風見雄二「死んだ世界戦線?」2 (76)

風見雄二「死んだ世界戦線?」の続きになります。

グリザイアの果実とAngel Beats!のクロスです。
両作品のネタバレがあります。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1489394406


時として不自然なことが自然に思えることがある。

俺が生前通っていた美浜学園には一人、メイドがいた。
そいつは日常生活のほとんどをメイド服で過ごしており、最初こそ違和感があった服装だが数日後にはその違和感はなくなっていた。

そして、いざそいつのメイド服を脱がした時、メイド服を着ていないそいつを見て、俺は何故か物足りなさを感じたのだ。

このように、不自然だと思われるようなものでも、それを頭から否定することは間違いなのである。


天使「……」カリカリ

雄二「……」フム

俺は今、とある教室で天使と共に授業を受けている。

ここで勘違いしてほしくないのだが、俺は戦線を脱退したわけでも、天使の味方になったわけでもないし、ましてや自分の学力に不安を感じたわけでもない。

では何故俺が天使と共に勉学に励んでいるのか。


話はこうだ。
この世界でも生前の日課であるマラソンを行っている俺は、今朝も日課をこなしシャワーを浴びた後、この世界を見て回ることにした。

とりあえず校舎を見て回ろうと廊下を歩いていた俺は、そこで偶然天使と鉢合わせてしまったのだ。


天使「おはよう…」

雄二「む、天使か。調子はどうだ?」

天使「…少し眠いわ」ボー

雄二「フム、それはよくないな。睡眠不足は思考を鈍らせる。今日は早めに寝ることだ」

天使「そうね…そうするわ…」

雄二「ああ。後悔がないよう全力で睡眠に励んでくれ。では俺は失礼する」

天使「…待って、そろそろ授業が始まるわ」ガシッ

雄二「…そうなのか、引き止めてすまなかったな。では、思い残すことがないように死ぬ気で勉学に勤しんでくれ。それじゃ…」

天使「あなたもこの学校の生徒よ?授業を受けないといけないわ」ジー

雄二「いや、確かにそうかもしれんが、俺は自分の教室すらわからん状態だからな…」

天使「大丈夫よ。あなたの教室もちゃんと用意されているから」ジー

雄二「……フム」

適当な理由をつけて、この場を離脱しようと考えていたが、逆にこれは天使からこの世界の情報を得ることのできる、いい機会なのではないだろうか?

そう考えた俺は天使の提案に乗ることにした。



雄二「…わかった。では授業を受けよう。教室に案内を頼む」

天使「………っ!?」

雄二「どうした?お前が誘ったのだろう。何をそんなに驚いている」

天使「SSSの人で授業を受けてくれた人は初めてだったから…」

雄二「そうなのか?」

天使「ええ…感動だわ……」ジーン

雄二「…もしかして俺は今大変な隊規違反を犯しているのではないだろうか?」フム

天使「…何してるの?授業に遅れるわ。早く行きましょう」スタスタ

雄二「……まあ、いいか」

死人である俺に授業を強いる理由も気になるし、特に予定があるわけでもない俺はこうして天使に連れられ、授業を受けてみることにしたのである。

???「……」



~教室~


天使「……」ペラッ

雄二「……フム」

今回の授業は俺が美浜学園で受けたものと人数の規模こそ違うが、内容は同じようなものだった。

てっきりこの世界では宗教や道徳の授業でもするのだろうかと考えていた俺は、少し拍子抜けした気分だった。

そうこう考えているうちに、授業終了の鐘がなり休み時間になった。

…ちょうどいい、天使にこの世界について少し聞いてみるか



天使「……ふぅ」

雄二「なあ、ちょっと質問があるんだがいいか?」

天使「…ええ、何かしら?」クビカシゲ

雄二「何故死人の俺達が勉強をしなければいけないんだ?」

天使「…学生は勉強をするのが当たり前だから」

雄二「なるほど。しかし、その常識は死後の世界であっても成立するものなのか?」

天使「…そうね、なら言い方を変えるわ」

天使「学生にとって勉強は青春のひとつだからよ」

雄二「…ん?すまない。間違っていたら指摘して欲しいんだが、今青春と言ったか?」

天使「ええ、そうよ。この世界で勉強する理由…」

天使「それは青春よ」

雄二「……フム」

これは天使なりの冗談なのだろうか?



雄二「すまん。笑うところだったか」

天使「???何処か笑うところがあったかしら」

雄二「…なるほど」

天使はどうやら本気で言っているらしい。

天使「…ここに来る人はみんなひどい人生を経験しているわ」

天使「そんな人達が青春をやり直すための場所がこの学校なのよ」

雄二「…つまりこの世界に学校がある理由は、俺達の“青春“のためだということなのか?」

天使「……っ!?」

雄二「どうした?何処か間違っていたか?」

天使「いいえ、その解釈で合ってるわ」

雄二「そうか。それはよかった」

天使「初めて伝わったわ…」ジーン


このことをゆり達戦線メンバーは知っているのだろうか?

