総選挙だから担当のSSを真摯に書いた、それだけの話。
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小さな頃からテレビの中で歌って踊って演技をしている彼女達のことが好きでした。虹のようにカラフルなステージの上に立つアイドルに時に励まされて勇気づけられて。
授業で当てられるだけで緊張してしまう恥ずかしがりやな私が堂々とした彼女達に憧れを持つようになるのも、ごくごく自然な流れでしょう。
それから高校生になって。色々な経験をして来ていつか薄れてしまうだろうと思っていた憧れは、色褪せるどころか徐々に徐々に強くなってきました。お昼寝をすればステージの上に可愛い衣装を着て歌っている自分と度々出会って。だけど変わらなかったのは恥ずかしがりやな自分も一緒。夢を夢で終わらせたくない、って強く言える勇気はまだ足りませんでした。
ただ何もしないで熊本に居続けるのは、もっと嫌でした。頭ごなしに無理だと決めつけて『憧れ』から瞳を閉じて大人になっていくよりも、無理してでもちっぽけな勇気を振り絞ることを選びました。そうじゃないと、これから先もずっと同じことを繰り返しちゃいそうだったから。
「ね、ねえ、聞いて! お父さん、お母さん――」
東京のアイドル養成所に入りたい、そう言った時の両親の顔は今でも覚えています。お父さんはすごく驚いたようで飲んでいたお酒を漫画みたいに吹き出してしまって、お母さんは神妙な顔つきで私を見据えていました。その瞳に映る私はどう見えていたのでしょうか。緊張のあまり小刻みに震えている姿がそこにあったはず。
お母さんは少しの時間無言で私を見て、たった一言こう言ったのです。
『やっぱり美穂も、熊本の女ね』
『! うんっ』
その言葉で、私の中の不安がスゥーっと消えた気がして。この時私は高い高い階段の一歩目を歩き出せたんです。
ダメで元々のつもりでいましたが、運良く養成所に合格出来た私は親や友達と別れて東京へと行くことになりました。学校の屋上からも見えない遠く遠く離れた場所にたった一人。お洒落な都会の中でお上りさんを炸裂してしまわないか、うまくやっていけるだろうかという不安が私に重くのしかかります。
「私は熊本の女だ……誰がなんと言おうと熊本の女なんです……」
「いや、美穂ちゃん。それは事実だからね」
自己暗示のように熊本の女は強いと唱えても、やっぱり怖いものは怖いんです。もう二度と会えなくなるなんてことはないのだけど、今までそこにいて当たり前だと思っていた皆がいない世界というのが私には想像ができませんでした。
「東京じゃなくても、福岡にもあるんじゃないのかな? そういう、養成所的なのって。それなら熊本からでも……まぁ、2時間くらいかかるかもだけど」
「それは……思い切ってみた、のかな?」
「ふふっ、なにそれ。面白いね」
友達の言うことはごもっともだ。そんな思いをするのが分かっていたのに、なんで東京に行こうとしたんだと言われてしまえば何も言い返せないわけでして。
「でも美穂ちゃんらしいかな。恥ずかしがり屋だけど結構大胆なことしちゃうしね」
「えへへ……」
一方で、まだ知らない未来に期待している自分がいるのも紛れもない事実。不安と期待がシーソーみたいに揺れ動いて、どちらも日に日に大きくなっていきます。出発日にはもう何がなんだか分からない状態で、ここまで来ると却って冷静になれた自分がいました。
「皆、見送りに来てくれてありがとうございます!」
出発当日の空港には家族や友人達が見送りに来てくれました。さっきまで雨が降っていたけど私の心は雲一つなく晴れやかで。
「私たちはアイドル小日向美穂ちゃんの友達で、ファンだから!」
「美穂。辛い時はいつでも帰ってきていいんだぞ。そのときは父さんと、一緒に風呂に入ろうな」
「そ、それは……恥ずかしいよ……」
「美穂、貴女は熊本の女だから」
「最後まで諦めないよ、お母さん」
「ふふっ。それでこそ、私たちの娘ね」
温かな言葉を投げかけてくれる友人や家族に応援されて、離れていても皆は確かにいる、背中を押してくれると強く実感しました。多分この時の私は世界の誰よりも幸せであったと自信を持って言えます。
「それじゃあ、行ってきます!」
手を振る皆に別れを告げて飛行機に乗ります。雨上がりの空に浮かぶ虹に向かって飛ぶ白い翼。このまま私を、虹の彼方まで連れて行ってください――。
「疲れたぁ……」
レッスンを終えて自室に帰ってきた私は靴を脱いですぐにベッドへと倒れこむ。ふかふかとしたベッドが心地よくそのまま眠ってしまいそうになるけど、流した汗が少し気持ちわるいから体を起こしてお風呂へ。
「今日も大変だったなあ……」
