八幡「ゲームが完成しそうだからすぐこい?」 ルナ「ルナのゲームだよ」 (58)

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1472143574/
の続編です
シャドバと俺ガイルのクロスです
苦手な方はお気をつけください

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1490610765

八幡「急に呼びつけて、なんすか」

陽乃「不機嫌だねえ、比企谷君。嫌なことでもあった?」

八幡「これがデフォルトなんで。あと、この場所でいい思い出がないです」

ここは、とある大学の研究室である。

自分の首から下がっているのは、腐った目をした男が映った入館許可証であり

当事者の知らぬ間に作られていたいわくつきである。

これがなかったら、大人しく帰れたものを。

陽乃「そんな態度もすぐに変わることになるっ。実は、例のゲームが完成に近づいているんだよ」

耳元で甘い吐息とともに囁く雪ノ下さんは、明らかに俺を誘惑しようとしていた。

分かっていても、背筋がぞわぞわする。

八幡「よ、よかったですね」

陽乃「うんうん、長かったよー。それでね、比企谷君には、前回のお詫びも兼ねてとくべつにプレイさせてあげようと思うんだ」

八幡「…今度は何が目的ですか?」

陽乃「疑り深いね。さっきも言ったように、これは完全なる好意からだよ。受け取ってほしいな♡」

八幡「悪いですけど、欝ゲーには興味ないんです」

陽乃「うん、知ってるよ。だから、これも気に入ると思う」

陽乃さんは、部屋のデスクに置かれていた一枚の絵を俺に見せる。

http://i.imgur.com/M9sQe6m.png

八幡「なんだこれ・・・本当になんだこれ・・・」

陽乃「どう、やってみたくなった?」

八幡「いや、それ以前にこれは詐欺です。一度たりとも見かけなかったキャラが主役面しているんですが…。

あと煽り文句もおかしい。カードゲームですかアレ?」

陽乃「落ち着いて、比企谷君。実はあれからプロデューサーと話し合って、何度もメールで語り合ったんだよ。そうしたら、こうなったの。どうしても詐欺だとは思えないんだよ・・・」

八幡「こんな齟齬が生じるやり取りが想像できませんし、怖いです」

陽乃「だから、私もちょっと怖くなってさ。こうなったときは、頼れる比企谷君しかいないなって」

八幡「ただの生贄じゃないですか。もしかして、陽乃さんもプレイしていないんですか?」

陽乃「うん。昨日、企業の方からポンと渡されたものだからねー。

それに女の子だから、こういうゲームをするのは抵抗があるんだよ」

八幡(なるほど。俺が呼ばれた理由が分かってきた。

気になるけれど、自分ではしたくないのだ。まったく迷惑な人だ)

八幡「まぁ、絵柄で釣って、中身は重いなんてよくありますから、そのパターンですかね」

陽乃「詳しいんだね、比企谷君。お姉さん、見直しちゃった」

八幡「では、心配も晴れたところで、ご武運を」

陽乃「...比企谷君、本当にプレイしたくないの?ルナちゃんや、ラビットちゃんにまた会えるんだよ。しかも、今度は生きている状態で」

八幡「え」

陽乃「一緒に付いていた説明書によると、同時攻略人数は100人以上。

その二人も含まれているうえに、どうも前回よりも昔の時代みたいんだよね」

八幡「前の時代ってどういうことですか」

陽乃「具体的に言うと、ラビットちゃんと、その両親が殺されるより前。

また、ルナちゃんとその両親が、死ぬより前だね」

八幡「ぁ」

陽乃(ふふっ安心したね、比企谷君。まったく、可愛いんだから)

