風見雄二「死んだ世界戦線?」 (79)
グリザイアの果実とAngel Beats!のクロスです。
両作品のネタバレがあります。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1489059995
流れ星が綺麗だった。
それは、ガキの頃あの山奥の小屋であいつやジョンと暮らしてた時に見上げた空を思い出させた。
こんな光景をあんたは最後に見たんだな…
雄二「なぁ、麻子」
雄二「………ここは、どこだ?」
気づいたら、見知らぬ場所にいた。
ヒースオスロを倒し、真のヒースオスロと名乗る変な爺さんの‘’介護‘’をした後、タルタロス島を脱出したと思ったが…
雄二「フム…」
まずは、冷静に身体の様子を確かめる。タルタロス島に乗り込み、数多くの敵や、俺の‘’弟‘’、そして、ヒースオスロと戦いボロボロになっていたはずの身体だが、特に傷や異常は見られない。
そして、あれだけ大量に薬を打った後にも関わらず、気分は悪くない。むしろ、良いくらいだ。
雄二「なるほど、俺は死んだのか」
きっと、俺はタルタロス島から脱出できず、爆発に巻き込まれたのだろう。
あーあ、あのじいさん爆弾を止められなかったのかー。もうちょっと頑張ってくれよー等と考えながら口に出した結論。
雄二「そうか、死んじまったのか…俺……」
俺は、遂に死ぬことを許されたんだな…
でも、あいつらと帰るって約束したんだけどな…
???「そろそろいいかしら?」
雄二「む?」
後ろから声がした。
振りかえると、そこにはライフルを構えた女がいた。
雄二「…地獄にいる鬼はド派手なパンツにドデカい金棒だと考えていたが、実際は随分とハイカラなんだな」
???「お生憎さまだけど、ここは地獄じゃないし、私は鬼じゃないわ」
雄二「じゃあ、ここは何処であんたは誰だ?」
ゆり「ここは死んだ後の世界。そして私は仲村ゆり。死んだ世界戦線のリーダーよ」
雄二「死んだ世界戦線…?つまりここは、戦場なのか?」
ゆり「随分変なとこにつっこむのね」ハァ
雄二「なんだ、冗談なのか?」
ゆり「冗談なんかじゃないわ。私は死んだ世界戦線のリーダーであり、ここは戦場なのよ」
雄二「そうか」
ゆり「そうかって…随分とあっさりしてるのね」
雄二「まるで状況がわからない以上、全てを鵜呑みにすることはしないが、俺よりこの状況を理解しているであろう、あんたの話を頭から否定する理由もないからな」
ゆり「へぇ…いい順応性ね」
雄二「そうでもないさ。これでも混乱している」
ゆり「そうは見えないけどね」クスッ
雄二「それで、俺はこれからどうすればいいんだ?あんたをぶっ飛ばせばいいのか?」
ゆり「はぁ!?どうしたら、そういう思考に至るの!?馬ッ鹿じゃないの!?」ガーン!!
雄二「いや、ここが戦場であんたがそのリーダーなら、俺は捕虜のようなものではないのか?」
ゆり「ないのか?じゃ、ないわよ!!違うわよ!ちょっとでも話が分かるかもって期待した私が馬鹿だったわ!!」
雄二「フム」
ゆり「フムでもないわよ!なんなのよあなた!!いっぺん死んだら!?」
雄二「ハッハッハ、もう死んでいるんだろ?」
ゆり「知ってるわよ!!ジョークよ!!!」
雄二「それで?あんたはそんな糞みたいなジョークを言うために俺に話かけたのか?」
ゆり「……そうね。もう本題に移ったほうが良さそうだわ」ハァ…
ゆり「突然だけどあなた、死んだ世界戦線に入隊してくれないかしら?」
雄二「…そうだな。構わないが、ひとつ聞きたいことがある」
ゆり「これまたあっさりね…。それで、聞きたいことって?」
雄二「その死んだ世界戦線とやらはいったい何と戦ってるんだ?」
ゆり「それは…」
雄二「それは?」
ゆり「神よ」
こうして、俺はまた戦うことになる。
今度はサムおじさんの持つリードに繋がれた猟犬ではなく、金髪モッサリ頭がチラつく組織の犬でもなく、ましてや美浜学園の生徒でもなく…
死んだ世界戦線…通称SSSのメンバーとして、再び戦うことになったのだ。
信じるものは救われるというが、俺は神を信じたことはない。
いや、ガキの頃は神を信じていたというよりは、‘’神を知っていた‘’ことになるのだが、その神はある時俺の前から消えてしまった。
まあ、死ぬ前にまた再会できたのだが、俺が死んだ今となっては、もう神はいないのと同じである。
そう思っていたのだが…
雄二「神?なんだ、死んだ世界戦線とはただの反宗教団体なのか?」ウーン
ゆり「違うわよ!ただ、私達の敵を一言で表すなら、神というだけよ!!」プンプン
雄二「フム…」
ゆり「いい?ここは、死んだ後の世界なの。そして、ここに居る人間は全員生前に理不尽な人生を経験しているわ」
雄二「理不尽な人生…」
ゆり「そう。そして、そんな人生を強いたのは?こんな死後の世界を作ることができるのは?」
雄二「神様ってわけか」フム
ゆり「そういうこと!理解してもらえたかしら?」
雄二「ちょうど良かった。実は前から神ってやつに用があったんだ。ちょっと2000m先から頭をふっ飛ばしてやりたいんだが、神ってやつはどこにいるんだ?」
ゆり「なんで2000m先からか気になるけど、‘’神‘’の居場所はまだわかっていないわ」
雄二「‘’神‘’のってことは、他の何かの居場所はわかっているのか?」
ゆり「察しがいいわね。そうよ。神の使いである天使の存在は確認されているのよ」
雄二「天使か。やはり羽でも生えているのか?」
ゆり「いいえ、ぱっと見る限り普通の人間よ?」
雄二「そうなのか」フム…
ゆり「あと、この世界には私達のような‘’生きた人間‘’と天使の他に、NPCと呼ばれる人間がいるわ」
雄二「NPC?今度はゲームか?」
ゆり「まあ、詳しくは自分で経験して覚えなさい?私達はそうしてきたわ」
雄二「…了解した」
ゆり「よろしい。それじゃ作戦本部に案内するわ!ついてきなさい!!」
雄二「ああ…」
なんというか、俺はつくづく強引な女に縁があるようだ。
まだ色々わからないことだらけだが、とりあえず俺は、ゆりに引き連れられ作戦本部に向かった。
人の印象は最初の数秒でほとんど決まる。
そのことを知ってから、俺は荒波をたてないよう、変な奴だと思われないように、挨拶はしっかりとするようにしてきた。
そうすることによって、職場に馴染み、生活してきたのだ。
ゆり「というわけで、新人勧誘に成功したわよ!」デーン!!
雄二 「本日付けで死んだ世界戦線に入隊が決まりました!風見雄二であります!どうかよろしくお願いいたします!!」デデーン!!
