男「幼馴染が心を許してる距離から腹パンしてくるんだ」 (63)

朝 登校時 8時10分


男「おはよう」

幼「……」スタスタ

男「おーい。どうした? 朝からどっか悪いのか?」アレ?

幼「……」スタスタ

男「こっちは数学だけ宿題終わらなくてさ、どこかで片付けないと」

幼「……あ、あのさ」テヲニギル

男「ん? 俺の手がどうかしたか?」

幼「もうちょっと上」モチアゲ

男「まるで共同選手宣誓みたいな格好だが」

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幼「そうだね」ドズッ!

男「がっ……は」メリコミ

幼「……」

男「……っ? ぐ!? えぼっ? げほっ」ウズクマル

幼「宿題。分からなかったら後で聞いて」スタスタ

男「おっ……おい」


(なん? 何? 痛い。主にみぞおちが痛い。すげえ痛いけどそれ以上に訳が分からない)

ネタかぶりがありましたらご容赦を…
正直、腹パンSSは星の数あれど腹パンされSSは無い。
そう思っていた時期が私にもありました。

必ず完結はさせますが、不慣れゆえ筆が遅いと思います。

教室 数学の授業 2分前


男「……」ウーン


(宿題が全然手につかない)


男「……」チラッ


(あいつはいつもと変わんない感じで、友達と話してる)


男「俺の腹、パンチしといて」


(でもおはようって言ったとき、悩んでるというか、真剣に何かを考えてる……
そんな感じだった。思考を遮られてつい手が出た? いやいやあいつの性格上ありえん)


男「それとも俺があいつに何かをしたか。そうでなきゃ、俺の腹ぁ……」

友「お前の腹がどうしたって?」

男「あ、友」

友「腹痛いなら手洗い行って来いよ。もう授業始まるぞ」トケイ ミロ

男「いや違う」

友「だろうな。今朝のことだろ?」

男「……」ミテマシタ?

友「口以外のケンカなんて初めてじゃないか。俺も驚いたよ。で、何しでかした」

男「分からない__茶化さず真剣に聞けよ? 考えてみたんだけど、思いつかない」


(友の邪推するようなことをした記憶は無いし、本当にさっぱりだ)


友「思いつかないだけで、原因はあるだろ……お前が悪いにゲーセン代賭けてもいいぜ」
男「やっぱりそう思うか?」

友「さすがに意味もなく腹を打つわけないだろ」
男「そりゃそうだ」

友「どうせ余計なこと考えてたな? 本人と話して見るのが一番だし速いぞ」
男「……友」

友「ああ?」キーンコーンカーンコーン♪

男「ありがとう。そうしてみるよ。でも先に宿題をだな」

友「がんばりな。……宿題じゃない方を」


(幸運というものが自分にはある。本当にいい奴ばかりと知り合えていく幸運が。
バカみたいに毎日が楽しい。だから、ちゃんと向き合って解決しないと)


男「問いの3。パンチ(腹)=非分散の痛みとなるとき、
パンチ(x)は(x-腹)の因数……ダメだ、解けん」

友「なにやってんだお前は」

廊下の階段近く 昼食時間 5分経過


幼「お弁当、友くんと買いに行かなくっていいの?」

男「今日はいいんだ」


(購買には友に頼んで行ってもらってる。貸しは増えたが、あとでいくらでも返す)


幼「……?」

男「お前に__」


(お前になにか悪いことをしたのか? って聞いて、
それがどんな理由でもあったなら謝って許してもらう……と今の今まで考えていた。しかし)


幼「……」キラキラ ワクワク


(なんだその、期待がにじみ出た顔はー!?
 思い過ごしか? 思い過ごしなのか!? 全っ然敵意や不信、マイナスの気配が無いぞ)


男「ええと……なんというか」シドロモドロ

幼「あの。もし、よかったらなんだけど!」

男「ん?」

幼「お、お弁当一緒に食べない? 友くん達と一緒じゃないみたいだし……
私のお弁当、今日はちょっと多く作っちゃって、その……あ、余っちゃうかもだし」

男「……」キョトン

(表情には出てないと思いたいが、自分は非常に混乱してます。
どういうことなんだこれは。何だったんだ今朝の腹パンはっ!)


