理樹「恭介が留年!?」 (61)
理樹部屋
理樹(その話の発端は、謙吾の『これはあくまで人から聞いた話だが……』の一言だった)
謙吾「恭介が、その……留年した。という事だ」
理樹(それを聞いた瞬間、テーブルを囲んでダラダラしていた3人の目が一斉に謙吾の方へ向いた)
理樹「き、恭介が留年!?」
真人「ハハハッ!まさかそんな事ねえだろ!恭介の野郎、いつもテストの時期になったら俺らに何故かバンバン当たるテスト範囲教えてくれたじゃねえか」
鈴「確かに賢いかは知らないが馬鹿ではないな」
理樹(真人と鈴は面白くもない冗談だとばかりにすぐさま平静な顔に戻った。しかし、謙吾だけは依然と顔に冷や汗をかいていた)
謙吾「う、うむ……俺も風のウワサを聞いた程度なんだが……火のないところに煙は立たんとも言うしな」
理樹(謙吾は並大抵のことで顔を崩さない。その彼がこのふざけた話にここまで真剣になるということはその噂の出所に信憑性があるのだろう。その動揺が僕にも伝染したのか、若干ドキドキしてきた)
理樹「と、とにかくそろそろ恭介が来る頃じゃない?その時に確かめてみようよ!」
ガチャ
理樹(そういうと同時にドアが開いた)
恭介「…………………よぅ」
理樹・真人・謙吾・鈴「「「!!」」」
理樹(生気のない声で入ってくる恭介。彼の顔は死んでいた)
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恭介「……………」
理樹(恭介は僕と鈴の間に腰掛けると、大きなため息を吐いた。その目は何も写ってなかった)
真人「…………」
理樹(真人が、謙吾に信じられないといった目線を送った。謙吾はただ辛そうな顔で目を伏せた。恭介がテーブルの前に座ってから気まずい沈黙が流れて数秒後、鈴がその空気に耐えかねて僕にウインクでサインを送った。それがどういう意味か分からない僕じゃない。言い出しっぺになどなるんじゃなかった)
理樹「あ、えっと……恭介……その……」
恭介「……噂、聞いたのか?」
理樹「えっ!」
理樹(前置きなく急に核心を突かれてギクリとした。もはや”知らないふり”は出来ない)
理樹「………う、うん……恭介、留年したって本当?」
恭介「…………………」
理樹(みんな固唾を飲んで恭介の次の言葉を待った。そしてみんな恭介が急に笑顔になって僕らをからかってくれるのを期待した。そうなれば少なくとも僕は甘んじて彼に笑われただろう。でも、恭介は表情をピクリとも動かさず、口元に蝋燭があっても消せないような声で言った)
恭介「………その通りだ………」
真人「は……はは……おいおい、冗談だろ恭介っち!」
恭介「真人……」
理樹(その時、恭介は真人にニコリと微笑んだ。つられて僕らも笑いそうになったが、次の言葉で笑えなくなった)
恭介「今年も、よろしくな……」
真人「…………マジかよ」
謙吾「……何故だ恭介。何故よりによってお前が!」
理樹(謙吾が思わず声を荒げた。しかし、当の本人は相変わらずの口調でそれに答えた)
恭介「ああ、分かってるよ。これから訳を話そう」
恭介「……俺がこうなった理由をな」
理樹(恭介は静かに語り出した)
今日の放課後
『3-Aの棗恭介君。至急職員室まで来るように』
恭介(そのアナウンスが流れた時、まさかこれが破滅へのカウントダウンだったとは砂の粒ほども思わなかった。もしかしたら卒業式の生徒代表に選ばれたんじゃないか、そんなことくらいしか考えていなかった)
男子生徒「おっ、呼ばれたな恭介!また何かやらかしたのか~?」
恭介「マジかよ勘弁してほしいぜ~!」
男子生徒・恭介「「はっはっはっ!」」
恭介(何もかもが順調だった。とうとう理樹と鈴の成長も見届け、ついに納得できる就職先も見つけ、そして……)
あーちゃん先輩「ねっ、棗君。その用事が終わったらでいいんだけどさ……後で裏庭のベンチに来てくれない?」
恭介「えっ、それは……!」
あーちゃん先輩「ふふっ、来てからのお楽しみよっ……なんちて」
恭介「………!」
恭介(………何もかもが順調だった。この学園に思い残すことなど他に何もなかった)
職員室
担任「……棗。非常に言いづらいんだが……お前の留年が決まった」
恭介「えっ?」
恭介(最近少し太り気味だった担任は、腹を撫で回しながら俺にそう宣告した)
恭介「ハ、ハハァ……さてはまだ俺が先生の誕生日に教室を爆発させたの根に持ってますね?」
担任「……………」
恭介(俺が笑いかけながら言っても担任はただ黙って腹を撫でた)
恭介「……………」
担任「……………」
恭介「……冗談ですよね?」
担任「………棗。申し訳ないがもう決定した事だ」
恭介(俺はそこでようやく血の気が引いた。この目は”マジ”だ!)
