【モバマス】P「―――待たせたな」 (65)
奈緒「シンデレラガールズ」
奈緒「シンデレラガールズ」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1492168345/)
これの番外編……というか過去編です。
それぞれ単独でも問題ないですが、どっちも読んでいただけると嬉しいです。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1492268143
今、俺は一人、346プロの社長室前に立っていた。
いよいよ今日から始まるのだ……俺のプロデューサーとしての日々が!
P「よし、いくぞ!」
俺は社長室のドアを軽くノックする。
P「先輩、俺です。来ましたよ」
俺は社長室の中に居るはずの先輩に声をかけた。
社長の声『オレオレ詐欺なら間に合っている。とっとと消え失せろ』
P「いや違いますよ! 俺ですって! 絶対分かってるでしょう⁉」
社長『チッ、入れ』
P「舌打ちされた!」
俺はげんなりした気分になりながら、社長室のドアを開き、中に入る。
P「先輩、その冷たい対応、いい加減やめてくださいよ」
社長「私の後輩に対しての冷ややかな対応など、今さらだろう?」
P「そうなんですけどね……悲しいことに」
先輩とは学生時代からの関係がずっと続いている。
先輩後輩から、社長と社員の関係になっても、悪い意味で目を付けられているのだ。
嬉しいような、悲しいような……やっぱ悲しさの方が大きいな。
いくら社長が美人と言えど、俺にはいじめられて喜ぶ性癖は無いし。
社長「それと後輩。社内では社長と呼べ」
P「はいはい、社長」
社長「で……何の用だ?」
P「いや何の用って、アイドル部門のことですよ。ようやく設立の準備が整ったから、社長室に来いって連絡くれたでしょう?」
社長「あー……そうだったな。……後輩、お前本当にやる気があるのか?」
P「そりゃ、ありますよ。今更確認しなくても分かってるでしょう」
なんだか先輩の様子がおかしい気がする。
社長「……ならば案内してやろう。アイドル部門の事務所にな」
P「はい、よろしくお願いします」
ようやく事務所が見られるのか……なんかワクワクしてきたな。
社長「―――ここだ」
先輩に案内されたのは、社内の端っこにある倉庫室のうちの1つだった。
……あれれ~? おかしいぞ~?
P「……あの、社長。ここ、倉庫って書いてありますけど」
社長「今までは倉庫だった。これからは、ここがアイドル部門の事務所になる」
ちょっとこの人が何言ってるのか分からない。
P「……何の冗談ですか?」
社長「冗談ではない……マジだ」
先輩が真剣な表情で俺に告げた。
P「いやマジって……えぇ⁉ だってここ倉庫じゃないですか! どう見ても事務所なんて代物じゃないですよ!」
倉庫の中には大量の備品が置いてあり、埃が積もっているものも多い。
先輩は事務所とか抜かしているが、机の一つも無い。
社長「十分事務所として使えるスペースだろう」
ふむ、言われてみると中々広いかもしれない。倉庫だけあって、社内の他の部屋よりは広い。ただし―――
P「物がたくさん置いてなければね! 空きスペースなんてほとんど無いじゃないですか!」
床が見えてるのはほんの少し、あとは全部備品だ。
社長「そこは片付ければいいだけだろう。中にあるものは全て他の倉庫に移せ」
P「これ全部ですか⁉ 部屋全部埋まってるんですけど! 冗談ですよね⁉」
社長「冗談ではないと言っただろう! ここを事務所として使え!」
P「ほ、本気……なんですか……?」
先輩の冗談であることを期待していたのに、その期待は裏切られてしまった。
俺、ここでこれから働いていくのかよ……。
社長「仕方ないだろう。役員どもと話し合った結果だ。これでも一番マシなところだぞ」
P「これで⁉」
社長「男子便所の個室という案も出たくらいだからな」
P「それは最悪ですね!」
その案が通ってたら、案出した奴を殴りに行っていただろう。
P「確かにそれに比べたらマシですけど……」
社長「アイドル部門は我が社に新たに設立する部門だ。当然、実績もなければうまくいく見通しも無い。そんな部門にスペースをくれてやるのは勿体ないそうだ。まったく……現状維持しか頭にない爺どもが」
爺って。
しかし新部署設立にあたって、反対意見も出たって聞くけど……。
P「アイドル部門、そんなに嫌われてるんですか」
社長「まあな。だが気にするな。お前は好きにやれ。爺どもの戯言など雑音とでも思っておけばいい」
雑音て。
よっぽど嫌いなんだろうな、役員の人たちのこと。
P「ま、社長がそう言うなら、こっちは好きにやらせてもらいますけど」
社長「それでいい。後輩のその神経の図太さは評価しているぞ」
P「それ褒めてるんですか?……まあいいです。それより、所属するアイドルを決めるオーディションの件ですが……早いうちにやりたいと思うんですけど」
さて、いつ頃なら大丈夫だろうか。
社長「ああ、オーディションか……」
社長「やらなくてよくないか?」
P「何言ってるんですか⁉ よくないわけないでしょう!」
どうして先輩がその発想に至ったのかが理解できない。
社長「やはりそうなるか……だが残念ながらオーディションをすることは出来ない」
P「なんでですか⁉」
まさかのオーディション却下に尋常でないほど驚く俺。
そして俺の問いに社長が目を逸らしながら答える。
社長「あー……さ、さっきと同じ理由だ。オーディションに割く予算と人員が勿体ないらしい」
P「いやそこケチったら何にもできないでしょう⁉ アイドル部門なのにアイドル0とか、俺は何をプロデュースすればいいんですか!」
上の連中何考えてるんだ? 馬鹿なの?
社長「あーもう、うるさいっ! 私だって苦労したんだ! この倉庫くれてやっただけありがたく思えっ!」
先輩がキレた!
確かに先輩が頑張ってくれなかったらアイドル部門設立すらできなかっただろうし、文句言うのは違う気もするが……。
P「でもアイドル無しとか本当に何もやりようがないですよ!」
他に文句言う人もいないので、先輩に文句を言うしかない俺。
社長「いないのならお前が集めればいいだろう!」
先輩がキレ気味に俺を指差す。
P「はい? 集める?」
俺が先輩の言葉の意味を理解できないでいると、先輩は続けてこう言った。
社長「自分の足でアイドルを探して、見つけて、勧誘しろ!」
えーっと、それはつまり―――
P「スカウトだけでアイドルを集めろってことですか⁉」
社長「……もうそれしかないだろう」
P「マジかよ……」
確かにオーディションも出来ないんじゃ、それしかないのか……? まだ養成所とかも無いし……。
俺が考え込んでいると、先輩が告げてくる。
社長「とにかくアイドルを集めろ、後輩。アイドルがいなければ何も始まらん。アイドルが正式に所属すれば、少しは爺どもを説得できるかもしれん」
なるほど……じじ――他の役員の人たちを説得する材料が必要なのか。その人たちもアイドル部門が実績を上げれば、文句を言えなくなるだろうし。
仕方ない……いっちょやるか!
P「分かりましたよ……こうなりゃやってやります! 見ててくださいよ。半年後にはアイドルで事務所をいっぱいにしてやります! 俺に任せといてください、先輩!」
社長「その意気だぞ、後輩!」
俺の宣言に先輩がエールを送ってくれる。先輩、普段冷たいけどすぐ熱くなるんだよな。
よし、気合も入れたことだし、さっそくアイドルを見つけに―――
社長「―――だが、その前にここを片付けるんだな」
行こうとしたら、水を差された。……そういや、倉庫の中片付けなきゃスカウトどころじゃないな。
……でも、これ一人でやるの?
P「……先輩、手伝ってくれますよね?」
俺は後輩思いの優しい先輩を頼る。先輩はいつだって後輩の味方だ。それが理想の先輩。
社長「あいにく私は忙しい。社長だからな。じゃ、せいぜい頑張れよ」
理想は幻想だった。
P「ちくしょう、分かってたけどさ!」
アイドル部門設立初日、最初の仕事は倉庫の片付けだった。
第0話 始まりの3人
あれから2日が経過した。
P「結局倉庫片付けるのに丸2日もかかっちまった……」
社長「ふむ、大分マシになったじゃないか」
P「うおっ⁉ いつの間に来たんですか⁉」
突然背後から声が聞こえて、飛びのいてしまった。
社長「そろそろ終わる頃だと思ってな。ちゃんと掃除もしたようだな、後輩」
P「そりゃ埃まみれでしたからね。おかげでくたくたですよ」
我ながら頑張ったと思う。2日前とは比べ物にならないくらい綺麗になっている。
机などの備品も他の部署のいらなくなったものを拝借してきたし、なんとか事務所と呼べなくはないくらいにはなった。
社長「だが休んでいる暇はないぞ、後輩。とっととアイドルを見つけてこい」
P「少しは休ませてくださいよ! 本当に俺一人で全部片付けたんですからね⁉」
社長「あまったれるな! アイドルがいなければ何も始まらんと言っただろう! お前はまだスタートラインにすら立っていないんだぞ! 倉庫の片づけなど、準備運動したようなものだ!」
確かに先輩の言うとおりではある。容れ物だけあっても、中身が無いんじゃ意味が無い。
P「……分かりましたよ。じゃあせっせと探してきますよ」
社長「くれぐれも喫茶店でサボったりするなよ」
P「……へーい」
疲れた体に鞭を打ちながら、俺は町へと繰り出した。
*
喫茶店内は涼しくて快適だ。アイスコーヒーがめちゃ美味い。
あ、でもサボってるんじゃないぞ? スカウトする子を見つけるなら、外で探しても、喫茶店の中から窓の外を見て探しても変わらないだろ?