陽乃「一度でも会いにいったらどうかな?彼女たちに記憶はないだろうけれど、君は違うでしょう」

八幡「...いまさら、何を話せと」

陽乃「彼女たちと少しお話しするだけでもいい。謝罪するでもいい。

仲良くするでもいい。君が後悔したことをやり直す、いい機会だよ」

八幡「やり直す必要なんてないですよ。アレがなければ、成長できなかった」

陽乃「なら、新しく彼女たちと関係を築いたらどう?君だって、望んでいた関係があるんでしょ。

それに今度はオプションを付けられるよ。君もカードを使えるようにできるんだ。力があれば、事件が起きたって上手くやれるよ」

八幡「カード」

陽乃「うん。君の相棒ともいうべき、魂のカード。それを二枚まで付けられる」

陽乃「断る前に、留意してほしいのは前回とはまったく状況は違うことだよ。

私が物語を改ざんすることもないし、追い詰めることもない。比企谷君だけの物語だよ」

八幡「分かりました。そこまで言うなら、やりますよ」

八幡「でも、そのカードは俺に選ばせてください。自分なりに考えがあるので」

陽乃「もちろん。じゃあ、ゲームを始めようか」

今日は終わりです
カード二枚は天剣の乙女と、プルートかモルディカイのどちらかになります
どっちが良いかあればどうぞ

断っておくが、俺が陽乃さんの提案を呑んだのは、あくまで自分の為である。

自分は、再びあの世界へ行きたいと思ってきた。

それは最近まで押し込めてきた感情的な願いだ。

理性的に考えるなら、いみじくも自分で言ったように、行く必要はない。

行けば、助けなかった己を許すということに繋がるのだろう。

あの子たちの顔を思い出すと、胸が押しつぶされるように痛んでゲームを放り出してきた。

家では怠惰であるともっぱら評判だったのが、それとなく娯楽から離れていき勉学に励む優等生になった。

『自分も何かをしなければ、彼女らに顔向けができない』というこれまででは考えられないような、愚鈍な思考に陥るのだ。

雪ノ下はそれを聞くと、人間なら誰しもそう思うのだと、優しく言った。

考えてみれば、彼女はずっと姉の後を追っていたのだから、よく分かるのかもしれない。

現在、彼女はそれをやめたらしいが。

一方、由比ヶ浜は、私もそういう経験があるのだと、せつなそうに言った。

右手には、空欄が目立つテスト用紙がはためく。

親に悲しまれるのが、なによりも悲しいのだと漏らす彼女は、テスト明けにもっとも勉強するらしい。

もはや、テストが馬の尻をたたく鞭になっている。

結局、二人に聞いてもこれが、良いことなのか、それとも悪いことなのか判断はできなかった。

自分を許さないことが、あるいは高めることが彼女らへの手向けになるわけでは決してない。

だが、苦痛と新たな知識は罪悪感を薄める効果がある。

なんて身勝手で、優れた自己防衛機能だろうか。

だから、彼女らに会う必要があるのだと思う。


防衛機能をとっぱらい、彼女たちになにかを伝えなければならない。

そして、彼女たちからも同じだけのものを受け取る。

感情的な自分は、そればかりを夢見ていた。

兄弟分である理性がひややかに否定するのを、耳で塞ぎながら

筋書きを考えながらの遅い進行になると思いますのでご了承ください

夢を叶えるために、必要なものはもう分かっている。

カードでそれを補うことができるなら、選択肢は一つだ。

俺は、陽乃さんから手渡された、大量のカードを広げた。

そして、見覚えのある絵柄をふたつ、即座に見つけることができた。

忘れるはずもない。その二人は俺を危機へと追いやった張本人なのだから。

ひとりはあらゆる敵意を圧し潰すような重厚な鎧を纏い、幾多の血を吸ってきたであろう長剣を今にも引き抜こうとしている。

眼球を失った眼窩からは戦意がこんこんと溢れだし、獲物は自身の終焉を悟る。

狩人の通り名はデュエリスト・モルディカイ。

もう一人は、夜明けの光と共に目も眩まんばかりの輝きを放つ、女騎士だ。

戦士として洗練された高等な戦闘技術と、なによりも愛を求め続けるその精神は高潔でありながら脆い。通り名は、天剣の乙女。

無言でその二名を選び、陽乃さんに渡すと、彼女は狐に包まれたような表情を浮かべた。

陽乃「比企谷君、よりにもよってこの二人を選ぶんだね」

八幡「ぼっちは、すこしでも知っている人物の方が落ち着くんです。

赤の他人に命令なんて、したくありませんから」

陽乃「ふうん。仕返しなんて、比企谷君らしいね。」

八幡「褒めてもなにもでませんよ」

陽乃「研究者としての客観的意見だよ。

比企谷君は異世界で、もう『失敗しない』ためのカードを選んだ。

大前提として、見も知らぬ人を仲間にすることは、ひどく危険だ。

ルナちゃんのときのように、言葉のすれ違いや精神的異常が齎す被害は甚大だからね。

だから、比企谷君の会った人物の中で最も御しやすいであろう二人を選んだ。

一人は不死身でかつ、命令は必ず守る男だし、もう一人は比企谷君の知る限り『理解のできる』思考だった。

結果、まったく浮ついた気持が見られない。警戒度マックスだよ、

例を挙げると、深夜誰もいない廊下で振り返っちゃうくらい」

八幡「俺は、目に見えている危険を避けただけです」

陽乃「幽霊の正体見たり枯れ尾花。

でも実際は危険なんだよ?今の自分の精神状態と自身を取り巻く周囲の環境がいもしない幽霊を存在すると思わせたんだから。」

八幡「今の、俺が危険な状況だと?」

陽乃「それに出題者が答えるのは、よくないなぁ。そうだ、これを旅立つ比企谷君への課題にしよう」

八幡「今回は、楽しむためのゲームだったはずでは?」

陽乃「君は、本当にこれを楽しむためのゲームだと思ってくれている?」

八幡「…。」

陽乃「自罰的だね。誰も喜ばないことを分かっているのに、やめられない」


それから、研究室内に沈黙が重く沈み込んだ。

彼女は、比企谷八幡がヘルメットを装着したのを確認してから、つぶやく。

陽乃「人工的に与えられた環境で、比企谷君が変わっていくのを、私たちは見たいだけなんだよ。

白い鼠に、頭がよくなる注射をうつ研究者と同じ。

君の、元々の精神には価値がないの」

かくして彼女は手元のスイッチを押して、彼を異世界へ再度送り込む。

凹んでしまったスイッチを幾度も撫でるその指は、微かな後悔を漂わせていた。

アルジャーノンを読むと面白いかもしれません
今日は終わりです

中天にかかる太陽が、容赦なく地上を照りつける。

瞼を閉じていても、赤い血潮で覆われたせかいが一瞬で形成されるほどだ。

研究室内でこんなことが起こりうるはずもなく、ここが異世界であることを告げていた。

涼しい風が鼻先を通り過ぎ、青臭い香りが鼻孔をくすぐる。

意を決して、地面に横たえられていた躰を起こした俺は、あたりを見回した。

そこは見渡す限り、風の奏でる旋律のままに揺れ動く高原だった。

なだらかな小丘をいくつも抱え、右手の地平線には緑暗色の森が広がっておりどことなく不気味だ。一方で、左手は草に埋もれるようにだが、確かに砂利のひ

かれた小道がふもとまで続いている。

それから五感を総動員して、生き物の気配がないことを確認して息を吐いた。

前回は、周囲にブラッドウルフと呼ばれる獣がいたことに端を発する一連の流れに逆らうことはできなかった。

つまり今回こそは、陽乃さんの編んだ物語に従うつもりはなかったのである。

いくら陽乃さんが改ざんしないと保証したところで、なんの安心も生み出さなかった。

逆説的に、彼女は俺に自由である条件を課したのではないかという、疑念が増すばかりだ。

それと、前回と違う点はもう一つある。

そっとポケットに指を触れさせると、硬い感触が伝わる。

おもむろにポケットから、それを引き抜く。

八幡「天剣の乙女、そしてデュエリスト、モルディカイ」

一枚の絵画のように静止した彼らをみると、胸が苦しくなる。

ここでは、彼らは刻々と脈打つ現実なのだ。

血を流し、圧倒的な力を振るい、他者を傷つける。

しかし今回に限って、彼らを使えば、俺の助けになる。

陽乃さん曰く、『命令を一つ心から言葉にしてみて。それを叶えるためだけに、彼らは