恭介「ば、馬鹿な!どうして!」
恭介(俺が理由を聞くと担任はようやく撫でるのをやめ、その手を出席簿へ伸ばした)
担任「成績の方は問題ない。むしろ一時は現代文で一位を取っていたしな。しかし棗、卒業するには賢さだけじゃいけないよなぁ?」
恭介「………出席数か!?」
担任「むしろなんでそこが疑問文になるのか分からない。そりゃ当たり前だろう。お前の出席数はトータルで三分の二程もない」
恭介(そう言って担任は俺の出席日がチェックされたページを見せた。上と下に丸が並ぶ中、俺の欄はどれもこれもバツばかりだった)
担任「これじゃあいくら模範的な生徒だったとしても卒業はさせる事が出来ないな」
恭介「い、いや待ってくれ!確かに休みがちだったがそれは例の事故で一ヶ月ほど入院していた分も入ってるんじゃないか!?」
恭介(ここが職員室だということも忘れてついつい担任にいつものタメ口で喋りかけてしまった)
担任「それも元はと言えばお前が勝手に2年の修学旅行に同行したせいだろう。まあ、そこは置いておくにしても、お前の就活と称した旅行が主な原因だな」
恭介「!」
担任「徒歩でここから東京まで行く事は大変結構だが、その間他のみんなはちゃんと学校に通っていたんだぞ?いくら大学に行かないからって勉強を怠る理由にはならんだろ棗?」
恭介(確かにそう言われてみればそうだった。いつもつい旅をしたがる性分のせいでその辺りを考えている暇がなかったのだ)
恭介「で、でもそれなら何故もっと早く言ってくれなかったんだよ!」
担任「俺は何度も忠告したつもりだよ。それを無視して野球をしたり就活していたのは誰なんだ」
恭介「ぐっ………」
恭介(そう言われるとぐうの音も出てこない。確かに何度か呼び出しを食らって説教されたことはあったが、まさかここまでとは思わなかった)
担任「もはや補習では補えないところまで来ている。校長相談したりもしたが、これはもう覆らないそうだ」
恭介(そう言って担任はデスクに置いてある読みかけの本を開いた)
担任「じゃ、用はこれで終わりだ。さっさと帰りな」
恭介(本来なら留年のショックでこのぶっきらぼうな態度の担任に逆ギレする所だが……)
恭介「………先生、本、逆さだぜ……」
担任「…………っ」
恭介(きっと見た目の割に優しすぎる先生のことだ。校長には何度も頭を下げてくれたんだろう。それがダメだってんで本当は俺に対して申し訳なさでいっぱいに違いない。先生にここまでさせて俺は情けないぜ……)
裏庭
あーちゃん先輩「あっ、棗君!……って、どうしたのその顔?」
恭介(今やこいつの事情を知らない明るさが溶けるほど眩しい。そして、これから俺の言ったことでどんな表情の変化を見せるんだろうか)
恭介「……よう。実はさっき先生から言われたんだけどさ。俺、留年しちまったらしいんだ」
あーちゃん先輩「えっ……」
恭介(俺の言ったことがすぐに理解出来たようだ。明るかったその笑顔がみるみるうちに曇っていった)
あーちゃん先輩「そ、それは……もうどうにも出来ないの?」
恭介「分からん。まだ俺は諦めた訳じゃないが……」
あーちゃん先輩「絶対に何かの間違いよ!この学校の人気者のあなたがそんなこと……」
恭介「ああ……そうだと良いんだが……」
恭介(心のどこかでは間違いではないと分かっていた。そこに無理やり希望を持つのはとても辛いことだった)
恭介「とりあえずこれから校長に話を聞きにいくよ」
あーちゃん先輩「う、うん……」
……………………………………………
……………………………
…
