鷺沢文香「過去と回顧とこれからと」 (79)


初投稿です


鷺沢文香「あなたの知らない物語」
鷺沢文香「あなたの知らない物語」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1488462506/)

↑世界線が同じ前作ですが、読まなくても平気です

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1492958211


長野県のとあるビジネスホテルの一室。

俺は酒の入ったグラスを、文香さんはソフトドリンクの入ったグラスを持って。俺たちはそれらを当て合って、グラスはカチリと音を鳴らした。

「誕生日おめでとう、文香さん。」

「…ありがとう…ございます。」

10月27日、文香さんの誕生日。奇しくもこの日は、俺と文香さんが出会ってからちょうど一年の日でもあった。

「色々あったよね、この一年。」

「ええ…本当にいろいろなことが。今日のことも、良い思い出になりました。」

今日は文香さんの誕生日に合わせた、地元長野でのライブがあった。結果は大盛況。文香さんもいきいきしていた。最高のライブと言って差し支えないだろう。

…まぁ、そのせいで、文香さんの誕生日を祝える人間が、この俺しか居ないんだけど。ホテルの一室でする二人だけの誕生日会は、どこか寂しく感じた。

「…もっと大勢で祝いたかったな。」

二十歳の誕生日というこの日は二度と来ない。だから文香さんには、少しでも楽しい思い出を残してもらいたかった。こんな野郎一人だけって言うのはイヤだろう。

「…え、えぇ、そうですね…。」

明日と明後日はオフ。文香さんに「地元でゆっくりしてもらおう」という、ちひろさんのはからいだ。だから東京に戻るのは2日後。これじゃあ何日も遅れた誕生日会になっちゃいそうだな。

でも、まったく祝わないよりも、プレゼントなり話なりした方がいいだろう。だから、俺の部屋でライブの打ち上げと誕生会を兼ねた、ちいさなパーティをすることになった。

本当は、地元の店でするつもりだった。でも、文香さんは有名になりすぎた。店に入るやいなや、「サインをください!」、「歌ってください!」と酔っ払いとファンの集団に絡まれた。

避難した結果が、このホテルの一室。アイドルが男と二人っきりというのマズいだろう。しかし、やましいことが全くなければ問題もないだろう。

そもそも、俺と文香さんがそんなことになるわけないし。


「一年か…。」

不意に口を言葉がついた。一年。12ヶ月。365日。人が何かをなそうとするには、十分で短い時間だ。

「一年…ですね。」

この一年で、文香さんの人生は大きく変わった。

「全てのことが…昨日の事のように、はっきりと思い出せます…。それほど、この一年は私にとって、衝撃的で…。」

そうだな。本当にこの一年は色々あった。良いことも、悪いことも、嬉しいことも、苦しいことも。

「……。」

ぐいっと、酒を口に流し込む。が、味はよく分からなかった。

「…プロデューサーさんは、覚えていますか?私が、スカウトされたときのこと…。」

「うん…覚えてるよ。」

文香さんの言葉を借りるなら、それこそ昨日の事のように、出会いを思い出せる。

「忘れられるわけ、ないよ。」

あの日、今がまだ未来だった頃、鷺沢文香という人間の人生は大きく変わった。


―――
――


一年前の10月27日。この数日前から、ついに俺もアイドルをプロデュースすることになっていた。

「と、いうことでアイドルの卵をプロデュースしてきてください!」

ちひろさん曰く、プロデューサー自身がスカウトした娘の方が、そうでない娘の方とくらべ活躍しているんだと。そう聞いた俺は、熱心に熱心にスカウトに励んだ。

街に繰り出し、道行く人々に声をかけまくった。

「すいません、ちょっとお話を…」「自分はこういう者ですが。」「時間はとらせませんので。」「いや怪しい者じゃないです!」「え、職質ですか?」「すいませんでした…」

結果は失敗。失敗。失敗。大失敗。ついには警察の人に色々書かれて、謝ることにもなった。

「はぁ…。」

数日、そんなこんなあって、ちょっと自信をなくしかけた頃。休憩ついでに入った、あるカフェで、彼女と出会った。彼女は顔を伏せ、読書にふけっていた。

一目彼女を見た瞬間、稲妻に撃たれたような感覚が体を駆け巡った。

「この娘と仕事がしたい、この娘がアイドルになった姿を見たい」。体が自然と動いた。ずかずかと彼女に歩み寄り、少し上ずった声で、告げる。

「アイドルに興味はありませんか?」

これが、俺と鷺沢文香の出会い。


しかし、最初の結果は失敗だった。だが、断られたワケではない。

「…」

そもそも、俺の方を彼女は一切見ようとしなかったのだ。

「あ、あのー…」

彼女は、俺の言葉など何処吹く風、ただ文字を追う目線とページをめくるための手だけを動かし続けた。

長丁場になることを恐れた俺は、とりあえずコーヒーを注文し、席に着いた。コーヒーを飲みながらチラチラと一人の女性を見続けた。巡り合わせとか悪かったら、捕まってたと思う。

コーヒーの他にサンドイッチも追加注文してから30分たった後。ようやく彼女は本を読み終えた。

「…ふぅ……。」

今だ。本を読み終わったタイミングを見計らい、彼女に声をかける。滅茶苦茶怪しまれたし、彼女はどことなくおびえていた。

多分あのとき、人生で一番ヤバい顔をしていたと思う。実際文香さんに「あのときはとても恐ろしかった」って言われたし。

「…私を、アイドルに……ですか?」

彼女の警戒心をとくため、そしてスカウトのため、自分の身の上や仕事内容を、自分の語彙力をフル活用して彼女に精一杯の説明をした。

「…話が、よく………すみません、今日はこのあたりで、失礼します……。」

結果は、失敗。ちゃんと話を聞いてもらった上で、ちゃんと断られた。


しかし、俺はあきらめたくなかった。俺にとって彼女は、金鉱脈よりも価値があるのように感じたからだ。

ダメ元で何度かあのカフェに通ううちに、なんどか彼女を見にすることが出来た。

どうやら彼女の行きつけの店らしい。だから俺は足繁く通い、彼女に会うたびにスカウトをした。

手を変え品を変え、時にはライブ映像を、時には歌を。とにかく、アイドルの世界に触れてもらえるようにした。そして、彼女にアイドルの世界に興味を持ってもらえるように話をした。

