【FGO】クロエの幕間 (166)
―――その男は、正義の味方なんかじゃない。
きっと心まで、冷たく錆びた鉄のように、黒く濁っているのだろう。
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わたしは今、何の因果か人理を守るだなんていう大層な御題目を掲げた、
並行世界……あるいは別世界と呼ばれるどこかに存在している。
この世界で、カルデアと呼ばれているここ。
人理継続保障機関……人類の未来を守るために働いている人たちと共に、
世界を股にかけた戦いを繰り広げていた。
実の所、わたしにとってこの世界がどうなろうと知ったこっちゃないし、
戦う意味もあんまりないのだけれど、少し前に借りを作ってしまっただけあって、
真面目半分不真面目半分ぐらいの割合で協力を約束……いいえ、契約を交わしている。
なので、わたしがここにいる限り、
出来る範囲でならここの人たちのために戦ってあげるつもりだ。
まあ、それでも他の奴らより、遥かにわたしの方が役に立つだろうけど。
しかし、実の所ここに居続けることを決めたのは、
他にも気にかかることがあったからだ。
直感と言っても良い。
何故だか、ここに、どうしても来なければいけない気がしたのだ。
気が付いたら、体が動いていた。
―――もしも、この事に理由があったとするならば、
それはわたしにとっての―――運命と呼べる物だったのかもしれない。
あるいは―――彼にとっての。
答えはすぐに見つかった。
すぐにわたしは見つけてしまった。
間違いなく、わたしが気にかかっていた事の元凶だ。
だってそれは、あんなに懐かしく、そして少し憎らしい、
わたしの……わたし達の……正義の味方の背中が見えたのだから。
ここには多くの、英霊と呼ばれている歴史上の偉人達がいる。
わたし達が学校で聞いたことのある名前の人物達が、
さも当然かのように存在している。
最初は驚いた、そのうちすぐに慣れた。
わたしという存在も、似て非なるものなのだし、
適応するのに時間は掛からなかった。
……とは言っても、いまだに驚きの人物なんかもいたりするんだけど。
当たり前よね?
すれ違ったあの人もどの人も、サインを貰えば世界遺産になるわよきっと。
一目見ただけじゃ、誰が誰だかわからないけど。
角は生えてるし、尻尾も生えてるし、ライオンもいるし。
けど、あの背中だけは見間違うはずもない。
どうして彼がいるのか?
どうしてわたしに声を掛けてくれないのか?
わたしのことがわからないのか?
気づいていないのか?
―――わたしだから。
こっちを向いて欲しい―――
―――その声を聴かせて欲しい。
多分、これこそわたしが感じた答えなのだろう。
この世界でわたしがやらなければいけないこと、
やっと見つけた、わたしの運命。
だからこうやって、
彼の後をつけているのも必然で、
彼を見つけた奇跡を辿るのも当たり前で、
偶然出会ったりするのも時間の問題。
しかし、どうやったものか……?
もう何日か経過したけど、彼は目を離すとフッといなくなってしまう。
そのたびに見つけるのも大変だ。
もっと定位置に居てくれればいいのに、
いつの間にか移動していて目が離せない。
それでも、必ず見つけ出す。わたしは絶対諦めない。
わたしが望めば、辿り着けないことはないんだから。
後はどうやって彼にわたしを気づいてもらうかだ。
もうこのまま声を掛けるべきか?
でも、もしも彼がわたしを……そもそも――
「僕に何か用かい?御嬢さん」
「!!」
ああ、ほらやっぱり、すぐに解決―――
「―――ってそんな、嘘!?なんでバレて」
「気配を消そうとしているだけじゃ、尾行とは言えないな」
「ぐっ……」
「尾行とは、いかに自然に溶け込めるかが大事なのさ。
音を消しても、臭いを消しても、空気に溶け込もうとしても存在感は決して消えない。
自然に溶け込み、自然と一体になることで気配というのはやっと消せる。
ましてや君のやり方じゃ、僕に気づかせまいと逆に違和感を生んでいる。
素人なら騙せるだろうが、僕には通用しない」
「べ、別につけてたわけじゃないし!
ただちょっと、気づかれないように後を追っていただけよ!!」
「それを一般的に尾行と言うんだが……いや、いい。
それよりも、僕に何か用でもあるのか?
ここ数日、ずっと後をつけていたようだが……何が目的だ?
……ないなら、僕に構わないでくれ。不快だ」
え?なにそれ酷い。
「不快って……よ、用ならあるわ。
その……ちょっと、話しをしてみたくて……」
「……井戸端会議に付きあう気はないな。他を当たってくれ」
「なっ!?井戸端会議って……ちょ、ちょっと待ってよ!
いいじゃない、少しくらい会話してくれたって!」
「断る。邪魔だ」
「うーっ!……わかったわ。貴方に聞きたいことがあるの。
……その、イリ……じゃなくて!
アインツベルンって言ったら、何か思い当たることないかしら……?」
「いいや、別に。
アインツベルン自体は知っているが、僕には関わりのない話だ」
「え?……嘘、まったく何も思い当たらないの?」
「ああ……」
「本当に?」
「興味もないな」
「そ、そんな……でも、ちょっとは気がかりになることくらい」
「無い。もういいか?」
なんで、なんで……違う、そうじゃない。このままでは彼は行ってしまう。
「えっと、えっと……待って、まだ待って!」
こんな時あの子なら……。
「……はぁ、言ったはずだ。僕は君との会話なんて望んでない。
誰かと話したいだけなら、そこらにいる英霊にでも声を掛ければいい。
その方が、よっぽど時間を有意義に使えるはずだ。
……だから、僕に構うな」
「~~っ!……だって、だって貴方は……」
「僕は君なんて知らないし、興味もない。
わかったら、とっととここから失せろ!」
うん、こうなることは初めからわかっていた。
わかっていたから、声を掛けづらかったのだ。
何故なら、彼が本当にわたしの知っている人ならば、
絶対に気づいてくれるはずだから。
それがわかっていて、尚確かめずには居られなかったのだ。
本当に彼がわたしのことを、なんの気にも留めないのかどうか。
例え、彼の生きてきた時間が―――
―――私の知らない、想像もつかない道を歩んだものなのだとしても。
「……そ、そんな言い方しなくたって。
……ちょっとだけなのに!
……ちょっとだけ、貴方のことが知りたかっただけなのに。
興味ないとか、酷い言い方しなくたって……ぅぅ」
無意識に目の奥が熱くなる。
ここで泣いたら呆れられるだろうとわかっていても、
彼の声でそんなことを聴いてしまったら、耐えられるわけなかった。
「……これだから、子供は嫌いなんだ。
いや、こんな子供までサーヴァント(奴隷)になるとは、
まったくもって度し難いな」
「子供じゃないわ!
私だって、英霊なんかに引けを取らないくらいには力があるんだから、
馬鹿にしないで!!」
「だから?……どんな理由があろうと、僕には理解出来ない事柄だ」
なんでこんなに酷い言葉で、それも冷たく突き放すように言い放てるのだろう。
大体、わたしのことを知らなかったにしても、
この扱いはあんまりにあんまりではないだろうか?
子供扱いされるのは心外だけれど、だからって女の子相手これはない。
これはないでしょう?普通に考えて、おかしい。
「……なによ……なによ、なによ!
さっきからクールにニヒルぶっちゃってさ!
カッコつけてるつもりなら、ただの痛い人にしか見えないわよ!
顔まで隠しちゃって、やーらしー!!」
「……時間を無駄にしたな……」
「あっ、だから待って、待ってってば!!
……実力、そう、実力よ!私ってば貴方よりつ―――」
言うや否や、わたしの顔のすぐ横を、鋭い何かが通り抜ける。
頬が熱くなった。
「え?」
「終わりだ、今ので君はもう死んだ。
僕はこの瞬間にも、君を殺すことなど造作もない。
自惚れるのは勝手だが、弁えて物を言う方が長生き出来るぞ」
「な、なっ!卑怯よ、卑怯!!
不意打ちなんてもんじゃないじゃない!まだ戦―――」
いつの間にか彼はわたしの視界から消えていて、
すぐ後ろから声が掛けられる。
頬の横にキラリと光る、鋭利な刃を差し向けられて。
「おしゃべりな口だな?まったく、躾がなってないと見える。
君は僕の敵にもならない。
三流……いや、子供相手に敵など、おこがましいか」
「し、躾ぇ!?貴方が言えることじゃないでしょ!!」
「?……何を言っているのかわからないが、
まだこの茶番を続けないと駄目なのか?」
「茶ばっ!……ああっもう頭っきた!!
いいわ、今からわたしの本気を―――」
彼はいない。
もう私の視界から消えるように、立ち去ろうとしていた。
そう―――だから、逃がさない!
「―――どこへ行くつもり?まだ、話しは終わってないわ」
例えどんなに速くても、わたしの転移からは逃れられない。
甘く見て貰っては困るのだ。
「……下手に力があるのは厄介だな。
図に乗らせるだけで、何の益もない」
「っは!言ってなさいよ、すぐにわからせてあげるわ」
「良く口の回る御嬢さんだ。ならば、仕方がない。
子供には教育が必要だ」
「馬鹿にしてっ!
大人ならおとなしく、子供の我が儘くらい受け入れなさいっての!!」
「黙れ。もうお前に用はない」
殺意が―――これは殺意なのだろうか?