幼「ど、どうかな」ウワメヅカイ

男「ああ、いいよ」

(大混乱しているが、断ることは思いつかなかった。こいつがそれを望んでいるなら、
それでいいじゃないか。友には貸しがまた増える。疑問も消えたわけじゃない。でも__)


幼「ほんと!? やった!」

男「……その笑顔はずるいなあ」ボソボソ

幼「なあに? わたしの文句? もしかして……ご、強引すぎたかな?」

男「違うよ。ほら、今から用意とかしないと」

幼「うん! じゃあさっそく」ドズッ!

男「がっ……はっ?」ホボ リバーブロゥ

幼「……」
幼「五分後に屋上ね!」ニパー

男「ご、ごふぅン!? ぐっ、うぅ……」ヒザカラ クズレオチル

友「(゚д゚ )」ヤキソバパンガー…

男「」

友「( ゚д゚ )」ウリキレダッタゾ

男「」ソウカ…

友「(゚д゚ )」ダイジョブカ? アト コロッケパンデイイ?

男「」イヤ…




(屋上へ行って、一緒にお弁当は食べた。食べたけど、
ずっと下腹部周りに防御意識を向けてて味はよく分からなかった)

教室 放課後 4時5分


友「先週は変わったこと無かったけどな。土曜にみんなでお前んちに遊びに行ったくらいか」

男「その時も特には思い当ることがない。
ちょっと部屋が狭くてうるさく感じたかもしれないが、楽しそうにしてた、と思う」

友「……」ウーン

男「……」ナニゲナク オナカヲサワル

友「すまん。思った以上に事態は深刻みたいだ」


(俺も驚いている。友に包み隠さず伝えてはみたものの、
お互いにうなってばかりで解決の糸口も見えてこない)


友「お前のやらかしや、向こうが怒ってるわけじゃないんだよなあ」

男「ああ」


(お弁当を一緒に食べてるときは、正直自分の腹以外のことを気にかけられなかったが
いくつか思い当たることはある)


男「あいつは何かを考えてて……何かに期待しているような、ずっと待っているような……
それが腹部への攻撃に繋がっている。そんな風に感じた」

友「腹にパンチ! じゃなけりゃあ簡単に説明付くんだが」

男「そうなのか?」

友「『手段(腹パン)』はともかく『目的』はな……
お前らの関係はよーく分かってるつもりなんだが、今回はお手上げだよ」

男「……」ウーム

友「俺が聞きに行くのも一つの方法で手っ取り早い。でも、それはイヤだろ?」

男「ああ」


(普通ならお互いに伝え合えばいい。いつもそうしてきた。……今回は違う。
もし、腹パンが声に出せない何かを伝えようとしている手段だったとしたら、
 俺はあいつを理解できなかった間抜けってことになる。それだけは絶対に嫌だ)


友「……なら、お前が何とかしろ。
部活終わったメンバーでダベッたりどっか遊びに行くのは、明日以降だな」

男「……あいつの部活終わりにでも、声をかけてみるよ」


(やる気って奴が満ちてきた。問題は解決する、あいつのことも理解する。
そしてそれ以上に自分の中ではっきりさせておきたい強い気持ちがある)




い か に 幼 馴 染 と い え ど 腹 パ ン さ れ る 謂 れ は な い !

感想、ありがとうございます!

次はちょっと長めのシーンを書く予定です。
また、男が腹パンをカードするようになります。

ここらで腹パンはいいかげんにしろってとこを見せてやりたい

腹パンは幼馴染なりの全力で打っています。決して打ち慣れてはいません。
筋力も体重も足りていませんが、男の肉体と精神の隙をついているので
ダメージが大きいように感じる、というていで書いてます。

夕方 5時20分 アイス屋からの帰り道


幼「んー! おいしー!」アイスヲホオバル

男「……」スタスタ


(学校からアイス屋さん、今に至るまで、とんでもなく上機嫌でテンションも高い。
こいつが悩みや疲れ、トラブルを抱えてるようには到底おもえないんだが)


幼「あれ? お腹いっぱい?」クビヲカシゲル

男「……っ」オ、オナカ!?

