【346】ONE FOR ALL【ジュピター】(170)

冬馬「……ここにいたのか」

翔太「お疲れ冬馬くん、何読んでるの? アイドル雑誌? 取材受けたっけ」

冬馬「ちげえよ、シンデレラガールズ総選挙特集」

翔太「あー、あのマンモス事務所」

冬馬「200人近く事務所にアイドル抱えてその中で順位を付ける……か、すげえな」

翔太「961プロってアイドル少なかったよねー、765プロも最近になって増えたみたいだし」

北斗「黒井さんは少数精鋭が基本だったからな、今だって一人だろう」

冬馬「よう、もう終わったのか?」

北斗「台詞を二言、難しい仕事じゃない」

翔太「ま、いきなり大きい仕事は難しいよねー」

北斗「それでも引き受けてくれたところがあっただけありがたいさ、応援してくれてるエンジェルちゃん達もいる」

翔太「で、冬馬くんはどうしてそれに興味持ったの? ファンの子でもいるとか?」

冬馬「……そんなんじゃねえよ、ちょっと仕事でな」

北斗「歯切れが悪いな、961時代に共演したとか?」

翔太「この子達のデビュー最近だよ」

北斗「元カノ?」

冬馬「そんな訳ねえだろ、ああもう今日は帰る。じゃあな」

翔太「……何かあるよね?」

北斗「翔太、346プロに知り合いは?」

翔太「いる訳ないじゃん、北斗くんだってそうでしょ?」

北斗「……いや」

翔太「え、いるの?」

北斗「知り合い、というか」

翔太「というか?」

北斗「聞いてみるか、一応。 偶にはこんな事に時間を使うのも悪くない」

翔太「この事務所のアイドルに会うの?」

北斗「この後、暇なら俺の家に来るか?」

翔太「ひまひま! 超ひま!」

惠「事務所を移ったと聞いてたけど、元気そうね。そして相変わらずキザ」

北斗「はは、褒め言葉として受け止めておくよ」

翔太「……従妹って、伊集院家って凄いね」

北斗「俺もデビューするって聞いた時は驚いたさ、海外をふらついてるって聞いてたから」

翔太「オーストラリアでスカウトされたって雑誌に載ってたけど、これ本当?」

惠「そんな事で嘘つかないわ」

翔太「北斗くん、346プロに対する見方が変わってきたよ」

北斗「それは俺も同意見だが今はその話は置いておくとして、冬馬についてなんだけど」

惠「そう言われても……数が多いのは知ってるでしょ? 知り合いがいるかもしれない、だけでは何とも言えないわ」

翔太「会った事ない人もいたりする……ですか?」

惠「話した事ある子の方が少ないくらい、別にいるの? でいいのよ。気になるの?」

北斗「多少は、コーヒーでいいかな? それに日本にいるのに顔を合わせないのも失礼かと、もうきっかけでもあれば呼びやすいかと思ってね」

翔太「そんなに会ってなかったの?」

惠「3年ぶりくらいかしら」

翔太「わーお」

北斗「翔太は砂糖4つだったっけ」

翔太「ミルクもね」

北斗「分かってる」

惠「時期も時期だからアイドル達も忙しいし、聞く機会もあまり」

翔太「総選挙があるから?」

惠「ええ、まあ私にはあまり関係のない話だけど」

翔太「関係ない?」

惠「その企画は今回で6回目。でもそれね、50位までしか発表されないの」

北斗「それは、事務所の方針で?」

惠「ええ、要は需要を探る為の調査だから」

翔太「150位とか発表された方が僕は嫌……だけど……」

惠「優しさと取るか、厳しさと取るかは人それぞれでしょうね」

翔太「……あの」

惠「総選挙前にここでのんびりコーヒーを飲める時間がある、というのが私の現状。北斗は知ってたでしょう?」

北斗「まあ、チェック位はしてるから」

惠「話が逸れたわね、出来る範囲であれば協力はするわ。時間なら取れない事もない、翔太君の想像通り」

北斗「興味が?」

惠「もしかしたらライバル一人蹴り落とせるかもしれないじゃない」

翔太「え」

惠「冗談よ、北斗が友達の事で誰かを頼るのも珍しいから。貴方に貸しを作るのは悪くない、私や北斗みたいに親戚でしたなんて事もある」

北斗「それなら平和に終わるんだけど、さてどうなる事やら」

惠「そうと決まれば動くとしましょう、コーヒーご馳走様」

北斗「どこへ?」

惠「事務所、暇ではあるけれど貴方ほどじゃないのよ」

北斗「手厳しい言葉を」

惠「勿体ないと思う、今の貴方は。それも必要な時間なんでしょうけれど、また連絡するわ」

翔太「本当に手厳しい」

北斗「まあ、何にせよ協力者は得られた」

翔太「なんだか、自嘲気味だったけど大丈夫?」

北斗「誰もが一番になれる世界じゃない、それは翔太も分かってるはずだ」

翔太「僕は恵まれてるのかな~」

北斗「……さあな」

ありす「……」

346P「どうした? さっきから外ばっかり眺めてるが」

ありす「変な人が右往左往してます」

346P「変な人? 本当だ。あ、警備さんに声掛けられて……帰った」

ありす「不審者でしょうか?」

346P「いや、事務所の入り口まで来てるって事は総合受付はパスしてるんだし……。警備室に連絡とってみるか」

ありす「事務所も随分と静かですね」

346P「今が一番忙しいからな、誰だって自分の担当を一位にしたくて必死さ、余裕があるのは既にその段階をパスしてる人だけ。あ、警備さんさっきのは――」

ありす「一位、ですか」

346P「正体判明、意外だな。ありすでも知ってそうな人だった」

ありす「誰ですか?」

346P「天ヶ瀬冬馬だってさ、元961の」

ありす「ジュピター、でしたっけ? 確か私がデビューする前に」

346P「そう、事務所を移った。理由は不明、だから色々と勘繰られてるらしいんだが、何の用だ? 誰かに約束か? まさか……いや」

ありす「警備さんは何と?」

346P「今日は帰ります、って言って帰ってったらしい。受付に聞いてみるか」

惠「おはようございます」

ありす「おはようございます」

惠「おはよう、可愛い服ね。撮影?」

ありす「はい、惠さんは今日は?」

惠「レッスンよ、お仕事頑張ってね。総選挙も」

ありす「……ありがとうございます」

346P「はっきりしないな」

ありす「天ヶ瀬冬馬ですか?」

惠「天ヶ瀬冬馬?」

346P「ああ惠さん、おはようございます。さっきまで入り口でうろちょろしてたらしいんですけど、見ませんでした?」

惠「いえ、見なかったわね」

ありす「受付の方は何か?」

346P「誰も見てないって言うんだ、通れば分かるはずなんだが。まさか忍び込んだのか?」

惠「不法侵入ということ?」

346P「かもしれません、ただはっきしない段階で周知する訳にもいきませんし」

惠「アイドルにだけ周知しておいたらどう? 他言無用という事にしておいて。何かあってからでは遅いもの」

346P「そうだな……不審者に気を付ける様に、位にしておくか。流石に個人名出すのは不味すぎるし」

ありす「別にその人に何か問題がある訳でもないんですよね?」

346P「仕事の付き合いなかったからな、765プロと仲が悪かったとかなんとか噂に聞いた事はあるが」

惠「346プロの誰かに知り合いがいるのかも」

346P「ジュピターと? 彼らと仕事した事あるアイドル……いるのかな。聞いた事ないな」

惠「事務所を移籍してからも?」

346P「テレビにも舞台にも出てきませんし、小さな箱を回ってるのであれば接点の持ちようもないはず。一応、調べてみますか」

惠「何か分かったら私にも教えてもらえる? 知ってしまうと気になってしまうもの」

346「分かりました。おっと、こんな時間か。ありすお疲れ、惠さんも頑張って下さい」

惠「ええ、ありがと」

ありす「これで良かったんですか?」

惠「一芝居打ってもらってごめんなさいね」

ありす「いえ、大した事はしてません。プロデューサーに変な人がいる、と声を掛けただけです。惠さんが変装した天ヶ瀬冬馬ですけど」

惠「今日ここにいる中で頼めそうな子は貴方しかいなかったから、内緒にしておいてくれる?」

ありす「はい、ジュピターが何か?」

惠「いい加減、くすぶってるのを見るのも嫌になってきたところだから」

ありす「はい?」

惠「こっちの話よ、日も暮れてきたわ。またね」

冬馬「この広告765プロ……こんなでかい広告……おっと、電車!」

赤羽根「お」

冬馬「ん? ……あんた、何してんだ?」

赤羽根「営業終わって事務所に帰るところだよ、君は?」

冬馬「似た様なもんだ、仕事終わって帰るところ」

赤羽根「そうか、お疲れさま。隣、座っていいか?」

冬馬「好きにしろよ、疲れてるんだろ」

赤羽根「ならお言葉に甘えて」

冬馬「増えたんだってな、アイドル」

赤羽根「そう、まあ何とか頑張ってるよ。仕事は増えたけどな」

冬馬「プロデューサーも増えたんだろ?」

赤羽根「……」

冬馬「おい、まさか」

赤羽根「そのまさかだな、あはは……」

冬馬「あんた、死にたいのか?」

赤羽根「君達も頑張ってるんだろ? 春香から聞いたよ、ライブやってるって」

冬馬「誘ったのに来なかったけどな」

赤羽根「本人も気にしてた、いつか行くって言ってたよ」

冬馬「いつか、か。広告見たぜ、また大きな仕事だな」

赤羽根「ああ、アリーナライブだ。合宿も始まる、ここからが正念場だ」

冬馬「大丈夫だろ、あんたらなら。何だその資料? アメリカ……研修?」

赤羽根「ああ、ライブが終わったらな」

冬馬「終わったらって、あんたアメリカ行くのか?」

赤羽根「まだアイドル達には秘密にしてるんだが、まあな。夢を叶える為の一歩だ」

冬馬「そうか、頑張ってるんだな」

赤羽根「もっと立派なプロデューサーにならないと足を引っ張っちゃうからな、俺はここで。じゃあな、また一緒に仕事しよう」

冬馬「夢、か」

「軽々しくそんな夢を語らないで、961の癖に」

冬馬「何を思い出してんだ、俺は」

翔太「おはよう冬馬くん」

冬馬「何だよ、その気持ち悪い笑みは」

翔太「べっつにー、今日のライブも頑張ろうねってだけ」

冬馬「当たり前だ、いつだって俺は全力全開だぜ!」

北斗「冬馬、来てたか。スタッフさんが呼んでたぞ、今日の演出について」

冬馬「マジか、すぐ行く。サンキュ」

翔太「で、何か分かったの?」

北斗「端的に言うと、346プロと冬馬との接点は何もないそうだ」

翔太「だろうね。それにしても惠さん大胆だよね、凄い作戦」

北斗「頭抱える位にはな」

翔太「大丈夫、ばれたら冬馬くんが捕まるだけだって」

北斗「あのな」

翔太「でもこれで可能性は絞れてくるよね」

北斗「346プロと繋がりが無いのなら、その前だ」

翔太「つまり346プロに移籍してきた誰か、って訳だね。でもそれでも数多いんじゃない?」

北斗「ところがそうでもない、アイドルの移籍組は数人程度だ。総選挙の記事を見てたんだからスタッフとかではないだろう」

翔太「へー、じゃあ後は聞いてみればいいんじゃない。冬馬くん知ってますかって」

北斗「そんな簡単な話にはならないな」

翔太「何で?」

北斗「言ったろ? 惠さんも全てのアイドルと接点を持ってる訳じゃない。それにこれ以上、冬馬の名前を出してみろ」

翔太「あー、こっちの事務所に抗議が来るかも」

北斗「これ以上、この件で事を大きくするのは無しにしよう。唯でさえ興味本位で動いてるんだ、慎重に慎重に」

翔太「我慢だね」

北斗「何かに悩んでるのは間違いないんだが」

翔太「言えばいいのに、相変わらず頑固なんだから」

北斗「それもまたあいつらしさだ」

翔太「……外、凄い人だね」

北斗「エンジェルちゃん達、だけでもなさそうだ」

翔太「隣の会場って誰のライブ?」

北斗「調べてみよう……橘ありす?」

翔太「どこの事務所?」

北斗「346プロだそうだ」

翔太「見せて。子供? 僕より年下!? それでこの人気!?」

北斗「男性アイドルはともかく流石にこの年齢層のアイドルはチェックしてないな」

翔太「見に行ってみる? 346プロのお手並み拝見」

北斗「惠さんに頼んで関係者扱い……か。終わってから考えよう、まずはライブだ」

翔太「もちろん」

冬馬「ふぅ、今日のライブも最高だったな……あいつら、どこ行った?」

翔太「すんなり入れてもらえたね、警備さん仕事する気ないのかな?」

北斗「すんなり過ぎる気もするんだが」

翔太「罠だったりして、表沙汰にされたくなければ冬馬くんを監視しろーとか」

ありす「そんな複雑なからくりでもありませんよ、もし来たら入れる様に許可を出していただけですから」

翔太「え、えっと、ライブは」

ありす「終わりましたよ、ジュピターの御手洗翔太さん」

翔太「なんでドヤ顔……」

北斗「チャオ☆ 可愛いお嬢さん、助かるよ」

ありす「立ち話もなんですから、楽屋にどうぞ。プロデューサーが迎えに来るまで時間はありますから」

翔太「お茶までどうも」

北斗「オチャ☆」

翔太「北斗くん」

北斗「失礼、場を和ませようかと」

ありす「ライブ後にしては元気そうですね」

翔太「芸歴はそこそこ長いからね、これ位は。ステージも狭いし」

北斗「俺達が来ることを予期していたのかな?」

ありす「惠さんの作戦に協力したアイドル、誰だと思いますか?」

北斗「なるほど、名前までは聞いてなかった。つまり俺と惠さんの関係も?」

ありす「え?」

翔太「おや?」

ありす「あ、なるほど、確かに。分かりました」

翔太「まあ分か――」

ありす「夫婦ですね!」

翔太「従妹だよ!」

ありす「……ああ、従妹」

翔太「どうして僕が説明しないといけないのさ」

北斗「君はどこまで把握してるのかな?」

ありす「惠さんが、天ヶ瀬冬馬についての情報を知りたがっている。というところまでは」

ありす「教えて下さい」

北斗「短い話なんだけど――」

――


ありす「小さな問題の様にも思えますが」

北斗「その通り、だからここでスタッフさんに俺達を突き出してもらっても構わない。君にはその権利がある」

ありす「突き出しはしませんが、事務所として協力する訳にはいきません」

翔太「だよね、仕方ない北斗くん。ここは一旦」

ありす「ですから個人的に協力します」

翔太「は?」

北斗「いいのかい?」

ありす「私には私の事情がありますから、詮索は不要です」

翔太「協力って、どうするの?」

ありす「流石に私が聞いて回る訳にもいきません」

翔太「うん、それはそうだろうね」

ありす「ですから場を作りましょう」

翔太「場?」

北斗「会わせてもらえるという理解でいいのかな?」

ありす「アシスタントといった形になりますが、早期に」

翔太「願ってもない……よね」

北斗「ああ、ぜひお願いしたい」

ありす「分かりました、でしたら連絡先を。登録は避けましょう、番号を言いますから記憶して下さい。今日はこれで、見送りはできませんので静かに帰って下さい」

翔太「あの子も何かありそうだね」

北斗「詮索はなしだぞ」

翔太「僕さ、誰かに頭を下げて仕事を貰ってくるとか、961にいた頃はした事なかったんだよね」

北斗「そう、だな」

翔太「あの子もきっと知らない、だからなんだろうね。そしてそれをあの子は分かってる」

北斗「何が言いたいんだ?」

翔太「今日のライブも楽しかったって話」

北斗「……翔太?」

翔太「僕達はこれからもジュピターだよね? 北斗くん」

北斗「当たり前だ、何を今更」

翔太「ならいいんだ、また明日」

ありす「……よし」

346P「橘さん、ライブお疲れ様。お茶なんて出して、誰か来てたのか?」

ありす「スタッフさんと少しお話していただけです、迎えの車はもう?」

346P「裏に回してある、今日は直帰でいいから」

ありす「失礼します」

346「……さて、回収回収と」

冬馬「ったく、あいつら俺に何も言わずに帰りやがって」

店員「いらっしゃ、やあ冬馬くん。久しぶりだね」

冬馬「お久しぶりです、見させてもらっていいですか?」

店員「最近は萌えの方に走ってるって翔太君から聞いてたけど」

冬馬「あいつ! ま、まあ色々と幅広く」

店員「まあ、この子達もいつまでここにいられるか」

冬馬「引っ越すんですか?」

店員「お人形遊びをする子も減った、そうなれば売り上げも下がる。となれば、夢ばかり見てもいられない」

冬馬「……夢」

店員「売れる物、と考えればここにいる子達は時代遅れだ。一部のマニアしか喜ばない、そこにあるのもそうだな」

冬馬「……ドールハウス」

店員「潮時かもしれないな、本当に。そういえば聞いてなかったな」

冬馬「はい?」

店員「君はどうしてこういったものに興味を持ったんだい? ロボットとか車とかゲームとかあるだろう?」

冬馬「まあ、強いて言えば――」

店員「おや、いらっしゃい。ほう、アイドル揃い踏みだね」

泰葉「揃い踏み、ですか?」

346P「へー、こんな店が。ごめんな、行きたいとか言い出しちゃって」

冬馬(って、どうして俺が隠れないといけないんだよ!)

店員「あれ、さっきまで天ヶ瀬君が来てたんだけど」

346P「天ヶ瀬冬馬!?」

泰葉「プロデューサー? 彼が何か?」

346P「泰葉、彼を知ってるのか?」

泰葉「何度か以前、お仕事を」

346P「……これはまだ言い触らせるような話じゃないんだが」

泰葉「はあ」

346P「うちの事務所に来たんだが、警備に声を掛けられたらそのまま立ち去っていってな」

冬馬(は!?)

泰葉「一人で、ですか?」

346P「ああ、気になるだろ? あ、これありすと惠さん以外には秘密にしてるから」

泰葉「お仕事ではなく?」

346P「ない、それは俺が保証する。友達とか?」

泰葉「いえ、仕事以外では全く。961プロダクションは他の事務所との交流を禁じてますから」

346P「だよなあ」

冬馬(いつ!? 誰が!? 何故!? 偽物!?)

泰葉「まあ確かにおかしな人ではありましたけど」

冬馬(おい!)

346P「会う機会があれば話をしたいんだが」

冬馬(どうする!? 出るか!? いやでも偽物と証明する手段がねえ!!)

346P「でも彼もドールが趣味なんて、可愛いところあるんだな」

冬馬(ほっとけ!)

