王「我が娘が騎士になりたいと言ってるのだが……」女騎士「姫様が?」 (112)

―城内 謁見の間―

騎士「陛下、お呼びでしょうか」

王「来たか。早速だが、騎士隊で唯一の女性であるおぬしに頼みたいことがある」

騎士「はっ。何なりとお申し付けください」

王「もっと近くへこい」

騎士「はい」

王「実はな、我が娘が騎士になりたいと言ってるのだが……」

騎士「姫様が?」

王「うむ」

騎士(まさか、私が姫様の教育係に……! 幼いうちに教育すれば立派な騎士になれるかもしれないな。これは大役……!)

王「なんとか諦めさせてくれないか」

騎士「え?」

王「娘には普通に育ってほしいんだ。なんとかおぬしから騎士の厳しさを叩き込んで諦めさせてほしい、この通りだ」

騎士(そうか……。確かに陛下も一人の父親。愛娘に剣を握らせたくはないはず)

騎士「はっ。お任せください」

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―廊下―

騎士(引き受けたのはいいけど、私は姫様と直接会ったことがないし……上手くいくだろうか……)

騎士(この時間はここにいると言っていたが……?)

姫「やー! えいやー!」ブンブン

ポニー「……」ムシャムシャ

騎士「……すみません」

衛兵「なんだ?」

騎士「あそこでポニーに跨って木の棒を振り回しているのが、姫様ですか?」

衛兵「お前、姫様の顔もしらないのか」

騎士「ああ、いえ。私が見ていたのは、煌びやかな衣装に身を包んだ姫様だけでして、あのようにその、腕白な姫様は知らないものでして……」

衛兵「まぁ、仕方ないか。俺みたいな内勤でもない限りはあんな姫様を見られる機会なんてそんなにないしな」

騎士「では、やはりあの少女が……」

衛兵「我らの姫様だ」

騎士(独自で騎士になるための修行を初めているなんて……)

衛兵「姫様に何か用か? 今は見ての通り特訓中だ。邪魔すると怒られるぞ」

騎士「私は陛下より任務を仰せつかっています」

衛兵「任務? 俺は聞いてないが」

騎士「陛下に確認を取ってください。それでは」

衛兵「おい」

姫「やー! おりゃー!」ブンブン

ポニー「……」

姫「ふー。素振り20回、おわり!」

騎士「姫様」

姫「だれ? え……あ……」

騎士「初めまして、と言ったほうがいいですね。私は姫様の姿を遠くからしか拝見したことがありませんでしたから、姫様も私のことなど知らないでしょう」

姫「あ……」

騎士「数多の兵の顔を把握するなど陛下でもできないことですからね」

姫「わぁ……」

騎士「姫様? なにか……?」

姫「おぉぉ! すごい! ほんものだ! あの、わたしね! あなたのこと、ずっと前から気になってたの!」

騎士「私のことを?」

姫「うん! 私ね、貴方みたいな騎士になりたいの!」

騎士「え……!? わ、わたし……のような……?」

姫「あなたがね、おおきな馬に跨って訓練してるところみたときにね、こんなにかっこいい女の人がいるんだって思ったの」

姫「それでね、私もあなたみたいにカッコいい大人の女になりたいの!」

騎士「私なんて、そんな……いえいえ……」

姫「だから、私も騎士になって、かっこよくなりたいの! なれるかな?」

騎士「あ、えと……」

騎士(陛下から直接受けた任務だ。遂行させないと)

騎士「姫様、残念ですが無理です」

姫「え?」

騎士「姫様では、騎士にはなれ――」

姫「だめ……な、の……な、んで……なん、で……?」ウルウル

騎士(泣いた!? まずい! こんなところ誰かに見られたら……!!)

衛兵「どうした? なにかあったのか?」

騎士「いえ!! なにも!!」

姫「うっ……うぅぅ……どうして……なれ、ないの……なりたいのにぃ……」

騎士「あぁ、あの、姫様! 騎士にはなれずとも、姫様は一国を治める人にはなれますから!」オロオロ

姫「きしに……きしになりたいのに……あなたみた、いな……かっこ、いい……きしぃ……」

騎士「お褒め頂きありがとうございます!! でも、姫様ではその、無理ではないかと……個人的には思ってしまうわけでして……!」

姫「うえぇぇぇぇん!!」

ポニー「ヒヒーン!!」

騎士「わぁぁぁ」

衛兵「おらぁ!! なにしてんだ!! 姫様、ないてるじゃねえかよ!!」

騎士「いや、その……!!」

姫「うわぁぁぁん!!」

ポニー「ヒヒーン!!」

騎士「くっ……!! 任務は失敗!! 退却するしかない!!」ダダダッ

衛兵「あ!! こら!! であえー!!! 反逆者だー!!! 姫様を泣かせた反逆者がいるぞー!!!」

姫「うえぇぇぇん!!」

―宿舎―

騎士「終わった……私の騎士生活も……これで終わり……」

騎士(初の女騎士として少し調子に乗りすぎたか……。お父さんとお母さんも心配しているし、田舎で農作業を手伝おうかな……。それからお見合いして、結婚して、子どもは二人ぐらいで……)

隊長「よぉ。しけた顔してんな」

騎士「隊長。お疲れ様です」

隊長「今日、色々あったみたいだな」

騎士「隊長の耳にも入っていますか」

隊長「そら、真面目だけが取り柄のお前が問題を起こしたなんて、地平線の向こうでも風の便りで届いちまうぜ」

騎士「すみません……私の力不足です……」

隊長「詳しい話は知らないんだが、姫様を泣かせたとかなんとか」

騎士「はい。それで一時的に反逆者扱いを受けてしまいまして。陛下の助けがなければ私刑にされていたかもしれません」

隊長「姫様はな、望まず内勤となった連中にとっては女神みてえな存在なんだ。本来なら街の外にでて、派手な討伐任務やらに就き、名声と栄誉を勝ち取りたいと願う野郎どもは多くいる」

隊長「なのに基本的には退屈な守衛をやらされる。そいつらにとっては毎日がつまんねえわけだ。守衛をきちんとこなしても評価はされにくいしな」

騎士「姫様はそういった者たちへ何かされていたのですか? 労いの言葉をかけるとか」

隊長「そらぁ姫様本人はそういうこともしてるが、内勤の連中にとってはそこにいるだけで十分なんだそうだ。見ているだけで心が潤うんだとよ」

騎士「確かに、容姿の愛らしさは筆舌に尽くしがたいですね」

隊長「だから、姫様を泣かせたなんてことになれば、内勤の連中が本気で襲い掛かってくるのも当然なわけだ」

隊長「ある意味、連中の愛娘って感じでもあるからな」

騎士(そこまでの存在だったとは……)

隊長「で、そんな連中の女神をどうして泣かせたんだ」

騎士「陛下より勅命を受けました。姫が騎士になりたいと言っているので、諦めさせてくれと」

隊長「ほぉ。そりゃあ、大役だ。だが、唯一無二の女騎士にはぴったりな任務だ」

騎士「そして姫様と話したのです。そのときに、姫様では騎士になれないと言って……」

隊長「ひでぇ話だ。そりゃ、泣く。泣いちゃうぜ。憧れの存在にそんなこといわれちゃあなぁ」

騎士「え? 隊長、何故そのことを?」

隊長「内勤連中の間じゃ結構有名な話だぜ? 騎士隊に女が入ってから急に姫が騎士なるための特訓を始めたってな」

騎士「全部……私の所為なのですね……! こうなれば、仕方ありません!」

騎士「本日をもちまして、この剣を……剣を……お、置きます……」プルプル

隊長「待て待て。なんでお前が騎士を辞めなきゃなんねえんだよ」

騎士「私の所為で姫様が騎士道を歩むことを望む一方で、陛下はそれを止めさせようとしている。なれば、原因である私がこの城をさればそれで解決です。姫様も目指す者がいなくなれば考えを改めるはず……」

隊長「姫様、余計に悲しむんじゃねえかなぁ」

騎士「でも……」

隊長「お前だって、並大抵の努力でここにいるわけじゃねえ。こんなことで騎士を捨てられるのか」

騎士「……」

隊長「どうなんだ」

騎士「……いやです」

隊長「だろう? だったら、もうちょっと冷静になれ」

騎士「しかし、打つ手がないようにも……。任務を果たそうとする以上、私は衛兵たちから私刑を受けることになります」

隊長「なぁに、姫様がお前を尊敬しているなら、それを逆手にとってしまえばいい」

騎士「どういうことですか」

隊長「心からお前のことを敬愛しているなら、どんなことでも信じるだろう?」

隊長「騎士はこんなに厳しい世界なんだってことを、姫様に教えてやればいい」

騎士「王にも言われましたが……。私のしてきたことを教えればいいのですか」

隊長「それでいいんじゃねえか。お前がやってきたことは、普通の女には真似できねえ。いや、並の男でも無理だな」

騎士(一人で鍛錬を積む姫様が私の特訓程度で音を上げるとは思えないけれど、一度やってみよう)