どうせ変わらないなら、涼しい喫茶店の中でやった方がいいって。
……俺は誰に言い訳しているんだろう?
だが今のところ、これといった子は通らない。……やはり、一つの場所にとどまってても見つけられないのかもしれない。それとも場所が悪いか……。
仕方ない、もう少し涼んだら外に出て真面目に探すか。
*
そして―――数時間が経過し、俺は公園で一人叫んだ。
P「いねぇ!」
どこ探しても良さそうな子がいねぇ! なんだ、俺の理想が高すぎるのか⁉ もっとハードル下げるべき⁉
い、いやテキトーにスカウトしても意味無いだろ。アイドルやっていけそうな子じゃないと……でもいねぇ! どうしよう⁉
P「……そしてなんで俺はブランコ漕いでるんだろう?」
歩き疲れてふと公園見たら、漕ぎたくなったんだよなぁ……漫画とかでよくある夕暮れに一人ブランコ漕ぐやつ。あれやってみたくなった。
P「あ~る~き~つづ~けて、ど~こ~ま~でゆ~くの~」
つい『風と○っしょに』を口ずさむ俺。いよいよやばいかもしれない。精神が大分疲れてるな、これ。
通りがかった子連れの母親が、子供の目を逸らして『見ちゃいけません』とか言ってたし。
P「……馬鹿なことしてないで、そろそろ再開するかぁ」
俺が揺れるブランコを止めて、立ち上がろうとした時―――
『キャン!』
近くの茂みから、犬が出てきた。
P「ん? どっから来た、お前?」
犬『キャンキャン!』
なんか俺の足にすり寄って来た。
P「首輪付けてるし飼い犬だよな、お前。でも飼い主見当たらないぞ? おい、お前のご主人はどこにいるんだ?」
犬『わふ?』
俺の問いかけに首をかしげる犬。
P「うん、聞いても無駄だよな。……仕方ない、お前のご主人探してやるよ。ほれ、抱っこさせろ」
犬『キャン!』
抵抗されるかと思ったが、簡単に抱えられた。こいつ随分人懐っこいな……まあその方がいいんだけど。
P「とりあえず、この周辺を回ってみるか……んじゃ、行くぞ犬」
犬『キャンキャン!』
*
歩いて30分ほど経つが、飼い主現れず。
P「ぐるっと回ってみたけど、いないなぁ……」
犬『わふー』
P「うーん……犬の迷子って、交番でいいのか? なんか違う気がするな……保健所連れてかれたらまずいし。さて、どうしよう? もう一度ぐるりと歩いてみようか……」
そうして俺が悩んでいると、ふいに目の前に人影が現れた。
「ハナコ!」
そしてその人影――少女は、俺の抱えている犬を見ている。ハナコ?
犬『キャンキャン!』
犬が元気に吠えている。ハナコって、こいつのことか?
P「あの子、お前のご主人か?」
犬『わふ!』
嬉しそうに返事をする犬。そう見えるだけかもしれないが。
P「そうかそうか。ほれ、ご主人のとこ行ってやれ」
ハナコ『キャンキャン!』
抱えていた犬を降ろすと、そのまま犬は少女のもとへ駆けていった。
少女「ハナコ……良かった、見つかって」
ハナコ『キャン!』
少女はしゃがみ込んで犬を抱きかかえている。そのせいで、少女の顔はよく見えない。
長い黒髪が特徴的な子だ。中学生くらいかな?
俺は犬に視線を移し、話しかける。
P「へぇ、お前ハナコって言うんだな。……メスだったのか⁉」
ハナコ『わふー?』
オスだと思っていたので驚いた。
少女「あの……ハナコを見つけてくれて、ありがとうございます」
俺がハナコをまじまじと見ていると、少女がお礼を言ってきた。
P「お礼とかいいですよ。それよりハナコ、なんで脱走したんですか?」
なんとなく気になったので脱走理由を聞いてみた。
少女「一緒に散歩をしていたんですけど、ハナコが急に走り出したんです。それで止めようとしたら、リードが千切れてしまって」
それでご主人様とは離れ離れ、俺の所に来たってことか。
P「……何してんだ、お前。何か美味そうなもんでも見つけたのか?」
ハナコ『わふ?』
P「あんまご主人に心配かけんなよ」
ハナコ『キャン!』
P「返事だけはいいな、お前」
ハナコの頭を撫でてやる。
少女「この子、結構人見知りなんですけど……あなたには随分懐いているみたいですね」
P「え、人見知りなんですか? 自分からすり寄って来ましたよ、こいつ」
ハナコ『わふー』
今も素直に俺に撫でられ続けているし。
少女「この人のこと、気に入ったの?」
ハナコ『キャン!』
P「お前に気に入られてもなぁ……犬はアイドルできんし」
少女「アイドル?」
P「いや、こっちの話です。……さて、じゃあ俺はそろそろ行きますね」
少女「あ、はい」
そういえば、さっきまでお互いにハナコの方ばかり見ていたから、ろくにこの子の顔も見てなかったな。
別れ際だし、ちゃんと顔見て話すか。
P「次ハナコと散歩する時は、丈夫なリードを付けてやってください。こいつ、また俺の所に来ちゃうかもしれませんから」
少女「ふふっ、そうします。ハナコのこと、本当にありがとうございました」
そして、俺は視線を彼女の方へと向け―――初めて、その少女の姿を瞳に映した。
そよ風に吹かれてなびく、鮮やかな黒髪。
まだ幼さを残しながらも、既に完成しつつある端麗な容姿。
夕陽に照らされながら、柔らかく微笑むその表情。
瞳に映したその少女の姿は、俺が今までに見た何よりも眩しく、輝いていた。
P「……見つけた」
少女「え?」
P「……君の名前、教えてもらえないか?」
少女「名前ですか? 渋谷凛、ですけど……」
P「渋谷凛……」
少女「あの……どうかしましたか?」
P「渋谷凛さん、俺のパートナーになってください!」
凛「パート……えぇぇっ⁉」
―――これが、俺と凛の出会いだった。
*
P「よう」
凛「はぁ、しつこいな……。これで何度目?」
凛と出会った日から数日が経過して、俺は凛の実家の花屋を訪れていた。
P「何度だって来るぞ。凛が首を縦に振るまでな」
凛「勘弁してよ……」
凛母「あら、プロデューサーさん」
P「あ、お母さん、おはようございます」
凛母「今日も来たの?」
P「ええ。毎日お邪魔してすみません。できるだけ商売の迷惑にならないようにしますので」
凛「もう十分迷惑してるよ」
凛父「プロデューサーさん、凛を説得するのは中々大変ですよ」
P「確かにそうですね、お父さん。でも諦めずに説得を続けてみます」
凛父「はっはっは、そうですか。頑張ってください」
P「はい、頑張ります」
凛「なんでお父さんもお母さんも普通に順応してるの⁉ お父さんに至っては応援までしてるし!」
凛父「凛、彼は中々の好青年じゃないか。応援したくもなるさ」
凛「この人応援したら、私をアイドルにすることをお父さんが認めたことになるんだけど!」
凛父「ああ、それならもうOKと言ってあるよ」
凛母「私もよ」
凛「もう外堀埋められてた⁉」
凛母「でも結局は凛の気持ち次第よ」
凛父「うん、あくまで凛がアイドルをやりたいと言ったらの話だからね」
P「分かっています。だから必ずそう言わせてみせますよ」
凛「言わないから」
*
凛「……ねぇ、なんで付いてくるの?」
P「凛をスカウトするため」
凛「はぁ……」
凛がハナコの散歩に行くと言うので、ナチュラルに俺も凛に付いてきていた。
P「で、どこ歩くんだ? この辺一周する感じ?」
凛「そうだよ」
P「ふーん……」
凛「……」
P「……」
こうしてまったり散歩するのも悪くない。なんというか、心が落ち着く。
凛「……ねぇ」
P「ん? どした?」
凛「いや、私が言うのもなんだけどさ……スカウトしたいんじゃないの? なんで無言なわけ?」
P「……そういやそうだな。普通に散歩してたわ」
凛「……本当にスカウトする気なんてあるの?」
P「いやあるって。でも俺、もう凛に会社の規模とか現状とか、全部説明したし。あとは凛がアイドルに興味持ってくれればOKなわけで……興味ある?」
凛「無いけど」
P「その答え、何度も聞いたからなぁ。だから凛に興味持ってもらえるような話を今考え中だ」
凛「……それなら私に付きまとう必要ないと思うんだけど」
P「……あっ」
そういやそうだ! とりあえずくっついてたけど、これなんの意味も無いじゃん!
P「り、凛、どうしたらアイドルに興味持ってくれる?」
凛「それ、普通私に聞く?」
普通は聞かないだろうが、何も思いつかない。さて、どうしようか……。
P「……あ、そうだ。うちの事務所、一回見に来ないか?」
凛「なんでそうなるの?」
P「いや、これから所属するかもしれないんだから、一回見といた方がいいんじゃないか?」
凛「所属とかする気ない」
P「うん、そう言うと思ったけど! でも芸能事務所なんて、滅多に見る機会ないだろ? 職場見学だと思ってさ」
凛「……。……じゃあ、少しだけ」
よっしゃ釣れた! いや、魚扱いは凛に悪いか。でもやった! 一歩前進した!
P「よし、決まりだな。じゃ、行こうぜ」
凛「今から行くの?」
P「早い方がいいだろ」
凛「でも今、ハナコの散歩中なんだけど」
P「たまには散歩コース変えるってことで。いいよな、ハナコ?」
ハナコ『キャンキャン!』
P「いいってさ」
凛「絶対言ってないよね」
P「いいからいいから」
凛「いいからじゃなくて」
*
そして、場所は変わってプロダクション前に。
P「ここが346プロダクションだ」
凛「こんなに大きなビルなんだ……」
P「社長が見栄っ張りなんだ」
あ、でもこれ建てたの先代の社長だっけ……まあいいや、見栄っ張りなのは先輩もだし。
P「さ、入るぞ」
凛「ハナコはどうするの?」
P「抱っこして連れてけば、大丈夫だろ」
凛「それ、怒られるんじゃないの?」
P「へーきへーき」
犬の一匹や二匹で怒られやしないだろう。……多分。怒られた場合は謝ろう。
P「じゃ、俺が抱っこしてくからな」
ハナコ『キャン!』
凛「……まあいいけど」
凛と一緒に、社内に入る。
凛「へぇ……」
P「内装も無駄に凝ってるんだよな、うち」
どっかの高級ホテルみたいなロビーだ。こんなの凝る金があるなら、給料に回してほしい。
芸能事務所だから、見た目は大事なんだろうけど。
P「エレベーターはこっちだ」
凛「うん」
凛と一緒に、エレベーターの所まで歩く。
俺たちが到着したとき、ちょうどエレベーターが降りてきた。
扉が開き、中から人が出てくる。……出てきたのは見知った顔だった。
社長「……お前、犬をスカウトしてきたのか?」
先輩が開口一番に嫌味を飛ばしてきた。
P「一応、こいつメスなんですよ」
社長「そうか、ならお前を動物専門の芸能事務所へ口利きしておいてやろう。明日からここには来なくていいぞ」
遠回しにクビを宣告された。
P「冗談ですって! スカウトしてきたのはこいつじゃなくて、こっちの凛です。こいつは凛のペット」
俺は先輩に凛を紹介する。
凛「……どうも」
社長「ほう……後輩、やればできるじゃないか。まずは一人目を確保したというわけだな」
珍しく先輩が俺を褒めた。
だが俺は褒め言葉に慣れていないので、早々に事実を口にする。
P「いえ、違います。まだ交渉中です」
社長「……なんだと?」
先輩の眉間にしわが寄った。見なかったことにして、俺は続ける。
P「まだ凛、アイドルやるとは決めてないんですよ。とりあえず、今日は事務所の見学に来てもらっただけです」
社長「見学か。まあそれは別にいいが……彼女、脈はあるのか?」
P「今の所、アイドルに興味も無いらしいです」
言った瞬間殴られた。凛がそれを見てビクッとしていた。
社内暴力の現場を見てしまったんだ、当然の反応だろう。
社長「……なら、彼女以外に交渉中の人材は何人いるんだ?」
P「凛だけです」
また殴られた。そしてまた凛がビクッとしていた。
社長「お前、この数日何をしていた?」
P「だから、凛にアイドルやってもらえるよう交渉してたんですよ」
社長「それでいまだに脈は無いと」
P「はい」
俺と社長の間に、数秒間無言の時間が流れる。
社長「……後輩、お前は現状が分かっているのか?」
P「分かってますよ。だから興味を持ってもらえるよう、見学に来てもらったんじゃないですか」
社長「最初からアイドルに興味を持っている人材を確保したほうが早いだろうが!」
P「そんな人材どこにいるんですか!」
社長「それを探してくるのがお前の仕事だ!」
P「そういう子はほとんど他の事務所のオーディション受けてますよ! うちでもオーディションやれれば、すぐにアイドルを集められるのに!」
社長「くっ⁉…………はぁ、もういい。好きにしろと言ったしな。それに……」
先輩がそこで言葉を止めて、凛の方を窺う。
凛「……?」
凛は先輩の視線を受けて困惑していた。
無理もない、先輩は人を値踏みするような目で見るからな。……実際に値踏みしてるんだけど。
そして、先輩が俺に耳打ちしてくる。
社長「……彼女は中々の原石のようだ。彼女を引き入れることが出来れば、少しはアイドル部門にも希望が見えてくるだろう」
どうやら凛は先輩のお眼鏡にかなったらしい。凛本人はまだ当惑顔だが。
P「なら、このままスカウト頑張りますね」
社長「付きまといすぎて、通報されるなよ」
P「不吉なこと言わんでください!」
去り際に毒を吐いて、先輩は去っていった。
凛「……今の人、誰?」
P「うちの社長」
凛「へぇ……社長⁉」
凛がワンテンポ遅れて驚いていた。
凛「で、でもあんなに若いのに?」
P「あの人の親父さんが先代の社長なんだよ。先輩はこの前それを継いだんだ」
凛「そうなんだ……。……社長さんと、随分仲良さげじゃなかった?」
P「ん? ああ、先輩は俺の先輩だからな」
凛「意味が分からないんだけど」
言葉が足りなかったか。
P「学生時代、先輩後輩だったんだ。その関係がまだ続いてるってわけ」
凛「ああ、そういうこと。……コネ入社?」
P「違うわい! ちゃんと入社試験受けたよ! それにあの人そういうことしないから!」
ちなみにそういうことと言うのは、コネ入社だけでなく俺に優しくする行為全般だ。
だから、コネ入社などさせてくれるはずがない。
凛「ふーん……」
P「さて、いつまでもここで話しててもしゃーない。エレベーター乗るぞ」
凛「あ、うん」
俺たちはようやく、2人(+1匹)でエレベーターに乗り込んだ。
*
P「ここがアイドル部門の事務所だ。ほれハナコ、その辺うろちょろしてていいぞ」
ハナコ『キャン!』
抱きかかえていたハナコを降ろす。
途中で邪魔が入ったが、俺たちは無事にアイドル部門の事務所へ到着した。
凛「……ねぇ、扉入るときに倉庫室って書いてあったんだけど」
あ、まだネームプレート直してなかった。
P「この前まで倉庫だったとこを事務所にしたんだよ。でも、ちゃんと片付いてるだろ?」
凛「確かに片付いてるけど、倉庫が事務所って……社内でいじめられてるの?」
P「そんなんじゃないから!」
……いや、もしかしたらそうかもしれないけど。役員の人たち、アイドル部門のこと気に入らないみたいだからな……。
……嫌がらせとかされないよな? いや、さすがにそれはないか。アイドル部門は社長である先輩が設立を唱えた部門だし。
P「……倉庫って言っても、片付ければ普通の部屋より広いし、中々のもんだろ」
凛「まあ……そうだね。ネームプレート見なかったら、倉庫だって気付かなかったと思う」
1人でも頑張って片づけた甲斐があったなぁ。
P「まあそこのソファにでも座ってくれ。お茶くらい出すから」
凛「いいよ、別に」
P「遠慮するなって。そんな美味いのは出せないけどさ」
凛「……じゃあ、お願い」
*
P「ふぅー……お茶にはやっぱりせんべいが合うな」
数分後、俺は凛の対面のソファに座り、自分で淹れたお茶を飲みながらせんべいを食べていた。
凛もちょぴちょぴとお茶を飲んでいる。
凛「……」
P「どうした? テレビでも見るか? あ、DVDもあるぞ。アイ○ツ見る? それともプリ○ラ?」
凛「どっちも見ないから。なんでアニメのDVDなんて置いてあるの?」
P「……資料だ」
凛「何に使う資料なんだか」
本当は俺の私物だ。凛の反応的にばれてると思うけど。
P「じゃあせっかくだし話でもするか。……凛は何かやりたいこととかないのか?」
凛「やりたいこと……」
P「毎日のハナコの散歩とかは無しでさ」
凛にじろりとした視線で見られた。
あ、わりと真面目に考えてるっぽい。茶かすのやめよう。
凛「……特にない、かな」
P「無いのか?……花屋さんは?」
凛「あれは、両親がやってるのを手伝ってるだけ。やりたいことかどうかって言われると……微妙なところ」
P「そうなのか」
なんか意外だ。凛くらいの年頃なら、やりたいことの1つくらいあるのかと思っていた。
いや、でも俺も凛と同じくらいの頃は何も考えてなかったかな……。
P「ま、そんなもんかもな」
凛「……そんなもの、なのかな」
P「ああ。今やりたいことがなくても、いつか見つかるだろ」
凛「……」
凛、何か考え込んでるみたいだな。俺としては、軽い世間話くらいのつもりだったんだが。
P「あ、じゃあさ、やりたいことないんなら―――アイドルやってみようぜ!」
凛「……やりたいことがないからって、アイドルやることにはならないでしょ」
その通りで言い返せない。
P「うん、そりゃそうだけどね……」
凛「それにアイドルって、そんなハンパな気持ちでやれるものでもないでしょ。……多分」
P「……まあ、そうだな」
ハンパな気持ち……か。確かにアイドルはハンパな覚悟でやれるもんじゃないな。覚悟がきちんとできていないと、いつか壁にぶち当たった時に、そのまま折れてしまうだろう。
だがそんなことを言うなんて……凛、スカウトのこと、結構しっかり考えてくれていたのかもしれない。
P「でも、俺は凛にアイドルをやってもらいたいんだよなぁ……」
凛「……どうしてそこまで私をアイドルにしたいの? さっき社長さんも言ってたよね、他の子を探したほうが早いって」
P「俺は、凛なら誰よりも輝けるアイドルになれると思うからスカウトしてるんだ。誰でもいいわけじゃない」
凛「……なんで、そう思ったの?」
P「初めて会った時、夕陽に照らされた凛が凄く綺麗だったから」
凛「! な、何それ……」
P「……あ、これじゃ見た目だけって感じに聞こえるか。いやまあ、最初にスカウトした理由はそれなんだけどさ。今は他にもあって、えーとまず……物事に真剣に向き合うとこだろ。普段クールだけど、意外と優しいとこだろ。あと笑顔が可愛――」
凛「さっきから何の話してるの⁉ そ、それじゃまるで――」
P「え、何か俺、変なこと言った?」
凛「っ!……何でもない!」
なんだ? 思春期の女子はよく分からん。
P「まあとにかくそんなとこかな。……ああ、あと今さっき追加されたのが、もしかしたらアイドルが、凛のやりたいことかもしれないってことだ」
凛「アイドルが……? そんなの、分からないでしょ」
P「だったら、はっきりするまでやってみようぜ。……凛はさ、真面目に考えすぎだ。アイドルは、確かにハンパな気持ちでやっていけるもんじゃない。でも、今はハンパでも、やってる途中で覚悟を決めればいいんだ。アイドルになる前に覚悟を決めたとしても、実際に必要な覚悟とはほど遠いかもしれないだろ?」
凛「そう……かもね」
P「何かを始めるのに必要なのは、一歩を踏み出す勇気! これだけだ。何かを変えたいとか、何かをやりたいとか、何かを掴みたいとか、そう言うのは全部、勇気を出すことから始まるんだ」
凛「……勇気、か」
P「ほら、友情、努力、勝利って言うだろ?……勇気ねぇじゃん!」
凛「なに1人で言ってるの?」
そのままの勢いでテキトーなこと言ってしまった。
凛「……やれるのかな、私に」
P「あ、分かった。凛、お前なんだかんだ言って自信ないのか。まあ、アイドルだもんなぁ」
カワイイボクならアイドルなんて余裕です! ぐらいの自信持ってる奴なんて、そんないないだろう。
……ん? 今なんで俺、一人称ボクにした? なんか変な電波受信したかな……。
凛「むっ……それ、挑発してるの?」
P「え、いや、そういうわけじゃないんだけど……」
凛「私だってやれるよ。……いや、やるよ。うん……やる。決めた」
凛「私、アイドルやるから」
P「えっ⁉ や、やってくれるの?」
凛「そう言ったでしょ」
P「……っしゃあ!」
思わずガッツポーズしてしまった。
凛「別に乗せられてとかじゃないから。この数日、色々考えた上での結論」
P「あ、やっぱり真面目に考えてくれてたのか」
凛「……悪い?」
P「全然悪くない」
むしろ嬉しい。
凛「それで、あんたが私のプロデューサーになるんだよね?」
P「ああ。っていうか俺しかいないし」
凛「ふーん……まあ、悪くないかな」
P「え、何が?」
何が悪くないんだ? 見た目? 俺、自信持っちゃっていいの? でもなんか違う気がする。じゃあなんだ?
凛「さあ? 何だろうねー、ハナコ」
ハナコ『わふ?』
P「ハナコに振るなよ! なんか気になるだろ、言えって!」
凛「プロデューサーの想像に任せるよ」
P「想像とか……じゃあ、見た目?」
凛「ぷっ」
P「笑うなよ! 凛が想像に任せるとか言ったんだろ―――あれ、ちょっと待って? 見た目じゃないってことはさ……俺の見た目は悪いってこと?」
凛「……」
P「なんか言えよ!」
ハナコ『キャン!』
P「お前じゃねぇよ!」
凛「ハナコはかっこいいってさ」
P「それ遠回しに犬面って言ってね⁉」
俺は断じて犬面ではないが……ともかくこうして、アイドル部門に最初のアイドル、渋谷凛が加入した。
*
そして翌日の朝。
エレベーターが来るのを待っていたら、ちょうど凛がやってきた。
P「おはよう、凛」
凛「おはよう、プロデューサー」
P「ふっ……」
凛「……何?」
P「プロデューサーって呼ばれるの、なんかいいな」
凛「……あっそ」
そんなくだらないことを言いながら、エレベーターに乗り、そして事務所の前に到着。
P「いよいよ今日から2人だ、頑張ろうな」
凛「ねぇ、気になってたんだけど、私は何をすればいいの?」
P「そりゃ、まずはレッスンだろ」
凛「やっぱりそうだよね。どこでやるの?」
P「うちのレッスン室でだ」
凛「へぇ、ここにあるんだ」
P「ああ、うちのレッスン室はこの前出来たばっかでな。それで……あぁっ⁉」
凛「どうしたの?」
P「レッスン室はあるけど、トレーナーの手配してなかった……」
凛「……じゃあ私、今日何もすることないんじゃ……」
P「……」
凛「……帰っていい?」
P「待て待て待て! その辺りのことを話し合うためにも帰るのは待て!」
凛「……このプロデューサーで大丈夫かな」
P「そういうこと思っても口に出すなよ! と、とにかく、まずは事務所に入ってからだ」
言いながら、事務所の扉を開け、中に入る。
???「おはようございます」
P「あ、おはようございます。ほら、凛もとっとと入れ」
凛「もう、分かったよ。……ねぇ、この人、誰?」
P「誰ってそりゃ……誰⁉」
普通に挨拶してくるもんだからこっちも挨拶したが、全然知らない人なんだけど!
え、何? 不法侵入?
???「申し遅れました。私、この部門の事務を担当することになりました、千川ちひろと申します」
P「え、事務ですか?……そんな話、聞いていないんですが」
ちひろ「そうらしいですね。社長に、『突然行って驚かせてやれ』と言われましたので」
P「あの人またくだらないことを!」
俺で遊ぶのいい加減やめてほしい。
ちひろ「それと、社長からこれを渡すようにと」
P「? これは……なんか住所書いてありますけど、どこですこれ?」
ちひろ「申し訳ありません、私は渡すように言われただけですので、そこがどこかは……」
P「あ、そうですよね。……先輩に聞いた方が早いな」
俺は携帯を取り出して、先輩の番号にかける。
社長『驚いたか?』
第一声がそれか。
P「そりゃ驚きましたよ! こういうことは先に言ってください!」
社長『それではつまらんだろうが!』
P「逆ギレされた!」
相変わらず理不尽な先輩だ。
P「はぁ、もうそれはいいです。でもどうして千川さん……事務員の人をアイドル部門に?」
社長『どうしても何も、いずれは必要になるだろうから手配してやったまでだ。まあ、今はまだやることが何もないだろうから、千川には遠慮なくサボっていていいと言ってある』
P「社長の発言とは思えないですね!……確かにまだ事務仕事とか何もないですけど」
社長『とりあえず体裁を整えてやったんだ。感謝しろよ』
P「はいはい……あ、そうだ。あとこの住所はなんですか?」
社長『ああ、それはとある養成所の住所だ』
P「養成所?」
社長『お前昨日、人材がいないだの、オーディションが無いだのほざいただろう?』
P「……根に持ってるんですか?」
社長『私はそこまで小さくはない。きちんとお前の意見を聞き入れてやったんだ』
P「聞き入れたって……」
社長『養成所には人材がいるよな?』
P「確かにいますね」
社長『だからお前、その養成所行って、アイドルかっぱらってこい』
P「嫌ですよ! 何ですかかっぱらうって! それ誘拐じゃないですか!」
凛「誘拐……? プロデューサー、犯罪計画の話してるの?」
P「違うから! 変な誤解するな、凛!」
社長『凛? 昨日の少女がいるのか?』
P「昨日あの後、アイドルやってくれることになったんですよ」
社長『お前は仕事が遅いようで早いな。だがそうか、それなら……』
P「それよりかっぱらうって何ですか! やりませんよそんな事!」
社長『うるさい奴だな……かっぱらうは比喩だ。既にその養成所の責任者と話はしてある。そして、その養成所のアイドルをスカウトしていいことになった。だから後輩、お前が実際にその目で見て、気に入る人材を見つけてこい』
P「……そういうことなら、最初からそう言ってくださいよ」
社長『だからそれではつまらんだろう。私はお前の慌てふためく姿に快感を感じるんだ』
P「歪んでますね!」
社長『それとだな、後輩。そこにいる昨日の……そういえば彼女の名字はなんと言うんだ? 下は凛と言うようだが』
P「言ってなかったですか? 渋谷凛です」
社長『渋谷か。養成所に渋谷も連れていったらどうだ?』
P「凛を?」
社長『昨日の時点では、スカウトだけが目的だったんだがな。どうせお前、まだ渋谷のレッスンの準備をしていないだろう?』
P「……してないですけど」
社長『なら今日は、渋谷には養成所でレッスンを受けてもらえ。あちらには話をしておく』
P「なるほど……一応、凛に確認していいですか?」
社長『ああ』
俺は凛の方に振り向いて声をかける。
P「凛、うちでレッスンの準備が出来るまでの間、養成所でレッスン受けてもらっていいか?」
凛「養成所?……まあ、何もしないのもあれだし、いいけど」
社長『ではとっとと養成所に向かえ。いいアイドルを見つけてこいよ、後輩』
通話が切れた。
P「さて、じゃあ養成所に向かうか。……あっ、運動できるような服持ってきたか?」
凛「レッスンするんじゃないかと思ってたから、一応持ってきてるよ」
P「なら良かった。じゃあ千川さんは……特にお願いすることとかないですね」
ちひろ「ではプロデューサーさん、これを見ていてもいいでしょうか?」
そう言って千川さんが俺に見せてきたのは―――アイ○ツのDVDだった。
P「……え? 見たいんですか?」
置いておいた俺が言うのもなんだが、まさか見たい人がいるとは思わなかった。
ちひろ「何もすることがないので」
P「……どうぞ」
*
凛「ねぇ、まだ着かないの?」
養成所に向かっている途中、凛がそんなことを聞いてきた。
P「なんだ、そんなに早くレッスンしたいのか? やる気満々だな」
凛「そうじゃなくて……さっきから、ずっとこの辺りうろうろしてるから聞いたんだけど」
P「……」
……気付いてしまったか。
凛「あのさ……迷ってないよね?」
P「ま、迷うとか、そないなことあるわけないやん」
凛「……」
凛が無言で睨んでくる。……怖い。
P「……迷いました」
凛「最初から素直に認めなよ」
P「考えてみたら、養成所の名前聞いてなかったんだ。たどり着けるわけなくね?」
凛「なんで聞いてないの……」
だって聞く前に、先輩が電話切りやがったし。……まあ、聞き忘れたことにはさっき気付いたんだが。
P「住所はこの辺りのはずなんだけどなぁ……それっぽいのも見当たらないし」
凛「その養成所って、本当にこの辺りにあるの?」
P「住所が合ってればな。どこにあるんだよ、養成所……」
凛と2人で、立ち止まって辺りをきょろきょろ見渡す。そうしていると―――
???「あのー、すみません」
突然、声をかけられた。
P「? はい、何か?」
声のした方を向くと、そこにいたのは高校生くらいの少女だった。
少女「養成所と聞こえたんですが……もしかして、青木養成所に何かご用でしょうか?」
P「青木? そこかどうかは分からないんですけど……この住所の養成所に用がありまして」
俺は住所の書かれた紙を彼女に見せる。
少女「えっと……あ、この住所なら青木養成所で間違いないです。よければ、私がご案内しましょうか?」
P「え、いいんですか? ありがとうございます!」
少女「あ、いえ、私も向かうところでしたので」
P「ということは……あなたはもしかして、養成所の生徒さんですか?」
少女「はい、そうなんです」
P「やはりそうですか。……ラッキーだったな、凛」
凛「これでようやく目的地に行けるよ」
そして、俺と凛はその親切な女の子に案内され、養成所へ向かった。
*
少女「ここが、青木養成所です」
P・凛『…………』
彼女に案内されて、俺たちは養成所に到着した……のだが。俺も凛も、その養成所の外観を見た瞬間、言葉を失っていた。
P「……え、ここですか?」
少女「はい」
P「そ、そうですか。……でもこれ、養成所と言うより……」
凛「道場、だよね……」
そう、凛の言うとおり、どう見てもその外観は道場だった。
俺も凛も、養成所なんだからビルの中にでもあるんだろうと思っていたのだ。
でもまさかの道場。普通に剣道とかやってそうに見える。
P「というか、『青木道場』って書いてあるんですけど……」
少女「道場もやっているんです。ほら、こっちの看板には、ちゃんと養成所って書いてありますよ」
そう言って彼女が指差した先には小さな看板があった。
『青木☆養成所』←ラメ加工
P「この看板だけ場違い感ありますね!」
少女「あ、あはは……来た人、みんなそう言うんです。では、中に入りましょう」
そう言うと、少女が扉を開けて敷地の中へと入っていく。
P「ここに入るのか……い、行くぞ、凛」
凛「う、うん……」
俺と凛は、戸惑いながらも彼女に続いて敷地に入る。
が、その瞬間――
「何者だ!」
大きく張り上げた声が聞こえると同時に、俺の目の前に何かが振り下ろされた。
P「危ねっ⁉」
凛「プ、プロデューサー⁉」
振り下ろされたものを見ると、それは竹刀だった。
P「なんで⁉」
竹刀から視線を上げて前を見ると、そこには一人の女性が立っていた。
竹刀を振り下ろしたのはこいつか……!
女性「ほう、今の一撃を避けるとは、賊のくせに中々やるようだな……だが次は外さん!」
女性は言い放つと同時に、今度は突きを放ってくる。狙いは……俺の喉元⁉
P「くっ⁉ 鞄ガード!」
女性「防いだだと⁉」
俺は持っていた鞄を喉の前に掲げることで、竹刀を防いだ。
P「ぎ、ぎりぎりだった……」
女性「こ、こいつ……! ならば見せてやろう……私の最終奥義を!」
なんかさらに物騒なこと言い出した!
女性「くらえっ! 双竜蒼爪葬奏ざ――」
少女「せ、先生! この人は悪い人じゃないです!」
女性「何を言う島村! 全身黒づくめの男だぞ! 見るからに怪しいだろう!」
P「スーツって普通黒くね⁉」
この人にはサラリーマンが全員怪しい奴に見えるのか?
P「俺は346プロのプロデューサーです!」
女性「プロデューサーだと? そんな奴が来るなど聞いていないぞ!」
P「えぇ⁉ うちの社長から、ここの責任者に連絡が行ってるはずなんですけど!」
女性「責任者に?……ちょっとそのまま動かないでいろよ」
P「は、はぁ……」
こちらに竹刀を向けたまま、女性は携帯を取り出してどこかに電話をかけた。
女性「姉さん、うちに346プロのプロデューサーだと名乗る人が来たんだけど……。……忘れてたじゃないでしょ⁉ そういうことはちゃんと連絡してよ! まったく……」
女性は、電話を切るとすぐさまこちらに頭を下げてきた。
女性「申し訳ありません! 連絡に手違いがあったようでして……」
P「あ、ああいえ、誤解が解けたんなら良かったです」
女性「裏口から入ってこられたので、てっきり……」
少女「あっ⁉ そういえば裏口から入っていいのは生徒だけでした!」
女性「お前の仕業か、島村!」
少女「す、すみませーんっ!」
俺たちを案内してくれた少女……島村と呼ばれた子が、謝っている。
P「ま、まあまあ。彼女が案内してくれなければ、ここにたどり着けなかったので」
凛「その子、道に迷っていた私たちに声をかけてくれたんです」
女性「そうでしたか……。なら島村、今回だけは許してやろう」
島村「あ、ありがとうございます!」
女性がこちらに向き直る。
女性「申し遅れました、私はこの養成所で指導をしている者です」
P「あ、そういえば先生と……なるほど、そうでしたか」
トレーナー「プロデューサー殿、ここで話を続けるのもなんですので、どうぞ中へお入りください」
殿?……ま、まあいっか。
P「はい、お邪魔させてもらいます」
*
???「あっつーい! もうやってられないよ~! こんなに暑いのに道場の雑巾がけとか……おかげでもう汗だくだし。や~めたっ!」
俺たちが道場の中に入ると、一人の女性が雑巾を放り投げてぶうたら文句を垂れていた。
トレーナー「ほう? 何をやめるって?」
???「だから雑巾がけを―――お姉ちゃん⁉ い、いつからそこに……」
トレーナー「お前が文句を言っていた辺りからだ。……雑巾がけ、やめるんだって?」
???「そ、そんなわけないよ~! 冗談冗談! さあて、一気にやっちゃうよ~!」
トレーナーさんから逃げるようにして、彼女は雑巾がけを再開した。
トレーナー「まったく、姉さんもお前も……」
P「トレーナーさん、彼女は?」
トレーナー「不肖の妹です。まだ大学生なのですが、今は大学が休みでして。今日は家の手伝いをさせているんです」
P「へぇ……ん? 家の手伝いということは……ここはトレーナーさんのご実家なんですか?」
トレーナー「はい。この養成所は、うちの家族で経営しているんです」
P「家族経営とは……珍しいですね」
トレーナー「よく言われます。一応、ここの責任者は一番上の姉なのですが……」
P「ああ、先ほどの電話の方ですね。今は留守なんですか?」
トレーナー「今と言うか……ずっと留守でして」
P「ずっと? それはどういう?」
トレーナー「あー、なんと言いますか……」
なぜか口ごもるトレーナーさん。もしや、聞いちゃいけないような理由だったのだろうか。
すると、トレーナーさんの代わりに隣にいた島村さんが口を開いた。
島村「先生のお姉さんは、武者修行に出ているらしいです」
P「武者修行⁉」
凛「現実でやる人いたんだ……」
俺も凛も、武者修行というワードに驚きを隠せない。
トレーナー「その、姉は武道をやっていまして……『最強になるために旅に出てくる』と言い残し、家を飛び出していったんです」
P「かっけぇ!」
凛「え、そういう反応するの?」
P「だってかっこよくないか? そんな漫画みたいな理由で旅に出るとかさ」
凛「……確かに突き抜けた人だね」
凛も感心しているようだ。
トレーナー「プロデューサー殿は、変わった方ですね。ほとんどの人は今の話を聞くと、笑うか引くかのどちらかなのですが」
とんでもなく変わった姉を持つ人に、変わった方って言われた。……いや、これはもしや褒め言葉なのでは?
俺はそのお姉さんをかっこいいと思ったんだから、同じように変わってる俺もかっこいいってことなのかもしれない。
P「ふ、そんな褒めないでください」
凛「いや、褒めてはいないと思うけど」
P「……え、そうなの?」
トレーナー「……本当に変わっていますね」
島村「あ、あはは……先生、私そろそろ着替えてきますね」
トレーナー「ん? ああ、もうすぐレッスンの始まる時間か。そういえば、プロデューサー殿がうちでレッスンを受けるアイドルを連れてくると聞きましたが……そちらの彼女でしょうか?」
P「あ、はいそうです」
凛「渋谷凛です。よろしくお願いします」
トレーナー「うちのレッスンを受けるからには、他の生徒と同じように扱いますが……それでいいか?」
凛「はい、大丈夫です」
トレーナー「よし。では島村と一緒にレッスンを受けてもらおう。島村、いいな?」
島村「はい、私は大歓迎です! よろしくお願いします、凛ちゃん」
凛「え? あ、うん。えっと……」
P「そういえば、まだ君の名前聞いてなかったな」
島村「そ、そうでしたね。では遅くなりましたが――」
卯月「私、島村卯月って言います! お2人とも、よろしくお願いしますねっ!」
―――それは、太陽のような笑顔だった。
*
ベテラントレーナー『ワン、ツー、スリー―――』
卯月「はっ、はっ、はっ―――」
凛「ふっ、ふっ、ふっ――――」
レッスンが始まって、俺はしばらく2人の様子を見ていた。
P「2人とも、頑張ってるな」
2人のレッスンを指導しているのは、先ほどのトレーナーさんのお姉さんらしい。さっきの妹さんと、旅に出ているお姉さんを含めて、4人姉妹だそうだ。
それにしても、凛は今日が初めてのレッスンなので少し心配だったが、上手くこなせているようで何よりだな。
2人揃って大きなミスも無く…………2人揃って……2人……。
……2人?
P「んん? 冷静に考えたらおかしくね?」
トレーナー「プロデューサー殿、どうかされましたか?」
P「いや、ちょっと聞きたいんですが……島村さん以外の生徒はどこにいるんですか?」
そう、島村さん以外の生徒がいない。むしろなぜ今まで気が付かなかった、俺。
どこか別の所でレッスンしてるのか?……でも道場丸々使ってるのに、別の所とかあるのだろうか。
トレーナー「ああ、そのことですか。今は島村以外いませんよ」
P「いない? 他の日にレッスンがあるってことですか?」
トレーナー「いえ、うちの生徒は今、島村しかいないということです」
P「ああ、なるほ―――なんですって⁉」
トレーナー「うわっ⁉」
俺はトレーナーさんの言葉に驚きの声を上げた。
大声を出したものだから、トレーナーさんも驚いたようだ。
トレーナー「し、知らなかったのですか?」
P「聞いてないです……」
先輩は一言もそんなこと言わなかった。あの人、もしかして知ってて黙ってたんじゃ……。
トレーナー「実は、そろそろ養成所を閉じようと思っているんです」
P「え、やめるということですか?」
トレーナー「ええ。うちは見ての通り道場もやっているのですが、これからはそれ一本に絞ろうと考えていまして」
P「な、なるほど……」
トレーナー「ですから今は生徒の募集をしていないんです。元々いた生徒たちは、事務所に所属が決まったり、アイドルになるのを諦めたりで……今は島村だけが残っているというわけでして」
P「そういうことですか……」
トレーナー「ですので、島村がどこかの事務所に所属することが決まれば、その時に養成所を閉じようと決めているんですよ」
P「な、なるほど」
トレーナー「プロデューサー殿、それでどうですか、島村は?」
P「どう、とは?」
トレーナー「プロデューサー殿は、ここにスカウトをしに来たのでしょう?」
P「ああ、そう言う意味ですか。うーん……」
トレーナーさんの言葉に、悩む俺。
トレーナー「……プロデューサー殿の目には、かないませんでしたか?」
P「いえ、うち設立したばかりの事務所なので……彼女、来てくれますかね?」
トレーナー「! 島村を所属させてもらえるのですか?」
P「はい、彼女が良ければ。実はレッスンが始まる前から決めてたんです。彼女をスカウトしようと」
トレーナー「そうですか……! では、さっそく島村を呼びましょう」
P「ああいえ、レッスンが終わってからで。今、2人とも真剣にやってますし」
トレーナー「そ、そうですね。つい舞い上がってしまいました」
トレーナーさん、よっぽど嬉しかったみたいだ。生徒思いなんだな、この人。
P「さて、あとはトレーナーをどうにか手配しないと……」
トレーナー「まだレッスンを指導するトレーナーが見つかっていないそうですね」
P「ええ、早いうちに手配する必要が――」
???「話は聞かせて貰ったよー!」
P「な、なんだなんだ⁉」
トレーナー「……ケイ、廊下の雑巾がけはどうした?」
声のした方を見ると、そこにいたのは先ほど雑巾がけでぶうたれていた女性だった。
トレーナーさん4姉妹の一番下の子……ケイという名前なのか。
ケイ「えっへん、ちゃんと終わらせたよ。それよりプロデューサーさん!」
P「え? は、はいなんでしょう?」
ケイ「卯月ちゃんたちのトレーナー、私にやらせてください!」
P「えぇ⁉」
まさかの申し出に尋常でなく驚く俺。そしてそれはトレーナーさんも同じだった。
トレーナー「お、お前、何言い出してるんだ⁉」
ケイ「お姉ちゃん、私は本気だよ! お願いします、プロデューサーさん!」
P「え、ええ? でも君、まだ大学生だって聞いたけど……」
ケイ「レッスンを受ける卯月ちゃんだって高校生なんですから、大学生の私がトレーナーをしても大丈夫だと思います!」
P「な、なるほど……。確かに一理ある」
非の打ち所のない理屈に思わず納得する俺。
トレーナー「騙されないでください、プロデューサー殿! その理屈はおかしいです!」
ケイ「お姉ちゃんは黙っててよー!」
トレーナー「黙ってられるわけないだろう!」
ケイ「ね? ね? プロデューサーさん、いいでしょ~!」
P「な、なんでトレーナーやりたいの?」
ケイ「私、トレーナーを目指してるんです! 大学を卒業したら、うちで頑張ろうと……思ってたのに! お姉ちゃんたち、養成所やめるって言うんですよー! 酷いですよね⁉」
P「え、ああ、うん、そうかもね」
ケイ「だから、代わりにトレーナーの仕事出来るとこ、探してたんです! プロデューサーさんのとこで、お世話にならせてください!」
P「で、でも卒業してからでいいんじゃない? まだ早いような……」
ケイ「鉄は早いうちに打てって言うじゃないですか~!」
P「熱いうちにじゃなかったっけ⁉」
ケイ「同じようなものですよ~! 早いうちに、トレーナーの腕を磨きたいんです!」
P「う、うーん……その情熱は良いと思うんだけど……」
この子にレッスン任せて、大丈夫かなぁ……。
この子採用すると、アイドル部門のメンバーは―――。
新人のプロデューサー(俺)
新人のアイドル(凛と、上手くいけば島村さん)
新人……かどうかは分からない謎多き事務員(千川さん)
新人……というより見習いトレーナー(この子)
―――になるわけか……新人多くね? 先行き不安な気が……。
P「……よし、分かった」
トレーナー「プロデューサー殿⁉」
ケイ「いいんですか! やったぁー!」
P「いやちょっと待って! 分かったけど、ちょっと待って! 条件加えさせて!」
ケイ「条件ですか?」
P「トレーナーさん、道場もあるのは承知していますが……彼女のサポートお願いできませんか? 彼女1人はさすがに……」
トレーナー「不安が過ぎますよね」
P「……はい」
ケイ「そんなぁー⁉」
トレーナー「素人同然のお前に任せて、不安にならないわけがないだろう!」
ケイ「素人とは失礼だよ~! 私だって、今までお姉ちゃんたちの手伝いやってきたもん」
トレーナー「手伝いとはわけが違うんだ!……はぁ、仕方がない。プロデューサー殿、こいつの決めたレッスン内容は、私が毎回チェックします。それと手が空いた時には、私もこいつと一緒にレッスンの指導をしましょう」
P「ありがとうございます! それなら安心です!」
ケイ「そこまで不安だったんですか⁉」
P「……ノーコメントで」
ケイ「その顔が物語ってますよぉ!」
トレーナー「ケイ、プロデューサー殿の不安が早く無くなるように、きちんとした指導をしていくことだな」
ケイ「うぅ~……!」
トレーナー「プロデューサー殿、レッスンの開始はいつ頃に?」
P「できるだけ早い方がいいんですが……」
トレーナー「分かりました。では明日までにこいつにしっかりとトレーナーとしての心得を叩きこんでおきますので。ケイ、今から私の部屋に来い」
ケイ「今から⁉」
トレーナー「地獄の猛勉強コースだ。幸い、明日の朝までは10時間以上ある」
ケイ「それ睡眠時間計算してないよね⁉」
トレーナー「あ、その前にプロデューサー殿。レッスンの開始時間や場所などについて、お話をお願いできますか?」
P「あっ、そ、そうですよね」
トレーナー「ケイ、この話が終わったら地獄の始まりだ。覚悟しておけよ?」
ケイ「お、鬼が……鬼がいるよぉ~っ!」
俺は話の最中、ずっとケイさんの顔を見ないようにしていた。
*
凛と島村さんのレッスンが終了し、俺は2人に声をかけた。
P「お疲れー……」
凛「……どうしてレッスンしてないプロデューサーが疲れた顔してるの?」
P「い、色々あってな……。それより島村さん、少しお話があるんですが……」
卯月「私ですか?」
P「まだ言っていなかったと思いますが、私は346プロダクションでプロデューサーをしているんです」
卯月「あ、それならさっき凛ちゃんに聞きました。346プロに、アイドル部門が新しく設立されたんですよね」
P「ええ、そうなんです。それで今、うちに所属してもらえるアイドルを探していまして……島村さん、うちに来てもらえないでしょうか」
卯月「……え?」
俺の言葉に、島村さんの表情が変わる。
P「あなたをプロデュースしたいんです」
卯月「…………えぇぇぇっ⁉」
P「もちろん、うちの現状をお話ししたうえで結論を出していただいて構いませんので」
卯月「……」
P「ではまず346プロの――」
凛「ねぇ、プロデューサー」
P「なんだ? あ、そうか。立ったままじゃあれだよな。では、そっちに座っていただいて――」
凛「そうじゃなくて。……卯月、気絶してない?」
P「え?」
卯月「……」
島村さんの目の前で上下に手を振ってみる……反応がない。
P「ちょっ⁉ しっかりしてください! と、トレーナーさーんっ! 島村さんが気絶しましたぁー!」
*
それから10分ほど経つと、ようやく島村さんが目を覚ました。
卯月「す、すみません、気絶しちゃうなんて……」
P「い、いえいえ」
凛「もう大丈夫?」
卯月「はい、びっくりしただけですから」
びっくりして立ったまま気絶する人、現実で初めて見た。
P「なんともなくて良かったです」
卯月「……あの、プロデューサーさん」
P「はい?」
卯月「その……スカウトのお話は、現実ですか? それとも……気絶している間に見た私の夢なんでしょうか?」
P「いや、現実でスカウトしましたよ」
その辺り、記憶が曖昧なのか。
卯月「そ、そうですよね! 良かったぁ……! もしかしたら、夢なんじゃないかって思って……はっ⁉ ま、まさかまだ夢の中なんじゃ……⁉」
P「今度は現実を疑い出した!」
凛「そんなに信じられないんだ……」
卯月「り、凛ちゃん! 私のほっぺ、つねってもらえませんか?」
凛「えぇー……。……はい」
凛が島村のほっぺをギュっとつねる。
卯月「いたたたたたっ⁉ い、痛いです! ということは、夢じゃないんですねっ!……はっ⁉ もしかしたらドッキリなんじゃ……⁉」
P「もういいですから! 夢でもドッキリでも嘘でもないですって!」
そこまで信じられないのだろうか。
卯月「す、すみません。こんなに突然アイドルになれるなんて思わなくて……」
P「突然だったのはすみません。今日私がここに来たのは、凛のレッスンのこともあったんですが、スカウトも目的だったんです。この養成所の生徒の中に、いい人材を見つけられたら、スカウトしようと思っていたんですよ」
卯月「そうだったんですか。……あれ? でもこの養成所って、今は私しかいませんよね?」
P「……それはここに来るまで知らなかったんです」
卯月「じゃ、じゃあ消去法……ですか……? 私しか、いなかったから……?」
なんか島村さんが涙目になってきた⁉
P「そ、それは違います! だからそんな泣きそうな顔しないでください!」
卯月「ほ、本当ですか?」
P「消去法なんかで決めませんよ。私は、あなたなら輝くようなアイドルになれる……そう思ったからスカウトしたんです」
卯月「私が……輝くような、アイドルに……?」
P「さっき、あなたの笑顔を見た時に、そう思ったんですよ」
卯月「笑顔ですか?」
凛「……分かる気がする」
卯月「凛ちゃん?」
凛「卯月の笑顔、輝いてた。今までいろんな人の笑顔を見たけど、その中のどの笑顔よりも、ずっと」
卯月「そ、それは流石に言い過ぎだと思います」
P「言い過ぎなんかじゃないですよ、私も同じ気持ちです。島村さん、あなたの笑顔はそれだけ魅力的な笑顔なんです。だから……私に、あなたの笑顔を多くの人たちに届けるための、手伝いをさせてもらえませんか?」
卯月「私の……笑顔を……」
凛「……プロデューサー、今ちょっとかっこつけたでしょ」
P「それ言わなくてよくね⁉ 確かにちょっとかっこつけた言い方したけども!」
凛「やっぱりね。そういうの、似合わないよ」
P「かっこつけるの似合わないって酷くね⁉」
卯月「あの、プロデューサーさん!」
P「あ、はい、なんでしょう?……ま、まさか島村さんまで似合わないとか言いませんよね……?」
卯月「そうじゃなくてですね! その、ええと……わ、私、頑張ります!」
P「え?」
卯月「ですから……」
卯月「これからよろしくお願いします、プロデューサーさんっ!」
P「! では……うちに来てもらえるんですね?」
卯月「もちろんです!」
P「ありがとうございます、島村さん!」
凛「これからよろしくね、卯月」
卯月「はいっ!……あ、それでなんですがプロデューサーさん」
P「なんでしょうか?」
卯月「私にも、凛ちゃんと同じように喋ってもらって結構です。呼ぶ時も、名前で呼んでもらえませんか?」
P「いいのか?」
卯月「もう私、プロデューサーさんの担当アイドルですから」
P「それじゃ……そうさせてもらうな、卯月」
卯月「はい、プロデューサーさんっ」
P「あ、なら俺にも敬語とか使わなくていいぞ」
卯月「……えっ?」
……? なぜか、卯月から表情が消えた。
P「いや、別にそういうの気にしないしさ。凛だって……最初は使ってたのに、30分もしないうちに使わなくなったし」
凛「プロデューサー相手に、敬語使う必要ないって気付いたからね」
P「それどういう意味? 俺のこと尊敬できないって意味じゃないよね?」
凛「だから、卯月も別に使わなくていいと思うよ」
P「質問に答えてくれる⁉」
卯月「で、でも、それは……プロデューサーさん、年上の方ですし……プロデューサーさんですし……」
P「いや、だからそういうの気にしないって言ったろ?」
卯月「そ、そう言われましても……」
凛「というか、私にも敬語とか使わなくていいよ」
卯月「えぇっ⁉ 凛ちゃんもですか⁉」
凛「だって、むしろ私に敬語を使う方が変じゃないかな。年下だよ、私」
そういえば、凛の方が1歳年下だったな。
卯月「それはそうかもしれませんが……あぅぅ……わ、分かりました! 島村卯月、頑張ります!」
卯月が両腕でガッツポーズをしながら叫んだ。
凛「いや、頑張るほどのことじゃないと思うけど……」
卯月「こ、こほんっ!」
卯月「凛ちゃん、今日はいい天気ですだねっ!」
凛「ですだね⁉」
卯月「プロデューサー、明日は雨が降るらしいですみたいだよっ!」
P「何言ってるんだ⁉ どうした⁉」
卯月「あ、あぅぅ……すみません、無理です。敬語が抜けません……」
凛「え、えぇ? なんでまた……」
卯月「実は私、この養成所に入るときに、アイドルとして敬語はきちんとしないとと思いまして……それからは敬語で話すことを心掛けているんです」
P「へぇ、それはいい心がけだな」
卯月「……家以外では、ずっと」
P「そこまで徹底してたの⁉」
凛「じゃ、じゃあ学校とかでも?」
卯月「はい……」
P「いや、うん、心がけは立派なんだけどね……それで、敬語がとれないわけか」
卯月「すみません……」
P「別に謝る必要はないが……そういうことなら、無理しなくていい。敬語でいいよ」
卯月「あ、ありがとうございますっ!」
P「お、お礼を言う必要もないぞ」
凛「卯月。私にも、敬語とれそうにない?」
卯月「さっきのが答えだと思います……」
凛「ですだね……なら、しょうがないか」
そんなこんなで、アイドル部門に2人目のアイドル、島村卯月が加入したのだった。
*
卯月を連れて、俺たちは346プロへと戻って来た。
事務所の扉の前まで来たところで、卯月に向き直る。
P「ここが、アイドル部門の事務所だ」
卯月「あの、倉庫って書いてあるのは……?」
凛「いい加減直しなよ」
P「わ、忘れてたんだよ。卯月、ここは前まで倉庫だったんだ。今はちゃんと綺麗に片付けて、事務所になってるから」
卯月「あ、そうだったんですか。……あれ? 中に誰かいるみたいですけど……」
P「ああ、千川さんだ。うちの事務員さん」
卯月「事務員さんがいるんですね」
P「まあ、まだ事務仕事ないんだけどな。今は多分アニメ見てると思う」
千川さんはまだア○カツを見ているのだろうか? 1クールくらい見終わったかな?
卯月「あはは、そんなまさか」
凛「普通、冗談だと思うよね」
卯月「……え、冗談じゃないんですか?」
P「さて、じゃあ入るか」
俺はドアノブに手をかけて扉を開け、中に入る。
P「ただいま戻りましたー」
卯月「し、失礼しますっ!」
凛「卯月はもう事務所の一員なんだから、そんなに緊張することないよ」
卯月「わ、分かってはいるんですが……すぐには無理ですよぉ」
俺に続いて、卯月と凛も入って来た。
そして、戻ってきた俺たちに気付いて、千川さんと見知らぬ少女がこちらに振り向いた。
ちひろ「あ、お疲れ様です、プロデューサーさん」
???「お疲れー!」
どうやら、2人はソファに座ってアニメを見ていたようだ。TV画面にアイカ○のOPが流れてるし。
うん、2人で………………2人?
P「その子、誰ですか⁉」
卯月「え⁉ この事務所の人じゃないんですか⁉」
凛「少なくとも、私は初対面だけど……」
ちひろ「彼女はですね――」
千川が説明しようとすると、少女は俺たちの目の前までやってきて、底なしに明るい声で告げた。
未央「私、本田未央! よろしくねっ! あなたが、あのプロデューサー?」
P「あの?」
未央「からかい甲斐のある最高の玩具っていう」
P「それ誰に聞いた⁉ いや1人しかいないけど!」
人をおもちゃ扱いか、あの先輩。
未央「それで……おろ? ここのアイドル、まだ1人しかいないって聞いてたんだけど、2人いるね。どっちが渋谷凛ちゃん? あなた?」
卯月「いえ、私じゃなくて……」
凛「凛は私だけど」
未央「あ、そっちか。それじゃ、あなたは?」
卯月「私は島村卯月って言います。今日からこの事務所でお世話になることになりまして……」
未央「おお、それじゃ私と一緒だね! よろしく、しまむー!」
卯月「しまむー?」
未央「しぶりんも、よろしくね!」
凛「し、しぶりん?」
なんかさっそく変なあだ名で呼んでいる。
P「なんなんだこの子は……?」
社長「私が答えてやろう」
P「うぉっ⁉ せ、先輩いたんですか⁉」
社長「お前が戻ってくるまで、そこで仮眠をとっていたんだ」
P「それってサボりなんじゃ――」
社長「仮眠はサボりに入らん」
無茶苦茶言ってるぞ、この人。
卯月「凛ちゃん、この方はどなたですか?」
凛「うちの社長」
卯月「し、社長さん⁉」
社長「ふむ、お前もきちんとスカウトしてきたようだな」
P「先輩には色々言いたいことがありましたが、それは後にします。彼女のこと、説明してくださいよ」
社長「ああ、本田はだな――」
社長「オーディションの合格者だ」
P「オーディションなんてやってないでしょう⁉」
社長「やってないが、こいつはオーディションを受けに来たんだ」
P「どういうこと⁉ なぞなぞですか⁉」
*
―――時間は数時間前に遡る。
346プロダクションの一室で、ある部門のオーディションが行われていた。
未央「はい! 1番、本田未央です! よろしくお願いしまーっす!」
社長「では、志望動機を教えてもらえるか?」
未央「志望動機は……友達にすすめられたのがキッカケ、なんですけど。元々、興味あったし、何より面白そうだなーって。私、楽しいことが大好きなんです! えへへーっ!」
社長「ふむ」
未央「楽しかったら、どんな人でも自然と笑顔になって……それで、元気になれちゃうじゃないですか! この仕事って、たくさんの笑顔で、みんなを元気にできるでしょ?」
社長「まあ、そうだな」
未央「それってとってもすごいことだなって思うんです! だから、なってみたいなって思って!」
社長(こいつ、アイドルの方が向いてそうだが……)
未央「それに、いろんな人と知り合えますよね。いろんな人と仲良くなって、いろんな人と友達になれて……そしたらいつか、すっごくたくさんの人と、すっごくすっごく大きなコトが、できるかもしれないし!」
社長「そのすごく大きなコトとは?」
未央「すごく大きなコトって……えーと……何だろ? う、うーんと……それは……。ま、まぁ、なってから考えるってことで! とにかく! 私の『誰とでも友達になれる』特技をいかして! 絶対に活躍すること、間違いなしなのですよ~っ♪」
社長(こいつアイドル目指せばいいのに……だが、本人の希望はこの部門だからな。まあこちらでも――)
未央「てなわけで! 明るい笑顔がトレードマーク、本田未央14歳っ! トップアイドルになって見せますっ!」
社長「……」
他の面接官『……』
他の志望者『……』
未央の台詞に、固まる場の空気。
未央「……あれ?」
社長「……すまない、よく聞こえなかった。最後の、もう一度聞かせてくれるか?」
未央「あ、はい! こほん……明るい笑顔がトレードマーク、本田未央14歳っ! トップアイドルになって見せますっ!」
社長「……おい、お前もアイドルと聞こえたか?」
面接官A「……聞こえました」
面接官B「マジか……」
志望者A「嘘でしょ……」
志望者B「とんでもないわね……」
未央「ほえ? な、何かおかしなこと言っちゃいました?」
社長「……君、これが何のオーディションか分かっているか?」
未央「もっちろん! 所属アイドルを決めるオーディションです!」
社長「いや、所属モデルを決めるオーディションなんだが……」
未央「……えっ?」
社長「……」
他の面接官『……』
他の志望者『……』
未央は社長の言葉を聞くと、辺りに視線を巡らす。……そして、自分へと向けられる、周りからの哀れなものでも見るかのような視線を目にした。
段々と未央の顔が赤く染まっていく。
未央「……ま……」
未央「間違えたぁ――――⁉ は、恥ずかしいぃぃいいいいっ!」
社長「お、落ち着け! アイドルになりたいのなら、いい話が――」
未央「し、失礼しました! 私、もう帰りますんで! さいなら!」
社長「あ、待て! くっ、お前たちでオーディションはそのまま続けていろ!」
面接官A「えっ⁉ ど、どこ行くんですか社長⁉ まだオーディション始まったばかりなんですけど⁉」
社長「今の奴に用が出来た! すぐに戻る!」
面接官A「しゃ、社長ぉ――――っ⁉」
*
―――会議室から出た廊下にて
社長「待て! 本田未央!」
未央「うぇえ⁉ オーディション会場にいた人⁉ な、なんで追いかけてきて……⁉」
社長「お前が話を最後まで聞かないからだ!」
未央「は、話?」
社長「アイドル、やりたいんだろう? うちでやるか?」
未央「えっ、いいんですか⁉ でも今のオーディションは……」
社長「今のは確かにモデル部門のオーディションだが。ちょうどこの前、うちにアイドル部門が設立され、そこに所属するアイドルを探しているところでな」
未央「……私、所属していいんですか?」
社長「ああ」
未央「やったぁー! これぞ、怪我の孔明!」
社長「功名だがな」
*
―――そして現在
社長「――ということがあったわけだ」
未央「いやー、友達に今日のオーディションすすめられたんだけどさ、その友達が間違えてたんだよー。私、ちゃんと確認しないで来たから、もう赤っ恥かいちゃった!」
卯月「た、大変でしたね」
凛「それは確認しなかったのが悪いんじゃ……」
未央「もう、しぶりんは辛辣なんだから」
凛「……っていうか、さっきからそのしぶりんって……」
未央「? しぶりん、何か言った?」
凛「……まあ、別にいいけど」
P「それで先輩、話をまとめるとつまり――」
社長「お前、こいつプロデュースしろ」
P「……やっぱ、そういうことですよねー」
未央「そういうことっ! よろしくね、プロデューサー!」
未央が俺にピースサインを向けてくる。
この子をプロデュースとか、いきなりのことで驚いたけど……ま、いっか。
P「ああ。よろしくな、未央」
凛や卯月に負けず劣らず、良いアイドルになりそうだしな。
社長「さて、お前も養成所から1人スカウトしてきたようだし、これでアイドルが3人になったわけだが……まあ、とりあえずこれだけいればいいだろう。これより、アイドル部門には本格始動してもらう」
P「おお、ようやくですか!」
社長「では後輩……いや、プロデューサー」
P「はい、社長」
俺は、先輩が俺の呼び方を改めたことに気付き、俺も先輩を社長と呼ぶ。
社長「いいか? お前の仕事はただ一つ」
そして、社長は凛、卯月、未央を見渡し―――。
社長「彼女たちを、トップアイドルにすることだ」
―――そう、告げた。
P「!」
社長「……やれるな?」
P「はいっ! もつぇっ⁉……もちろんです!」
……。
…………。
………………やべぇ噛んだ。
『…………』
部屋が驚くほど静まり返る。
部屋に唯一響くのは、TVから流れるアイ○ツのEDソング。
……なぜだろう、たった数秒のことだったのに、俺にはそれが永遠に感じられた。
その静寂を、ようやく凛が打ち破ってくれる。
凛「……社長」
社長「……なんだ?」
凛「他にプロデューサーっていないんですか?」
P「何訊いてんの⁉」
社長「残念ながらいない。こいつで我慢しろ」
P「我慢て!」
凛「……はぁ、分かりました。なら我慢します」
P「ため息つくなよ! ちょっと噛んだだけじゃん! そこまで言うことないじゃん!」
未央「プロデューサー……あそこは噛んじゃいけないとこだったよ。……がっかりだよ」
P「そんな失望のまなざしで見るなよ!」
卯月「プロデューサーさんっ。え、えーっと……が、頑張りましょう!」
P「苦笑いでそんなこと言われても! その笑顔はやめて!」
ちひろ「あっ、次回は新キャラが出るんですね」
P「あなたはいつまでアイ○ツ見てるんですか!」
凛「……本当に大丈夫かな、このプロデューサーで」
――――そしてここから、少女たちの物語が始まったのだ。
第0話、終わりとなります。
この続きの話も、こちらにちょいちょい上げてこうと思います。
本編よりは大分ペース遅くなると思いますが、ご了承ください。
……Pの評価、どうなりましたかね? おめ――名誉が挽回していることを祈ります。
続きがいつ書き上がるか分からないので、このスレは一旦ここで終わりにします。
続きが書き上がったら新規スレ立ててそっちに上げようと思います。
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