恭介「その後、俺は校長室へ行って、校長に留年を免れそうな方法を思いつくだけ提案してみたが、どれも担任が先に言ったことらしい。そして、どれも首を縦に降ることは出来ないそうだ」
謙吾「そんな……」
恭介「あまりに動揺した俺は部屋に帰るまでに会った知り合いに、聞かれていないにもかかわらずベラベラと留年したことを喋ったよ。噂はきっとそれから広まったんだろう」
鈴「恭介……」
恭介「………ふっ、むしろ俺はラッキーだぜ。またこれからお前達と一緒に一年過ごせるんだからな!」
理樹(そんな恭介の痛々しい笑顔に僕は叫ばずにいられなかった)
理樹「もうどうしようもないの!?僕は恭介を追ってここまできたんだ。その恭介がこっち向かって来ないでよ!教室に入ったらごく自然に『よお理樹!昨日の宿題もう終わったか?』なんて言ってくる恭介なんて嫌だよ!!」
恭介「あのなぁ……」
理樹(その時、ずっと下を向いていた恭介が僕の方を振り返って言った)
恭介「そんなの俺の方が嫌に決まってんだろ!なんで俺はまた年下のお前らと一緒のクラスで勉強する事になるんだよ!そりゃ俺だってお前たちといてえよ!でもこういう意味で考えてた訳じゃねえよ!なんでこんな理不尽なんだよチクショウ……ずっとずっと悔しいわ…俺の方が!ずっとずっとお前たちより気まずいわ!なのに今まで一緒にいた奴らが先に卒業するとか……そんなのねえよ……なんでだよ…………わけわかんねえよ!くそ………」
書いてて辛くなってきたから続きは今度(∵)
次の日
朝
食堂
理樹(今日はとても良い天気だった。だが、それだけに食堂での恭介の陰気なオーラは一層食堂内で際立っていた)
ヒソヒソ……
「ねえ、棗君が留年って本当?」
「ああ。あいつが直接言ったんだ。ま、今はそっとしてやろうぜ……」
「内定も決まってたんでしょう?かわいそうに……」
理樹(もはや恭介の噂は学校中に広まっていた。生徒のほとんどが彼を知っているだけに恭介の近くを通り過ぎる人間は恭介の顔を見て同情心を覚えた顔をしていった)
恭介「………………」
クド「き、恭介さ……」
来ヶ谷「……………」
理樹(暗い恭介の隣に座っていたクドが話しかけようとしたが、来ヶ谷さんが肩に手をやって静止した。今の恭介にはどんな声をかけても無駄だと分かっているんだろう)
鈴「恭介、ゼリーやる」
恭介「……ふっ、大丈夫だ」
真人「俺のカツいるか?真ん中のやつやるよ!」
恭介「ありがとな。でも、遠慮しておこう。今は食欲がないんだ…」
理樹(恭介はそう言うと好物のはずのホッケ定食を半分も食べずに席を立った。僕らは揃いも揃ってただ見ていることしか出来なかった)
理樹「あ…………」
葉留佳「………やっぱり、本当の話だったんですネ……」
美魚「あそこまで落ち込んだ恭介さんは初めて見ました」
小毬「恭介さん……」
謙吾「さて、どうしたものか……留年がもうどうにも出来ないというなら、せめて少しでも励ましてやれたらいいんだが」
真人「あそこから昨日の朝のような調子にするにゃ相当の事がないと無理だぜ」
理樹「ううん……」
…………………………………………………
恭介(昨日は晩飯を食うのを忘れていたので、やっとありつけたはずの食事だった。しかし、いざ飯を食うと味がしなかったばかりか、既に満腹な気分だった。胃が他の何かで既にいっぱいになっているような、そんな感覚だった。多分その何かというのは不安な気持ちだったんだろう。それ以前に、俺を見る他の視線が耐えられなかったというのもあるんだが……とにかくあいつらにはかっこ悪い所を見せてしまったな。こういう時こそ普段と変わらない姿を見せてこその俺だというのに)
「よう恭介!」
恭介「……よう」