―翌日 中庭―

ポニー「……」モシャモシャ

姫「やー! やー!!」ブンブン

衛兵(今日の姫様、鬼気迫る表情だな。昨日、あのアマにひでえこと言われて自分を追い込んでる。おいたわしい……)

姫「ふー。素振り23回、おわり!」

衛兵(あんなに自分を痛めつけて……くくぅ……)

騎士「すみません」

衛兵「あぁ!?」

騎士「ひっ」ビクッ

衛兵「よくここにこれたなぁ。その根性だけは認めてやるよ」

騎士「通してもらいます」

衛兵「そりゃ、墓標に刻む言葉かぁ?」

騎士「そ、そういうことでは……なくて……」

衛兵「ならなんだってんだぁぁ!!!」

騎士「ひぐっ……ごめんなさい……でなおします……」

衛兵「二度とこの聖域に足を踏み入れるんじゃねえよ!!」

騎士(やはり、田舎に帰るしか……)

姫「どうしたの?」

衛兵「なんでもありません。姫様はどうぞ、お気の済むまで特訓を続けてください」

姫「あー!」テテテッ

騎士「姫様?」

姫「またきてくれたんだ!」

騎士「……」

衛兵「姫様、この者に近づかない方がよろしいかと」

姫「静かにして」

衛兵「申し訳ありません!!!」

姫「時間はある?」

騎士「はい」

姫「よかったぁ。こっちにきて。話したいことがあるの」

騎士(なんだ……。まさか、不敬罪で死刑を言い渡される……!?)ガクガク

ポニー「……」モシャモシャ

姫「この子はユニコーンっていうの。カッコいいでしょ?」

騎士「姫様が乗馬するに相応しい馬の名かと」

姫「ありがとう。角があればよかったんだけど」

騎士「あの、私にお話とは」

姫「……」

騎士「……」

騎士(やはり、昨日のこと……。覚悟を決めよう。一国の姫を傷つけてしまった罪は重いのだから……)

姫「ごめんなさい!」

騎士「は?」

姫「……怒ってるんだよね?」

騎士「え? はい?」

姫「私が、軽々しく騎士になりたい、なんて言ったから……」

騎士「えと……」

姫「あなたはきっと人に自慢できる程度の努力なんかで騎士にはなっていないはずなのに、私、簡単に騎士になりたいなんて、言って……。だから、あなたは気を悪くしたんだよね。ごめんなさい」

騎士「と、とんでもありません! 私は……!」

姫「あなたに無理だって言われて、ようやく分かったの。この程度の鍛錬では全く足りないんだって」

姫「だからね、これから毎日素振りをする回数を増やしていくことにしたの。今日は3回増やしたから、明日は更に3回ぐらい増やそうと思うんだけど」

騎士(まさか、姫様が気に病んでいたなんて……。叱責を受けるどころか罰を与えるものだと思っていた私が情けない)

姫「まだ、足りない? 5回ぐらいにしたほうがいい?」

騎士(こんなにも真剣……こんなにも真っ直ぐに……姫様は私を向き合ってくれている……)

騎士(私も正面から向き合わなくては。もうこれ以上、不敬を重ねるわけにはいかない)

騎士「……姫様。正直に言いますと、それでは、全くと言っていいほど、足りません」

姫「え……」

騎士「そのような児戯にも等しい行為を鍛錬を呼称するなど、片腹痛いです」

姫「……」プルプル

騎士「児戯を何万回繰り返したところで意味などありません。ただの徒労です」

姫「うぅ……」プルプル

騎士(しまった……!!! 泣く……!?)

騎士「で、でも、あれですよ、流石にその、何十万回ってやれば、えっと、騎士になれたりするかも、しれませんよ? たぶん、きっと」オロオロ

姫「ほんとぉ……?」

騎士「ええと……あはは……」

姫「うそなんだ……」

騎士「え!? いや! そんな! 嘘なんて……!!」

姫「うぅぅ……」

騎士「あぁぁ!!」

ポニー「……」モシャモシャ

姫「ふんっ」キリッ

騎士(涙をこらえた……?)

姫「教えてください」

騎士「は、はい?」

姫「かっこいい騎士には、どうやったらなれるのか、教えてくださいっ」

騎士「姫様……しかしですね……」

姫「わたし、あなたみたいな美人でかっこいい騎士になりたいのっ!」

騎士「……わかりました。そこまでおっしゃるのなら」

姫「お願いします!」

騎士「はい。でも、今から教えるのはあくまでも私が積んできた鍛錬です。これで私は運よく騎士になれましたが、姫様が騎士になれるかどうかは分かりません」

騎士「同じ方法で騎士になれるのなら、どんな人でも騎士になることができるのですから」

姫「わかりましたっ」

騎士「まず、私たちは女です。男にはどうしても筋力で負けてしまいます」

姫「それでよく女の兵士は襲われやすいってきいたことあるっ」

騎士「そうですね。誠に遺憾ですが、それは認めなくてはなりません。純粋な力比べでは押し負けてしまうのです」

姫「やっぱり男の人に捕まると、色々されちゃうの?」

騎士「敵兵に捕まった場合、尋問、拷問は覚悟しておいたほうがいいでしょうね」

姫「うんっ。わかりましたっ」

騎士「ですが、捕まらないように鍛えればいいだけの話です」

姫「そうだね!」

騎士「早速、始めましょう」

姫「素振りからですか?」

騎士「ええ。ただし、そのように軽い木の棒などではなく、こちらの訓練で用いる木で作った剣を持っていただきます」

姫「はいっ!」グッ

姫「お……? おぉ……?」ググッ

騎士「どうしました? 早く、構えて素振りをしてください」

姫「お、おも……ぃ……」

騎士「本物の剣はもっと重いですよ」

姫「う……ぐぅ……」ググッ

騎士「……」

姫「ふぅぅぅ!!!」ググググッ

姫「ふんっ」キリッ

騎士「全然、持ち上がってませんよ」

姫「さ、最初からこんなの無理だよぉ。もうちょっと軽いのはないの?」

騎士「ありません。それが最も軽い練習用の武具です」

姫「そんな……」

騎士(これで諦めてくれるのなら話は早いですね)

姫「ふっ……!! ぬぅぅ……!! うぅぅぅ!!」ググググッ

騎士「……」

姫「はぁ……はぁ……。ふっ!」

騎士(姫様、いつまでその持ち上がることのない木の剣を持ち上げようとするのですか)

騎士(貴方の細い腕では何度やろうとも一振りすらできないというのに)

姫「うおー!」

騎士「……!?」ビクッ

衛兵「なんだ!? 姫様!! どうかされましたか!?」

騎士「な、なんでもありません!!」

姫「うおー!!!」

衛兵「き、きさま!! 姫様をどうした!? 何故、姫様が奇声をあげているんだ!!」

騎士「いや、これは……!」

衛兵「また姫様によからぬことを……!! であえー!!! 姫様を狂わす女騎士を捕えるんだー!!」

「「おぉぉ!!!」」

騎士「まずい! ひ、姫様!! 今日はここまでにしましょう!! その剣は姫様にお預けいたしますので、自由にお使いください!!」ダダダッ

姫「え!? まってー!!」

―宿舎―

隊長「へえ。姫様って見かけによらず逞しいんだな」

騎士「ええ。諦める気配は微塵も感じられませんでした」

隊長「もしかしたら、騎士になれるのかもな。そうなると姫騎士の誕生か。そりゃあいい。現場の兵士たちも士気が上がるってもんだ」

騎士「やめてください。私は姫様に諦めてもらわなければ困るんです」

隊長「冗談だ。けど、諦めなかったらどうするよ」

騎士「諦めてもらうんです。絶対に。それが陛下の望みなのですから」

隊長「ま、そうだな。じゃないと、下手すら騎士隊から外されちまうことになるかもしれないしな」

騎士「はい。私だって、命をかけています」

隊長「わけえやつが命なんてかけんなよ。命かけていいのは、先が短いおっさんからだ。順番は守ってほしいね」

騎士「けど、時間の問題だとは思います。姫様だって、あの木の剣を振れないのでは先に進めませんし」

隊長「お前は最初から振ってたのか、あんな大人用のもんをよぉ」

騎士「やっていたから、ここにいるんです」

隊長「最初は何回振ってたんだ?」

騎士「……1回だけ」

隊長「……」

騎士「それが限界だったんですぅ!!」

隊長「何もいってねえだろ」

騎士「すみません」

隊長「けど、本当に同じことをさせるんだな」

騎士「ええ。そこで理不尽なこと、つまりは私ができなかったことを押し付けようとは思いません」

騎士「私が実践してきたことだけを姫様にはやっていただきます」

隊長「万が一、姫様が耐えきったときは、姫騎士ってことか」

騎士「そのときは、その時考えます」

隊長「しっかりな、女性騎士の先輩としても、女の先輩としても」

騎士「どういう意味ですか」

隊長「なんでもねえよ。んじゃ、おつかれー」

騎士「あ、すみません。明日の任務は?」

隊長「ん? 何も聞かされてねえのか? お前は当分、騎士隊とは別行動だよ。姫様の教育係っていう重大な任務があるからな」

騎士「な……」

―翌日 中庭―

衛兵「……」

騎士「お、お疲れ様です」

衛兵「……」

騎士(無視されるのも致し方ない。昨日、逃げてしまったわけだし)

