神谷奈緒「学ぶは真似ぶ」 (20)
アイドルマスターシンデレラガールズです。神谷奈緒のお話です。
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「っと……。違うな……こうじゃない」
とっくの昔にレッスンは終わったと言うのに、あたしはまだ一人でレッスンルームに居た。
鏡と向き合いながら自分のダンスを確認する。さっきのレッスンで言われた事は出来ている。
でも……でも、何かが違うんだ。
「ここを……こうしてみたら……っとと……!」
自分なりにどうすれば良いか考えながら色々なパターンを試してはいる。でも、どれもしっくりこないのだ。
……しかも、今やったのは今まででも一番ないな。
「あー! もーっ! わかんないよ!」
何が自分でも駄目なのかわからない。トレーナーさん達に言われた事は全部出来ている。でも、何か違うのだ。
「あともう一歩足りないんだよな……」
「おーっす。お疲れさん」
「あ、プロデューサーさん」
あたしが鏡に向かって唸っていると紙袋を下げたプロデューサーさんが現れた。
「もう仕事は良いのか?」
「まぁな。凛なら一人でも大丈夫だし、加蓮はちゃんと家に放り込んできた」
今日は凛と加蓮と一緒にダンスレッスン。ユニットってのもあって、あたし達のレッスンは基本的に同じ時にやるようにしてもらっている。
「またそんな事言ってると凛が拗ねるぞー」
「大丈夫だって。凛もそこまで子供じゃないよ」
「あはは。かもなー!」
昔はしょっちゅうプロデューサーさんが居ないとか言って拗ねてたけど、最近は一人で仕事をこなして褒めてらう方が今の凛にはお気に入りらしい。
「で……加蓮は大丈夫なのか?」
「まぁ……大丈夫だろ。お医者さんもちょっと足を捻っただけって言ってたしな」
「そっかぁ……良かったぁ……」
レッスンが終わって、自主練をしていくって言ったあたしに加蓮は付き合ってくれたんだ。
でも……そのせいでちょっとミスって足を捻ってしまった。加蓮には本当に悪い事しちまったな……。
「気にすんなって加蓮も言ってたぞ。それより、奈緒こそ無茶しないでよね、とも」
しゅんとしていたあたしを励ますかのように、プロデューサーさんが加蓮からの言葉をくれた。
「うん……今度加蓮にはもう一度謝ってポテト奢るよ」
「あぁ、そうしとけ」
きっと、そんな事しなくても許してくれるだろうけど、それじゃああたしの気持ちが収まらないしな。
「ところで、何してんだ?」
「んー?」
プロデューサーさんは持ってきていた紙袋の中身を取り出して、レッスンルームのモニターに繋いでいた。
「奈緒がスランプみたいだからな。たまにはプロデューサーらしく協力しようと思って」
「ふーん……」
そう、あたしは今スランプなのだ。
どうやっても自分が納得のいくダンスが出来ない。凛と加蓮と並んで踊ると遜色はないんだけど、どうしてもあたしは納得が出来ないんだ。
もっとやれる! ってわけじゃないけどさ……。ボーカルは凛が飛びぬけてるし、ビジュアルは加蓮が。なら、ダンスくらいあたしがって思うと何故か納得のいくダンスが出来ない。
「色々試してみたんだけどさ……あたしにはもう全然さっぱりだよ」
「スランプってのは頭の中の理想に身体が追い付いて行かないからなるんだ。だから、ある意味ではスランプってのは大切だぞ」
へぇ、そうだったんだ。それは知らなかった。
「頭の中ではベストな物が見えるのに、身体がそれに付いて行かなくて、理想と現実に誤差が生じる。それがスランプ。だから、スランプにならないってのは成長しないってことだ」
「でもさ、結局スランプを脱出出来なきゃ意味なくないか?」
プロデューサーさんが言いたい事はわかった。要するに成長中だから気にすんなって事だと思うけど。
「スランプはなぁ……時間が解決してくれたりするからな。本当にある日急に出来たりする」
時間が解決してくれるって言っても、それを待っていたらいつになるかはわからない。
「でも、それじゃあ……!」
「わかってるって」
あたしの言葉を遮るようにプロデューサーさんは言葉を被せると、準備が終わったのだろう。あたしにモニターの前に来て座るように促した。
「奈緒」
「なんだ?」
「多分、今の奈緒は自分を客観視出来てない。頭が熱くなり過ぎだ。だから、ここらで少しクールダウン。客観視してみよう」
そう言うとプロデューサーさんはモニターの電源を入れた。そこにはこの前やったレッスンの時のあたしが写っていた。
「見てれば良いのか?」
「あぁ。とりあえずはな」
じーっと自分のレッスン風景を見ているとなんか不思議な感覚に陥る。あたしってこんな風にダンスやってたのか。
「っと、とりあえずここまで」
一曲分流すと、プロデューサーさんはリモコンを操作して映像を停止してディスクを入れ替え始めた。
「でだ……今度はこれ」
「んー」
ディスクを入れ替え、再生されたの映像はあたしではなかった。
「え? これって聖來さん?」
「あぁ。そうだよ。まぁ、とりあえず見てくれ」
「わかった……」
あたしのレッスンなのに、聖來さんのレッスン風景を見ても意味がないと思うんだけど……。
「……」
無言のままで聖來さんが一曲踊り終わるのを見届けると、プロデューサーさんはどうだった、と尋ねて来た。
「どうって……やっぱ聖來さんはすごいよな。あたしとは違って力強いと言うか、迫力がある」
「だろうなぁ。聖來さんダンス得意だしな」
そんな事を言うためにあたしに見せたのかよー。なんて思いながら口を尖らせているとプロデューサーさんはこんな事を言ってきた。
「知ってるか、奈緒。聖來さんってお前と背格好ほぼ変わらないんだぞ」
「嘘だろ!?」
思わず大声が出てしまった。え、いや、でもあたしと同じ背格好なのにあんなに派手なダンスが出来てたのか……?