恭介(”こいつ”は3年になってから知り合った友人だ。性格は良いし喋っていて楽しいんだが、よく約束時間を忘れたり根拠のないことをさも事実であるように言い切ったりするのが玉に瑕だ。この間も夜の学校には刀を持った長髪の女の幽霊が現れるだのなんだの適当なことを抜かしてきた所だった)
「話は聞いたぜ。大変だったな」
恭介「大変なのは現在進行形さ」
「ところでこれから時間あるか?俺からも少し話があるんだ」
恭介「構わないぜ。時間ならついこの間1年追加されたばかりだ」
自動販売機前
恭介「それでなんだ話っていうのは?」
恭介(こいつはコーラを一口飲むとさっきまでのヘラヘラした態度とは一転して、真剣な顔で言った)
「単刀直入に言う。……俺と会社を立ち上げないか?」
恭介「…………はぁ?」
恭介(思わず間抜けな声が出た。会社だと?)
「将来を想像してみてくれ。まず今の内定は確実に取り消しになる。そしてお前は来年また就職活動に勤しむ訳だが、留年という傷が付いた履歴書を見て誰がお前を雇いたがる?そりゃ仕事にありつけない訳じゃないだろう。だが、そこがお前の本当に働きたい場所である可能性はとても低い。そうだろう?」
恭介「……確かにその通りかもしれないが……」
恭介(そいつは間髪入れずに続けた)
「それにこんな学校で去年と同じ勉強をしてなんの成長が出来る?成績は良かったんだ。ほとんど無駄な事じゃないか!それもこれまで後輩と思っていた奴らと同じ部屋で過ごすんだぞ!」
恭介(興奮してきたのか口調がどんどん激しくなってきた)
恭介「だ、だったらなんだよ!なにが言いたいんだっ!」
「最初に言っただろ。俺と一から会社を作るんだよ!中退という形にはなるが、そしたら卒業するもしないも一緒だ。俺に付いてこい。損はさせないぜ?」
恭介「は、話が急すぎる!」
「いや、俺はこれまで会社を立ち上げるために色々と勉強してきたつもりだ。だが、それにはお前の協力も必要なんだよ。お前のそのなんでもこなしてみせる対応力、学校中の注目を集めるカリスマ、どれを取っても並みのものじゃない」
恭介「持ち上げすぎだ。俺はそんな人間じゃねえよ!」
「いいか恭介。このまま学校に残っても待っているのは幻滅した後輩の眼差しだけだ。お前はこれから今の気まずい空気を一年耐えなきゃならないんだ。そこまでしてここに残りたいのか?」
恭介「それは………」
「まだ時間はある。会社の内容については詳しく表やグラフで説明したのをメールに添付しておくからそれを見ながらゆっくり考えてくれ」
恭介(そう言ってそいつは缶をゴミ箱に放り込むと去っていった。気付けば俺のコーヒーも中身が空だった)
恭介部屋
恭介「ううむ……」
恭介(奴がまさか自分の会社を持とうとしていたなんて思いもよらなかった。しかしこの話は考えれば考えるほど俺にとって悪い話じゃないように思えてくる。確かにこれからの一年は俺にとって胃の痛いものになるかもしれない。だが、この話に乗って成功した時はどうなるのだろう。言わばこれは人生のターニングポイントかもしれない)
恭介「とりあえず奴の計画を見てみるか……」
恭介(携帯には既に図で解説された奴の会社を作る計画が乗ってあった。時たま不明瞭な所もあったが、全体的には耳当たりのいい話だった。こんな話なら別に俺じゃなくても良さそうだが、きっとあいつが俺を気に入っている部分があるんだろう)
恭介「悩むな……」
恭介(口ではそう言ってみたものの、今の俺の心はかなり片寄った方にあった)
コンコン
恭介「ん?」
理樹『僕だよ。恭介』
恭介「理樹か。開いてるぞ」
ガチャッ
理樹「ええっと、その、調子はどうかなって……」