騎士「姫様は……」

姫「あー!」テテテッ

騎士「どうも、姫様」

姫「こんにちはっ」

騎士「今日もしますか」

姫「もちろん!」

騎士「それでは木の剣を振ってください」

姫「はいっ!」

姫「ふんっ」キリッ

騎士「凛々しい顔をしても全く持ち上がっていませんよ」

姫「うおー!!!」

騎士「ひ、姫様!」

姫「なに?」

騎士「そういう姫君らしからぬ奇声はやめてください。衛兵の方がまた……」

衛兵「……」

騎士(あれ? 無反応……)

姫「こうしないと気合が入らないんだけど、ダメなの?」

騎士「あ、いえ。構いません」

姫「うん! じゃなくて、はいっ」

姫「うおー!! ぬおー!!」

騎士「……」チラッ

衛兵「……」

騎士(昨日とは態度が違うなぁ。あの後、何かあったんだろうか)

姫「がおー!!!」

騎士(しかし、姫様の鍛錬を見ているだけでのお仕事なんて……。これが騎士としての務めなのか……)

姫「分かった!」

騎士「何がですか」

姫「下の方を持つから重いんだ。もうちょっと上のほうを持てば……」グッ

姫「んひぃ……! も、ちあがった……ぁ……」フラフラ

騎士「あぁ、姫様、気を付けてください」

姫「おぉぉ……ひぃ……」フラフラ

騎士「あぁぁ……ぁぁ……」オロオロ

衛兵「……」

姫「ほぉぉ……」

騎士「ひ、ひめさま……慎重に……その、構えるときは、慎重に……でないと倒れてしまいますので……」

姫「えーい!!!」グンッ

姫「あ」フラッ

衛兵「姫様を支えろ!!!」

騎士「はいっ!!」ギュッ

姫「あ、ありがとう」

衛兵「ったく」

騎士「すみません! 姫様は無事です!!」

衛兵「……」

騎士(こちらのことを常に気にかけてはいるのか。監視はされて当たりまえか)

姫「このまま支えててくれるの?」

騎士「え? いえ、そういうわけには」

衛兵(姫様に怪我をさせたら、ぶっ殺してやる)

(八つ裂きにしてやるぜ)

(嫁にいけなくしてやるぜ)

(俺の嫁になってもらおうかな)

騎士「……!」ゾクッ

騎士(この悪寒は……気の所為ではない……)

姫「どうかしたの?」

騎士「いえ。なんでもありません。支えていますので、振ってみてください」

姫「はいっ! やー! やー!!」ブンブンッ

姫「つかれた」

騎士「まだ三回も振っていませんよ」

姫「だって重いんだもん」

騎士「では、騎士にはなれませんね」

姫「それは、やだ」

騎士「なぜ、疲れると思いますか」

姫「重いから」

騎士「違います。腕だけで振っているからです。いいですか? 剣を振るときは全身を使うんです。腰も肩も足も全て使わなくてはいけません」

騎士「全身を使えばそれほどすぐには疲れません」

姫「腰かぁ」クイックイッ

騎士「いや、腰を振るのではなくて」

姫「わかんないです」

騎士「まず、こう姿勢を……」グイッ

姫「くすぐったいぃ」

騎士「我慢してください」

―夕方―

姫「こうだ!!」ブンッ

騎士「おぉ。今のは様になっていましたね」

姫「ほんと!?」

騎士「ええ。見事です」

姫「ありがとうございます! せんせー!」

騎士「先生?」

姫「私のせんせー」

騎士「違います。別にそういうわけでは……」

姫「でも、お仕事しないで私に教えてくれてるし……」

騎士「いや、これが仕事なので」

姫「だったら、せんせーだよね?」

騎士「うぅん……そうなるのか……いや、でも……しかし……現状は誰が見ても……」

騎士「明日は私にも任務があるので来ることはできな――」

姫「すぅ……すぅ……」

騎士「そんなにすぐ眠りに落ちるか……?」

姫「すぅ……」

騎士「よっと」ギュッ

姫「すぅ……すぅ……」

騎士(疲れたのでしょうね。気づけばもう夕刻。姫様の体力から言って限界だったか)

騎士(部屋まで運ぼう)

衛兵「……」

騎士「失礼します……」

衛兵「お前は姫様を騎士にさせるつもりなのか」

騎士「違います」

衛兵「だったら、もう姫様には近づくな。それが一番だ」

騎士「そういうわけにもいきません」

衛兵「陛下からの任務ってやつか」

騎士「はい」

衛兵「どちらにせよ、姫様を悲しませたら、どうなるかわかってるだろうな」

―姫の自室―

騎士「これでよし、と」

姫「すぅ……すぅ……」

騎士「良い寝顔……。相当疲れたみたいだ」

騎士(姫様の護衛任務についている衛兵の皆さんは、本気で言っていたな)

騎士(悲しませれば、どうなるか……)

騎士(怪我をさせたり、危ない目に遭わせたりではなく、悲しませるというのが肝だ)

騎士(私が陛下から言い渡された任務を知られたらまず間違いなく、姫様は傷つく)

騎士(衛兵の方は露呈を危惧して、近づくなと言ったのだろうか)

騎士「確かに私が近づかなければ、幼いときの儚い夢で終わるかもしれない」

姫「すぅ……」

騎士「……」

騎士(一度、陛下に提案してみよう)

姫「うぅん……」

騎士(姫様、おやすみなさい)

―謁見の間―

王「つまり、あえて関わらないようにするということか」

騎士「はい。私が指導すればするほど、姫様は却って希望を抱き、騎士になる道を突き進むことになるでしょう」

騎士「ですが、私との関わり合いを失くせば、今以上に進展することはありません」

王「ふむ。そうだな。騎士本人に厳しさを教われば、自ずと諦観してくれると考えておったが、むしろ憧憬を強くさせる危険性もあったか」

騎士「なので、これ以上の接触は回避したほうがいいかと思います」

王「お前がそういうのなら、それで良い」

騎士「若輩である私の提案を受け入れて頂き、感謝いたします」

王「気にするな。娘が騎士になる夢を改めてくれるのなら手段は選ばん」

騎士「そこで、あの、私の任を解いていただけるとありがたいのですが」

王「すまないな。騎士としての本分を全うしたいと願うのは当然か」

騎士「いえ、姫様と直接触れ合えたことは、何よりの誉れです」

王「繕う必要はない。無理を言ったな。明日からは本来の任務に就いて欲しい」

騎士「はっ。この身は、本国と陛下のために」

王「期待しておるぞ」

―翌日 城門―

隊長「時間か。全員、いるか」

隊員「はっ」

隊長「それじゃあ、そろそろ出発するか」

騎士「隊長!!」

隊長「よぉ、どうした」

騎士「自分の今日からの任務に参加させてください」

隊長「姫様の教育はどうした」

騎士「昨日の夜、任を解かれました」

隊長「そうなのか。その話はまだ届いてなかったな」

騎士「陛下に確認を取っていただければはっきりします」

隊長「ま、お前を疑うつもりはねえよ。こっちも人手が欲しかったぐらいだからな」

騎士「では……」

隊長「お前も、参加しろ。一週間ほどの遠征になるが、覚悟はいいか?」

騎士「勿論です」

―中庭―

姫「……」

ポニー「……」モシャモシャ

姫「……?」

姫「ねえねえ」

衛兵「はっ。なんでしょうか」

姫「せんせーは?」

衛兵「あの者はもう姫様と顔を合わせることはないかと」

姫「どうして?」

衛兵「彼女も騎士隊の一人です。騎士としての任務があるので」

姫「お仕事なんだ」

衛兵「はい」

姫「そっか……。なら、一人でがんばらなきゃ」

衛兵「……」

姫「うおー!!」ググッ

―十日後 城門―

隊員「整列!!」

隊長「全員、お疲れさん。今回、参加した者は二日ほど休暇を与える。しっかり体を休めておけ」

「「はっ」」

隊長「んじゃ、解散」

騎士「ありがとうございました、隊長」

隊長「ん? お礼を言うのは俺の方だ。無理に参加させちまって、悪かったな」

騎士「いえ、自分で望んだことです」

隊長「まぁ、あんな野盗ども俺らの敵じゃなかったな。はっはっは」

騎士「賊に後れを取るわけにはいきませんから」

隊長「また、すぐに遠征することになるかもしれんから、お前も休んでおけよ」

騎士「最近、被害が広がっているのですか」

隊長「勢力を伸ばしているみたいだな」

騎士「由々しき事態ですね。これ以上の犠牲者を出さないためにも、私が剣を振るわなければ」

隊長「気合はいってんなぁ。肩の力抜けよ。ただでさえ、肩が凝りそうなもんを二つも胸に抱えてんだからよぉ」

騎士「どういう意味ですか?」

隊長「いや。なんでもねえ。さー、風呂入って酒飲んで、寝るかぁ」

騎士「……?」

騎士(私も、今日は寝ようか。まだ日は高いけれど、疲労が溜まっているのは確かだし)

騎士(鎧を脱ぐことも重要な任務だと、父は言っていたな)

姫「あー!」

騎士「え?」

姫「おかえりー」テテテッ

騎士(姫様……!)