全員「…………」ボーゼン
ゆり「……」ハァ
雄二「おや?おかしい。挨拶は完璧なはずだが、何か俺は間違ったことをしただろうか…?」フム
ゆり「完璧すぎるというか、なんというか…。あなたそんな大きな声が出せたのね…」
日向「えーと、ゆりっぺ?その軍人みたいな奴が新人か?」
ゆり「ええそうよ。風見雄二君。ちょっとズレてるところがあるけど、悪い奴じゃないわ」
雄二「ズレてるとはなんだ。ズレてるのはお前の股座だろうが」
ゆり「…何か言ったかしら?」ギロッ
雄二「いえ、何も言ってないであります!!仲村リーダー殿!!」
ゆり「リーダー殿って…まあいいわ。とにかく、皆よろしくしてあげて」ハァ…
大山「すごいよ!風見君!!ゆりっぺにあんなことが言えるだなんて……」キラキラ
高松「あのゆりっぺさんに下ネタを言うなんて、ただ者ではありませんね…」メガネクイッ
日向「まあ、確かに少し変わった奴だと思うが…」
日向「これからは仲間っつーわけだな。俺は日向だ!よろしくな、風見!!」
雄二「ああ。よろしく。隣のあんたは?」
松下「松下だ。よろしくな」
雄二「ああ。よろしく。いい筋肉だな」
ゆり「松下君は柔道をやっているの。そして、柔道五段だから皆は敬意をもって、松下五段と呼ぶわ」
高松「僕は高松です。よろしく」メガネクイッ
雄二「ああ」
ゆり「彼は知的そうだけど、本当は馬鹿よ?」
雄二「ああ…」
ゆり「あと、木刀を持ってて、やさぐれてるのが藤巻君。そして、特徴がないのが特徴って感じの彼が大山君」
藤巻「藤巻だ」チッ
大山「えへへ、よろしくね?」
TK「カモン,レッツダーンス!!」フゥー!!
雄二「?…ダンスは苦手だな」
日向「そいつはTK。名前以外正体が全くわからない謎な男だ」
雄二「なるほど、すごいな」
椎名「あさはかなり…」カンコーン
雄二「???」
ゆり「今、部屋の端であさはかなりって言ってたのが椎名さんで、こっちのクールビューティーさんが陽動部隊のリーダーで岩沢さん」
雄二「陽動部隊か。大切なポジションだな。よろしくクールビューティー」
岩沢「よろしく、声デカ男」クスッ
ゆり「そして、あなたたちと私を繋ぐ通信士の遊佐さん」
遊佐「よろしくどうぞ」
雄二「通信士か。これもまた大切な役職だ。よろしく頼む」
ゆり「ここに居ないだけで、戦線のメンバーはまだ何十人と校内に潜伏しているわ」フフン
雄二「なるほど、伊達に神にケンカを吹っ掛けてるわけじゃないってわけか…」フム
ゆり「さて、それじゃあ自己紹介は終わりにして…」
???「ちょっと待ったぁあ!!」
ゆり「……」ハァ
雄二「なんだ?敵襲か?」
日向「いや、ただのアホだ」
雄二「そうか」
ただのアホ「俺はそんな奴認めないぞ!ゆりっぺ!!」
雄二「俺が入隊するにあたって、このただのアホの許可がいるのか?」
大山「いや、そんなことはないよ風見君。ただのアホ君の許可がないからって、入隊できないということはないよ?」
ゆり「ちょっと黙っててもらえるかしら?ただのアホ君?」ハァ
ただのアホ「誰がアホだ!!というか、いつまでただのアホ呼ばわりしてるんだ!!」
野田「俺の名前は野田だ!よく覚えておけ!!」
雄二「フム、俺は風見雄二だ。よく覚えておけただのアホよ」
野田「貴様…!!」
ゆり「ハイハイ、静かにしなさい。野田君も本当に黙りなさい。じゃないと切り落とすわよ」
野田「え、何を!?」
雄二「野田よ、女にち○ぽと言わせるのは、夜だけにしておけ」
大山「うわぁ、なんかすごく大人っぽいよ!風見君!!」スゲー
高松「や、やはり、ただ者ではありませんね」メガネクイックイッ
日向「それで?野田のナニを切り落とすかはいいとして、またアレをやるのか?」
ゆり「そうよ!またアレをやるわ!!」
雄二「アレ…?」
ゆり「オペレーション・トルネードよ!!」デーン!!
固定観念というものは、時として邪魔になることがある。
昔、知り合いの金髪ツインテールが、とある貝を探していると話を持ってきたことがあり、そいつが言うにはその貝は、「なんというか、貝の王様っぽいやつよ!!」
…らしく、俺はその貝が何かわからず頭を悩ませていた。
そして、その金髪ツインテールにそいつはどんな字面なんだ?と質問したところ、そいつは‘’贔屓‘’という文字を見せてきた。
俺はそれ以来、固定観念についての考えを改めたのだ。
ゆり「オペレーション・トルネードよ!」デーン!!
大山「うわぁ!オペレーション・トルネードがきたかぁ!」スゲー!!
高松「これはまた、大きな作戦が来ましたね…」メガネクイッ
雄二「オペレーション・トルネード…直訳だと竜巻作戦か。なんだ?この戦線には特四式内火艇があるのか?」
ゆり「何を想像してるかわからないけど、奇襲作戦ではないから安心なさい」
雄二「ならば文字通り竜巻でもおこすのか?」
日向「竜巻というほど竜巻じゃないけど、それに近いな」ウンウン
雄二「なるほど。それでその竜巻擬きを起こしてどうするんだ?
まさか、竜巻の風に乗って雲の向こうにいる神とお茶しようとか、そんなアホな作戦なのか?」ヤレヤレ
ゆり「あなたのその柔軟な発想は素晴らしいと思うけど、今は黙ってなさい」ハァ
ゆり「いい?オペレーション・トルネードの目的は食料物資の調達であり、その手段として、NPC生徒から食券を巻き上げるのよ」
雄二「なに?食券の巻き上げだと?」
松下「何も力強くで食券を奪うわけではない。そこは安心してくれ」
ゆり「そうよ!そして、この作戦の要は陽動にあるの!!」
雄二「陽動が要?つまり、本作戦は、岩沢達が気をひいている間に武力を行使しないでNPCから食券を巻き上げる、ということか」フム
ゆり「そういうこと!おわかりになったかしら?」
雄二「さっぱりわからん」
日向「だろうな」ウンウン
大山「まあ、わからないのも無理はないよね」ハハハ…
ゆり「大丈夫、今回風見くんには天使を足止めするバリケード班に入ってもらうから、作戦を遂行しながら理解しなさい」
雄二「それはわかったが、天使を足止めするって、どうするんだ?悪魔でも召喚するのか?」
ゆり「これを使うのよ」
そう言って、ゆりは銃をとりだした。
雄二「…えらく夢がないな」ハァ
俺は銃を受け取り、グリップを握ってみる。
どこに行っても、俺は銃を握っちまうんだな…
そう思い、俺は大人しくポケットに銃を仕舞い込んだ。
ゆり「使い方は、目標を狙って引き金を引くだけよ。簡単でしょ?」クスッ
雄二「そして人に向けて遊ばない、だろ?」ヤレヤレ
松下「そうだな」フッ
日向「銃を向けていいのは天使だけだ。そして、銃声が聞こえたら俺達はそこに駆けつける。お前もちゃんと来るんだぜ?」
雄二「了解した」
ゆり「それでは、本日1900より作戦を開始する!」
ゆり「作戦ポイントである大食堂を取り囲むように、それぞれ指定のポイントで武装待機。天使が現れたら、発砲」
ゆり「風見君は、どこかで銃声が聞こえたら、増援に駆けつけることだけを覚えておけばいいわ」
ゆり「とにかく、予定外なことが起きても、慌てずに冷静に対処すること!」
全員「「おう!!」」
ゆり「岩沢さん、今日も期待してるわよ?」
岩沢「OK、任せな」
ゆり「オペレーション……スタート!!」
作戦前というものは、いつも緊張する。
装備に問題はないか?作戦に見落としはないか?今度こそ俺は死ぬのではないか?