東京の養成所に入って3ヶ月が経ちました。一人暮らしには慣れてきて家事も一通りキチンと出来るようになったけど、学業と養成所の両立は中々に大変です。高校も私がアイドル養成所に通っていることを知っていますけど、だからと言って課題を出さないなんてことはありませんし、養成所のメニューも毎日こなさないといけない。私が思っていた以上に、ハードな日々が続いていました。
湖を優雅に泳ぐ白鳥も水面下では必死にバタ足をしている、なんてことをよく聞くけどアイドル(まだ候補生だけど……)も全く同じことが言えるのでしょう。尤も、今の私は白鳥にすらなれていないのですが。
それでも。ここに来る前にお父さんに買ってもらったレッスン用の靴が磨り減っていく度に一歩一歩と前に進めている気はしていました。
苦手だったステップがスムーズにできるようになったり、前よりも表情が柔らかくなったとトレーナーさんに言われたり。
昨日よりも今日の自分が輝けたのなら、少しでも憧れに近づけていると思うと、明日も頑張ろうって気持ちになれるんです。我ながら単純だなー、って感じますけど……えへへ。
歩みさえ止めなければ夢に近づける。そう信じてレッスンを繰り返す中、私にとって一つの転機が訪れました。
その日はレッスンが休みでしたがトレーナーさんにお願いして自主レッスンをしていました。ワンツースリーとステップを踏んで、鏡に映る自分の姿はジャージだけど気持ちだけは大観衆の前で歌い踊るアイドル。その時はアイドル気分を味わうだけでよかったのに。
「小日向美穂さん、ですよね。実は――」
「わ、私が本所属ですか!? 夢、じゃないですよね? ……痛い」
目の前にいるスーツの男性が話す言葉が信じられず、頬っぺたを強くつねってみるとギュッとした痛みが。これは現実、私のお昼寝の夢なんかじゃない。彼はプロデューサーで、私はアイドル――。
「こらこら。可愛らしい顔に跡をつけちゃダメだよ?」
思い描いてすらなかった急展開に頭が追いつかないでいましたが、少しずつ冷静になっていきました。
「で、でも……いきなりで、夢かと思って」
「……夢、といえば夢なのかもしれないね。アイドルになりたいって夢にまた一つ近づけたわけだし。そして俺は君の夢を叶える手伝いがしたいんだ。急に現れて信じてくれ、とは言っても信じられないかもしれないけど……」
私はプロデューサーの瞳をじっと見てみました。いつかお母さんが私にそうしたように、いやらしい言い方をすると値踏みするみたいに。
「そうじっと見られると照れる、かな……」
「え、えっと……私も、ちょっと恥ずかしいです」
二人して顔を赤らめて、なんだかそれがおかしくて自然と笑いが生まれました。それと同時に、この人となら一緒にアイドルとして歩いていける、そんな気がしたんです。波長があったのかな?
「何にせよ、宜しく小日向さん。これからもっと大変になるかもしれないけど、君なら頑張れるって信じているよ」
「はいっ! 私、頑張ります! 熊本の女は強いんです。だから、やってみせますっ!」
まだまだ緊張しいでアイドルとしては未熟者だけど、大丈夫、私は頑張れる。心の中で強くつぶやいて。
正式にアイドルとしての活動を初めてすぐにCDを出してお茶の間に流れる、なんてことはありませんでした。養成所でレッスンを積んできたとは言っても、小日向美穂というアイドルはまだまだ無名でまずは方々に名前を売ることから始まりました。
レッスンの合間にプロデューサーさんが運転する車に乗ってあちこちに挨拶に行って。
「こ、小日向美穂ですっ!」
どうやら私の緊張しいは筋金入りなようで、名前を言うだけでも緊張して上手く言えない事もしばしばありました。
「ははは、緊張しているのかい? 別にとって食べようなんて思っちゃいないから、リラックスリラックス」
「す、すみません……」
営業先ではそんな温かな言葉を投げかけてくれる人もいました。だけどそういう人ばかりじゃなくて。
「覚えられないんでそういうの良いよ。大体テレビに出る前にいなくなっちゃうし。あんまり大成する未来が見えないし」
「……ッ!」
「……失礼しました、行こう美穂」
時にはこんな辛いこともあったっけ。あまりにそっけない態度をとられて困惑する私の隣でプルプルと震えているプロデューサーさんの姿が印象的でした。
「ごめんな、美穂。あの時ガツン! と言いたいこと言えたら良かったんだけど……情けないなぁ」
階段を降りる彼の足音は力任せなほどに大きく響いていて、やりきれなさが私にも伝わってきます。
好きとか嫌いだけではどうにもならない子供にはわからない大人の事情というのもあるんでしょう。私の見えないところで、プロデューサーさんも言葉にできないくらいの苦労をしているはず。
「大丈夫です。プロデューサーさんがそう言ってくれるだけで十分ですから」
「そう言ってもらえると、気が楽になるな」
「……見返したいです。だから」
「ああ、頑張っていこうね」
1人だけなら多分、落ち込んで戻れなかったでしょう。私も彼も似た者同士で負けず嫌いだったから、耐え切ることができました。なんだかそれが、私たちの誰にも負けない武器のように思えたんです。