姫「せんせー、時間ありますか?」

騎士「姫様」

姫「はいっ」

騎士「私は姫様と話せる身分ではありません。もう関わらない方がよろしいかと思います」

姫「……」

騎士「失礼いたします」

―城内 廊下―

騎士「……」

姫「……」テテテッ

騎士「……っ」

姫「……」テテテッ

騎士「姫様」

姫「はいっ」

騎士「私は今から宿舎に戻るので、ついてこられても困ります」

姫「……」

騎士「姫様も自室にお戻りください」

姫「……」

騎士「では」

姫「……」テテテッ

「おい、見ろよ。姫様につけられてるぞ」

「よほど気に入られてるんだな、あいつ」

―宿舎―

騎士「……」

姫「……」テテテッ

隊長「よぉ、後ろから王族がついてきてるぞ」

騎士「分かっています」

隊長「どうにかしたほうがいいんじゃねえか。ここは王族が入るにはちょっとばかし汚れてるぞ。お召し物におかしなシミがついちまうかもしれん」

騎士「そうですね」

騎士「――姫様っ」

姫「はいっ」

騎士「お帰りください」

姫「……」

騎士「もう貴方に教えることは何もありません」

姫「……」

騎士「わかりましたか?」

姫「えっと……ダメ……なの……?」

騎士「ええ。ダメです。お帰りください」

姫「……もう、なにも教えてくれないの?」

騎士「はい」

姫「うぅ……」

騎士(泣く……!? い、いや、心を鬼にしなければ……!!)

騎士「泣いても無駄です。お帰りください」

姫「うぅぅ……ぅ……」プルプル

騎士「くっ……!」

騎士(心が痛すぎる……いっそのこと、誰か私を殺してくれ……!)

隊長「どうするだよぉ。王族の姫君を泣かせると、あとがこええぞぉ」

騎士「隊長は黙っていてください!」

姫「うぅぅ……ん……」

姫「ふんっ」キリッ

騎士「姫様?」

姫「せんせーに見てほしいことがありますっ。だから、少しだけ時間をくださいっ」

騎士「見てほしいこと?」

姫「はいっ」

騎士「ですが……」

姫「おねがいっ」

騎士「うぅん……」

隊長「ここまで言ってんだし、見てやれば?」

騎士「だから、隊長は……」

姫「うぅ……みてくれるだけで……いいからぁ……」プルプル

騎士「わ、分かりました。見るだけなら」

姫「わぁ……! せんせー、ありがとー!」

騎士「で、何を見ればいいのですか」

姫「中庭に来て、中庭」グイッ

騎士「あぁ、ちょっと」

隊長「しっかりなぁ」

騎士「他人事だと思って……!」

―中庭―

姫「こっち、こっち」グイッ

騎士「姫様。そんなに引っ張らなくても……」

騎士(ん? 姫様って、こんなに腕力があっただろうか……?)

姫「ユニコーン!!」

ポニー「……」トコトコ

姫「ありがとう」

騎士「あぁ、ユニコーンに木の剣を乗せているのですか」

姫「うん。まだ持ち運べないし」

騎士「それで、その剣がなにか?」

姫「見ててください!」

騎士「はい?」

姫「ふんっ!」グググッ

騎士(構えた!?)

姫「い、いき、ましゅ……」プルプル

騎士「まさか……」

姫「んひぃ!」ブンッ!!!

騎士(振った……)

姫「ぅひぃ!」ブンッ!!!

騎士「……!」

姫「んあぁー!!!」ブンッ

騎士「おぉぉ」

姫「はぁ……はぁ……はぁ……」

騎士「私が遠征に行っていた間にずっと振っていたのですか?」

姫「うん。な、なんとか、3回は振れるようになりました」

騎士「姫様! 手を見せてください!!」ギュッ

姫「え?」

騎士「やはり……こんなにも肉刺が……。潰れているものもある……」

姫「あんまりみないで……はずかしい……」モジモジ

騎士「何故、こんなになるまで……」

姫「これぐらいのことをしないと、貴方みたいな騎士になれないんでしょ?」

騎士「姫様……」

姫「手も全然痛くないよっ」

騎士(そんなわけ……)

姫「せんせーにはお仕事もあるから、毎日教えてほしいとは言えないけど、でも……」

姫「私、毎日がんばりますから、暇なときは教えてくださいっ」

騎士「ぐっ……ですが……その……」

姫「おねがいしますっ!! 私、せんせーからいわれたことなら、なんでもしますっ!!」

騎士「ぐぐっ……」

騎士(感情に流されるな……!! 私は陛下に仕える騎士だ。陛下から言われたことは、姫様の騎士になるのを断念させることだ……!!)

騎士(陛下を裏切れはしない!!)

騎士「姫様、ま、まことに、残念ではあり、ますが……」

姫「……」

衛兵「……すぞ……やろう……」

騎士「……!!」ビクッ

訂正

>>44
騎士(感情に流されるな……!! 私は陛下に仕える騎士だ。陛下から言われたことは、姫様の騎士になるのを断念させることだ……!!)

騎士(感情に流されるな……!! 私は陛下に仕える騎士だ。陛下から言われたことは、姫様の騎士になる夢を断念させることだ……!!)

衛兵「ぶっ……す……」

騎士「な、なにか、言いたいことでもあるのですか、貴方達」

衛兵「姫様、がんばってんじゃねえかよ……えぇ……」

「十日間も、休まず、毎日毎日、重たい木の剣をずっと、ずっと、握ってたんだぞ……」

「俺たちが止めても……せんせーに認められたいからっていって……健気によぉ……毎日握ってたんだよぉ……なのによぉ……」

騎士(し、しまった……!! いつの間にか囲まれている……!?)

衛兵「手だってさぁ、痛いはずなんだよなぁ……姫様は気丈に振る舞ってよぉ……えぇ……泣かせるじゃねえか……」

「俺は泣いたね」

騎士「だ、だから、なんだというのですか!!」

衛兵「お前にはよぉ、血も涙もないのかよぉ」

「こんな姫様を見ても、お前は逃げるのかよぉ」

「ざけんなよ、クソアマぁ。マジでぶっころすか」

衛兵「その立派な女の体をよぉ、有効に使ってやろうかぁ。あぁ?」

騎士「ぶ、無礼ですよ!! あと侮辱ですよ!! 侮辱!!」

衛兵「お前のほうがよっぽど無礼なんだよなぁ……」

騎士「ひぃぃ……」

衛兵「どうするんだよ……姫様……涙目になってんじゃねえかよぉ……」

騎士「やめて……近づかないで……」

「おい、どうするかはっきりしろよぉ」

「俺たちに殺されるか、姫様のせんせーになるのかよぉ」

騎士「だ、だいたい、近づくなと言ったのは、あなたですよ!」

衛兵「あぁ、そうだよ。言ったよ。姫様を悲しませることになるなら、てめえは近づかない方がいいと思ったからよぉ」

騎士「だから、私は――」

衛兵「いやいやいや。姫様が悲しんでるじゃねえか。だったら、お前、考えを変えろよ」

騎士「はぁ!?」

衛兵「陛下が諦めさせようとしていることは死ぬ気で隠し、姫様の指導をしてやればいいだけだろうが。あぁ?」

騎士「め、めちゃくちゃですよぉ……」

衛兵「やるのか、やらねえのか」

姫「やめてぇ! せんせーをいじめないで!!」

騎士「ひ、ひめさまぁ」

姫「あっちいって!!」

衛兵「はっ!! 差し出がましい真似をしてしまい、申し訳ありませんでした!!!」

「「すみませんでした!!!」」

姫「もう、大丈夫だよ」

騎士「た、助かりました」

姫「ごめんなさい。せんせー」

騎士「はい?」

姫「私の我儘だもんね。無理をいって、ごめんなさい」

騎士「姫様……いや……そんな……」

姫「私は私のやり方で、騎士を目指します。色々、教えてくれてありがとうございますっ」

騎士「……」

姫「でも、これからもせんせーに憧れていてもいいですか?」

騎士「なっ……!?」

姫「ダメ……ですか……?」

騎士(私は……陛下とこの国に忠誠を誓い……騎士になったわけで……このまま姫様を指導しては……陛下を裏切ることになるかもしれないわけで……!!)