恭介「ああ。少し元気が戻ったよ」
理樹「本当?良かった……」
恭介(理樹は俺の顔を見て心から安堵した表情を見せた。確かに今の俺は絶望から一転、希望の光が見え始めた所にある。この話は悪くない。正直プライドが無けりゃ今すぐにでもYESと返事をしたくなってきた)
理樹「ところでさ、今日の夜は忙しくない?」
恭介「おう、大丈夫だぜっ」
理樹「良かった!それじゃ今日の19時に食堂に来てね!」
恭介「分かった」
恭介(俺がそう返事をすると理樹はニコニコしながら出て行った。何が始まるのか気になるところでもあったが、今はそれどころじゃないほどあいつの話に頭がいっぱいだった)
ピロンッ
恭介(携帯にメールが届いた。例の女子寮長様からだった)
『今から屋上に来るように^ ^』
恭介「…………?」
屋上
恭介(どういう訳か屋上の扉が開いていた。もしかしてあいつは合鍵でも持っているんだろうか)
ガチャ
あーちゃん先輩「待っていたわよ棗君」
恭介(寮長はドアのすぐ隣で座っていた)
恭介「どうしたんだ。急にこんな所へ呼び出して」
あーちゃん先輩「話がしたかったのよ。昨日からずっと落ち込んでるって鈴ちゃんから聴いてたから」
恭介「今はいくらか落ち着いたよ」
あーちゃん先輩「まま、なんでもいいからこっちに座らっしゃないな」
恭介(素直に隣に並んだ)
………………………………………
理樹部屋
理樹(部屋に戻ると既にみんなが集合していた)
理樹「ただいま。恭介は大丈夫だって」
真人「うっし!そうと決まればさっそく準備に取り掛かろうぜ!」
理樹(そう。僕らはこれから鈴の案で恭介を励ますため、パーティーを開くことにしたのだ。これなら少しは気を紛らわせてくれるだろう)
理樹「それじゃ真人と謙吾と鈴は材料の調達。他のみんなはパーティーのためのデコレーションをやろう!」
来ヶ谷「ふふふっ。すっかりリーダーが板についたな」
理樹「はは…まだまだ恭介には敵わないよ。それじゃみんなくれぐれも恭介にバレないように!」
「「「おおーーっっ!!」」」
……………………………………………………………
夕方
屋上
恭介「……それでなんで俺を呼び出したんだ?」
恭介(寮長は少し考えるようなそぶりを見せてから俺に言った)
あーちゃん先輩「そうね……ズバリ聞くけど棗君、学校辞めたりしない?」
恭介「………なに?」
あーちゃん先輩「私、留年するって聞いてからずっとそれが気にかかってるのよ。ほら、そういう人って一度そう決まったらもう何もかもどうでも良くなって正常な判断が出来ずに楽な方の選択肢を取る………つまり退学しちゃう……とかよく聞くもの」
恭介「なるほどな………俺を心配してくれてるのか」
あーちゃん先輩「当たり前よ。……クラスメイトだもの」
恭介(心なしか最後の部分はとっさに付け加えられたように聞こえた)
あーちゃん先輩「それでどうなの?別に『絶対学校に残って』って言うつもりじゃないのよ。ただ、これからの棗君の選択はとても大切なものだから、その、ちゃんと将来を考えた上で決めてもらいたくて………あはは、かなりお節介ね私……」
恭介(さて、どう答えたものか。俺は正直今のところ辞めようとはしているが、ここでそれをそのまま言うとなんと思われるか。もちろん俺なりに辞める理由はあるが、嘘をつく訳にもいかない)
恭介「……いや、そこまで考えてくれてるのは嬉しいぜ。ただ、辞めるかどうかは俺も考えていない訳じゃない。絶賛悩んでいる最中さ」
あーちゃん先輩「そう……」
恭介(少し寂しそうな顔をして答える寮長。いっそ本当のことを言って一緒に考えてもらうのはどうだろうか?)