「嘘なわけあるか。事務所で会った時の事思い出してみろよ。そんなに奈緒と背丈変わんないだろ?」
「……言われてみると……確かに」
事務所で聖來さんとしゃべっていた時の事を思い出す。思い出してみれば、プロデューサーさんの言う通り、あたしと変わらないって言うかほぼ同じ……だな。
「それなのに、こんなに力強いダンスが出来るのかぁ……」
「まぁな。奈緒とはダンスの方向性がちょっと違うから同じことが出来るとは言えないけど、近い事は出来るな」
「なるほど……」
あたしが腕を組んでしみじみと考えていると、プロデューサーさんはまた何やらごそごそとディスクを入れ替え始めた。
「次も聖來さん?」
「いや……これはうちのアイドルじゃない」
うちのアイドルじゃない? じゃあ誰だろ。
『はいさーいっ!』
そんなあたしの疑問はモニターから聞こえてきた一言で解消した。
「え、これって我那覇響!?」
「あぁ。さすがに他社のアイドルのレッスン風景は手に入らないからライブだけどな」
どうやら、今モニターに写っているのは765プロの我那覇響のソロライブの映像らしい。
「我那覇響は765プロさんの中でもダンスが上手いって評判で、元気溢れるアイドルだよな」
「うん。聖來さんとはまた違う迫力があるよなぁ……」
さすがはトップアイドルと言うべきだろうか。野性味あるって言うか、聖來さんとはまた一味違った意味でも迫力のある、力強くて上手いダンスをする。
「すごいなぁ……」
あたしとは根本的に運動量がまったく違う気がする。あたしはこんなに飛び跳ねたりは出来ない。
「ん? 飛び跳ねる?」
自分で言って自分でひっかかりを覚えてしまった。何故か我那覇響はやけに飛び跳ねると言うか、振付がダイナミックな気がする。
「そうなんだよ。我那覇響はこういうダイナミックな振付が多いんだ。手足を思いっきり伸ばしたりとかな」
「でも、そんな事してたら次の動作が遅れるんじゃないか?」
あたし程度でもデメリットは分かっているんだ。なら、トップアイドルたる我那覇響も重々承知しているだろう。
「確かに、遅れる部分もある。だが、それは反復練習の賜物か、持って生まれた才能かわからんが最終的には帳尻を合わせてくるな」
一曲分見終わってみれば、確かにその通りだ。途中遅れるところはあったけど、最終的にはきっちりと収まっている。と言うか……画一的じゃない分、生き物としてより魅力的と言うか……。
「これは俺の勘でしかないが」
「ん?」
「我那覇響はこうしないと一人でステージに立つと映えないんじゃないか?」
「はい?」
一人でステージに立つと映えないって……そんなバカな。
「我那覇響も小柄だからな。きっと、普通の振付じゃステージを持て余すんだろう。だから、わざと大袈裟なくらいに振付が派手なんじゃないか」
本当のところはわからんけど、って付け足しながら、リモコンをまた操作してとあるシーンで停止ボタンを押した。
「ほら、ここ」
「どれどれ……。あ、なるほど……」
そこにはたまたま近くに来ていた別角度のカメラが写り込んでいた。このカメラはあたしも良く見知っているもので、このカメラと並ぶと我那覇響の小柄さが良く分かった。
「このカメラと並んでこの背丈って事は……」
「奈緒とそう変わらないな」
「嘘っ!?」
頭の中で我那覇響とあたしを置き換えてみる。あー……確かにそう変わらないかも。
「と、まぁこのように我那覇響は自分の小柄さをダイナミックな、ダンサブルな振付でカバーしているんだ」
なるほど……トップアイドルはトップアイドルなりに自分のウィークポイントをカバーしているのかぁ。
「ん……? でも、それがあたしのスランプと何の関係があるんだ?」
聖來さん、我那覇響と続けて見せてもらったけど、これがあたしのスランプの解消にどう役立つのか分からない。
「奈緒にはこの二人のダンスを徹底的に真似してもらう」
「は? 真似?」
「そう、真似だ」
それって……良いのか? 聖來さんはうちのアイドルだから良いかもしれないけど、我那覇響は765プロの……。
「完全にコピーしろとは言わないさ。でも、一度この二人のダンスを真似して良いところを奈緒に取り込んでもらいたい」
うーん……。でも、それって本当に良いのだろうか。真似をしても聖來さんと我那覇響の劣化にしかならないだろうし……。
「そんな渋い顔すんなって。ほら、『学ぶは真似ぶ』って言うだろ?」
「『学ぶは真似ぶ』……?」