姫「せんせー?」

騎士(いや、まて……このまま無茶な特訓を課せば姫様だって……耐えきれずに……)


騎士『では、準備運動から始めます。まずは城の周りを50周!!」

姫『はい!!!』ダダダッ

騎士『次ぃ!! 素振り1000回!!」

姫『はい!!!』ブンッブンッブンッ

騎士『中々やるではないですか。姫様』

姫『騎士になるためなら、いくらでもついていきます!』

騎士『頼もしい。必ず、立派な騎士になれるでしょう』

姫『ありがとうございます!!』


騎士(ダメだ!!! 姫様がご立派に騎士としてご活躍する未来しか浮かんでこない!!!)

騎士(こんなにも熱心な姫様が、多少苦しい特訓を課したところで膝を折るわけがない……!!)

騎士(特訓を続ければ、それだけ騎士として戦場を駆ける日が近づいていくだけではないか……!!)

姫「せんせー? すごい汗だよ?」

騎士(かといって、無視をしたら……)

衛兵「……」

騎士(姫様の護衛たちに何をされるか分からない……!!)

騎士(はっ……!! そうだ……もうこれしか……!!)

騎士「姫様」

姫「はいっ」

騎士「あくまでも騎士になることを願いますか」

姫「うんっ!」

騎士「女の身で騎士となれば、当然捕虜になったとき、辛い拷問が待っています」

騎士「騎士としての、いえ、女としての尊厳を壊されてしまうかもしれません」

姫「どんなことされるの?」

騎士「そんなの勿論……」

騎士「……」

騎士(そんなの勿論、言えるわけない!! 私のバカ!!)

姫「ねーねー? どんなことされちゃうの?」

騎士「それは……あのですね……」

姫「うんうん」

騎士「一週間ご飯抜きとか、そんな感じです」

姫「そうなんだ……」

騎士「辛いでしょう?」

姫「服を脱がされて、乱暴なことされたりはしないの?」

騎士「ひめさまぁ!?」

姫「え? なになに?」

騎士「姫様が考えているようなことは、何一つ、起こり得ません。都市伝説です」

姫「そ、そうなの?」

騎士「そんな話、誰から聞いたのですか」

姫「あの人たち」

騎士「……!」キッ

衛兵「晩飯、どうする?」

「そうだなぁ。なににしようかなぁ」

騎士「そこに直れ!!! 下郎ども!!」

衛兵「……」

「「……」」

騎士「お前たちは年端もいかぬ姫様になんてことを吹聴しているんだ!!! 恥を知れ!!!」

衛兵「俺たちも、姫様に騎士にはなってほしくはなくてさぁ……」

「そういえばあきらめてくれるかなぁって……えへへ……」

騎士「えへへではない!!! ふざけるな!!!」

衛兵「すみません」

騎士「謝って済む問題ではない!!! 姫様が騎士に対して抱いておられる印象を捻じ曲げてしまったんだぞ!!!」

騎士「女の騎士が捕虜になれば、淫猥は行為をされると思い込んでいらっしゃるんだぞ!!! あぁ!! 嘆かわしい!!! これだから男は不潔なんだ!!!」

「そんな不潔って。お前だって、男の一人や二人ぐらいとは付き合ったことあるだろ?」

騎士「黙れ!!! 色恋に割く時間などあるかぁ!!! 不愉快だ!!!」

衛兵「……!!」ビクッ

騎士「貴様たちの行為は万死に値するぞ!!! 分かっているのか!!! いいや!! わかっていない!!! この場でその首を刎ねてやりたい気分だ!!!」

姫「せんせぃ……こわいよぉ……」

騎士「私の権限を持って通告する!!! お前たちは今後、姫様の護衛から外れてもらう!!!」

衛兵「な、なにぃ!?」

「お前にそんな権利があるのかよぉ!!」

騎士「ある!!! 即刻この場から立ち去れ!!!」

衛兵「あの、何卒、穏便に――」

騎士「去れ」

衛兵「はい」

騎士「まぁ……。全く」

姫「せんせー……」

騎士「お恥ずかしいところをお見せしました。申し訳ありません」

姫「ううん。それはいいんだけど」

騎士「陛下のところへ行きましょう」

姫「パパのところに?」

騎士「決めたことがありますので。一緒に来ていただけますか?」

姫「うんっ」 

―謁見の間―

姫「パパー」

王「む? どうしたのだ」

姫「せんせーがね、お話したいって」

王「話?」

騎士「突然の謁見、お許しください」

王「何があったのだ」

騎士「誠に勝手ながら、姫様の護衛をしていた者たちの任を解きました」

王「なんだと?」

騎士「あの者たちは姫様によからぬことを吹き込んでいたです」

王「よからぬこと? 一体、なんだ」

騎士「それは……それは……。言えません」

王「なぜだ? 言ってくれなければ、事実確認ができないではないか」

騎士「言えないのです!!!」

王「お、おぉ、そこまでなのか……。うぅむ……」

騎士「身勝手なことをした責任をとります。姫様の護衛任務、私に任せてはもらえませんでしょうか」

姫「え?」

王「しかしだな、娘の護衛につくということは、城の外へは殆ど出られないということだぞ」

騎士「構いません。姫様の御傍にいることができるのなら」

姫「えっと……せんせー……ずっと一緒にいてくれるの……?」

騎士「はい」

姫「朝から、晩まで?」

騎士「ええ」

姫「えっと、えっと、ごはんも一緒?」

騎士「そうですね。許可さえいただければ、ご一緒にいただきます」

姫「寝るときは? お風呂は?」

騎士「お許しがいただけるのでしたら、ご一緒いたします」

姫「わぁぁ……。せんせー!! だーいすきー!!」ギュゥゥ

騎士「陛下。どうか、お許しを」

王「ここで不許可しようものなら、娘が一生口をきいてくれなくなるだろうなぁ。……お前に一任しよう」

姫「せんせー」ギュゥゥ

騎士「この身は、本国と陛下のために」

王「して、あの件は……?」

騎士「問題ありません」

王「ならばよい」

姫「あの件ってなに?」

騎士「気にしないでください」

姫「うんっ! しないっ!」スリスリ

騎士「それでは」

王「娘をよろしく頼む」

騎士「はっ」

姫「パパー、バイバーイ」

王「またあとでなー」

姫「せんせー、これからなにするのー?」

騎士「隊長に事情を話そうと思います」

―宿舎―

騎士「ただいま戻りました」

隊長「おぉ。って、王族も一緒かよ」

姫「こんにちはー」

隊長「どうも、姫様」

騎士「隊長、明日より自分は姫様の護衛任務に就くことになりました」

隊長「護衛って……。近衛兵になるってのか」

騎士「はい」

隊長「騎士の仕事には含まれていないはずだがな」

騎士「陛下にも許可を頂きました」

隊長「姫様、ちょっとこいつを借りますね」

姫「すぐに返してくれる?」

隊長「そりゃあ、もう、約束します」

姫「なら、お貸しますっ」

隊長「ありがとうございます。……こっちこい」

隊長「――なるほどね。いなくなった衛兵の代わりってことか」

騎士「あんな下種たちには任せておけません」

隊長「かっかすんなよ。気持ちは分かるがな」

騎士「男は不埒です」

隊長「はいはい。しかし、お前が四六時中傍にいるってなると、姫様は騎士に近づいていくことになるんじゃねえのか」

騎士「……」

隊長「陛下の望みとは真逆だよなぁ。それはいいのかい」

騎士「なるように、なります」

隊長「要するに勢いで言っちまったんだな」

騎士「だって! あんな兵を姫様の近くに置いておくわけにはいきませんし!!」

隊長「そいつらには然るべき処分を言い渡す。それでいいだろ」

騎士「お願いします」

隊長「ま、何か困ったことがあれば相談してくれ。長く生きてる分、助言できることもあるだろうからな」

騎士「隊長……すみません……」

隊長「何を頭さげることがあるんだ。しっかりな」

姫「終わったの?」

隊長「ええ、お返しします」

姫「せんせー」ギュゥゥ

騎士「それでは荷物をまとめてきます」

隊長「おう。寂しくなるな」

騎士「この城を離れるわけではありません」

隊長「でも、顔を合わせる機会は減るだろ」

騎士「……」

隊長「迷うなら、辞めちまえ」

騎士「とんでもありません。半端な覚悟で護衛を願い出たつもりはないですから」

隊長「それでいい」

姫「せんせー?」

騎士「姫様はここで待っていてください」

姫「ついてくっ」

騎士「いや、荷物をまとめるだけですので……」

―騎士の自室―

姫「せんせーのお部屋だー」キャッキャッ

騎士「散らかっていて、お恥ずかしいのですが」

姫「えー? 全然、散らかってないよ?」

騎士「そう言っていただけるとありがたいです」

姫「どれもっていくの?」

騎士「そうですね……。服を数着と……それから読みかけの本を……」

姫「私が持ってもいい?」

騎士「え? いえいえ。姫様に持ってもらうことは……」

姫「持たせてくださいっ」

騎士「いけません、姫様」

姫「もちたいっ」

騎士「私にも立場があるのですが」

姫「せんせーのお手伝い……したいんです……」

騎士(姫様……何故、巧みに罪悪感を抱かせようとするのですか……!! 卑怯です……!!)