君の疑似的な生命力を吸い取って、カードから召喚されるから』

このカードは、お金が湯水のごとく湧く魔法のカードよりも、よほど危険なものだ。

使いどころを、間違えないようにしなければ。

俺は、カードをポケットの奥深くへとつっこんだ。

つま先は、すでにコンパスのように目指すべき方角を向いている。

その先に、なにが待ち受けていようと振り返ってはいけない。

陽乃さんの言うとおり、自分を冥界へと誘う幽霊などどこにもいないのだ。

臆病な恐怖心が、そう思わせているだけで。

砂利の上を、音を鳴らして歩いていく。

徐々に背の低い草は姿を消し、ぽつぽつと現れた樹木が傘を広げるようになる。

煤けた茶色の土壌が砂利を飲み込み、ここは触れられざる自然の領域だと主張する。

実際、どんどん道が細くなり、歩くには苦労する。

八幡「ここを抜ければ、ふもとのはずだが…道を間違えたのか?」

まさか。雪ノ下ではあるまいしと、不安を打ち消そうとするがうまくいかない。

地元から都会へ飛びだした田舎者の気分だ。

周りの景色が、全て同じようにしか見えない。

俯いてみれば、シダや苔が斑に沸き立ち、足場を悪化させている。

だからといって、顔を上げても、木漏れ日が優しく包んでくれる以上のことは望めないと思っていたのだが。

ひときわ高いが痩せぎすの木の梢に、白く揺らめくものがあった。

思わずぎょっとした俺は、身を強張らせる。

息を殺し、穴が空くほど見つめてから、ようやく肩を下した。

八幡「なんだ、ただの紙か」

と言っても、初めての人工物に安心したのは事実である。

引き寄せられるように、その木の下へと向かった。

そして腐った目を総動員して、紙を改めて凝視する。

八幡「…あれは紙飛行機?」

この場からあの高さまで飛ばしたとは考えにくい。恐らくは、この高原のもっと高い位置から飛ばしたのだろう。

それとなく、木に触れて揺らしてやろうとする。

貧弱な腕力では、木はぴくりともしなかった。

ならば、脚力はどうだろう。

腕力の三倍の力があると言われているではないか。

この世全てのリア充を思い浮かべながら、蹴りつける。

それは、涙がでるほどに痛かった。

しかし、普段は自転車をこぐことぐらいしか能のない脚が、今回は役に立った。

ざわざわと木の葉を揺らし、枝に挟まっていた紙飛行機を無事解放したのだ。

言いようのない虚無感を覚えながら、紙飛行機を手に取る。

和紙のようにざらざらした手触りだ。

そして、紙一面に大小さまざまな×マークが隅から隅までめちゃくちゃに書きなぐられていた。

ぞっとするような絶望が、書き手を襲ったのだとように想像がついた。

急にこの紙がなにか汚らわしいものに思えて、手を放した。

力なくその場に墜落した紙飛行機は、風に嬲られて奇異な模様を蠢かす。

八幡「これが呪いの装備だったら、やばかったな…」

ひょっとすると、触れた時点で呪われているかもしれないが。

指先についた黒い汚れにはっと気づいた俺は、それをこすり落とそうとした。

だが、どうでもいいことを思い出してしまう。

遠い昔に比企谷菌が付いたと言って、互いに擦り付け合っていた奴等の顔を。

そして、それを輪の外から眺めていた、自分の惨めさを。

いや、考えすぎだ。いくらなんでもあんな陰気さMAXの紙と、クラスで誰ひとり友達がおらずノートに厨二設定をせこせこ書き溜めていた自分が同じだと?

この場に折本がいたら、ウケていた。

俺はさっさと土をかき分け穴を掘り、そこに紙飛行機を投げ込んで埋めてしまった。

ついでに適当な枝を一本突き刺して、墓標を立ててやる。

すっと手を合わせて、紙飛行機に語り掛ける。

八幡「ここまでしてやったのだから、呪うなよ。絶対だぞ」

それから、森の中を彷徨い歩き、崖から落ちそうになったり、

地上に張り出した根につまづいて転びかけたりしたが、例の紙飛行機とは一切関係がないと信じたい。

今日は終わりです
加速します

さて悪路に苦戦しているうちに、日は傾き、森はその様相を変貌させつつあった。

木々は模様を失い闇に溶けていき、それにまぎれるようにして夜行性の動物が目を覚ます。

事実、周囲から不自然な物音が、ときどき聞こえるようになったのだ。

そのたびに、進行方向をそれから遠ざけるように変更する。

そんなことを繰り返しているうちに、方向感覚は失ってしまった。

八幡(だがそれ以上に…この物音の主は、とても嫌な感じがする。

なにせ生唾を飲み込む音すら聞かれそうなくらいの距離にいながら、様子を伺っているだけなのだから)

その正体は獣か、化け物か、はてまた、ただの妄想か。

いずれにせよ、俺は臨戦態勢に入っていた。

といっておきながら、武術の欠片も習っていない自分にとっては、ポケットの中のカードをしっかりと掴んでおくことなのだが。

さぁ来るなら、来い。

むしろ早く来てくれ。

このまま長期戦にもつれこむのは望むところではない。

時間が経つにつれてこちらが、不利になるのは明らかだ。

視界が悪くなり、体力も消費する。なにより、この集中もいつか途切れる。

それにこたえるように、背後からガサリと音がした。

慌てて振り返っても、草木が揺れるばかりで、その姿は見えない。

腹立たしいことに向こうは、俺の意図などとっくに見抜いているようだ

ならば、アクションを起こさなければならないのはこちらの方だ。

八幡「それは、できる。できるんだが・・・」

カードを握る掌に、汗がにじむ。

この状況を打破するための『命令』なら、このかくれんぼの最中に思いついた。

ただ逃げ回っていたのは、最初だけ。

切り札をもっとも効果的に、汎用的に、かつ持続的に用いる方法は

この世界に来てからずっと考えていたのだ。

八幡(しかし、それは安全な場所を確保してから、行うつもりだった。

カードを使用することで、消費される生命力は莫迦にならないことは分かっている。

万が一動けなくなったところを、敵に襲われるような事態は極力避けたかった)

今は、そんな贅沢を言っていられる状況でもない。

完全に日が沈めば、森は月の光すら届かなくなる。

そうなれば、カードを切るタイミングすら見失いかねない。

俺はポケットから天剣の乙女の絵が描かれたカードを音もなく引き抜く。

八幡(以前までだったら、絶対に言わないような『命令』だが

きっとこれが最善。むしろそう思わないと、やれない)

カードに向かって苦い経験と自己嫌悪の混ざった、願いを漏らす。

八幡『俺が止めろと言うまで、タスケテ』

タスケテ。

それは、ラビットさんをさんざん傷つけて、死まで追いやった、呪いの言葉だ。

言ったのは、それと同じ轍を踏まないように、期限を付け加えたものだが

それでも今まで築き上げてきたプライド、あるいはそれ以上に大切なものを改めて踏み砕いた。

その破片が柔らかい皮膚をぱっくりと裂き、深々と食い込む。

それは耐え難いほどに痛くて、弱い自分のままなのだと思い知らされる。

比企谷八幡は、自分のことが基本的に好きだ。

板についてきた自己犠牲も、好きな自分でいる為のものだ。

だけど、この世界では他人が犠牲になる。自己犠牲なぞ、許されない。


それが、今も昔も、自身のアイデンティティを揺さぶり続ける。

そんな想いを含んだ願いは、形となり、現実へと干渉する。

一瞬、眩い光を放ったカードは粉々に砕け散った。

そして、見覚えのある女戦士の背中が目の前に現れる。

彼女がゆっくりとこちらへ振り返るのを、息をすることも忘れて、待つ。

たなびく黄金の髪と対比するように、無機質な銀色の甲冑が重々しく動いた。

透き通るように白い肌、桜の花のように薄い桃色の唇、そして月よりも美しい灰色の瞳が、自分に向けられる。

天剣の乙女「私を解放した者は、お前か」

俺は頷いて、彼女の反応を伺う。

彼女にその記憶はないと思うが、自分を殺した相手からは目を離せなかったのだ。

その俺からみても、彼女は凛とした態度で堂々と言い放った。

天剣の乙女「お前の願いを聞き入れるには、ひとつ条件がある」

ああ、そういえば、従者側からも条件をだせるのだったな。(前スレ参照)

