も笑ってるし。なによなによ!
「気にしてないよ、あんなこと全然っ。あはははは♪」
「笑わないでよぉっ! なによみんなしてーっ!」
Masque:Radeのイジられ役、当分の間は私かも。……ぐすん。
おわり
というお話だったのさ
Masque:Radeはいいぞ、ひいてはかれりーなはいいぞ
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