幼「そのアイス食べないの? 味は私が決めちゃったけど……ラムレーズン嫌い?」

男「いや、食べてるし嫌いじゃない」ペ、ペロペロ


(二度、打たれて理解したことがある。俺に痛みや苦しみを与える目的で腹を狙ってはいない。
何かを俺だけに分かって欲しい。その為の行動……
だから腹を守ったり、防いだりしてもいいだろ別に耐えきれないダメージじゃ全然ないけどね)


幼「ふーん」オイシソウダナー

男「ただ、機嫌がすごくいいな、と思ってさ」ヤランゾオレノダ

幼「……だって初めてだし」

男「ええっと、何がだ?」


(正直、帰りにアイス屋ってのは俺たちの中では定番の一つだ。周りにアイス好きも多い。
友たち数人で行ったりもするし、こいつの一声で強引に連れていかれることもしょっちゅうだが)


幼「……二人っきりで誘ってくれたの、今日が初めてだもん」ニコッ

男「そう、だな。そうだった」

幼「やっぱりラムレーズンも食べたいなー」ダメ?

男「……おう」ドウゾ


(ようやく見えてきた、かもしれない。今回の背景が。見えているのに見ないふりをして来た原因も。
小さい頃から、ずうっとずっと二人が感じ続けていて、今は無くなりかけているもの)


幼「んー! おいしー♪」ウマウマ

男「感想がさっきと同じだぞ……昔と違って種類が増えたが、一番好きな味は変わらないのか?」

幼「もちろん。私が好きなのは__」

男「……!」ココデオナカヲ ガードダ!

幼「__いちごの味だよ」ニパー

男「やっぱりな」ココデハナカッタカ……


幼「あ、ちょっと動かないで」ハンカチヲトリダシ

男「?」ピタッ フッキン ビキッ!

幼「__口にアイスついてるよ」フキフキ

男「……ん、ふう。ありがとう」チガウノカ


(なんだろう。急に腹筋がビクビクしだした。予感がある……打たれる予感が)


男「ん? そっちの手にも付いてるぞ」エート オレノハンカチカンカチ

幼「わ、わ、ほんとだ。ありがとう」テバヤク フキフキ

男「……」

幼「ど、どうしたの?」チャントトレタカナ?


(危ない危ない。言ってるそばから、腹も意識も無防備だった。だが、こちらからいつまでも待つ必要はない。
物はやりようだ。攻めの守りだってあるんだぜ)


男「いや……爪とか色とか、きれいな指してるのな」

幼「……っ」カァァ

男「隠すことないだろー」ジロジロジロジロ

幼「や、やめてよ」ブンッ!


(来た来た来たー! これをォォ! 腹筋ンン! 念のため両腕もアンダークロォス!)


男「」ペチッ

男「……え?」ホッペタ?

幼「……え? ご、ごめん痛かった!?」ソノママ ホホヲサスル

男「い、いや大丈夫だ。だって」

幼「__よかった」ドズッ!

男「ほっ……ぺぇ!?」ヘソノウエ ストマックェイク!!