八幡「あまり無茶なことはできないが、言ってくれ」

天剣の乙女「難しく考えるな、あるじだからこそできることだ。

私がお前をタスケル条件は、タスケルその方法を、私が決めることだ。

あるじたるお前の意見にも耳を傾けるが、最終的に決めるのは私だということを承知してもらいたい」

その口調からは、岩盤のように強固な意志を感じた。

同時に、俺はその脆さも感じ取ってしまう。

なぜならその条件が、奉仕部の中にいる自分に近いものだと感じたからだ。

彼女はなんらかの理由から、かならずしも最善の方法で、自分をタスケルつもりではないのだろう。

構わない、それが彼女の意思だと言うなら、それすらも利用してやる。

八幡「分かった。その条件を呑む」

天剣の乙女「フッ。物わかりのよすぎるあるじだ。後悔するなよ」

彼女は、その硬い口調をようやく緩めた。

八幡「とりあえず今の状況はそこそこ危険だ。周りに何かが潜んでいる。ずっと俺を尾行してきたソイツを追っ払ってくれ」

天剣の乙女「じきに日が沈む。そんなことをしていては、二人仲良く森の餌食にされよう。今は、一刻も早く脱出を考えなければならない」

天剣の乙女は、甲冑を鳴らしながら、俺に両手を差し出す。

天剣の乙女「ほ、ほら、だっこしてやる」

八幡「あ?」

天剣の乙女「召喚した直後だ、あるじはまともに動けまい」

八幡(そういえば、身体がものすっごくだるい。まるで体中に鎖を二重三重に巻き付けているような感覚だ。しかし…?)

天剣の乙女「なんだ、その不審げな目は。私はただこうするのがよかろうと…」

耳を真っ赤に染め上げて、口をもごもごさせる天剣の乙女。

その姿を見ているとどうしてだろうか。平塚先生を無性に思い出すのは。

改善した点
前作よりイチャイチャ成分を10倍増しにしてお送りします
今日は終わりです

その姿をみると、自分の命を絶った奴とは思えなかった。

八幡「い、いや。だっこはまずいだろう」

天剣の乙女「なぜだ。私はこれでも大の男一人は担ぎ上げられるぞ」

八幡「理由はそっちじゃない。あんたの両手が塞がるから、危険なんだ。

せめて、背負ってくれ」

男としての威厳を保つためにも、それがぎりぎりのラインだった。

一方で、彼女は頭をカクカクと縦に振った。

天剣の乙女「それなら、仕方あるまい。そ、そら、おんぶしてやる」

彼女はそう言って、俺に背中をむけて、さっとしゃがみこんだ。

その割には、羞恥心で顔を背けているのだから、あるじである自分が変態だと思えてくる次第である。

八幡「おんぶは、さらにまずい説があるな」

天剣の乙女「先ほども言ったが、口論している余裕はない。

それに、あるじと私は契約したはずだ。タスケル方法は、私が決めると」

八幡「そう、だな。悪かった」

俺は彼女からの了承をとり、彼女の首もとを中心に腕を一周させて、しっかりと固定させた。

その間、体と体が密着してしまうなどというトラブル展開には当然ならず。代わりに鋼鉄の鎧の、尖った部分に当たって、痛いだけである。

それを和らげようと彼女の背中の上で体勢を変えると、彼女が小さく悲鳴を漏らした。

やがて

天剣の乙女「いいか、あるじよ…これは、早く、森から出るためだ。だから妙な真似は、もう、するな」と、凄むような声音で釘を刺されてしまった。

自分が彼女を信頼する必要はないが、彼女からの信頼を失えば、切り札を一枚失うことになる。

それだけは、避けたかった。

天剣の乙女「それでは行くぞ。あるじは私にしっかりと掴まっていることだ」

八幡「あぁ」

彼女は、前傾姿勢になると軽快にスタートを切った。

果たして、それは神の御加護なのか、それとも人が鍛えた技術なのか。

彼女が急な傾斜や無秩序に立ちふさがる木々をすいすいと避けていく間も

大地を蹴る衝撃はほとんど伝わってこなかった。それでいて息切れ一つしないのだから頼もしい。

RPGでよくある事例として、今までさんざん苦しめてきた敵が味方になったとたん弱くなるというものがあるがこの世界では適用されないようだ。

良くも悪くも、ひとはそう簡単に変わらない。

天剣の乙女「…っ。あるじを追っていた者らしいのが、いるな」

八幡「分かるのか」

天剣の乙女「微かに、私とは別の足音がするのだ。それに、気分が悪くなる様な邪悪な気配がする。いま、その者は私の右側を、並走しているようだ」

八幡「このスピードに追い付けるって時点で、ただものじゃないな」

誰でも分かることを口に出す、愚かさといったら。

しかし、事実を受け入れるために言葉にすることは、有効な手立てである。

今や、彼女は現世における全力で自転車を漕いだときと同様の速度で、走っているのだから。

天剣の乙女「徐々に、こちらに近づいてきている」

彼女の声に、緊張がみなぎった。

みると、彼女の左手は、鞘に納められた剣の柄を握っている。

それから天剣の乙女が「くるぞっ!」と叫んで、左側に飛び退ったのと

俺が慌てて右へ向いたのは同時だった。

天剣の乙女「これは…動物霊か」

それを見たとき、言葉を失った。

だって、それは自分が探し求めていた人に近しいものだったから。

ピンク色の子兎が叢から飛び出し、忙しなく脚を動かしながら、こちらを見ている。

天剣の乙女「この程度なら簡単に蹴散らせようが、どうしたものか」

八幡「…」

天剣の乙女「あるじ」

八幡「ひとまず、近づけないようにしてくれ。いつ、爆発してもおかしくないからな」

天剣の乙女「…あるじは、ネクロマンサーについて知っているようだな」

八幡「ずいぶん昔に、それに会ったことがある。それだけだ」

天剣の乙女「あるじはネクロマンサーではないのだな」

八幡「ああ」

天剣の乙女「それなら、よい」

彼女は、左手に方向を転換していく。兎は、それ以上追ってこようとはしなかった。

その姿が叢に埋もるようにして、見えなくなってからも、頭を持ち上げて視線をさまよわせた。

あの子兎は、例の大兎とは似ても似つかない面構えだった。

だが、それでもラビットさんの幻影を求めてしまうには、十分だった。

八幡(まったく我ながら、どうかしていると思う。ラビットさんは初恋の相手かなにかかよ)

自分が彼女に抱いている感情は、そんな褒められたものではない。

あの子兎を見たとき、はっきりと自覚したのだ。

感謝だとか、心配だとかいう以前に、恨んでいるのだ。

つまるところ、彼女は俺の役割あるいは存在意義を奪って、勝ち逃げをしたようなものだ。

もし彼女に記憶があれば、

俺が伝える言葉は、罵りであり、否定である。

そして彼女から返してもらうものは、自己の存在意義だ。

それで、目標は達成される。

八幡(彼女に、記憶さえあればの話だが)