泰葉「プロデューサー、ここからは自分で帰れますから。事務所に戻ってもらって構いません」

346P「大丈夫か?」

泰葉「はい、私はもう少し見ていきますから」

346P「分かった、もし不安だったら連絡してこい」

泰葉「さて」

店員「ばれているようだよ、天ヶ瀬君」

泰葉「何をしているんですか? 天ヶ瀬冬馬」

冬馬「相変わらず演技上手だな、岡崎泰葉」

泰葉「不法侵入者に言われたくありません」

冬馬「ちげえよ! それは絶対に違う! 俺じゃない」

泰葉「でしょうね、そんな度胸ありませんでしたし今も無いでしょう」

冬馬「……この」

泰葉「偽物に心当たりは?」

冬馬「あるなら隠れてねえよ」

店員「椅子でも出そうか?」

泰葉「いえ、特に話す事もありません。仮に346プロに用があるとして、話があるのは私ではないでしょう?」

冬馬「まあな」

泰葉「会わせる気もありませんけど、会いたいなら止めもしません。以上です、また来ます。今度はゆっくり見ますから」

店員「君達、仲悪いの?」

冬馬「……」

翔太「珍しいよね、こんな地方での仕事」

北斗「バス移動が辛い所だが」

冬馬「年寄りみたいな台詞だな」

翔太「クロちゃんなら新幹線ですいーなのにね」

冬馬「いいんだよ、俺達はこれで。チャーターして貰ってるだけありがたく思え」

翔太「ま、だから暇つぶしに困らない様にしてきたし」

冬馬「ゲームか?」

翔太「冬馬くんを見習ってアイドル業界のお勉強」

北斗「346プロの? それ内部資料か?」

冬馬「それやばいんじゃねえのか?」

翔太「ちょっとお願いすれば、ね。北斗くん」

北斗「まさか入手先は……」

翔太「違うよ、潜りこんだ時にこそっと取ってみただけ」

北斗「よく誰にも見られなかったな」

翔太「あの子は何も言わなかったよ」

北斗「……なら、いいのか?」

冬馬「おい、何をこそこそ話してんだ」

翔太「冬馬くん好みの子はどの子かなーって」

冬馬「大丈夫なんだろうな」

北斗「まあまあ、業界人向けの資料なら俺達が持っていても言い訳はできるだろう」

冬馬「お前が興味持つなんて雨でも降るんじゃねえか」

翔太「ま、興味があるのは嘘じゃないよ。面白い事務所だし」

冬馬「数が多いからか?」

翔太「9歳から31歳までのアイドルが同じ土俵で総選挙、クロちゃん以上に鬼じゃない?」

北斗「そうか?」

翔太「クロちゃんならデビューさせてないんじゃないかな、扱いの小さい人達は特に」

冬馬「チャンスを与えるかその前に諦めさせるか、か」

翔太「トップは凄いけどね、高垣楓さんとかニュージェネレーションとか」

冬馬「アイドルってのはそういうもんだろ。売れないアイドルは消えていく、それだけだ」

北斗「ま、そこは俺達も他人の事はとやかく言えないさ。黒井さんの下にいた訳だし」

翔太「でもそのお蔭で、僕達はあっという間にトップアイドルになった」

冬馬「おっさんの力だけじゃねえ」

翔太「その実力も予算が僕らに集中したから、って言われたら冬馬くんは反論できる?」

冬馬「本当に珍しいな、雪でも降らせる気かよ」

翔太「唯の暇つぶしだよ、冬馬くん。運転手さん、音楽掛けてもいい? ありがと」

冬馬「知らねえ曲だな、誰のだ?」

北斗「この声……」

冬馬「知ってんのか?」

翔太「橘ありすって子、総選挙24位」

北斗「そんな上位だったのか、だからあの規模で」

冬馬「ファンにでもなったのか?」

翔太「まあね、1票入れておこうかと思って」

冬馬「熱心だな」

翔太「CDに付属してあるシリアルコードを入力すれば、ほら。これで1票」

北斗「そんな仕組みになってたのか」

冬馬「CDの売上で決めちまえばいいじゃねえか、どうせ全員出してんだろ?」

翔太「出せればね、出せると思う? 183人同時リリース」

冬馬「……1票入れるのに他のアイドルのCD買えってか」

翔太「ファンクラブ会員なら無料で何枚か貰えるみたいだけど、それ以上はそういう事みたい」

北斗「想像を絶するな」

翔太「北斗くんは投票した事なかったの?」

冬馬「ある訳ねえだろ、こいつは自分のエンジェル達の相手で忙しいっての」

北斗「はは、まあな」

翔太「ふーん。よーし、じゃあ冬馬くんのエンジェルちゃん探しかーいし!」

冬馬「余計なお世話だ!」

翔太「この人とかどう? おっきーよ!」

冬馬「うるせー!」

翔太「お祭りだー!」

冬馬「打ち合わせが先だ、行くぞ」

北斗「元気だな、バス内であれだけ騒いでたのに」

冬馬「俺だって元気だ。腰が、とか言うなよ」

北斗「流石にそこまでじゃないさ……多分」

翔太「他の事務所のアイドルもいるんだ」

北斗「どこか遠巻きにされてるな」

冬馬「気にしねえよ、与えられた場所でやるだけだ」

翔太「これ、アイドルの仕事なのかな。あ、北斗くんこっち終わった」

北斗「こっちもすぐ、設営はともかく料理は初めてだな」

冬馬「いいじゃねえか、おにぎりと豚汁。ライブ後に食ったら絶対美味いぜ」

「なあ、あれジュピター?」

「何でこんな小さなイベントにいるんだよ」

「しっ、聞こえる聞こえる」

「毒入ってたりして」

「元トップアイドルも事務所移れば……ってやつか」

「いい気味。どうせ事務所でかいからって調子に乗ってたんだろ」

「で、捨てられたと。はは、行こうぜ」

北斗「……気にするだけ時間の無駄だろうな」

冬馬「面白いじゃねえか」

北斗「冬馬?」

冬馬「俺が最高の!」

北斗「お、おう」

冬馬「カレーを作ってやるぜ!」

翔太「豚汁だよ、冬馬くん」

冬馬「よっしゃ! さいっこーだったぜ!」

翔太「カレーが? ライブが?」

冬馬「両方だ、だろ?」

北斗「まあ、好評なのはいいとして」

惠「そうね、美味しく頂いてるわ」

北斗「なっ!」

冬馬「知り合いか?」

惠「ナンパ男の従妹よ、天ヶ崎君」

冬馬「天ヶ瀬だ!」

惠「あら、翔太君から聞いていたのだけれど」

冬馬「てめえ! ……従妹?」

北斗「はは、まあ」

翔太「偶然ですね、今から?」

惠「そうね、私も少しは名前を売っておかないと」

冬馬「マネージャーはいないんですか? 見たところ一人みたいですけど、その俺達と関わると」

惠「そうね、100回は陰口を聞いたかしら」

翔太「今に始まった事じゃないけどね」

惠「大きい事務所にいるだけで売れるなら、私はアイドル辞めなくちゃいけないわね」

冬馬「どこなんです?」

惠「346、聞いた事ある?」

冬馬「ええ、そりゃまあ」

翔太「ありすちゃんに一票入れたよ」

冬馬「おま!」

惠「そう、伝えておくわ。喜ぶんじゃないかしら」

北斗「そろそろ出番では?」

冬馬「あ、一つだけ聞いておきたいんですけど」

惠「私に?」

冬馬「346プロに俺の偽物が出たらしいんですけど、何か知ってます?」

惠「……」

翔太「……」

北斗「……」

冬馬「何でお前らまで黙るんだよ」

翔太「い、いや初耳だなあーって」

惠「誰から聞いたの?」

冬馬「え、いや、風の噂で」

翔太「もしかして冬馬くんも346プロに知り合いがいたりとか?」

冬馬「カ、カレーの様子見てくる!」

北斗「情報が早すぎる」

翔太「橘さん、はないよね」

惠「となるとプロデューサーになるわね」

翔太「だったら惠さんに話がいくはず、思ったより根が深いのかな」

北斗「君、何か?」

ほたる「あ、惠さんそろそろ」

惠「ほたるちゃん? 今日ここで? 予定にあった?」

ほたる「近くでロケだったんですけど、プロデューサーさんからどうかって言われて。一曲だけですから」

翔太「移籍組……」

惠「変なこと聞くけど、ジュピターは知ってる?」

ほたる「知ってますけど、お二方とは」

翔太「初対面だよね」

北斗「冬馬は知ってるの?」

ほたる「見た事はあります、お仕事で一緒になりましたから」

惠「それいつ!?」

翔太「どこで!?」

北斗「何の仕事!?」

ほたる「は、はい!?」

惠「あ、ごめんなさい。話したりとかはしてないのね?」

ほたる「泰葉さんと……後は武内さんなら少しは知ってるかもしれません」

惠「彼が?」

スタッフ「伊集院さん白菊さんいます?」

惠「はい! すぐ行きます」

ほたる「すみません、失礼します」

翔太「……武内って誰?」

北斗「俺に言われても」

ありす「こんな遅くに掛けてもいいとは伝えていませんが」

翔太「仕事終わりだとこんな時間になっちゃうんだ、ごめんね。ちゃんと新情報持ってきたから」

ありす「一人ですか?」

北斗「チャオ☆ 明日にしようって翔太には言ったんだけど、翔太がどうしても君の声が聴きたいって言うから」

翔太「武内って人、知ってる?」

ありす「シンデレラプロジェクトの統括者ですが、それが何か?」

翔太「超大物じゃん」

北斗「その人と冬馬が過去に顔を合わせたことがあるらしいんだ」

ありす「情報源はどなたですか?」

翔太「白菊ほたるって子、この子が急に来たのって」

ありす「ああ、それは私ですね。そうですか、ほたるさんが」

北斗「泰葉って子も知ってるらしいんだけど、心当たりあるかな?」

ありす「岡崎泰葉さんであれば、子役をしていた方ですから人脈が広くても驚きはありません」

翔太「冬馬くんが偽物騒動を知ってるの、その子からって事は無い?」

ありす「え、ばれたんですか?」

翔太「何故だか知ってたんだよ、聞いても関係ないだろの一点張りで」

ありす「プロデューサーが泰葉さんに話したのであれば、その線は成立しますけど」

翔太「武内さんって忙しい人?」

ありす「事務所内でも1、2を争うかと。今は第二期のシンデレラプロジェクトの準備に走り回ってるはずです」

翔太「シンデレラプロジェクトってあれだよね、ニュージェネレーションとかアスタリスクとか輩出した」

ありす「はい」

北斗「暇つぶしで近づくには大物過ぎるな」

翔太「チャンスだよ北斗くん」

北斗「チャンス?」

翔太「ここで346に名前を売っておいて損はないよ。もしその人と繋がりが出来たら、僕達に仕事来るかも」

ありす「二兎を追う者は一兎をも得ずといいますが」

翔太「一石二鳥ともいうよ」

ありす「貴方はあまり共演したいタイプではありません」

翔太「酷いな、1票入れたのに」

ありす「では集計から外しておきます」

翔太「それ、惠さんの前でも言える?」

ありす「……余計なお世話です」

翔太「ま、一応情報は教えておいたから。またね」

北斗「一言多かったんじゃないか?」

翔太「知ってるでしょ? 僕、基本的に嫌な奴だから。だからついでにもう一つ聞いちゃうんだ」

北斗「俺に?」

翔太「どうして今まで惠さんに投票しなかったの?」

北斗「……身内だからこそ、だよ」

赤羽根「忙しいのに悪いな、わざわざ。乾杯」

武内「いえ、先輩こそ」

赤羽根「お前ほどじゃないって、それに会える内に会っとかないと」

武内「話がある、との事でしたが」

赤羽根「アメリカに留学する事にした」

武内「留学、今のアイドル達は?」

赤羽根「律子や社長に任せる事になる、無茶なお願いだとは自覚してるよ。でも、必要だと思ったからな」

武内「先輩らしいですね、決める時はいつもそうです」

赤羽根「そうか?」

武内「アイドル達を信じているからこそ、行くのでしょう?」

赤羽根「不安が無いと言えば嘘になる。けど春香達なら、な」

武内「私も見習わなければ」

赤羽根「何を言ってんだ、プロジェクト成功させたじゃないか。それに、プロデューサーとしては武内の方が先輩だ」

武内「ただ長く勤めればいいというものでもありません、私はまだ始まったばかりです」

赤羽根「俺だってそうだ。そうだ、アリーナライブ見に来るか?」

武内「スケジュール次第ですが、ぜひ」

赤羽根「後はそうだな、ジュピターも呼んでみようかな」

武内「ジュピター?」

赤羽根「ああ、天ヶ瀬冬馬とたまたま顔合わせてさ。知らない仲でもないし」

武内「……天ヶ瀬冬馬」

赤羽根「色々と言われてるけど、悪い奴らじゃない。今は――」

武内「必ず行きます」

赤羽根「ライブか? 別に無理しなくていいんだぞ?」

武内「いえ、私にとって必要な事ですから」

赤羽根「あ、ああ。来るかどうか分からないけどな」

武内「来るでしょう、恐らくは。いえ、絶対に」

泰葉「こんな時間まで起きてたの? 寮の消灯時間も過ぎてるのに」

ありす「泰葉さん、食堂に何か用ですか?」

泰葉「何となく、誰かいるかなって。何か飲む?」

ありす「手間でしょうから、同じ物を」

泰葉「プロデューサーさんから聞いたんだけど、天ヶ瀬冬馬が来たって本当?」

ありす「……ええ、見かけたの私ですから」

泰葉「何か企んだりしてる?」

ありす「さて、何のことでしょう?」

泰葉「芸歴だけは長いから、こういう事だけは得意になっちゃうんだ。はい、ホットミルク」

ありす「見抜かれたのでしたら白旗を掲げます、流石ですね。顔に出てましたか?」

泰葉「会ったから、天ヶ瀬冬馬本人に」

ありす「お知り合いですか?」

泰葉「仕事で一度だけ、彼がまだジュピターではなく候補生だった頃」

ありす「つまり、泰葉さんも」

泰葉「そう、この事務所に来る前の出来事」

ありす「……昔話を私に?」

泰葉「どうしようかなって、悩んでる。ねえ、その偽物の天ヶ瀬冬馬って、惠さん?」

ありす「ノーコメントにさせてもらえませんか?」

泰葉「怒ってる訳じゃないよ、ただありすちゃんがそんな悪戯するの珍しいなって思って」

ありす「やり過ぎている事は分かっています」

泰葉「……そっか、なら私が悩んでたら駄目だね」

ありす「泰葉さん?」

泰葉「私の部屋に来ない? ここよりゆっくりできるから。誰も来ないし」

ありす「そういえば、初めて入ります」

泰葉「あまり接点もなかったもの、少し年も離れてるし」

ありす「わぁ、綺麗」

泰葉「ドールハウス、珍しい?」

ありす「はい、初めて見ました」

泰葉「綺麗でしょ、アイドルみたいに」

ありす「アイドル……そうですね」

泰葉「クローネはどう? 順調?」

ありす「特に変わりなく、フレデリカさんが偶に賑やか過ぎる位です」

泰葉「色んな人がいるよね、いい人も嫌な人も。武内さんはどう?」

ありす「優秀な方だと思いますが、それが?」

泰葉「過去については?」

ありす「以前、何名かプロデュースしていたとは。その方達は辞められたそうですけど」

泰葉「理由とか聞いてる?」

ありす「そこまでは……何も」

泰葉「とある有料放送向けのドラマの撮影があった時の話。主演はほたるちゃんがいた事務所の、それなりに売れてた子だったんだけど」

ありす「何かトラブルが?」

泰葉「早い話、ドタキャン。ほたるちゃんとの共演を嫌がったとか」

ありす「何ですかそれ、主役を捨てたんですか?」

泰葉「色々とあったのかなって、想像するしかないけど」

ありす「主役もいないならそのドラマは」

泰葉「うん、お蔵入り。って思うよね? その場にいた誰もが思った」

ありす「その言い方ですと、そうはならなかったんですね? そこで961プロが何か?」

泰葉「違う、そこに目を付けたのがこの事務所」

ありす「346が?」

泰葉「アイドル部門設立の噂は聞いてた、346の子役達から聞いてたから。その子達から事務所に報告がいったのかな、そこからの動きは早かった」

ありす「主演もなしにドラマを?」

泰葉「主演も脚本も、予算も用意すると。だから現場にいる人員のスケジュールを抑えてくれ、って。とんでもないよね、346じゃないとできないこと」

ありす「ドラマを書き換えたんですか?」

泰葉「スクールアイドルっていうのかな、廃校の危機を救う為に生徒達がアイドルになるってお話」

ありす「荒唐無稽な」

泰葉「346としても挑戦だったはず、いい機会だと思ったのかもしれない。その内情は私には知りようもないけど、武内プロデューサーや今西部長なら知ってるかも」

ありす「……ただ、事務所の過去の仕事を全て把握している訳ではありませんけど」

泰葉「346プロが用意した主演は3人。ドラマの主題歌をデビュー曲にするとか聞いてたかな、結局はお蔵入りしたんだけど」

ありす「それだけの予算を掛けたのに?」

泰葉「撮影の規模は拡大されて、私も台詞が少し増えたりして実はちょっと嬉しかった。撮影は順調に進んで、私の出番も観客としてステージを見てるだけ」

ありす「順調にしか見えませんけど」

泰葉「その最終日、現場に入ったら知らない人がいた。うん、ありすちゃんの想像通り。天ヶ瀬冬馬」

ありす「961プロですか」

泰葉「ライブシーンの撮影だったから、エキストラなのかもって思ったけど。隅っこで落ち着かない感じだったから、声掛けてみた。もしかしたら不審者かもしれないし」

ありす「……」

泰葉「見学だって言ったきりそっぽ向いちゃうし、無愛想だし。だから私もそれ以上は関わらなかった、撮影にも入らずに見てただけだったから」

ありす「それでドラマは完成ですよね? 多少のトラブルがあったところで放送するのでは?」

泰葉「他校と争うアイドルトーナメントの撮影中、思い付きだったのかあるいはそのつもりだったのか。監督さんが彼を呼んだ、ステージに立ってみないかって」

ありす「見学なのでは?」

泰葉「本人も驚いてたけど、彼の背中を押した人がいた。黒井社長、行ってみろと」

ありす「あまり言い噂を聞かない方ではありますけど」

泰葉「時間的に余裕があったのも事実だし、あの961プロから来たというだけで皆の興味は彼に注がれた」

ありす「ただ、曲もないのにステージに立ってもどうしようもないでしょう」

泰葉「これは後から聞いた話なんだけど、その監督さんは黒井さんにあまりいい感情を持ってなかった。だから適当にステージに立たせて恥をかかせてやる気だったんじゃないかって、スタッフさん達は思ってたみたい」

ありす「恨みを……晴らそうと」

泰葉「喧嘩売る相手を間違えちゃったんだけどね。アイドルトーナメントの名が示す通り、男も女も関係なく色んな曲が用意されてたしの子達の撮影も一通り行われた」

ありす「まさか」

泰葉「そう、見てただけなのに。彼はその中の一曲を歌い切った、それも他者とは比較にもならないパフォーマンスで」

ありす「黒井さんはそこまで見越して?」

泰葉「かもしれない。これでいいんですか? って涼しい顔して彼は戻っていったけど」

ありす「でもそれだけでお蔵入りなんて」

泰葉「346プロの子達が出てこなかった、控室から出てこないとかなんとか。武内さんが頭を下げて、撮影は解散。そのドラマは放送される事は無かったし、その子達がデビューする事も無かった」

ありす「逃げた……という事ですか」

泰葉「それから彼とは何度か現場で顔を合わせて、少し会話する事もあったけど。お互いあの時の話は口には出さなかった、彼としても気まずかったのかもしれない。現場を壊したと言えば壊したんだから」

ありす「もし、もし天ヶ瀬さんが346に用があるとするなら」

泰葉「武内プロデューサーかな。今更、とは思うけど。会いたがってるの?」

ありす「それは、私には分かりません」

泰葉「私が言えるのは、仮に彼女達が逃げたとしてもそれは彼女達の責任でしかないってこと。ステージにさえ出れば放送もされただろうし、チャンスはその先にいくらでもあった」

ありす「それは、そうです」

泰葉「だから彼が何かを思う必要もないし、武内プロデューサーに謝ろうとしてるならそれは違うと思う。アイドルとしてその差を見せつけたのだとしても、そこに罪の意識を感じる必要はない。ありすちゃんはどう思う?」