幼「……」
幼「私、夕食の買い物あるから……また明日ね!」タッタッタッ

男「おごっ……、たっ。ぐぅ……」ジョウゲノウチワケ トハ ヤルジャアナイカ……


(攻めるよりも祈る、べきだった。『腹筋よ我を守りたまえ』と……)


俺は図々しさを感じさせるくらい、あいつに甘え過ぎていたのかもしれない。
原因が『それ』だとしたら、俺はどうしようもない大間抜け野郎だ。


ガキの頃から、周りの友だちや環境は変わっていってる。
少しずつ大人にもなれて、俺は『それ』が当たり前だと思っていた。
腹パンでもされなけりゃ、気付きもしない自分に心底腹が立つ。




__あいつに『さみしい』なんて、絶対に言わせちゃいけないんだ。




火曜日 科学実験室へ遅れて移動する前 教室 


男「お前、なんか調子悪くないか?」

幼「……そんなことないよ」

男「熱でもあるのか」テヲ オデコニアテテミル

幼「んっ……ちょっと」ジットシテル


(手で熱を測ろうとはしたものの、あまりにも大ざっぱ過ぎることに今さら気付いた。
38℃とか9℃とかなら、さすがに判断できるかもしれんが)


男「__ぜんっぜん分からん」

幼「それは、他の人より手が冷たいからだよ」クスクス

男「そうなのか?」シラナカッタ

幼「でもひんやりしてて気持ちいい」

男「……」

幼「……」


幼「……本当は、ちょっと頭が痛かったんだ」ナンデワカッタノ?

男「なんとなくな」

幼「よ、よく私のこと、見てくれてるよね」カァァ

男「ん? ちょっとまていま熱が上がったように」

幼「__気のせいだよ」ズドッ!

男「片手ェ!? ぐほぉっ!」イタッテ ゲンキ デスネ!!

幼「……」
幼「科学の授業、忘れ物ない?」

男「は、はく。……白衣ぃ」 カタテジャアガードフカ ダヨタブン

家路へ 夕食買い物手伝い の帰り


男「……ちょっと買い過ぎじゃないか? 誰か来るの?」

幼「ご、ごめん。つい」コンナハズジャ

男「そっちの方も持つよ」

幼「ええっダメだよ。飲み物とかの重たい袋、持ってもらってるし」

男「いいから」カシテ

幼「……ごめん」オネガイシマス


(基本的に家事全般のことは得意なんだが、たまにやらかすよなあ。
でも、普段助けられっぱなしだからこういうところで返せるけど)


幼「あの、ほんとにごめんね」

男「謝ってばかりだな」ハハッ


男「……っ」ハッ!


(俺の両手は買い物袋によって塞がっている。
対してこいつは、ごく軽い日用品の袋のみ……片手はフリー!)


幼「……?」ドウシタノ

男「……」アセアセ


(も、もし今、こいつがその気なら……
ヤバい。なす術がないッ! は、腹パンをかます気なら!)


男「……」ハラハラ

幼「……」ナンカ シズカダナー

男「……」ドキドキ

幼「……」ワクワク


(ふ、腹筋に力を込めているが、げ、限界だぜ。とてもこいつの家までは持たねえ……
やられる! 弛緩した瞬間、腹部を抜かれちまう!)


男「」ハラハラ

幼「」パン カイスギチャッタナー パン

男「っっ」ビクンビクン


幼「ただいまー」ママ、ゲンガンマデキテー

男「あ、やらないんだ」ホッ

幼「……?」ゴハン、タベテク?

午前授業だったので 電車に乗って 遊びに行く



ガタタンゴトトン ガタタンゴトトン


男「となり町行くだけだったのに、電車混んでるのな」ヒトガ…

幼「車両点検が長引いたってアナウンスだったね」

男「すぐ着くからまあ、いいけど」

幼「あっ」グラッ

男「おっと。……大丈夫か?」ムニュ

幼「う、うん」


(揺れてバランス崩してたから、とっさに身体を引き寄せたが、
なんか、すごい柔らかいものが、密着して、当たってる)


男「」

幼「あ、ありがと」グイグイ

男「」

幼「ん、ふぅ……」グリグリ

男「」ゴフッ


(それと同時に、腹部に違和感が。な、何か突き刺さり続けてる。
 これも……いわゆるひとつの・・・・・・上下の・・・打ち…分け・・・・・・か?)