天剣の乙女「考え事に水を差すようだが、麓が見えてきたぞ」

前方へ目を向けると、穏やかな灯火が一定間隔でぽつぽつと浮かび上がっていた。

近づくと、それが高々と上げられた松明なのだと分かった。

炎の細かい粒と、煙を黙々と吐き出している。

また、その明かりから幾分離れたところに物見櫓が鎮座しており

それを守る黒ずんだ柵が地形にそって、正面一杯に広がっている。

天剣の乙女「今晩は、ここに泊めてもらおう」

その提案には是非もないのだが、一つ大きな問題がある。

八幡「お金が、ない」

陽乃さんには、カード以外なにももらっていないのだ。

いざとなれば、天剣の乙女に働いてもらうことになるかもしれない。

己が働くという言葉は、自分の辞書には載っていないのだった。

そのことを、体が思い通りに動かない事実で何重にも包んで伝えると、天剣の乙女は慇懃に答えた。

天剣の乙女「私が、あるじの手足となろう。何でもとはいかないが、私を思う存分頼ってくれて構わない」

彼女は包容力のある女性なのだと、多少なりとも感動を覚えた。

例え、この場で

『比企谷君は、ヒッモーと呼ばれる方が好みなのかしら』と雪ノ下に毒を吐かれようが、

『いつものヒッキーがでたの、久しぶりかも…』と由比ヶ浜から物珍しそうに見られようが

俺の方針は定まっていただろう。

もし宿に入ったら、疲れがとれるまで一歩たりとも出歩くものか。

このことである。

柵まであと数メートルといったところで鋭い制止の声があがった.

?「止まれ,そこの二人.お前たちの素性と,目的を言え」

天剣の乙女は足を止めて,物見やぐらを見上げる.

天剣の乙女「背中の男は,私のあるじだ.私はあるじに仕えていて,今は護衛をしている,

だが,あるじが,旅の疲れで動けなくなってしまった.

なので今晩,お前たちの村で泊めてほしい」

しかし,物見やぐらにいるであろう男は,彼女の要求を無視した.

?「お前たちは,カミの森からやって来たのか?」

天剣の乙女「カミの森かどうかは分からないが,背後の森を通ってきたことは間違いない」

?「そこで何を見た?」

天剣の乙女は,目線を一瞬俺に向けた.

俺は,彼女にしか分からない程度に頷いた.

嘘には,指向性を持たせなければならない.

今は,どの返答が良いのかも,分かっていなかった.

天剣の乙女「兎の,霊を見た」

?「そうか,跡継ぎは順調に成長しているんだな」

男は言葉とは裏腹に,口惜し気に言った.

?「教えてくれて,有難う.今,柵を開けてやるから,待っていろ」

男は物見やぐらから,梯子をつたって降り,腰に差した剣を揺らしながらやってきた.

柵の前で立ち止まった男は,こちらに笑いかけた.

ファイター「そういえば,名前を言ってなかったな.俺の通り名は,ファイター.この村の,しがない守り人だ」

天剣の乙女「私は,天剣の乙女.本来は神に捧げたこの身だが,今はあるじのものだ」

くっころとでも言いたげに,彼女は顔を背ける.

おんぶしているから恥ずかしいのだろうが

されている奴の方が何倍も恥ずかしいんだぞ.

頬の紅潮が,闇に紛れることを願いつつ,自己紹介をする.

八幡「俺はヒッキーだ」

ファイターは,心底意外そうに言った.

「いい通り名だな」

この世界だと,ヒッキーという通り名は人気のようだ.

その時のラビットさんを思い出すと,心臓がきゅっと締め付けられた気がした.

それでも歯を食いしばって,精いっぱいの苦笑いをつくる.

そんな自分に吐き気を催すのは,もう慣れてしまった.

それにしても,なんで無理に笑ってんだ俺.

笑いたくもないときに笑うなんて,空しくて,苛立たしい.

来訪者の目まぐるしい表情の変化に気づいていないファイターは,呑気に柵を掴んで,引っこ抜いた.

ファイター「ほら,ここの柵だけ簡単に抜けるようになっているんだ.

いわば,村の裏口だな」

天剣の乙女「ふむ.余計なお世話かもしれないが,この村の防護は,いささか甘いと言わざるをえないな」

彼女は,柵をちらりと眺めてから,村の中へ入った.

ファイターは柵を立てなおしてから,俺たちを先導する.

ファイター「へぇ,どんなところが甘いとみる?」

天剣の乙女「襲撃の第一波を抑える柵は,胸ほどの高さしかない.野盗相手ならそれでよいが,組織された盗賊,魔物群れの前では積み木も同然だ.

それに,物見やぐらにお前しかいないのは,妙だ.

これだけ薄い警備だと最低二人はいなければ,敵襲への対処と味方への警告はこなせまい.

なにより問題なのが,私たちをあっさり入れていることだ.

私たちの言葉を信用してもよいが,まずは照明のある正門へ案内するべきだな.

我らの背後に,どれほどの敵が潜んでいるか,想像してみろ」

ファイター「はははっ,あんたの慧眼には,恐れ入った.

だけど.ここ100年間,俺の知る限りこの村が襲われたことがないんだ.

・・・それ自体は問題なんだが,今はいい.

ほら,その理由である暴れ兎の彫像が見えてきた.あれは,この村の象徴なんだ」

家々の屋根ほどの高さがある,月明かりに反射する,黄土色の銅像を見つけた.

それは有象無象の家々の屋根から,大きな耳を持つ頭部がひとつ飛び出ていて,鼻の先を月へぴったりとむけている.

目もとには,ギザギザの傷が小さくだが刻まれていて,あれはもっとも害獣らしい幽霊を想起させる.

八幡(いやだ.見れば見るほど例の巨大兎と似ている気がする)

ファイター「あれは,もともと月に住んでいた兎なんだ.だから,届きもしない月に向かって飛び跳ねているんだ」

天剣の乙女「なかなか立派なものだ.あれだけの大きさの彫像は,腕利きの者にしかできないだろう」

八幡(嘘だラビットさんに付き従っていた,無頼漢のあいつがこの村の象徴なのか?

それが,村を守るということは,どういうことなの.あいつは.にんじん畑とかを容赦なく荒らしていそうなんだが.

そして,俺を追いかけていた兎は,ラビットさんの放ったモノなのか?)

頭の中で,疑問はいくつか形をなした,これから解決する必要があるだろう.

同時に.果たしてこれから宿に比企こもる余裕はあるのだろうか,という不安がよぎった.

今日は終わりです
スレタイの割にはルナの出番がないことに気づいた

俺たちは,黄土色の煉瓦で建てられた家が密集する中心部へと案内されているようだ.

しかし,不思議なことに人影は一向に見当たらない.

三人分の足音が,夜の闇に紛れていく.

八幡「一つ,聞きたいんだが」

天剣の乙女「なんだ?」

八幡「夜中は出歩かないのが,フツウなのか」

現実では,深夜にくたびれたスーツを着た中年が歩いていたり,建物の陰で悪ぶった青年達が屯っていたりする.

それらは,ある程度の治安が保証されているから,成立することだ.