「もしもし、卯月ちゃん? どうしたの?」
事務所に所属するアイドルとの交流も増えて行きました。大きな事務所はまるで童話に出てくるお城のようで、個性豊かなアイドルの仲間たちが輝くステージを目指して活動しています。
そんな中で一番仲が良いアイドルは? と聞かれると卯月ちゃんの名前を挙げると思います。彼女は私と同い年で養成所出身という共通点があって笑顔の可愛い女の子です。
だからでしょうね、初めて会った時からなんだか他人の気がしなくて。卯月ちゃんも同じ感想を持ってくれたみたいで、私たちはすぐに友達になることができたの。
誰よりも眩しい笑顔でステージに立つ卯月ちゃんは堂々としていて。私はそんな彼女の友達であることが自慢であると共に、憧れをも抱いていました。
「ふふっ。そんなことがあったんだぁ。あっ、聞いたよ卯月ちゃんのCD! うんうん、卯月ちゃんらしい曲で可愛かったなあ」
お風呂を出たあとの卯月ちゃんとの電話はすっかり私の中で日常のものとなっていました。今日あった出来事とかふと思いついた話題だったり、何も特別なことを話しているわけじゃないのだけど、卯月ちゃんと電話をしているとその日の疲れが飛んでいく気がするの。まるで私専用の特効薬みたい。外から聞こえる雨音をBGMに、私達の会話は続きます。
明日も学校があるし早く寝なきゃ寝なきゃと思っていても、2人して切るタイミングが分からなくて結局がもう少し話していたいなーって気持ちが勝っちゃってついつい長電話になってしまって。それで翌日の授業寝ちゃったりして怒られることもあるんだけど……えへへ。今では日向ぼっこをしている時と同じくらい、私にとって大好きな時間なんです。
「うぅ……」
「お疲れ様、美穂。可愛かったよ。先方も今日のステージを気に入ったみたいで、また来て欲しいって言ってもらえた。やったな」
プロデューサーさんとの地道な営業活動の結果、アイドルとしてのデビューイベントが決まりました。ショッピングモールの屋上でのトークイベント――緊張しいな私にとってはまさに試練と言っても差し支えなかったでしょう。
イベントとしての規模は大きなものではないですが、緊張して話せなくなる未来は容易に想像できます。だから私はプロデューサーさんや卯月ちゃんを相手に特訓しました。だけど……。
「可愛いって言われるのは嬉しいですけどっ、ちゃんと話せませんでした……悔しいです」
「そっか」
プロデューサーさんや卯月ちゃんは私にとって、既に他人ではなかったんです。だから緊張することもなく会話ができる。だけど見に来てくれた人は皆知らない人で、今日初めて私というアイドルを知った人もいるでしょう。そんな一期一会のステージだったのに、私は緊張して自分の持ち味を出せませんでした。
「今日来た人たちには、緊張しいなところしか見せていないです……」
「だけど確かに小日向美穂、って女の子のことを刻み込めたはずだよ。そうだな、次はもっと堂々とした姿を見せられるように頑張ろう。特訓ならまた付き合うからさ」
「ありがとうございます。でもっ! 今度は手加減しないでくださいっ、その、プロデューサーさんと一緒だって思うと安心しちゃうから……」
アイドルとしての最初のお仕事は苦い思い出が残りました。
レッスンをしたり小さなステージに立ったり。そんな毎日を過ごしていましたが、ある日プロデューサーさんに事務所に呼ばれました。事務所に行くことは珍しいことではないんですけど、プロデューサーさんから来て欲しいって言われたのはあんまりなかったので何があったんだろうと思いながら階段を上りました。
「おはようございます、プロデューサーさん!」
「おはよう、美穂。悪いね、急に呼び出して。今日はビッグニュースがあるんだ」
「ビッグニュース?」
「なんだと思う?」
なんだろう? と頭の中で考えを張り巡らせます。
「熊本にサイ○リアができたとか……」
「いや、そうじゃないよ? 美穂に関わることなんだ」
「私に関わること……何か、やらかしちゃったとか……?」
「後ろ向きなことじゃない。むしろ喜ばしいことなんだ」
「!! も、もしかして……私がCDデビューする、とか?」
プロデューサーさんは私の答えを聞くとにっこり笑って、
「正解ッ!」
そう嬉しそうに言うのでした。
「わ、私が……CDデビュー……」
いつかは、と思っていましたがこんなに早く来るなんて想像していませんでした。驚く私をよそにプロデューサーさんは続けます。
「ある作曲家さんの目にとまったみたいでな。自分が作った曲をこの子に歌ってほしいってリクエストがあったんだ」
私は名指しで指名された、その事実が更に驚かせます。
「意外だったかい?」
「え、ええ、私よりももっと、素敵な子もいるのに……。私なんてまだまだだし、恥ずかしがり屋でこれといって取り柄もないのに……」
それなのに、どうして私が選ばれたんだろう?