一応報告した方がよさそうだな…

そう考えた俺は、話を切り上げることにした。


雄二「…さて、俺はそろそろ寮に戻ろうと思う。世話になったな」

天使「…寮に戻るの?すぐに次の授業が始まるわ」

雄二「すまない。ちょっと急用ができてな」

天使「……そう、残念だわ」

雄二「また何か疑問に思ったことがあれば、質問してもいいか?」

天使「ええ」

雄二「そうか。では…」

と、そこでふと気になったことを聞いてみた。

雄二「さっそくで悪いが、一つ質問がある」

天使「ええ、何かしら」

雄二「あんたに名前はあるのか?」

天使「…あるわ。橘、奏よ」

雄二「そうか。なら、奏と呼んでもいいだろうか?」

天使「…あなたがそう呼びたいのなら、それでいいわ」

雄二「すまない。知人に同じ名字の奴がいてな…」

天使「わたしもあなたの名前を知らないわ」

雄二「俺の名前か?風見雄二だ」

天使「そう…わかったわ」

雄二「よろしく頼む。ではまたな」

天使「ええ」


さて、さっそくゆりに奏との会話で得た情報を報告しないとな…

俺は教室を出ると、寮ではなく戦線の本部に向かって歩き出した。



~戦線本部~


雄二「失礼する」ガチャッ

本部に入ると、そこには緊張した面持ちの日向と妙に胡散臭い笑みを浮かべたゆりが居た。

日向「お、おう…風見か…」

雄二「…どうした?何か取り込み中だったか?」

日向「いや、そういうわけじゃないんだが…」チラッ

ゆり「……待ってたわよ、風見くん?」ニコニコ

雄二「…えらく機嫌がいいようだな。もしかしてだが、今日はお前の誕生日だったりするのか?」

日向「バカ!!風見……ッ!!」

ゆり「……」ブチッ

雄二「ん?」

ゆり「てめぇ今すぐそこに直れやごらぁぁぁああああ!!!!」

日向「ゆ、ゆりっぺ!!落ち着けって!!!」ガシッ

いきなりゆりがナイフを取り出し、俺に襲いかかろうとしてきた。
それを日向が何とか後ろから押さえ込む。


雄二「何だ?何をそんなに興奮している?」

ゆり「お前この前の言葉は嘘だったのかッ!?あ゛ぁ゛ッ!?」

雄二「この前の言葉だと…?」

ゆり「あたしのために何でもするって言ってただろーが!!」

ゆり「それなのに天使なんかの言いなりになって、授業なんか受けたりして……!!」

ゆり「てめぇこの世界から消えたいのか!!??あ゛ぁッ!!??」

雄二「この世界から消える?…待て、話が見えてこない」

日向「待て、ゆりっぺ!!お前ちゃんと風見に天使の事とか“成仏“の話はしたのか!?」

ゆり「はぁっ!?そんなの話したに決まって…………あっ」

雄二「“成仏“だと?何だそれは」

日向「…もしかして、ゆりっぺは風見に何も説明してなかったのか?」

雄二「だから何の話だ」

日向「この世界では、天使の言うことを聞いて従っていると、すぐにこの世界から消えちまうんだよ!」

雄二「消える?存在しなくなるのか?」

日向「ああ。多分天国にでも行くんだろうよ」

日向「それで、俺達は天使の言いなりになってこの世界から消えちまうことを“成仏”って呼んでるんだ」

雄二「なるほど…この世界ならではのスラングってやつか」

日向「ああ!!…って本当に知らなかったのかよ…」ハァ

雄二「初耳だな」フム


日向「ゆりっぺ……」ジー

ゆり「……」

ゆり「…そ………よ」

雄二「???」

ゆり「そうよ!!普通に伝え忘れてたのよ!!それなのにあなたが天使側についちゃったって勘違いして、ひとり騒いで逆ギレして大声あげてたのよ!!滑稽でしょ!?滑稽よね!?いっそ笑いなさいよ!!笑えばいいわ!!」

ゆり「あーはっはっは!!」

雄二「……」

日向「……」

ゆり「何か言えやごらぁぁぁああああ!!!!」

雄二「………疲れないか?」

ゆり「…………疲れた!!」プイッ

日向「こんな残念なゆりっぺ初めて見たぜ…」

雄二「……」ハァ

俺は疲れて息を切らしていたゆりが落ちつくのを待った。



ゆり「……」ズーン

雄二「……」

日向「…そういえば、風見は用があってここに来たんだよな?」

雄二「…ああ、奏との会話でわかったことがいくつかあってな」

雄二「それを報告しにきた」

ゆり「……かなで?」

日向「かなでって…天使のことか?」

雄二「ああ。名前を聞いたら橘、奏だと答えたからな」

ゆり「…そういえば、そんな名前だったわね」フン

日向「そうだな、俺達は天使としか呼んでなかったから忘れてたぜ…」

ゆり「それで?風見くんは、“かなでちゃん“との会話で何がわかったのかしら?」

雄二「…フム、わかったことは二つだ」

雄二「一つは今言った天使の名前」

雄二「そしてもう一つはこの世界の学校の存在理由だ」


日向「学校の存在理由?そんなのあるのか?」

ゆり「……」

雄二「この世界の学校の存在理由…それは青春だそうだ」

日向「…うん?青春?なんだそりゃ」

雄二「つまり…」

ゆり「つまり、生前に青春を謳歌出来なかった人間に、この世界で青春をやり直させる…」

ゆり「そんなとこかしら?」

雄二「…その通りだ。知っていたのか?」

ゆり「いいえ?ただ何年も前から気になって、それなりの理由を考えついていただけよ」

日向「さすがゆりっぺだぜ…」

ゆり「でも風見くんのおかげで正解がわかったんだもの。これは大きな進歩よ」

雄二「…その割にはそこまで嬉しそうじゃないな」フム

ゆり「……ふんっ」プイ


日向「…でもまあ、何はともあれ安心したぜ」

日向「ゆりっぺから風見が天使と一緒に授業を受けているって聞いた時は冷や汗が止まらなかったからな…」ハァ

雄二「そういえば、何故俺の行動をゆりが把握していたんだ?」

ゆり「…うちの戦線の通信士はそれだけ優秀なのよ」

雄二「通信士…なるほど」

あの遊佐という女生徒に目撃されていたのだろう。

俺達の行動はあいつからゆりに筒抜けなんだな…

雄二「…これからは気をつかって行動しないとな」

俺は声に出さずそう呟くと、これからの行動について考えるのであった。


趣味とは社会を知る窓であると言ったのは俺の姉だった。

ガキの頃、家で何をするでもなく過ごしていた俺が、本を読むきっかけになったのが姉のこの言葉である。

ただ時間をもて余しているよりは、何かの趣味に没頭していた方がいくらか建設的だろうし、趣味を糸口にして人間関係をより深めることもできるのである。

結局趣味と言うものは、どんな下らないことであっても、あった方がいいというのが俺の見解である。


ゆりに報告をして戦線本部を後にした俺は、当初の予定通りに校舎を見て回ることにした。

授業を受けるとこの世界から消えてしまうと聞かされた以上、また奏に遭遇した場合に授業の誘いを断るのが面倒だ。

そう考えた俺は、学生が少ないと思われる特別棟と呼ばれる校舎に足を運ぶことにした。

しばらく廊下をひとりで歩いていると“竜巻作戦”の時に聞いた歌が何処かから聞こえてきた。


雄二「こっちの方か…?」

演奏が行われているのは防音加工された部屋のようで、音はまだ遠いが、見えた窓からは演奏している戦線の制服を着たメンバーが確認できた。

雄二「フム…すごい熱だな」

しばらく窓越しに見入っていると、急に演奏が途切れてしまった。

何かトラブルでも起きたのだろうか?