様々な不安が頭をよぎる。
どんなに綿密に作戦会議をしたところで、あっさりと作戦は失敗することもある。
海兵隊時代、ブーメランと呼ばれた俺もいつだってギリギリで生き残ってきたのだ。
雄二「さて、指定されたポイントに着いたはいいが、暇だな」
俺が指定された場所は、大食堂のある校舎へと続く橋の西側である。
日向が言うには、ここは‘’アタリ‘’であり、天使が来る可能性が低いらしい。
作戦内容をいまいち把握できていない俺にとって、それは嬉しいことであり、目標が来ないとわかっているポイントで待ち続けるのは、前の仕事ではよくあることだった。
雄二「馴れてるとは言え、好きなことでもないんだけどな……ん?」
腕時計の表示が1900と変わると同時に食堂の中から爆音が響いた。
雄二「歌か?」
まるで、あの巨大な食堂でアリーナクラスのライブでも行われているようだった。
雄二「本作戦の要は確か…なるほど、岩沢達の陽動か」
ゆりの言葉を思い出す。歌っているのは、あの岩沢なのだろう。
随分ハイカラな陽動だな…
ひとり物思いに耽っていると橋の向こうに歩いてくる人影を見つけた。
すぐに、頭のスイッチを切り替え、その人影を天使であるか確認する。しかし…
雄二「そういえば、天使は人間らしいってこと以外の外見的特徴を知らない…」
死んで浮かれるもクソもないが、俺は少し浮かれていたらしい。
雄二「せめて、頭の上に輪っかがあるかどうか聞いておくんだったな…」
後悔している間に、その人影は俺のすぐ近くにまで接近していた。
雄二「フム…」
見ると、その人影の正体は少女であった。
そして少女は、俺の前で止まると声をかけてきた。
少女「こんばんは」
雄二「ああ、こんばんは」
少女「あなた、見かけない顔ね」
雄二「そうだな。俺はつい最近ここに来たばかりだからな」
少女「そう。ところで、私は向こうに行きたいのだけど、ここを通してくれないかしら」
雄二「なるほど、それは悪かった。実は俺はこう見えても仕事中でな」
少女「…仕事?」クビカシゲ
雄二「そうだ。あんたはこの辺で頭に輪っかがある愉快な奴を見なかったか?」
少女「見てないわ」
雄二「そうか。では、また見かけたら教えてくれ」
少女「……」ジー
雄二「…なんだ?」
少女「あなた、不思議な人ね」
雄二「よくふざけた奴だとは言われるな」
少女「そう。それじゃ…」
雄二「ああ」
そうして、少女は食堂のほうへ向かっていった。
ところで、天使ってやつは本当に来るのだろうか?
しばらくそう考えていると、後方から銃声が聞こえた。
雄二「ッ!?」
その音に反射的に身構える。天使が現れ、誰かが応戦しているのだ。
雄二「ようやく、姿を拝めるなッ!!」
俺は、銃声のした方へと急いで向かった。
そして、そこには日向、大山、藤巻、松下、野田が何かに向かって銃を向けていた。
その攻撃対象の姿は暗くて、ここからではよく見えない。
雄二「すまない。遅くなった」
日向「おお、来たか!風見!!」
藤巻「生きてたのか、てめぇ」
雄二「ああ。俺のところに天使は来なかったからな」
野田「は?何言ってんだお前?」
雄二「???」
日向「天使は風見の担当方面から来たから、俺達はてっきりお前がもうやられたと思ってたのさ」
雄二「俺の担当からだと?」
日向達の銃を向けた先をみると、ちょうど、月明かりに照らし出され、その姿が克明になった。
それは先ほどの少女だった。
天使「……」
雄二「おい、冗談だろ?こいつが天使なのか…?」
日向「そうだよ!こいつが俺達戦線の敵、天使だ!!」
松下「半円に囲んで加重攻撃!」
天使「…ガードスキル…ディストーション」
松下「打てぇッ!!」
一同「「おう!」」バンバンバン
松下の号令により、それぞれが持っている銃の引き金を引く。
銃の弾幕の厄介さは、俺は充分に知っている。
一つの銃口から逃げることは、たいして難しいはないが、それが二つ以上に増えたとたん、回避は格段に難しくなる。
そう考えていた、俺は目の前の出来事を初めは信じられなかった。
雄二「なん…だと…?」
彼女に銃弾が当たらないのだ。
すべての銃弾の軌道がぐわんとねじれて彼女の居場所だけを避けて、その向こうへ消えていく。
日向「クソッ!!」
藤巻「遅かったか!」
大山「ディストーション…!!」
野田「これだから銃はっ!!」
野田は銃を投げ捨てると、背負っていたハルバートを構え天使に向かった。
野田「せいやぁぁぁあああ!!」
天使「ガードスキル…ハンドソニック」ガキン!!
雄二「何!?」
また驚くべきことに、今度は天使の腕から光子状の刃のようなものが生え、その刃で野田のハルバートを受け止めたのだ。
小柄な少女が、腕に生えた刃で野田のデカいハルバートと戦っている光景は、少女がただの人間ではないことを象徴しているようだった。
雄二「なるほど、確かに天使かもしれないな…」
俺はそんな光景を見て、なんとなく天使の存在を納得してしまっていた。
戦線メンバーが天使と銃撃戦をしている頃、ゆりは岩沢達、girls-dead-monster略してガルデモの演奏を食堂で聴きながら、通信士である遊佐と無線で連絡をとっていた。
ゆり「状況は?」
遊佐「日向さん達が天使と接触しました」
ゆり「そう。…風見君の様子はどう?」
遊佐「風見さんは、日向さん達の戦闘を後ろから眺めています。天使のガードスキルに動揺しているようです」
ゆり「…そう」
遊佐「気になりますか?」
ゆり「ん?風見君が?」
遊佐「はい。新参者である風見さんをいきなり幹部にするあたり、ゆりっぺさんは風見さんに何かしらの期待をしているのかと」
ゆり「別に?風見君を幹部にしたのだって、私の‘’勘‘’だし、そんな大した期待はしてないわよ」
遊佐「勘ですか」
ゆり「ええ。勘よ」
遊佐「ところで、そろそろ会場の盛り上がりは最高潮のようです」
ゆり「そう、それじゃ回して」
遊佐「了解しました」
ブーーーン…
雄二「…なんだ?」
天使と戦闘をはじめて少したった後、食堂の方から何かが落ちてきた。空を見上げると、白いものが舞い散っていた。
雄二「……」
それは、美しい光景だった。雪のように、桜のように、それは戦場に舞い落ちる。
手の平を上に向けて広げてみると、小さな紙が降ってくる。
それはNPC生徒が買ったであろう食券だった。
雄二「食券を巻き上げる…なるほど、こういうことか」
先ほどから聞こえている歌の対価として、食券を巻き上げる、か。
雄二「なるほど、文字通りの作戦だったな」
俺は今更、今回の作戦の全容を理解した。
確かに、竜巻作戦だ。
日向「風見!引き上げるぞ!」
雄二「…了解した」
日向に連れられ、俺達はその場を後にする。食券を巻き上げてしまえば、もう天使を引き止める必要もなくなるのだろう。
ふと、俺は天使の様子が気になって背後を振り返り、天使のほうを見る。
天使は空から降る食券を見ながら、一人立ち尽くしていた。
俺はその光景を見て、何故か死ぬ前の星空を思い出していた。
雄二「…いいのか?」
ゆり「何が?」モグモグ
雄二「こんな場所で呑気に飯を食っていて、天使に見つかったらまた、戦闘になるんじゃないか?」
ゆり「そんなことにはならないわよ。こっちはご飯食べてるだけなんだもの」モグモグ
雄二「そういうものか?」
ゆり「そういうものよ」プハー
雄二「フム…」
“竜巻作戦“の後、俺達は食堂で飯を食っていた。天使と派手に銃撃戦をした後にも関わらず、全員なに食わぬ顔で食事をしていた。
しかし、本作戦に使用した武器や統率力があれば、この学校の制圧なんて簡単なはずだ。
本当に敵は、神と天使だけなんだな…
ゆり「風見君?」
雄二「…む?なんだ?」
ゆり「食べないの?ご飯」
雄二「…ああ、いただこう」
目の前の肉うどんを口に運ぶ。
以前の俺にとって食事は、生きるために必要な‘’作業‘’だった。
しかし、今の俺は美浜学園でお節介な女が作ってくれた飯がとても恋しかった。だが、もうあの飯を食べることはできない。
もうあいつに、あいつらに会うことはできないんだ
ゆり「…風見君?…泣いてるの?」
雄二「っ…!?」ゴシゴシ
雄二「いや、少し昔を思い出してた」
ゆり「そう…」
雄二「……なぁ、ゆり」
ゆり「…何?」
雄二「…俺は前の世界でも戦っていたんだ。だから、死んだ世界でまで戦いたいとは正直思わない」
雄二「だが、俺はこの生き方しかできない。普通の生活をしようとしたが、できなかった。俺は、今更普通の生活なんて、できないんだ。だから…」
ゆり「…だから?」
雄二「この世界でもう一度、神を相手に戦うことも悪くない……そう思った」フッ
ゆり「……」ボーゼン
雄二「どうした?」
ゆり「あなた、泣いてたかと思えば、次の瞬間にはそんな顔で笑えるのね」クスッ
雄二「……そうだな」
もし俺が死んだら、真っ先にあんたに会いに行こうと思っていた。
麻子『一人十衛!!貴様は国民十人の生命を救うことと引き換えに初めて死ぬことを許される!!だが貴様はまだ半人前だ!五人にまけてやる!!』
俺はあんたの言うとおり、あの学園で五人救った。
だからもう死ぬことを許されたんだとそう思った。
でも、俺はこの世界でまだ‘’生きている‘’。それなら、あと五人救って、一人前になったんだぜって胸を張ってあんたに会いに行きたいと思うんだ。
しかも、俺が散々頭を吹っ飛ばしたいと思っていた奴を狙うチャンスまであるんだぜ?