本来,夜はあらゆる悪事の温床となりうる.

天剣の乙女はかぶりを振った.

天剣の乙女「私の知る限り,ここまでの静けさは,殺人鬼の現れた霧の都市以来だな.

一応家屋の中で人の動く気配はするが,揃いも揃って彼らは,息を殺しているようだ」

それを聞きつけたファイターが思い出したように言う.

ファイター「ああ,今はちょうど,東天紅.

空を見てみな,もう薄く白んでいるだろう.今は.村人たちが日に一度だけ祈りを行う時間なんだ.

死んでしまった兎がこの地で暴れることをやめて,無事に月へ還れるようにってな」

八幡「あんたは,しなくていいのか」

ファイター「俺はあの兎畜生をこの村の守り神としては,認めていない.

この世界で頼れるものがあるとすれば,自分の力だけだ」

八幡(つまり,無宗教ってことか.こっちのほうが話は聞きやすいな)

八幡「その兎畜生について,詳しく教えてくれ」

余計な駆け引きは,一切なし.こちらは云わば客なのだから,聞くのは自然だろうという判断である.

ファイターは一瞬顔を顰めたが,すぐに無表情になった.

ファイター「この村は,昔はもっと廃れていたそうだ.

森からは有象無象の魔物が,狼のごとく目を光らせていて,大人が仕事でいなくなった隙を狙っては子供を浚った.嘆きと無力感が,村中を襲った.

それだけじゃない.反対の街道からは強欲な商人がやってきて,村でとれた農作物をびた一文でかっぱらっていく.分かるか,人間ですら,敵だったんだ.

この村は,弱者だった.賢い奴もいなかったし.そういうやつがいてもすぐに村から出て行ってしまう.どうしようもなかったんだよ.

だが,あるとき森で異変が起きる.魔物共が,何者かに追い出されるようにして数を減らしていったんだ.

そして,この時間帯に決まって身を裂くような悲鳴と地鳴りが聞こえた.

その正体が,ずばり暴れ兎だったわけだ.

お月様から追放された兎は.なんの因果かあの森...いまはカミの森と呼ばれている場所に住み着いた.

村人たちはこれ幸いと喜んだが,次第に不安になっていくわけだ.

いつか,村にやってきて,暴れるんじゃないかってな.

ファイター「暴れ兎の噂は,街道方面にも広まったらしい.

何人もの命知らずが森へ向かっては,帰ってこなくなった.

そして,ある一人の巫女がこの村へやって来た.

彼女は,それは霊の仕業だといい,自分ならば鎮めることができる.

それだけじゃない,その霊を使役して見せると言った.

村長をはじめとして,皆半信半疑だった.

村長は言った.もし本当にできるなら,貴方に深い感謝とお礼をしましょうと.

その巫女はその言葉を聞くと,森へと向かった.

それからは,想像がつくだろう.

本当に,鎮めてしまったのさ,暴れ兎を.

驚いた村長は,その方法を問うが巫女は微笑むばかり.

やがて村長は,わずかばかりの金をかき集めて彼女へ差し出すと,丁寧に断られた.

彼女は言った.私は,流浪の身でした.どうかこの村においてください.

私がいるかぎり,あらゆる災厄からこの村を守りましょう.

以来,暴れ兎の霊と巫女の家系が,この村を守り続けてる.」

八幡(暴れ兎が,アイツかどうかは分からない,だけど,『巫女』が暴れ兎を従えているってことは間違いない.

その巫女が,ラビットさんだとしたら,辻褄はあう)

前回の異世界では,ラビットさんは村にいたと言っていたのだから.(前スレ183より)

そして,両親が火刑に処されたとも言っていた.

補足
東天紅;神様や鬼幽霊がもといた天上や冥界へ還る時刻.主に明け方を指します
加速します

それがどうした.

自身の目的は,自分の為に生まれ,自分が叶えるものだろう.

そうでなければ,無関係だから.

そんな当たり前のことを,俺は忘れそうになっていた.

ファイターの声が現実へと引き戻す.

ファイター「もっと詳しいことを聞きたいなら,他を当たってくれ」

八幡「ああ」

それから,宿に着くまで誰も口を開こうとはしなかった.

各々,これからのことについて考えを巡らせていたのだ.

案内された宿の前でファイターと別れてから,暫く時間を潰すことになった.

祈りの時間は,およそ一時間.それまで宿へ入ることは勧めないと,彼から忠告を受けたからだ.余計なことで,反感を買っても面白くない.

天剣の乙女は,辺りを見てまわろうと言ったが,それを俺は断った.

とてもそんな気分にはなれなかったのである.

彼女がいなくなった後で,ようやく敷石に座り込んだ.

どっと全身に疲れがのしかかったが,苦ではない.

むしろ,意識を手放してしまう瞬間まで,波一つ立たないくらい穏やか気分だった.

この世界で比企谷八幡を,取り戻すと心に決めたのだ.

カーテンの隙間から差し込む光によって,脳が強制的に活性する.

八幡(そうだ,あれから寝てしまったのか)

自分の上に掛けられている布団はみるからに安物で,薄汚れた生地はざらついて,重かった.

やっとのことで布団から這い出て,部屋中央に置かれた机の前に立つ.

その上には,簡素な食事と藁半紙が置かれていた

半紙には,見事な墨痕でこう書かれている.

『主,外出無用,出るな』

元から,どこかへ移動する気はなかったのだが,強制されると話は変わる.

これを書いたのは,恐らく天剣の乙女なのだろうが,何の目的で?

皿に載せられていた,掌サイズのパンを一つ齧る.

それは口の中で水分を一瞬で奪い,喉へ殺到した.

咳をしても,一人.

八幡「これを書いたアイツは,どこへ行った」

言葉は.空気をただ揺らすのみ.

そして部屋の片隅に,鎧一式が綺麗に置かれていることにようやく気づいた..

部屋を出て,人気のない廊下を通る.

同時に,徐々に虫共が一斉にざわめいている様な雑音が聞こえてくる.

一見,梯子にも思える階段を苦労して降りると,その正体が分かった.

金色の髪を華麗に躍らせながら,鉄の仏頂面をしたメイドが嵐のような注文を捌いていたのだ.お客は注文を終えると,その白いひらひらの付いたスカートが

花びらよりも柔らかく舞うのをただ眺めている.

まるでここは,彼女のためにあつらえた劇場だ.

観客は小出しに注文することで,彼女の流麗な踊りを見ることができる.

一つ問題があるとすれば,その注文をいちいち受け取る彼女がひどく不機嫌であることだが.

八幡「これが,代償か」

とりあえず見なかったことにした.

一瞬見惚れてしまったが,それは男の性というもので決して抗えないものだ

いそいそと部屋へ戻る途中,陽乃さんに見せられた写真を思い出す.

この世界は本当に,美少女ゲームのそれを模倣したのかもしれない.