冷たく、鋭い視線がわたしに向けられる。
他でもないわたしに―――彼の視線が、よりにもよってこんな形で。
それだけで、膝から崩れ落ちそうになるのを我慢して、
わたしは真っ直ぐに彼の視線を受け止める。
「じょ、上等じゃない。すぐにふん縛って言う事聞かせてやるんだから!」
「―――……で……す!……ダーメーでーすー!!」
「きゃあ!」
突然の横からの介入。
もうわたしは足を踏みこんでいて、
駆け出す直前にストップなんかが掛かったので、
足がもつれて、前につんのめる。
「ちょちょちょっと何よいきなり!なんで――」
「ここでの私闘は禁止です!訓練ならシミュレーターを使って下さい!!」
「あっ……――
わ、わかってるわよ……ごめんなさい、マシュ」
彼女の名はマシュ・キリエライト。
ここにいる英霊達、
その中でもわたしと同じで特殊な生い立ちをしている彼女は、
英霊同士のいざこざを諌めることもしているらしい。
現に、今も全力疾走で止めに来てしまった。
流石はここのマスター、一番のお気に入りだ。
ほんっと、命令に忠実なことで!
「それよりも―――ってもういない!?」
「それより、ではありません!いいですかクロさん?
貴女のことは……からも……ですね!」
「わかった、わーかったってばぁ!
もう本当、セラみたいなんだから……」
口やかましい彼女のことは置いておいて、
わたしは見失ってしまった彼の背中を追いかける。
どうやら今日はもう会えそうにないと、諦めるのには時間が掛かった。
「邪魔さえ入らなければ……次こそは……」
それでも―――ここにいる限り、どこまでだって追い詰めることは出来る。
焦らなくても、まだ猶予はあるだろう。
話しを聞いて貰うだけだ。
ちょいちょいっと捻ってわたしの力を見せてやれば、
言う事くらいすぐに聞かせてやれるんだから!
まずは冷たい扱いをしたことを、謝ってもらわなければ。
乙女の涙を流させた罪は重いのだってことを、身を持って味わうと良い。
悲しい思いをさせたのだと、罰を与えてやるんだから。
「待ってなさいよ……エミヤ……キリツグ!!」
「―――痛ったぁーい!!」
瞬殺されてしまった。
勝負は一瞬、間合いを詰めた時には終わっていた。
腹部に一発、腕を組み取られて終わり。
最初は何をされたのかわからなかった。
どうやら武器を投影した瞬間、撃ち落とされたらしい。
パパパッと音が聞こえた時には、彼はもうわたしを制圧していた。
「これでわかっただろう?君じゃ僕には勝てない」
「痛い痛い、卑怯よ卑怯!!銃使うなんて聞いてないんだからー!!」
「戦術に卑怯などという言葉は存在しない。
これは―――君の無知と油断が招いた結果だ」
「もう一回!もーいっかいやらせなさいよ!!っていうかもう放して痛い痛い」
「……ハァ……何度やっても同じだ。
それならば、
このまま二度と戦いたくなるまで痛覚を刺激するがどうす―――」
「……なんちゃって!これならどう!?」
転移と同時に攻撃を、
「―――きゃあああ痛い痛い痛い!!」
「無駄だ。言っただろう?何度やっても、同じだ」
何時の間にか、先ほどと同じ体勢にさせられている。
何が起こったのだろう?
完全に不意をついていたはずなのに、読まれていたらしい。
「ぅぅ……ぐすっ」
「もう一度言う。これでわかっただろう?
君と僕とでは、実力に差が有り過ぎると」
「だからって……いいえ、もういいわ。
確かに今のわたしは貴方に敵わない……」
「ほう、物分かりが良くなったじゃないか。
僕はその方が好きだ」
「好きっ!?……じゃなくて、そう、“今は”貴方の方が強いわ」
「……何?」
「今はね!
見てなさいよ、すぐに追いついて、追い越してやるんだから!!」
そう言って、わたしはまた武器を構える。
彼は呆気を取られたように、放心してこちらを見ていた。
「今よっ!隙有―――」
「―――そんなものはない」
・……結局、何度やってもわたしは彼に勝つことが出来なかった。
せっかくマスターに頼み込んで、
シミュレーターを貸し切ってまで彼に挑んだのに。
ただの一度も触れることすら叶わなかった。
あの頃とは違って、無力な自分では無くなったはずなのに。
彼はその尽くを薙ぎ払い、わたしの力を奪っていく。
こんなはずではなかった。
彼にわたしの―――わたしのことを認めさせることが出来れば。
少しはきっと……。
「つ、次は覚えてなさいよ!!」
「……まだ、あると思っているのか……」
当たり前よ!
マスターを誘惑して、令呪使って縛ってでも連れてきてやる!!
勝つまで負けない!わたしの戦いは始まったばかりなんだから!!
明日から本気出すんだから!!
「―――……痛―い!!」
「予備動作が遅すぎる。
それでは撃って下さいと言っているようなものだ」
戦っても、戦っても、彼にわたしの手が届かない。
考えても考えても、彼はわたしの一歩先を行く。
「転移に頼り過ぎだ。
使いたい時に、使おうとするんじゃない。
相手が人間ならば、常に状況にあった行動を取れ。
君の思考など、通り魔の思考を読むのと同じくらい容易い」
「なにそれ、意味わっかんないわよ!
説教ばっかり、爺さんかっての!!」
「まったく、少しは頭を使ったらどうなんだ?」
うううううううううう!
どうしろっていうのよ馬鹿!
大体、なんでそんなに相手の手の内が読めるわけ?
投影のタイミングもズラしてるのに、動揺もしないで対応してくる。
そもそも、何かする前に制圧されてしまう。
こんなことばっかりで、戦いにならない。
「複雑な思考は捨てろ。お前の直感など、役にも立たないと理解しろ。
―――重要なのは、経験だ。
すぐに立て直せ。その場で次を考えるな、相手の行動を予測しろ。
―――必要なのは、計略だ。
遅い。自分が速く行動するだけが全てじゃない。
相手が動いていることを意識しろ」
「言ってることめちゃくちゃじゃない!?
わかんないってば―――きゃああああああ」
また、負けた。
負けてばっかりだ。
自信が無くなって来た。
なんでこんなことになっちゃったんだろ……どこで、間違えたのかな?
何してるんだろう、わたし。
「これで、終わりか―――?」
「―――ッ!?
……ダメ、終わりじゃない……わたしは、諦めない」
「……やれやれ、君の執念が何に向いているのか知らないが、
―――その剣は、決定的に誇りが欠けている。
戦う術も、戦う覚悟があっても、刃を通す意思が足りない。
……だというのに、そこまでして何を目指しているのか、理解出来ないな」
「貴方が理解出来なくとも、わたしはわかってるんだからっ!!」
本当に強くなりたいわけじゃなかった。
これは、わたしの―――我が儘だ。
だってすぐそこに、いるんだもの……わたしの我が儘を、聞いてくれる存在が。
ずっと待っていた、
ずっと欲しかった、
ずっとこんな日が来て欲しいと願っていた。
正義の味方には、わたしという存在は届かなかったから。
だから―――
ここにいる、正義の味方でもなんでもない冷酷な男になら―――
わたしの我が儘で、手が届くんじゃないかって、
届いてもいいんじゃないかって。
欠けているのなんてわかっている。
そもそも、最初からわたしは零れ落ちた欠片なのだ。
誇りなんて大層な物も、持ち合わせているはずもない。
この体も、剣も、所詮は借り物の器に過ぎない。
―――だけど、例え体が強くなくても、わたしの心は本物だ。
ベタな言い回しだけれども、心が折れない限り、わたしは絶対、諦めない。
欠けた剣に折れない心、それだけあれば、わたしの体を動かすには十分だ。
付きあってもらうわ……わたしの心が砕けるまで、わたしの我が儘にねっ!!
「……馬鹿な奴だ……一体、誰に似ればこうなるのやら」
「わからずやの誰かさんによっ!!」
―――最初の時と同じ。
気が付けば、夢中で彼を追っていた。
耐え難い痛みも、辛くなるような言葉を吐かれても。
この時間の全て、わたしにとっては代え難い瞬間ばかりなのだから。
もしも、違った未来があったのなら、
こんなに大切なことだと思わなかっただろう。
ちゃんとわたしが、ずっとわたしで居られていれば……きっと。
それは夢、わたしには今しかないから。
今彼と向き合えなければ、もしかしたらもう一生……なんて―――
「―――……ねぇ、キリツグはさ……」
「!?
……その名前、一体どこで」
「そんなこと、どうでもいいでしょ?……キリツグはさぁ……」
「……」
「……どうして、そんなになっちゃったの?」
「……そんな……とは?」
思いっきり戦って、体が動かなくなるまで頑張った。
なのに一太刀も浴びせることが出来ないまま、
わたしは倒れて問いかける。
全力を出しても勝てない相手に、負けない心を奮い立たせながら。
「キリツグは―――……一体、何になりたかったの?」
「……君が聞きたかったことは、そんなことなのか?」
「答えてよ……わたしには、聞いとかないといけない気がするの」
「僕は……」
―――その男は、正義の味方なんかじゃない。
きっと心まで、冷たく錆びた鉄のように、黒く濁っているのだろう。
わたしの知っているあの人だったら、
そんな姿にはならなかったはずだから。
「……子供の頃……僕は正義の味方に憧れていた」
「っ!?