プルルルル
恭介「ん……」
恭介(その時、携帯から電話が鳴った。”あいつ”からだ)
恭介「すまん」
あーちゃん先輩「あ、うん……」
ピッ
『あ、もしもし恭介!すまないが今から話せるか?ちょっとさっきの件で大事な話があってさ』
恭介「い、今からか?」
『そうだ!早速俺の部屋に来てくれ』
プツッ
恭介(なにやら重要なことらしい。電話越しでもその緊迫さは伝わった)
あーちゃん先輩「もう行く?」
恭介「そうだな……すまん。また後で話そう」
あーちゃん先輩「うん……」
恭介(このまま出て行くのは素っ気ないようで少し名残惜しかったが、俺がドアに手をかけた瞬間、寮長はまた声をかけて来た)
あーちゃん先輩「あっ、棗君!」
恭介「どうした?」
あーちゃん先輩「どんなことになっても棗君は棗君でいてね……それがあなたの強さでしょう?」
恭介「………………」
恭介(その時ばかりは不意打ちを食らったような感覚を覚えた。俺はなんと答えればいいのか分からなかった)
恭介「………ああ」
恭介(それから静かに扉を閉めて、俺は階段を降りた)
部屋
ガチャッ
「来たか」
恭介(さっきの電話での緊張感はどこへ行ったのか俺が部屋に来た途端、こいつはまたいつもの調子に戻っていた)
恭介「……おう。なんの話だ?」
恭介(部屋の机やベッドにには会社の計画書のようなものが散乱していた)
「この間言っていた話なんだがな。実は今決断してほしいんだ」
恭介(そういう奴の顔はいつの間にかまた真剣なものに変わっていた)
恭介「なんだと?」
「ここに誓約書がある。お前はサインするだけだ」
恭介(そう言ってそいつはテーブルに書類とペンを取り出して俺の前に置いた)
恭介「待て待て!いきなりどうした!」
「いきなりじゃない。考える時間はもう充分だろ?」
恭介「そんなの昨日今日の話じゃねえか!」
「……恭介。この間も言ったけどな、学校に留まってても何も始まらないぞ?所詮ここに留まってても就職先なんてブラックばかりだ。それなら俺と一発奮起した方が絶対良いに決まってる!この話のどこに悩む要素があるんだ?」
恭介「いや、しかし……」
「俺はお前の決断力も見込んでこの話をお前に聞かせたんだ。あんまりグズグズしているようだとこの話はなかった事にさせてもらうぜ」
恭介「…………!」
………………………………………………………
夜
食堂
理樹「………よし、完成!」
理樹(やっと最後のテープを貼り終えた頃には辺りはもう真っ暗だった)
葉留佳「よっしゃー!出来たー!!」
真人「こっちも準備は出来たぜ!」
小毬「あとは恭介さんを待つだけですねえ~」
理樹(みんなの手際良い協力のお陰で料理の方もすべて終わった。あとは小毬さんのいう通り主役の登場で完成だ)
美魚「……それにしても七面鳥はやり過ぎじゃないでしょうか?」
来ヶ谷「ふっ。恭介氏にはやり過ぎくらいが丁度いいのさ」
鈴「あと10分だな……」
理樹(みんな、固唾を飲んでその10分を待った)
「チャンスの女神には前髪しかないって言葉、知ってるよな恭介」
恭介「分かってるよ……ちょっと待て……!」
恭介(確かにこいつの言う通りだ。俺には迷う意味がない。これはチャンスだ!俺がこれからより良い人生でいるための!………だがしかし、俺がここで辞めると言えばみんなはどう思う?鈴や理樹達は?兄貴分が中退するんだぞ!そんなかっこ悪い見本を見せられるのか?)
