しあわせの行き先【ミリマス】 (29)
私、最上静香は今とても急いでいる 親友との約束に遅れそうなのだ
遅れる理由は仕事のためで、そもそも仕事がこんなに建て込んでいるのは明日とても大切な用事があるからで、その用事は彼女絡みで、だから遅れるのは……
と、言い訳しても仕方無いので、私は今平日の都会を早歩きで渡っている
やっと待ち合わせのカフェに着いて、彼女の姿を探す
よく考えてみたら彼女と直接会うのは何年ぶりだろうか、前回会った時の彼女はまともな状態では無かったし…… つまり私は今の彼女の姿を知らないのだ
少し不安だったがそれは杞憂だった、カフェのオープンテラスを少し見回せば彼女はすぐに見付けられた
おしゃれなカフェにとびきりの美人、彼女は圧倒的な存在感を放っていた
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静香「ごめん、お待たせ星梨花」
星梨花「あっ、静香さん 全然待ってないですよ」
箱崎星梨花、元765プロのアイドルで私のアイドル時代の仲間
アイドル時代はその天使のような可愛らしさとそれを引き立たせるツインテールが特徴だったが
今の彼女は背中ほどまで伸びた髪をひとつに纏め、可愛らしさより24歳相応の綺麗さが際立っていた
星梨花「ごめんなさい、先にコーヒーいただいちゃって」
静香「いいのよ別に、それより」
星梨花「?」
直接会えた彼女に、私はまずこの言葉を送った
静香「結婚おめでとう 星梨花」
星梨花「ありがとうございます、静香さん」
星梨花「……でも、その台詞は明日まで取っておいてくださいね?」
静香「あ、ごめん 星梨花の顔を見たらつい言いたくなっちゃって」
星梨花「ふふ、静香さんにも同じことを言える日を楽しみにしていますよ」
静香「私は…… まだまだよ……」
静香「それで、今日はどうしたの?」
星梨花「はい、友人代表として手紙を読んでくれる静香さんに改めてお礼を」
星梨花「それと、静香さんには色々聞いて欲しくて、これまでの私のこと、『彼』とのこと」
静香「えっ…… と……」
星梨花「あ、マリッジブルーとかではないですよ、私は彼のことが大好きですし、この結婚をとっても嬉しく思ってます」
星梨花「ただ、これまで色々なことがあったので、少し気持ちの整理をしたくて……」
星梨花「お話、聞いていただけますか?」
静香「ええ、もちろんよ」
星梨花は巨大企業グループの会長の一人娘で、今の私のようにずっとこの世界で仕事をしていくわけにはいかなかった
最初からタイムリミットのあったアイドル生活、もしかしたら彼女の中では私たちの知らない葛藤があったのかもしれない
アイドルを辞めた後の星梨花はお嬢様として勉学に努め、良いお嫁さんとなるための修練を重ね、『大人』になった
星梨花「私、子どもの頃は大人にになったらみんな自動的に『お父さん』と『お母さん』になると思ってて」
星梨花「高校生くらいにそれは違うってわかったんですけど、私の場合はそれで正しかったみたいです」
そう、星梨花の結婚相手はお見合いで決められたもの
『政略結婚』なんて古くさいものでは無いが、星梨花は両親が選んだ彼女に見合う『立派な男性』と結婚することが決められていたのだ
もしかしたら、優しい星梨花の両親のことだから、星梨花が嫌だと言えば普通に恋愛結婚も出来ただろうし、アイドルを続けることも出来たかもしれない
だが星梨花はそのわがままが多くの人を困らせることをわかっているから、今の道を選んだのだろう
静香「ねぇ、今さらだけど…… 本当に、本当に後悔はしてないのよね?」
星梨花「後悔ですか?」
言った後でしまった、と思った わざわざこんなことを言って星梨花の結婚が破談になったりしたら……
星梨花「もちろん、無いですよ」
満面の笑みで答えられた
静香「そ、そう……」
あまりにも星梨花がはっきりと答えるものだから少し気になってしまう、もし私にまで気を使っているならそれはそれで悲しいことだ
静香「それじゃあ星梨花は今まで生きてきた中で、他に結婚したいと思った…… 好きになった人とか居ないの?」
星梨花「そうですね……」
静香「例えば…… プロデューサーとか」
星梨花「プロデューサーさん、ですか?」
プロデューサー、私たちがアイドルだった頃に一緒に頑張ってくれたあの人
静香「星梨花はプロデューサーのことをとても慕っていたし、もしかして……」
星梨花「…… 確かにプロデューサーさんのことは好きでした」
静香「えっ……」
星梨花「でも私は静香さんのことも好きですし、未来さんたちのことも、それにお父さんとお母さんのことも大好きです」