最初は疑っていた彼女も、先輩となるアイドたちの話や映像を見聞きするうちに心に変化があったらしく。

2週間ほどこんな日々が続くと、彼女の方から切り出してきた。

「……一度、その事務所に、お伺いしても、よろしいでしょうか?」

「…と言うことは…!!」

「はい…アイドルというお仕事に…」

アイドルの世界に、彼女は興味を示してくれた。なんだか、嬉しくなった。泣きそうになった。カフェの店内ということを忘れて喜んだ。店員さんに怒られた。すいませんでした。


―――
――


「あのときは本当に嬉しかったなぁ…」

苦い記憶もあるが、それを補って余りあるほどの嬉しい記憶たち。つい口角が上がってしまうし、酒はまだそれほど入っていないのに気分は上がる。

「実はあのとき…怒られているプロデューサーさんをみて、少し、後悔したんですよ…。『本当に大丈夫なのか』って…。」

笑みをこぼしながら文香さんは言う。ちょっと待って初耳なんだけど。

「杞憂…でしたが。」

さらに顔をほころばせて文香さんは続ける。よかった。

「でも…情けなかったかな、俺。」

「………少し。」

やっぱり。

「…というか、なんか今日の文香さん、いつもと違うね。」

「そう…でしょうか?」

「うん。」

いつもとは違った、どこかしらのちょっとした違和感。文香さんもやっぱり高揚しているのだろうか?


「ですが、情けなさで言えば…初レッスンの…あのときの、私に比べると…」

「あー…あのときの」

文香さんが事務所の正式なアイドルになってから、しばらくして基礎のダンスレッスンがあった。

「文香さん倒れちゃったもんね」

「はい…あのときは…自分自身が情けなく…恥ずかしく…」

「いや、初めてのレッスンだったんだし…それに、あのときも言ったけど、最初から何でも出来る人なんて居ないし…情けなくも、恥ずかしくもないよ」

そうだ、文香さんは情けなくも、恥ずかしくもない。むしろ誇るべき行為をしていた。だがそれを、驕りも何もなく、全く人に言わないあたりが文香さんらしいともいえるけれど。

俺は、いまでも、あの光景は胸に刻み込んでいる。

あの姿だけは、多分、絶対に忘れちゃいけない。

今回はここまでです、続きは文香さんのレッスンから。

前作も読んで感想くれると、嬉しくてもう気が狂う!

再開します。

だから「たた初た投稿た」ですって(ヒント:たぬき)。


―――
――


鷺沢さんの初レッスンが終わった。レッスン場には、疲弊しきったその姿があった。

「…すみません、でした……。」

「謝らなくていいよ…初めはみんなこんな感じなんだし。」

初レッスンはダンスの基礎レッスンだった。鷺沢さんは体力に自信がないらしく、レッスンが終わるとそのままへたり込んでしまった。

「体を動かすことが…ここまで辛いとは…。」

「これから、これからだから、頑張っていこう。」

そうだ、まだこれから。向き不向きはさておき、最初から何でも出来る人間は少ない。出来ないことを恥じる必要もないのだ。

「…はい。」

もしダンスが鷺沢さんに向いていなくても、それを考慮した売り出し方も魅せ方も考えてあるし。

「それじゃ、今日はお疲れ様。」

「…はい、お疲れ様、でした。」

これから、これから。


鷺沢さんのレッスンが終わった後、事務所に戻って残った仕事をしていたときに。

「アレ?」

手帳が手元にないことに気づいた。どこかに落としたらしい。あれにはこれからの日程なり連絡先など、中々に重要な事を書いていた。

「ちひろさん、ちょっと、すいません。」

ちひろさんに事情を説明し、手帳を探しに出た。心当たりはある。レッスン場で鷺沢さんに明日の予定を告げたときには手にあった。

今思い返すと、鞄に入れるときに落とした気がする。そうだとしたらかなり間抜けだけど。


レッスン場に続く廊下にて。

「あった!」

ドアの近くに手帳は落ちていた。記憶では、ドアを開けてすぐに手帳をしまおうとしていたから、入らず落としてしまったという推理は見事に当たっていた。

「間抜けすぎるだろ俺。」

鞄に入れずに落とすって。

「…?」

手帳にばかり気をとられ気が付かなかったが、だれもいないはずのレッスン場にまだ明かりがついている。消し忘れか?

「…ふぅ、…ふぅ。」

なかから声が聞こえる。その声はとても苦しそうだった。

声の主は、鷺沢さんだった。


すでに帰っているはずの彼女が、どうしてまだレッスン場にいるのだろうか。気になり俺は中を覗いた。

「…まだ、まだ……!」

まさか、俺と別れたあの時からやり続けているのだろうか?黙々と、熱心に、ダンスの基礎ステップを反復し続ける彼女の姿がそこにはあった。まだ動きは拙く、お世辞にも上手だとは言えないレベルだ。

だが俺は、その姿を、かっこよく思った。ひたむきに努力する鷺沢さんの、その姿は、俺にとって、たまらなく格好良いものだったのだ。


でも、流石に、

「はぁ、はぁ…」

フラフラだった。見とれている場合じゃない。これ以上続けさせるのはまずいだろう。

「鷺沢さん」

「!!…プロデューサーさん?」

ドアを開け、レッスン上の中に入り、彼女に駆け寄る。

「どうして…ここに…。」

「あぁ、それは…」

鷺沢さんに尋ねられたが、あの間抜けな理由を話すのはなぜか忍びなかったので、適当にごまかしておいた。

「鷺沢さんこそ、まだ帰ってなかったの?」

「はい…その………ダメでしたか?」

「いや、ダメなんかじゃないよ。」

ダメなわけあるもんか。仮にダメだったとしても、あそこまで頑張っていた人にダメなんて言えるもんか。

「自主レッスンはダメじゃない。けど、やり過ぎはダメだ。」

それで体を壊したりしたら目も当てられない。鷺沢さんには、そうなって欲しくなかった。

「…すみません、でした………。」

「だから、謝る必要ないよ。」

謝る必要もあるもんか。

「…………。」

申し訳なさそうに顔を伏せる鷺沢さんは、さっきとは別人のようだった。


鷺沢さんを送り届ける途中も、その後も、事務所に戻ってからの仕事中も。あの光景が頭から離れることはなく、仕事もあまり進まなかった。ちひろさんにすこし諭された。

あの姿。俺が知らなかった鷺沢さんの一面。自分が知り得ない鷺沢さんの一面を見ることが出来て、俺は何故か嬉しく思った。と、同時に、自分を少し恥じた。

これまでの数日、俺は鷺沢さんのことを知ろうとしなかったからだ。これから仕事をしていこうって相手のことについて俺はあまりにも疎かった。これこそ間抜けだ。大間抜けだ。