―廊下―

姫「えへへ」

騎士「はぁ……」

騎士(結局、持ってもらった……。陛下に仕える騎士として恥ずべき行いだ……)

姫「せんせーって本読むの好きなの?」

騎士「はい。書物から得られることはとても多くありますので」

姫「そうなんだ。それじゃあ、私も本をたくさん読んだほうがいい?」

騎士「読まれた方が将来、役に立つかと思います」

姫「よーしっ。今日からいっぱい読む!」

騎士「いい心がけです」

姫「たくさん読んだら、せんせーみたいな騎士になれる? これ、読めばせんせーに近づける?」

騎士「うっ……」

騎士(姫様は私の真似をすることで騎士になれると信じておられるのか……)

姫「せんせーの本、ちょっとむずかしいから、絵本からでもいいですか?」

騎士(くっ……ダメだ……応援したくなる……だが……騎士を目指すことは思い留まってもらわなければ……!!)

―姫の自室―

姫「せんせー、どうぞ」

騎士「失礼します」

姫「本、読みます!」

騎士「ど、どうぞ」

姫「ふんっ」キリッ

騎士(本当に絵本を読むのか)

姫「ふんっ、ふんっ」

騎士(さて、私も夕食の時間まで読書をしようか)

姫「せんせー」

騎士「はい?」

姫「読んだことがある絵本はダメですか?」

騎士「いえ、そんなことは。私も一度読み終えた本を再度読むことはあります」

姫「そうなんだ! よーし! ふんっ、ふんっ」

騎士(よく見たらあの絵本、痛みが結構あるな。かなり読み返されているのだろうか?)

姫「ふんっ、ふんっ」

騎士(やはり、何度も読まれているな。破けているページもあるぐらいだ)

騎士「姫様、その絵本は何回ぐらい読んだのですか?」

姫「んー? わかんない。いっぱい読んだから」

騎士「大変、気に入っているのですね。どういったお話なのですか」

姫「綺麗なお姫様が悪い魔女を倒すお話っ」

騎士「へえ……」

騎士(って、もしや、姫様が騎士に拘る理由は……)

姫「みて、このお姫様、せんせーに似てるでしょ?」

騎士「そ、そうですか? こんなにも煌びやかなドレスはとても似合いませんよ」

姫「そうかなぁ……。馬にのって剣をもってるところなんて、そっくりだけど」

騎士「姫様は、その絵本の姫のようになりたいと思っているのでしょうか」

姫「うんっ。絵本のお姫様みたいになれたらなーって思っていたけど、でも、絵本の世界みたいに都合よくはいかないだろうなーってこともわかってたよ」

騎士(意外と現実的な思考をしていらっしゃる)

姫「そんなときにね、せんせーを見たの。絵本からでてきたみたいにかっこいいお姫様が現実にいたから、私でもなれるかもしれないって思えるようになって、それでユニコーンにのって、棒を振り始めたの」

騎士(私のことをおとぎ話の主人公として見ていたのか)

姫「私、絶対に騎士になるっ。だから、本、読みますっ」

騎士(なら、簡単に挫折するわけがない。姫様にとっての理想の人物が、目の前にいる)

騎士(そして、その人物から手ほどきを受けることができる環境にいる)

騎士(誰だって、大きな希望を抱くに決まっている)

姫「ふんっ、ふんっ」

騎士(たとえ理不尽な特訓であろうとも、今の姫様はやり遂げようとする。いや、完遂するだろう。そんな姫様を見て、応援しないわけにはいかない)

騎士「くっ……」

姫「読み終わったっ! もういっかい、もういっかい!」キャッキャッ

騎士(私の負けだ。陛下、申し訳ありません。姫様は私をも超える、超一流の騎士になられてしまうことでしょう)

姫「ふんっ、ふんっ」

騎士(覚悟を決めるしかないか。考えてみれば、姫様と共に戦場を駆けるのも悪くは……)

姫「やっぱり騎士ってかっこいいね。どんなに強くて悪いやつも倒しちゃうんだもん」

騎士「……」

騎士(そうか。姫様が持つ騎士の印象は、絵本のお姫様のように悪者を倒し、世界を救うといった超人的な勇者のそれに近い。ならば厳しい鍛錬などを突きつけるのではなく……)

騎士「姫様」

姫「はいっ」

騎士「普段、『騎士』が何をしているのかご存知でしょうか」

姫「え? んー? 特訓とか?」

騎士「ええ。確かに日々の鍛錬を欠かすことはできませんね。しかし、それだけではありません」

姫「悪い奴をやっつける!」

騎士「それも正解です。任務には遠方へ赴き、賊の討伐などがありますから」

姫「おぉー! 今までいなかったのも悪者やっつけてたからでしょ?」

騎士「そうですね。最近、大規模な野盗集団が町村などを襲っているらしいので、討伐任務が増えてきています」

姫「かっこいいー。私もそういうのしたいですっ」

騎士「ですが!! そんな任務はほんの一部でしかありません」

姫「どういうこと?」

騎士「明日、私と共に『騎士』の一日を体験してみますか?」

姫「いいの!? わーいっ。やった、やった。あ、よろしくお願いします、せんせー」

騎士(姫様。現実とは残酷なのですよ。『騎士』が常に輝いていると思ったら、大間違いなのです)

―中庭―

王「ふぅー……」

隊長「国王陛下。こんな夜分に何をしているのですか。夜風は体に毒ですよ」

王「心配ない。煙草の煙のほうが猛毒だ」

隊長「いつまでそんな安物に火を付けているんですか」

王「大金を燃やす趣味はない。いくら国王でもな」

隊長「ご一緒しても?」

王「今更畏まることもない」

隊長「それじゃ、失礼して」

王「して、どうだったのだ」

隊長「ええ。うちの部下の言っていた通りです。姫様の護衛任務にあたっていた衛兵5名全員、クロ。姫様にあることないこと吹き込んでいたようですよ」

王「そうか……」

隊長「奴らにとって、姫様は偶像みたいなもんだったし、騎士にさせたくない気持ちは、ある意味陛下よりも強かったようですね。やり方を間違えちまったわけですが」

王「関わった者たちを、明日にでも私の前に連れてきてくれ」

隊長「御意」

王「すまんな。くだらぬことを頼んで」

隊長「気にしないでください。この身は、本国と陛下のために」

王「お前には似合わぬ台詞だ」

隊長「陛下も俺の部下をもう少し信用してくれませんかね」

王「此度の騒動は娘に取り入った結果、ではないのか?」

隊長「いやぁ。あいつは何も考えてませんよ」

王「尚更、保険は必要になる」

隊長「ま、失敗しないとは言えませんがね」

王「我が娘は、妻によく似て強情だ。ミイラ取りがミイラになることも十分にありえる」

王「そんな強情さが妻の魅力ではあったがな」

隊長(陛下にとっては、まだまだ過去のことではないよなぁ)

姫「パパー! ごはんはー!?」

王「おー! 一緒にたべようではないかー!!」

姫「せんせーも一緒でいいー!?」

王「よいぞー!!」

―食事室―

王「ほう。明日は騎士の一日を体験するのか」

姫「うんっ。せんせーがしたほうがいいって」

騎士「陛下、よろしいでしょうか」

王「構わぬ。一任したのだから、好きにしてくれ」

騎士「はっ!」

王「それはそうと、手が止まっておるぞ。口に合わぬか」

騎士「決してそのようなことは!」

王「遠慮するでない」

姫「たべて、せんせっ」

騎士「はい。いただきます」

騎士(こんなにも豪華な料理を、私なんかが口にしていいのだろうか)

騎士「はむっ」

姫「せんせー、おいしい?」

騎士「はいっ! とっても!」

姫「ごちそうさまでしたっ」

騎士「身に余るご厚意、なんと言えばいいか……」

王「娘専属の騎士となった今、遠慮はいらぬ。お前も王族みたいなものだ」

騎士「と、とんでもありません!! 私はただの騎士に過ぎません。それに元は平民です。こうして同じ場所で食を共にすることも憚られる身分」

王「真面目だな。噂通りだ」

騎士「も、申し訳ありません」

姫「でもでも、せんせーは私のせんせーなんだし、気にすることないよっ」

騎士「ありがとうございます、姫様。しかし、他の者の目もありますから」

姫「せんせーの悪口いうひとは、私が木の剣で叩いてあげるから、ねっ」

騎士(時折、抱きしめてしまいたくなる)