ありす「わ、わた……私は」

泰葉「うん、急がなくていいよ。長くなっちゃったね、今日はこれ位にしておこっか」

翔太「テレビも久しぶりだと嬉しいよね」

冬馬「ちょっとしたミニコーナーだけどな」

翔太「充分だよ。ね、北斗くん」

北斗「あ、ああ。そうだな」

冬馬「……北斗?」

翔太「あ、見てみて冬馬くん。765プロ」

冬馬「何!?」

翔太「の、ポスター」

冬馬「あのなあ……」

翔太「へへーん、驚いたでしょ」

冬馬「ったく、そういう悪知恵働かせる暇あるなら」

北斗「冬馬」

冬馬「もう引っかからねーぞ」

春香「あ……ジュピターの皆さん」

北斗「チャオ☆ リボンちゃん」

翔太「偶然だね、お仕事?」

春香「はい、あの皆さんも」

冬馬「そっちとは比べ物にならねーけどな」

春香「あ、あのこの前のライブ」

冬馬「いいって、最初から来るとも思ってねーよ」

翔太「本当?」

冬馬「お前は! あーもうじゃあな! もし、もし少しでも悪いとか思ってんなら」

春香「はい」

翔太「チケット頂戴ってさ」

北斗「お前……それ位は素直に言えないのか」

冬馬「なっ! 別に俺はそんなんじゃ」

春香「頼んでみます、チケット」

翔太「逃げた」

北斗「逃げたな」

春香「私、何か失礼を?」

翔太「いや、冬馬くんが全て悪い」

北斗「気にしないで、それじゃ。ライブ楽しみにしてるよ」

赤羽根「春香、ここに……ジュピター?」

春香「プロデューサーさん。あ、今ちょっと」

赤羽根「先に現場に、千早も美希も待ってる」

春香「あ、はい」

赤羽根「天ヶ瀬君は?」

翔太「逃亡中ですけど、用があるなら伝えますよ」

赤羽根「なら悪いんだけど、これを彼に。君たちの分も用意させてもらったんだが、どうかな?」

北斗「チケット? これ765プロの」

赤羽根「ああ、よかったら」

北斗「実はさっき――」

翔太「ありがとうございます! 北斗くん、3人で行こうよ!」

北斗「え? あ、ああ」

赤羽根「そうか、当日は挨拶も出来ないだろうが」

翔太「お構いなくお構いなく、それでは!」

北斗「おい翔太、このままだとチケットが」

翔太「いいんだよ、これで」

武内「以上が、今日の収録の予定です。何か質問はありますか?」

凛「いいのかな、私こんな大物扱いで」

卯月「私もこんな……」

未央「シンデレラガールが謙遜してたら私はどんな顔してればいいの?」

ありす「……」

文香「ありすちゃん?」

ありす「あ、いえ、何も」

文香「朝から、様子が……」

ありす「問題ありません、本当です」

フレデリカ「いざとなったら、全て――」

ありす「はい、渋谷さんを頼りにしますから」

フレデリカ「」

未央「おー、責任重大」


凛「総選挙ありますよ、くらいでいいんだよね?」

武内「はい、それで構いません」

卯月「でもプロデューサーさんとのお仕事ですから、張り切っちゃいますね」

未央「しまむーは特にねー」

卯月「は、はい!?」

ありす「すみません、少しお手洗いに」

武内「どうぞ、慌てないで結構ですので」

ありす「ふぅ」

冬馬「おっと」

ありす「すみませ――」

冬馬「気を付けろ……あんた、346プロか。今日は色々と」

ありす「天ヶ瀬冬馬!?」

冬馬「何だ、知ってんのか?」

ありす「えっと、その」

冬馬「何だよ? 顔に何かついてるか?」

ありす「し、失礼します!」

冬馬「何だよ……ん? ハンカチ? おいちょっと待て! ああもうどこ行ったんだよ!」

翔太「で、冬馬くんはどこ行っちゃったんだろうね? スタジオ入りもうすぐなのに」

北斗「局内にはいるんだろうが」

翔太「ねえ北斗くん、隣のスタジオ346プロじゃない? これ見てよニュージェネレーションその他って」

北斗「確かに、そうだな」

翔太「ニュージェネレーションいるならさ、武内さんいるんじゃないかな」

北斗「仕事中だぞ」

翔太「そこはほら、こっそりこっそりと」

北斗「もしかして今、冬馬そっちに行ってるんじゃ」

翔太「可能性としては大きいかも」

北斗「動くにしても俺達の仕事を終えてからだ、いいな?」

冬馬「ったく、どこ行ったんだか」

翔太「あ、冬馬くん。逃げたのかと思ってたよ?」

冬馬「346プロがいるな」

北斗「会ったのか?」

冬馬「橘ありすとか言ってたろ、トイレの前でちょっとな」

翔太「え」

冬馬「ハンカチ落としてったんだが、どこ行ったんだか」

北斗「あの子……」

翔太「いるんだ、隣のスタジオかな?」

冬馬「何だ、隣なのか。ならスタジオ行ってマネージャーにでも渡せばいいか」

翔太「小さな女の子には優しいね」

冬馬「誰にだってこれ位はやってるっての!」

翔太「以上、ジュピターでした!」

北斗「チャオ☆」

冬馬「またな!」

翔太「あっさりだね」

北斗「ま、リハ合わせて一時間も掛からなかったからな」

冬馬「俺、隣行ってくる。楽屋戻っててくれ」

翔太「一人で平気?」

冬馬「当たり前だろ、ったく翔太の奴……あ」

武内「……天ヶ瀬さん」

冬馬「……どうも」

武内「ええ……あの」

冬馬「橘ありすって子、俺の前でハンカチ落としていきまして。渡しておいてくれませんか?」

武内「ありがとうございます、必ず」

冬馬「続けてたんですね、プロデューサー」

武内「まあ、色々とありましたが」

冬馬「後、俺が346に出たとか何とか聞いてますけど」

武内「ああ、貴方でない事は理解しています。他人の空似でしょう」

冬馬「なら、いいんです。仕事中に邪魔してすみませんでした。それじゃ――」

武内「765プロのアリーナライブ、誘われたかと思いますが」

冬馬「もう伝わってるんですか?」

武内「赤羽根さんは大学時代の私の先輩ですから」

冬馬「ええ、行くつもりです」

武内「私もです、その時であればゆっくりと話もできるかと思いますので」

冬馬「無理に聞く気はありませんが」

武内「いえ、折角ですから」

冬馬「変わりましたね」

武内「変えてくれたんです、彼女達が」

未央「お疲れ様でした!」

卯月「プロデューサーさん、収録中に誰かと話しませんでしたような」

凛「卯月も見てた? 誰かいたよね?」

文香「親しそうにお話をされてましたが」

フレデリカ「フレちゃん知ってるよ、教えてあげよっか」

ありす「あの人は――」

フレデリカ「エスパニョーラ倉下7世!」

ありす「……天ヶ瀬冬馬さんです」

武内「皆さん、お疲れ様でした」

凛「プロデューサー、さっき」

武内「橘さん、天ヶ瀬さんからです」

ありす「あ、ありがとうございます」

凛「落とし物?」

武内「ええ」

未央「知り合いとか?」

武内「似た様なもの、でしょうか。それでは行きましょうか、お疲れでしょう」

ありす「プロデューサー」

武内「何でしょう?」

ありす「……私が今日、このメンバーに選ばれたのは何故ですか?」

文香「ありすちゃん?」

フレデリカ「じゃ、疲れちゃったし帰ろー帰ろー」

未央「わわっ!」

卯月「えっと」

文香「……行きましょう」

凛「そうだね、先に行ってる。任せたから」

武内「難しい話ではありません、この場に貴方がふさわしいと私が判断したからです」

ありす「それは、何を基準に決めたんですか?」

武内「笑顔です」

ありす「順位ではなく?」

武内「それもまた、貴方の力があってこそ得られたものです」

ありす「いなくなってしまったアイドル達よりも?」

武内「橘さん、それは――」

ありす「馬鹿な質問でした、失礼します」

武内「橘さん!」

フレデリカ「ありゃりゃ」

文香「大丈夫……でしょうか」

未央「まー、こればっかりは」

凛「いいんだよ、今はあれで」

卯月「凛ちゃん?」

凛「私と卯月でも受け止め方は違うだろうし、でもそれでいいとも思う」

未央「……あー、まあ分かんなくもないかな」

凛「私達は歩んでいく。その足跡は決して綺麗なだけじゃない、でもだからこそ価値のあるものだと思う」

未央「あ、蒼い……」

フレデリカ「えたーなるぶるー!」

卯月「凛ちゃん……」

文香「素だったのですか……」

凛「え」

ありす「何をやっているんだろ、私」

翔太「へー、展望室ってこうなってるんだ」

ありす「……いるとは思っていましたが、私の想像以上に無神経ですね」

翔太「うん、嫌な奴でしょ?」

ありす「はぁ」

翔太「ありすちゃん苺オレでいい?」

ありす「橘です! 私のプロフィールでも見たんですか?」

翔太「CDに付いてる冊子読んだから」

ありす「本当に買ったんですか?」

翔太「そんなので嘘ついて僕に何の得があるの? はいこれ」

ありす「……ありがとうございます」

翔太「いやー、冬馬くんと武内さんに繋がりあるなんてねー」

ありす「分かりましたよ、大体ですが。何があったか」
――


翔太「僕が冬馬くんに会うちょっと前の話かな、初めて聞いた」

ありす「でしょうね」

翔太「で、それを聞いた君は何でそんな顔してるの?」

ありす「961プロは、色々とよくない噂を聞きますけど」

翔太「その件はどうだろうね、監督さんに対する嫌がらせの可能性は十分にあると思うよ」

ありす「他にも、そんな事を積み重ねてきたんですか?」

翔太「まあねー、例えば如月千早さんの騒動とか知ってる? あれクロちゃん」

ありす「別にこの世界がそういうものだと理解していない訳ではありません」

翔太「うん」

ありす「でもそれだけの事をしてきたのは、トップになる為ですよね?」

翔太「僕はそう、事務所の力は大きかったよ。他の事務所ならもっと時間掛かっただろうね」

ありす「なら、どうして捨てられたんですか?」

翔太「961プロ辞めた事?」

ありす「辞めれば無かった事になるとでも?」

翔太「ならないよ、僕達ジュピターだし」

ありす「贖罪のつもりですか?」

翔太「難しい言葉よく知ってるね」

ありす「これでも真剣に話しているつもりなんですが」

翔太「君にとってトップアイドルって罪の象徴なの?」

ありす「そんな事を考えている様に見えますか?」

翔太「そんな事を考えている様に見て欲しいようには見えてる」

ありす「子供ですから」

翔太「関係ないと思うけど、全ての子供が君や僕みたいに捻くれてたら世界の終わりだよ」

ありす「話していても時間の無駄ですね」

翔太「捨てた訳じゃないよ、捨てられた訳でもない」

ありす「961プロを、ですか?」

翔太「もし本当に全てを捨てたのであれば、僕達はジュピターを名乗ってない。名前は重いよ、その人の人生全てについて回るんだから」

ありす「そんなの、貴方よりも分かってます」