ツギハー トナリマチー トナリマチ デェス

遊び終わり 帰る前にプリクラを撮る


プリクラ『最後の1枚、撮るよぉ♪』

幼「ピースと決めポは撮ったから……あと何しよっか?」

男「任せる」

(写真撮られる瞬間に、腹パンされるんじゃないかって思ったら、腹筋に力が入りっぱなしだ。
衝撃的な腹パンシールなんて欲しくないぞ……まあ、この様子なら心配しなくても良さそうかな?)

幼「うーん、じゃあ思いっきり顔アップで!」グイグイ

男「ちょっ。近い近い」

幼「まだまだ! もっとカメラに寄るのー!」グググイッ

(そうじゃなくて、顔が近くて……ほっぺ当たってるし!)

幼「よーし! ベストアングルっ!」ニコッ!

男「……」ニ、ニコッ フッキン ビキッ!

プリクラ『撮影するよぉ♪ 3…2…1…』パシャッ☆


男「……ふうっ」ヤラナインダ?

幼「お絵かきターイム♪ スタンプは任せたよー!」イッパイ カクゾー!


(そのプリクラは俺の顔が面白いとかでめちゃくちゃ笑われた。
あいつはお腹が痛くなるほど笑っていたので、まあ……辛うじて引き分け、かな)

雨の日 相合傘の帰り道 


幼「珍しいね。傘忘れるなんて」

男「置き傘あると思っててさ……うっかりしてたよ」


(最近いろいろ思うところがあって余裕が無かった、なんて言えないな)


幼「あ、もうちょっと寄って。肩濡れてるよ」

男「おう」

幼「ちょっと狭いね♪」

男「……ああ」


(小学校上がる前とか、よく傘とか忘れてたなあ。そのたびにこうして入れてもらって帰ったっけ。
嫌な顔ひとつしない、こいつの微笑みを見てその記憶が鮮明に蘇ってくる。
……迷惑かけないようにって、物や時間とか、気を付けるようにはなったんだよな)


幼「……どうしたの?」

男「ん、いや。子どもの頃のことを思い出してさ」

幼「ほんと? 私も今同じこと考えてた!」


(面倒見の良さも、昔と全然変わらない。お前の優しさに、この瞬間だって助けられてる)


男「いつも世話ばかりかけてるな」

幼「べ、別にそんな……気にしなくても」

男「気にするよ。俺にとっちゃ」

幼「私は……」

男「……?」

幼「私はたまに、傘とか忘れるくらいの方が……」

男「危ないっ」

幼「えっ。わっ」


(自転車か。なんか話し込んでるうちにお互いフラフラしてたみたいだな。
とっさに傘ごと幼馴染の手を引き寄せる形になったが、ぶつからなくてよかった)


男「大丈夫か?」

幼「あ、ありがとう」

男「別にそんな……いいよ言わなくて」

幼「私が言いたいんだよ」ドズッ!

男「ぐっ……! ごほっ! がはっ……うぅ…」


身体がくの字に崩れ、思わず距離の空いた幼馴染の方を見た。
傘で表情は隠れていて、口だけがゆっくりと動いていた。


幼「まだか。足りないなあ」


その言葉は、まるで自分自身に言い聞かせているようだった。
今まで聞いた幼馴染のどんな声よりも、感情が一切無いような声。


いつも腹を打った時、目を背けてこっちを見ないようにしていた。
心配もせずに、この瞬間起きたことを別の世界の話だとでも思っているような顔。


ずっと見つめていると、やがて目が合った。傘をこちらに向けていて、反対の肩が濡れ始めている。


幼「……どうしたの? 早く帰ろ?」

男「……」


(俺は、声が出なかった。痛いからじゃない。恐怖でもない。
さっきと同じように、なんでもなかったように、こいつの隣を歩く。そう決めてた。
必ずなんとかする。それだけは、もう何日も前から決めていたことだ)