鷺沢さんだって、アイドルになったばかりでまだ不安だらけなはずだ。そんなときってのに、俺が鷺沢さんの事を理解してなくてどうする。

「知らなきゃな。」

鷺沢さんについて、彼女の事について。


そうとなれば早速行動をするべきだろう。

「オススメの、本…ですか?」

「うん。」

翌日。俺は手始めに、鷺沢さんに好きな本を尋ねることにした。

「鷺沢さんが好きなものを、俺も知っておきたいから。」

とにかく、鷺沢さんとの共通の何かが欲しかった。

「…でしたら、今読んでいる、これなども…」

鷺沢さんは何故か少し恥ずかしそうだったが、快く勧めてくれた。この日から、俺の日課に読書が追加された。

歴史、推理、恋愛、冒険、ホラー、フィクションにノンフィクションも。未知の領域に踏み込むときにしか得られない快感を、何度も何度も味わうことができた。同時に、鷺沢さんの見てきた世界を、自分も追体験できたような気分がして嬉しかった。

「この前のあれだけど…」

「どうでしたか?」

いつからか、俺たちは互いに本を勧め合い、感想を言い合うようになった。自分が探し出してきた本を、鷺沢さんはだいたい知っていたけど。

それでも、鷺沢さんと共通の話題を持てたことがたまらなく嬉しかったから、余り問題ではなかった。


それよりも、もっと大きな問題を抱えてしまった。

本について語る鷺沢さんは、楽しそうだった。レッスンに励む鷺沢さんの姿は、美しかった。たまにみせる鷺沢さんの笑顔を、たまらなくいとおしく感じた。

鷺沢さんについて知れば知るほど、魅力を感じずには居られなくなった。

ふとしたときに、鷺沢さんの顔が浮かぶようになった。

俺は、鷺沢さんのプロデューサーの身でありながら、鷺沢さんに惚れてしまったのだ。

愚かにも、間抜けにも。心を奪われた。


今日はここまでです。

ここに前作をまとめてあるんで、時間とお暇があれば見ていってください。
http://twpf.jp/vol__vol

再開します。

マキシマムマイティXのガシャットどこにも売ってないんですけど。


しかし、この思いは封印しなければならない。俺はプロデューサーだぞ、担当の娘にそんな感情を抱いてみろ。そんなの足枷にしかならないだろ。

それに、鷺沢さんも、自分を好いてくるようなプロデューサーなんか気持ち悪くて、仕事も一緒にしたくないだろうし。彼女の気持ちを考えると、いたたまれない。

鷺沢さんに悟られないように、神経をすり減らして、細心の注意を払って。ビジネスライクな関係を保ち続けるよう心がけた。

今でもきっと、バレてないだろう。ちひろさんには、3日くらいでバレた。


―――
――


「…情けねぇなあ、俺。」

「どうか…されましたか?」

「ううん、こっちの話。ちょっと昔を思い出してね。」

今も昔も、俺はたまらなく情けないのだが。グラスの酒は、半分ほどに減っていた。

「でも…いまの文香さんのダンスはすごいよ。ステップのキレも、最初とは比べものにならないくらいに。」

あれからも、文香さんは努力をし続けた。特にダンスレッスン時の、気合いの入りようはすさまじい。いまではダンスが、彼女の大きなアピールポイントの一つだ。

「そうまっすぐに褒められると…困ります…。」

文香さんは口角を少し上げ、顔を伏せた。この仕草一つ一つが心臓の拍動を早くさせる。グラスの酒が全部なくなったら自分の部屋に戻ろう。でないと気が狂いそうだ。


「そういえば…プロデューサーさんが大けがなさったときも…そんなときも、ありましたね。」

「ああ、チンピラに絡まれたときのヤツだっけ?」

嘘だけど。でも、この嘘はつくべき嘘だ。

「あれは痛かったなぁ…。」

自嘲するようにつぶやく。文香さんが事務所に所属してから4ヶ月が過ぎようとしていた頃、俺は顔に大けがを負ったことがある。

「…。」

「…?」

やはり、文香さんの様子はいつもと違っていた。どこか、と言われるとはっきりとは言えないのだが、彼女には違和感があった。

「…どうかした?」

「…いいえ。」

そう言いながら、文香さんはグラスのドリンクを一気に飲み干した。


―――
――


鷺沢さんが所属してから4ヶ月がたち、ついに仕事の話が舞い込んできた。

「…俺には、あなたのおっしゃることの意味が、分からないのですが。」

「何度も説明させるなよ。」

最悪の形で。

「だから、あの娘に仕事をやるといっているだろう。」

「…あなたと、夜を共に過ごすことが、仕事なんですか?」

「勘違いするな。それはあくまで手段だ。」

テレビ局への営業から帰る途中、俺はある人間に呼び止められ、滅多に人が来ないという倉庫へ連れてこられた。その人間は、ある番組のディレクターだったらしい。

俺はそこで、そいつから、鷺沢さんへの枕を提案された。


そいつは、いつかうちのレッスン場に来たことがあるらしい。そこで鷺沢さんを目にし、気に入ったそいつは、仕事をエサに鷺沢さんを抱こうと考えついた。

「一目見てすぐに分かった。あの娘はいい。たまらなくな。」

ここまで吐き気のする褒め言葉は初めてだった。ここまで人に不快感を覚えたのも初めてだった。

「…お言葉ですが、そんなことをしなくても、鷺沢さんは」

「たった一度、そんなことをすれば、売り出せるんだぞ。」

そいつは自信たっぷりに、口の片側だけをいやらしそうにあげる。

「チャンスがあれば売り出せる。だが、そのチャンスがないがために、日の目を見ずに消えていく人間が何人も居ることを君も理解していないわけじゃないだろう?」

正論だ。実際、そんな人間を俺は何人も知っている。無論CGプロにも、表に出ていないだけで、そんな人間がうじゃうじゃといる。

だが。

「そのチャンスは…俺が作ります。作ってみます。だからこの話は…!」

こんな手段を、鷺沢さんに選択させたくはない。

「まだ新人の君と、彼女は、手段を選べる立場なのか?」

そいつは少し苛立ちながら話を続ける。いつのまにか、額には青筋があった。どうしても鷺沢さんを抱こうと必死なのだろうか?人間としての恥尊厳など、こいつには関係のない話なのだろうか?だとしたら、さっきの褒め言葉も口から出任せ言っただけなのか?