非常に,厄介だと思った.陽乃さんが見ているかもしれない世界で,鼻を伸ばす気はなかった.

人気投票は悩んだ末に賛美に入れました(邪神教)

十数時間後

八幡「今日はなにもない,素晴らしい一日だった」

まっくろな窓に映った自分の腐った瞳を眺めながら,呟いた.

それを聞きつけた天剣の乙女が,鎧の手入れをする手を止めた.

天剣の乙女「主は休養をとり,私は情報を集めた.今日は,意義のある一日だっただろう」

まったくそのとおり.召喚の反動である疲労は大方回復しつつあったし,彼女はあれで村民から聞き込みをしていたのだから,抜け目ない.

八幡(だけど,確かに俺は何もない一日を送ったのだ.

明日の自分が昨日の自分と寸分と違わない,退廃的な日常を)

それを責めるのは,ラビットさんの死の影に怯える自分だけだ.

八幡「…天剣の乙女,さん.もう一度聞かせてくれ.

巫女がカミの森に棲んでいるのは,真実なんだな」

天剣の乙女「私が尋ねた村人達は,みなそう答えたよ.そして,どういうわけか巫女の様子を尋ねると一様に口を噤んでしまう.

この村で,ある種の緘口令が敷かれていると考えるべきだろう.例えば『現在の巫女の様子を口にしてはいけない』とな」

八幡(やはり何度聞いても,違和感はぬぐえなかった.

巫女の居場所は話すのに,なぜ巫女については話せない?)

天剣の乙女「そして,主はその巫女に用があるのだな」

黙って首肯する.

天剣の乙女は,ふたたび警告を発する.

天剣の乙女「だからといって,巫女へ会いに行くのは得策ではない.

この村を敵に回すのかもしれないのだぞ」

八幡「さっきも言ったが,祈りの時間なら,村民に見つかる心配はほとんどない.

それに巫女の顔を確認するだけだ.なにも危害を加えるわけじゃない」

天剣の乙女「馬鹿な.深夜に顔も知らぬ不審者がやってきたら,なにをされても文句は言えまい」

八幡「新たな信者だと言えばいい」

天剣の乙女「私は,すでに神がついている.それを偽れというのか」

八幡「それなら,道に迷ったことにだな」

天剣の乙女「私ならば,そんなものは信用しないし,問答無用で村人へ突き出す.却下させてもらおう」

八幡(いっそのこと,ここは引いておいて,後から自分一人で行くべきか)

その思考の逡巡を好機とみたらしく,彼女はすっと立ち上がりまっすぐ俺を見た.

天剣の乙女「主よ.村というものには一種の特異性がある.閉鎖された空間,限られた人間との利害関係,強固な結束力.

そこでは,一般的な善悪の意識はあいまいで,取るに足らないものだ.

一方で彼らは村という存在に隷属していて,村の定めたルールに逆らうことはできないし,それを外部からやって来た人間にも求める」

天剣の乙女「もし,彼らの和を悪戯に乱せば,その罰を受けることになるだろう.

思ってもないような,重い,罰をな」

彼女は,一節ごとに区切って,締めくくった.

私事で書類を作成する際の設定を引き継いでいるので句読点が変換されます
読みづらかったらすみません

八幡「…分かった.アンタの言う通り,今日はやめる」

天剣の乙女「そうするといい」

八幡「代わりに明日は,俺も外へ出て情報を集める」

天剣の乙女「今日一日で,この村のことはある程度理解したつもりだ.

道を歩いていて刺されるということは,ないだろう.

だが村民から見れば,主と私はよそ者だ.それは忘れないでくれ」

彼女は,そう言い残して扉から出ていった.

八幡「どっちがご主人なのかわからないな」

彼女が居なくなった後,ベッドの上ですこし不貞腐れた.

次の日は外にでるのが嫌になるほどの,快晴だった.

モルディカイのカードがポケットに入っていることを確認し,部屋を出た.

下に降りると,例のメイド服の天剣の乙女がきりきり舞いをしていた.

今は,一服しにきたらしい中年男性の団体の注文を取り次いでいる.

八幡「どれだけ,この宿は人気なんだよ」

思わず愕然とする.

飯は美味しくなかったし,布団はボロかったこの宿に,なんの秘密があるんだ.

???「あれが,新しい店員さんかー.すごく綺麗な踊り…」

すぐ隣の席に座っていた少女がフランスパンを片手に,感嘆の声を上げる.

八幡(見物人も多いのな)

???「ねっあなたも,踊れるの?旅人さん」

その少女はくるりとこちらを向き,快活に笑いかける.

俺は軽く悲鳴を上げて,その場で尻もちをついた.

なぜなら,彼女の額にはそれはもう立派な蒼角が生えていたからだ.

それから起きたことは,雷火のごとくだ.

メイド服の天剣の乙女が,どこからか取り出したナイフを手に跳躍し彼女を取り押さえた.

呆然とする俺と客の前で,ひーんと足掻く少女と主の安否を尋ねるメイドの組み合わせは相当シュールだった.

店 裏口

ユニコ「ごめんなさい.あんなに驚くとは思わなかったの」

天剣の乙女「こちらこそ,あのような無礼な真似をしてしまったことを主にかわって詫びる」

八幡「それより,取り押さえたことを謝れって」

ユニコ「いいえ,いいんです.ケガもないですから.でも悲鳴を上げられたのは,ちょっとショックでした…」チラッ

八幡(人の顔を見て,悲鳴を上げられるなんてよくあることだ.と言いたいのはここでは自分だけか,自分だけだな)

八幡「すみませんでした」

ユニコ「ううん,もう忘れます!」

ユニコ「だから仲直りの証に.ユニコ,踊ります!」

八幡「えぇ…」

ユニコ「綺麗なメイドさん,あなたも踊りませんか?」

天剣の乙女「すまない.私はすぐに店に戻らなければならない.たくさんの客が注文を待っているのだ」

ユニコ「しゅん…あ,それならその目つきが異様に悪い人間はどうですか?」

八幡「さっきのこと,ぜったい根に持ってるよな.俺ならパスだ,やることがある」

ユニコ「…」

八幡「なんだよ」

ユニコ「その用事が終わったら,いいんですね.分かりました,ユニコ,お手伝い頑張りますっ!」

天剣の乙女「それは助かる,主を一人にしては,心配だったのだ,」

ユニコ「任せて下さい!」

天剣の乙女「ああ,神に感謝いたします」

八幡「この流れは自分の意思は無視されるんですね.よく分かります」

現世でも,稀によくあることだ.

奉仕部やら,家族会議やら,クラス会やら,面倒になって聞き流しているといつの間にか方針が決まっているパターンである.

陰を薄めても,いいことばかりではないのだ.