男「明日さ、俺の部屋来ないか?」

幼「……いいよ」ニコッ


思うところは違っても、似たようなことを考えてたらしい。
たぶん明日で、どんな形にしても決着はつく確信がある。不安は無い、とは言えない。

でも前だと思う方に進む。俺もこいつも、いつだってそうして来た。
今は向いてる方向がそれぞれ別なだけで、お互いに精一杯頑張ってるだけの話だから。

休日 男の部屋


男「座らないの?」


(こっちはベッドに座ってるが、幼馴染は机に手を掛けているだけで佇んでいる。
部屋に来てからしばらく学校や家の話をしていたが、意図的に距離を置いているように思う)


幼「座った方がいい?」

男「ああ」


(話そうと思えば、何時間でも話していられるだろうが、今日はそうじゃない。
俺達が抱えてる問題に向き合う。その為に呼んだんだから)



幼「……」ポスッ

男「……」トナリカ…

幼「嫌だった?」

男「別に」

(机のイスじゃなく、用意しといた座椅子でもなく、ベッドの隣に座って来た。
じわり、と身体が熱くなる。思えばこの数日はずっとこんな調子だ。変に身構えてしまう)


男「別に、この距離でいい」


幼「……」

男「……」

幼「……あ、あのさ」

男「……?」

幼「……この部屋、今はどう感じる? 広い? 狭い? どっちかな」


(たぶん先週、友たちと大勢で遊びに来たときの事を言ってるんだろう。
ただ幼馴染の質問、とは少し違ったところに俺の意識は向かっていた。
小さい時からこの部屋にいて、こいつと毎日のように遊んで、
学習机が入り家具が入り、荷物も増えて、来る友達も増えて__)


男「そんなの、いつもと同じだろ」

幼「……そう」


(だんだん二人じゃ遊ばなくなった。学校でも一言も話さない日だってある。
でも、こうやって二人でいる時の気持ちは、いつも変わらない)


男「今はお前がいるんだから」

幼「……!」



(手が震えている。こいつには似合わない、拳の形にして強く握りしめて。
言葉が足りなくても、お互い心で思っていることを伝えてきた。
それでも足りないことだって、俺たちの関係でもあるかもしれないな)


幼「そうだね」ブンッ

男「……っ」パンッ


(全力で打っていないし、わざわざ予備動作を見せている。
__これが、俺の腹と、無意識を打ち抜いてきたパンチなのか。
手で払いもせず、力も入れず、そのまま受けた)


幼「な、んで……」

男「……」

幼「なんで、なにもしないの? 何も言わないの!?」

男「……」


(お前が泣きそうな顔をしているから。
泣きそうな気持ちになっているお前にかける言葉が、見つからなかった。
俺はもう子どもって歳でもないけど、お前に泣かれたくないのに、気の利いた事も出来ない)


男「……」

幼「……」

男「聞いてもいいのか? 今回の……これまでの話を」

幼「……」スッ ホンダナヲ ユビサス


(指した方を見る……本棚?
片付けは意識してやってはいるが、整理されていない本が数冊積んである。
それは元々自分の物じゃなくて、先週 友が持ってきたものだ。
……今週は本を読むどころの余裕が無かったから、そのままにしておいたんだが)


男「……」


(本棚まで行って、本をいくつか手に取ってみる。
ジャンル問わず好き嫌いなく読み漁る、友らしい読本ばかりだ。
その中に、目を引くものがあった)


男「んん? 腹パンから始めよう! 中級~行事・シチュエーション編~??」ペラペラ



『桜の樹の下で』 『ヤマザキ腹のパン祭り』

『相合傘』 『スイカ割り』 『浴衣でPAN』

『腹パンの秋』 『サンタぱん』

『二拝・二拍手・一拝 腹パン初め』

『恵方巻 今年の方角は北北西~角度は60度で重く残るように』

『お姫様だっこパンプリンセス』 『壁ドン・床ドンからカウンターで』


男「……は?」


(ざっと読むと、仲の良い男女が年間で腹パンしたりされたり、といった内容か。
なあにこれ。俺の知識がまた一つ望まない方向に広がってしまった)


『傷付きたくない貴方も、勇気が足りない貴方も。一歩踏み込んで腹パンしてみよう』


(このわざとらしいオビ! いかにもこいつが勘違いしそうな__わ、忘れてたぜ。
こいつが、たまに盛大なやらかしや思い込みをするのを……ということはッ!)


(「あいつに『さみしい』なんて、絶対に言わせちゃいけない」キリッ)

(「なんでもなかったように、こいつの隣を歩く。そう決めてた」キリッ)

(「今は向いてる方向がそれぞれ別なだけ」ドヤッ)


(うあああうおおおお恥ずかしいいいぃ! これってあれじゃあないか!?
こいつはただ、『男は腹パンが好き』→『男は腹パンされるのが好き』→『ならしてあげよう!』
みたいな微妙にズレた解釈をして、嫌々腹部攻撃を実行してただけなんじゃないかああ!?)


男「と、友たちの誰かが、先週置いてった本みたいだな。俺の本でも、趣味でもないぞ?」

幼「……」


(友おぉぉぉ! ああぁ、あの時の自分の頭と一緒にはたき落としてェー!
あれこれ邪推してたのは俺だった! 何勘違いしてるんだこの野郎ォー!?)


男「うん。勘違いは、誰にでもある。うん。俺もそうだった。
だからお前も気にすることなんてない。事故だよ事故。頭の事故ってやつ__」

幼「違うよ」


幼「書いてあったことなんて、好きじゃないってこと……すぐに分かったんだ。
誰かが持って来た本なんだろうな、ってことも、分かった。わたしには絶対に分かる」

男「じゃあ、なんで……?」

幼「それを試してからは、わたしを見てるって感じがして……
気持ちや意識がぜんぶ、わたしだけに向いているような気持ちになったの」


(そうか__こいつは、俺を)


幼「お弁当を食べたり、帰り道で買い物をしたり、遊びに行ったり……
いつの間にか出来なくなってたことが、次々に叶って。そうしたら、怖くてもう止められなくって……
止めたら、また今まで通り、『みんな』の中の一人になっちゃうかもって、
また少しずつ叶わないことが増えていくんじゃないかって」


(俺を、そばにいて当たり前だって、思えなくなっていたのか)


幼「痛いし、どうしてって悩み続けて心も傷付けるし、絶対に助けてくれようとする。
わたしの手に残る嫌な感触も、一人になった時に沈み続ける気持ちも! ……そうなるって全部分かってたのに!」


(俺が思っている以上に、俺のことを大切だと思ってくれているから、不安になっていたのか)


幼「ちゃんとわたしを見てるって……分かってたはずなのに」ポロポロッ


幼「……」

男「……」グイッ


(涙を拭こうと手を伸ばしたけど、そのまま幼馴染の顔を抱きしめた。
泣いているお前にも、本当にかける言葉が分からないし、泣き顔をまともに見れない)


幼「ごめんね……バカで」グスッ

男「……」セナカヲサスル

幼「お腹、いっぱいパンチしてごめん……」

男「……」


(結局、そこまで的外れって訳じゃなかったな。俺の考えてたことは。
俺が甘えてたというか、言わなくたって平気で分かってるはずだって、勝手に思ってた。
馬鹿なのはこっちの方だ……もう少し腹でも打たれる気持ちで、反省しなくちゃ)


男「大丈夫か?」

幼「……うん」


(あとはどうやって許すかの問題だけだ。気にしてない、って言っても納得しないだろうしな。
こいつも、俺からの解決を待ってる。どんな風にすれば良いかな……)


男「他にやりたいこととか、無いのか?」

幼「ええっ?」

男「もうこの際なんでも来いだ。溜まってたモン全部出し切れ! ……それで、おしまいだ。
ケンカしてたわけじゃないが、仲直りってことで俺は受け入れる」

幼「……」

男「好きにしていいぞ。遠慮もなし! 何しても怒らない。
というか、今回だって驚いただけで、そんなに怒ってないしな」


(腹パンチし足りなきゃすればいい。……こいつの性格を考えると、やらないけど。
他にしたいことがあったって、よほど心残りでもない限り、遠慮するだろう。迷惑かけたと思ってるからな。
逆に言えば、すっきりしない気持ちがあるなら、させた方がいいってもんだ)


幼「……いいの?」

男「おう」ケッコウノリキダナ…


(えっ、さっきのしおらしい雰囲気じゃなくて、ぐいぐい『進んでやってみたい』感が溢れてる。
迷いと、それ以上の揺るぎない決意がある。な、なんだ? 
と、友の本に効率的な脳の揺らし方~実践編~、とか無かったよね?)
 

幼「じゃあ目、閉じて?」

男「……はい」ギュ


(ヤバいヤバいヤバい。すごいドキドキしてきた。
は、腹パン以上のことなんて、考えるだけで頭がどうにかなっちゃいそう)


幼「……」ギュウウゥ



その時俺は聞いてしまった。
強く拳を握り締める音を。



男「……」ゴクリ

幼「……」


幼「……っ」チュッ

男「……」


(柔らかい。手のひら? いや__)


男「」

幼「……」

男「」メヲアケル

幼「あ、あのね……その……」カアァ

男「」

幼「も、もう一回したい///」


月曜日 学校 放課後 10分経過


友「……」

男「……」ポケー

友「おーい」スキダラケダゾ

男「……っ」ハッ トモカ……

友「どうしたんだよ。また何か、あったんだろ?」

男「……」

友「言えよ。幼馴染はともかく、今回はお前の方がおかしいぞ。
俺が出来ることは全部やってやるから。……言いたくないってんなら別だが」

男「……」ウーン

友「……」モッタイブッテルナア


男「幼馴染が心を許してる距離から……してくるんだ」

友「んん? なんだって?」

男「だから……」チョットミミカセ




友「(゚д゚ )」ナンダヨ

男「」ゴニョゴニョ

友「( ゚д゚ )」

男「」……

友「(゚д゚ )」マジデ?

男「」ウン……




男「どうすればいい?」

友「どうって……そりゃあ…」

男「……」

友「ば、爆発しろ、としか……」


朝 登校時 8時15分


幼「おはよっ」

男「おはよう」スタスタ

幼「んー……」フムフム

男「……」ナンダヨ


(さりげなく身だしなみを見ているな。この俺に隙があるかどうかを。
だが、ネクタイやシャツはもちろん、寝癖だってチェックした。おおよそ気を付ける部分は完璧よ)


幼「今日は……ピシッとしてるね」ムー

男「そうか?」フフン


(……友のアドバイス通りだ。残念ながらつけ入る隙がない以上、なにも出来まい。
好き放題やられてばっかじゃいられるか。せめて時と場合を考えてもらう。
今日は! 今日からは! お前の思い通りにはならない!)


幼「あ。でも制服のえりが立ってるよ」クビニテヲマワス

男「? どっち側__」

幼「__っ」チュッ

男「」

幼「ん、ふぅ……」ナオシトイタヨ

男「」


(なん? 何? 違う。襟だってちゃんと鏡で見たはず……。おかしい。絶対おかしいぞ。
ま、またこいつのペースにはまっちまう。俺の部屋でも歯止めが利かなかったのに)


幼「どうしたの? 早く行こ?」ギュ

男「……おう」


(気付いた時には手を握られていた。
そう言えば、こいつに初めてお腹をパンチされた時も、似た感じだったような。
もう二度とあの日々には戻れない気がする。……一緒に、少し前に進んだから)


男「……腹パンから始まる交際ってどうなんだ」ボソボソ

幼「なあに? わたしの文句? もしかして……い、いやだった?」カオヲノゾキコム

男「そんなこと__」チュッ

幼「__なんてね。分かってるよぜんぶ///」

男「……」ドキドキ


(腹パンより耐え切れないかも)








おしまい



ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。


そして様々なジャンルをいつも読ませて頂き、ありがとうございます。
たくさんの作品を楽しみにして、また自分でも書くことが出来ればと思っています。

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