……なによそれ、憧れていたって……諦めちゃったの?」
「いいや、違うね。
……僕は、僕が憧れたままの、正義の味方になったのさ」
「え?」
「なってしまったから、ここにいるんだよ」
嘘。
わたしの知っているキリツグが、
もしも本当に正義の味方を目指したのならば、
彼はきっと奇跡に手を伸ばしていただろう。
人の手では成し遂げられない、そんな奇跡に。
「……貴方は正義の味方じゃないわ。
全っ然、ヒーローっぽくない!
見ていて、とても痛ましい。
少なくとも、子供が憧れるような存在じゃないもの!!」
「どう思われようと、その果てに辿り着いた先が今の僕だ。
望むべくしてこうなったし、人類を救うことが僕の使命だ。
例え何があろうと、人理を修復し、世界を救う。
正義の味方としては、これ以上ない理由だと思うが?」
「全然、優しくない」
「優しさ?そんなもので世界は、人類は救えない」
「冷たい」
「冷酷で何が悪い?余計な感情に惑わされるよりはマシだ」
「ッ……わたしの知っている正義の味方は、もっと暖かかったわ!
暖かくて、優しくて、大切な者のために……全てを捨てて選んでくれた」
彼の背中は、わたしの遠い記憶の中でも思い出せる。
彼こそ正義の味方だった。
―――選ばれたのは、わたしではなかったけれど。
それでも、あの人は今でも家族の為に戦い続けているのだろう。
愛する者の為に、必死で戦う彼の背中こそ、正義の味方の証だ。
それだけは誓って言える。
「そんなものは、正義の味方でもなんでもない。
私欲に溺れた、無力な敗残兵だろう」
「な、なんですってぇ!?
アンタみたいなのに正義の何がわかるっていうの?
人としての温もりも、感情ですら捨ててそうなアンタは、人間ですらない!
まるで機械と同じだわ、ただのロボットよ!!」
「それの何が悪い?」
「な」
「君は何か勘違いをしているんじゃないか?
正義の味方、正義の代行者、
およそ正義と呼ばれるものを執行する術を持つ者は、
全てシステムに組み込まれたプログラムの一部に過ぎない」
「……そんなのに正義なんて」
「正義とは、人が決めるものじゃない。
いいか、人間が決めた正義の尺度は、等しく悪そのものだ。
僕はね、そんな悪を倒す、正義の味方になったんだよ」
「人が決めないで誰が決めるって言うの!?
わたし達は、わたし達が憧れて、
救いを求めるからこそ正義を理解し慈しむの!
だからこそ、皆の願いと希望を叶えてくれる理想の体現者を、
正義の味方って呼ぶのよ!!」
そう、家族の幸せと、未来(あした)を生きるために戦う、あの人のように。
自らの苦しみと絶望を捨てて、わたし達のことを守ると決めた、あの人のように。
他の誰が非難しても、彼こそがわたしにとって正義の味方そのものなのだから。
「それを勘違いと言うんだ。
願いだと、希望だと?人間の欲望に答え、叶えてやることが理想だと?
そんなものの為に生きている奴が、正義の味方だなんておこがましいにも程がある!
……仮に、君の言う正義の味方が、全人類の規模で活動するとしよう。
あらゆる願いを叶え、希望を与え、理想の全てに答えていく者がいるならば。
救われた人間は生きることに甘え、夢を見ることを忘れ、
最後にはそれが当たり前のこととして、正しい認識が何かわからなくなる。
人間が正しさを忘れれば、次第にそいつが叶える願望も正しいことからズレて行く。
結果、出来上がるのは人類の欲望に汚染された独善者だ。
正しいかどうかの判断もない、誰にでも味方していくだけの奴隷になり果てるんだ。
そんなもの、この世全ての悪と言っても過言ではないだろう」
「なんで……そんなこと……」
「君の勘違いした正義の先にある末路さ。
そうならないために、僕のような存在がある程度のブレーキを掛けるんだ。
人が求める悪が、世界を包み込む前に……ね」
「それじゃあ、家族の幸せを求めることも悪だって言うの?」
「君の言う家族の幸せを叶えた結果、他の家族が不幸を背負うとしたら?」
「そんな空論!」
「いいや、これは事実だ。
個人の行いが、願いが、幸せになりたいという欲望が、尊き理想を追い求める限り!
必ずぶつかる壁が存在するんだ―――“選ぶ”、と言うな。
その壁が大きければ大きいほど、ぶつかる衝撃は計り知れない。
―――そこに、正義があると思うか?」
「自分の家族も、他の家族の幸せを守れば正義じゃない!」
「それは出来ない。
どちらかが諦めるか、妥協することでバランスを保つから、
僕達は普通の平和を享受していられるんだ。
もしもこのバランスを崩し、幸せを得れば得るだけを求めれば、
その行いは必ず別の不幸を招く。
利益と不利益、どんなことでも発生する簡単な雑事だったとしても、
バランスが保てなくなれば、幸福など簡単に崩壊する。
家族の幸せを求める、それだけのために生きるのならな。
そんなものが正義になるのなら、
正義なんてものは最初から悪性に染まっているだろう」
「最初から決めつけないで!
貴方が諦めてるだけじゃない……」
「家族と言った時点で気付かないのか?
―――君は君の理想を最初から捨てて考えていることに。
家族の幸せ選んだということは、
家族じゃない者の幸せを切り捨てた行為に他ならない。
そうでないのなら、最初から『家族の幸せ』などと言った枠など必要ない。
……誰かを救うということは、他の誰かを見捨てるということ。
全ては救えない、救えるものを選んで救う。
例えそれが悪だったとしても、正義と信じ込むように」
「それじゃあ、それじゃまるで……」
あの人が、誰よりも正義の味方だったあの人が、
家族を選んだことで、正義の味方じゃなくなったみたいじゃない。
わたしの……わたし達のせいで。
「だから僕は、抑止力の代行者になった。
僕は世界のバランスが崩れ、人類を脅かす脅威が現れれば、
人類を存続させるという、守護者としての正義を執行しよう。
正義の味方として、人類を救うために。
―――例え人類を殺したとしても、僕は世界の決定に従おう」
「貴方だって、切り捨ててるじゃない……」
「それも、違う。
僕を動かすのは、人類の無意識そのものだからだ。
決めたのは人間じゃない。
人間の中の全ての意思が、
人類が存続する世界を守るために選ぶ、正しさの証明―――
―――これを正義と言わずして何という?
正義とは人が決めるものじゃない。
正義とは、世界が選んだ種の正しさの証明だ。
善でも悪でもない、ただ世界に生きる僕らの条理を示している。
僕はそれを成す。
世界に代わって、正義の味方として、人類の正義を証明してみせる」
「わたしは……」
「このカルデアで英雄を見過ぎたか?
子供の目には、さぞや輝かしきモノが映っただろう。
―――だが英雄というモノも、子供が憧れるだけの仮想に過ぎない。
現実的に見れば、英雄なんてモノはテロリストとなんら変わりない。
戦いの中で、あるいは文明の発展で、
人々と言う個人の我欲で選出した犯罪者達だ。
そこに正義なんてものは微塵も存在しない。
そう、善か悪かで言えば、間違いなく奴らは“悪”なのだから」
「違う、違うの……」
「違わないさ。
要は悪だったとしても、世界に影響するバランスを保っているかいないかなんだ。
少し間違えば、簡単に特異点なんてものが発生するのだから。
そんな悪を、僕は討つ。これまでも、これからも」
「やめて、もうやめて……」
「……そこで、僕からも聞かせてもらおう。
―――クロエ・フォン・アインツベルン、君は一体何になりたいんだ?」
「……え?」
「間違った正義感を理解した今、無意味に力を付けた先に、君は何を見る?」
「わ、わたしのことは……今は別に……」
「何の為に力を持って、何の為に力を振るう?
……力は、ただ力だ。使うものの心一つで何にでも変わる。
僕に追いついて、追い越すと言っていたな。
僕を追い越した先に、君が見るものは何だ?」
「そんなの、わかんない……」
「……つまり、所詮はその程度の覚悟で、
誇りも意思も持ち合わせないままの未熟な暴力というわけだ。
僕を追い越す?
……だとしたら、その先にある末路はこの世全ての悪になるだろう」
「わたしが?
ば、馬鹿言わないでよ……わたしは」
「わからないんだろう?」
「……」
「だから言ったんだ、君じゃ僕には勝てない、と。
君が僕を追い越すと言うのなら、僕は必ず君を撃つ。
それが僕の意思と覚悟だ」
「……酷いわ、貴方は正義の味方なんかじゃない……絶対違う、違うもん……」
「……さぁ、もういいだろう?
そろそろ子供の我が儘に付きあうのも、終わりの時間だ」
「……」
「……ああ、無駄な時間を使ってしまった。本当に」
「……じゃない……」
「?」
「―――無駄じゃない!