王「はっはっは。それは恐ろしいなぁ」

姫「パパもせんせーの悪口いったら、叩くからっ」

王「気を付けよう」

姫「これで安心でしょ、せんせー?」

騎士「はい。心強いです」

王「さて、部屋に戻るとするか」

騎士「名誉の食事となりました。陛下」

王「いちいち仰々しいな。はっはっは」

姫「せんせー、お風呂はいろっ」

騎士「ええと……」

王「私の顔色を窺う必要はない。娘の湯浴みも手伝ってくれ」

騎士「はっ」

姫「せんせーとおっふろー!」キャッキャッ

騎士「普段は姫様、御一人で?」

王「いや。給仕が洗っているはずだ」

騎士「それならば私と入浴しないほうがよろしいのでは?」

姫「え……」

騎士「あ!? いえ、その、給仕の役目を奪うことになれば、それはそれで問題があるような気もするので……!!」

姫「せんせーとおふろ……はいりたいです……」

騎士「くっ……! は、入りましょう!! 入りましょうとも!!」

―浴場 更衣室―

姫「せんせー、はやくー!」

騎士「広い……! ここが王族の浴室なのか……! 初めて入った……」

メイド「姫様。お召し物をこちらに」

姫「はぁーい」

騎士「貴方が姫様の給仕を担当しているのですか」

メイド「はい。姫様の食事の用意、入浴時のお手伝い、衣類の洗濯はわたくしの役目です」

騎士「では、先ほどの食事も?」

メイド「いえいえ、作ったのは料理長です。わたくしは運んだだけですから」

騎士「それは分かっています」

姫「ぬいだーっ」

メイド「よくできました。どうぞ、お進みください」

姫「わー」テテテッ

騎士「姫様!! 走ると危ないですよ!! で、では失礼します」

メイド「お待ちになってください。騎士様」

騎士「なんでしょうか」

メイド「……あの、わたくし……姫様の給仕として働き始めて、1年なのですが……」

騎士「は、はぁ」

メイド「なにか……何か……粗相をしてしまったでしょうか……」

騎士「はい?」

メイド「わたくし、解雇なのでしょう……?」

騎士「は?」

メイド「騎士様、何がいけなかったのでしょうか……わたくし……誠心誠意尽くしてきたつもりでしたのに……」

メイド「何故、何故、わたくしが解雇にならねばいけないのでしょうか!?」

メイド「両親はわたくしの仕送りをあてにして生活しているのです!! ここで職を失うわけにはいかないのです!!」

騎士「ま、待ってください。私はただ姫様の護衛であって、給仕になったわけではありませんから」

メイド「ほんとうですの……?」

騎士「これからは何かと顔を合わせることが多くなると思いますが、是非とも仲良くしてください」

メイド「わたくし、騎士様と仲良くなってもよろしいのですか!?」

騎士「姫様に最も近い場所にいるのは、私と貴女だ。手と手を取り合い、協力したほうが建設的ではないでしょうか」

メイド「よかったです……。今までは護衛といえば男性ばかりで近寄り難くて……」

騎士(そもそも女性兵士は圧倒的に少ないし、常駐警護には任命されにくいからな)

メイド「騎士様が女性で助かりますわ」

騎士「私からも姫様のことで助言を頂くことがあるでしょうから、そのときはよろしくお願いいたします」

メイド「そんな! わたくしのほうこそ、騎士様を頼らせてください」

騎士「私でよければ、いつでも頼ってください」

メイド「はいっ」

姫「せんせー、まだー?」

騎士「今いきます! それでは」

メイド「はい。ごゆっくり」

姫「おそいー」

騎士「すみません。では、お背中を流します」

姫「せんせー、おっきいねー」

騎士「そうですか? 騎士としては小柄なほうですよ。男性にはやはり劣ります」

メイド「騎士様なら……」

姫「私もせんせーみたいに大きくなれるかなぁ……」

騎士「すぐになれますよ」

姫「どうやったらなれるの!?」

騎士「規則正しい生活。これに限ります」

姫「はやね、はやおき!」

騎士「そうですね。あとは好き嫌いもせず、出された料理は全て平らげる。しかし、暴飲暴食はいけません」

姫「お菓子はだめですか?」

騎士「決められた間食ならば、問題ありません」

姫「お願いするのはダメですか?」

騎士「お願い?」

姫「朝でもお昼でも夜でも、お願いしたらお菓子くれるんだけど……」

騎士「……誰がくれるのですか?」

姫「さっきのお手伝いさんっ」

騎士「良い情報を聞けましたね……ふふ……」

姫「せんせーの浮くんだね……すっごーい……」

―更衣室―

メイド「……」

騎士「いいですか。姫様の願いだからといって、何でも聞いてしまってはダメです。大体、過剰な摂取は余分な贅肉を腹に巻いてしまうだけです」

メイド「しかし、姫様に上目遣いにお願いされたら……」

騎士「気持ちは痛いほど分かります。ですが、そこは心を鬼にするのです」

メイド「すみません……」

姫「せんせー、また怒ってる」

騎士「今後、姫様を甘やかせる行為を見かけたときは、相応の罰があると考えていてください」

メイド「そんなぁ……減給だけは……」

騎士「いいですね?」

メイド「わかりましたわ……」

騎士「全く。給仕がそんなことでは困ります」

姫「せんせー、その人、何か悪いことしたの?」

騎士「悪いこと、とは強く言えないかもしれませんが」

姫「だったら、怒らないであげて。いつも私のお世話してくれる人だし」

騎士「私は姫様のことを想って……」

姫「おねがいしますっ」

騎士「くっ……。ま、まぁ、今回はこれぐらいでいいでしょう」

メイド「……」

騎士「なにか?」

メイド「姫様には甘いのですね、騎士様」

騎士「だ、黙りなさい!」

メイド「仕方ありませんわね。姫様に厳しくできる人がこの世にいるわけがありませんもの」

騎士「私は、違います」

メイド「同じですわっ」

騎士「違うと言っている!!」

姫「せんせー?」

騎士「うっ……。すみません。部屋にいきましょうか」

姫「はいっ。また明日ねー」

メイド「おやすみなさい、姫様」

―姫の部屋―

姫「ふわぁぁ……」

騎士「姫様。大きく口を開けないでください。はしたないですから」

姫「せんせー、一緒に寝てくれるの?」

騎士「私は用意された部屋に行きます」

姫「一緒がいい」

騎士「我儘を言わないでください」

姫「……」

騎士「では、おやすみなさい」

姫「……」ギュゥゥ

騎士「姫様っ」

姫「一緒にねてくださいっ!」

騎士「いけません!」

姫「せんせーといっしょがいいのー!」

騎士「姫様。いくら私でも怒りますよ」

姫「えへへー、せんせー、すきー」ギュゥゥ

騎士「くっ……」

騎士(結局、姫様のベッドの中に入ってしまった。これでは給仕に偉そうにいう資格など私にはないじゃないか……。不覚! だれか、殺してくれ……)

姫「せんせー」スリスリ

騎士(いや。明日からは姫様には『騎士』の全貌をお教えすることになる。こうして無邪気にほほ笑んでいられるのも今の内だけだ)

騎士(故に、今日だけ、今宵だけは好きにさせてもいいかもしれない)

騎士「はぁ……」

騎士(などと言い訳をする自分が情けない。もう給仕に強く言うのはやめよう)

姫「せんせーが初めて」

騎士「はじめて?」

姫「いっしょに……ねてくれるの……」

騎士「そうなのですか? 給仕のかたは?」

姫「すぅ……すぅ……」

騎士(はじめて……。陛下はこうして添い寝をしたことがないのか? あんなに溺愛しているのに?)

騎士(寝るときはいつも独りだったのだろうか?)

―翌日―

姫「すぅ……すぅ……」

騎士「姫様、起きてください」

姫「ん……」

騎士「着替えてください」

姫「あれ……? まだ、外暗いよ……?」

騎士「本日は『騎士』の一日を体験するのでなかったのですか」

姫「そーだけどぉ」

騎士「では、支度をしてください。『騎士』の一日は既に始まっています」

姫「わかったぁ」モゾモゾ

騎士(素直だ。もう少しごねるかと思ったが)

姫「んーしょ……んー……んー……?」

騎士(着替えが覚束ない様子。いつも給仕の方に手伝ってもらっていたのだろうか?)