翔太「僕の名字は知ってる? 御手洗だよ、子供がこの漢字の意味を知ってどう思うか、分かるでしょ?」

ありす「自分の方が苦労してるって言いたいんですか?」

翔太「そう聞こえた? 誰だって大変なのは自分だって話。世界の裏で戦争が起きていても、明日の食事に困る人がどこにいたって」

ありす「傲慢ですね」

翔太「君の事だよ」

ありす「は?」

翔太「誰もが最初は特別な自分がいて、それが段々と違う事に気が付いていく。でも君は特別であると思ったまま、そこから逃れられないでいる」

ありす「……随分と自分勝手な論理をぺらぺらと」

翔太「君が惠さんの頼みをあっさりと聞いたのってさ」

ありす「もう帰ります貴方も――」

翔太「可哀想だから手を差し伸べてあげたんでしょ、24位の橘さん」

ありす「帰ります!!」

翔太「……あーあ、本当に嫌な奴だな」

武内「そうでしょうか」

翔太「えっと、どなたでしょう?」

武内「失礼。私、こういうものです」

翔太「わざわざどうも……武内? 346プロって、え!?」

武内「その様な顔をしないで下さい、何も貴方を糾弾する為に声を掛けた訳ではありません」

翔太「見てたんですよね?」

武内「ええ、失礼ながら」

翔太「僕、貴方に殴られてもおかしくないような事を言ったんですけど」

武内「その言葉は、貴方だから意味を持つ言葉だと思いましたので。私が同じ言葉を掛けても、橘さんに同じ様には響かないでしょう」

翔太「本気でそう思ってます?」

武内「ええ、貴方には礼を言わなければ」

翔太「それこそ心当たりが全くないんですけど」

武内「天ヶ瀬さんは、変わりなく走り続けている。それは貴方や伊集院さんの力もあってこそでしょう」

翔太「どうですかねー、一人でも走っていきそうですけど」

武内「それは、前を向いていても貴方達がついてきてくれると信じているからです」

翔太「……ま、僕は分かってるつもりですよ。僕は」

武内「私と天ヶ瀬さんの関係は、橘さんが仰ったとおりです」

翔太「冬馬くんってその時の事、気にしてるんですか?」

武内「いえ、そうではないでしょう。彼はこの世界の事をよく理解されていますから、気にしているのは……私の方です」

翔太「武内さんが?」

武内「ただ、走り続ければ上まで行けると。そう信じていた時がありました、事務所の大きさや動かせる人員、予算。その全てが私の力であると驕り高ぶっていました」

翔太「アイドル達も同じだったから、辞めちゃったんですか?」

武内「いえ、彼女達はただ私を信じていたんです。にも関わらず、私が立ち止まってしまった。見せかけの力を覆す才能を見せつけられて、恥ずかしながら私は彼女達に何もしてあげられなかった」

翔太「貴方のせいでは……ないと思いますけど、その経験も今に活かされてる訳ですし」

武内「いえ。あの頃からつい最近まで、私のいる場所は何も変わってはいませんでした。また繰り返しそうになって、ようやく過ちに気付いた有様でしたから」

翔太「武内さんでも、悩むんですね」

武内「ええ、きっと誰もが。進むべき道が真っ直ぐ続いているとは限りませんから」

翔太「大人でも、悩んでいいんですよね?」

武内「はい、間違いなく」

翔太「あ、すみません忙しいのに! 僕も帰ります。あ、橘さんがもしトラブっちゃったら、事務所の人には僕のせいだと言っちゃって構いませんから」

武内「その必要はないかと思いますが、一つお聞きしてもよろしいでしょうか」

翔太「何なりと」

武内「どうして貴方達はジュピターであろうと決めたのでしょうか?」

翔太「簡単ですよ、それは――」

冬馬「あれ、北斗だけか?」

北斗「ハンカチは渡せたか?」

冬馬「ああ、翔太は帰ったのか?」

北斗「用があるとかなんとか」

冬馬「最近、あいつ俺の知らない所でちょろちょろしてないか?」

北斗「色々とあるんだろ、翔太も」

冬馬「で、わざわざ俺を待ってたのか?」

北斗「時間もあるから、テレビ見てるついでにな。総選挙特集、ちょうど終わったところだ」

冬馬「お前まで346に興味……ああ、従妹さんがいるんだったな。だったら当たり前か」

北斗「そう思うか?」

冬馬「何だよ、従妹はエンジェルちゃんじゃねえのか?」

北斗「茶化すなよ、いつかの俺達もあんな扱いを受けてた時があったなって。思い出してただけさ」

冬馬「961と346はちげーよ、同じなのは局からの扱いだけだ」


ほたる「あ、あれ? すみません間違えました!」

冬馬「346?」

北斗「しまった、長居し過ぎたか!」

冬馬「おい! ちょっと待ってくれ!」

惠「あら?」

冬馬「あ、え、えっと俺ちょっと連れてくるから!」

北斗「冬馬!」

惠「ここ使ってたの?」

北斗「もう出るとこだったんだけど、鉢合わせに」

惠「それであんなに焦って、こっちで連絡とるのに」

北斗「じゃあ俺はもう――」

惠「見てたの? あの番組」

北斗「……暇潰しにね」

惠「凄いわね、デビューからあっという間に」

北斗「……みたいだね」

惠「北斗もそうだったでしょ?」

北斗「まあ、そうだけど」

惠「何か言いたそうな顔をしてるわね」

北斗「どうしてアイドルを続けているんだ?」

惠「この世界が楽しいから、では不満そうね」

北斗「この世界がどんな世界か、惠さんは十分過ぎるほどに分かっているはずだ」

惠「そうね、少しは見えてきたわね。興味深い世界よ、本当に」

北斗「今いる場所から見える景色でも?」

惠「ええ、もちろんよ」

北斗「トップにはなれなくとも?」

惠「……北斗はどうしてアイドルになったの?」

北斗「俺は、大した理由なんてないよ」

惠「ピアノはどうしたの?」

北斗「怪我して止めたよ、どうしても手がさ。理想通りに動いてはくれなくて」

惠「モデルは?」

北斗「アイドルになる時に足を洗った、ただのバイトだ。何もその世界に夢見た訳じゃない」

惠「そう、なら今回もそんな言い訳をしたいの? それともして欲しいの?」

北斗「そうさ、下らないだろ? 人気に差が出れば引っくり返せない、売れなければそのまま。これから先、負け犬って呼ばれ続ける生活の何が楽しいんだ? 
   俺はごめんだね、961でちょちょいと人気が出ていい思いもしたし、そろそろ引き際かなって思っただけさ」

惠「ええ、見苦しいわね」

北斗「なら――」

惠「ありすちゃんの声?」

冬馬「いた! ちょっと待て! 白菊ほたる!」

ほたる「はい!?」

冬馬「何だ、言えば止まるんじゃねえか。場所合ってるから、悪いな。俺達のせいで勘違いさせちまった」

ほたる「そうだったんですか……すみません」

冬馬「ったく、俺が言えた台詞じゃないが少しは落ち着けっての」

泰葉「局内でスキャンダル? 随分と大胆な」

冬馬「岡崎、いたのか」

泰葉「ほたるちゃんとは別のお仕事だけど、会ったの?」

冬馬「誰とだよ?」

泰葉「武内プロデューサー、まだいるはずだから」

冬馬「さっき、ちょっとな。ありすって子のハンカチを私に行っただけだ、大した話はしてねえよ」

泰葉「ありすちゃんと会ったの?」

冬馬「人の名前を呼ぶなり逃げてった、ハンカチ落としてな」

泰葉「ふうん」

冬馬「別に信じようが信じまいが俺には関係ねえけどよ」

泰葉「まあ、あんな話したばかりだし」

ほたる「あんな話?」

冬馬「おい、何か俺について言ったんじゃないだろうな」

泰葉「あの子の為になると思ったから話しただけ」

冬馬「それって俺の悪口とかじゃ――」

ありす「あ」

冬馬「よう、おい大丈夫か?」

ほたる「ありすちゃん、あの」

ありす「放っておいて下さい、大丈夫ですから」

泰葉「ありすちゃん、だって泣いて――」

ありす「離して下さい!!」

泰葉「っ!」

冬馬「おい、行かせちまっていいのかよ!」

ほたる「私が行きます」

冬馬「あんたはこれから仕事だろ! ああもう! また追いかけっこかよ!」

泰葉「……間違えたのかな、私」

冬馬「何してんだ、放っとくのか!」

泰葉「私が追いかけたら傷ついてしまうから」

冬馬「誰が!?」

泰葉「ありすちゃんが」

冬馬「自分が原因だって分かってんなら行かなきゃ駄目だろうが!」

武内「皆さんどうされました?」

翔太「何かあったって空気だけど」

冬馬「ありすって子が泣きながらエレベーターから降りてきて、俺達の顔見るなり逃げてったんだよ。で、今は白菊ほたるが追いかけてる」

翔太「あー、なるほど」

武内「分かりました、ありがとうございます。私から連絡を取りましょう」

惠「泰葉ちゃん、私達の楽屋に。貴方も落ち着かないと、ね?」

泰葉「……はい」

冬馬「翔太は何してたんだ?」

翔太「展望室に行ったら武内さんがいたから、ちょっと雑談」

北斗「……後は武内さん達に任せておけばいいだろう。お先」

冬馬「ああ、じゃあな」

翔太「……大丈夫かな」

冬馬「あの子か?」

翔太「あの子も、だよ」

ありす「私、何から逃げて……ここ……えっと、駐車場?」

ほたる「ありすちゃん、よかった」

ありす「ほたるさん、お仕事が」

ほたる「私、よく移動中に電車の遅延とか渋滞に巻き込まれるから、早めに来てて……だからお話できるよ」

ありす「……」

ほたる「邪魔、かな?」

ありす「いえ、そんな事は」

ほたる「電話、鳴ってるよ?」

ありす「あ、武内プロデューサー。はい、はい、今はほたるさんと一緒に駐車場に、はい、はい。分かりました」

ほたる「どう?」

ありす「迎えの車を用意しますと、私が落ち着いたらでいいのでいつでも連絡してください。だそうです」

ほたる「そっか」

ありす「すみません、あんな見苦しい所を」

ほたる「ううん、見苦しいっていうなら……私もそうだし」

ありす「ほたるさんが?」

ほたる「潰しに潰して、今度はあんな大手に潜り込んだかって」

ありす「そんな言い方」

ほたる「事実ではあるから、そう言う人の気持ちも……分からなくはないから」

ありす「ほたるさんはしっかり――」

黒井「こんな場所にいるとは、奇遇と言えば奇遇かな。橘ありす、といったか」

ほたる「黒井社長……」

ありす「黒井って、961プロの」

黒井「そんな有象無象の輩と一緒にいては折角の才能が台無しだな、君に馴れ合いはふさわしくない」

ありす「そんな言葉が向けられるような人、私の傍にはいませんが」

黒井「そう睨んでくれるな、私は君を非常に高く評価しているのだよ。346プロのやり方を含めて」

ありす「961プロの社長とは思えない発言ですね」

黒井「多くのアイドルを競わせ、自身の事務所内での立ち位置をはっきりさせる。馴れ合いではなく、競争。私はアイドル同士の接触そのものは気に食わないが、中々に効率的だ」