「そ。学ぶには何事も真似から入るんだ。完全コピーは駄目だけどな。真似ていくうちに奈緒自身の色を付けていけば、それは立派な奈緒のダンスになる」
「真似……しても良いのか?」
あたしはどこかで真似をしちゃいけないって言う気がしてならない。だってそれはやっぱり紛い物でしかないんじゃ……。
「良いんだよ。どんどん真似てけ。仮にどんだけ真似しようが奈緒は奈緒だし、聖來さんにも我那覇響にもなれない。あの二人にはあの二人のダンス。奈緒は奈緒にしか出来ないダンスがあるんだ」
プロデューサーさんはあたしの頭をぐりぐりと撫でながらもっと言葉を続けた。
「それに、もし我那覇響を完璧にコピー出来るならそれだけでトップアイドルの水準だしな。だから、どんどん真似て、良いところを吸収するんだ」
「良いところを吸収……」
「そういう事。ま、丸パクリなんてしようもんならトレーナーさん達から雷落とされるだろうけど、最終的には奈緒自身のダンスになるよ」
我那覇響のダンスを完全にコピーしたところを想像してみる。うん……確かにトレーナーさん達からすごく怒られそうだ……。
「『学ぶは真似ぶ』だから色んな人のをどんどん真似て、どんどん良いところを吸収して、奈緒だけのダンスにするんだ。だから、今はとにかく多くのダンスを見ておけ。そうすりゃいつの間にかスランプなんて脱出出来るよ」
「うんっ!」
スランプだーって一人で頭抱えていても仕方ないのだろう。今のこのわずかな時間でも二人のダンスを見てちょっとだけ自分の中で何か掴めた気がするし。
「それに、うちには幸いにも200人近くアイドルが居るんだしな。どんどん真似て行けよ」
資料室には山のようにライブやらレッスン風景の映像あるしなーなんて言いながら、モニターに繋いでいたデッキやらブルーレイやらを紙袋に片づけるプロデューサーさんにちょっとお願いをしてみる。
「ねぇ」
「なんだ?」
「ちょっとだけで良いからさ。ダンス、見てて!」
きっとあたしはもう大丈夫。このスランプもきっと脱して見せる。たくさん真似して、たくさん学ぶから!
◆
「ところでさ」
「なんだー?」
あたしがちょっとだけマシになったダンスをプロデューサーさんに披露した後、気になっていた事を質問してみた。
「このブルーレイ、どうしたんだ?」
「……」
「資料室には流石に他社のアイドルのブルーレイなんて無いよな?」
しかも、こんなに大量に。と言うか、我那覇響のライブ映像全部あるんじゃないか?
「……ァンなんだよ」
「ん?」
ぼそっと言った声が聞きとれなくて聞き返してみると、今まで見た事もない必死な形相をしたプロデューサーさんがこちらを見ていた。
「ファンなんだよ! 響の! 悪いか! 好きなんだよ!」
「えぇー……」
そこはうちのアイドルのファンって言っとこうよ、プロデューサーさん。
「仕方ないだろ! だってこんなに可愛いんだぞ! 好きにならない方がおかしいだろ!」
「まぁ、わかったよ。そりゃプロデューサーさんも一人の人間だしな。うん」
でもなー……ちょっと複雑な気分だな。あたしのプロデューサーさんなのにさ……。
「あ……いや! もちろん奈緒の事も大好きだぞ! もちろん奈緒の大ファンだし、ファン1号だ!」
慌てて取り繕うプロデューサーさんがちょっと面白い。
なるほど、凛と加蓮があたしをからかう気持ちが少しだけ分かった気がする。
「はいはい。わかったよ」
それに、我那覇響には『好き』で、あたしには『大好き』だったし、まぁ良しとしよう。
ちょっと照れるけどプロデューサーさんに大好きって言われたんだし、スランプも悪くない、かな?
End
?「ふーーん」
?「うふふっ」
?「ほー」
以上です。
AmazonプライムにSHIROBAKOが来てました。沼倉愛美さん演じる井口さんが、佳村はるかさん演じるえまちゃんに「学ぶは真似ぶ」って言っていました。良い言葉ですよね。
昨日、4月15日は我那覇響役の沼倉愛美さんのお誕生日です。おめでとうございます!ぬーぬー!
というわけで少しばかり響にもご登場願いました。
シンデレラのみなんてもったいないですから、765やミリオン、876、315等々にも是非!
さて、現在、シンデレラガールズでは第6回総選挙が開催されています。
是非、私の担当である「神谷奈緒」と「佐藤心」をお願いします。
今年は「目指せシンデレラガール!」ですから!
では、お読み頂ければ幸いです。依頼出してきます。
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