だから、もう少しだけ遅くなってもいいよな……?
雄二「なぁ、麻子?」
生前、俺のいた職場ではチームワークが重要だった。重要な作戦を成功させるには、まず仲間との信頼関係を築かなくてはいけない。
どんなに能力があろうと、どんなに勇敢どあろうとも和を乱す者は、みな先に死んでいった。
まあ、死んでもいいこの世界で俺の常識がどれだけ通用するかわからないが、チームワークを第一と考えることは間違いではないはずだ。
初めての作戦が終わり、戦線メンバー達と食事をした後、日向が俺に声をかけてきた。
日向「よっ!」ガシッ
雄二「む?」
いきなり日向が肩に腕を回してくる。
雄二「なんだ?これは何の遊びだ?」
日向「いや、お前これからどうするんだって思ってさ?」
雄二「フム、さすがに疲れたから何処かで休もうと考えていたが…」
雄二「そういえば、俺はどこで寝泊まりすればいいんだ?」
日向「ああ、風見はこの世界に来たばっかだったよな!」
日向「この世界に来た奴は皆、学生寮で生活するんだ」
雄二「ほう、そうなのか」フム
日向「そうだ、大山!」
大山「ん?」
日向「しばらく、風見と部屋、代わってやってくれよ」
日向「俺は風見に、この世界の暮らし方ってのを教えなきゃならねーからな!」
大山「ええ!じゃあ、これから僕はどうしたらいいの?」ガーン!!
日向「本来、風見が暮らす部屋に移ればいいんじゃないか。そっちは空いてんだから」
雄二「ちょっと待て。俺は男と二人で暮らす趣味はないぞ」
日向「まあまあ、俺に任せとけって」ビシッ
雄二「馴れ馴れしい奴だな…もしかしてだが、お前ホモなのか?」
日向「ちっがーーーーーーうっ!!」
ゆり「え?違うの?」キョトン
日向「違いますからっ!!」ビシッ
雄二「ホモだけは勘弁してくれ…」
日向「だから本当に違いますから!!俺にそんな気はこれっぽっちもないですから!!」
ゆり「ふふ…それはどうなのかしら?先が楽しみだわ…」ニヤリ
日向「話を戻すぞ!来たばかりの風見のルームメイトに俺がなりたい。この世界の暮らし方を教えてやるためにな」
ゆり「ま、あなたもこれから死んだ世界戦線の仲間に加わるわけだし、仲良くやんなさい」
雄二「わかったよ…」
まあ、寮生活は海兵隊時代にもしてたし、屋根があるところで寝られるだけで充分だろう。
こうして、俺は日向のルームメイトになった。
日向「ここが、俺達の寮」
雄二「随分デカいな…」フム
日向「まあ、全生徒、教員が寮生活だからな。デカくもなるさ」
日向「ちなみに北に向かって右が男子寮で左が女子寮。異性が入ることは校則違反だから、入る時は上手くやってくれよ」ニヤリ
雄二「ふっ…任せろ。潜入するのは苦手じゃないからな」フッ
日向「おい…冗談だからな?」
雄二「ああ。こっちも、もちろんジョークだ」
日向「オーケー、んじゃ男子寮はこっちだ」スタスタ
そう言って、日向は右手に歩いて行った。
日向「ここが俺達がこれから暮らす部屋。おかえりなさい、かな」
雄二「フム…」
日向に案内された部屋は、とりわけ何の変哲もないワンルームだった。
二段ベッドや学習机があり、生活するには不自由なさそうだ。
日向「二段ベッドだが、上は俺。お前は下でいいか?」
雄二「構わない」
日向「よし、それじゃ何処か案内してほしい場所はあるか?」
雄二「いや、もう今日はいい。他の場所はまた今度ひとりで見て回ることにする」
日向「…そっか!わかった」
日向「んじゃまあ今日はもう寝るとするか!」
雄二「ああ」
死んでいる俺が生活という言葉を使用してもいいのか少しひっかかるが、俺にとって死んだ世界での生活がこうして始まった。
備えあれば、憂いなし。
これは、俺の知り合いであるお節介な女が日頃口にしていた言葉だ。
そいつは、その言葉通りに、毎回冷蔵庫を食材でいっぱいにしていたし、缶詰めなどの食料も切らさないようにしていた。
俺も、職業柄その言葉の大切さを身をもって知っていたため、命に関わる装備等は必ず必要より多く持ち運ぶようにしていた。
ゆり「本日の報告を。高松君」
高松「はい。武器庫からの報告によると、そろそろ弾薬が尽きかけています。補充が必要かと」メガネクイッ
大山「風見君も来たことだし、ここらで一回調達したほうがいいんじゃない??」
雄二「そういえば、武器はどこで調達しているんだ?」クビカシゲ
日向「武器は俺達の仲間が作ってるんだよ」
雄二「何…?そんなことが可能なのか?」
ゆり「可能よ。この世界は命ある物は産み出せない。でも、そうでないものなら、作り方さえ知っていれば何でも作れるのよ」フフン
日向「時間はかかるけどな!」
雄二「フム…」
ゆり「それじゃ、今回はギルド降下作戦を行います!」ビシッ
雄二「今度は降下作戦か…」
高松「今回の作戦も、空からの降下等ではありませんよ?」メガネクイッ
日向「ああ。ギルドが地下にあるから、降下作戦ってわけだ!」
雄二「地下?防空壕のようなものか?」ウーン
松下「いや、もっと大きなものだ」
ゆり「ええ。行けばわかるわ」
雄二「…そうか」
こうして、ギルド降下作戦が始まった。
俺達は体育館の裏に潜んでいた。
そして、日向が裏口の鍵を開け、中へと忍び入る。
演台の下のパイプ椅子が大量に積まれた台車をどかすと、そこには大きな穴があった。
雄二「ここが、地下への入口か」
ゆり「そっ!さぁ行くわよ」
ゆりを先頭に梯子を伝い、降りていく。
大山「…あれ?誰かいるよ?」
俺達が降りた先に人影が見えた。大山が持っていたライトでその影を照らす。そして、ライトに照らし出されたのは…
野田「ふっ…」
日向「あー、アホがいた」ハァ
ただのアホだった。
野田「風見雄二。俺はまだお前を認めていない…」
雄二「わざわざこんなところで待ち構えている意味がわからないんだが…」
大山「野田君は、シチュエーションを大事にするようだよ」
ゆり「やっぱりアホね…」ハァ
雄二「それで?俺はお前に認めてもらうためにどうすればいいんだ?歌でも歌えばいいのか?」
野田「貴様…百回死なせてやろう……ぶほっ!!」
突然降りてきたハンマーが野田を吹っ飛ばし、容赦なく壁に叩きつけた。
全員「「!?」」
ゆり「総員、臨戦体勢へ移行!」
雄二「なんだ!?このハンマーは!?」
日向「対天使用即死トラップだ!普通、俺達がここに来る時は解除されているはずなんだけどな!」
大山「トラップの解除忘れかな?」
藤巻「まさか、俺達を全滅させるつもりかよ…」
ゆり「いえ…多分だけど、ギルドの独断でトラップが再起動されたのよ」
日向「なんで!?ホワーイ!?」
雄二「…天使が現れたと考えるのが自然か?」
ゆり「ええ…多分その通りよ」
藤巻「この中にか!?」
椎名「あさはかなり…」カンコーン
松下「しかし、俺達が来ることは地下の連中も知っていたんだろ?そんな真似をするのか?」
高松「何があろうと私達は死ぬわけじゃない。ギルドの所在がばれ、陥落すればもう武器の補填が出来なくなるのですよ?」