346P「武内さんが言ってた駐車場ってここ……あそこにいるの黒井社長? どうしてこちらに」

黒井「強者はより強者にし、弱者を食い物にしてシンデレラガールを作り上げる。集金形態としても理想的かもしれん」

ありす「失礼ながら346プロに対する理解が浅い様に思いますが」

黒井「浅いのは君の方だ。もし君が望むのなら、招いてやらんこともないぞ? 居心地があまりよくないのなら、な」

ありす「何を……」

346P「お、おれの、おれの、おれおれの事務所のアイドルに何か用……でしょうか?」

黒井「いえ、素晴らしいアイドル事務所だとご挨拶を少し。さらばだ、橘ありす。近い内に会う事になるだろう」

346P「近い内……ああ、そういえば」

ほたる「961プロとお仕事ですか?」

ありす「アイドルフェスが、来週に」

346P「ああ、凄いアイドルが出てきたからな。一体、どこから見つけてくるのやら」

ほたる「プロデューサーさんが、ありすちゃんのお迎えに?」

346P「そう、連絡来るまで待機って言われてたんだけど、こんな所で放っておくのもあれだろ?」

ありす「私の為にわざわざ?」

346P「岡崎さんの迎えってのもあるけど、橘さんはどうする?」

ありす「私も行きます、さっきの無礼を謝らないと」

346P「そうか、車に資料取りに行くから。先に行っててくれ」

黒井「ふむ、あんな所に置いておくには惜しいが。さてどうする」

北斗「黒井さん!?」

黒井「……誰かと思えば負け犬め、名を呼ぶな。声を聴くのも汚らわしい」

北斗「っ、失礼します」

黒井「待てよ……我ながら天才的だ。待て!」

北斗「何です、もう関係ないでしょう」

黒井「まだジュピターを名乗っているそうだな」

北斗「それが何か?」

黒井「あの名は961プロが与えた名だ、それが何を意味するかは分かるだろう?」

北斗「使うなと?」

黒井「いいや、あの名をうちが使うことなど未来永劫ありえない。しかしだ、だからといってそのままでは私がお前達から逃げられたと思う者も出るかもしれん」

北斗「好きなようにすればいいでしょう、貴方の力のままに」

黒井「346プロに従妹がいるそうだな? 人気は底辺、存在価値も見当たらんカスだが」

北斗「言葉が過ぎるのでは?」

黒井「本当にそう思っているか? 怖いのだろう? 自分もああなるのが、本当に自信があるか? 天ヶ瀬と御手洗と共にこれからもやっていけると?」

北斗「……」

黒井「奴らと手を切れとは言わん、だが……少しばかり私の下で動いてもらおうか。成功した暁には、そのカスにも価値を与えてやろう」

北斗「断れば?」

黒井「埃が一つ吹き飛ぶだけだな」

玲音「ふーん、聞いちゃった」

ほたる「凄いね、ありすちゃんは」

ありす「あんな姿を見せたのに?」

ほたる「黒井社長とあんな風に話せるアイドル、初めて見た」

ありす「少し熱くなっただけです、普段なら……いえ」

ほたる「あんな風に見る人もいる」

ありす「私は心外です、ここがそんな場所なら私はアイドル続けられてません」

ほたる「もしよかったら私達の今日のお仕事、見ていかない?」

ありす「それこそ、お邪魔では?」

ほたる「そんな事ないよ、惠さんもそう言うはず」

ありす「分からないんです。分からなくなってきた、と言った方がいいのかもしれません」

ほたる「アイドルが?」

ありす「346プロのやり方って、正しいんですよね?」

ほたる「どうだろうね、私は今この場所が好きだけど。ありすちゃんは嫌い?」

ありす「嫌いではありません。ここにいるのはいい人ばかりですし、仕事は楽しいです。ただ、その楽しさは他の人から奪った楽しさです」

ほたる「ありすちゃん、それを私は否定しない。だけど、それだけじゃない」

ありす「ほたるさんがそうやって私に優しくするのは、私がほたるさんより順位が上だからですか?」

ほたる「ありすちゃんが私に優しくするのは、私がありすちゃんより順位が下だから?」

ありす「そんな――」

ほたる「違うよね、アイドルとしての自分だけが私達の全てじゃないから。お待たせしました、惠さん。泰葉さんもいたんですね」

惠「丁度いいわね、いきましょうか。二人はどうする?」

ありす「行きます、泰葉さんも」

泰葉「いいの?」

ありす「私がお願いする立場ですから」

武内「白菊さんが一緒なら、大丈夫そうですね」

翔太「そっか、よかった」

武内「まだ残っていたのですか?」

翔太「原因だけ作っておいておさらばなんて、後味悪すぎるし」

赤羽根「武内、何だ偶然だな」

翔太「知り合い?」

赤羽根「ああ、大学の」

翔太「武内さん、赤羽根さんの先輩だったんだ」

武内「……いえ」

翔太「?」

赤羽根「俺が先輩なんだ……」

翔太「……は、ははは」

武内「すみません、私はこれからまだ行く所がありますので」

赤羽根「ああ、呼び止めて悪かった。また」

武内「失礼します。お土産、期待していますね」

翔太「旅行でもするの?」

赤羽根「アメリカに、研修にな」

翔太「へー、僕も欲しいな。いつ帰ってくるの?」

赤羽根「来週のライブが終わってから、一年後だ」

翔太「一年!? あ、時間は大丈夫ですか?」

赤羽根「春香達が戻ってくるまでは、待機中みたいなものだ」

翔太「彼女達、何も言わなかったんですか? 人も増えるんですよね?」

赤羽根「実を言うと、延期しようかとも思ったんだが。逆に怒られちゃってな」

翔太「相変わらず、765プロはとんでもないですね」

赤羽根「君達こそ、俺からすればとんでもないさ」

翔太「961辞めた事?」

赤羽根「その後も3人で頑張ってる事、かな」

翔太「別に、僕は冬馬くんほど真っ直ぐでもありませんよ。後悔しなかった訳じゃないし」

赤羽根「そうは見えないけどな」

翔太「見せてませんから」

赤羽根「君も何だかんだでジュピターって事なんだろうな」

翔太「多分、僕はまだ子供なんですよね」

赤羽根「多分も何も、子供だろう? やよいと同じ年だ」

翔太「この先もジュピターの名前を背負い続ける意味を、正しく理解できていないから。だから北斗くんに踏み込めないでいる」

赤羽根「何か、迷ってるのか?」

翔太「迷い方も分かっていないんですよ、だからまあ……八つ当たりも」

赤羽根「喧嘩くらい、俺だって昔は結構――」

翔太「他の事務所のアイドルと?」

赤羽根「大変だよな、天ヶ瀬君みたいなアイドルが傍にいると」

翔太「冬馬くん?」

赤羽根「春香と彼は似ているだろう、アイドルとしての在り方が」

翔太「そうですか?」

赤羽根「大抵のアイドルにとってアイドルは目的であったり手段だ、それがどんな物かはおいておいて」

翔太「僕はまあ、何となくですけど」

赤羽根「そう、そういう子もいる。ただあの二人は、アイドルだからな。ただ純粋なまでにアイドルなんだよ、この世界でなお異質にすら映るほどに」

翔太「純度100%」

赤羽根「ああ、それも産地直送の天然ものだ」

翔太「天然は確かにその通り」

赤羽根「だろ?」

翔太「そっか、道理で僕には真似できない訳だ」

赤羽根「二人にとってアイドルの道は真っ直ぐなのかもしれないな、そこには壁があったり落とし穴があったりはするんだろうけど」

翔太「でも僕らはそうじゃない、か」

赤羽根「喧嘩売ったアイドルって、346プロの子か?」

翔太「あ……まあ」

赤羽根「らしい、と言えばらしいな」

翔太「そんな事でらしいとか言われたくないですよ」

赤羽根「考えたことがある、どうして黒井社長は君達をデビューさせたのか。おかしいだろ、765を潰したいのに用意したのは男性アイドル」

翔太「クロちゃん何考えてるか分かんないところありますからね~」

赤羽根「互いにアイドルとして競合する訳じゃない、本当に俺達を潰したいなら同じ女性アイドルを用意してトップに仕立て上げればいい。でもそうはしなかった」

翔太「何か考えがあるんですか?」

赤羽根「765プロ、ひいては高木社長への対抗心をおいてでも、君達にはデビューさせる価値があると価値があると思ったから。とかな」

翔太「どうかな~」

赤羽根「ま、例えどんな答えがあったところで分かり切ってるのは」

翔太「絶対に本音なんて言わないって事ですね」

赤羽根「全く、あの人も困ったもんだな」

ありす「今日のお仕事って」

ほたる「バックダンサーです、他の事務所の子の」

ありす「他の? 346は同じ事務所のアイドルをバックに立たせますよね?」

惠「そうね、普段は」

ほたる「この時期は346内でのダンサーのお仕事は少ないんです」

泰葉「扱いに差が出ているってクレームが起きてしまうから、だから事務所も上位陣の仕事はなるべく重ねない様にしてる」

惠「渋谷凛のバックダンサーを十時愛梨が務める事が無い様に、ね」

ありす「選挙の為?」

泰葉「そう、得てしてこの時期の事務所は神経質になる。この仕事はいわば穴埋め、私のさっきの仕事も似た様なもの」

ありす「これも扱いに差が出てるって事じゃないんですか」

泰葉「そうだね、でもそれはもうそういうものだから」

惠「凄い人ね、大物でもいるのかしら」

ほたる「あそこ」

泰葉「玲音? 961プロがここに?」

ほたる「さっき、黒井社長とは会いましたけど」

惠「とんでもない大物ね……おまけまで付いてるし」

ありす「北斗さん、どうしてあそこに」

惠「さて、どうしてでしょうね?」

泰葉「スタジオは別です、今は気にしない方が」

アイドルA「ほたるちゃん、おっはよ」

ほたる「おはようございます、今日も同じ現場ですね」

アイドルA「346も大変だよね……橘ありす?」

ありす「は、はい」

アイドルA「本物!?」

ありす「と、思います」

アイドルB「うわ、マジ!?」

アイドルC[写真撮ってもいい?」

アイドルD「あーくしゅ! あーくしゅ!」

ありす「わわ!」

ほたる「な、並んでください!」

ありす「そんな問題ですか!?」

惠「流石の人気ねえ」

泰葉「まあ、橘ありすですから」

惠「嫉妬?」

泰葉「少し違います。違う事務所であれば、嫉妬だったんでしょうけど」

惠「その辺りは本人に話してあげなさい、先輩として。ほら皆、いつまでも群がってちゃ駄目!」

ありす「助かりました」

泰葉「想像してなかった? 違う事務所の人とお仕事、あんまりないもんね」

ありす「皆さん、私よりも先輩ですよね?」

泰葉「長い子もいれば、ありすちゃんよりキャリア短い子もいるかな」

ありす「あんな風に声を掛けてもらう事、普段は無くて……驚きました」

泰葉「ありすちゃんに嫌がらせしたら、346プロから何されるか分からないもの」

ありす「……あ」

泰葉「ごめん、冗談。あの子達は、もうそんな段階でもないから」

ありす「段階?」

泰葉「この世界に対して、区切りを付けたんだって。今日が最後のステージ」

ありす「引退……ですか」

泰葉「違う道を進み始めただけ、って本人は言ってた。まだ私には分からない感情だけど」

ありす「……すみません、先程は」

泰葉「ごめん。私の想いそのままに、押し付けちゃったから」

ありす「泰葉さんの?」

泰葉「私は貴方に強者である事を強いてしまった、ありすちゃんのアイドルとしての在り方全てを無視して」

ありす「強者なんて、そんな」

泰葉「強者は強者らしく、なんて。子供相手に本気で考えて、甘えたんだよね」

ありす「私は傲慢だと思いますか?」

泰葉「傲慢であってくれた方が、私は楽だった。こういう人が上に行くんだって、自分に納得させられたから。でも、世界はそこまで私に優しくないなあ」

ありす「優しい……世界」

泰葉「厳しい世界だって分かってた、けど目指して。だからこうしてはっきりと結果を示されて、楽になった部分もある。次の選挙も、私が1位になる事は無い。それも心のどこかで理解している事」

ありす「でも、目指すんですよね」

泰葉「言いたくなる時がある、私に投票しても無駄ですよって。楓さんや、卯月さん、美嘉さん、この事務所には魅力的なアイドルがたくさんいる。露出も多いし、テレビでも見ない日もない。
   ファンとして応援していて楽しいんじゃないかって。でもね、ありすちゃんの言う通り私はアイドルを続けてる。考えたよ、何故って、この先も私の道に光が当たるか分からないのに」

ありす「……ええ」

泰葉「その時、視点を変えてみた。どうして私に皆は投票してくれたんだろうって、同情? 冷やかし? 違う、違った。私に夢を見てくれる人がいる、こんな私に」
   私が綺麗だって、言ってくれる人がいる。夢を追い続ける姿が、この世界で生き続けようとするその意志が。だから、決めた」