女生徒A「悪い、すぐ直すよ」

岩沢「ふぅ…じゃ、少し休憩」

女生徒B「はいですー」

女生徒C「あたし、飲み物買ってきまーす!」タタタッ

女生徒がドアを勢いよく開け、俺の存在に気づかないまま、廊下を駆けていった。

岩沢「ふぅ………ん?」

窓越しに岩沢と目があったので、よう、と手を挙げてみる。

すると岩沢は、ギターをスタンドに立てた後、こっちに向けて歩いてきた。


岩沢「よう、声デカ男。呑気に見学かい?」

雄二「特に予定もなかったんでな。校舎を見て回っていた」

岩沢「そっか。じゃあせっかくだし、ウチのメンバー紹介をしておくか」

岩沢「今、ギターの弦を張り直してるのがひさ子。ドラムのところに座ってるのが入江。んでさっき出ていったのがベースの関根」

雄二「フム…」

岩沢「ま、頑張って覚えてくれ」クスッ

雄二「…そうだな、努力しよう」

岩沢「それで?この世界にはもう慣れた?」

雄二「…どうだろうな。来てまだ数日しか経ってないから何とも言えないが、これが俺の見てる悪い夢じゃないことはわかった」

岩沢「そっか」クスッ

岩沢「あと、ゆりに聞いたけどギルド降下作戦の時に、天使と互角だったんだって?」

雄二「いや、俺はただ逃げ回ってただけだぞ?」

岩沢「そう?ゆりはあんたを相当褒めてたけど?」

雄二「そうなのか?」フム

岩沢「ああ、あいつはやっぱりただ者じゃないってさ」

雄二「…なるほど」

俺はゆりに好かれているわけではないと思っていたが、嫌われてもいないようだ。

関根「おろ?お客さんですか?」

入江「……」ジー

廊下で岩沢と話をしていると、教室からペットボトルを抱えた女生徒と、髪の長い内気そうな女生徒が顔を覗かせた。


岩沢「戦線の新入りだよ。名前はえーっと…」

雄二「ジューシーユージーだ」

岩沢「そうだ、ジューシーユージーだ!!」

関根「えっ?…日本人じゃないんですか?」

雄二「勿論日本人だ」

入江「…日本人なのにジューシーユージーって名前何ですか?」ウーン

雄二「ああ。実はこの名前のおかげで生前に大変な思いをしてな。それが原因でこの世界に来たんだ」

入江「そ、そうだったんですかっ!えっと、それじゃあ呼び方を代えた方がいいですよね…?」

雄二「そうだな。では、気軽にユジユジとでも呼んでくれ」

入江「わかりましたっ!ユジユジさん!!」

ひさ子「…いや、その呼び方もおかしいだろ。つーか、あんた本当はちゃんとした名前があるんだろ?」

二人の後ろから、今度は目つきの鋭い女生徒が声をかけてきた。


雄二「ああ、実はその通りだ」

岩沢「まじかよ!?ったく、早く言えよな!!」

雄二「すまない、つい興が乗ってしまってな」

というか、岩沢には数日前に名乗ったはずなんだが…

雄二「まぁいい。俺は風見雄二だ。よろしく頼む」

関根「風見さんですかっ」

入江「ちゃんと 日本人らしい名前で良かったですねっ!」ニコッ

ひさ子「いや、そこかよ…」ハァ

岩沢「こいつはゆりにいきなり幹部に抜擢されたんだ」

ひさ子「ふーん………あたしはひさ子。あまり関わることはないだろうけど、よろしく」

雄二「ああ」



ひさ子「で?ここには何の用があって来たんだ?」

関根「もしかして、私達目的でしたか?げへへ」

雄二「何だ、気づいていたのか?」

入江「えっ!本当にそうなんですか?」

雄二「勿論嘘だ」

入江「そうですか…」ショボーン

雄二「実は半分本当だ」

入江「えっ?えっ?」オドオド

ひさ子「おい、そんなに入江をからかうなよ」

雄二「すまない、少しおもしろくなってしまってな」フッ

関根「まあ、私達はともかく岩沢先輩は、音楽にしか興味を示さない音楽キチですから、やめといたほうがいいですよー??」ゲヘヘ

岩沢「おい、関根!!」

岩沢「合ってるから反論できねーじゃねーか!」

雄二「合ってるんだな…」フム

ひさ子「さて、無駄話ばっかしてないでそろそろ練習再開するぞー」

関根「はーい」

そう言って彼女達は、ひさ子を先頭に教室へ戻っていく。


俺もそろそろ行くか…

そう思った矢先、岩沢に呼び止められた。

岩沢「おい、風見っ!!」

雄二「何だ?」

岩沢「やるよっ」ポイッ

投げられたものを受けとると、飲みかけのペットボトルだった。

雄二「フム、俺はこれをとりあえず舐め回せばいいのだろうか…?」

ガルデモメンバーは、全員女というだけあって随分と姦しい連中だったな…

何となく、あいつらを思い出した俺はペットボトルを上着のポケットに仕舞うと、その思い出を振り払うかのように廊下を歩き出した。


ひとしきり校内を見て回った後、日向と合流し二人で晩飯を食べていると、遊佐が現れ俺達幹部は戦線本部に召集された。

~戦線本部~


ゆり「天使エリア侵入作戦のリベンジを行うわ!!」デーン!!

日向「えぇ!?あれまたやるのかよ!?」ガーン!!

藤巻「そうだぜ!結局何も手出しできなかった作戦じゃねーか!」

雄二「…その天使エリアってのは何なんだ?」

大山「天使エリアは天使の住む場所のことだよ」

雄二「全寮制のこの学校で奏が住む場所となると…」

雄二「…もしかして、天使エリアとは女子寮のことを言っているのか?」


野田「待て、かなでだと?それは誰のことだ?」

ゆり「“かなで“は天使の名前よ」フン

高松「何故風見さんが天使のことを名前で呼んでいるんですか?」

雄二「何だ?天使の名前を呼ぶだけでも、この世界から消えてしまうのか?」

高松「そうではありませんが、天使は我々戦線の敵ですよ?」メガネクイッ

雄二「敵であるからこそ、より正確な呼称であるほうがいいとは思わないか?」

高松「まあ、確かにそうかもしれませんが…」チラッ

ゆり「……何よ?」ギロッ

日向「ま、まあ!そんなことよりさっ!!」

日向「また天使エリアに侵入ってどういうことだ?ゆりっぺ!」


ゆり「…前回の作戦では我々の頭脳の至らなさを露呈してしまったわ」

ゆり「けど、今回は違うわ!!」

松下「どう違うというのだ?」ハテ

高松「何か策があるということですね?」メガネクイッ

ゆり「ええ」

ゆりがそう言うと、部屋の外から背丈が小さい少年が現れた。

男子生徒「ここが本部ですか…」

大山「えぇ!?」

藤巻「だ、誰だ!?こいつは!?」

ゆり「今回はこの、天才ハッカーの名を欲しいままにした、ハンドルネーム竹山くんを実行班に登用し、エリアの調査を念入りに行う!!」デーン!!