たまらなく腹が立ってきた。だがしかし、目の前に居るこの人は、まだ、仕事をくれる立場の人間だ。穏便に穏便に。事を荒立てずにこの場を納めるしかない。

「あんな女くらいなら、掃いて捨てるほど居るだろうに。なぜそんなに渋るんだ?」

やっぱり嘘だったのか。好きになった人を侮辱されるのがここまで腹立たしいとはな。だが、怒りにまかせて言葉を吐き捨てるワケにはいかない。あくまで穏便に、だ。

「…彼女の人生と、経歴に、大きな影を落としたくはありません。」

「一人の女の人生なんぞ、そこまで大切でもなかろうに。」

食い気味で、嘲笑しながら、言われた。

次の瞬間、俺はそいつの頬に拳をたたき込んだ。


そいつは尻餅をついてその場に倒れた。すかさず俺はそいつの胸ぐらをつかむ。ここまで、半分俺は無意識だった。しかし、自覚した瞬間、怒りがフツフツとわき上がる。

鷺沢さんの魅力を、努力を、人生を、全てをけなされた気がしてならなかった。これで怒ることのない人間が居たら教えて欲しい。

「人生賭けさせてやってんだよ!こっちは!お前が!お前に!鷺沢さんの何が分かる!!」

殴ったのもマズかった。激高し、相手に暴言を吐いたのもマズかった。でも、こうせずには居られなかった。処分なら後で、なんだって、いくらでも受けてやる。俺の首たった一つで鷺沢さんが守れるかどうかは分からないが。

「調子に乗るなよ!」

そう思うのも束の間、処分はわりかし早めに来た。後から聞いた話だが、この人はラグビーとか格闘技とか色々やっていたらしくて。瞬時に仰向きにされて、マウントポディションをとられて、顔面を集中的に殴られた。

「新人のくせに!手を上げやがって!」

一発一発がイヤに重かった。一分一秒が永遠のように感じられた。口の中は、自分の歯で傷だらけになって、鉄の味がする。まぶたが腫れ、相手の顔は見えなくなっていた。

それに、初めて知ったよ。鼻って折れると血が止まらなくなるんだな。

「ふぅ…ふぅ…!覚えてろよ、二度と仕事できないようにしてやるからな…」

疲れ切ったそいつは、捨て台詞を吐き去って行った。


・・・

「う、うぅ…」

しばらくしてから立ち上がろうとしても、うまく踏ん張ることが出来なかった。頭の後ろ側がガンガンとする。脳震盪にでもなったのだろうか?なったことないから分からないけど。

「うう゛、おえう゛ぇええええぇぇぇぇ…」

戻してしまった。吐瀉物特有の酸っぱい匂いがあたりに立ちこめる。鼻は血で詰まって、口はゲロで詰まって、まさに生き地獄のよう。

「…。」

ビチャリと。急に視界がぼやけ、その場に倒れる。自分のゲロに、顔の半分が浸る。自前のスーツはもうダメだろう。

「…あぁ。」

鷺沢さんは、無事だろうか?そう思ったところで、俺の記憶は途絶えた。

今日はここまでです。

ガシャットギアデュアルβもどこにもないんですけど。

再開します。

プロト爆走バイクのガシャットください。


・・・

夢を見た。暗い場所で、鷺沢さんがあの男について行く夢。手を伸ばしても届かず、名前を叫んでも届かず。ふいに、鷺沢さんが俺の方へ振り返った。その目は虚ろで、何処も見てはいなかった。


・・・

「あ゛あぁ!!」

「ひゃっ!」

気がつくと、ベッドの上にいた。いつの間にか、服はスーツから病院の患者用の服になっている。左目の視界は、上半分が暗い。顔の筋肉は満足に動かせない。

「もう…驚きましたよ。」

固まって動かしにくい首を、ゆっくりと声の方へ向ける。そこには、ベッドの横にあるイスに腰掛けたちひろさんの姿がそこにあった。

「目が覚めて安心しましたよ…それじゃ、早速事情を聞かせてもらいますね。」

いつもと変わらない笑顔で、ちひろさんは俺に尋ねた。


・・・

「そうですか…そんなことが…。」

「…すいませんでした。」

昨日のことを包み隠さず話した。気絶していた時のことも教えてもらえた。ゲロの異臭に不審がった警備員さんが見つけてくれ、そのまま病院に運び込まれ、今に至るらしい。

「あの…鷺沢さんは今…。」

さっきの夢が頭の中で再生される。まさか、という一抹の不安が自分の中でどんどんと大きくなっていく。

「心配しなくて良いですよ、今日もいつものようにレッスンに励んでいます。…少なくとも、そう言う話は一切ないです。」

良かった、と胸をなで下ろす。

「…その…今回のこと…鷺沢さんには…。」

「内密に、ですか?」

「どうか、お願いします。」

顔の怪我は、チンピラに絡まれたとでも言っておけばいい。とにかく、鷺沢さんに一切の不安も感じさせたくはない。

「わかりました、文香ちゃんのためですもんね!」

「にやにやしないでくださいよ…。」


ちひろさんに尋ねたいことがもう一つあった。

「…あの…俺の処分とか…。」

相手を殴り飛ばしたんだ。それなりの処分は下るだろう。

「……。」

「いや、無言でニコニコしないでくださいよ…。」

あなたのそれは他の何よりも怖いんですから。


・・・

この後、ちひろさんはやることがあると言い、帰って行った。俺は、大きな怪我は鼻の骨折くらいで、その日のうちに退院して家に帰ることが出来た。出社は明日にするよう言われた。