星梨花「そして『彼』のことも同じように大好きです」
星梨花「…… 私はまだ『好き』って言葉の本当の意味がわからないんです」
星梨花「だから『彼』にそれを教えてもらうんです」
静香「…… その人は星梨花にとって特別な人なのね」
星梨花「はい、『彼』と初めて会った時、この人しか居ないって、そう思えたんです」
星梨花「それまで思うことのなかった、この人のお嫁さんになりたいって気持ち」
星梨花「だから私は他でもない、私自身の意思で『彼』を選んだんです、後悔なんてありません」
静香「……そっか」
静香「星梨花にそうまで思わせた、その『彼』のこと聞かせてもらってもいいかしら?」
星梨花「はい、もちろんです」
星梨花「でも、『彼』の話をする前に…… 少し、私の話をしてもいいですか?」
そう言って、星梨花は自らの下腹部に両手を当てた
星梨花「『彼』とのいきさつには、私の体のことが大きく関わっていますから」
静香「…… いいの?」
星梨花「はい、今日は静香さんに『彼』のことも、『私』のことも全て話すつもりなので」
静香「わかったわ」
星梨花「私が自分の体のことを知ったのは21歳の時です」
星梨花の体のこと、星梨花は簡単に言えば『赤ちゃんの出来にくい体』なのだ
可能性が全く無い訳じゃない、だけどそれは限りなく0に近い
星梨花自身に大きく負担のかかる治療を重ねて、やっと人並み以下、になるかもしれないというもの
星梨花「お医者さんに言われたんです 『成長期に激しい運動をしていませんでしたか?』って」
静香「それって……」
星梨花「はい、私がこの体になった理由の一つ、それはアイドルとしての活動だったんです」
静香「そんな……」
星梨花「誰も私を責めたりなんてしませんでした、お友だちもお父さんもお母さんも『普通に生きていく分には問題無いんだから』って言ってくれました」
星梨花「だけど……」
他でも無い、星梨花自身がそのことを許せなかったのだろう
大企業の令嬢として、そして大好きな両親を喜ばせるため、それに星梨花が思い描く幸せな家庭のためには元気な赤ちゃんを産むことが必要だった
それが自分には難しい、そう知った星梨花は大きなショックを受け、塞ぎ込んでしまった
星梨花「あの時は自分の全てが否定されたような気がして、何もする気が起きなくて、学校にも行かずに部屋に一人引きこもっていました」
星梨花「赤ちゃんが産めないのなら、私は『お母さん』にはなれなくて、それなら私が今まで頑張ってきたことはなんだったんだろうって思ってました」
静香「私が星梨花に最後に会ったのはその辺りよね」
星梨花「はい、あの時はとても恥ずかしい姿を……」
静香「いいのよ別に」
その頃、私が見た星梨花はアイドルの時のような天使の星梨花でもなく、今目の前に居る綺麗な大人の女性の星梨花でもなく
不健康に痩せ細り、髪も肌も荒れた、無気力な脱け殻のような彼女だった
その時の星梨花は自らのことを『欠陥人間』と称していた
常人には出来ることが自分には出来ない、だから『欠陥』
私他、星梨花と同期だったアイドルのみんな、星梨花の友達、みんなが思い思いの方法を星梨花を励まし、気を紛らわせた
そのお陰で、星梨花は3ヶ月ほどで調子を取り戻し、再び学校に通うようになった
星梨花「でも…… 実はその時、本当は少し無理をしていたんです」
静香「無理を?」
星梨花「私のお友だちも、静香さんたちもそれぞれ別の生活があるのに、わざわざ私のことを気遣ってくれて」
静香「それは星梨花が」
星梨花「大切な仲間だから、ですよね?」
星梨花「だから私もその思いに報いなきゃって思って無理やり自分を動かしていたんです」
星梨花「自分は『お母さん』にはなれないってわかっているのに、みんなが期待してくれるからその『お母さん』にならなきゃって頑張っていた」
星梨花「思い返すと、私が今までの人生で一番辛かったのはその時期だったと思います」
静香「……私たちも星梨花を追い詰めていたのね…… ごめんなさい」
星梨花「え、あっ、謝らないでください! 辛くても、あの時塞ぎ込んだままだったら今の私は無いですから」
星梨花「私が本当に立ち直れたのは『彼』と初めて会った時」
星梨花「その出会いは少し先、23歳の時でした」
星梨花「学校を卒業して、いよいよ私は『結婚』を考える年齢になりました」
星梨花「その時のお見合い相手として紹介されたのが『彼』です」
星梨花「私は自分の体のことがあって結婚することは諦めていましたが、会わずに断るのは相手にも両親にも悪いと思い、一度食事をすることにしました」