日向「竹山って本名じゃね?」

竹山「…僕のことはクライストとお呼び下さい」

藤巻「さすがゆりっぺだぜ…カッコいいハンドルネームが台無しだ」ハァ

雄二「ハッカーということは、奏のパソコンの中身を盗み見るということか?」

ゆり「そうよ。竹山君の技術で徹底的に洗ってやるわ!」

雄二「なぁ、ゆり。プライバシーという言葉を知っているか?」

ゆり「それは人が持ち得る権利でしょ?相手が天使なら関係ないわ」

雄二「だからってな…」

野田「何だお前、やけに天使の肩を持つな。まさかスパイか?」

日向「風見はまだこの世界に来たばかりだ。天使のことも人間扱いしちまうのは当然だ。だろ?」

雄二「…確かに周りの反応からすると、俺が異常のようだな」

チームワークを乱すものから死んでいく。
そんな過去の教訓を思い出した俺は、この場は引き下がることにした。


ゆり「…今回の作戦はいつもより時間がかかるわ」

ゆり「だから岩沢さん、陽動はド派手にお願い」

岩沢「具体的には?」

ゆり「告知ライブよ」フッ

高松「なっ!?ゲリラライブしか行ってこなかったガルデモが!?」

日向「そうだぜ!告知なんてしたら教師にすぐ止められるだろ!」

ゆり「だけど同時に天使もその場に貼り付けにできる。違う?」

日向「そうかもしれないが、やり方が乱暴すぎるぜ!ガルデモを失ってもいいのかよ?」

ゆり「…岩沢さんはどう?やれそう?」

岩沢「あたしはどんなステージだって歌うよ。生前は誰も見向きもしない路上で歌い続けてたんだ」

日向「逆だ、逆!今回は目立ちすぎるんだよ!!」

高松「そうです!ガルデモは校内では誰もが知るビッグネームになっているんですよ!?危険すぎるかと!!」

岩沢「じゃあ、なおさら気合い入れないとな」フッ

高松「えぇー!?」

雄二「……フム」

話を聞く限り、今回の作戦は相当危険なようだ。


雄二「ゆり」

ゆり「…何よ?」

雄二「話を聞く限り、反対意見や不安要素が多い。今回の作戦は少し無謀なんじゃないか?」

ゆり「あーもう、いちいちうるさいわね!じゃあ今回の作戦に風見くんは参加しなくていいわよ!!」

雄二「…何だと?」

日向「おい、ゆりっぺ…」

ゆり「話を戻す!本作戦は、二日後の1900に実行!!」

ゆり「実働部隊は、竹山君にあたし、日向君に松下君に野田君の五名であたるわ!!」

ゆり「じゃ、解散!!」

ゆりは半ば強引に作戦会議を終わらせると俺達は解散となった。



作戦会議を終えた俺は、日向と共に部屋に戻っていた。

日向「そう、落ちこむなよ」

雄二「……」

日向「ゆりっぺもお前が天使の味方ばっかするんで、気にいらなかったんだろーよ」

雄二「……」

日向「ま、こういうことは大浴場の風呂にでも入って忘れよーぜ!!」

雄二「…フム、先にひとりで行ってくれて構わないぞ?」

日向「…大浴場なのに、何故避けるんだ?」

雄二「…お前がホモだから?」

日向「ホモじゃねぇーー!!」ガーン

雄二「……」

日向「ホモじゃねぇぇぇ!!」

雄二「何故言い直した?」フム

日向「大事なことだからだよ!」

雄二「そうか、なら風呂に行くか」スタスタ

日向「ちょ!?待てよ!!」

こうして俺は日向と共に風呂に入った後、また部屋に戻って休むことにした。


雄二「…む?日向、お前本を読んでいるのか?」

日向「ん?まあ漫画だけどな」

雄二「死語の世界にも漫画なんてあるのか」

日向「そりゃあるさ。図書館に行けばたくさん本があるぜ?」

雄二「…それはいいな」

日向「何だ、お前本が好きなのか?」

雄二「俺はこう見えて読書家なんだ」

日向「そうなのか…なら、これ使えよ」ポイッ

日向は本に目を向けつつも、空いた手でポケットから一枚のカードを取りだし、こちらに投げた。

雄二「…これは何だ?」

日向「図書カード。これを使えば問題なく本が借りられるぜ?」

雄二「なるほど…」

俺はそのカードを大事に仕舞う。
明日にでも行ってみるか…

日向「それじゃ、寝るか」

雄二「ああ」

この会話を最後に、俺と日向はそれぞれベッドに入り、就寝した。



翌日、俺はさっそく本を借りるために図書館を目指しひとり廊下を歩いていた。

すると、空き教室でギターをつま弾く岩沢を発見した。

俺は、曲作りでもしているのだろうと考え、岩沢の邪魔をしないようにその場から立ち去ろうとしたのだが、岩沢は俺に気づいたようで、ギターを弾く指を止めていた。


岩沢「…何見てんだ?入ってくればいいじゃないか」

雄二「いや、岩沢の邪魔をしないようにと思ったんだが…」

岩沢「別にいいよ、ところで風見は何でここに来たんだ?」

雄二「日向から図書館の存在を知らされてな。本を借りようと図書館を目指していたところだ」

岩沢「あんた、本を読むのか?」

雄二「読書は俺の数少ない趣味のひとつだ」フッ

岩沢「…それならさ、風見に聞きたいことがあるんだけど、いいか?」

雄二「構わないぞ。何だ?」

岩沢「…人はどうして死ぬんだ?」


雄二「いきなり何だ?」

岩沢「いや、趣味が読書なら物知りかなって。だから訊いてみた」

雄二「…そうだな。趣味の読書が関係なくて悪いが、姉に聞いた話だと細胞分裂の回数には限界があるらしい」

雄二「そして人の細胞分裂の限界は50回ぐらいで、それを終えると人は死ぬ」

岩沢「…じゃあ人は何のために生きるんだ?」

雄二「子孫を残すためだ」

岩沢「なるほど…ならこの世界でも子孫を残すことは可能かもしれないってことか」

雄二「実際に子孫を残そうとしたやつはいないのか?」

岩沢「あたしの知る限りじゃいないな」

雄二「フム…」



岩沢「なんなら確かめてみるか?」

雄二「俺とお前でか?別に構わないが」