翌日。目の上の腫れは少し引いたし、口の中も少ししみる程度。まだボコボコだが、人前になんとか出せる顔になっていた。

「おはようございまーす…。」

たった一日、間を開けただけなのに、久方ぶりの出勤に感じられた。

「あ、おはようございま…」

鷺沢さんは、いつもの朝の時間と変わらず、コーヒーを飲もうとしていた。変わらない鷺沢さんの姿が、ここまで安心できるとは。

「…プロデューサーさん!?」

まあ俺のせいでいつものようにはなくなってしまったが。鷺沢さんはコーヒーカップを乱暴に置くと、俺に駆け寄ってきた。

「その怪我は…昨日は体調不良でお休みなさったのでは…!」

ちひろさんはそういう風に誤魔化していたのか。微妙に乗っかりにくい。

…嘘なら、とことん吐こう。

「…鷺沢さんには本当のこと言っておくと、チンピラに絡まれたんだよ。でも、余り大事にしたくなくてさ、ちひろさんには電話で体調不良って事に…」

「そう…ですか…………あの、大丈夫ですか…?かなり酷いように…」

「見た目よりは痛くないから、心配しないで。」

「……と、言われましても…。」

鷺沢さんは、本気で心配してくれているようだ。さっきから泣き出しそうな目で俺の事を見てくれている。こんな鷺沢さんを騙すのは心苦しい。心が握り潰されそうだ。

「被害届などは…」

「もう出したよ。」

「…その…。」

でも、騙し続けなくてはならない。決めたのは自分だ。鷺沢さんに、一切の心配もかけさせないためにも。


「プロデューサーさん、私に嘘をついたんですか?」

「…ちひろさん?」

「ちょっと、お話があります。来てください。」

ちひろさんが助け船を出してくれた。ありがたい。

「はい…鷺沢さん、今日のレッスンも頑張ってね!様子見に行くから!」

俺はちひろさんの後をついて、部屋を後にした。

「…。」

去り際にちらっと見た鷺沢さんの顔は、うつむいていてよく見えなかった。


・・・

「ありがとうございます、助かりました。」

「…本当にあれで、良かったんでしょうか?嘘をついているときのプロデューサーさん、とても苦しそうでしたよ。」

「…。」

俺だって、これが最適解なのかどうか分からない。本当のことを素直に言った方が良かった可能性もゼロではない。

「でも、鷺沢さんを傷つけない方法を、俺はこれ以外思いつきません。」

あの話自体を、鷺沢さんにとってなかったことにすればいい。鷺沢さんが傷つかないんなら、どれだけ苦しくてもいい。そのための嘘くらい、いくらだってついてやる。


・・・

2日後、鷺沢さんに仕事の話が来た。初仕事は、あるバラエティ番組のアシスタント。

その番組は、あの枕を提案してきた男が担当していたものだった…が、そいつは今誰も知らない遠い所に飛ばされたらしい。そしてその直後に、件の番組から仕事の話が来た。

何か裏があるのは明白だが、病院から去るちひろさんの「ちょっとやることがある」、という発言と、オファーの電話を受けたときの得意そうな顔を見て、深く考えるのをやめた。

俺の処分は、一日の謹慎。でもそれは、あの休んだ日に終わらせたことになっていた。あまりにも軽すぎる気がするが、深く考えるのをやめた。

当の鷺沢さんはと言うと、少し困惑していた。

「...せめて、なにか助言をいただけないでしょうか。」

「…とにかく顔を上げて」

うつむいてさえ居なければ、鷺沢さんは何だってできる。どうにかなる。あのときの、レッスン場で一人輝いていた鷺沢さんなら。


そして迎えた収録当日。

鷺沢さんは、大成功を収めた。

今日はここまでです。

不正なガシャットを回収させてください。

再開します。

恐ろしいのは、私自身の才能です。


・・・

「ありがとうございます…プロデューサーさんのおかげで…。」

「ううん、鷺沢さんの実力だよ。」

たった一言のアドバイスで、鷺沢さんは個性を発揮し、大きな成果を上げた。これをとっかかりとして、これから飛躍させるのは俺の役目だ。

「あ、そうだ。はいこれ。」

俺は鞄から一冊の本を取り出し、鷺沢さんに手渡した。今朝、収録前に買っておいたものだ。

「…これは。」

「前に言ってた新刊。…初仕事お疲れ様ってことと、怪我で心配かけさせたお詫びってことで」

「私が、いただいても…よろしいのでしょうか…?」

「もちろん、というか、もらってほしくて渡したんだから。遠慮しないで。」

「…すいません、ありがとうございます。」

「なんで謝るの。」

鷺沢さんは、少し申し訳なさそうに、でもそれ以上に、嬉しそうに顔をほころばせた。


それからの鷺沢さんの躍進は目を見張るほどものだった。CDデビュー、ライブ、ドラマ…全てのことで、大きな成果を上げる。そして、仕事をこなせばこなすほど、更に上のステージへ行く。

「鷺沢文香ちゃんだっけ?あの綺麗な歌声の!今度うちの歌番でも頼むよ!」

営業先でこんな風に言ってもらえることも多くなった。俺はたまらなく嬉しかった。だって、鷺沢さんの魅力がいろんな人に伝わっていることの証明のようだったから。あのレッスン場の、あの姿を、多くの人に認知してもらえた気もしたから。


仕事を通して、鷺沢さんにも親しい人たちが出来たようだ。主に、ユニットとして一緒に活動した人たち。速水さん、橘さん、新田さん、藤原さん、さらにもっともっと多くの…。

友人と呼べる彼女らと接してるときの鷺沢さんの笑顔は、また違ったものに見えた。年相応で、かわいらしくて。鷺沢さんの新しい一面を発見することが出来た。嬉しかった。

でも、それは良いことばかりじゃなかった。

「バレバレよ、あなた。」

「へ?」

速水さんに、鷺沢さんへの好意を感づかれた。ちひろさんに次ぐ二人目だ。どうか誰にも言わないよう、死ぬ気で頼み込むことになってしまった。

「…じゃ、これからは『文香』って呼ぶようにして。」

すると、条件を出された。どうして?、と尋ねるといつまでも他人行儀じゃ良くないからだそうだ。

それと、その方が面白そうだから、と言う理由もあった。


・・・

ある日、事務所での昼休憩。俺とちひろさんは休憩室で自販機のコーヒーを飲み、食後の時間を潰していた。

「最近の文香ちゃんの活躍はすごいですね!プロデューサーさんの頑張りのおかげですよ!」

先にコーヒーを飲み終えたちひろさんが、最近の文香さんの活躍を褒めてくれた。

「俺はたいしたことないですよ、文香さんがすごいだけなんです。」

謙遜じゃない。近くで文香さんを見てきたからよく分かる。

そうだ、すごいのは文香さんだ。今の実力にあぐらをかくことなく、更に上へ更に上へ。トレーナーさんからは「初期とは別人のようだ、しかも本人がそれに満足してないのが恐ろしい」と言われたこともある。