静香「その時、星梨花が結婚を決めるほどのことがあったのね?」
星梨花「はい、私は…… 『彼』に救われたんです」
お見合いは私の家で行われました
最初は私の両親と『彼』の両親と一緒にお食事を、その後私と『彼』の二人で歓談という予定で
私は『彼』と二人きりになった時に自分の体のこと、私が『欠陥人間』であることを告白するつもりでした
私がお母さんになれないことを知ったら『彼』はきっと私のことを嫌いになって、このお見合いはご破算、そうなる予定でした
星梨花『改めて、今日はわざわざお越しくださりありがとうございます』
『あっ、いえ……』
『彼』は初めてのお見合いということで少し緊張していましたが、それまでの会話や振る舞いでとても真面目で誠実な方ということが伝わってきて、私なんかには釣り合わない そう思いました
星梨花『あの、二人きりになったので…… 少し伝えたいことがあるのですが……』
『えっ!?』
緊張する『彼』に対して私はとても落ち着いていて…… いいえ、落ち着いているんじゃなくて諦めて投げやりになっていたんですね
星梨花『私の体についてのことなんですが……』
『か、体ですか!?』
星梨花『はい……』
自分の体のことを言うくらい何でも無い、そう思っていましたが いざ自分から切り出すとなると怖くて
せっかくお見合いに来たのにこんな『欠陥人間』に時間を使わされて、怒ったりしないか、って……
星梨花『私…… 赤ちゃんの産めない体なんです』
『え……』
星梨花『私は体に欠陥があって、お母さんにはなれないんです……』
家族や友達じゃない、他の人に自分の体について話すのはこの時が初めてで、こと細やかに話している内に悲しくなってしまって……
星梨花『っ……』
『だ、大丈夫ですか!?』
私は『お母さん』にはなれないんだって、私が子どもの頃に描いていた夢は夢のまま終わってしまうんだって……
星梨花『私のこと、嫌いになりましたよね…… 』
『そんなことないですよ』
星梨花『ありがとうございます…… でも……』
『子どもが産めなくても、お母さんにはなれるはずです』
『それに夫婦ならお互いを補いあって助け合うもので、星梨花さんに欠陥があるのなら僕がそれを埋めたらいいんです!』
星梨花『……』
『あ、あぁっ!? すいません! 今日初めて会った僕がこんな発言を…… 軽率でした』
星梨花『いえ……』
『そんなことないですよ』
星梨花『ありがとうございます…… でも……』
『子どもが産めなくても、お母さんにはなれるはずです』
『それに夫婦ならお互いを補いあって助け合うもので、星梨花さんに欠陥があるのなら僕がそれを埋めたらいいんです!』
星梨花『……』
『あ、あぁっ!? すいません! 今日初めて会った僕がこんな発言を…… 軽率でした』
星梨花『いえ……』
『彼』の言葉は誰でも言える気休めだったのかもしれません、でも私はその言葉と『彼』のまっすぐな瞳に心を動かされました
この人と結婚したい、この人の側で一生添い遂げたい
私はこの時『結婚』という言葉を明確にイメージしました 『彼』の隣に暮らす私の姿を
静香「そう…… そんなことがあったのね」
星梨花「はい」
静香「ねぇ、もっとその『彼』のこと聞かせてもらえるかしら?」
星梨花「えーっと…… はい……」
静香「どうしたの? 歯切れ悪いけど……」
星梨花「その、実は『彼』とまだあんまり直接会えてなくて…… そこまで詳しくは……」
静香「えっ!? デートとかは?」
星梨花「私も『彼』も忙しくて直接会う機会があまりなくて、会ってもまだよそよそしい感じになってしまって上手く話せてないんです……」
静香「それは大丈夫なの…… ?」
星梨花「だ、大丈夫です! 彼はとってもいい人ですし、きっとすぐ私の両親のように仲の良い夫婦になれるはずです!」
星梨花「『彼』の良い所も、悪い所も、これから沢山知っていけばいいんです!」
静香「…… まぁ星梨花がそう言うなら大丈夫なのよね」
星梨花「静香さん、私絶対にしあわせになってみせます」
星梨花「この体とも 『彼』と話し合って、きちんと向き合ってみようって思います」
星梨花「私 『お母さん』になることまだ諦めてないですから」
星梨花「綺麗で素敵な、『彼』に見合うお嫁さんになって、赤ちゃんを授かって」
星梨花「私のお父さんとお母さんみたいに優しい家庭を作って、一生しあわせになります!」
おしまい
読んでくれた人ありがとうございました。
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