無駄何かじゃないんだから……」
そう言って、わたしは彼から逃げてしまった。
無駄じゃないと言った。
そう思いたかった。
でも、他に言い返す言葉が見つからなかった。
結局、彼のことを聞いたところで、
彼の何たるかを理解出来るはずがなかったのだ。
何故ならば、
彼はわたしの思い描いていた人―――
衛宮切嗣―――では無かったのだから。
例え同一の存在だったとしても、
まったく異なる生き方をした、まったくの別人なのだ。
そんなこと、もっと早くに気づいていたはずなのに。
きっと、わたしは奇跡に期待していたのだと思う。
心のどこかで、彼だったら気づいてくれるんじゃないかって。
わたしのこと、わたし達のこと、家族のこと、大切な記憶、大事な物を全部。
あるわけないのにね―――本当、馬鹿みたい。
彼には彼の時間があって、わたしには彼との時間なんて無かった。
あったのは今この瞬間、ここに来て初めて出会ったあの時から。
彼との接点なんて存在しないのに。
「何になりたいか……なんて、わたしに聞かないでよ……」
わたしは、生きたかっただけだ。
それ以外、何もなかったのだ。
そんなわたしが、正義の何たるかを語るのなんておかしかった。
生きる為に、自分自身ですら殺そうとしたわたしが。
わたしが言い返せるわけがない。
自分の為に、わたしはわたしを切り捨てようとしたのに。
だからって、わたしが間違っていたとは思わなかった。
だって、あの人たちもわたしを切り捨てたのだから。
わたしという記憶、過去も、わたしの未来も。
取り返したかっただけだ。
あの子に奪われてしまった、わたしの未来(あした)を。
その為の力が、奇跡が、起こってしまったのだから。
「何に、なんて言えるわけないじゃない……」
―――そんなわたしを、あの子は助けてくれたのに。
自分のことしか見てなかったわたしを、それでも良いと許してくれた。
生きていても、良い。
もう、それ以外に望みは無い。
後は、放っておけないあの子のために、この命を使うだけ。
「今更……わたしに選ばせないでよ……」
―――選んだ瞬間、撃たれちゃうじゃない。
もう一度貴方に、“わたし”の名前を呼んで欲しいなんて。
わたしじゃない、本当の“わたし”を。
「……なんでわたしの名前、知ってたんだろ……」
まだ、名乗ってなかったのにな……―――
―――……あれから、わたしとあの人は会う事も無くなった。
きっと次はもうない……彼は「我が儘は終わり」と言った。
もしもまた、わたしが我が儘を言ったら、あの人はわたしを―――
「―――クロさん?」
「え?」
後ろから声を掛けられた―――誰?
まったく気が付かなかった―――どうでもいいや。
油断するなって、あの人に怒られちゃうかな―――
「―――クロさん、クロさん?聞こえていますか?」
「あ、え?
……ああ、ごめんなさい。聞こえているわ、マシュ」
心配そうに顔を覗かれた―――あの人じゃない。
何しに来たのだろうか―――おっぱいお化けに用はない。
今はちょっと、余裕が無いから一人にして欲しい。
「大丈夫ですか?顔が青ざめているようですが……」
「大丈夫、大丈夫よ。
ちょっと考え事をしてただけ。気にしないで……」
「そうはいきません。
英霊の皆さんの健康管理やメンタルチェックも、私の仕事ですから!」
えぇー……お節介な所も誰かさんみたいだ。
いや、これはあのお節介なマスターに似てるんだろうか?
今は、一人にして欲しいんだけどなぁ。
「何かお悩み事ですか?
……彼女も心配していましたよ、最近元気が無いって」
「彼女って……ああ―――
あの子に様子を見てくれって言われたのね?
……まったく、自分で言いに来ればいいのに」
「それは違いますよ!
確かに相談は受けましたが、わたしもクロさんが心配なんです」
「はいはい、わかってるわ。ありがと」
二つ返事で、気のない受け答えをしてしまう。
きっと嘘は言ってない。
あの子はマシュを慕っているから、どうしたら良いか聞きに言ったのだろう。
自分では喧嘩になってしまうかもと、気を使ったのかもしれない。
「わたしで良ければ、お聞きしますよ。
力になれるかはわかりませんが……」
「……うーん……そうねぇ」
と言われても、何を言えばいいかなんて、わたしにもわからない。
もう終わったことなのだ。
これ以上先が無いこともわかってしまった、どうしようもないこと。
後は割り切って、わたしはここでの仕事を果たすだけだ。
「……このままでは、一緒に戦いに連れて行くことが出来ない。
……とマスターも仰っているのですが」
「あぁーもうっ!
本当にお節介好きなんだからあんた達は!!」
「そこが先輩の良い所ですよ、クロさん。放っておけない貴女が悪いのです」
「……強情なのもセラにそっくりよね……」
「……?
何か言いましたか」
「べっつにぃー!
……でもわたしだって、何を言ったらいいかわからないのよ……」
どうしたらいいのかも、わかんないんだから。
「……言っていましたよ、最近“らしくない”んだって」
「え……」
「普段はウジウジするなーっ!
って怒ってる癖に、今は自分がそうなっている、と」
「うっ……」
「でも自分じゃ上手く励ますことが出来ないだろうから、
どうしたらいいかって相談を受けたんです」
「……」
「……ふふっ、羨ましいですね。妹思いの姉妹が居て」
「違うから!わたしのがお姉さんだから!!」
「そうなのですか?
妹なのだと伺っていたのですが……」
「あの子が勝手に言ってるだけだから!
もー……皆、お節介なのよ……」
「いつもはクロさんが相談を聞いているのではないですか?
似た者姉妹だと思うんですけど……」
「そ、それは……だって、いつもあの子はウジウジしてるから……」
「クロさんはそんな妹にいつもお節介を焼いているのですね。
お二人とも、とても良く似ていると思います。
そんな彼女の気持ちも、今のクロさんにならわかるんじゃないですか?」
「……はぁー……わかったわ。元気出せばいいんでしょ?」
「はい。
そして、その為に私がいるのです」
「いるのですって言われても……そうねぇ……」
わたしとマシュと言う少女、少しだが似ている所がある。
それは、わたし達は英霊の力をその身に宿しているという事実だ。
他にも思い当たる節が無いわけではないが、
確認できるのはわたしと同じ、
強力な英霊の力を行使し、そしてそれを自分の力に変えて具現化させていること。
わたしはカードを媒介にして、彼女はその身そのものを媒介に。
英霊自身の意識や記憶も無く、
自分自身の意思と心を保ったまま自由に力を使える。
下手をすれば、わたし達なら自身の意思で、
英霊の力を思う限りの破壊や殺戮に使うことも出来てしまう。
とても危うく、不安定な存在なのだ。
とは言っても、マスターと契約している以上、令呪の縛りがある限り自由はない。
それはどの英霊とも同じ、サーヴァントとして鍵を握られている。
……同じだが、わたし達は本質的に、マスターを必要としないのだ。
魔力さえあれば、その身を自由に扱うことが出来る。
もしも、
わたし達が本気で単独顕現しようと思えば……マスターさえ居なければ……?
「ねぇ、マシュはさ、
もしもマスターが……あなたを忘れちゃったらどうする?」
「え?どう、とは」
「今のマスターが、姿形も同じだけど、まったく違う人物になっちゃったら、
マシュはどうする?」
「そ、それは……難しい質問ですね……」
「詳しくは知らないけど、
あなたはマスターと色々あって旅を続けているんでしょ?
その色々が全部記憶から無くなって、別人みたいなマスターと出会うの」
「……」
「記憶を取り戻すことは出来ないわ。
だって、
そもそも同じ人物なだけで、あなたが旅をしたマスターでは無いんだもの。
記憶が無い、
まったく別の道を歩いて来た人……でもとても大切なあの人―――」
「クロさん……」
「どうする?マシュだったら……」
言ってて、めちゃくちゃな事を質問していることに気が付いた。
マシュも困惑している、ありえないものね。
―――そう、普通だったらありえない。
こんなこと、誰かに相談なんて―――
「同じ人、なんですよね?」
「え、うん……」
「歩んで来た道が違っても、
わたしと旅をした記憶が無くても、
同じ先輩で、大切なマスター……だったら、わたしがすることは決まっています」
「……」
「もう一度、最初から……先輩を信じてみようと思います」
「え、信……じる?」
「はい。
わたしは、わたしのマスターを信じていますから」
信じる……信頼……?
それだけ?
もっとこう、他になんかしたりしないの?
「信じてから、またやり直しましょう」
「信じてから?」
「どんなに別人のようになってしまっても、その心と体が先輩なのでしたら、
その身に宿る魂は先輩そのものだと思うんです。
―――だから、わたしはわたしの中の先輩を信じて、一から始めると思います」
「……」
「わたし達は―――先輩とわたしは―――これまで色々な世界を巡りました。
その中で英霊の皆さんと出会い、別れ、そしてまたここで巡り逢う。
でも、あの旅の中で出会い、絆を深めた英霊の皆さんとは、
もう二度とお会い出来ないのです。
姿形は同じでも、わたし達と旅をしたあの方達とは違うからです。
だから、もう一度わたしは、先輩は、
出会って知ったあの方達を“信じて”やり直します。
―――きっとまた出会いの中で、絆を結べると“信じて”」
「……寂しくはないの?忘れられて、そもそも記憶が無くて……」
「寂しいですよ、本当はそんなこと考えたくないです!