岩沢「バカ、冗談だよ。何本気にしてんだよ」クスッ

雄二「…お前でもそんな冗談を言うんだな」フム

岩沢「…なぁ、風見。お前はCrow songの歌詞を知ってるか?」

雄二「Crowsong?…もしかして竜巻作戦の時に聞こえてきた歌か?」

岩沢「ああ」

岩沢「あの曲はな、タイトルの通り、カラスの唄なんだよ」

岩沢「そのカラスがあたし」

岩沢「暗闇でかーかー鳴いてるカラス」

雄二「……」

岩沢「周りの人間からしたら、うるさいだけの存在だ」

岩沢「だからたまに、他の鳥が羨ましくなる」

岩沢「明るい所でチュンチュン鳴いて、空を飛ぶってのは…」

岩沢「気持ちいいんだろうな…」


雄二「俺は、他の鳥よりもカラスの方がいいと思うぞ?」

岩沢「え?本気で言ってんのか?カラスってすげぇ迷惑な存在なんだぜ?」

雄二「だが、カラスは鳥類の中で一番頭がいい。そして、カラスは鳴き声の音階やその鳴き方によって、他の個体と情報を交換しているらしい」

岩沢「そうなのか?」

雄二「ああ。だから…」

雄二「暗闇の中であっても、声に想いを乗せて声を張り上げているカラスを俺は嫌いじゃない」

岩沢「……」

雄二「すまない。つまらない話を聞かせたな」

岩沢「いや、まあ確かによくわからないけど、ありがと」

雄二「礼を言われる覚えはないが」フム

岩沢「いいんだよ…」フッ

岩沢「あたしは、歌で聞いてる奴全員に本気でメッセージを届けてるつもりだ」

岩沢「だから、あんたの言葉を聞いて少し安心したよ」

雄二「…そうか」



誰であっても、悩み事の一つや二つ存在する。
それは、この世界のカリスマ的存在である岩沢も例外ではなく、彼女にも何かしら悩みがあるのだろう。

岩沢「…なぁ、もうひとつあたしの話を聞いてくれないか?」

雄二「ああ、構わないが」

岩沢「そう。じゃあ、聞いてくれ」

岩沢「あたしは生前、声を失ったんだ」

岩沢「歌うことが、できなくなったんだ」

それは生前の話だった。


岩沢「両親はいつも喧嘩ばかりしていた」

岩沢「自分の部屋もなく、怒鳴り声の中であたしは、部屋の隅で耳を塞いでいるだけだった」

岩沢「そんな時、あたしはとあるバンドに出会った」

岩沢「そのバンドのボーカルもあたしと同じく、恵まれない家庭環境にいて、辛い時は音楽の世界に逃げ込んでいたという」

岩沢「あたしもそうしてみた」

岩沢「すべてが吹き飛んでいくようだった」

岩沢「常識ぶってる奴こそが間違っていて、泣いてる奴こそが正しいんだと、孤独なあたしたちこそが人間らしいんだと…」

岩沢「ボーカルが私の代わりに、理不尽を叫んで、叩きつけて、破壊してくれた」

雄二「……」


岩沢「雨のゴミ捨て場に捨てられてたアコースティックギターと出会ったのも運命だったのかな…」

岩沢「あたしは必死にギターを練習した」

岩沢「コピーなんて一切しなかった」

岩沢「他人の言葉なんて歌いたくなかった」

岩沢「あたしは自分の言葉を歌にして、路上で歌い始めた」

岩沢「何もないと思っていた、あたしの人生には歌があったんだ」


岩沢「…でも、あたしは言葉を失った」

岩沢「脳梗塞による失語症…という診断だった」

岩沢「原因は両親の喧嘩の仲裁に入った時のとばっちりだった」

岩沢「運命を呪った」

岩沢「どこにも逃げ出せなかった」

岩沢「あたしの人生は、そこで終わった」


岩沢「風見は、人が生きるのは子孫を残すためだって言ったよな?」

岩沢「それは生前のあたしにも言えることなのか?」

雄二「……」

雄二「…そうだな。少し考えてみたが、正直お前が納得しそうな言葉が今は見つかりそうにない」

岩沢「…そっか」

雄二「だが、俺の師匠が言いそうな言葉なら今すぐお前に伝えることができる。聞くか?」

岩沢「風見の師匠?」

雄二「ああ。俺にとって一番大事な女だった」

岩沢「ふーん……それで?」

岩沢「その風見の師匠とやらは、あたしに何て言うと思うんだ?」

雄二「うるせぇ馬鹿。そんなこと自分で考えやがれこの野郎」

雄二「そんなことをお前に言うと思う」

岩沢「…随分口が悪い人なんだな」

雄二「ああ。説教ついでに頭をバシバシ殴ってきそうなぐらい、あらっぽい女でもあるな」フッ

岩沢「そっか。……自分で考えろ、か」

俺の“師匠の言葉“に納得をしたのか、岩沢は満足そうな顔をしていた。



岩沢「あ、やべぇ…」

雄二「どうした?」

岩沢「そろそろ練習の時間だ…」

岩沢「悪い、風見。またなっ」タタタッ

岩沢は素早く自分の荷物をまとめると、教室から出ていった。

雄二「…生きる意味、か」

俺は、麻子が死ぬ前に言っていたことを思い出す。

麻子『いいか、雄二。人間ってのはな、死ぬ為に生まれてくるんだ。形ある物はいつか壊れて、生きてる物はいつか必ず死ぬ。生まれてきた意味なんてのは、死ぬ時に初めてわかるもんだ』

死ぬことがないこの世界では、麻子が言った“死ぬ為に生まれてくる”という言葉は当てはまらない。

雄二「……」

今度は自分が死んだ時のことを思い出す。

薬を打ちすぎて、前もよく見えてなかった筈なのに流れ星だけがやたら綺麗に輝いて見えた。

そして俺はただ、“星が綺麗だな“

そう考えていた気がする。



結局、俺は死ぬ瞬間になっても自分が生まれてきた意味を理解することができなかった。

そして、それはゆりや岩沢も同じで、自分の生まれてきた意味を理解できなかったのではないのか。

神の使いである奏は、この世界の学校の存在意義を“青春”だと言っていた。

なら仮に、生まれてきた意味を理解できなかった俺達が、この世界で無事“青春”することができたとしたら?

自分の生まれてきた意味を理解し、手に入れることができたとしたら?

その時、俺達はどうなる?