「…。」

あのときの、レッスン場で一人踊り続けていた文香さんを思い出す。かっこよかったあの姿。苦しそうだったあの姿。

「…ちひろさん、俺、時々思うことがあるんです。」

「?、どうしたんですか?急に神妙な顔と声で」

あのとき。あの男を殴ってしまったとき。俺が言った言葉が、『人生を賭させてやっている』という言葉が、文香さんが頑張るたびに俺の心臓を縛り付ける。

「俺は、文香さんをスカウトして良かったんでしょうか。」

「…………は?」

ちひろさんが素っ頓狂な声を上げる。その目は、今にでも「何を言ってるんですか。」とでも言いたげだ。

「何を言っているんですか。」

言われた。


俺は、俺が出会うまでの文香さんを知らない。今の文香さんは、アイドルだ。でも、過去の文香さんは違う。

「俺は、文香さんの将来を、ぶち壊して、この道に引きずり込みました。」

文香さんも夢を持っていたのかもしれない。目標もあったのかもしれない。でも俺は、それをぶち壊した。不可能にしてしまった。

「文香さんが、頑張ってる姿を見るたびに思ってるんです。」

アイドルとして、上に行くためにしている文香さんの頑張りを、本来持っていた将来の夢に向ければ、どうなっていたのだろう。向上心の塊のような文香さんなら、困難な夢でも叶えられたのではないのだろうか。

「それに、枕を持ちかけられたときも…本来なら、俺がスカウトしなかったら、そんなこととは微塵も関係のない人生を、文香さんは送っていた筈なんです。」

あの夢は、ふとしたときにフラッシュバックする。何度も何度も、虚ろな目をした文香さんが脳内を埋め尽くす。

人生そのものをねじ曲げた上で、更にずたずたに踏み潰すような。そんなことになる可能性だってあった。実際枕はなかったから良いものを、もし実現していたらと思うと、ぞっとする。

「取り返しのつかないことを…いや、もう実際、取り返せないことを俺はしているんです。」

先の話だが、アイドルを引退した後も、文香さんの人生は続いていく。そのとき、アイドルだった文香さんの生活はどうなるのだろうか。アイドルだったと言う過去は消せない。周りの人間から、一生、いや、それ以降も注目されながら生きていかなければならなくなる。

日常生活を送る上で、それは大きな、あまりにも大きな枷となる。

「恨まれても仕方ないような…。」

「何を言ってるんですか。」


「何ですかさっきから。黙って聞いていればかもしれないかもしれないって。」

「ちひろさん…。」

「スカウトしたのは、文香ちゃんのプロデューサーのあなたでしょう。なのに、そんなに文香ちゃんが活躍するのがイヤなんですか?頑張ってくれるのがイヤなんですか!?」

「違います…!…違います…でも…。」

活躍してくれるのも、頑張ってくれるのも嬉しい。嬉しい、だからこそ、不安になる。『本当に、文香さんはこれで良かったのだろうか?』と。ネガティヴ過ぎる思考だ。でも、一度考え出すと、止まらなかった。

「…とりあえず、文香ちゃんには絶対に思っていることを言わないでください。私に言えるのはそれだけです。」

「……はい。」

そのままちひろさんは、ドアを強く閉め休憩室を後にした。

コーヒーは、3分前よりも苦く感じた。


今日はここまでです。

この私こそが、神です。

再開します。

ゲンムレベルXの力、思い知ってください。


・・・

それからも、文香さんは輝き続けた。その輝きが増せば増すほど、自分の中にある、不安の影の色は濃くなっていく。思っても仕方のないことを、思わずには居られなかった。

文香さんにとっての、正しい道はなにか、正解も不正解もない答えに頭を悩ませ続けた。それは、考えれば考えるほど泥沼にはまっていくようで。

文香さんへの好意と、不安。隠すものが二つに増え、気がつけば、出会ってから一年がたった。

答えは、まだ見つからない。


―――
――


気がつくと、グラスは空になっていた。

「…んじゃ、俺はそろそろ戻るよ。また明日ね、文香さん。」

「待ってください。」

文香さんは俺を呼び止めた。空になっていた筈の文香さんのグラスは、いつの間にか酒で満たされている。

「話があります…どうか、座り直してくれませんか…。」

「あ、うん…。」

促されるまま、俺は再び椅子に座る。と同時に、文香さんはぐいっと、酒を一気に飲み干した。

「!!、ごほっ、ごほ!」

そして、吹き出した。

「ふ、文香さん!」

二十歳になったから、もう飲酒の制限はない…けど、初めての酒を一気に飲んだら誰だってこうなるだろう。というより、文香さんは酒を一気飲みするような人じゃないはずだ。やっぱり、今の文香さんはおかしい。

「だ、大丈夫?どうしてこんな事を…」

「も、申し訳ありません…」

文香さんは近くにあったティッシュで、吹き零したものを拭いている。よく見ると、耳まで真っ赤だ。それは酒のせいか、それとも恥ずかしさのせいか。


零した酒を片付け終わった後。

「どうしたの?急にこんなことして。」

疑問を文香さんにぶつけた。違和感の事もあったし、なにより、文香さんがこんな事をする理由を知りたかった。

「…こうでもしないと、言えない気がして…。」

文香さんはグラスにわずかに残った酒を、ちびちびと飲んでいる。どんどんと顔は赤くなっていっている。酒に余り強くないのだったら、もう飲んでほしくないけど…。

「…言えない?俺に何か言うことでもあるの?」

「はい…私がずっと、胸に抱えていること、です。」

文香さんは一度、大きく息を吸い、吐くと、俺の方をまっすぐ見て。

「プロデューサーさん。私は、貴方に怒っています。」

こう言った。

「私の…これまでの事を、聞いてください。」


―――
――


貴方に合う前の私は、夢も目標もない、本を読むことが出来れば幸せな、ただの一人の人間でした。将来は、叔父の古書店を継げればよいと、そうとだけ思っていて。

時間の流れに身を任せ、ただのうのうと送る日々は、心地良いほど無味無臭で。このまま何もなすことなく、生きていくのだろうと自分で決めつけてました。

あのとき、一年前の誕生日に、貴方と出会うまでは。


失礼ですが、初めは面倒な人に声をかけられてしまったと、そう思ってしまいました。…初めだけですよ。

アイドルというものに興味も関心もなく、話をされても遠い世界の事のように感じました。ですが、会話を重ねるごとに、貴方の話は、私の心を掴んで離さず、とどまり続けました。