ありす「はい」

泰葉「夢を諦めないで。ただそれだけを伝えられたら、私はそれでいい。不思議だよ。あんなにも嫌いだった綺麗事が、今の私を支えてる」

ありす「綺麗だからでしょうね、きっと」

泰葉「終わったね、ステージ」

ありす「はい、綺麗でした。あんな笑顔、今の私にはできません」

泰葉「ほたるちゃん、お疲れさま」

ほたる「ありすちゃん、どうだった?」

ありす「綺麗でした、とても」

ほたる「ありすちゃんは、少しずつ視界が広がっているところなんだよ。見えていないものが増えてきたから、心が戸惑ってる」

ありす「あの、楽しそうだと思って……しまって」

ほたる「私を不幸だとは思わないで。ありすちゃんの世界が幸せだけで出来ていない様に、私の世界も不幸だけで満たされてる訳じゃないから」

アイドルD「さっきできなかったからあーくしゅ!」

ありす「は、はい!」

アイドルD「ちゃんと託せたかな?」

ありす「えっと、何か?」

アイドルD「私の夢」

ありす「……でしたら、もう一度お願いできますか?」

アイドルD「もっちろーん! ぎゅー!」

ありす「はい。ぎゅっ、です」

ほたる「世界が広がっている内は、焦らなくて大丈夫。そうしてゆっくりと自分の世界を見つめられた時、またお話ししましょう」

黒井「やはり分かっていないようだな、橘ありす」

ありす「ええ、貴方に評価されたくもありませんから」

泰葉「わざわざ何の用ですか?」

黒井「勘違いするなよ骨董品、この子が会ってみたいというから仕方なく出向いてやったまでの事」

玲音「ふーん、キミが橘ありす?」

ありす「玲音さんですか?」

玲音「うんうん、いい目だね。この世界をキミなりに理解し始めてる目。好きだよ、そういう目」

ありす「いえ、何も分かっていませんよ。まだ、何も」

玲音「見学する暇があるなら、アタシのパフォーマンス見て欲しいなって思って。来週のアイドルフェス、一緒だよね? ちょっとした前哨戦と思って」

ありす「フェスは戦いではありません」

玲音「うん、アタシもそう思う。でもね、自分の考えだけを貫き通せるかはまた別のお話」

ありす「だから、必要だと?」

玲音「うん、可愛い子はアタシ大好き。だから放っておけなくなったのも本当。キミに足りない物、アタシが教えてあげられるかもしれない」

泰葉「ありすちゃん、私達も」

惠「ありすちゃんには私がついてる、それに奥の方にいるのに用があるから」

ほたる「……分かりました、私達はここで」

泰葉「控室で待ってるから」

惠「燃えてるわね」

ありす「橘ありすですから」

惠「泰葉ちゃんから何か言われた?」

ありす「はい、とても綺麗な綺麗事を」

惠「そうね、なら私からも一つ。何かを諦めた人間に、応援される資格なんかない。本当はあの馬鹿に伝えてやりたいんだけど、ありすちゃんは特別。貴方のこれからの世界、私も楽しみにしてる」

玲音「ありがとうございました」

惠「……こんな才能、一体どこから」

北斗「違うでしょう、惠さん」

惠「何してるのよ、負け犬君」

北斗「酷いな、ちょっとお手伝いをしていただけなのに」

惠「はぁ……嫌になるわね」

北斗「彼女を見て?」

惠「たかが一つや二つ挫折した程度で、よくもそこまで醜くなれるものね」

北斗「分かってないな」

玲音「どう? 橘」

ありす「素晴らしいです、だからこそ腑に落ちません」

玲音「何がどう腑に落ちないの?」

ありす「玲音さんは敵を必要とするアイドルとは思いません、961プロのやり方とは反するかと思います」

玲音「アタシは彼に共感してる訳じゃない、お互いに必要だから手を組んだ。それだけ」

ありす「黒井さんの為に、勝負を仕掛けている訳ではないんですね?」

玲音「違う、それだけは断言する」

ありす「でしたら、お受けします」

玲音「あら、あっさりね。歌を聞いて気が変わってくれた?」

ありす「私の為でもありますし、どこかにいる気に食わないお節介な人の為でもあります」

玲音「そう、なら次に会う時は橘の歌を聞かせて。誰でもない貴方の歌を」

黒井「実にいい闘志だ、橘ありす。必要なものをよく分かっているではないか」

ありす「分かってます、貴方よりは」

黒井「勝負だというのに何も賭けないのではつまらないだろう?」

惠「アイドル同士の勝負に大人が首を突っ込むの?」

黒井「もし橘ありすが玲音ちゃんに負けた暁には、ジュピターは解散させる。あの程度の弱小事務所、私が手を出せばすぐに従うだろう」

ありす「ジュピターを!?」

惠「それこそ関係ないでしょ!?」

黒井「961の遺産を使われ続けるのも癪になってきたのでな。仲間の従弟の事だ、放ってもおけまい?」

ありす「私が勝ったら?」

黒井「手は出さん、これから先どんな活動をしようともだ」

ありす「北斗さんはどう思います?」

北斗「……選ぶのは君だ」

惠「北斗……」

ありす「いいでしょう、受けます」

黒井「では成立だ。これは私の名刺だ、受け取るがいい。選ばれた者しか渡さない主義だが、君にはその資格がある」

惠「ありすちゃん、貴方がそこまで背負う事なんて」

ありす「私があそこで断れば、惠さんも引き合いに出されてただけです」

北斗「さあ、どうかな」

黒井「いつまで油を売っている?」

北斗「それでは」

惠「……馬鹿」

ありす「北斗さんって、どんな人なんですか?」

惠「私にもよく、身内なのに情けないけど」

ありす「余裕のある人に見えたんですけど」

惠「思ったよりも精一杯なのかも。ピアノもモデルもやめてアイドルになって、そこからも」

ありす「この件は、この場にいる人だけの秘密に」

惠「勝てるの? 彼女に」

ありす「勝とうとしても、勝てません。ですから、私の持てる力の全てを使うだけです」

惠「持てる力の全てって」

ありす「これでも24位ですから、事務所に対してそれなりのわがままは聞いてもらえるんです。巻き込んでしまいましょう」

惠「巻き込むって、何を?」

ありす「ジュピターです」

冬馬「アイドルフェスのオファー!? マジかよ?」

翔太「正式な招待状だよ冬馬くん、来週だって」

冬馬「やったぜ! なあ北斗!」

北斗「……あ、ああ」

冬馬「どうした? まさか緊張してんのか?」

翔太「こんな大きな舞台、久しぶりだよね~」

冬馬「俺、事務所の人達に報告してくる。一大ニュースだぜ!」

翔太「寿司取ってもらおうよ、お寿司」

冬馬「特上だな!」

翔太「さて、と。北斗くん」

北斗「翔太は行かなくていいのか?」

翔太「961プロがいる、橘さんがいる。この意味するところは何?」

北斗「どちらもトップアイドルだ、ここまで規模の大きいアイドルフェスなら呼ばれてもおかしくないだろう」

翔太「僕達が呼ばれたのも?」

北斗「ここまで地道な活動を続けてきたんだ、それが認められたって事じゃないのか?」

翔太「そうだといいんだけどね、僕も冬馬くんと前祝いしてこよっかな」

北斗「一体どういう事だ……黒井社長が?」

冬馬「曲はbrand new field?」

翔太「まあ961時代の歌は音源ないし、新しいアルバムの発売来月だし。知名度無いの歌っても白けちゃうし」

冬馬「でもこのオファー、何か下に書いてねえか?」

翔太「本当だ、えっと……ああ、そういう」

冬馬「またかよ」

翔太「つなぎの方が似合ってきたね、僕達」

北斗「いっそ、そっち方面で売り出してみるか?」

翔太「鉄○DASHみたいな?」

北斗「ジュピター島でも開拓するか」

冬馬「文明から離れたくないんだが」

翔太「無人島に置いてかれたら冬馬くんどうやって生き残るのさ?」

「おーい君達、次はこっちこっち」

冬馬「はい! ほら無駄話は終わりだ」

翔太「はーい」

北斗「凄い規模だな」

翔太「労働契約的に僕はありなのかな、これ」

冬馬「比較的こっちは楽なのばっかりだろ、見ろよあっち、怒号が飛んでる」

北斗「工事現場みたいだな」

翔太「お昼御飯が美味しいんだろうなあ」

「ちょっとステージ立ってみてくれる? ああ、そうそう。どう?」

北斗「まあ特に問題はなさそうですね」

冬馬「音、入れてもらえます?」

翔太「リハだねリハ」

北斗「あ、止まったな」

冬馬「トラブルか?」

翔太「この空間でアカペラやれって言われても無理だよね」

冬馬「……普通のアイドルならな」

北斗「ああ、そんな事もあったな」

翔太「あーあー! あ、いけるかも」

冬馬「ただ声出すだけなら俺だってやれるっての」

北斗「位置はここで、はい。手伝いどころか仕事を増やしてるな」

冬馬「リハで俺達に時間つかえねーだろうから丁度いいだろ」

翔太「こっちの機材をあっちーへ、こっちの機材もあっちーへ。わあ、色んな楽器も置いてある」

北斗「昼はどうする? 弁当貰うか? 館内に喫茶店もあるが」

翔太「折角ここまで来たんだしさ、外で何か食べよーよ」

冬馬「どっかあるのか?」

翔太「でっかい商業施設あったし、そこ」

北斗「近いな、歩いて五分ってところだ」

翔太「ラーメンに、ハンバーグ」

冬馬「発想が子供だな」

翔太「冬馬くんに任せるとメイド喫茶になるからさ」

冬馬「行かねえよ!」

北斗「まあ、空いているところに入ればいいだろ」

翔太「混んでる、どういうこと?」

冬馬「セールか?」

北斗「原因判明だ、あそこ」

翔太「ミニライブ? 765プロだ!」

冬馬「アリーナ控えてんだろ? 何でまたこんな小さい箱で」

翔太「だから人がたくさんいるんだね」

北斗「見てくか?」

冬馬「ま、まあ食ってる最中に聞こえてくるのも癪だからな」

翔太「言い訳になってないよ、冬馬くん」

北斗「見たいなら見たいって言えばいいのに」

翔太「上からじゃ小さいね」

北斗「動きは分かりやすそうだ、勉強させてもらおうか」

冬馬「させてもらえればいいけどな」

翔太「始まる!」


翔太「……」

北斗「……」

冬馬「……」

翔太「蟹食べてるんじゃないんだからさ」

北斗「はは……このエビフライまあまあいけるぞ」

冬馬「そうだ! 何で俺達が沈んでだよ!」

翔太「じゃあ率直に感想言ってみる?」

北斗「前代未聞」

冬馬「死屍累々」

翔太「暗黒時代」

冬馬「あの後ろでばったばったしてたのが酷かったな」

翔太「ステージに立たせるには早すぎたって感じだよね」

北斗「技術とかじゃないな、心をどこかに置いてきたって感じだ」

冬馬「あんなんでアリーナライブやるつもりか、あいつら」

翔太「上手くいったら奇跡だよ」

北斗「そう聞くと、起きそうな気もするけどな」

冬馬「それは奇跡とは呼ばねえよ」

翔太「そう?」

北斗「……冬馬?」

翔太「あー食べた食べた、ってまだ人いる?」

北斗「さっきとお客さんが違う、またライブ?」

冬馬「どーせどっかの無名が765に便乗してとかだろ」

翔太「それでこんなに人来るかなあ、そろそろ機嫌治しなよ」

冬馬「俺は別に最初から――」

「聞いてください、トランシングパルス!」

冬馬「さっきのより遥かにマシだな」

北斗「あれが噂のシンデレラガール……上には上だらけ、か」

翔太「北斗くん?」

冬馬「トライアドプリムスって名前、最近どっかで見たな。テレビとかじゃなくて」

翔太「フェスに来るよ、看板扱いされるのも納得かな」

冬馬「ああ、そうなのか」

翔太「大して興味ない?」

冬馬「別にあの三人と勝負する訳でじゃねえよ、休憩終わるぞ」

翔太「途中なのに」

冬馬「フェスで聞けばいいだろ」

渋澤「……いいネタができた、売れるぜ。このネタは」

765プロ 悪夢のミニライブ! ダンサー転倒! 元961プロの影も!次の狙いは346か!?