この旅があったから、わたしはわたしで居られるのに、
その旅をした先輩が居なくなるなんて……耐えられるかどうか……」
「そ、そうよね……そうだよね……」
「でも、もしもクロさんの言うように、
先輩が先輩で無くなった先輩になったら……―――」
コロコロと表情を変え、
色々な感情の中で、尚強い意思を持った瞳をこちらに向けて、
目の前の少女は―――笑顔でわたしに言う。
「―――もう一度、信じてみます。
先輩と―――先輩との絆を結んだ、自分自身の気持ちを」
「……そう……そうなんだ……」
―――とても、強い意思を感じた。
なんだかいつもは頼りなさそうに見える彼女の、揺るがない想い。
眩しくて、わたしには無い星の輝きだ。
信じてみる……かぁ。
思えば、わたしは最初からあの人を信じてなどいなかった。
それどころか、わたしは最初からあの人を否定していた。
―――その男は、正義の味方なんかじゃない。
全然違う別人、だからわたしを……わたしを切り捨てるんだって。
もしもあの人と同じだったら―――
―――わたしを優しく抱きしめてくれるはずだから。
信じていたのではなく、
わたしはわたしの願望を押し付けていたのだ。
衛宮切嗣という願望を、希望と奇跡に縋って。
だから簡単に否定した。
諦めていた。
何一つ、今のあの人を見ようとしなかったから。
そっか……わたし……子供だったんだ。
そりゃ嫌われるわけよね……子供、嫌いって言ってたし。
「……あの、クロさん?」
「……そうだった……そうだったんだ……」
「わたし……何か間違ったことを言ってしまったでしょうか?」
「あっ、ううん、違うの!
マシュは綺麗よ、とても綺麗だわ」
「え!?……あの……えっと……ありがとうございます?」
ちょっとだけ、胸のつかえが取れる気がした。
どうして上手くいかなかったのかが、わかったような気がした。
確かに、わたしらしく無いはずだ。
―――子供なのに、子供らしくない考えでウジウジしているのだから。
「癪に障るけどね」
「えぇっ!?
ご、ごめんなさい……わたし、何か悪いことを」
「ち、違うの違うの!マシュには感謝してるから!!」
「そうですか?……わたしは、お役に立てたでしょうか?」
「立った、立った!流石はお節介サーヴァントよね」
「デミ・サーヴァントです!」
あんまり事態は変わらないけど、わたしの悩みは晴れた気がする。
―――嘘、全然悩みは晴れないけれど、
それでも答えに辿り着けるような、そんな予感がするのだ。
「マシュは……強いのね」
「……そうでもないですよ。
今までのは、全部わたしのマスターの受け売りですから」
「じゃあ、強くなったのね。マスターを通して」
「はい!……わたしは、マスターのサーヴァントですから」
こんな風に、一欠けらも失われない絆が、彼女を強くしているのだろう。
彼女の折れない心を支えている、マスターとの深い絆が―――
「―――羨ましいわ……わたしも、もっと強くなりたい……」
「なれますよ。
……いえ、わたしの知っているクロさんよりも、きっと貴女は強いはずです」
「何それ、何か変じゃない?」
「それは―――いえ、これはわたしが口を出すことではありませんね」
「?」
「信じてみて下さい―――貴女が紡いだ、絆の力を」
絆……ねぇ……?
そんなものが最初からあれば、こんなに苦労することもないのに。
わたしが偽物じゃなかったら……なんてね。
「―――……うん、やってみるわ。
絆なんて大層なものじゃないけれど、
それでも確かにわたしが感じたことはあるもの」
「頑張って下さい。
わたしも応援しています……クロさんが心から笑って居られるのを―――」
『大変だ!至急、管制室まで来てくれ!!』
―――突然、軽薄そうな男の声が響いた。
「は?
―――な、何!?どうし」
「警報です!
クロさん、わたしは行かなければなりません。
貴女はここで待機を―――」
「……待って、わたしも行くわ。
これ、特異点絡みのことなんでしょ?」
「ですが……」
「大丈夫よ!
わたし、こう見えてとっても強いんだから。知ってるでしょ?
マシュに借りが出来ちゃったし……力になるわ」
「クロさん……」
「さ、行くわよ!」
わたしは、走り出す。
今はあの人とのことは置いて、目の前の事に集中する。
……この世界がどうにかなってしまったら、
二度とあの人と会うことも出来ないのだから。
すぐに終わらせて、またここに帰ってこなくちゃ。
「―――……ん?」
一瞬、鉛のような臭いが、わたしの鼻をくすぐった気がした。
『―――というわけだ。恐らく戦闘も予想されるから、
心して調査の方をよろしく頼む』
「はーい、はい。まーかせなさいって」
特異点とは、常に揺らぎのような異変が発生することが多い。
今回も危険な歪みを調査して欲しい……という説明を受けた。
マスターがわたしに“大丈夫、本当にいいの?”と確認して来る。
このマスターお節介なものだ。わたしはサーヴァントなんだから、
命令して力を使えば良いだけなのに……いちいち気にするんだから。
「マシュが相談に乗ってくれたからね!
借りは返す主義なの……だから、わたしを連れて行きなさい。
すぐに調査何て終わらせて、あ・げ・る」
「マスター、わたしもクロさんがいると心強いです。
―――どうか、ご決断を」
うーん……と唸りながらも“わかったよ。でも、無茶はしないで”と納得してくれた。
あの人との訓練では歯が立たなくても、わたしが弱いわけではない。
むしろ、最近はあの訓練のおかげで力に自信がついて来ていた。
“信じて”みる。
ここで培ったあの人との……それをここで証明する。
そのための第一歩を、わたしは踏み出すんだ。
『じゃあ、用意はいいね?―――レイシフトプログラム・スタート!』
「―――……なぁーんだ、楽勝じゃない」
わたしは弓を構えて、矢をつがえる。
狙いを定めて、指を離してはまた次の矢を……その繰り返し。
「こんなの、カモ撃ちより簡単よ!」
迫ってくる翼竜(ワイバーン)を次々に撃ち落とす。
マシュは前衛で囮になりながら、マスターを守って行動し、
わたしは後方から援護射撃……まぁ、普通の戦法だ。
各指示を細かくマスターが飛ばしてくるのを聞きながら、
わたしは欠伸が出るのを我慢していた。
「危険とか言って、大したことないじゃない。
それとも、わたしが強すぎるのかしら?」
“油断をするな”と頭の中で響いた気がした。
そんなこと言っても、これで油断をするなと言う方に無理がある。
わたしは、ただ大きな的に矢を撃っているだけ。
などと考えて、気が乗らないまま撃ち続けていたら、何匹かこちらに寄ってきた。
流石に数が多いからか、まとめて来られると撃ち漏らしが発生する。
―――なぁんて、ちょっとだけワザと撃ち漏らして、
こちらに誘き寄せたなんて知られたら、マスターにもマシュにも怒られるだろうな。
退屈なんだから仕方がない。
わたしだって少しは力を試したいのだ。
魔力供給は充分、カルデアに居れば枯渇の心配無く全力で戦える。
相手は人間じゃないし、容赦する必要もない。
翼竜の群れは、一斉にこちらに空気の刃を飛ばして来た。
魔力の籠ったその攻撃は、当たれば中々に効くだろう。
当たれば、ね。
「投影―――“熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!”」
全てを弾いて、体勢を整える。
すぐさま無数の剣を投影し、翼竜の群れに射出する。
もっともわたしに近い翼竜には、転移からの斬撃で切り刻んでやった。
「何も、盾が使えるのはシールダーだけじゃないっての!」
剣を構えて突撃した。
マシュとマスターに近づく翼竜の群れに、剣の雨をお見舞いしてから、
わたしはマシュとマスターの斜め横へと移動を開始する。
これで、わたしは孤立した。
翼竜の群れは孤立した獲物を目掛けて、一斉にわたしの方へ向かってくる。
マシュが何かを叫んで、マスターが何か指示を出そうとし―――
「―――来ないでっ!これなら、わたし一人でやれるから!!」
四方を囲まれたわたしが叫ぶ。
ここまでは、全部読み通りだ。
こうも簡単に誘導出来て、拍子抜けするレベル。
なまじ知性がある分、行動の予測が簡単になるなんて、思いもしなかった。
全部あの時、あの人が言っていた訓練の通りだ。
後はわたしに足りない経験をここで稼いで、計略と戦術をもっと高める。
その為にも―――
「あんた達なんか、わたしの敵じゃないんだからーーー!!」
投影、開始―――!!
「―――……で、あっという間に終わっちゃいましたとさ」
わたしの周囲には翼竜の亡骸で埋め尽くされた。
流石にちょっとグロい光景に、目も鼻も嫌な気持ちで満たされる。
「クロさん!ご無事ですか!?」
「あ、マシュ……ほら、見て見て!余裕だったでしょ?」
めちゃくちゃマスターに怒られた。
「なによー!上手く行ったんだからいいでしょ?
これくらいわけないっての!少しはわたしの力も信じてよね?」
「ク、クロさん……信じるというのはそういうことじゃなくてですね―――」
ズンッ!
……と大きな音が響いた。
「―――!?
マスター、わたしの後ろに!クロさんも」
「わたしのことはいいわ!マシュはマスターを守って!!」
瞬間、頭上から熱線が放たれた。
わたしはすぐさま先ほどと同じように、目の前を花のような盾で覆い隠す。
「ぐ、うぅっ―――なんて圧力!」
―――でも、防ぎきれないほどじゃない!