「私よりも、って言葉は使って欲しくないな」
「えっ?」
さっきまで笑顔だったプロデューサーさんの顔色が途端に険しくなる。今までで見たことがない程、厳しくそれでいて悲しそうな表情でした。
「アイドルとして輝く以上、そのセリフだけは言っちゃダメなんだ。私よりも、とか私なんかが……とか。言霊、ってわけじゃないけど自分に自信をなくして歩みを止めてしまうのは御法度だよ」
「プロデューサーさん……」
「今はまだ、美穂はアイドルとして名前は知られていない。でもいつかは、君が誰かの憧れになる日が来るんだ。きっとその日が来るのは、そう遠いことじゃない」
私がステージに立つアイドルに憧れたように、私が誰かの夢になる時が来たのならば。私なんて、って言葉は……ダメだよね。
「不安になる気持ちもわかるけど、いつも言っているじゃない。熊本の女は強いんだって。だから、それを信じてみなよ」
「はいっ!」
アイドルになって私は変われたと思っていたけど、どうやらまだまだだったみたい。胸を張って歌えるように、頑張らないと……。
「はぁ、はぁ……」
「小日向さん、今日はそこまでにしておいたほうが」
「まだ、頑張れます……」
CDデビューが決まってからというものの、私はレッスンにこれまで以上に打ち込みました。更にプロデューサーさんがデビュー曲を地上波で披露する機会を持ってきてくれて、私はアイドルとしての大きな転換期を迎えようとしていました。
本当は学校を休んでレッスンをしたかったくらいなんですけど、アイドルである前に学生であるんだから、とトレーナーさんとプロデューサーさんから止められました。
学校が終わればすぐにレッスン、終わったあとも自主レッスン、学校がない日はプロデューサーさんと一緒に営業活動。小さなステージに立って歌ったりCDの宣伝をしたりと只管にアイドル漬けな毎日を過ごして。だから自分の部屋に帰ってきた時にはシャワーを浴びてすぐに寝てしまう。卯月ちゃんも私に気を使ってか、夜に電話をかけてくることを控えるようになりました。
「新人アイドルの小日向美穂ですっ! よろしくお願いします!」
何回かステージに立ち場数を踏むうちに、緊張することも少なくなってきたように思えます。それに比例してか宣伝効果なのかステージを見に来るファンがどんどん増えていくのが目に見えて分かって。
「これなら、行ける」
近づく大きなステージを前に震えているこの体は緊張ではなく武者震いだ、なんて強がってみて。あと少し、あと少し階段を登れば私は――。
本番当日。
「熊本の女は強いんです……誰がなんと言おうと強いんです……」
「美穂、大丈夫……か?」
「だ、だだだ! だいじょぶです! むしろグッジョブです!」
「うーん……どうしたものか」
昨日までは大丈夫だと強がって来たのに、いざ当日になると朝からこんな具合。本番のステージが近づくにつれて私の心臓は破裂しそうになって、覚えたステップも忘れそうになります。リハの時点で歌詞も飛んでしまったし、一人では抱えきれないほどの不安が一気に私に重くのしかかってきました。
「う、卯月ちゃんは……本番楽しんできてねっ! って言ってくれたんです。でも、今の私は楽しむ余裕なんてなさそうで……ど、どうしましょう」
改めて卯月ちゃんの凄さを思い知ります。気を失ってしまいそうな大きなステージでも、彼女は笑顔を貫いて見る人を幸せにして。そんな彼女に憧れて、隣に立って恥ずかしくないアイドルになりたいと思ってここまでやってきたけど、気持ちだけではどうにもならなさそうでした。
「怖いかい?」
プロデューサーは子供をあやすような優しい声色で話しかけます。
「怖い、に決まっています。テレビに映るなんて初めてですし、多くの人が私を見るんですし……ど、堂々とした姿を見せなきゃ! って思っても、まだ、心がついてこなくて」