雄二「……」

俺は岩沢が去った空き教室で、しばらくこの世界の仕組みについて考えていた。



作戦当日の朝になり、俺達は再び作戦本部に集まっていた。

~作戦本部~


ゆり「ついにこの日が来たわね…」フンスッ

日向「なぁ、ゆりっぺ。本当に風見を作戦から外すつもりか?」

雄二「……」

岩沢「風見は強いんだろ?なら、もし天使と戦うことになったら風見も居た方がいいんじゃない?」

野田「…別にいいだろ。その時は俺がゆりっぺを守ればいいだけの話だ」フン

ゆり「…そうね」

ゆりは俺の顔を見ると、言葉を続けた。

ゆり「風見くん、何か言うことはあるかしら?」

雄二「…フム、俺はゆりに謝罪すればいいのか?」

ゆり「あたしにじゃなくて、この場にいる全員に対して謝罪しなさい」

ゆり「敵である天使の味方をするということは、ここにいる全員を裏切ることになるわ」

雄二「…なるほどな。土下座でいいか?」

ゆり「土下座でいいわ!」

雄二「申し訳ありませんでした!!」

俺は瞬時にゆりの足元に跪くと、床に額がめり込むほどの全力で土下座をやってみせる。

ゆり「え、ちょ!?そ、そんな本気でやらなくてもいいわよ!?」

雄二「申し訳ありませんでしたぁ!!」グググ

ゆり「いや、だから、もういいから…ね?あたしも悪かったから…」

雄二「も・う・し・わ・け・ご・ざ・い・ま・せ・ん・で・し……たぁぁぁっ!!」

ゆり「わかった!!もうわかったから土下座をやめなさい!!」

雄二「もういいのか?」フム

大山「…すごい、完全に勢いだけで乗り切ったよ…」スゲー

日向「ああ、あんな土下座もあるんだな…」

無抵抗主義の勝利だった。

こうして俺は、晴れて作戦メンバーに加わることになった。



作戦会議が終わると、大山が声をかけてきた。

大山「風見くん!ちょっといいかな?」

雄二「む、大山か。どうした?」

大山「昨日風見くんの住む予定だった部屋を整理してたんだけど、そこで変なものを見つけたんだ」

雄二「変なもの?」

大山「うん。だから部屋まで来て確認してほしいんだ」

雄二「フム…」

俺の住む予定だった部屋にある変なもの。俺はそれが気になり、大山についていった。

大山「ほら、この鍵のかかった大きなケースだよ」

大山「これが何か知らない?」

雄二「これは…」

大山に連れられ部屋に入ると、そこには確かにこの部屋には似合わない、変なものが置いてあった。

雄二「嘘だろ…?」

それは、俺が麻子に貰った“オモチャ”だった。



~自室~


大山から“オモチャ“を受けとると、俺はそれを大山の部屋から自分の部屋に運んだ。

ケースについてる四桁のダイヤルを“9029“に合わせるとガチャリ、という音がして鍵が外れる。

そして、ケースの蓋を開けて中身を確認してみると、そこには俺が生前使っていた狙撃銃が入っていた。

雄二「…何故これがこの世界に?」

俺の使う予定だった部屋に“オモチャ“があったことは、偶然ではないだろう。

生前に使っていた物まで、こちらの世界に用意されるものなのか?

この世界の仕組みがまだわからない。

ゆりに聞けばわかるだろうか?

そう考えた俺は、ベッドの下に“オモチャ”を仕舞うと、部屋から出て寮を後にした。


寮から出て、しばらく真っ直ぐ歩くと、今回の作戦で岩沢達の陽動が行われる体育館が見えてくる。

位置を考えると、寮から近い体育館より“竜巻作戦“で使用した大食堂に奏を誘い込む方がいいと思ったのだが、会場の大きさを考えると体育館の方が本作戦に適しているらしく、ここで陽動が行われることになった。

体育館を通り過ぎて、校舎に入り戦線本部を目指して歩いていると、ピンク色の頭をした女生徒が廊下の壁にガルデモのチラシを貼っていた。

???「ん……しょっ!うん……しょっ!」

雄二「…フム」

俺はその女生徒の髪形に、妙な既視感を覚えていた。

この頭の悪そうな髪形は…?

俺が歩みを止め、その女生徒を凝視していると、その女生徒がこちらに気づいた。


???「ん?えーっと、ユイに何か用ですか??」

雄二「…いや、すまない。お前の頭を見て知り合いを思い出してな」

ユイ「え!ユイと同じ髪形なんですか!?」

雄二「ああ。髪の色こそ違うが、髪形に関しては酷似しているな」

ユイ「へぇー!!きっとユイにゃんみたいにめっちゃ美人で可愛い人なんでしょうね!!」

雄二「…なるほど」

少し話すだけでわかる、顔面にパンチしたくなるような頭の悪さまで似ているとなると、この髪形の女は何か宿命のようなものを背負っているのかもしれない。

雄二「ところで、お前は陽動作戦の準備をしているのか?」

ユイ「はいっ!ユイは陽動部隊の下っ端なんですけどね?いや、ガルデモ最高ですよね!!岩沢さんとひさ子さんの頭おっかしいギタテク満載の演奏とかもうヤバイですよね!?」

雄二「…なるほど、すごいな」

ユイ「あ!もちろんリズム隊の関根さんや入江さんの演奏もたまんないって思ってますよ!?」

雄二「そうだな。たまんないな。だが君は悪くない」

ユイ「そうなんですよ!ユイはガルデモに入りたくってめちゃくちゃ練習……ってあれ?そんな脱力した顔してどうしたんですか?」

雄二「いや、もう何かあれだ。とりあえずぶっ飛ばしていいか?」

ユイ「はぇ!?何言ってんですか!?ダメに決まってるじゃないですか!?」ガーン!!