雄二「ああ。武器の補填が出来なくなった戦場は、最終的に必ず負ける」
雄二「どうする?天使を追うか?」
藤巻「何お前が仕切ってんだよ」チッ
大山「でも、僕はそれが正しいと思う!」
ゆり「よし、じゃ行くわよ!」
俺達は、天使を追うために慎重に進軍を開始した。
雄二「ところで、どんなトラップがあるんだ?」
日向「いろんなのがあるぜ?楽しみにしてな」
椎名「まずいっ…くるぞ!」
ごごごごご……と地鳴り。
続いて、ごとん!と巨大な鉄球が落ちてきて、来た道を塞ぐ。
雄二「…泣けるぜ」
ゆり「みんな!走って!!」ダッ
その巨大な鉄球がこっちに向けて転がってくる。
ゆりの指示に従い、全員が奥へ向けて、全速力で走った。
雄二「……くっ!!」
俺は道の端へと飛び込んだ。そして、すぐ隣を巨大な鉄球が大きな音をたてながら、転がっていった。
高松「うわぁぁぁああああ!!」
この声は…高松か?
日向「高松がやられたか…」
ゆり「高松君以外は無事みたいね」
鉄球が過ぎ去った後、ゆりが冷静に告げる。
ゆり「行きましょうか」
雄二「高松を助けないのか?」
日向「この世界では死ぬことはない。ほっといても自力で抜け出して地上に戻るさ」
雄二「そうか…」
前の世界で、いつも死と隣り合わせな仕事をしていた俺は、未だに、この死んでもいいという感覚は慣れてこない。
日向「ところで、お前よく無事だったな。さすが俺の見込んだ男だぜ!」
雄二「やっぱりホモなのか?」
日向「だからちっがーーーーーーうっ!!」
しばらく歩き、また梯子を見つけると、更に地下を降りていく。
そして、梯子から降りたところはやたら近代的な通路になっていた。
雄二「これは誰かの趣味なのか?」
日向「多分そうだろうよ。ギルドにはミリオタとか、マッドなサイエンティストも居るってことさ」
藤巻「ちっ!」
後ろからばたん!と音が聞こえ、振り返ると開いていたはずのドアが閉まっていた。
大山「しまった!忘れてたよ!!ここは閉じ込められるトラップだったぁ!!」
日向「そんな大事なこと忘れてんじゃねーよ!!」
椎名「あさはかなり…」
ゆり「ここからヤバいのがくるわよ…」
椎名「ふんっ!!」
椎名が何かを前に放り投げた。
ぼんと噴煙が上がり、その煙により浮かびあがったのは、一直線に走る赤いレーザーだった。
雄二「全くいい趣味してるな…」
大山「きたぁっ!!」
ゆり「それぞれ対処して!!」
うぃぃぃんと音を立て、それが迫ってくる。
雄二「…!!」
俺は急いで頭を下げた。
その頭上をレーザーは通り過ぎていった。
藤巻「第二射くるぞ!レーザー二本だ!!」
雄二「ふっ…!!」
俺は二本のレーザーの間をベリーロールの要領でくぐり抜ける。
藤巻「第三射くるぞ!」
ゆり「第三射って何だっけ!?」
藤巻「エックスだ!」
松下「早くドアを開けろ!!」
不気味な音を立てて、レーザーが迫り来る。
雄二「クソッ!!」
今度は壁を駆け上がるようにしてかわした。しかし、もう長くは持たないだろう。
松下「ぐわぁぁあああああ!!」
断末魔が響きわたる。松下がやられたようだ。
藤巻「よし、空いたぜ!」
がちゃりと大きな音が通路に響いた。俺達は急いでそこから抜け出した。
ゆり「今度の犠牲は松下君か。あの体じゃ仕方ないわね…」
藤巻「少しはダイエットしろってもんだ」
雄二「切り刻まれても、大丈夫なのか?」
日向「ああ。しばらくすれば元に戻るさ」
雄二「フム…」
なんとも都合のいい世界だと思った。
この世界では歳をとらないらしい。歳をとらないということは、代謝をしないということだ。なら、いくらトレーニングをしたところで、それは力にならないはずだ。
だが、日向曰く、この世界では自分にとってプラスなことは全部成長という形で力になるようにできているそうだ。
神は俺達にこんな世界で何をやらせたいんだろうな…
俺はそう考えていた。
全員「「TK!!」」
ゆり「TKまで犠牲に……」
雄二「したのは俺達だが」
日向「だから、しばらくすれば生き返るって」
雄二「だからってな…」ハァ
ゆり「待って…」
異変を感じてか、振り返るゆり。
雄二「む?」
日向「どうした?」
ゆり「…なんか……変」
雄二「地面が揺れているな……ッ!!」
言い終わらないうちに、床がばらばらと抜け落ちていく。俺の立っていた床も抜け、俺は無我夢中で、目の前にいた日向の両足を掴んだと思ったら、落ちるのが止まっていた。
見上げると、奇跡的に何人もが同じような体勢で繋がっていた。
ゆり「ああぁぁぁっ!重すぎて…もたないっ!!」
ゆりの悲鳴。日向の上なのか。ということは男二人分の体重を支えていることになる。
日向「俺と風見も落ちるかー!?」
雄二「…ああ、そうしたほうがよさそうだな」
椎名「待て!ここで一気に二人の戦力を失うのは得策ではない…!!」
ゆり「わかってるわよ!!早くのぼんなさいよっ!!」
日向「風見!行けるかー!?」
雄二「ああ、少し我慢してくれ」
日向の腰のベルトを掴む。そして体を持ち上げると…
ゆり「きゃああっ!」
その反動がもろにゆりの体を締め上げたようだ…
日向「はは、お前Sだな」
雄二「…そう褒めるなよ」
ゆり「いいから、早くしてぇぇーーー!!」
日向の肩を掴み、また体を持ち上げて、今度は足を乗せる。両足をそうして肩車状態にした。
すると、目の前にゆりの生足が。
雄二「……きれいな足だな」
ゆり「ふざけてないで、早くのぼんなさいよっ!!」
雄二「どこを掴めばいいんだ?」
ゆり「どこでもいいわよっ!好きにしなさいよっ!」
雄二「了解した」
俺はゆりの太股をそっと持ち、ゆっくり日向の肩の上に立つ。
すると、ゆりのへそが目に飛び込んできた。
ゆり「早く…しなさいよ…」
雄二「ああ…」
ゆりの肩を持つ。
ゆり「そんなんじゃ落ちるわよ…」
雄二「そうだな…」
俺は顔が胸に埋まるくらいしっかりと、ゆりを抱きしめた。
雄二「……いい匂いがするな」スンスン
ゆり「はぁっ!?あんた状況がわかってんの!?蹴り落とすわよ!?」カァ
雄二「わかったよ…ふっ!」
体を引き上げると、顔が向かい合わせになり、危うく口が触れ合うところだった。
ゆり「と、とっとのぼってくれないかしら!!??」
雄二「うわっ…汚いな。唾をとばすなよ…」
ゆり「い・い・か・ら・の・ぼ・れ!!」
雄二「うーい」
俺は美浜の福だぬきよろしく適当に返事をすると、ゆりの肩に登り、一気に藤巻の体も駆け上った。すると、椎名の手が伸びてきて、俺の体を引き上げてくれた。
椎名「無事か」
雄二「ああ。助かった」
横を見ると、近くの柱にロープがぐるぐる巻きにされていた。そして、もう一方は藤巻の体をしっかりと縛っていた。
雄二「あの一瞬でこんな細工をしたのか…?」
俺がその首尾の良さに驚いていたその時…
ゆり「きゃーっ!そんなところ掴めるわけないでしょっ!!」
日向「うわぁぁぁああああ!!馬鹿ああああ!!」
ゆりが登ってくる。
雄二「日向は?」
ゆり「尊い犠牲となったわ…」
雄二「そうか…」