ユニコ「それで,彼の用事というのはなんですか?」

天剣の乙女「実は,この村のことについていろいろ聞き込みをしようとしていたのだ」

ユニコ「へ?どうしてですか」

天剣の乙女「…実は私たちは流浪の身で,旅にいささか疲れた.だからここに移住することを検討している.そして,そのための判断材料を得たいと思ってい

るのだ」

ユニコ「それはいいことですね.村案内は,このユニコにお任せください!」

天剣の乙女「よろしく頼む」

えへんと胸を張ったユニコとおそらくは亡霊のような顔色だった自分を置いて,天剣の乙女は店の中へ消えた.

ユニコ「…それでは,行きましょうか.えーと」チラッ

八幡「…ヒッキー」

ユニコ「ヒッキーさん.ワタシの名前はご存知ですか?」

八幡「ユニコだろ」

ユニコ「!!?」

八幡「いや,驚くところじゃねーよ,何度も自分で呼んでいただろ」

ユニコ「いえ,ヒッキーさんって誰にも興味を持っていない人だと思っていたので,意外だなと」

八幡(よくあることだが,最低の第一印象を,彼女に与えていたようだ.しかもその印象は当たらずとも遠からずといったところだ)

八幡「自分に興味を持ってくれる人にしか,興味を持てないんだ」

ユニコ「それは良いことを聞きました.ぬんぬぬん♪ほぅら,ついてきてください~!」

彼女はカウンターを悠々と受け流し,弾けるような笑顔で飛び跳ねる.

八幡(その,ぬんぬぬん ってなんだ?)

ユニコ「~♪」

ユニコ「ここの呉服屋さんはお高いですけど,サービスが良いですよ.ユニコ,衣装をよくよごしちゃうんですけど,いつもきれいにしてもらってます」

ユニコ「ここの八百屋さんは,来たことがありません.ユニコ,にんじんがない八百屋さんには入れないですね.え,ユニコはお馬さんじゃないですよ.

ユニコはユニコーンです」

ユニコ「この広場は,村の中心部にあたります.あの兎さんの銅像の前で,ユニコ達は踊るんです!村のみんなが集まってとても楽しいですよ~.

踊るのが苦手なら,一緒に踊りましょう!ユニコは踊り手なので,どんどん教えちゃいます!一番の秘訣は,心の底から楽しむことです!」

ユニコは俺を村中引きずり回し,大から小まで様々なことを話した.

しかし,巫女に関する話題は一切でてこない.

やはり,緘口令は出されているのだろうか?

自分から尋ねようか,悩んでいると前を歩いていたユニコが立ち止まり,振り返った..

そして,意を決したように急に俺の手をとった.

ユニコ「この村で,一番大切な場所があるんです.一緒に行きませんか」

八幡「お,おう.できれば,あまり人がいない場所がいい」

ユニコ「だいじょうぶです.きっとあの人以外,誰もいませんから」

彼女の表情は,夕陽によって陰影が濃くなり,今まで見たことがないほど寂しげにうつった.

ユニコは,黙って自分の手を引いてずんずん進んでいく.

今までの賑やかな雰囲気とは,明らかに一変していた.

八幡「ちょ,ちょっと待てよ.そんなに急ぐ必要があるのか?」

ユニコ「ヒッキーさんは日が暮れる前に,天剣の乙女さんの場所に戻らなければなりません.

それが,お互いの為です」

八幡「それなら,その大切な場所はまた違う日でいい.なんで,そんなに焦るんだ」

ユニコは,鋭い視線で俺を射抜いた.

ユニコ「ヒッキーさん達は,この村に長居するべきではないです.

ヒッキーさん達の目的は,良くないから」

八幡「なんのことだ?」

ユニコ「ヒッキーさん.本当に,ここに住もうというなら,もっと真剣にこの村のことを聞くべきです.ユニコは確信を持ちました.ヒッキーさん達の目的

は,最初から『巫女』様のことだけ,そうでしょう」

八幡「…もう,そこまで情報共有されているのか」

ユニコ「だから,ユニコは云います.そんなことを探るのは,やめてください」

八幡「…」

ユニコ「素直には,聞き入れてくれないですか」

八幡「一目顔を見るだけでいい」

ユニコ「だめです,これはユニコだけの意思ではありません,村の総意だと思ってください」

八幡「逆らったら,どうなるんだ」

ユニコ「…きっと,あの人のように,なります」

彼女は,震える手で前方を指さした.

そこは,昨夜俺たちが通ってきた,カミの森へ続く裏口だった.

一つだけ違うところがあるとすれば,柵に寄りかかったまま動かない

血と泥にまみれたファイターの姿があることだった.

ユニコ「ぁ…ッ.くっ…」

彼女は嗚咽を漏らし,両目を塞いでその惨状を覆いかくしてしまった.

俺は彼女の肩をゆすり,強い口調で尋ねる.

八幡「おい,アイツに関してなにか知っているのか.つーか…」

ファイターは死んだのか?つい昨日会って,話したというのに.言いしれぬ恐怖が全身を襲う.

八幡「はやく…はやく医者を呼ばなきゃならない.ユニコ,お前にしかできないんだ,行ってくれ」

俺は返り道や診療所を完全に覚えたわけではないし,彼女が適任だろう.

しかし,ユニコが躰をびくりと震わせて,こう答えた.

ユニコ「む,村人たちは,助けられません.ファイターは,村八分にされたから」

それを聞いて思わず,歯噛みした.

八幡「そうかよ.事情は知らないし,なら俺とお前で応急手当てをするぞ」

ユニコ「ユニコは,それを,してはいけません.ユニコは,村の掟を守ります」

くそったれ.思わず舌打ちをしてから,全力で頭を総動員する.

村人はあてにならない.俺は医療のイも知らないど素人である.

残るやつといえば…あてになる従者がいるじゃないか,

八幡「分かったよ.なら,宿にいる天剣の乙女を呼んでくれ.

アイツに『俺が助けを求めている』と言ってくれれば,飛んでくるから」

ユニコ「それは」

八幡「お前,ファイターに死んでほしいのか.村八分にしたら,アイツの全てが憎いのか?」

ユニコ「」

何も答えず,ユニコは涙を浮かべて,俺を見る.

それは許しを乞うているようで,仲間はずれにしたのは自分ではないとでも言いたげだった.

無残なファイターの姿が過去の俺と重なった瞬間,怒気が頂点に達した.

八幡「行けよっ.いかなきゃ,俺がお前を殺すぞ!」

ユニコは泣きながら,よろめくように立ち上がった.

そして,手元で涙をぬぐいながら走り去った.

それを見届けてから,俺はファイターへ走り寄った.

彼の身体を見て,改めて怒りと諦めがこめかみを通り抜ける.

数えきれないほどの打撲痕と深い裂傷が,全身に病魔のごとく広がっていた.

俺は,その中で出血の激しい部分を見つけて,自身のハンカチで押さえつける.

天剣の乙女が来るまで,自分ができることなんてその程度だった.

誰かを助けるために,カードなんて,なんの意味も持たなかった.

新弾で天剣の乙女もユニコ並みに活躍してくれることを願っています
あまりにも空気

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