自分はできる、ってみんなが信じてくれた自分を信じてみても、勇気が足りなくて信じきれず胸を張れずにいて。プロデューサーから禁句と言われたネガティブな言葉で私の体は一杯になっていく感覚に陥っていったんです。
「……ゴメン、美穂」
「えっ? えっ? どうして謝るんですか?」
そんな中でプロデューサーが頭を下げるものだから私は混乱してしまいました。
「まだ時間があるから……少し付いてきてくれないか?」
「は、はい」
本番まで残り1時間ほどでしたが、私はステージ衣装のままプロデューサーについて行きました。
「中庭?」
スタジオを出てすぐのところにある中庭は麗らかな日差しが心地よくて、日向ぼっこをするにはとてもいい場所だと思えました。
「少し、日向ぼっこでもするか」
「えっ? 良いんですか?」
「そのほうが気持ちも落ち着くかなって思ってね」
私と彼は心地よい日向の中、ベンチに座ります。大きな本番が控えているというのに、今この時間この場所はゆっくりと時間が過ぎていくようで。思えば。東京に来てからあまり日向ぼっこをする時間が取れていなかったな。プロフィール欄の趣味のところに書いているのにね。
「俺は美穂に、堂々とした自信に溢れたアイドルになって欲しかった。美穂自身もそれを望んでいた、しな。だけど……無理にそんな強がらなくても、良いと思えるようになったんだ」
「それは、どういうことですか?」
「人間、そう簡単には強くなれないし無理をしても今の美穂みたいに心のバランスが崩れてしまうから。だから、その……格好つけずにありのままの自分で挑んで欲しい」
ありのままの自分。それは緊張しいで恥ずかしがり屋な、アイドルとしてはあってはならない姿。
「そんなこと言われても……それじゃあ、私には何もないです。むしろ、マイナスなくらいで」
「それは、悪いこととは思わないんだ。緊張しいではにかみ屋な自分の弱さを認めてあげることも、一種の強さなんじゃないかな。だから美穂は、弱い自分を信じてあげて欲しい。緊張することも恥ずかしがることも全部ひっくるめて、アイドル小日向美穂なんだから」
「弱い自分を信じる……」
「君ならできるはずだよ。あこがれのために熊本から一人東京に来たくらいの女の子なんだから。他の人が認めなくても俺は美穂の芯の強さを知っているし、その上でプロデュースしていきたいんだ」
17年間生きてきて今更性格を変えろと言われても難しいし強がってみてもハリボテのようにはがれてしまう。それならばいっそ、自分の弱い所をも好きになろう。それだって、これまで私が培ってきたものなのだから。
「なんだか、遠回りしていたのかも」
今の今まで気付けなかったものはこれ以上なくシンプルな答えでした。一人くらい、ファンと一緒に強くなっていくアイドルがいたって良いんだから。
瞳を閉じないで、歩みを止めないで。そうしていれば、遠い彼方にあると思っていた夢にも近づけるから。
「えっと、はじめまして! 熊本からやってきたとってもキュートなアイドル、こ、小日向美穂ですっ! い、今ものすごく緊張しているんですけど!」
「その、えっと……は、恥ずかしがり屋な私でも、今こうやって夢の階段を昇って行けているんです。だから、えっと、少しでもみなさんの夢を後押しできれば、なんて思ってたり……えへへ」
夢の階段はまだまだ先が見えないし、たくさんの荷物を背負っています。だけどその重さは不思議と嫌ではありません。だってそれも、私の大事な個性なんだから。緊張しいなら、緊張をも楽しんじゃえ。
「コホン。それじゃあ聞いてください、私のデビュー曲……『Naked Romance』!!」
そんな弱くて強い、私が大好きですっ!
短いですが以上です。総選挙は小日向美穂ちゃんをよろしくお願いします。
それとガン×ソードブルーレイボックスも宜しく!! 失礼いたしました。
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