深くは聞いてはいけない雰囲気だった。
ゆり「ついに四人になっちゃったわね…」
椎名「……」
藤巻「よくもまあ、新入りのてめぇが生き残ってるもんだな」
雄二「あいにくと、そんな柔な鍛え方をしてないんでな」
藤巻「次はてめぇの番だぜ」
藤巻は、そう吐き捨てるように言って、前へと歩き出す。
雄二「やれやれ…」
新入りの洗礼は何処に行ってもあるもんだな…
俺は肩をすくめると皆の後に続いた。
通路を抜け、部屋の中央を歩いていくと、後ろのドアが閉まった。
ゆり「きた!トラップ!!」
壁にいくつも穴が空き、そこから水が勢いよく噴出する。
藤巻「おい、まじかよ…俺、金づちなんだよ……」
藤巻の顔が青ざめる。
ゆり「…残念だけど、藤巻君はここで置いていくわ」
藤巻「そんな…助けろよ……!!」
ゆり「犠牲は二人もいらないのよ」
藤巻「か、風見……ッ!!」
雄二「……」ハァ
俺は藤巻の肩に腕を回した。
藤巻「風見…お前助けてくれるのか…?」
雄二「海兵隊は仲間を見捨てないのさ」
藤巻「すまねぇ!ずっとお前のこと、ゆりっぺのお気に入りの優男だと勘違いしてた…」
藤巻「俺は今、猛烈に感動しているぜ…!!」
雄二「…いい男なのは間違ってないさ」
そんなやり取りをしてる間にも、どんどん水位が上がってく。
椎名「出口を見つけた。ついてこい」
そう言うと、椎名は水の中へと潜っていった。
雄二「いくぞ、藤巻」
藤巻「潜って泳ぐなんて無理だっ!!」
雄二「なら、息だけを止めててくれ。俺がなんとかする」
藤巻「くそっ!わかった!」
息を止めた藤巻を連れて、潜水。
直後藤巻が、ぼごぉ!と大きな息を吐いてしまい動かなくなった。
限界早すぎだろ……ッ!!
前を進んでた椎名が首を横に振っていた。そいつはダメだ。置いていけ。そう目が告げていた。
仕方なく、俺は藤巻から腕を外し、椎名の後ろへと続いて行った。
水から上がると、大きな鍾乳洞のような場所に出た。
椎名「こっちだ」
椎名がすでに先へと進んでいた。俺とゆりもそのあとに続いていると、川上から変な人形が流れてきた。
雄二「……あれはッ!?」
椎名「マグロマーーーンっ!!」ダッ
ゆり「椎名さん!だめぇぇーー!!」
雄二「何ッ!?」
椎名は水に飛び込んでいった。
そして、激しい流れの中、椎名がなんとか人形を掴みとる。
椎名「不覚!!メジマグロマンだったあぁぁぁー……」
椎名はそう言い残し、そのまま流されていった。
ゆり「椎名さんまでもトラップの犠牲に…」
雄二「…蒔菜や幸と気が合いそうだな」
ゆりは椎名が流されていった川下をしばらく見つめていた。
ゆりと二人で通路を歩く。その間ゆりはずっと無言で歩いている。落ち込んでいるようにみえた。
雄二「なぁ、ちょっと休まないか?」
ゆり「…残ったのはあなただけね」
ゆり「本当の軍隊なら全滅じゃない…ひどいリーダーね…」
雄二「…とりあえず、服を乾かそう。後ろから、ゆりの下着を見るのも飽きてきた」
ゆり「ッ!!」ギロッ
ゆり「…なんであなたが生き残ってるのかしらね!!」
そう言って、ふたり通路の窪みに座った。
無言が続く。ゆりは相当落ち込んでいるようだ。
確かに現実なら隊を全滅させるリーダーなんて無能もいいところだ。
だが、この戦線のリーダーはゆりだ。今それを嘆いても仕方がない。だから俺は、話すきっかけを作ってみた。
雄二「…どうして、ゆりがリーダーに選ばれたんだ?」
ゆり「…初めに刃向かったから。それだけの理由よ」
雄二「そうか」
ゆり「……兄弟がいたのよ」
雄二「何の話だ?」
ゆり「生きてる頃の話よ…」
ゆり「あたしを含めて四人兄弟よ。あたしが、長女で下に妹が二人と、弟が一人いた」
ゆり「すごく裕福な家庭だった」
ゆり「自然に囲まれた、別荘のような家で暮らしていたわ」
雄二「……」
ゆり「夏休みだった。両親が留守の午後、見知らぬ男たちが家のなかに居たの」
ゆり「一目で悪いことをしにきたんだってわかったわ」
ゆり「あたしは長女として絶対に妹たちを守らなくちゃって思った」
ゆり「でも、かないっこないじゃない。ねぇ?」
ゆり「連中は金目の物狙いだった。でも見つけ出せなかった」
ゆり「そしたら、連中はあたしたち兄妹にとって、最悪のアイデアを思いついたのよ」
ゆり「お嬢ちゃん、あんたは長女だ。家の大事なものの在処ぐらい、教えられているだろう」
ゆり「もし僕らが気に入らなかったら、この子たちとは、悲しいことだけど一人ずつお別れだ」
ゆり「時間は10分。10分にひとつ持っておいでって」
雄二「……」
ゆり「あたしは必死に探した」
ゆり「頭がひどく痛かった。吐き気がした。倒れそうだった」
ゆり「あの子たちの命がかかってるんだ。探し出さなきゃいけないんだ」
ゆり「けど、あいつらが気に入る価値のあるものなんかわからない…」
ゆり「あたしは、ただ絶望するしかなかった」
ゆり「警察が来たのは30分後」
ゆり「生きていたのは、あたしひとりだった」
雄二「……」
ゆり「別にミジンコに生まれ変わったって構わないわ…」
ゆり「あたしはただ、本当に神がいるのなら立ち向かいたいだけよ」
ゆり「だって、理不尽すぎるじゃない…悔しすぎるじゃない…」
ゆり「守りたいもの全てをたった30分で奪われた…」
ゆり「そんな人生なんて許せないじゃないっ……!!」
雄二「…お前は抗うんだな」
ゆり「え?」
雄二「さっさと消えて、楽になる選択だってある。それなのに、お前は抗う道を選ぶんだな」
ゆり「…そうよ」
ゆりが力強く立ち上がる。
ゆり「さあ、もう行きましょ。あなたはあたしが守るわ」
雄二「……」
俺を守ると言ったゆりの目は、あいつの目に似ていた。
雄二「一つ聞いていいか」
ゆり「何よ」
雄二「お前はどうして死んだんだ?自殺か?」
ゆり「…神に抗う人間が、自殺するわけないじゃない」
雄二「そうか」
ゆり「さ、行くわよ」
こうして俺達はまた歩き出した。
俺達は、ひたすら地下に潜った。
ゆり「この下よ」
雄二「ようやく辿り着いたのか」
俺達の眼下には頑丈そうな鉄の扉がある。二人でそれを開けると、暗闇の底に光が見えた。
そして、また長い梯子を降りる。
雄二「これがギルドか…」
ギルドは巨大な鉄工所のような場所だった。金属音が、そこかしこで鳴り響いている。
梯子を降りきると、作業着を着た若者たちが待ち受けていた。
ギルド員A「あの罠の中、辿り着いたのか!さすがゆりっぺだぜ!」
ゆり「そんなことより、天使は?」
ギルド員B「さっきまで侵攻は止まっていたが、また動き出したようだ」
その時、どーーーん!!という音と共に激しい振動が俺たちを襲った。
全員が天井を見上げる。ぱらぱらと粉塵が落ちてきた。
ギルド員C「またかかった!」
ギルド員D「近いぞ!すぐそこまで来てる!!」
雄二「…」
俺はゆりの方を見た。天使にギルドの所在がバレた以上、今から下す判断は、これからの戦線について生きるか死ぬかの分水嶺になるはずだ。
…リーダーのあんたはどう判断する?