これならあちらの方も無事だろう。
一体何が?
と落ち着いて目の前の事実を認識する。
「……うわっ……でっかーい……」
翼竜じゃない―――これは、龍だ。
お伽噺で出てくるような、童話の中で見たような、そんな伝説のドラゴン。
絵本の中から飛び出しました!……と言われてもおかしくないような―――
『―――やばいぞ、これは!?
皆聞いてくれ、そちらに強力な魔力反応が!』
「「もう遅い!」です!!」
『あっはい……』
まさか、こんなデカい相手とも戦うことになるとは。
いや、しかし多少デカくても、こいつもさっきの翼竜と同じだ。
まずは剣を構えて……剣?
違う、ここは弓で……当たるけど、効くの?
「マスター、指示を!マシュ・キリエライト、突貫します!!」
「え?
あっわたしも、じゃなくて……えっと、マスター!?」
マスターはキッと表情を整え、わたし達に指示を出した。
マシュは物怖じもせずに、相手の懐へと潜りこみ、
その大きな盾で相手にぶつかりに行った。
すごい……全然、怯んでない。
あんなに大きな相手なのに……踏みつぶされちゃうかもしれないのに。
マスターの指示に的確に従って、
相手を翻弄しながらキレのある動きで避けて、
盾を駆使しながら攻撃を捌いている。
正直、わたしはちょっとビビッていた。
当たり前でしょ?あんな龍が突然出てくるなんて聞いてないし!!
ってゆうか馬鹿じゃないの?何アレ龍!ドラゴンよドラゴン!!
「くそっ!負けてられない……負けられないのよ!!」
マシュは頑張って攻撃しているけれど、どれも致命傷にはなっていなかった。
たまにこちらへ戻っては、敵の攻撃を受け、少しずつ消耗している気がする。
わたしも弓で援護しているけれど、どれもあまり効果が無いようだ。
このままじゃ、マズい……?
マスターはまだ指示を出しているけれど、押されてきているような気がする。
こうなったら、わたしが前衛に出て、もっと強力な攻撃であいつを倒すしか?
わたしのクラスはアーチャーだけど、
何もアーチャーだからって弓が強いわけではない。
その気になれば、わたしはあらゆる剣を使って―――最強の自分になれる。
そうだ、イメージしろ……わたしに出来ること、あいつを倒すのに必要な情報を。
―――やれるっ!そう思ったわたしは駆け出して、
マシュと入れ替わるように相手の懐に飛び込んだ。
「マシュ、あなたはマスターをっ!あいつはわたしがやるわ!!」
「クロさん!?待って下さい、まだマスターの指示は―――」
「―――迷ってる時間なんて、無いッ!!」
信じるんだ、わたしの力を。
間違っていなかった、これまでの成果を。
怖くない、こんなのあの訓練に比べたら全然―――
「これなら、どうっ!?」
わたしは投影で次々に剣を繰り出し、その大きな身体にぶっ刺して行く。
相手に捉えられないスピードで、危なくなったら転移で。
斬り付けながら、心で念じる。
「―――爆ぜなさい!」
刺した剣を、一斉に起爆していく。
“壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”、
宝具を爆破して威力を上げる荒業だ。
「流石に効いているみたいね……ふふっ、だったら次は後ろから―――」
転移して、相手の背後に回り込む。
今度はあの大きな翼を―――ガスッ!!
「―――――――――
―――――――――
―――――――――……あれ―――?」
気が付いたら、わたしは龍のさらに後方にぶっ飛ばされていた。
何をされたの?音が聞こえたと思ったら、もうここに―――
「うっ、痛た……どうして……」
揺らり揺らりと、大きな尻尾がわたしの目の前を遮った。
まさか、“合わせられた?”
転移の瞬間、出てくる所に合わせて尻尾で弾かれた?
嘘、そんなことが出来るなんて―――
―――転移に頼り過ぎだ。
こんな時に、あの人の言葉が頭に響く。
今はそれどころじゃない、すぐにでも体勢を立て直して―――
「なっ!?ちょっと、こっち向いちゃ……」
ギロリと、恐ろしい眼で睨まれた気がした。
ぐにゃっと、その口で笑われた錯覚に陥った。
……あっ違う、笑ったんじゃない……こっちに……口が光って。
「回避を……間に合わない。だったら、盾で―――」
―――防げるの?
こんな体勢で、魔力をちゃんと込めることが出来るの?
あ、ダメだ、迷ってる時間なんて無いんだ。
すぐに盾を出して―――本当にそれで合ってるの?
間違えたら、わたし、ここで死んで―――
「クロさぁーーーーーーーんっ!!」
マシュの声が聞こえる。
ダメだ、遠い。間に合わない。
遅かった、今の気に取られる時間も惜しかった。
―――怖い。
え、やだ、死ぬの?
こんな所で?こんな奴に殺られて?
せっかく、生きていても許されたのに?
こんなあっけなく、わたしは……?
あ、でも、そうだ!ここで死んでもわたしはすぐ召喚―――
―――わたし、本当の英霊でも無いのに、復活なんて出来るの?
そもそも、ここにいるわたしは……?
あ、あれ、ダメだ、力が入らない。
せめて起き上がって抵抗くらい―――
怖い。
怖い、怖い。
死にたくない、死にたくないよ……どうしてこんなことに?
―――これは、君の無知と油断が招いた結果だ。
そっか、そうだね。
また油断しちゃった、だから次は……次は……―――
「た、助け……誰か……―――――――――――ッッッッッ!!」
目の前が、真っ白に光った。
ああ―――ダメだ、これは、死んだ。
終わった、もう、何も考えられない。
痛いのは嫌だな、とか。
苦しいのはやめてね、なんて。
もっと早く、あの人に謝りに行けば良かった。
それで、もう一度、わたしもやり直すんだって、決めたのに。
奇跡が無いなら、今度はわたし自身の気持ちで、
運命を、だから、きっと―――
キリツグ――――――――――――――――――――――――
「―――戻って来てみれば、まったく本当に、手のかかる御嬢さんだ」
「キリツグ―――え?」
「油断するなと、言ったはずだぞ?
こんな雑魚にやられるとは、僕も流石に予想出来なかった」
「ざ、雑魚って……あれ、わたし、生きてる?」
「気を引き締めろ、まだ終わってはいないッ!!」
わたしは、あの人の―――衛宮切嗣の―――腕の中で抱えられて、
死んでないことと、まだ生きていることの実感が無いまま、
夢のようなこの一瞬が、夢に見ていたわたしの願望が―――
―――今この瞬間、叶っているんだと放心していた。
それは原初の記憶、まだ“わたしがわたしであった頃”。
記憶も意識も完全じゃない、わたしが覚えているはずのない光景。
こんな風になる前に、愛されていたわたしの姿で、
小さな赤子を抱いたあの人の涙が、わたしの頬を伝っている。
そんなの知らない、覚えてないのに。
―――なのに、ああ、またわたしは、この人の腕の中に還ることが出来た。
懐かしい、本当に。
温かくて、父の匂いと、少し冷たい手の感触。
ずっと欲しかった、わたしが求めた、愛してくれた貴方の―――
「立てるか?」
「―――はぇっ!?
は、はい!!大丈夫、大丈夫です!!」
「そうか、ならもう降ろすぞ。
足手まといは必要ない」
彼の冷たい言葉で現実に戻された。
わかってる、わかっている。
まだ戦いは終わってない。目の前には依然として驚異が立ちふさがっている。
見渡すと、それなりに距離を取った場所に移動していた。
あの一瞬でここまで移動できるなんて、と感心している暇はない。
見れば、一人でマシュが囮になって頑張っている。
わたしもこうしては居られない、すぐに―――
「待ってて、わたし―――」
「君はここに居ろ、足手まといだ」
「ち、違うの!
わたし、マシュには借りがあるから……これ以上はダメなの!!」
「何を言ってるんだ?……あの程度の敵に恐れている君では、行った所で」
「お願い、お願いキリツグ!
わたしを連れて行って、マシュを、マスターを助けるために!!」
「……」
「わたしは―――強くなりたい。
マシュやマスターみたいに、誰かを助けてあげられるような、
そんな強さを……だから、ここでわたしが見捨てるのなんて、絶対に嫌!!」
「……はぁ……どうしてこう君は……」
彼は頭を振って、時間が無いのだと確信する。
悩んでいる時間はない。
行かなきゃ、ここで逃げたら、もうわたしは立ち上がれない!
「ふぅ、わかった。なら、僕の邪魔だけはしてくれるなよ?」
「わかってる、もう油断しないわ!」
「なら―――」
背中を向けて、彼は言う。
わずかに振り向いた貌の表情はわからない。
けれど、確かにこちらを、その眼で見ている。
“――――ついて来れるか”
蔑むように、信じるように。
わたしの到達を、待っていた。
「……見つけた。わたしの、正義の味方……」
魔力が身体を巡り流れる。
わたしが持っている、ありったけの力を。
この人の隣に―――並び立てる勇気を!!
「その言葉、そっくりそのままお返しするわっ!!」
「フッ……」
同時にその場から消える。
目標の目の前にわたしは転移し、彼は後ろから狙いを定めている。
「―――マシュ!こっちにっ!!」
「っ!……マスター!!」
マシュとマスターがわたしの後ろに着く。
そう、これでいい。
今のわたしは一人じゃない、強い絆で繋がっている。
そのイメージが、わたしを強くしてくれる!!