恭介(確かに傷は付くが、あれ程頑張ってきたのに今になって高校を卒業せずに終わるというのは俺の性格からして、どんなに将来成功してもいつか必ず後悔するだろう。それに失敗した時はもはや目も当てられない。それこそ人生どん底と言ったところだ)
恭介「……生死を彷徨っていた時でも俺は意思を崩さなかった。……しかし今回は訳が違う。あの時は明確なやるべき事があった。だから頑張ってこれた。でも今は行くべき道が分からない……俺はどっちへ行けばいいんだ?何が正解なんだ……」
「何をぶつぶつ言ってるんだ?」
恭介(その時、寮長の……あいつの別れ際の一言をふと思い出した)
あーちゃん先輩『どんなことになっても棗君は棗君でいてね……それがあなたの強さでしょう?』
恭介「……そうか、俺は危うく自分らしくなくなる所だったぜ……」
「うん?」
恭介(何もかもどうでも良くなって正常な判断が出来ずに楽な方の選択肢を取る……か)
恭介「確かにこの状況であればお前と一緒にその会社を作って行くのは魅力的だ。しかし、もし普通に卒業出来ていた場合、俺はその話に乗ったか?」
「……何が言いたいんだよ」
恭介「もしその紙にサインすればこれまでの俺の生き方を否定する事になる。今まで、どんな困難な道があったとしてもそれが納得できるものなら喜んで進んだ。だが今回の騒ぎには流石の俺も動揺したし、お前からの甘い誘いで自分の道という奴がどっちにあるのか分からなかった……いや、見つけるのを忘れていたというべきだな。でも今ようやく分かったぜ。俺はお前の誘いに乗る事で逃げようとしていたんだ。たとえ背中を指さされようともこの学校に残る方が本当の俺の納得する選択だ!」
「な、なんでだよ!お前わざわざ苦労するつもりか!」
恭介「そりゃ苦労はするだろうな。でも、だからと言ってお前の話に本当に乗りたいかというと別の話だ。だから残る。この一年で色々考えて行く事にするよ。きっといつかいい考えが思いつくかもしれない」
「………そうかよ。いや、分かった。そこまで言うなら俺も引き下がろう。お前の決断力は俺も良く知ってるからな。……正直言うと俺もちょっと焦ってた節があった。お前を早く引き込みたくてうずうずしてたんだ」
恭介「悪いな」
「よせよ。その代わりもう「やっぱりなし!」は通用しないぜ?」
恭介「分かってるよ。……ところで今何時だろう?」
「今?ええと19時半だな」
恭介「な、なにィ!?」
「どうした恭介?」
……………………………………………………………
夜
食堂
理樹(もうみんなの周りには諦めムードが漂っていた)
真人「………来ないってことはそういう気分じゃないって意味なんじゃないか?」
理樹「で、でもそれなら普通連絡くらい取るよ」
謙吾「お前の提案であえてこちらから電話はかけずにいるが、もしかしたら恭介はそれに甘えて俺たちと距離を置こうとしているのかもしれん」
鈴「あたしは帰るぞ!いくら落ち込んでるからって約束を無視するような奴は知らん!」
小毬「鈴ちゃん……!」
「待ってくれ!!」
理樹(その時、食堂の扉が大きく開かれ、聞き慣れた声が聞こえた)
恭介「悪い、遅くなった!」
「「「恭介(さん)!」」」
鈴「い、今までどこにいたんだ……」
恭介「ずっと考えていたんだ……この学校に残るか、それとも立ち去るか……」
理樹「………!」
恭介「でもやっと決心したよ。この棗恭介がお前らを置いて尻尾巻いて逃げる訳にはいかねえぜ!」
クド「恭介さん……!」
真人「よく言った!それでこそ俺たちの元リーダーだぜ!」
恭介「元って付けるのやめろ!その通りだが響きが情けねえよ!」
理樹「ふふっ……あはは!」
理樹(良かった。今の恭介はまさしく元の棗恭介だ)
小毬「さあ全員揃ったところで早速パーティーを始めましょー!」
恭介「なに、パーティーだと?うぉおおおお!なんだこの豪勢な飯は!?」