ゆり「…ここは破棄するわ」
ギルド員C「そんな!正気か!?」
ギルド員D「武器が作れなくなってもいいのかよ!?」
ゆり「大事なのは場所は道具じゃない。記憶よ。あなたたち、それを忘れたの?」
???「ふっ、そうだな」
雄二「…あんたは?」
チャー「俺はチャーだ。よろしくな、新入り」
ゆり「あなたの判断も聞かせてもらえるかしら?」
チャー「俺はリーダーの言うことに従うさ。俺達はこれから、オールドギルドに向かおうと思う」
チャー「あそこからなら地上へも戻れるしな」
ギルド員B「ここは…?」
チャー「…爆破だ」
躊躇するギルド員たち。
チャー「天使はオールドギルドには渡らせん。あそこは俺達が帰れる唯一の場所だ」
チャー「持っていくのは記憶と職人としてのプライド…それだけだ」
チャー「違うか、お前たち?」
振り返り、皆に問う。
ギルド員「「はいっ!」」
チャーの言葉にかつてのプライドを思い出したのか、一気に活気づいた。
チャー「爆薬を仕掛ける。チームワークを見せろ!」
ゆり「……」
ゆりはギルド員たちが爆弾を仕掛け始めるのを確認した後、背中を向け、颯爽と梯子を再び掴む。
雄二「どこに行くんだ?」
ゆり「時間稼ぎよ」
そう言って、梯子を登り出す。
雄二「……」
俺もゆりの後に続いた。
出口から這い上がると、ゆりが俺に気づく。
ゆり「あら、来たの?恐くないの?」
雄二「実はもう恐くて泣きそうだと言ったら、ゆりは何かしてくれるのか?」
ゆり「そうね、頭に一つ穴を増やしてあげることならできるわ」
雄二「フム、何故だか恐怖心が薄れてきた…」
ゆり「それはよかったわ」
ゆりはそう言って、通路の奥を持っていたライトで照らした。
舞い散る砂塵の中から、ゆっくりと浮かび上がってくるのは…
天使「……」
ハンドソニックを腕から生やした天使だった。
雄二「…ここは俺に任せてくれないか?」
ゆり「え?あなた、戦えるの?」
雄二「いや、話をして帰ってもらうんだ」
ゆり「はぁっ!?何言ってんの!?最終防衛ラインなのよ!?」
雄二「理解している」
ゆり「…わかったわ。やってみなさい」
雄二「ああ」
俺は天使の前まで踏み出した。
雄二「よう、昨日ぶりだな」
天使「…そうね」
雄二「突然だが、俺達は今忙しくてな。悪いと思うが、黙って回れ右をしてはもらえないだろうか?」
天使「…ここは危険な仕掛けがいっぱいだわ」
雄二「フム、それは俺も前から気になっていたところだ。俺からも仕掛けを外すように言っておこう」
天使「あなたはつい最近この世界に来たのではなかったかしら」
雄二「そう、重箱の隅をつつかないでくれ。俺達の仲じゃないか」
天使「あなたとはそうかもしれないけど、他のSSSの人達とはちがうわ」
ゆり「え?何?風見君、天使とそんな仲になっていたの!?」
雄二「ええい、貴様!俺が今説得している最中だろう!静かにしないか!!」
ゆり「え?なんであたしがキレられたのかしら!?」
天使「とにかく、ここは危険…放置しておくわけにはいかないわ」
雄二「クソッ!!失敗か!!」
ゆり「もういい、どきなさい!」
ゆりが銃を撃つ。銃弾は天使の華奢な足を貫く。
天使「ガードスキル…ディストーション」
ゆりはさらに発砲。しかし、銃弾の弾道がすべて歪み、その後方へと抜けていった。
ゆり「くそっ!!」
ゆりは手に持っていた銃を捨て、武器をナイフに持ち代え、天使に向かい駆けた。
雄二「…ほう」
俺は天使と刃を交わり合わせているゆりの身体能力の高さに驚いていた。
接近戦で天使と互角なのか…
天使「ガードスキル…ディレイ」
天使の体が一瞬光る。
雄二「今度はなんだ…?」
確実に捉えたとおもったゆりの刃がその体をすり抜ける。
残像だ。天使は体を動かすたび、そこに残像を残していく。
ゆり「くっ!」
ゆりの体がざくざくと、切り刻まれていく。形成は一方的になっていた。
雄二「……クソッ!!」
俺は持っていた銃を撃ちながら、天使とゆりの元へ駆けた。
天使「ガードスキル…ディストーション」
雄二「またか!」
天使が俺の銃弾を弾く。
雄二「だが、これで…!!」
俺は動きの止まった天使の前から、ゆりを運び出した。
ゆり「風見君!?」
雄二「ナイフを貸せ、後は俺がやる」
ゆり「はぁっ!?あなたまた何を言ってるの!?」
雄二「心配ない。生前にナイフは嫌になるほど使ってきた」
ゆり「あなた…」
雄二「ほら、天使が動き出す。早くナイフを寄こせ」
ゆり「…わかったわ」
俺はゆりからナイフを貰い、右手に握る。
雄二「さて…」
やるか。
雄二「さて…」
俺はまず、軽く握ったナイフを天使の眼前に突き出す。
まるで殺気のないその初撃は、当然のように天使にかわされる。
俺は踏み込んだ足の親指を軸にして腰を大きく捻り、かわされたナイフの軌道を突きから薙ぎに変える。
天使「っ!?」
一撃で決めようとは思わない。
ただ、何度も相手が嫌がることを執拗に繰り返す。
地味に何度も繰り返して、相手が苛立ち、強引な手段になってでも決着をつけようとしてくる瞬間や、弱って諦めかけた瞬間に止めを刺す。
ナイフ戦の肝は嫌がらせにあるのだ。
天使「ガードスキル……ディレイ」
俺が天使に対して“嫌がらせ”を繰り返していると、天使が残像を出し始めた。
雄二「ッ!!」
初めて経験する動きに判断が少し遅れる。その瞬間を待っていたかのように、天使の刃が俺の右腰を切り裂く。
雄二「…グゥッ!!」
ここで膝を着けば、一気にやられる!!