凛「何これ、あの子達ってまだ新人でしょ? 上手くいかなくて当たり前なのに」

奈緒「あたし達の前のあれだろ? まあよく見てなかったけど」

加蓮「大手は大変だよね」

奈緒「いや、ウチだって大手だろ」

加蓮「世間の注目度からいえば比較にならないでしょ」

凛「あれで失敗って、それにこのジュピターってフェスに来るんだよね?」

奈緒「らしいな、悪いのは961プロじゃなくってこの三人だったとかなんとか」

加蓮「それで事務所抜けてまた765の邪魔? やる事が派手すぎでしょ」

凛「ありすは守ってあげないと」

ありす「おはようございます」

奈緒「お、おおおおおおう」

加蓮「おはよ、今日も可愛いね」

ありす「週刊誌なんて珍しいですね」

凛「知ってる? こんな記事が出てた、私達も当日いたからちょっと気になってね」

ありす「戯言ですね、こんなもの」

奈緒「……冷静、だよな?」

加蓮「多分」

凛「何も無いとは思うけど、きちんと報告だけはする事。私達でもいいし、プロデューサーでも」

武内「皆さん、おはようございます。体調はいかがですか?」

凛「平気、今日はリハだけ?」

武内「はい、橘さんは?」

ありす「大丈夫です」

武内「おかしいですね、そろそろ」

346P「遅れました!」

武内「いえ、まだ時間内です。おはようございます」

346P「おはようございます!」

武内「橘さんの方はお任せしますので」

346P「はい、お任せください」

凛「変な噂も立ってるし、気を付けてね」

武内「ジュピターの事を言われているのでしたら、事実無根でしょう。彼らはそんな事をする人達ではありません」

奈緒「へえ、信頼してるんだ」

凛「言い切って大丈夫? 何かあってからじゃ遅いんだよ」

加蓮「まあまあ、凛も落ち着いて」

武内「ええ、私が保証します」

346P「では後ほど、行こう橘さん」

ありす「プロデューサーさんは知っていますか? 例の記事」

346P「知ってるよ、ジュピターだろ。あんまり知らないけど、気を付けておくように。もし本当なら次は橘さんが狙われるかもしれない」

ありす「あの日、黒井社長と会った日の事ですけど」

346P「もしかして何か言われたのか?」

ありす「プロデューサーさん。資料を取りに行くって言ってから、随分と時間が掛かったんですね」

346P「あ、ああ。あの後、ディレクターさん達と話が盛り上がっちゃってな。大丈夫だったかい?」

――

泰葉『あの日、お店に寄った理由? プロデューサーさんが行きたいって言いだしたから』

武内『案内状ですか、彼にお任せしてしまったんですが』

設営『ジュピターがこの日に来たか? ああ、何でも手伝いにって。346からも連絡あったから、入れたけど。お嬢ちゃんそれがどうかしたのかい?』
――


ありす「ええ、何の問題もありませんでした」

346P「待った、顔を伏せて」

ありす「わっ……何ですか?」

346P「ジュピターがいる、よしいいよ」

ありす「露骨に避けては却って怪しまれるのでは?」

346P「念には念を、ね」

ありす「まだ少し予定には早いですが、入りますか?」

346P「お腹でも減ってるなら、確か1Fにレストランがあったような。この時間なら空いてるし、行くか?」

ありす「では、お言葉に甘えて」

346P「領収書は事務書宛に、俺はちょっと用があるから。防犯ブザー、渡しておく」

ありす「お守り代わりに持っておきます」

346P「肌身離さず、持っておいてね」

「苺タルトと苺ミルクでございますね、少々お待ち下さい」

ありす「はい」

玲音「個性的なメニュー頼むんだね」

ありす「勝負だというのに、馴れ馴れしいんですね。961プロは孤高を是としているのでしょう?」

玲音「それは961プロの考えであって、アタシは違う。すみません、レモンタルト一つ」

ありす「結局デザートじゃないですか」

玲音「レモンミルクは付けてない」

ありす「そんなメニュー在りませんよ」

玲音「そんなに勝負言わなくても言いじゃない」

ありす「仕掛けてきたのは貴方の方です」

玲音「その方が仲良くなれると思ったから、意味のない戦いなんてアタシするタイプじゃないもの」

ありす「では一つ賭けをしましょうか」

玲音「どんな?」

ありす「次に来る人が何を頼むか、店内は私達だけですし」

玲音「それは何か意味のある戦いなの?」

―この会話は防犯ブザーを通して盗聴されています―

ありす「いえ、ちょっとしたお遊びです」

玲音「絵、上手いね」

ありす「ちょっとした落書きですよ、来るまで雑談でもしてましょうか?」

玲音「アタシは最初からそのつもりで来たけど、眺めてるだけで満足しちゃいそう」

ありす「……あの、少し近いです。顔」

玲音「と、来ちゃったね」

「苺タルトと苺ミルクでございます、レモンタルトはこちらに」

玲音「じゃあ負けた方の奢りって事でいい?」

ありす「はい、これ位なら」

玲音「じゃあ誰が来るかな」

冬馬「すみません、注文いいですか」

ありす「……カツサンド」

玲音「うーん、カレーかな」

冬馬「メロンクリームソーダと、パンケーキを」

「ご注文を繰り返します、ごきげんメロンクリームソーダとわくわくパンケーキ蜂蜜を添えて。でございますね」

玲音「引き分けかな? 可愛い男の子だったから食べるかと思ったんだけど」

ありす「引き分けですね」

―彼の名前は出さない方がいい?―

―中に入っている事になっているみたいですので無しで、ここからなら彼の声も入らないでしょう―

玲音「そうだね、アタシも同意見」

ありす「大人しく割り勘という事にして、今日のリハの話ですが」

玲音「アタシにその話を振っていいの?」

ありす「他に話題もありませんし」

玲音「ならここだけのお話」

ありす「何でしょう?」

玲音「アタシに負けたら961に来ない?」

ありす「スカウトですか?」

玲音「欲しいものは手に入れる、それだけ」

―手を出して―

ありす「……お受けします」

玲音「橘が勝ったら、そうだなあ」

―手を―

ありす「346プロに玲音さんが移籍というのはどうでしょう?」

玲音「誘ってくれるの?」

ありす「その方が向いているかもしれません」

玲音「ごちそうさま、アタシはこれで」

―ここはアタシが、領収書は出してもらうから―

ありす「いえこちらこそ、ごちそうさまでした」

玲音「次はステージの上、手加減する気はないから」

ありす「それは私の台詞です」

翔太「完全にアウェーだね、記事見た瞬間から分かり切ってた事だけど」

北斗「冬馬は?」

翔太「腹に入れてくるって、喫茶店でも行ったんじゃない?」

北斗「この状況でよく入るな」

翔太「らしいと言えばらしいよ、僕ステージ見てくる」

黒井「ほう、一人か」

北斗「一人になるのを待っていたのでは?」

黒井「貴様たちに私が気を使うとでも?」

北斗「何ですかあの記事は、フェアじゃない」

黒井「フェアな勝負だと誰が言った? お前に大して期待などしていない、所詮はジュピターの足手まといだ」

北斗「誓って下さい、ステージの上では何もしないと」

黒井「貴様はただ見ない振りをすればいいだけの事だ、何もな」

北斗「……何をする気なんですか」

黒井「ふん、直に分かる」

翔太「えっと、ステージは」

凛「ジュピター?」

翔太「そうだね、悪名高いジュピターだよ。渋谷凛さん」

奈緒「お、おい。睨むなって」

加蓮「はは、ごめんね。少し気が立ってるみたい」

翔太「いえいえ、綺麗なお姉さん達と共演できるなんて光栄です」

凛「この前のも見てたの?」

翔太「途中までね」

凛「ふーん、何かあったらただじゃおかないから」

翔太「覚悟しておくよ」

346P「君達、余計な接触は避ける様に」

凛「ありすは?」

346P「喫茶店に、大丈夫だ。ありすちゃんの他に男の子くらいしかいなかったから」

凛「ならいいけど、あまり目を離さないで下さい」

346P「分かってる、今から迎えに行くところだ」

ありす「その心配はありません、これ領収書です」

346P「何だよかった、ほら大丈夫でしょ?」

凛「お腹減ってたの?」

ありす「少し、ご心配おかけしました。今、ジュピターの人がいたんですか?」

奈緒「ああ、あれ? さっきまでいたんだけど」

ありす「いえ、大丈夫でしょう」

翔太「冬馬くん、今どこ?」

冬馬「喫茶店で……カツカレー食べてる」

翔太「別にケーキでもセーキでも馬鹿にしないって、喫茶店だね。他にお客さんいなかった?」

冬馬「今はいねえな、さっきまで奥に誰かいたが。気になるのか?」

翔太「ちょっとね、じゃあ」

冬馬「っておい」

翔太「あのプロデューサーさんは冬馬くんを知ってるはず。なのに可愛い男の子? 誰かからの情報を真に受けたとか?」

玲音「こんにちは、御手洗翔太」

翔太「どうも、確か……」

玲音「はじめまして、玲音よ。961プロ所属」

翔太「僕に何の用です? ここで話してると黒井社長はいい顔はしないと思いますよ」

玲音「いーえ、ただの挨拶。じゃあね」

翔太「……柑橘系の甘い匂い?」

武内「おはようございます、御手洗さん。そう厳しい顔をしないで下さい、我々はあなた方が何かするなどと――」

翔太「武内さん、早速で悪いんだけどさ。調べて欲しい事があるんですけど」

武内「何をでしょう?」

翔太「一人、胡散臭いのがいます。この館内に」

黒井「約束は取り付けたのか?」

346P「玲音がやってくれましたよ、音声データも残してます。冗談と言ったところで346に突き付けつつ、橘に伊集院惠に言及すれば」

黒井「こちらの勝利という事だな」

346P「その時は私も」

黒井「ふん、それなりの待遇で出迎えてやろう」

玲音「清々しいわね、そこまでいくと」

黒井「気を損ねないでくれ玲音ちゃん、君も同じ道を歩む者が増えるのは嬉しいだろう?」

玲音「貴方のやり方がどこまで通用するか、見せてもらう。強者なんでしょう?」

黒井「そして勝者だ、すぐに分かる。私のやり方こそが絶対的に正しき道なのだ!」

玲音「それで765プロには負けたんでしょう?」

黒井「如月の時の二の舞など私は踏まんよ。くくく、あははははははは!!」

翔太「玲音さんの後に橘さんでその後に僕達、で最後がトライアドプリムスか」

冬馬「要するに繋ぎだな」

翔太「大トリやらされるよりいいよ」

冬馬「おっさんとは顔合わせたか?」

翔太「全く、あの記事?」

冬馬「気にしてねえよ。ただあれで346に何かするんだったら、ただじゃおかねえってだけだ」

翔太「アクセルレーション、僕達とはまた違うね。今まで見た事ないタイプ」

冬馬「おっさんの好みそうなアイドルだな」

ありす「……以前からまた凄く」

北斗「こんな所で一人でいると、悪い大人に連れ去られてしまうよ」

ありす「貴方の様な、ですか」

北斗「そう、俺の様な」

ありす「私は歌うだけです」

北斗「選挙の為に?」

ありす「北斗さんがどう受け止めるかなんて、私にはどうしようもありません。私は私の為に歌います、今は」

北斗「in fact、か」

凛「次がジュピター、本番で仕掛けてくるならここ?」

奈緒「本番で961と346に? 事務所吹き飛ぶぞ」

加蓮「考え過ぎの様な気もするんだけど」

凛「怪しい動きは無さそうだけど」

奈緒「そういや武内さんは?」

加蓮「見ないんだよね、もう一人も」

凛「……何だろ、私に黙って動くなんて」

加蓮「私に、だって」

凛「加蓮」

加蓮「はいはい」

北斗「お待たせ」

冬馬「おっせえよ」

北斗「これだけたくさんのエンジェルちゃん達がいると目移りしてしまってね」

冬馬「頼むから今日と明日だけは大人しくしてろ」

翔太「まあ、視線はかなり刺さってるね」

黒井「よくもまあ、のこのことやってきたものだな。天ヶ瀬冬馬」

冬馬「おっさん、何の用だ」

黒井「貴様らの無様な姿を見物させてもらおうと思っただけだ、私を退屈させてくれるなよ」

冬馬「何だよ、それだけか」

翔太「暇なのかな?」

冬馬「さて、俺達の出番だ」

北斗「……ああ」

凛「何だ、思ったより大したことない」

奈緒「765プロと張り合ったんだよな?」

加蓮「まあ、問題があるのは一人……二人かな。金髪さんをあの小さな子がフォローしようとしてるけど」

凛「それが却ってバランスを崩してる」

奈緒「事務所の力で上にいただけって事か?」

凛「何だ、気にして損した。行こう、私達は私達のステージを演じ切るだけ」

北斗「悪い」

冬馬「765プロの後ろよりはマシだったぜ、緊張してんなら言えっての」

翔太「別に明日が駄目だったからってどうこうって話じゃないしね」

冬馬「これ位で止まる様な俺達じゃねえよ」

武内「御手洗さん、よろしいですか?」

翔太「え? ああ、大丈夫ですよ」

冬馬「記事の事でしたら、俺が」

翔太「大丈夫、この前に言ったでしょ。仲良くなったの」

冬馬「なら、いいけどよ」

武内「結論から申し上げて、99%クロです」

翔太「早いですね」

武内「橘さんの荷物から盗聴器付きの防犯ブザーを回収しました、弊社では専務が中心となって彼の身辺調査を行っています」

翔太「スパイ?」

武内「かと思われます、助かりました。取り返しが付かなくなるところでした」

翔太「その人、取り押さえるの少し待てません?」

武内「何か狙いが?」

翔太「わざわざ動いてるって事は、何か狙いがあるんでしょ? それが分からないと、また次のスパイが入って来るだけかも」

武内「それについて何ですが、伊集院さん……失礼、伊集院惠さんから専務に報告があったそうです。内密に、という話なんですが」

翔太「え、分かってるんですか?」

武内「実は――」

ありす「無様ですね」

北斗「現実を思い知ってるだけさ、俺はこの程度なんだよ」

ありす「傍にいる二人が夢に向かって進んでいるのに?」

北斗「だからこそ、切りを付けたいだけなんだよ」

ありす「悩むのがかっこ悪いからそんな事を言うんですか? 大人が迷ったら駄目なんですか? 諦めた振りして立ち止まる事が恥だと?」

北斗「そうだよ。君の思う程、大人ってのはかっこよくないんだ」

ありす「かっこ悪いのは貴方です、武内さんも専務もそんな事はありません」

北斗「君は君の道を行けばいい、気にする事じゃない」

ありす「いいえ気にします、見えるもの全てから視線を逸らさないと決めましたから」

北斗「……道理で眩しい訳だ」

武内「橘さん、伊集院さんも」

北斗「おっと、何もしてませんよ。ちょっとお嬢さんのお相手をしていただけです」

武内「御手洗さんを知りませんか?」

ありす「焦ってますけど、緊急ですか?」

武内「ええ、ちょっと」

玲音「あっち、黒井社長の所に行ったけど?」

ありす「黒井社長?」

武内「まずい」

北斗「翔太……何を」

翔太「黒井さん!」

黒井「何だ? 無様だったと、わざわざ言われに来たのか」

翔太「どういう事?」

黒井「生意気な目を向けるな、餓鬼が」

翔太「ジュピターの解散を橘さんに背負わせたの?」

黒井「どこから……まあいい、彼女が自ら背負ったのだよ。私が強制した訳ではない、聞いてみればいいだろう」

翔太「そこまでして憎い!? 765プロに勝てなかったのは僕達じゃない! 黒井さんが勝手に負けて! 僕達に押し付けただけの癖に!」

黒井「誰にその言葉を向けているか分かっての言葉か! 貴様、それ以上言うと――」

翔太「今度は346まで! どこまで自分の意地を貫くのさ! 決まったやり方一つでアイドルはついてこないって、まだ分からない!?」

黒井「玲音が私の答えだ! お前たちの様な無様とは違う! 私が求めた孤高がここにある!」

翔太「いいよ、そこまで言うなら僕が背負う。もし僕達がそれを越えられないならその時は、全て僕が背負う!」

黒井「何ぃ?」

翔太「全て僕のせいにすればいい。明日ここで起こそうとしてる事も、これまでの全ても! だからもう僕らにあの子を巻き込まないで」

黒井「それが何を意味しているか理解しているのだろうな?」

武内「いました!」

ありす「翔太さん!」

北斗「あいつ、何を言って」

翔太「僕はアイドルを辞める!!」

武内「なっ……」

北斗「しょう……た……?」

ありす「どうして……」

黒井「いいだろう、それもまた一興だ。どうせあのような手足、どうとでも切り捨てられる」

翔太「言ったね、なら約束」

黒井「ああ、約束だ」

翔太「それじゃ」

北斗「黒井社長! 翔太!」

黒井「さらばだ、最後のステージを楽しみにしている」

ありす「翔太さん……」

武内「私のミスです、申し訳ありません」

ありす「話したんですか?」

武内「それが――」

北斗「スパイ?」

ありす「やっぱり」

北斗「気付いてたのか?」

ありす「でなければ、黒井社長が北斗さんと惠さんの関係性を知る術がありません。タイミング的に、ライブ後の会話を聞かれたんでしょう」

北斗「ならそれを突き付ければ」

ありす「無理です、それはさっき翔太さんが宣言してしまいましたから」

北斗「あんな約束!」

武内「社会的にどちらが正しいか、ではありません。これは彼の覚悟の話ですから」

北斗「追いかけます、今から撤回させる」

武内「私も――」

ありす「プロデューサー、待って下さい」

武内「は?」

ありす「まだ希望は潰えた訳ではありません」

武内「橘さんには、見えているのですか?」

ありす「私が24位である事は、私にはどうしようもない事実です。それをプロデューサーに責めたところで何も解決なんてしないのに」

武内「いえ、はっきりと答えを返せず私こそ」

ありす「今いる位置が不安定で、不安になって。泰葉さんやほたるさん、惠さんからはっきりと言葉にさせてしまいました。
    したくなかったであろう言葉達を無駄にしない為にも、私は歩こうと思います」