雄二「そうか?ならせめて、一発ぶん殴っていいか?」

ユイ「駄目に決まってんだろーがぁぁぁ!!」

俺は喧しいピンク色の馬鹿を尻目にその場を離れ、戦線本部へと向かうことにした。



~戦線本部~


ゆり「…何故バラード?」

岩沢「いけない?」

ゆり「…とてもいい曲だと思うけど、陽動向きじゃないわね」

岩沢「そう。じゃ、ボツだね」

俺が戦線本部に入ると、ゆりと岩沢が二人で話をしていた。

雄二「すまない、取り込み中のようだな」

岩沢「別にいいよ。もう用はすんだし」

雄二「何の用だったんだ?」

ゆり「岩沢さんが新曲を持ってきたのよ」

雄二「新曲?それはすごいな」

岩沢「…風見と話をした後、あたしなりに色々考えてさ」

岩沢「気づいたら、この曲が出来てたんだ」

雄二「…そうか」

岩沢「ま、風見にはまた今度じっくり聞かせてやるよ」クスッ

雄二「それは楽しみだ」フッ

そう言った後、ギターをケースに仕舞った岩沢は部屋を出ていった。



ゆり「…岩沢さんと何の話をしたの?」

雄二「なに、ただの世間話だ」

ゆり「嘘ばっかり…」

雄二「そんなことより、ゆり。お前に聞きたいことがある」

ゆり「……」ハァ

ゆり「…何?」

雄二「俺の住む予定だった部屋で、俺の生前の私物を見つけた」

ゆり「…何ですって?」ピクッ

雄二「やはりこれは異常なことなのか?」

ゆり「ええ。普通、生前の物はこの世界に現れないわ」

ゆり「さっき岩沢さんが持っていたギターだって、岩沢さんが生前使っていた物をギルドの連中が再現したって話だし…」

雄二「だが、俺の私物は部屋に用意されてあった」

ゆり「…それはとてもイレギュラーな事よ」

雄二「……フム」

長年この世界にいるゆりからしても、これは相当異常なことらしい。

ゆり「…その私物は本当に生前の時のもの?」

雄二「ああ。ケースの鍵の番号まで同じだ」

ゆり「…そう」

雄二「俺はこの私物をどうするべきだ?」

ゆり「…とりあえず、今回の作戦が終わるまでその私物に触らないこと」

ゆり「今日の作戦が終わったら、後日また話し合いましょう」

雄二「…了解した」

特に本作戦に使用するつもりもないので、俺はゆりの言葉を了承すると、戦線本部を後にした。



時刻は1900になり、作戦が始まった。

俺、ゆり、日向、野田、松下、竹山で“天使エリア”に潜入し、しばらく作業を進めていると、部屋の窓からこちらに歩いてくる奏の姿を発見した。

ゆり「はぁ!?何で天使がこっちに歩いて来てるのよ!?」

野田「陽動は何をやってるんだ!?」

日向「知らねーよ!多分告知なんかしたから、先生の方が先に止めに入ったんじゃねーの!?」

松下「どうする?」

雄二「…俺が行こう」

日向「大丈夫なのか?風見?」

雄二「俺はまだ、そこまで警戒されてないみたいだからな。上手くやるさ」

ゆり「…そう。じゃ、風見くん。お願い」

雄二「了解した」

そう言うと、俺は女子寮の玄関に向かった。



玄関から出ると、こちらに歩いてくる奏を見つけた。

天使「…風見くん?」

雄二「ああ」

ゆり達は、今現在奏のパソコンにハッキングを仕掛けている。であれば、そこに奏を向かわせるのはまずい。

雄二「突然だが、お前はこれから何か予定はあるか?」

天使「…そうね、特に用はないので部屋に帰るわ」

雄二「フム、そうか」

天使「ええ」

雄二「なら、この世界について聞きたいことがある。いいか?」

天使「…いいわ。どうぞ」

雄二「もし俺がこの世界で“青春”することができたらどうなる?」

天使「…思い残すことがなくなれば、次の人生が始まるわ」

雄二「…次の人生だと?つまり、消えるのか?」

天使「そうよ。ここはひどい過去を清算するための世界だから」

雄二「…そうか」


俺は奏の言葉にすぐ納得することができた。

この世界で、過去の憂いがなくなればその人間はどうなるか。
そんなこと少し考えれば想像できる。

“成仏“するのだ。

つまり神は、理不尽な人生をおくってきた俺達の救済装置として、この世界を用意したということになる。

雄二「…ふざけやがって」

俺はゆりや岩沢の過去に対する言葉を思い出す。

ゆり『守りたいもの全てをたった30分で奪われた…』

ゆり『そんな人生なんて許せないじゃないっ……!!』

岩沢『運命を呪った』

岩沢『どこにも逃げ出せなかった』

こんな世界を用意するぐらいなら、何故そんな人生を俺達に強いたんだ。

俺が神をぶっ飛ばす理由がまた一つ増えたその時。

学校中のスピーカーから岩沢の歌声が聞こえてきた。


天使「厄介ね…」

奏が踵を返し体育館の方へ向かった。奏が女子寮から離れれば、俺もこの場に留まる必要はないはずだ。

俺の役目も終わりのようだな…

ゆりの元へ戻ろうと俺も踵を返した時、スピーカーから聞こえてくる岩沢の歌声に俺は違和感を覚えた。

…この違和感はなんだ?以前聞いた岩沢の歌声と何かが違う。

岩沢『風見と話をした後、あたしなりに色々考えてさ』

岩沢『気づいたら、この曲が出来てたんだ』

天使『…思い残すことがなくなれば、次の人生が始まるわ』

岩沢と奏の言葉を思い出す。

俺はまだ数回しか聞いてないが、岩沢の歌には必死さが詰まっていた。泥臭さがあった。

しかし、このスピーカーから聞こえてくる歌声はひたすら美しくて…なんの迷いもなかった。


雄二「……ッ!!」

そして俺は唐突に確信した。この歌が岩沢の最後の歌になってしまう、と。

雄二「クソッ!!」

このままでは、岩沢は消えてしまう。

…止めなければ。

だが、どうする?

俺が今居る女子寮から体育館までは、約1㎞程距離があり、今から全力で走ったとしても、岩沢は歌を歌いきって、消えてしまうだろう。

考えろ…岩沢を止める方法を…

雄二「距離は約1㎞……ッ!!」

あれがある…!!

俺は、全力で隣の男子寮に駆けた。


雄二「よし、あとは屋上に…!!」

俺は自分の部屋に“荷物“を取りにいった後、急いで屋上へ向かう。

雄二「体育館は…あれか!!」

俺は男子寮の屋上から体育館を見下ろすと、部屋から持ってきた“荷物“を広げる。

それは、M24-SWS…麻子に貰った“オモチャ“だった。


雄二「見えるか…?」

寮の屋上で銃を構え、照準器に右目を合わせて覗き込むと、銃口を向けた先に、体育館の2階の窓を通してステージが正面に見えた。

雄二「岩沢は……?」

ステージの上を探すと、アコースティックギターを弾きながら歌っている岩沢を見つけた。

雄二「……さて…」

寮から体育館までの距離は約1㎞。
暗夜で屋外からの悪条件下での狙撃だ。

今回の狙撃は機材も足りなければ、準備も足りていない。事前に現場を念入りに見て歩いてないこの状況では、1発で決めるのは難しい。

しかし弾薬は、“何故か初めから装填されていた1発“しかない。

生前俺は、仕事の度に会社から支給される弾薬を使用していた。

だから、会社が用意した弾以外の持ち合わせがないのだ。


雄二「……フゥーーー…」

大きく息を吐く。そして、目を閉じてもう一度深呼吸した後、トリガーに指を乗せ、意識を集中させる。

…集中すると風に色がついて見えてくる。色がついた風の中で歌う岩沢は、とても綺麗だった。

きっと岩沢は自分の生まれてきた意味を理解することができたのだろう。

そうして、今あの歌を歌っているはずだ。

だが、俺はまだ岩沢に伝えていないことがある。

消えてもらうわけにはいかないのだ。

雄二「…………ッッッ!!」

俺は引き金を引いた。
確認しなくてもわかる。

“当たる”