姫「んー!!」ジタバタ

騎士「お、お手伝いします」

―訓練場―

姫「うー……あー……」

騎士「姫様、しっかりしてください」

姫「ねむいぃ」

騎士(こればかりは仕方ないか)

「でやぁぁぁぁ!!!」

「はぁぁぁ!!!」

姫「おぉ!?」ビクッ

騎士「我々騎士隊及び騎士候補生たちの殆どは、早朝にここで何かしらの特訓をしています」

姫「おー……」

騎士「決して義務ではありませんが、皆の意識は高く、こうして剣を振ったり、走り込みをしたりと自主的に基礎訓練を行っています」

姫「せんせーもするの?」

騎士「勿論です。とはいえ、今日は軽めに訓練場の周りを走るだけにしておきます」

姫「あ! 私も一緒に走りたいですっ」

騎士「構いませんよ。ふふっ」

―1周目―

騎士「いっち、に。いっち、に」

姫「いっち、に! いっち、に!」テテテッ

騎士「その調子です」

姫「はいっ!」


―2周目―

騎士「いっち、に。いっち、に」

姫「いっち、にぃ。いっち、にぃ」

騎士「疲れていませんか?」

姫「ぜんぜん平気ですっ」


―3周目―

騎士「いっち、に。いっち、に」

姫「ひぃ……はぁ……せ、んせー……あと……なんしゅう……?」

騎士「17周です」

―数十分後―

騎士「ふぅ……。終わりっ」

「やっぱ、かっこいいよなぁ」

「女騎士ってだけでもすげーのに、気品もあるっつーか」

「でも、怖いって話は本当みたいだな。姫様にも容赦ないぞ、あの人」

騎士(候補生たちの視線が刺さる……)

姫「おかえり」

騎士「ただいま戻りました」

姫「せんせーって、すごいね。あんなに走っても平気な顔してる」

騎士「慣れているだけです」

姫「私も毎日走るっ」キリッ

騎士「走り、素振りをするだけで『騎士』にはなれませんよ」

姫「へ?」

騎士「今のは早朝の訓練です。まだ一日は始まったばかりです」

姫「ど、どんな訓練をするのぉ……」

―大食堂―

姫「おぉぉぉ!!! 人がいっぱいいるー!!」

騎士「全兵が利用する大食堂です。朝昼晩と利用者は多くいます。『騎士』が大食堂を利用することはあまりないのですが、候補生は別ですね」

ざわざわ……ざわざわ……

「あれって、姫様だよなぁ?」

「なんでこんなところに?」

姫「こんなにたくさんいたらごはんも楽しーねっ」

騎士「私はあまり良い印象がありませんが」

姫「どうして?」

騎士「候補生はここで第二の鍛錬をしなければいけないからです」

姫「ここで?」

騎士「見ていてください」

コック「お! 久しぶりですねー。今日はどうしたんです?」

騎士「訓練用朝食を二人前ください」

コック「え? いいのかい?」

コック「はい、どうぞ」

騎士「ありがとうございます」

姫「え? え?」

騎士「どうぞ、姫様」ドーンッ

姫「こ、これ……なに……? え? パンがこんなに……お肉もある……」

騎士「この量を食べきらなくてはいけません」

姫「これ全部!? すっごいよ!! パンいっぱいあるよ!!」

騎士「きちんと適正量を摂取しなければ午後からの訓練で倒れてしまうことになります」

姫「これ食べなきゃ、騎士になれなんですか……」

騎士「言ったはずです。出された料理は全て平らげなければいけないと」

姫「……がんばるっ」

騎士「まぁ、今日は姫様にこれをみてもらいたかっただけなので、全部食べ切ることはない――」

姫「はむっ……はむっ……!」

騎士「ひ、姫様、無理はされないほうが」

姫「はむっ!!」

―騎士隊室―

騎士「失礼します」

隊長「よぉ。どうした? 休暇を与えたはずだが」

騎士「姫様をお連れしました」

隊長「おっ。そりゃあ一大事だな。お前ら、整列!」

「「はっ」」ザッ

隊長「んで、姫様は?」

騎士「……こちらに」

姫「うぅ……」

隊長「具合が悪そうだな」

騎士「訓練用朝食を一割ほど食べたので……」

隊長「あれをか。あんなの大の男でも半分食えたらいい方だぞ」

騎士「申し訳ありません。姫様があそこまで食べるとは夢にも思わず……」

姫「……やっぱり、トイレ、いってもいいですか?」

騎士「是非とも行ってきてください」

隊長「そもそもあの朝食は早朝に訓練して、午前と午後にきつい訓練を課せられる候補生に食わせるようだぞ」

騎士「一度、お見せしておくのも良いかと考えたのです」

隊長「本気で姫騎士にでもさせるのか」

騎士「いいえ。今日は姫様に騎士の全貌を見せたいのです。候補生は何をしているのか。そして騎士となったら何をするのか」

隊長「そういう作戦かぁ」

騎士「姫様は良くも悪くも『騎士』を童話の世界に出てくる勇者や英雄と同一視している節がありますから」

隊長「ふぅん。ま、だろうな」

姫「すっきりしました」

騎士「お帰りなさい。けれど、その報告は不要です」

姫「そうなの?」

隊長「改めまして。ようこそ姫様。この汗臭い場所へ」

姫「お邪魔してます。せんせー、ここではなにするの?」

騎士「ここは騎士隊に所属する者たちが集う場所。他の兵や候補生憧れの一室とも言えるでしょう。かくいう私も強い憧れがあり、いつかここで働きたいと毎日願っていたものです」

隊長「願いがかなってよかったなぁ」

姫「それなら私も毎日おねがいする!」

騎士「ここでは歴戦の騎士たちが切磋琢磨し、毎日、毎晩のように熱い作戦会議なるものをしていると思っていましたが」

騎士「やることといえば、報告書や始末書の作成が主ですからね」

隊長「作戦会議なんてのは現場でやるもんだ。ここは事後処理をする以外に使い道なんてねえよ」

騎士「任務がない日も提出しなければいけない書類が多いのもかなり面喰いましたが」

隊長「はっはっは。俺たちは王国最強の部隊であると同時に、この国に仕える一兵士でしかない。地味な反復訓練と手が攣りそうになるほど書類整理に追われるのは当然だな」

姫「お仕事なくても何か書くの?」

騎士「休暇は流石に除きますが、日報の提出が義務化されています。『騎士』は国を代表する兵でありことから、日々の行動にも気を付けなければいけません」

騎士「他の者の規範となるように、民にとって理想の兵士であるように。騎士隊一人一人が心がけていなくてはなりません」

隊長「つっても、遠征から帰ってきたあとは、山のように報告書は書かなくちゃいけねえからなぁ。始末書なんかも毎回数人が書いてる」

姫「せんせーも始末書、かくの?」

騎士「無論、書く時もあります。今回は書かなくてもいいですけど」

隊長「一度遠出すりゃあ、物損なんかは必ずと言っていいほどあるからな。無い方が珍しいぐらいだ」

騎士「そうだ。折角ですから報告書の作成を行います。姫様も見学されますか」

姫「しますっ」

隊長(『騎士』としての日常を見せるか。気合入りまくってる候補生どもをがっかりさせるには効果的だろうが、姫様にはどう映るんだろうなぁ)

騎士「……」カキカキ

姫「……」

騎士「よし。これで完成です」

姫「みてもいいの?」

騎士「どうぞ」

姫「わーいっ」

騎士「さて、次だ」

姫「ええと……。うーん……? んー……?」

騎士「……」カキカキ

姫「せんせー、よんでっ」

騎士「今、報告書を書いていますので後ほどでよろしいですか」

姫「何枚書くの?」

騎士「十日分の報告書ですから10枚以上にはなるかと」

姫「そんなに!?」

騎士「はい。騎士の義務ですので」

姫「木の剣は振らないの?」

騎士「それは早朝の訓練時か自主訓練のときだけですね」

姫「自主訓練はいつするの?」

騎士「夕方か夜になります」

姫「それまではずっと報告書、書いてるの?」

騎士「ずっとではありませんが、午前と午後は剣を振る時間よりこうしているほうが多いですね」

姫「悪者やっつけにいかないの」

騎士「悪者はそう簡単に見つかりませんし、見えるところにたくさんいるわけでもありませんから」

姫「そうなんだ……」

騎士「はい」

姫「馬に乗って、剣を振ってるのみたことあるけど、それはいつするの」

騎士「それは騎士隊の定期合同訓練日にすることです。月に一度だけですね」

隊長「乗馬訓練は候補生のときに飽きるほどやらされるんです。『騎士』になるころには一流でなくちゃいけませんからね」

姫「馬に乗るところも、あんまり見れないんだ」

騎士「騎士隊候補生が何をしているのかも、後で見に行きましょう。騎士に成る上では避けては通れない道ですので」

姫「みますっ! そこは剣でキンッキンッってやったり、馬に乗ったりしてるんでしょ!?」

騎士「そうした訓練の時間に立ち会えれば見ることもできますが、必ずしも候補生が剣術や馬術を磨いているとは限りません」

姫「どうして? 騎士になるなら、たくさん剣を振らなきゃいけないんじゃないの?」

騎士「戦闘能力が高いだけで『騎士』になれるのなら、私は恐らくここには入れていないでしょう」

姫「どうして……? よくわからないけど」

隊長「そんな難しいことを言っても理解できるわけないだろ」

騎士「すみません、姫様。ですが、知っておいてほしいのです」

姫「なにを?」

騎士「私はただの兵士。『騎士』という称号を運よく掴むことができただけなんです」

騎士「姫様が思い描くような勇者ではありません」

姫「……」

隊長「それが難しいってんだよ」

騎士「そ、そうですか」

姫「やっぱり、わかんない。ごめんなさい」

騎士「いえ。私もどう説明したらいいのか……。申し訳ありません」

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