いつからか、画面の向こうの姿に憧れ。いつからか、歌の作り出す世界の虜となっていて。いつからか、私もこうなりたいと思うようになり。

そしていつからか、貴方と出会えたことが、何かの縁のようにも感じていて。気がつくとアイドルになりたいと、なろうと決意していました。

私に、夢と目標が出来ました。


初めてのレッスンも、鮮明に覚えています。辛くて、厳しくて、悔しくて。自分に納得も出来ずに、遅くまで無理をしてしまいました。

「あの憧れた姿に近づきたい」…その思いでいっぱいでした。だからこそ、ダメだった自分が、情けなくて情けなくて。

あの未熟なダンスしか出来なかったときは、本当に私はアイドルとしてやっていけるのか不安でした。

それでも、続けていくうちに、少しずつ少しずつ、出来るようになっていって。そんなわずかな進歩でも、あの姿に近づけた気がして、嬉しくて、レッスンが楽しいものに変わりました。

困難にぶつかり、それを乗り越える。…これまでの私が、知らなかったこと。

貴方に出会えなければ、知ることもなかったこと。


「鷺沢さんが好きなものを、俺も知っておきたいから。」

これが、今まで続く私たちの関係の、きっかけの言葉でしたね。実を言うとかなり困りました。好きな本を他人に薦めたことが、私にはなかったのです。

初めての本の推薦に、私はどうしたら良いか分からなくて。戸惑いながら薦めたあの本が、気に召さなかったらどうしようかと、しばらくの間、落ちつけなかったのですよ。

だから、私の薦めた本を「面白かった」と言ってもらえるのは嬉しかったです。安心と、なぜか少しの恥ずかしさが同居していました。そして、それ以上に嬉しさが。

自分の好きなものを認めてもらえるのが、ここまで嬉しいなんて。これも、私が知らなかったことです。

貴方の薦めてくれた本も、多くの新しい世界を、私に見せてくれました。知らなかった書に出会う喜びは、何にも代えがたいものですからね。

貴方にも、それを体験してほしくて、多くの本を貴方に薦めてしまいました。ある一つの書に対する貴方の感想は、私のものとは違いました。

同じものに違う感想を抱き、それを共有する。今までしなかったこと。しようとも思わなかったこと。初めてだったこと。

その初めてだったことは、いつしか私の日常の一部になっていました。何度も交わした言葉の一つ一つは、私にとって、全てがかけがえのないものになっています。


レッスンと、感想会。新鮮で、心地良い日常。そんな日が、しばらく続いていた時でしたね、貴方が傷だらけになって出社してきたのは。

「…鷺沢さんには本当のこと言っておくと、チンピラに絡まれたんだよ。でも、余り大事にしたくなくてさ、ちひろさんには電話で体調不良って事に…。」

すぐに、貴方が嘘をついていることが分かりました。…苦しそうな、とても苦しそうな顔でしたので。

「見た目よりは痛くないから、心配しないで。」

痛そうな顔を、無理矢理綻ばせていた貴方は、悲しそうに私の目に映りました。でも、貴方は嘘を無意味につくような人ではない。…これまでの重ねてきた会話から、私はそう思っていました。

だから、よほどの理由があるのだろう。嘘をつかなければならない何かが、あったのだろう。

そして、それは私が知ってはならないことだろう。

だから私は、騙されることにしました。今はまだ、知らなくていい。知らないままで、貴方に騙されないと、でないと、その悲しそうな顔が、更に悲しくなってしまうと…私は恐れたのです。

貴方のそんな顔は、見たくない。

そのときは、その一心で、貴方の嘘に乗りました。


それからしばらくして、初めてのお仕事の話が。…バラエティ番組は、私には出来ないと思いました。出来るわけないと、勝手に不安になって、まだ臨んでもないことに恐れて。

「…とにかく顔を上げて」

ですが、貴方のアドバイスが、そんな私の不安だらけの心を支えてくれました。うつむかず、前を向く。そうすれば、出来ることもある。うつむいていたら、出来ることも出来なくなってしまう。

また貴方に、一つ教わりました。

そして私は、初めてのお仕事で、初めての成功をおさめることが出来ました。仕事の後に、ご褒美として貴方からもらった本を読みかえす度、このアドバイスを心に刻みます。

辛いとき、弱音を吐きそうなとき、決まって私はこのときの本を開き、前を向くことにしています。今でも、そうなんですよ。


初めての成功から、私の日常はめまぐるしく変わっていきました。CDデビュー、ライブ、ドラマ…全てが未知のことで、ついて行くのに精一杯でした。

でもその中で、貴方はいつも変わらず私のそばにいてくれて。新しい世界をどんどん見せてくれて。更に上へ、更に上へと私を導いてくれました。

私が立ち止まってしまったときは、一緒に立ち止まって悩んでくれる貴方。私が進むときは、後ろから背中を押してくれる貴方。私以上に、私のために頑張っている貴方。

気づけばそんな貴方に、アイドルであるにもかかわらず、私は恋をしてしまいました。

もっと貴方と一緒に居たい。もっと貴方と新しい世界を見たい。

もっと貴方の事を知りたい。

だからこそ、あのときの傷だらけの顔と、嘘が、余計に気になってしまいました。ですが、真実を知ることが果たして良いことなのか、分からず。

貴方の意思を踏みにじることを私は恐れ、結局は聞くことが出来ず。

真相は、意外にあっけなく、発覚しました。

今回はここまでです。

(押す音)

再開します。

今回で終われ。


・・・

その日、私は翌日に控えた収録についての相談のため、貴方の元を訪ねました。休憩中だと聞いたので、ちょうど読み終わったばかりの本の感想も、そのまま伝えようと、心を踊らせてもいました。