俺はその場に踏ん張ることをせず、倒れ込みながらナイフを振った。
天使「っ!!」
俺は天使を怯ませた隙に、今度は天使の足元へ倒れ込む。
誰であっても、足元は対処しづらい死角である。ナイフを降り下ろそうとすれば、体勢が不安定になるし、蹴りを入れようとすれば、その足をナイフで切りつけられる。
俺は天使の足を目掛けてナイフを振る。
雄二「…チッ…」
俺が振るったナイフは天使の残像を切り裂いていた。
“避けられた“
低い体制で固まっていた俺が顔を上げると、目の前には光の刃があった。
雄二「ッッッ!!」
俺は必死に身をよじり、刃をかわす。
そして、俺は勢いよく後転し天使と距離をとる。
雄二「…その腕の剣は、どっちの腕からも出せるんだな」
天使「……」
雄二「さて、次はどうするか…」
ゆり「風見くん!!」
俺が次の攻め方を考えていると、ゆりが大声で俺に声をかけてきた。
ゆり「準備が終わったわ!!もう時間稼ぎは終わりよ!!」
ゆり「こっちへ戻ってきなさい!!」
雄二「…了解」
俺は天使から目を反らさずそこから離脱すると、ゆりの元へ駆けた。
ゆり「風見君。無事?」
雄二「ああ、もう吐きそうだ。助けてくれ、ゆり」
ゆり「わかったわ。これ以上苦しまないようにしてあげる」カチャッ
雄二「待て、何故だか吐き気が薄れてきた…」
ゆり「ふざけてないで、行くわよ」
雄二「ああ」
ゆり「…あと」
雄二「ん?」
ゆり「後で、あなたの生前について教えてくれないかしら」
雄二「どうしたものか…まあ、気がむいたらな」
ゆり「気がむかなくても、教えなさい!!」
雄二「…了解した」
チャー「やるぞ?」
ゆり「よろしく」
チャー「わかった。……爆破!」ガチャ
チャーが手元のレバーを押し込んだ。始めは静かだったが、徐々に雪崩のように轟音が迫ってくる。
チャー「進め!オールドギルドへ!!」
凄まじい揺れの中、俺達は前へ前へと進んだ。
チャー「何年ぶりだろうな」
ゆり「まあ、大変だと思うけど…」
ゆり「またひとつよろしく」
チャー「ああ」
チャーとゆりが固く握手を交わした。それはきっと、以前にもあった光景なのだろう。
その後、ゆりはトランシーバーを取りだし、口に当てていた。
ゆり「馬鹿どもお目覚め?」
ゆり「ギルドは破棄。天使ごと爆破したわ」
ゆり「総員に告ぐ。至急オールドギルドへ」
ゆり「急げ、馬鹿ども!」
雄二「フム…」
こうして作業を見ていると、ゆりがどれだけギルドメンバーから慕われているか、伝わってくる。
こいつは自分のことを情けないリーダーだと悲観しているかもしれないが、本当にどうしようもない指導者の元には人は集まらないはずだ。
雄二「なぁ、ゆり」
ゆり「何?今忙しいんだけど?」
雄二「お前は妹や弟を守れなかったことを悔やんでいるんだよな」
ゆり「…は?」
雄二「そしてお前は俺達戦線メンバーを守ることで、生前出来なかったことを償おうとしている。そうだな?」
ゆり「…そうだといったら?」
雄二「なら、そんな下らんことはもうやめろ」
ゆり「…下らないですって?」
雄二「お前は責任と責任感の違いがわかっているか?」
ゆり「…お次は何の話かしら?」
雄二「負うべきものが責任。負わなくてもいい物まで負いたがるのが責任感だ」
ゆり「……何?じゃ、あんたは、あたしのこの気持ちは責任感だっていいたいわけ?」
雄二「ああ」
ゆり「ふざけんな!!あんたに!!あんたなんかに、何がわかるのよ!!」ダンッ!!
ゆり「この……気がッ…おかしくなるほどの……理不尽な人生を強いられた……ッ!!」
ゆり「あたしの気持ちがわかられてたまるかぁぁぁあああ!!!」
雄二「……」
ゆり「はぁ…はぁ……」
雄二「気がすんだか?」
ゆり「……」チッ
雄二「ゆり、俺はこんな奴等を知っている」
雄二「一人は、男に生まれなかったというだけで、親族から否定され続け、他人と関わることをやめてしまった、言わば生まれてきたことが間違いだった女」
雄二「一人は、親に反発し、一度逆らったせいで親を亡くし、それ以降どんな言付けに対しても逆らうことを拒むようになった、逆らった罪を抱え込んだ女」
雄二「一人は、何をしても否定され続け、やっとできた親友も救うことができず、いつからか自分を殺し、ひたすら違う自分を演じていた、生きながら死んでいた女」
雄二「一人は、幼少時に誘拐され、その犯人によって父親を目の前で殺害され、その父親の亡骸が腐って行くのをただただ目撃し続け、更にはその誘拐の黒幕は自分の母親だと知り、自分を守る存在はどこにもないのだと絶望していた女」
雄二「一人は、同級生十数人で遭難し、一人なんとか生還するも、周りの人間の心ない憶測や噂、更には一人生き残ったことを自分で責め続け、自分が幸福になることを拒み続けた、生き残った罰を背負う女だ」
ゆり「……」
雄二「こいつらの境遇からすれば、こいつらも死ねばこの世界に来てもおかしくないはずだ」
雄二「だが、こいつらは自分達で自分の過去との向き合い方を見つけた」
雄二「こいつらは、もがき苦しみながらも、自分の過去を乗り越えることができたんだ」
ゆり「……」
雄二「ゆり、俺はお前の過去に同情するつもりはない」
雄二「だが、お前も自分の過去を乗り越えることが出来るはずだ」
雄二「俺は、お前が過去を乗り越えるために必要なことは何でもしよう」
雄二「例え、何度死ぬことになっても俺が神をぶっ飛ばしてやる」
雄二「だから、俺達を守るんじゃなく、導いてくれ」
雄二「俺達には、あんたのようなリーダーが必要なんだ」
ゆり「……」
ゆり「…もしかしてだけど、私を励まそうとしてくれてるの?」
雄二「フム、どうやら伝わったようだな」
ゆり「あなたねぇ……」プルプル
雄二「ん?」
ゆり「まどろっこしいわ!!!」
ゆり「というか何!?あれだけ、盛大な前フリしておいて、結局はリーダー頑張れよってことでしょう!!??」
雄二「まあ、そうなるな」
ゆり「まどろっこしいわ!!!」
雄二「うわっ…だから唾を飛ばすなって…」
ゆり「黙りなさい!!ぺっぺっ!!」
雄二「くっ…この女……ッ!!」
ゆり「ふん!!」
俺に唾を飛ばした後、ゆりはズンズン前に歩いていってしまった。
雄二「フム…」
この世界に来た奴は、俺やゆりのように凄惨で、理不尽な過去があるのだろう。
だが、俺は美浜学園で人間の前を向く強さを学んだ。
あいつらのおかげで、死んじまった俺でさえ、今前を向くことができるのだ。
…ありがとな
ゆり「あ、いけない、忘れてたわ!!」キュピーン
雄二「何だ?」フム
ゆり「あんたの知り合いの女の話なんてどうでもいいのよ!」
ゆり「さっさとあなたの過去を教えなさい!!」ビシッ
雄二「あー…それか…」フム…
雄二「あのな、ゆり」
ゆり「何よ?」
雄二「また気がむいたらな!」ダッ
ゆり「はぁっ!?ちょっと待てやごらぁぁぁああああ!!!!」
なぁ、麻子。
俺、また救いたい奴を見つけたぜ?ちょっと時間がかかりそうだけど、それでも絶対に救ってみせる。
だから、あんたに会うのはもう少し後になりそうだ。遅刻ぐらいでキレるような女でもないだろ…?いや、あんたは普通にキレそうだな。
まあ、ムカついたのなら、向こうに行った時にでも俺を殴ってくれればいいさ。ジョンによろしくな。
んじゃまあ、つーこって…
雄二「またな、麻子」
これで一応終わりです。
読んでくれた方は、ありがとうございました。
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません