加蓮ちゃんは服を脱ぎます (39)
※独自設定あり、キャラ崩れ注意
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「加蓮ちゃん。突然で申し訳ないんですけど服を脱いでもらっていいですか?」
事務所でぼんやりとポテトチップスを食べていた加蓮は自分の正気を疑った。
あの緒方智絵里が、突然、服を脱いでほしいと言ってきたのだ。自分がおかしくなったのか、或いは世界がおかしくなったのか、もしくは両方なのか。
いや、智絵里でなくても突然服を脱いでほしいと頼まれる状況は明らかにおかしいものであり、それだけで既に正気を疑えるというのに、まさかそれを言ってきたのが智絵里だということがより状況理解できなくなるものであった。
落ち着け北条加蓮。きっと何かの聞き間違いだろう。服を剥いてもらっていいですか、みたいな。
それはそれで意味不明じゃない?
動揺のあまりに袋の中のポテトチップスを粉々に砕いてしまっている。
「えっと、智絵里、ごめん。もう一回言ってくれる?」
「服を脱いでもらっていい?」
「……ごめん、もう一回」
「服を脱いでください」
「あはは、なんか耳がおかしくなってるみたい。ごめん、もう一回だけお願い」
「加蓮ちゃんは服を脱ぎます」
「うん、勝手に決めないでね」
聞き間違えではなかったし、何故か智絵里の中で確定事項に変わっていた。
何かおかしいことを言っただろうかと言わんばかりにきょとんとした表情を浮かべながら首を傾げる智絵里。可愛い、と同時に恐ろしいほどの無垢である。
何かがおかしい、智絵里がこんな突拍子もなく、意味もなく、服を脱げと迫ってくるはずがない。きっとどこかに隠しカメラでも仕込んであるに違いない。
やれやれ、ドッキリをされるのは私よりも奈緒のほうが合っていると思うんだけどな、と愛すべき可愛らしい友人を思い浮かべながら加蓮は周囲を見渡す。
しかし、どうにもカメラが隠してあるようには見えない。いや、少し見渡すくらいで見つかるような隠し方をするはずもないかと思い直した。
──まあ、いいか。アイドルとして芸の幅を広げる必要もあるかもね。
敢えてドッキリだと認識しながら、乗ることにした。演技の練習にでもなるだろう、何より白けさせてはいけない。アイドルがするべき反応をしなければ。
やるからには本気だ。本気で騙されてやる。加蓮のアイドルへの高い意識の持ちようが、たとえこのようなことであったとしても全力を注ぐことを是とした。
なぜなら──北条加蓮は、あの人(プロデューサー)が育てたアイドルなのだから。
「加蓮ちゃんのお洋服、オシャレだから少しの間だけ交換してみたいなって思ったんですけど……ダメだったかな?」
……うーん、ドッキリにしても設定が意味不明過ぎて、逆に違う気がしてきたぞ、と加蓮は意気込んでいたものがすぽりと抜けていくような気がした。
訝しげな加蓮の表情にようやく気付いたのか、智絵里はあわあわし始めた。
「す、すみませんっ、主語が足りていませんでした……り、理系なんです!」
「あはは……大丈夫だよ。たいして気にしてないから、謝らなくても」
唐突に脱いでくださいという国語力に関しては果たして理系だからという問題なのかは気にしないでおくとして。
「それで、服の交換だっけ。それ自体は別に構わないけど、それなら一緒に服を見に行ったほうがいいんじゃない? 見立てて選んであげるよ」
そのほうが服の交換なんかよりもよっぽど実用性がある。智絵里の洋服の幅も広がるし、何より加蓮自身が楽しい。
いつだったかMasque:Radeでのユニット活動中に美穂の服を見立てたこともあったが、やっぱり可愛い女の子の服を選ぶということは楽しいものだ。
着せ替え人形で遊ぶ童女と或いは根幹に似たものがあるのかもしれない。
三つ子の魂は百まで変わらないというように多くの女性は幼い頃に着せ替え人形で遊ぶことで洋服を着せ替えるということに楽しみを見出だすものなのかもしれない。
智絵里のような儚げな、第二次性徴を既に迎えているのにも関わらず、まるで触れることは許されない、穢すことを許されない清純無垢な──そう、まさしく少女と言うべきようなタイプの服を選ぶとなると、どうしたものか。
やはり智絵里に似合うものを、いやいやしかし自分の服装と交換したいと言ってきたぐらいなのだから敢えて完全に自分の趣味に合わせてやるべきか──
加蓮の考えは既に着せ替える方向へとシフトしていたが、しかし当の智絵里はと言うとそうではなかった。
「あ、違うよ。加蓮ちゃんが今着ているお洋服が着たいだけなの。これから李衣菜ちゃんと遊びに行くんで、オシャレにしたいなって。えへへ、勝負服ですっ」
物凄く図々しかった。
友人の服をまさか自分の勝負服だと言う人間がまさかいるとは思わなかった。
「普段はかな子ちゃんが部屋でお洋服を選んでくれているんだけど、今日はお仕事でいなくて……だから事務所でもオシャレな加蓮ちゃんにお願いしたいと思ったのっ」
「ええっと、それなら私も智絵里の服を選ぶだけでよくないの……?」
「加蓮ちゃんを探していたら時間がもうギリギリになっちゃって……うう、めちゃくちゃなこと言ってるのはわかっているけど、お願い……!」
なんで李衣菜と遊びに行くだけでそこまでするのか、とは思わなくもないけれど……まあ、しかし、とは言え──だ。
自らに非があることもちゃんと理解していて、言っていることがめちゃくちゃだということも自覚していて、それでもこうして智絵里は頼んできているのだ。
ならば、意固地になる必要はない。
そもそも意固地になるようなことでもない。
ふふ、と加蓮は笑う。こんなめちゃくちゃなこと、面白くて笑うしかない。
「──わかった。今回だけだからね?」
その言葉に、智絵里の表情がぱっと明るくなる。心なしか後光が差しているような気すらする。というかあれ、翼生えてない? パタパタしてない?
目をごしごし。あれ見えない。
どうやら気のせいだったようだ。
「ありがとうございますっ。やっぱり加蓮ちゃんはカレエルでした……」
「カレールー……?」
「はい、カレエルっ」
もしかして私ってカレーのように美味しいのかな、と思った加蓮は自分の指を舐めてみるけれども、やはりほんのり塩気とネイルの味がするだけだった。
閑話休題。
さあ、そう決まればさっさと着替えてしまおう。智絵里の言い分を聞いた限り既に時間はかなり切羽詰まっているのだろうし、更衣室への移動時間も惜しい。
幸いにもプロデューサーは今日ここへ戻らず自宅へ直帰であるとボードにも書いてあるし、ここへ寄る者がいるとすれば同じアイドルの女の子くらいだ。
それにしても、と加蓮は思う。別に智絵里の服装は酷いというわけではない。むしろ智絵里によく似合った、可愛らしい格好であるとすら同僚アイドルという贔屓目を抜きにしても思う。
とは言え頼られること自体は悪い気持ちでもないし、今ここで説得をしてみたところでいい具合にテンパって暴走気味な智絵里には届かないだろう。
結局服装の交換に応じるのが、ベストではないにしてもベターなものだ。
それに正直、智絵里のキュートらしい洋服を着るというのもいいなというのも少しばかりないわけでもない。
そんなことを考えながら上に着ていたものはすべて脱ぎ、加蓮は生まれた姿に下着だけを着た状態となっていた。
あとは智絵里の洋服と自分の服を交換するだけだ──って、ちょっ、ま。
「智絵里!? な、なんで──なんで下着まで脱いでるのよ!?」
加蓮が驚愕したように、智絵里は躊躇いもなく、まるでそうすることが当たり前であり必然であるとでも言わんばかりに下着を脱ぎ捨てて生まれたてそのままの姿になろうとしていではないか。
薄い桜色の、飾り気よりも質素な魅力を追求した下着。水玉模様がアクセントとなっていて可愛らしい、上下ともにデザインの揃ったセットとなったものだ。それを智絵里は脱ごうとしていた。
いくらテンパっている智絵里を止めるよりもいくらか受け流しているほうがマシだと判断したとは言え、さすがに全裸になろうとするのを止めないわけにはいかない。いやもう、常識的にね!?
慌てる加蓮を尻目に智絵里はというとやはりきょとんと首を傾げる。ああ下着姿でもやっぱり可愛いなキュート属性めちくしょうと思うが、それどころではない
「服を交換するんだよね?」
「服を交換するんだよね!?」
「下着も服だよね?」
「確かにそうだけど!」
確かにそうなのだけど。さすがに事情が違うだろう。シャツやスカートを交換するくらいならともかく、下着は違う。
小学生の頃に体操服を忘れて他のクラスの子に借りに行く、なんてこともよくある話であるし──いや経験はないけれど──だからそこまでは問題はない。
──けど、やっぱり下着は違うって!