「俺は、文香さんをスカウトして良かったんでしょうか。」

そんな考えは、その言葉で、一気に吹き飛んでしまいました。どうして貴方がそんなことを口走ったのか、私はこの急すぎる事態に対応出来なかったのです。

頭の中はぐちゃぐちゃになって、でも姿の見えない貴方の、苦しそうな声は、イヤになるほどほど耳に入ってきて。

「俺は、文香さんの将来を、ぶち壊して、この道に引きずり込みました。」

一つ一つの言葉が。

「それに、枕を持ちかけられたときも…本来なら、俺がスカウトしなかったら、そんなこととは微塵も関係のない人生を、文香さんは送っていた筈なんです。」

私の心を。

「取り返しのつかないことを…いや、もう実際、取り返せないことを俺はしているんです。」

ひどく、ひどく。

「恨まれても仕方ないような…。」

何度も殴りつけるように。


混乱は一切収まることなく。

「…とりあえず、文香ちゃんには絶対に思っていることを言わないでください。私に言えるのはそれだけです。」

私は、休憩室から出てきたちひろさんに話を聞かずにはいられませんでした。

「…聞いても…後悔しませんか?」

貴方のことを、知りたい。…返答は、決まっていました。


それからちひろさんは、これまでのことと、先ほどのことを話してくれました。話すな、と言われても話さずには居られなかったようです。

私に枕営業の話が来ていたこと。貴方がそれを断り、怪我したこと。心配させまいと、それを私に隠すために嘘をついたこと。

私の人生を壊していると思っていること。私が人生に不満だと感じていないか心配していること。私の道を閉ざしてしまったと感じていること。

私に恨まれていると、そう思っていること。


話を聞き終えたとき、私は貴方に、ある種の怒りを覚えました。

嘘をついたことにではなく、話してくれなかったことにでもなく。

私が貴方を恨んでいると、思われていたことにです。


―――
――


「私が…貴方のことを恨むわけ、ないじゃないですか…!」

文香さんは所々つっかえながら、話してくれた。

「夢も、目標も…教えてくれた、貴方を…変えてくれた、貴方を…!恨むなんて事、そんなこと…!」

声も、肩も、グラスを持つ手も、震わせて。

「そう思っていた、貴方に…そう思わせてしまった、私に…」

俺への好意と、怒りを、話してくれた。目からは、大粒の涙がぼろぼろと、止まることなく落ち続けている。


「ひぐっ…ひぐっ…。」

全てを語り終えた文香さんは、鼻をすすり、涙をぬぐう。

「…。」

馬鹿だ、俺は。勝手に不安がって、心配して、そのせいで今文香さんに涙を流させている。

本音で語ることを恐れて、文香さんから直接聞いたわけでもないのに、嫌われているんじゃないかって、自分勝手に怖がって。文香さんの事を、知ろうとしなかった。

あの悪夢の、あの虚ろな目をしていたのは、自分自身だ。嫌われたくなくて、今の関係を壊したくなくて、距離を置いてそっぽを向いて。目を背け続けた。

「…っ!」

大きく息を吸い、二度、自分の頬を挟むようにして叩く。

「…ごめん、文香さん。俺、文香さんの事、知らなかった。」

これは、情けなくて、愚かで、臆病で、馬鹿な俺が招いてしまった事態だ。でもまだ、間に合うのなら。

「…一緒に、話をしよう。」

今からでも、遅くないなら。本当のことを、知りたい。本当の俺を、知ってもらいたい。


・・・

それから、俺たちはこれまでのことを話した。文香さんの本音も、俺の本音も、一緒にして。

一緒に経験したことも、違う風に記憶していたことが多かった。話し合って、おそろいの記憶がどんどん積み重なっていった。

俺が文香さんに好意を持っていたことも、包み隠さず話した。文香さんも俺の事を好きだと言ってくれた。たまらなく嬉しかった。

話をするうちに、恨まれているって思っていたことが馬鹿らしくなった。文香さんがそう思うわけないって、心の底から思えた。もっと早くに、こうしておけば良かった。

文香さんは、俺が引き込んだ今の人生に満足している。

だから俺が、これから先の人生を、もっともっと満ち足りたものに、もっともっと素晴らしいものにするんだ。

それが俺にできる、文香さんへの精一杯のお返しだ。


・・・

「…でも、まさか文香さんが俺の事ねぇ……。」

「……はい。」

夢にも思っていなかったことだ。速水さんは、両方のことに気づいていて、面白がっていたらしい。

「…普通に問題だよなぁ、アイドルとその担当プロデューサーが両思いって。」

「…そう、ですね。」

そうだ。今こうして同じ部屋にいることも良くないことだ。一刻も早く退室した方が好ましい。

頭の中のちひろさんが言った。『据え膳、喰わねば男の恥。』と。でも今の俺に、恥も尊厳も関係ない。文香さんのアイドル人生と、体が第一だ。

「それじゃ、文香さん、また明日。」

「…プロデューサーさん!」

背を向けた俺の服の裾を、文香さんはつかむ。

「今は…今はまだ無理でも…いつか、いつか一緒になれる日まで…一緒にいてくれますか?」

文香さんの声は上ずっていた。ちらっと見えた手は、小刻みに震えている。

これが文香さんの本心なら、俺も本心で返そう。

「うん…一緒になれるまで、ずっと一緒に。そのときが来たら、俺から、言わせてほしい。」

文香さんは手を離した。振り返った俺が見たのは、顔を真っ赤にした文香さんの姿。

「ありがとうございます…でも、その前に、私から言わせてください。…今、貴方に、どうしても言いたいことがあります。」

文香さんは一度目を閉じ、開き、目尻に少しの涙をためながら、満面の笑みでこう言った。

「…死んでもいいわ。」


・・・

一夜明けて。

今日は息抜きのためのオフ。俺たちは、これまでの活動のことをご両親に伝えるために、
文香さんの実家へと向かっていた。

「行こう、文香さん。」

「…はい…失礼します。」

文香さんが、俺の手を握る。俺は、その手を握り返す。

『文香さんにとっての、正しい道はなにか?』正解も不正解もないこの問いの答えを、俺はきっと導き出せない。

答えるのは、文香さんだ。

出会う前の、彼女に。出会った後の、鷺沢さんに。語り合った、文香さんに。これからの、君に。

『俺と出会えて良かった』と言ってもらう。そのために、君に応え続ける。

だから今は、この道を。

足幅を合わせて、手を取り合って。ずっと一緒に、歩いて行こう。


ここまでです、お付き合いいただきありがとうございました。

本当に美しいよ…鷺沢文香。
君ほど目隠れが素晴らしいアイドルはいない。
初めて会ったときから君は…透き通るように純粋だった…。
その水晶の輝きがァ…私の創作意欲を刺激してくれた。
君は最高のアイドルだぁ!!
君のその輝きは全てッ……私の…この…心の…!
ッヘゥー光となっているんでゃよッ!!
ヴァ↑ーーーーハハハハハァァッ!!う゛ァ゛ーははははははァッ!
ぷぅ゛ぅ゛ぅ゛ん゛!!


元ネタ→
「宇宙飛行士への手紙」
https://www.youtube.com/watch?v=x6pzZ_IGQAg

前作→
【デレマス】黒いアイツの倒し方
【デレマス】黒いアイツの倒し方 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1491657100/)

時間とお暇があれば。



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