「今よ―――キリツグッ!!」
ドラゴンがこちらを向いた。
「チェックメイトだ」
向いた顔の横、わたしの剣を足場にして、
キリツグが龍の眉間に銃口を押し付ける。
―――放たれた銃弾が、龍の脳髄をぶちまけた。
「まだだっ!」
「!!」
頭をやったのに、身体はまだ動いていた。
めちゃくちゃに暴れて、地形が変わる。
でも、今なら、相手が隙だらけの今だったら!!
「思い出せ、僕が教えたことを―――君が力を使う意味を」
「―――山を抜き、水を割り、なお墜ちることなきその両翼……」
わたしが、何の為に力を使うのか?
何を求めて、何を成すのか?
わたしが信じた―――正義の味方だったら!!
「助けたい、
わたしの大切な人達を、
その笑顔を―――守るんだっ!
―――鶴翼三連!!」
翼を断ち切り、身体を切り刻む。
そして、跡形もなく撃滅する焔の咆哮。
動けなくなるまで徹底的に、恐れずに立ち向かった心の勝利を。
スーッと消えて行く魔力の奔流を見つめながら、わたしは黙って見続けた。
勝った。
この身は無事で、マスターも健在。マシュも、キリツグもなんともない。
守ったんだ、わたし。
守れたんだ、わたしの力で。
本当は、わたしじゃなくても良かったのかもしれない。
わたしが何もしなくても、キリツグが一人でなんとかしたのかも。
マシュとマスターのコンビなら、わたしが居なくても勝てたのかも。
それでも、わたしはわたしの意思で戦った。
正義の味方が―――わたしを助けてくれる、大切な人達の味方であるために。
助けたいと願ったわたしの、本当の気持ちで戦ったのだ。
「ちょっとは、大人になれたかな?」
「……調査は終了だ。戻るぞ……」
「少しくらい、褒めてくれても良いんじゃないの?」
「……」
彼の厳しい眼差しが、わたしを貫く。
ま、わかってたけどね。
満足したから、別にいいけどね。
「……次は、油断するな」
そう言って、わたしの頭をポンッと叩いた。
撫でたわけじゃない。少しだけ、優しく触れただけ。
それだけ、それだけ言って、彼はわたしに背を向け歩く。
―――マシュ、わたし、“信じて”良かったよ。
欲しかったもの全部、ここにあったんだね―――
カルデア、わたしの今の居場所。
「―――……待って、ねぇ、待って!」
「……」
「キリツグってば!」
「……まだ何かあるのか?」
「当たり前でしょ!むしろ、これからなんだから!!」
「……」
レイシフトから戻ってきたわたしは、
足早にどこかへ行こうとするキリツグを呼びとめた。
なんであそこに居たの?とか、
マスターも連れて来ているなら何で教えてくれないの?とか、
名前はどこで知ったのとかいるならすぐに来てよとか、
聞きたいことは沢山あるけど、今はこれだけを言いに来た。
「あのね……正義の味方じゃない、何て言って……ごめんなさい」
「は?」
「っ……だから!
……助けてくれて、ありがとう。正義の味方みたいだったわ……」
「……僕はただ、自分の仕事をしたまでだ。
君に感謝されるようなことはしていない」
「助けてくれたのは、事実でしょ?
わたしはそれを信じてみるから」
「何?」
「信じてみる、って言ったの。
わたしは貴方が正義の味方だって、信じる」
「……僕は……」
「貴方の言うことは、何一つ理解出来なかったけどね!
それでも、これから知っていこうと……思うから」
「……」
「だから、この戦いが終わるまで……よろしくね、キリツグ?」
言えた、かな?
正しいこととか、間違ってるとか、わたしには何にもわからない。
結局、お姉さんぶっていても、わたしはまだ子供だった。
―――そう、子供らしく、あるべきだった。
ただ素直に、思った言葉を口に出来るような、純粋な想いで。
あの子の前では、絶対に見せられないけど。
今この瞬間、この人の前でなら、信じて―――
「……もう君は、僕に関わらない方が良い」
「ん~~~~~~~っ!なんでよっ!!
そこは手の一つでも差し伸べるって所でしょーに!」
「その方が良いんだ」
何やっても拒絶されちゃうんですけど?
……それでも、信じるけど……。
「嫌よ、絶対、嫌。
まだまだ、教えて欲しいこと沢山あるんだから」
「ならば教えよう。
……僕は、誰の記憶にも残らない方が良いからだ」
「……え?」
「君には言ったはずだ……“少し間違えば、簡単に特異点は発生する”と。
僕はね、そんな間違った特異点の、
人類史を崩しかねないイレギュラーから生まれた存在―――
―――正しい歴史の外側にいる者なんだよ」
「え、え?」
「クロエ、君は別の世界からカルデアに来た、そうだね?」
「えぇ……そうだけど」
「僕は違う。並行した世界ではなく、間違いなくこの世界で生まれた住人だ。
だがそれは、今回の聖杯探索(グランドオーダー)を巡る事件の中で起きた、
“特異点の中での世界”だ」
「……それは」
「それはつまり、
僕と言う存在が間違った歴史の中で修正されるべきものに他ならない」
「修正って……」
「僕は、この戦いが終わったら消える」
「!?」
「誰の記憶にも残らず、あるいは残ったとしても、
もう二度と認識されることはない」
「二度とって」
「僕は、英霊ではない。
ただの抑止力の代行者、それも正しい歴史には存在しない代行者だ。
この世界には別に代行者が存在していて、
本来ならば僕なんて代行者は居なかったはずなんだよ」
「でも、でもそれは」
「君に語った僕の正義、僕の信念、僕の生き方を否定するわけじゃない。
だが、それら全てが正しい歴史とは限らないのさ」
「……」
「君には、君が信じる正義の味方が居るんだろう?
僕は君に語ったことを曲げるつもりはないが、
だったら尚更、もう僕に関わるのは止めた方が良い。
君は正しい歴史の、正しい世界で―――
―――何が良くて、何が悪いのかを見定めると良い」
「……い……」
「クロエ、君はまだ子供だ。
大人になってから君は考え、苦悩し、そしてまた答えを見つけなければならない。
それまでは、夢と希望に満ちた想いを忘れない方が良いんだ」
「……いい……」
「……僕は君のことを知らない。何一つわからない。
長い時間の中で、自分自身の記憶ですら、
遠い過去の中に消えて行ってしまった。
だがそれも、間違った歴史の記憶に過ぎない。
だから、君は君の、本当の僕を信じるんだ。
君が勘違いした僕ではなく、君の記憶の中にいる、本物の衛宮切嗣を、ね」
「もうやめてっ!!もういいよ……」
「……僕は、君を笑顔にすることすら出来ない。
わかったら、忘れるんだ。ここに僕が居たことも、ここで出会ってしまったことも」
「忘れるわけないでしょ!?ふざけないでよ、ふざけないで……」
ああ―――そうだ。
人理を修復して、この戦いが終わっちゃうなら、
戦いが終わるとキリツグが居なくなるなら、いっそ―――
「クロエ、いいか?
―――僕は必ず、人類を救う。
例え間違った歴史で生まれた存在でも、僕は正義の味方なのだから。
人理を修復し、世界を元に戻す―――人類を救うために、この身を投げ打ってでも」
「消えちゃうんだよ!?何もかも、そんなの……怖くないの!?」
「……それが、僕の覚悟だ」
わたしは、キリツグの手を強引に掴んだ。
こうしてないと、目を閉じたらその場から消えてしまいそうで―――
「そんなの、貴方がいつまでたっても救われないじゃない……」
「僕はね、正義の味方になりたかった。
そのためだったら、僕自身の願いなど、必要ないんだよ」
「貴方が貴方の救いを願わなくても!
わたしは……わたしは貴方を助けたいよ……」
「……」
「ここで出会って、戦い方を教えて貰って、冷たくされたけど、助けて貰って!
もっと貴方を知りたいもの、もっとここで触れあいたいもの!
わたしの記憶の中の切嗣じゃなくて、ここにいるキリツグとだもん!!」
「クロエ、全ては救えない。
……“誰かを救うということは、他の誰かを見捨てるということ”。
僕を救うことで、世界が終わるなら、僕は君を撃つだろう。
―――この手で、君を殺す」
「じゃあ、どっちも救えば良いのよ!
どっちかなんて選ばない!最初から答えなんて決まってるわ!!
絶対忘れない、キリツグのこと絶対忘れないから!
もう悪でもなんでもいい!
わたしは大切な人達を切り捨てて生きるぐらいなら、
世界を敵に回しても守ってみせるんだから!!」
それがわたしの、“イリヤ”の答えだ。
きっと諦めない、あの子なら必ず成し遂げる。
“わたし”だったら、絶対にそうする。
「誰にも覚えて貰えないとか、誰からも忘れられるとか、
そんな寂しいこと、言わないでよ……わたしは、忘れることなんて出来ないよ。
貴方のことを、ここにいるキリツグを……」
「なら僕は、君を―――」
「“わたし”だけじゃない!」
「それは、どういう」
「わたしは、一人じゃない」
「?」
上手くいかなかった理由がわかった。
わたしは、“わたしだけだった”からダメだったのだ。
本当の、“イリヤスフィール”として接しようとしなかったから、
どうしても、上手くいかなかったんだ。
わたしは、イリヤの零れ落ちた欠片。
半分だけの、鏡に映ったもう一人のイリヤ。
―――独占しようとしたのが、間違いだった。
マシュの言った通りだ、わたしは絆を信じるべきだったんだ。
わたしだけなんて我が儘では、彼を救えないんだから。
それがわかっただけでも、やっぱり意味があったんだよ。
無駄なんかじゃなかった、全部、わたしに必要なことだった。
見つけたよ、“わたし”の正義の味方。
もう迷わない、もう一度、絆を信じて。
“二人で一人”のわたしたちでっ!!