俺の放った弾丸は標的に吸い込まれるように、消えていった。


~体育館~


岩沢「っ!?」

ひさ子「な、何だ!?」

岩沢が弾いていたギターが急に砕けたと思ったら、岩沢の歌が止まった。
演奏を聴いていたNPC達が騒然とする。

ひさ子「岩沢っ!!」

ひさ子が岩沢に駆け寄る。ギターを見ると、ヘッド部分に大きな穴が空いていた。

ひさ子「岩沢っ!!大丈夫か!?」

岩沢「ははっ…」

ひさ子「岩沢…?」

岩沢「おいおい、こっちは気持ちよく歌ってたっていうのに……」

ひさ子「岩沢!?」

岩沢が床に崩れ落ちる。ひさ子や関根、入江が岩沢に駆け寄った。


~男子寮屋上~


雄二「…またゆりに怒られそうだな」

レンズ越しに体育館の様子を見ていた俺は、“荷物“を片付けると屋上から自室に戻ることにした。


作戦が無事終了した翌日。俺は、岩沢のいる空き教室に足を運んでいた。

岩沢「風見?」

雄二「…よう」

岩沢「…聞いたぜ?昨日あたしを撃ったのは、風見なんだってな」

雄二「……」

岩沢「何でそんなことしたんだ?」


雄二「…お前はあの時、自分の生まれてきた意味を見つけた。そうだな?」

岩沢「……」

雄二「奏…天使から聞いた。この世界は過去と向き合うための場所なんだそうだ」

雄二「そして、思い残すことがなくなった奴には、次の人生が始まるらしい」

岩沢「……」

雄二「あの時、あのままお前が歌い終えていたら、お前はこの世界から消えていたはずだ」

岩沢「…それであたしを撃ったって?」

雄二「乱暴な止め方をしたことは謝る。他に方法がなかった」

岩沢「なるほど…でも、あたしが聞きたいのはそこじゃない」

雄二「何?」

岩沢「風見は、何であたしが消えるのを止めたんだ?」

雄二「……」

岩沢「確かにあの時、あたしは自分の生まれてきた意味ってやつがわかった」

岩沢「あたしの人生は、歌い続けることだって、やっと見つけたんだって…そう思ってた」

岩沢「…そんな時、風見があたしのギターをぶっ壊しやがったんだ」

岩沢「理由くらい聞いてもいいだろ?」


雄二「…俺は、お前に伝えていないことがあった」

雄二「それを伝えるまでは、お前に消えてもらうわけにはいかなかったんだ」

岩沢「へぇ…」

岩沢「それは、何なんだ?」

雄二「人の生きる目的は子孫を残すことだと答えた時、お前は生前の自分もそうだったのかと、そう聞いたよな?」

岩沢「…ああ。あの自分で考えろってやつだろ?」

雄二「それは俺の“師匠の言葉“だ」

岩沢「そういえばそうだったな…」

雄二「あの時の問いに、“俺の言葉“で答えよう」


雄二「生きる目的…そんなものは自分で決めてしまえばいい」

岩沢「…え?」

雄二「本来、生まれてきた意味と生きる目的というものは、全く別のものだ」

雄二「お前は自分の人生は歌い続けることだと言った」

岩沢「……」

雄二「そして、お前が歌うきっかけは、家庭環境の劣悪さにあったと言っていたな」

岩沢「ああ…」

雄二「それなら、お前は本当の“家族”ってやつをまだ知らないはずだ」

岩沢「…本当の…“家族“」

雄二「そうだ。俺もあまり詳しくは知らないが、“家族“というものは、本当はとても良いものだと聞いている」

岩沢「……」

雄二「お前は歌うために生まれてきた」

雄二「それがわかった今、次は歌うきっかけになった、“家族“を理解すること…それを生きる目的としてみたらいい」

雄二「“家族“というものを理解した時初めて、お前は全ての心残りを清算できるはずだ」


俺の話が終わると、岩沢は少しずつ言葉を紡ぎだした。

岩沢「言われてみれば、確かにあたしは“家族“のことを何も知らないな…」

雄二「……」

岩沢「そうだな、本当にあたしなんかが家族を知ることができたんなら…」

岩沢「それはとても幸せなことかもな…」

岩沢は俺を見上げて、微笑んでいた。その顔はとても晴れやかなものだった。


雄二「…これで俺の用件は終わりだ」

岩沢「そっか…」

雄二「そうだ。だから、もう消えても構わないぞ?」

岩沢「…おい、流石にそれはないだろ」ジー

雄二「冗談だ」フッ

岩沢「ったく…」

雄二「…そういえば」

岩沢「何だ?」

雄二「昨日した約束を覚えているか?」

岩沢「…ああ。新曲か」

岩沢「いいぜ?たっぷり聞かせてやるよ」

岩沢「そのかわり、お前の過去も話してもらうぜ?」フッ

雄二「…何故そうなる」

岩沢「お前に興味が湧いたのさ」

雄二「……」

岩沢「そうだ。ついでに、ゆりも呼ぶか!!」

雄二「…勘弁してくれ。昨日ゆりの指示を無視したから、しばらく会いたくないんだ…」

岩沢「いいや、呼ぶ!それであたしとゆりに、お前の過去をじっくり話してもらうことにしよう」ニヤッ

雄二「……」ハァ


以前の俺の生きる目的は、麻子だった。
そして、麻子が死んだ後は麻子の言葉が俺の生きる目的となった。

なぁ、麻子…俺はこれでよかったのかな?

岩沢にでかい口を叩いておきながら、結局のところ、俺は自分で生きる目的を定めることができていない。

いつか俺にもできるだろうか…?

???「…できるわよ」

雄二「そうだといいがな…」

???「できるわ…」ガシッ

雄二「……何?」

ゆり「風見くんならできるわ……紐無しバンジージャンプ…」ニコニコ

雄二「…やはり、狙撃はまずかったか?」

ゆり「風見くん」

ゆり「いっぺん死になさい」ニコニコ

雄二「…ナイスジョークだな」

今日俺は、この世界に来て初めて死の恐怖を体感した。そして、2度とゆりに逆らうまいと誓ったのであった。

これでまた、一応終わりです。

読んでくれた人、コメントしてくれた人は、ありがとうございました。

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