葉留佳「みんな恭介サンを励ますために用意したものですヨ!……と言ってもすでに元気ですけどネ!」
恭介「お、お前達……!!」
美魚「では恭介さん。音頭を取ってください」
恭介「ようし!それじゃあ早速始めていくぜ!!…………パーティースタートだっっ!!」
…………………………………………………………
……………………………
……
恭介(あれから俺は最初こそ戸惑いを感じたがすぐに他の元後輩達との生活に慣れていった。みんな俺に気さくに話しかけてくれて居心地も悪くない。内定を取った会社だが、面接官の人が俺のことを余程気に入ってくれたのか、留年した旨を伝えると、今年は駄目になっても、また来年是非面接に来てほしいと言ってくれた)
恭介(気になる”あいつ”のその後だが、色んなアクシデントは起こっているがなんとか順調に業績を伸ばしていると聞いている。”あいつ”自身は好きだからそれは何よりだ。そして………)
公園
あーちゃん先輩「ちょっと!何をぼーっとしてるの?」
恭介「ん?ああ、少し考え事をな」
あーちゃん先輩「2人きりでいる時になかなかの度胸ね棗君?」
恭介「へいへい。以後気をつけます」
あーちゃん先輩「まったく。そんな調子じゃまた留年するわよ?」
恭介「そりゃやべえな。……それにしても感謝してるよお前には。あの時屋上で話してなかったらきっと俺は……」
あーちゃん先輩「さーてなんの話かしら?」
恭介「おいおい流すなよ!せっかく褒めようとしてるのに」
あーちゃん先輩「私は自分の考えを言っただけ。それを聞いて最後に選択したのはあなた。それで話はおしまい。ほら、そんなことよりご飯食べに行きましょ!にゅふふ……よーし、レッツラゴー!!」
恭介「ふっ、敵わねえな……」
恭介(もし今後、またどちらが正しいのか分からない問題に直面した時は『どちらが自分らしいか』で選ぶことになるだろう。そうすればもしどんな結果に転ぼうとも後悔だけはせずに済むだろう)
終わり(∵)
というわけでやっぱ大学残るぜ(∵)
最後の文が少し気持ち悪いから修正
…………………………………………………………
……………………………
……
恭介(あれから俺は最初こそ戸惑いを感じたがすぐに他の元後輩達との生活に慣れていった。みんな俺に気さくに話しかけてくれて居心地も悪くない。内定を取った会社だが、面接官の人が俺のことを余程気に入ってくれたのか、留年した旨を伝えると、今年は駄目になっても、また来年是非面接に来てほしいと言ってくれた)
恭介(気になる”あいつ”のその後だが、色んなアクシデントは起こっているがなんとか順調に業績を伸ばしていると聞いている。”あいつ”自身は好きだからそれは何よりだ。そして………)
公園
あーちゃん先輩「ちょっと!何をぼーっとしてるの?」
恭介「ん?ああ、少し考え事をな」
あーちゃん先輩「2人きりでいる時になかなかの度胸ね棗君?」
恭介「へいへい。以後気をつけます」
あーちゃん先輩「まったく。そんな調子じゃまた留年するわよ?」
恭介「そりゃやべえな。……それにしても感謝してるよお前には。あの時屋上で話してなかったらきっと俺は……」
あーちゃん先輩「さーてなんの話かしら?」
恭介「おいおい流すなよ!せっかく褒めようとしてるのに」
あーちゃん先輩「私は自分の考えを言っただけ。それを聞いて最後に選択したのはあなた。それで話はおしまい。ほら、そんなことよりご飯食べに行きましょ!にゅふふ……よーし、レッツラゴー!!」
恭介「ふっ、敵わねえな……」
恭介(もしも今後、もう一度どちらが正しいのか分からない問題に直面した時は『どちらが自分らしいか』で選ぶことになるだろう。そうすればたとえどんな結果に転ぼうとも後悔だけはせずに済むからな)
終わり(∵)
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