武内「私も、お手伝いします」

ありす「見えている世界をどう言葉にすればいいのか、私はまだはっきりと分かりません。だから、待ってくれますか? この世界は、待ってくれるでしょうか?」

武内「もちろんです。橘さんの歩む速さが、貴方の世界にふさわしい速さだと思いますので」

北斗「翔太!」

玲音「彼なら帰った」

北斗「な、見てて止めなかったのか?」

玲音「止める理由がアタシにある?」

北斗「卑怯者」

玲音「自己紹介? 自分が招いた結果でしょ? 目の前の壁から逃げた事の」

北斗「……」

玲音「でも、あの子はまだチャンスをくれるみたいよ」

北斗「楽譜? この曲、いや俺が貰ったって」

玲音「黒井社長は言ってたわ、如月の二の舞は踏まないって」

北斗「如月? まさか黒井社長がやろうとしてる事は」

玲音「あの子は彼女の様に歌えるのか、どう思う? 伊集院北斗」

惠「明日はフェスでしょ? いいの? 私にこんな遅くに電話して」

ありす「私は、北斗さんに酷い事をしてしまったのかもしれません」

惠「いいわ、私が許してあげる。それだけの事を彼はしてしまったし」

ありす「明日、もしお暇なら」

惠「行かせてもらうわ、それが私の役目だもの。どんな結果であれ、ありすちゃんなりの何かを見せてくれるんでしょう?」

ありす「はい、私のアイドルとしての在り方を」

―本当の私を、誰も知らない―

北斗「そんなの、誰だってそうだろ」

―言われる一人でも 平気そうだと―

北斗「冬馬……翔太……」

―心を閉ざしている わけじゃないよ―

北斗「君は……どうして俺に……」

凛「あのプロデューサーさん、当日になって欠勤?」

武内「ええ、止むを得ない事情でして」

凛「当日になってなんて」

加蓮「凛、どうどう」

ありす「おはようございます」

奈緒「知ってるか? あのプロデューサーさん休みだって」

ありす「ええ、聞きました。昨日もそうですが、大丈夫です」

凛「本当に任せていいの? その、信頼して無い訳じゃないけど。相手が相手だし」

武内「ええ、最後まで見て頂ければ」

冬馬「よっしゃ、気合乗ってきたな!」

翔太「張り切り過ぎてステージから落っこちないでね」

冬馬「落ちた事ねえよ、どっかのプロデューサーじゃねえんだ」

北斗「翔太」

翔太「頑張ろうね、北斗くん。ジュピターとして、アイドルとして。恥ずかしい姿だけは見せない様に」

冬馬「最初のステージを思い出すな」

翔太「最初? ああ、あったね」

冬馬「無名の時はおっさんもフォローしてくれねえし」

北斗「女性のアイドルが出てくると思ったら代役で俺達だからな」

翔太「酷いブーイングだったね~」

冬馬「観客が敵に見えたぜ」

翔太「段々と、少しずつ増えていったんだよね」

北斗「長かったな、ここまで」

冬馬「これからだってずっと続いていく、望まれて立つステージばかりじゃない。だが歌さえあれば俺はどこだって歌ってやる。それが天ヶ瀬冬馬だ」

翔太「ピピン板橋」

冬馬「それは忘れろ!」

北斗「鬼ヶ島羅刹」

冬馬「乗るな北斗!」

翔太「ダンシング南」

冬馬「言われた事すらねえよ!」

黒井「では手筈通りに」

音響「……ええ」

黒井「何か?」

音響「いえ、何も」

黒井「ふん、目に物を見せてくれる」

玲音「さあ、どんなステージを貴方達は見せてくる?」

北斗「相手の目的がはっきりしてるなら、俺が」

スタッフ「ああ駄目だよ、君は特に。音響室は立ち入り禁止。あんな記事見て、入れられる訳ないでしょ」

北斗「なるほど……君はこれを見越して」

玲音「橘」

ありす「もうすぐですね」

玲音「いいね、何が起きるか分かってるのかな」

ありす「分かりませんよ、分かってるなら立ちません」

玲音「何の為に歌う? 346プロの為? ジュピターの為? 選挙の為?」

ありす「私は私の為に、自分の夢も追えない人が誰かに夢を追えとも言えません」

玲音「そこからキミの世界を始めるんだ? うん、本当はもう少しちゃんとした形で勝負したかったんだけど……それは今は贅沢かな」

ありす「私はもっとたくさんの世界に目を向けてみます。玲音さんの世界も、ジュピターの世界も」

玲音「なら、それに恥じないだけのものは見せてあげる。キミに足りないものが少しでも埋まるなら、今日のステージは満足かな」

ありす「玲音さんは、負けた事ってあるんですか?」

玲音「あるよ、いくらでも。天海春香とかね、黒井社長には内緒だよ」

ありす「……天海、春香」

玲音「いつか彼女達と君の世界は交わるかもね、その時はアタシも一緒に立てると嬉しいけど。それじゃ、またどこかの世界線で」

凛「次がありす」

奈緒「この人、凄いな」

加蓮「うん、隣で苛ついてる人のお蔭で心から楽しめないのが本当に残念」

奈緒「聞いたか? ありすが悩んでるとか」

加蓮「悩みなんて誰だってあるでしょ?」

奈緒「いやそうだけど」

加蓮「見守ってあげるのがお姉さんの役目かな、凛が過保護な分だけ」

奈緒「何か、嫌な予感がしてきた」

加蓮「あ、それ当たるよ。絶対」

奈緒「そういう事を言うな!」

ありす「相変わらず賑やかですね」

奈緒「主に加蓮のせいでな」

加蓮「その一言で、今日の奈緒の運命が決まった気がする」

凛「見てるから」

ありす「はい、私も見てみます。大人のかっこよさというものを」

奈緒「やけに気合入ってるな」

ありす「ええ、偉大な歌姫の真似をするんですから」

凛「そんな……」

加蓮「いやいや」

ありす「どんな結果になろうと、俯く事だけはしません」

翔太「橘さんだ」

冬馬「北斗は、って聞いても知らないんだろ?」

翔太「さっぱり、本当だよ」

冬馬「いいけどよ、どうせ間に合うんだ」

翔太「思ったんだけど、冬馬くんあんまり突っ込んでこないよね」

冬馬「ん、まあな」

翔太「聞かない方がいい?」

冬馬「あんな記事が出たのに346から苦情もない、あっちのプロデューサーとお前は仲良くなる始末。ってなら、何か頑張ってんだなって位しか思わねえよ」

翔太「ふーん」

冬馬「それより、おかしいぞ」

翔太「流れない?」

冬馬「これ、如月の時の……あのおっさん!」

凛「中止にしないと」

奈緒「で、でもまだステージに立ってるぞ!」

加蓮「私達が出てもいいのかな?」

武内「いえ、このまま待ちましょう」

凛「プロデューサー?」

武内「今、あのステージは橘さんの世界です」

北斗「……どうなっても知らないからな」

黒井「ふん、まああの子娘にはどうにもできまい」

惠「観客がざわめき始めてる、このまま――」

凛「始まった」

奈緒「音源じゃないぞ」

加蓮「ねえ、あそこにいるの」


冬馬「346とお前らがちょこまかしてたのって……」

翔太「狡いなあ、二人とも」

冬馬「これドッキリなのか? いや誰に? フェスの宣伝? 北斗がピアノ?」

翔太「少しくらい背負わせてくれてもいいのに」

黒井「あの男……すぐに」

武内「黒井社長ですね?」

黒井「誰だ? ああ、346の」

武内「この方について、お話があります」

黒井「私は忙しいんだ、そんな話を聞く暇は――」

高木「そこまでだ、黒井」

黒井「高木っ、何故!?」

高木「あの記事を読んで動かないほど、私はこの世界に対して薄情ではない」

黒井「はっ、765プロの醜態は私も耳にしたぞ。貴様のやり方こそ否定されたんじゃないのか!」

高木「あの時点を結果とみなす程、私は生き急いでいない。お前は765プロに負けたんじゃない、アイドルに負けたんだ」

黒井「くっ、だがこんな拙い演奏で」

高木「まあ聞きたまえ、恐らく二度とない奇跡のステージなのだから」

玲音「さて、橘から貰ったものはちゃんと託してあげたけど。アタシがあげたものは、使うのかな」

凛「終わった……」

奈緒「ちょっと待った、次ジュピターだろ。その後の空気ってどうなってんだ?」

加蓮「さあ、想像できるわけないでしょ」


冬馬「と、とにかく出番だ!」

翔太「何かもう笑いが止まらないんだけど!」

惠「弾いたの?」

北斗「震えてるよ、恐怖なのか羞恥なのか分からないな」

惠「でも、弾けたじゃない」

北斗「完璧からは程遠いさ」

惠「価値を決めるのは貴方じゃない、聞こえない?」

北斗「この歓声はあの子の物だ」

惠「でも、それだけが全てじゃないわ。その演奏も捨てたものじゃないって事よ」

北斗「……そうか」

ありす「少しは、かっこよかったですよ」

北斗「ありすちゃん」

ありす「では、もう一頑張りお願いしますね」

凛「見た?」

加蓮「うん、ありすちゃん笑ったね。あんなステージの後なのに」

奈緒「何か知らないけどこれでハッピーエンドだろ? そうなんだろ?」

武内「橘さんは?」

凛「音響室に入ってたけど、これどこまで仕組んでたの?」

武内「さあ、それは謎のままでいいのではないでしょうか」

冬馬「緊張してたのってこのサプライズのせいかよ」

北斗「……はは、まあな」

翔太「ねえ、高木社長だよね? あそこにいるの」

冬馬「おっさんといるな。まあ、終わったらでいいさ。さて音が――」

北斗「な!」

翔太「え?」

黒井「Alice or Guiltyだと!? 音源をどこから!」

高木「ほう、洒落ているではないか」

玲音「まあ、今の彼らにはぴったりかもね」

北斗「おい翔太」

翔太「ステージ脇見てよ、渾身のドヤ顔してるのがいる」

冬馬「おっさんも粋じゃねえか、変わるもんだな」

翔太「こういう時の冬馬くんが僕は凄く好きだな、うん」

北斗「まあ、確かにあの子に嘘は付いたか」

翔太「仕方ないよ、ここは素直に」

北斗「彼女に裁かれようか」

―嘘の言葉が溢れ 嘘の時間を刻む―

凛「ありす、これも最初から」

ありす「今の私はただのありすではありません」

加蓮「スーパーありすちゃんとか?」

ありす「ギルティありすです」

奈緒「……意味分かってるか?」

加蓮「……終わった」

凛「……いい」

奈緒「は?」

凛「ありすと罪、少女の罪の意識が蒼の光に溶けていく」

―罪と罰を全て受け入れて―

冬馬「今、君に裁かれよう!」

凛「そしてありすは目覚めた、なら共に立つ私達は」

加蓮「スイッチ入りましたー」

奈緒「切れ! 今すぐに!」

翔太「この歌をこんなに恥ずかしい思いして歌う日が来るとは思わなかったな」

北斗「同感だ」

冬馬「いいじゃねえか、盛り上がってるぜ! サンキュー!」

高木「さて、黒井。年貢の納め時だ」

黒井「はっ、これで終わりだと思うな! 私が勝つまで勝負は終わらん!」

専務「その戦いは、こちらに落とし前を付けてからにしてもらおうか」

黒井「……346プロの、七光如きが」

専務「星の光が雲に隠れる事もある、だがわざわざ屋根を付けて遮ろうとしないのは感心しない」

黒井「その男と私には何の関係もない! どきたまえ、私とやり合う気か?」

専務「立場をわきまえるのは貴方の方だ」

ちひろ「全て吐いてくれたそうです、困った人でしたよ」

専務「だそうだ、しかるべき処置は取らせてもらう」

高木「全く、少しは頭を冷やせ。天海君、終わったよ。あれ? 天海君?」

凛「皆! いい空気だね、いい風が吹いてる」

冬馬「シンデレラガールか、翔太。聞きたがってたろ?」

翔太「心の余裕がまだ少し足りないんだけど」

北斗「俺もだ」

凛「私達の道は平たんじゃない、それでも私達はここにいて、蒼穹の風の中を走り続けていく」

加蓮(久しぶりだなー、この凛)

奈緒(あたしは何の罪を犯したというのか)

凛「私達もその中で、今ここにしか残せない足跡、残していきたいから! いくよ!」

冬馬「なかなか愉快な奴だな」

北斗「俺はあそこまでは……ないな」

翔太「黒井さん」

黒井「最初から出し抜く気でいたか、小賢しいな。好きにしろ、お前のこれからなど私には一切関係ない」

翔太「一言、お礼を」

黒井「礼だと?」

翔太「ジュピターの名前を残してくれて、何より僕をアイドルにしてくれて、本当にありがとうございました」

専務「君達はまたすぐに上がってくるだろう、私が保証する。また会う時があれば、よろしく頼む」

翔太「はい」

黒井「いつか後悔するぞ! この世界にしがみついた罪をいつか貴様も贖う日が来る!」

翔太「でもその時は、一人じゃありませんから」

ありす「翔太さん」

翔太「もう少しへこんでくれていても良かったのになあ……」

ありす「翔太さん?」

翔太「聞こえてるよ、見えた? 恥ずかしいところ見せちゃったな」

ありす「全く」

翔太「後さ、何あれ。君の前であれ歌うの、それなりに恥ずかしいんだけど」

ありす「我慢して下さい、プロでしょう?」

翔太「プロだけどさ」

ありす「それに、私も頭を下げに来たんですから」

翔太「僕に?」

ありす「一票、ありがとうございます」

翔太「次はないよ、ライバルだから」

ありす「これは翔太さんに対する私のけじめです、最初で最後の」

翔太「当たり前だよ。そんな事されたら、まるで僕がいい奴みたいに見えるじゃん」

ありす「世界はいつだって、優しくなんかないんですよ」

翔太「じゃあこれ、一連のお礼って事で」

ありす「チケットですか?」

翔太「君は君と歩む仲間を誘えばいいよ。僕らの目指す、輝きの向う側が見えるかもね。まあ、あそこにいるけど」

春香「あ、あの」

北斗「チャオ☆リボンちゃん」

冬馬「何だ、来てたのか」

北斗「高木社長がいたから、もしかしてと思ったけど」

春香「あの、前に誘ってもらえた時に行けませんでしたし。あんな記事も」

冬馬「気にしてねえよ、本番はまだ先だろ」

春香「はい、その時は私達のライブを見せますから。ですからどうぞ、頼んだら3枚貰えました」

冬馬「……アイドルの奇跡ってのは、絆が起こすものだと俺は思ってる。それはお前達から学んだ事だ、だから俺も今回は信じてみた」

北斗「冬馬」

冬馬「頑張れよ、負けねえからな!」

春香「はい、待ってます」

北斗「言う様になったじゃないか」

冬馬「いつまでも背中を追いかけるつもりはねえ」

翔太「だよね」

冬馬「さて、帰ったら派手にやるか」

翔太「何かあったっけ?」

冬馬「何って、誕生日だろ?」

翔太「あ、そっか」

北斗「忘れてたのか?」

翔太「それどころじゃなかったから、それでそのチケット何?」

冬馬「後で教えてやるよ」

北斗「プロデューサーさんから貰ったのは?」

翔太「あの子にあげた、もう会う事もないし。餞別」

冬馬「よっしゃ! じゃあ派手にやるか!」

翔太「北斗くんのピアノリサイタル付きでね!」

北斗「勘弁してくれ、まだ手が震えてる」

翔太「それからゲームと、お菓子もね」

冬馬「よし、じゃあ買い出し行くか!」

翔太「おー!」

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