そこはもう、デリケートな場所に直接着けているものであって、いくら同性と言ってもさすがに恥ずかしいし、というか智絵里はそれで平気なの!?
ああそうだった智絵里テンパってて正常な判断できてないんだった!
「落ち着いて、智絵里。よく考えよう」
「でも加蓮ちゃんの下着可愛いし、李衣菜ちゃんもどうせなら可愛い下着が見たいはずだから……」
「なんで見る前提なのどういうことなの李衣菜ぁ!?」
ちなみに李衣菜は智絵里の下着を見るつもりはないし智絵里だってわざわざ下着を見せるつもりではない。あくまでもテンパっているがゆえに気遣いのできてしまう智絵里は変なところに気を利かせようとしているだけである。
互いの名誉のためにも、一応。
とにかく智絵里、下着は待とう。下着はやっぱり、ね?」
「う、うーん……でも……うーん……」
よし、強引に迫れば説得いける!
基本的には押しに弱い智絵里なのだから強引に迫ればきっと説得できる。こうなれば智絵里がテンパっていようがなんだろうが関係ない、とにかく下着の交換なんてことだけは何としても絶対に避けられるように導かなければならない。
それはもう、お互いのために。
後で思い出したときにお互い後悔するだけだということは目に見えている。
ぐぐっと智絵里に迫りながら加蓮は言葉を並べ立てる。勢い捲し立てる。
「下着はやめておこう。やめておいたほうがいいって。絶対にそうしたほうがいい。やっぱりデリケートな部分だし、ほら、そこの一線を越えたら女の子としてアウトだと思うよ。うんそうだよ!」
「ち、ちょっと、加蓮ちゃん、ちかい」
勢い捲し立てるままに喋る加蓮は智絵里の言葉に気がついていない。
普段は(主に奈緒を)振り回すことはあっても振り回されるということには慣れていない加蓮にとって、ここまで熱くなるということは珍しく、いつものように冷静な判断が効かなくなっている。
だから──加蓮は気がつけない。
先ほどまでテンパっていたはずの智絵里が一周回って冷静になってからもう一回真っ赤になってテンパるくらいに、二人の距離が近づいていることに。
下着姿の女の子がこれでもかとばかりにくっついている姿を誰かに見られてしまえば、それはもう何かおかしいように勘違いされてしまうことも有り得なくはない。
ただくっついているだけならばともかく──まるで加蓮が智絵里に強引に迫ろうとしているように見えるのだから。
そんなものを目撃すれば、仕方ない。
「……………加蓮ちゃん、何してるの?」
冷たい、感情の消えたような声が聞こえてきたので、加蓮は錆びた機械のようにギギギと首を回して振り向いた。
物凄く冷めた、ハイライトの消えた目をした多田李衣菜と、その左右には李衣菜の手のひらによって目を隠すように覆われたまゆと美穂がいた。
……つまりこれはそういうことか。
「面倒くさくなるやつだなぁ」
誤解を説くための過程を考えて、加蓮はがくりと頭を落とした。
後日談、或いはオチ。
「へえ、そんなことがあったんだ。ふふっ、加蓮も押されると弱いんだね」
「もう、凛、笑い事じゃないんだから。あの後どれだけ面倒だったか……」
「あはは。けど智絵里も可愛いね、李衣菜のためにそこまでするなんて」
「本当にね。どれだけ李衣菜と遊ぶのを楽しみにしてるんだか。あれでその気はないって言うんだから、驚くわ」
「大方杏が適当に相槌を打ってたのを真に受けちゃったんだろうね。智絵里って素直な子だから」
「有り得る。というかそれしか考えられない。ちくしょう杏め、今度ポテト奢らせてやる」
「あのなお前ら、人の髪の毛で遊びながら会話するのやめろよな!」
「やだ。溜まったストレスは奈緒で遊ぶことで晴らすんだから」
「無駄だよ奈緒、こうなった加蓮はテコでも動かないから」
「はぁぁ……ったく、それもそうだな。仕方ないから、ほどほどにしろよ?」
「はーい♪」
おわり
友達と遊びに行くときでも結構どんな服装で行こうか考えるよね、と思ったのがきっかけです。
智絵里ちゃんと言えばピンクドットバルーン。
それでは
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