「……ローーーーーー!!」
「来たっ!」
「?」
「クーーーーーーローーーーーーーーーッ!!」
「イリヤーーーーーーーー!こっちーーーーー!!」
もう一人のわたし、わたしの妹、本物の……イリヤ。
「クロっ!
聞いたよ、またマスターさんに迷惑かけてっ!!」
「ちょ、違うわよ!お節介なのはあっちの方で」
「またそうやって言い訳して!ほら、マスターさんに謝りに行こう?
ちゃんと謝ればきっと許してくれるよ」
「ばっかイリヤ、今はそんなの後よ後!!」
「嘘っ!もう騙されないんだから!!
セラたちもいなし、
ここでのルール、わたしがちゃーんと、教えるからね!」
「お姉さんぶろうとしないでってば!
こんな話ししてる場合じゃないのにぃー!!」
……。
イリヤが来て、一気に何もかもぶち壊しだ。
何の説明もしてないわたしもわたしだけど、
少しくらい空気って奴を読めないのかしら?
でも、キリツグはその場からいなくならないで、
黙ってじっとわたしたちを見ていた。
今なら、いけるかもしれない。
二人揃った、“わたし”なら、彼の心に―――
「イーーーーーーーリーーーーーーヤーーーーーーーっ!!!!!!」
「……っあ!ママーーーーーーこっちーーーーーー!!」
「えぇ、ママぁ!?
……ママは呼んでないんですけど……」
「イリヤーーーーーまっ―――――おぶっ!」
「ママー!?クロ、ママが転んで」
「見てたわよ!ちょ、ちょっとママ……そんな格好で走るから」
わたしたちのママ……アイリスフィール……ではない、
この世界のママ。
イリヤは、ずるいのだ。
いつの間にかママと知り合って、いつの間にか一人で溶け込んでしまった。
わたしは、いまいち割り込むことが出来ないのに。
だったらわたしは、キリツグならって……思ったんだけどなぁ。
やっぱり、わたし一人じゃダメだったみたい。
皆揃って、初めてわたしは完璧になれるんだから。
わたしが紡いだ、家族の絆で。
「いったぁい……イリヤが突然走り出すからぁ」
「でも、早くしないとクロが逃げちゃうと思って」
「逃げないわよ!わたしを何だと思ってるの?」
簡単なこと、だったんだ。
簡単なことに気づくのに、随分と遠回りしてしまった。
「それより、イリヤ。これ、誰かわかる?」
「これってクロ……人に向かって……向かって……」
じっと、視線が合う。
避け続けた出会いの、最初の一歩として。
「え、あの……え?……お―――」
「―――あらぁ、フードの暗殺者さん。こんにちは」
「……君か」
ママぁ……。
何でこう、空気が読めない人達ばかりなのか。
「クロちゃんを苛めてたんでしょ?ホント、悪い人なんだから」
「あ、あのねママ?今はちょっと」
「―――これでもう、貴方は一人になれないわね?」
「……」
「ばっちり、覚えられちゃったものね?」
「……君の差し金か……」
「それはちがっ!わたしは―――」
「クロちゃんも、一人でなんてズルいわ。
せっかくこうして揃ったんだから、皆で楽しまないとね?
―――せめて、この出会いが終わるまでは」
「……もう、全部台無しよ……」
そうは言っても、なんとなくいい方向に向かっている気がした。
少なくとも、今はわたし一人ではない。
彼のことを覚えていて、これからも覚えていく、
未来(あした)に続く道だ。
家族だから、歩める道だ。
わたしもその一人、イリヤやママの記憶に残る。
そして、今ここにいるキリツグの記憶にも。
「三人とも、撃つ?」
「……馬鹿馬鹿しい、僕はもう行かせてもらう」
「ダメ、逃がさないわ。
これからもしっかり、わたしたちのこと記憶しておいて貰わないと、
いけないんだからっ!」
「あのー……わたしだけ取り残されてるんですけどぉー……?
うー……クロってばどういうことか説明してよ……」
イリヤがキョロキョロと顔を動かす。
察しの悪い子だ、何となく気づかないものだろうか?
もしくは、気づいていても……―――
「あのぉ、なんだかよくわからないけどすみません。
クロがまた迷惑をかけたみたいでー」
「何、謝ってるの!?
そうじゃないから!ったくイリヤはこれだから……」
「これって何!?クロがいつも勝手にごちゃごちゃにするんじゃない!」
「もういいから聞きなさい。
これ、キリツグ!
エミヤ・キリツグ、わかった?」
「?
……はぁー?……エミヤ……キリツ……えぇ!?」
「反応が遅い!……じゃあ、何か言うことは?」
「だって、だってキリツグって、それって……言う事って!?」
「なんでもいいから、ほら、感想」
「感想!?
……もう、ママもだけど、ここは驚きが多すぎるよ……」
うー……と唸りながら、イリヤは頭を捻らせる。
無理もないか、と思わなくもない。
突然出てきて、衝撃の事実だ。
でも、ママの時と同じだ。
イリヤだったら、多分大丈夫だろう。
ここから始めるんだ、わたしたちの出会いを。
これからも、ずっと覚えていられるように。
何度でも、信じた人達で―――助け合いながら。
わたしたちは……忘れられない、大切な想い出を作る。
「えーっと……えっと……じゃあ、とりあえず―――
―――おかえりなさい。
えと……キリツグ、さん……?」
「ああっ、そうね、そうだった。
―――おかえり……キリツグ」
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―――その男は、何も知らない。
知っているのは、調べたことだけ。
自身のことと、構ってくる彼女達。
記憶になんて無い、
もう自分のことでさえ思い出せない。
なのに―――何故かはわからないが、
彼女達の言葉には、答えないといけない気がした。
簡単で簡素、ただの返事。
機械的でいて、でも特別な暖かさをもった、
一人では、決して出せないありふれた言葉。
“僕じゃない、しかし僕に向けられた、
彼女達の笑顔に、僕は―――”
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「ああ―――
―――ただいま、イリヤ」
┼ヽ -|r‐、. レ |
d⌒) ./| _ノ __ノ
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「正義だ何だと、あの人達は難しく考え過ぎですよねぇー?」
「そんなこと、何千年も前から昔、古今東西、老若男女、
あらゆる事象の境界線を越えて、真実はいつも一つと決まってるじゃありませんかぁ」
「そうですよ、誰だって知ってます。
知らない人は、真実から目を背ける愚か者です
知っててわからない人は、真実に目を向けようとしない卑怯者です」
「いいですかぁ―――?
―――――――可愛いは、正義ですよ!!!!!!!!」
「またひとつ、勉強になりましたね。それではまた次回お会いしましょうー!」
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????「……」
????「……見ているだけで、良いのですか?」
????「……なんだ、君か、セイバー」
セイバー「はい。
……貴方にしては随分と良い笑顔で見つめていたので、アーチャー」
アーチャー「何、少しばかり想い出に耽っていただけさ。大したことじゃない」
セイバー「ですが……とても、悲しそうな背中をしていましたよ?」
アーチャー「悲しそう?私がか……それは君の見間違いだよ」
セイバー「そうでしょうか?……申し訳ない、失言でしたね」
アーチャー「そうさ、だが……ただオレは、“あんな未来も在ったかもしれない”と、
少しだけ、嬉しかっただけだ」
セイバー「アーチャー……」
アーチャー「こんな未来も無い世界で、未来に溢れる可能性を感じた。
オレは―――あんな幸福のために戦うのも悪くないと思いだした」
セイバー「そうですね、私達は勝たなければなりません。
過去を生き抜いた者と、今を生きる者のためにも、私達は未来を取り戻す」
アーチャー「そうだ、セイバー。
だから、これで良い、これで良いんだよ。
あんな幸福を崩さないために、オレも頑張らなくっちゃな」
セイバー「良い心がけです、アーチャー」
アーチャー「それより、君こそ何故ここに?
偶然、通りがかっただけか?」
セイバー「いえ、それは違います。
私は貴方を探していたのですよ」
アーチャー「何、私をだと?……まさか、厄介事ではないかね」
セイバー「察しが良くて何よりです。
あ、いえ、厄介事……というほどではないのですが……」
アーチャー「そういえば最近、君の所の円卓騎士たちが騒いでいたな……」
セイバー「そう、それです!そのことで、少し相談があってですね……」
アーチャー「……やれやれ、頑張るとは言ったが、
そういった不祥事のために動くのは不本意なのだがね……」
セイバー「まぁまぁ、そう言わずに。
……それでですね……誰が騎士王かと……―――」
END
宝具が強化されました!
という夢を見たのでこれで終わりです。
幸せにくらす衛宮一家のイメージがこれからも続いて欲しいです。
ではまたどこかで!
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